私がそういえば、彼女もまた「あついねぇ。」と返してくれる。
そこまで広いとはいえないものの窮屈な感じはしない、この畳の部屋。
そんな部屋に私と彼女は横になり寝転がっていた。
「暑い…」
「そうだね、あついね。」
実を言えば既にこのやり取りが始まってから1時間は経っている。
お互い、何もすることがなくただ畳に転がりながら天井を眺めている。
「暑い…」
「夏だねぇ…」
外からは蝉の活気ある声が耳に入る。
うるさいものの、そこまで嫌悪感は感じない。
「ねぇ。」
彼女が呟く。
「なに?」
「蝉って成虫になってから一週間で死ぬんだよ?」
「知ってるわよ。それぐらい。」
そりゃそうか、と彼女は呟いた。
「ねぇ。」
次は私が呟く。
「なに?」
「何で、あんたここにいるの?」
「……どうでもいいじゃん。そんなの。」
そうね、と私は呟く。
はぁ、とお互いにため息をついた。
「あのさ…」
「うん?」
「縁側、出ないの?」
「面倒くさい…」
涼しさなんかより、今は動きたくない。この暑さの中活動したくない。
風が通って涼しいと思うけどねーと彼女は言った。
だけど、動きたくないものは動きたくない。
「太るよ?」
「その分汗で消費されるから大丈夫。」
「計算済み?」
「もちろん。」
流石だねぇ、と言って彼女は私の方に寝返りを打った。
それに会わせて私も彼女の方に少し横になり顔を合わせた。
「だれいむ。」
「うっさいわよ。針くらう?」
「投げる元気もないくせに?」
「ご名答。」
再び私は天井に向きなおした。
「なぁ、れいむぅ…」
「何よ?」
「暑い…」
「わかってるわよ、そんなこと。あんた何とか出来ないの?暑さを分散させるとか。」
「出来たとしても…」
「面倒くさい、よね?」
「おおっと、人の台詞を泥棒するとは、お金が必要だよ?」
「あんたは鬼でしょうが、全く…」
沈黙、蝉の声、風の音、鳥の囀り。それが部屋に入り込み、1つの合奏会を演じていた。
「暑いけど、こういうのもいいね。」
「そうね。」
彼女のその言葉には私も賛同した。
「それにしても…」
「……?」
「暑いねぇ…」
「暑いわねぇ…」
またも沈黙、お互いただひたすらにぼーっと寝転がっていた。
「さあ、ここで問題!」
突然だった。死んでいたような彼女が急に起き上がったものだから少しびっくりしてしまう。
「なによ…?」
苛立ちが少し入った声で彼女を睨みつける。
「やだなー、怒らないでよー。商品は凄いよ。何と人里で評判の氷菓子!!」
そういって左手を上げた彼女の手には何時の間にか冷気を放つ袋がぶら下がっていた。
1人で盛り上がっている彼女を見て、うわー元気だなー。と呟いた。
「もう、テンション低いなぁ…こんな時こそ元気に動くことだよ。」
「こんな時に動き回るなんて自殺行為でしかないわよ。」
「氷菓子いらないの?」
「いや、そりゃ、欲しいといえば…欲しいけど。」
「それじゃ、問題。」
答えるとも言ってないのに語りだした彼女にしょうがなく耳を貸す。
「霊夢の目の前に3人の妖怪がいる。
一方は本当のことしか言わず、また一方は嘘しか言わない。最後の1人は嘘も本当も言う少し変わり者。
さぁ、この3人の正体をあばくにはどうしたらいい?」
「なんだ、簡単じゃない。」
「お、もうわかったのかい?」
「全員退治すればいいのよ。」
「解決になってなくない?それ…」
*********
「暑いわ~…」
「暑いねぇ…」
現在縁側で氷菓子を食べている影が二つ。私と彼女だ。
外に出たおかげか風は涼しいものの、如何せん日光が酷い。
「氷菓子もあっという間に溶けるわね…」
「どうして夏って暑いんだろうねぇ…」
「そりゃ、夏だからでしょ。」
そりゃそうだけどさー、と苛立ちを含む声で彼女は呟く。
「夏って毎年来るたびに暑いんだよねー。たまには涼しくなったりしてもいいと思うんだけど?」
「あんた、今まで夏を何回経験した?」
「……数え切れないぐらい。」
「その中で涼しかった夏は?」
「…ない。」
「そんなものよねぇ…」
どちらも氷菓子を食べ、ゴロンと縁側に寝る。
「あんた、何時まで此処にいるのよ?」
「涼しくなるまで。」
「秋にはいなくなるってことね?」
「秋になったら寒くなるまでいるよ。」
「冬になったら?」
「暖かくなるまで。」
「春になったら?」
「暑くなるまで。」
「夏になったら?」
「涼しくなるまで。」
ああ、無限ループというやつか。
「ふつつかなものですが…」
「勝手に挨拶すんな。」
「やっぱ、いないほうがいい?」
「そりゃあ、ね。」
「鬼ってさー、どこでも嫌われてて、たまには信仰されたりする奴がいたりするけど基本的に追い出されるじゃん?ひどくない?」
「そりゃあ、あんた達がしてきたことに対してならねぇ。」
「いや、子供を攫うのはしょうがないでしょ?そもそも、私達が子供を攫うようになったのは人間のせいだし…」
「え?そうなの?」
「そりゃあ、子供に言うこと聞かせるために『言うこと聞かないと鬼に攫われるぞ』なんて言われたらするしかないじゃん。」
「あんた達って……よっぽどの馬鹿ね。」
「鬼ってそんなもんでさー。面倒くさいけど真っ直ぐだからいいんだよね。生きているって感じがしてさ。」
「ふーん…」
さてと、と彼女は起き上がった。
「帰ろうかな。」
「どこに?」
「鬼ヶ島。あそこなら皆いるからさ。」
縁側から中庭に降りた彼女は少しずつその体を透けさしていく。
その姿に妙な寂しさを感じたのはただの気のせいか。
薄くなっていく彼女に儚さを感じたのはただの気の迷いか。
「じゃ、またいつか会お…」
「変ねぇ…」
気がついたら別れを告げようとした彼女の言葉を遮っていた。
「鬼は嘘をつかないって聞いてたんだけど…」
「…いや、つかないけど?」
霧状にしていた体を再び集め彼女は訝しげな目線を私に送ってきた。
「だってあんたさっきまで、春夏秋冬ここにいるっていってたじゃない。」
「え、いや、それは…だって霊夢がここにいないほうがって…」
「それはそれ、これはこれ。鬼ってのはそういう信念があるって前に言ってなかったっけ?」
「じゃ、じゃあ…いてもいいの?」
「私は嫌よ?でもあんたはそう言ってしまった以上いなくちゃいけないんじゃない?」
「れ、霊夢……」
「な、何よ…」
若干潤んでいるような気がする瞳でこっちを向く鬼から目を背けるため空を仰いだ。
雲ひとつない晴天、あまりにも天晴れであったがそんな感情は一発でもみ消された。正真正銘の一発で。
「霊夢ー!!」
「ふぐぅっ!?」
この暑い中、動きたくないような暑さの中見事に彼女は私の腹にダイブをかましてくれた。角が腹に当たって痛い。
身構えてるわけもなくそのまま彼女に押し倒される。凄い暑い。
「霊夢、大好き!愛してる!もう天手力男投げか大江山悉皆殺しをしたいぐらい愛してる!!」
「するな!そんなものするぐらいなら私の上からどけー!!」
そんなこんなで抱きついてくる鬼を離すのに数十分と時間を費やしてしまった。
それはつまり…
「暑い…」
「暑い…」
そこには仲良く横に並びながらぐでーっとしている鬼と私がいた。
「実は鬼ってけっこう寂しがりやなんだよね。」
「知ってる。」
「だからさ、一緒にいていい、とか言われると凄い嬉しいわけ。」
「知ってる。」
「つまり…もう一度抱きついても…」
「八方鬼縛陣でいいかしら?」
「すいませんでしたぁ!!」
「あんたほど威厳がない鬼もいるものね。」
「威厳は必要な時にだけ出す!」
「はぁ…暑い。」
まだまだ私の夏は終わりそうもなかった。
この組み合わせのお話、もっと増えるといいなぁ……
ぐうたら感が夏って感じで素敵です
素晴らしいです!