Coolier - 新生・東方創想話

紫様の本気バスタイム

2010/07/27 19:04:29
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 八雲紫はお風呂が怖い。


 笑ってはいけない。
 紫だって少女(注1)である、怖いものは怖い。
 あの目を瞑った時の視線のようなもの、滑りやすい床、妙な静けさ。
 なにもかもがこの可憐(注2)な少女にとって恐怖の対象だった。
 本人は、怖いのではなく万が一得体の知れない何かになんらかの危険をごにょごにょ……と言っているが。

 普段紫は必ず藍を連れて入る。
 いつも服を脱ぐのが遅い藍が脱ぎ終わるのを待ち、モフモフ(注3)をわし掴んで浴槽までついていくのだ。
 体を洗うときは、式の務めとかなんとか言って絶対に一人で浴槽から出ようとしない。
 髪を洗ってもらうときも大変だ、目を瞑るなんていうとんでもないことをしなければならない。

 紫は賢者であるため、総年数13年、総費用5000万円に及ぶ研究に次ぐ研究の末『八雲式対話型浴場内危険回避法』という方法を発見、そして確立したので最近はまだマシになったが。
 ちなみにその内容は「目をつぶった後10秒に一度ちゃんと藍がいるかを確かめればあんまり怖くない」というものだ。

 彼女は賢者で、天才である。
 なにが紫をそうさせるのかと言えばもちろんすべて、万が一得体の知れない何かになんらかの云々。だからである。




 そしてそれを踏まえた現在、紫は窮地に追いやられていた。

「では紫様、今晩は橙と入りますので入浴はお一人でお願いします」
「……え、ええ」

 ぎこちない笑みを浮かべる紫の前には、橙の手を握る藍がいた。
 二人は外の世界の『パジャマ』という、大人に着せたときのいやらしさと寝起きの可愛らしさのみを追求し開発された寝巻を手に持っている。

 橙は普段妖怪の山や猫の里で過ごしているのだが、今日は偶然泊まりに来たのだ。

 たまにはいいだろうと了承したのが間違いであった。
 風呂を嫌がり入らないとわがままを言う橙に、藍が一緒に入ると約束しやがったのだ。

 そうして、この状況が生まれたわけである。

「ね、ねぇ藍。やっぱり三人で入らない? そちらの方が楽しいし……」
「いえ、うちの浴場はあまり大きくないですから。紫様はお一人で」

 紫自慢の有能な式はきりりっと凛々しく言う。
 ぷるるんっと乳を揺らす美しい化け狐の融通のなさが恨めしい。

「ちぇ、橙は三人がいいわよね?」
「いえ、お構いなく。紫さまはお一人でどうぞ!」

 藍自慢の有能な式の式はにこりと可愛らしく言う。
 ぴょこんと耳を立てるチャーミングな我が家の愛しい化け猫が、今は真面目すぎて憎い。
 くそ、いつの間にこんな藍っぽくなったのよ。とひっそり奥歯を噛みしめる。

 語彙も豊富な妖怪の賢者はなんとか二人を説得しようとしたが、二匹の式は頷かない。
 三人でお風呂に入った場合の美肌効果から、三人で洗いっこするときにおける精力増強力の高さまで話題を広げてもダメ。
 そのうち、いったい何が楽しくて必死にケモノ耳の女の子と風呂に入る有意義さを語っているのだろうと思い始め、ついに紫は言葉をつげなくなった。

「では橙、いこうか」
「はい!」

 そして恨めしそうな目の紫をおいて二人は浴場に消えていったのであった。




注1:この作品内での「少女」とは本人の自己申告によるものである。
注2:この作品内での「可憐」とは八雲紫の主張する定義に基づいている。
注3:八雲藍の尻尾および耳のこと。この場合は尻尾の中央部分を指す。



 +++


(どうしようどうしよう……)

 二人が入浴を開始してから約40分が経っていた。

 白くて細いおててをほっぺたに。
 あっちへふらふら、こっちへよろりとあわただしい紫の態度は、もはや賢者のそれとは程遠い。
 早くどうにかしないといけないと焦るのだが、どうにもいけない。

 とりあえず、落ち着くため本棚とタンスのスキマに入って精神統一を図る。
 狭いところにはアイデアが溢れているのだ。

 それから10分ほど考えたのだが、残念ながらいい考えは浮かばなかった。
 奈落の底の深さを求める計算力があるくらいで上手くいくほど世間は甘くない。
 世の中、そして一人風呂は辛く厳しいものであるのだ。

 霊夢の風呂を強襲、なんてことも考えはしたが、彼女は今日もう入ってしまっている。
 盗撮していたので間違いない。

 こんなことなら……、と画面越しの隙間撮りなんかで満足していた数時間前の自分を殴ってやりたい衝動に駆られる。

 他に一緒に入浴出来るほど親しい者と言えば幽々子というおっぱいがいるが、彼女は幽霊である。
 水辺は好きでも風呂に入ることはない。
 大事な時に使えないおっぱいだった。

「紫様、今出ました……ってまたそのような場所で」
「いい気持ちでしたよ紫さまー」

 霊体のモミ心地を思い出し現実逃避していると、肩から湯気を出して二人が部屋に入ってきた。
 タイムリミットである、紫は内心焦った。

「あの、急かして大変申し訳ないのですが、早めに入っていただけませんか? 遅くなると何分明日に響きますので」
「え? 明日も私は一日寝ているわよ」
「いえ、橙と私の明日です。紫様は風呂の再沸騰の方法分からないでしょう、ですから遅くに入られると私どもも眠れないのですよ」

 ふぅ、とため息交じりに藍が呟く。

 以前とある竹林で見つけた火を出す不死身のホームレスを使った永久機関のおかげで、現在この家はオール電化となっている。
 その際浴場もリフォームして風呂水の再沸騰機能をつけたのだった。
 もちろん、紫はその機能の使い方なんて知らない。
 
「……うん」
「はい。ですから早くお願いします」
「……あ、あのね」
「早くお願いします」

 紫の目頭に、よくわからない熱いものが込み上げた。
 

 +++



 浴場の前の洗面所から衣擦れの音がかすかに漏れる。

 服は脱いだ。
 帽子は洗濯機に入れるのかしら?

 そう思って洗濯機を覗くと「帽子入れるべからず。あと手袋は痛みやすいから洗濯機は駄目ですよ、専用のカゴヘ」と達筆な字で書かれたプレートが。

 ……分かってる、分かってるもん。
 分かってるけど、再確認だもん。

 どこかで監視されてるのではないかと全裸のまま念入りに周囲を見てから、紫は洗濯機へ無造作に放り込まれた手袋を出して、専用のカゴヘ入れた。


 次は浴槽だ。

 ゆっくりと浴場の扉を開ける。
 扉は小さく軋んだ音をさせながら山折りになった。
 中からむせかえるような熱気と湯気が紫の白い体に襲いかかる。
 この湯気がなんとなく人の顔に見えて怖い。

 一歩踏み込む、既に冷たくなった風呂の湯が足の裏を触りびくっとなった。
 水と相性の悪い床はつるつるしていて滑りやすそうだ。
 この水が一体今まで何人のドジっ子を転倒死させてきたのだろう。
 そう思うと一歩一歩が怖い。

 と、そこで紫は風呂桶を発見した。

 これは一体何に使うのかしら?

 風呂場で藍に己の全てを任せている紫は、風呂桶の使い方なぞ知らない。
 知らないので賢者はじぃっとよくその物体を観察する。

 観察こそが思考の基盤、引いては全ての基盤となる。
 正しく認識することが、正しい結論を導くのだ。

 形状は円型で底までは浅く、直径は数十cm程度。
 大きさの割に軽く、材料は木のようだった。

 数秒の思案の後、ピコンと紫の頭上で電球の幻想が光る。





 紫は躊躇うことなくそれをかぶった。

 この形状、今の状況、その他全て。
 それらを総合して考えると、これはヘルメットに違いない。

 妖怪の賢者がその素晴らしい頭脳で叩きだした結論である。

 先ほどから心配しているように風呂場の床は滑りやすい。
 そのため、このような物が生み出されたのだ。
 頭部を守るヘルメットさえあれば首が変な方向に曲がろうが、数km上空から落ちようが、一人が寂しかろうが死ぬことはないはずだ。
 生か死か、風呂という究極のデッド・オア・アライブを生き抜いてきた先人達の知恵である。

 なるほど、この桶みたいなセンスのない形のみ無視すれば、なかなか悪くなかった。

――ありがとう先人達の知恵、私を守ってくれて。

 おそらく自分より年下の先人に心の中でお礼をし、紫は浴槽へ向かう。


 +++


 湯船は思ったより快適で、すぐに時間は経ってしまった。
 アヒルさんで遊ぶのも飽きたし、いつもは藍に怒れて出来ない浴槽潜水の自己記録更新もやってのけた。
 それにそろそろのぼせそうだ。

 しかし、まだ上がるわけにはいかない。
 彼女には最後の関門があった。

 紫は目の前の女性用シャンプーを睨みつける。
 そう、これをどうにかせねばならない。
 ひとりで髪を洗うという難関が、紫の前に紅魔館の門番のごとく立ちふさがっていた。

 シャンプーを成功させるためには目を瞑らなければならない。
 さすがにシャンプー中に目を開け続けるなんて実験ウサギみたいなことはしたくない。

 だが、目を瞑ることが紫にとって一番怖かった。

 あの目を瞑った時に感じる意味不明の視線のようなもの。
 あれの不気味さといったら千の言葉を用いても言い表せない。

 しかし、ここまできたのだから後には引き返せない。
 それにここでなんとかすれば、またこのような状況になっても困ることはないはずだ。

 (そうだ、いまこそ勇気を振り絞るときよ!)

 睡眠学習にて覚えた自己啓発知識を紫は思い出す。

 普段はだらけてもいい、でも辛い時こそ頑張る。そうすれば全ては上手くいく。

 紫が今まで信じて、また実践してきた言葉だ。
 あまりにも信じているせいで、だらけ過ぎ周りの視線が痛かったくらいだ。
 でも信じてきたのである。

 紫は決心した。

 まず呼吸を整える。
 次に浴槽から大きく一歩踏み出し――

パチンッ

 「――きゃぁっ!」

 湯船から出た瞬間、いきなり風呂の電気が落ちた。
 紫は小さく叫び声を上げてその場にしゃがみ込む。

「……」

 数秒後、やっと紫はその身に何が起こったのか理解し始めた。

 おそらく、地下の発電所のホームレスが死んだのだろう。
 数分もすればリザレクションされて復旧するはずだが……、

 「ら、らーん?」

 ただでさえ怖い風呂場に、真っ暗の中数分もいる勇気は紫にはない。
 もう既に先ほどなけなしの勇気を使ったばかりなのだ。
 なので今は頼れる自分の式の名を呼びながら、風呂場の隅の方で小さくなるばかりである。

 その時、ひたりと肩に何かが触った。
 反射で呼吸を小さく吸ってしまう。
 ぞくりと全身の毛が逆立つのが分かった。

 声が出ない。
 喉に薄いビニールが張り付いている。
 どうしようか。
 いや、手が肩に掛かっている以上もう選択肢はない。
 振り向いてどうにかするしかないのだ。

 紫が勇気を振り絞って背後へ首をひねる。
 すると。








 青白い火の玉と、白い顔の女とが。

 大きく目を見開く。
 反射的に空間を弄って隙間へ逃れようとした。
 鳥肌が立つ。
 焦っているため座標軸の調整などは出来ない。
 顔の血の気が引ききっているのが分かる。
 とにかく逃げなくては。
 手が震え、上手く空間を開けない。
 急がなくては。



 そして紫は、その場から脱出した。 





















 「あれ、紫様?」

 狐火を焚いて助けに来た藍を置いて。



 +++



 【八雲紫氏、全裸で桶を被り泣いている所を発見される!】

 ここ三日の天狗の新聞はこればかりであった。
 内容は全て低次元の推測であり、くだらないものだ。
 ついに自分の式にあれこれされた、とか。
 巫女の新手の退治方法だ、とか。

 「まぁまぁ紫様。気の動転なんて誰にでもあります」
 「……分かっています」
 「だからそんなにふくれっ面をしなくとも」
 「……分かっています。でもこんな、……ああもう! 末代までの恥ですわ」
 「まぁまぁ紫様…………まぁまぁ紫様っ!」
 「……」

 いや、そこはなんか慰めの言葉だろ。
 心の中で文句を言って、紫は真っ赤な頬を隠すように手でさする。

 八雲紫、生涯一の汚点だ。
 あの時の自分は冷静ではなかった。
 素直にヒミツを告白するか、幽々子に隣にいてもらうだけでもしてもらえばよかったのだ。

 そうやって、冷静な時に自分を慰めてみる。
 あんまり効果はない。
 なので、今晩も藍とぐっすり寝て全て忘れることにしようと思った。

 藍に布団をしかせていると、一陣の風が吹いた。

 風は藍のモフモフを優しく撫でて、紫の背中を泣いている子をあやすようにさすった。 
 ひんやりしたそれはわりと気持ちが良い。


 そしてなんだか下半身に違和感が。

 これは、尿意。
 どうやら夜風で冷やしたようである。

 急激にお手洗いが恋しくなった。

「……」

 実は、

 「ねぇ、藍」
 「なんでしょう」
 「ちょっと――」


 八雲紫は夜のおトイレが怖い。






おわり
紫様はたまにすごく泣かせたくなります。
脳内ではかっこいいイメージなんですけどね。
@犬坂
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コメント



0.2340簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
さすがにちょっとキャラ崩壊しすぎだと思う。
紫さまはどう考えても怖がらせる側だろうw
2.100名前が無い程度の能力削除
紫様のキャラ崩壊が素晴らしいです
3.100名前が無い程度の能力削除
才女のかわいい一面にはグッとくるっとる
5.100名前が無い程度の能力削除
仕方ない、トイレは私と一緒にいきましょう
9.100名前が無い程度の能力削除
HAHAHA、言ってくれれば何処へもお供しますさ!
10.100名前が無い程度の能力削除
全部分かってやってるだろ藍様w
12.80名前が無い程度の能力削除
(注1)の時点でもう駄目だった。その後も笑い所が用意されてて良かったです。
15.100名前が無い程度の能力削除
素敵すぎる。
16.100名前が無い程度の能力削除
藍様を式にするまで、どうやって生活してたんだろ……
17.70コチドリ削除
アリかナシかを問われれば、当然アリ。
好きか嫌いかを問われれば、……ゴメンなさい。
私の主観の押し付けで申し訳ないのですが。
19.90ワレモノ中尉削除
今まで数々見てきた紫様の中でも1、2を争うほどに可愛いw
> 頭部を守るヘルメットさえあれば首が変な方向に曲がろうが、数km上空から落ちようが、一人が寂しかろうが死ぬことはないはずだ。
首が変な方向に曲がったり、数キロも上空から落ちたら死にますってw
20.90名前が無い程度の能力削除
上から3行目の(注1)で初っ端吹いた
21.80名前が無い程度の能力削除
こんなゆかりんありえないだろと思いつつ、可愛いので問題なし。
23.90名前が無い程度の能力削除
お風呂が怖いのが伝染しそうになるとは。
27.60名前が無い程度の能力削除
なんかかわいい
30.90名前が無い程度の能力削除
怖がりなのも良いね!
32.100名前が無い程度の能力削除
結婚したッ!俺はこのゆかりんと結婚したぞーッ!
36.70名前が無い程度の能力削除
お風呂沸騰させちゃらめぇ
38.100名前が無い程度の能力削除
かわいい!ゆかりんかわいい!
自分の中の紫様はばっちりこんな感じのギャップの激しい
外見年齢十代前半少女です。注1も2も俺が認めるともさ!
40.70名前が無い程度の能力削除
発電機として使われてるもこたんが不憫でしょうがないんだがw
43.無評価名前が無い程度の能力削除
もこたん(´;ω;`)
44.100名前が無い程度の能力削除
点数忘れ
50.100削除
ZUN桶をZUN帽にするとは、流石賢者www
53.90名前が無い程度の能力削除
風呂場で目を閉じられないわ、霊夢の入浴を盗撮するわ
あげく夜トイレにいけないゆかりん
なにこのマイナス方向に完璧超人。
57.70名前が無い程度の能力削除
ゆかりんへたれすぎ……!!
あともこたん発電機がじわじわくる……(笑)
62.100名前が無い程度の能力削除
なに、このかわいい生き物。
64.無評価名前が無い程度の能力削除
え?なに?
俺がおかしいの?
66.100名前が無い程度の能力削除
ゆかりんが可愛すぎて生きてるのがつらい

もこたんが不憫すぎて生きてるのがつらい
68.100名前が無い程度の能力削除
いいじゃないかw

あとさりげなく過労死してるもこたん(´;ω;`)
76.100削除
幽々子というおっぱいwww