博麗霊夢には夢が無い。
なんてことを言われたのが、つい先日のこと。
霧雨魔理沙、十六夜咲夜、東風谷早苗。
彼女達、一応恐らくは人類に分類されるであろう人間たちが、同時に博麗神社に居合わせる事態というのは、それほど珍しいことではない。しょっちゅう開かれる宴会ともなれば、必然そうなる。
しかし、彼女達だけが博麗神社に居るという事態は、あまりお目にかかることは出来ない。少なくとも、人間の参拝客が一季節に一人訪れるよりは珍しいのではないだろうか。
まずはじめにやってきたのは、早苗だった。太陽も上り詰めぬ午前中のことで、分社の様子を見にやってきたとのこと。
「うん、ちゃんと掃除されていますね」
分社を観察でもするよう隅々まで見回して、彼女は満足そうに頷いた。
霊夢は呆れた眼差しと共に腕を組んで、小さく嘆息してみせた。
「あんたも心配性ねえ。そんな頻繁に来なくたって、毎日掃除してるわよ。雨の日以外はね」
「霊夢さんって、意外とマメですよね。もっと怠け者のずぼらで、あらゆることを力で解決する駄目な人だと思っていました」
「わたしも、あんたがそんな失礼な奴だとは……いや、あんた出会い頭から結構いい性格してたわね」
「そうですよ、見損なわないで下さい。親しき仲にも礼儀あり。失礼ですよ霊夢さん」
「はいはい。安い喧嘩も高い喧嘩も買わないからね。タダでも願い下げよ。終わったのなら帰りなさないな。ご苦労様」
「昼食をこちらで頂こうと思って、食材を持ってきたんですけど、これはタダでも願い下げですか?」
山菜そばを食べ終える。
ちりーんと風鈴の音が鳴り響く。
霊夢と早苗は居間にてお茶を啜っていた。熱湯ではなく、井戸から汲み上げた冷水で淹れたものだ。
ずずっ。
今日も暑いなお茶が美味い。しかし暢気な時間は、いつだって唐突に破られるものだ。
「よっ」
次にやってきたのは、魔理沙だった。特に目的を帯びてきたわけでもなく、研究に一区切りつけたから気晴らしにやってきたとのこと。
霊夢は早苗に視線を投げて促す。
「早苗、相手をしてあげなさい。なんなら追い出しても構わないわよ」
ちゃぶ台に肘を突いて湯飲みを傾けていた彼女は、お腹がいっぱいで動きたくなかった。
魔理沙に目もくれずに言う。
「おいなんだよつれないな。ようやく魔理沙さんが研究に区切りをつけて、その自慢話に来てやったのに。ほらほら聞きたいだろう。いつものように懇願してみろよ」
「早苗」
「しょうがないですねぇ」
「お、なんだ、お前か? お前が聞くのか」
「私が耳の穴をかっぽじってよく聞いて流してあげます。どうぞ思いのまま語ってください」
「まあいいや。巫女なら誰だっていいんだぜ」
早苗は巫女ではないが。
だらだらと時間を潰して、日の沈みかけた夕方。最後にやってきたのは咲夜だった。
といっても単品ではなく、いつもの日傘がオプションのお子様セットでやってきた。
「ここは人間臭いわね……。霊夢、なんとかしなさい。でないと、またいつぞやのように血煙が舞うことになるわよ」
わざとらしく鼻を摘まむ仕草をして、尊大な態度でレミリアはそう言い放った。
咲夜は何も語らず、主人のそばに佇んでいる。
「神社は人が居て、神のおわす神聖なる敷地。去るのは悪しき妖怪です、レミリア・スカーレット」
無謀にも、早苗が噛み付いた。分社が近くにあるためか、強気なのかもしれない。
悪魔はほうと唸り、生来の弱者を見下す面持ちを見せる。
「神様きどりの小娘が、生意気を口にする」
「きどりではありません。私は現人神の末裔ですから」
「そう言うお前の神社も、天狗や河童の有象無象がたむろしてるじゃないか。そいつらすべてが悪しき妖怪ではないと言えるのか。人間どもを一度として襲ったことが無いと言えるのか。ん?」
「……む」
痛いところを突かれたのか、早苗は怯んだように見えた。
言い返そうと口を開き――しかし何も言葉が出なかったらしく、こちらを振り向いてきた。
「どうしましょう霊夢さん、言い返せません。なんとかして下さい」
「なあお腹すいた。どっちの巫女でもいいからなんか作ってくれよ。巫女が作りゃなんだっていいや」
「魔理沙さん。実は私、正確には巫女じゃありません」
「えっ、おい嘘だろっ!? 聞いてないぞ、そんな話は。そんな馬鹿なことがあってたまるかっ!」
「霊夢。とっととそいつらを追い返しなよ。喧しいことこの上ない。わたし達の逢引に邪魔じゃないか」
「あんたら全員帰りなさいよ」
なんだかんだで、誰一人として去る事は無かった。
レミリアが隣に腰を下ろしてくる。微妙に近いといえる距離。暑苦しい奴と思うも、この夜の王は人間よりひんやりしており、かつ夏の怪談のような薄気味悪い雰囲気を帯びているため、実際熱くはない。
魔理沙は誰彼構うことなく矢継ぎ早に言葉を漏らし、早苗が適当に聞いて流し、咲夜は相槌をうつ振りをしつつお嬢様の行動を探り、レミリアは何かとちょっかいをかけてくる。誰もが自らの思うがままに動き、そこには協調性の欠片も見られない。自分も含めてだが。
しばらくして夕飯を作ることになった。
レミリアたちは最初からその予定だったらしく、食材を持参してきていた。もちろん神社の主の許可が無いのは、言うまでも無く。
咲夜がすくっと立ち上がり、慣れた様子で声をかけてくる。
「霊夢、台所を借りるわよ」
「あっ、私もお手伝いしますよ。咲夜さん料理上手ですよね。宴会の席でいつも思ってたんですよ、コツがあれば是非教えて貰いたいなって」
「それならわたしも便乗しようかしら。洋食にも舌が慣れてきた頃合だし。ああ、いつものように時間は止めないでね。普通に作りましょ」
つられて早苗と霊夢も腰をあげた。
「そんなに人手は必要無いのだけど……」
困ったように頬に手を当てて、咲夜。
四人分の料理など彼女一人でおつりが来るだろう。十円饅頭に万札で支払うようなものだ。
早苗がぽんと手をあわせて、人好きのする笑みを浮かべて促した。
「いいじゃないですか。わいわいお話しながら作りましょうよ」
「そうね、わたしはあんたの手際を見てるだけでも良いわ」
「まあそれなら」
纏まったところで、レミリアがお嬢様然とした忠告をしてくる。
「おいお前達、私が思わず舌鼓を打つようなものを作れよ。食材は良いんだ、それを貶めるマネは許さないからな」
「そうだぞ。レミリアお嬢様の仰るとおりだ。心してかかれよ」
もっともらしく同意をする魔理沙に、霊夢は釘を刺しておいた。
「魔理沙、あんたも何かしら貢献しなさいよ。じゃないとケツビンタするわよ」
「さて、魔理沙さんはちょっくら安酒でも持ってこようかね」
ばびゅーんと、普通の魔法使いは魔法の森へ飛び立っていった。
咲夜と早苗が夕食の内容を話し合いながら台所へと向かい、霊夢も足を向けようとしたが、
「霊夢」
ぽつんと一人残った悪魔が呼びかけてきたので、振り返る。
「貴女はここに残りなさい。雑事にかまける必要は無い。それよりも賓客の相手を務める義務があるだろう」
「何よ、勝手に来た分際で。一人残されてさみしいのかしら」
「暇な時間は憎むべきものよ。そう思わない?」
レミリアの言葉に霊夢は肯定を表した。
「そうね、確かにその通りだわ。じゃあ向こうに行ってくるから」
「えっ?」
「これ貸してあげるから、大人しく待ってなさいな」
陰陽玉を彼女の元へと転がし、台所へと向った。
雑談に興じたため、割と時間が掛かってしまったが、夕食を作り終える。
お盆に載せて持っていくと、魔理沙とレミリアが陰陽玉を畳の上に転がして、ごろごろとキャッチボールをしていた。
それを取り上げて、夕飯をいただく。
「及第点ね。待たせた分、もう少し質を上げて欲しかったのだけど。それと霊夢。さっきの玉、明日貸してくれないかしら。どうせ使わないでしょう?」
「気に入ったの?」
「見ていて飽きないわ。とても深い色をしている。底を見通せないほどに」
「まあ駄目だけど。あれ、結構な縁起ものなのよ」
「そう、残念だわ」
大してそんな素振りも見せず、レミリアはつぶやいた。
わいわいと魔理沙と早苗が会話をし、夕食も終える。そして酒だと、魔理沙が張り切って酒瓶の封を開けようとしたとき。
すっと、レミリアが優雅な身のこなしで腰をあげた。
「悪いね、私はこれでお暇するよ」
「おいおい、夜はこれからだぜ。王様とあろうものがこんなにも良い夜を見逃すのか? それとも私の安い酒が飲めないってのか?」
からむ口調の魔理沙に、悪魔は犬歯を強調するように告げた。
「ふふっ……違うよ。こんな人間臭い場所で酒を口につけたら、気が高ぶってぎゃおー程度じゃ済まなくなるかもしれないからね。世にも珍しい吸血鬼の心づかいだ。感謝するんだね」
「そりゃ寛大な慈しみだこと」
「咲夜、お前は残りなさい」
「えっ、しかし、お嬢様をお一人で帰途に着かせる訳には……」
「命令だから従いなよ。日付が変わるまで帰ってくるなよ。なんなら泊まっていっても構わないんだ」
「こら、勝手に決めるな」
口を挟む。
しかしレミリアはきっぱりと無視して、口元を吊り上げた。含みも持たせた、先を見通したような笑みを浮かべる。
彼女はこちらに近寄ると、鮮やかな赤色の眼差しで顔を覗きこんできた。
「霊夢、近い日に家に来なよ。今日のお礼をしてあげるわ。きっとあなたの望むものが手に入る。だから必ず門を叩きなさい。いいわね?」
「気が向いたらね」
告げると、レミリアは気に食わないといった様子で鼻を鳴らした。
「ふん、貴女はいつもそれね。とにかく伝えたわ。お酒を飲んで、忘れたりしたら承知しないわよ。じゃあ咲夜、また明日、ね」
「あ、お嬢様っ」
戸惑う従者の声を聞かず、レミリアは去っていった。
「……」
しばし沈黙が間を詰めるが。
お互いの顔を見合わせて、早苗がしみじみと口を開いた。
「うーん、今までありそうでなかった組み合わせですね。新鮮です」
「あ、なにがだ?」
眉を上げて、魔理沙。
「ほら、判りませんか? ここに居るの、みんな人間です。わたし達だけが集うのって、これまで無かったじゃないですか」
「私はともかく、お前ら全員人間じゃないだろ。巫女だったり巫女もどきだったり狗だったり。私だけがか弱い里の人間じゃないか」
「私は風祝です。巫女もどきではありません」
訂正する早苗。
冗談じゃないと否定する魔理沙に、霊夢は淡々と事実を突きつけた。
「普通の人間は魔法なんて使わないし、空を飛べる時点であんたも暫定人間の仲間入りよ」
「そんな馬鹿な。お前らと一緒にカテゴライズされるなんて、甚だ不本意なんだぜ」
無視して、咲夜に視線を移す。
おそらく主人の意図を考えているのだろう、何処と無く思考する面持ちを浮かべている。
投げやりに声をかけた。
「気にすること無いわよ。妖怪なんてものはね、意味の無いことを、さも意味深に言ってニヤニヤするのが趣味なんだから。気にするだけ無駄だわ」
「あ、霊夢さん酷いですね。もしかしたらわたし達だけで話せるよう、気を利かせてくれたのかもしれないじゃないですか」
「無い無い。あの我が侭が服を着たような吸血鬼が、そんな殊勝なマネをするはずが無いわ。それは咲夜が一番理解してるでしょう?」
同意を求めて訊ねると、咲夜は表情を緩め小さくかぶりを振った。
「あら、そんな事無いわ。お嬢様は大変情の深い方よ。ただ時々、私では計りきれない言動をなさるのは確かだけど」
魔理沙がやれやれと肩を竦める。
「どうでもいいよ。酒飲もうぜ、酒。パーッと行こう」
咲夜は頷きを示して、あっさりと切り替えてきた。
「ええそうね、お嬢様が日が過ぎるまで帰るなと申し付けるのなら、私は存分に従うまでよ。じゃ、世話になるわね、霊夢」
「ははっ、良い心構えじゃないか咲夜。さあ飲もう飲もう。存分に悪酔いしようぜ、これは人間だけの特権だからな」
にやっと悪戯な笑みを浮かべた魔理沙は、酒瓶を傾けて咲夜の湯飲みへと注ぐ。
魔理沙が持参した物だけで足りないのは明白だったので、霊夢は新たな酒を取りに部屋を出た。神社にあるのは宴会で残った余りものの酒だ、出し惜しみをする必要も無いだろう。
零時を過ぎて。
成り行きで敢行することになった宴会は、それなりの盛り上がりを見せていた。
少なくとも、魔理沙が自分の夢を語りだしてしまうくらいには。
「星を創るんだ」
なぜその経緯へと至ったのかは判らなかったが、頬を赤く火照らせた彼女は、そう言って目を輝かした。
唄うように語りだす。
「五芒星、六芒星、七芒星、白星、黒星……図形じゃない星を、金平糖じゃない星を創るんだ。重力の元に色んな色がひしめいて輝いて、誰もが見たことの無い、でも誰もがこれは星だと断言する星を創るのが私の夢なんだ。まあ、今のところのな」
「貴女……恥かしいぐらいのロマンチストね。意外だわ」
「ええ、魔理沙さん、清清しいほどの乙女じゃないですか。聞いているこっちが赤面ものですよ」
「おいおい、恋と星の魔法使いさまを掴まえて、その台詞は無いんじゃないのか? 私は何時だって、何処に出しても恥かしい夢見る乙女なんだぜ」
あっけらかんと笑う魔理沙をぼんやりと眺めながら、霊夢は珍獣でも見る心地だった。
(めずらし……あいつが胸の裡を明かすだなんて)
捻くれた言動とは裏腹に、彼女は恐ろしいほど愚直な心を秘めている。
いつも煙に巻いて本心を明かす事は無いが、酔っ払っているのだろう。いや、居間を覆う空気に当てられたのかもしれない。
早苗と咲夜も――宴会ではもっぱら裏方に回る彼女達も、今日は随分とペースが速いようだった。
(しがらみが無ければ、開放的になるのは当然よね。わたし達は人間だもの)
神も妖怪も、この場には居ないのだから。
霊夢は熱くなった身体を沈める様に、小さく吐息を漏らした。
「じゃあ次は咲夜な。お前の夢というか信念というか目標というか、まあそんな感じの恥ずい話を語ってくれよ」
「あら、私が?」
きょとんとして、咲夜。
「おう。私だけなんて理不尽じゃないか。そんな不公平は許さない。魔法使いってのは、基本ギブアンドテイクを掲げているんだ」
「それ、魔理沙さんが言うと信憑性が増しますね」
「あははっ、そうだろ。言うじゃないか早苗。じゃあその次はお前で、トリが霊夢だ」
一人話を進める魔理沙に、霊夢は半眼を向ける。
「勝手に決めないでよ。私だけって、そもそもあんたが勝手に喋りだしたんじゃない」
「いいじゃないか。ここにゃ神様も妖怪も霊魂も居ないんだ。あいつらの言う、取るに足らない人間の私達に聞かれたって何がどうなるわけでもない。それに酒の席の話だ、明日には忘れてるし適当に本音のような嘘を言えばいいんだよ。そうだろ?」
と、咲夜に同意を求める。
咲夜は薄く笑って、頷いてみせた。
「そうね。今晩ばかりは魔理沙の口車に乗せられてもいいでしょう」
「まっ、とは言ってもお前の願いなんて、大体想像はつくがな。あのちみっこい悪魔に尽くすことだろう?」
にやにやと、わが意を得たりとばかりに、魔理沙。
が、咲夜は恬淡とした様子で否定した。
「残念だけど、それは違うわね」
「ほお?」
「あれ、違うんですか?」
これには、魔理沙も早苗も意外の声を上げた。
咲夜はしばし考え込むように間を挟んでから、軽く目を閉じた。
「私はね、お嬢様に尽くすことで私を捧げたい訳じゃないわ。むしろ逆ね、お嬢様の時間が欲しいのよ」
「時間が欲しい?」
と魔理沙。
咲夜は頷いて、まぶたを開けた。虚空に視線をやりながら、つぶやく。
「私の能力とは関係ないわ。お嬢様の時間が欲しい。あの紅い目が、裂けた瞳が、小さな唇が。蒼い髪の先端から二つの翼を通って足のつま先まで、お嬢様のお心を含めたすべての感心を、一秒でも構わないから私に向けてみたい。その時、はじめて本当の意味で、私は時間を得ることが出来ると思うのよ」
淡々と口にしてくる。
うわぁと魔理沙はそんな表情を隠しもしなかった。
「こりゃ重傷というか、なんだ?」
「なんか怪談話に近い雰囲気がありますね。や、でもこれはこれで乙女なのかもしれませんっ」
「乙女なのは魔理沙だけで間に合っているわ」
その物言いに、咲夜は軽く口元を吊り上げた。
レミリアの仕草に、少しだけ似ているかもしれない。
「ま、貴女の夢よりは、実現の可能性はあるかもしれないわよ? 最近、なんとなく目処がついてきたもの」
「はっ、本当かよ。私だって、あの地獄鴉を捕まえれば実現に漕ぎ付けるはずなんだぜ」
咲夜の言葉に含まれた言外の意味を、霊夢は漠然と感じ取っていた。
恐らく彼女の願いは叶うだろう。何時になるのかは判らないが、生と死の境界、その淵で。
「じゃあ次は貴女ね」
話しを振られ、うーんと、暢気に悩む早苗の声が聞こえてきた。
「そうですね、わたしは神奈子様と諏訪子さまに末永くお仕えできればいいかなーと思っています。それが今の夢ですね」
「おいなんだよ、つまらない良い娘ちゃんな回答だな」
「いえ、私はまったく良い娘なんかじゃないんですよ。よく勘違いされますけど」
「あん?」
「私がこの幻想郷に来ること、お二方は反対していたんです。そりゃもう猛然と、たけり狂ってました。あんたを連れて行く予定はない、仕いはあっちっで適当に見繕うから、わざわざこっちを捨ててまでついて来る必要は無いって」
合間を縫って、霊夢は口を挟んだ
「その言い分だと、あんたはこっちに来たかったわけ?」
「こっちに来たかった、というよりはお二方について行きたかったと言うべきかも知れませんね。猛反対を押切って、最後には頷かせました。つまりあれです、私、お二方の心づかいも意見も、まったく耳に入れなかったんです。そんなの知るかーって全部斬って捨てました。とにかく行かせろの一点張り。これって、物凄い自己中心的じゃないですか? きっとお二方にも、なにかしらのお考えがあったはずなんですから」
顎に手を当てて唸った魔理沙は、うなずいた。
「確かに。私に通じるところがあるな」
咲夜が付け加える。
「これでもしあの神様たちが嫌がっていたら、まごう事なきストーカーね」
「ああ、そうだな。その素質は十分にありそうだ。気をつけろよ、霊夢」
「どうしてわたしに振るのよ」
魔理沙を半眼を向けてから、早苗を見やる。
彼女はにこにこと笑みを浮かべていたが。
促してくる。
「では最後は霊夢さんですね。いや楽しみです。博麗の巫女さんはどんな夢を持つのでしょうか」
「びしっと締めて頂戴ね、霊夢」
「はいはい、判ったわよ」
「お、なんだ。これは期待して良いんだな」
煽られても、別段思う事は無かった。
夢――つまりは願望だろう。こうなって欲しい、ああなりたい。
霊夢とて欲はあるつもりだった。目を瞑って望む光景を思い描けば、脳裏にはいつだってあの風景が映し出される。
ならばきっと、それが夢と呼ばれるものなのだろう。
「わたしの夢はね、神社にたくさん人が集まって、お賽銭がいっぱい投げ入れられることよ」
自信を含んだ声音で、言葉にする。
が、何故だか沈黙が居間を支配した。
あれ? と霊夢が疑問符を浮かべた瞬間
「ぶっ」
魔理沙が噴出した。
そしてげらげらと、乙女とはかけ離れた笑い声を上げてくる。
「あはははっ。まあそうだろうな、そうだろうとは思ってたよ!」
「まあ貴女らしいといえば、らしいのかもしれないわね」
「霊夢さん……」
咲夜と早苗も、呆れを帯びた眼差しを向けてくる。
霊夢は少しうろたえた。
「な、なによその反応は。わたしの壮大な夢にケチをつけようってわけ? いい度胸じゃない」
睨みを返す。
咲夜が弁護する、というよりは宥めるような口調で台詞を紡いできた。
「十人いれば、十二人が違う色を持つのが幻想郷じゃない。わたしは応援するわよ? かわいい夢じゃないの」
「くくっ、そうだな。かわいいお子様の夢だな、霊夢」
ぴくりと、霊夢は眉を動かした。
「お子様ですって?」
「あーいやいや口が滑った。立派な夢だよ。期待通り、みごと締めてくれたな。くく、ぷーくすくす」
こいつは馬鹿にしている。
博麗の巫女がお賽銭を願って、何が可笑しいというのか。
早苗が持ち上げるように言ってくる。
「すばらしい夢じゃないですか。私は応援しますよ。ライバルですが。そして魔理沙さんは笑いすぎです」
「いや、真顔で言われちまったら、つい」
「霊夢には霊夢の夢がある、それを笑ったら駄目よ」
「ああ、そうだな。でも違うよ、違うぞ咲夜。こいつのは夢なんかじゃないだろう? そんなのとは違うもんだ。そうだろう?」
と、同意を求めるように、魔理沙。
その言葉にむっとして、霊夢は声にドスをきかせた。
「あんですって? 何処が夢じゃないっていうのよ。適当なこと言うとケツビンタするわよ」
「おいやめろよ。ケツビンタはやめろ。お前はあの痛さを知らないんだ。私の戦力も著しく削がれる」
「じゃあ言って御覧なさい。わたしの夢の、どこが夢じゃないのよ」
「ああなんだ、聞きたいのか?」
「つべこべ言わず、言いなさい」
魔理沙は笑い声を収めた。それでも嘲笑するような面持ちは消えなかったが。
言い聞かせるように、芝居でもするような仕草で、語りだす。
「じゃあ言ってやるぜ。いいかよく聞け巫女さんよ。夢ってのはな、まず自分を白紙にして考えるもんなんだよ。いじっぱりな気持ちとか、肩肘はった考えとか、背負う肩書きも全て捨てて、それでも人間何処かを目指そうと勝手に歩き出すんだ。その先にあるのが夢なんだよ、判るか?」
偉そうな口調で、説教でもするように言う。
正直な話、何を言っているのかいまいち判らなかったが、咲夜と早苗は判っているような表情をしていた。恐らく。
魔理沙は続けてくる。
「お前のその夢もどきはな。どうせあれだろ、わたしは博麗の巫女だからって、その考えが根本にあるんだろ。見え見えなんだよ。そんなのは夢じゃねえ。義務に近い別のもんだ」
「そんなこと――」
「いいから聞けよ。夢ってのはな、もっと熱くて力強い言葉なんだ。口に出すとな、表情が変わるんだ。こっちがうわなんだコイツって思っちまうもんなんだ。お前の言葉にはなんも無かった。だからお前の夢は夢じゃない。そりゃ別もんだ。模造品にも劣るニセモンだよ。判るか、私の言ってることが?」
「……」
言い返そうという気概はあった。
そもそも何を言ってるのか判らないし、納得できないのだから。
だが魔理沙の癖に生意気だという言葉は、声にはならなかった。
「魔理沙さん、それは言い過ぎです」
「いいんだよ。今日私をないがしろにした罰だ。それにどうせ明日にゃ全部忘れるだろ。私も、お前も、咲夜も霊夢も。なら私はもっと霊夢をいじめたいんだ。ボロ糞言って、こいつの涙目が見たいんだ。きっとかわいいぞ、くふふ」
「そ、それは私も見てみたいですね……」
「いい具合に歪んでいるわね、貴女達。それなら紅魔館にも勤められるわ」
「本の整理なら手伝ってやってるぜ」
「霊夢さん!」
がしっと早苗が肩を掴んでくる。
霊夢は口を尖らせて、彼女を見やった。
「なによ」
「私は霊夢さんの夢、すばらしいと思います。貴女は博麗の巫女なんですから、そういう願いを持って当然です。素晴らしい職業病です」
うんうんと、同意を示すように早苗。
慰めているつもりなのだろうか。
「ですがっ! ですがですね、本音を言わせて貰うと、やはりそれは少し間違っています!」
早苗にも否定され、霊夢は我知らず下唇を噛んでいた。
口を開く。
「……あんたもそう言うの? 私の夢、夢なんかじゃないって」
「おふぅっ。い、いえ、夢は夢です。霊夢さんの夢は夢なんです。間違ってるというのは、こう、巫女的に間違っているのです。いいですか? お賽銭を願うのは、間違いではありません。ですがそれはあまりにも即物な考えです。お賽銭というのは、祀る神様の御利益を人や妖怪が信じて、その信仰の証として投げ入れられるもの。つまり結果なのです。ですから、真に願うべきはその大本、信仰の普及でないといけません。判りますよね?」
「判らないわよ、馬鹿」
告げると、早苗はしばらく口をつぐんだ。
やがて神妙にこちらを見据え、言ってくる。
「そうですか……では第19回守矢博麗合同、巫女会議を開きましょう。ふたりきりで。肩を組んで。夜が明けるまで。くんずほぐれつ語り合いましょう!」
「ははっ、なんだ霊夢、早苗おねえちゃんに慰めて貰うのか?」
嘲笑の口調で、魔理沙。
そのまま続けてくる。
「私にいじめられたぐらいで、本当のこと言われて不貞腐れてるのか。いいさ、おねえちゃんに存分に慰めてもらえよ。まったく情けない巫女さんだな、八雲のお母さんも泣いてるぜ」
げらげらと笑う。
ぶちィっと何かが切れる音がして――
霊夢は腹の底から吼えた。
「魔理沙ぁぁぁ!」
どんっと、ちゃぶ台を踏み台にして、霊夢は飛び掛かった。
寝そべっていた魔理沙は不敵な笑みを浮かべると、ぐるりと回転してその突進をかわす。
酒瓶片手に立ち上がり、挑発の声で告げてきた。
「ひゃひゃひゃ! ほら来いよ霊夢! お前の相手は私だろう、好きなだけ構ってやるよ! もちろん酒だろ、なんたってここは宴会だからな。飲み比べでお前が勝ったら、前言を撤回してやるぜ!」
「いい度胸じゃない! でもまずはケツビンタよ! 話はそれからっ!」
「おいやめろ、ケツビンタはやめろ!」
「ああ霊夢さん……どうして、どうしてそっちに行ってしまうのですか! お姉ちゃんとお話しましょうよ!」
「貴方達、本当にうるさいわねえ」
ぽつりと、咲夜が呆れたように零した。
ここからどう展開していくのか楽しみです。
当方の取り得る対応も異なるので、後編でそれが解明されることを切に願います。
作品に対する感想も、その時一緒に述べさせて頂きたいと思います。
どんなトラウマ植え付けられたんだ
霊夢は「博麗の巫女」以外に自分を定義する事象が存在しないということを魔理沙は言いたいのでしょうか。
レミリア嬢の活躍に期待しつつ、下巻or中巻を楽しみにしています。
続きを、霊夢真の夢を待ってます。
そしてケツビンタの解明。これは続きが楽しみだ。期待を込めての点数です。
毎作楽しませてもらってます。
にしても、お嬢様のぎゃおーなシーンが見たかったのは内緒
にしても、神社に神様がいないってどうなのよ?ww
続きに期待
霊夢の夢はいったいどんなものになるんでしょうね。
魅魔様にそうとう喰らったんだなケツb…スパンキングwww
「時間よ止まれ、汝は美しい」
現時点ではキャラの描き方は最高だね。
でも続き超期待
霊夢か? 魅魔様か? それともまさか霖之助か?
だが、俺はそんなあんたが大好きだ。そのまま突っ走ってくれ!
個人的には尻尾の中の~の続きも読みたかったり…