「弱い」
そいつへの評価などそれだけだった。
人物評価なんて自分より強いか弱いか、あるいはほどほどか。その3つあれば十分。
突っかかってきたのは彼女の方からだった。新しい魔法の実践練習と他もろもろの用件と言うことで、対戦相手に私を選定した顔見知り魔女が来たので暇つぶしに遊んでやることにしたわけだが。軽く弄った結果、魔女は2分ほどで地面に伏すことになった。
あまりに一方的なのは好まないが、それでも相手を屈服させたときの快感は何にも変えがたいもの。相手がまぁまぁの実力者と来ればなおさら、自然と頬が緩む。
仰向けに倒れる魔女娘の横に降り立って、顔を覗き込んだ。
そして追い討ち、にこやかに一言。
「弱いわね」
「全力で吹っ飛ばす奴があるか。こっちは可愛い魔女っ子だぜ?もう少し優しくだな」
普通の魔法使い霧雨魔理沙はぶつくさと言葉を並べるが当然無視。
彼女が「稽古だけど手は抜くなよ?」と注文をつけたので要求通り割と力いっぱい叩き潰してやったのに、ひどい言われようだ。せいぜいが軽くスカート破けるか焼け焦げて、軽く額から血が出てて、軽く足を捻挫してるくらいじゃないか。墜落の拍子にあちこちぶつけて擦り剥いた傷の方が見た目には痛々しい。
とはいえやりすぎたなんてことはなく黒白はご覧の通りピンピンしてるわけで、別に心は痛まない。
「さて、これで勝率はどうなったかしら。8:2?いいえ9:1かも」
もちろん数字の多いほうが私で、低いのが黒白。
それでも魔理沙の口は達者である。
「今回は間が悪かったんだ。次は勝つ」
「この分だと、運の尽きがあなたの命日みたいね」
根拠のない自信とよく動く唇。運も実力のうちというが、あまりに頼りすぎると身を滅ぼすことになりかねない。
そう考えるとこの黒白は明日にでも目の前から消えてしまいそうな気がする。何でかって、特別何か能力があるわけでもないのに妖怪退治に行ったり魔界に行ったりと、常人なら即死確定なことに平気で首を突っ込むから。
しかし一応あの魅魔に師事していたわけだし、人間という規格からすれば10年に一人の逸材といったところか。まったくの無力でもないこの少女は、さながら開花を待つ蕾。
とはいえこのままではいずれ壁にぶち当たって、咲く前に誰かに踏み潰されてしまうのは目に見えていた。惜しいな、とは思うが要するに生きるだけの力のない花だ。そんなものが生き延びてもろくな目に会わない。
潰れてしまえばいい。
それが彼女のためだと本心で思う。何ならこれまで付き合ってきた仲だ、私が直接手を汚してやってもいい。
「魔理沙、あなたは運が良いだけの人間なのよ」
それでも、なんとはなしに忠告の言葉を並べてみた。
散るのは寂しい事。だから、この人間がおとなしく聞くとも思えなかったけど、私も説教垂れるほど立派でもないけど。
それでも言わないよりはマシだろう。私は続ける。
「今日だって、以前私が負けた仕返しにあなたを殺す気で弾幕を撃ってくる危険性を考えたの?そして、万一私の機嫌が最低最悪に悪くてそうなったとき、あなたは私の手から逃げ切れるのかしら?」
「いやいや、いくら幽香がゴキゲンナナメでもそれは」
「本当にそんな甘いことを考えてる訳?」
「‥‥‥その時は何とかするぜ」
口を尖らせ、額の切れた魔女は私から視線を外す。
何ともならない。自分が食われる側であることくらいはこいつもわかっている。さっきだって自分が二桁に及ぶ致命弾をもらっていることには、その危険球だけ私が意図して弱くしてあることくらいはさすがに気づいてるから。
「幸運なんて不確かなものにすがるのは惰弱と同義」
この魔女はそこまで落ちぶれてはいない。練磨に怠慢は見られないけど、最終的にはよくわからない根拠でもって気合で突貫するだけの鉄砲玉少女なのでそれまでの努力が割と無駄になってるというか。
まぁ、撤退とか逃走とかいった選択肢を捨ててるおかげで実力が100%引き出されていると言ってしまえばそれまでだが、それが成功するかは結局のところ実力と運の兼ね合い次第。
「やることに実力が伴ってないって言いたいんだろ?」
「あらあら、気を悪くしたかしら?」
不機嫌に拗ねる魔女を嘲笑う。戯れに煽っているようなものだから相手が機嫌を損ねようが知ったことではない。
ただ。顔を知ってる奴がどこかの地で静かに果てるというのは。仮にも、一回でも私を倒したことのある奴がくだらないことで居なくなるのは。
思うだけで腹が立つ。
私の与り知らぬ場所でよくわからない輩に取られてしまうくらいなら、やはり自らの手で手折ってしまうべきか。つらつら考えながらも説教は続ける。
「悔しいのなら力を求めなさい、力がないのなら奪い取りなさい。それがこの世界のすべて」
「相手から盗らなくったって」
「その結果がこの様。これが、今のあなた一人だけでやれる限界なのよ」
かすり傷の一つもない私の体。それが魔理沙と私の力の差を語る。
確かに彼女の主力である星弾幕やマジックミサイルに一見の価値はあるが、少なくとも今現在は、彼女が望む空を舞うにはいささか頼りない羽だ。
「簡単に言ってくれるが、奪うにも力はいるんだ」
「できぬなら朽ちるがいい。あなたはその程度の存在だった、ただそれだけ」
「それは幽香だから言えることだろ。他の奴まで同じ基準で測るなよ」
寝転んでいた魔理沙が上半身だけを起こす。彼女の視線の先には、太陽の花畑。私もそちらへと視線を移して。
美しく咲く花々。
私だから言える言葉、か。
彼女には、私が無敵の凶悪妖怪に見えているのだろうか。
こいつを比較すれば私のほうが断然強い。一、二回ほど負けたけど勝率を算出すれば間違いなく私のほうが上だ。本気の殺し合いは一応ご法度のこの世界ではそれが強さと言うもの。その数値の最も高い者が「最強」の称号を勝ち取れる。その数値を100%にした一人が「無敵」と呼び称えられる。
「私はこれでしか生きてこなかったから、他の術を知らないの。それで生きてこれたからこそ間違っているとも思わないしね」
無敵とはいかずとも最強を目指して。
人間のような協調性とか社会性を持たない妖怪たちは弱肉強食、強ければトップに立てた。つまり弱ければ潰される、それが嫌なら強くなれ。単純明瞭なシステム。
妖精に近しい、弱小種族の花の妖怪も例外なく。
強くなければ生きられなかった。それが、ちょっと前までの私たちのルール。
求めて、生き続けて。
磨き上げて完成させた、生きるための技。同じ時を歩んだ者達が一人また一人と倒れていく中、そうして生き延びた私は今ここにいる。
時は巡って、何度も回帰の年を見てきて。
有数の古参妖怪として名を連ね、後一歩で最強の称号を手にする位置まで登り詰めた妖怪に、身を守るための力など不要。時代は移ろい世界の法則も変化を続け、己を守る剣はいつしか当初の目的のために機能することはなくなった。
私を象徴する力は目的を失い、錆びついて。
「間違っていたのかしらね」
果てに、人間の小娘二人に敗れた。
全力の1発を攻略された、私はそれまでの妖怪だった。戯れだろうが敗北した事実は拭いようもない。
私のすべてが否定されたような。
こいつらに限ったことではない。長い時間の中で、あがいても超えられぬ種族の壁を知った。能力の優劣を知った。格下と思っていた奴に負けることさえ。
無敵にも最強になり損ねた、ちょっと力があるだけの出来損ない。
「おい大丈夫か?」
声に反応して振り返れば、魔理沙が割と真面目な瞳で見つめてきていた。
思いにふけって少し余裕をなくしていたようだが、何でかこいつに心配された。
「何が?」
「死にそうな顔してる」
「どんな顔よ」
私は軽く笑い飛ばすけど。
存在意義を失った妖怪に残された道などない、ただ消滅を待つのみ。そして、なったらなったでそれもまたよいかと考えてしまう自分に限界を感じてさらに沈む。
この娘のことは好いている部類ではあるけど、かといって人間相手に弱気を晒して勝手に凹むとはまったく情けない。出来損ないがさらに弱くなった証拠なのか。
もしかしたら彼女に風見幽香を見たのかもしれないが。
「私は、私の力でお前を越える。もちろん魅魔様にも、霊夢もだ。それまで勝手は許さないぜ」
「あら、弱いくせに生意気言ってくれるわね」
「だから、力が欲しい」
ボコボコにしても泣きつかなかった少女が、始めて私に求めてきた。
少女は上を目指す。
空が無限に広がっているように見えて、その実透明なガラスがそこに横たわっている。小さな籠の外へは出られないのだと、それを知って私は諦めてしまった。あなたも同じよ。届かない空があることを理解してきっと失望する。
「教えてくれ、幽香」
恥も捨てて、真っ直ぐ私を見つめて。
この娘を枯らしたくはない。絶望を知る前に折れてしまえ、倒れてしまえ。それが互いにとっての幸福。
終わらせてやる。綺麗なあなたのまま、せめて苦しむことのないよう。
決めても心中を激しく掻き乱される。
これから咲けるかもしれないのに、飛べるかもしれないのにここで芽を摘んで本当にいいのかと。
「あなたは弱いのよ。ちまっこいのをパラパラ撒いたってただの打ち上げ花火」
「言いたいことはわかるが私はこれで行こうって決めてるんだ。こればかりは譲る気はないし、否定するのはさすがに怒るぜ」
十分な花の強さと、日の光と、肥えた土壌と、水があれば。
黒白は強い。決して弾幕の強さだけではなくそこは認めよう。
下地は魅魔が整えた。霊夢という、共に歩む刺激相手もいる。
今彼女に足りない純粋な力は。
「そのなんちゃって弾幕が形になるまでの間くらいは、あなたを護る力になるでしょう」
生きる、あなたがその過酷に耐えて咲ける花ならば。
私を破ったことがマグレでないと言うなら、もう一度私の技を攻略して見せなさい。
できたのならあなたに伝えましょう。他の何にも使えない、ただ壊すだけの力を。害なすすべてを破壊する最強の矛を。
空を飛ぶ。
「もう一戦よ。力が欲しいのなら、立ちなさい魔理沙」
眼下の人間を見下ろして。
それに黒白は箒に跨がって私と同じ高度まで上がってきた。
そう。それでいい。
「この世界のすべては力よ。教授はしないわ。欲しいのなら、あなたの力で私から奪ってみせなさい」
「わかった。でもそれは幽香のものだ。だから借りるだけ、後で絶対に返す」
「もう私には不要の翼。あなたが使いなさい」
「じゃあ、死んだら返す」
「どうぞお好きに」
傘の先を魔女に向ける。
全力全開の1発。一撃にすべてを込めるだけ。本当に単純な、故に真っ直ぐで絶対に折れない。
優しくはしない。受け切れないのならそれまでの人間だった、それだけの話なのだから。
大丈夫。あなたはもっと高く飛べる。
けれどこれは無敵ではない。どう使うかはあなた次第。
「他の何も要らないわ。ただ一人を見つめ、一点に集中させ、一撃を叩き込む。よそ見するのはそれからよ」
一途なる閃光が空を飾る。
二つの花が舞う空を、紅い霧が覆い始めていた。
「イカロスは仮初めの翼で空を飛ぶ。身の程を知らず高みへ飛んだ翼はやがて燃え尽き、彼の者は地へと還る」
身の程を知らなかったのは私のほうだったのかもしれない。
踏み躙られるのが嫌で必死に強さを求めたあの頃よりも、地に下りて花と戯れるこの生き方こそが自分らしいのではないのかと今更ながらに思う。それでも後悔はない。今があるのはその過程があってこそなのだから。
振り返る。
自身を倒した強者は今は羽を休めている。
恋符、マスタースパーク
そう名付けられた彼女の新たな力。
かつて私を護り、今もまた一人の人間を支える、他の誰でもない彼女の羽。
私は問う。
「空は、飛べたかしら?」
それに人間はにかりと笑った。あちこち傷だらけで服は煤けてたけど。変わらぬ笑顔で。
「やっぱ、幽香は強いな。次は勝てる気がしない」
「当然」
「次も勝ちに行くぜ。今度は私自身の弾幕で」
まだ不熟だけど、変わらず真っ直ぐな瞳。それが彼女の美しさ。
華の成長を眺めるも一興。彼女は私をもっと楽しませてくれるだろう。だけど、それとも――
「そう何度も花は持たせないわよ?」
永遠に枯れない花を咲かせて。
もう一度空を目指してみるのも、いいかもしれない。
そいつへの評価などそれだけだった。
人物評価なんて自分より強いか弱いか、あるいはほどほどか。その3つあれば十分。
突っかかってきたのは彼女の方からだった。新しい魔法の実践練習と他もろもろの用件と言うことで、対戦相手に私を選定した顔見知り魔女が来たので暇つぶしに遊んでやることにしたわけだが。軽く弄った結果、魔女は2分ほどで地面に伏すことになった。
あまりに一方的なのは好まないが、それでも相手を屈服させたときの快感は何にも変えがたいもの。相手がまぁまぁの実力者と来ればなおさら、自然と頬が緩む。
仰向けに倒れる魔女娘の横に降り立って、顔を覗き込んだ。
そして追い討ち、にこやかに一言。
「弱いわね」
「全力で吹っ飛ばす奴があるか。こっちは可愛い魔女っ子だぜ?もう少し優しくだな」
普通の魔法使い霧雨魔理沙はぶつくさと言葉を並べるが当然無視。
彼女が「稽古だけど手は抜くなよ?」と注文をつけたので要求通り割と力いっぱい叩き潰してやったのに、ひどい言われようだ。せいぜいが軽くスカート破けるか焼け焦げて、軽く額から血が出てて、軽く足を捻挫してるくらいじゃないか。墜落の拍子にあちこちぶつけて擦り剥いた傷の方が見た目には痛々しい。
とはいえやりすぎたなんてことはなく黒白はご覧の通りピンピンしてるわけで、別に心は痛まない。
「さて、これで勝率はどうなったかしら。8:2?いいえ9:1かも」
もちろん数字の多いほうが私で、低いのが黒白。
それでも魔理沙の口は達者である。
「今回は間が悪かったんだ。次は勝つ」
「この分だと、運の尽きがあなたの命日みたいね」
根拠のない自信とよく動く唇。運も実力のうちというが、あまりに頼りすぎると身を滅ぼすことになりかねない。
そう考えるとこの黒白は明日にでも目の前から消えてしまいそうな気がする。何でかって、特別何か能力があるわけでもないのに妖怪退治に行ったり魔界に行ったりと、常人なら即死確定なことに平気で首を突っ込むから。
しかし一応あの魅魔に師事していたわけだし、人間という規格からすれば10年に一人の逸材といったところか。まったくの無力でもないこの少女は、さながら開花を待つ蕾。
とはいえこのままではいずれ壁にぶち当たって、咲く前に誰かに踏み潰されてしまうのは目に見えていた。惜しいな、とは思うが要するに生きるだけの力のない花だ。そんなものが生き延びてもろくな目に会わない。
潰れてしまえばいい。
それが彼女のためだと本心で思う。何ならこれまで付き合ってきた仲だ、私が直接手を汚してやってもいい。
「魔理沙、あなたは運が良いだけの人間なのよ」
それでも、なんとはなしに忠告の言葉を並べてみた。
散るのは寂しい事。だから、この人間がおとなしく聞くとも思えなかったけど、私も説教垂れるほど立派でもないけど。
それでも言わないよりはマシだろう。私は続ける。
「今日だって、以前私が負けた仕返しにあなたを殺す気で弾幕を撃ってくる危険性を考えたの?そして、万一私の機嫌が最低最悪に悪くてそうなったとき、あなたは私の手から逃げ切れるのかしら?」
「いやいや、いくら幽香がゴキゲンナナメでもそれは」
「本当にそんな甘いことを考えてる訳?」
「‥‥‥その時は何とかするぜ」
口を尖らせ、額の切れた魔女は私から視線を外す。
何ともならない。自分が食われる側であることくらいはこいつもわかっている。さっきだって自分が二桁に及ぶ致命弾をもらっていることには、その危険球だけ私が意図して弱くしてあることくらいはさすがに気づいてるから。
「幸運なんて不確かなものにすがるのは惰弱と同義」
この魔女はそこまで落ちぶれてはいない。練磨に怠慢は見られないけど、最終的にはよくわからない根拠でもって気合で突貫するだけの鉄砲玉少女なのでそれまでの努力が割と無駄になってるというか。
まぁ、撤退とか逃走とかいった選択肢を捨ててるおかげで実力が100%引き出されていると言ってしまえばそれまでだが、それが成功するかは結局のところ実力と運の兼ね合い次第。
「やることに実力が伴ってないって言いたいんだろ?」
「あらあら、気を悪くしたかしら?」
不機嫌に拗ねる魔女を嘲笑う。戯れに煽っているようなものだから相手が機嫌を損ねようが知ったことではない。
ただ。顔を知ってる奴がどこかの地で静かに果てるというのは。仮にも、一回でも私を倒したことのある奴がくだらないことで居なくなるのは。
思うだけで腹が立つ。
私の与り知らぬ場所でよくわからない輩に取られてしまうくらいなら、やはり自らの手で手折ってしまうべきか。つらつら考えながらも説教は続ける。
「悔しいのなら力を求めなさい、力がないのなら奪い取りなさい。それがこの世界のすべて」
「相手から盗らなくったって」
「その結果がこの様。これが、今のあなた一人だけでやれる限界なのよ」
かすり傷の一つもない私の体。それが魔理沙と私の力の差を語る。
確かに彼女の主力である星弾幕やマジックミサイルに一見の価値はあるが、少なくとも今現在は、彼女が望む空を舞うにはいささか頼りない羽だ。
「簡単に言ってくれるが、奪うにも力はいるんだ」
「できぬなら朽ちるがいい。あなたはその程度の存在だった、ただそれだけ」
「それは幽香だから言えることだろ。他の奴まで同じ基準で測るなよ」
寝転んでいた魔理沙が上半身だけを起こす。彼女の視線の先には、太陽の花畑。私もそちらへと視線を移して。
美しく咲く花々。
私だから言える言葉、か。
彼女には、私が無敵の凶悪妖怪に見えているのだろうか。
こいつを比較すれば私のほうが断然強い。一、二回ほど負けたけど勝率を算出すれば間違いなく私のほうが上だ。本気の殺し合いは一応ご法度のこの世界ではそれが強さと言うもの。その数値の最も高い者が「最強」の称号を勝ち取れる。その数値を100%にした一人が「無敵」と呼び称えられる。
「私はこれでしか生きてこなかったから、他の術を知らないの。それで生きてこれたからこそ間違っているとも思わないしね」
無敵とはいかずとも最強を目指して。
人間のような協調性とか社会性を持たない妖怪たちは弱肉強食、強ければトップに立てた。つまり弱ければ潰される、それが嫌なら強くなれ。単純明瞭なシステム。
妖精に近しい、弱小種族の花の妖怪も例外なく。
強くなければ生きられなかった。それが、ちょっと前までの私たちのルール。
求めて、生き続けて。
磨き上げて完成させた、生きるための技。同じ時を歩んだ者達が一人また一人と倒れていく中、そうして生き延びた私は今ここにいる。
時は巡って、何度も回帰の年を見てきて。
有数の古参妖怪として名を連ね、後一歩で最強の称号を手にする位置まで登り詰めた妖怪に、身を守るための力など不要。時代は移ろい世界の法則も変化を続け、己を守る剣はいつしか当初の目的のために機能することはなくなった。
私を象徴する力は目的を失い、錆びついて。
「間違っていたのかしらね」
果てに、人間の小娘二人に敗れた。
全力の1発を攻略された、私はそれまでの妖怪だった。戯れだろうが敗北した事実は拭いようもない。
私のすべてが否定されたような。
こいつらに限ったことではない。長い時間の中で、あがいても超えられぬ種族の壁を知った。能力の優劣を知った。格下と思っていた奴に負けることさえ。
無敵にも最強になり損ねた、ちょっと力があるだけの出来損ない。
「おい大丈夫か?」
声に反応して振り返れば、魔理沙が割と真面目な瞳で見つめてきていた。
思いにふけって少し余裕をなくしていたようだが、何でかこいつに心配された。
「何が?」
「死にそうな顔してる」
「どんな顔よ」
私は軽く笑い飛ばすけど。
存在意義を失った妖怪に残された道などない、ただ消滅を待つのみ。そして、なったらなったでそれもまたよいかと考えてしまう自分に限界を感じてさらに沈む。
この娘のことは好いている部類ではあるけど、かといって人間相手に弱気を晒して勝手に凹むとはまったく情けない。出来損ないがさらに弱くなった証拠なのか。
もしかしたら彼女に風見幽香を見たのかもしれないが。
「私は、私の力でお前を越える。もちろん魅魔様にも、霊夢もだ。それまで勝手は許さないぜ」
「あら、弱いくせに生意気言ってくれるわね」
「だから、力が欲しい」
ボコボコにしても泣きつかなかった少女が、始めて私に求めてきた。
少女は上を目指す。
空が無限に広がっているように見えて、その実透明なガラスがそこに横たわっている。小さな籠の外へは出られないのだと、それを知って私は諦めてしまった。あなたも同じよ。届かない空があることを理解してきっと失望する。
「教えてくれ、幽香」
恥も捨てて、真っ直ぐ私を見つめて。
この娘を枯らしたくはない。絶望を知る前に折れてしまえ、倒れてしまえ。それが互いにとっての幸福。
終わらせてやる。綺麗なあなたのまま、せめて苦しむことのないよう。
決めても心中を激しく掻き乱される。
これから咲けるかもしれないのに、飛べるかもしれないのにここで芽を摘んで本当にいいのかと。
「あなたは弱いのよ。ちまっこいのをパラパラ撒いたってただの打ち上げ花火」
「言いたいことはわかるが私はこれで行こうって決めてるんだ。こればかりは譲る気はないし、否定するのはさすがに怒るぜ」
十分な花の強さと、日の光と、肥えた土壌と、水があれば。
黒白は強い。決して弾幕の強さだけではなくそこは認めよう。
下地は魅魔が整えた。霊夢という、共に歩む刺激相手もいる。
今彼女に足りない純粋な力は。
「そのなんちゃって弾幕が形になるまでの間くらいは、あなたを護る力になるでしょう」
生きる、あなたがその過酷に耐えて咲ける花ならば。
私を破ったことがマグレでないと言うなら、もう一度私の技を攻略して見せなさい。
できたのならあなたに伝えましょう。他の何にも使えない、ただ壊すだけの力を。害なすすべてを破壊する最強の矛を。
空を飛ぶ。
「もう一戦よ。力が欲しいのなら、立ちなさい魔理沙」
眼下の人間を見下ろして。
それに黒白は箒に跨がって私と同じ高度まで上がってきた。
そう。それでいい。
「この世界のすべては力よ。教授はしないわ。欲しいのなら、あなたの力で私から奪ってみせなさい」
「わかった。でもそれは幽香のものだ。だから借りるだけ、後で絶対に返す」
「もう私には不要の翼。あなたが使いなさい」
「じゃあ、死んだら返す」
「どうぞお好きに」
傘の先を魔女に向ける。
全力全開の1発。一撃にすべてを込めるだけ。本当に単純な、故に真っ直ぐで絶対に折れない。
優しくはしない。受け切れないのならそれまでの人間だった、それだけの話なのだから。
大丈夫。あなたはもっと高く飛べる。
けれどこれは無敵ではない。どう使うかはあなた次第。
「他の何も要らないわ。ただ一人を見つめ、一点に集中させ、一撃を叩き込む。よそ見するのはそれからよ」
一途なる閃光が空を飾る。
二つの花が舞う空を、紅い霧が覆い始めていた。
「イカロスは仮初めの翼で空を飛ぶ。身の程を知らず高みへ飛んだ翼はやがて燃え尽き、彼の者は地へと還る」
身の程を知らなかったのは私のほうだったのかもしれない。
踏み躙られるのが嫌で必死に強さを求めたあの頃よりも、地に下りて花と戯れるこの生き方こそが自分らしいのではないのかと今更ながらに思う。それでも後悔はない。今があるのはその過程があってこそなのだから。
振り返る。
自身を倒した強者は今は羽を休めている。
恋符、マスタースパーク
そう名付けられた彼女の新たな力。
かつて私を護り、今もまた一人の人間を支える、他の誰でもない彼女の羽。
私は問う。
「空は、飛べたかしら?」
それに人間はにかりと笑った。あちこち傷だらけで服は煤けてたけど。変わらぬ笑顔で。
「やっぱ、幽香は強いな。次は勝てる気がしない」
「当然」
「次も勝ちに行くぜ。今度は私自身の弾幕で」
まだ不熟だけど、変わらず真っ直ぐな瞳。それが彼女の美しさ。
華の成長を眺めるも一興。彼女は私をもっと楽しませてくれるだろう。だけど、それとも――
「そう何度も花は持たせないわよ?」
永遠に枯れない花を咲かせて。
もう一度空を目指してみるのも、いいかもしれない。
ただそれだと1,2回負けた、というのはどうもしっくり来ませんでした。
後は魔理沙への呼び方が多くて落ち着かない印象がありました。
統一してみればまとまりが出て良いかもしれないです。
と、少し気になったので・・・・・・偉そうですいません。
表現と台詞回しは素敵だと思います。ツボです。
貴方の書く動きのあるキャラを見てみたいなと思いました。
全体としては良い話でした