私は古明地さとりと一緒に旧都街道を歩いている。
ガランゴロンと余り響きが良くない下駄の音を立てて。
いや、正確には歩いているのはさとりだけで、私は縄でぐるぐるに巻かれ荷物か何かのようにさとりに引きずられていた。
「何で私は縄で縛られてるのかしら」
「さあ」
数刻前、いつも通り地底と地上を結ぶ橋に居たところへさとりが尋ねて来た。
いつもの愚痴でも垂れに来たのだろうと思っていたが、挨拶もなしに裾口から縄を取り出すと、鮮やかに私を雁字搦めにした。
「何で私は引っ張っられてるのかしら」
「さあ、ご自分の胸に聞いてみてはどうです」
突然の出来事と、余りの鮮やかさに何が起きたのか把握出来ないまま、さとりが縄の端を持って歩き出す。
縄の反対側にいる私は当然さとりに引っ張られる。
「まぁ、確かにあんたの胸じゃ聞くほども無いだろうけど」
「よろしければ、縄の結び方を変えましょうか?引っ張っている縄が首に掛かるように」
「すみませんでした」
いくら一度死んだ身とは言え、首を絞められれば苦しい。
しかし何故私はこんな目に合っているんだろうか。
考えても分からなかった。考えている時も、さとりは歩くのをやめない。
ガランゴロンと引きずられた私の下駄の音も響いている。
・・・
私は旧都街道を歩くさとりに引きずられていた。
妖怪が野次馬になり、何事かと取り巻くように見ている。
「注目されてるわよ」
「注目されてるのは主にあなたのようですよ」
それはそうだ、「あの」地霊殿の主に引きずられて旧都街道を行く奴なんて私くらいだろう。
何をしたんだ、とか殺されるのか、と野次馬連中が噂し合っている。
さとりは普段は大人しい性格で権力を傘に着て威張る事も無いので、目立つ事も恨まれる事も殆ど無い。
そんな「静かなる古明地」とでも言うべき奴が旧都街道を、ぐるぐる巻きにした妖怪を引きずって歩いているのだ。
当事者でなければ私だってそんな地霊殿の主の怒りを買った間抜けな妖怪を見に行っただろう。
しかし、残念ながらその間抜けな妖怪の役は私で、しかも何故当事者になっているのかも分かっていない状況だった。
地霊殿には殆ど行かないし、もしあるとしたら尋ねて来たさとりの愚痴相手をしていた時だろうか。
「残念ながらあなたは地霊殿に来ていますよ、割と最近に」
さとりは私の考えていた事を否定する。地霊殿に最近行った?いつの事だろうか。
去年の定期報告以降、地霊殿に行った記憶が無い。
ふぅ、っとさとりが溜息を漏らしながら私の方を見る。
私が本当に思い出せないでいる事に半ば呆れているようだ。
思い出させる事を諦めたのか、独り言のように呟き始める。
「うちのこいしがね」
こいし・・・何で私じゃなくてこいしの名前が?
「私の部屋に何か仕掛けていたらしくて、それがどうもお空繋がりで山から持って来た機械らしいんですよ」
機械?どこかでこいしと機械との繋がりが頭に浮かんだ。
「その機械がどうも、遠くにいながらその機械のある場所を覗く事が出来るもののようでして」
・・・思い出した。と言うよりこいしと機械が記憶の中で繋がった。
確か一週間くらい前に、家に帰って寝ようと着替えていた時、こいしが現れた。
「一緒に来て」
どこへ、と聞く間もなく、満面の笑みのまま簀巻きにした私を抱え上げて地霊殿へと連れ去ったのだ。
何だってこの姉妹はそろって、私を巻くのか。それとも私が巻かれやすい体質か何かなのか。
まぁ、その時に確かに地霊殿に行った。いや、連れて来られた。
そんな機械も見たし、さとりも映っていた。どんな内容かは言わないでおくが。
その機械を見ながらこいしの姉へののろけとも愚痴とも付かない話を酒を飲みながら延々と聞かされた。
余りに下らなかったのと酒のせいもあって、今日まで記憶の外に追いやられていたのだが。
「そんなわけでして、機械の事を知っておきながら私に知らせなかった方とお話をしたくて、このようになった次第です」
手元に握った縄をくいっくいっと引っ張ってみせる。
「いや、どっちかと言うと私も被害者のような気がするんだけど」
「ええ、その辺はきちんと考慮していますよ」
考慮してこれか。
「こいしはどうしてるの?」
「とりあえず、一通りのお仕置きを済ませてから逆さ磔にしています」
ああ、これから私もお仕置きのフルコースか、あんまり体は丈夫じゃないんだけどな。
「ああ、大丈夫ですよ、あなたにはお仕置きはしませんので」
「へ?」
「あなたは、何事も仕方ないと諦める傾向が強い。そんな方にお仕置きをしたところで、仕方ないと耐える事しか考えないので何の効果も期待出来ません」
「褒められてるのかしら」
「褒めて、はいませんね、むしろ良くない傾向だと私は思っています」
さとりの顔がわずかに曇っている。
「あなたは生きていた時も、死ぬ事になった時も、そして今に至るまでの全てを『仕方ない』で割り切っていますね」
「・・・そうよ、仕方ないわ。私には逆らうだけの力も無かった」
「しかも自分が居なくなっても構わない、むしろ自分が居なくなる事で全てが収まるならその方が良いとも考えている」
さとりの胸元にある第三の眼の視線を強く感じる。痛くも無い腹を、余り愉快で無い過去を探られているようで気分が悪い。
「何が言いたいの?」
「あなたには自主性や観念と言うものが足りない。だから私がこいしに覗かれていても、自分がそうされる事を考えてもなお仕方が無いと、何もしなかった」
「面倒に巻き込まれたくないだけよ」
「そうですか、そうやって生前も仕方が無いと、誰にでも肌を晒して来たのでしょう」
それが何でも無い事のように、何の感情も無いような言われ方をされるとさすがに黙っていられない。
「・・・人の過去をそうやって掘り返して楽しい?」
「楽しいと思いますか?」
さとりの顔は楽しんでもいないし笑っているわけでもない。悲しみ、怒り、どちらとも取れないような表情をしていた。
「あなたが生前どのような生き方をしていたのかは知っています。
そうしなければいけなかったのであれば、それも『仕方ない』でしょう。
ですが妖怪となった今も何事に対しても『仕方ない』としか考えていない」
第三の眼は相変わらずこっちを視ている。
その視線は私を苛立たせ、つい思っても居ない事が口に出る。
「別に、今だってそうやって生きて行ったって構わないわ」
その言葉に反応して、周りの野次馬が一気に騒がしくなる。
どうせ好色な考えでも思い浮かべてる奴が半分、貞操観の無い奴だとか嫌悪と哀れみで見つめてくる奴が半分と言ったところだろう。
野次馬なんて無責任になれなければやっていけないから平気で無責任な事を言う。
人も妖怪も昔も今も変わりはしない。
しかし、その声はすぐにさとりにかき消される。
「黙れ」
決して大きくはないが、心を射抜くようなその声は聞いた者に畏怖を植え付ける。
中には腰を抜かす奴まで出る始末。これで能力は使っていないのだから、これが妖怪の格と言うものだろうか。
「水橋パルスィ、あなたは、あなたの本心はどこにあるのですか。
私がそうしろと言えばあなたは抵抗無くそうするでしょう、けれどそれは本心ではない」
さとりの顔は悲しいような表情。
何故、罰を受けている私じゃなくてあんたがそんな顔をしてる。
「確かに己を殺すと言う事も時には必要でしょう。ですがあなたは常に自分と言うものを殺してしまっている」
そう、私はこうして暮らして行ければ良いし、他に何も望まない。
いや、暮らして行けなくても、例え死ねと言われればそれも仕方ないと受け入れるだろう。
どちらにしろそれに逆らったところで生きて行く術を私は知らない。
あぁ。
そうか、知らない事が私にとって『仕方ない』事なんだ。
思えば生きている時も、知っている事なんて街のほんの一部の事だけだった。
だけどそれ以外は知らない事だから『仕方ない』、そこをはみ出さないようにするしかなかった。
何も求めない事で、そうする事でしか生きて行けない。
妖怪らしからぬ答えだが、恐らくさとりの私に対する評価も同じようなものなのだろう。
気のせいか、さとりの表情が肯定しているように見える。
誰かを妬む事はあるが、それは私の本心ではなくて単に能力を使っているだけだ。
妬ましいなんて、別に思ってはいない。何も、感情すらも無い。
そう思ったら、自分が情け無くなって、いつの間にか涙が一粒流れ、それが呼び水のように次々と涙を流し続ける。
ぐるぐる巻きにされているから、顔を隠す事も出来ない。せめて、こんな情け無い顔は見せないように隠したかった。
野次馬が「やり過ぎじゃないか」と騒がしくなったが、さとりが辺りを一にらみすると、また静かになった。
「それで、どうするのです」
さとりはどうしろとは言わなかった。答えを押し付けるのではなく、私に出させようとしている。
「っ・・・分からないわ」
「分からないではありません。あなたは答えを出さないといけない。今まであなたが避けて見て来なかったものを見なければいけない、知らなければいけない」
こうなったさとりは容赦が無い。
以前、妹のこいしに対しても同じように泣いても許しを請われても答えられるまでずっと責め続けたのを見ている。
人目につく橋の前で、誰が来ようとも、ペットが間に入ろうとしても、決して許さなかった。
そうしているさとりは責められている妹よりも辛そうな顔をしていた。
涙で見えないが、今のさとりもまたあの時と同じ、辛い顔をしているのだろうか。
答えを出さないといけない。
「知り、たい」
「何をです?」
「今まで、私が、見て来なかった、もの、知ろうとも、しなかったもの、全て」
嗚咽で途切れ途切れになりながら、私は見捨てて来た過去と向き合う意志をさとりに示した。
「それがあなたの答えですか?」
さとりは私が振り絞って出した答えを、間違いが無いか尋ねる。
見当外れな答えを出したのでは無いかと一瞬考えるが、それ以外に私の欲しいものなんて無い。
「ええ、間違い無いわ」
なるべく途切れ途切れにならないように毅然と答える。
「分かりました」
さとりが手元の縄を引っ張り何か動かしたかと思うと、私を縛っていた縄が緩んだ。
「もう手足は自由に動かせるはずですよ」
まさか、さっきまで雁字搦めにされていたのに、と半信半疑で動かすと、縄は力なく地面に落ちて行く。
急いで情け無い顔を覆い、服の端で涙を拭う。
さとりがハンカチを差し出してくれる。
「あなたは本来強いのです、ただその強さを出せる環境が無かった、だからその強さを己を殺す事にしか使えなかった」
「うるさいわね、優しくしないでよ」
ハンカチを掠め取るようにして顔に当てる。
「そう、あなたは強い。今こうして意地が張れるくらいに」
さっきまでのさとりの悲しい声も厳しい声も聞こえない。ただ聞こえるのは優しい声。思わず、すがり付いてしまう声。
いつの間にかさとりに子供みたいに抱きつき、そうしてまた泣いた。
そんな私をさとりは優しく包み込むようにして泣きたいだけ泣きなさい、と受け止めてくれた。
さとりの腕の中で泣いている時に、ふとこいしが以前言っていた言葉を思い出す。
「お姉ちゃんには、枯れない花であって欲しい」
「どんな事をしてもどんな事が合っても、枯れない花」
例えば、ここで私が優位に立つため、私が知っているさとりの恥ずかしい内情を暴露したところで、それがどうしました、と言うだろう。
そんな事など意にも介さず、自分のやる事をやり通す。
野次馬連中など黙らせる。それだけの力があり、また意思がある。
あの地霊殿の主を務められるわけだ。
凛と咲いていて、時に厳しいが同時に優しくもある。
こいしはあんなに叱られても、なお姉にそうであって欲しいと言っているのだろう。
そして姉のようにはなれないと言うこいしの気持ちが少し分かった気がした。
・・・
いつの間にか野次馬連中も散り、ハンカチが使い物にならない程度にグズグズになった時には涙も止まっていた。
さとりが口を開く。
「地霊殿にいらっしゃい。昔から蓄えさせた本や資料があるので、あなたの知りたい事の一部もきっとそこにあるでしょう」
「そう、そうね。何事も知らなければ始まらないわ」
そう言って立ち上がると、体についた埃を叩く。
「でも、橋の方はどうしようかしら」
「ああ、それならペットを数匹既に向かわせていますので問題有りませんよ」
こいつ、こうなる事を見越してたな。
「どちらにしても、こうしている間は必要だったでしょう?」
にっこり笑って言う。
「・・・あんたのその性格が妬ましいわ」
「どう致しまして」
-終わり-
ガランゴロンと余り響きが良くない下駄の音を立てて。
いや、正確には歩いているのはさとりだけで、私は縄でぐるぐるに巻かれ荷物か何かのようにさとりに引きずられていた。
「何で私は縄で縛られてるのかしら」
「さあ」
数刻前、いつも通り地底と地上を結ぶ橋に居たところへさとりが尋ねて来た。
いつもの愚痴でも垂れに来たのだろうと思っていたが、挨拶もなしに裾口から縄を取り出すと、鮮やかに私を雁字搦めにした。
「何で私は引っ張っられてるのかしら」
「さあ、ご自分の胸に聞いてみてはどうです」
突然の出来事と、余りの鮮やかさに何が起きたのか把握出来ないまま、さとりが縄の端を持って歩き出す。
縄の反対側にいる私は当然さとりに引っ張られる。
「まぁ、確かにあんたの胸じゃ聞くほども無いだろうけど」
「よろしければ、縄の結び方を変えましょうか?引っ張っている縄が首に掛かるように」
「すみませんでした」
いくら一度死んだ身とは言え、首を絞められれば苦しい。
しかし何故私はこんな目に合っているんだろうか。
考えても分からなかった。考えている時も、さとりは歩くのをやめない。
ガランゴロンと引きずられた私の下駄の音も響いている。
・・・
私は旧都街道を歩くさとりに引きずられていた。
妖怪が野次馬になり、何事かと取り巻くように見ている。
「注目されてるわよ」
「注目されてるのは主にあなたのようですよ」
それはそうだ、「あの」地霊殿の主に引きずられて旧都街道を行く奴なんて私くらいだろう。
何をしたんだ、とか殺されるのか、と野次馬連中が噂し合っている。
さとりは普段は大人しい性格で権力を傘に着て威張る事も無いので、目立つ事も恨まれる事も殆ど無い。
そんな「静かなる古明地」とでも言うべき奴が旧都街道を、ぐるぐる巻きにした妖怪を引きずって歩いているのだ。
当事者でなければ私だってそんな地霊殿の主の怒りを買った間抜けな妖怪を見に行っただろう。
しかし、残念ながらその間抜けな妖怪の役は私で、しかも何故当事者になっているのかも分かっていない状況だった。
地霊殿には殆ど行かないし、もしあるとしたら尋ねて来たさとりの愚痴相手をしていた時だろうか。
「残念ながらあなたは地霊殿に来ていますよ、割と最近に」
さとりは私の考えていた事を否定する。地霊殿に最近行った?いつの事だろうか。
去年の定期報告以降、地霊殿に行った記憶が無い。
ふぅ、っとさとりが溜息を漏らしながら私の方を見る。
私が本当に思い出せないでいる事に半ば呆れているようだ。
思い出させる事を諦めたのか、独り言のように呟き始める。
「うちのこいしがね」
こいし・・・何で私じゃなくてこいしの名前が?
「私の部屋に何か仕掛けていたらしくて、それがどうもお空繋がりで山から持って来た機械らしいんですよ」
機械?どこかでこいしと機械との繋がりが頭に浮かんだ。
「その機械がどうも、遠くにいながらその機械のある場所を覗く事が出来るもののようでして」
・・・思い出した。と言うよりこいしと機械が記憶の中で繋がった。
確か一週間くらい前に、家に帰って寝ようと着替えていた時、こいしが現れた。
「一緒に来て」
どこへ、と聞く間もなく、満面の笑みのまま簀巻きにした私を抱え上げて地霊殿へと連れ去ったのだ。
何だってこの姉妹はそろって、私を巻くのか。それとも私が巻かれやすい体質か何かなのか。
まぁ、その時に確かに地霊殿に行った。いや、連れて来られた。
そんな機械も見たし、さとりも映っていた。どんな内容かは言わないでおくが。
その機械を見ながらこいしの姉へののろけとも愚痴とも付かない話を酒を飲みながら延々と聞かされた。
余りに下らなかったのと酒のせいもあって、今日まで記憶の外に追いやられていたのだが。
「そんなわけでして、機械の事を知っておきながら私に知らせなかった方とお話をしたくて、このようになった次第です」
手元に握った縄をくいっくいっと引っ張ってみせる。
「いや、どっちかと言うと私も被害者のような気がするんだけど」
「ええ、その辺はきちんと考慮していますよ」
考慮してこれか。
「こいしはどうしてるの?」
「とりあえず、一通りのお仕置きを済ませてから逆さ磔にしています」
ああ、これから私もお仕置きのフルコースか、あんまり体は丈夫じゃないんだけどな。
「ああ、大丈夫ですよ、あなたにはお仕置きはしませんので」
「へ?」
「あなたは、何事も仕方ないと諦める傾向が強い。そんな方にお仕置きをしたところで、仕方ないと耐える事しか考えないので何の効果も期待出来ません」
「褒められてるのかしら」
「褒めて、はいませんね、むしろ良くない傾向だと私は思っています」
さとりの顔がわずかに曇っている。
「あなたは生きていた時も、死ぬ事になった時も、そして今に至るまでの全てを『仕方ない』で割り切っていますね」
「・・・そうよ、仕方ないわ。私には逆らうだけの力も無かった」
「しかも自分が居なくなっても構わない、むしろ自分が居なくなる事で全てが収まるならその方が良いとも考えている」
さとりの胸元にある第三の眼の視線を強く感じる。痛くも無い腹を、余り愉快で無い過去を探られているようで気分が悪い。
「何が言いたいの?」
「あなたには自主性や観念と言うものが足りない。だから私がこいしに覗かれていても、自分がそうされる事を考えてもなお仕方が無いと、何もしなかった」
「面倒に巻き込まれたくないだけよ」
「そうですか、そうやって生前も仕方が無いと、誰にでも肌を晒して来たのでしょう」
それが何でも無い事のように、何の感情も無いような言われ方をされるとさすがに黙っていられない。
「・・・人の過去をそうやって掘り返して楽しい?」
「楽しいと思いますか?」
さとりの顔は楽しんでもいないし笑っているわけでもない。悲しみ、怒り、どちらとも取れないような表情をしていた。
「あなたが生前どのような生き方をしていたのかは知っています。
そうしなければいけなかったのであれば、それも『仕方ない』でしょう。
ですが妖怪となった今も何事に対しても『仕方ない』としか考えていない」
第三の眼は相変わらずこっちを視ている。
その視線は私を苛立たせ、つい思っても居ない事が口に出る。
「別に、今だってそうやって生きて行ったって構わないわ」
その言葉に反応して、周りの野次馬が一気に騒がしくなる。
どうせ好色な考えでも思い浮かべてる奴が半分、貞操観の無い奴だとか嫌悪と哀れみで見つめてくる奴が半分と言ったところだろう。
野次馬なんて無責任になれなければやっていけないから平気で無責任な事を言う。
人も妖怪も昔も今も変わりはしない。
しかし、その声はすぐにさとりにかき消される。
「黙れ」
決して大きくはないが、心を射抜くようなその声は聞いた者に畏怖を植え付ける。
中には腰を抜かす奴まで出る始末。これで能力は使っていないのだから、これが妖怪の格と言うものだろうか。
「水橋パルスィ、あなたは、あなたの本心はどこにあるのですか。
私がそうしろと言えばあなたは抵抗無くそうするでしょう、けれどそれは本心ではない」
さとりの顔は悲しいような表情。
何故、罰を受けている私じゃなくてあんたがそんな顔をしてる。
「確かに己を殺すと言う事も時には必要でしょう。ですがあなたは常に自分と言うものを殺してしまっている」
そう、私はこうして暮らして行ければ良いし、他に何も望まない。
いや、暮らして行けなくても、例え死ねと言われればそれも仕方ないと受け入れるだろう。
どちらにしろそれに逆らったところで生きて行く術を私は知らない。
あぁ。
そうか、知らない事が私にとって『仕方ない』事なんだ。
思えば生きている時も、知っている事なんて街のほんの一部の事だけだった。
だけどそれ以外は知らない事だから『仕方ない』、そこをはみ出さないようにするしかなかった。
何も求めない事で、そうする事でしか生きて行けない。
妖怪らしからぬ答えだが、恐らくさとりの私に対する評価も同じようなものなのだろう。
気のせいか、さとりの表情が肯定しているように見える。
誰かを妬む事はあるが、それは私の本心ではなくて単に能力を使っているだけだ。
妬ましいなんて、別に思ってはいない。何も、感情すらも無い。
そう思ったら、自分が情け無くなって、いつの間にか涙が一粒流れ、それが呼び水のように次々と涙を流し続ける。
ぐるぐる巻きにされているから、顔を隠す事も出来ない。せめて、こんな情け無い顔は見せないように隠したかった。
野次馬が「やり過ぎじゃないか」と騒がしくなったが、さとりが辺りを一にらみすると、また静かになった。
「それで、どうするのです」
さとりはどうしろとは言わなかった。答えを押し付けるのではなく、私に出させようとしている。
「っ・・・分からないわ」
「分からないではありません。あなたは答えを出さないといけない。今まであなたが避けて見て来なかったものを見なければいけない、知らなければいけない」
こうなったさとりは容赦が無い。
以前、妹のこいしに対しても同じように泣いても許しを請われても答えられるまでずっと責め続けたのを見ている。
人目につく橋の前で、誰が来ようとも、ペットが間に入ろうとしても、決して許さなかった。
そうしているさとりは責められている妹よりも辛そうな顔をしていた。
涙で見えないが、今のさとりもまたあの時と同じ、辛い顔をしているのだろうか。
答えを出さないといけない。
「知り、たい」
「何をです?」
「今まで、私が、見て来なかった、もの、知ろうとも、しなかったもの、全て」
嗚咽で途切れ途切れになりながら、私は見捨てて来た過去と向き合う意志をさとりに示した。
「それがあなたの答えですか?」
さとりは私が振り絞って出した答えを、間違いが無いか尋ねる。
見当外れな答えを出したのでは無いかと一瞬考えるが、それ以外に私の欲しいものなんて無い。
「ええ、間違い無いわ」
なるべく途切れ途切れにならないように毅然と答える。
「分かりました」
さとりが手元の縄を引っ張り何か動かしたかと思うと、私を縛っていた縄が緩んだ。
「もう手足は自由に動かせるはずですよ」
まさか、さっきまで雁字搦めにされていたのに、と半信半疑で動かすと、縄は力なく地面に落ちて行く。
急いで情け無い顔を覆い、服の端で涙を拭う。
さとりがハンカチを差し出してくれる。
「あなたは本来強いのです、ただその強さを出せる環境が無かった、だからその強さを己を殺す事にしか使えなかった」
「うるさいわね、優しくしないでよ」
ハンカチを掠め取るようにして顔に当てる。
「そう、あなたは強い。今こうして意地が張れるくらいに」
さっきまでのさとりの悲しい声も厳しい声も聞こえない。ただ聞こえるのは優しい声。思わず、すがり付いてしまう声。
いつの間にかさとりに子供みたいに抱きつき、そうしてまた泣いた。
そんな私をさとりは優しく包み込むようにして泣きたいだけ泣きなさい、と受け止めてくれた。
さとりの腕の中で泣いている時に、ふとこいしが以前言っていた言葉を思い出す。
「お姉ちゃんには、枯れない花であって欲しい」
「どんな事をしてもどんな事が合っても、枯れない花」
例えば、ここで私が優位に立つため、私が知っているさとりの恥ずかしい内情を暴露したところで、それがどうしました、と言うだろう。
そんな事など意にも介さず、自分のやる事をやり通す。
野次馬連中など黙らせる。それだけの力があり、また意思がある。
あの地霊殿の主を務められるわけだ。
凛と咲いていて、時に厳しいが同時に優しくもある。
こいしはあんなに叱られても、なお姉にそうであって欲しいと言っているのだろう。
そして姉のようにはなれないと言うこいしの気持ちが少し分かった気がした。
・・・
いつの間にか野次馬連中も散り、ハンカチが使い物にならない程度にグズグズになった時には涙も止まっていた。
さとりが口を開く。
「地霊殿にいらっしゃい。昔から蓄えさせた本や資料があるので、あなたの知りたい事の一部もきっとそこにあるでしょう」
「そう、そうね。何事も知らなければ始まらないわ」
そう言って立ち上がると、体についた埃を叩く。
「でも、橋の方はどうしようかしら」
「ああ、それならペットを数匹既に向かわせていますので問題有りませんよ」
こいつ、こうなる事を見越してたな。
「どちらにしても、こうしている間は必要だったでしょう?」
にっこり笑って言う。
「・・・あんたのその性格が妬ましいわ」
「どう致しまして」
-終わり-
前半は機械を見たお仕置きだったのに
後半になるとお仕置きはパルスィの為にみたいになっている所に疑問符が……
ストーリーとして一本になっていないんですね。書きたい事をまとめ切れていない。
この辺、人に見て貰わないと分からないところなので、ありがたいです。
もう少し練り込まないと駄目かな。