最近の美鈴はよく起きている。
午後に紅魔館に行っても何食わぬ顔で門の前に立っている。
そして私の姿を確認すると笑顔で『アリスさん!』って手を振ってくれる。
それが私には嬉しくて、でもどうしようもなく恥ずかしくて。
いつも顔を逸らして『またお邪魔させてもらうわね』ってぶっきらぼうに答えるんだ。
美鈴がどんな顔してるのかわからないけど、今の私にはこれが限界なのである。
「あら、また来たのねアリス」
「また来て悪かったわねパチュリー」
今は図書館。
相変わらずパチュリーは本に目を向けたまま私に挨拶してくる。
まあ、それはいつものことだから特に気にしてないけど。
私は最早、自分の席になりつつある椅子に腰をおろして机の上にあった本に目をやった。
そこには私が昨日読み終えた本の続きにあたる本が置いてあった。
「パチュリー? これ、用意してくれたの?」
「残念。用意したのは小悪魔よ」
「そうなの?」
「こんにちは、アリスさん」
本について話していると、後ろから小悪魔が紅茶を持って現れた。
「こんにちは。この本貴方が?」
「はい。きっと続きを読みに来られると思ったので」
「ありがと、助かるわ」
「いえ、司書として当然のことをしたまでです」
「ふふ、頼りになるわね。ね、パチュリー?」
「私の使い魔なのよ? 頼りにならないと困るわ」
「まったく。アンタもうちょっと身の回りのことを自分でしなさいよ」
「いいんですよアリスさん。パチュリー様のお世話は案外楽しいものですから」
「そうなの? まあ、それならいいんだけどね」
「そろそろ静かにしてくれないかしら?」
そう言ってパチュリーは喋らなくなった。
本に集中したのだろう。
私も早速用意してもらった本に目を通すことにした。
どれくらい時間が経ったのだろう。
結構な厚さのあったページを半分まで読み進めた。
依然としてパチュリーは静かにページをめくって読んでいた。
そろそろおやつの時間かしらね。
「ねえ、パチュリー?」
「…なに?」
「クッキー焼いたんだけど、食べる?」
「…いただくわ。小悪魔、紅茶をいれてきて」
「かしこまりました」
今日は結構自信作なのよね。
少し甘めに作ったからくどくなるかもしれないけど。
そこは紅茶との組み合わせよ。
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ。あ、小悪魔もいかが?」
「えっ? よろしいんですか?」
「かまわないわよ。遠慮しないで」
「それじゃあ、いただきます」
パチュリーはきっと甘すぎとか言ってくるに違いない。
小悪魔は、好きなものがわからないから気になるところね。
「…甘い」
「アンタは言うと思ったわ」
「私は好きですよ」
「本当、小悪魔? だったらもっと食べていいわよ」
「それじゃあ遠慮なく…」
ああ、これを美鈴が食べたらなんて言ってくれるんだろう?
もしまずいとか言われたらショック死しそう。
いや、美鈴に限ってそんなこと言うわけないわ。
「ちょっとアリス? もしかして美鈴のことでも考えてのかしら?」
「えっ!?」
「…図星ね。小悪魔、そのクッキー半分残しておきなさい」
「わかってますよ。それじゃあ私は仕事に戻りますね? クッキーありがとうございました!」
なにこの連携プレー?
おかしくない?
「…さて、アリス?」
「…なんでしょう?」
「美鈴のことは、いつのなったら進展するのかしら?」
「なんでそんなことパチュリーに話さなくちゃいけないのよ」
「少しでも貴方の力になってあげようと思ってるのに」
「いいわよ! 一人でなんとかするから」
「なんとかなってないから言ってるのに」
「うぐっ…」
「早くしないと美鈴取られるわよ?」
「そ、それはっ…!」
わかってる。
美鈴は結構人気がある。
メイドやら悪魔の妹やら妖精やら寅やら……etc
私にはライバルが多いのだ。
なんだかこの中で勝ち残っていく自信がない。
「わかってるのよ。美鈴を好きなのは私だけじゃないって」
「ならどうして行動に移さないの? ライバルは多いんだから早めに行動しないと」
「それでもし、美鈴に不快な思いをさせてしまったら…私…」
「生きていけないって…?」
「……うん」
「はぁ~。前途多難ね」
「自分でもわかってるわよ」
「このクッキーをあげてきたら?」
「…それは」
「さっき貴方妄想してたじゃない」
「ちょ!? 妄想って言わないでよ変な誤解が生まれるじゃない!!」
「本当のことでしょ」
「……否定できない自分が嫌」
「渡すだけでしょ? 頑張りなさいよ」
「もし失敗したら呪ってやる」
「はいはい。いってらっしゃい」
うまく丸めこまれた気がする。
いつの間にか図書館を出て門のとこまで来てしまった。
ここまで来てどうするのよ。
足がまったく動かない。
「あれ、アリスさんじゃないですか! もうお帰りですか?」
「えっ!?」
気付かれたーっ!?
おかしいな、足音立てたつもりはなかったんだけど。
「アリスさんの気が後ろから近づいてきていたので」
「あ、そうですか…」
完全にばれてるじゃない。
恥ずかしいわ…。
「気をつけて帰ってくださいね? 最近は妖怪の動きも活発になってきてますから」
「あ、…うん」
「ん? どうかしましたか?」
「へ? えっと、その…」
「もしかして、今度こそ熱ですかっ!?」
「ち、違うわよ!」
「なら、どうしたんですか?」
もうここは思いきって渡せば気が楽になるかも…。
でも恥ずかしい。
どうしたらいいのよ~!
「あれ? その手に持ってるのはなんですか?」
「え?」
「もしかしてクッキーですかっ!?」
「そ、そうだけど…」
「うわぁ~…、ください!!」
「…はい?」
「今日は一日中何も食べてないんですよぉ」
「そう、なの?」
これはチャンス、なの?
神様がくれたチャンスなんですか!?
これを逃したら一生渡せない気がする…!
「余ってるなら、私にいただけないでしょうか…?」
「えっと…、あの…」
「ダメ、でしょうか?」
「んなっ!?」
え、なにこれ?
美鈴から尻尾が生えてる?
とうとう幻覚まで見るようになったとは…。
私そろそろ死ぬのかな?
「アリスさん?」
「っ!? いいいいいわよ!! しょ、しょうがないからあげるわよ!!」
「わぁ~! ありがとうございます、アリスさん!」
この笑顔が今、私だけに向けられていると思うと涙が出るほど嬉しくなる。
この笑顔を一人占めできればどんなに幸せだろう。
もし、私のこの想いが美鈴に届いたらどんなに楽だろう。
「これとっても美味しいですよ!!」
「そ、そうかな? ありがと、」
「アリスさんはお菓子作りの天才ですね!」
「そんなことないわよ。咲夜の方がよっぽど…」
「確かに咲夜さんの作るお菓子も美味しいんですけど、私はアリスさんの作るお菓子の方が好きですよ?」
「なっ!?」
「それにアリスさんの作るお菓子は私の口に合ってますから」
さっきから心臓が暴走してる。
顔が熱い。
頭の中が真っ白。
え、今美鈴はなんて言ったの?
私の作るお菓子の方が好き?
咲夜よりも?
本当に?
「あの、美鈴…?」
「なんですか?」
「さっきの、本当なの?」
「なにがです?」
「私の作ったお菓子が好きって…」
「はい。アリスさんの作るお菓子は好きですよ?」
「本当に…?」
「本当です」
夢じゃない?
私のことが好き?
間違えた。
私のお菓子が好き?
それなら…
「ねえ、あのさ、」
「はい?」
「また、作ってあげようか…?」
「えっ? 本当ですか?」
「迷惑じゃなければ…」
「迷惑だなんて、思うわけないじゃないですか!」
「そう、じゃあ作ってくる…」
「あ、リクエストしていいですか?」
「いいけど、私が作れるものにしてね?」
「大丈夫ですよ! 今度はもっと甘いクッキーをお願いします!」
また一つここへ来る理由が出来た。
まだ貴方にこの想いを伝えることはできないけども。
いつか私の気持ちに整理がついて、貴方ともっと仲良くなれた時に。
この想いを伝えよう。
甘い、甘い、クッキーをそえて。
>>「大丈夫ですよ! 今度はもっと甘いクッキーをお願いします!」
あれですか、次はもっとあまーい!話になるぞっていうフリですか。
後書きがどう考えてもアウトです><
それは期待せざるをえませんな。