Coolier - 新生・東方創想話

終点 幻想郷行き

2010/07/25 00:13:52
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 がたんごとんと揺れる音で、私は意識を取り戻した。
 どうやら電車で寝過ごしてしまったらしい。酩酊したような感覚を抱きつつ辺りを見渡そうとすると、一際大きく地面が揺れた。
 残像だらけの視界に一つだけ、紅く塗り潰された円だけが動かず私を向いていた。その周りを厚ぼったい紫色が囲っている。
 まだまどろみを拭えない私には、それは大きな茄子としか見なせなかった。
 だが、いくらなんでもこんなに巨大な茄子があるだろうか?
 違和感がゆっくりと眠気を払っていく。そして、私はさっきの考えがひどく馬鹿馬鹿しいものであることを悟った。
 私の知っている茄子は、一つ目を不気味に輝かせながら舌を出しておどけたりはしない。

「うらめしやー」
「……こんばんは」

 お化けの世界の挨拶に、人間の世界の挨拶で返す。
 すると古典的なから傘お化けの裏から、少し残念そうな顔がのぞいた。

「驚いてくれないの?」
「ちょっと無理があるわね。私、結構な数の不思議体験しちゃってるから」

 それもこれもパートナーの影響が多分にあってこそだけれど。
 そうでなくとも、寂れたお化け屋敷の小道具といった雰囲気しかない物を相手に驚くなんて、今のご時勢じゃ普通でも居ないだろう。

「むむ。まだ若いから案外驚いてくれると思ったのに。とんだ強者を相手にしちゃったわ」
「貴方には負けると思うけど。お化けを手懐けてる人なんて見た事ないし」
「え? ああ、違う違う。お化けは私の方よ」

 そう言って、自称妖怪は片目をつむり舌を出す。
 成程、茄子色の化け傘と全く同じ表情だ。それでも怖いというよりは、お遊戯会のようで可愛らしく思える。
 総じて、私は少女を、お化けと結託し大人をからかいに出歩く子供と判断する事にした。
 正直、興味をそそられる。
 だが疑問を聞きつくす時間はきっと無いだろう。眠っている間に乗り過ごしてしまったに違いなく、私は次の駅で引き返さなければならない。
 
「貴方は、どこから来たの?」
「……飲みに行った帰りよ」

 久々の失態にショックを受けていると、少女は傘をくるくるともてあそびながら尋ねてきた。場繋ぎ程度にしか思っていないのだろう。視線は明後日の方を向いている。
 その適当さに便乗するように、私も言葉少なに返事をした。
 そう。確か良い場所を見つけたとかで、いつもの二人で待ち合わせたのだ。
 また遅刻しただの今度の店は地酒が美味しいだの、例によって例の如く、他愛も無い会話をしながら歩き、やっと件の居酒屋に着いて。
 ――それから、どうしたのだっけ。

「そういう貴方は? 見た所傘以外は手荷物無しみたいだけど」

 誤魔化すように尋ね返す。少女は疲れたのか、傘を閉じて傍らに立て掛けた。
 そういえば、夜遅くとはいえ私と少女以外に誰も見当たらない。今までにも終電近くに居合わせる事はままあったが、ここまでひっそりとした車両を見るのは始めてだ。
 自覚したせいか、少女の声が空洞の中にこだまするように響いて聞こえた。

「まあ、これから沢山の荷物を預からなきゃならないし。余計な物なんて持ってこれないわよ」
「じゃあこれからどこかに寄ってくのかしら?」
「いや、そうじゃないけれど。それに寄るも何も、次はもう終点だから」

 終点? それはまた随分と舟を漕いでいたものだ、私は。待ち合わせた駅は路線の中腹ぐらいで、終点などアナウンスで名前を聞いたぐらいしか関わりが無いというのに。
 つくづく自責の念にさいなまれつつ、車窓から初めての眺めを見ようと試みる。
 しかし、線路を境に闇が広がっていてそれは叶わなかった。明かりの一つも見当たらないなんて、余程の田舎なのだろう。
 今や比類無き大都会と化した京都にもこんな場所がある事を不思議に思いながら、一面の黒を見つめる。
 私にはその闇が、単に夜が訪れた事によって生じた物だとは信じられなかった。
 風を切り走る電車に押されて、闇がとぐろを巻く。まるでそれ自体が質量を持っているかのようで、窓を開けばたちまち呑み込まれてしまいそうな気さえした。
 不意に想像がのしかかってくるような鈍痛が襲いかかり、私は意気消沈とした。

「あらら。酒宴が後をひいてるみたいね」
「そう、なのかしら……」

 よく分からない。
 けれど、とにかく気分が悪い。いつの間にか迫って覗き込んでいる少女の姿もぼやけている。
 ただ、少女が何かを探っているらしい音だけが、山びこのようにぼんやりと聞こえた。
 音が鳴り止むと、代わりに芳醇な香りが漂ってきた。それだけで少女が何を探していたのかぴんと来る。

「悪酔いしてるかもしれないのに、晩酌をしようとするかなぁ。普通」

 一旦落ち着きを取り戻すと、予想通り、真っ先に一升瓶と朱色の盃が飛び込んできた。
 荷物もないのに、一体どこから取り出したのだろうか。
 これだけがらんとした車内だから、いくらでも隠しようはあるのかもしれないけれど。
 そんな私の内心を知ってか知らぬか、少女は悪戯っぽく微笑んだ。

「貴方は自分でも酔ってるかどうか分かってないじゃない。だったら、はっきりさせなくちゃ」
「何だかアメリカンジョークみたいね」
「じょーく? さでずむみたいなものかしら」
「全然違うと思うわ……」

 日常的に相棒がしているような間抜けた会話の後に、結局一献いただく羽目になる。
 車内での飲酒行為が非常識なんてものではない事に気付いたのは、アルコールの温かみを思う存分味わった後だった。
 どん臭いながらも美味たる余韻に、酔いしれるどころか逆に覚醒していく。鮮明になった内装は、私が普段見ているそれよりもレトロな雰囲気が漂うものだった。
 いぶかしんでいると、扉の脇に一本のビニール傘が立てかけられているのに気が付いた。
 大方乗客が忘れ去っていった物だろうと、気にせず視線を逸らすと、何故だか少女は悲しそうに目を伏せた。

「ねえ、貴方はこういった物をどう思う?」
「どう思うって……」

 正直、あまり気にした事がない。
 どうでもいいというよりは、こういった事を自分と結びつけて考えられず、どうにも現実のような気がしないのだ。
 捨てられる、というのは私と無縁なように思える。

「そう、あくまで悪気はないわけね」

 私が何も伝えない内に、少女はそう吐き捨てるようにして言った。
 そして、足音も無く忘れ傘へと歩み寄る。見れば少女は裸足だった。

「私は今までにもたくさん、これと同じように捨てられた傘を見てきたわ。いいえ、見てきただけじゃない。自分の手で拾い上げて、こんな風に電車に乗って持って帰るのがほとんど」
「じゃあ、貴方の用事ってそれ?」
「違うわよ。……私は見回りに来ただけなの。本当はこんなの、一本だって見つからない方がいいのに」

 少女はくすんだビニールを慈しむように撫でる。
 そのプラスチックの先端が今にも突きつけられるのではないかと、私はそれを見て思った。
 もちろん、そんな事は無く、少女はため息を吐いてから、傘を優しく横たわらせるように座席の上に置いた。
 強ばらせていた表情を崩して、少女は目いっぱいに伸びをする。
 そして、そのまま伸ばした指先で吊革を掴むと、何を思ったのかそれにぶら下がって見せた。

「ね。遊ばない?」
「は?」
「二度と無いわよ、こんな機会。貴方みたいなの始めてだもの。記念に遊んでくれないかしら」

 私がしどろもどろしている内に、少女は傍若無人たる勢いで、車内の何もかもを遊び道具に変えていった。
 ただ終点へと走っていくしかない電車の中に、やはり人影は無い。少女の言う通りこんな機会はもうないだろうし、そもそもの理由を考えると、経験したくないものだった。
 どうすべきか考えあぐねていると、唐突に酒の勢いが回ってきた。
 私の中にある常識といった類のことごとくを、酒鬼が順に打ち砕いていく。
 いいか。誰も見ていない事だし。
 少女にならうようにして、吊革で全体重を支えてみる。思いのほかその姿勢は不安定なものだったようで、すぐにふらふらと床に崩れ落ち、止む無く中断せざるを得なかった。
 そのまま情けなく倒れた私を、網棚の上から少女が笑う。それを見て、私も他人事のように笑うのだった。
 一しきり笑った後に、少女は軽やかに降り立ち、私に手を差し伸べる。

「しゃるうぃーだんす?」
「……踊り方が分からないわ」
「そんなの適当でいいわよ」

 少女はへっぴり腰でお辞儀をすると、一人で勝手に踊り始めた。
 音程の外れた鼻歌に、しっちゃかめっちゃかなタップの音。傍目にはとても踊りとは思えない。
 私も結局はそんな風にしか踊れなかったから、お相子なのだろうけれど。
 はにわみたいに身体をくねらせてから少女が勢い良く回り始める。私も真似てみると、あまりの勢いに気持ち悪くなった。ふらついた私を、少女はすかさず受け止めてみせる。
 そのまま身を委ねていると、少女は緩やかに私を座らせた。

「そろそろ着きそうね。貴方はここで休んでなさいな」
「着くんだったら逆に、立って待ち構えるべきじゃない?」
「そうしたいのは貴方だけじゃないのよ。――ほら、ようやく起き出してきたわ」

 ウインクの後に、少女は車両を隔てる扉に身体を向けた。手首を揺らして、何かを招き入れている。
 私は疲れ果ててしまって、それが何を意味しているのかも深く考えずに居た。
 そして、私達以外には居ない筈の乗客が、列をなして次々と入ってきた。
 その内の一つが、私の方をぎょろりと見やる。
 から傘お化けに相応しい、赤々とした一つ目で。

「さあ、今夜は無礼講よ!」

 少女の声に、それらは一斉に身体を躍らせた。
 真っ先にはしゃぎだしたのは、先程目にしたビニール傘だった。柄の部分を吊革に引っ掛けて、サーカス染みた動きで吊革を渡っていく。
 それを囃すようにして、数本の傘が宙を駆けていく。見慣れない広告がそれに引っかかって、次々と引き裂かれていった。
 片や一角においては折り畳み傘同士がチャンバラのように己をぶつけ合っていた。芯に使われている鋼は飴細工のように折れ曲がっていたが、それでもまだ勝負はつかないらしい。
 耳元を一陣の風が吹き抜けていったと思えば、どうやったのか一本の傘が窓を開け放っていた。荒ぶ闇を一身に受けるその姿は、しかし時の流れによってか、朽ち果てたも同然だった。
 他にも、互いに骨組みの多さを競ったり、派手な柄を自慢しあったり。中には少女にじゃれつこうと必死な傘も見受けられた。
 そんな喧騒を遠目に取り巻いて、多くの傘が笑い声を上げる。呑めるのかどうか見当もつかないが、酒のにおいを全身から漂わせる傘も居た。
 ――それらは正しくミュージカルの一幕だった。不気味な笑い声がたちまちに空気を埋め尽くしていき、私は自分さえ喧騒に侵食されていくように感じた。
 しかし、それでも幕は下りる。
 大きく車体を軋ませて、電車は終点へと辿り着いたようだった。
 一同は悲しそうな素振りも見せずに、意気揚々と下車していく。これから二次会へでも繰り出そうというのだろう。
 少女は後ろ姿が群れをなした様を見送っていたが、それも尽きると、大仰に息をついて私に向き直った。
 そして、少女が手を差し伸べる。
 さっきと全く同じ調子で。

「さあ、貴方も一緒に行きましょう」

 その言葉に、私の身体が中身毎ねじ曲げられたようになった。
 そうして破れた箇所から溢れ出すようにして、記憶が奔流していく。
 私はいつものように、相棒と駅に向かって。下らない話を聞き流しながら、ようやく居酒屋に辿り着いて。たったこれだけ。……それ以外に何も無い。
 そして、私は。
 私は一体、何をしたのだろう?
 酒を酌み交わしたとばかり思っていた、その前提が崩れ去っていく。そう、私は――

 ただ一振りの、傘ではないのか?


   ◇


「――リー。メリーってば」

 がさがさと揺らしてくる音で、私は目覚めた。
 寝起きの割には視界良好で、赤ら顔が覗き込んでくる様がまじまじと見える。

「……蓮、子?」

 考えるより先に口が動いた。そうする事によって、不安や違和感を拭い去ろうという無意識さえ働いているように思えた。
 だらしなく机上に放られた手の平に、蓮子がそっと手を重ねてくる。そこから冷たさが伝わってくるのがとても心地良かった。

「えっと、十一時四十八分……。大体、一時間と三分ってとこかしら。メリーってこんなに弱い方だっけ」

 どうやら窓から夜空をうかがったらしい。心配が二割、からかいが八割といった声色で、蓮子はそう言った。
 ああ、そういえば今日は蓮子と二人で飲みに出かけたのだった。
 暖簾をくぐってからの記憶がすっぽり抜け落ちているものの、それだけは辛うじて思い出す事が出来る。
 凝り固まった筋肉を無理矢理動かし身体を起こすと、食べ散らかした跡が目を汚すようだった。私は眠っていたのだから、ほとんど蓮子が胃に収めてしまったのだろう。

「メリーも起きた事だし、そろそろお開きかしらね。残念だったわね、ほとんど私一人で食べちゃったわ」
「別にいいけどね。勘定はきっちり別々よ」

 てっきり、私が復活したのを肴にするつもりだろうと身構えていたのだが、蓮子がそう提案してきたので拍子抜けだった。
 ただ、有り難い話ではある。起き抜けにしては体調はすこぶる良好なものの、僅かに影がさしているような心地がするのだ。
 蓮子もそれを察しているのか、敷居をまたぐまで一言も発しなかった。
 少しばかり地方寄りの空は、大分明るく感じられる。それでも蓮子はいつもと変わらない様子で「十二時、ジャスト」と呟いた。
 その背中が悦に浸っているようで後に続きづらく、私は何とはなしに左右を見渡す。
 すると、錆び付いた傘立てに、傘が一本だけ寂しげにささっているのが目に入った。

「蓮子、これ……」
「おっと、忘れるところだったわ。ありがと」

 ぱっと身を翻すと、蓮子は素早く私から傘を奪い取った。そして、雨も降っていないというのに、芝居がかった動作で傘をさす。

「思えばこいつとの付き合いも長いもんだわ。メリーは見た事あったっけ?」
「雨の日は秘封倶楽部の活動は、基本無いでしょ。あんたが物草なもんだから」
「そっかそっか。じゃあここで紹介しとくわ。こいつは私の相棒みたいなもんよ」
「その相棒を置き去りにしかけたわけね」
「メリーのおかげで思い出せたんだから、結果オーライよ」
「ま、いいけどね」
「何? ひょっとして嫉妬?」
「まさか。……それより蓮子、から傘お化けって見た事ある?」
「いや、無いけど。どうしたのいきなり」
「別に。ただね――」

 傍らのパートナーを真似るように、星空を見上げて私は言う。

「そんな夢を、昨日見たのよ」
ホラーっぽいのを書こうかなと思った結果、よく分からないものが出来上がりました
発想の基は小傘のスペルカード、化符「忘れ傘の夜行列車」及び「置き傘特急ナイトカーニバル」より
こういう所から話を広げるのは楽しくてたまりませんね
ではまた次の機会がありましたら、是非是非よろしくお願いします
それでは

※8/18 一部修正しました
とりb
http://blog.livedoor.jp/birdb/
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コメント



0.1320簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
たまりませんね
6.90名前が無い程度の能力削除
これは良い秘封。
23.100名前が無い程度の能力削除
こんなに素敵で不思議な作品に巡り会えるとは思わなかったです
メリーと小傘とその仲間達が電車内で踊っている風景がとても印象的でした
メリーの夢は羨ましいなあ

一緒に降りようって手を差し伸べて来た時に、ひょっとしたらもう帰ってこれない
かもとドキドキしたからある意味ホラー要素も入ってましたね
27.80たて削除
この非現実的な雰囲気が好きです。
日常にあるささやかな事物と、そこにいる人間の間に幻想を見ました。