チルノちゃんが最強であることは周知の事実でしょう。
その信ぴょう性も、本人が言うのだから確かです。
宴会の席でも皆「あーあーはいはい、そうね。つおいつおい」と同意しています。
そして最近、チルノちゃんの最強っぷりはますます凄いことになっています。
宴会とかではあの恐ろしい巫女さんたちと親しげに喋ったりしますし、一緒に体験入学した寺子屋ではサボれば先生の頭突きされると知っているにも関わらず宿題を出さず、出すことを忘れてて、ついでに自分が生徒であることも忘れています。
崖の前に立ち押すなと言えば必ず足を滑らせ落ちて、拾った物を食べるなと注意されれば赤とか緑とかパッションピンクとか、煌びやかに毒々しい色の物を選んで食べるほどの勇気を持っているのです。
ちょうちょを追いかけて迷子になるのは当たり前、最近はお化けちょうちょに追いかけられて迷子になるほどです。
周りはそれをアホだバカだと言いますが、チルノちゃんはそんなこと全く気にしない気風の良さを持っています。いまいち言葉を理解していないだけかもしれません。
ともかく、常識を壊し、強きをくじこうとしてくじけ、さらに自分のほうが酷い目に遭う彼女は最強に違いないでしょう。
そしてそれが私の悩みでもあるのです。
最強の妖精の友人が、かくも弱くてよいものだろうか。
友人とはいつも何においても肩を並べあっているものではなかったのか。
紅魔館の吸血鬼に果敢に立ち向かいぶちのめされるチルノちゃんを見て私はそれに気付きました。
私は強くあらねばならないんだ、チルノちゃんといても恥ずかしくないくらい。
夏はわざわざ暑い場所で日向ぼっこし溶け、冬は炬燵の中で過ごして溶けるチルノちゃんくらいの強さを。
私大妖精なにがしの、一世一代の決意でした。
+++
「ふーん、いいんじゃない? 好きにすれば」
場所は博麗神社、目の前にいるのはその気になれば空気のみで生きられると噂の巫女さんと、その友人の魔法使いさん。
私は出されたお茶を啜りながら、ここに来た理由を話していました。
お二人はもっと怖い、妖精を見れば問答無用で夕食の材料にするような人物だと思っていたけれど実際は全然違いました。
両人ともに気さくで、お金と台所事情と胸の大きさの話さえしなければ普通に接してくれるいい人です。
「そこでですね、今日はお二人にお願いがあるんです」
「お願い? ここの神社は願い事をかなえてくれる気のきいた神様はいないぜ」
魔法使いさんがそう言うと、うるさいなぁと巫女さんがぼやきます。
「いえ、ボロ神社なんかに用があるわけじゃないんです。毎回異変を解決している強くてカッコいい二人だから、きっと最強になる方法も知っているに違いないと思って……」
私が出来るだけ丁寧な言葉を選んで言うと、
「ほう、なかなか分かってるじゃないか」
「そうね、神社への認識を改めればいい線いくわ」
お二人は交互に褒めてくれました。
いい感じです、好印象のようです。
私はお二人の機嫌を損ねる訳にはゆきません。
なぜなら彼女たちに最強への道を指導してもらおうと私はここに来たのです。
残念なことに私は頭がよくありません。
私ひとりでは最強になる方法なんて分かるはずもないのです。
なので彼女たちなのです。
お二人の強さは身を持って知っているから、私が保証できます。
このお二人に教えてもらえば、明日にでも私は最強になることができ、皆から尊敬され、寺子屋の人気者となり、いじめっ子を握り潰し、私に逆らうものはいなくなって、幻想郷を支配し、私がすべての中心になり、ボロ神社を壊し、温かい家庭を持ち、チルノちゃんと友人であると胸を張って言えるようになるに違いないでしょう。
「ですから、ぜひ!」
私が頭を下げるのと快く二人は了承してくれました、さすが。
まぁ頭を上げたまへ、と言われたので下げてた頭を上げます。
さっそく最強になる方法を教えてほしい旨を言うと二人は、
「普通に努力だな」
「直感よ、寝てても強くなるわ」
全く逆のことを言いました。
困りました。
最強になる道はひとつではないということでしょうか。
でも私にふたつとも試す時間的余裕はありません。
だってこれはチルノちゃんに内緒でやっているのですから。
内緒、ということは今チルノちゃんと別行動を取っているということ。
私がいないとすぐにチルノちゃんは地獄跡で神の火見物に行ったりして水チルノちゃんと化したりします。
なので彼女を長い時間独りにするのは不安です。
大目に見ても独りで行動出来る時間は今日一日でしょう。
それまでに方法だけでもいいからマスターしたいのです。
そういう理由から私は以下の言葉を言いました、言わなきゃよかった。
「あの、お二人はどちらがお強いんですか?」
「私よ」「私だぜ」
全くの同時に二人は答えました。
実は見てないところで練習していたのではないかと思われるほどの完璧さ。
「え? どっちですか?」
「私だぜ」「私よ」
また同時。
より強いほうの言葉に習おうとした私の魂胆は一瞬で崩れ去ります。
どうしたものかと思っていると、二人が何やらもめているのに気付きました。
可愛らしく頬を膨らませる様はまるでマトモな人間のようです。
「私の方が強いでしょ」
「何言ってるんだ、私のほうが強いぜ」
「勝ったことないくせに」
「あるだろ」
「ふぅん、私が構わないと寂しくて泣いちゃう魔理沙が?」
「ひ、人前で言うなよバカ! お前だって私が一緒じゃないと異変解決しに行かないだろ!!」
むむむっ、とにらみ合う二人の内から魔力の増大を感じました。
あ、やばいこれ。
そう思った瞬間、二人のスペルが交差しました。
+++
なんとか竜虎相打つ場から脱出した私はとぼとぼ歩いていました。
なぜか喧嘩を始めてしまったお二人を止めるなんて一妖精なんぞにはとても出来ませんから。
そして私はいつの間にやら人里の寺子屋に来ていました。
以前からの習慣となっていたせいでしょうか。
そう言えばここの教師である慧音先生はとても物知りです。
私は思いました、慧音先生なら最強への道を知ってるかも、と。
「あのぉ、けいねせんせー?」
寺子屋の大きな(大人には普通でも私にはとてもとても大きいのです)扉を開け、中を覗きながら言います。
すると奥の方からぱたぱた足音が聞こえてきました。
「おお、どうした」
慧音先生でした。
いつものように知的な笑顔と、ポンカンくらいのほどよい大きさの乳をしています。
そのまま私は先生に招き入れられて奥へ入らせて貰いました。
道すがら私の目的を端的に説明します。
先生は上品にうんうん頷きながら聞いてくれました。乳も一緒に揺れます。
丁度説明が終わるくらいに宿直室につきました。
宿直室は小じんまりした、本当に宿直以外はなにも出来なさそうな部屋です。
「そうだな、君のいう最強とはなんだ? 『強さ』というのはひとつじゃないんだぞ」
先生は宿直室の引き戸に手をかけながら言いました。
その問いの意味が分からなくて悩んでいると先生はそれを察してくれたらしく、ちょっと難しかったか。とほほ笑みました。
「例えばな、……おい、妹紅」
慧音先生が声を張りながら戸を引きました。
宿直室の中には長い白髪の、見覚えのあるお姉ちゃんが座っていました。
「んー。……およ? どうしたんだい、今日は学校の日じゃないだろ」
なにかの本を読んでいたらしい妹紅お姉ちゃんは振り向いた後、その本に栞をはさみました。
この人は赤い瞳と白い肌のコントラストが素晴らしく素敵な人なのです。
いつ見ても綺麗だな。
「ああ、ちょっと質問があるらしくてな」
「へぇ、勤勉だね」
「……ところで妹紅」
「なに?」
「大好きだぞ」
「……はぇ? え? ええ?? えええええ!?」
顔がヴォルケイノになるお姉ちゃんを尻目に先生はにっこり笑いました。
「こういう風に思いをしっかり伝えるのも一つの強さだ。その点妹紅は全然駄目だな、いつもむにゃむにゃ言うだけだ」
「うう……けーねずるい」
茹でダコみたいなお姉ちゃんは、私もだけどとか、慧音が大胆だからとか、むにゃむにゃ言っています。
私はなるほどと頷きました。
そして先生はもう一度お姉ちゃんのほうを向いて言葉を接ぎました。
「ところで妹紅」
「こ、今度はなに?」
「今朝書類に倒された墨汁がブチまけられていたんだが、なにか知らないか」
「しっしししっ、ししらな……いや、そのぉ……?」
そして、ドゴツンッ! と花火のようにお腹の底に響く重低音が宿直室に響き渡ります。
頭突きです。
「失敗をちゃんと謝る人も強い人だ。その点妹紅はもう八雲紫の堕落っぷりくらい駄目だな。いつも隠して言わない」
「うう……死ぬくらい痛い」
額がヴォルケイノになるお姉ちゃんを尻目に先生は力強く笑います。
私はなるほどと頷きました。
慧音先生の頭突きってある種最強の部類なんじゃないか、とも。
そして先生は私の頭に暖かな手をのせました。
「私は最強になる方法は分からない、個人によって違うからね。だから目的と一致する強さを求めればいい。……君は、何を最強とする?」
そういって先生はもう一度笑いかけてくれました。
やっと私にも理解できました。
やっぱり先生はすごい人です。
私はぐっと前を向きました。
私の最強、求める強さ、それは決まってます。
――チルノちゃんとずっと一緒にいられる、ずっと肩を並べていられる強さ。
私は先生たちにお礼を言いました。
+++
私はやっぱり困っていました。
あの後すぐ寺子屋を飛び出したのですが、未だ最強になる方法を知らない事に気付いたのです。
なんやかんやで先生に誤魔化された気さえします、求める強さとか最初から分かってたことですし。
もう日が暮れ始めているので私はいつもの湖まで帰ってきました。
今は疲れて紅魔館のある島で一休み中です。
壁にもたれて座っていると向こうから門番のお姉さんが歩いてきました。
いつもの定時見回りでしょうか。
遠目に見てもふんふんふふふんっと幸せそうに歩いてきます。
私が立ち上がって手を振ると、向こうも気付いたようでこちらに駆け寄ってきました。
「久しぶりだねぇ、今日はどうしたの? ひとり?」
お姉さんは私の目線まで腰を落とし明るい口調で聞いてきます。
先生より一回り高い背と二周り大きい乳を持つお姉さんは先生と同じぐらい優しい人です。
ですから、私はわらにすがるような思いでお姉さんに今までの経緯と目的を打ち明けました。
お姉さんは「そっか」「ほうほう」と楽しそうに聞いています。
私が全て話し終わると、腰に掛けた水筒からお茶を出して私にくれました。
それからゆっくりとした口調で諭すように話し始めるのです。
これはいつも大切な話をお姉さんがするときの癖でした。
「ようするにチルノと肩を並べていられるようになりたいのね」
私はお茶を啜りながら黙って頷きます。
お姉さんはほほ笑みました。
「なら、別に今のままでいいんじゃないかなぁ」
思いもよらぬ言葉でした。
私はぶんぶんと顔を横に振ります。
「駄目ですよ、私は弱っちいんです」
そうなのです、お姉さんはなにかとんでもない思い違いをしているに決まっています。
私はチルノちゃんと肩を並べていられるくらい強くはありません。
巫女さんたちと対等かのように喋ることも、先生の頭突きに耐える力も、紅魔館の吸血鬼に立ち向かう勇気も、いじめられても気にしない気風の良さもありません。
チルノちゃんの後ろを歩くばかりなのです。
私はそのことをお姉さんに言いました。
お姉さんは相変わらず楽しそうに聞いてきます。
「うん、だからそれでいいんだよ」
お姉さんは同じことを言いました。
本当に分っているのでしょうか。
私が首を傾げると、お姉さんは「私も昔似たようなことを言ったんだ」と笑いました。
そして胡坐をかいて、その上をぽんぽんと叩きます。
座れということでしょう。
その通りに座ると、お姉さんは言葉をつづけました。
「紅魔館の住人って門番の私より強い人ばかりなのよね。それに悩んでさ、ある時お嬢様に聞いたの。なんで私なんですかーって」
私は驚きました。
いつも幸せそうに笑っているお姉さんにも悩みがあったこと、そしてそれが私と同じだったことに。
なんだかこの、私とは違いいつも前向きなお姉さんになんだか親近感がわきます。
私は座り心地の良い膝の上で、一言も聞き逃すまいと黙っていました。
「そしたらね、『知るか、別にいても問題ないからだ。そんなバカなこと悩んでないでさっさと仕事に戻りなさいよ』なんて言われて」
「そ、それは…………どうなんでしょう?」
正直、どうみてもいい返事には見えません。
というか見ようによってはバカにされています。
少なくとも私はそう言われたら大泣きする絶対の自信がありました。
でもお姉さんは嬉しそうに笑います。
「一緒にいるっていうのはね、相手が“一緒が良い”って思わないとできない事なんだよ」
そういってお姉さんは私の頭を撫でてくれました。「そしてそれは強さのひとつなんだ」
私は、お姉さんが初めて強さと言ったことに気が付きました。
「お嬢様はね、一緒にいたくない人は絶対に周りにいさせないの。でも、私には『問題ない』って言ってくれた。……それで充分よ」
遠い目をして、お姉さんはそう締めくくりました。
私は膝の上でお姉さんの言葉を反芻します。
一緒にいることは、相手が一緒にいたいと思っているから。
そしてそれはひとつの強さであること。
私は考えます。
お姉さんの言ったこと。
私の気持ち。
私がしたいこと。
そして、強さ。
私は気が付きました。
相手が一緒にいたいと思うことが強さなら、自分が一緒にいたいと思うことも――
「大ちゃん!」
その聞き覚えのある高い声に私の思考は中断しました。
私は立ち上がり、辺りを見回します。
すると湖の岸のところ、私たちから十数mほど離れたところに、チルノちゃんがいました。
なぜか全身泥んこで、肩で息をして、珍しく汗をかいています。
服もぼろぼろです。
まるで南国の無人島でサバイバルした帰りにフルマラソンを三周くらいしたようないでたちです。
私は驚いて駆け寄っていきました。
「どうしたのチルノちゃん! ぼろぼろじゃない」
しかしチルノちゃんは私の質問に答えず、私の手を握りました。
離れない様するかのように、ぎゅっと強く握りしめます。
頭の上でお気に入りのリボンが破れて解けかかっていました。
「ずっと探してたんだよ? また霊夢になにかされてのかと思って神社までいったんだ。そしたらなんか弾幕ごっこの真っ最中で」
いやぁまいったまいった、と笑うチルノちゃん。
私を探して、こんなにもボロボロになっていたらしいです。
気付いたら私は、チルノちゃんに抱きついてました。
「ど、どうしたの?」
チルノちゃんは不思議そうに言いました。
でも私は離しません。
私は泣きそうでした。
――一緒にいることは、相手が一緒にいたいと思っているから。
お姉さんの言葉が頭の中に浮かびます。
「大ちゃん?」
チルノちゃんはまた不思議そうな声でなにか言いました。
やはり私は離しません。
私は泣いていたかもしれません。
――思いをを伝えるのも強さのひとつ。
先生の言葉を思い出しました。
「ね、チルノちゃん」
チルノちゃんには変な質問になってしまうけれど、私は言わずにはいられません。
先生が言うように、相手に伝えたいことを言うのも強さなのですから。
最強を目指す私には言わなければいけない事です。
手が震えるので、ちょっとだけチルノちゃんの服を掴んで、言いました。
「私と、ずっと一緒にいてくれる……?」
声は上ずっていました。
私の視線は下を向いています。
少しの、間がありました。
私はたまらず顔を上げ、チルノちゃんの顔をみます。
夕焼けのせいで一瞬目がくらみます。
しばらくして、目が慣れ始めました。
チルノちゃんの輪郭が少しずつしっかりしていきます。
そしてついに表情が分かるくらいになります。
するとそこには、
「あったりまえじゃん? あたいたちには『さいきょーの友情』があるんだからね!」
最強の友達の、最高の笑顔がありました。
おわり
いいハナシダナー
ほんわかほんやかでほかほかですよ。
ところで、霊夢と魔理沙のケンカは結局どちらが勝ったのだろうか。
てっきりカップルや二人組を仲たがいさせまくる話かと思ったが
慧音先生のお陰で回避されたようだ