心臓がどくん、どくんと脈打つ音が耳にやって来る。緊張の中で冷静になろうとすると、私はいつも自分がこの状態に居る事に気付く。耳に、と言ったが、この、まるで心臓が直接魂を叩くような響きと感覚が私は嫌いだった。
その響きは血のような、内蔵のような、何かそういう血生臭くて生理的な嫌悪を呼び起こす物の映像を心の中に呼び起こす。
そこに目は無いから目を逸らす事は出来ない。それに今に限っては、そう、私の人生を大きく形作る存在、八雲紫との別れに際して、心をよそ事に向けてしまう事は、あまりに似つかわしくなくて、勿体なくて、許される事ではなくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が本当にしたくない事であって、するべきでない事だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふと、夢を見ていた事に気付く。
私はあまり夢を見る方ではない。だから珍しく夢を見ると、その内容もほとんど覚えていないくせに、目を覚ました時に何を思うよりもまず、ああ、私は夢を見ていたのか、と思う。
そういう時はなんだか現実が曖昧な心地がして、何と無く首筋に手をやったり、体を撫でてみて、自分の体が昨日のままなのを確かめてみたりする。
他のやつの夢になんて興味は無いから聞いた事はないが、こんな感覚は誰にでもある物なのだろうか?
そんな事をぼんやり考えながら、私はのっそりと起き上がった。外からは春の陽気と光が差し込んでいて、良い朝だな、と何と無く呟いてみた。
身支度と朝食を終えて箒を片手に境内に出てみると、やっぱり気持ちの良い朝がそこにあった。うん、今日は良い一日になりそうだ。
・・・・・・・・こちらに向かって飛んで来る一つの影が私の見間違いなら。
「おーっす霊夢。お茶を処理しに来てやったぜ」
・・・・どうやら私の目は正常だったらしい。この野郎、気持ちの良い朝をぶち壊しやがって。
空から白黒のエプロンドレスに身を包んだーーーーのはずが、何故か今日は薄いブルーの寝巻に身を包んだ魔法使いが箒で降下してくる。
「朝っぱらからふざけた事いってんじゃないわよ。帰れ」
「まま、これには訳があってだな」
「帰れ」
こいつが無遠慮なのはいつもの事だが、こうも非常識な時間に来られると機嫌も悪くなる。
ぼんやりと雀の鳴き声に耳を傾けながら、深呼吸でもしながら朝の気持ちの良い空気を一人で楽しむのは、私の数少ない楽しみの一つであるというのに。
「いやいや聞いてくれって。実はチルノが寝起きに襲撃してきてさ。勿論返り討ちにしてやったんだが、何度撃墜しても諦めないから撒いてきたんだ」
「・・・・あっそ」
どうりでこいつ寝巻なのか。まあ、小脇に普段のエプロンドレスを抱えてる辺り、その余裕は見て取れるが。奇襲してもこれなのか、どれだけ弱いんだあの妖精は。
まあ、どうせ突入する前から大声上げて突っ込んだんだろう。奇襲の意味は全く無いが、あの妖精はそういう奴だ。
「おいおい、冷たいぜ。もっとなんか言うこと無いのか?」
「・・・・・・・・・・・・あんたが逃げるなんて珍しいわね。悔しくないの?」
「あれを逃走だと認識する方がどうかしてるぜ。それに一心地ついたらとことん付き合ってやるつもりだしな。」
「・・・・あっそ」
「おいおい本格的に冷たいぜ・・・・・・・・ま、とりあえず水やら何やら使わせて貰うぜ」
そういって勝手に母屋の方に上がり込んでいく魔理沙。許可出してねえだろうが。全くこれだからあの白黒は・・・・・・・・
まあいいや。もう静寂を楽しむ心持ちでもないし、掃除を始めよう。
一瞬、チルノが襲撃してきた理由を聞けばよかったかな、と思ったが、やっぱり大した問題じゃないと思い直して手を動かし始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
掃除を始めて30分程経ったろうか。放置された魔理沙(こんな時間に来たあいつが悪い)は外廊下で体を伸ばしてだれている。
私の目の前、頭よりやや高い位置に急にスキマが開く。今日は本当に珍しい日だ。
「アンタが早起きなんて珍しいじゃない」
「ごきげんよう、霊夢」
境界の妖怪、八雲紫がスキマから境内に降り立つ。この怠惰な妖怪がこんな時間に起きているのは本当に珍しい。
「あらあら、お掃除ご苦労様。御蔭でいつもここの神社は綺麗よね」
扇子で口元を隠してくすくす笑いながら言う。こいつのこの仕草を私は何回見ただろうか。
「うるさいわね。何の用よ」
別に掃除しかする事がないのは私のせいじゃない。目の前の胡散臭いのも含めて、ここに入り浸る妖怪共のせいだ。100%そうだ。疑いの余地は全く無い。
「まあ、今日は割と大事な話があって来たのよね。だから出来れば二人で話したいんだけど・・・・・・・・」
「おうおう、私と二人で話がしたいのか。いいぜ、今日の私は機嫌が良い。何でも聞いてやろう」
・・・・いつの間にか魔理沙が横に付いていた。本当に面倒臭い奴だ。さっさと帰ってチルノと遊んでてくれればいいのに。
「・・・・ちょっと魔理沙。後でお茶出してやるからすっこんでて」
「なあにぃ~!?聞こえんなぁ~~!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「魔理沙。これは幻想郷に関わる話なの。ちょっ「なあにぃ~!?聞こえんなぁ~~~~ぁぁああああああ!!!!!????」
スキマに落とされる魔理沙。なんでこいつはこんなにバカなんだ。
「さて、やっと話が出来るわね」
やっと、という部分には私も同感だ。真面目な話は得てして面倒臭い物だ。
面倒はさっさと片付けてしまうに限る。
「あのね、私死ぬから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「死んじゃうの。私」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何それ」
「ごめんなさい、色々説明してあげたいのだけれど・・・・・・・・今はやらなくちゃいけない事が沢山あるから、もう行くわ。夜、境内で待ってて頂戴」
そう言って紫はスキマの中に消えていった。
・・・・・・・・・・・・さて、どうしたものか。
なんだか冷静に考えるのにも違和感を感じる心持ちだが、あいつの話は本当だろうか?多分本当だ。そんな気がするし、今思えばどこか弱々しくて生気がなかった気がする。
だったらどうしたものか、どうしたものか。考えるまでもなく、どうしようもないのだ。私は妖怪の味方ではないし、そもそもあいつが死ぬと言うのなら死ぬんだろう。私に出来る事は今更無いはずだ。
余りにも淡泊で、余りにも早い結論だと、自分でも思った。手持ち無沙汰になった感すらある。まるで、もう紫の死が終わってしまったかのような。
・・・・それにしても、こんな風に死を告げられるのは意外な気がした。あいつは、死別するならわざわざ満身創痍な姿で突然私の前に現れて、ロマンチックな、無駄なお喋りを楽しむようなやつなのに。
少なくとも、こうやって冷静に考えられるだけの実感の無さと時間を前もって与えてくるのはあいつらしくないと思う。それとも、私を気遣ってくれたのだろうか?
・・・・それは流石にないか。まあ、あいつは私を好きだろうが、生涯一度きりの飛び切りの楽しみを台無しにしてまで気遣う程好きではないだろう。
そこまで考えて、自分こそが死に幻想を抱いている事に気付く。死は特別でなくてはならない、というのは、ひょっとして人間特有の考え方なのだろうか、と。(流石に私固有の考え方だとは思わない)
なら、紫は極々自然に別れようとしているだけなのだろうか。普段、一緒にお茶を飲んでいる時なんかは全く気付かないけれど、やはり彼女は妖怪で、私とは酷く遠い存在なのだ。
普段はするはずも無い事だけれど。私はそんな風に、彼女が何を考えているか、なんて事について考えて、あまつさえ私はそれに対してどうするべきか、なんて事までぼんやりと考えながら箒を動かしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日が完全に沈んでから4刻も経っただろうか。母屋でお茶を啜りながら待っているが、紫はまだ来ない。気配のかけらも感じない。まあ、あいつはスキマを使って移動するから気配に意味はあまり無いが。
なので、私が待ち構えておこうかしら、と境内に出て、そこに紫の姿を見付けた時は驚いた。どうやらとっくに来ていたらしい。
目で捉えるまで存在に気付けない位、彼女の全ては希薄になっていて、彼女はどうしようもない、触れれば壊れてしまうようなはかなさを醸し出していた。
「・・・・来てたんなら、声くらいかけなさいよ」
「ああ霊夢、やっと気付いてくれたのね。私、このまま放置されて死んじゃうかと思ったわ」
いつもの扇子を今は持っていない。両手を目に当て、よよよと泣くふりをするスキマ妖怪。
「だから声を・・・・ああもういいわ・・・・」
身の無い会話を続ける気は起きなかった。こいつの、死を薫らせるはかなさは、漸く八雲紫の死を実感として与えてくれた。
こいつが扇子を持っていないのは、もう持つことすらままならないからではないからだろうかと思う程の弱々しさがそこにあった。
「あら、冷たいのね霊夢。無駄なお喋りは嫌なの?それじゃあまずは言うべき事を言っておこうかしら。最初に・・「ああ、要らないわ」・・・・えっ?」
「聞く必要無いわ。あんたが死ぬ理由もこれからの事も。聞いたからどうだって事もないし。なるようにしかならないんだから」
これが私の用意しておいた答。日が暮れる頃に『おやすみなさい』と別れるように、私達は別れようと、私は決めたとまでは言えないまでも、ぼんやりと思ったのだった。
別に深い意味は無い。ただ、紫が仰々しいのを嫌うなら、それに乗ってやろうと思っただけの話だ。
「そ、そんな・・・・・・・・これから私がいかに幻想郷の為に尽力したか説明して、貴女は私を胸の中に抱いてくれるはずだったのに・・・・」
どうやら、最後までこいつはおどけるつもりらしい。本当に私を気遣ってくれているのだろうか。・・・・だったら、そこには、どんな感情があるのだろうか。
「・・・・・・・・馬鹿ね」
「酷い・・・・酷いわ・・・・・・・・」
また泣き真似を始める紫に、私は一つ溜息を吐く。
取り敢えずそれをやめさせようと、そしてその体温を感じようと、私は彼女の腕を軽く押しやる。
そして、ただそれだけの動作で、八雲紫は紙のように背中から倒れてしまった。
彼女の倒れ行く様は秋風にさらわれる枯れ葉のように、あまりにも自然で、私は愕然とすると同時に美しさすら感じた。
そして彼女の冷たさを感じ、軽さを感じ、仰向けに倒れて顔を歪める八雲紫の顔を見て、私は本当に、彼女が死んでしまうのだと、二度と会えない所に行ってしまうのだと、ようやく理解したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
心臓がどくん、どくんと脈打つ音が耳にやって来る。緊張の中で冷静になろうとすると、私はいつも自分がこの状態に居る事に気付く。耳に、と言ったが、この、まるで心臓が直接魂を叩くような響きと感覚が私は嫌いだった。
その響きは血のような、内蔵のような、何かそういう血生臭くて生理的な嫌悪を呼び起こす物の映像を心の中に呼び起こす。
そこに目は無いから目を逸らす事は出来ない。それに今に限っては、そう、私の人生を大きく形作る存在、八雲紫との別れに際して、心をよそ事に向けてしまう事は、あまりに似つかわしくなくて、勿体なくて、許される事ではなくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が本当にしたくない事であって、するべきでない事だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ああ、そっか・・・・・・・・あなた、死んじゃうのね」
改めて呟いてみる。さっきは感じなかったなにかに、胸が締め付けられる。
「・・・・ええ・・・・・・・・・・・・ええ、そうよ。・・・・私は・・・・・・・・私はね、・・・・・・・・貴女をおいて・・・・・・・・死んじゃうの・・・・・・・・」
息も絶え絶えになって紫が言う。彼女のそんな姿を、私はこの瞬間まで知らなかった。
結局、彼女が死んでいく瞬間など、私は想像すらしていなかったのだ。
胸が熱くなった私は、目線を落とす。
「・・・・・・・・私はね、紫。あんたが死ぬなんて、想像もしてなかったの。あんたは、たとえバラバラにされた所で、粉々にされた所で、『あらあら、痛いですわね』なんて言いながら、ふっと後ろから現れるような存在だとおもってた。だから、あんたのそ「なんだと~~~~!!!???」・・・・えっ!?」
急に紫の声に力が戻る。私は驚いて視線を戻すと、紫はそこにいなかった。
いや、少し視線を上げると、私の頭頂位の高さで、空中で仰向けになっている紫がいた。
「このパープルさまをバケモノみてえにいいやがって」
シャッシャッ
紫の手首の付け根にスキマが開いていて、そこから刃のようなものが出ている。一体何が・・・・・・・・
「死ねぇ!!」
スパッ
首ポーン
「ひゅ~~~跳刀地背拳!!」
プシュー
「おい!!」
紫が目の前にスキマを開くと、そこから藍と橙が現れた
「なんでしょうか、紫様」
「あとは女子どもぐれ~~だ食料をかき集めてこい!!」
「・・・・・・・・は?おっしゃる意味が・・・・・・・・ん?・・・・は、博麗!!」
藍が霊夢の首無し死体に気付き、橙と共にあわてて駆け寄る。
しかし、手遅れなのは誰の目にも明らかだった。
「ら・・・・藍様・・・・・・・・な・・・・なんですか・・・・これ・・・・」
「あ・・・・・・・・ゆ、紫様!!!!貴女がやったのですか!!」
茫然自失としていた藍だが、状況から判断して紫が何か関わっていると瞬時に直感した
「馬鹿な・・・・博麗の巫女を殺すなど・・・・!!一体何をお考えなのです!!結界は!!人妖間の問題は!!次代の巫女は!!一体、何を馬鹿な・・・・!!」
全身の毛を逆立てて怒る藍。愛する主人の愛した幻想郷を、いつしか彼女も愛するようになっていたのだった
「紫様!!どうしてこんな事!!」
橙も最初は何が何だかわからない様子だったが、藍が紫を責めるのを見て、原因が紫だと考えたらしい
「ハ・・・ハハハ なにいってるんだみんな・・・」
「な・・・ホーク おまえならわかるよな やつはおれたちをとことん追いつめる気なんだぜ」
「私は藍です!!やつとは誰ですか!!この暴挙に関係があるならきちんと説明してください!!」
「ハ・・・ハハハ・・・」
「腰抜けが~~~!!」
ズバン
首ポーン
プシュー
藍の首が落とされるのを見て固まる橙。紫はすかさず手元にスキマを開きダイナマイトを取り出して橙に投げつけた
ドッカァーーーーン
「へっへへ・・・バカヤロウどもが・・・」
その時、藍と橙が現れた開きっぱなしのスキマから魔理沙が現れた。
「や・・・・やっと出れた・・・・・・・・流石に死ぬかと思ったぜ・・・・・・・・」
息絶え絶えな魔理沙ではあるが、取り敢えず場所を確認しようと回りを見渡す
「ここは博麗神社か・・・あ、紫てめえさっきはよくも・・・・・・・・・って霊夢!?藍!?」
霊夢と藍の首無し死体を見てショックを受ける魔理沙。慌てて霊夢の死体に駆け寄る
「おい霊夢!!しっかりしろ霊夢!霊夢!霊夢ぅぅぅぅぅぅ!!!!」
そもそも頭がないのでしっかりしようがない
紫はそんな魔理沙をぎろりと睨んで藍の死体に近付いていった
「フォックスてめぇ~」
「なんでこの場所をしゃべった~~!!」
ドカッバキッ
「てめえのせいだてめぇの!!」
ドカッドカッ
霊夢の死体のそばで涙を流していた魔理沙だったが、藍の死体にあたる紫を見て硬直する。そして同時に二人を殺したのは紫だと悟った
「紫ぃ!!てめぇがやったのか!!」
「ハ・・・ハハハ なにいってるんだ魔理沙・・・」
「な・・・ホーク おまえならわかるよな やつはおれたちをとことん追いつめる気なんだぜ」
「私は魔理沙だ!!やつとは誰だ!!この暴挙に関係があるならきちんと説明しやがれ!!」
「ハ・・・ハハハ・・・」
「腰抜けが~~~!!」
ズバン
首ポーン
プシュー
そして誰もいなくなった博麗神社にダイナマイトを置いて立ち去る紫
「やつらのために祈る言葉はない・・・」
ドカアアアアァァァァン
End
その響きは血のような、内蔵のような、何かそういう血生臭くて生理的な嫌悪を呼び起こす物の映像を心の中に呼び起こす。
そこに目は無いから目を逸らす事は出来ない。それに今に限っては、そう、私の人生を大きく形作る存在、八雲紫との別れに際して、心をよそ事に向けてしまう事は、あまりに似つかわしくなくて、勿体なくて、許される事ではなくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が本当にしたくない事であって、するべきでない事だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ふと、夢を見ていた事に気付く。
私はあまり夢を見る方ではない。だから珍しく夢を見ると、その内容もほとんど覚えていないくせに、目を覚ました時に何を思うよりもまず、ああ、私は夢を見ていたのか、と思う。
そういう時はなんだか現実が曖昧な心地がして、何と無く首筋に手をやったり、体を撫でてみて、自分の体が昨日のままなのを確かめてみたりする。
他のやつの夢になんて興味は無いから聞いた事はないが、こんな感覚は誰にでもある物なのだろうか?
そんな事をぼんやり考えながら、私はのっそりと起き上がった。外からは春の陽気と光が差し込んでいて、良い朝だな、と何と無く呟いてみた。
身支度と朝食を終えて箒を片手に境内に出てみると、やっぱり気持ちの良い朝がそこにあった。うん、今日は良い一日になりそうだ。
・・・・・・・・こちらに向かって飛んで来る一つの影が私の見間違いなら。
「おーっす霊夢。お茶を処理しに来てやったぜ」
・・・・どうやら私の目は正常だったらしい。この野郎、気持ちの良い朝をぶち壊しやがって。
空から白黒のエプロンドレスに身を包んだーーーーのはずが、何故か今日は薄いブルーの寝巻に身を包んだ魔法使いが箒で降下してくる。
「朝っぱらからふざけた事いってんじゃないわよ。帰れ」
「まま、これには訳があってだな」
「帰れ」
こいつが無遠慮なのはいつもの事だが、こうも非常識な時間に来られると機嫌も悪くなる。
ぼんやりと雀の鳴き声に耳を傾けながら、深呼吸でもしながら朝の気持ちの良い空気を一人で楽しむのは、私の数少ない楽しみの一つであるというのに。
「いやいや聞いてくれって。実はチルノが寝起きに襲撃してきてさ。勿論返り討ちにしてやったんだが、何度撃墜しても諦めないから撒いてきたんだ」
「・・・・あっそ」
どうりでこいつ寝巻なのか。まあ、小脇に普段のエプロンドレスを抱えてる辺り、その余裕は見て取れるが。奇襲してもこれなのか、どれだけ弱いんだあの妖精は。
まあ、どうせ突入する前から大声上げて突っ込んだんだろう。奇襲の意味は全く無いが、あの妖精はそういう奴だ。
「おいおい、冷たいぜ。もっとなんか言うこと無いのか?」
「・・・・・・・・・・・・あんたが逃げるなんて珍しいわね。悔しくないの?」
「あれを逃走だと認識する方がどうかしてるぜ。それに一心地ついたらとことん付き合ってやるつもりだしな。」
「・・・・あっそ」
「おいおい本格的に冷たいぜ・・・・・・・・ま、とりあえず水やら何やら使わせて貰うぜ」
そういって勝手に母屋の方に上がり込んでいく魔理沙。許可出してねえだろうが。全くこれだからあの白黒は・・・・・・・・
まあいいや。もう静寂を楽しむ心持ちでもないし、掃除を始めよう。
一瞬、チルノが襲撃してきた理由を聞けばよかったかな、と思ったが、やっぱり大した問題じゃないと思い直して手を動かし始めた。
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掃除を始めて30分程経ったろうか。放置された魔理沙(こんな時間に来たあいつが悪い)は外廊下で体を伸ばしてだれている。
私の目の前、頭よりやや高い位置に急にスキマが開く。今日は本当に珍しい日だ。
「アンタが早起きなんて珍しいじゃない」
「ごきげんよう、霊夢」
境界の妖怪、八雲紫がスキマから境内に降り立つ。この怠惰な妖怪がこんな時間に起きているのは本当に珍しい。
「あらあら、お掃除ご苦労様。御蔭でいつもここの神社は綺麗よね」
扇子で口元を隠してくすくす笑いながら言う。こいつのこの仕草を私は何回見ただろうか。
「うるさいわね。何の用よ」
別に掃除しかする事がないのは私のせいじゃない。目の前の胡散臭いのも含めて、ここに入り浸る妖怪共のせいだ。100%そうだ。疑いの余地は全く無い。
「まあ、今日は割と大事な話があって来たのよね。だから出来れば二人で話したいんだけど・・・・・・・・」
「おうおう、私と二人で話がしたいのか。いいぜ、今日の私は機嫌が良い。何でも聞いてやろう」
・・・・いつの間にか魔理沙が横に付いていた。本当に面倒臭い奴だ。さっさと帰ってチルノと遊んでてくれればいいのに。
「・・・・ちょっと魔理沙。後でお茶出してやるからすっこんでて」
「なあにぃ~!?聞こえんなぁ~~!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「魔理沙。これは幻想郷に関わる話なの。ちょっ「なあにぃ~!?聞こえんなぁ~~~~ぁぁああああああ!!!!!????」
スキマに落とされる魔理沙。なんでこいつはこんなにバカなんだ。
「さて、やっと話が出来るわね」
やっと、という部分には私も同感だ。真面目な話は得てして面倒臭い物だ。
面倒はさっさと片付けてしまうに限る。
「あのね、私死ぬから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「死んじゃうの。私」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何それ」
「ごめんなさい、色々説明してあげたいのだけれど・・・・・・・・今はやらなくちゃいけない事が沢山あるから、もう行くわ。夜、境内で待ってて頂戴」
そう言って紫はスキマの中に消えていった。
・・・・・・・・・・・・さて、どうしたものか。
なんだか冷静に考えるのにも違和感を感じる心持ちだが、あいつの話は本当だろうか?多分本当だ。そんな気がするし、今思えばどこか弱々しくて生気がなかった気がする。
だったらどうしたものか、どうしたものか。考えるまでもなく、どうしようもないのだ。私は妖怪の味方ではないし、そもそもあいつが死ぬと言うのなら死ぬんだろう。私に出来る事は今更無いはずだ。
余りにも淡泊で、余りにも早い結論だと、自分でも思った。手持ち無沙汰になった感すらある。まるで、もう紫の死が終わってしまったかのような。
・・・・それにしても、こんな風に死を告げられるのは意外な気がした。あいつは、死別するならわざわざ満身創痍な姿で突然私の前に現れて、ロマンチックな、無駄なお喋りを楽しむようなやつなのに。
少なくとも、こうやって冷静に考えられるだけの実感の無さと時間を前もって与えてくるのはあいつらしくないと思う。それとも、私を気遣ってくれたのだろうか?
・・・・それは流石にないか。まあ、あいつは私を好きだろうが、生涯一度きりの飛び切りの楽しみを台無しにしてまで気遣う程好きではないだろう。
そこまで考えて、自分こそが死に幻想を抱いている事に気付く。死は特別でなくてはならない、というのは、ひょっとして人間特有の考え方なのだろうか、と。(流石に私固有の考え方だとは思わない)
なら、紫は極々自然に別れようとしているだけなのだろうか。普段、一緒にお茶を飲んでいる時なんかは全く気付かないけれど、やはり彼女は妖怪で、私とは酷く遠い存在なのだ。
普段はするはずも無い事だけれど。私はそんな風に、彼女が何を考えているか、なんて事について考えて、あまつさえ私はそれに対してどうするべきか、なんて事までぼんやりと考えながら箒を動かしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日が完全に沈んでから4刻も経っただろうか。母屋でお茶を啜りながら待っているが、紫はまだ来ない。気配のかけらも感じない。まあ、あいつはスキマを使って移動するから気配に意味はあまり無いが。
なので、私が待ち構えておこうかしら、と境内に出て、そこに紫の姿を見付けた時は驚いた。どうやらとっくに来ていたらしい。
目で捉えるまで存在に気付けない位、彼女の全ては希薄になっていて、彼女はどうしようもない、触れれば壊れてしまうようなはかなさを醸し出していた。
「・・・・来てたんなら、声くらいかけなさいよ」
「ああ霊夢、やっと気付いてくれたのね。私、このまま放置されて死んじゃうかと思ったわ」
いつもの扇子を今は持っていない。両手を目に当て、よよよと泣くふりをするスキマ妖怪。
「だから声を・・・・ああもういいわ・・・・」
身の無い会話を続ける気は起きなかった。こいつの、死を薫らせるはかなさは、漸く八雲紫の死を実感として与えてくれた。
こいつが扇子を持っていないのは、もう持つことすらままならないからではないからだろうかと思う程の弱々しさがそこにあった。
「あら、冷たいのね霊夢。無駄なお喋りは嫌なの?それじゃあまずは言うべき事を言っておこうかしら。最初に・・「ああ、要らないわ」・・・・えっ?」
「聞く必要無いわ。あんたが死ぬ理由もこれからの事も。聞いたからどうだって事もないし。なるようにしかならないんだから」
これが私の用意しておいた答。日が暮れる頃に『おやすみなさい』と別れるように、私達は別れようと、私は決めたとまでは言えないまでも、ぼんやりと思ったのだった。
別に深い意味は無い。ただ、紫が仰々しいのを嫌うなら、それに乗ってやろうと思っただけの話だ。
「そ、そんな・・・・・・・・これから私がいかに幻想郷の為に尽力したか説明して、貴女は私を胸の中に抱いてくれるはずだったのに・・・・」
どうやら、最後までこいつはおどけるつもりらしい。本当に私を気遣ってくれているのだろうか。・・・・だったら、そこには、どんな感情があるのだろうか。
「・・・・・・・・馬鹿ね」
「酷い・・・・酷いわ・・・・・・・・」
また泣き真似を始める紫に、私は一つ溜息を吐く。
取り敢えずそれをやめさせようと、そしてその体温を感じようと、私は彼女の腕を軽く押しやる。
そして、ただそれだけの動作で、八雲紫は紙のように背中から倒れてしまった。
彼女の倒れ行く様は秋風にさらわれる枯れ葉のように、あまりにも自然で、私は愕然とすると同時に美しさすら感じた。
そして彼女の冷たさを感じ、軽さを感じ、仰向けに倒れて顔を歪める八雲紫の顔を見て、私は本当に、彼女が死んでしまうのだと、二度と会えない所に行ってしまうのだと、ようやく理解したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
心臓がどくん、どくんと脈打つ音が耳にやって来る。緊張の中で冷静になろうとすると、私はいつも自分がこの状態に居る事に気付く。耳に、と言ったが、この、まるで心臓が直接魂を叩くような響きと感覚が私は嫌いだった。
その響きは血のような、内蔵のような、何かそういう血生臭くて生理的な嫌悪を呼び起こす物の映像を心の中に呼び起こす。
そこに目は無いから目を逸らす事は出来ない。それに今に限っては、そう、私の人生を大きく形作る存在、八雲紫との別れに際して、心をよそ事に向けてしまう事は、あまりに似つかわしくなくて、勿体なくて、許される事ではなくて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が本当にしたくない事であって、するべきでない事だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ああ、そっか・・・・・・・・あなた、死んじゃうのね」
改めて呟いてみる。さっきは感じなかったなにかに、胸が締め付けられる。
「・・・・ええ・・・・・・・・・・・・ええ、そうよ。・・・・私は・・・・・・・・私はね、・・・・・・・・貴女をおいて・・・・・・・・死んじゃうの・・・・・・・・」
息も絶え絶えになって紫が言う。彼女のそんな姿を、私はこの瞬間まで知らなかった。
結局、彼女が死んでいく瞬間など、私は想像すらしていなかったのだ。
胸が熱くなった私は、目線を落とす。
「・・・・・・・・私はね、紫。あんたが死ぬなんて、想像もしてなかったの。あんたは、たとえバラバラにされた所で、粉々にされた所で、『あらあら、痛いですわね』なんて言いながら、ふっと後ろから現れるような存在だとおもってた。だから、あんたのそ「なんだと~~~~!!!???」・・・・えっ!?」
急に紫の声に力が戻る。私は驚いて視線を戻すと、紫はそこにいなかった。
いや、少し視線を上げると、私の頭頂位の高さで、空中で仰向けになっている紫がいた。
「このパープルさまをバケモノみてえにいいやがって」
シャッシャッ
紫の手首の付け根にスキマが開いていて、そこから刃のようなものが出ている。一体何が・・・・・・・・
「死ねぇ!!」
スパッ
首ポーン
「ひゅ~~~跳刀地背拳!!」
プシュー
「おい!!」
紫が目の前にスキマを開くと、そこから藍と橙が現れた
「なんでしょうか、紫様」
「あとは女子どもぐれ~~だ食料をかき集めてこい!!」
「・・・・・・・・は?おっしゃる意味が・・・・・・・・ん?・・・・は、博麗!!」
藍が霊夢の首無し死体に気付き、橙と共にあわてて駆け寄る。
しかし、手遅れなのは誰の目にも明らかだった。
「ら・・・・藍様・・・・・・・・な・・・・なんですか・・・・これ・・・・」
「あ・・・・・・・・ゆ、紫様!!!!貴女がやったのですか!!」
茫然自失としていた藍だが、状況から判断して紫が何か関わっていると瞬時に直感した
「馬鹿な・・・・博麗の巫女を殺すなど・・・・!!一体何をお考えなのです!!結界は!!人妖間の問題は!!次代の巫女は!!一体、何を馬鹿な・・・・!!」
全身の毛を逆立てて怒る藍。愛する主人の愛した幻想郷を、いつしか彼女も愛するようになっていたのだった
「紫様!!どうしてこんな事!!」
橙も最初は何が何だかわからない様子だったが、藍が紫を責めるのを見て、原因が紫だと考えたらしい
「ハ・・・ハハハ なにいってるんだみんな・・・」
「な・・・ホーク おまえならわかるよな やつはおれたちをとことん追いつめる気なんだぜ」
「私は藍です!!やつとは誰ですか!!この暴挙に関係があるならきちんと説明してください!!」
「ハ・・・ハハハ・・・」
「腰抜けが~~~!!」
ズバン
首ポーン
プシュー
藍の首が落とされるのを見て固まる橙。紫はすかさず手元にスキマを開きダイナマイトを取り出して橙に投げつけた
ドッカァーーーーン
「へっへへ・・・バカヤロウどもが・・・」
その時、藍と橙が現れた開きっぱなしのスキマから魔理沙が現れた。
「や・・・・やっと出れた・・・・・・・・流石に死ぬかと思ったぜ・・・・・・・・」
息絶え絶えな魔理沙ではあるが、取り敢えず場所を確認しようと回りを見渡す
「ここは博麗神社か・・・あ、紫てめえさっきはよくも・・・・・・・・・って霊夢!?藍!?」
霊夢と藍の首無し死体を見てショックを受ける魔理沙。慌てて霊夢の死体に駆け寄る
「おい霊夢!!しっかりしろ霊夢!霊夢!霊夢ぅぅぅぅぅぅ!!!!」
そもそも頭がないのでしっかりしようがない
紫はそんな魔理沙をぎろりと睨んで藍の死体に近付いていった
「フォックスてめぇ~」
「なんでこの場所をしゃべった~~!!」
ドカッバキッ
「てめえのせいだてめぇの!!」
ドカッドカッ
霊夢の死体のそばで涙を流していた魔理沙だったが、藍の死体にあたる紫を見て硬直する。そして同時に二人を殺したのは紫だと悟った
「紫ぃ!!てめぇがやったのか!!」
「ハ・・・ハハハ なにいってるんだ魔理沙・・・」
「な・・・ホーク おまえならわかるよな やつはおれたちをとことん追いつめる気なんだぜ」
「私は魔理沙だ!!やつとは誰だ!!この暴挙に関係があるならきちんと説明しやがれ!!」
「ハ・・・ハハハ・・・」
「腰抜けが~~~!!」
ズバン
首ポーン
プシュー
そして誰もいなくなった博麗神社にダイナマイトを置いて立ち去る紫
「やつらのために祈る言葉はない・・・」
ドカアアアアァァァァン
End
ほんとに妄想が入るまではそれなりに面白かったんだけどね。後書きの微シリアスでは巻き返せない残念さだった。
万が一まともなのを書くことがあったら、そのときは歯ぎしりしながら100点入れに来るのでよろしく。
途中までは良かった。なぜそのまま続けてくれなかったのか。
実に惜しいと、心の底からそう思います。
妄想が入るまでは好きな感じだったのに、後半のせいでぶち壊しになった感が。
狙ったというのであれば失敗だったかと。
出来れば前半の雰囲気を維持した一品を楽しみにしています。
とてもおもしろかったです。
それさえなければ結構良い作品だと思う
なべに放り込んでからぐちゃぐちゃにして台無しにした料理みたいです
導入部から中盤までは良かったのに...