Coolier - 新生・東方創想話

夏と初恋と変わりたかった私

2010/07/14 18:20:14
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 幼い時分に恋をしたことがある。




「今日はものすごく暑いぜ」

 うだうだと縁側に寝転がりながら私はそうつぶやいた。からっと空気は乾いちゃいるけどその分だけ日光が容赦なく降り注いでいる。黒はよく熱を吸収するなんて教えてくれたのは香霖だったか。でもそんなこと教えてくれなくったって自分でわかる。なんのために白黒の服を着ていると思ってるんだ……まあこんなことを知るためではないけれど。
 熱を逃がそうと転がってみるけれど、ただただ体の全面が日に焼かれるだけだった。目を閉じてもなんだか頭の奥がちかちかする気がする。すわ異常でも起きてるんじゃないかと疑ってみるけど、よく考えると毎年こう思ってる気がする。
 つまり、これが正常。嘘つけ、こんなのおかしいぜ、という思いを込めてうーうーうなっている私に、す、と影がさした。うっすらと目を開けると、見覚えのある顔が私を見下ろしていた。じぃ、とこの熱気の中でも冷めた目をして私を見ている。

「なんだよ」
「暑い暑いいうなら出て行ってくれないかしら」

 見下ろしてきた少女――霊夢が不機嫌そうに言う。それにしても涼しげなやつである。暑いとかそういうのは感じないんだろうか。いつでも飄々としているやつだ。
 けれど私はそうもいかない。なんてったって黒いのだ。それだけが原因とは思えないけど、そういう風にしていた方がいい気がする。

「でも暑いものは暑いんだから仕方ないぜ」
「だったらせめて縁側からはなれなさいよ。日光、もろに当たってるじゃないの」
「だからこれは私と日光の戦いなんだぜ」

 にやりと笑うと、霊夢は呆れたようにため息をついて私からすすす、と離れる。うむうむ。これは私と日光の一騎打ちなんだぜ。私がへたるか、日が沈むか。でも残念だったな、この程度の光、なんともないぜ。ああでも、暑い。日に容赦なくさらされた床なんて、むしろ熱いくらいだ。
 無意識のうちにうなってしまう。ああだめだだめだ、このままぼーっとしてると焼き魔理沙になっちまう。こんがりほっくほく、なんだよ畜生、ちょっとおいしそうじゃないか。
 そう思うとなんだかまるで縁側が鉄板か何かのような気がしてきた。いやな妄想だと思いながらも、体を起こす。ずっと日光にあてられていたからなのか、それとも急に体を起こしたからなのか、くらりと頭が痛む。

「なぁ霊夢」
「なによ」

 痛む目頭を押さえて呼び掛ける。
 霊夢はと言えば、うわ、まじか、この期に及んで熱いお茶を飲んでやがる。見てるこっちまで暑くなってしまいそうな所業である。というよりもとより暑いし。

「駄目だ、このままだと暑くて死んじまう」
「だから縁側から……まあいいわ。なに? お茶でも飲む? 脱水症状になるわよ」
「冗談じゃないぜ」

 普段だったら霊夢がお茶を出すなんて、と感動するところだが今日に限ってはそうもいかない。それこそ本当に焼け死んじまう。ゆるりと首を振って、もう一度私は縁側に寝っ転がる。

「はぁ……泉にでも涼みに行こうかしら」

 そりゃあいい考えだと思いながらも、動くだけの元気はなくって私はぐるんと寝がえりをうった。
 空は蒼く、雲は白く、ああ、あとは気温さえちょうど良ければ完璧なのに。閉じた瞼のその向こう、ちらちらとまたたく光。ああ暑いなぁ。暑いけれど、なぜかどうして、不意に涼しくなったような気がして。

「う……ん?」

 光はもうまたたかない。
 ただどうしようもなく泣きそうなくらいに懐かしくって、
 泉に行くのはそりゃあいいことだと思うぜ。泉? あれ、どういうことだろう。誰かが私の名前を呼んでいる。誰だ、誰だ。わからない。あれ、この声、聞いたことがあるような気がする。
 いつ? どこで? ああ、わからないわ。
 気がつけば私は暗闇の中に落ちていた。





 森の中に私はいる。
 薄暗い空気が心地よい。さくさく、と私が歩くたびに地面に落ちた小枝や葉が音を立てた。さくさく。さくさくさく。小石がはねるのは気にならなかったけど、泥が靴につくのだけは少し嫌だったから、気をつけて歩く。さくさく。
 私はこの森が大好きだった。木漏れ日が特にいい。明るすぎないのだ。少し湿っぽい森にはたくさんキノコが生える。キノコは好きだ。だって美味しいんだもの。けれど食べられないものもあることを私は知っている。けれど食べられないものは、きらきらときれいだ。だからそれでいい。
 けれどお母さんは私がこうやって森の中を散歩するのをよく思っていないようだった。女の子らしくないんだって。そんなことないのにって思う。綺麗なものが好きなのは女の子の特権じゃないのかしら。
 でもお母さんはわかってくれない。だから私は秘密で森を歩く。怖くなんてない。むしろ美しいし、夏だというのにとても涼しい。
 何度も来ているから、どこにどんな植物が生えているのかなんてほとんど知っている。でも私はきょろきょろしながら歩く。一日で森は大きく変わることがあるのだ。昨日は知らなかったキノコに会えるかも。昨日は見れなかった花を見れるかも。
 けれど私のそんな思いもむなしく、けっきょくなんの発見もなかった。私は小さく舌打ちをしてみせる。コーリンの真似だ。コーリンはいやぁな客が来たあとに、たまにこうして舌打ちをして、あっかんべをして見せることがある。その様子がなんだか子供っぽくって私はくすくすと声を殺して笑ってしまうのである。
 でもお母さんはあんまりコーリンのその癖が好きじゃないみたいだった。それ以上に私がコーリンの真似をする方が嫌みたいだったけど。お母さんはきっと私に女の子っぽくなってほしいんだ。だから私にこんなワンピースばっかり着せるんだわ。
 ふわふわしたスカートは森の散策に適さない。それなのにお母さんに反抗する勇気がない時分の事も、私はちょっぴり、嫌いだった。もしも男の子みたいにふるまえたら、コーリンみたいなしゃべり方をしてみたいなんて思うの。ううん、コーリンは男なのにちょっとなよなよしてるから、もっとかっこよくしゃべるのよ。語尾に「だぜ」なんてつけちゃったりして。
 男の子になりたいわ。
 男の子になったら、もっといろんなことをして遊べるもの。木のぼり、缶けり、どれもお母さんはやらせてくれやしない。けれどぜぇったいにたのしいわ。
 そう思ってくすくすって笑う。なんだか楽しくなってきた。

 気づけば、ずいぶんと森の中を進んでいた。こんな奥まで来ることはめったにない。少しずつ細く、悪く、頼りなくなってきた道とは対照的に、空を覆う木々の葉は厚くなっていく。
 もれだす木漏れ日は少しずつか細くなっていき、私はほんの少し心細くなってくる。けれどそれと同時に私は――ワクワクしていた。普段は見ることのできない森の姿。けれどそれだけではない。もっと不思議なものに出会えるようなそんな雰囲気。
 私は心臓を高鳴らせながら、ゆっくりと歩く。さくさく、なんて森はもういわない。ふかふかと足音を吸い取るだけだ。私の鼓動以外、静寂しかそこにはなかった。まるで音というものがこの世から切り離されてしまったような、そんな幻想的な妄想に取りつかれそうになる。
 どうしよう、引き返そうかなんて考えて見ても、足は先に進むのを止めない。どうして、私は何を感じ取っているのかしら。少し怖くなりながら、進む。歩いて、歩いて、そこには、とても美しい美しい泉が広がっていて、私は息をのんだけど、ううん、それだけではなかった。

「あら。人が来るなんて珍しい」

 私は、そのとき『美しい』にであった。
 それは少女の姿をしていたけど、そんな形より何よりもそういうイメージが直接脳内に流れ込んできてどきどき、と胸が否応なしに高鳴った。けれどこの高鳴りは先ほどまでの不安をはらんではいない。

「ちょっと待ってなさい、すぐにそっちに行くわ」

 彼女が私に声をかけるというそのことが信じられなかったから、私は反応できなかった。さらにいえば、彼女がざぶざぶと水を掻き分けて歩いているその姿さえ、私からしたら異常だった。
 だって、そうでしょう? あなたはもしいきなり人形が動き出したらどうする? 驚くに違いないわ。さらにその人形が美しい、繊細なガラスでできた美しいものだったら? 私なら心配する。
 壊れてしまったらどうしよう。彼女の存在が粉々になっちゃうんじゃないかって。私がこのとき抱いた感情は、こんな気持ちにそっくりだった。
 そう、彼女はそれほどまでに美しく、繊細で、私がここに足を踏み入れた、というイレギュラー一つで粉々に崩れ落ちてしまいそうな危なっかしさをはらんでいた。
 けど、彼女の動作はけして見た目通りというわけではなかった。頬に張り付く濡れた髪を鬱陶しそうに払いのけ、水面に大きな波を立て、大股でこちらに近づいてくる。決して可憐とは呼べない、むしろ大胆で大雑把な立ち居振る舞いだったが、それすらも彼女の魅力なのかもしれない。ううん、確かに私は彼女の振る舞いにときめいていた。

「全く、どういうことなの」

 ぶつぶつ、とつぶやきながら、少女が陸へとあがる。未だ雫の滴る髪を力強く握りしめ、水滴を絞り落とす少女。そんなことをして髪は痛まないのだろうか、と人ごとながらに心配になってしまう。

「それで、あなた、などうやってここに来たの」
「あの、ぼーっとしてたら、気づいたら、ここに」

 どうやって、という言葉に少し違和感を感じながらも、私は答える。感じた予感のことは話さなかった。信じてもらえるなんて思わなかったし、気持ち悪がられるような気もしたから。
 どぎまぎしながら答えた私を少女はじろじろと遠慮なく見つめる。少し居心地が悪い。相手がこんなに美しい少女なのだから、なおさらだ。自分自身が恥ずかしくなって自分の着ているかわいらしいスカートが急激に色あせて見えた。
 少女はしばらく私を見つめた後、なにかを考え始めた。ぶつぶつ、とよくわからない言葉を呟いている。恥ずかしいと同時に、少し悔しくなった私は逆に少女のことを観察してみることにした。

 本当に綺麗な少女だ。
 そろえられた髪の色は茶色がかった黒。目の色も同じ。それにしても大きな瞳だ。けれどかわいらしい顔立ちをしているわけではない。まつげは長く眼は切れ長、肌の白さと相まって少し冷やかな印象すら受ける。
 身長は私より少し高いくらい。年も私と同じかちょっと上なんじゃないかしら。10、か11歳くらいだと思う。同年代の子でこんなに綺麗な子がいるなんて、と私はほんの少しショックを受けてしまう。なんだか自分がひどくちっぽけな気がして。
 服装はあまりその美しさに見合わない質素なものだった。シンプルなロングスカート。特別にいい布で作られている、とかそういうわけではない。もったいないわ、と思う。彼女ならばきっとどんな服でも着こなせるんじゃないかと思う。
 ほんの一瞬だけずるいと思って、けれどその感想もすぐに感嘆に埋め尽くされてしまう。ぽー、っと彼女を見つめていると、不意に彼女が口を開いた。

「……まあいいわ。来るもの拒まず、ね。あなたも涼んで行きなさいな」
「あ、ありがとう、ございます」

 思ったよりも気さくだな、と思った。
 ほんの少し、張り詰めていた緊張が緩む。私はその場にしゃがみこんで、すっと泉に触れてみた。冷たい。それ以上に澄んでいた。こんな素敵な場所があるなんて知らなかった。私は思わず笑顔になってしまう。
 とぷん、と波が立った。横を見ると、少女も同じように手を浸している。目が合うと、少女は小さく笑ってくれた。顔が赤くなるのを感じて、思わず顔をそらしてしまうと、くすくすという笑い声が聞こえた。

「あなたが思っているより、あなた、面白いわよ」
「へ、そうですか、ねぇ」
「そうやって敬語使ってるのも、面白い、かも」

 くすくす、と笑う様は一転子供っぽいようにも見えて、そんなところも私には魅力的にうつった。

「ねぇ、一緒に私と遊びましょうよ」
「え、え、いいんですか、じゃなくて、いいの?」

 さっき笑われたのが恥ずかしかったから、今度は普通に喋ってみる。けれどそうやって言い直す様さえおもしろかったのだろう、けらけら、と少女はより大きく笑いだした。
 あまりにも少女が楽しそうなものだから、私は嬉しいような、でもやっぱり恥ずかしくって口を尖らせてみる。くすくす、とまだ笑いのやまない少女は、ちろ、と舌を出してウインクしてみせた。

「やっぱりおもしろいわ、あなた。気にいっちゃった」

 そういって、少女はいたずらっぽく笑って、ぱしゃりと水をこちらにかけてきた。

「きゃっ?」

 一瞬驚いたけれど、次の瞬間には笑いがこみあげていた。そうなるとこちらも俄然やる気になってしまう。
 水をすくいあげて、彼女の方へ投げるようにしてかける。少女は顔を手で覆いながら、きゃぁきゃぁ、と笑い声をあげる。思わず私が得意げになると、少女はなにも履いていない足を泉にさしいれて、そのまま跳ね上げた。手ですくうのとは段違いの量の水がこちらへ降りかかる。
 こうなると私ももう遠慮なんかしていられないわ。靴と靴下を脱いで、スカートのすそがつかないように気をつけて、泉に足を浸す。ひんやりとした水の気持ちよさを心いくまで味わう間もなく、私は水をけり上げた。
 しばらくばしゃばしゃという音と二人分の笑い声が森の中に響く。けれど、二人ともびしょぬれになったころには少し疲れてきて、木々のざわめく音に耳を傾ける余裕も生まれてきた。
 ここに来た時は少女に気をとられていて気付かなかったが、この場所も少女に負けず劣らず美しい。木々の間からは木漏れ日が降り注ぎ、水面で反射してキラキラと美しくまたたいている。

「ここって、すごくいい場所だね」
「ええ、私のお気に入りの場所よ」

 二人で並んで水面を見つめる。ちらりと横に視線を移すと、少女と目があった。お互いにすこしおかしくって、くすくすっと笑ってしまう。
 なんだか、とても幸せな気分だった。初めて出会う少女にここまで気を許すことができるだなんて、信じられなかった。けれどまるで昔から友人であったかのように、私は少女に気を許している。
 少女には、不思議な雰囲気があった。誰にも冷たいようでありながら、だれでも受け入れるような。そんな、ぱっと見ただけでは気づけないような包容力。その包容力に私は気付いた。気づいてしまった。
 でも、それだけじゃない。もっと大きな何かに触れた。包み込んでくれたから、とかそれだけじゃないはずだわ。もっともっと、深い深いなにかに。
 きっと、だからに違いない、私は。

「私、男の子になりたい」

 ふ、とつぶやいていた。

「どうして?」

 少女が不思議そうな顔をしてきいてくる。
 その言葉に、泣きそうになってしまう。

 ふわふわしたスカートが本当はあんまり好きじゃないから。お母さんに反抗してみたいから。木登りや缶けりがしてみたいから。
 でも、そんなのは些細な理由だった。

 好きなの。あなたが。

 一目ぼれかもしれないけど、私が好きになったのは貴女の見た目だけじゃない。
 遊んでくれて、うれしかったの。私のこのワンピースに対して遠慮なく水をかけてくれたのが、うれしかったの。お母さんはダメ、っていうのに。森を歩くのも、ダメって、家の中で本を読んでいなさいっていうの。
 けれどあなたは気にしなかったね、気にせずに笑いかけてくれたね。世間知らずなオジョウサマの世迷いごとって笑うかもしれないけど。

「それは……見てみたいような、もったいないような気分ね」

 うつむいて、水面にうつりこんだ金色の髪を持つ少女を見つめてため息をつく私に、少女は言う。

「……もったいない?」
「そうよ、男になったらそんな服、着れないわよ」

 ちょい、と少女が私のスカートの服の裾を引く。
 それに応じるように、私は自らの服を見下ろす。フリルのたくさんついた、かわいらしいデザインの、ピンク色のスカート。今はびしょぬれになっている。お母さんに怒られちゃうな。
 でも、私は別に気にしない。こんな服、もとより好きじゃないもの。

「別に、いいもん」
「あら、すごく似合っているのに。もったいないわ、本当に」

 その言葉は、しれっと吐き出されたが、嘘ではないようだった。むしろ、だからこそ真実味を帯びていた。
 褒められたのが照れくさくて、挙動不審になってしまう私。

「そ、そうかな」
「ああ、でも――」

 そこでくすっ、と少女は意地悪そうに笑う。

「ピンクはあんまり似合わないわ。そうね、黒なんてに会うんじゃないかしら」
「黒……」

 黒い服を着た自分を想像してみる。
 なんだか……魔女みたいだな、って思った。ふしぎの森の魔女、なんて素敵な響きかもしれない。
 こう言われてしまうと、男の子になりたい、という願望も薄れてしまう。だって、男の子は魔女にはなれないもの。男の子の場合は、なんていうんだろう。魔法使い……は女の子だって一緒だし。

「まあ、そういうわけで男になったあなたはあなたでおもしろそうだけど、今のままでも素敵だと思うわ」
「すすす、素敵って」

 頬が熱くなるのを感じる。どうして彼女はこんな恥ずかしいことをさらっと言えちゃうんだろう。でも私のお母さんみたいに、自らのために人を褒めているのとはあからさまに違って、ああ、やっぱり彼女のことが好きなんだって思って。
 でも彼女は女の子のままの私が素敵って言ってくれている。
 どうすればいいんだろう、ってぐるぐるする私の頭の中に、ふ、と名案が思い浮かんだ。

「ねぇ、じゃあ、こういうのは、どうかな」
「ん?」

 すぅ、と息を吸い込んで。

「こういう風に喋るのはどうかな、だぜ」

 きょとん、と彼女が目を丸くする。
 なんだかとってもすっきりした気分だ。ずっと飄々としていた彼女をこうやって驚かせられただけでそれはきっと大きな収穫だもの……に違いないぜ。
 心の中の独り言でもそういう風に呟いてみて、やっぱり変だなぁってちょっと思う。でも思ったよりも、違和感はない。本当は昔からこういう風に喋ってたんじゃないの、って自分でも思っちゃうくらいに。
きっとお母さんが聞いたらすごく怒るから、家では封印しなくちゃならないけれど、コーリンはきっと笑ってくれるんじゃないかと思う。
 そして、彼女も。
 けらけらという笑い声。

「あっはは、やっぱり、あなた、面白いわ」
「お、おもしろい、って、なんだぜ。結構本気なのに……だぜ」

 さらに少女は笑う。そんなに笑わなくてもいいのにってくらいだ。

「でも、その口調、にあってるわ」
「そ、そうかな、だぜ。それなら、よかったぜ」
「やっぱりちょっと変」
「ひ、ひどいぜ……」

 むぅ、と口を尖らせてみる。
 けれど彼女が真剣な表情をしているのを見て、その表情もすぐに崩れる。

「……あなた、結構すごいわよ」
「へ?」

 いきなりの言葉に驚いてしまう。
 なんがすごいって言うのだろう。ただちょっと男の子みたいな言葉でしゃべってみただけ。それもただただ語尾に『だぜ』ってつけてるだけだし、不自然な日本語になっているのは自分でも気づいているつもりだ。
 なのに彼女はすごいという。私は首をかしげることしかできない。

「普通、そういう願望って持ってもなかなか実行できないもの。それをこうやってできるなんて、よっぽどの理由があるのね」

 ちくり、と心が痛んだ。
 私が男の子になりたいという理由を、彼女は知らない。知られてはならない。いくらこういう風な口調にしてみたって、まだ私は女の子だから。
 もっともっと、時間をかけるんだ。
 いつか私の中の男の子と女の子が上手に混ざり合って、彼女に愛されるような、彼女を愛せるような存在になれるように。

「ねぇ――明日も、来ても、いいか?」
「………………私も、また明日もあなたに会いたい」

 このとき、私はなにも疑問に思わなかった。彼女の少し歯切れの悪い言葉を。

「じゃあ、今日はそろそろ帰るぜ」

 そう言って私は立ちあがる。スカートをはらうと、パラパラと草や砂が散った。

「と、その前に。お前の名前はなんだぜ?」
「そうね、私の名前は――」

 そこで、少女は口をつぐんだ。ゆるゆると首を振る。少し悩んでいるようだった。
 なにか具合でも悪くなったのだろうか、と私がかがみこむと少女はにこりと笑った。けれど心からの笑みとはお世辞にも言えない。無理して作っているんだ。

「また明日にでも、教えるわ」


 ――結論から言えば……その明日は来なかった。次の日、私は彼女に会えなかった。いや、そもそもあの泉にすらいけなかった。どこにもなかった、から。
 夢だったのかもしれないと思ったけれど、ほんの少しだけ私の中の男の子の私は本物だった。上手に上手に、女の子の私と溶けて混ざり合いながら。
 そうそう、黒い服も買ってもらえた。私は滅多に服がほしいなんて言わないから、お母さんはちょっと嬉しそうで、あんまり好きじゃないお母さんとはいえど、私も少しうれしくなった。――まあ、この服を見せる相手はいないけれど。
 きっと彼女はもう会えないことを知っていたのだろう。だから彼女はあえて私に名前を教えなかった。教えてしまえば私はもっと深く傷つくから。バカだな、そんなことしなくても私は傷ついてるのに。

「シツレンの痛みだぜ」

 すっかり変わり果ててしまった私の口調に、コーリンは思っていた通り笑ってくれた。それと同時に似合うよ、ともいってくれた。それでいながら何も聞かないのだから、コーリンはなんだかんだでやっぱりいい奴なんだと思った。

「なあコーリン」
「なんだい?」
「私は、男になんかなりたくないぜ」
「それはまた」

 どうして、と。
 日頃からコーリンには、男の子になりたいと言っていたから、少し驚いたように聞かれた。

「だって男の子になったらこんな服、着れないんだぜ」
「それもそうだ」

 苦笑するコーリン。
 その様子を横目で見て、私は椅子からぴょんととび下りる。

「さて、私はちょっくら森へ行ってくるぜ」
「いってらっしゃい」

 たとえ泉は見つからずとも、思い出は残るだろう。
 そうだ木登りでもしてみようかな。一人じゃ缶けりはできないけれど。

「いってきます! だぜ!」





 気づけばそこは森でも、ましてや泉でもなかった。
 誰かが私の顔を覗き込んでいる。影になっていてよく見えない。

「う……」

 小さく呻くと、覗き込んでいた顔が驚いた表情になった。
 そこで、やっとその人物が誰なのか気づく。いや、そもそも起きてすぐにわかるべきだったのだ。

「霊夢……」
「こんの、バカッ!!!!!」

 すごい怒鳴り声だった。
 思わず身を起こしてしまう。するともちろん、覗き込んでいる霊夢とは正面衝突だ。ゴツン、という見事な音とともに、私はもう一度倒れこむ。でも後頭部はそんなに痛くはない。
 霊夢の膝の上に寝かされている、と直感的に気付いた。なんだか照れるぜ、と冗談交じりに頭をかいて見たりする。けれど、霊夢の方はというと、いたって真面目な顔をしている。あはは、と笑って見せても、霊夢は笑わない。

「いきなり……失神しちゃうんだから……」
「失神?」

 そうだったのか―、と微妙に納得。いきなり記憶が混濁するものだから変な異変でも起こったのかと思った。いや、さすがにそれは冗談だけど。

「熱中症よ、熱中症。だから言ったでしょ。あんた本当になんていうか……幸せそうな顔で死にかけてたわよ?」
「幸せそう、ねぇ。夢見てたからかな」
「夢ぇ?」

 霊夢の怪訝そうな顔に声。

「そう、夢だ。私の、初恋の夢。あるいは私が私になった夢」
「意味、わからないんだけど」

 霊夢がせせら笑う。
 けれどその頬が、微妙に赤くなっているような気がする。おまけにもごもごと不明瞭な声で何かを言っているような。というより霊夢の目が微妙に泳いでいる。こんなのレアだ。
 あはははは、まさか、そんなわけはないだろうと、私はけれど本当になんとなく、夢から覚めたばかりだから頭がちょっとばかになってやがるぜ、と思いながら。

「なあ、霊夢。私って昔男の子になりたかったんだぜ―」
「いきなりなによ」

 聞いてみた。
 つぅい、とそっぽを向く霊夢。普段はなにを言っても流されてしまうから、逆にそういう反応は新鮮だった。

「でもさー、男の子になったらこんなスカート着れないだろ」
「……まあ、それも、そうね」
「昔、スカートが似合うって言ってくれたやつがいてよー」
「…………とんだ変わり者ね」

 相変わらず歯に衣着せない女である。
 ひでーよー、と笑って見せるけど多分上手に笑えてないんだろうなぁ、と思う。だってそんなの笑えるわけないじゃないの。……笑えないぜ。駄目だ、女の子の私が大きくなってきてる気がする。
 ぎゅう、と帽子をひっつかんで目深にかぶる。なんでこんな暑いんだろう。こんなに暑いのが悪いんだ。だから私はあんな恥ずかしい夢を見たに違いない。

「霊夢……」
「…………なによ」

 霊夢の返事もなんだか歯切れが悪い。
 なんでこういう時にこいつは飄々としてくれないんだろう。いつもみたいにもっとバカにしてくれたらいいのに。

「えっと……あの……さ」
「…………………なに」

 ほらここだって、普段だったら「はっきりしなさいよ!」っていうところだろ! なんでおとなしくこっちのセリフを待ってるんだよ。そんなのされたら言いにくいだろ!
 ちろ、と帽子をあげて霊夢を見ると、霊夢も微妙に泣きそうな顔をしている。
 白い肌もほんのり赤く染まっていて、ああなんで『美しい』なんてこっぱずかしいことを考えてやがるんだ私は!

「あ、う、ああ、もう」
「……」
「か、かえるっ!」

 転がるように霊夢の膝の上から下りて、四つん這いで畳の上を進んで、縁側から転げ落ちる。近くに会った箒をひっつかむと、バランスもとらないままに私は飛び上がった。
 ふらふら、と飛び続ける、飛び続ける。
 顔に当たる風は冷たいけれど、頬の火照りはおさまらない。

「ああもう馬鹿!」

 照りつける太陽のばかばかばか。
 でも悪い夢なんかじゃなかったと思える自分もついでにバカなんだ。
 霊夢だって、そうだ。あの態度はなんなんだよ。



 ――どんな顔してこれから神社に行けばいい!
あんまり百合っぽい物とか書かないのですがなにこれ楽しいれす(^p^)みたいになってた私は間違いなくダメ人間への道を歩みつつあるんだと思います。
あとこれ、原作以外で過去設定的な何かがあるのだとしたら終了フラグなんですが。
最初にストーリーを考えてても気づくと違うことになってしまいますね。
一つだけ公開している点を挙げるとすればなんというか二人とももっとロリロリしいしゃべり方させたほうがよかったんじゃねぇと。

これは続きを書かなければなるめぇと思っているおですがどうなる事でしょう。
とりあえずレイマリいいよレイマリということで。
夢努
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コメント



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3.80名前が無い程度の能力削除
正直、ありがちです。
だがそれがいい。
ありがち=王道、という公式も成り立つ筈だと思います。
16.100名前が無い程度の能力削除
レイマリいいよレイマリいいよ!
続き希望、だぜ。
あと、『時分』→『自分』じゃないでしょうか?
17.100名前が無い程度の能力削除
んーなんというか…素敵
文章がすごい俺好みだ
続きに激しく期待

しゃべり方は今のままでいいと思います
20.100名前が無い程度の能力削除
出会いに重点を置いて書いてる作品って結構珍しい気がする……
25.100名無しな程度の能力削除
とても良かった
30.100非現実世界に棲む者削除
素敵な作品でした。内容もタイトルも雰囲気も。
こういうレイマリこそ夏の季節にぴったりだと思います。