紫 「不義にして富み、かつ貴きは我において浮雲の如し」
霊夢 「?」
紫 「贅沢暮らしをしている天人と貴方の事よ」
紫 「少しお灸を据えに行きましょう」
霊夢 「何で私が・・・」
紫 「あら、貴方だって天人みたいなものよ。
地に足が付いていない処が」
東方緋想天
八雲紫ストーリーモード 霊夢会話より
(あーあ)
小町はうめいた。足元を見下ろす。
無縁塚のちょうど中ほど。打ち捨てられた骨やらなんやらの散乱する地面に混じって、青年の身体が倒れ伏していた。
小町の見覚えのある顔だった。たしか森近、といったか。すぐそばに、いつもかけていた眼鏡の残骸が落ちている。
激しく傷ついた身体の様子から、すでに事切れているのが一目でわかるようなものではあったが、小町は、片手に誘魂灯を下げたままで、かるく拝んでやった。
(どいつもこいつも、いくとこいくとこ死人ばかりか。ひどいもんだな)
ぶつぶつと言いつつ顔を上げて、見る。辺りには、すでにおびただしい数の霊魂が集まっている。
この足元の男の魂も、案外この中にあるのかもしれないな、と小町は思った。それとも迷ってとんでもないところにいってしまったか。こうなると、どちらでもありえることだったが。
「参ったよな、まったく」
小町はうなるように言った。かるく眉間をこする。
これらすべてが、膨大な量の、妖怪、天狗の魂なのだ。あまりの多さに、小町は意識せずに眉をひそめた。
(多すぎだわね、これじゃあとっても手におえやしない……)
こんなに大量の人外の魂など、彼女でさえも、今までに見たことが無い。後の始末を考えただけでも頭が痛くなる。
(ああ、やだやだ。性に合わないね)
小町は、とりあえず後先は考えないことにした。誘魂灯の明かりをかざして、手をふる。
「……はいはーい。それじゃ、並んで並んで。これから、三途のほうにご案内しますからね。順番どおり、行儀よくならんで頂戴ね。霊魂同士で並ぶときは、くっつきすぎると溶け合っちゃうから、あんまり近寄り過ぎないように注意してよね」
小町は言いながら、ため息をついた。
これは、終わるのだろうか。
(まあ無理よね)
小町は思った。無理だな。
(無理だよね)
まあ無理だ。
でも、四季さまは無理です、でカンベンしてくれないしな。融通の利かない上司を持つと苦労するよね、と小町は思った。
今回の件では、事が唐突だったせいで、多くの魂が浮世に迷ってしまった。他の死神たちもせかせかと出張っているが、小町同様、経過は芳しくないらしい。魂のいくつかは、三途に来るまえに花になってしまうことだろう。
(あるいは、こいつらこのまま妖怪の山に引率しちまうか。あそこの紅葉は今が見ごろだ。どうせ同じ花になるんなら、故郷の山がいいだろうしね。どうせ全部ははこべやしないんだし……)
ぶつぶつとぼやくが、さすがに今回ばかりは映姫のおかんむりが怖い。彼女は今回の件でだいぶ気が立っているようだし、冗談も通じそうに無い。
「しかたないわね、今回くらい真面目にやるかー……」
小町はぼやいた。足元を見ると、赤く咲いた彼岸花が、ちょうど見ごろだ。
(まあ無理だろうな)
映姫は思った。紫の桜の下に立ち、咲いた花を見上げているところだ。
少し向こうの方では、小町ら派遣された死神の面々が、誘魂灯を片手に霊魂たちを集めている。映姫は、それらを尻目に、ここで、延々と魂の花に裁きを与えていた。
枝の桜は、すでに満開になっている。今は、秋も深いころだというのに、うっすらと墨染めに染まった花が、枝に爛漫として咲き誇っている。
現世に迷う魂の量が、明らかに度を越している証拠だ。
(嘆かわしいな)
映姫は思った。素直に三途にやってこず、こうやって現世にとどまる者が、これだけ多い。
(あるいは、どれだけ仏に帰依しない者が多いかの証明でもあるのだしろうしね。本当昨今の現世は嘆かわしいわ。忘れ去られたこの里でもこのようだもの)
映姫は、渋い顔で思った。
そもそも、妖怪の類の魂というのは、死後に迷いやすいものではあるし、今回は、冥界から現世にあふれ出てしまった魂たちも多かった。どっちみち、たかだか数人の死神では、これほどの量はさばききれるはずも無いと思われた。
もっと多人数を、と思うが、あいにくと地獄は人手不足だ。まあ、これ以上を望むのは現実問題として、無理だろう。
(まあ、だからといって仕事は仕事なのだが)
映姫は思った。集め切れなければ、怠けたものとして、叱責することは叱責するだけだ。
(例外は駄目だ)
映姫も、それが自分の役割である以上は、融通を利かせない性質だ。小町辺りは嫌な顔をするだろうが、まあ説教くらいは勘弁してやることで妥協としよう。
(それにしても多い……)
映姫は、眉をひそめて辺りを見た。霊魂の姿はすでに、あふれんばかりになって辺りをうろついている。
最終的な死者の数は、この幻想郷の規模からすれば、膨大なものとなる。
彼女ら、是非曲直庁の人間は予定にあるその総数を、把握していたが、それでも、それを見て、映姫は最初、正直うんざりとした。
しかも、予定には冥界があのようなことになるなど、書かれてもいなかった。西行妖の死と、それにともなう、結界の消滅。このとんでもない事態が進んでから、ようやく事の次第を把握したほどで、たまたま映姫たちが近くにいなければ、さらに状勢は悪化していたことだろう。
(まったく)
まったく、あんなことを直前に知らされて、いったいどうしろというのか。正直な話、映姫は帳面の名前を頭に入れるだけで、精一杯だったというのに、そこへ持ってあの事態だ。
(あいかわらず上の方たちは、下のことを考えないんだから。そりゃあ本当にわからなかったのかもしれないけれどね)
冥界が失われて一番困るのは、地獄のほうだ。それだけ予測不可能だったということなのだろうが、それだけですまされることでもないだろう。
(怠慢、怠慢か、どこもかしこも……。……)
映姫はふとふっと思った。ここももう終わりかもしれないな。
(怠慢、怠慢、か)
八雲紫ら、妖怪の賢者たちがいったい何を考えていたか知れないが、その大半も、実はすでに三途の向こうだ。首魁を担っていた連中は、あるいは博麗霊夢と戦い、あるいは不意を討たれ、事態を把握しないままに死んでいった者も、少なくない。
古くから生き残っていた妖怪たちも、今回の件で根こそぎ滅ぼされた。天狗、河童といった、その文明の中核を担う者たちも、すべて滅び去った。
生き残ったのは、わずかな神と妖精のみ。しかし、ここが隠れ里としての意味を持っていたのは、あくまで妖怪たちの楽園としてだったのだろう。
その妖怪が消えてしまっては、この里の存在は、もはや意味をなさない。
(終わりだろうな)
映姫は思った。なにが。
幻想が、だ。
いずれ、妖怪の恐怖を忘れ去った人々は森を開くようになり、発展し、時の流れとともに神々は信仰を失って衰え、妖精たちは、忘れ去られ、枯れはてて自然と同化していくことだろう。
そういう意味では、ここはもうすでに滅びているといってもいい。人の心に、未知への恐怖、というものがあってこそ、奇跡はありがたがられるものだった。
それがなければ、人間は、だんだんと奇跡を必要としないようになる。進化とは、物事に定められた当然の流れであり、また、ものごとは本来、過ぎ行くままに過ぎるもの。
そこに身をゆだねるのは、むしろ自然なこと。未知を忘れ、奇跡の有り難味を忘れるのは、自然なことなのだ。
逆にいえば、いままでが不自然だったともいえる。幻想郷は、すべてを受け入れる、というのが、たとえば紫のうたい文句だったが、忘れられたものは、本来、淘汰されるのが、自然の成り行きというものだ。
(……そういう意味では、ここはすでに、滅びていたといってもいい。生物の当然の流れに逆らう楽園、自然な在りようをねじまげてまで存在する楽園は、己もまた果てしなくねじまがっている。ここは、存在していること自体が狂っている場所だった。そういった優しさは、本来仏法を否定するものですらあるのだから)
映姫は、そんなことも思った。
(そう、あるいは滅びてよかったのかもしれない。私は、正直どちらでもいいし)
よもや、立て直しは図れまい。
これだけの惨事を出した以上、地獄のほうでも、もう彼女たちとまともに協調しようとは思わないだろう。もともと、この狂った里と協調をとろうなどということになったのは、地獄の財政事情がそれだけ逼迫していたからだ。紫ら、賢者たちがそれを持ちかけてきたのも、もともと、そういう足元を見るつもりがあったと聞いている。
(妖怪などと取引をしなければならない仏法の徒など、見るにも耐えない。案外、幸いの報いであったのかもね)
ここ千年近くの間、あの居心地のいい冥界があったおかげで蓄えられた徳も、この一件で一気に霧散してしまった。あそこにいた成仏待ちの魂たちも、結界が破壊されたときに、悪霊の餌食になった者が多い。
被害は甚大で、もう取り返しもつかない。
映姫は、ふと思い直してため息をついた。
(どっちみち、まず、私も含めて多くが咎めだてを受けるんだろうな。私なんかは下手をすると、罷免されかねないところだけど。あーあ。いったい何人くらいが擁護に回ってくれるものだか)
映姫は憂うつげに顔を曇らせた。彼女は今回の件で失態を犯していた。
異変を聞いて冥界に赴いた際に、彼女は冥界の魂を保護するよりまず、魔理沙と妖夢ら、生き人の身の安全を優先させてしまったのだ。
その結果として対応が遅れ、間に合ったはずの魂が、より多く悪霊に汚されてしまった。本来ならば、あの二人をほったらかしにしても、まず冥界の保全に勤めなければならなかったのだ。
彼女らの名前は、死者を記す帳面には載っていなかったということで、彼女の行動には一応ちゃんと正当性があることにはなったが、だからといって、どうだということでもない。
結果は結果だ。これで、映姫の立場が非常に危うくなるのは、まず間違いなかった。
彼女ら、閻魔大王に問われるのは、絶対的な人格であり、それが無い、信用に値しないと判断された者は、即刻罷免されても、文句は言えないのだ。逆にそれほどの厳しさがなければ、担ってはいけない役職ともいえるが。
(こんなことなら、いっそやらなきゃよかった。でも、帳面に載っていない者を死なせるわけにもいかないじゃないの。そんなの私には無理だし……)
映姫はため息混じりに愚痴った。そう、あの二人の名前は帳面には記されていなかった。
(そう、そして十六夜咲夜というメイドの名前は記されていた)
十六夜咲夜というメイドの名前は記されていた。だから、映姫はメイドが消し去られる際にも、なにもしなかった。
八雲藍という妖弧の名前も、帳面には記されていた。森近霖之助という半妖の男もそこには記されていた。射命丸文という天狗も、風見幽香という妖怪も。死んだ者は皆。
(八雲紫の名はそこには載っていなかった)
八雲紫の名は、そこには載っていなかった。映姫は思った。
八雲紫の名は、そこには載っていなかった。また、博麗霊夢という人間の名も。
(つまり彼女らは死なないということだ)
映姫は思った。それが何を意味するかは知らないが。
(まあ関係の無いことだ)
まあ自分には関係の無いことだ。もう。
爆風が過ぎる。やがて静かになった。
猛烈な風が吹きぬけた後には、すでに爆発は収まり、あたりは、元のように戻っていた。
魔理沙は前を見た。
霊夢は、爆発が収まった時と同じ、無傷のままでそこに立っている。
また、爆発は喰らったのか、それとも防いだのかはわからない。だが、どっちみち効果は全くなかったようだ。
(……犬死にだな、まったく)
魔理沙は思った。アリスの姿は無かった。
本当に、あとかたもなく消滅したようだ。骨も残らず消えていた。
(犬死にだな)
魔理沙は思った。誰も彼もだ。
アリスも、幽香も、文も。咲夜も、萃香も、レミリアも。
それよりもっとたくさんの連中が。みんな。
(……抵抗しようが、しなかろうが関係ない。どっちだって同じなんだ。勝てる勝てない、なんて話でもない。最初から結果が決まってる。絶対に負ける勝負を、みんながやらされていた。もし運命なんて言葉があるなら、これはそういうことだし、そういうのが嫌なら、犬死にだ。無駄に死んだ。誰も彼も)
魔理沙は重い息を吐き出した。霊夢はまだそこに立っている。まだそこにいる。
だが、自分にはもうなにもできない。する意味も無い。
(そんなことはわかっている)
魔理沙は思った。そう、そんなことはわかっている。
そう、これから自分がすることには、何の意味も無い。そんなことはわかっているのだ。
「……」
魔理沙は気乗りのしないまま踏み出しかけて、足をとめた。ふとした様子で見る。
自分の意思ではない。目の前の光景がそうさせた。
「?」
傷一つ無い姿をさらした霊夢が、なにか見たように無造作な仕草で腕を上げたのだ。次いで、次の瞬間、霊夢の腕が上がった方向から、いきなり炎が沸きあがった。
(うおっ!)
魔理沙は思わず顔をかばった、吹きつけた熱風に、一瞬で皮膚が熱を浴びる。
目の眩むような、激しい炎の渦だった。猛然とした大量の炎の塊は、霊夢の姿を押し包むように、何も無い中空に膨れ上がった。
姿を吹き消すような勢いで、炎が霊夢の体を覆う。やがて、霊夢が飛び退るように炎の中から飛び出すのが見えた。
すでに衣服のあちこちが、黒く燃え、煙を巻いている姿である。飛びすさり、地面に着地するなり、霊夢は印を切って、正面にかざした。
その先で、ごう、と炎が割れる。そしてそこから、女が飛び出してきた。
神奈子だ。
炎をまとうようにして、一瞬で駆け、霊夢へと肉薄する。その手には、一振りの剣をかざしている。
「――ふっ!」
神奈子が、剣を突き出す。まるで、稲妻のような鋭い刺突だ。
だが、霊夢に届く寸前、その刃先が止まった。
「――」
神奈子が驚愕する。かざした剣の先が、霊夢にとどかずにその寸前で止まっているのだった。なにもない中空で、なにかに挟まれたように、ぴたりと止まっている。
神奈子の眉がひそめられた。その目前で、霊夢が結んだ印が光る。
光は見る間に大きくなり、すぐに白い閃光が眩く爆ぜた。閃光は、一条の直線となって、空間を貫く。
神奈子の体は一瞬それに貫かれたように見えた。
だが、違っていた。
神奈子は、寸前で後ろに飛びのき、光を避けていた。いったいどうやったのか、常識外れとしか思えない反応で、光が爆ぜる瞬間に地を蹴っていた。
ふたたび剣を構え、前に出る。かざした剣は、また突きの形に構えられている。
「――おい、やめろ!! 神奈子!」
魔理沙は思わず叫んだ。だが、神奈子はもちろんそれを聞いた様子も無く、殺気混じりの闘志をむき出しにして、霊夢に向けて鋭く剣を突き入れる。
繰り出される刺突の連続に、霊夢の髪が数本も舞う。
さらに、霊夢は軽く飛んだ。いつのまにか、神奈子の周囲には幾本もの蔦が現れており、霊夢の体を目がけ、鋭く伸びていく。霊夢は、足元を捉えようとする蔦をかわして、後退する。
「――ちっ……!」
神奈子は、舌打ちした。宙に逃げた霊夢を追い、目を走らせる。
そして不意に、自分の周りに繰り出していた蔦の数本を切り落とした。切られた蔦は、見る間に姿を変えると、巨大な蛇へと変わり、不気味な唸りを上げた。
蛇はあぎとを開いてしゃあ、と唸ると、凄まじい速度で霊夢に飛びつき、たちまち縄のように手足に巻きついた。霊夢の胴や太腿が締め付けられ、白い肌に血管が浮いた。霊夢の体を捕らえた蛇たちは、そのまま、今度は次々に、その体を肥大化させた。
太い縄ほどの大きさだったものが、たちまち注連縄ほどの太さまで、膨張して膨れ上がる。霊夢の華奢な腰が蛇の身体にうずまり、全身が蛇の塊のようになった。
さすがにそれで動きが封じられ、一瞬、完全に止まった。神奈子はそれをめがけて、剣を持ち投げ放った。
剣は回転し、霊夢をめがけて飛んでいく。神奈子は、剣を投げた腕をそのままひきつけると、顔の前に印を切った。
「――陰!!」
神奈子が鋭く叫んだ。すると、回転して飛んだ剣がぴたりと止まり、次の瞬間、猛然と火を噴き上げて、速度を上げた。
加速した剣の描く航跡は、一本の直線になった。その刃先が、空気との摩擦で火を噴く。剣の切っ先が炎の尾を引いて、矢のように霊夢の胴の真ん中を射抜いて突き立った。
その瞬間に剣が炎を噴き上げた。誘爆したように、辺りの空気も炎に包まれ、霊夢の体が、一瞬で飲み込まれた。
燃え盛る炎の塊となった霊夢は、火をまとって落下した。神奈子が足を進めて、落ちた霊夢へと、ゆっくり歩み寄る。
歩み寄りながら、手をかざし、また一本の剣を現す。燃え盛る炎の中から、剣が現れて、神奈子の手に握られた。
神奈子がそばに立つと、霊夢はまだ炎に巻かれていたが、黒く焼けついた皮膚が見えるようになっていた。その体が、ゆっくりと揺らめくように、黒い炎をまとわせ始める。
神奈子は腕を上げると、その胴をめがけて剣をつき下ろした。刃先が、霊夢の身体を貫いて、勢いよく土に突き刺さる。霊夢の体が、大きく痙攣した。
同時に、手足から吹き出ていた黒い炎が、突然、吹き散らされたように消える。
「……っ」
さらに次の瞬間、霊夢の口が開き、体が、大きくのけぞった。手足が、不自然に伸ばされて、体が弓なりに突っ張る。
「――ッ!」
胸がひきつり、開いた口からいきなり炎が吹き上がる。のどが大きく反り返った状態で、霊夢は、さらに体を痙攣させた。
神奈子は剣から手を離して、口を開いた。
「腹の底まで嘗め尽くす神力の炎の味はどうだ。いかな不死人とて、こうなっては容易には再生できまい。そして、今、この剣はお前の力の出所も封じている。博麗霊夢。お前は故意でないとはいえ、私の友人を無下に殺した。仇を討たせてもらうぞ」
神奈子は無表情で言った。その手に炎が吹き上がり、また剣になる。
そして、剣の刃先は、また炎を噴き上げた。今度は蔦が絡むように、刃と神奈子の腕を這い上がり、幾本もの渦を巻いて巨大な炎の蛇になる。
神奈子は腕を挙げ、柄を両手で手にした。刃先を持ち上げ、霊夢ののどへとむける。
と。
「!? ――ぐっ!」
急に。
神奈子がうめいた。
突如、後ろから閃いた光に撃たれ、体をつんのめらせる。背後から膨れ上がった閃光が、突然、肩を撃ちぬいたのだ。神奈子の目の前へ、なにかが吹き飛ばされた。
千切れた腕。
同時に炎も舞いちって、消えた。神奈子は、とっさに後ろを見ていた。
黒い巫女服が立っている。無傷の霊夢がそこに立っている。
「――!?」
いつのまに現れたのか。はたから見ていた魔理沙の目にも見えなかった。霊夢の姿が増えたようにしか。
(分身?)
「――があっ!」
神奈子が横なぎに剣を振るった。霊夢には当たらないが、なぎ払った空間から炎が広がり、両者の視界を覆う。
だが、霊夢はその炎を突き進んで、神奈子に迫った。ひゅっと、白刃が振るわれる。
白刃である。いつのまにか、霊夢は、一振りの刀を手にしていた。
「つあっ!」
神奈子がうめいた。斬撃がかすめ、神奈子の胴が裂かれている。傷口から、黒い煙のようなものが噴出しているのが見えた。
それを見て、神奈子は、一瞬、驚愕に顔を引きつらせた。
(ヒヒイロカネ――!)
唇が動く。つぶやきが小さすぎて、魔理沙の耳にはよく届いてこなかった。
神奈子が後退しつつ、剣を薙ぐ。刃先からは、また炎が噴き出た。それは瞬く間に空を伝わって膨れ上がる。
霊夢の体が一瞬、炎の中に消える。
だが炎は、その一瞬で二つに分かたれていた。霊夢の手にした刀が、振るっただけで炎を二つに裂いたのだ。
炎はそのまま散り散りになって吹き消える。霊夢がその間を前進してくる。
「――っ、く」
神奈子が歯噛みした。
霊夢は、炎を切り裂いた刀をそのまま振るい、受けに回った神奈子の剣を激しく打った。
「――っ!」
二合目で、神奈子の剣が、弾き飛ばされる。そのまま刃が翻り、鋭く斬撃が走る。
斬撃は神奈子の横を走りぬけ、脇腹が深く斬り裂かれた。そこから、血ではなく、また黒い煙のようなものが噴き出す。
神奈子は、構わずに手刀を突いた。霊夢の左目を狙ったものだったが、すんででかわされる。
それどころか、霊夢のほうが逆に身をひねって刀を突きいれていた。刀の刃先が、神奈子の左胸をうがった。
神奈子はさすがに顔を歪めた。だが、その隙に前進していた。
刀が突き刺さったままで、霊夢の腕を抱え込む。そのまま霊夢の体を捕らえると、腕力で押さえ込む。霊夢の動きが一瞬封じられた。
「――陰!!」
神奈子が叫ぶ。すると、その体が、不意に大きく燃え上がった。
まるで火柱そのもののような、激しい炎の塊になる。霊夢の体にも、その炎が瞬時に燃え移る。
霊夢を巻き込むと、炎はさらに激しく燃え、凄烈な火柱を噴き上げた。
炎がさらに渦を巻き、高く上がった。炎が燃え上がる勢いで、辺り一帯に、衝撃の波が広がった。地面を吹き飛ばすような勢いで、熱風が吹く。
粘度の高い、密度のある風が、離れていた魔理沙のところまで押し寄せた。魔理沙は帽子をつかんで、目を眇めた。
(ええい、くそ、あっち……!)
魔理沙はわめきながら、なんとか目を凝らした。
吹きすさぶ風が弱まりだした後を見ると、炎が消えた後に、人影がひとつあるのが見えた。熱で痛む目を凝らす。人影は、しっかりと直立している。
神奈子だった。
かなりの力を消耗したのか、表情には余裕が無い。荒い息をついて、険しい顔で宙をにらむようにしている。
(あれで平気なのか。だてに神様だとか名乗っていないんだな。すごい力だ……)
魔理沙はぼんやり思いながら、目で辺りを探った。霊夢は?
霊夢の姿がない。
(よけたのか?)
一瞬そう思ったが、いくらなんでも、あの状態で避けた、というのも無い気がした。それでも今の霊夢なら、ひょっとしてやりかねない気もするが。
「……っ、くうっ」
神奈子がうめくのが聞こえた。見ると、神奈子が、胸に刺さっていた刀の柄に手をかけて、引き抜こうとしているところだった。
刃が、ずるりと引き抜かれる。刃ののいた胸からは、大量の黒い煙がこぼれだした。
「ぐあっ……はあ、はあ」
神奈子は肩で息をして、手にした刀を投げ捨てた。がしゃ、と鈍い音が鳴った。
霊夢はまだ現れない。
(霊夢は?)
いない。その姿がどこにも見当たらない。
再生していない、ということか。
では?
やったのか?
(やった?)
魔理沙は思った。
そのときだった。
ふいに音もなく、近くの空間が動いた。一部が歪んで、なにかの輪郭を得る。
「……、――」
膝をついていた神奈子が、それを見て、一瞬息を止めた。
輪郭は、すぐに変化した。透明なものから、徐々に半透明なものへと変わる。
馬鹿な、と神奈子が呟いた。
色を得た漆黒の装束が伸びる。死人のように白かった手足が、すう、と血の気を帯びる。
完全に形を取り戻すと、霊夢は、神奈子の前に立った。閉じていた瞳が開く。
「……、馬鹿な!!」
神奈子が言った。歯噛みして、うめくように。
「馬鹿な。なぜだ? なぜ、お前は消えない!? なぜ、そうやって何度でもよみがえる!? 不死人だからなんて理由だけでは、とても説明がつかない! まさか、まさか、弾幕ごっこよろしく「コンティニュー」しているとでも言うのか? ふざけるな! これは、これは、遊びじゃない、そんなことはできない! もし、もしこれが、遊びだというんなら……お前に殺された者たちは……すべて道化だ! すべて、茶番だったということだろうが! 現にお前はそうやって決して消えずに存在し、決して死なない……なら、お前に挑んだ連中は、最初からすべて無駄死にだったということだろうが! お前の存在自体が、運命などというふざけたものになってしまうだろうが!! そんなことが、そんなことが許されるものか!!」
神奈子は叫んだ。
霊夢は答えなかった。その代わり、無造作に手を上げた。
光が膨れ上がり、閃光の渦が放たれる。激しい光とともに、神奈子の体が一瞬光に包まれ、吹き飛ばされた。
「――」
そのまま突き抜けた光が、光条となって地面をえぐった。
くそ。
魔理沙はうめいた。光は、やがて穏やかになりながら、止んだ。
光が止んだあとに、神奈子が倒れているのが見えた。全身から余熱の煙を上げている。
ぴくりとも動かなかったが、どうやら生きてはいるようだ。なんとなく、とだが、感じられた。あくまで漠然とだが。
(頑丈なやつだな)
霊夢はすでに腕を下ろしている。神奈子の様子を、ちらりとだけ見たのは感じられた。だが、そのまま興味なさげに目をそらす。
これ以上の攻撃は必要ない、と判断したのだろうか。
(やっぱり妖怪以外は、対象外ってことか。なんにせよ……チャンス、かな)
魔理沙は霊夢の様子を見た。ふと、そのとき不意に、霊夢が体を傾かせた。
その脇を、何かが走り抜ける。駆けてから、ほんの半瞬遅れて砂塵が舞う速度だった。霊夢はそれをかわしたらしい。
止まった一瞬に、馬鹿みたいに長い刀と白い髪が見えた。
(――馬鹿!)
魔理沙はとっさに思った。妖夢だ。
どうしてこんなところにいるのか。
いや、いわずもがな、そんなことは決まっているのだろうが。魔理沙は歯噛みした。
(何で来たんだ? くそ)
ぼやく間にも、妖夢がさらに斬撃をはずす。霊夢がまた、あの不思議な動きでかわしきったのだ。
やはり、あれほどの速さでも、霊夢のすべて読んだ上で舞っているような動きには追いつかないのか。さらに、身をかわした直後に、霊夢が腕を上げ、その手のひらのあたりで不意に何かがはじけるのが見えた。空気が歪む。
目には見えない衝撃が、かざした霊夢の手をはじいていた。大気が急に押しつぶされて、圧縮したかのようだった。
(なんだ、今度は)
思うまもなく、ついで、霊夢が地面を蹴っていた。動きが止まった一瞬を狙って、妖夢がさらに斬りかかる。
だが、飛んだ霊夢の下をまるで泳がされたように、妖夢の斬撃は空を切る。
「――ちいィっ!」
妖夢は叫び、ありえない速度で振りぬいた刀を引き戻した。それは、それまでの斬撃よりもさらに速い。
(――見えない?)
魔理沙でさえも、はじめて目にする速さだった。妖夢はそこから、また魔理沙には見ることすらできない動きで刀を振るい上げた。
それを受けて、霊夢の刀が弾き飛ばされる。だが、斬撃自体はしのぎきっている。
妖夢にすれば、あれは、おそらく渾身の太刀のひとつではないかと思うが、それでも霊夢には届かない。
が、妖夢は、そこからさらに止まらなかった。さらに、いつのまにか短刀を抜いていた。
抜く手がまったく見えないほどの鮮やかさで振るわれた斬撃が、霊夢の靴を断ち割り、空に舞わせた。だが当たってはいない。
「――っ、」
かわされた。
妖夢の顔が、それでわずかに歪むのが見えた。かわされるにしてもあれほどきれいにかわされる、とは思っていなかったのだろう。
空中に浮かぶ霊夢の手が、妖夢へと向けられる。妖夢は、太刀を振るった直後で、動けない。
(駄目だ)
魔理沙はそう思った。
「陰!!」
そこへ、横から声が飛んだ。霊夢の体が、その横から来たなにかに直撃を受けて、派手に横方向へ吹き飛んだ。大気が震える。
さらに、縦方向の力が宙を貫くように刺さる。霊夢は吹き飛び、地に落ちて、跳ねた。
「――天魔、博麗霊夢!」
鋭い声が響いた。魔理沙はそちらを見た。
白蓮の声だ。片腕、片足が無い白蓮の姿が、宙に浮いている。
「我、聖と呼ばれし白蓮が、己の邪心を掲げ、今ここにあなたを誅殺する! 我が永きにわたるつれぞいたちの無念を奪った報い、ここに悔い述べるがいい! ――いざ、南無三宝の力よ、いまは見放すことなく、しばしのあいだ、我に法の力ぞ授けたまえ!」
白蓮が吼えた。霊夢が腕を掲げる。
白蓮へと向いたその背後から、首を叩き落とすような斬撃が走る。霊夢はかわした。
妖夢はさらに胴を狙って二斬目を切った。これも霊夢はかわしたが、そのかわり、白蓮の法力を喰らった。
その隙をとらえて、妖夢が強引な体勢から三斬目を抜く。これがようやく霊夢の腹を切った。
血が吹き出る。が、浅い。
流れるような動作で地を蹴った霊夢が、妖夢から離れる。急な高速で移動し、一気に三間ばかりも飛んでいた。妖夢は無理やり膝を折ると、強引な「溜め」から、地を蹴ってこの距離を一気に詰めた。
「、――博麗霊夢! 私の幽々子様を、よくも殺したな! 死んでもらう!!」
妖夢が叫んだ。斬撃がかわされる。
妖夢は眉をひそめ、裂帛の気合を込めて息を吐いた。地を蹴って、さらに踏み込む。
一歩、二歩、と、すさまじい広さの歩幅で踏み込むと、一瞬、身を翻したような足跡だけを残して、ほんの一息で、霊夢の後ろ側面に回る。ちょうど死角である。
だが霊夢は予想していたように妖夢を見た。身をかわそうとする。
しかし、その動作にはほんのわずかな後れが生じている。その後れをついて、妖夢は斬撃を放った。霊夢の胴を狙い、短く横なぎに刀が走る。
霊夢は一瞬早く、身をそらしていた。まただった。
また天狗たちのときと同じように、はじめから予測したように身をかわしている。
「――ふっ――!」
妖夢はものともせずに、かわされた初撃から、さらに二撃、三撃と刀を振るう。刃先が霞んで見えるほどの動きで、異様に長い刃が斬り返される。
だが、そのすべてが難なくかわされる。まるで、雲か霧でも相手にしているかのように。
「くそ! ――あっ」
妖夢はうめいた。突如、ふっと消えた霊夢の動きを眼球だけでかろうじて追う。
霊夢がふと舞のような所作でとん、と地面を突いただけで、妖夢の間合いからは、一瞬で外へと逃れていた。妖夢は、斬撃を放った直後の硬直で動けない。霊夢の指が向く。
そこへ、目にもとまらぬ速さで後ろへ回り込んだ人影が、炎の渦を炸裂させた。霊夢の体が、一瞬膨大な炎に飲まれる。だが、すぐに炎を巻いて、飛び出してきた。
その側面へ回り込んで、人影がさらに炎を炸裂させる。霊夢は今度はまともに喰らった。とっさにかばった腕から、激しい炎が噴き上がる。
そこへ炎をまとった蹴りが炸裂した。霊夢の身体が吹き飛び、燃え上がる。
「博麗霊夢! 慧音の仇だ、死ね!!」
ついで、雄たけびが上がった。人影からだ。
妹紅だ。
言い放つと、その手からさらに巨大な炎が噴き上がった。宙を焦がすようにして、円形の炎が走る。
巨大な火柱、とでもいうべき、灼熱の渦だった。なにもないところに突如燃え上がり、爆発したように、妹紅の周囲をなぎ払う。
それがそのまま巨大な塊となって、霊夢に迫った。逃げ場が無いほどの、極大の火炎放射だ。
だが、霊夢はこれをかわした。炎をまとったままで地を蹴り、紙一重で横へ飛んでいる。舞う炎の優美さもあいまって、まるで踊っているかのようだ。
「ちィ――」
妹紅は舌打ちし、さらに手のひらに新たな炎をまとわせる。それをさえぎるように、霊夢が腕を上げた。
「いいやぁっ!」
その横ざまに、妖夢の斬撃が打ちおろし気味に縫って、空をかすめる。霊夢はしかし、これさえも一寸の見切りでかわしていた。
一瞬、炎から退避していた妖夢が、絶妙の呼吸で踏み込んでいたのだ。しかし、それを体を泳がせた程度でかわしきっている。だが、斬撃は、そのままさらに霊夢がかわしたところから変化し、一瞬で打ちあがった。
しかしこれもやはり流された。その死角のほうから飛び込んでいた妹紅が、つま先を鳴らし、腕で宙を薙ぐ。
「はあっ!!」
妹紅が無造作に腕を振った先から、瞬時に炎が広がって、数畳を埋め尽くした。熱い、というのも生ぬるい炎が、一気に空気を引き裂く。
一瞬遅れた妖夢が退避しそこねて、悲鳴をあげる。
「あっつ! ひえっ――」
妖夢はあわてて飛びのいた。一瞬、恨めしげに妹紅を見やる。
だが、妹紅はそれどころではなく、邪魔な長い髪をなびかせつつ、舌打ちしている。
これも難なくかわされていた。霊夢は、炎をかわした体勢のまま、少しも揺らいでいない。
だめか、と一瞬思われた矢先、そこへ、衝撃が矢のように収束した。それが一瞬、霊夢の動きを止めた。ほんのわずかの間だが、腕を上げて防いだ瞬間、微妙な硬直が襲う。
「! ――、」
妖夢はそれを見逃していなかった。地を蹴り、その死角に目に捕らえ切れない速度で滑り込んだ。
「――はあっ!!」
気合を放ち、空気を歪ませるほどの斬撃を放つ。体ごと振りぬくような勢いだ。
霊夢は幻影のような動きでまたかわし、空中へと、トンボを切った。同時に腕を上げる。
その手のひらから、導かれるように衝撃がはじけた。白蓮の飛ばした法力を、防いだのだ。
霊夢は、そのままもう片方の腕をあげた。指の先に、飛びかかろうとしていた妹紅の姿がある。
「――あ」
妹紅は、一瞬しまった、という顔をした。よけられない。
閃光が放たれた。強烈な光の線条が、妹紅の半身を撫でるように直撃する。
妹紅の唇が、血を吐く。
「――、」
しかし、そのときには霊夢も手傷を負っていた。そのわずかな隙を突いて、斬りかかった妖夢の斬撃で、霊夢の片腕が軽々と宙に舞っていた。
霊夢の残った腕が、妖夢へと向けられる。硬直した妖夢は、よけられない。
しかし、そこへ何かが飛来した。霊夢の周りを囲んで、三つ、先のとがった刃物がついたようなものが飛ぶ。それが空中に止まると同時に、すさまじい密度で、力が収束した。
「――っ」
びきん、となにかに引っ張られたように、霊夢の腕が硬直する。目に見えない力で、四肢が縛りつけられ、指先が固まっていた。
それは、さきほど霊夢が結界に捕らえられたときの様子と、同じだった。そこへ、間髪いれずに特大の炎が吹き上がった。特大の、火の玉、と呼ぶのに近いそれは、まるで巨大な鳥のように空を走り、霊夢の体を真正面から捕らえた。
炎が飛散して、さらに燃え上がった。標的に燃え移ったことで、さらに勢いを増したらしく、大気が赤熱して周りの温度が急激に上がる。
同時に、燃え上がっていた炎の中から、妹紅の姿が現れた。炎の尾を引いて、地面に降り立つ。
炎を放つついでに、リザレクションもしたらしく、吹き飛ばされた半身が、元に戻っている。
「――くそう」
妹紅は舌打ちした。炎が終息した後に、霊夢の体が現れている。
こちらも、元通りになって、宙に浮かんでいた。傷んでいた衣装までが元のままだ。また再生したのだ。
「やっぱり再生するのか、まったくもう」
妹紅は歯噛みしてうめいた。妖夢は知らなかったらしく、その横で色を失っている。
「や、やっぱりって――え? え? さ、再生?」
「あいつは、再生できるらしいのよ。私らと同じみたいに。いや、先刻戦ったときから、そうじゃないかとは思っていたんだけれどね、なんとはなく」
「そんな――」
妖夢は目に見えて動揺している。
「え、そ、それじゃ、倒せないじゃないですか。斬っても千切っても元に戻るんでしょう?」
「まあね」
「まあねって――」
妖夢は困った様子で言った。二人の様子を、霊夢は手を出さずにじっと眺めている。
やはり、積極的に攻撃するつもりは無いようだ。
「はてね。知らないわよ。いや、もともとそれ知ってりゃ今まで苦労してないしね。さっさと死んでいるわよ」
「そんな無責任な! そういうことはちゃんとなにか考えてから言ってくださいよ! 手がなくなるだけ余計がっかりするじゃないですか!」
「あのね、私が悪いわけじゃないでしょ。それとあなたにそれ言われると、なにか腹立つんだが」
二人は言い合いながら動きを止めている。そこへ、凄まじい速度で影が駆け抜けた。
さっき妖夢が斬りかかっていたのに匹敵するような速さだった。
白蓮だ。業を煮やしたのか、自ら剣を持って突出し、霊夢に斬りかかっている。さらに白蓮は、剣を握ったままの腕で、印をかざした。
霊夢の顔が、一瞬はじける。白蓮は、そこへ蹴りを放った。
けりを受けた霊夢の胴が、九の字に折れ曲がって、吹き飛ぶ。そのままなんとか踏みとどまったが、そこへさらに白蓮が斬撃をつないだ。
体全体で振りぬくような薙ぎを、一段、二段、全く懐につけいる隙を与えない。
「ええい、もう。せっかちね!」
妹紅は言って、白蓮の援護に入った。飛び出して、白蓮の攻撃の間を縫う。
蹴りを放つが、霊夢はひらりとかわした。逆に閃光を放ち返す。
「うう、仕方ないか……」
妖夢も言って、それに加わる。三人からの攻撃を受けると、さすがに霊夢も手を出せなくなった。
三人の勢いに押されて、徐々に体が下がる。だ布が、旗から見ている魔理沙には、嫌な予感が押さえられない。
霊夢は絶対に本気ではない。あいつは、これと決まっているもの以外には、興味が無いし、自分からは積極的に手を出しもしない。
遊びなのだ。
さらに、三人の攻撃には決め手が無い。そもそも、彼女らの攻撃程度では、絶対に決め手にならないのは明らかだ。
崩れれば、そこからやられる。
(くそっ)
魔理沙は歯噛みした。やめろ。
やめろ。
どう、と次の瞬間だった。妹紅が吹き飛んだ。
一瞬、体制が崩れた白蓮をかばって、霊夢の閃光を受けたのだ。霊夢の反撃も、やはり恐ろしく的確だった。
まるで、最初からわかっていたようなタイミングで、閃光を放っていた。
「あっ」
攻撃の手が減った瞬間、残った二人の攻撃もいなされ始めた。わずかに大ぶりした妖夢が体勢を崩したのをついて、霊夢が踏み込んだ。
ちいさな動作で、妖夢の腹に掌底を叩き込む。
「きゃ――」
妖夢が悲鳴をあげて、紙のように吹き飛ぶ。
霊夢は、きびすを返すと同時に、白蓮の懐にも踏み込んだ。白蓮は、ちょうど判断して距離をとろうと飛びのいたところだったが、追いつかれた。
間に合わない。そのとき、霊夢は、ちらりと目を動かし、足をとめて腕を振り上げた。
飛んできた炎が、掌の前で四散する。炎が飛んできた方には、妹紅がいる。
まだ起き上がりかけたところながらも、援護のために、火の玉を飛ばしていたらしい。白蓮は、その一瞬に、霊夢の足を狙って法力を放った。
「――」
衝撃に足元をすくわれて、一瞬霊夢が体勢を崩した。白蓮は、そのまま踏み込まずに離れ、いったん距離をとった。宙に浮いたまま、身構える。
少し向こうでは、なんとか立った妖夢が、身構えたところだ。霊夢は足を止めていた。
ふたたび、距離をとって三人と見合う。
白蓮が、すう、と息を吐いた。片腕を上げる。
魔理沙は、その間を縫って、とっさに両者の間に割り込んだ。白蓮の前に立つ。
不意をつかれた形になった白蓮が、動きを止めて魔理沙を見る。
「……」
無言で対峙する。白蓮は、ちょうど出足を止められたせいで、すぐには魔理沙を無視できなくなったようだ。
後ろの二人も、足をとめて様子を見ている。霊夢は、魔理沙より少し離れた背後にいたが、魔理沙はそれに構わなかった。
白蓮を見て、口を開く。
「白蓮。やめろ」
魔理沙は、押さえた声音で言った。白蓮はかすかに眉を動かした。
「やめろ。もういい。もうあいつには構うな」
魔理沙はさらに言った。白蓮はすぐには答えなかった。息を吸ってから答えた。
「……あなたはいったいどのような理を持って、私にそのようなことを言うのですか、などとは、言いません。ですが、すみません。黙ってそこをどいてください。私の私闘に関することなどで、無関係のあなたを傷つけるわけにはいきません」
「だから、やめろって言ってるんだよ。いいから聞けよ。そして、もうあいつを行かせろ。わかっていないっていうなら言ってやるが、あいつは、こっちから手出ししなけりゃ、何もしてきやしないんだ。あいつは、自分のやることを邪魔されなきゃいいんだよ。自分がいなくなったら、自分のやるべきことがやれなくなる。だから攻撃されればそうならないように、取るべき行動を取ってくる。それだけだ。お前らがあいつをつついているのは、まったく正真正銘のやぶへびってやつなんだよ。お前らがちょっかいをかけるから、あいつはあんなふうに反撃をしてくるんだ。第一、あいつはぜんぜん本気じゃないし、お前らじゃ、絶対にあいつは倒せないぜ。神奈子が負けたのを見てなかったか? 見てなかったって言うなら言ってやるが、あいつはなにひとつできないままに霊夢に負けたよ。あいつくらいに強い神様だって、霊夢のやつにはもうぜんぜん歯が立たないんだよ。お前らなんかが勝てるわけがあるかよ。もうやめろ。あいつに殺されないうちに、やめて、おとなしく引きかえせ。犬死にするな」
「もうしわけありませんが聞けませんよ。お願いします。そこをどいてください、魔理沙」
白蓮は強情に言ってくる。魔理沙はぶつりとひとつなにかが切れるのを感じた。
「もう、全部終わったんだよ、馬鹿!! あいつの目的は、妖怪連中を殺すことだけだ! そしてその妖怪連中も、もう一匹残らず死んじまったんだ! いまさら生き残ったやつが死んでどうするんだよ! 頭を冷やせよ!!」
魔理沙はあえて衝動を抑えないままに言った。まだこらえることもできたが、たぶん怒鳴ったほうがいいだろう、とこっそり判断していた。
「お前は自分でもわかっているくせに、何を意地張っているんだよ! 何年生きてるんだ、百年か、千年か!? 私の何倍だ!? 大人かよ、馬鹿たれ! お前は私より何倍も頭がいいし、ずっといい判断ができるはずだろうが! よく考えろよ、もう全部、終わったんだよ!」
「まだ終わってはいない!!」
白蓮は怒鳴り返した。激しい目で魔理沙を見る。感情が塗りこめられた激しい目で。
「まだ終わってはいない!! もう終わったなどと、冗談ではない!! 私の怒りと憎しみは、どうなる!? 無残に理不尽に殺された友人たちの姿を見た私の絶望はどうなる!! 刺し違えてでも構わない、必ずその者の目にこの感情を刻んでやる! 同じ苦しみを与えて、殺してやる!! そうでもなければ、私はこのやり場の無いどうしようもない怒りゆえに狂うだろう、今までの私をすべて捨てなければならない、いずれ怒りの拠り所を他に求め、償いを与える人鬼に成り下がってしまうことだろう!! 許せるものか! 終わったなど、冗談ではない!!」
白蓮は激しい口調で言った。魔理沙は、眉をひそめて白蓮を見た。
(……狂うだと? お前はもう十分いかれちまってるよ、馬鹿)
ついでに、ちらりと後ろの二人の様子もうかがう。こちらは、言い合いに気を取られているのか、動く様子は無い。
(ああ、そうかい。お前らもかい……)
魔理沙は内心で言った。
「わかったよ。ならもういい。やれよ。私も協力してやるよ」
(そうだ。もういい)
「――え?」
白蓮は聞き返した。魔理沙は眉をひそめて、白蓮を見た。
「だから、納得がいかないんだろ。じゃあいいさ。やれよ。思う存分やれ。もういいよ。そうでだから、ついでに私も手助けしてやるよ。ちょうど、あいつに一発お見舞いしたいと思っていたところだしな。――あんたは見てないからは知らないだろうけれど、霊夢のやつはアリスを殺したんだ。あいつは、私の友達だったんだからな。自分の大事な友達が殺されちまったんなら、復讐したって構わないだろ?」
魔理沙は口早に言った。白蓮は、少し迷ったような目で魔理沙を見た。
魔理沙は、その目を見返して続けた。
「いいさ、私も協力してやるよ。四人でかかれば、あるいはこっぴどくぶん殴るくらいはできるかもしれないしな。ただし私は危なくなったら逃げるからな。こんなことでわざわざ無駄死にするなんて、ごめんだし。お前らであいつに飛びかかって隙を作ってくれよ。そしたら、私が後ろから特大のをお見舞いしてやるからさ。あいつは妖怪やそういう類のやつ以外には本気でかかってこない。それに、攻撃も通るから、完全に無敵ってわけでもないんだ。撃ち落として行動不能にしてやれば、あるいはなんとかできるかもしれないしな」
魔理沙は言った。言って、白蓮をじっと見た。
白蓮はしばし考えたようだ。
やがて、なぜかかすかに首を振った。どういう意味かはよくわからない。
ただ、魔理沙を見て言った言葉は、こうだった。
「わかりました。よろしくお願いします」
白蓮は言って、礼をした。それから、いったん地を蹴って、妖夢たちのほうへ飛んでいく。
(……)
魔理沙はちらりと霊夢を見た。
霊夢はまだそこにいた。魔理沙は、それをちょっと横目に見てから、目をそらした。
箒にまたがって飛び上がる。妖夢たちの後ろへと回った。
降り立つと、白蓮が二人に何事かささやいているのが見える。二人が、身構えたままちらりと魔理沙を見るのがわかった。疑わしげな視線と、いぶかしげな視線。
(おいおい、私はそんなに信用無いのかよ)
魔理沙は内心で笑った。たしかに、胡散臭いことは胡散臭いだろうが。
そういう点でいえば、そこの銀髪二人組は、自分よりだいぶ上ではないか。
(私に比べたら、お前らのほうが、だいぶわかりにくいんだぜ。それとも、こいつらは自分で自分のことがよく分かってないとか、そういう落ちかな。なんてな)
魔理沙は思った。
やがて、霊夢を前方に見たままの三人の談義が終わると、白蓮が、わずかに前に歩み出た。それに応じて、妹紅がすっとその場を動き、妖夢が、足を踏みしめて、その後ろに身構える。
三人は、再び霊夢に挑みかかった。今度はまず、先頭に出たのは、妹紅だった。白蓮を一歩追い抜く形で、真正面から霊夢に挑みかかる。
ほかの二人は、そのまま妹紅の援護に回り、攻撃を途切れさせないように、霊夢に打ちかかった。妹紅は、特別速いわけではないが、場慣れした戦いの勘、とでも言うべきもので、霊夢に食い下がっていく。
ここに来ての、三人の連携は、すでに急場しのぎとは思えないほどだった。あるいは、先ほどまでの、ほんのわずかな動きでさえコツを得ているのかもしれないが。
三人の中では、妖夢が飛びぬけて速いが、白蓮や妹紅に比べて、彼女には戦いへの慣れというものが無いらしい。それを、妖夢以外の二人が支えて、うまくその機動力を生かして戦っている様子だった。
今の霊夢であるからこれをうまくさばいていられるのだろうが、下手をすると、今のこの三人は、幻想郷の誰より強いかしれない。霊夢は、防戦しながらも、徐々に下がっている。追い詰められている、といった風ではないが。
魔理沙はその様子をうかがいながら、じっと力を高めていた。霊夢の意識は、今、目の前の三人に向いている。三人の意識も、また霊夢に向けられている。もうすぐだ。
(もうすぐ、もうすぐ)
そして、好機が来た。
(……よし)
魔理沙は内心でつぶやいた。八卦炉の発射口を上げる。すでに十二分にまで高まった自分の魔力が、一本の針の穴をめがけて、急激に収束していくのをイメージする。
(――泉の円形・台座の正方形・柱屋根の三角形――と)
ためていた力を解くと、一瞬で八卦炉が光を放った。魔理沙は狙いを定め、霊夢ではなく、あくまで別のところへと、一直線に光が走るのをイメージした。
イメージの中で、光が大量に膨れ上がった。そのまま、宙をすべるかのように閃光が放たれる。巨大な、向日葵のような、圧倒的な、白い光の剣が。
閃光は膨れ上がり、軌道上にとてつもない光の帯を象った。一瞬で、光が走る。
光の渦は、そのまま空間を貫いて、無防備な白蓮の背中へ迫った。
魔理沙はふっと目を開いた。次の瞬間には、その光景が現実のものとなっているのを、確信して。
ごう、と風が吹いた。いや、風が吹いたと思ったのは、自分だけの錯覚だった。身体全体に跳ね返る反動。太陽のような眩い光。
「――」
白蓮は、一瞬振り向こうとしたが、遅かった。声もなく巻き込まれた。
光にものにさらされて吹き飛び、地面に投げ出される。だいぶ派手に吹っ飛んだ。一丁以上は飛んだか。
魔理沙は、そのまま、白蓮の様子を見ずに、八卦炉を投げ捨てて飛び出した。
地を蹴り上げ、箒の柄を握って飛び出す。飛び出した勢いそのままの、流星のような速さで、あっというまに宙を駆けぬける。
その軌道上にいた妹紅が、魔理沙の行動を見て、なにか言いかけるのが見える。
「――な――」
(何を!)
とでも言おうとしたのだろうが、遅い。どっちにしろ最後まで言えなかった。
その顔をめがけて、魔理沙は思い切り蹴り足を叩き込んだ。箒の速度をそのままに乗せた、凶暴な威力の蹴りである。
じいん、と足に衝撃が返る。魔理沙は眉をしかめた。妹紅は、声もなく吹っ飛んで、地面を弾んだ。これは、ざっと数間ほども吹っ飛んだろうか。
魔理沙は、そのまま、妹紅と交差する形ですれ違って飛んだ。止めを刺す必要があったかもしれないが、うまく失神してくれていることを願いつつ、箒を切り返す。
急激な方向転換の風圧で、地面が砂埃を上げる。そのまま、速度を落とさず、魔理沙は、一直線に妖夢をめがけて突っ込んだ。高速で飛び、一瞬で追いつく。
妖夢は、ちょうど今しも、霊夢に切りかかろうとしているところだった。妹紅と白蓮の様子には気づかなかったらしい。鈍いやつだ。
その胴のあたりをひっつかんで、横から思い切りさらう。急にのけぞって、妖夢は短い悲鳴をあげた。
白刃が振るわれている間に割って入るのは、実際、かなりの度胸がいったが。魔理沙は内心で冷や汗を流しながら、妖夢をかっさらう直前に、霊夢が腕を上げているのを見ていた。魔理沙は一瞬背筋を凍らせたが、結局、閃光は放たれなかった。
「――」
霊夢がちらりとこちらを見ながら、腕を引くのを見届け、魔理沙はその顔を横目に見た。霊夢の目は、あいかわらず魔理沙を見ていない、無愛想に――。
(――)
いや。
魔理沙は思った。
いや。
(違う――)
違う。
魔理沙は、そのまま霊夢の顔から目をはずして飛び去った。
妖夢は、一瞬だけあっけにとられたようだったが、やがて暴れだした。
「離せ!! ――離して! 離してよ! 魔理沙!! 何するのよ!! 離せ! 離せ!」
がくがくと派手に指がゆすられる。
(――ええい、この馬鹿)
魔理沙は胸中でののしった。片手で胴を抱いて、ベルトをつかんでいるだけなので、暴れられると非常に危なかった。
とにかく、霊夢からなるべく離れて飛び退る。それから速度を落とし、そこでようやく妖夢に語りかけた。
「馬鹿なことをするなって言っただろ。お前らじゃ無駄に死ぬだけなんだよ。せっかく私が忠告してやったのに、お前らが聞かないからだぜ。だからこんなことしなきゃいけないんだ」
魔理沙は、妖夢の身体を抑えながら言った。小柄なくせに異様に怪力なので、鍛えている魔理沙でも、押さえるのは手を焼く。
「お前も咲夜みたいになりたいのか? お前はあいつが死ぬのを見ていただろうが。あのままじゃ、遅かれ早かれあいつみたいになっていたんだぞ。そんなこともわからないのかよ。お前らじゃ、あいつには勝てないんだよ。文たちも、萃香も、地底の鬼連中も、私ら、ちっぽけな人間なんかよりもずっと強いやつらが、みんな、あいつに負けたんだ。理屈で考えたって、お前らでまともに相手にできるなんか無いだろう。戦うだけ、死ぬだけ、無駄なんだよ」
「――あいつは! 霊夢は、お嬢様を、幽々子様を殺したのよ! 私が斬らなきゃいけないでしょう!? この手で殺さなきゃならないでしょう!」
妖夢は叫んだ。魔理沙は、眉をひそめて怒鳴り返した。
「いい加減にしろよ、馬鹿! お前の所のお嬢様は、もうとっくに死んでただろ? あんなのは、どうしようもないものが、元に戻ったってだけのことじゃないか。それともなにか? お前は、お前の大事なお嬢様が消えちまったら、自分もこの世にいられないもんだとでも思ってるのか? だからかなわないのも承知であいつに斬りかかっていくって言うのか? 馬鹿じゃないのか、お前? なにを考えてるんだ? お前はまだ生きてるんだろうが!? 幽々子がいなくなっても、まだそうやって生きているんだろうが!? 生きてて考える頭があるんなら、少しは自分の考えが馬鹿げてるんじゃないかとか思えよ、この馬鹿!! 今のお前は、お前が思ってるほど冷静じゃないし、ろくにものもわかってないんだよ!」
妖夢は歯噛みして、一瞬、口を開きかけた。
だが、結局なにもいえずに、うなだれた。
目をさまよわせて、首を振る。
「……、……だって――私は、私は――、私は――」
魔理沙は音には出さずに舌打ちした。飛んでいる高度を下げて、速度を落とす。
妖夢は、やがて泣きはじめていた。魔理沙は、ちょっと舌打ちしたげな面持ちでそれを見下ろした。
正直うっとおしくは感じられた。こんなところで泣く奴がどこにいるんだ? だが、それ以上はなにも言わなかった。
魔理沙は妖夢を下ろすと、横にかがみこんで、妖夢の背中をかるく叩いてさすってやった。妖夢は、力なく座り込んだまま、さらに激しく泣き始めた。
「う、うう……うあああ……ああ……ああ……あ……」
妖夢が大きく泣き声をたてる。気が緩んだところに、精神的なゆさぶりをかけられて、何かが切れたのかもしれない。自分が何をするのかわからない、子供のような頼りなさがしていた。
魔理沙は、妖夢をなだめてやりながら胡乱な目をしていた。
(だから、もっと自分を疑えっていうんだ。どいつもこいつも)
妖夢の髪を撫でながら、魔理沙はつぶやいた。腹立ちまぎれに。
(どいつもこいつも。何かをするまえに、そういうことを考えることのできない奴は、愚かと言われても仕方がないじゃないか)
またそれがどれだけ上手にできたとしても、そのなかに自分を疑ってみるということを含めないのなら、それもまた馬鹿と言われても仕方がないではないか。
自分が、いったいどんな考えで、それをやろうとしているのか、それがどんな結果をもたらすのかを、常に考えて行動しないとならない。それだけでも本当に簡単ではないというのに。
(だっていうのに、誰も彼も、なぜそんなに自信を持っていられる? 当然のように思いこんでいることは、実はとんでもなくねじくれまがった末に自分で思い込ませただけの、そういう常識かも知れないのに)
疑わないとならない。
疑わないとならなかった。
それは、当たり前のことだ。
魔理沙は思った。当たり前のことだ。
まさかこの世に、絶対に信じられる、そんな永久不変のものがある、などと、本気で信じているわけではあるまいに。
(……)
魔理沙は、霊夢のほうを見た。霊夢は、もうこちらに背を向けていた。
別段急ぐこともなく、ゆっくりと飛んでいくのが見える。どこへ、というわけではない。
ただ空の高いほうへと上がっていくようだった。魔理沙はそれをじっと目で追った。
空はよく晴れた数日に比べ、少し雲が出ていた。まだ昼すぎほどか、と思い、魔理沙はふとなんの前触れもなく、空腹を感じた。
霊夢 「?」
紫 「贅沢暮らしをしている天人と貴方の事よ」
紫 「少しお灸を据えに行きましょう」
霊夢 「何で私が・・・」
紫 「あら、貴方だって天人みたいなものよ。
地に足が付いていない処が」
東方緋想天
八雲紫ストーリーモード 霊夢会話より
(あーあ)
小町はうめいた。足元を見下ろす。
無縁塚のちょうど中ほど。打ち捨てられた骨やらなんやらの散乱する地面に混じって、青年の身体が倒れ伏していた。
小町の見覚えのある顔だった。たしか森近、といったか。すぐそばに、いつもかけていた眼鏡の残骸が落ちている。
激しく傷ついた身体の様子から、すでに事切れているのが一目でわかるようなものではあったが、小町は、片手に誘魂灯を下げたままで、かるく拝んでやった。
(どいつもこいつも、いくとこいくとこ死人ばかりか。ひどいもんだな)
ぶつぶつと言いつつ顔を上げて、見る。辺りには、すでにおびただしい数の霊魂が集まっている。
この足元の男の魂も、案外この中にあるのかもしれないな、と小町は思った。それとも迷ってとんでもないところにいってしまったか。こうなると、どちらでもありえることだったが。
「参ったよな、まったく」
小町はうなるように言った。かるく眉間をこする。
これらすべてが、膨大な量の、妖怪、天狗の魂なのだ。あまりの多さに、小町は意識せずに眉をひそめた。
(多すぎだわね、これじゃあとっても手におえやしない……)
こんなに大量の人外の魂など、彼女でさえも、今までに見たことが無い。後の始末を考えただけでも頭が痛くなる。
(ああ、やだやだ。性に合わないね)
小町は、とりあえず後先は考えないことにした。誘魂灯の明かりをかざして、手をふる。
「……はいはーい。それじゃ、並んで並んで。これから、三途のほうにご案内しますからね。順番どおり、行儀よくならんで頂戴ね。霊魂同士で並ぶときは、くっつきすぎると溶け合っちゃうから、あんまり近寄り過ぎないように注意してよね」
小町は言いながら、ため息をついた。
これは、終わるのだろうか。
(まあ無理よね)
小町は思った。無理だな。
(無理だよね)
まあ無理だ。
でも、四季さまは無理です、でカンベンしてくれないしな。融通の利かない上司を持つと苦労するよね、と小町は思った。
今回の件では、事が唐突だったせいで、多くの魂が浮世に迷ってしまった。他の死神たちもせかせかと出張っているが、小町同様、経過は芳しくないらしい。魂のいくつかは、三途に来るまえに花になってしまうことだろう。
(あるいは、こいつらこのまま妖怪の山に引率しちまうか。あそこの紅葉は今が見ごろだ。どうせ同じ花になるんなら、故郷の山がいいだろうしね。どうせ全部ははこべやしないんだし……)
ぶつぶつとぼやくが、さすがに今回ばかりは映姫のおかんむりが怖い。彼女は今回の件でだいぶ気が立っているようだし、冗談も通じそうに無い。
「しかたないわね、今回くらい真面目にやるかー……」
小町はぼやいた。足元を見ると、赤く咲いた彼岸花が、ちょうど見ごろだ。
(まあ無理だろうな)
映姫は思った。紫の桜の下に立ち、咲いた花を見上げているところだ。
少し向こうの方では、小町ら派遣された死神の面々が、誘魂灯を片手に霊魂たちを集めている。映姫は、それらを尻目に、ここで、延々と魂の花に裁きを与えていた。
枝の桜は、すでに満開になっている。今は、秋も深いころだというのに、うっすらと墨染めに染まった花が、枝に爛漫として咲き誇っている。
現世に迷う魂の量が、明らかに度を越している証拠だ。
(嘆かわしいな)
映姫は思った。素直に三途にやってこず、こうやって現世にとどまる者が、これだけ多い。
(あるいは、どれだけ仏に帰依しない者が多いかの証明でもあるのだしろうしね。本当昨今の現世は嘆かわしいわ。忘れ去られたこの里でもこのようだもの)
映姫は、渋い顔で思った。
そもそも、妖怪の類の魂というのは、死後に迷いやすいものではあるし、今回は、冥界から現世にあふれ出てしまった魂たちも多かった。どっちみち、たかだか数人の死神では、これほどの量はさばききれるはずも無いと思われた。
もっと多人数を、と思うが、あいにくと地獄は人手不足だ。まあ、これ以上を望むのは現実問題として、無理だろう。
(まあ、だからといって仕事は仕事なのだが)
映姫は思った。集め切れなければ、怠けたものとして、叱責することは叱責するだけだ。
(例外は駄目だ)
映姫も、それが自分の役割である以上は、融通を利かせない性質だ。小町辺りは嫌な顔をするだろうが、まあ説教くらいは勘弁してやることで妥協としよう。
(それにしても多い……)
映姫は、眉をひそめて辺りを見た。霊魂の姿はすでに、あふれんばかりになって辺りをうろついている。
最終的な死者の数は、この幻想郷の規模からすれば、膨大なものとなる。
彼女ら、是非曲直庁の人間は予定にあるその総数を、把握していたが、それでも、それを見て、映姫は最初、正直うんざりとした。
しかも、予定には冥界があのようなことになるなど、書かれてもいなかった。西行妖の死と、それにともなう、結界の消滅。このとんでもない事態が進んでから、ようやく事の次第を把握したほどで、たまたま映姫たちが近くにいなければ、さらに状勢は悪化していたことだろう。
(まったく)
まったく、あんなことを直前に知らされて、いったいどうしろというのか。正直な話、映姫は帳面の名前を頭に入れるだけで、精一杯だったというのに、そこへ持ってあの事態だ。
(あいかわらず上の方たちは、下のことを考えないんだから。そりゃあ本当にわからなかったのかもしれないけれどね)
冥界が失われて一番困るのは、地獄のほうだ。それだけ予測不可能だったということなのだろうが、それだけですまされることでもないだろう。
(怠慢、怠慢か、どこもかしこも……。……)
映姫はふとふっと思った。ここももう終わりかもしれないな。
(怠慢、怠慢、か)
八雲紫ら、妖怪の賢者たちがいったい何を考えていたか知れないが、その大半も、実はすでに三途の向こうだ。首魁を担っていた連中は、あるいは博麗霊夢と戦い、あるいは不意を討たれ、事態を把握しないままに死んでいった者も、少なくない。
古くから生き残っていた妖怪たちも、今回の件で根こそぎ滅ぼされた。天狗、河童といった、その文明の中核を担う者たちも、すべて滅び去った。
生き残ったのは、わずかな神と妖精のみ。しかし、ここが隠れ里としての意味を持っていたのは、あくまで妖怪たちの楽園としてだったのだろう。
その妖怪が消えてしまっては、この里の存在は、もはや意味をなさない。
(終わりだろうな)
映姫は思った。なにが。
幻想が、だ。
いずれ、妖怪の恐怖を忘れ去った人々は森を開くようになり、発展し、時の流れとともに神々は信仰を失って衰え、妖精たちは、忘れ去られ、枯れはてて自然と同化していくことだろう。
そういう意味では、ここはもうすでに滅びているといってもいい。人の心に、未知への恐怖、というものがあってこそ、奇跡はありがたがられるものだった。
それがなければ、人間は、だんだんと奇跡を必要としないようになる。進化とは、物事に定められた当然の流れであり、また、ものごとは本来、過ぎ行くままに過ぎるもの。
そこに身をゆだねるのは、むしろ自然なこと。未知を忘れ、奇跡の有り難味を忘れるのは、自然なことなのだ。
逆にいえば、いままでが不自然だったともいえる。幻想郷は、すべてを受け入れる、というのが、たとえば紫のうたい文句だったが、忘れられたものは、本来、淘汰されるのが、自然の成り行きというものだ。
(……そういう意味では、ここはすでに、滅びていたといってもいい。生物の当然の流れに逆らう楽園、自然な在りようをねじまげてまで存在する楽園は、己もまた果てしなくねじまがっている。ここは、存在していること自体が狂っている場所だった。そういった優しさは、本来仏法を否定するものですらあるのだから)
映姫は、そんなことも思った。
(そう、あるいは滅びてよかったのかもしれない。私は、正直どちらでもいいし)
よもや、立て直しは図れまい。
これだけの惨事を出した以上、地獄のほうでも、もう彼女たちとまともに協調しようとは思わないだろう。もともと、この狂った里と協調をとろうなどということになったのは、地獄の財政事情がそれだけ逼迫していたからだ。紫ら、賢者たちがそれを持ちかけてきたのも、もともと、そういう足元を見るつもりがあったと聞いている。
(妖怪などと取引をしなければならない仏法の徒など、見るにも耐えない。案外、幸いの報いであったのかもね)
ここ千年近くの間、あの居心地のいい冥界があったおかげで蓄えられた徳も、この一件で一気に霧散してしまった。あそこにいた成仏待ちの魂たちも、結界が破壊されたときに、悪霊の餌食になった者が多い。
被害は甚大で、もう取り返しもつかない。
映姫は、ふと思い直してため息をついた。
(どっちみち、まず、私も含めて多くが咎めだてを受けるんだろうな。私なんかは下手をすると、罷免されかねないところだけど。あーあ。いったい何人くらいが擁護に回ってくれるものだか)
映姫は憂うつげに顔を曇らせた。彼女は今回の件で失態を犯していた。
異変を聞いて冥界に赴いた際に、彼女は冥界の魂を保護するよりまず、魔理沙と妖夢ら、生き人の身の安全を優先させてしまったのだ。
その結果として対応が遅れ、間に合ったはずの魂が、より多く悪霊に汚されてしまった。本来ならば、あの二人をほったらかしにしても、まず冥界の保全に勤めなければならなかったのだ。
彼女らの名前は、死者を記す帳面には載っていなかったということで、彼女の行動には一応ちゃんと正当性があることにはなったが、だからといって、どうだということでもない。
結果は結果だ。これで、映姫の立場が非常に危うくなるのは、まず間違いなかった。
彼女ら、閻魔大王に問われるのは、絶対的な人格であり、それが無い、信用に値しないと判断された者は、即刻罷免されても、文句は言えないのだ。逆にそれほどの厳しさがなければ、担ってはいけない役職ともいえるが。
(こんなことなら、いっそやらなきゃよかった。でも、帳面に載っていない者を死なせるわけにもいかないじゃないの。そんなの私には無理だし……)
映姫はため息混じりに愚痴った。そう、あの二人の名前は帳面には記されていなかった。
(そう、そして十六夜咲夜というメイドの名前は記されていた)
十六夜咲夜というメイドの名前は記されていた。だから、映姫はメイドが消し去られる際にも、なにもしなかった。
八雲藍という妖弧の名前も、帳面には記されていた。森近霖之助という半妖の男もそこには記されていた。射命丸文という天狗も、風見幽香という妖怪も。死んだ者は皆。
(八雲紫の名はそこには載っていなかった)
八雲紫の名は、そこには載っていなかった。映姫は思った。
八雲紫の名は、そこには載っていなかった。また、博麗霊夢という人間の名も。
(つまり彼女らは死なないということだ)
映姫は思った。それが何を意味するかは知らないが。
(まあ関係の無いことだ)
まあ自分には関係の無いことだ。もう。
爆風が過ぎる。やがて静かになった。
猛烈な風が吹きぬけた後には、すでに爆発は収まり、あたりは、元のように戻っていた。
魔理沙は前を見た。
霊夢は、爆発が収まった時と同じ、無傷のままでそこに立っている。
また、爆発は喰らったのか、それとも防いだのかはわからない。だが、どっちみち効果は全くなかったようだ。
(……犬死にだな、まったく)
魔理沙は思った。アリスの姿は無かった。
本当に、あとかたもなく消滅したようだ。骨も残らず消えていた。
(犬死にだな)
魔理沙は思った。誰も彼もだ。
アリスも、幽香も、文も。咲夜も、萃香も、レミリアも。
それよりもっとたくさんの連中が。みんな。
(……抵抗しようが、しなかろうが関係ない。どっちだって同じなんだ。勝てる勝てない、なんて話でもない。最初から結果が決まってる。絶対に負ける勝負を、みんながやらされていた。もし運命なんて言葉があるなら、これはそういうことだし、そういうのが嫌なら、犬死にだ。無駄に死んだ。誰も彼も)
魔理沙は重い息を吐き出した。霊夢はまだそこに立っている。まだそこにいる。
だが、自分にはもうなにもできない。する意味も無い。
(そんなことはわかっている)
魔理沙は思った。そう、そんなことはわかっている。
そう、これから自分がすることには、何の意味も無い。そんなことはわかっているのだ。
「……」
魔理沙は気乗りのしないまま踏み出しかけて、足をとめた。ふとした様子で見る。
自分の意思ではない。目の前の光景がそうさせた。
「?」
傷一つ無い姿をさらした霊夢が、なにか見たように無造作な仕草で腕を上げたのだ。次いで、次の瞬間、霊夢の腕が上がった方向から、いきなり炎が沸きあがった。
(うおっ!)
魔理沙は思わず顔をかばった、吹きつけた熱風に、一瞬で皮膚が熱を浴びる。
目の眩むような、激しい炎の渦だった。猛然とした大量の炎の塊は、霊夢の姿を押し包むように、何も無い中空に膨れ上がった。
姿を吹き消すような勢いで、炎が霊夢の体を覆う。やがて、霊夢が飛び退るように炎の中から飛び出すのが見えた。
すでに衣服のあちこちが、黒く燃え、煙を巻いている姿である。飛びすさり、地面に着地するなり、霊夢は印を切って、正面にかざした。
その先で、ごう、と炎が割れる。そしてそこから、女が飛び出してきた。
神奈子だ。
炎をまとうようにして、一瞬で駆け、霊夢へと肉薄する。その手には、一振りの剣をかざしている。
「――ふっ!」
神奈子が、剣を突き出す。まるで、稲妻のような鋭い刺突だ。
だが、霊夢に届く寸前、その刃先が止まった。
「――」
神奈子が驚愕する。かざした剣の先が、霊夢にとどかずにその寸前で止まっているのだった。なにもない中空で、なにかに挟まれたように、ぴたりと止まっている。
神奈子の眉がひそめられた。その目前で、霊夢が結んだ印が光る。
光は見る間に大きくなり、すぐに白い閃光が眩く爆ぜた。閃光は、一条の直線となって、空間を貫く。
神奈子の体は一瞬それに貫かれたように見えた。
だが、違っていた。
神奈子は、寸前で後ろに飛びのき、光を避けていた。いったいどうやったのか、常識外れとしか思えない反応で、光が爆ぜる瞬間に地を蹴っていた。
ふたたび剣を構え、前に出る。かざした剣は、また突きの形に構えられている。
「――おい、やめろ!! 神奈子!」
魔理沙は思わず叫んだ。だが、神奈子はもちろんそれを聞いた様子も無く、殺気混じりの闘志をむき出しにして、霊夢に向けて鋭く剣を突き入れる。
繰り出される刺突の連続に、霊夢の髪が数本も舞う。
さらに、霊夢は軽く飛んだ。いつのまにか、神奈子の周囲には幾本もの蔦が現れており、霊夢の体を目がけ、鋭く伸びていく。霊夢は、足元を捉えようとする蔦をかわして、後退する。
「――ちっ……!」
神奈子は、舌打ちした。宙に逃げた霊夢を追い、目を走らせる。
そして不意に、自分の周りに繰り出していた蔦の数本を切り落とした。切られた蔦は、見る間に姿を変えると、巨大な蛇へと変わり、不気味な唸りを上げた。
蛇はあぎとを開いてしゃあ、と唸ると、凄まじい速度で霊夢に飛びつき、たちまち縄のように手足に巻きついた。霊夢の胴や太腿が締め付けられ、白い肌に血管が浮いた。霊夢の体を捕らえた蛇たちは、そのまま、今度は次々に、その体を肥大化させた。
太い縄ほどの大きさだったものが、たちまち注連縄ほどの太さまで、膨張して膨れ上がる。霊夢の華奢な腰が蛇の身体にうずまり、全身が蛇の塊のようになった。
さすがにそれで動きが封じられ、一瞬、完全に止まった。神奈子はそれをめがけて、剣を持ち投げ放った。
剣は回転し、霊夢をめがけて飛んでいく。神奈子は、剣を投げた腕をそのままひきつけると、顔の前に印を切った。
「――陰!!」
神奈子が鋭く叫んだ。すると、回転して飛んだ剣がぴたりと止まり、次の瞬間、猛然と火を噴き上げて、速度を上げた。
加速した剣の描く航跡は、一本の直線になった。その刃先が、空気との摩擦で火を噴く。剣の切っ先が炎の尾を引いて、矢のように霊夢の胴の真ん中を射抜いて突き立った。
その瞬間に剣が炎を噴き上げた。誘爆したように、辺りの空気も炎に包まれ、霊夢の体が、一瞬で飲み込まれた。
燃え盛る炎の塊となった霊夢は、火をまとって落下した。神奈子が足を進めて、落ちた霊夢へと、ゆっくり歩み寄る。
歩み寄りながら、手をかざし、また一本の剣を現す。燃え盛る炎の中から、剣が現れて、神奈子の手に握られた。
神奈子がそばに立つと、霊夢はまだ炎に巻かれていたが、黒く焼けついた皮膚が見えるようになっていた。その体が、ゆっくりと揺らめくように、黒い炎をまとわせ始める。
神奈子は腕を上げると、その胴をめがけて剣をつき下ろした。刃先が、霊夢の身体を貫いて、勢いよく土に突き刺さる。霊夢の体が、大きく痙攣した。
同時に、手足から吹き出ていた黒い炎が、突然、吹き散らされたように消える。
「……っ」
さらに次の瞬間、霊夢の口が開き、体が、大きくのけぞった。手足が、不自然に伸ばされて、体が弓なりに突っ張る。
「――ッ!」
胸がひきつり、開いた口からいきなり炎が吹き上がる。のどが大きく反り返った状態で、霊夢は、さらに体を痙攣させた。
神奈子は剣から手を離して、口を開いた。
「腹の底まで嘗め尽くす神力の炎の味はどうだ。いかな不死人とて、こうなっては容易には再生できまい。そして、今、この剣はお前の力の出所も封じている。博麗霊夢。お前は故意でないとはいえ、私の友人を無下に殺した。仇を討たせてもらうぞ」
神奈子は無表情で言った。その手に炎が吹き上がり、また剣になる。
そして、剣の刃先は、また炎を噴き上げた。今度は蔦が絡むように、刃と神奈子の腕を這い上がり、幾本もの渦を巻いて巨大な炎の蛇になる。
神奈子は腕を挙げ、柄を両手で手にした。刃先を持ち上げ、霊夢ののどへとむける。
と。
「!? ――ぐっ!」
急に。
神奈子がうめいた。
突如、後ろから閃いた光に撃たれ、体をつんのめらせる。背後から膨れ上がった閃光が、突然、肩を撃ちぬいたのだ。神奈子の目の前へ、なにかが吹き飛ばされた。
千切れた腕。
同時に炎も舞いちって、消えた。神奈子は、とっさに後ろを見ていた。
黒い巫女服が立っている。無傷の霊夢がそこに立っている。
「――!?」
いつのまに現れたのか。はたから見ていた魔理沙の目にも見えなかった。霊夢の姿が増えたようにしか。
(分身?)
「――があっ!」
神奈子が横なぎに剣を振るった。霊夢には当たらないが、なぎ払った空間から炎が広がり、両者の視界を覆う。
だが、霊夢はその炎を突き進んで、神奈子に迫った。ひゅっと、白刃が振るわれる。
白刃である。いつのまにか、霊夢は、一振りの刀を手にしていた。
「つあっ!」
神奈子がうめいた。斬撃がかすめ、神奈子の胴が裂かれている。傷口から、黒い煙のようなものが噴出しているのが見えた。
それを見て、神奈子は、一瞬、驚愕に顔を引きつらせた。
(ヒヒイロカネ――!)
唇が動く。つぶやきが小さすぎて、魔理沙の耳にはよく届いてこなかった。
神奈子が後退しつつ、剣を薙ぐ。刃先からは、また炎が噴き出た。それは瞬く間に空を伝わって膨れ上がる。
霊夢の体が一瞬、炎の中に消える。
だが炎は、その一瞬で二つに分かたれていた。霊夢の手にした刀が、振るっただけで炎を二つに裂いたのだ。
炎はそのまま散り散りになって吹き消える。霊夢がその間を前進してくる。
「――っ、く」
神奈子が歯噛みした。
霊夢は、炎を切り裂いた刀をそのまま振るい、受けに回った神奈子の剣を激しく打った。
「――っ!」
二合目で、神奈子の剣が、弾き飛ばされる。そのまま刃が翻り、鋭く斬撃が走る。
斬撃は神奈子の横を走りぬけ、脇腹が深く斬り裂かれた。そこから、血ではなく、また黒い煙のようなものが噴き出す。
神奈子は、構わずに手刀を突いた。霊夢の左目を狙ったものだったが、すんででかわされる。
それどころか、霊夢のほうが逆に身をひねって刀を突きいれていた。刀の刃先が、神奈子の左胸をうがった。
神奈子はさすがに顔を歪めた。だが、その隙に前進していた。
刀が突き刺さったままで、霊夢の腕を抱え込む。そのまま霊夢の体を捕らえると、腕力で押さえ込む。霊夢の動きが一瞬封じられた。
「――陰!!」
神奈子が叫ぶ。すると、その体が、不意に大きく燃え上がった。
まるで火柱そのもののような、激しい炎の塊になる。霊夢の体にも、その炎が瞬時に燃え移る。
霊夢を巻き込むと、炎はさらに激しく燃え、凄烈な火柱を噴き上げた。
炎がさらに渦を巻き、高く上がった。炎が燃え上がる勢いで、辺り一帯に、衝撃の波が広がった。地面を吹き飛ばすような勢いで、熱風が吹く。
粘度の高い、密度のある風が、離れていた魔理沙のところまで押し寄せた。魔理沙は帽子をつかんで、目を眇めた。
(ええい、くそ、あっち……!)
魔理沙はわめきながら、なんとか目を凝らした。
吹きすさぶ風が弱まりだした後を見ると、炎が消えた後に、人影がひとつあるのが見えた。熱で痛む目を凝らす。人影は、しっかりと直立している。
神奈子だった。
かなりの力を消耗したのか、表情には余裕が無い。荒い息をついて、険しい顔で宙をにらむようにしている。
(あれで平気なのか。だてに神様だとか名乗っていないんだな。すごい力だ……)
魔理沙はぼんやり思いながら、目で辺りを探った。霊夢は?
霊夢の姿がない。
(よけたのか?)
一瞬そう思ったが、いくらなんでも、あの状態で避けた、というのも無い気がした。それでも今の霊夢なら、ひょっとしてやりかねない気もするが。
「……っ、くうっ」
神奈子がうめくのが聞こえた。見ると、神奈子が、胸に刺さっていた刀の柄に手をかけて、引き抜こうとしているところだった。
刃が、ずるりと引き抜かれる。刃ののいた胸からは、大量の黒い煙がこぼれだした。
「ぐあっ……はあ、はあ」
神奈子は肩で息をして、手にした刀を投げ捨てた。がしゃ、と鈍い音が鳴った。
霊夢はまだ現れない。
(霊夢は?)
いない。その姿がどこにも見当たらない。
再生していない、ということか。
では?
やったのか?
(やった?)
魔理沙は思った。
そのときだった。
ふいに音もなく、近くの空間が動いた。一部が歪んで、なにかの輪郭を得る。
「……、――」
膝をついていた神奈子が、それを見て、一瞬息を止めた。
輪郭は、すぐに変化した。透明なものから、徐々に半透明なものへと変わる。
馬鹿な、と神奈子が呟いた。
色を得た漆黒の装束が伸びる。死人のように白かった手足が、すう、と血の気を帯びる。
完全に形を取り戻すと、霊夢は、神奈子の前に立った。閉じていた瞳が開く。
「……、馬鹿な!!」
神奈子が言った。歯噛みして、うめくように。
「馬鹿な。なぜだ? なぜ、お前は消えない!? なぜ、そうやって何度でもよみがえる!? 不死人だからなんて理由だけでは、とても説明がつかない! まさか、まさか、弾幕ごっこよろしく「コンティニュー」しているとでも言うのか? ふざけるな! これは、これは、遊びじゃない、そんなことはできない! もし、もしこれが、遊びだというんなら……お前に殺された者たちは……すべて道化だ! すべて、茶番だったということだろうが! 現にお前はそうやって決して消えずに存在し、決して死なない……なら、お前に挑んだ連中は、最初からすべて無駄死にだったということだろうが! お前の存在自体が、運命などというふざけたものになってしまうだろうが!! そんなことが、そんなことが許されるものか!!」
神奈子は叫んだ。
霊夢は答えなかった。その代わり、無造作に手を上げた。
光が膨れ上がり、閃光の渦が放たれる。激しい光とともに、神奈子の体が一瞬光に包まれ、吹き飛ばされた。
「――」
そのまま突き抜けた光が、光条となって地面をえぐった。
くそ。
魔理沙はうめいた。光は、やがて穏やかになりながら、止んだ。
光が止んだあとに、神奈子が倒れているのが見えた。全身から余熱の煙を上げている。
ぴくりとも動かなかったが、どうやら生きてはいるようだ。なんとなく、とだが、感じられた。あくまで漠然とだが。
(頑丈なやつだな)
霊夢はすでに腕を下ろしている。神奈子の様子を、ちらりとだけ見たのは感じられた。だが、そのまま興味なさげに目をそらす。
これ以上の攻撃は必要ない、と判断したのだろうか。
(やっぱり妖怪以外は、対象外ってことか。なんにせよ……チャンス、かな)
魔理沙は霊夢の様子を見た。ふと、そのとき不意に、霊夢が体を傾かせた。
その脇を、何かが走り抜ける。駆けてから、ほんの半瞬遅れて砂塵が舞う速度だった。霊夢はそれをかわしたらしい。
止まった一瞬に、馬鹿みたいに長い刀と白い髪が見えた。
(――馬鹿!)
魔理沙はとっさに思った。妖夢だ。
どうしてこんなところにいるのか。
いや、いわずもがな、そんなことは決まっているのだろうが。魔理沙は歯噛みした。
(何で来たんだ? くそ)
ぼやく間にも、妖夢がさらに斬撃をはずす。霊夢がまた、あの不思議な動きでかわしきったのだ。
やはり、あれほどの速さでも、霊夢のすべて読んだ上で舞っているような動きには追いつかないのか。さらに、身をかわした直後に、霊夢が腕を上げ、その手のひらのあたりで不意に何かがはじけるのが見えた。空気が歪む。
目には見えない衝撃が、かざした霊夢の手をはじいていた。大気が急に押しつぶされて、圧縮したかのようだった。
(なんだ、今度は)
思うまもなく、ついで、霊夢が地面を蹴っていた。動きが止まった一瞬を狙って、妖夢がさらに斬りかかる。
だが、飛んだ霊夢の下をまるで泳がされたように、妖夢の斬撃は空を切る。
「――ちいィっ!」
妖夢は叫び、ありえない速度で振りぬいた刀を引き戻した。それは、それまでの斬撃よりもさらに速い。
(――見えない?)
魔理沙でさえも、はじめて目にする速さだった。妖夢はそこから、また魔理沙には見ることすらできない動きで刀を振るい上げた。
それを受けて、霊夢の刀が弾き飛ばされる。だが、斬撃自体はしのぎきっている。
妖夢にすれば、あれは、おそらく渾身の太刀のひとつではないかと思うが、それでも霊夢には届かない。
が、妖夢は、そこからさらに止まらなかった。さらに、いつのまにか短刀を抜いていた。
抜く手がまったく見えないほどの鮮やかさで振るわれた斬撃が、霊夢の靴を断ち割り、空に舞わせた。だが当たってはいない。
「――っ、」
かわされた。
妖夢の顔が、それでわずかに歪むのが見えた。かわされるにしてもあれほどきれいにかわされる、とは思っていなかったのだろう。
空中に浮かぶ霊夢の手が、妖夢へと向けられる。妖夢は、太刀を振るった直後で、動けない。
(駄目だ)
魔理沙はそう思った。
「陰!!」
そこへ、横から声が飛んだ。霊夢の体が、その横から来たなにかに直撃を受けて、派手に横方向へ吹き飛んだ。大気が震える。
さらに、縦方向の力が宙を貫くように刺さる。霊夢は吹き飛び、地に落ちて、跳ねた。
「――天魔、博麗霊夢!」
鋭い声が響いた。魔理沙はそちらを見た。
白蓮の声だ。片腕、片足が無い白蓮の姿が、宙に浮いている。
「我、聖と呼ばれし白蓮が、己の邪心を掲げ、今ここにあなたを誅殺する! 我が永きにわたるつれぞいたちの無念を奪った報い、ここに悔い述べるがいい! ――いざ、南無三宝の力よ、いまは見放すことなく、しばしのあいだ、我に法の力ぞ授けたまえ!」
白蓮が吼えた。霊夢が腕を掲げる。
白蓮へと向いたその背後から、首を叩き落とすような斬撃が走る。霊夢はかわした。
妖夢はさらに胴を狙って二斬目を切った。これも霊夢はかわしたが、そのかわり、白蓮の法力を喰らった。
その隙をとらえて、妖夢が強引な体勢から三斬目を抜く。これがようやく霊夢の腹を切った。
血が吹き出る。が、浅い。
流れるような動作で地を蹴った霊夢が、妖夢から離れる。急な高速で移動し、一気に三間ばかりも飛んでいた。妖夢は無理やり膝を折ると、強引な「溜め」から、地を蹴ってこの距離を一気に詰めた。
「、――博麗霊夢! 私の幽々子様を、よくも殺したな! 死んでもらう!!」
妖夢が叫んだ。斬撃がかわされる。
妖夢は眉をひそめ、裂帛の気合を込めて息を吐いた。地を蹴って、さらに踏み込む。
一歩、二歩、と、すさまじい広さの歩幅で踏み込むと、一瞬、身を翻したような足跡だけを残して、ほんの一息で、霊夢の後ろ側面に回る。ちょうど死角である。
だが霊夢は予想していたように妖夢を見た。身をかわそうとする。
しかし、その動作にはほんのわずかな後れが生じている。その後れをついて、妖夢は斬撃を放った。霊夢の胴を狙い、短く横なぎに刀が走る。
霊夢は一瞬早く、身をそらしていた。まただった。
また天狗たちのときと同じように、はじめから予測したように身をかわしている。
「――ふっ――!」
妖夢はものともせずに、かわされた初撃から、さらに二撃、三撃と刀を振るう。刃先が霞んで見えるほどの動きで、異様に長い刃が斬り返される。
だが、そのすべてが難なくかわされる。まるで、雲か霧でも相手にしているかのように。
「くそ! ――あっ」
妖夢はうめいた。突如、ふっと消えた霊夢の動きを眼球だけでかろうじて追う。
霊夢がふと舞のような所作でとん、と地面を突いただけで、妖夢の間合いからは、一瞬で外へと逃れていた。妖夢は、斬撃を放った直後の硬直で動けない。霊夢の指が向く。
そこへ、目にもとまらぬ速さで後ろへ回り込んだ人影が、炎の渦を炸裂させた。霊夢の体が、一瞬膨大な炎に飲まれる。だが、すぐに炎を巻いて、飛び出してきた。
その側面へ回り込んで、人影がさらに炎を炸裂させる。霊夢は今度はまともに喰らった。とっさにかばった腕から、激しい炎が噴き上がる。
そこへ炎をまとった蹴りが炸裂した。霊夢の身体が吹き飛び、燃え上がる。
「博麗霊夢! 慧音の仇だ、死ね!!」
ついで、雄たけびが上がった。人影からだ。
妹紅だ。
言い放つと、その手からさらに巨大な炎が噴き上がった。宙を焦がすようにして、円形の炎が走る。
巨大な火柱、とでもいうべき、灼熱の渦だった。なにもないところに突如燃え上がり、爆発したように、妹紅の周囲をなぎ払う。
それがそのまま巨大な塊となって、霊夢に迫った。逃げ場が無いほどの、極大の火炎放射だ。
だが、霊夢はこれをかわした。炎をまとったままで地を蹴り、紙一重で横へ飛んでいる。舞う炎の優美さもあいまって、まるで踊っているかのようだ。
「ちィ――」
妹紅は舌打ちし、さらに手のひらに新たな炎をまとわせる。それをさえぎるように、霊夢が腕を上げた。
「いいやぁっ!」
その横ざまに、妖夢の斬撃が打ちおろし気味に縫って、空をかすめる。霊夢はしかし、これさえも一寸の見切りでかわしていた。
一瞬、炎から退避していた妖夢が、絶妙の呼吸で踏み込んでいたのだ。しかし、それを体を泳がせた程度でかわしきっている。だが、斬撃は、そのままさらに霊夢がかわしたところから変化し、一瞬で打ちあがった。
しかしこれもやはり流された。その死角のほうから飛び込んでいた妹紅が、つま先を鳴らし、腕で宙を薙ぐ。
「はあっ!!」
妹紅が無造作に腕を振った先から、瞬時に炎が広がって、数畳を埋め尽くした。熱い、というのも生ぬるい炎が、一気に空気を引き裂く。
一瞬遅れた妖夢が退避しそこねて、悲鳴をあげる。
「あっつ! ひえっ――」
妖夢はあわてて飛びのいた。一瞬、恨めしげに妹紅を見やる。
だが、妹紅はそれどころではなく、邪魔な長い髪をなびかせつつ、舌打ちしている。
これも難なくかわされていた。霊夢は、炎をかわした体勢のまま、少しも揺らいでいない。
だめか、と一瞬思われた矢先、そこへ、衝撃が矢のように収束した。それが一瞬、霊夢の動きを止めた。ほんのわずかの間だが、腕を上げて防いだ瞬間、微妙な硬直が襲う。
「! ――、」
妖夢はそれを見逃していなかった。地を蹴り、その死角に目に捕らえ切れない速度で滑り込んだ。
「――はあっ!!」
気合を放ち、空気を歪ませるほどの斬撃を放つ。体ごと振りぬくような勢いだ。
霊夢は幻影のような動きでまたかわし、空中へと、トンボを切った。同時に腕を上げる。
その手のひらから、導かれるように衝撃がはじけた。白蓮の飛ばした法力を、防いだのだ。
霊夢は、そのままもう片方の腕をあげた。指の先に、飛びかかろうとしていた妹紅の姿がある。
「――あ」
妹紅は、一瞬しまった、という顔をした。よけられない。
閃光が放たれた。強烈な光の線条が、妹紅の半身を撫でるように直撃する。
妹紅の唇が、血を吐く。
「――、」
しかし、そのときには霊夢も手傷を負っていた。そのわずかな隙を突いて、斬りかかった妖夢の斬撃で、霊夢の片腕が軽々と宙に舞っていた。
霊夢の残った腕が、妖夢へと向けられる。硬直した妖夢は、よけられない。
しかし、そこへ何かが飛来した。霊夢の周りを囲んで、三つ、先のとがった刃物がついたようなものが飛ぶ。それが空中に止まると同時に、すさまじい密度で、力が収束した。
「――っ」
びきん、となにかに引っ張られたように、霊夢の腕が硬直する。目に見えない力で、四肢が縛りつけられ、指先が固まっていた。
それは、さきほど霊夢が結界に捕らえられたときの様子と、同じだった。そこへ、間髪いれずに特大の炎が吹き上がった。特大の、火の玉、と呼ぶのに近いそれは、まるで巨大な鳥のように空を走り、霊夢の体を真正面から捕らえた。
炎が飛散して、さらに燃え上がった。標的に燃え移ったことで、さらに勢いを増したらしく、大気が赤熱して周りの温度が急激に上がる。
同時に、燃え上がっていた炎の中から、妹紅の姿が現れた。炎の尾を引いて、地面に降り立つ。
炎を放つついでに、リザレクションもしたらしく、吹き飛ばされた半身が、元に戻っている。
「――くそう」
妹紅は舌打ちした。炎が終息した後に、霊夢の体が現れている。
こちらも、元通りになって、宙に浮かんでいた。傷んでいた衣装までが元のままだ。また再生したのだ。
「やっぱり再生するのか、まったくもう」
妹紅は歯噛みしてうめいた。妖夢は知らなかったらしく、その横で色を失っている。
「や、やっぱりって――え? え? さ、再生?」
「あいつは、再生できるらしいのよ。私らと同じみたいに。いや、先刻戦ったときから、そうじゃないかとは思っていたんだけれどね、なんとはなく」
「そんな――」
妖夢は目に見えて動揺している。
「え、そ、それじゃ、倒せないじゃないですか。斬っても千切っても元に戻るんでしょう?」
「まあね」
「まあねって――」
妖夢は困った様子で言った。二人の様子を、霊夢は手を出さずにじっと眺めている。
やはり、積極的に攻撃するつもりは無いようだ。
「はてね。知らないわよ。いや、もともとそれ知ってりゃ今まで苦労してないしね。さっさと死んでいるわよ」
「そんな無責任な! そういうことはちゃんとなにか考えてから言ってくださいよ! 手がなくなるだけ余計がっかりするじゃないですか!」
「あのね、私が悪いわけじゃないでしょ。それとあなたにそれ言われると、なにか腹立つんだが」
二人は言い合いながら動きを止めている。そこへ、凄まじい速度で影が駆け抜けた。
さっき妖夢が斬りかかっていたのに匹敵するような速さだった。
白蓮だ。業を煮やしたのか、自ら剣を持って突出し、霊夢に斬りかかっている。さらに白蓮は、剣を握ったままの腕で、印をかざした。
霊夢の顔が、一瞬はじける。白蓮は、そこへ蹴りを放った。
けりを受けた霊夢の胴が、九の字に折れ曲がって、吹き飛ぶ。そのままなんとか踏みとどまったが、そこへさらに白蓮が斬撃をつないだ。
体全体で振りぬくような薙ぎを、一段、二段、全く懐につけいる隙を与えない。
「ええい、もう。せっかちね!」
妹紅は言って、白蓮の援護に入った。飛び出して、白蓮の攻撃の間を縫う。
蹴りを放つが、霊夢はひらりとかわした。逆に閃光を放ち返す。
「うう、仕方ないか……」
妖夢も言って、それに加わる。三人からの攻撃を受けると、さすがに霊夢も手を出せなくなった。
三人の勢いに押されて、徐々に体が下がる。だ布が、旗から見ている魔理沙には、嫌な予感が押さえられない。
霊夢は絶対に本気ではない。あいつは、これと決まっているもの以外には、興味が無いし、自分からは積極的に手を出しもしない。
遊びなのだ。
さらに、三人の攻撃には決め手が無い。そもそも、彼女らの攻撃程度では、絶対に決め手にならないのは明らかだ。
崩れれば、そこからやられる。
(くそっ)
魔理沙は歯噛みした。やめろ。
やめろ。
どう、と次の瞬間だった。妹紅が吹き飛んだ。
一瞬、体制が崩れた白蓮をかばって、霊夢の閃光を受けたのだ。霊夢の反撃も、やはり恐ろしく的確だった。
まるで、最初からわかっていたようなタイミングで、閃光を放っていた。
「あっ」
攻撃の手が減った瞬間、残った二人の攻撃もいなされ始めた。わずかに大ぶりした妖夢が体勢を崩したのをついて、霊夢が踏み込んだ。
ちいさな動作で、妖夢の腹に掌底を叩き込む。
「きゃ――」
妖夢が悲鳴をあげて、紙のように吹き飛ぶ。
霊夢は、きびすを返すと同時に、白蓮の懐にも踏み込んだ。白蓮は、ちょうど判断して距離をとろうと飛びのいたところだったが、追いつかれた。
間に合わない。そのとき、霊夢は、ちらりと目を動かし、足をとめて腕を振り上げた。
飛んできた炎が、掌の前で四散する。炎が飛んできた方には、妹紅がいる。
まだ起き上がりかけたところながらも、援護のために、火の玉を飛ばしていたらしい。白蓮は、その一瞬に、霊夢の足を狙って法力を放った。
「――」
衝撃に足元をすくわれて、一瞬霊夢が体勢を崩した。白蓮は、そのまま踏み込まずに離れ、いったん距離をとった。宙に浮いたまま、身構える。
少し向こうでは、なんとか立った妖夢が、身構えたところだ。霊夢は足を止めていた。
ふたたび、距離をとって三人と見合う。
白蓮が、すう、と息を吐いた。片腕を上げる。
魔理沙は、その間を縫って、とっさに両者の間に割り込んだ。白蓮の前に立つ。
不意をつかれた形になった白蓮が、動きを止めて魔理沙を見る。
「……」
無言で対峙する。白蓮は、ちょうど出足を止められたせいで、すぐには魔理沙を無視できなくなったようだ。
後ろの二人も、足をとめて様子を見ている。霊夢は、魔理沙より少し離れた背後にいたが、魔理沙はそれに構わなかった。
白蓮を見て、口を開く。
「白蓮。やめろ」
魔理沙は、押さえた声音で言った。白蓮はかすかに眉を動かした。
「やめろ。もういい。もうあいつには構うな」
魔理沙はさらに言った。白蓮はすぐには答えなかった。息を吸ってから答えた。
「……あなたはいったいどのような理を持って、私にそのようなことを言うのですか、などとは、言いません。ですが、すみません。黙ってそこをどいてください。私の私闘に関することなどで、無関係のあなたを傷つけるわけにはいきません」
「だから、やめろって言ってるんだよ。いいから聞けよ。そして、もうあいつを行かせろ。わかっていないっていうなら言ってやるが、あいつは、こっちから手出ししなけりゃ、何もしてきやしないんだ。あいつは、自分のやることを邪魔されなきゃいいんだよ。自分がいなくなったら、自分のやるべきことがやれなくなる。だから攻撃されればそうならないように、取るべき行動を取ってくる。それだけだ。お前らがあいつをつついているのは、まったく正真正銘のやぶへびってやつなんだよ。お前らがちょっかいをかけるから、あいつはあんなふうに反撃をしてくるんだ。第一、あいつはぜんぜん本気じゃないし、お前らじゃ、絶対にあいつは倒せないぜ。神奈子が負けたのを見てなかったか? 見てなかったって言うなら言ってやるが、あいつはなにひとつできないままに霊夢に負けたよ。あいつくらいに強い神様だって、霊夢のやつにはもうぜんぜん歯が立たないんだよ。お前らなんかが勝てるわけがあるかよ。もうやめろ。あいつに殺されないうちに、やめて、おとなしく引きかえせ。犬死にするな」
「もうしわけありませんが聞けませんよ。お願いします。そこをどいてください、魔理沙」
白蓮は強情に言ってくる。魔理沙はぶつりとひとつなにかが切れるのを感じた。
「もう、全部終わったんだよ、馬鹿!! あいつの目的は、妖怪連中を殺すことだけだ! そしてその妖怪連中も、もう一匹残らず死んじまったんだ! いまさら生き残ったやつが死んでどうするんだよ! 頭を冷やせよ!!」
魔理沙はあえて衝動を抑えないままに言った。まだこらえることもできたが、たぶん怒鳴ったほうがいいだろう、とこっそり判断していた。
「お前は自分でもわかっているくせに、何を意地張っているんだよ! 何年生きてるんだ、百年か、千年か!? 私の何倍だ!? 大人かよ、馬鹿たれ! お前は私より何倍も頭がいいし、ずっといい判断ができるはずだろうが! よく考えろよ、もう全部、終わったんだよ!」
「まだ終わってはいない!!」
白蓮は怒鳴り返した。激しい目で魔理沙を見る。感情が塗りこめられた激しい目で。
「まだ終わってはいない!! もう終わったなどと、冗談ではない!! 私の怒りと憎しみは、どうなる!? 無残に理不尽に殺された友人たちの姿を見た私の絶望はどうなる!! 刺し違えてでも構わない、必ずその者の目にこの感情を刻んでやる! 同じ苦しみを与えて、殺してやる!! そうでもなければ、私はこのやり場の無いどうしようもない怒りゆえに狂うだろう、今までの私をすべて捨てなければならない、いずれ怒りの拠り所を他に求め、償いを与える人鬼に成り下がってしまうことだろう!! 許せるものか! 終わったなど、冗談ではない!!」
白蓮は激しい口調で言った。魔理沙は、眉をひそめて白蓮を見た。
(……狂うだと? お前はもう十分いかれちまってるよ、馬鹿)
ついでに、ちらりと後ろの二人の様子もうかがう。こちらは、言い合いに気を取られているのか、動く様子は無い。
(ああ、そうかい。お前らもかい……)
魔理沙は内心で言った。
「わかったよ。ならもういい。やれよ。私も協力してやるよ」
(そうだ。もういい)
「――え?」
白蓮は聞き返した。魔理沙は眉をひそめて、白蓮を見た。
「だから、納得がいかないんだろ。じゃあいいさ。やれよ。思う存分やれ。もういいよ。そうでだから、ついでに私も手助けしてやるよ。ちょうど、あいつに一発お見舞いしたいと思っていたところだしな。――あんたは見てないからは知らないだろうけれど、霊夢のやつはアリスを殺したんだ。あいつは、私の友達だったんだからな。自分の大事な友達が殺されちまったんなら、復讐したって構わないだろ?」
魔理沙は口早に言った。白蓮は、少し迷ったような目で魔理沙を見た。
魔理沙は、その目を見返して続けた。
「いいさ、私も協力してやるよ。四人でかかれば、あるいはこっぴどくぶん殴るくらいはできるかもしれないしな。ただし私は危なくなったら逃げるからな。こんなことでわざわざ無駄死にするなんて、ごめんだし。お前らであいつに飛びかかって隙を作ってくれよ。そしたら、私が後ろから特大のをお見舞いしてやるからさ。あいつは妖怪やそういう類のやつ以外には本気でかかってこない。それに、攻撃も通るから、完全に無敵ってわけでもないんだ。撃ち落として行動不能にしてやれば、あるいはなんとかできるかもしれないしな」
魔理沙は言った。言って、白蓮をじっと見た。
白蓮はしばし考えたようだ。
やがて、なぜかかすかに首を振った。どういう意味かはよくわからない。
ただ、魔理沙を見て言った言葉は、こうだった。
「わかりました。よろしくお願いします」
白蓮は言って、礼をした。それから、いったん地を蹴って、妖夢たちのほうへ飛んでいく。
(……)
魔理沙はちらりと霊夢を見た。
霊夢はまだそこにいた。魔理沙は、それをちょっと横目に見てから、目をそらした。
箒にまたがって飛び上がる。妖夢たちの後ろへと回った。
降り立つと、白蓮が二人に何事かささやいているのが見える。二人が、身構えたままちらりと魔理沙を見るのがわかった。疑わしげな視線と、いぶかしげな視線。
(おいおい、私はそんなに信用無いのかよ)
魔理沙は内心で笑った。たしかに、胡散臭いことは胡散臭いだろうが。
そういう点でいえば、そこの銀髪二人組は、自分よりだいぶ上ではないか。
(私に比べたら、お前らのほうが、だいぶわかりにくいんだぜ。それとも、こいつらは自分で自分のことがよく分かってないとか、そういう落ちかな。なんてな)
魔理沙は思った。
やがて、霊夢を前方に見たままの三人の談義が終わると、白蓮が、わずかに前に歩み出た。それに応じて、妹紅がすっとその場を動き、妖夢が、足を踏みしめて、その後ろに身構える。
三人は、再び霊夢に挑みかかった。今度はまず、先頭に出たのは、妹紅だった。白蓮を一歩追い抜く形で、真正面から霊夢に挑みかかる。
ほかの二人は、そのまま妹紅の援護に回り、攻撃を途切れさせないように、霊夢に打ちかかった。妹紅は、特別速いわけではないが、場慣れした戦いの勘、とでも言うべきもので、霊夢に食い下がっていく。
ここに来ての、三人の連携は、すでに急場しのぎとは思えないほどだった。あるいは、先ほどまでの、ほんのわずかな動きでさえコツを得ているのかもしれないが。
三人の中では、妖夢が飛びぬけて速いが、白蓮や妹紅に比べて、彼女には戦いへの慣れというものが無いらしい。それを、妖夢以外の二人が支えて、うまくその機動力を生かして戦っている様子だった。
今の霊夢であるからこれをうまくさばいていられるのだろうが、下手をすると、今のこの三人は、幻想郷の誰より強いかしれない。霊夢は、防戦しながらも、徐々に下がっている。追い詰められている、といった風ではないが。
魔理沙はその様子をうかがいながら、じっと力を高めていた。霊夢の意識は、今、目の前の三人に向いている。三人の意識も、また霊夢に向けられている。もうすぐだ。
(もうすぐ、もうすぐ)
そして、好機が来た。
(……よし)
魔理沙は内心でつぶやいた。八卦炉の発射口を上げる。すでに十二分にまで高まった自分の魔力が、一本の針の穴をめがけて、急激に収束していくのをイメージする。
(――泉の円形・台座の正方形・柱屋根の三角形――と)
ためていた力を解くと、一瞬で八卦炉が光を放った。魔理沙は狙いを定め、霊夢ではなく、あくまで別のところへと、一直線に光が走るのをイメージした。
イメージの中で、光が大量に膨れ上がった。そのまま、宙をすべるかのように閃光が放たれる。巨大な、向日葵のような、圧倒的な、白い光の剣が。
閃光は膨れ上がり、軌道上にとてつもない光の帯を象った。一瞬で、光が走る。
光の渦は、そのまま空間を貫いて、無防備な白蓮の背中へ迫った。
魔理沙はふっと目を開いた。次の瞬間には、その光景が現実のものとなっているのを、確信して。
ごう、と風が吹いた。いや、風が吹いたと思ったのは、自分だけの錯覚だった。身体全体に跳ね返る反動。太陽のような眩い光。
「――」
白蓮は、一瞬振り向こうとしたが、遅かった。声もなく巻き込まれた。
光にものにさらされて吹き飛び、地面に投げ出される。だいぶ派手に吹っ飛んだ。一丁以上は飛んだか。
魔理沙は、そのまま、白蓮の様子を見ずに、八卦炉を投げ捨てて飛び出した。
地を蹴り上げ、箒の柄を握って飛び出す。飛び出した勢いそのままの、流星のような速さで、あっというまに宙を駆けぬける。
その軌道上にいた妹紅が、魔理沙の行動を見て、なにか言いかけるのが見える。
「――な――」
(何を!)
とでも言おうとしたのだろうが、遅い。どっちにしろ最後まで言えなかった。
その顔をめがけて、魔理沙は思い切り蹴り足を叩き込んだ。箒の速度をそのままに乗せた、凶暴な威力の蹴りである。
じいん、と足に衝撃が返る。魔理沙は眉をしかめた。妹紅は、声もなく吹っ飛んで、地面を弾んだ。これは、ざっと数間ほども吹っ飛んだろうか。
魔理沙は、そのまま、妹紅と交差する形ですれ違って飛んだ。止めを刺す必要があったかもしれないが、うまく失神してくれていることを願いつつ、箒を切り返す。
急激な方向転換の風圧で、地面が砂埃を上げる。そのまま、速度を落とさず、魔理沙は、一直線に妖夢をめがけて突っ込んだ。高速で飛び、一瞬で追いつく。
妖夢は、ちょうど今しも、霊夢に切りかかろうとしているところだった。妹紅と白蓮の様子には気づかなかったらしい。鈍いやつだ。
その胴のあたりをひっつかんで、横から思い切りさらう。急にのけぞって、妖夢は短い悲鳴をあげた。
白刃が振るわれている間に割って入るのは、実際、かなりの度胸がいったが。魔理沙は内心で冷や汗を流しながら、妖夢をかっさらう直前に、霊夢が腕を上げているのを見ていた。魔理沙は一瞬背筋を凍らせたが、結局、閃光は放たれなかった。
「――」
霊夢がちらりとこちらを見ながら、腕を引くのを見届け、魔理沙はその顔を横目に見た。霊夢の目は、あいかわらず魔理沙を見ていない、無愛想に――。
(――)
いや。
魔理沙は思った。
いや。
(違う――)
違う。
魔理沙は、そのまま霊夢の顔から目をはずして飛び去った。
妖夢は、一瞬だけあっけにとられたようだったが、やがて暴れだした。
「離せ!! ――離して! 離してよ! 魔理沙!! 何するのよ!! 離せ! 離せ!」
がくがくと派手に指がゆすられる。
(――ええい、この馬鹿)
魔理沙は胸中でののしった。片手で胴を抱いて、ベルトをつかんでいるだけなので、暴れられると非常に危なかった。
とにかく、霊夢からなるべく離れて飛び退る。それから速度を落とし、そこでようやく妖夢に語りかけた。
「馬鹿なことをするなって言っただろ。お前らじゃ無駄に死ぬだけなんだよ。せっかく私が忠告してやったのに、お前らが聞かないからだぜ。だからこんなことしなきゃいけないんだ」
魔理沙は、妖夢の身体を抑えながら言った。小柄なくせに異様に怪力なので、鍛えている魔理沙でも、押さえるのは手を焼く。
「お前も咲夜みたいになりたいのか? お前はあいつが死ぬのを見ていただろうが。あのままじゃ、遅かれ早かれあいつみたいになっていたんだぞ。そんなこともわからないのかよ。お前らじゃ、あいつには勝てないんだよ。文たちも、萃香も、地底の鬼連中も、私ら、ちっぽけな人間なんかよりもずっと強いやつらが、みんな、あいつに負けたんだ。理屈で考えたって、お前らでまともに相手にできるなんか無いだろう。戦うだけ、死ぬだけ、無駄なんだよ」
「――あいつは! 霊夢は、お嬢様を、幽々子様を殺したのよ! 私が斬らなきゃいけないでしょう!? この手で殺さなきゃならないでしょう!」
妖夢は叫んだ。魔理沙は、眉をひそめて怒鳴り返した。
「いい加減にしろよ、馬鹿! お前の所のお嬢様は、もうとっくに死んでただろ? あんなのは、どうしようもないものが、元に戻ったってだけのことじゃないか。それともなにか? お前は、お前の大事なお嬢様が消えちまったら、自分もこの世にいられないもんだとでも思ってるのか? だからかなわないのも承知であいつに斬りかかっていくって言うのか? 馬鹿じゃないのか、お前? なにを考えてるんだ? お前はまだ生きてるんだろうが!? 幽々子がいなくなっても、まだそうやって生きているんだろうが!? 生きてて考える頭があるんなら、少しは自分の考えが馬鹿げてるんじゃないかとか思えよ、この馬鹿!! 今のお前は、お前が思ってるほど冷静じゃないし、ろくにものもわかってないんだよ!」
妖夢は歯噛みして、一瞬、口を開きかけた。
だが、結局なにもいえずに、うなだれた。
目をさまよわせて、首を振る。
「……、……だって――私は、私は――、私は――」
魔理沙は音には出さずに舌打ちした。飛んでいる高度を下げて、速度を落とす。
妖夢は、やがて泣きはじめていた。魔理沙は、ちょっと舌打ちしたげな面持ちでそれを見下ろした。
正直うっとおしくは感じられた。こんなところで泣く奴がどこにいるんだ? だが、それ以上はなにも言わなかった。
魔理沙は妖夢を下ろすと、横にかがみこんで、妖夢の背中をかるく叩いてさすってやった。妖夢は、力なく座り込んだまま、さらに激しく泣き始めた。
「う、うう……うあああ……ああ……ああ……あ……」
妖夢が大きく泣き声をたてる。気が緩んだところに、精神的なゆさぶりをかけられて、何かが切れたのかもしれない。自分が何をするのかわからない、子供のような頼りなさがしていた。
魔理沙は、妖夢をなだめてやりながら胡乱な目をしていた。
(だから、もっと自分を疑えっていうんだ。どいつもこいつも)
妖夢の髪を撫でながら、魔理沙はつぶやいた。腹立ちまぎれに。
(どいつもこいつも。何かをするまえに、そういうことを考えることのできない奴は、愚かと言われても仕方がないじゃないか)
またそれがどれだけ上手にできたとしても、そのなかに自分を疑ってみるということを含めないのなら、それもまた馬鹿と言われても仕方がないではないか。
自分が、いったいどんな考えで、それをやろうとしているのか、それがどんな結果をもたらすのかを、常に考えて行動しないとならない。それだけでも本当に簡単ではないというのに。
(だっていうのに、誰も彼も、なぜそんなに自信を持っていられる? 当然のように思いこんでいることは、実はとんでもなくねじくれまがった末に自分で思い込ませただけの、そういう常識かも知れないのに)
疑わないとならない。
疑わないとならなかった。
それは、当たり前のことだ。
魔理沙は思った。当たり前のことだ。
まさかこの世に、絶対に信じられる、そんな永久不変のものがある、などと、本気で信じているわけではあるまいに。
(……)
魔理沙は、霊夢のほうを見た。霊夢は、もうこちらに背を向けていた。
別段急ぐこともなく、ゆっくりと飛んでいくのが見える。どこへ、というわけではない。
ただ空の高いほうへと上がっていくようだった。魔理沙はそれをじっと目で追った。
空はよく晴れた数日に比べ、少し雲が出ていた。まだ昼すぎほどか、と思い、魔理沙はふとなんの前触れもなく、空腹を感じた。
これはこれでありだと思いますがすごく惜しい。
生き残った彼女たちの行方が見たいです。
読んでて面白かったです。
続きがあれば読みたいなぁ…とか
物語を壮大にし過ぎた感MAXです。
続編楽しみにしていますよ~
素人の私には何が凄いのかはわからないがとにかく凄い
これだけ長々とやって、新しい法則を発見した中学生みたいな、
「人間はいつ死ぬか分からない」程度のことを言いたかっただけ?
く、くだらねぇー……
何も解決してないような…。
読んでる途中で「残りこれで終わるのか?」って思ってたけど…。
結局何故霊夢がこうなったのか、紫が何をしているのかその他etcetcが丸投げのままのような。
思わせぶりながらあっさりと、でも店ではなく『何故か』無縁塚で死んでいた霖之助
霊夢が神奈子との戦いで使用した草薙の剣と思われる剣
結局登場せず、幻想郷の惨状、今の霊夢の姿をどう思っていたのかわからないままの紫
そうなった『きっかけ』や『過程』の説明もなく、どのような思想・思考の基動いていたのか最後まで何一つ語られることなく妖怪たちを殺していった霊夢
妖夢たちが乱入してくる前まで無駄を承知で『何か』しようとしていたのに、結局『何も』しなかった魔理沙
謎は最後まで明かされることが無く、寧ろこの話で更に増え、事態は解決の糸口も見えない、どころか魔理沙の考えが正解なら解決方法などなく、事件の全容もわからないまま終わってしまった
前作まで「この先どうなるのか!? 霊夢は何でこんなことを!?」と心躍らせていただけに、今回の終わり方はとても興醒めしました
戦闘シーンなどの描写が良いだけに、とても残念でした
となると、東方が滅びた後に無力な巫女を
無力な少女4人が殺しに行くのかしら?
これで完結だとしたら……orz
確かに、ストーリーとしては中途半端間が否めないが、
個人的にはその話の中で完結してしまっている物語も良いが、
話を終えて、それでもその物語は続くのも良いと思う。
今回、作者さんが書かれたかったものが、《絶望》なのか、《無力》なのか、それとも特に何も考えていなかったのかは読む人読む人で解釈が変わってくると思う。
それを考えるのがとても楽しい。
最近見なかったタイプなだけに、とても心に残ったと思う。
続きがあれば読みたいし、無くても自分は十分過ぎるほど満足した。
改めて通して見ても『まだ戦闘(蹂躙)が続くのかー』という感が拭えない。
描写がすごいのは判るのですがもう少し戦闘以外の描写をしてメリハリをつけてもらわないと
素直に盛り上がれないというかなんというか……
区切る以上、区切りの中でのまとまりというか区切ったなりの抑揚はつけてほしかった
例えるなら、トラックが別なのに同じ曲調が続いたまま終わってしまった感じでしょうか、ちょっと残念。
長編というより短編を長く薄っぺらく引き伸ばしたようなお話。
何か賢そうな事を考えて周りの奴等に批判的な目を向けてはいたけど、作中で具体的な行動は何も起こさなかったマリサや説明されなかった多々の事柄、結局何が書きたかったのやら。
何も考えてなかったのか、途中で息切れして気力が萎えたのか。
狂言回しの行動で馬鹿の考え休むに似たり、って事を伝えたかったのなら成功してるかもしれない。
これがオチならガッカリだけど続きがあるならワクワクするだろ?