Coolier - 新生・東方創想話

クワイエットルームへようこそ

2010/07/10 17:52:07
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【アリスの家】

 作業台に向かって丸めていた背を伸ばし、椅子の背もたれに体重を預けた。きしきしと
椅子の接合部が軋む音を聞きながら、首を曲げて窓を見やる。窓からは、もう随分と傾いた
月が顔を覗かせて、室内を煌々と照らしていた。
「……ふわあ」
 あくびが出た。思えば、ここ三日程睡眠を取っていない。ある画期的なアイデアが浮か
んで、どうにかそれを実装しようと四苦八苦していたのだ。そして苦労の末、後は仕上げ
をするだけで完成というところまで、漕ぎ着けることが出来た。
「ふわ~ぁ」
 それで緊張が緩んだのだろうか、立て続けにあくびが出た。いくら眠らずとも問題ない
体だといえ、さすがに三徹は堪えたらしい。丁度良い。仕上げをするのは日中にしたいと
思っていたところだ。熱い紅茶でも飲んで。休むとしよう。立ち上がり、扉へと向かった。
 扉を押し開いて研究室を出ると、見慣れた、しかし、ここ三日ほどご無沙汰だった居間
の風景が目に飛び込んでくる。居間といっても、机が一つに椅子がいくつか、それと壁際
に食器棚があるだけの小さな部屋だ。机を挟んだ向こうにあるのが玄関。右を向けば、薄
手のカーテンで区切られた向こうにキッチンが見える。そちらへ向かって歩き出すと、今
まで体で支えられていた扉が、パタンと音を立てて閉まった。そして、カチリ、と施錠さ
れる音がする。パチュリーの図書館で読んだ外界の小説からヒントを得た、手製の魔法錠
だ。「オートロック」とかいう仕掛けを、からくりではなく魔法で実現したものだ。私の
魔力の波長を感知したときのみ錠が開くため、鍵が必要ない。さらに術式自体をいじられ
ないよう、暗号化の上に防護術式を張り、その上物理的な衝撃も一切扉を透過しない。も
ちろん、扉が破壊されることもない。窓にも仕掛けがしてあり、あれは外から見ても壁に
しか見えない。魔法使いたるもの、自分の研究を他人に知られることは絶対に避けなけれ
ばならないのだ。
 ……そういえば魔理沙の家に招かれたときは驚いた。変なものを集めては家に持ち帰っ
ているのは知っていたが、まさかバリケードとして使用しているとは思わなかった。主に、
足の踏み場がない、という意味で。
 顔の高さくらいしかないカーテンを片手で払い、キッチンへ入った。薬缶に水を張り、
火にかける。コンロの上の棚に手を伸ばし、紅茶の缶を取り出した。お湯が沸くまでする
こともないので、私は白み始める東の空を眺めていた。
 淹れたての紅茶のポットとティーカップを持ち、キッチンを後にした。寝室は研究室の
隣、キッチン側にある。扉を開け、ベッドの袖机にティーセットを置いた。もちろん、こ
ちらの扉も魔法で施錠してある。もちろん玄関もだ。この家に入ってこれるのは、私か、
私が客として認めたもの、もしくは――他人が掛けた錠の魔法を解除できる、私より高位
の魔法使いぐらいのものだ。あまり考えたくないけど。紅茶を蒸らしている間、少し本棚
の整理でもしておこうか。腰掛けたベッドから勢いを付けて立ち上がり、四方の壁取り付
けられた本棚の一つに向かった。研究室ではなくこちらに収納しているのは、ひとえに本
の保護の為だ。昔はすぐに手の届く研究室に本棚を置いていたが、あるとき試薬が爆発し
てしまい、貴重な本から何からが使い物にならなくなってしまったのだ。その事故の後、
私は生き残った本を全て寝室に移した。それから数年。壁の一面だけだったはずの本棚は
本の増加に従って、ついに窓とドア以外を埋め、居間にも進出するまでになった。
 そろそろ、書庫の増設を真面目に検討すべきかもしれない。そんなことを考えながら、
はたきで本棚の埃を一列一列、丁寧に落としていく。
――カタン
 小さな音が聞こえた。何か作業していれば聞こえないほどの、不自然に小さな音。まる
で誰かが、音を立てないように歩いていて、つい何かにつまづいてしまった――というよ
うな。だから逆に、それが耳についた。
――私より高位の魔法使いぐらいのものだ――
最悪の想像が脳裏をよぎる。音を立てないよう細心の注意を払いながら、戦闘人形団を棚
から呼び寄せて、自分は居間につながる扉へ近づいた。
 扉に手をかける。一度大きく深呼吸をして、扉を開け放った。同時に索敵用の人形を数
体、部屋中に飛ばす。範囲内の魔力、体温を感知し、魔力の糸を通して本体である私に報
告するだけの簡単な仕組みだが、戦闘用人形とあわせて使えば、こういう範囲制圧には大
きな効果を発揮する。報告が送られてくるのを感じ、私は分析を開始した。

Aユニット:魔力,アリス・マーガトロイド:室温,一定
Bユニット:魔力,アリス・マーガトロイド:室温,一定
Cユニット:魔力,アリス・マーガトロイド:室温,一定
Dユニット:魔力,アリス・マーガトロイド:室温,一定

(……居ない!?)
 感知された魔力は、私のもののみだった。なんだ、私の勘違いか……。部屋の中ほどま
で出てきていた私は、自分の目で見ても何も居ないのを確認して、ほっと肩をなでおろし
た。徹夜続きで疲れていたんだろう。本当は睡眠を取らなくても生きていける体だけど、
いつもはきちんと寝ているので、たまにこういうことがあると非常に疲れる。そろそろ紅
茶が美味しくなっている頃だ。展開していた人形を回収しながら、寝室へつながる扉へと
向かう。

 後頭部に衝撃が走った。レーダーには誰も……! 見落とした? そんな馬鹿な! 何
を……そうだ! 私の研究! 迎撃……! 私の意に反して、私の体は動こうとはせず。

 床が近づいてくる

 それきり、私の体は意識を手放した。

【此処は何処? 私は誰?】

 にぶい背中の痛みで目が覚めた。目覚めとしては最低と呼べるだろうその痛みは、私が
硬い床に横になっていたことを示していた。顔をしかめつつ上体を起こす。キシキシと悲
鳴を上げる身体を叱咤しながら、そこで私はようやく、閉じていた目を開いた。
 何も見えない。
「……ここはどこ? 私は誰? とか言ってみるテスト」
 動揺をごまかすために、軽口を叩いてみた。私の周囲を暗闇が包み込んでいた。何も見
えない。自分が何処に居るのか分からないことが、こんなに怖いとは知らなかった。何も
見えない。手探りで立ちあがって、手を前に差し出しながらそろそろと歩き出した。何も
見えない。なけなしの勇気を振り絞って、目の前の暗闇に声を放った。
「誰か、誰か居るの!?」
 返事はない。聞こえていて無視しているのか、聞こえるところに誰も居ないのか。それ
は、私の声を呑み込んでなお揺らぐこともない空間からは判別できない。恐怖で震える膝
を叱咤しながら、すり足で前に進む。
「ひゃあ!?」
 何かにつまずいて、悲鳴を上げてしまった。受身も取れず、顔面から床にぶつかる。
「いったぁ……」
 正直もう、立ち上がるのも嫌だったが、そうも言っていられない。最悪、自分が今、ど
んな場所に居るのかは確認したい。といっても、もう歩くのは怖い……。ためしに魔力を
使って飛行しようとすると、体は自然に宙に浮いた。幽霊かなにかのように両腕を前に突
き出しながら、ゆっくりと前進していく。少しも進まないうちに、壁のようなものに手が
触れた。どうやら変哲のない、ごく普通の材質のようだった。左を向いて、壁に右手を付
けたまま進み始める。しばらく進むと、壁紙の感触が途絶えた。他と違い壁紙が張られて
いないそこは、どうやら扉のようだった。
「誰かいませんか!? 誰か!」
 しかし、押しても開かないし、、引くためのノブも無い。どんどんと扉を殴りつけるが、
それはびくともしない。本当に扉なのか? そう思ってみても確かめる術など無い。
 どの位叩き続けただろう? 叩き続けた両のこぶしが擦り切れてしまった。返事も無い
し、開く気配も無い。ここに張り付いていても、埒が明かないだろう。そのまま壁に沿っ
て歩き出した。

 数十分後。私はまた、さっきの扉の前に座り込んでいた。調査の結果は、想像以上に残
酷なものだった。部屋の中にあったのは、一組の机と椅子のみ。窓も無ければ、他の出入り口も無い。
 なぜだか、無性に疲れた。暗闇の中、一人で閉じ込められているこの状況。気を張って
いなくてはならないと、頭では分かっていても、何も起きない、何も出来ないのならば増
すのは徒労感ばかり。この扉の向こうには誰かが居るのだろうか? 寄りかかりながら
ゆっくりと立ち上がり、もう一度呼びかけてみる。
「誰かいませんか!? 誰か!」
 返事は無い。しかし、ここでやめても、何も始まらない。擦り切れたる両手で、叩き続
ける。叩き続ける。返事は無い。

 何十時間、いや、何日が経過したのだろう。叩いては休み、休んでは叩き。無力感を感
じながらも、私は叩き続けた。のどからは既にヒューヒューとかすれた音しか出ず、腕も
もう、ほとんど動かない。疲労からか、思考が纏まらない。体が動かない。
――もうだめだ
 大の字になって、見えない天井を見上げる。もう疲れた。眠ろう

【アリスの家(玄関前)】

「こじ開けたとは聞いていたけど、なんでここまでするのかしら……?」
 私の隣でそっぽを向く魔理沙を軽く睨む。彼女はそっぽを向いて、口笛まで吹きやがっ
た。
「仕方ないだろう? 返事が無いから窓から覗き込んでみれば、アリスが頭から血を流し
て倒れてるじゃないか」
「だからって、玄関ごと吹き飛ばすことはないじゃない」
「動揺してたんだよ」
「……はあ」
 まあ、そういうことにしておいてやろうか。とった手段に異論はあれど、私を助けてく
れたのは事実なのだから。そうなのだ。私が倒れた日の朝、我が家を訪ねてきた魔理沙は
私を発見し、永遠亭まで運んでくれた。治療を受けながら聞いた話では、私の横には分厚
い魔道書が散乱していたらしい。置き場がなくなったからって、あんなところに置いた私
が馬鹿だった。大事をとって今日まで入院していたが、侵入者は居なかったらしい。
「セキュリティは万全だぜ。なにせこの霧雨魔理沙様謹製の防御術式だからな!」
 確かに良く見れば、結界らしきものが張ってある。
「ああ待て待て今解除するから」
 しばらく待っていると、パチン! と小気味良い音を立てて、結界が消滅した。元・玄
関をくぐって中に入る。どんな悲惨な状態になっているかと覚悟をしていたほどひどくも
無く、ほっと胸をなでおろす。倒れたと思しきところには、血痕がこびりついていた。……本が無い。
「ちょっと魔理沙ー? 本が消えているのだけど?」
 ……。
「魔理沙?」
 返事が無いのを不審に思って振り返ると、魔理沙が消えていた。あいつ、また人の本を……!
言えば何冊か譲っても良かったのに、盗んでいく辺り奥ゆかしいというか盗人猛々しい
というか……。正直に言えば今回は感謝しているので、このくらいの狼藉には目をつぶろう。

 あらかたの片付けも終わったところで、ふと思い出した。作っていた人形の仕上げをし
ようとしていたんだった。製作中の人形の、最後の工程。そう、眼を付ける作業が残って
いる。今は研究室の机の上で、主の帰還と完成を心待ちにしているはずだ。心はまだ、無
いだろうけど。いつか、私が自律人形を作れるようになったら、全ての人形に心を与えて
やろうと思う。研究室の扉に近づく。扉に触れて魔力を込めると、カチリ、と開錠を意味
する音が鳴った。



 研究室に一歩踏み込むと、足先に何かが触れた。立ち止まって見下ろすとそれは、人形
に見えた。人形のようなそれの両腕は擦り切れてぼろぼろになっており、そして、目がつ
いていなかった。
 お久しぶりです。静かな部屋です。「なんかあったと思ったら、何にも無かった」「何にも無いと思ったら、なんかあった」というのが、幻想郷だと思っています。本人にとっては大事でも……というやつです。以上です。
さとうとしお
[email protected]
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コメント



0.620簡易評価
7.80名前が無い程度の能力削除
とてもドキドキしてアリスが無事でホっとしました。
キシキシというところで何となく気がつきましたが、まさか目がまだついてなかったとは。
9.無評価静かな部屋削除
>>7 様
まずは、感想をありがとうございます。
僕の実力不足で誤解をさせてしまったようですが、最初のパートはアリス視点です。
大変申し訳ございませんでした。

また、ドキドキしていただいたとのことで、狙った効果が出せていたようで僕もほっとしております。
12.80名前が無い程度の能力削除
臨場感は出てたと思うのですが、安直な気がする。
【アリスの家(玄関前)】に至って「え、それで終り?」という肩透かし感。
もうちょっと話を広げたらよかったのかも。

書く技量はあるのにポイントが伸びない典型な気がします

改行を入れて読みやすくしては?
話をもちょっと展開して奥行あるストーリーを書いてみては?
20kb~40kbぐらいで。

自分の場合、10kb切ってるとお気に入りの作者さんか、
高ポイント、多コメまたは気になるタグがついてるかでないと
倦厭してしまいます

なんかいろいろ損してる気がするので次作がんばってください
13.無評価さとうとしお削除
>>12 様
感想・アドバイスありがとうございます。
確かに、アリス視点や、発見してからの人形の話など、広げられる点はあったかもしれません。
次作以降、ご指摘いただいた点や改行に気を使って書いてみることにします。