Coolier - 新生・東方創想話

七夕の日

2010/07/08 05:32:02
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「おーい、香霖。笹無いか笹」
「何だ君は唐突に」

 うだるような夏の日。すっかり南の方へと太陽が昇った頃に魔理沙は香霖堂にやってきた。店主の霖之助はいつものように来ない客を期待しながらも冷えた麦茶を飲みながら今日来た新聞に目を通している。
 入ってきた魔理沙は店の中の相変わらずの埃っぽさにわざとらしく咳き込みながら、じとりとした目で霖之助を見る。

「なんだこんないい天気なのに、不健康な奴だな」
「わざわざ暑い暑いと言いながら外に出る事もないだろう。必要性も無いんだから」
「やれやれ、効率やら必要性やらで生きてる奴は面白くないな。ともかく私にもそれ寄こせ。外はやっぱり暑い」
「居間の氷室」
「よし来た」

 霖之助の座っているカウンターを軽くひょいと乗り越えてその裏にある居住スペースへと掛けていく魔理沙。その動きは完全にこの店の構造を熟知した上での動きだった。
 魔理沙が霖之助の視線から消えると、霖之助はやれやれといった風に一つ溜息を吐いた。こんなに暑い日だというのに相変わらず元気な奴だと心底思う。昔から変わっていないところがらしいと言えばらしいのだけれど。
 今の奥の方で豪快な麦茶を飲む音が聞こえた。女の子ならもう少しそういうところに気を使えとも感じつつ、この暑さでは無理も無いとも霖之助は思っていた。
 唐突な嵐の襲来も気にせず、再び霖之助は麦茶を飲みながら新聞に目を通し始めた。別に契約もしていないのにも拘らず朝になると唐突に投げ込まれるので何だか読むのが日課になってしまっていた。滅多に魔法の森の出入り口から動かない霖之助にとって、人里の情報は多少なりとも目を通しているが妖怪の山に関する情報は余り興味無いと思いつつもしっかりと目を通す。折角だから読んでやろうという、ちょっとした貧乏性が働いている。

「こうりーん」
「何だい」
「コーラ入ってるけどこれも飲んでいいのか?」
「……一本だけだぞ」
「へっへ、悪いな」

 小気味のいい空気の抜ける音が居間の方から聞こえてきた。そのあと、まるで酒を飲んだ中年の男性のように息を大きく吐く魔理沙の声まで聞こえてくる。

「行儀悪いぞ」
「誰も見てないんだからセーフだ」
「声が聞こえたらどうしようもないと思うがね、この場合」

 悪態をついてみるが、特に返事は無くただコーラを喉に流し込むような音がごくごくと耳障りなほどに霖之助の耳に届くだけだった。
 店の外には蝉も鳴き始めている。じーじーとなく油蝉の声がどことなく風流を醸し出しているようであったが、どちらかと言えば煩いという素直な感想の方が強かった。

「ああそうだ香霖」
「今度はなんだい」
「さっきの話だけど、笹は無いか笹は」
「またその話かい。笹が一体何に必要だって言うんだ?」
「ばっかお前、今日が何の日だと思ってるんだよ」

 そんな事を言われても今日が何日かを全然把握していなかったので、ううむと素直に唸る霖之助。こういう風に日常外にも出ない上に出る用事も無く、特に日付によって何か特別な事が起きるわけでもないので今日という日がいつなのかを最近把握できなくなっている
 少しばかり反省をしながら、今見ている新聞の事を思い出した。これになら今日の日付が書いてあるかもしれない。そう思って新聞の上方を確認してみた。
 ――日付を見て、魔理沙の言っている事にようやく納得がいった。表情が少しだけ、綻ぶ。

「七月六日――なるほど」
「おう、だから笹だ」
「笹よりも願い事を書く短冊はちゃんとあるんだろうね?」
「お、そうだったな。それもくれ」
「……やれやれ」

 新聞を改めて構え、どっしりと椅子に深く腰を下ろし直す。
 今年もそう言えばもうそんな時期が来たのかと思いながら、少しだけ霖之助は笑った。こんなくらい魔法の森の入り口からでは空はよく見えないが、珍しく光が差し込んできているところを見ると大分晴れているのだろう。
 今日は天の川が良く見えそうだ。たまには人間の里に行くのもいいかもしれないと霖之助はふと思うのだった。

「香霖は何か願い事とかないのか?」
「この歳になるとそんなにないね、少なくとも自分の為の願いは」
「じゃあ香霖の分の願いも私にくれよ」
「……贅沢な奴だな、君は」





 七夕の日





 すっかり日は落ちて、月が空に昇り始めていた。
 満月とはいかないが、少し欠けたぐらいの立待月と言ったところだろうか。

「あの辺りの星は何て言うんです?」
「んー、ちょっと待って……あぁ、あれがわし座、かしら。あの中央辺りにあるのが彦星らしいわ」
「それじゃあ近くに織姫もいるって事ですか!」
「あくまで星だけどね」

 闇夜に揺れる、銀色の髪。二人の銀髪の少女が空を眺めながら互いに指を空に向かって差し合って、星の名前を話している。主に興味深そうにしているのは背の小さい銀髪の少女で、背の高い方は本を見ながら小さい方に星の名前を教えているようだ。
 その身長差はパッと見て大人と子供ぐらいにある。傍から見れば姉妹にも思えるかもしれない。

「お茶、入りましたよ」
「あっ、阿求さん」
「これはどうもご丁寧に」

 後ろから突然声をかけられて、背の小さい銀髪の少女、魂魄妖夢は少し驚いたように振り返ると物腰丁寧に少しぎこちなく、差し出されたコップに入った麦茶を手に取った。もう一人、背の高い銀髪の少女、十六夜咲夜はというと突然の事にも非常に冷静に物腰柔らかに大人しく差し出されたものを受け取る。
 二人に麦茶を渡した稗田阿求はそんな様子を見てくすくすと笑う。

「随分と楽しそうですね、お二人とも」
「あっ、いえ、そんな事は」
「この子、一度興味を持つと割と知りたがる子なのね……意外な一面を見た気がしたわ」
「いや、そのですね……はい」

 冷静に僅かに微笑みながら言う咲夜に対して、その言葉に何だか恥ずかしそうに俯く妖夢。

 博麗神社の七夕の日。
 普段は七夕なんていう物に縁は無い博麗神社だが、今日は魔理沙が博麗神社に集まって七夕という名目で適当に飲み会をしようなんて言い出したものだからこうして数人が今博麗神社に集まっていた。
 とは言う物の、肝心の魔理沙がまだ来ていないので妖夢は咲夜に頼んでしばらく星の観察をしていた。

「それにしても、咲夜さんはよく今日来れましたね。来るにしてもてっきりレミリアさん付きで来るかと思ったものですが」
「たまには、って事で休暇出されたの。今日のお嬢様のお相手は美鈴に任せてきたわ」
「おや、結構信頼なさってるようで」
「あの子、私よりお嬢様との付き合いは長いのよ。問題ないですわ」

 そんな風にわざとらしく、道化めかして冷静な表情で微笑んでみせる咲夜。
 阿求がこうして咲夜と話すのは割と久しぶりであった。普段から滅多な用では人里に来ない上に、酒飲みなどで神社を訪れる際には基本的にレミリアに付き従っている事が多いからだ。昼間に来るときは買い物用事で一人だけなのだが、その際も余り人里にいる事は無くすぐに紅魔館の方へ戻っていってしまう。
 まともに会話をしたりするのは幻想郷縁起を作る際に似顔絵を描いた時以来だろうか。

「それにしても、貴女もこんなところまでよく来られるものね。割とこの神社、人里から遠いわよ」
「あぁ、いつも魔理沙さんに連れてきてもらってます。最近は割と箒の後ろに乗るの、癖になってきちゃったぐらいで」
「へぇ……話に聞いてるよりずっと活動的じゃない」

 そう言いながら咲夜は微笑む。
 実際阿求にとっても、咲夜は余り掴みどころのないどう喋っていいかわからない人だと思った。けれど妖夢が余りにも妹のように普通に接し、それに対して少しあっさりしながらもちゃんと付き合っている彼女を見ているとなんだが心が和む。
 割と普通の女性なのかもしれない。そう思うと、少しだけ会話をする気持ちが出てきた。

「……そう言えば、その魔理沙はどうしたんです?」
「ああ、今日の朝に私を神社に送り届けてからしばらく顔を見てないんですよね。確か笹を持ってくるとか言って出て行ったんですが……」
「七夕だものね。笹は必要だと思うけど……それにしても長すぎない? もう夜よ?」
「ですねぇ……まだしばらくかかりそうですかね」
「……全く、言いだしっぺがこれですか。魔理沙さんも相変わらずですね」

 やれやれ、と言った風に肩をすくめると阿求は社の方へと歩いていく。

「もうしばらく待っていただけますか、二人とも?」
「ああ、全然大丈夫よ。魔理沙が言いだしっぺって時点でそんなに時間通り行くなんて思っても無かったしね」
「あはは、よくわかってらっしゃる」
「あいつらとの付き合いも結構長いですもの。しばらくはこの子の知的欲求を満たすお付き合いをしてる事にしますわ」
「へっ」

 そう言いながら咲夜が妖夢の頭をポンとたたく。予想外の行動だったのか、妖夢は顔を真っ赤にして目を見開き呆然と二人を見た。
 阿求はそれを見ると微笑ましく笑う。まるで、本当の姉妹みたいだと。

「それじゃ、私はちょっと霊夢達の様子を見に行きますので」
「ええ。また後でね」
「はい」

 一礼をして、丁寧に軽く頭を下げる咲夜。妖夢もそれを見てつられて頭を阿求に向けて下げた。そんなところもまるで姉妹らしい。阿求も軽く一礼をすると振り返り、社の中へと戻った。
 外の静けさに比べ、社の中は割と大騒ぎだった。

「あーちょっと霊夢さん……それ、調味料入れ過ぎじゃないですか?」
「そうかしら。割と私これぐらいの方が好きなんだけど」
「あんまり塩が多すぎると塩分過多で危険ですよ。これ以上は禁止です」
「んなっ、ちょっと日本の味をそんな簡単に取り消されてたまるもんですか!」
「ああもうっ、いい年して親父くさい味が好きすぎるんですよあなた達はっ!」
「お酒を美味しく飲むコツよそれはっ!」

 台所前で二人して争う二人の巫女の姿。片方は具体的には巫女とは違うが、まぁ似たようなもんでしょと霊夢は常々語る。
 博麗霊夢と東風谷早苗の些細な味好みによる謎の戦いが台所では繰り広げられていた。調味料の瓶を早苗が奪い取り、それを取り返そうと必死に台所で大げさに飛び回る霊夢の姿がある。今現在台所で火を直接取り扱っている事などどうでもいいと言わんばかりの暴れっぷりだ。
 阿求は先程の平和的な銀色の髪の少女立ちの光景を思い出し、表情を崩す事なく冷や汗を一つ流した。
 わぁわぁぎゃあぎゃあと、いい年をした女の子が二人いるだけだというのにこの騒ぎっぷりはどうした事なのだろうか。もう少し落ち着いてほしい。

「あのー」
「大体ですねぇっ、お酒を飲む事ばっかり前提でどうするんですか! こんな若さからずっとお酒なんて飲んでたらいけません! 飲むにしたって量の制限とかそういうのがあるじゃないですかっ!」
「お、お酒が必要無いっていうのあんた!? 非国民だわ非幻想郷民だわ! 日々の仕事の疲れを癒す一杯のお酒、アレを大事にしないでいったい何を大事にするっていうのよ!?」
「そのー」
「いい年した女の子なんですからそれ以外にも楽しみなんていくらでもあるじゃないですか! 普通に女の子同士語らうだけでも違うと思いますよ私! ええ違うと思います!」
「ただ話すにも色々必要なのよ! 互いに言いたくない事を無理に心に押し留めるなんて事をしないで、素直な自分になって全てちゃんと話すようにする為にはそれなりの条件とか大事でしょ! 心の開放、身体の癒し、それ即ち酒の道理なり!」
「えっとー」
「大体みなさん20歳にもなってないじゃないですか! 特に妖夢さんなんて若すぎます!」
「若くても今の内から飲めるってのは大事なのよ! ここにいるとどれだけ飲まされるのかもわからないんだから!」
「……」
「青少年の飲酒絶対反対!」
「疲れを癒す少女に酒を!」

 バンッ、と大きく社を震わすような音が二人の耳へと届いた。
 余りに大きな音だったため、二人とも思わずその行動の手を止める。

「お二人とも……遊ぶのは結構ですけれども、お食事の準備は出来ているのですよね?」

 社の柱に大きく凹んだような跡が見えた。
 明らかに、今一瞬の間に付けられた新しい傷だった。表情を変えることなく笑顔でずっと微笑み阿求の姿が、彼女達の瞳に映る。
 余りに変わらぬ氷の笑顔に、霊夢と早苗の表情も凍りつく。

「あ、ああ、はいはいはい只今お米を炊いている最中ですしばらくお待ちください!」
「い、いやね、素麺と冷やし中華両方準備してるわよちょっと待っててね!」
「全く、手間をかけさせないで下さい……魔理沙さんが帰ってくるまでにちゃんと作っておくんですよ」

 そう言うと阿求はゆっくりと歩いて居間の方へと戻っていく。
 阿求の姿が見えなくなると、霊夢と早苗は二人とも互いを睨み付け合うようにして再び対立しあった。

「ほらぁ、あんたが調味料なんてとるもんだから阿求に怒られちゃったじゃないの!」
「私のせいじゃありません! そもそも細かい事に拘りすぎなんです霊夢さんは!」
「言うじゃない!」
「言いますとも!」
「あらまた喧嘩ですか」
「「そんなことないですとてもなかよし!」」



 ***



「はい、西瓜よ」
「あらサービスの良い事」

 日もすっかり暮れ、月のみが空に姿を見せている。いや、それ以外にも空には溢れんばかりの星が姿を見せていた。
 ここ数日は雨が続いていたためこの七夕の日も星が見えない物かと思えていたが、もう随分とはっきり星が見えるようになっている。綺麗な天の川が中空に流れるように漂う姿は、どこか神秘的ですらあった。
 阿求は妖夢や咲夜と共に縁側に出て星を眺めていると、霊夢が切り分けた西瓜を持ってきたのでそれにむしゃぶりつく。わざわざ小さめのを用意してくれたらしく、随分と食べやすかった。

「まだ早苗さんは料理の方を?」
「ええ。というか私もまだ仕事残ってるんだけどね。魔理沙帰ってくるまでは食事も出来ないし、?ぎとしてこんな物しか出せないけど」
「十分ですよ。わざわざありがとうございます」
「仕事、まだあるなら手伝いましょうか?」
「冗談、来てくれた客人に手伝わせるなんて家主の恥晒しだわ」

 そう言うと霊夢は立ち上がり、自分の分の西瓜を一口で全部食べるとぽいと持ってきたお盆の上に皮をピンポイントで投げながら振り返り社の中へと戻っていく。見事お盆の上へと、皮の方を下にしてバランスよく乗ったのを見て三人が感嘆の声を上げる。

「相変わらず変なところで多芸ですねぇ……」
「……魔理沙、遅いですね」
「いつもの事よ。貴女も西瓜食べたら?」
「いや、魔理沙も食べたいんじゃないかなって思うとまだ食べる気になれなくて」
「へぇ、随分と友達思いだこと」

 妖夢がそんな風に魔理沙を気遣った発言をすると、咲夜は思わずからかうようにしてそんな事を言った。そうしてからかわれた物だから逆に顔を赤くして、空を見て誤魔化す。

「べ、別にそういうわけじゃ」
「良いわ、私も折角だから食べるの我慢しようかしら」

 そう言うと、咲夜は食べようとしていた西瓜を盆の上に戻す。
 妖夢が呆気にとられたような表情をして、咲夜の事を見る。

「さ、咲夜さん?」
「ただ何となくね。あいつ、先に食べてるなんてこと知ったら絶対に怒るじゃない」
「……同意です」
「下らない事でいちいち何か言われたくもないしね。しかも遅刻した奴に」
「絶対、遅刻した事なんてなんとも思わずに来ますよ。魔理沙の事ですから」

 そう言って、二人で笑い合う。
 まるで彼女が直ぐに来るようなことがわかってしまっているように。彼女らと、長い付き合いだからこそ分かっているその感覚。
 遠巻きに見ていて、阿求は何だか彼女達の関係にあこがれる。

「なんだか」
「うん?」
「羨ましいです、皆さん」

 素直な、感想。
 友達と呼べる者は、霊夢ぐらいしかいなかった。そんな阿求にとって、こんな風に信じられ、一緒に笑いあえる友。それが居るというだけで、心底羨ましくて。
 思わずそんな事を言ってしまった自分を考え、はっとなる。咲夜も妖夢も、不思議そうな瞳で阿求を見つめ、阿求の顔が少し赤く染まる。

「あ、あはは。何でも無いです、戯言ですよ、ただの」
「あんまり、私もこの子達と一緒にいられる時間は少ないけども」
「え?」
「私は、友達歓迎よ。いつでもね」
「うわ、なんか咲夜さんらしくない」
「喧しいわよ半人前」

 その言葉が妖夢の逆鱗に触れたのか妖夢が咲夜の首を締めるようにして絡み付こうとするが、大して力も無いので瀟洒は気にも留めずとのまま捕まえさせておいてやった。
 阿求は先程の咲夜の言葉を頭の中で反復して考えながら、ふとそれを理解して気持ちが動転する。

「え、いや、その……!」
「友達、なりたくない?」
「そういうわけじゃっ」
「じゃあ今日から貴女と私は友達よ。宜しくね、阿求」

 そう言いながら、咲夜は手を差し伸べてくる。
 正直なところ、阿求にとっては予想外だった。気難しく、何処か達観して付き合い辛い人なのではないかと心の中で考えていたからだ。妖夢が仲良くしているのを見ても、やはりその気持ちはぬぐえなかった。
 けれど、その手はこちらに向かって確かに差し伸べられている。白く細い指、長い腕に綺麗な手。普段紅魔館の家事を全部一人でやっていると聞いているが、そうとは思えないぐらいに美しくて。それを握る事すら躊躇われるほど。
 余りに阿求が何もしない物だから、咲夜は少し困ったように首をかしげてしまう。そんな様子を見て、ようやく阿求は自分の手を差し出した。
 その咲夜の腕にも負けるとも劣らない、小さな細い腕を。

「はい、握手。これで、友達ね」
「……はい」
「強引かしら、このやり方だと」
「……かも、知れないです」
「やっぱり? 魔理沙に教わったんだけど、今後は使わない方がいいかしら」
「いえ、そんな事は無いですよ」

 阿求は、その手に感じる温もりを握り締める。
 暖かい、手だった。その手の暖かさは、他の人とまるで代わる事は無い。立派な、人間の手だ。
 結局自分が色眼鏡で彼女を見て、何か寄せ付けられない物を感じていただけで。彼女も立派な人間であることに変わりは無くて。

 咲夜が阿求を向いて、微笑む。そうしてその手を二人が承諾した上でそっと話した。

「昔ね、私も同じ気持ちだった時があるわ。初めて、幻想郷に来たぐらいの時にね」
「……」
「その頃って言ったら私には紅魔館の面子以外に話せる人もいないし、それでも少しだけそれでもいいって思ってた。昔はこれでも、色んな人から迫害されてる立場だったから、私みたいなのが他の人間と仲良くなるなんて何だか悪い事のような気がしてね」

 そう言って、中空を見上げる咲夜。
 天の川が、美しく夜空に煌めく。夜の主役はいつも月だと思われがちではあるが、今日は星も立派に輝いてその姿を見せていた。

「でも、寂しくないと言えば嘘だった。何か用事があって人里に行けば、奇異の目で見られてるのは解ってたもの。でもそんな時、異変が終わった直後ぐらいの頃にまた霊夢と魔理沙と出会う機会があってね。その時に、魔理沙にしてもらった事」

 友達という関係を口で言うのは、少しだけ恥ずかしくもあった。
 けれど、あいつらはそんなのを一切気にしなかった。過去に迷惑をかけた事があったにも拘らず。まるで、そんな事は初めから無かったとでも言いたげに。
 そうして咲夜は、二人と友達になって。今に至る。

「あいつらの事、友達だと思ってるわ、私は。あいつらがどう思ってるかなんてわからないけどね」
「きっと、思ってますよ。私は咲夜さんのこと、友達だと思ってますし」
「あらそう? 妖夢が言うなら少しぐらいは信用してやろうかしら」

 そう言って、背中で首を締めるように抱き着く妖夢の頭を軽く撫でる咲夜。
 阿求は思う。そういう風にして、言葉からでも友達になっていけるのだろうと。仲が良いから友達になるのではなく、友達になったから仲良くなっていくんじゃないかと。

「ね、今日から貴女も私の友達でいてくれる?」
「……そんな事言われて、断れるわけないじゃないですか、全く」

 阿求は咲夜に向かって、微笑む。
 そして今度は阿求から、その手を差し出した。

「友達、です」
「ええ、私たちは友達」

 そう言って、互いに握手を交わす。暑い夜に吹く僅かな夜風が、身体を鎮める。
 本当に、暖かい手だった。人の手。当たり前の事なんだけど、何故か不思議な気分で。
 これから、彼女の事を知り、彼女に自分の事を教えていくんだろう。そうして人は、友達になっていく。そんな当たり前の事を、阿求は今更理解した気がした。

 刹那。
 世界に、星が溢れた気がした。
 空を覆い尽くさんばかりの綺麗な星が一気に溢れかえって、世界を埋め尽くす。



 魔符「ミルキーウェイ」



 見た事のある、弾幕だった。
 知る人が見ればそれはただの、星形の弾幕の筈なのに。けれどそれは美しく、空に輝く。
 超高速の彗星。彼女は星と共に現れる。
 誰もが、彼女を待っていた。その速さで神社へと高速で向かって来て――直前で、止まる。
 闇夜に溶ける黒い魔女は、太陽のような笑顔でやってきた。

「いよぉっ! 元気にしてたかっ!」
「待ちくたびれました」
「待ちすぎて疲れました」
「もっと早く来なさい」
「……何でぇ、冷てえな、反応」

 とんっ、と箒から降りて不機嫌そうに唇を尖らせる少女。魔法使い霧雨魔理沙。
 彗星のようにやってきて驚かせるは良いものの、そこにいた三人とも非常に暖かくない出迎えであった。

「もっとこうさー、折角七夕の準備を一人でせっせとした健気な魔理沙ちゃんに優しい言葉の一つも無いもんかね?」
「情報伝達遅すぎ」
「遅刻常習犯」
「喧しい」
「最後のは今はどうでもいいじゃねえか」

 突っ込みも忘れず、であった。
 不機嫌そうに頭をかく魔理沙。そしてその魔理沙の姿を見てふと疑問が浮かぶ阿求。

「……というか魔理沙さん」
「あん? なんだよ」
「七夕の準備をしてくるといった割に……笹は、どうしたんです?」

 七夕の準備で魔理沙が一番最初に追った役割は、笹を持ってくるという事だった。
 なのにも拘らず、あるのはいつも通りのってきた箒が一本といつもの帽子だけで特に目立った何かを持ってきている形跡は見られない。
 三人はジト目で魔理沙の事を見る。魔理沙もさすがに三人一声に見られると辛い物があるのか思わずうげっと声を上げると一歩下がった。

「ば、馬鹿言うない。ちゃんと持ってきたよ」
「どこに」
「やー、もうそろそろ来ると思うんだけどなぁ」
「持ってこれなかったらその箒を笹として使うわよ」
「んなっ、冗談じゃないぜこの私の魔理沙ちゃん八号を!」
「一体何本無駄にしてるんですか」

 そんな風に魔理沙に対して問い詰めるのを繰り返していると、神社の階段を上ってくる人影が見えた。その影は鳥居をくぐってこちらへ向かってくる。魔理沙はそれを見るとようやく満面の笑みを浮かべてそちらに向かって駆け出した。

「おー、ようやく来たか!」
「全く、久しぶりに外に出たと思ったらこんな仕事か……やれやれ」
「……森近さん?」
「おや、御阿礼の子に紅魔館の侍女、冥界の剣術指南役と勢揃いじゃないか」

 森近霖之助は、肩にそこそこに長い笹を数本背負ってこちらに向かって歩いてくる。縁側にその笹を下ろすと魔理沙の方に視線を向ける。非常に無理矢理付き合わされたような面倒そうな表情であった。

「はい、僕の仕事は終わりだ。もう帰るよ」
「あれ、帰るのか。折角だから飲んでいきゃいいのに」
「悪いけど今日はそんな気分じゃなくてね……それに、こんなに女性のお客さんが多いようなところだと浮きそうでね。もう少し静かな時に来させてもらうよ」

 霖之助はそう言うと使用した肩が少し痛んだのか肩をぐるぐると大きく回しながら神社の石畳の上を歩き帰路につく。
 そんな霖之助を見て流石に少し申し訳なく思ったのか、阿求が立ち上がるとその背中に声を投げかける。

「あの、わざわざすいません。魔理沙さんのせいで」
「君が謝るような事じゃない。今日は存分に楽しんでいくといいよ」

 そう言いながら手をひらひらとこちらへ向けて、そのまま闇の中へ消えていく。少しだけ感謝をするようにして頭を一つ下げた。相変わらず無愛想だなと思いながら、それでもわざわざ魔理沙の言う事を聞いて笹を持ってきてくれた事をありがたく思う。
 そうすると魔理沙はぱんっ、と合図をするようにして大きく両手を叩いた。

「よっしゃ! それじゃみんな早速笹に願い事でも――!」
「その前に、夕ご飯」
「ありゃ」

 がくり、と話の腰を折られたかのような気分でがくりと膝を落とす魔理沙。
 霊夢が大きな皿に麺を大量に載せて縁側でしゃべる四人の前に現れた。流石に夕刻も過ぎ周りも暗くなってしまっていると四人の空腹もそこそこに溜まっていたようで、それらの食事を見るとお腹の音を全員仲良く鳴らす。全員で何だか恥ずかしくなったように笑い合って。
 霊夢もそんな彼女達を微笑ましく眺めながら、社の中に入るように指示した。

「お替りはいくらでもありますからねー」
「お、早苗も来てたのか。てっきり来ないもんかと」
「失礼な! 神奈子様も諏訪子様も友人付き合いは大事だと言ってちゃんと送り出してくれました!」
「んあ、友達だったのか……」
「うわ、ひっど!」
「だ、大丈夫ですよ早苗さん。私は早苗さんの友達ですから!」
「うおお世知辛い幻想郷の世に舞い降りた一陣の奇跡ー!」
「はいはい解ったから食事にしましょうね」
「「「はーい」」」
(間違いなく一人だけ友達というよりは母さんの気が……)



 ***



「こんな感じでいい?」
「おう、いい感じじゃないか」

 食事を終えた六人は、笹をしっかりと立てるとそれぞれが魔理沙の持ってきた短冊に願い事を書き始めていた。
 七夕については魔理沙も詳しくわかっていないが、霊夢はみんなに六日の真夜中から七日の早朝にかけてを願い事を吊るす時期だと教えられたために現在六日の亥の刻となった現在、ちゃぶ台に向かって何人かが願い事を書き、魔理沙と咲夜が願い事を吊るす笹を取り付けていた。
 妖夢と早苗は筆を握り締めたままどんな願い事を書こうかとずっと悩んでいるようだった。霊夢と阿求はというとそれを微笑ましく眺めている。

「やれやれ、若い子は悩みが色々あって大変そうね」
「……霊夢が言いますか、それ」

 あんたもあんまり年齢が変わらないだろうと言いたげな視線を阿求は霊夢に送る。
 かく言う阿求も年齢自体は変わらないのだが、御阿礼の子という特異な身体がある為に考えがどうしても若さに行かない。

「そんな霊夢は願い事、書いたんですか?」
「実は食事前に」
「早ッ」

 ぴらり、と魔理沙が渡したのとは別の短冊を一枚取り出し、阿求へと見せた。
 紙には随分と達筆な字で願い事が書かれているようだった。

「……『今年は何もありませんように』?」
「私の心からの願い」
「相変わらずというか……」

 面倒くさがりないつもの霊夢の姿に、阿求は軽く小さな溜息を吐く。こういう姿を見ていると果たして本当にあの博麗の巫女として彼女を見ていい物かわからなくなるのだが、やる時はちゃんとやるだけに始末に負えない。
 そんな霊夢は、阿求がそんな風に溜息を吐くのを見ると阿求の目の前に置かれてる短冊を手に取った。

「んで、あんたは何を書いてるのよ」
「んなっ、ちょっと!?」
「……ふぅん」
「あー読まないで下さい恥ずかしいっ」

 阿求は取られた短冊を必死に取り返そうと顔を真っ赤にして手と身体を伸ばすが、もともと霊夢とは大分体格差があるため頑張って両手両足必死に伸ばすも届かない。霊夢はその願い事に目を通していつも通りの普通な反応を示すと、微笑みを浮かべながらそれを阿求へと差し出した。

「なんだ、中々いい願いじゃないの」
「……馬鹿にしてるんですか」
「んなわけないでしょ、良い願いだと思うわよ。私、そう言うのを書くの苦手だからさ」

 そう言って、軽く霊夢は苦笑した。
 まるで本当に、そういうのが苦手だと言わんばかりに。いや実際、本人は苦手なのかもしれない。彼女自身に不思議な魅力があって、ただそれで彼女の周りに人が集まるだけで。
 何だかそう思うと彼女の持つ友人という意識への想いが、不思議と愛らしく見える。

「照れ屋さんめ」
「願い公表するわよ」
「ぐっ、人質を取られたか……!」
「……相変わらず仲が良いですね二人とも」

 二人してそんな言い合いをしていると妖夢からそんな言葉が飛んでくる。
 実際にこうまでやり取りをするのは、本当に阿求からしたら霊夢ぐらいのものだ。
 しかし改めてそう言う事を言われてしまうと少し恥ずかしいので、一つ咳払いをした。

「そ、それより妖夢さんの願い事はどんなことを?」
「へっ、いや、そんな大した事じゃあっ!?」
「へぇ『幽々子さまをもっとまもれるようになりたい』かぁ」
「って何勝手に人のを読んでるんですかーっ!?」

 さりげなく横から妖夢の短冊を取った霊夢がそれを読み上げて、妖夢が顔を真っ赤にしてそれを取り返そうと駆けまわる。夜の神社の今だというのに、とんでもない騒がしさだった。霊夢は霊夢で随分と子供っぽく、妖夢にそれを返さないように逃げ回る。
 こういうところを見ると年相応、というよりは年齢以下にも見えた。

「早苗さんは、何を書いたんです?」
「あぁ、私ですか」

 阿求が聞くと、早苗はその胸をどーんと反らすように張った。やたらと女性的な部分が強調されてるのが阿求に取って腹立たしかったがそれはこの際置いておく。不敵な笑いを浮かべながら短冊を阿求に突きつけるように見せる。
 そこには筆で書き慣れていないのだろうか、随分と下手な字で文字が書かれていた。

「……『信候を集める』」
「ふふふ、きっといつかこの幻想郷全土に博麗神社に負けるとも劣らない信仰をですね――!」
「字、間違えてますよ」
「嘘ッ!?」
「信仰の『仰』の字、『候』になってます」

 言われて慌てて顔を真っ赤にしてそれを取り下げると、新しい短冊を引っ張り出してそれにまた再び同じ願い事を今度はちゃんと文字を間違えないように書くと、また自慢げに阿求に突きつけた。

「ふ、ふふふ……」
「……また読みづらい字になりましたねぇ」
「ね、願いが届けばいいんです!」

 こんな下手な字だと届く願いも届かないだろうと思いながら阿求は困ったように笑った。
 ……集めるの漢字が「隼める」だった事には、敢えて突っ込まないでおいた。シャーペンなら、シャーペンなら……と後ろを向いて何やら苦悩する早苗の事もなんだか放置しておいた方が良いと思った。

「おー、お前ら願い事書き終わったか?」
「なんだか楽しそうね。混ぜて貰える?」
「おやお二人とも、お疲れ様です」

 そんな事をしていると、笹の準備をしていた魔理沙と咲夜が社の中へ戻ってきた。
 社の中は早苗が落ち込んでいる中、霊夢が妖夢の短冊を持ったまま逃げ回るという大惨事な事になっていたので入ってきた二人も口を開け放って呆然とするしかできなかったが。
 そんな中阿求は平然とにっこり笑い、二人に短冊と筆を突きだした。

「はい、二人の分です」
「あ、どうも」
「……これに願い事を書けば、願いが叶うの?」

 短冊を興味深そうに見る咲夜。
 咲夜はこうして七夕を祝う事が初めてだったらしい。先程から、周りが知っているような事にも興味津々に聞いている。
 阿求はそんな咲夜を微笑ましげに眺めて、言う。

「言い伝えですよ。必ず叶うってわけでは……」
「おう、叶うぜ。滅茶苦茶叶う」

 そんな風に言おうとする阿求を途中で魔理沙が遮るようにして言い放つ。へぇ、ととても興味深そうに短冊を眺める咲夜の姿がそこにあった。まるで初めて新しい玩具を買ってもらった子供のようなキラキラとした瞳は、その大人っぽい外見にそぐわず何処か愛らしさを醸し出していた。
 魔理沙の肩を引っ掴むと自分の下に寄せ、咲夜に聞こえないように阿求が愚痴を言う。

「ちょっと! 何法螺吹き込んでるんですか! 本当に信じちゃってるじゃないですか!」
「馬鹿言うな、あんな純真な子供の目から光を奪っちゃいけねえよ」
「う……」

 ちらりと咲夜の目を見ると、酷く輝きながら必死に願い事を考えている。
 まるで本当に、願えばすべてが叶うかのように。

「最初から叶わないなんて夢もなんもないよりもよ、少しの間だけでも信じさせてやろうぜ。私らの子供の時もそうだっただろ?」
「……魔理沙さんって子供の頃結構長い間、雷様におへそ取られるっての信じてたクチでしょ」
「……言うな、怒るぞ」

 魔理沙が強く拳を握りしめたので、阿求はこれ以上何も言わないで置いた。咲夜はというとようやく願い事を書き終えたのか、満足げに自分の短冊へと視線を向けていた。そんな咲夜を見て、魔理沙は不敵に笑うとそちらへと駆け出す。

「咲夜、どんな願い事書いたんだ?」
「え……こんなの」
「……『もっと周りに溶け込みたい』……なんか、お前らしくねえな」
「そ、そうかしら。そんな願いだと、叶わないかしら……」

 魔理沙の発言に対して不安そうに言う咲夜。やっぱりもう少しちゃんとしたのにしておけば……と落ち込み始める咲夜を見て、阿求が飛び出し魔理沙の頭を一発ぱぁんと小気味のいい音を立てて筆で叩く。

「ってぇ!?」
「いやー、大丈夫ですよ咲夜さん! その願いも叶います! 勿論、神頼みだけじゃなくってちゃんと頑張る必要もありますよ!」
「神頼みだったら是非うちの守矢神社を!」
「是非うちにお賽銭を!」
「片方がなんか俗っぽいがとりあえず神道二人は黙ってろ」
「う、うん……じゃあ、これにしますわ」

 目の前の光景に圧倒されながらも、阿求の言う事を聞いてその短冊を選ぶ咲夜。
 その瞳は、書いた願いが絶対的に起きて欲しいという子供のような瞳。夢を見る少女の瞳、ただ真っ直ぐにそれが輝いていたから阿求も流石に何も言えなくなっていた。
 大人のような顔立ちと身体に酷く相反して見える子供のような瞳。普段から想像していた十六夜咲夜と異なるその姿に、誰もが少しだけ驚きを隠せずにいた。

「こ、これを笹に括り付ければ……」
「とりあえず落ち着いてください咲夜さん。後でみんなで括り付けますから」
「う、うん」
「そっか、私も書いてなかったな。何にするっかなー」

 そう言って筆を執り短冊をちゃぶ台に置くと、筆を鼻に挟みながら何か考え事をする仕草を見せる魔理沙。

「まだ、考えて無かったんですか……」
「一年に一回の大事な願い事だぜ? 後悔する事ないようなのにしたいじゃないか」
「……ま、それは同意です」
「言っておくけど魔理沙以外提出してるから早くしてよ」
「んなっ、そんな焦らさなくても」

 霊夢の非情な言葉が魔理沙に刺さり、魔理沙が慌てて考えを進める。
 そんな姿を見てそこにいる皆が微笑ましく笑う。

「笑うな、お前ら!」
「はいはい、笑わないから早く書きましょーね魔理沙ちゃん」
「後で覚えてろよ……」

 魔理沙の頭を手で軽く押さえつけるように霊夢が撫でて、それに対して魔理沙が文句の声を上げる。
 酷くのんびりとした、落ち着いた空間がそこにはあった。月と星の出る夜の下の神社で、六人の少女がまるで家族のように、当たり前のように集って、団欒し、笑い合う。
 そんな小さな空間だったけれど、それがそこにいる全員にとって優しく、嬉しい物。

「よっしゃできた!」
「はい回収ー」
「おいッ!? ちったぁ余韻に浸らすぐらいさせてくれてもいいだろ!?」
「駄目駄目、もういい時間なんだから。冷やしたお酒が逃げちゃうわよ」
「逃げないと思いますけどねぇ」

 霊夢が魔理沙の短冊をバッサリとると、他の集めた短冊を片手に持ち、もう片方の手には先程氷室で冷やしていた日本酒の瓶を胸で抱えながら縁側の笹を飾り付けた方へと歩いていく。
 他の五人も霊夢に次ぐように次々と歩きだした。短冊を強引にとられた魔理沙もまた一番遅れてではあったが付いていくようにして跳ねるように立ち上がり駆け出す。

 外は雲一つない夜空だった。
 天の川を挟むようにして強く輝く、三つの星。夏の大三角と言うらしい。どの星も綺麗に輝いてそれぞれの星座がはっきりと見えるぐらいだが、まるで星を空に流した天の川の綺麗さだけは特にひときわ輝いて見える。
 霊夢が率先して、笹にそれぞれの願い事をつけていく。周りの全員がそれを神聖な物を見るようにして見つめている。
 最後の短冊を笹に括り付けると、霊夢は周りの皆の方を振り向く。
 笹と願いを乗せた短冊が、霊夢の後ろで風に揺れる。

「はいっ、と言うわけで今年の七夕終了!」
「早ッ!?」

 全員からの総突込みが入るが霊夢は気にせず横に置いた日本酒に手を出す。
 豪快に周りを包む包装紙を破ると、栓を一気に引き抜いた。

「まぁ、七夕っていう名目で集まったただの飲み会だし、こっからは人数が少ないだけでいつもの宴会よ」
「ちゃんと人数分のお猪口、用意してますよ」

 そう言って早苗もどこからかお猪口をお盆に載せて取り出す。周りにいる面子も今までの七夕らしい雰囲気を崩されて脱力感に浸されながらも、いつも通りの感覚に笑みを浮かべていた。
 それぞれが小さな掌ぐらいの大きさのお猪口を手に取り、そこに霊夢が日本酒を注いでいく。

「はい、乾杯っ!」

 全員にお猪口が行き渡ったところで、霊夢がお猪口を上げてそう叫ぶ。周りもそれに応答するようにしてお猪口を持った手を高く掲げた。
 その時に魔理沙はふと早苗が自分のお猪口を持っていない事に気づいた。

「早苗、お前飲まないのか?」
「魔理沙、忘れてるの? この子、下戸よ」
「そ、そうです。まだあまりお酒とか慣れてないんですから」
「知ったこっちゃねえなぁ、おらっ!」
「むぐっ!?」

 魔理沙が強引に日本酒の入ったお猪口を早苗の口へと持っていき、中身を早苗の口の中に強引に含ませる。無理にお猪口を口元に押さえつけて、早苗が苦しそうに堪えながらもその体勢をやめようとしない。

「魔理沙!」
「この一杯だけだって! これ以上は飲ませないから、今後の為にも少しは慣れておこうぜっ!」
「む、むうっ!」

 無理矢理な体制で堪えながらもその言葉が聞いたのか、早苗は何とかその無理に入れられた日本酒を飲み乾した。
 喉が鳴った音を確認して魔理沙がお猪口から解放してやると、早苗は大きな息をついて。何処か明後日の方向に視線を向けた。そのままぐるりと機械的に首を回して魔理沙へと視線を向ける。視線は既に据わっていた。
 魔理沙はその表情の変化に驚いていると、早苗が口を開く。

「……魔理沙、さん」
「お、おう」
「……だーら、わたしは、にがて、なん、れす」

 ばたりと。
 その言葉を最後に泡を吹いて早苗は地面に倒れ伏した。

「さ、早苗さーんっ!」
「魔理沙ぁ……だから、駄目だって言ったでしょ……?」
「れ、霊夢、目が怖いぜ」
「一辺、封印される?」

 にやりと笑いながら、霊夢は袖から札を取り出す。その瞳と全身から解き放たれる博麗の巫女の気迫。魔理沙も余り見ないその余りの迫力に思わず一歩後ずさってしまう。

「……逃げるが勝ちッ!」

 箒に跨り、まさに彗星のようなスピードで神社から飛び去っていく魔理沙。
 然し霊夢はまるで動じず、札に何やら先程持ってきていた筆で字を書くとそこに少しばかりの霊力を込めた。

「……マインドアミュレット」

 高速で解き放たれた札が、今魔理沙の飛んで行った軌道をそのまま辿っていく。曲がっていくその複雑な曲線を描くような軌道を丁寧になぞるように、はっきりと。星の道筋に沿うように。
 星を、光が追いかけていく様を全員が見た。そして、星が撃ち落されるような激しい光の点滅を。激しい光の爆発の音を。
 何やら変な声が聞こえた気がしたが、小さくて聞き取れないぐらいに離れていたらしい。全員が唖然とする中、霊夢はいっぱいお猪口に入った日本酒を呷りながら、地面に倒れ伏した早苗を縁側へと運んでいた。

「んしょっ……ったく、魔理沙の奴め」
「手伝うわ。それにしても、本当に弱いのね、この子」
「なぁに、慣れてるわ。魔理沙、こうやって何度この子を酔い潰したかわからないもの」

 やれやれ、と言いながら霊夢は咲夜に手伝われて縁側へと早苗を横に寝かせた。
 そのまま霊夢は縁側に座りながらもう一度自分のお猪口に日本酒を注ぐ。

「ほら、あんたらも飲んだ飲んだ」
「あ、はい……頂きます」
「全く、騒がしいのはいつもの事ですかね」

 そう言いながら、妖夢、阿求と日本酒を軽く呷る。
 辛口の一杯が、喉の奥を通るように染み込んでいく。食事を終えたばかりの溜まった腹に流し込むにはいい一杯だと思った。喉への潤い以上に、脳への熱を与えるその一杯。透き通るような味は今までに飲んだ事の無いような美味しさだった。

「霊夢、またいいお酒手に入れましたね」
「こういう時はいいお酒で乾杯したいじゃないの」
「ご尤もです」

 阿求は霊夢の横へと座り込む。
 空を見れば、空を覆う星群。先程一つ流れ星が墜落した気はするが、それは忘れる事にした。だって今の夜空が、こんなにも美しく煌めいているのだから。
 霊夢が日本酒を差し出すので、阿求も応答するように空のお猪口を差し出す。水と変わらないような液体がお猪口に注がれていく。

「さっきの願い」
「はい?」
「なんか、あんたらしいようなあんたらしくないような、って感じだったわね」
「……忘れてください」
「やだ」

 ふふ、と霊夢はまるで陶酔したように笑う。無理も無い、そこそこに度が強い日本酒を飲んでるから若干酔ってはいるのだろう。阿求も少しばかりそんな風に興奮した酔いの状態ではあるものの、一気に酔いが覚めるような発言をされる物だからむぅと唇を尖らせる。
 出来るだけ自分自身も忘れられるように、また一度ぐいっと日本酒を呷った。頭がくらくらする、いい気持ち。ふわりとそのまま空でも飛んでしまえそうな気がした。

「別に、悪いって言ってるわけじゃないわよ。寧ろ昔のあんたじゃ絶対に無いって思ったから、逆に嬉しいの」
「……ほんとれすか?」
「舌、回って無いじゃないあんた……まだ飲む?」
「あい」

 日本酒の瓶を差し出されると、そのまま条件反射のようにしてお猪口を出すようになった阿求。
 そんな阿求を心配そうに見守りながらも、昔との変化に少し喜びを隠しきれずにいた。
 昔から、御阿礼の子としてずっと扱われ、己すらも失いかけていた彼女。
 それが今こうして、ただ純粋に楽しむ為に周りの者と居る事を。

「ねぇ阿求」
「あい?」
「私たち、友達よね」
「……れーむは」
「うん?」

 回らない舌のまま、阿求は口を開く。
 今にも寝てしまいそうなぐらいに、頭はふらふらと中空をさまよっているが。それでも、口を開こうと必死に。
 大きく口を開け、良くも無い滑舌で、言葉を放つ。

「しんゆう、です」
「……」
「あるいは、いもうと」
「……っぷっ、あははっ、そうね、その通りだわ」

 何だかその言い方が、酷く可笑しくて。
 それでも、その言葉が霊夢の心へと純粋な喜びとして溢れかえった。
 霊夢はその中空を漂うような阿求の頭を抱き寄せる。阿求は何が起こったのかよくわからない表情であったが、そのまま霊夢の胸に頭を委ねるようにして体重を乗せた。
 霊夢は、短冊に掛けられた阿求の願い事へと視線を向ける。



『友達と仲良くなれますように』



 思わず、笑いが込み上げてしまうような願い。
 けれど、変わってきた彼女なら。今の周りの多くの友人との間でなら、彼女の願いも叶うかもしれないと。
 抱きかかえた頭から寝息が聞こえてきた。今はそれも何だか心地よい。

 七夕の夜、天の川の下。
 霊夢は夜空を見上げ、このようにしてずっといられる事を願い、望む。
 出来る事なら、何も無く、平和で、今のように友と一緒に居られる事を。






「……ンで、私は完全に無視か」
「あなたは食べてもいい人間?」
「残念だが非食用だ。他を当たりな」
七夕の日にいきなりSSを書こうと思った結果がこれだよ!
流石に6時間じゃ無理だった……精進精進。

何だか久しぶりに創想話に書いた気がします。りはびりりはびり。
こういう機会にちょくちょく書いていきたいです。
稜乃
[email protected]
http://easy2life.sakura.ne.jp/
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コメント



0.560簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、暖かいな。
最近イラっとする暑さばかりだったから、こういう心が温まるような話がスッと入ってきます。
うん。みんな仲良くなれる。これが叶わなきゃ嘘だ、って思えます。

そしてオチ担当魔理沙w
11.90名前が無い程度の能力削除
やっぱりほのぼのは良いものです。
みんな仲良くて癒されます。

西瓜を食べるところで一か所文字化け?していました。