「ねえ、魔理沙って赤ちゃん産んだことあるの?」
魔理沙が紅茶を霧のように噴き出し、テーブルの上に雫が四散する。パチュリーはあからさまに顔をしかめるが、当の魔理沙は紅霧を撒布するだけでは飽き足らずにげほげほとむせていた。
「汚いわねぇ、全く」
「ばっ、お前がいきなり変なこと言うからだろ!」
「で、出産はしたことあるの?」
紅茶を含んでいなかったので噴きこそしなかったが、やはり盛大にむせ返る魔理沙。
それに対してパチュリーは、あくまで冷静な態度を崩さない。
「もう、図書館内では静かにしてよ。で、産んだことはあるの? ないの?」
「ある訳ないだろ! 大体何なんだ藪から棒に」
強く憤る魔理沙のその顔は、既に紅茶よりも赤く染まっていた。
むせたことでそうなったこともあるが、何よりパチュリーの発言に過剰に反応してしまったことが大きい。出産という言葉が、花も恥らう乙女たる魔理沙にはいささか過激過ぎた。
ただ、そんな乙女であっても出産に至るまでにどのような行為が必要かはもちろん知識として知っている。
出産などと言い出したのはパチュリーであって、別に魔理沙自身が恥ずかしがる必要は全く無いのだが、それでも照れが出てしまうのは彼女の内面が純粋な乙女である所以か。
「貴方、ミルキーウェイってスペルカード、持ってるわよね」
「ああ、持ってるがそれがどうした?」
「あれって魔理沙の母乳なんでしょ?」
ぶっと噴き出す魔理沙。現実が想定の遥か斜め上を行ってしまえば、いくら警戒していても無駄なのである。
出産の次は母乳ときたもんだ。しかもパチュリーは、それが当たり前のことであるかのようにしれっと言う。
魔理沙はもはや、憤りを通り越して引きつるように笑うしかなかった。
「なあパチュリー、本の読み過ぎで頭おかしくなったのか?」
「私はいつだって冷静で正常よ。むしろ貴方が落ち着いたら?」
「ふざけるな! さっきから全くお前が理解出来ないんだよ!」
パチュリーの淡々とした様子が、魔理沙の興奮をより煽り立てる。その顔はもはや紅魔館よりも紅い。羞恥やら興奮やらで、耳の先までまっかっかだった。
そんな魔理沙を見て、パチュリーはため息ひとつ。その瞳には、どこか軽蔑するような色さえも窺えた。むしろ彼女が軽蔑される側なのかも知れないが、魔理沙にはそんなことを考える余裕などとうに失われていた。
「もう、仕方ないわねぇ。ほら、これ見なさい」
パチュリーが手元の本を魔理沙に差し出す。どうやら魔導書ではないらしい。
魔理沙は人差し指で示されたあたりを凝視する。
「えーっと、何だ、『……天の川は、女神ヘラの乳が飛び散ったものである』」
「ほら、母乳でしょ」
したり顔でパチュリーが言う。それがまた魔理沙の怒りを駆り立てた。
「ほら、って何だよ!」
「だから、貴方のミルキーウェイはまさに母乳なのよ」
「違うってのに!」
「母乳以外の何物でもないじゃない」
「馬鹿言うな! 仮にあれがぼにゅ……」
う、まで口に出せず、魔理沙は言葉を詰まらせる。先程から何度となく母乳母乳と耳にしていても、自身がそれを口にするのははばかれるようだ。母乳自体は口にするものであるが。
「うぐっ、……仮にそれだとしても、スペルカードはあくまで見立てだろ。大体、お前の賢者の石だってあれは見立て――」
「見立て、ですって?」
魔理沙の言葉を遮り、パチュリーが口を挟む。その瞬間、場の空気がキンと張り詰めた。
「そんなだから、貴方はあの紅白に勝てないのよ」
ぞわり。
魔理沙は、背筋に氷が差し込まれたかのように震える。
パチュリーから発せられるのは、絶対的な魔力の奔流。それは、人間として十数年程度しか生きていない魔理沙には到底敵わない強大なエネルギーだった。
自然、腰が背もたれに触れてしまう。冷や汗をぬぐう余裕もなく、魔理沙はパチュリーの未知の力にただただ圧倒されていた。
「私の『賢者の石』は――本物よ」
「なん……だと……?」
「いい? 魔理沙。見立てだとか甘いこと言ってないで、“本物”の魔法を行使しなさい」
「本物……」
「そう、本物。それこそが、魔法使いの力を最大限に高めるのよ」
本物。
魔理沙はそう、頭の中でそらんずる。そして、本物のそれを心に思い浮かべる。
それは本物の星屑であり、本物の彗星であり、本物の母にゅ……
「いやいやいやいやいや、やっぱり違うだろ!」
「違わないわよ。……まあ、同じ魔法使いのよしみだから、手伝ってあげてもいいわよ。やっぱり本物が一番だもの」
パチュリーは椅子から立ち上がると、緩慢とした動作で魔理沙ににじり寄る。
危険を察知した魔理沙も椅子を倒して立ち上がる。冷や汗が滝のように背筋を流れていた。
「あ、あの、パチュリーさん、その、手をわきわきさせてるのは何なのでしょうか」
「決まってるでしょう、貴方の母乳を搾り出すのよ」
「いやだから出ないから!」
「私としても生身の人間は興味深い実験台なのよ」
「結局それかよ!」
「いえいえ、私は研究のテーマが広がり、貴方は母乳が出るようになる。理想的なwin-winの関係よ。」
「どこがだ! 大体、母にゅ、……それが出る保障なんてないだろ! て言うか出る訳がないだろう!」
「物は試し、習うより慣れろ、善は急げよ」
「いやいやおかしいから、特に最後!」
「もう、つべこべ言わずに私に搾られなさい」
「いやぁーーーーーーーーー!」
問答無用で迫り来る恐怖に耐えられず、魔理沙はとうとう悲鳴を上げる。もう全力で逃げるしかない。
魔理沙は懐からスペルカードを取り出す。もはや選んでいる余裕などない。この状況を打開できるものなら何でも良かった。
しかし、こういう時に限ってピンポイントで最悪のカードを引いてしまうのは世の常だ。
彼女が手にしたのは――まさに『ミルキーウェイ』だった。
「ああもう、これでいい! 魔符『ミルキーウェイ』!」
スペルカードを宣言すると同時に。魔理沙の身体が乳白色の光に包まれる。
そして光と星々が洪水のように溢れ出し、パチュリーへと押し寄せる。
「ああ、これが貴方の母乳なのね!」
「違うわ!」
興奮気味に盛大な勘違いをするパチュリーに、魔理沙は思わずツッコむ。
「貴方の母乳、余さず味わいしゃぶり尽くしてあげるわ!」
それが比喩なのか言葉通りの意味なのか、魔理沙はもはや考えたくもなかった。
しかしこのスペルカードを選択したことは、結果的に魔理沙にとって幸運だった。パチュリーは両手を大きく広げ、全身でもってその“ミルキーウェイ”を味わおうとしているのだから。
「ああ、私の図書館に母乳が満ちる……」
図書館から逃げおおせた魔理沙が最後に聞いたのは、パチュリーのそんな恍惚とした声だった。
「……なんてことがあってさー。あの時は参ったぜ、ほんとに」
ここは、博麗神社。
今日は七夕ということもあって、境内には様々な人妖が酒を手にして集まっていた。夜空には天の川がきらきらと流れていて、丁度良い酒の肴となっている。
別に七夕は酒を嗜む行事ではないのだが、宴会好きな彼女たちにとって、集まって酒が飲めれば理由など何でも良いのだった。
「いやねぇ、魔理沙ったらいやらしい」
霊夢は口ではそう言うが、自身もふにゃふにゃと色っぽく酔っ払っているために全く説得力がない。
「いやいや、やらしいのはパチュリーであって私は至って健全だぜー。あいつ、何回母乳って言ってたんだか」
あっけらかんとそのフレーズを口にする魔理沙。その時は大層恥ずかしがっていた彼女だが、今日はその先日の出来事を喜々として喋っている。
喉元過ぎて熱さ忘れたこともあるが、多量のアルコール摂取によって舌が滑らかになったことが大きいだろう。酒は時として羞恥心すらも混濁させてしまうのだ。
ちなみに本日は、紅魔館の面子だけは呼ばれていない。声掛け役の魔理沙は表向き、西洋風な連中に七夕は合わないことを呼ばなかった理由にしているが、先日の出来事以来、紅魔館に近寄れていないというのが実際のところだった。
「大体、子供も出来てないのに母乳なんて出る訳ないよなぁ」
「そうよねぇ。
あー、でも魔理沙が赤ん坊に母乳やってる姿を想像するとクるものがあるわねぇ」
「おー、そうか。実は私もそう思うぜ。将来を期待して待ってろー」
乗せられてしまった魔理沙を、皆がはやし立てる。
すっかり顔を真っ赤にし、気分良く酔っ払っている魔理沙は、もはやその場のノリだけで喋っている。割と際どい発言をしているのだが、魔理沙がそれを省みることはなかった。
「やれやれ、まだまだ青いわねぇ、貴方は」
半ば呆れ顔で口を挟んだのは、月の頭脳、八意永琳だった。
「何だ永琳、お前はもう母乳やったことあるのかー?」
「ふふ、さあね」
意味ありげな笑みを見せる。
「それともあれか、お前なら母乳が出るようになる薬でも作れるのかー?」
「作れるわよ。飲む?」
「ぶっ!」
魔理沙が口を付けていた酒を噴き出す。
「汚いわねぇ。訊いて来たのは貴方でしょうに」
「お前、冗談というものをだなぁ」
「だって、本当に作れるもの。いつでも相談に乗るわよ」
「い、いや、遠慮しておくぜ……」
永琳の力を甘く見ていた魔理沙は、苦笑いしながら断るしかなかった。
「その方がいいわね。薬は本来、身体に備わっている力を補助するためのもの。薬によって身体にそういう変革を起こさせるのは私の美学に反する」
「ああ、なるほどな」
魔理沙は素直に感心する。
「まあ、でも――」
そこで言葉を切る永琳。彼女も既に多量の酒を呷っており、頬を朱に染めて妖しく微笑む表情は魔性の色合いを帯びていた。
「薬を使わなくても、母乳を出す方法はあるわよ」
「えっ?」
「脳の中にある下垂体というところを弄ってやってホルモンの分泌を促せば、母乳が出るようになるわ。もちろん、貴方でも」
「そ、そうなのか……」
自分の話が思わぬ方向に展開し、魔理沙は狼狽を隠せない。まさか本当に母乳が出せるようになってしまうとは思ってもみなかったのだ。
もはや魔理沙は、すっかり酔いから醒めていた。
「な、なあ、今の話はパチュリーには内緒にしてくれよ」
「まあそれは構わないけど……、でももう、手遅れじゃない?」
「どうしてだ?」
「今の話、みんな聞いてたから」
「えっ?」
永琳は魔理沙から焦点を外し、その後ろを見やる。
それに気付いた魔理沙が後ろを振り返ると。
――そこには、魔理沙の母乳を搾り出さんとする無数の魔の手が、
魔理沙が紅茶を霧のように噴き出し、テーブルの上に雫が四散する。パチュリーはあからさまに顔をしかめるが、当の魔理沙は紅霧を撒布するだけでは飽き足らずにげほげほとむせていた。
「汚いわねぇ、全く」
「ばっ、お前がいきなり変なこと言うからだろ!」
「で、出産はしたことあるの?」
紅茶を含んでいなかったので噴きこそしなかったが、やはり盛大にむせ返る魔理沙。
それに対してパチュリーは、あくまで冷静な態度を崩さない。
「もう、図書館内では静かにしてよ。で、産んだことはあるの? ないの?」
「ある訳ないだろ! 大体何なんだ藪から棒に」
強く憤る魔理沙のその顔は、既に紅茶よりも赤く染まっていた。
むせたことでそうなったこともあるが、何よりパチュリーの発言に過剰に反応してしまったことが大きい。出産という言葉が、花も恥らう乙女たる魔理沙にはいささか過激過ぎた。
ただ、そんな乙女であっても出産に至るまでにどのような行為が必要かはもちろん知識として知っている。
出産などと言い出したのはパチュリーであって、別に魔理沙自身が恥ずかしがる必要は全く無いのだが、それでも照れが出てしまうのは彼女の内面が純粋な乙女である所以か。
「貴方、ミルキーウェイってスペルカード、持ってるわよね」
「ああ、持ってるがそれがどうした?」
「あれって魔理沙の母乳なんでしょ?」
ぶっと噴き出す魔理沙。現実が想定の遥か斜め上を行ってしまえば、いくら警戒していても無駄なのである。
出産の次は母乳ときたもんだ。しかもパチュリーは、それが当たり前のことであるかのようにしれっと言う。
魔理沙はもはや、憤りを通り越して引きつるように笑うしかなかった。
「なあパチュリー、本の読み過ぎで頭おかしくなったのか?」
「私はいつだって冷静で正常よ。むしろ貴方が落ち着いたら?」
「ふざけるな! さっきから全くお前が理解出来ないんだよ!」
パチュリーの淡々とした様子が、魔理沙の興奮をより煽り立てる。その顔はもはや紅魔館よりも紅い。羞恥やら興奮やらで、耳の先までまっかっかだった。
そんな魔理沙を見て、パチュリーはため息ひとつ。その瞳には、どこか軽蔑するような色さえも窺えた。むしろ彼女が軽蔑される側なのかも知れないが、魔理沙にはそんなことを考える余裕などとうに失われていた。
「もう、仕方ないわねぇ。ほら、これ見なさい」
パチュリーが手元の本を魔理沙に差し出す。どうやら魔導書ではないらしい。
魔理沙は人差し指で示されたあたりを凝視する。
「えーっと、何だ、『……天の川は、女神ヘラの乳が飛び散ったものである』」
「ほら、母乳でしょ」
したり顔でパチュリーが言う。それがまた魔理沙の怒りを駆り立てた。
「ほら、って何だよ!」
「だから、貴方のミルキーウェイはまさに母乳なのよ」
「違うってのに!」
「母乳以外の何物でもないじゃない」
「馬鹿言うな! 仮にあれがぼにゅ……」
う、まで口に出せず、魔理沙は言葉を詰まらせる。先程から何度となく母乳母乳と耳にしていても、自身がそれを口にするのははばかれるようだ。母乳自体は口にするものであるが。
「うぐっ、……仮にそれだとしても、スペルカードはあくまで見立てだろ。大体、お前の賢者の石だってあれは見立て――」
「見立て、ですって?」
魔理沙の言葉を遮り、パチュリーが口を挟む。その瞬間、場の空気がキンと張り詰めた。
「そんなだから、貴方はあの紅白に勝てないのよ」
ぞわり。
魔理沙は、背筋に氷が差し込まれたかのように震える。
パチュリーから発せられるのは、絶対的な魔力の奔流。それは、人間として十数年程度しか生きていない魔理沙には到底敵わない強大なエネルギーだった。
自然、腰が背もたれに触れてしまう。冷や汗をぬぐう余裕もなく、魔理沙はパチュリーの未知の力にただただ圧倒されていた。
「私の『賢者の石』は――本物よ」
「なん……だと……?」
「いい? 魔理沙。見立てだとか甘いこと言ってないで、“本物”の魔法を行使しなさい」
「本物……」
「そう、本物。それこそが、魔法使いの力を最大限に高めるのよ」
本物。
魔理沙はそう、頭の中でそらんずる。そして、本物のそれを心に思い浮かべる。
それは本物の星屑であり、本物の彗星であり、本物の母にゅ……
「いやいやいやいやいや、やっぱり違うだろ!」
「違わないわよ。……まあ、同じ魔法使いのよしみだから、手伝ってあげてもいいわよ。やっぱり本物が一番だもの」
パチュリーは椅子から立ち上がると、緩慢とした動作で魔理沙ににじり寄る。
危険を察知した魔理沙も椅子を倒して立ち上がる。冷や汗が滝のように背筋を流れていた。
「あ、あの、パチュリーさん、その、手をわきわきさせてるのは何なのでしょうか」
「決まってるでしょう、貴方の母乳を搾り出すのよ」
「いやだから出ないから!」
「私としても生身の人間は興味深い実験台なのよ」
「結局それかよ!」
「いえいえ、私は研究のテーマが広がり、貴方は母乳が出るようになる。理想的なwin-winの関係よ。」
「どこがだ! 大体、母にゅ、……それが出る保障なんてないだろ! て言うか出る訳がないだろう!」
「物は試し、習うより慣れろ、善は急げよ」
「いやいやおかしいから、特に最後!」
「もう、つべこべ言わずに私に搾られなさい」
「いやぁーーーーーーーーー!」
問答無用で迫り来る恐怖に耐えられず、魔理沙はとうとう悲鳴を上げる。もう全力で逃げるしかない。
魔理沙は懐からスペルカードを取り出す。もはや選んでいる余裕などない。この状況を打開できるものなら何でも良かった。
しかし、こういう時に限ってピンポイントで最悪のカードを引いてしまうのは世の常だ。
彼女が手にしたのは――まさに『ミルキーウェイ』だった。
「ああもう、これでいい! 魔符『ミルキーウェイ』!」
スペルカードを宣言すると同時に。魔理沙の身体が乳白色の光に包まれる。
そして光と星々が洪水のように溢れ出し、パチュリーへと押し寄せる。
「ああ、これが貴方の母乳なのね!」
「違うわ!」
興奮気味に盛大な勘違いをするパチュリーに、魔理沙は思わずツッコむ。
「貴方の母乳、余さず味わいしゃぶり尽くしてあげるわ!」
それが比喩なのか言葉通りの意味なのか、魔理沙はもはや考えたくもなかった。
しかしこのスペルカードを選択したことは、結果的に魔理沙にとって幸運だった。パチュリーは両手を大きく広げ、全身でもってその“ミルキーウェイ”を味わおうとしているのだから。
「ああ、私の図書館に母乳が満ちる……」
図書館から逃げおおせた魔理沙が最後に聞いたのは、パチュリーのそんな恍惚とした声だった。
「……なんてことがあってさー。あの時は参ったぜ、ほんとに」
ここは、博麗神社。
今日は七夕ということもあって、境内には様々な人妖が酒を手にして集まっていた。夜空には天の川がきらきらと流れていて、丁度良い酒の肴となっている。
別に七夕は酒を嗜む行事ではないのだが、宴会好きな彼女たちにとって、集まって酒が飲めれば理由など何でも良いのだった。
「いやねぇ、魔理沙ったらいやらしい」
霊夢は口ではそう言うが、自身もふにゃふにゃと色っぽく酔っ払っているために全く説得力がない。
「いやいや、やらしいのはパチュリーであって私は至って健全だぜー。あいつ、何回母乳って言ってたんだか」
あっけらかんとそのフレーズを口にする魔理沙。その時は大層恥ずかしがっていた彼女だが、今日はその先日の出来事を喜々として喋っている。
喉元過ぎて熱さ忘れたこともあるが、多量のアルコール摂取によって舌が滑らかになったことが大きいだろう。酒は時として羞恥心すらも混濁させてしまうのだ。
ちなみに本日は、紅魔館の面子だけは呼ばれていない。声掛け役の魔理沙は表向き、西洋風な連中に七夕は合わないことを呼ばなかった理由にしているが、先日の出来事以来、紅魔館に近寄れていないというのが実際のところだった。
「大体、子供も出来てないのに母乳なんて出る訳ないよなぁ」
「そうよねぇ。
あー、でも魔理沙が赤ん坊に母乳やってる姿を想像するとクるものがあるわねぇ」
「おー、そうか。実は私もそう思うぜ。将来を期待して待ってろー」
乗せられてしまった魔理沙を、皆がはやし立てる。
すっかり顔を真っ赤にし、気分良く酔っ払っている魔理沙は、もはやその場のノリだけで喋っている。割と際どい発言をしているのだが、魔理沙がそれを省みることはなかった。
「やれやれ、まだまだ青いわねぇ、貴方は」
半ば呆れ顔で口を挟んだのは、月の頭脳、八意永琳だった。
「何だ永琳、お前はもう母乳やったことあるのかー?」
「ふふ、さあね」
意味ありげな笑みを見せる。
「それともあれか、お前なら母乳が出るようになる薬でも作れるのかー?」
「作れるわよ。飲む?」
「ぶっ!」
魔理沙が口を付けていた酒を噴き出す。
「汚いわねぇ。訊いて来たのは貴方でしょうに」
「お前、冗談というものをだなぁ」
「だって、本当に作れるもの。いつでも相談に乗るわよ」
「い、いや、遠慮しておくぜ……」
永琳の力を甘く見ていた魔理沙は、苦笑いしながら断るしかなかった。
「その方がいいわね。薬は本来、身体に備わっている力を補助するためのもの。薬によって身体にそういう変革を起こさせるのは私の美学に反する」
「ああ、なるほどな」
魔理沙は素直に感心する。
「まあ、でも――」
そこで言葉を切る永琳。彼女も既に多量の酒を呷っており、頬を朱に染めて妖しく微笑む表情は魔性の色合いを帯びていた。
「薬を使わなくても、母乳を出す方法はあるわよ」
「えっ?」
「脳の中にある下垂体というところを弄ってやってホルモンの分泌を促せば、母乳が出るようになるわ。もちろん、貴方でも」
「そ、そうなのか……」
自分の話が思わぬ方向に展開し、魔理沙は狼狽を隠せない。まさか本当に母乳が出せるようになってしまうとは思ってもみなかったのだ。
もはや魔理沙は、すっかり酔いから醒めていた。
「な、なあ、今の話はパチュリーには内緒にしてくれよ」
「まあそれは構わないけど……、でももう、手遅れじゃない?」
「どうしてだ?」
「今の話、みんな聞いてたから」
「えっ?」
永琳は魔理沙から焦点を外し、その後ろを見やる。
それに気付いた魔理沙が後ろを振り返ると。
――そこには、魔理沙の母乳を搾り出さんとする無数の魔の手が、
∧ _ - ― = ̄  ̄`:, .∴ ' ( )
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/ -―  ̄ ̄  ̄"'" . ’ | y'⌒ ⌒i
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/ , イ ) , ー'>> 環/´ヾ_ノ
/ _, \ / , ノ
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j / ヽ | / / ,'
/ ノ { | / /| |
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ついでにレッチリにも謝れ……なくてもいいのか?