Coolier - 新生・東方創想話

嘘つき混じりのMIRU key way

2010/07/07 18:46:08
最終更新
サイズ
53.4KB
ページ数
1
閲覧数
1934
評価数
13/46
POINT
2890
Rate
12.40

分類タグ

「皮肉だよな。
 織姫と彦星が会うための河が、逆に二人を遠ざけてるなんて。
 ま、それはこの私がスペルで天の川を作ったからなんだけどさ。弾幕の河じゃ泳いで渡れないさ」




―――例えば、そんな冗談。





















「かわの~、むこ~う~に、き~み~がいる~♪っと」

そんな鼻歌を歌いながら、手元の色折り紙にハサミを走らせるのは、湖に住む大妖精。
歌いながらもその手つきは流れるようで、正方形の折り紙があっという間に星型に変わった。

「歌もハサミもうまいねぇ。さすが大ちゃん」

彼女の横で同様にハサミを扱う妖怪蛍、リグル・ナイトバグが、その手元と鼻歌に賞賛を贈る。

「やだなぁ、大したことないって……それより、みんなは?」

頬を染めた大妖精が、話題を変えるかのように尋ねる。
リグルは窓の外を見、小首を傾げた。

「まだ帰ってきてないね。いいのが見つからないのかな」

場所は大妖精宅。この日は七月四日、七夕の三日前だ。
七夕といえば笹と短冊。それは幻想郷に住まう者達とて例外では無く、大妖精達も毎年、博麗神社に飾られる笹に短冊を吊るしに行くのが恒例であった。
しかし、『今年は自分達でもやろう』という誰からとも無い発案により、仲良し五人組での七夕飾り製作が始まっていた。
ジャンケンで適当に決めた結果、宵闇の妖怪ルーミア、氷精チルノ、夜雀ミスティア・ローレライの三人が大きな笹を探しに外へ出、残った大妖精とリグルが飾りを作って待つという流れに。
先の発言は、出発してから一時間経っても帰って来ない三人を心配してのもの、という訳だ。

「星はこのくらいでいいんじゃない?まだ何か作るものあるかな」

机の上に折り重なった、折り紙で出来たカラフルな星。笹に飾ろうと二人が作った物だ。
ハサミを置いて一息ついた大妖精の言葉に、リグルは少し思案してから答える。

「ん~、他の飾りは作るのすごく大変らしいし、里でかわいいの売ってるからそれ使った方がいいかも。短冊買うついでにさ。
 だから、私たちでも作れそうなもの……そうだなぁ、何でもいいから折り紙で飾りを作ってみるとか」

「小さい箱とか作ってみようかな」

「クリスマスみたいだね」

ははは、と笑い合う二人。その時、不意にばさり、と窓の外から音がした。

「ただいま~!」

「おっきいの、あったよ」

「切るのがちょっと大変だったけどね」

見やれば、窓の外側から何とも背の高い笹がにょっきりと室内へ侵入してきている。その影から、笹を取りに行った三人の顔が覗いていた。

「おかえり!」

「お疲れさま。本当に大きいね」

室内組の二人も、労いの言葉をかけつつ笹を引っ張って室内へ。
床の空いたスペースに笹を寝かせると、ようやく外の三人も中へ入る。

「これ、なんで根元がちょっと凍ってるの?」

笹を観察していたリグルの質問に、チルノがえっへんと胸を張った。

「なかなか切れなかったから、あたいが氷で剣を作ってこう、すぱっと!いっとーりょーだんってやつね!」

「実際は何度も叩いて叩いて、ムリヤリ叩っ切ったって言うべきだけどね」

横からミスティアが補足。英雄譚に水を差され、チルノは不服そうに頬を膨らませる。
一方でルーミアは、机に置かれた星型の飾りに興味津々。

「大ちゃんたちが作ったの?」

「うん、そうだよ。どうかな」

「すごくいいよ!かわいいし、おいしそう」

「お、おいし……?」

ルーミアの思考は、それなりに長い事、仲の良い友人として付き合ってきた大妖精でも未知の部分が多い。
その時、機嫌を直したチルノが苦笑いモードの大妖精へ尋ねた。

「でさ、まだ手伝うことあるかな。もう全部作っちゃった?」

「う~ん、このあと色んな飾りを買ってくるつもりではいるんだけど……星だけじゃあれだから、他にも何か作ろう、って話だったの。
 だから、何を作ったら面白いか一緒に考えてくれるかな」

「はいはい!だったら、プレゼントの箱とか棒みたいなキャンディとか……」

「だからそれじゃクリスマスだって。それに、基本的には折り紙で……」

「折鶴とかどうかな」

「採用!」

結局ミスティアの案が採用され、一同は折鶴製作。
皆一様に一生懸命、折り紙と格闘する。そんな折、一つ目が完成したチルノだったが、少し羽の部分が歪んでしまっていた。
それを見て彼女はため息。

「ありゃ、羽がへたれてみすちーみたいになっちゃった」

「それ、どういう意味よぉ」

先のお返しと言わんばかりなチルノの言葉に、ミスティアは彼女の柔らかそうな頬を指でつまみ、うに~と引っ張る。

「いひゃいよぉ……」

「そうだよチルノ、みすちーはもっとおいしそうだよ」

「………」

ルーミアの発言により、場はリセット。再び彼女達は黙々と飾りの製作に没頭し始めた。











それなりの数の折鶴が完成し、里まで出掛けてその他の飾りや短冊も買った。

「試しに飾ってみない?」

短冊以外ほぼ完成品となった笹を前に、どうしてもそれが立てられた姿が見たくなったチルノの提案で、彼女達は笹を外へ運び出す。
万が一の時にすぐ取り込めるよう、窓のすぐ横に立てかけ、簡単にではあるが壁に固定する。

「どうかな?」

「うん、上出来!あとは短冊書いて飾るだけだね」

笹捜索班が気合を入れて大きいものを取ってきたお陰で、いざ立てたその七夕飾りは中々に見事な佇まい。
しゃなりしゃなりと吹流しや星、折り紙で作ったリングなどのカラフルな飾りが風に揺れ、見た目も綺麗だ。折鶴も以外にマッチしている――― 気がする。

「これ、どうするの?」

「せっかくだし、このまま大ちゃん家に飾ることにしようよ。七夕が終わったらまた考えよう」

大妖精が尋ねるとミスティアが答え、残りの一同も頷いた。
自分が保管するのだから、もし雨が降ったら自分が取り込まないと――― 彼女は一人意気込む。

「じゃあ、そろそろいい時間だから今日はこれで解散。七夕の日に、また大ちゃん家に集合ね!」

「おつかれ~」

「お願い、何て書こうかなぁ」

時刻は丁度、午後五時を回った辺りか。良い子はもう帰る時間と言わんばかりに解散宣言が為された。
互いに手を振り合い、思い思いの方向へ去っていくメンバー。早くも短冊の内容に悩む声を聞こえる。
そんな友人達をにこやかに見送り、やがて一人になった大妖精はもう一度、笹を見やる。
力を合わせて完成した、見事な七夕飾り。夜空を流れる天の川の下、風に揺れる飾りや短冊を思い浮かべると、自然とテンションが上がる。
三日後に控えた七夕が早くも楽しみな大妖精は、笹を眺めつつ先の誰かよろしく短冊に書く内容を考え始める。

(これからもみんな仲良く……だと月並みかなぁ。健康で長生き……ってのもなんだかな。大切なことだけどさ)

腕を組み、う~んと唸ること数分。いざ考えてみると中々まとまらないものであって、大妖精は笹を前に思案に暮れる。
やがて、空の端が濃いオレンジ色に染まりだした頃だっただろうか。

「おっ、きれいな飾りだな」

不意に聞き覚えのある声をかけられ、大妖精はオレンジ色の空を見上げた。
箒に乗った魔法使い、霧雨魔理沙。どこかで買い物でもしてきたのだろうか、箒の先に袋を括り付けている。
彼女はすすす、と地面と平行に箒を下ろし、ひらりと飛び降りた。

「ありがとうごいざいます」

「ん。そういや、もうすぐ七夕だったな……」

大妖精がぺこりと頭を下げる。それに片手を上げ、魔理沙は思案顔。
やがて、何かを思い付いたのかパチンと指を鳴らした。

「そうだ。七夕と聞いて、何を思い浮かべる?」

「へ?七夕……う~ん、短冊とか、笹とか……」

不意な質問に大妖精は若干の戸惑いを見せたが、ついさっきまで笹飾りを作っていた影響で、そのように答えた。
すると魔理沙は小首を傾げ、さらに促す。

「え~、他には?」

「ほ、ほか……えっと、織姫に彦星、それから天の川」

「そう、それだ」

ぴっ、と指差し。先程から大妖精は驚きっぱなしだ。

「あ、天の川ですか?」

「そうそう。あれってさ、遥か雲の上を流れてるよな」

帯状に連なった無数の天体。キラキラ輝く光の帯は、まさに”天を流れる川”。
魔理沙の言葉に大妖精が頷くと、彼女はニヤリと笑った。

「もっと近くで見たいと思ったこと、ないか?」

「それは……それは、そばで見れたらいいなぁとは思いますけど」

目の前を流れる星の大河。想像しただけで胸が高鳴るその光景を、間近で見れたらどんなに素敵だろう。

「まさか魔理沙さん、できるんですか?例えば、天の川を飛べる高さまで引っ張ってくるとか……目の前で見られる方法があるんですか?」

驚いた表情で尋ねる大妖精。魔理沙は意地悪な笑みを崩さない。

「どうかな~。だが、私は星を操る魔法使いって言われてるんだぜ。ふふふ……」

「で、できるんですね!?見たいです!すごく!」

ぱぁっと顔を輝かせ、大妖精は魔理沙に迫った。
そんな彼女を落ち着けるように両手で制す。

「まあまあ。できるかも?くらいだからな。三日後を楽しみにしてなさいってこったな」

「はい、ありがとうございます!」

最後までもったいぶったような表情のまま、魔理沙はそれだけ言って去って行った。
残された大妖精は、去年の七夕を思い出す。首が痛くなるくらいに見上げた遥か星空の彼方に見える、白く煌く大河。
それを今年は、目の前で見られるかも知れない。自然と気分は高揚し、まだ三日も後だというのにごくりと息を呑む。

(今年の七夕は、すごいことになりそう……)

彼女は家に戻り、再び天の川に思いを馳せる。









「―――とまあそんな感じの事を言ったわけさ」

翌日、博麗神社の縁側。勝手に淹れた緑茶を啜りつつ、魔理沙は隣の博麗霊夢に昨日の事を話して聞かせた。
大妖精に”天の川を目の前で見せてやる”といったような事を”示唆”したと。
それを聞いた霊夢はため息一つ、

「あんた、いつか友達なくしても知らないわよ」

戒めるように言った。対抗するかのように、魔理沙は肩を竦める。

「なんでさ」

「出来るわけないんでしょ?またそうやって嘘をつくんだから」

まあ実際そうなのだ。星を呼ぶなんて、一人間の魔理沙に出来る筈も無い。というか妖怪でも無理だ。
だが彼女は別段悪びれた様子も無く、笑って答えた。

「人聞きが悪いな。場を盛り上げるための冗談、ジョークと言ってくれ」

「だからってねぇ……ああいう言い方されたら、単なる冗談とは捉えにくいわよ」

魔理沙は確かに、それほど深い意味を込めて、ましてや大妖精を傷つける目的で嘘をついた訳では無かった。ほんの軽いジョークのつもりだったのだ。
第一、明確に”天の川を呼ぶ”なんていった覚えも無い。示唆、誘導はしたが。だから訴えられる謂れも無い。
この辺は、魔理沙の悪知恵が働く所である。

「それに、私が冗談を言うなんてこれが初めてじゃない。本気にはしないだろ」

これまでにも何度か、からかい目的で知り合いに軽い嘘をついた事は沢山あったし、その一環だと思っていた。
だが霊夢は、眉にしわを寄せて唸り、再びため息。

「でもねぇ……相手が、ね。頑なに信じそう」

「は?」

霊夢の言った意味がよく分からず、魔理沙は聞き返す。
彼女は緑茶を一口含み、それを飲み込んでから口を開いた。

「行ってみれば?今頃、友達にも話してるわよ」

「あ、ああ……」

何だか胸騒ぎがして、魔理沙は湯飲みを置くと傍らの帽子を頭に載せた。







箒を駆り、魔理沙は湖を目指した。
別段、いつも通りに冗談を言っただけだ。気にする事なんてない―――頭ではそう思っていた。

(霊夢は心配性なんだよな)

彼女にはどこか世話焼きというか、お節介な所がある。悪い事だとは全く思っていないが。
暫くの滑空を経て、魔理沙は湖に辿り着いた。きょろりと辺りを見渡し、大妖精の家を探す。
すぐに見つかった。場所をある程度把握しているというのもあるが、その家の前に人影が幾つか見えたのですぐに分かった。

(いつものメンバーか)

大妖精はもちろん、チルノにルーミア、リグル、そしてミスティアの姿。
彼女は見つからぬように少し迂回し、家の裏手に着地。歩いて忍び寄り、耳をそばだてた。
大妖精達はついさっき集まったばかりらしい。

「……でさ、魔理沙さんが七夕に、天の川をすぐそばで見せてくれるって!」

早速聞こえてきた大妖精の何とも嬉しそうな言葉に、思わず魔理沙はびくりと肩を竦ませる。
話の端にちらりと話題が出るか、くらいに考えていたのに、まさかのストレート。
ひょっとしたら、その為に友人達を集めたのかも知れない。
だがしかし、興奮した様子で話す大妖精とは裏腹に、それを聞く者達はあまり乗り気では無いよう。
と、いうより―――

「も~、大ちゃんは人がいいんだから」

「絶対ウソだって、そんなの。魔理沙がウソつくなんて、これで何度目?」

まるで信じていない模様。
そっと顔を覗かせると、ルーミアが何やら指折り数えている。

「紅茶の葉っぱを黒焦げになるまで焼いたらコーヒーになるっていうのもウソ。
 お砂糖を天日で干したら塩になるっていうのもウソ。
 鏡をピカピカにみがき続けたらダイヤモンドになるっていうのもウソだったよ。
 それから、腐っちゃったお肉は弾幕の熱で焼けば大丈夫っていうのもウソ。おいしくなかったし」

『やったんだ……』と呟いてから、チルノは軽く首を振った。

「本当だったら、すごく楽しみなんだけど……みんながそう言うなら、ウソなのかなぁ。
 あたいも前に、『おヘソでカキ氷食べたら最強になれる』って言われてやろうとしたけど、ウソだって霊夢が」

一番信じそうな彼女もやはり、多数派の意見に賛同気味のようだ。
いくらなんでも、これなら嘘だと判断するだろう―――そう思った魔理沙の考えは、どうやら甘かったようであり。

「そ、そんなことないよ!魔理沙さん、約束してくれたもん!私は信じるよ」

そう力説する大妖精の顔は、どこか必死だ。

「だって、魔理沙さんは星を操れるって言ってたし……きっと、何かすごい魔法を隠してるんだよ。
 今までウソついたことあるかもしれないけど、それも全部、七夕に私たちを驚かそうとしてなのかもしれないし……。
 そ、それに!魔理沙さん、この七夕の飾りも褒めてくれたんだよ。きれいだって。だから、その……うまく言えないけど、きっと見せてくれるよ!」

”信じている”というより、”信じたい”のだろう。
遥か夜空の彼方を流れる天の川。それを目の前で見られるチャンスなんて、滅多に無い。

「あ~あ、こりゃあ魔理沙の罪は重いぞ~」

「もし大ちゃんを泣かせたら、どんなイタズラしてやろっかな……」

しかし、一貫して彼女の友人達は信じていないようで、早くも嘘だと判明した後の”処遇”を考えている。
そんな彼女達にそっと背を向け、魔理沙は箒に跨って飛翔。見つからぬよう、湖を離れた。

(……マジかよ。マジで信じるのかよ。そんな途方もない話を?)

森へ向かってふらふらと飛びながら、彼女は大妖精の言葉を頭の中で再生する。
純粋に、頑なに、魔理沙の語った夢物語を信じて疑わない。
出来る筈も無い、そんな大言壮語を信じる方が馬鹿だ―――そう言ってしまえば済むのかも知れない。それに楽だ。
だけど、あんなに楽しそうな顔をして語られたら、どんな顔をして嘘だと言えばいい。
もう魔理沙にとって、今回の嘘は普段通りのものでは無くなってしまった。
大妖精の嬉しそうな顔を見たその時から、息をするように吐いた、適当な嘘では無くなってしまった。

(……星を呼ぶ、か)

魔理沙は少しだけ進路を変えた。









魔理沙の自宅は森の中にある。
だが、森とは言っても彼女が向かったのは自宅方面では無く、少し離れた別の家。
家の周りの花壇も綺麗に整えられた、まめな人物が住んでいると分かる木造の一軒家。
彼女は箒を降り、玄関のドアを三回ノック。

「は~い」

中から少女のものらしき声がしたので、魔理沙は躊躇い無くドアを開けた。鍵はかかっていない。

「……せめて私に開けさせてよ」

丁度、廊下の奥から顔を覗かせた家主―――アリス・マーガトロイドは、訪問者の顔を見るなり唇を尖らせる。

「ん、悪い」

どこか素っ気無く謝罪し、魔理沙は靴を脱いで家の中へ。
アリスはやれやれ、とでも言いたげに肩を竦めたが、彼女の侵入を拒む様子は無かった。
リビングまで上がりこんだ魔理沙は勝手にテーブルの所に置かれた椅子を引き寄せ、座る。
まるで遠慮しない彼女にもすっかり慣れているのか、アリスは彼女の前にカップを一つ置き、ため息。

「あなたね、人の家に来たならそれらしい態度ってものが……ああもういいや、いつもの事だし」

一旦台所へ向かい、紅茶の入ったポットを手に帰って来た彼女はもう一度肩を竦めた。
その呆れ顔を見て、魔理沙は呟く。

「あ、ああ……ごめん」

「……?変に素直ね」

魔理沙の様子に若干の疑問を抱いたアリス。すると、今度は魔理沙の方から口を開いた。

「なあ、ちょっと訊きたいんだけど」

「何?言っとくけど、上海はあげないわよ」

以前、魔理沙が上海人形をやたら欲しがっていたのを思い出し、アリスはそう言ってみた。
だが当の彼女はその冗談に特別応える事はせず、持って来た”質問”をぶつける。

「……星を呼び寄せる魔法って、何か知らないか?」

「……上海、体温計持ってきて」

「熱に浮かされてるつもりはない」

魔理沙の質問を聞くなり、すぐに体温計を人形に持ってこさせようとしたアリス。

「いや、だって……”星を呼び寄せる”なんてファンタジー小説そのものじゃない。
 そんな事を真面目な顔して言われたら、熱出してるって思うのが普通よ」

「お前それでも魔法使いかよ」

「あなたよりは魔法使いのつもりよ」

互いに減らず口。この二人は全く仲が良いのか悪いのか。
しかし、急にアリスは真面目な顔に戻った。

「でも、どうしたの?いきなり来たかと思えば、そんなコト訊くなんて。
 あなたが来ると必ず『お茶請けも出してくれよ』なんて言うのに、今日はまだ言わないし」

それどころか、魔理沙にと注がれた紅茶は全く減っていない。

「……なんでもない。ちょっと、星を動かす必要性に駆られてるだけさ」

「星を動かすなんてのを『なんでもない』範疇に収められるあなたは、将来きっと大きな魔法使いになるわね」

アリスは試しに、と皮肉混じり。だが魔理沙はそれに言い返す様子を全く見せない。
彼女はカップを手にすると、紅茶を一気に飲み干す。正直まだ熱くて舌を火傷しそうだったが、出されたものを残したくは無かった。

「そっか……悪いな、邪魔した」

「ちょ、ちょっと魔理沙」

「今度は私がなんか持ってくる。いつもごめんな」

「………」

魔理沙はひょいと片手を上げ、どこか落胆した風な顔をアリスから背けた。
やけに素直な物言いのまま、廊下の奥へ消えていく。
いつもより妙に小さく見えたその背中を、アリスは黙って見送る事しか出来なかった。









アリスの家を後にし、魔理沙は森を出た。
同じ魔法使いのアリスに訊けば、何かヒントを得られるかも知れないと踏んでの訪問だった。
収穫は無かったが、仕方無いと思っていた。それよりも、時間が無い。
もう一箇所、当たりをつけている場所があったので、箒を少し飛ばす。
眼下に広がる大きな竹林を飛び越えて、魔理沙が辿り着いたのは永遠亭だった。
箒を降りると門を潜り、右手へ。分館のようになっているその場所は、月からの薬師・八意永琳が暇潰しを兼ねて開いている診療所がある。
入り口から顔を覗かせると、都合良く待ち人はいない。
魔理沙が診療所の待合室に足を踏み入れると、丁度休憩中だったのか、奥の診察室から永琳その人が現れた所であった。

「あら、珍しい顔ね。どうかした?」

別段警戒するでも無く、普通に客として見ているようだ。
魔理沙は帽子を取ると、軽く頭をかきながら口を開く。

「あ~、体調が悪いとかじゃなくて。なんていうか、薬の開発依頼というか……」

「……?どんな?」

よく分からない、とでも言いたげに永琳は尋ね返した。
そんな彼女に、魔理沙は少し躊躇ってから続きの言葉を口にする。

「……変な事だけどさ、その……宇宙空間に飛べるようになる薬とか、あるかな」

その瞬間、二人しかいない待合室を包む、静寂。
永琳は暫し固まった後、魔理沙の顔を見る。どうやら、冗談やからかい目的では無さそうだ。だからこそ余計に、何だか肩が重い。

「……複雑な事情がありそうね。とりあえず、そこに」

勧められ、魔理沙は患者が待つ為の椅子に腰を下ろした。
その隣に同じく腰を落ち着け、永琳は話を再会する。

「結論から言うと、作ればあるわ。けど、そんなの作った事もないから時間がかかるし、第一何に使うつもり?」

「……なんていうか、星をすぐそばで見せてやりたい奴がいるんだ。それで……」

そのままの事情を全て説明するのは憚られ、魔理沙はそれだけの説明が精一杯だった。

「二日後までに、何とかしたいんだけど……」

「もしかして、七夕?」

びくり、と肩を竦ませたのは本日二度目。慌てて永琳の顔を見やると、彼女はどこか余裕そうな表情。
月の頭脳には何でもお見通し、といった所か。

「大方、天の川を傍で見せてやるとでも言ったのかしら」

「………」

黙りこくってしまった魔理沙。その様子に永琳は、ふぅ、と息をついた。

「事情は大体分かったけど、恐らく無理よ。さっきも言ったけど、似たコンセプトの薬だって作った事がない。
 二日で出来るかというと……正直、厳しいわね。
 それに、あなただけ宇宙に飛んだって仕様が無いでしょう?見る人がいなくちゃ。仮に飛んだとして、星をどうやって引っ張るのか、とか……」

明晰な頭脳が語る言葉の一つ一つには、確実な重みと信頼性がある。それが今の魔理沙には辛い。
みるみる沈痛な面持ちになっていく魔理沙に、永琳は思わず口をつぐんだ。

「……ごめんなさい、ちょっと言い過ぎたかも」

「いや、いいんだ……ありがとうな、参考になったよ。仕事中に邪魔した」

のっそりと席を立ち、それだけ言うと彼女はふらふらと診療所を後にする。
永琳は何か声をかけてやりたかったが、その頭脳を持ってしても、彼女の姿が消えるまでにピッタリの言葉を見つける事が出来なかった。









辺りは、そろそろ夕暮れの色を濃くし始めていた。
永遠亭から帰る道すがら、魔理沙はずっと考えていた。
正直、どうにもならないと。

(いっそ人間やめるか?)

冗談めいた考えを浮かべ、一人自嘲気味に笑う。
気付けば彼女は、再び湖に来ていた。
否、彼女自身の意思で湖に来ていた。
あまり認めたく無いし、あらゆる意味で気が進まない。
だが、これを大妖精に伝えなければならない。
『あれは嘘でした、ごめんなさい』と。

(マジで泣かれたら、当分立ち直れねぇかも……私のハートは以外にヤワなんだぞ)

心の中ではぶつくさ言っても、その飛行スピードは幻想郷トップクラスの面影をどこにも宿していない。
まるで、これから注射を打ちに行かねばならない子供のような気分。

(まさか、本当に信じるなんてなぁ)

いくら自分で撒いた種とは言っても、相手を確実に傷つけると分かっている選択肢しか残されていないのは、辛い。
いつしか、大妖精の自宅を視界に捉えていた。しかし、玄関ノックの必要性は無さそうだ。
当の本人は丁度外にいて、何やら飾ってある笹をこちゃこちゃといじっている。足元に箱が置かれている事から察するに、飾りつけの追加だろうか。
魔理沙は少しだけスピードを上げ、まっすぐ大妖精の下へ。背後数メートルまで迫った所で地面と平行に高度を落とし、飛び降りる。
彼女の靴が草を踏みしめる音に気付いたか、笹に向かっていた大妖精がくるりと振り返った。

「あっ、こんにちは!」

「お、おう」

魔理沙の姿を視認するなり彼女は、ぱっと顔を輝かせる。一方で魔理沙は、我ながらぎこちない笑顔をしていると思った。
いきなり本題に入るのは気が引け、笹飾りへ視線を移す。

「飾り、またつけてるのか」

「はい。昨日はまだ売ってなかった飾りとか色々あったので、つい」

そう語る大妖精は何とも楽しそうだ。
心の準備の為、もう少しだけ時間を稼ぎたかった魔理沙だったが、どうも幻想郷の問屋は納期に厳しいらしく。

「そうだ!魔理沙さん、昨日おっしゃってた天の川のことなんですけど」

ピンポイント。思わず息を呑んだ。

「な、なんだ」

「みんなにも話したんですけど、ウソだって言って信じてくれないんです。でも、私は本当に楽しみにしてますから!
 今まで天の川を見上げる度にすごいなぁとか、きれいだなって思ってましたけど、今年はすぐそばで見られるんですよね。
 ちょっと恥ずかしいんですけど、私、一度でいいから天の川で泳いでみたいとか、思ってたり……そ、それは半分冗談ですけど」

この瞬間、魔理沙はさっさと本題に移行しなかった己の迂闊さを盛大に呪う羽目になる。
目の前で自分がどれだけ楽しみにしているかを語る大妖精の笑顔の、なんと眩しいことか。
『天の川も川だから泳げるかも』なんていう発想の、なんと可愛らしいことか。

(う、うおあぁぁぁ……)

ずきり、と明確に胸の底の辺りが痛む感覚。罪悪感が世紀末救世主伝説の如き様相を呈して暴れ回る。
ニコニコ笑顔の大妖精に、魔理沙は今から残酷な事実を告げなければならない――― 筈だったのだが。

「な、なぁ。それについてなんだが……」

「はい?」

魔理沙が言い難そうに口を開いても、彼女は笑顔を絶やさない。

「あ~、その……天の川を目の前で見せるって言ったけど……それな……」

「……?」

ちょい、と小首を傾げ、大妖精は次の発言を待つ。しかし、その間もやはり笑っていた。なので、

「―――ち、ちょっと、難しいかも知れないな、な~んて……いやな、あの、かなり高度な魔法を使うんだ。
 思ったよりもレベルが高くて、私の技量を持ってしても難しいかも知れないんだ」

かな~り発言を妥協してしまった。ピカピカの笑顔を崩す真似がどうしても出来なかった。
少しでも当日の言い訳をしやすいようにとさらに言葉を重ねる。

「で、出来るだけ頑張ってはみるよ。だけど、もし、その……ダメだったら、ごめんな」

何とか、それだけを口にする。これで、当日何も起こさなくても理由付けが遥かにしやすくなった。罪悪感も多少は和らぐだろう。
ほっ、と心の中で安堵の息をつく魔理沙。

「なぁんだ、そんなの。気にしないでください」

大妖精も頷く。そこで会話が終われば良かった。だがしかし次の瞬間、

「それに私は魔理沙さんのこと……信じてますから!」

この上無いくらいに愛らしい笑顔で放たれたその一言により、魔理沙の良心が火炎放射器で汚物消毒を始めてしまった。救世主が再び暴れ回るのも時間の問題である。

(ぐおおぉぉぉ……)

心の中で呻き声。徒に”ヤワなハート”の傷口を抉るような結果となってしまった大妖精との会話に区切りをつけ、魔理沙はふらふらと自宅方面へと飛び去った。









森の中にある、やたら散らかった自宅に帰りついた魔理沙は、早速ベッドへと寝転がる。だるそうに天井を仰ぎ、ため息。

「……どうしよ」

呟きが漏れる。出来ないかも、とは言ったのだからこのまま当日を待ち、『やはり無理だった』と言って謝れば解決する。
それは分かっていたが、大妖精の顔を思い浮かべるとどうしても、それでいいのかという疑問が頭をもたげるのだ。
だが、今回自分がついた嘘は、明らかに自身のキャパシティを超えている。星を呼び寄せるだなんて、そもそも幻想郷に出来る奴がいるのか。
どうせ無理なんだから―――。
次からつく嘘に気をつければいいから―――。
そう思って無理矢理に思考をシャットアウトしようとするも、上手くいかない。

(……なんで、こんな嘘ついちまったんだろう)

別段、理由は無かった気がする。日常的な軽い冗談に一々理由なんて求めていたら疲れてしまう。
ただ、大妖精がたまたま七夕の飾りと一緒にいたから、くらい。
そのまま彼女は、嘘をついた時の会話を思い返していた。

『私は、星を操る魔法使いって言われてるんだぜ―――』

(なんでそんな、大それたコト言ったんだろうなぁ)

そんな細かい発言にまで理由を求めていた、その時。

「―――!!」

光明。
正直な話、それはかなりの重労働だ。あまり自信も無い。
だが、やらねばならない気がした。魔理沙は頭の中で、消えぬ罪悪感に苛まれて過ごす七夕前日と、大妖精の笑顔を量りにかける。
鴉天狗の入浴時間など知らないが、脳内の天秤が傾いたのは確実にそれよりも速いだろう。

「……やるか」

魔理沙はベッドから半身を起こし、そのまま飛び降りる。
散らかった机の上を半ば無理矢理に片付け、本棚から本を数冊抜き取る。
鍵のかかった机の中から、霊夢が使う札くらいの二枚の白い紙を取り出し、机の上に。
ぱら、ぱら、と本をめくる音に時折、ペンを走らせる音が混じる。
七月五日の夜は、とても静かに過ぎていった。









その翌日は、曇天だった。
垂れ込めた灰色の雲は、まるで幻想郷を押し潰そうとしてくるかのよう。
そんな空を見上げ、魔理沙は箒に跨って空へと舞い上がる。
目の下には濃い隈が出来ており、明らかに殆ど眠っていない事を雄弁に物語っていた。
ポケットには、昨日寝ずに作った”アレ”。目元の隈はその副産物。
箒の先に括り付けた袋には、この日一日分の食料を詰めてある。きっと、夕食の時間にはとても帰れないだろうから。

(さあ、行くか……!)

例え睡眠不足でも、その目は燃えていた。やる気に満ち溢れた表情で、箒の高度を上げる。
コンパスを取り出し、方角を確かめた。

(北は――― あっちか)

魔理沙は急激に加速し、ただひたすらに北を目指して飛び始めた。
ぶつかってくる風に帽子を飛ばされかけ、慌てて片手で押さえる。少し張り切り過ぎたかと、彼女はちょっとだけスピードを落とした。
それでも依然高高度を保ち、北へ向かって箒を飛ばす。段々と見覚えのある景色が減っていく。
少し後ろを振り返ると、遥か遠くに湖が見える。ここからでは、ただの水溜りにしか見えないくらい小さい。
飛び続けて、早三十分。すっかり見た事の無い景色に囲まれつつ、魔理沙はそれでも飛び続けた。
一時間。いくら雲に覆われた天気でも流石に暑い。むしろ蒸し暑いようなこの気候は、ずっと屋外を飛行する魔理沙の体力を確実に奪っていた。
取り出した水筒から水を飲み、はぁ、と長く息をつきながら彼女は辺りを見渡した。この辺まで来ると、誰かが住んでいる気配もあまり感じられない。
それでもまだ、視界の端に人家らしき建物がちらちらと映るので、彼女は水筒をしまうと再び飛び始める。誰かが住んでいるような場所なら、まだまだ。
二時間。眼下に広がる景色の八割が木。太陽はいつしか真上に昇っていた。袋から取り出したサンドイッチをかじりつつ、まだ飛ぶ。
飛び始めて、三時間近く経っただろうか。

「……ここらで、いいかな」

その内、幻想郷と外とを隔てる結界にぶつかってしまうのではないか、と危惧するくらいに飛んできた。
辺りは木と山、そして岩。未開の自然がそのまま残っている。人はおろか、妖怪ですら住んでいそうな気配は全く無い。
動く物の無い景色のど真ん中で、魔理沙は箒を止めた。
彼女はコンパスを取り出し、今度はほぼ180°反転、南の方角を向く。
それからポケットを探ると、昨日寝る間も惜しんで用意した”それ”の一つ目を取り出した。
何やら文字や記号が描かれたカードのようなもの。白地に黒いインクで描かれたそのカードを人差し指と中指で挟む。

「さて、こっからだ……ちゃんと二人が会えるように、きちっと橋渡ししてくれよな!」

まるで気合を入れ直すかのように大きな声で言い、彼女はカード掲げた。
その瞬間、まず淡い光が魔理沙を取り囲み、やがてそれは彼女の前方へと集まっていく。
まるで霧のようなその光の粒は、段々とはっきりした形をとっていく。
それは、魔理沙お得意の五芒星――― 要するに、星の形。殆ど透明だが、微かに黄色く光る中型の星が、一、二――― 全部で七つ。
彼女の手によって作られた七つの星は、全て彼女の前方で横一列に並ぶ。光の粒子を撒き散らしながら滞空する星達に向けて、魔理沙は再び声を張った。

「さあ、行け!」

腕をバッと払うように広げると、星達は一斉に、横一列を保ったまま空を滑り出した。
よく、よ~く目を凝らすと、七つの星が通った後には、さらに小さな沢山の星達が、まるで尾を引いたかのように敷き詰められていた。
こちらも殆ど透明で、じっと見つめ続ければようやく分かるくらいの乳白色。地上からでは、空の色と同化してまず見えない。

「やべ、置いてかれる」

残された星を見ている間に、先を進む大きい方の星達は結構遠くへ飛んで行っていた。慌てて箒を動かし、星に追いつく。
その間も七つの星はグライディング。その後に、絶え間無く沢山の小さな星達を残して。
大きな星が飛び交い、その後に尾を引くかのように小さな星が散っていく。
それはまるで、彼女の”ある”スペルカードそのものではないか。

自らの嘘を限り無く実現に近づける為、彼女がとった方法――― それは、己のスペルカードで天の川を”作る”こと。










星を追いかけ、走り出す。
行きが往路なら帰りは復路、元来た道を帰るだけ。
しかし、彼女が追う星のスピードはそこまで早く無く、必然的に時間は掛かる。
きちんと弾幕構成のプログラミングはした筈なので寝てても思惑通り動いてくれるとは思うが、どうしても不安だった。
失敗したら目も当てられない。魔理沙は何としてでも、確実な動作を見届けたかった。

(多少の厚みを作っておいて良かったぜ。薄っぺらいとどうしても迫力に欠ける)

帯状にばら撒かれていく小さな星の集合体は、2,30cm程度の厚みを持っている。そのように組んだからなのだが、一つ一つの星は小さいのでそのままだと”完成品”が薄っぺらくなるし、隙間も出来る。
時間は掛かるが、見栄えを良くする為に厚くなるよう星を撒かせるようにしたのは正解だったようだ。
もう三十分以上は飛んだだろうが、未だに辺りの景色は自然そのもの。人っ子一人いない。
来た時は結構な速さで飛んできたが、帰りは星を追いかけながらの空中散歩なのだから致し方無い。

「ふぁぁ……ぁ」

思わずあくびが漏れた。碌に寝ていないのだ。
だが、こんな所で箒から落っこちて足を骨折でもしようものなら――― いや、足ならまだ何とかなる。かなりの高さを飛んでいるのだ、立ち上がれないくらいの怪我をする恐れだってある。
辺りには誰もいないし、誰かが通りかかる事も無さそうだ。恐らく、誰にも気付いてもらえないまま以下省略。魔理沙は思わず身震い。少しだけ目が覚めた。

「そんな安眠は御免被りたいね」

一人ごちてから、彼女は再び星を追い始める。
その後は再び睡魔に襲われぬよう、景色を見渡して目印になりそうな物を数えてみたり。
先を進む大きい星がばら撒いていく小さい星を数えようかとも考えたが、ものの数秒で断念した。多すぎる。
そんなこんなで一心不乱に南を目指し、飛び続ける魔理沙。
頭上は灰色の雲だらけなので気付き難いが、どうやら夕方も近くなっていているらしい。となると二時間以上、ひょっとしたら三時間以上は飛んだ計算だ。
来た時と同じ速度なら、もう自宅付近に辿り着いている。少なくとも、見覚えのある景色が見えてくる筈だ。
しかし、相も変わらず辺りは木が立ち並ぶ。しかし、僅かではあるが道のようなものが見えたり、何者かが住んでいそうな形跡が見えてきたりと、確実に知る場所へ近付いている。
そろそろ半分は越えたかと、魔理沙は帽子を被り直す事で決意を改めた。

(暗くなっちまう前には……)

まだ辺りは十分に明るい。だからこそ彼女は急ぎたかった。
それから更なるフライト。ずっと続く暑さに加え、飛び続ける事による魔力の消耗、さらには精神的な疲れも相まってかなりの負担となりつつあった。
星をもっと速く進むようにするべきだったかと魔理沙は少しだけ後悔したが、すぐに首を横に振る。
労力を惜しむ訳にはいかないのだ。全ては自分が撒いた種なのだから。
少しずつ、少しずつ暗くなっていく空。オレンジ色の夕焼けも、今は雲に隠れて見えない。陽はもう沈むのか、それともまだ保つのか。
ずっと見るのを忘れていた懐中時計を取り出し、時間を確認。午後五時を回っていた。となれば、ここからの空は闇を濃くする一途を辿る。
若干の焦りが募り始めた魔理沙の視界の奥に、段々と見慣れた景色が広がり始めていた。広大な森。辺境に住む物好きの家。知っている。
やっとか、と彼女は安堵の息をつく。それでも気までは抜かず、星を見失わぬようしっかりと見据える。
それからもう少し飛ぶと、遥か遠くに水溜り。よくよく見知った湖が、今はとても懐かしく思えた。
もう一度時計を見ると、もうすぐ午後六時。どうにか日暮れまでには、スタート地点に戻って来れそうだ。
自宅のある森を飛び越え、いつも飛んで回る平地。左側を向けば、少し離れた所に真っ赤なお屋敷。

(これでやっと、半分か……)

だがしかし、魔理沙の冒険はこれで終わりでは無い。自分達の頭上で途切れている天の川など不自然極まりない。
そう、この星をさらに遠く、反対側まで引っ張っていかなければならないのだ。
面倒だ、と一瞬でも思ってしまった自分を恥じ、しっかりを箒の柄を握り直した。
やがて彼女の身体は湖の上に差し掛かる。それと同時に、少しだけ焦りが芽生えた。もし、たまたま飛んできた大妖精や知り合いにでも見つかったら?
しかし魔理沙が飛んでいるのは結構な高高度、多分見つからないだろうと踏んでいた。事実、それは杞憂に終わる。
下方を見やれば、昨日も寄った大妖精の家が見えた。今頃、夕飯の準備でもしているのだろうか―――ぼんやりと、魔理沙は考えた。
そんな事を考えた所為で、彼女の腹の虫もぎゅるりと唸る。やれやれ、と苦笑いして彼女も飛びながら夕食を始めた。







持って来たおにぎりを全部胃の中に放り込んだ頃には、辺りも大分暗くなっていた。
湖は遥か後方に過ぎ去り、年季の入った騒霊屋敷もとうに飛び越え、さらに南へ。
森とは反対の方向であるし、里とも違う方角なので、すぐに見覚えのある景色は失われてしまった。
垂れ込める雲の灰色も濃さを増し、いよいよ持って幻想郷は夜に突入し始める。
暗くなった所為で、彼女の追いかける星達が発する微かな光がちょっとだけ目立つようになった。もっとも、ばら撒かれる方の小さな星はやはり殆ど見えない。
見えてしまったらすぐにバレてしまうのでそれでいいのだが。七夕当日の夜になって、やっとこの星達は輝きを取り戻すのだ。
その意味は、魔理沙だけが知る。

「………」

無言で飛び続ける内、再び強烈な眠気が彼女を襲う。かれこれ十時間は飛びっぱなしなのだ。おまけに昨日は碌に寝ていない。
騙しだましでやってきた彼女の身体にもいい加減、隠せない程の疲労が蓄積していた。
いつの間にか完全な暗闇となった周囲に、前方を滑る星達の淡い光。いい具合に催眠効果をもたらす。
とろりと閉じかけた瞼を無理矢理こじ開け、首をぶんぶんと振って眠気を追い出した。

(まだだ……もう少し)

あと少し、あと少しと何度も心の中で唱え、ひたすらに星を追いかけ続けた。
もうどれくらい飛んできたのかも分からなくなった頃、思い出したように魔理沙は時計を見た。もうそろそろ、日付が変わる。
コンパスを頼りにずっと南を目指して飛んできた。闇に慣れた目で、周囲を見渡す。
昼間に星を撒き始めたあの場所のように、そこは木々と岩に覆われた未開の地。動く物も無く、静かだ。

「ここならもう、いいよな」

気の無い声で呟き、魔理沙は最初に使用したカードを再び取り出し、掲げる。

「……ステイ」

小さな声で言うと、ずっと夜空を滑るように飛んできた七つの星は、その場でぴたりと停止した。それと同時に、長い事敷かれてきた星のレールもそこで途切れる事となる。
こんな辺境なら、誰かに見つかる事も無いだろう――― そう判断し、魔理沙は七つのやや大きい星をそこに残したまま、くるりと180°方向転換。
魔法で微かな明かりを灯し、コンパスを見やる。目指すのは、再び北。

(やっと帰れる……)

そう思っても口には出さず、ふぅ~、と長く息を吐いてから再び彼女は飛び始めた。
南へ向かい始めた時よりも遥かに速く。最初に北へ向かった時よりも速い、かも知れない。
飛ばされぬよう帽子を片手で押さえ、もう片手はしっかりと箒の柄を握る。疲労の所為でバランスを崩さないか、なんて心配は今の彼女には出来なかった。
ただただ、眠くて堪らない。何も考えず、家に辿り着く事だけを目指す。
一日中飛び続けた疲労感が、彼女の身体を縛り付けていた。
取り憑かれたように飛び続けたまま、数時間。とっくに日付は変わり、ずっと空を閉ざしていた雲にも切れ目が出来ていた。
僅かな隙間から差し込んだ月明かり。それを反射してきらりと輝く何かを、魔理沙は見つけた。

(……ここは……)

まるで巨大な万華鏡のように、きらきらと月明かりを反射する、湖。
いつの間にか、見慣れた場所まで辿り着いていた。ここまで来れば、家はすぐそこだ。
安堵したようなため息を一つ残し、彼女はそのまま森へ向かう。暗くても場所は分かった。
さっきまで居た場所とは違って見覚えのある木々を飛び越え、あっと言う間に魔理沙の自宅が見えた。
一度近くまで帰って来た時もそうだったが、たった一日なのにとても懐かしく感じられた。
我慢出来なくなったか、まだ地面まで下り切らない内に箒から飛び降りる。ふらふらとした足取りで玄関へ近付き、開錠。
箒を立てかけ、帽子を適当に放り投げる。多分床に落ちただろうが、気に留めない。
寝巻きに着替えるのももどかしく、魔理沙はそのままの格好でベッドに倒れ込んだ。
身体はうつ伏せ、足はベッドからはみ出して床の上。しかし、すぐに穏やかな寝息が部屋に流れ始める。











深い深い、泥沼のような眠りから魔理沙が呼び起こされた時、時刻は正午をとうに回っていた。
七月七日、七夕。
大慌てで飛び起き、まだ夜まで時間があると分かると急に気が抜けて、ベッドの上に座り込むと、ぼけっと数分。
外はすっかり晴れており、昨日は拝めなかった太陽の光が窓から差し込み、部屋を明るく照らす。
部屋の中央付近、床に無造作に転がされた愛用の帽子。それに気付いた彼女はベッドから降り、それをきちんと帽子掛けへ。
そのまま浴室へ向かい、シャワーを浴びる。思えば昨日きちんと入浴しておくべきだったが、眠かったのだから仕方無い。
簡単な服に着替え、頭にバスタオルを被ったまま、魔理沙は窓から空を見上げた。多少雲は出ているが、綺麗な青空が広がっている。
これならきっと、天の川も見えるだろう。そして、自らの努力の結晶も。
いくら目を凝らしても、自分が敷いた星のレールは見えない。結構な高高度であるし、殆ど透明なのだから当然だ。
くしゃくしゃと髪を拭きつつ、まだ少し眠い頭で今夜の事を頭の中で整理する。

「こんだけやったんだ、上手くいってくれよ」

誰にとも無しに呟いた。









今夜の事を思うと気が気でない。そうこうしている内に時間はとっとと過ぎ去り、午後七時前。そろそろ辺りも薄暗い。
魔理沙はいつもの服に戻ると帽子を被り、机から取り出したもう一枚のカードをポケットにねじ込む。
玄関に立てかけた箒を手に取り、家を出た。施錠を済ませ、空へ。

(あ~……まだ眠いな、やっぱ)

一日飛び回った疲れは、少し寝たくらいでは回復してくれなかった。
だが、やるべき事は分かっている。彼女は真っ直ぐに箒を湖へ向かわせた。
森を飛び越え、そこで彼女は一気に高度を上げる。昨日と同じくらいの高度で待機。
待つ間、湖の方をぼんやりと眺めてみる。大妖精は、どんな表情をして待っているのだろうか。
何だか気になったが、その答えはもうすぐ分かる。魔理沙は完全に日が落ちるのをひたすらに待った。
薄暗い程度だった空も、一分、また一分と時間が経つに連れて闇の色を濃くしていく。早く夜になれ、と思わず念じてしまう。
見上げれば、透き通った夜空にいつの間にかいくつもの星が瞬いている。
その中に一際目立つ、光の帯。本物の天の川だ。
もうそろそろ、いいだろう――― 魔理沙はやや緊張した面持ちのまま、ポケットに手を入れた。
少し固い紙の感触。それを指先で摘んで引きずり出す。
取り出した二枚目のカードを人差し指と中指ではさむ。途端に大きくなる心拍音。大きく深呼吸し、高鳴る心臓を落ち着ける。

(大丈夫だ、絶対に上手くいく)

息を深く吐いた彼女の表情は、いつもの自信たっぷりな顔に戻っていた。
蒸し暑い夏の空気を胸いっぱいに吸い込み、カードを掲げる。



「とくと見やがれ……これぞ霧雨魔理沙謹製・ウソっぱちミルキーウェイだ!!」




その瞬間―――








沈み行く太陽。段々と光を消していく空模様を、大妖精は家の窓からじっと見ていた。
今は買出しでいない友人達は最後の最後まで、『どうせウソだ』と言っていた。
おまけに魔理沙本人が『出来ないかもしれない』と。それでも彼女は待っていた。
時計の針が進むのを指の数だけ数え続け、気付けば夜はすぐそこ。
ふと空を見上げれば、コンペイトウをばら撒いたかのような満天の星空が広がっていた。

(天の川も、ちゃんと見えるね)

雲に隠れてしまわないかが心配だったが、きちんと天の川も見えている。
後はそれを、魔理沙が引っ張ってきてくれるのを待つだけ。
いくら信じていても、その目で確かめていないのだから不安は残る。
夜空を注視しても、別段変化は起きていない。本当に何かが起こるのか。
そんな折、優しいそよ風が頬を撫でた。窓のすぐ横に立てられた笹飾りが、さらりと心地良い音を立てる。
それに気をとられ、大妖精が真横を向いていたまさにその瞬間であった。


――― 七夕の夜空が、一瞬の輝きに包まれる。


「きゃっ!」

あまりに急な出来事だった。夜空に慣れていた目はその激しい発光に耐えられず、思わず短い悲鳴を上げる。
目頭を軽く押さえ、やっと目が開けられるようになった大妖精は、はっと息を呑んだ。

(……まさか、今のが!?)

大慌てで、再び夜空を見上げる。



そこに広がっていたのは、紺色のキャンパスに一筆で描いたかのような、煌く光のレールだった。









一瞬夜空が光ったような気がして、博麗神社へ向かっていたアリスは森の出口で足を止め、空を見上げる。

「……うそ」

思わず呟きが漏れた。驚きの余り、手にしていた数枚の短冊を落としそうになる。
天の川は確かに今もある。だが、もう一本の輝く帯が、空の割と近い位置に伸びているではないか。
本物の天の川に比べるとかなり小さく見えるが、それでも十分すぎるぐらいに目立つ。
何も知らない人々なら、何が起こったかと騒ぎ出すだろう。だが、彼女にはすぐに分かった。

(魔理沙、あなた……)

どうやってかなんて知らない。だが、魔理沙が確かに星を呼んで見せたのだ。
それなりに長い付き合いだ、大方、彼女が七夕の日に何かやらかすつもりだとは気付いていた。
二日くらい前に尋ねてきた時は、とても無理だと思った。それは魔理沙だって同じだろう。
だがしかし、もう一本の天の川がそこに広がっているのは紛れも無い事実。その輝きに、思わずため息が口を突いて出た。

「ほら見て、綺麗よ」

腕に抱えていた上海人形にも、その”手作り天の川”を見せてやる。
そのまま神社へ向かおうとしたアリスだったが、何やら騒がしい声がその耳に届けられた。

「なにあれ!?」

「わかんない」

「天の川、なのかなぁ……」

ちょっと離れた所に、どうやら買い物帰りらしいチルノを筆頭とした仲良し五人組―――から一人除いた四人組。
しきりに夜空を指差し、あれやこれやの大騒ぎ。そんな彼女達に近付き、アリスは声をかけた。

「こんばんは。あれが何か、知りたい?」

「え、何か知ってるの?」

目をぱちくりさせてチルノが尋ね、他の三人もずいっとアリスへ詰め寄る。
くすりと笑って、ちょっぴり得意気に彼女は空を指差した。

「あれはね……魔理沙が星を呼んだのよ」

それを聞いた一堂は、呆然といった表情で再び空を見上げる。

「ホントにやったの……?」

「ウソじゃなかったんだ」

口々に呟きつつも、その視線は夜空にかかる光の架け橋に釘付けだ。







同時刻。診療所の片付けを終えた永琳の目に、窓の外からの光が飛び込んで来た。
何事かと窓を開ければ、そこに広がるはもう一つの天の川。
いつもより大分近くで輝く星の大運河。思わず少し見とれてしまう。

「へぇ、やるじゃない」

すぐに、二日くらい前に尋ねてきた魔理沙の仕業だと分かった。
どんな方法を使ったかは知らないが、天の川を呼ぶという目的は達成されたようだ。

(これならきっと、誘われた方も満足できるでしょうね)

笑みを浮かべ、暫くの間彼女はじっと夜空を眺めていた。

「ししょー!なんか空に天の川みたいなのがもう一つ!」

その時、診療所と本館を結ぶ渡り廊下の方から弟子の慌てた声。
それに加えて、『なにあれ!』『きれい!』などという声もする。他の仔兎達だろう。

「はいはい、今行くわよ~」

苦笑い混じりにそう返すと、永琳は窓を閉める。
しかしそこを出る前に、傍らに置いてあった薬瓶を手に取った。
念の為、急ピッチで作った物だ。

(頑張って作ったけど……もう、いらないわね)

肩を竦め、彼女はその薬瓶を棚へしまうべく、併設された薬局の方へと向かって行った。







大妖精はただ呆然と、空に現れたもう一つの天の川を見つめていた。
もっと上空、遥か夜空の彼方にも、天の川が流れているのが見える。
しかし確かにもう一つ、空のかなり近い所にも流れているのだ。
二つを忙しく見比べていると、その眩しさに目を回してしまいそうだった。

(本当に、すぐそばで……)

見られるのかな、と心の中で呟こうとした折、急に声がかかった。

「どうだ?私の魔法は」

見上げれば、箒に跨って得意気な顔の魔理沙がそこにいた。

「ま、魔理沙さん……あれは……」

「言っただろ?私は星を操る魔法使いなのさ」

驚きでまともに質問が出来ない大妖精。そんな彼女にニヤリと笑いかけ、魔理沙は踵を返した。

「ついて来な……約束通り、すぐ傍で見せてやるぜ!」

「あっ……ま、待ってください!」

スピードを上げて夜空へ消えていく彼女の背中を追いかけ、大妖精も窓から羽を広げて飛び立った。
段々と近付いてくる光のレール。我知らず、心臓が早鐘を打つのを感じた。
そして―――

「どうだ?こんな近くで天の川を見られる感想は」

空中で止まっていた魔理沙が、横で立ち尽くす大妖精に問うた。
それは、失われた幻想が集うと言われる幻想郷においても、滅多に見られないくらいの幻想的な光景。
目の前には、白く輝くいくつもの小さな星が集まった、まさに”星の川”。
大妖精の目にその姿を焼き付けようとするかの如く、絶え間無い光を放つ。
その光り輝く運河は、目を凝らせばどこまでも続いていそうに伸びている。後ろを振り返っても同様に流れていて、終点が見えない。
さらに、空にはもっと大きな天の川が流れ、それを彩るかのように無数の天体が懸命な自己主張。
上下左右を星の煌きに囲まれて、大妖精はもう何も言えなかった。

「ちゃんと見てくれよ?苦労したんだから」

魔理沙の言葉に偽りは無い。彼女は実際、幻想郷の隅から隅まで飛んで星を撒いてきたのだ。
その前に、きっちりとスペルカードを組む作業もある。
既存のスペルカードの応用。彼女の弾幕に多い、”中型の星弾が小さな星をばら撒く”、それを少しばかり改変したものだ。
ばら撒かれる方の星をとても小さく、手の平に二、三個は収まるサイズに。中型星は真っ直ぐ飛ぶようにし、小さい星はその場で留まるように。
七夕になる前にバレてしまわぬよう発光を限り無く抑え、目立たなくした。
それだといざ七夕の夜になっても分からないので、重ねがけ用の二枚目のカードも用意した。これを使えば、小さな星達が輝きを取り戻す。
スペルカードならば、術者本人が解除するか制限時間を超過するまで弾幕そこに残る。制限時間は二日後、七月八日の昼までだ。
つまり、七夕の間はずっと、このスペルカードで作られた”天の川”は輝き続ける。
これだけの苦労をさせたんだ、心行くまで堪能させてやる――― 魔理沙は本気でそう思っていた。

「これ……どうやって?」

目の前の絶景に自身の処理能力をオーバーしてしまった大妖精は、口先で何とかそれだけの言葉を紡ぐ。
へっへ~、と笑って魔理沙は答えた。

「魔法の不思議、さ。天の川も川だからな、途中で枝分かれしてた分流を一つ引っ張ってきたんだ」

嘘である。だが、大妖精にそれを疑う余地は無かった。現に目の前で、白い輝きを放つ星達がせめぎあっている。
何より、途方も無いと思われた”天の川を呼ぶ”という行為を、自分の為にやってのけてくれた魔理沙を疑う事など無かった。

「それより、どうだ?感想を聞かせてくれよ」

待ち切れない、といった様子で彼女は大妖精に迫る。
その質問に、ほぅ、とため息を一つついてから大妖精は答えた。

「……すごく、きれいです。今まで見たことがないくらいに」

「そうか、そりゃ良かった。私も頑張った甲斐があったってもんさ」

「その、なんていうか……ありがとうございます。私のために、こんな……」

真っ直ぐな回答。それを聞いた魔理沙は、照れくさそうに頭をかいた。
その時、大妖精は思い出したようにポンと手を打つ。

「そうだ。これ、入っても大丈夫なんですか?」

言いながら彼女は、目の前の星達に向かって手を伸ばす。大妖精は確かに、『天の川で泳いでみたい』とは言った。
目の前にあるのなら、それが実現するかも知れない。
だが、それを聞いた魔理沙はびくりと肩を竦ませ、彼女の腕を大慌てで掴んだ。

「ま、待て!その、触ったらまずい」

「わっ……えと、どうしてですか?」

んが、と口を開いたまま、魔理沙は固まってしまった。
目の前の天の川は、弾幕によって築かれたもの。術者以外が触れば当然、被弾扱いだ。
こんな所まで来て、大妖精の夢を壊したくない―――その一心で、魔理沙は頭を捻る。

「あ~、そのな……この際だから教えてやるよ。天の川ってさ、実はすごく熱いんだぜ」

「えっ!そうなんですか?」

魔理沙の発言に、大妖精は随分と驚いた様子だ。初耳なのだから当然だが。

「ああ。考えても見てくれ、織姫と彦星が手っ取り早く会おうと思ったら、天の川に飛び込んで対岸まで泳ぎ切ってしまえばいい。
 なのにそれをしないのは、熱くてとても入れないからなんだ」

「そうだったんですか……あれ?でも、前に読んだ本には、お魚が橋をかけてくれるって書いてありましたよ。そのお魚は大丈夫なんですか?」

「あ、ああ……それは心配ないぜ。生き物ってのは、環境に適応するもんだ。
 天の川に住む魚は当然、そのくらいの熱さはへっちゃらだ。我慢大会にもならないらしいぜ」

「へぇ……」

「なんでも、天の川の魚はある程度の高温に耐えられるよう、鱗が発達しててすごく固いんだとさ。
 天の川周辺の星に住む人々は、その魚を食用じゃなくて工業用に釣るらしいぜ。砥石にもなるんだと」

嘘に嘘を積み重ねる。今思いついた知られざる七夕物語の裏側や、天の川周辺住人の生活事情なんかを語ってみせる。
大妖精はそれを一部も疑う事無く、素直に感心した様子だ。
これでいいのかも知れない。がっかりさせる真実よりも、夢のある嘘を。実害が無いなら尚更だ。
魔理沙は本当の事を言って大妖精を落ち込ませるよりも、嘘つきになって一緒に夢の扉を開ける事を選んだのだ。

「魔理沙さん、物知りなんですね……全然知りませんでした」

「ははは、褒めても何も出ない。そうだ、今話したことは、私独自の研究と調査の賜物だ。
 いつか大々的に発表してやろうと思ってるから、今はまだ誰にも話さないでくれな」

「はい、分かりました!」

だが、一応大妖精に口止めはしておいた。出来ればこのまま、墓まで夢を持って行って欲しい。

「けど、ちょっと残念だなぁ。一度でいいから、天の川で泳いでみたかったです」

大妖精はそう言って、どこかしょぼくれた様子だ。まだ諦めきれないらしい。
ここまでしてやった以上、満面の笑顔で家に帰したい。そう考えた魔理沙は再び口を開く。

「そう悲観するな。天の川、昔はもっともっと熱かったみたいだ。
 もしかしたら、もう何年も経てば、入れるくらいに冷めてくれるかも知れないさ」

「本当ですか!?」

嬉しそうに顔を輝かせた大妖精に、魔理沙もまた笑顔を向けた。

「ああ、きっとだ。私が生きている間に冷めてくれるかまでは保障出来ないけどな」

しかし、その発言を聞いた大妖精の顔に陰り。

「……そんな寂しいこと、言わないでくださいよぉ……」

しまった、と魔理沙は慌てた。何と言えば、彼女は笑うだろうか。

「じゃ、じゃあな……もし間に合ったら、私も一緒に泳いでやるよ。天の川で」

「えっ、いいんですか!」

「いいぜ、約束する」

その言葉にはにかんだ笑顔を見せ、大妖精はおもむろに右手の小指を伸ばした。

「なんだ?」

「指切り、しましょう。守ってくれるとは信じてますけど、約束ごとするならやっぱりこれがないと」

「何だか懐かしいな」

少し恥ずかしそうにしながらも、魔理沙は彼女の小指に自らの小指を絡めた。
大妖精はしっかりと魔理沙の小指を握り、手を上下にぶんぶんと振る。

「ゆ~びき~りげ~んまん、う~そつ~いた~ら……う~ん、どうしよう」

「おいおい、テンポ悪いな」

魔理沙は思わず苦笑い。『そうだ!』と大妖精は何かを思いついたらしく、指切り続行。

「う~そつ~いた~ら、天の川の水を千杯の~ますっ!ゆびきった!」

胃にもたれそうだな、と魔理沙はぺろりと舌を出した。
そんな彼女達を見守るように、遥か頭上を流れる本物の天の川。
万年の間、衰えぬ輝きを保ち続けるその大運河は、もしかしたら本当に熱いのかも知れない。













魔理沙と一旦別れ、大妖精は自宅へと戻った。後でどうせ博麗神社へ行くのだから、そこでまた会うだろう。
家には買出しを終えた友人達が既にいて、今まさに短冊を書いている所。

「おかえり!はいこれ、大ちゃんの分」

「ありがとう」

チルノから短冊を三枚受け取り、大妖精もまたその内の一枚にペンを走らせる。
三枚の内二枚は自分達の、一枚は博麗神社の笹に飾る事にしていた。一人三枚とは中々に欲張りではあるが、願うだけならロハである。
それに、彼女達の願い事は三枚じゃとても足りはしない。

「そういえばさ、どうだった?天の川」

大妖精が一心不乱にペンを走らせていた折、不意にルーミアが尋ねてきた。
見れば他の者も興味津々と言った様子だったので、ちょっぴり得意気な気分になって語ってみせる。

「すごかったよ!ここから見るのもきれいだけど、すぐ近くで見るともっときれいだったなぁ。
 小さな星がいっぱい流れててね、一つ一つが白く輝いてて……」

興奮した口ぶりで、間近で見た天の川の凄さを語って聞かせる大妖精。
彼女が満足するまで話し終えた後で、『それにしても』と前置きをしてからリグルが口を開いた。

「魔理沙のこと、見直しちゃったよ。今度も絶対にウソだと思ってたのに、大ちゃんのために本当にやってのけちゃうなんてさ」

「うんうん。私、今度魔理沙がお店に来たらその日のお代タダにしてあげよっと」

ミスティアもまた頷いている。彼女の努力が友人達にも認められたのが嬉しいのか、大妖精は思わず笑っていた。

「じゃあさ、後でみんなも見に行く?私が案内するよ」

「ホントに!?」

「行きたい行きたい!」

彼女が提案すると、すぐに四人とも乗ってきた。やはり興味があるのだろう。
あれだけ楽しそうにその様子を語られたら、見に行きたくなるのは当然か。

「じゃあ、博麗神社に行く前に寄ってこっか。でも、天の川に触っちゃだめだよ」

「なんで?」

魔理沙の言い付けをきちんと伝えておこうと、大妖精はそう口にした。しかし、理由を尋ねられて慌てる。

(そういえば、秘密にしといてほしいって言ってたっけ)

「あ、えっと……それはヒミツ。とにかく触っちゃいけないんだって」

「分かった、大ちゃんがそう言うなら」

「見るだけね」

納得してくれた彼女達の様子を見て、大妖精はほっと胸を撫で下ろす。

「ところでみんな、短冊書いた?そろそろ行かないと宴会始まっちゃうし、飾ってこうよ!」

チルノの言葉に頷き、一同は外へ。窓の横に固定された笹に、各々二枚ずつ短冊を括り付けていく。

「『商売繁盛』に『ウナギが主食になりますように』……あはは、みすちーらしいね」

「そういうリグルだって、『蛍が住めるきれいな水辺が増えますように』だなんて、まんまじゃん」

「『おなかいっぱい食べたい』?ルーミアったら、いつも通りだね」

「そーなのかー」

互いの短冊に書かれた願い事を見て、笑い合う。
しかしその時、自分のを飾り終えて手持ち無沙汰だったチルノが何かを見つけた。

「えっと、大ちゃんのは……『みんなとこれからも仲良く』に……ん?」

一枚目はともかく、二枚目の短冊に書かれた”願い事”らしきものがどうにも不可解だったので、思わず彼女は尋ねていた。



「ねぇ大ちゃん、『天の川が早く冷めますように』って、どういうコト?」



「えへへ……ないしょ!」

はにかんだように笑い、大妖精は笹から背けるように視線を夜空へと向ける。
夜空を結ぶ、二本の天の川。その間を縫うように、きらりと一筋の流れ星。











七夕の夜、多くの人妖が短冊を飾りに訪れる博麗神社。
最初は大きな笹飾りに見とれたり、短冊を括るばかりだった人々も、いつの間にやら宴会モード。毎年の事だ。
参加者は、こっちの方を楽しみにしている節もある。

「うぅぅ、薬漬け医療のばっきゃろぉぉ……私の仕事は薬師として人を健康に、幸せにすることなのよ!
 なのにやれマッド薬師だの、人体実験狂だの……薬も麻薬も毒も一緒にされたらかなわないわよぉ……分かってくれるわよね?ね?」

「ちょっとぉ、私の上海になに勝手に頬ずりしてるのよぉ。そんな乱暴に扱って、糸がほつれたらどうするの?かえしなさぁい!」

「やめてー!私の心の友を奪わないでぇ!愛を取り戻させてぇ!」

早くもべろんべろんな永琳とアリスの絡み。上海を争う二人の様子に声援を送る者もいる。
どっちが人形を確保するかで賭けを行う者まで。胴元はどうやら霊夢のようだ。

「師匠、何かいいことあったのかな?あんなにお酒飲んじゃって……」

「そういやアリスの方も随分暴走気味ね。なんか嬉しそうだし」

遠巻きにその動乱を眺めながら、弟子と胴元の語らい。
そんな悲喜こもごもを眼下に、魔理沙は神社の敷地内に生えている大きな木の枝に腰掛け、空を眺めていた。
夜空には二つの天の川が今も光を放っている。一つは本物、もう一つは自分で作ったフェイク。
だが、自分の天の川が本物に劣っているとは微塵も思わなかった。そこには、嘘を本当にした己の努力と、嬉しそうな笑顔が詰まっている。
ふと彼女は手元を見る。右手に持った一枚の短冊。二枚用意した内の一枚。
一枚は神社の笹に飾った。毎年違った事を書いているが、今年は『天上天下唯我独尊』。霊夢に苦笑いされた。
だが、もう一枚の短冊は、あそこに飾る気にはなれなかった。

”大ちゃんとの約束を果たせますように”

こんなのを見られたら、恥ずかしくてたまらない。色々詮索もされるだろうし、万が一真実がバレるような事があったら大変だ。嘘は嘘のまま、夢は夢のまま。
敢えて”大妖精”では無く、普段の呼び名の方である”大ちゃん”と書いたのは何となくだ。
帰りがけにどっかで小さな笹を拾って、自宅に飾ろう。

(泳げる天の川か……触っても被弾しない弾幕の開発をしなきゃな)

もう一度夜空へ視線を飛ばし、魔理沙は改めて決意する。大妖精の夢を、最後まで叶えてやるつもりだった。ある種のプライドだ。
魔法に不可能は無い。彼女はそう思っていたし、それを証明してみせるつもりでもあった。
今のままではまだまだ不完全。

(泳げない、触れない、見るだけの天の川……さしずめ『見るキーウェイ』ってか)

苦笑いと共に息をつき、遥か遠い夜空を流れる本物の天の川を見つめてみる。ここからではとても小さく見える星達がいくつも集まる、星の大運河だ。
見るだけのフェイクとは言え、その天の川を作り上げた魔理沙。
そんな大事業をやってのけた彼女は、見つめる内に何だか本物の天の川にも触れられそうな気がしてきて――― 思わず、夜空へ手を伸ばす。
しかし、ちらりと脳裏を過ぎる己の言葉。



『天の川ってさ、実はすごく熱いんだぜ』



火傷しては敵わないと、魔理沙はすぐに手を引っ込めた。
アブラカタブラと口ずさんだり、開けゴマと唱えたり。
折り紙にオリオンへの手紙を書いてみたり、止まった時を飛び越えたり。
そんなのが普通にありそうな幻想郷ですから、星に手が届くまで妖精と遊びに出掛けちゃうような魔法使いがいたっていいじゃないですか。
ネコロビヤオキ
http://caramelized403.blog58.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1600簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
なんとも小粋な白黒じゃァねぇですかい

空は曇っちゃおりやすが、今宵はこのお話を肴に一献いかせていただきやす
9.100コチドリ削除
まさにマジック! 霧雨 魔理沙は良い魔法使いだ。

それにしても流石の彼女も泣く子と大ちゃんには勝てなかったか……
そりゃそうだよね、ミルキーウェイに負けず劣らずキラキラした瞳をされたらね。

天の川を一緒に泳ぐ二人が少しでも早く見られる事を祈って。
素晴らしい物語でした。
13.90名前が無い程度の能力削除
これは良い作品
14.100名前が無い程度の能力削除
あなたの書く大ちゃんは本当に素直で……。
何というか、「ああ、自分は汚れっちまってるな」なんて思わずにはいられない。
15.100名前が無い程度の能力削除
純粋な大ちゃんと嘘つきだけど善い人な魔理沙のやり取りがよかったです。
頑張る魔理沙の姿に思わず応援の言葉を送りたくなりました。
16.100名前が無い程度の能力削除
素敵です。
最後まで嘘をつきつづけると、嘘が嘘で無くなることもあるんです。
どーせつくならみんなが幸せになる嘘を。
19.100ワレモノ中尉削除
大ちゃん可愛いし魔理沙の頑張りも見られて良かったし、永琳の意外な一面が見れたりとか、チルノたちが良い味出してたりとか、色々良かった点はありますが、ただ一言だけ。

すごく良い話でした!
21.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙の努力が報われてよかったなぁ。
22.100名前が無い程度の能力削除
GJ!
23.100名前が無い程度の能力削除
読んでいるこっちまで幸せな気持ちになれました
25.100名前が無い程度の能力削除
これはよい七夕話
大ちゃんの素直さに惚れた
28.無評価ネコロビヤオキ削除
七夕も終わってすっかりサマーですがコメント返します。感謝。


>>6様
おやつのお供になるような小説を書きたい、なんていう理念があるのですが、まさか酒の肴になる小説になるとは。
七夕の夜、素敵な晩酌を演出出来ている事を祈ります。

>>コチドリ様
前作に引き続き、有難う御座います。
魔理沙は嫌な奴っぽい所もあれど、何だかんだ言って面倒見の良さそうな娘さんなんじゃないかなぁと。
星を操る魔法使いと、星を夢見る妖精の物語が願わくば続かん事を祈って頂けたら。

>>13様
その一言がワシのやる気を加速させるッ……もっともっと頑張ります。何度でもそう言って頂けるように。

>>14様
いつしかも書いた気がしますが、その素直さを見て心和めるのであればまだまだ大丈夫です。
長い事書いてきましたが、大ちゃんのキャラが自分の中で完全に固まりつつあります。愛着も数倍。

>>15様
多大な苦労を背負ったとしても、決してそれを表には出さず。造作も無いような顔をして、その成果を惜しげも無く捧げてやる。
そんなちょっと頑固な部分を併せ持った優しさが、魔理沙の魅力の一つではないかと思うのです。どうでせう?

>>16様
”嘘も方便”……ンッン~名言だなこれは。
この諺が生かされる場面は、自分の作品においては結構多かったり。人を傷つける嘘は嫌いですが、優しさに溢れたフェイクは大好きです。

>>ワレモノ中尉様
これまた前作に引き続き、どうも有難う御座います。
サブキャラまできちんと描いてあげたいと思っているので、そこにも目を留めて頂けるととっても嬉しいのです。

>>21様
影の努力家って素敵ですよね。でも、どっかで気付いてあげたい。
もし誰かに知られたら、顔を真っ赤にして否定しそうなキャラ。だがそれがいい。

>>22様
作中の魔理沙に対する賞賛のお言葉と受け取りました。伝えておきましょう。
恥ずかしそうに帽子で目元を隠しながらどっか走り去って行っちゃいそうですが。

>>23様
読んでる方をちょっとイイ気分に出来たらな~なんて願いつつ書いてる身としては、そのご感想は願ったり叶ったり。
どうも有難う御座います。作者はコメントによって幸せな気分になれます。

>>25様
七夕って日本の行事の中でもトップクラスにロマンチックでメルヒェン溢れたモノじゃないかな~と思うのです。
だからこそ魔理沙や大ちゃんにピッタリだなぁと。大ちゃんが信じればモノホンのサンタクロースだって来るんじゃなかろうか。
30.100名前が無い程度の能力削除
これはGJだわ魔理沙
31.無評価ネコロビヤオキ削除
七夕はもうとっくに過ぎ去りましたが、それでも読んで下さる方がいらっしゃるとは。感激。

>>30様
ほら吹きだけど優しい、そんな白黒レトロ魔法使いにGood Job。
毎年、七夕が来る度に大ちゃん達から感謝されて、アリスやえーりんにつつかれて……うはぁ、これは顔真っ赤になるわ。
48.100名前が無い程度の能力削除
このはなしすき