「七夕だぜっ、霊夢!」
「七夕ですよっ、霊夢さん!」
神社の縁側でくつろいでいると、魔理沙と早苗がやってきた。後ろには咲夜も付いてきている。二人は妙にハイテンションで見ているこっちとしては、うん、まあ、うっとおしい。
「何よいったい。七夕なんて今に始まったことじゃないでしょ」
「私は初めてですよ。こっちにもちゃんと七夕ってあるんですね」
たしかに七夕という行事はあるが、やってることはいつもと変わらず宴会だ。いや、口実がある分、いつもよりも規模は大きい。何もないときよりは堂々とできるからだ。
「って、早苗。今日の宴会、アンタの神社じゃなかったっけ? こんなとこで何してんのよ」
今は夕暮れの少し手前。だいたい宴会の準備に追われる時間帯ではなかろうか。
「いやぁ、準備する暇もなく始まっちゃいました。昼過ぎくらいに萃香さんが現れまして。そのまま……、」
「あー、いや、だいたいわかったわ」
あそこの二柱のことだから、まあ、そうなるわよね。
「それで、なんでここに来るのよ?」
「そりゃー、七夕だからだぜっ!」
「全然関係ないじゃない」
「短冊書こうぜっ!」
「天の川見ましょうっ!」
「ああもう、うざったいっ!」
さっきからどうしたんだこの二人。魔理沙はともかく、早苗のはしゃぎっぷりは何なんだろう。こんな子だったっけ。それとも酔ってんのか。
「ちょっと咲夜、説明してよ。そもそもあんた達が一緒だなんて、珍しいじゃない」
この中で唯一冷静な態度を崩さない咲夜に助け舟を出す。もし咲夜もこの雰囲気にやられていれば、即行叩き伏せるか逃げるかしかない。
「山の神社で会ったのよ。そのまま一緒に来ただけ」
「ああよかった。会話してるわ私」
「?」
まあ、咲夜がはしゃぎまわるなんて想像できない。むしろどんな時にテンションが上がるんだ。やはりお嬢様か、ロリコンなのか。
「あなた最低ね。人のことをなんだと思ってるの」
「冗談よ、冗談。それよりも経緯を聞かせて欲しいわ」
「ああ、そうね。えっと……」
――短冊に願い事を書くと、願いが叶うんですよ。
早苗がそんなことを言ったらしい。
そんなことはみんな知っている。ただ、妖怪は宴会に夢中なため、やっているのは人里の子供たちだけ。だからか、早苗は幻想郷には七夕がないと思ったらしい。
そうなると、「じゃあ、ぜひやりましょう」ということになったらしく、それに乗った魔理沙が「咲夜も誘おうぜ」と言い出し……
「ここは今日は宴会がないから、ちょうどいいと思って」
「私がくつろいでいたんだけど」
「そう、巫女が一人寂しく茶を啜ってるだけだからな、空いててちょうどいいだろう」
「おい」
「いいじゃないですか、霊夢さんもやりましょうよ」
「え~……」
正直、私も宴会に出たかったのだが。なにせ神社の台所事情はいつ限界が来てもおかしくはない。こういう機会に食べておかないと、次はいつ食えるかわかったもんじゃない。
「……早苗、宴会の手伝いとかいいの?」
「加奈子様と諏訪子様に許可はいただきましたし、それにあの騒ぎようじゃ、手伝うも何もないですよ」
「あ~、そうね……」
たしかに宴会の手伝いなんて、やることがないにも程がある。酒とつまみがあれば後は勝手に盛り上がる。
「……えっと、咲夜は? 主人に付き添わなくてもいいわけ?」
「私もお嬢様に許可はいただいたわ。それに、今日はパチュリー様と小悪魔がいるから、まあ、何とかなるわ」
「そ、そう」
パチュリーがいるのであれば尚更帰ったほうがよさそうだが、もやし専門家の小悪魔がいるのであればなんとも言えない。いや、小悪魔の普段の働きを知らないから、何にも言えないだけなのだけれど。
とはいえ、これで逃げ道がなくなった。いや、実際に『逃げる』ことならできるけど。
……はあ。
「しょうがないわね、付き合ってあげるわ」
その言葉で三者三様の笑顔を私に向ける。悪い気はしないけど、やっぱりしてやられた感が大きい。
「おいおい、私はまだ説得されてないぜ」
ニヤニヤしながら言う魔理沙の目は、言葉とは違い「知ってるだろ?」と言っているようだった。
ええ、知ってるわよ。
「アンタを止める術を私は知らないわ」
アンタが止まんないことくらい、とっくに学習済みだわ。
当然といえば当然なのだが、魔理沙は笹を、早苗は短冊をちゃんと用意してきていた。
「この短冊、どれだけあるのよ。どれだけお願いするつもり?」
「ここは幻想郷ですからねぇ。どれだけでも叶いそうな気がしません?」
「お願いって、つまりは煩悩でしょ? 煩悩だらけの巫女ってどうなの?」
「私は風祝ですから」
「そういうものかしら」
魔理沙と早苗は笹をどこに飾ろうか検討中らしい。神社の境内をあっちへこっちへと右往左往している。
そして咲夜はというと、宴会の場から良くぞこれだけ集められたものだというくらいに、酒や食料を持参してきていた。これで博麗の食料問題も解決、いやホントに助かった。
「ところで咲夜」
「なにかしら?」
「あんた、なんでこんなことに付き合ってんのよ」
咲夜の持ってきたつまみを口に運びながら、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
魔理沙はこんな類のイベントは大好物だし、早苗は乙女チックなところがあるからわかるけど、咲夜に関しては見つからなかった。
主人第一である咲夜が参加表明した理由って、なんだろう?
「別に、たいした意味なんてないわ。面白そうじゃない」
「えっ、そんな理由!?」
「それに、お星様に願い事なんて、素敵ですわ」
あらら、ロマンチストがまだいたのね。咲夜はもっとリアリストだと思っていたけど。
「リアリストよ。じゃないとこんなこと、素敵だなんて言わないわ。現実を知っているからこそ、こういうことを素敵だと思えるのよ」
「そういうものなのかしら? 私にはわからないわね」
「それにね」
「ん?」
「あの子達見てると、ほっとけないのよね。なんだか、見てないと落ち着かないの」
「あ~、なるほど」
なんとなくわかった。咲夜が付いてきた理由。
咲夜は行事云々より、あの二人に惹かれたわけだ。向こう見ずな魔理沙に、天然乙女な早苗。世話焼きな咲夜には、たしかにほっとけないだろう。
「二人とも楽しそうじゃない。特に早苗は、普段がおとなしいからか、新鮮ね」
「あんたは嬉しそうね」
「顔に出てるかしら?」
「いつものポーカーフェイスが崩れてるわよ」
「いいじゃない、こういうときくらい。仕事もないんだから」
「それもそうね」
「あなたは変わらないわね」
「あら、そうかしら。これでも結構、楽しんでるつもりなんだけど」
「そう、それならよかったわ」
そう言って、咲夜は薄く笑う。その表情は、さっきまでとは微妙に違っていた。
ふむ、もしかしたら私もその対象なのかしら。無気力無関心な私も、咲夜の目に留まっていたりして。
「あれ、まだお願い、書いてないじゃないですか。せっかく渡したんですから、何か書いて置いてくださいよ」
そうこうしているうちに、早苗と魔理沙が戻ってきた。笹はというと、結局鳥居のてっぺんにくくり付けてきたらしい。なんてゆうか、うん、笹が不憫だ。
「霊夢さん、願い事ないんですか」
「や、食べるのに夢中で忘れていたわ」
「……それは女の子としてどうなんですか」
ちょっと引かれたが、しょうがない。女の子の前に人間だもの、食べておかなきゃやってられない。
あれ、これ、書くこと一つ決まったんじゃない?
「見てろよ早苗。こいつ『お腹いっぱいご飯が食べたい』とか書くぜ、きっと」
「あら、よくわかったじゃない、魔理沙。大正解よ」
「おいおい、マジで書くのかそれ!?」
「そんな孤児のような願い事が最初に来るんですか……」
「そんなに飢えてたの、あなた。時々なら紅魔館にいらっしゃい」
「うっさいなぁ! あんたらもさっさと書きなさいよ!」
なんで願い事一つでそこまで言われなきゃいけないのよ。ちょっと傷ついたわ。
と、そこで早苗がなにやら書き始めた。横から覗いてみる。
「って、あんた、それはどうなのよ……」
「え? そうですか?」
「『幻想郷にもっとスイーツが充実しますように』って、アレでしょ、スイーツって。甘味的な。食べ物じゃない」
「甘いものは女の子には必要なんですっ!」
「ならご飯だって必要じゃない!」
「それはどうかと……」
「深刻そうな顔をするな!」
「いや、甘いものは必要だぜ。わかるぜ、早苗」
「わかってくれますか、魔理沙さん!」
「あんたの言う甘いものは金平糖とか飴とかでしょう、たぶん、早苗の言ってるのと違う」
駄目だ、私の気持ちをわかってくれる人がいない……。
「……咲夜は? ご飯もスイーツも同じ食べ物よね?」
「……悪いけど、私もデザートは好きだわ」
「いいわよっ! 私が悪かったわっ!」
くそぅ、敵だらけだ。
いいじゃない、ご飯いっぱい食べたって。
だいたいなんだ、スイーツって。そんなに食べたきゃもといた世界に帰れ。
って、あれ?
「……早苗って、わざわざ星に願い事するまでもなく、身近に神様いるじゃない」
しかも二人も。
なんで短冊?
「星に願い事なんて、ロマンチックじゃないですか。織姫様と彦星様にお願いするんですよ。素敵じゃないですか」
「ああ、やっぱりそれなのね」
幻想郷にも程がある。ホントに叶ってしまうんじゃないかしら。
「まあ、ホントに叶うとは思ってませんが」
「あら、どうして? ここは幻想郷よ、叶ったって不思議はないわ」
「だからといって、叶ってしまったら、それはそれで残念じゃないですか」
「?」
叶って欲しいから願い事でしょ?
叶うと残念って、それじゃ叶って欲しくないみたいじゃない。
早苗を見ると、じっと短冊を見ている。その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
「だって、叶ったら、それはもう現実じゃないですか。夢として願うから、願い事ですよ。夢として、大事にしておきたいんです」
「よくわからないわね」
「私の場合、望めば大概、叶ってしまいましたから」
「……ああ」
奇跡を起こす力に二柱の風祝。たぶん、そういう風に、生きてこれたのだろう。それは、きっと本人にしかわからないんだろうけど。だから、何ってわけじゃないけど。
「にしても、スイーツってどうなのよ? これくらいなら、叶ってもいいんじゃない?」
「あー、そうですね。でも、一番叶って欲しい願い事は、今のところ、叶ってないんですよ?」
「なにそれ、叶わないの? それとも叶えないの?」
「叶いません。たぶん、一生」
「ふーん、そんな願い事が」
そう言いながら、早苗は少し、悲しそうに笑った。
早苗がもう諦めちゃってるのなら、何も言わないけど。でも、少しくらい期待してもいいと思うのは、無責任かしら。
「できたー! 散々悩んだけど、これに決定したぜ!」
視界の隅で魔理沙がなにやらやってるのはわかっていたが、まさかずっと願い事を考えているとは思わなかった。
「こんなに短冊あるんだから、どれだけだって書けばいいじゃない」
「それはできないぜ。これだという一つを願ってこそ、願い事の価値があるってもんだ」
「まあ、好きにすればいいけど。で、アンタはなんて書いたの?」
魔理沙はふふんっ、と誇らしげに胸を張って短冊を突き出す。そこに書かれていたのは……
『幻想郷最強』
「……うわ~、やっちゃった」
「な、なんだよっ、やっちゃったって!」
「まあ、魔理沙さんならやっちゃうと思ってましたけど」
「おい、早苗までっ! そんな駄目だったか?」
「いや、いいけどさぁ、もうちょっと何かなかったかなって」
「痛々しい目で見るなぁ!!」
うーん、たしかに魔理沙らしい。若気の至りなのかしらね。
たぶんこれ、一生かけて馬鹿にされるわね、魔理沙の奴。
「魔理沙さん、最強って、年いくつですか?」
「う、うるせぇな! 最強目指すのに関係ねぇよ!」
「いや、小学生じゃないんですから」
「な、なに? ショウガクセイ?」
既に早苗に散々馬鹿にされている魔理沙を見て、少しだけ違和感を感じた。
と、神社の奥から歩いてくる咲夜を見つけた。
「あら、咲夜、どこ行ってたのよ」
「うふふ、ちょっとね」
「?」
見ると手に皿を持っている。
「皆様、甘いものなどいかがでしょうか?」
ふむ、甘いものを食べながら天の川を見るのははじめての経験だけど、悪くないわね。
「凄いおいしいです、このアップルパイ! どうやって作ってるんですか?」
「別段変わったことはしてないわ。よかったら、今度一緒に作ってみる?」
「ホントですか!?」
「つか、どうやって作ったんだよホント……。神社の勝手場じゃ、こんなものは作れねぇだろ」
「ふふふ、秘密ですわ」
「いや、間違いなく能力使ってるでしょ」
わざわざ紅魔館まで行ってきたのか、それとも最初からどこかに仕込んでいたのかは知らないが、どちらにしろ感謝だ。こんなおいしいものを口にできたのだから。
「天の川って私、昔は七夕にしか見れないものだと思ってました」
「ああ、わかるぜそれ。七夕といえば天の川だからな」
「先入観よね、別に七夕にしか強調しなくても、いつでも見られるのに」
私も小さい頃にあった。でもそれは、十になるかどうかというときに、何気なく見上げた夜空で見た天の川で、いつでも見られるものだと気が付いた。知ったことに対しては、そこまでの感動はなかったが、見られないと思っていたものが予想外に見られたことは凄くうれしかったのを覚えている。
たぶんそれは、知らなかったからだろう。今はずいぶんと減ってしまったように感じるが。
「……なあ」
唐突に魔理沙が口を開く。夜空を見上げたまま。視線はどこでも遠くを見たまま。
「私たち、もうすぐ大人になるんだな」
「知ってるわよ、そんなこと」
「あと五年もしたら二十歳過ぎますねえ」
「あんまり変わらない気もするけど」
「妖怪の奴らはさ、まだまだ百年も二百年も余裕で生きていくんだろうけど、私はあと百年もすれば、死んでるんだぜ」
「でしょうね」
「そのうえ、全力疾走できるのは、たぶん今だけだ」
「どうしたのよ、いったい」
魔理沙は上を見上げたままだ。その目は星を見ているのか、それとも別の何かなのか。
「珍しく弱気じゃない? 将来が不安?」
「まさか! 楽しみでしょうがないぜ!」
満面の笑みを向ける魔理沙に、やはり寂しさを感じざるを得ない。
なぜ魔理沙があんなことを言ったのか、わからないほど鈍くはない。
今日ここにいるのは、いずれも人間ばかり。自分と変わらない年月を歩んできた少女ばかりだ。だから、たぶん、甘えてみたくなったのだろう。他の二人も、どこかいつもと違っていた。
みんな変わらない、そういう年頃なのだ。
「よし、そろそろ短冊付けにいこうぜ!」
ああ、すっかり忘れていた。笹に吊るさなければいけないのだった。
「そういえば咲夜はなんて書いたの? 見てないけど」
「私? 私は……」
そう言って目の前に出した短冊にはこう書いてあった。
『お嬢様が甘えてくれますように』
正直、ドン引きした。
「さ、咲夜、ホントにそれ、吊るすのぜ?」
「黙りなさい、なにがあろうとこれだけは譲れないわ」
「……目が据わってます」
なんか忠誠心があらぬ方向に飛び出しちゃってるけど、大丈夫かコイツ。
早苗は早苗で、結局、短冊を十枚くらい使っていた。しかもなんか、ショボイお願いばっかり。
そういう私は、『無病息災』『平穏無事』と、一見立派に見えるが実は煩悩の塊みたいなお願いばかりだから、なんと言うか、どうしようもないメンバーだな。
ふと、魔理沙の短冊が目に留まった。アイツはアイツで、本当にこれ一枚しか吊るさなかったらしい。いや、逆に痛いわ。
…ん、あれ、これって――
「あはっ」
なんだ、本当に魔理沙らしいじゃない。
少し安心したわ。
魔理沙、あんたはまだまだ子供だし、たぶん一生を全速力で生きていけるわよ。
なんだかうれしいわ。
「魔理沙っ!」
「痛てっ!」
思いっきり魔理沙の頭を叩いてやった。なに、酔ったせいにすれば問題ない。
「まだまだ楽しみはこれからよ!」
「あん!?」
ずれた帽子を直しながら、魔理沙は疑問符を顔に貼り付ける。
「山の宴会に参加するわよ! 全力疾走!」
みんなが驚くのを視界の端に捕らえながら、宣言どおり全力で飛ぶ、飛ぶ。
「おい、待てよ!」
「待ってください~」
「……はあ、ホントに行くのね」
三者三様の反応を示しながら、三人とも飛んでくる。
魔理沙の短冊は、裏側にびっしりと願い事が書かれていた。
『新種のきのこが欲しい』だの『図書館の禁書が欲しい』だの、それこそ物欲しか書かれていなかったが、私はたしかに見た。
塗りつぶされたようになってしまっていたが、真ん中に書かれていた言葉を。
『楽しく生きていけますように』
なんだ、やっぱり不安だったんじゃないか。
大丈夫、まだまだ貴女は子供よ、魔理沙。
あんたが止まりそうになったら、私が引っ張って言ってあげるわ。
あんたが止まるところなんて、想像すらしてやらないんだから。
同じ時の中で生きてるからなのかな。
なんかいい。
この魔理沙には長生きして欲しい
この咲夜には長生きして欲しい
この早苗には長生きして欲しい
みんなのこの幸せがずっと続きますように
人間組万歳
最後の『引っ張って言ってあげるわ』は
行ってあげるわorいってあげるわでは?
元気をもらいました