私の名前は星熊勇儀。鬼の四天王なんて呼ばれる事もあるけど、別に危険な妖怪っていうわけじゃあない。
人妖問わず殺しなんてめったにやらんしね。
まあ、喧嘩で負けたことなんてほとんどないけど。勝負事は好きだし、おもしろそうな奴がいたらちょっとだけ小突い
てみる。その程度の、それはそれは平和な鬼なんだよ。私は。
酒とつまみとたまの暇つぶし、たまの運動、それで私の人生は十分楽しいのさ。
地底の底にも魚はいる。地下水が通っているからだ。地下水は山に降る雨がろ過され、山の養分を蓄えて冷やされた
ものだ。その水の中で育つ魚は身が引き締まっており、とてもおいしい。見た目は悪いけどね。大した問題じゃない。
人間、外見よりも中身だろ?魚も同じだ。見てくれよりも肉の味。そんなわけで、私は釣竿担いで魚篭引っさげて、
えいこらえいこら地底の池まで歩いていったのさ。
「つーまみー、つーまみー。きょーおーのつーまみーはなーにーかなー?」
音痴じゃないから、言っておくけど、私音痴じゃないから。ちょっと今お酒飲んでるから歌い方が大雑把になってる
だけだから。みんな私の歌を聞くと、「なんだかわからないけど元気は出た。」って言ってくれるから。
と、そんな事を言っている間に魚が一匹、二匹ぷかりぷかりと浮き上がってくる。
そう、なにを隠そう私の歌には魔力が込められていてね、私の歌を聞いた魚は魅了されて釣られに寄ってきちまうのさ。
え?その魚、気絶してるんじゃないですかって?歌がうるさいだけなんじゃないかって?
この前そう言った奴は池の藻屑になって魚の養分になったっけなぁ。
その時からこの池に近づく奴がいなくなったから、この池はいつのまにか私の縄張りみたいになっている。
他にも魚を取れる場所はあるし、他の奴らはそこに行ったのだろう。
「いーえーにつーいーたぞーつーいーたぞうっと。」
魚篭の中には魚が五匹入っている。十分十分、焼いて干して刺身にしてと、涎がとまらないね。
私の家は古い木造で、四つほどの部屋がある構造になっている。家の中にあるものはテーブルと料理をするための道具
ぐらいだ。あとは酒とつまみがあり、水を入れてある甕が二つ。その他少々、実に単純、だがそれがいい。
そんなことより今は食欲が大切だ。
魚篭を台所に置いて、お魚出して、包丁出して、捌いて捌いてトントントンっと。
まな板に置かれた若干グロイ魚が次々と捌かれ、あるものは開きにされていく。
どかーーーーん
突然、何かが上から落ちてきて魚達が弾けとんだ。
勇儀は何が起きたのか理解出来ず、呆然とその場面を眺めていた。
びたん、びたんと無残にも魚が地面にぶちまけられる。
さすがに地面に落ちてしまった魚の切り身を食べる気にはなれない。
あはははは、おさかな飛んだ、はじけて飛んだ。とんではじけて地面に落ちた。あはははは。
十秒ほど立ち尽くした後、勇儀は我に返った。
「・・・はっ!?私は今まで一体何をしていたんだ?・・・じゃなかった。ああああああ。私の魚達が。
くそう、一体何の恨みがあって・・・。」
魚を駄目にした飛来物を睨み付け、勇儀は再び立ち尽くした。
綺麗。
それは一人の少女であった。
髪の色は地底の薄暗い中でさえ煌く金色で、目は閉じているが顔立ちはまるで西洋の人形のようである。
ひらひらとした服装をしており、服からのぞく肌は透き通るように白く、傷一つ付けることすら許されない真珠の
輝きを放っている。
少女の口からうっすらと息づかいの音が聞こえる。
空から天井を破って落ちてきたためか、少女は台所の上でうずくまった状態のままぴくりとも動かない。
見た限りでは骨は折れていないようだが。華奢な体をしている少女にとっては相当な衝撃であったことだろう。
少女の体からは甘い花の香りがする。少女自身から放たれるものなのか、香水によるものなのかは分からない。
ただ、甘い中にも爽やかな香りがして、もう少し近くで少女の匂いを嗅ぎたいと思った。
そして顔を近づけていくとやはり少女は綺麗であり、魚のことなんてとうに忘れて勇儀は少女に魅入られていた。
「・・・・・・」
もぞり
少女が身じろいだ。
我に返った勇儀は慌てて少女から離れ様子を伺うことにする。
しばらくすると少女は目を開き、そして目の前に立つ勇儀を見た。お互いの目と目が重なり合う。
少女のそれは大きく、深遠のように深く、月の様に静かに輝く青い瞳だった。
まるでサファイアが埋め込まれているかのように。
少女の瞳に吸い込まれて、勇儀はまるで人形にでもなってしまったかのように少女の前で立ち尽くしていた。
ゆっくりと、少女は腕を伸ばして上体を起こし、台所から降りようとする。
しかしながら、途中で少女は体勢を崩してしまった。このままでは少女の体が地面に打ち付けられてしまう。
「あぶない!」
自分でも驚くほど早く体が反応し、勇儀は体勢を崩した少女へ走り寄った。
どさり
少女の体を自分の体で抱き支える。
軽い。それに柔らかい。ちょうど私の胸の辺りに少女の頭があり、彼女の髪から先程嗅いだ甘い香りがする。
いい香り。ずっとこのまま匂いを嗅いでいたい。
勇儀がぎゅう、と強く少女の体を抱きしめると少女から苦しそうな声が聞こえてきた。
慌てて腕の力を緩める、すると少女の体が崩れ落ちてしまいそうになり、さらに慌てて少女の体を抱きしめ直した。
何をやっているんだ、私は。
それにしても、細い、やわらかい、力を込めたら折れてしまいそう。それにいい香り・・・じゃなかった。落ち着け、
深呼吸をするんだ。すーはーすーはー・・・はぁ、いい匂い・・・クンカクンカ・・・じゃない!!目を覚ませ勇儀。
「え、えええええええととと、お、お怪我などはございませんか?」
「・・・・・・」
少女からは返事がない。いきなりこんな事をされたので、恐がっているのかもしれない。
「その、大丈夫かい?」
少女の顔をうかがう。
「・・・・・・」
少女は眠っていた。毒りんごを食べて眠ってしまった白雪姫のように静かに。
目を覚ましたのは夢遊病に近い状態だったのかもしれない。
とはいっても寝ている状態と空から落ちてきたのとでは状況が違う。なにか重大な怪我をしている恐れもあるし。
「と、とりあえず布団に寝かせよう。」
このまま私に抱きしめられているよりかは良いはずだ、ええと、布団布団・・・私布団持ってねぇよ。
いやだって、私鬼だから地面にごろ寝が普通だし、布団は角で破いちゃうこともあるし、地底は湿気多いから不便だし。
仕方がないからこの少女を地面に寝かせようか。・・・だめだ、こんなか弱い少女を床になんて寝かせたら地面の硬さ
で体を痛めてしまう。布団が必要だ。それも高級羽毛布団だ。誰か布団を持ってそうな奴なんていただろうか。
鬼の仲間達の顔を思い浮かべる。どいつもこいつも豪快で野蛮でおしとやかさの欠片もありゃあしない。
当然布団なんて持っていないだろう。というか持っていたとしても、その布団にこの少女を寝かせたくない。
ええい、誰かもう少し文明的な生活を送っている奴はいないのか。
普段使わない脳みそをフル回転させ、とうとう脳裏に一人の人物が浮かび上がった。
「そうだ、さとりの所に行こう。」
以前さとりの家に泊まったことがある。そのとき布団で寝て、角で布団ををびりびりに破いた事があるのだ。
当然怒られたが、そんな細かいことは今は関係ない。
よし、そうと決まれば早く行こう。早くしないとこの娘が目を覚ましてしまうかもしれない。
少女が目を覚ましても特に何があるわけでもない筈なのだが、なぜだか目を覚ます前に動かなければならない気がする。
勇儀にとっては心苦しいものであったが、少女の体をそっと床に寝かせ、少女を起こしてしまわないようにして勇儀は
そそくさと家から出発したのであった。
それから五分後、
どかーーーーん
爆音と共に地霊殿が大きく揺れた。
「にゃっ!!にゃんにゃんだにゃああああ!!」
地霊殿の中で毛繕いをしていたお燐は飛び起きた。混乱する頭で状況分析を行う。
地霊殿で地震が起きることなど無いといってもいいぐらいだ。となれば、何者かが地霊殿に襲撃をしてきたのだろう。
地霊殿に攻めてくる輩に心当たりは無い。皆、さとり様やお空の力を知っているからだ。
それでも攻めてきたというのなら、そいつは自分に相当な自信があるに違いない。地霊殿の揺れの大きさからしても
相当な力の持ち主に違いない。間違いにゃい!
どたんどたんと何者かが走ってこちらに近づいてくる。内部構造まで把握しているのか。
「にゃあああ。今はさとり様もお空もいないし、あたい一人でやるしかないのかにゃあ。」
出来れば弾幕ごっこで済ましてほしい、ううう、あたいが死んだら、死体は私の台車と一緒に埋めてくれい。
とても後ろ向きな決意を固め、お燐は近づく何物かに威嚇体勢をとった。
「誰かいないのかーーーー!!」
侵入者が声を張り上げて現れる。
「いにゃいっ!誰もいにゃいっ!!」
ガクガクプルプル
お燐は体を精一杯丸めて凶悪な進入者と対峙する。
ガクガクプルプル
「お燐?何うずくまってるんだい?」
「いにゃあ?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、不思議そうにこちらを覗いている見知った顔がある。
「なんだ勇儀だったのかい。・・・はぁ、まったくびっくりさせないでおくれよ。」
「てへっ。めんごめんご。」
てへっ、じゃねぇよ。マジで恐かったよこん畜生。
「一体何の用で来たのさ?」
いらつきながら勇儀に尋ねる。
「ああ、さとりはいないのかい?」
「いにゃいね。」
「そっか、それじゃあお燐、布団を一式貸してほしいんだけど、どこに布団があるか知らない?」
「布団?なんでだい?」
「お、おおう、たまには柔らかい布団の中で気持ちの良い眠りを味わおうかと思ってね。」
「・・・・・・」
「い、いや、違うから、別にやましい事とか全然ないから。」
「・・・・・・」
「だから、違うんだって、最近寒い気がするから借りたいだけなんだって。女の娘が家に居るとかそういうの
じゃないんだって。」
なんとまあ分かりやすいことよ。聞いても居ないことをぺらぺらと喋りおるわ。
それにしても、勇儀に彼女ができるとはねぇ・・・ん?彼女?もしかして、それは百合の花が咲いてなんちゃら
とかいうあれですか。女の子同士でアイラブユーっていうあれですか。ほほーん。勇儀はどことなくそんな気が
してたけど、まさか本当に同姓愛者だったとはねぇ。ふふふ、これはおもしろいネタが転がり込んできたぜ旦那。
「そうかい、たまにはそういうのもいいだろうねぇ、にゃはは。」
「ち、違うんだからね。そういうのじゃないんだからね。」
「はいはい、案内するからついて来てよ。にゃははは。」
「お、おおう。早く頼むよ。」
あの勇儀がそわそわしておる。恋する乙女か、勇儀よ、あなたは今恋をしているのですね。にゃはははは。
これからどうやってからかってやろうか。
「お燐。」
「にゃんにゃんだにゃあ?」
「あんまり笑ってると、潰すよ。」
・・・・・・恐いんだにゃぁ。どこからそんなにドスの効いた冷たい声が出せるんだにゃぁ。
手早く布団を引っ張り出し、勇儀に貢物を献上していく。
「これが布団だよ。それから枕、掛け布団、シーツ、他には何かいる?」
「いや、大丈夫だ。ありがとうな。いやー、いい友達がいてくれて良かったよ。」
布団を渡すと、ガハハと笑いながら勇儀があたいの肩を叩いてきた。このジャイアンめ、肩痛いんだよ。
「それじゃあ私は行くよ。また今度な。」
「はいはいよー。」
勇儀が走り出そうとする。
「ああそうだ。」
「?」
「しゃべったら殺すから。」
「イエッサー大佐!!この命に代えても秘密は守ってみせますであります!!」
笑顔で直接的な脅し文句を残し鬼は帰って行った。
・・・さて、これからどうやって勇儀の身辺を調べようかねぇ。脅し程度で屈するお燐ではにゃいのだよ、
にゃははは。
猫は意外としぶとかったのである。
それから三分後、
勇儀は布団一式を抱えて家の前まで到着していた。
そろりそろりと戸を開けて家の中に入る。
あの少女は・・・まだ眠っている。
奥の部屋に布団を敷いてシーツを被せる。普段やらないから上手くは出来なかったけど、私にしては
良くやったほうだろう。次は少女を運ばないと。
ブーツを脱がせ、少女の腰と膝の裏に腕を通して少女の体を抱き上げる。やっぱり軽いなぁ、この娘。
お姫様抱っこの状態なので少女の顔がよく見える。一つ一つのパーツがしっかりとしていて、それでいて全体
として整った顔立ちだ。少女と思ったけど、よく見ると二十代前半の女性のようにも見える。
不思議だ。ただ、綺麗でかわいいという事は確かだ。
少女という方が似合う気がするのでこのまま少女と言おう。
少女の髪をクンカクンカしながらも丁寧な手付きで布団に寝かせる。
頭を少し持ち上げて枕を差し入れ、掛け布団を被せる。これで重大な怪我などをしていない限りは大丈夫だろう。
さて、これからどうしようか。
医者に見せるべきだろうか。医者・・・そんな奴地底にはいない。路銀で暮らしているような妖怪などいない上に、
親切心で助けたその場で助けた相手に食い殺されるような場所が地底である。死ねば餓鬼が群がり骨も残らない。
そう考えると私の家に上がり込む輩はいないし、少女が私の家に落ちてきてくれたのは幸運だった。
「すー、すー」
少女は規則正しい呼吸を繰り返している。
勇儀は少女の頭の傍で正座をして手を前につき、覗き込むようにして少女の顔を観察し始めた。
綺麗。見るたびに、見るほどにそう思う。絵画のように、それでいて滝の落ち水のように飽きが来ない。
少女はただ眠っているだけだというのに、不思議だなぁ。そう思いながら、勇儀は少女の傍で固まっていた。
どれぐらいの時間が過ぎただろうか、少女の目が静かに開かれた。青く深い、それでいて奥から輝く瞳。
吸い込まれそうになる。
・・・と、呆けている場合じゃないな。少女に出来るだけ優しく声をかける。
「調子はどうだい?あんた、上空からこの家に落ちてきたんだよ。」
少女は少し考えを巡らしているようだが、何も言わない。
「心配しなくてもいいよ。獲って食おうなんて考えちゃいないし、ここは安全だから。」
さらに言葉を続けると、少女は口を開いた。
「・・・・・・」
が、少女の口からは何の音も発せられなかった。
それに驚いたのは少女自身だ。喉元に左手を添え、口を大きく開けたり小さくすぼめたりして必死に
声を出そうとしている。
「もしかして、声が出ないのかい?」
少女はコクコクと首を縦に振り、そして身振り手振りで何かを伝えようとする。・・・かわいい。
「ええと、すまないけど、何を言おうとしているのか私には分からないよ。ごめん。」
少女は動きを止め、少し残念そうにしたが、気にしていない、というように笑顔でゆっくりと首を振った。
「私の名前は勇儀、星熊勇儀だ。角を見て分かるかもしれないけど、鬼をやってる。ここは地底の・・・底のほう
とでもいうのかねまあ、さっきも言ったけど安心していいよ。地底で鬼と敵対しようなんて奴はいないから。」
コクン
少女が頷く。
ありがとう。
声は聞こえないけど、少女はそう言った。
「どういたしまして、それから、良かったら名前を聞いてもいいかな。解読できるかは分からないけど、
知りたいんだ。」
「・・・」
少女の口から三つの単語が発せられる。
「・・・アイス?」
がくん
肩を落としてすごいがっくりとされてしまった。う~む、絶対そうだと思ったんだけどなぁ。私の馬鹿馬鹿。
「ッ!!」
突然少女が足の辺りを抑えるようにして苦しみ出した。
「ど、どうしたんだい!?大丈夫かい!?」
慌てて少女に尋ねると、少女はこちらに向けて手を上げて大丈夫だ、という仕草をみせた。けど、どうみても
大丈夫にはみえない。掛け布団を取り、靴下を脱がせて少女の足をみると、少女の右足首が大きく腫れている。
骨折しているようだ。
ええい、私の馬鹿野郎め、少女の顔にばかり気を取られてこんな怪我にすら気がつかないなんて。
「ちょっとだけ待っててくれ!!すぐに怪我とかに詳しそうな奴を連れてくるから。」
急いで家を飛び出そうとすると、
ぎゅう
少女に服の端を掴まれた。
少女の顔を見ると、今にも泣きそうな顔をして、行かないで、というようにこちらを見上げている。
そうか、私がいなくなってしまったらこの少女は身動きもとれずに一人で地底に残されることになってしまうのだ。
私が安全と言おうが、真偽のほどを少女に判断できるわけもない。ただ、私の事は信頼してくれているのだろう。
そうでなければ怪我をしていても頼るはずがない。選択肢がなかったというだけかもしれないけど、それでもいい。
「分かった。私はここにいるよ。出て行かない。」
掴まれていた袖から、少女の手が離れていく。それでも、少女の顔は不安気なままだ。
「安心していいよ。ずっと傍にいるから。なんなら、私が外に出る時はあんたを背負うっていうのもいいかもしれないね。」
・・・コクン
少女の顔に笑みが浮かぶ。まだ不安が半分といった表情だったが、少しは安心してくれたらしい。
しばらくすると、少女は再び眠りについた。
少女の髪を優しく撫でると、さらさらと指が流れていく。この娘は、本当に、ガラスのようにもろく壊れてしまうのだろう。
少女の泣きそうな顔を思い浮かべ、勇儀は全力でこの少女を守ろうと思った。
「ただいま、お燐。」
「お帰りなさい、さとり様。お空も、おかえり~。」
「うにゅう・・・」
?お空にいつもの馬鹿元気さがない。何かあったのだろうか。
「ええ、何かあったのですよ。」
相変わらずのさとりっぷりっすね、さとり様。
「一体何があったんですか?」
「その前に、ここで何があったのですか?まるで大砲でも打ち込まれたかのように門とその周辺が壊れていたのですが。」
「ああ、それは勇儀が突撃して来てですねぇ。」
にはは、今思い出しても笑いが出るねぇ。勇儀に恋人だもん。
「それで、勇儀に恋人が出来てどうしたのですか?」
「ゆ、勇儀に恋人ぉおおおおお!!?」
お空の反応はグッド、さとり様はドラーイです、もっとアクティブに生きるべきです。
「別にいいでしょう。人の反応がみな同じだったらそれは逆に恐ろしいことです。」
「けどけど、あの勇儀に恋人、しかも男じゃなくて女性なんですよ!?びっくり仰天、これはまいっちまったぜよ。
っていうぐらい驚くことじゃないですか。」
「・・・女性?」
「女性です。」
「「なんですとーーーーー!!!」」
お空の両目とさとり様のサードアイが二メートルぐらい空中に投げ出された。
「ちょ、おま、その情報もっとkwsk」
「ハリー!ハリー!」
落ち着けよお前ら。端から見ててすごい見苦しいよ。にはははは
「えっとですねぇ、勇儀が突然地霊殿に来たと思ったら。布団を一式借りたいと言ってきたんです。」
「ほうほう。」
「それで、どうしたのかと聞いたら、家に居る女の娘のために布団がほしいというわけなんですよ。」
「・・・熱い夜を過ごすのでしょうね。」
「二人の愛がペタフレアだね。」
「そんなわけでして、どうにかして勇儀の家を調べたいなぁと思っていたところなんです。」
怨霊を使えば楽そうだけど、いかんせん言葉が使えないので意味がないんだよね。さとり様が行ってみてくれませんか?
「ふむ、まかせろと言いたいのは山々です。が、やめておきましょう。お燐も勇儀にちょっかいを出さないようにしなさい。」
「どうしてですか?」
おもしろそうなのに。
「勇儀を怒らせたら地底がどうなってしまうと思います?布団を借りるぐらいで地霊殿にクレーターを一つ作る勇儀ですよ。
へたに私が会ったら、やぶ蛇をつついて自分が死ぬどころか地底妖怪皆殺しになってもおかしくはないでしょう。」
う~む、そうかぁ、私も死にたくないしなぁ。なにかあったら勇儀に全て私のせいにされそうな気もするし、残念だにゃあ。
「あきらめなさい。お空に続けて暴走されても困りますから。」
「うにゅう・・・」
?そういえばお空になにかあったんだっけ。
「わざわざ外から地底に来ていただいた客人に対して、何を思ったのか突然弾幕を打ち込んだのですよ。」
「うにゅう・・・魔法使いはみんな強いのかと思って、つい。」
「彼女は強いですよ。地底から帰る途中で不意を突かれたのでなければ、の話ですが。」
「うにゅう・・・ごめんなさい。」
「私に謝るのではなく彼女に謝らなければなりませんね。」
「はい。」
しょんぼりしながらお空が返事をする。
「そのお客人は一体何処にいるのですか?」
「わかりません。ちょうど分岐路がある場所だったのが不運でした。蟻の巣のように底へ分かれていく穴のどこかに落ちて
しまいましたから。」
「その全てを調べるのに私とお空の二人だけではとても手が足りないので、一旦地霊殿へと戻ってきたのです。」
「お空の弾幕を受けたのなら、そのお客人は死んでしまった可能性が高いのではないでしょうか?」
「それはありえませんね。」
さとり様が即答する。
「あの本がそれを認めないでしょうから。」
本?一体何の事だろう。
「とりあえず、私もその人を探すのを手伝えばいいんですよね。どんな人なんですか?」
「そうですねぇ、髪は金、背は160程度、西洋の人形のような綺麗な方ですね。地底ではいないタイプの妖怪なので
一目見れば分かるでしょう。もう一つ言えば、白黒の魔法使いが連れていた人形を操っていた女性です。」
「ほへぇ~。なぜ呼んだのです?」
「こいしやあなた達に人形を作ってもらおうとお願いしていたのです。」
あらら、それはなおのこと気合を入れて捜さなきゃいけないね。
「その通りです。お空も、やってしまった事はしかたがありません。一刻も早く救できるよう頑張りましょう。」
「はい!」
「にゃあ~い。」
「真面目にやりなさい。」
さとり様に頭を叩かれた。てへへ。女性を捜すのは真面目にやりますって。
「・・・」
いや、本当に本気ですって。
「・・・」
や、やめてそんな目で私を見ないで。助けてお空。
「・・・」
うにににに、そ、そうだ、その女性の名前はなんていうんですか?
「ああ、そういえば言っていませんでしたか。」
「アリス、それが彼女の名前です。」
「う~ん。むにゃむにゃ。」
いつのまにか眠っていたらしい。少女を見守ると決意したのにこれでは台無しではないか、私の馬鹿馬鹿。
自分の愚かさを悔いながら目を開けると、少女が上から私の顔を見ていた。
・・・あれ?なんかおかしいぞ。
少女の顔の奥には天井が見える。寝る前まで正座をしていたはずの私の足は伸びた状態になっていて、
つまり私はいつのまにか仰向けの状態になっているのだ。
そして、頭の後ろにはやわらかい感触があり、少女の顔は目の前にあり、少女の細くて綺麗な指が私の髪を撫でている。
つまり・・・つまりこれは、少女に膝枕をしてもらっている状態なのではないか。
少女がにっこりと私に微笑む。
「・・・ぼひゅんっ!!」
か、かわいすぎる。というかなにこの状況!?これが天国か、あなたは天使ですか。はぁ、もう死んでもいい。
賢者のように清らかな笑みを浮かべ、勇儀の頭は考えることを止めた。
そして、そんな勇儀を不思議そうに少女は眺めていた。
しばらくして、勇儀は持てる力を振り絞って膝枕の魔力から抜け出した。
「お、おお、おはようございます。」
おはよう。
笑顔で挨拶を返してくれた。
・・・イイ。
少女の隣に座り、足の状態を調べる。腫れは昨日と同じくらい、悪化はしていないようだけど、
このまま放置するのは良くない。
「やっぱり、外から医者を連れてくるべきかな。」
巫女に撃退される確率85%といったところだろうかね。人里において医者の存在は貴重な上に重要だ。
一妖怪の都合で地底という危険な場所に連れてくることなど許容出来るものではない。
うむうむと頭をひねっていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
少女のほうを見ると、屈託のない笑顔でこちらを見ている。
大丈夫
少女は自身の方へ指を向け、とんとんと顎を二回叩いた。
さらにもう一度少女の口が動く。
・・
「・・・ま、じょ?」
コクコク
少女が頷く。
「あんたは、魔女なのかい?」
コクコク
そうか、この娘は魔女だったのか。さすがに普通の人間ではないと思っていたけど。そういえば、以前にも黒白の
魔法使いが地底に来たことがあったっけ。
「魔女だと、その、大丈夫なのかい?」
コクコク
そうなのかなぁ。体が頑丈そうにも見えないし、ここには治療などに使えるような器具もない。
ま ほ う
まほう・・・魔法か。
「魔法を使うと、足が治るのかい?」
コクコク
少女が頷く。嘘をついているようには見えない。鬼である私には魔法に関する知識はないが、体を治す事が出来る
術があってもおかしくはないと思う。天変地異森羅万象を統べる手段があって、人体を統べる手段がないという
のは不自然だからだ。
問題は足を治す魔法を使えるはずの少女が、今現在その魔法を使っていないという事だ。
足を治す事が出来るのに治さない理由が少女にはない。
強がり?私に嘘を言った?そんな事をしても少女に益はない。
なにか足りない道具などがあるのかもしれない?私をまだ信用していないとか?
それにしては少女の顔に焦りの色は見えない。
分からない・・・
クスクス
少女が軽く握った手を口元に据えて笑っている。
なんというか、なにげない仕草の一つ一つに気品があるなぁ。綺麗かわいい。
大丈夫
少女が微笑んだままもう一度言う。
そっか、大丈夫なのか。それなら、きっと大丈夫だよね?しばらくの間ぐらい、このままでもいいよね。
「そうだ、お腹空いてないかい?そう遠くないところに池があるから魚を釣りに行こうと思うんだけど。」
コクン
「えっと、ここで待ってるかい?それとも連れて行くほうがいいかい?」
いく
「そっか、それじゃあちょっと失礼するよ。」
断りを入れてから少女の腰と膝に腕をまわしてお姫様抱っこをする。
少女は腕を私の腰と首にまわしている状態だ。
・・・
だ、だめだ。少女の顔が近すぎる、かわいい。やばい、おさえろ、おさえろ私、いい匂い、やばい、どうすればいいんだ。
バックンバックン
心臓が飛び出しそうなほど激しく鼓動している。寝ている時は大丈夫だったのに、どうなってるんだ。
?
少女は不思議そうにしている。
「ええええええええっと、すまないんだけど、おんぶに換えてもらってもいいかな?」
コクン
不思議そうにしながらも少女が頷く。
はぁ~、あぶなかった。なんか色々とあぶなかった。おんぶなら顔を見ることはないし、なんとか大丈夫だろう。
少女を一旦ちゃぶ台の上に降ろし、私も腰を下ろして少女を背負う。
よいしょ、と。
むにゅ
・・・?なにか背中に柔らかい感触が。
むにゅむにゅ
ブフッ、胸、胸の感触じゃないか。けっこう大きい、やばい、これはやばい、鼻血が、が、がが、ガガガガ
ビクン、ビクン
ふぅ・・・
「さて、それじゃあ行こうか。」
?
突如として男らしくなった勇儀を不思議に思いながらも、少女はゆっくりと首を頷かせた。
そんなこんなで二人は池までたどり着いた。
そういえば、せっかくだから池の水で少女の足を冷やすことにしよう。
少女の体をゆっくりと下ろし、少女の足を水に漬ける。
ッ!!
一瞬、少女がつらそうな顔を見せた。だが、
ありがとう
それでも笑顔を作りお礼を言ってくれた。照れるけど・・・うれしい。
「礼には及ばないよ。私が好きでやったことだからね。」
クスクス
少女が微笑む。可憐だなぁ。呆けながらも釣り糸を池の中に投げ込む。
ぽちゃん
暗い水面に波紋が広がっていく。
静かだ。
私は何もいわない。
少女は目を閉じて足を揺らしている。
魚も、その姿を魚影すら見せずまるで眠っているかのようだ。
なぜだろう。今まで何度も一人でここに来ているのに。この場所を静かだと感じたのは初めてだ。
目を閉じて耳を澄ませる。
水の音が聞こえる。
岩の音も
風の音も
鼓動を感じる。
そういえば、私は今日まだお酒を飲んでない。いつもなら、朝起きてお酒を飲んで、事あるごとにお酒を飲んでいるのに。
なぜだろう。今、私はお酒を飲もうと思っていない。
歌も歌っていない。
なぜだろう。
私は知らない。こんなにも静かなのに、それを心地良く感じるなんて。
結局、魚は一匹も釣れなかった。
それなのに、魚篭の中を見ると二匹の魚が収まっている。
少女に尋ねてみたけれど、少女は微笑むだけだった。
再び少女を背負い家に着く。
「あんたは、どういう風にして魚を食べたい?」
首を傾けて、すこし考え込んだ後に少女が口を開く。
お さ し み
「おさしみ、刺身だね。まかせときなよ。こう見えても一人暮らしが長いから料理は上手なんだ。」
魚を丁寧に捌く。せっかくだから、自分で作った特製の醤油を使って食べることにしよう。ワサビがないのは失敗。
普段使いもしない皿を床下から引っ張り出して水で洗い、新鮮な切り身を載せていく。なかなか綺麗でおいしそうである。
小皿と合わせてちゃぶ台に並べる。ふむ、こんなもんか。上出来上出来。
「おーい、出来たよ。」
コクコク
「失礼するよ。」
断りを入れて少女の体をちゃぶ台まで動かす。少女の体はちゃぶ台に対して斜めになるようにした。足は伸ばした
ままのほうが良いと思ったからだ。
「醤油は使うかい?」
コクコク
「そりゃあ良かった。こいつは私のお手製なんだ。」
少女が驚いた顔をする。
「味は保証するよ。鬼の味覚に限ってのことだけどね。」
クスクス
少女が微笑む。
「いただきます。」
いただきます
二人で手を合わせ、魚を食べていった。
魚を食べ終わり皿を洗い終わると、ちゃぶ台に座っている少女がいつのまにか徳利を持っていた。
さらにはお猪口も二つ用意されて少女の前に並んでいる。一体いつのまに、どうやって?
少女は微笑んだままだ。
少女が徳利を傾けてお猪口にお酒を注ぐ仕草をしたので、私は何もいわずにおとなしくちゃぶ台に座る。
座ったのは少女の隣。座った体勢から動けない少女に負担をかけさせないためだ。
私がお猪口を手に持つと少女は両手で持った徳利をゆっくりと傾ける。
澄んだ液体でお猪口が満たされる。
飲んでみると不思議な味がした。いや、お酒なのだ、普通の。ただ、なんというのだろう。温かいのだ。
度数が高いのだろうか。それとも、今日は初めてのお酒だったから効きが強いのだろうか。
空になった杯に少女が再び徳利を傾ける。
少女は微笑んだままだ。
注がれたお酒を飲む。
ああ、温かい。
きっと私は酔っているんだ。
少女が隣で微笑む。
私も笑う。
私は酔っているんだ。
「お空ー、そっちはいた?」
「うにゅう・・・見つからない。」
「さとり様はどうでしたか?」
「私も同様です。周辺の妖怪も知っている者はいませんでした。そのついでに、そのような女性を見つけても襲わないこと、
見つけたなら私に知らせるように脅し・・・頼んでおいたので見つかる可能性は高いと思うのですが。」
ふむむ、これは一体どういう事だろう。さとり様に隠し事なんてできるはずもないのに。
「もしかすると、すでに自分の家に帰っているのではありませんか?」
そう言うと、さとりは腕を組んで考え込む素振りを見せる。
「ふむ、その考えは持ち合わせていませんでした。お燐、よく思いつきましたね。」
にはは、ほめられてしまったよ。
「可能性は低いですけどね。」
「さとり様、ほめるかけなすかどちらかにしてください。」
意に介した風もなく、さとりは言葉を続ける。
「ほめているのですよ。可能性があろうがなかろうが結局、重要なのはアリスが見つかるか
見つからないのかなのですから。二人は引き続き地底を探索してください。アリスの家には私が行きます。」
「うにゅ?どうしてさとり様が行くのですか?」
「お空は行方不明になりそうだからです。」
「あたいはなぜですか?」
「あなただからです。」
・・・にゃんてこったい。
「私はもう休みます。あなた達も疲れを取っておきなさい。」
言い残してさとり様は行ってしまった。
「うにゅう・・・」
「そんなに落ち込まないでよお空、私たちでアリスを見つければさとり様もほめてくれるって。」
「うにゅう・・・けど、今日だけでも考えられる限りの場所は探しちゃったんだよ?」
「そ、そんな事ないって、実はあたいには心当たりがあるんだから。」
それを聞いて、落ち込んでいたお空がパアッと顔を輝かせる。
「ほ、本当に!?一体どこにいるの?」
う・・・お空を喜ばせるための出鱈目だなんて言えないし。
「えぇっとぉ、ほら、あの~・・・ほら、あそこの~・・・」
お空の視線から逃れるために、きょろきょろと意味もなく周りを見渡す。
すると、一つの部屋で目が止まった。勇儀に布団を貸した部屋だ。
勇儀は何と言っていたっけ。そう、女の娘がいると言っていた。勇儀が突然来たのはアリスがいなくなった当日のこと。
場所はずいぶん離れているけれど・・・
「これはもしかすると、当たりを引いちまったかもしれないねぇ。」
「うにゅ?」
「安心しなよ、とりあえず明日のお楽しみっていうことで、今日はお休み。」
「えぇ~、そんなぁ~。」
落ち込むお空を置いて部屋に戻る。お空にしゃべったらすぐにさとり様にばらしちゃいそうだからね。
お空に手柄を渡してあげないとお空がかわいそうだ。
明日、明日になったらお空を連れて勇儀のところに行ってみよう。
「うん?」
目が覚めた。いつのまにかお酒を飲んで眠ってしまったらしい。なぜか私は布団の中で仰向けで寝ている。
少女の姿は見えない。どこにいるのだろう?
布団から出て、部屋を移ると、少女が台所に立っていた。
トントントン
まな板の上には大根があり、少女が大根を輪切りにしている。
なぜか鍋まである。中には何がはいっているのだろう。湯気が立ち昇り良い匂いがただよっている。
私に気づいたのか、少女がこちらを振り返り口を開いた。
「おはよう。勇儀。」
私の口から出たのは驚きの声。
「あ・・・えええ!!なんで喋れてるの!?それに、足も折れてるんじゃなかったの!?あと鍋とか大根とか、一体何が
どうなっているの?」
「落ち着いて、説明はするから。ちゃぶ台に座っててよ。私の作ったご飯を食べてみてほしいの。」
「う、うん。」
少女の笑顔に押されてちゃぶ台に座る。
しばらくすると、ちゃぶ台には味噌汁とご飯が並んでいた。
「いただきます。」
「い、いただきます。」
ご飯を食べ終わったら説明をしてくれるのだろうか?混乱しながらも少女の作った料理を口に運ぶ。
「おいしい。」
「本当?良かった。日本料理はあまり作らないから少し不安だったの。」
そうなのか、けど、本当においしい。かき込むようにしてあっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末さまでした。」
私から大分送れて少女もご飯を食べ終わり、一息ついたところで少女に尋ねる。
「それで、一体どういう事なんだい?」
「その前に、私の名前を言わせて。私の名前はアリス。アリス・マーガトロイドよ。あらためて、よろしく勇儀。」
「う、うん。」
アリス。かわいい名前だ。そうか、アリスっていうのか。
「ア、アリス。」
ためらいつつ名前を呼んでみる。
「ええ、それともう一つ、私を助けてくれてありがとう。あなたが助けてくれなかったら、高い確率で私は死んでいたでしょう。
本当にありがとう。」
「ううん、お礼なんていらないよ。そのおかげでおいしいご飯も食べることが出来たし。こっちがお礼をいいたいぐらいさ。」
クスクス
少女が微笑む。
ああ、喋ることが出来るようになってもこの仕草は変わらないんだな。
「それで、その足はどうなっているんだい?」
「魔法で治したのよ。この本を使ってね。」
アリスが一冊の本をちゃぶ台の上においた。辞書のような大きさの古びた本だ。一体いつからこんな本を持っていたのだろう?
「この本は?」
「簡単に言うと私の一部かしら。私が足を治したのもこの本だし、一時的に言葉を失っていたのも
この本によるものだから。」
「?」
「馴染みはないと思うけど、本の中には力を持つものが存在するの。その中でもこの本は特に変わったものでね、
私はこの本の力を使う代わりに本と契約を結んでいたのよ。契約は契約者を縛るから、本を失っていた間は言葉も魔法も
使うことが出来なかったというわけ。」
「どうして本を失ってしまったんだい?」
「意図しないところから弾幕を放たれたから、本を犠牲にせざるをえなかったの。私が怪我をしたのもそれが原因ね。」
「なんだって!!誰だそんなひどいことをした奴は。私がとっちめてやる。」
アリスに不意打ちをかますような外道は鉄拳で制裁してやる。
「いいわよ。そんな事しなくて。その子に悪気がなかった事は知っているから。」
苦笑しながらそんな事を言われた。悪気の問題じゃないと思うんだけどなぁ。
「いいのよ。」
「勇儀に会えたから。」
・・・ボフッ
「な、な・・・」
平然としながらなんて事を言うんだこの娘は。私と会えたから良かったって、
そんな事言われたらどうしようもないじゃないか。
アリスはニコニコと笑いながらこちらを見ている。
くぁ、かわいい。くやしいけどかわいい。うああ
「ねぇ、勇儀?」
「はひゅんっ!?」
クスクス
笑われた。ううう
「ねぇ、勇儀。あの池に連れて行ってくれないかしら?」
「い、いいよ。おやすいごようさ。」
昨日と同じように魚篭と釣竿を手に持つが、昨日とは違い今日はアリスも自分の足で歩いている。
私の腕に自分の腕を絡ませながら、だ。
いや、私は最初反対したんだけど、アリスに上目遣いで「だめ?」なんていわれたら、どうしようもないじゃないか。
熱い、体の内側が熱い、酒も飲んでないのに。絶対に顔紅くなってるよ。ううう、アリスの顔をまともに見れない。
腕にアリスの体温を感じる。あったかい。やわらかい。
「あ、池に着いたみたいね。」
「ほぇ?」
気がつくと、いつの間にか池が目の前にある。これがテレポートか。
「よいしょ、と。」
アリスはブーツを脱ぐと、昨日と同様、足を池の水に浸けるようにして座り込んだ。
もしかすると、アリスの足はまだ全快の状態ではなかったのかもしれない。私にはそれを見せないけど。
私も昨日のように釣り糸を池に落とす。
ちゃぽん
水面に波紋が広がる。
ああ、静かd・・・
「あああああああ!!!」
大声が響き渡る。誰だよ畜生。
「あああありぃいいいいいすぅうううう!!!」
「わきゃん!!」
突如、どこからか飛んできた影がアリスに激突した。
「こ゛め゛ん゛な゛ざ゛い゛。こ゛め゛ん゛な゛ざ゛い゛~~~~。」
「はいはい、大丈夫よ。気にしてないから。」
その影はアリスに抱きつきながら謝罪を繰り返し、アリスに背中を撫でられている。
妬ましい・・・ていうかこれお空じゃないか。どうしてここに?
「おや、見事に感があたったみたいだねぇ。」
声がする方に顔を向けると、そこにはお燐がいる。
なんなんだ???
「お燐、説明してもらおうか。」
「にゃっふっふ、さて、どうしようか・・・話します。話しますから殺気のこもった拳をこちらに向けないで下さいお願いします。
ええっとねぇ、とりあえず、そこにいる人はアリスという人で合ってる?」
「ああ。」
「さとり様が頼みたいことがあるっていうんでアリスを地霊殿に呼んでたみたいなんだよね。それで、無事に
頼みごとも終わってさて帰ろうかというところに偶然居合わせていたのがお空でございます。このお空という者、
それは大層な弾幕好きでございまして、アリスの人形を使った弾幕とぜひ一度遊んでみたいという欲求に耐え切れず、
帰り途中の御方にそれはそれは多大なご迷惑をかけてしまったという次第なんでございますよ。」
「ふ~ん、そうだったのかぁ。」
アリスの方を見るとまだお空が泣きついている。確かに悪気は無かったんだろうなぁ。
後先を考える事が出来ないというか。
お燐がアリスの傍に立つ。
「アリス様、さとり様に仕えています。お燐と申します。」
「アリスでいいわよ。」
「そうですか。さとり様は現在、アリスの家に向かっています。私があなたの家に居る可能性もあるのでは、という提案を
したためです。もう一日二日待てばさとり様は地霊殿に戻られると思いますが、いかがなさいますか?」
「それなら私も家に向かうことにするわ。ついでに依頼も片付けられるし。」
・・・え?
アリスが行ってしまう?
それはそうか、もうここに居る理由はないのだから。
イヤダ
もとから遭うことなんてなかったはずなんだし。
離したくない。
魚を釣って酒を飲む生活に戻るだけだ。
戻りたくない。
どうして?
一緒にいたい。
どうして?
温かいんだ。
寂しかったの?
寂しいんだ。
静かで
温かくて
やさしく私に微笑んでくれる。
そうだ
酔ってしまったんだ。
一目見て、一日をすごしただけで、どうしようもないほどに。
「勇儀?」
アリスが話しかけてくる。
「ん?どうしたの?」
行かないで
「私は今から家に帰ろうと思うのだけど。」
「・・・うん。」
行かないで
「勇儀も一緒に来てくれないかしら?」
「・・・え?」
・・・え?
「だめ?」
「いや、そ、そんなことないよ。けど、私が一緒でもいいのかい?」
「一緒に来てください。」
「・・・うん。」
アリスの手を握り、体を起こす。
手は握ったままで並んで歩き出す。
「私も一緒に行く~~~。」
「あたいも~~~。」
私とアリスの手をさらに二人が繋ぐ。
一人は主人に早く報告したいと興奮しながら、
一人は事の顛末に胸をなでおろしながら、
一人は顔を紅くしながらも笑いながら、
一人は微笑みながら、
四人は並んで地底の外へ向かっていった。
「私も混ざる~~~。」
「にゃにゃ!?こいし様。一体いつからここに?」
「ん~、最初から?」
人妖問わず殺しなんてめったにやらんしね。
まあ、喧嘩で負けたことなんてほとんどないけど。勝負事は好きだし、おもしろそうな奴がいたらちょっとだけ小突い
てみる。その程度の、それはそれは平和な鬼なんだよ。私は。
酒とつまみとたまの暇つぶし、たまの運動、それで私の人生は十分楽しいのさ。
地底の底にも魚はいる。地下水が通っているからだ。地下水は山に降る雨がろ過され、山の養分を蓄えて冷やされた
ものだ。その水の中で育つ魚は身が引き締まっており、とてもおいしい。見た目は悪いけどね。大した問題じゃない。
人間、外見よりも中身だろ?魚も同じだ。見てくれよりも肉の味。そんなわけで、私は釣竿担いで魚篭引っさげて、
えいこらえいこら地底の池まで歩いていったのさ。
「つーまみー、つーまみー。きょーおーのつーまみーはなーにーかなー?」
音痴じゃないから、言っておくけど、私音痴じゃないから。ちょっと今お酒飲んでるから歌い方が大雑把になってる
だけだから。みんな私の歌を聞くと、「なんだかわからないけど元気は出た。」って言ってくれるから。
と、そんな事を言っている間に魚が一匹、二匹ぷかりぷかりと浮き上がってくる。
そう、なにを隠そう私の歌には魔力が込められていてね、私の歌を聞いた魚は魅了されて釣られに寄ってきちまうのさ。
え?その魚、気絶してるんじゃないですかって?歌がうるさいだけなんじゃないかって?
この前そう言った奴は池の藻屑になって魚の養分になったっけなぁ。
その時からこの池に近づく奴がいなくなったから、この池はいつのまにか私の縄張りみたいになっている。
他にも魚を取れる場所はあるし、他の奴らはそこに行ったのだろう。
「いーえーにつーいーたぞーつーいーたぞうっと。」
魚篭の中には魚が五匹入っている。十分十分、焼いて干して刺身にしてと、涎がとまらないね。
私の家は古い木造で、四つほどの部屋がある構造になっている。家の中にあるものはテーブルと料理をするための道具
ぐらいだ。あとは酒とつまみがあり、水を入れてある甕が二つ。その他少々、実に単純、だがそれがいい。
そんなことより今は食欲が大切だ。
魚篭を台所に置いて、お魚出して、包丁出して、捌いて捌いてトントントンっと。
まな板に置かれた若干グロイ魚が次々と捌かれ、あるものは開きにされていく。
どかーーーーん
突然、何かが上から落ちてきて魚達が弾けとんだ。
勇儀は何が起きたのか理解出来ず、呆然とその場面を眺めていた。
びたん、びたんと無残にも魚が地面にぶちまけられる。
さすがに地面に落ちてしまった魚の切り身を食べる気にはなれない。
あはははは、おさかな飛んだ、はじけて飛んだ。とんではじけて地面に落ちた。あはははは。
十秒ほど立ち尽くした後、勇儀は我に返った。
「・・・はっ!?私は今まで一体何をしていたんだ?・・・じゃなかった。ああああああ。私の魚達が。
くそう、一体何の恨みがあって・・・。」
魚を駄目にした飛来物を睨み付け、勇儀は再び立ち尽くした。
綺麗。
それは一人の少女であった。
髪の色は地底の薄暗い中でさえ煌く金色で、目は閉じているが顔立ちはまるで西洋の人形のようである。
ひらひらとした服装をしており、服からのぞく肌は透き通るように白く、傷一つ付けることすら許されない真珠の
輝きを放っている。
少女の口からうっすらと息づかいの音が聞こえる。
空から天井を破って落ちてきたためか、少女は台所の上でうずくまった状態のままぴくりとも動かない。
見た限りでは骨は折れていないようだが。華奢な体をしている少女にとっては相当な衝撃であったことだろう。
少女の体からは甘い花の香りがする。少女自身から放たれるものなのか、香水によるものなのかは分からない。
ただ、甘い中にも爽やかな香りがして、もう少し近くで少女の匂いを嗅ぎたいと思った。
そして顔を近づけていくとやはり少女は綺麗であり、魚のことなんてとうに忘れて勇儀は少女に魅入られていた。
「・・・・・・」
もぞり
少女が身じろいだ。
我に返った勇儀は慌てて少女から離れ様子を伺うことにする。
しばらくすると少女は目を開き、そして目の前に立つ勇儀を見た。お互いの目と目が重なり合う。
少女のそれは大きく、深遠のように深く、月の様に静かに輝く青い瞳だった。
まるでサファイアが埋め込まれているかのように。
少女の瞳に吸い込まれて、勇儀はまるで人形にでもなってしまったかのように少女の前で立ち尽くしていた。
ゆっくりと、少女は腕を伸ばして上体を起こし、台所から降りようとする。
しかしながら、途中で少女は体勢を崩してしまった。このままでは少女の体が地面に打ち付けられてしまう。
「あぶない!」
自分でも驚くほど早く体が反応し、勇儀は体勢を崩した少女へ走り寄った。
どさり
少女の体を自分の体で抱き支える。
軽い。それに柔らかい。ちょうど私の胸の辺りに少女の頭があり、彼女の髪から先程嗅いだ甘い香りがする。
いい香り。ずっとこのまま匂いを嗅いでいたい。
勇儀がぎゅう、と強く少女の体を抱きしめると少女から苦しそうな声が聞こえてきた。
慌てて腕の力を緩める、すると少女の体が崩れ落ちてしまいそうになり、さらに慌てて少女の体を抱きしめ直した。
何をやっているんだ、私は。
それにしても、細い、やわらかい、力を込めたら折れてしまいそう。それにいい香り・・・じゃなかった。落ち着け、
深呼吸をするんだ。すーはーすーはー・・・はぁ、いい匂い・・・クンカクンカ・・・じゃない!!目を覚ませ勇儀。
「え、えええええええととと、お、お怪我などはございませんか?」
「・・・・・・」
少女からは返事がない。いきなりこんな事をされたので、恐がっているのかもしれない。
「その、大丈夫かい?」
少女の顔をうかがう。
「・・・・・・」
少女は眠っていた。毒りんごを食べて眠ってしまった白雪姫のように静かに。
目を覚ましたのは夢遊病に近い状態だったのかもしれない。
とはいっても寝ている状態と空から落ちてきたのとでは状況が違う。なにか重大な怪我をしている恐れもあるし。
「と、とりあえず布団に寝かせよう。」
このまま私に抱きしめられているよりかは良いはずだ、ええと、布団布団・・・私布団持ってねぇよ。
いやだって、私鬼だから地面にごろ寝が普通だし、布団は角で破いちゃうこともあるし、地底は湿気多いから不便だし。
仕方がないからこの少女を地面に寝かせようか。・・・だめだ、こんなか弱い少女を床になんて寝かせたら地面の硬さ
で体を痛めてしまう。布団が必要だ。それも高級羽毛布団だ。誰か布団を持ってそうな奴なんていただろうか。
鬼の仲間達の顔を思い浮かべる。どいつもこいつも豪快で野蛮でおしとやかさの欠片もありゃあしない。
当然布団なんて持っていないだろう。というか持っていたとしても、その布団にこの少女を寝かせたくない。
ええい、誰かもう少し文明的な生活を送っている奴はいないのか。
普段使わない脳みそをフル回転させ、とうとう脳裏に一人の人物が浮かび上がった。
「そうだ、さとりの所に行こう。」
以前さとりの家に泊まったことがある。そのとき布団で寝て、角で布団ををびりびりに破いた事があるのだ。
当然怒られたが、そんな細かいことは今は関係ない。
よし、そうと決まれば早く行こう。早くしないとこの娘が目を覚ましてしまうかもしれない。
少女が目を覚ましても特に何があるわけでもない筈なのだが、なぜだか目を覚ます前に動かなければならない気がする。
勇儀にとっては心苦しいものであったが、少女の体をそっと床に寝かせ、少女を起こしてしまわないようにして勇儀は
そそくさと家から出発したのであった。
それから五分後、
どかーーーーん
爆音と共に地霊殿が大きく揺れた。
「にゃっ!!にゃんにゃんだにゃああああ!!」
地霊殿の中で毛繕いをしていたお燐は飛び起きた。混乱する頭で状況分析を行う。
地霊殿で地震が起きることなど無いといってもいいぐらいだ。となれば、何者かが地霊殿に襲撃をしてきたのだろう。
地霊殿に攻めてくる輩に心当たりは無い。皆、さとり様やお空の力を知っているからだ。
それでも攻めてきたというのなら、そいつは自分に相当な自信があるに違いない。地霊殿の揺れの大きさからしても
相当な力の持ち主に違いない。間違いにゃい!
どたんどたんと何者かが走ってこちらに近づいてくる。内部構造まで把握しているのか。
「にゃあああ。今はさとり様もお空もいないし、あたい一人でやるしかないのかにゃあ。」
出来れば弾幕ごっこで済ましてほしい、ううう、あたいが死んだら、死体は私の台車と一緒に埋めてくれい。
とても後ろ向きな決意を固め、お燐は近づく何物かに威嚇体勢をとった。
「誰かいないのかーーーー!!」
侵入者が声を張り上げて現れる。
「いにゃいっ!誰もいにゃいっ!!」
ガクガクプルプル
お燐は体を精一杯丸めて凶悪な進入者と対峙する。
ガクガクプルプル
「お燐?何うずくまってるんだい?」
「いにゃあ?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、不思議そうにこちらを覗いている見知った顔がある。
「なんだ勇儀だったのかい。・・・はぁ、まったくびっくりさせないでおくれよ。」
「てへっ。めんごめんご。」
てへっ、じゃねぇよ。マジで恐かったよこん畜生。
「一体何の用で来たのさ?」
いらつきながら勇儀に尋ねる。
「ああ、さとりはいないのかい?」
「いにゃいね。」
「そっか、それじゃあお燐、布団を一式貸してほしいんだけど、どこに布団があるか知らない?」
「布団?なんでだい?」
「お、おおう、たまには柔らかい布団の中で気持ちの良い眠りを味わおうかと思ってね。」
「・・・・・・」
「い、いや、違うから、別にやましい事とか全然ないから。」
「・・・・・・」
「だから、違うんだって、最近寒い気がするから借りたいだけなんだって。女の娘が家に居るとかそういうの
じゃないんだって。」
なんとまあ分かりやすいことよ。聞いても居ないことをぺらぺらと喋りおるわ。
それにしても、勇儀に彼女ができるとはねぇ・・・ん?彼女?もしかして、それは百合の花が咲いてなんちゃら
とかいうあれですか。女の子同士でアイラブユーっていうあれですか。ほほーん。勇儀はどことなくそんな気が
してたけど、まさか本当に同姓愛者だったとはねぇ。ふふふ、これはおもしろいネタが転がり込んできたぜ旦那。
「そうかい、たまにはそういうのもいいだろうねぇ、にゃはは。」
「ち、違うんだからね。そういうのじゃないんだからね。」
「はいはい、案内するからついて来てよ。にゃははは。」
「お、おおう。早く頼むよ。」
あの勇儀がそわそわしておる。恋する乙女か、勇儀よ、あなたは今恋をしているのですね。にゃはははは。
これからどうやってからかってやろうか。
「お燐。」
「にゃんにゃんだにゃあ?」
「あんまり笑ってると、潰すよ。」
・・・・・・恐いんだにゃぁ。どこからそんなにドスの効いた冷たい声が出せるんだにゃぁ。
手早く布団を引っ張り出し、勇儀に貢物を献上していく。
「これが布団だよ。それから枕、掛け布団、シーツ、他には何かいる?」
「いや、大丈夫だ。ありがとうな。いやー、いい友達がいてくれて良かったよ。」
布団を渡すと、ガハハと笑いながら勇儀があたいの肩を叩いてきた。このジャイアンめ、肩痛いんだよ。
「それじゃあ私は行くよ。また今度な。」
「はいはいよー。」
勇儀が走り出そうとする。
「ああそうだ。」
「?」
「しゃべったら殺すから。」
「イエッサー大佐!!この命に代えても秘密は守ってみせますであります!!」
笑顔で直接的な脅し文句を残し鬼は帰って行った。
・・・さて、これからどうやって勇儀の身辺を調べようかねぇ。脅し程度で屈するお燐ではにゃいのだよ、
にゃははは。
猫は意外としぶとかったのである。
それから三分後、
勇儀は布団一式を抱えて家の前まで到着していた。
そろりそろりと戸を開けて家の中に入る。
あの少女は・・・まだ眠っている。
奥の部屋に布団を敷いてシーツを被せる。普段やらないから上手くは出来なかったけど、私にしては
良くやったほうだろう。次は少女を運ばないと。
ブーツを脱がせ、少女の腰と膝の裏に腕を通して少女の体を抱き上げる。やっぱり軽いなぁ、この娘。
お姫様抱っこの状態なので少女の顔がよく見える。一つ一つのパーツがしっかりとしていて、それでいて全体
として整った顔立ちだ。少女と思ったけど、よく見ると二十代前半の女性のようにも見える。
不思議だ。ただ、綺麗でかわいいという事は確かだ。
少女という方が似合う気がするのでこのまま少女と言おう。
少女の髪をクンカクンカしながらも丁寧な手付きで布団に寝かせる。
頭を少し持ち上げて枕を差し入れ、掛け布団を被せる。これで重大な怪我などをしていない限りは大丈夫だろう。
さて、これからどうしようか。
医者に見せるべきだろうか。医者・・・そんな奴地底にはいない。路銀で暮らしているような妖怪などいない上に、
親切心で助けたその場で助けた相手に食い殺されるような場所が地底である。死ねば餓鬼が群がり骨も残らない。
そう考えると私の家に上がり込む輩はいないし、少女が私の家に落ちてきてくれたのは幸運だった。
「すー、すー」
少女は規則正しい呼吸を繰り返している。
勇儀は少女の頭の傍で正座をして手を前につき、覗き込むようにして少女の顔を観察し始めた。
綺麗。見るたびに、見るほどにそう思う。絵画のように、それでいて滝の落ち水のように飽きが来ない。
少女はただ眠っているだけだというのに、不思議だなぁ。そう思いながら、勇儀は少女の傍で固まっていた。
どれぐらいの時間が過ぎただろうか、少女の目が静かに開かれた。青く深い、それでいて奥から輝く瞳。
吸い込まれそうになる。
・・・と、呆けている場合じゃないな。少女に出来るだけ優しく声をかける。
「調子はどうだい?あんた、上空からこの家に落ちてきたんだよ。」
少女は少し考えを巡らしているようだが、何も言わない。
「心配しなくてもいいよ。獲って食おうなんて考えちゃいないし、ここは安全だから。」
さらに言葉を続けると、少女は口を開いた。
「・・・・・・」
が、少女の口からは何の音も発せられなかった。
それに驚いたのは少女自身だ。喉元に左手を添え、口を大きく開けたり小さくすぼめたりして必死に
声を出そうとしている。
「もしかして、声が出ないのかい?」
少女はコクコクと首を縦に振り、そして身振り手振りで何かを伝えようとする。・・・かわいい。
「ええと、すまないけど、何を言おうとしているのか私には分からないよ。ごめん。」
少女は動きを止め、少し残念そうにしたが、気にしていない、というように笑顔でゆっくりと首を振った。
「私の名前は勇儀、星熊勇儀だ。角を見て分かるかもしれないけど、鬼をやってる。ここは地底の・・・底のほう
とでもいうのかねまあ、さっきも言ったけど安心していいよ。地底で鬼と敵対しようなんて奴はいないから。」
コクン
少女が頷く。
ありがとう。
声は聞こえないけど、少女はそう言った。
「どういたしまして、それから、良かったら名前を聞いてもいいかな。解読できるかは分からないけど、
知りたいんだ。」
「・・・」
少女の口から三つの単語が発せられる。
「・・・アイス?」
がくん
肩を落としてすごいがっくりとされてしまった。う~む、絶対そうだと思ったんだけどなぁ。私の馬鹿馬鹿。
「ッ!!」
突然少女が足の辺りを抑えるようにして苦しみ出した。
「ど、どうしたんだい!?大丈夫かい!?」
慌てて少女に尋ねると、少女はこちらに向けて手を上げて大丈夫だ、という仕草をみせた。けど、どうみても
大丈夫にはみえない。掛け布団を取り、靴下を脱がせて少女の足をみると、少女の右足首が大きく腫れている。
骨折しているようだ。
ええい、私の馬鹿野郎め、少女の顔にばかり気を取られてこんな怪我にすら気がつかないなんて。
「ちょっとだけ待っててくれ!!すぐに怪我とかに詳しそうな奴を連れてくるから。」
急いで家を飛び出そうとすると、
ぎゅう
少女に服の端を掴まれた。
少女の顔を見ると、今にも泣きそうな顔をして、行かないで、というようにこちらを見上げている。
そうか、私がいなくなってしまったらこの少女は身動きもとれずに一人で地底に残されることになってしまうのだ。
私が安全と言おうが、真偽のほどを少女に判断できるわけもない。ただ、私の事は信頼してくれているのだろう。
そうでなければ怪我をしていても頼るはずがない。選択肢がなかったというだけかもしれないけど、それでもいい。
「分かった。私はここにいるよ。出て行かない。」
掴まれていた袖から、少女の手が離れていく。それでも、少女の顔は不安気なままだ。
「安心していいよ。ずっと傍にいるから。なんなら、私が外に出る時はあんたを背負うっていうのもいいかもしれないね。」
・・・コクン
少女の顔に笑みが浮かぶ。まだ不安が半分といった表情だったが、少しは安心してくれたらしい。
しばらくすると、少女は再び眠りについた。
少女の髪を優しく撫でると、さらさらと指が流れていく。この娘は、本当に、ガラスのようにもろく壊れてしまうのだろう。
少女の泣きそうな顔を思い浮かべ、勇儀は全力でこの少女を守ろうと思った。
「ただいま、お燐。」
「お帰りなさい、さとり様。お空も、おかえり~。」
「うにゅう・・・」
?お空にいつもの馬鹿元気さがない。何かあったのだろうか。
「ええ、何かあったのですよ。」
相変わらずのさとりっぷりっすね、さとり様。
「一体何があったんですか?」
「その前に、ここで何があったのですか?まるで大砲でも打ち込まれたかのように門とその周辺が壊れていたのですが。」
「ああ、それは勇儀が突撃して来てですねぇ。」
にはは、今思い出しても笑いが出るねぇ。勇儀に恋人だもん。
「それで、勇儀に恋人が出来てどうしたのですか?」
「ゆ、勇儀に恋人ぉおおおおお!!?」
お空の反応はグッド、さとり様はドラーイです、もっとアクティブに生きるべきです。
「別にいいでしょう。人の反応がみな同じだったらそれは逆に恐ろしいことです。」
「けどけど、あの勇儀に恋人、しかも男じゃなくて女性なんですよ!?びっくり仰天、これはまいっちまったぜよ。
っていうぐらい驚くことじゃないですか。」
「・・・女性?」
「女性です。」
「「なんですとーーーーー!!!」」
お空の両目とさとり様のサードアイが二メートルぐらい空中に投げ出された。
「ちょ、おま、その情報もっとkwsk」
「ハリー!ハリー!」
落ち着けよお前ら。端から見ててすごい見苦しいよ。にはははは
「えっとですねぇ、勇儀が突然地霊殿に来たと思ったら。布団を一式借りたいと言ってきたんです。」
「ほうほう。」
「それで、どうしたのかと聞いたら、家に居る女の娘のために布団がほしいというわけなんですよ。」
「・・・熱い夜を過ごすのでしょうね。」
「二人の愛がペタフレアだね。」
「そんなわけでして、どうにかして勇儀の家を調べたいなぁと思っていたところなんです。」
怨霊を使えば楽そうだけど、いかんせん言葉が使えないので意味がないんだよね。さとり様が行ってみてくれませんか?
「ふむ、まかせろと言いたいのは山々です。が、やめておきましょう。お燐も勇儀にちょっかいを出さないようにしなさい。」
「どうしてですか?」
おもしろそうなのに。
「勇儀を怒らせたら地底がどうなってしまうと思います?布団を借りるぐらいで地霊殿にクレーターを一つ作る勇儀ですよ。
へたに私が会ったら、やぶ蛇をつついて自分が死ぬどころか地底妖怪皆殺しになってもおかしくはないでしょう。」
う~む、そうかぁ、私も死にたくないしなぁ。なにかあったら勇儀に全て私のせいにされそうな気もするし、残念だにゃあ。
「あきらめなさい。お空に続けて暴走されても困りますから。」
「うにゅう・・・」
?そういえばお空になにかあったんだっけ。
「わざわざ外から地底に来ていただいた客人に対して、何を思ったのか突然弾幕を打ち込んだのですよ。」
「うにゅう・・・魔法使いはみんな強いのかと思って、つい。」
「彼女は強いですよ。地底から帰る途中で不意を突かれたのでなければ、の話ですが。」
「うにゅう・・・ごめんなさい。」
「私に謝るのではなく彼女に謝らなければなりませんね。」
「はい。」
しょんぼりしながらお空が返事をする。
「そのお客人は一体何処にいるのですか?」
「わかりません。ちょうど分岐路がある場所だったのが不運でした。蟻の巣のように底へ分かれていく穴のどこかに落ちて
しまいましたから。」
「その全てを調べるのに私とお空の二人だけではとても手が足りないので、一旦地霊殿へと戻ってきたのです。」
「お空の弾幕を受けたのなら、そのお客人は死んでしまった可能性が高いのではないでしょうか?」
「それはありえませんね。」
さとり様が即答する。
「あの本がそれを認めないでしょうから。」
本?一体何の事だろう。
「とりあえず、私もその人を探すのを手伝えばいいんですよね。どんな人なんですか?」
「そうですねぇ、髪は金、背は160程度、西洋の人形のような綺麗な方ですね。地底ではいないタイプの妖怪なので
一目見れば分かるでしょう。もう一つ言えば、白黒の魔法使いが連れていた人形を操っていた女性です。」
「ほへぇ~。なぜ呼んだのです?」
「こいしやあなた達に人形を作ってもらおうとお願いしていたのです。」
あらら、それはなおのこと気合を入れて捜さなきゃいけないね。
「その通りです。お空も、やってしまった事はしかたがありません。一刻も早く救できるよう頑張りましょう。」
「はい!」
「にゃあ~い。」
「真面目にやりなさい。」
さとり様に頭を叩かれた。てへへ。女性を捜すのは真面目にやりますって。
「・・・」
いや、本当に本気ですって。
「・・・」
や、やめてそんな目で私を見ないで。助けてお空。
「・・・」
うにににに、そ、そうだ、その女性の名前はなんていうんですか?
「ああ、そういえば言っていませんでしたか。」
「アリス、それが彼女の名前です。」
「う~ん。むにゃむにゃ。」
いつのまにか眠っていたらしい。少女を見守ると決意したのにこれでは台無しではないか、私の馬鹿馬鹿。
自分の愚かさを悔いながら目を開けると、少女が上から私の顔を見ていた。
・・・あれ?なんかおかしいぞ。
少女の顔の奥には天井が見える。寝る前まで正座をしていたはずの私の足は伸びた状態になっていて、
つまり私はいつのまにか仰向けの状態になっているのだ。
そして、頭の後ろにはやわらかい感触があり、少女の顔は目の前にあり、少女の細くて綺麗な指が私の髪を撫でている。
つまり・・・つまりこれは、少女に膝枕をしてもらっている状態なのではないか。
少女がにっこりと私に微笑む。
「・・・ぼひゅんっ!!」
か、かわいすぎる。というかなにこの状況!?これが天国か、あなたは天使ですか。はぁ、もう死んでもいい。
賢者のように清らかな笑みを浮かべ、勇儀の頭は考えることを止めた。
そして、そんな勇儀を不思議そうに少女は眺めていた。
しばらくして、勇儀は持てる力を振り絞って膝枕の魔力から抜け出した。
「お、おお、おはようございます。」
おはよう。
笑顔で挨拶を返してくれた。
・・・イイ。
少女の隣に座り、足の状態を調べる。腫れは昨日と同じくらい、悪化はしていないようだけど、
このまま放置するのは良くない。
「やっぱり、外から医者を連れてくるべきかな。」
巫女に撃退される確率85%といったところだろうかね。人里において医者の存在は貴重な上に重要だ。
一妖怪の都合で地底という危険な場所に連れてくることなど許容出来るものではない。
うむうむと頭をひねっていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
少女のほうを見ると、屈託のない笑顔でこちらを見ている。
大丈夫
少女は自身の方へ指を向け、とんとんと顎を二回叩いた。
さらにもう一度少女の口が動く。
・・
「・・・ま、じょ?」
コクコク
少女が頷く。
「あんたは、魔女なのかい?」
コクコク
そうか、この娘は魔女だったのか。さすがに普通の人間ではないと思っていたけど。そういえば、以前にも黒白の
魔法使いが地底に来たことがあったっけ。
「魔女だと、その、大丈夫なのかい?」
コクコク
そうなのかなぁ。体が頑丈そうにも見えないし、ここには治療などに使えるような器具もない。
ま ほ う
まほう・・・魔法か。
「魔法を使うと、足が治るのかい?」
コクコク
少女が頷く。嘘をついているようには見えない。鬼である私には魔法に関する知識はないが、体を治す事が出来る
術があってもおかしくはないと思う。天変地異森羅万象を統べる手段があって、人体を統べる手段がないという
のは不自然だからだ。
問題は足を治す魔法を使えるはずの少女が、今現在その魔法を使っていないという事だ。
足を治す事が出来るのに治さない理由が少女にはない。
強がり?私に嘘を言った?そんな事をしても少女に益はない。
なにか足りない道具などがあるのかもしれない?私をまだ信用していないとか?
それにしては少女の顔に焦りの色は見えない。
分からない・・・
クスクス
少女が軽く握った手を口元に据えて笑っている。
なんというか、なにげない仕草の一つ一つに気品があるなぁ。綺麗かわいい。
大丈夫
少女が微笑んだままもう一度言う。
そっか、大丈夫なのか。それなら、きっと大丈夫だよね?しばらくの間ぐらい、このままでもいいよね。
「そうだ、お腹空いてないかい?そう遠くないところに池があるから魚を釣りに行こうと思うんだけど。」
コクン
「えっと、ここで待ってるかい?それとも連れて行くほうがいいかい?」
いく
「そっか、それじゃあちょっと失礼するよ。」
断りを入れてから少女の腰と膝に腕をまわしてお姫様抱っこをする。
少女は腕を私の腰と首にまわしている状態だ。
・・・
だ、だめだ。少女の顔が近すぎる、かわいい。やばい、おさえろ、おさえろ私、いい匂い、やばい、どうすればいいんだ。
バックンバックン
心臓が飛び出しそうなほど激しく鼓動している。寝ている時は大丈夫だったのに、どうなってるんだ。
?
少女は不思議そうにしている。
「ええええええええっと、すまないんだけど、おんぶに換えてもらってもいいかな?」
コクン
不思議そうにしながらも少女が頷く。
はぁ~、あぶなかった。なんか色々とあぶなかった。おんぶなら顔を見ることはないし、なんとか大丈夫だろう。
少女を一旦ちゃぶ台の上に降ろし、私も腰を下ろして少女を背負う。
よいしょ、と。
むにゅ
・・・?なにか背中に柔らかい感触が。
むにゅむにゅ
ブフッ、胸、胸の感触じゃないか。けっこう大きい、やばい、これはやばい、鼻血が、が、がが、ガガガガ
ビクン、ビクン
ふぅ・・・
「さて、それじゃあ行こうか。」
?
突如として男らしくなった勇儀を不思議に思いながらも、少女はゆっくりと首を頷かせた。
そんなこんなで二人は池までたどり着いた。
そういえば、せっかくだから池の水で少女の足を冷やすことにしよう。
少女の体をゆっくりと下ろし、少女の足を水に漬ける。
ッ!!
一瞬、少女がつらそうな顔を見せた。だが、
ありがとう
それでも笑顔を作りお礼を言ってくれた。照れるけど・・・うれしい。
「礼には及ばないよ。私が好きでやったことだからね。」
クスクス
少女が微笑む。可憐だなぁ。呆けながらも釣り糸を池の中に投げ込む。
ぽちゃん
暗い水面に波紋が広がっていく。
静かだ。
私は何もいわない。
少女は目を閉じて足を揺らしている。
魚も、その姿を魚影すら見せずまるで眠っているかのようだ。
なぜだろう。今まで何度も一人でここに来ているのに。この場所を静かだと感じたのは初めてだ。
目を閉じて耳を澄ませる。
水の音が聞こえる。
岩の音も
風の音も
鼓動を感じる。
そういえば、私は今日まだお酒を飲んでない。いつもなら、朝起きてお酒を飲んで、事あるごとにお酒を飲んでいるのに。
なぜだろう。今、私はお酒を飲もうと思っていない。
歌も歌っていない。
なぜだろう。
私は知らない。こんなにも静かなのに、それを心地良く感じるなんて。
結局、魚は一匹も釣れなかった。
それなのに、魚篭の中を見ると二匹の魚が収まっている。
少女に尋ねてみたけれど、少女は微笑むだけだった。
再び少女を背負い家に着く。
「あんたは、どういう風にして魚を食べたい?」
首を傾けて、すこし考え込んだ後に少女が口を開く。
お さ し み
「おさしみ、刺身だね。まかせときなよ。こう見えても一人暮らしが長いから料理は上手なんだ。」
魚を丁寧に捌く。せっかくだから、自分で作った特製の醤油を使って食べることにしよう。ワサビがないのは失敗。
普段使いもしない皿を床下から引っ張り出して水で洗い、新鮮な切り身を載せていく。なかなか綺麗でおいしそうである。
小皿と合わせてちゃぶ台に並べる。ふむ、こんなもんか。上出来上出来。
「おーい、出来たよ。」
コクコク
「失礼するよ。」
断りを入れて少女の体をちゃぶ台まで動かす。少女の体はちゃぶ台に対して斜めになるようにした。足は伸ばした
ままのほうが良いと思ったからだ。
「醤油は使うかい?」
コクコク
「そりゃあ良かった。こいつは私のお手製なんだ。」
少女が驚いた顔をする。
「味は保証するよ。鬼の味覚に限ってのことだけどね。」
クスクス
少女が微笑む。
「いただきます。」
いただきます
二人で手を合わせ、魚を食べていった。
魚を食べ終わり皿を洗い終わると、ちゃぶ台に座っている少女がいつのまにか徳利を持っていた。
さらにはお猪口も二つ用意されて少女の前に並んでいる。一体いつのまに、どうやって?
少女は微笑んだままだ。
少女が徳利を傾けてお猪口にお酒を注ぐ仕草をしたので、私は何もいわずにおとなしくちゃぶ台に座る。
座ったのは少女の隣。座った体勢から動けない少女に負担をかけさせないためだ。
私がお猪口を手に持つと少女は両手で持った徳利をゆっくりと傾ける。
澄んだ液体でお猪口が満たされる。
飲んでみると不思議な味がした。いや、お酒なのだ、普通の。ただ、なんというのだろう。温かいのだ。
度数が高いのだろうか。それとも、今日は初めてのお酒だったから効きが強いのだろうか。
空になった杯に少女が再び徳利を傾ける。
少女は微笑んだままだ。
注がれたお酒を飲む。
ああ、温かい。
きっと私は酔っているんだ。
少女が隣で微笑む。
私も笑う。
私は酔っているんだ。
「お空ー、そっちはいた?」
「うにゅう・・・見つからない。」
「さとり様はどうでしたか?」
「私も同様です。周辺の妖怪も知っている者はいませんでした。そのついでに、そのような女性を見つけても襲わないこと、
見つけたなら私に知らせるように脅し・・・頼んでおいたので見つかる可能性は高いと思うのですが。」
ふむむ、これは一体どういう事だろう。さとり様に隠し事なんてできるはずもないのに。
「もしかすると、すでに自分の家に帰っているのではありませんか?」
そう言うと、さとりは腕を組んで考え込む素振りを見せる。
「ふむ、その考えは持ち合わせていませんでした。お燐、よく思いつきましたね。」
にはは、ほめられてしまったよ。
「可能性は低いですけどね。」
「さとり様、ほめるかけなすかどちらかにしてください。」
意に介した風もなく、さとりは言葉を続ける。
「ほめているのですよ。可能性があろうがなかろうが結局、重要なのはアリスが見つかるか
見つからないのかなのですから。二人は引き続き地底を探索してください。アリスの家には私が行きます。」
「うにゅ?どうしてさとり様が行くのですか?」
「お空は行方不明になりそうだからです。」
「あたいはなぜですか?」
「あなただからです。」
・・・にゃんてこったい。
「私はもう休みます。あなた達も疲れを取っておきなさい。」
言い残してさとり様は行ってしまった。
「うにゅう・・・」
「そんなに落ち込まないでよお空、私たちでアリスを見つければさとり様もほめてくれるって。」
「うにゅう・・・けど、今日だけでも考えられる限りの場所は探しちゃったんだよ?」
「そ、そんな事ないって、実はあたいには心当たりがあるんだから。」
それを聞いて、落ち込んでいたお空がパアッと顔を輝かせる。
「ほ、本当に!?一体どこにいるの?」
う・・・お空を喜ばせるための出鱈目だなんて言えないし。
「えぇっとぉ、ほら、あの~・・・ほら、あそこの~・・・」
お空の視線から逃れるために、きょろきょろと意味もなく周りを見渡す。
すると、一つの部屋で目が止まった。勇儀に布団を貸した部屋だ。
勇儀は何と言っていたっけ。そう、女の娘がいると言っていた。勇儀が突然来たのはアリスがいなくなった当日のこと。
場所はずいぶん離れているけれど・・・
「これはもしかすると、当たりを引いちまったかもしれないねぇ。」
「うにゅ?」
「安心しなよ、とりあえず明日のお楽しみっていうことで、今日はお休み。」
「えぇ~、そんなぁ~。」
落ち込むお空を置いて部屋に戻る。お空にしゃべったらすぐにさとり様にばらしちゃいそうだからね。
お空に手柄を渡してあげないとお空がかわいそうだ。
明日、明日になったらお空を連れて勇儀のところに行ってみよう。
「うん?」
目が覚めた。いつのまにかお酒を飲んで眠ってしまったらしい。なぜか私は布団の中で仰向けで寝ている。
少女の姿は見えない。どこにいるのだろう?
布団から出て、部屋を移ると、少女が台所に立っていた。
トントントン
まな板の上には大根があり、少女が大根を輪切りにしている。
なぜか鍋まである。中には何がはいっているのだろう。湯気が立ち昇り良い匂いがただよっている。
私に気づいたのか、少女がこちらを振り返り口を開いた。
「おはよう。勇儀。」
私の口から出たのは驚きの声。
「あ・・・えええ!!なんで喋れてるの!?それに、足も折れてるんじゃなかったの!?あと鍋とか大根とか、一体何が
どうなっているの?」
「落ち着いて、説明はするから。ちゃぶ台に座っててよ。私の作ったご飯を食べてみてほしいの。」
「う、うん。」
少女の笑顔に押されてちゃぶ台に座る。
しばらくすると、ちゃぶ台には味噌汁とご飯が並んでいた。
「いただきます。」
「い、いただきます。」
ご飯を食べ終わったら説明をしてくれるのだろうか?混乱しながらも少女の作った料理を口に運ぶ。
「おいしい。」
「本当?良かった。日本料理はあまり作らないから少し不安だったの。」
そうなのか、けど、本当においしい。かき込むようにしてあっという間に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末さまでした。」
私から大分送れて少女もご飯を食べ終わり、一息ついたところで少女に尋ねる。
「それで、一体どういう事なんだい?」
「その前に、私の名前を言わせて。私の名前はアリス。アリス・マーガトロイドよ。あらためて、よろしく勇儀。」
「う、うん。」
アリス。かわいい名前だ。そうか、アリスっていうのか。
「ア、アリス。」
ためらいつつ名前を呼んでみる。
「ええ、それともう一つ、私を助けてくれてありがとう。あなたが助けてくれなかったら、高い確率で私は死んでいたでしょう。
本当にありがとう。」
「ううん、お礼なんていらないよ。そのおかげでおいしいご飯も食べることが出来たし。こっちがお礼をいいたいぐらいさ。」
クスクス
少女が微笑む。
ああ、喋ることが出来るようになってもこの仕草は変わらないんだな。
「それで、その足はどうなっているんだい?」
「魔法で治したのよ。この本を使ってね。」
アリスが一冊の本をちゃぶ台の上においた。辞書のような大きさの古びた本だ。一体いつからこんな本を持っていたのだろう?
「この本は?」
「簡単に言うと私の一部かしら。私が足を治したのもこの本だし、一時的に言葉を失っていたのも
この本によるものだから。」
「?」
「馴染みはないと思うけど、本の中には力を持つものが存在するの。その中でもこの本は特に変わったものでね、
私はこの本の力を使う代わりに本と契約を結んでいたのよ。契約は契約者を縛るから、本を失っていた間は言葉も魔法も
使うことが出来なかったというわけ。」
「どうして本を失ってしまったんだい?」
「意図しないところから弾幕を放たれたから、本を犠牲にせざるをえなかったの。私が怪我をしたのもそれが原因ね。」
「なんだって!!誰だそんなひどいことをした奴は。私がとっちめてやる。」
アリスに不意打ちをかますような外道は鉄拳で制裁してやる。
「いいわよ。そんな事しなくて。その子に悪気がなかった事は知っているから。」
苦笑しながらそんな事を言われた。悪気の問題じゃないと思うんだけどなぁ。
「いいのよ。」
「勇儀に会えたから。」
・・・ボフッ
「な、な・・・」
平然としながらなんて事を言うんだこの娘は。私と会えたから良かったって、
そんな事言われたらどうしようもないじゃないか。
アリスはニコニコと笑いながらこちらを見ている。
くぁ、かわいい。くやしいけどかわいい。うああ
「ねぇ、勇儀?」
「はひゅんっ!?」
クスクス
笑われた。ううう
「ねぇ、勇儀。あの池に連れて行ってくれないかしら?」
「い、いいよ。おやすいごようさ。」
昨日と同じように魚篭と釣竿を手に持つが、昨日とは違い今日はアリスも自分の足で歩いている。
私の腕に自分の腕を絡ませながら、だ。
いや、私は最初反対したんだけど、アリスに上目遣いで「だめ?」なんていわれたら、どうしようもないじゃないか。
熱い、体の内側が熱い、酒も飲んでないのに。絶対に顔紅くなってるよ。ううう、アリスの顔をまともに見れない。
腕にアリスの体温を感じる。あったかい。やわらかい。
「あ、池に着いたみたいね。」
「ほぇ?」
気がつくと、いつの間にか池が目の前にある。これがテレポートか。
「よいしょ、と。」
アリスはブーツを脱ぐと、昨日と同様、足を池の水に浸けるようにして座り込んだ。
もしかすると、アリスの足はまだ全快の状態ではなかったのかもしれない。私にはそれを見せないけど。
私も昨日のように釣り糸を池に落とす。
ちゃぽん
水面に波紋が広がる。
ああ、静かd・・・
「あああああああ!!!」
大声が響き渡る。誰だよ畜生。
「あああありぃいいいいいすぅうううう!!!」
「わきゃん!!」
突如、どこからか飛んできた影がアリスに激突した。
「こ゛め゛ん゛な゛ざ゛い゛。こ゛め゛ん゛な゛ざ゛い゛~~~~。」
「はいはい、大丈夫よ。気にしてないから。」
その影はアリスに抱きつきながら謝罪を繰り返し、アリスに背中を撫でられている。
妬ましい・・・ていうかこれお空じゃないか。どうしてここに?
「おや、見事に感があたったみたいだねぇ。」
声がする方に顔を向けると、そこにはお燐がいる。
なんなんだ???
「お燐、説明してもらおうか。」
「にゃっふっふ、さて、どうしようか・・・話します。話しますから殺気のこもった拳をこちらに向けないで下さいお願いします。
ええっとねぇ、とりあえず、そこにいる人はアリスという人で合ってる?」
「ああ。」
「さとり様が頼みたいことがあるっていうんでアリスを地霊殿に呼んでたみたいなんだよね。それで、無事に
頼みごとも終わってさて帰ろうかというところに偶然居合わせていたのがお空でございます。このお空という者、
それは大層な弾幕好きでございまして、アリスの人形を使った弾幕とぜひ一度遊んでみたいという欲求に耐え切れず、
帰り途中の御方にそれはそれは多大なご迷惑をかけてしまったという次第なんでございますよ。」
「ふ~ん、そうだったのかぁ。」
アリスの方を見るとまだお空が泣きついている。確かに悪気は無かったんだろうなぁ。
後先を考える事が出来ないというか。
お燐がアリスの傍に立つ。
「アリス様、さとり様に仕えています。お燐と申します。」
「アリスでいいわよ。」
「そうですか。さとり様は現在、アリスの家に向かっています。私があなたの家に居る可能性もあるのでは、という提案を
したためです。もう一日二日待てばさとり様は地霊殿に戻られると思いますが、いかがなさいますか?」
「それなら私も家に向かうことにするわ。ついでに依頼も片付けられるし。」
・・・え?
アリスが行ってしまう?
それはそうか、もうここに居る理由はないのだから。
イヤダ
もとから遭うことなんてなかったはずなんだし。
離したくない。
魚を釣って酒を飲む生活に戻るだけだ。
戻りたくない。
どうして?
一緒にいたい。
どうして?
温かいんだ。
寂しかったの?
寂しいんだ。
静かで
温かくて
やさしく私に微笑んでくれる。
そうだ
酔ってしまったんだ。
一目見て、一日をすごしただけで、どうしようもないほどに。
「勇儀?」
アリスが話しかけてくる。
「ん?どうしたの?」
行かないで
「私は今から家に帰ろうと思うのだけど。」
「・・・うん。」
行かないで
「勇儀も一緒に来てくれないかしら?」
「・・・え?」
・・・え?
「だめ?」
「いや、そ、そんなことないよ。けど、私が一緒でもいいのかい?」
「一緒に来てください。」
「・・・うん。」
アリスの手を握り、体を起こす。
手は握ったままで並んで歩き出す。
「私も一緒に行く~~~。」
「あたいも~~~。」
私とアリスの手をさらに二人が繋ぐ。
一人は主人に早く報告したいと興奮しながら、
一人は事の顛末に胸をなでおろしながら、
一人は顔を紅くしながらも笑いながら、
一人は微笑みながら、
四人は並んで地底の外へ向かっていった。
「私も混ざる~~~。」
「にゃにゃ!?こいし様。一体いつからここに?」
「ん~、最初から?」
釣りと夕食のシーンは特に、あの時間がいつまでも続いて欲しいと思えるほどに。
「黙の時間」でもそうでしたが、ひきにくさんの静寂描写がとても好きです。
>ビクン、ビクン
>ふぅ・・・
勇儀賢者モードwww
思いの外スラスラ読めて楽しかったです、勇アリいいなぁ。