雷鳴驚く雲の中、私達龍宮の使いは駆け抜ける。
この梅雨の時期になると、決まって様々な場所が荒れる。
雨による洪水、土砂崩れ、雷による災害。
梅雨の時期の私は忙しい。幻想郷は妖精という自然の具現そのものが住むから季節柄の影響を受けやすいのだ。
他の龍宮の使いは幻想郷の担当でないものもいる。そのもの達から聞くことによると、幻想郷の梅雨は異常な程強いらしい。
一度、外の世界にも行ってみたいものだ。
「にしても、凄い荒れ方ですね…毎年のことですが。」
龍宮の使い、幻想郷担当の私、永江衣玖はそう呟きながら雲を駆ける。
肌にまとわりつく雹を時折叩き落しながらも前に進む。
私達龍宮の使いは、龍神様のお告げを人間や妖怪に伝えることを生業とする。
私の普段は、総領娘様のお世話や我儘を聞いたりしながら過ごしたり、ふよふよと幻想郷を見守ることだが、この時期だけはそれは出来ない。
「龍神様も早く視察を終わらせてくれないと…」
基本的に梅雨は龍神様がその世界を視察をする季節である。
降る雨はその姿を隠そうとしているだけだとか、いろいろな噂や説が飛び交うがどれも確かな証明は出来ない。
「もしもそうなら、とんだ迷惑ですがね…おっと、次はあちらの方に伝えに行かなくては。」
そして、龍神様から伝わる『危険信号』というものを各地に住む者に伝える。この時期の仕事というのはこれだけだ。
これだけといってもその量は半端じゃないのだが。
ますます荒れる雲の中を抵抗しながら進む。
巻き込まれたら終わり、どこに吹き飛ばされるかわかったものではない。
幸い、私は空気を読むことが出来る。乱気流や雲の荒れには巻き込まれない。
「確かこのあたりでしたね…」
呟いているのは自分を保つため。
この雲の中で少しでも気を抜いてはいけない。そのためにも声を出して確認しなくてはならないのだ。
規定の場所を確認、この雲を下に抜ければその場所が見えるはず。
体の姿勢を変え、急降下する。空気抵抗はかなり大きいが耐えられないものではない。
程なくして、雲が途切れる。地上が見えた。
あと少しで、というところだった。
突然、大きな音がしたかと思うと、全身に強烈な何かが駆け巡る。
その瞬間、視界は白で染め上げられ、脳にはこれほどとない衝撃が伝わる。
痛みの声を出す余裕がなかった。既に意識が失われかけている。
(雷…)
恐らく、打たれたのだろう。自分が重力を受けてそのまま自由落下するのを感じる。
例え自分が、雷の力が使えても本物の雷はその数倍の威力があるのだ。私じゃなかったらバラバラになってもおかしくはない。
痛みが薄れてくる、しまったなー。と心で反省。
そこで私の意識は無くなった。
向日葵畑、私の住む家の前には向日葵が広がる。
全てが私の家族で大切なものだ。こうやって大雨の降る中でも傘をさしてしっかり様子を見てやらなくてはならない。
「太陽が無くても向日葵は太陽を向く。それはいつか日が照るかもしれないという希望かしらね。」
近くにある大きな向日葵を撫でながら呟く。向日葵は強い、そんじょそこらの力では屈さない。
しかし、折れるものもある、陽を見ようとして力尽きたもの。あるいは陽すら崇めずに枯れてしまうもの。
みんなみんな、私にとって愛おしい家族なのだ。だからこうやって近くにいないといけないのだ。
ここ幻想郷で向日葵が太陽を向くのは妖精が動かすから、というのが一般常識。
だが、それは違う。
向日葵は種から生えた時点でもう太陽しか見えていないのだ。
太陽は自分に力をくれると信じて太陽に向けて伸び続ける。
植物としての本能を持っているだけなのだ。向日葵というものは。
私はそんな向日葵が大好きだ。自分の為に自分が死ぬ、ということの美しさを人間は知らない。いや、理解しようとしないのか。
「あら?」
そんなことを考えていたら妙に土がふにゃっとしている部分があった。
雨にでもやられたのだろうか、と思い視線を下に向ければ、
「う、うぅ…」
なにやら変なものが倒れている。
着ている服はぼろぼろでところどころ焼き焦げたりした後がある。雷に打たれたというのは容易に想像できた。
妖精…ではないだろう。雷に打たれた妖精なんてあっという間に消滅するだけだ。
その付近に目を向けると、折れた向日葵が何本か目に入った。この女性を受け止めたのだろう。
そして気づく、周りの向日葵がほとんどこの女性に向いているといことに。
「さながら、天から落ちた太陽、というところかしら。」
下らない。そう一瞥してその場を去ろうとした。
昔からそうだ、面倒ごとには突っ込まないということがどれくらい大事かわかっている。
いちいち倒れている妖怪を助けたって何にも意味は無いのだ。
そんなもの無視するに限る。
「意外に、軽いわね…」
なのに、何故か背中には女性独特の重みを感じる。
甘くなったものだと、自分を自分で笑った。冷え切った女性の体は妙に温かい感じがした。
「う、ぅぅ…」
体に鈍い痛みが走り、その感覚で目が覚める。何とも冴えない目覚め方だ。
あの時、雷に打たれ私はどうなったのだろうか。三途の川にでもいるのだろうか。
そこでようやく、視界が開ける。
小さな部屋だ。窓が1つ、壁の脇のテーブルには花瓶と1つの花が咲いていた。
自分はどうやらベットにいるようだ、着ている服はいつもの服ではなくパジャマのようなもので、羽衣も見当たらない。
「あら?お目覚めかしら。」
突然聞こえた声に、少し驚きながらも見る。
緑色の綺麗な髪を持つ少女がドアの入り口に立っていた。
「あ、あの…」
「ここは私の家、あんたは雷を受け、私の向日葵畑に落ちていた。」
私の言葉を遮り、その少女はまさに私の言おうとした質問に答える。
「この時期に空中遊泳かしら、関心は出来ないわね。」
「いえ、私は…」
いいから、と少女は言う。
「しばらく怪我が治るまでじっとしてなさい。」
そう言って、彼女は部屋から出て行った。
名前聞いてないなぁ、なんていう後悔が出来たのは少し余裕が出来たからであろうか。
もう一度、部屋をよく見る。狭い部屋、窓1つにテーブルと花瓶。私のいるベット。
それと壁に羽衣が掛かっていた。ぼろぼろで焼き焦げたような後がある。
よかった、と心で安堵の息を吐く。
竜宮の使いの羽衣は時間が経てば再生する仕組みが施されている。
昔でこそ、無くなれば替えがあるぐらいたくさんあったのだが、ここ最近その材料が取れなくなったらしく、龍神様が再生の術をかけたのだ。『りさいくる』というらしい。
無くなればもう天界には帰れなくなるが、あれば大丈夫だ。
ギィと部屋の扉の開く音が聞こえる。そちらに目をやると先程の少女が手袋をし、鍋らしいものを持っている。
「寝起きで悪いけど、これを食べて頂戴。」
だいぶ弱っていたから、と付け加えた彼女はテーブルを引き寄せ鍋を置く。どうやらお粥の様だ。
そういえばここ最近まともな食事をしていないなぁ、と思えば途端に空腹が私を襲う。何とも現金なお腹である。
すいません、と会釈し小皿に取り分けて頂いた。久しぶりにまともな食事にありつけたため、その味は絶品だった。
「味は大丈夫かしら?」
口をもごもごさせながら「美味しいです」という言葉を伝える。
彼女は少し安心したように胸を撫で下ろした。
それからは無言だった。私はお粥の美味しさに気を取られていて気にしなかった。
だいぶお粥を食べたころだった。突然少女が口を開く。
「ちょっといいかしら?」
「は、はい。」
食べていたお粥をテーブルに置き少女を見る。近くで見れば見るほどその顔は整っていて綺麗だった。
「自己紹介。」
「え?」
「だから、あんたのことを聞いてるのよ。」
「わ、私ですか?」
他に誰がいるのよ…と少女が呟く。
それもそうだった。まだ私も彼女もお互いのことを何も知らないのだ。
「失礼しました、私の名前は永江衣玖と申しまして…」
自分の身の上と役職、どうして雷に打たれたのか、という情報を彼女に伝える。
全てを話終えると彼女は納得したようだった。
「なるほど、聞いたことがあるけど龍宮の使いだったのね…どおりで…」
「えっと、すみませんが…」
「何よ。」
「いえ、私は貴方のこと何も知らないので…」
そう言うと彼女はああ、そうだった。と呟き自己紹介を始めた。
「私は風見幽香、季節によってところどころ移動する花の妖怪よ。」
聞いたことぐらいあるでしょう?と彼女、幽香さんは私に問う。
その問いに他の竜宮の使いから少しだけ聞いたことが、と答えれば、何て言ってたかしら?とまた問われる。
私は口篭ってしまった、その仲間は彼女に対していい評価を下していなかったのだ。
答えるか悩んでいると、彼女は自分の評価の悪さはわかっているから、と笑って言った。少しだけ悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
結局私は聞いたことをそのまま彼女に伝えた。
人間との友好度は最悪で、どんな妖怪や人間でも生活の邪魔をすれば無慈悲に攻撃し叩き伏せること。など聞いたことを伝えた。
「まぁ、わかってたけどね。」
そう言って笑う彼女を見て言わなければ良かったと思ったのは言うまでもない。
「助けて頂いてありがとうございました。」
嫌な空気を変えるためとお礼を言ってなかったことに気づき、いきなりではあったがお礼を言った。
「あなたが拾ってくれなければどうなっていたか想像もつきません。」
「いいのよ、気分だったし。」
別に恩を感じなくてもいいから。と彼女は言う。
「で、あんた帰れるの?」
突然、彼女が私に問いかける。私は羽衣の再生の話を教えた。
便利なものねぇ、と呟いた彼女は、どれくらいで直るのか、という質問を投げる。
もう一度、羽衣を見る。確かにひどい有様だがこれぐらいの損傷なら1日あれば十分だろう。
そのことを彼女に伝えると、だったらあと1日ぐらいゆっくりしていきなさい。と言ってくれた。
そのことに素直に感謝すると、彼女はまた、いいから。といって立ち上がった。
「どこへ行かれるのですか?」
「少し向日葵を見にね。」
「まだ梅雨は抜けてないんじゃ…」
「あら、梅雨なら『昨日で』終わったわよ?」
あれ?確か私があの時行動していたのが昼過ぎであって、今の時間帯は部屋に入る日の光や鳥のさえずりを聞く限り朝だろう。
「もしかして、昨日からずっと朝まで寝てて…」
「あら、今頃気づいたの?」
「申し訳ありませんでした、ここにそんな長く居させてもらったなんて…」
「気分だっていったでしょ?別に構わないから、もう少し大人しくしてなさい。」
そういって部屋から出て行く彼女に対して、あの、と声をかける。くるりと優雅にこちらを向く彼女に聞く。
「どうして、梅雨が明けたと?」
「昨日、あんたが寝てるときに神社のほうに大きな雷が落ちたのよ。確かあそこには大きなミズナラの木があったからねぇ。龍神様が視察が終わると大きな雷を落とすんでしょ?昨日のはそりゃ大きかったわよ。それで今日は晴れているんだからそう考えるのが妥当じゃないかしら。」
なるほど、自分が寝ている間に終わってしまったらしい。なら仕事ももう当分無いわけだし良かったと思った。
もういいかしら、といい部屋を出て行こうとする彼女を、もうひとつだけ。と引き止める。
「幽香さん、と呼んでもよろしいですか?」
「…任せるわ。」
そういって幽香さんは部屋から出て行った。
私の寝室をあとにして、手に日傘を持ち玄関へと向かう。
「幽香さん、ねぇ…」
さんをつけられるということは中々ないので新鮮味があった。
外に出れば昨日の雨が嘘のようなほど晴れ晴れしい太陽が昇っている。
時刻は昼前、太陽が一番輝く時間帯でもある。
「よかったわね、希望はかなったわ。」
昨日撫でていた向日葵をまた撫でる。その向日葵は太陽に向かって大きな背伸びをしていた。
そして、もうひとつ昨日彼女が落ちていた場所に向かう。
そこには、折れていた向日葵が何本かあったからだ。立ち直っているといいのだが。
「ふぅむ…」
昨日折れていた向日葵は見事に太陽に向いていた。が、一本だけ恐らく落ちてきた彼女を全身で受けたのだろう。
根元からくっきり折れており、最早太陽のほうを向く力も無いようだ。
その向日葵の根元に膝を置く。
「可哀想に…」
優しく、優しく撫でる。この向日葵は落ちてくる彼女を受け止めたときどう思ったのか、苦しかっただろうか、痛かっただろうか。つらかっただろうか。
仲間に見捨てられこのまま枯れる自分の人生に絶望したか。それとも落ちてきた彼女を今も憎んでいるのか。
そこは私にはわからない。私がわかるのはこの向日葵が生きたいか死にたいか。そのどちらかである。
私は向日葵に問う。生きるか、死ぬか。向日葵は返事をしない。そのぐったりとした体を動かそうともしない。
「諦めるの?」
わずかに向日葵が頷いた。ように見えた。
「そう…」
私はゆっくりと手をかざす。わずかな光が折れた茎を包み込む。
少しの間動かなかった向日葵が少しずつその身を起こす。太陽に向けてゆっくりと自分を向ける。
「死にたいなら、自分の生を全うしてから死になさい。中途半端に死ぬのはこの私が許さない。」
少し怒気を込めて向日葵に言う。優しく撫でながら。
家族を自ら殺す必要はない。この向日葵は諦めていた。それは生きることではない。
自分はもう治らないという絶望と私に迷惑を掛けたくない。という願望。
だったら治さなくてはならない。この子は今から成長する。一度痛みを味わった向日葵はどの向日葵よりも最後は輝くものだ。
「素敵な、力ですね。」
「ゆっくり寝てなさい、っていったはずだけど?」
すいません、と彼女は言う。私の昔のパジャマを着て。
「その服、私のお古だけど大丈夫かしら?」
「ええ、とっても動きやすくて体にもぴったりですよ。」
幽香さんの能力は素敵ですね。と再度彼女は言う。
そうでもないわ。と私は返す。
「私がやってるのは死んだ花を蘇らせるだけ、この子達が喜ぶかどうかはわからないわ。」
「少なくとも私には喜んでいるようにみえますがね。」
「喜んでくれていたらいいのだけれど。」
怪我は大丈夫なの?という問いに、痛みはもう無いです。と彼女は答える。
「この向日葵はすべて幽香さんが?」
「ええ、この時期になるとここには毎年咲くの。それを私は見に来るのよ。家族みたいなものね。」
「優しいのですね。」
「この子達は裏表が無いのよ。人間や妖怪と違い、花というのは咲いて散るまでがその花の『生』それは人間の命と一緒ね。」
でも、と付け加える。
「花は咲いて散るまで、の『まで』がないの。咲いて散るだけ。本当はこう言った方がいいのかしら。
人間や妖怪は生まれてから死ぬまで何かをする『まで』の時間がある。だけど花には無いわ。何かをする時間はあっても『花』という鎖に縛られ続けるの。」
可哀想じゃない?と続ける。彼女は聞き入っているように見えた。
「なのに、人間っていうものは花を勝手に扱いすぎる。咲いて散りたいだけの花をなぜ切る必要がある?
なぜ生け花にする必要がある?なぜ標本にする必要がある?
どうして花の生を勝手に変えるのか?」
「………………」
「ま、私が言えたことでもないのだけど、自然は自然だからいいのよ。だから向日葵を取りに来たり折ったりしたやつには容赦しない。
その花の生を変えたんですもの、それは自分の人生も変えていいと言っている様なものじゃない。」
「でしたら、私はここに落ちていたんですよね?だったらその時…」
「ええ、何本かぽっきりと折れていたわ。」
「そんな…」
彼女は恐らく殺されるとでも思っているのだろうか、臆病なものだ。
彼女はどうしようもなかった、雷に打たれ意識を失い、ここに落ちた。それは運命だったのかもしれない。まさか意識的ではないだろう。
だったら、彼女を受け止めた向日葵もそれが運命だったのかもしれない。そう考えればどうしようもないのだ。
大丈夫、と言おうとした瞬間だった。
「だったら謝らなくては…」
「え?」
「例え、私がどんな理由で落ちたのであろうと、幽香さんの家族を傷つけてしまいました。それは許されるものじゃないでしょう?だったらせめて、謝らないと…」
しばらく呆然としてしまった。まだこんな考えを持つ妖怪が幻想郷にいるとは思ってもいなかった。
と、彼女は私に、どの向日葵ですか?と真剣に尋ねる。その顔に嘘の匂いはなし。
だから指し示した、一番被害を受け、私によって再び蘇ったあの向日葵を。
彼女はその花に近寄り、手で撫でた。
言葉こそ聞こえないが恐らく心で相当謝罪しているのだろう、雰囲気でわかった。
謝罪が終わったのか彼女はこちらを振り向く。そして
「どうぞ、何でもしてください。」
「……何言ってるのかしら?」
「成り行きとはいえ、幽香さんの家族を傷つけたことに変わりはありませんから、殴るなり蹴るなり何なり罰を与えてください。」
私も傷つけられないと意味が無いですから。と付け加えて。
ふぅ…と息を吐く。本当に幻想郷だと思う。まだこんな妖怪がいるのだから。
そうね、と呟きあることを閃く。
「だったら、たまに来てこの子の様子を見てあげて欲しいわ」
「え?」
「この子は今からが大事な時期なの。だったらそれを貴女は見届ける義務があるんじゃないかしら?」
彼女の顔が明るくなる。微笑ましい太陽のような笑顔を向けて。
「幽香さんの力も素敵ですが、幽香さんも素敵ですね。」
「ふふ、ありがと。えっと…」
「衣玖、でいいです。」
「ありがとう、衣玖。そんなこと言われたことも無かったわ。」
そしてお互い笑う。久しぶりに何か胸がすっきりした。
それから昼、ご飯を共に食べお互いの日常を話したり、異変についての話や、彼女、衣玖の仕える総領娘の話も聞いた。
聞けばここで異変を起こしたらしい。
気づかなかったんですか?意外と鈍感ですねぇ。という言葉に、悪かったわね…と返した。
あってみたいものだと思った。衣玖の話だとそんなに悪い娘には聞こえなかった。
時間というものは楽しいとあっという間に過ぎるものである。
それを久々に味わった私は周りが暗くなっても気づかなかった。それは衣玖も同じようであった。
夕食は手伝ってもらった。衣玖は料理も上手だった。今度いろいろ教えてもらう約束をした。
そのまま少し談笑して入浴、流石に一緒には入らなかった。
衣玖が先で私があとだった。一番に入ることに渋っていた衣玖だが最後には折れて入ってくれた。
衣玖の後の入浴は少しだけいつもより良い匂いがした。
入浴を終え、冷たいお茶を淹れ少し喋ったあと、お互い疲れていたのですぐに寝ることにした。
衣玖の羽衣はもうほとんで治っていた。
「じゃ、おやすみ」
「あの、幽香さんはどこで寝るんですか?」
「私は、あっちのソファーで十分だから、」
衣玖はそのベットを使えばいい、と言おうとしたら防がれた。
「いくら初夏とはいえ夜は冷えます。幸いこのベットは大きいので。」
衣玖が少しだけ体を横にずらし場所を空ける。
「さ、どうぞ。」
「いや、さ、どうぞって言われても…」
流石に女の子2人でベットに潜るのも少しの抵抗がある。
男だったら完全拒否だが、相手は衣玖だ、どうせ何も後ろめたいことも考えているはずもないか。と思った。
「じゃ、少しお邪魔するわ…」
もぞもぞとベットに侵入する。
「そもそも幽香さんのベットですから、遠慮するのは私なんですよ?」
「全く、本当に礼儀正しいのね。」
「礼を忘れては龍宮の使いとしてやっていけませんから。」
「よくわからないけど、そういうことにしておいてあげるわ。眠たいし。」
カチッと明かりを消す。
「おやすみ…」
「おやすみなさい、幽香さん。」
疲れといろいろなことがあったせいかあっという間に夢へ旅立った。
その翌日。
私、永江衣玖は完全に治った羽衣と自分の服を着る。随分久しぶりな感じがした。
「では、本当にお世話になりました、幽香さん。」
「こっちも衣玖みたいな妖怪に会えて楽しかったわ。」
「では、これで失礼します。」
「たまに、あの子を見に来てあげて頂戴、暇なときでもいいから。」
「もちろんです。それと、幽香さん。一度、天界に来てみませんか?」
「どうしてかしら?」
「総領娘様に会ってもらったり、天界を見てもらいたいのですよ。私がここでそうしてもらったように。」
どうですか?と聞く。幽香さんはしばらく悩んだが、。
「そうね、暇があれば行ってみてもいいわね。」
本当ですか!と思わず喜んでしまった。幽香さんは少し苦笑していた。
「だったら今度迎えに来ますから。」
少し照れ隠しをして、幽香さんに握手を求めた。
「えっと…これは何かしら?」
「何って、約束の握手と親友としての握手ですよ。また会いましょう、という意味を込めて。」
親友、ねぇ。と幽香さんは言って、今度はちゃんと笑いながら私の手を握り返す。
「また、会いましょう。」
「ええ、ここで待ってるわ。」
少し名残惜しかったが手を離す。
「それでは本当にお世話になりました。このご恩は忘れません。」
「言ったじゃない、気分って。」
そう言った幽香さんに微笑んで、空に浮いた。
振り向きはしなかった、また会えるから。
「号外です!霊夢さん。」
「何よ。もう新聞が溜まって面倒くさいんだけど。」
今回のは凄いんです!という鴉天狗を尻目に新聞に目を通す。
「あら?」
思わず口をぽかんと開いてしまった。
その新聞の写真に移っているのは優雅な笑みを浮かべながら握手をする女性2人の姿であった。
「幽香とこれはあの時の龍宮の使い、かしら?」
そうです。と文は言った。適当に飛んでいたら偶然見つけたんですよ。と付け加えて。
「確かにこれは珍しいわねぇ…」
「そうでしょう、そうでしょう!」
これで私の新聞の評価もあがるかも、と隣で夢を見ている天狗を放っておいてもう一度写真に目を通す。
ここまで優雅に楽しそうに笑う幽香は本当に久しぶりに見た気がする。
この2人に何があったか知らないが、まあ、どうでもいいか。と思い新聞を自分の部屋に投げた。
この梅雨の時期になると、決まって様々な場所が荒れる。
雨による洪水、土砂崩れ、雷による災害。
梅雨の時期の私は忙しい。幻想郷は妖精という自然の具現そのものが住むから季節柄の影響を受けやすいのだ。
他の龍宮の使いは幻想郷の担当でないものもいる。そのもの達から聞くことによると、幻想郷の梅雨は異常な程強いらしい。
一度、外の世界にも行ってみたいものだ。
「にしても、凄い荒れ方ですね…毎年のことですが。」
龍宮の使い、幻想郷担当の私、永江衣玖はそう呟きながら雲を駆ける。
肌にまとわりつく雹を時折叩き落しながらも前に進む。
私達龍宮の使いは、龍神様のお告げを人間や妖怪に伝えることを生業とする。
私の普段は、総領娘様のお世話や我儘を聞いたりしながら過ごしたり、ふよふよと幻想郷を見守ることだが、この時期だけはそれは出来ない。
「龍神様も早く視察を終わらせてくれないと…」
基本的に梅雨は龍神様がその世界を視察をする季節である。
降る雨はその姿を隠そうとしているだけだとか、いろいろな噂や説が飛び交うがどれも確かな証明は出来ない。
「もしもそうなら、とんだ迷惑ですがね…おっと、次はあちらの方に伝えに行かなくては。」
そして、龍神様から伝わる『危険信号』というものを各地に住む者に伝える。この時期の仕事というのはこれだけだ。
これだけといってもその量は半端じゃないのだが。
ますます荒れる雲の中を抵抗しながら進む。
巻き込まれたら終わり、どこに吹き飛ばされるかわかったものではない。
幸い、私は空気を読むことが出来る。乱気流や雲の荒れには巻き込まれない。
「確かこのあたりでしたね…」
呟いているのは自分を保つため。
この雲の中で少しでも気を抜いてはいけない。そのためにも声を出して確認しなくてはならないのだ。
規定の場所を確認、この雲を下に抜ければその場所が見えるはず。
体の姿勢を変え、急降下する。空気抵抗はかなり大きいが耐えられないものではない。
程なくして、雲が途切れる。地上が見えた。
あと少しで、というところだった。
突然、大きな音がしたかと思うと、全身に強烈な何かが駆け巡る。
その瞬間、視界は白で染め上げられ、脳にはこれほどとない衝撃が伝わる。
痛みの声を出す余裕がなかった。既に意識が失われかけている。
(雷…)
恐らく、打たれたのだろう。自分が重力を受けてそのまま自由落下するのを感じる。
例え自分が、雷の力が使えても本物の雷はその数倍の威力があるのだ。私じゃなかったらバラバラになってもおかしくはない。
痛みが薄れてくる、しまったなー。と心で反省。
そこで私の意識は無くなった。
向日葵畑、私の住む家の前には向日葵が広がる。
全てが私の家族で大切なものだ。こうやって大雨の降る中でも傘をさしてしっかり様子を見てやらなくてはならない。
「太陽が無くても向日葵は太陽を向く。それはいつか日が照るかもしれないという希望かしらね。」
近くにある大きな向日葵を撫でながら呟く。向日葵は強い、そんじょそこらの力では屈さない。
しかし、折れるものもある、陽を見ようとして力尽きたもの。あるいは陽すら崇めずに枯れてしまうもの。
みんなみんな、私にとって愛おしい家族なのだ。だからこうやって近くにいないといけないのだ。
ここ幻想郷で向日葵が太陽を向くのは妖精が動かすから、というのが一般常識。
だが、それは違う。
向日葵は種から生えた時点でもう太陽しか見えていないのだ。
太陽は自分に力をくれると信じて太陽に向けて伸び続ける。
植物としての本能を持っているだけなのだ。向日葵というものは。
私はそんな向日葵が大好きだ。自分の為に自分が死ぬ、ということの美しさを人間は知らない。いや、理解しようとしないのか。
「あら?」
そんなことを考えていたら妙に土がふにゃっとしている部分があった。
雨にでもやられたのだろうか、と思い視線を下に向ければ、
「う、うぅ…」
なにやら変なものが倒れている。
着ている服はぼろぼろでところどころ焼き焦げたりした後がある。雷に打たれたというのは容易に想像できた。
妖精…ではないだろう。雷に打たれた妖精なんてあっという間に消滅するだけだ。
その付近に目を向けると、折れた向日葵が何本か目に入った。この女性を受け止めたのだろう。
そして気づく、周りの向日葵がほとんどこの女性に向いているといことに。
「さながら、天から落ちた太陽、というところかしら。」
下らない。そう一瞥してその場を去ろうとした。
昔からそうだ、面倒ごとには突っ込まないということがどれくらい大事かわかっている。
いちいち倒れている妖怪を助けたって何にも意味は無いのだ。
そんなもの無視するに限る。
「意外に、軽いわね…」
なのに、何故か背中には女性独特の重みを感じる。
甘くなったものだと、自分を自分で笑った。冷え切った女性の体は妙に温かい感じがした。
「う、ぅぅ…」
体に鈍い痛みが走り、その感覚で目が覚める。何とも冴えない目覚め方だ。
あの時、雷に打たれ私はどうなったのだろうか。三途の川にでもいるのだろうか。
そこでようやく、視界が開ける。
小さな部屋だ。窓が1つ、壁の脇のテーブルには花瓶と1つの花が咲いていた。
自分はどうやらベットにいるようだ、着ている服はいつもの服ではなくパジャマのようなもので、羽衣も見当たらない。
「あら?お目覚めかしら。」
突然聞こえた声に、少し驚きながらも見る。
緑色の綺麗な髪を持つ少女がドアの入り口に立っていた。
「あ、あの…」
「ここは私の家、あんたは雷を受け、私の向日葵畑に落ちていた。」
私の言葉を遮り、その少女はまさに私の言おうとした質問に答える。
「この時期に空中遊泳かしら、関心は出来ないわね。」
「いえ、私は…」
いいから、と少女は言う。
「しばらく怪我が治るまでじっとしてなさい。」
そう言って、彼女は部屋から出て行った。
名前聞いてないなぁ、なんていう後悔が出来たのは少し余裕が出来たからであろうか。
もう一度、部屋をよく見る。狭い部屋、窓1つにテーブルと花瓶。私のいるベット。
それと壁に羽衣が掛かっていた。ぼろぼろで焼き焦げたような後がある。
よかった、と心で安堵の息を吐く。
竜宮の使いの羽衣は時間が経てば再生する仕組みが施されている。
昔でこそ、無くなれば替えがあるぐらいたくさんあったのだが、ここ最近その材料が取れなくなったらしく、龍神様が再生の術をかけたのだ。『りさいくる』というらしい。
無くなればもう天界には帰れなくなるが、あれば大丈夫だ。
ギィと部屋の扉の開く音が聞こえる。そちらに目をやると先程の少女が手袋をし、鍋らしいものを持っている。
「寝起きで悪いけど、これを食べて頂戴。」
だいぶ弱っていたから、と付け加えた彼女はテーブルを引き寄せ鍋を置く。どうやらお粥の様だ。
そういえばここ最近まともな食事をしていないなぁ、と思えば途端に空腹が私を襲う。何とも現金なお腹である。
すいません、と会釈し小皿に取り分けて頂いた。久しぶりにまともな食事にありつけたため、その味は絶品だった。
「味は大丈夫かしら?」
口をもごもごさせながら「美味しいです」という言葉を伝える。
彼女は少し安心したように胸を撫で下ろした。
それからは無言だった。私はお粥の美味しさに気を取られていて気にしなかった。
だいぶお粥を食べたころだった。突然少女が口を開く。
「ちょっといいかしら?」
「は、はい。」
食べていたお粥をテーブルに置き少女を見る。近くで見れば見るほどその顔は整っていて綺麗だった。
「自己紹介。」
「え?」
「だから、あんたのことを聞いてるのよ。」
「わ、私ですか?」
他に誰がいるのよ…と少女が呟く。
それもそうだった。まだ私も彼女もお互いのことを何も知らないのだ。
「失礼しました、私の名前は永江衣玖と申しまして…」
自分の身の上と役職、どうして雷に打たれたのか、という情報を彼女に伝える。
全てを話終えると彼女は納得したようだった。
「なるほど、聞いたことがあるけど龍宮の使いだったのね…どおりで…」
「えっと、すみませんが…」
「何よ。」
「いえ、私は貴方のこと何も知らないので…」
そう言うと彼女はああ、そうだった。と呟き自己紹介を始めた。
「私は風見幽香、季節によってところどころ移動する花の妖怪よ。」
聞いたことぐらいあるでしょう?と彼女、幽香さんは私に問う。
その問いに他の竜宮の使いから少しだけ聞いたことが、と答えれば、何て言ってたかしら?とまた問われる。
私は口篭ってしまった、その仲間は彼女に対していい評価を下していなかったのだ。
答えるか悩んでいると、彼女は自分の評価の悪さはわかっているから、と笑って言った。少しだけ悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
結局私は聞いたことをそのまま彼女に伝えた。
人間との友好度は最悪で、どんな妖怪や人間でも生活の邪魔をすれば無慈悲に攻撃し叩き伏せること。など聞いたことを伝えた。
「まぁ、わかってたけどね。」
そう言って笑う彼女を見て言わなければ良かったと思ったのは言うまでもない。
「助けて頂いてありがとうございました。」
嫌な空気を変えるためとお礼を言ってなかったことに気づき、いきなりではあったがお礼を言った。
「あなたが拾ってくれなければどうなっていたか想像もつきません。」
「いいのよ、気分だったし。」
別に恩を感じなくてもいいから。と彼女は言う。
「で、あんた帰れるの?」
突然、彼女が私に問いかける。私は羽衣の再生の話を教えた。
便利なものねぇ、と呟いた彼女は、どれくらいで直るのか、という質問を投げる。
もう一度、羽衣を見る。確かにひどい有様だがこれぐらいの損傷なら1日あれば十分だろう。
そのことを彼女に伝えると、だったらあと1日ぐらいゆっくりしていきなさい。と言ってくれた。
そのことに素直に感謝すると、彼女はまた、いいから。といって立ち上がった。
「どこへ行かれるのですか?」
「少し向日葵を見にね。」
「まだ梅雨は抜けてないんじゃ…」
「あら、梅雨なら『昨日で』終わったわよ?」
あれ?確か私があの時行動していたのが昼過ぎであって、今の時間帯は部屋に入る日の光や鳥のさえずりを聞く限り朝だろう。
「もしかして、昨日からずっと朝まで寝てて…」
「あら、今頃気づいたの?」
「申し訳ありませんでした、ここにそんな長く居させてもらったなんて…」
「気分だっていったでしょ?別に構わないから、もう少し大人しくしてなさい。」
そういって部屋から出て行く彼女に対して、あの、と声をかける。くるりと優雅にこちらを向く彼女に聞く。
「どうして、梅雨が明けたと?」
「昨日、あんたが寝てるときに神社のほうに大きな雷が落ちたのよ。確かあそこには大きなミズナラの木があったからねぇ。龍神様が視察が終わると大きな雷を落とすんでしょ?昨日のはそりゃ大きかったわよ。それで今日は晴れているんだからそう考えるのが妥当じゃないかしら。」
なるほど、自分が寝ている間に終わってしまったらしい。なら仕事ももう当分無いわけだし良かったと思った。
もういいかしら、といい部屋を出て行こうとする彼女を、もうひとつだけ。と引き止める。
「幽香さん、と呼んでもよろしいですか?」
「…任せるわ。」
そういって幽香さんは部屋から出て行った。
私の寝室をあとにして、手に日傘を持ち玄関へと向かう。
「幽香さん、ねぇ…」
さんをつけられるということは中々ないので新鮮味があった。
外に出れば昨日の雨が嘘のようなほど晴れ晴れしい太陽が昇っている。
時刻は昼前、太陽が一番輝く時間帯でもある。
「よかったわね、希望はかなったわ。」
昨日撫でていた向日葵をまた撫でる。その向日葵は太陽に向かって大きな背伸びをしていた。
そして、もうひとつ昨日彼女が落ちていた場所に向かう。
そこには、折れていた向日葵が何本かあったからだ。立ち直っているといいのだが。
「ふぅむ…」
昨日折れていた向日葵は見事に太陽に向いていた。が、一本だけ恐らく落ちてきた彼女を全身で受けたのだろう。
根元からくっきり折れており、最早太陽のほうを向く力も無いようだ。
その向日葵の根元に膝を置く。
「可哀想に…」
優しく、優しく撫でる。この向日葵は落ちてくる彼女を受け止めたときどう思ったのか、苦しかっただろうか、痛かっただろうか。つらかっただろうか。
仲間に見捨てられこのまま枯れる自分の人生に絶望したか。それとも落ちてきた彼女を今も憎んでいるのか。
そこは私にはわからない。私がわかるのはこの向日葵が生きたいか死にたいか。そのどちらかである。
私は向日葵に問う。生きるか、死ぬか。向日葵は返事をしない。そのぐったりとした体を動かそうともしない。
「諦めるの?」
わずかに向日葵が頷いた。ように見えた。
「そう…」
私はゆっくりと手をかざす。わずかな光が折れた茎を包み込む。
少しの間動かなかった向日葵が少しずつその身を起こす。太陽に向けてゆっくりと自分を向ける。
「死にたいなら、自分の生を全うしてから死になさい。中途半端に死ぬのはこの私が許さない。」
少し怒気を込めて向日葵に言う。優しく撫でながら。
家族を自ら殺す必要はない。この向日葵は諦めていた。それは生きることではない。
自分はもう治らないという絶望と私に迷惑を掛けたくない。という願望。
だったら治さなくてはならない。この子は今から成長する。一度痛みを味わった向日葵はどの向日葵よりも最後は輝くものだ。
「素敵な、力ですね。」
「ゆっくり寝てなさい、っていったはずだけど?」
すいません、と彼女は言う。私の昔のパジャマを着て。
「その服、私のお古だけど大丈夫かしら?」
「ええ、とっても動きやすくて体にもぴったりですよ。」
幽香さんの能力は素敵ですね。と再度彼女は言う。
そうでもないわ。と私は返す。
「私がやってるのは死んだ花を蘇らせるだけ、この子達が喜ぶかどうかはわからないわ。」
「少なくとも私には喜んでいるようにみえますがね。」
「喜んでくれていたらいいのだけれど。」
怪我は大丈夫なの?という問いに、痛みはもう無いです。と彼女は答える。
「この向日葵はすべて幽香さんが?」
「ええ、この時期になるとここには毎年咲くの。それを私は見に来るのよ。家族みたいなものね。」
「優しいのですね。」
「この子達は裏表が無いのよ。人間や妖怪と違い、花というのは咲いて散るまでがその花の『生』それは人間の命と一緒ね。」
でも、と付け加える。
「花は咲いて散るまで、の『まで』がないの。咲いて散るだけ。本当はこう言った方がいいのかしら。
人間や妖怪は生まれてから死ぬまで何かをする『まで』の時間がある。だけど花には無いわ。何かをする時間はあっても『花』という鎖に縛られ続けるの。」
可哀想じゃない?と続ける。彼女は聞き入っているように見えた。
「なのに、人間っていうものは花を勝手に扱いすぎる。咲いて散りたいだけの花をなぜ切る必要がある?
なぜ生け花にする必要がある?なぜ標本にする必要がある?
どうして花の生を勝手に変えるのか?」
「………………」
「ま、私が言えたことでもないのだけど、自然は自然だからいいのよ。だから向日葵を取りに来たり折ったりしたやつには容赦しない。
その花の生を変えたんですもの、それは自分の人生も変えていいと言っている様なものじゃない。」
「でしたら、私はここに落ちていたんですよね?だったらその時…」
「ええ、何本かぽっきりと折れていたわ。」
「そんな…」
彼女は恐らく殺されるとでも思っているのだろうか、臆病なものだ。
彼女はどうしようもなかった、雷に打たれ意識を失い、ここに落ちた。それは運命だったのかもしれない。まさか意識的ではないだろう。
だったら、彼女を受け止めた向日葵もそれが運命だったのかもしれない。そう考えればどうしようもないのだ。
大丈夫、と言おうとした瞬間だった。
「だったら謝らなくては…」
「え?」
「例え、私がどんな理由で落ちたのであろうと、幽香さんの家族を傷つけてしまいました。それは許されるものじゃないでしょう?だったらせめて、謝らないと…」
しばらく呆然としてしまった。まだこんな考えを持つ妖怪が幻想郷にいるとは思ってもいなかった。
と、彼女は私に、どの向日葵ですか?と真剣に尋ねる。その顔に嘘の匂いはなし。
だから指し示した、一番被害を受け、私によって再び蘇ったあの向日葵を。
彼女はその花に近寄り、手で撫でた。
言葉こそ聞こえないが恐らく心で相当謝罪しているのだろう、雰囲気でわかった。
謝罪が終わったのか彼女はこちらを振り向く。そして
「どうぞ、何でもしてください。」
「……何言ってるのかしら?」
「成り行きとはいえ、幽香さんの家族を傷つけたことに変わりはありませんから、殴るなり蹴るなり何なり罰を与えてください。」
私も傷つけられないと意味が無いですから。と付け加えて。
ふぅ…と息を吐く。本当に幻想郷だと思う。まだこんな妖怪がいるのだから。
そうね、と呟きあることを閃く。
「だったら、たまに来てこの子の様子を見てあげて欲しいわ」
「え?」
「この子は今からが大事な時期なの。だったらそれを貴女は見届ける義務があるんじゃないかしら?」
彼女の顔が明るくなる。微笑ましい太陽のような笑顔を向けて。
「幽香さんの力も素敵ですが、幽香さんも素敵ですね。」
「ふふ、ありがと。えっと…」
「衣玖、でいいです。」
「ありがとう、衣玖。そんなこと言われたことも無かったわ。」
そしてお互い笑う。久しぶりに何か胸がすっきりした。
それから昼、ご飯を共に食べお互いの日常を話したり、異変についての話や、彼女、衣玖の仕える総領娘の話も聞いた。
聞けばここで異変を起こしたらしい。
気づかなかったんですか?意外と鈍感ですねぇ。という言葉に、悪かったわね…と返した。
あってみたいものだと思った。衣玖の話だとそんなに悪い娘には聞こえなかった。
時間というものは楽しいとあっという間に過ぎるものである。
それを久々に味わった私は周りが暗くなっても気づかなかった。それは衣玖も同じようであった。
夕食は手伝ってもらった。衣玖は料理も上手だった。今度いろいろ教えてもらう約束をした。
そのまま少し談笑して入浴、流石に一緒には入らなかった。
衣玖が先で私があとだった。一番に入ることに渋っていた衣玖だが最後には折れて入ってくれた。
衣玖の後の入浴は少しだけいつもより良い匂いがした。
入浴を終え、冷たいお茶を淹れ少し喋ったあと、お互い疲れていたのですぐに寝ることにした。
衣玖の羽衣はもうほとんで治っていた。
「じゃ、おやすみ」
「あの、幽香さんはどこで寝るんですか?」
「私は、あっちのソファーで十分だから、」
衣玖はそのベットを使えばいい、と言おうとしたら防がれた。
「いくら初夏とはいえ夜は冷えます。幸いこのベットは大きいので。」
衣玖が少しだけ体を横にずらし場所を空ける。
「さ、どうぞ。」
「いや、さ、どうぞって言われても…」
流石に女の子2人でベットに潜るのも少しの抵抗がある。
男だったら完全拒否だが、相手は衣玖だ、どうせ何も後ろめたいことも考えているはずもないか。と思った。
「じゃ、少しお邪魔するわ…」
もぞもぞとベットに侵入する。
「そもそも幽香さんのベットですから、遠慮するのは私なんですよ?」
「全く、本当に礼儀正しいのね。」
「礼を忘れては龍宮の使いとしてやっていけませんから。」
「よくわからないけど、そういうことにしておいてあげるわ。眠たいし。」
カチッと明かりを消す。
「おやすみ…」
「おやすみなさい、幽香さん。」
疲れといろいろなことがあったせいかあっという間に夢へ旅立った。
その翌日。
私、永江衣玖は完全に治った羽衣と自分の服を着る。随分久しぶりな感じがした。
「では、本当にお世話になりました、幽香さん。」
「こっちも衣玖みたいな妖怪に会えて楽しかったわ。」
「では、これで失礼します。」
「たまに、あの子を見に来てあげて頂戴、暇なときでもいいから。」
「もちろんです。それと、幽香さん。一度、天界に来てみませんか?」
「どうしてかしら?」
「総領娘様に会ってもらったり、天界を見てもらいたいのですよ。私がここでそうしてもらったように。」
どうですか?と聞く。幽香さんはしばらく悩んだが、。
「そうね、暇があれば行ってみてもいいわね。」
本当ですか!と思わず喜んでしまった。幽香さんは少し苦笑していた。
「だったら今度迎えに来ますから。」
少し照れ隠しをして、幽香さんに握手を求めた。
「えっと…これは何かしら?」
「何って、約束の握手と親友としての握手ですよ。また会いましょう、という意味を込めて。」
親友、ねぇ。と幽香さんは言って、今度はちゃんと笑いながら私の手を握り返す。
「また、会いましょう。」
「ええ、ここで待ってるわ。」
少し名残惜しかったが手を離す。
「それでは本当にお世話になりました。このご恩は忘れません。」
「言ったじゃない、気分って。」
そう言った幽香さんに微笑んで、空に浮いた。
振り向きはしなかった、また会えるから。
「号外です!霊夢さん。」
「何よ。もう新聞が溜まって面倒くさいんだけど。」
今回のは凄いんです!という鴉天狗を尻目に新聞に目を通す。
「あら?」
思わず口をぽかんと開いてしまった。
その新聞の写真に移っているのは優雅な笑みを浮かべながら握手をする女性2人の姿であった。
「幽香とこれはあの時の龍宮の使い、かしら?」
そうです。と文は言った。適当に飛んでいたら偶然見つけたんですよ。と付け加えて。
「確かにこれは珍しいわねぇ…」
「そうでしょう、そうでしょう!」
これで私の新聞の評価もあがるかも、と隣で夢を見ている天狗を放っておいてもう一度写真に目を通す。
ここまで優雅に楽しそうに笑う幽香は本当に久しぶりに見た気がする。
この2人に何があったか知らないが、まあ、どうでもいいか。と思い新聞を自分の部屋に投げた。
ごちそうさまでした。
とても心暖まる話だと思います。
まさかここまでの感想を書いていただけるとは思ってもいませんでした。
ここまで書いていただきお礼のひとつもなしでは悪いと思い書かせていただきます。
良いところと悪いところをしっかり指摘して頂き、この作品の矛盾やおかしなところが一気に見えました。
自分もまだまだ未熟だったなぁ、と思いまた次の作品の制作意欲もぐんぐん湧いてきました。
短いお礼となりますが、本当にこんなに書いてくださりありがとうございました。
この作品が続くかどうかはわかりませんが、もしも続くとするならば是非、読んでいただきたいです。
この場を借りて、という表現もおかしなものではりますが、この場を借りてお礼をさせてください。ありがとうございました。
幽香と衣玖とは珍しい取り合わせですが、恩恵を与える、受けるという関係で考えてみると突飛というわけでもありませんね。
稲妻(雷)が稲を生長させるように、植物にまつわる能力を持つ幽香と衣玖との相性は意外に良いのかもしれません。
>程なくして、雲が途切れる。地上が見えた。
降下先がどこなのか言われていたら更に良かったのに、と感じました。
そうすれば、雲が途切れるのと同時に上空から見下ろした画が飛び込んできたと思うのです。
二回目以降は問題なくイメージが出てくるので、一読した後は何の問題も無いのですけどね。
その地点から降りたらどこへ出るか知っていなくとも、この下には~と説明を書いても良かったのではないでしょうか。
タイトルとタグから目的地が向日葵畑だと想像するのは、既に物語に入り込んでいるので無理でした。
「しまったなー」等の心の呟きは、真面目な彼女の中にも少女らしさがあるようで良かったです。
幽香視点に移って語られる幻想郷の一般常識。
妖精のしわざと思われているけど真相は違う。本当の理由はその道の者だけが理解しているというのは面白いですね。
二人の出会いの場面。空を見上げるような語りのおかげで、幽香が衣玖を踏んでしまうのがとても自然でした。
(躓きそうになったわけでは無いようですし、蹴るように足で触れたのではなく踏んだのですよね?)
読者も幽香も地上に意識が向いておらず、だからこそ一緒に驚けたのだと思います。
勿論いつか出会うことは分かっていましたが、しっかりと不注意が描写されている感じでした。
ただ、気になった部分もあります。衣玖視点の時と比べて荒れた天気をあまり感じませんでした。
放置したら体調が悪化するという状況が伝わってきたのなら、より強く幽香の心情を感じられたと思うのです。
それでも、衣玖を助ける心境については色々な想像を巡らせる事が出来ました。
後で責任を取らせるだとか、今後の犠牲を無くすために叱責するなど、助けるための様々な言い訳を考えていそうだと。
これは最終的に運ぶと決めるまでの思考といった、心の機微の描写が省略されていたおかげなのでしょうね。
>自分の為に自分が死ぬ、ということの美しさを人間は知らない。
少し戻りますが、この箇所は理解出来るけれども脈絡が無い、唐突な言葉のような感じがします。
この章は好きなのですが、もうひとつ引っかかった点があります。もっと語れそうな部分があるのでは……と。
向日葵の走光性については語られているのに、幽香の志向に言及しないのは少々もったいないと感じました。
最強を自負する、最上の強さに拘りを見せる映姫戦での言葉から、幽香自身と似ているから好きになったとの想像もできる。
何かを好きになるのに理由なんて不要だとは思います。偶然から好きになるというのは正常でしょう。
しかし、好きである事に理由を後付けせずにいるよりも、色や匂い、性質、自分と似通った点などを見つけてしまうもの。
向日葵を特別に贔屓するのであれば、幽香との共通項を挙げても良かったのではないでしょうか?
あるいはまったく違う部分、自身にはない特徴を持っているため好ましいと感じるなど。
さて、再び衣玖の視点へ。羽衣が無い状況というのは天女(衣玖さんは天人ではないですが)の羽衣伝説を思わせますね。
異類婚姻譚と呼ばれる異種族と人間の結婚の話は悲しい結末が多いので、少しだけ先行きが不安になりました。
しかし、考えてみれば二人とも妖怪なのですから、山幸彦とトヨタマヒメの物語や天人女房とは違って大丈夫ですよね。
一目見て恋愛感情が芽生えるなんて事もなかったようですし、なにより『りさいくる』のような単語も出てきた。
りさいくる。この箇所から暗い話に発展する可能性が消えて、ほのぼのとした雰囲気になると確定した気がします。
>「寝起きで悪いけど、これを食べて頂戴。」
この台詞は、幽香が不器用だけれど根は優しいのだと感じられて好きです。
普通だと「食べられる?」と訊ねる場面ですよね。それなのに半ば強制とはさすが風見幽香。
面倒ごとには関わるべきでないと考えていたせいで、他人に優しくするのに慣れていないのでしょうね。
有無を言わせない親切は見ていて微笑ましく、ついつい冷やかしたくなります。たぶん殺されますけど。
幽香がお粥を不味く作る程度の能力を持っているのでは、という疑惑が脳裏を過ぎりましたが何事もなくて一安心。
ところで「まともな食事」と二回も言うのは少しくどいと感じました。一度目は「忙しくて」で良かったのでは?
他にも数箇所ほど、同じ言葉や文字が一文の中で繰り返されて気になった場面がありました。(言言言、お礼お礼等)
>ミズナラの木
梅雨が龍神様の視察というのはどこかで見聞きした覚えがあると感じていたのですが、ここでようやく思い出せました。
そういえば三月精でそんな話がありましたね。
衣玖さんが残っている仕事を気にして焦る描写が無いのはずっと疑問に思っていましたが、言われるまで気づいていなかったとは。
でも、確かに動転して気が回らないほうが自然かもしれませんね。なにせ雷に打たれたのですから。
しかし、鳥のさえずりさえ聞こえてくる状況で……。
少しおかしいと感じて、目を覚ました場面を読み返しに戻りました。それらが描写されていたかを確かめるために。
なるほど、彼女は大切な道具が見当たらない事に焦っている。これなら仕方がないと合点がいきました。
特別な羽衣の話を出して衣玖の注意をそちらに向けていたのは、朝と気づかせないための時間稼ぎでもあったのですね。
衣玖が二泊するための理由と、屋外の様子よりも優先しなければいけない何か。
用意しなければならない二つの理由を「羽衣」によって同時に満たす無駄のない構成には驚かされました。
日付が変わっている事を衣玖に悟られていたら、きっと話が込み入った物になり読みづらくなっていたでしょうしね。
一読した段階ではわかりにくかったですが、この試みは成功だったと思います。
折れた向日葵に触れる幽香が、花が「生きたいか死にたいか」分かるということ。
これについては、地面や仲間達の胴体の方を向いているという描写と絡めて花の答えを聞きたかったです。
そもそも頷いたように見えずとも、頭を垂れて地面を見つめる姿があれば十分ではないでしょうか?
不思議な力で向日葵の願いを知るよりも、彼らには最後まで無言を貫いて欲しかったです。
個人的な好みの問題の他に、そう思った理由が二つあります。
>この向日葵は落ちてくる彼女を受け止めたときどう思ったのか、苦しかっただろうか、痛かっただろうか。つらかっただろうか。
>仲間に見捨てられこのまま枯れる自分の人生に絶望したか。それとも落ちてきた彼女を今も憎んでいるのか。
>そこは私にはわからない。私がわかるのはこの向日葵が生きたいか死にたいか。そのどちらかである。
~ここから少し間を空けて~
>自分はもう治らないという絶望と私に迷惑を掛けたくない。という願望。
先の三行が少し後の文章と矛盾してしまった点、そして最初の幽香視点で語られた向日葵の「本能」です。
>向日葵は種から生えた時点でもう太陽しか見えていないのだ。
この付近は本当に好きだったんですよ。今もまだ好きですけど。
一途な思いのみが宿っているような純粋で美しい姿に心を打たれたというのに、突然否定されて呆然としました。
全ての憂鬱を吹き飛ばすほどの前向きなイメージを与えておきながら、ここではそれを残らず捨ててしまっている。
これはちょっと許せないです。
死にたい事が分かるとは、広く捉えれば諦観なども把握できるのでしょうか?
いえ、それではあまりに複雑で、定義が曖昧で、幽香が全てを理解してしまう。
言葉にするだけが心を伝える手段ではないと思います。むしろ、逆の効果を生んでしまう事もあるでしょう。
この幽香との遣り取りでは、向日葵の願望を明確にしてしまったせいで多くの物を失ったように感じるのです。
別の物語が混ざったような異物感。甘柿の生る木を台木にして、渋柿の枝を接ぎ木してしまったような印象でした。
いっそ、幽香の感情さえ描かずに、動作や風景描写と台詞だけであれば良かったのではないかと思います。
そうであったなら、これまでの物語という土壌が種を立派に成長させたはずだと……そう考えてしまう。
私が原因だと感じたのは、向日葵から人間らしい感情の発露を得ようとした点です。
諦め、仲間を気遣い、迷惑になるといった概念を持ち、本能を捻じ曲げるだけの意識を有する。
そんな風にしなくとも、この向日葵は本能の赴くままに生きる姿だけで全てを表現する事ができていたのでは……?
「生きる」「死ぬ」という二つですら多いくらいで、ただ生きる事のみに向かう姿こそ太陽を目指す花らしいと思うのです。
死ぬことや諦めも、生きる、生きたいと願う力の不足によって表現して欲しかった。
前半の向日葵たちからは、そういったシンプルでありながらも力強いものを感じ取っていたため、この箇所は非常に残念でした。
このあと衣玖さんが再登場してからも、しばらくは上記のような感情を引きずっていました。
しかし、強制的な蘇生を行なって、あとはその花次第というのは良いですね。
>この子達には裏表が無いのよ
やはり先程の向日葵の感情は何かの間違いだったのでは……。違う話題で、別の意味での裏表かもしれないけど、でも……。
――幽香の主張。これを相手が聴いているだけという状態はまずいような気がしました。
衣玖さんがどう思っているか、理解しているのか、どの部分でどんな反応を見せたか。それがありませんでした。
これまでとは違って、書かれている以上の心が読めないのに戸惑いを覚えました。
あまりにも淀みがない語りだと感じられた事も、意図を汲みきれなかった理由の一つです。
質問を交えておらず、話者の中にも迷いが無いため、深い話であるにも拘らず言葉が零れていくようでした。
もし、前半が気に入っていなければ適当に流していたかもしれません。
それで、幽香の話したことなのですが「可哀想」というのは違う気がしました。
標本、押し花、花びらのジャム、ドライフラワー。こうした加工品について、花の生命に手を加える行為だと批難するのは分かります。
しかし、鎖に縛られ続けると言うような「花であること」自体に同情的になるのは奇妙だと感じました
再び前半の向日葵畑の話を援用しますが、この語りが幽香の本心であるとしたら……彼女は花の幸せを見つけていないのに愛していた?
美しい、大好き、愛おしい家族という言葉は、肯定の言葉でありながら同情心からのもの?
さすがにそうではないと思います。たぶん、可哀想というのは建前の言葉。
衣玖は幽香への信頼が高まっていても、衣玖に優しくしていただけの幽香の感情の動きはそれほど大きくない。
一方的な信頼という関係があって、だから幽香は本心ではなく表面的な、理解されやすい理屈を語ったのでしょう。
やはりこの幽香の言葉は、彼女の視点の時では語るべきではなかったように感じます。
ただ聴いて、主張はせずに見守るという衣玖らしさが悪い方向に働いてしまったようでした。
ある意味では幽香の予定通りなのでしょうが、物足りなさがありますね。
罰を求める律儀な衣玖に対して、感情的な暴力ではなく互いに利のある提案で許す幽香は、なんというか大物ですね。
おかげでこれからも二人(天子も加わるかも)の交流が続く事が期待できます。
いつかは幽香が電気風呂を堪能する日が来るのかもしれませんね。
>カチッと明かりを消す。
……電燈のような物が浮かんだのですが、これは不要だったのではないでしょうか。
翌日。別れ際に親友宣言とは。消極的と見せかけて、かなり攻めてきますね。
幽香任せでは再会したいと言えず、このままでは一期一会になってしまうという空気を読んでの行動かもしれません。
気になるのは「ここで待ってる」という幽香の台詞ですね。
幽香は季節の花を追って一箇所には留まらないと言っていますから、遅くなれば家を訪ねても留守という可能性があります。
つまり、これは早く会いに来るようにという催促……彼女なりの精一杯の言葉だったのではないかと。
ところでタグに何があったさえ忘れた頃に二人が登場しましたが、これは事前通達不要でしょう。間違いなく。
後書きはクスリときました。新聞なんかで盗撮写真をばらまいたら当然こうなりますよね。自首するようなものです。
さて、最後に全体を通しての感想です。
個々の場面の出来は――特に前半は概ね良かったのですが、繋がりが弱いように感じられる箇所がいくつかありました。
部品は良いのにかみ合っていないというか、更に完成度を上げられる余地があると思います。
錬金術で喩えるのなら黄金を作り出すだけで満足して、その黄金を売って終わってしまったような(分かりにくいかも)。
後半は、もう十分に語ったので特に追加することもないですね。
好きな部分と嫌いな部分が同じくらいあり、点数の評価をどうするかは迷う作品でしたが、楽しめました。
ありがとうございました。