魔法の森の縁にひっそりと佇む店、香霖堂。
今日もいつものように客は無く、店主である森近霖之助は1人静かに読書に勤しんでいた。
いや、正確には外来の本を通して外の世界に思いを馳せている、という方が正しい表現かもしれない。
彼が今手にしている本の内容にはこう記してある。
最新鋭超時空戦闘機ビックバイパーが悪の要塞ゼロスのバクテリアンを倒しに行く、と。
……まるで意味がわからない。
内容から推察できるのは異世界の戦争体験が出来る式神の指南書のようである。
外の世界の人間は月に行ったと本に書いてあった。
霖之助からすれば月も異世界のようなものなのだが、更に別世界へ手を伸ばしているというのか。
このまま外の世界の文明が進み続ければいずれ仮想と現実の差が無くなっていく。
それこそ、幻想と変わらないではないか…
と、ここで霖之助は連綿たる思考を一旦途切らすことになる。
「…ん?」
何気なく窓の外の景色を見たはずが、その窓には何も映っていないのだ。
いつもなら鬱蒼と茂る魔法の森の植物達が完全なる白へと姿を変えていた。
どうしたことだと慌てて外に出ると、そこは一面の霧に覆われているではないか。
「これは一体…」
言葉に出してふと思い当たる節があることに霖之助は気付く。
つい何季か前同じような霧に幻想郷が包まれた事があった。
その時は紅い霧で、吸血鬼の仕業であったわけだが。
今回も妖の仕業のなのだろうかと、少し店を離れるとあっという間に霧がはれてしまった。
霖之助が空を見上げると眩しいほどの太陽がさんさんと輝いている。
どういうことかと自分の店へ振り返ると、そこには見上げるような入道雲、いや入道が鎮座していた。
『男達の憂鬱』
「ふむ、自分の立ち位置について悩んでいる?成る程、奥の深そうな問題だ。」
霖之助が聞くに、どうやらこの雲山という名の見越入道は悩んでいるうちに流されてこの店に辿り着いたようだった。
最初見上げたときには厳つい顔をして唸っているものだから、声を掛けるのが戸惑われたのだが、
声を掛けてみれば至って気さくで直ぐに店から退いてくれた。
こうして今、店に入れる大きさになってくれた雲山と霖之助は二人顔を合わせている。
どうやら雲山という妖怪は言葉を発する器官が無いらしくテレパシーのようなもので会話を成立させているようだ。
そして何気なく流されてきた理由を尋ねた所、雲山は先ほどの悩みを霖之助に打ち明けたのだ。
話は戻るが妖怪というのは主に精神に依存して生きる存在だ。
下手をすれば、悩みというものが病のようになり、最悪命を落とす事すらあるという。
新規顧客開拓という名目で珍しい入道に対する知識欲から話を聞くことにする霖之助。
重苦しい顔をした入道が続けて口を開こうとした瞬間、香霖堂と扉が開かれる。
「頼もう、主人はいるか。」
そう言いながら入ってくるのは只ならぬ雰囲気を携えた老人であった。
名を魂魄妖忌、元冥界に仕えるお庭番である。
隠居した身では在るが、未だその剣気衰えず鍛えることを怠っていない体つきである。
香霖堂へは、半年に一回ほど嗜好品を探しに来る程度の付き合いがある。
店事の邪魔をする気はないので毎度誰もいないときを見計らってくるのだが、今日は珍しく先客がいたようだ。
「む、手隙でないのなら日を改めよう。」
そういって引き返そうとする妖忌を霖之助は慌てて引き止める。
「ああ、妖忌さん。彼は客ではないのでお構いなく。…そうだ!妖忌さんも彼の悩みを聞いてやってはくれないだろうか。」
自分のような若輩者ではなく、先達から助言を受けたほうがいいのではないか。
そう雲山に提案した所、彼も快く頷いてくれた。
そうしてお互いの自己紹介を済ませ、男三人が面を合わせることになる。
客が少ない、その大半が女性客である此処香霖堂にとっては極めて珍しい光景と言える。
「成る程、雲山殿は最近出来た寺に住む妖怪であったか。」
「風評になるけど、なかなかの評判だそうじゃないか。何をそんなに悩んでいるんだい?」」
そう切り出す二人に対して雲山は渋い顔を更に厳しくしながら粛々と理由を話し出す。
雲山が言うには、その寺の大半が女性で男なのは彼のみであるらしい。
それ自体に文句など全く無い、それに随分と頼ってくれているという。
しかし、自分は見てくれ通りの頑固な親父であるのだが寺の皆がそれを自覚というか把握してくれているのか不安なのだという。
「…それは、どういうことだい?」
「悩みというには些か曖昧な気がするのだが…」
雲山が何に悩んでいるのか相談に乗る二人も首を傾げるばかりである。
確かに口に出して説明するのは難しい話かもしれない、と雲山は幾つか例を挙げて説明することにする。
**雲山の悩み**
//一輪の場合//
「雲山~いる~?」
蒸し暑い夜半に呼ぶのは雲山のパートナーとも言える雲居一輪である。
呼ばれたからには、とり合えず彼女の前に現れる雲山。
パートナーだからといって常に一緒にいるというものでもなく必要なときにお互い協力し合う程度のものなのだ。
「ああ、こんな時間に呼び出してごめんなさいね。ちょっと暑くて寝苦しかったのよ。」
確かに寝苦しい夜に違いないが、自分を呼び出す理由にはならないと疑問を顔に出す雲山。
一輪はちょっと言い辛そうに上目遣いで理由を話す。
「だから、ちょっと抱き枕になってくれないかな~なんて。」
雲山は入道なので雲の様に柔らかくひんやりしているのだ。
しかし抱き枕なんてとんでもない、と雲山は憤る。
「ええ~?そんなカタイコト言わなくてもいいじゃない。」
拒否された一輪は頬を膨らませて抗議する。
いつまでも子供みたいなことを言うものではない。
見た目と精神年齢的には一輪ももう年頃の娘なのだ。
雲山はそう説得する。
「昔からず~っと一緒だったんだし、私は全然そんなの気にしないわ。」
全く自分の考えを改める気のない一輪。
雲山は自分の寝苦しさやら見つかったときの言い訳やら必死に説明するが…
「全く、相変わらず頑固なんだから…え~いっ」
そういってがばりと捕獲されてしまう。
入道使いの一輪に掴まってしまえば雲山もあっという間に抱き枕になってしまう。
「ふふっ捕まえた。もう逃がさないんだから。それじゃ、おやすみなさい…Zzz」
こうなったらもう逃げる手立ては無い。
結局朝まで一輪の寝息を聞きながら寝顔を眺めることになるのだ。
//はたての場合//
最近は人里へも聖の教えを説きに行く一輪と雲山。
物珍しさからか話を聴いて言ってくれる人も少なくない。
と、そこへ急速に近づいてくる一つの影。
「や~!入道屋さんだ。とりゃあっ!」
そう言って、雲山にズボンッ!と突っ込んでくるのは最近里にも顔を出すようになった鴉天狗、姫海棠はたてである。
流石の鴉天狗の特攻をなすすべなく受け止める雲山。
「ちょっと!私の雲山に何するのよ。」
自分のパートナーを無体に扱われて声を荒げる一輪。
入道の体とて穴を開けられれば痛くないわけではないのだ。
まあ、一瞬で元通りなのでたいした事も無いが。
「え~雲山さんは一輪のモノじゃないジャン。ね~」
雲山は同意を求められるが、どうにも返事のしにくい質問だ。
「私と雲山は一心同体なの!ちょっと離れなさい、このカラス!」
「いやいやこれは取材なのよ。入道たる雲山さんの抱き心地を丹念に調べる為のね。」
雲山の中に入り込みごそごそと暴れだす女子二人。
娘二人が自分の体の中で暴れまわるという状況を何とかしたいが乱暴に扱うわけには行かない。
如何にかしようと妙な形になっていると、それが面白そうな遊具にでも見えたのか、
「ちょっとちょっと、楽しそうじゃないの。私たちも混ぜなさいよ!」
近くで遊んでいたのか氷の妖精や化け猫や夜雀や蟲がポンポンと雲山の中に入ってくる。
それに併せて里の子供も群がってくる。
こうして雲山は一大テーマパークと成り果てるのだった。
さらに人里の守護者からの説教も謝罪も全て被害者たる雲山のお仕事となる。
//星の場合//
「あわ!あわゎ、寝坊してしまいました!」
朝一番の命蓮寺、ドタバタと駆けずり回っているのはこの寺の御本尊、寅丸星である。
うっかり者と名高い彼女だがどうやら今日も寝坊をしてしまったようである。
「おや、どうしたんだい?ご主人。」
主の部屋の慌しい様子に気付いたのか彼女の部下であるナズーリンが顔を出す。
「ナ、ナズーリンですか。寝坊してしまいました。このまま里へ説法しに行きますので後のことは頼みます!」
そう、彼女は里で大事な説法があるのに寝過ごしてしまったようなのだ。
毘沙門天からの大事な賜り物である宝塔と槍を持って慌てて部屋をでる星。
「え…行くってその格好でかい!?」
慌てて飛び出る主の様子を見て驚くナズーリン。
「はい、すみませんが急ぎますのでこれで!」
説明する時間も惜しいのか顔も合わせずそのまま走り去ってしまう星。
その様子をみてナズーリンの顔色が見る見る青褪めていく。
「ま、待つんだご主人!」
ナズーリンは慌てて声を掛け、追いかける。
「い~え、待てません!もう遅刻ギリギリなのです!!」
聞く耳持たずに広い命連寺の廊下を走る星。
猫を追いかける鼠という奇妙な構図である。
まぁ星は虎の妖怪なのだが。
「ああ!待ってってば!だ、誰か~。」
ちっとも追いつかない距離に痺れを切らし助けを求めるナズーリン。
彼女のポリシー的に助けを求めるという行為を滅多にしないが、今回は流石に緊急事態であったようだ。
「ん?どうしたのよナズ公。」
そこへ偶然現れたのが一輪と雲山である。
慌てた様子のナズーリンをみて二人とも目を丸くする。
どんな時でも冷静な彼女がこんなに慌てるなんて何事なのだろうか、と。
「一輪に雲山、いいところに!とり合えずアレを見てくれ。」
コイツをどう思う、とばかりに指差された方向には凄い勢いで走る星の姿。
もう、寺を出て中庭に達する所である。
「星!?なんであんな格好で!?」
一輪が驚くのも無理は無い。
何故なら星はいつもの服を身に纏っていなかったのである。
要するに下着姿。
飛ぶより走るほうが速いのか、怒れば雷でも落とせそうな下着姿でしなやかに走る星。
そのスレンダーなスタイルに見惚れるのも仕方ないがそんなことを言っている余裕は無い。
「言わんでも分かるだろ。早く何とかしてくれ!」
言わなくてもわかるのが命連寺クオリティ。
新タイプの如く額に稲妻を走らせた一輪が雲山に射出命令を下す。
「くっ!行って雲山!!」
そこで急のご指名である。
何故自分の名が出るのか判らない雲山。
追いついた所であの勢いの彼女を止められるとも思わない。
「何驚いてんのよ。早く服の形になって星に取り付いて。」
確かに服の形になって取り付くことは可能である。
可能では在る、が厳格なる修験者の雲山が女人の肌に纏わりつくなんてとんでもない!
しかもそれが御本尊ともなれば尚更である。
「いいから!命蓮寺の名誉の危機なのよ!」
こうして雲山は里での説法の間中星の服と成り代わる羽目に。
その日、里人達は白い服を着た毘沙門天からありがたい説法を聞くこととなる。
雲山は星から頭を下げられ皆からは多大なる感謝を送られることとなるのだが。
//皆の場合//
「へぇ~ここが噂の間欠泉から出来た温泉ね。」
そういって感心するのは聖輦船の船長であるキャプテンムラサだ。
今日は命連寺の皆で博麗神社裏に沸いた温泉に入りに来たのである。
「とても眺めがいい場所ですね。」
感銘を受けたように言葉を零すのは寺の尼である聖白蓮。
しかし、彼女には現状がよく理解できていなかったようだ。
「…ってか眺めが良すぎるのよ!何しろ仕切りが無いじゃない!!」
声を荒げるのは封獣ぬえ。
そう、この温泉脱衣更衣室はあるのに肝心の温泉は何物にも仕切られていないのである。
何故このような造りなのか彼女達には判る訳もなし。
特にこれといってそういった前情報がある訳でもなかったのだ。
「確かに、これで温泉に入ったら周りから丸見えだね…。
作った奴が覗く輩などいないと思ったのか、見られても構わないと思ったのか、どちらにしろこれじゃ落ち着いて入れないよ。」
げんなりと肩を落とすナズーリン。
やはりプライバシーを大切にする彼女もこういったことには気を遣うようである。
因みに覗く輩などいないと思ったのが温泉発案者の博麗霊夢、
見られても構わないと思ったのが温泉建造者の星熊勇義であるがそれも些細な情報である。
二人とも仕切りによって温泉からの景色が制限されるのがどうにも我慢ならなかったらしい。
「…う~ん、どうしましょう。」
腕を組んで唸る毘沙門天代理。
何故かいつも困っている姿が様になってきたとは従者の弁。
とそこへ一輪が閃いた、とばかりに挙手をする。
「みんな!いい考えがあるわ。雲山に周りを煙で囲って貰うのよ!」
まさかの再御指名に戦慄する雲山。
温泉というからには男女分かれていると思い込んでいたのが運の尽きだ。
大きな温泉一つだけという時点嫌な予感がしていたのだが、流れはどんどんと悪しきほうへと加速していく。
「それはいい考えだわ。…だけど雲山も温泉に入りたいんじゃないかしら。」
「雲山は入道だからお湯には浸かれないのよ。だから温泉の湯煙に当たれば満足だって言ってたけど。」
「じゃあそうしましょう。ってあら?雲山?うんざ~ん?」
雲山は文字通りの雲隠れ。
結局雲山不在の為、ぬえの正体不明の種をばら撒きモザイクとすることで事なきを得たとか。
*********
このようなことがあり古臭い親父と思われるかもしれないが、うら若き女性として恥じらいという物を持って欲しいのだ。
…と、ここまで例を出して二人の反応を見る雲山。
二人は頭を抱えたり額を揉むように手を当てたりしている。
自分の悩みは聞き入れられなかったのだろうか、と肩を落とす雲山。
しかしその肩をがっしりと持つ霖之助と妖忌。
「キミの悩みは良くわかるよ雲山。」
「儂等もお主と同じ悩みを持った、言わば同志じゃ。」
そう、彼らもまた同じような悩みを抱える者たちだったのだ。
妖忌と霖之助は二人酒を酌み交わしながらお互いの愚痴を零しあうこともあった。
しかし、相手や自分の立場から注意しても聞き入られることはなかったり、そもそも言ってもあしらわれるのが大半なのだ。
ここ幻想郷で男がどうも軽んじられているのではないだろうかと悩んだこともある。
「僕の話も聞いてもらえないだろうか。今のキミなら境遇をよく理解してくれると思うんだが…」
**霖之助の悩み**
//霊夢の場合//
突然の雨の音。
近頃多い気がする、どこぞの妖怪の仕業なのだろうかと霖之助は本を読みながら考える。
するとガラガラと扉を開ける音が聞こえ、そこから目出度い紅白が姿を現す。
「あ~あ…途中で急に雨に降られてビショビショよ…霖之助さん、お風呂借りるわね。」
そう言いつつ濡れ鼠になった霊夢はぺたぺたと店の奥に入っていく。
挨拶も承諾もなしかと、霖之助はため息をつくがいつもの事なので気にしないように努力する。
幸い時間的にも風呂を沸かした後なのですぐ入れるのだが、それが当たり前のような反応をみせるのは博麗の勘のなせる業か。
「まったく、返事も聞かずに。…構わないが床を濡らさないでくれよ。」
そのまま部屋へ上がっていけば、畳も廊下も滴る水で濡れてしまう。
だから、そこから入っていかないようにと釘を刺す霖之助。
「はいはい、ここで脱いでけばいいんでしょ?」
何をどう勘違いしたのか、おもむろに目の前で衣に手を掛けようとする霊夢。
想定外の行動に流石の霖之助も慌てるしかない。
「ちょ!いや、待て。裏口から行けという意味だよ。」
そう言って、彼女の行動を止めるが、霊夢は顔をしかめて口を尖らす
「えぇ~面倒くさいわね…まあいいや。服は籠に入れとくから乾かしておいてね。」
ダルそうに裏口に向かっていく霊夢。
気の利いた皮肉でも言ってやりたかったのだが、結局呆れながらその後姿を追うことしか彼には出来なかった。
服の替えを出して、特徴的な巫女服を店の中に干してから再び本に目を戻して少しの時間が経ったとき、後ろから声が掛かる。
「ちょっと霖之助さん。いつもの所に体を拭く手拭いが無いのだけれど。」
「うわっ!?」
霖之助はふと声の主の方へ目を向けて、思わず声を出してしまう。
それもその筈、一糸纏わぬ姿の少女が半身を扉から晒しているのだ。
辛うじて大事な部分は隠れているようだが、そんなにまじまじと見ている余裕は彼にはない。
慌てて視線を本に戻しながら努めて冷静に返事をする。
「あ…いや、手拭いなら上のほうの棚に移動したんだ。」
「そう。」
なんでもないかのように、風呂場へ戻っていく霊夢。
恐らく今ので廊下も濡れてしまっただろうと再びため息をつく霖之助。
博麗の巫女、何物にも縛られない存在なのだが、何事にも無頓着過ぎるというのも問題だ。
せめて一握りの羞恥心ぐらいは持っていて欲しい。
いつも口をすっぱくして言っているのだが、「減るもんじゃなし」の一点張りである。
//魔理沙の場合//
天気のいい、ある晴れた日。
店に客はなく、黒白の魔法使い霧雨魔理沙がフラフラしているだけだ。
霖之助は内容が佳境に入ったのかいつも以上に熱心に本を読み進め、特に魔理沙の相手もしていなかった。
暫く店の中を冷やかしていた魔理沙だったが、目ぼしいものが見つからなかったのか本の虫に絡み始める。
「なぁ~香霖、暇なんだぜ。何か面白いものは無いのか?」
「今本を読むのに忙しいんだ。後にしてくれないかい?」
いつもなら渋々ながら何処からか妙なものを持ち出しては頼んでもない解説を始めるのだが、
彼は本を読むことに集中しているのか全く取り付く島もない。
簡単にあしらわれた事にちょっとむっとする魔理沙。
おもむろに彼の後ろに回りこむ。
そして、彼の肩を持ち大きく揺さぶり始める。
「そうつれないコト言うなよ。退屈で死にそうなんだよ~なぁ~」
「邪魔をするな、魔理沙。キミももう聞き分けのない子供じゃないだろう。」
本を読むことを邪魔されたからか不機嫌そうに声を出す霖之助。
視線は本の方に向けたままである。
だがそんなことはお構いなしだとばかりに魔理沙の妨害工作は侵攻する。
本を持つ手で作る輪の中に後ろ背から入り込んでこようとしてくるのだ。
「お、重い!乗っかってくるな。そして前にずり落ちて来るな。」
霖之助は流石に本から目を離し、非難の声を上げる。
魔理沙は変わらず妙な格好でもたれ掛かったままだ。
「乙女に向かって重い、は無いんじゃないか?よ~し、こうなったらお仕置きだぜ~」
にやにやと笑いながら手をワキワキさせて見せ付けてくる。
自慢ではないが霖之助は非常にくすぐりに弱い。
他人に触れられることに慣れていないのか腋の下を突っつくだけで過剰な反応を見せる。
やはり幼い頃からの付き合いだからだろうか、この事実は魔理沙のみが認識しており、霊夢ですら知らない。
何をしようとしているのか把握した霖之助は身を捩じらせながら抵抗する。
「止しなさい。人の嫌がるコトはするなと常々言っているだろう。聞いているのか?魔理沙!」
結局魔理沙にじゃれつかれ、それに付き合う形になってしまう。
キチンとした形で親離れ出来なかったからだろうか、時たまこのような行動にでる。
僕には親代わりなんて出来ないというのに…と思いながら面倒を見てしまう霖之助であった。
//咲夜の場合//
「こんにちは、ご主人。例のものは手に入ったのかしら。」
そういって店に入ってきたのは、紅魔館のメイド長十六夜咲夜である。
ここ香霖堂において、上客に位置する相手だ。
霖之助の接客にも自然と力が入る。
「やあ、キミか。いらっしゃい。丁度整った所だ。見ていくといい。」
今日は予め依頼しておいた品を見定めに来たらしい。
霖之助は店の奥からゴソゴソと年季の入った鞄を取り出して彼女の前に置く。
「そう、それでは拝見させていただけますわ。……うん、問題ないわね。」
鞄を開くと豪奢な装飾のされた骨董品のナイフが収まっている。
霖之助の手によって整備されているらしく刀身に一点の曇りもない。
ナイフの収集が密かな趣味である咲夜は満足そうに頷く。
「お眼鏡に適ったようで何よりだ。それで代金のほうだが…うん?」
早速商談に入ろうかと息巻いている霖之助は相手が別のほうへ視線を向けてることに気付く。
「…これは?」
どうやら咲夜は偶然目に入った商品に興味を持ったようだった。
「ああ、それは外の世界の女性用肌着でぶらじゃあというモノらしい。一通りのセットは揃ってるのだが幻想郷ではまだ馴染みが薄いようだね。」
咲夜は初めて見るものなのか、物珍しそうにしげしげと商品を眺める。
「ふ~ん…コルセットやサラシよりも楽で動きやすそうね…これ試着させてもらっても?」
「ああ、構わない。奥の部屋を使うといい。」
目ぼしいサイズの商品を手にとって奥の部屋に入るメイド長。
珍しいものに興味を持ったなと意外に思う霖之助だったが実用性第一主義の彼女からすれば気になるのも当然だったのかもしれない。
扉の奥からするすると布擦れの音がする。
特に気にもせず商品の包装を進めていると、
「ご主人、ちょっとよろしいかしら。」
奥から声が掛かる。
思ったより早い試着だなとは思いながらも霖之助は扉に手を掛ける。
「ん、どうしたんだい、って、ぉわ!?」
そこには美しい上半身を晒した咲夜の姿が。
目の前に陶磁器のように白く柔らかい背中の曲線が目に映る。
「どうも着け方がわからないのですけれど…」
霖之助が顔を出したことには少しも反応せず、胸にブラジャーを重ね手で押さえた状態で少し困った顔をしているメイド長。
ここでうろたえてはお客に失礼である。
視線を下にずらしながら、冷静に商品の説明をする霖之助。
「あ…ああ、これは後ろの鍵爪を引っ掛けるようにして…」
「見えないからわからないのよ。やって下さるかしら。」
やれと言われて断るわけには行かない。
こみ上げるため息を我慢しつつ、試着と説明をする。
結局、商品に満足したのか買い上げて行ってくれた。
しかし、全く以って自分が男性と認められていないのか、それはそれで複雑な気分である。
//紫の場合//
太陽が落ちる黄昏の時間帯。
本が読み辛くなってきたのでそろそろ店を閉めようかと思っていると、急に後ろから妖しい声をかけられる。
「こんばんわ~」
そして不意に背中に重みが掛かる。
「またキミか。入る時は入り口から入ってきてくれといつも言っているだろうに…」
そう、神出鬼没の隙間妖怪八雲紫である。
いつも突然現れるので霖之助としても対応に慣れてしまう。
勿論向き合って対応なんてしてやらない。
「あら、私はいつも通り私の入り口から入ってきましたわ。」
自分の態度を改めようともしない胡散臭い妖怪である。
なので、いちいちまともに相手にしていたら疲れるだけなのだ。
そこらへんは霖之助も重々承知している。
しかし、店に訪れたなら疲れてでも相手をしなければいけないのが店主の辛い所だ。
「ふぅ…それよりこの状態を如何にかして欲しいのだが。」
この状態、というのは端的に言うと豊満な紫の胸が霖之助の頭にのっている状態のことだ。
「如何して欲しいのか言ってくださらないと分かりませんわ。」
楽しそうに返事をする紫。
いつもからかってくる時の彼女の声は生き生きしていると感じるのは気のせいではない筈だ。
「その胸を僕の頭から退けてくれ。本が読みにくくてしょうがない。」
「そんなこと言っちゃって、嬉しいくせに~」
とり合えず要求をしても受け入れられることは無いとわかりきっていた。
わかりきってはいたが霖之助はため息を我慢することが出来ない。
「…はぁ…」
頭の上にのっかっている柔らかい物体を強引に退かす。
「あっ、やんっ」
妙な声を上げるが反応したら負けだ。
「冷やかしなら帰ってくれないか。僕は忙しいんだ。」
ただ本を読んでいるだけなのだが、霖之助にとっては忙しい用事となるのである。
邪険に扱われようと胡散臭い笑みを絶やさない紫。
何処からか扇を取り出して口を押さえながら霖之助にもたれかかる。
「ちゃあんとお買い物に来たのよ。倉庫にあった気にあるものを何点か頂いて行くわ。御代はこれで~」
そう言ってつと空間をなぞるとパックリと穴が開きそこから本がバサバサと落ちてくる。
「…毎度…」
霖之助は苦虫を噛み潰したような顔をする。
倉庫に入っているのは大抵、店頭に並べて売るつもりのないレアものばかりなのだ。
下手に人目に付く所に置いておくと勝手に取られたり壊されたりが多い為だ。
だがこのスキマ妖怪はそんなことお構いなしのようである。
そして今落ちてきたこの本…外の世界の春画、のようなものなのだろうか。
香霖堂の客層からしてこのようなものを店頭において置く訳には行かない。
しかし、捨てたり燃したりするには惜しい、なんとも扱いにくい商品だ。
やっぱり冷やかされているのだが、燃料の供給など借りがある彼女に強く言えないのだ。
****************
「…とまあこんなところだろうか。やはり客に対して強く出られないのが悩みどころでもあるのだが…」
そう言いながら霖之助は深くため息をつく。
雲山は戦慄する。
この益荒男は自分と同じ悩みを抱えているのだ。
そうなるとやはり妖忌殿も?と視線をもう1人の男に向ける雲山。
「儂の場合はちと違うのだがな…何と言うか説明するのはまた難しいのだが…」
**妖忌の悩み**
//妖夢の場合//
まだ、妖忌が冥界に勤めていた頃。
幼き妖夢を従え、仕事と修行に明け暮れていた。
「ふむ、今日の稽古はここまでじゃ。汗を流してくる。お前も体を冷やすなよ。」
いつもの様に厳しい修行を終え、グッタリとへばっている妖夢にそう告げる。
「はい、ありがとうございました!」
最後の空元気を張り上げて、挨拶をする妖夢。
既に足に来ているのか膝が笑っている。
ここのところ毎日荒稽古が続いているのだが、頑張ってついて来ている様だ。
しかし妖忌はそれを褒めるようなことはしない。
剣の道は常に厳しいものだからである。
時は夕暮れ、一風呂浴びたら直ぐに主の食事の準備をしないといけないな。
そう思いながら妖忌は湯に浸かる。
「ん?」
そろそろと脱衣所の戸が開き幼き体が姿を現す。
そして少し緊張した様子で妖夢が入ってくる。
「あ、あの!お背中を流しに参りました。」
「…そうか、では頼む。」
特に何を言うでもなく、妖忌は風呂より出て背を向ける。
せっせと石鹸を泡立て、祖父の背中を洗う妖夢。
一体彼女がどのような顔をして、背を流すか老翁には想像もつかない。
「おじいちゃ…あっいえっ!お師匠様。」
幼き少女は顔を赤らめ慌てて言い直す。
「どうした、妖夢。」
とがめる気もないのか穏やかな顔で孫のほうを向く妖忌。
「私もいつかお師匠様のようになれるでしょうか?」
縋る様な、そして夢を見るような表情で問い掛けてくる妖夢。
妖忌は質問に対し渋い顔をして深く唸りながら言葉を返す。
「甘いぞ、剣の道の頂は遥か遠い。もし鍛錬を怠るような事があれば、儂に適うとは思わぬ事だ。」
剣士に甘えは不要。無情にも幼き願いを断ち切る。
少し涙目になる妖夢。
だがその程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
「いや、まぁ儂も幼き頃は鍛錬を怠ったコトがあったがな。妖夢も精進すればいずれ道が開けるだろう。うむ。」
早口でそう呟くと泣き笑いの頷きを帰す妖夢。
最強の剣士といえど孫の泣き顔には中々太刀打ちが出来ないのだ。
//幽々子の場合//
同じく冥界に勤めていたことの話。
怠惰な主である幽々子には歴戦の剣士である妖忌も大層手を焼いていた
朝起床の時間になっても起きてこない主を起すのも従者の役目である
「お嬢、いい加減起きてください。」
「む~、あとちょっと~」
そう眠そうな声を上げるのはいろいろと目も当てられない格好の主である幽々子である。
だらしない格好は自重するようにいつも言っているのだが寝相はどうしようもないと一蹴される。
「毎日何度その言葉を聴いたことやら…主たるもの家臣の見本とならねばなりません。」
妖忌は諦めずに毎日のように言葉を聴いて同じ言葉を返す。
幽々子は起きる気がないのか眼を閉じたままでついでに耳も塞いでいる。
しかし従者の説教は留まる事を知らない。
そしてとうとう幽々子が折れることになる。
「煩いわねぇ~…じゃあ水汲み場までおんぶで連れてって~」
無茶な注文だと呆れる妖忌。
朝駆けで主を水汲み場まで背負う従者なぞ聞いたこともない。
無論即効で却下をする。
「お嬢、あまり我侭を言いなされるな。」
「や~だ~お~ん~ぶ~」
ここで幽々子の反撃に会うことになる。
手足をどたばたと振り回し童のように暴れる幽々子。
暴れられるといろんな意味で目のやり場に非常に困るのだが。
こうなった主は梃子でも動かない。
「…」
諦めたようにため息をつき、しゃがみこむ妖忌。
それを見た幽々子はうれしそうに飛びつく。
背中に柔らかいものが当たるが、その程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
せいぜい、プリンが食べたくなるぐらいのものだ。
しかし、主としてこれでは他の従者に示しなどつく筈もない。
結局主に進言した所で受け入れてもらえたことは最後までなかった。
//メルランの場合//
これまた冥界に勤めていたころのお話。
庭の剪定を進める妖忌の耳に遠くから楽しげな曲が聞こえてくる。
特に気にもせず作業をしていたのだが、その音がどんどんと大きくなってくる。
「…ちんどん屋の娘か。去れ。」
そう、音の原因は近頃冥界でもライブをやるようになったプリズムリバー三姉妹のうちの1人、メルランであった。
「冷たいわね~、今日は久しぶりのソロライブなの!一曲位聴いても損は無いわよ?」
躁の気があるメルランは楽しそうに曲を勧めてくる。
彼女の曲を聴くと皆躁が移るといわれているが、厳しい修行をしている妖忌にはその様なものは効かない。
「庭の剪定の邪魔をするな。」
妖忌はそう冷たく言い放ち仕事に戻る。
剣士たるもの節制に勤め誘惑に唆されるなど持っての他なのだ。
「むぅ~なんで私の曲を聴いて楽しくならないのかしら。」
そういって頬を膨らませるメルラン。
自分の曲を聴いて元気にならなかった相手というのが初めてだったのであろう。
だがこの庭師はそんな心内を知る由もない。
「修行が足らん。」
そう切り捨てそうそうに仕事に戻る妖忌。
「ぐぬぬ…よっし決めた!こうなったらあんたに認めてもらうまで付き纏ってやるんだから。」
実際四六時中メルランは引っ付ついた。
食事中だろうが、風呂に入ろうが布団に入ろうがお構い無しである。
付き纏ってはいたが演奏は一日三回、暇そうな時間を見繕ってである。
騒霊でも最低限の常識は持ち合わせているのだ。
それでも気にも留めない妖忌をみて、段々と落ち込んでいくメルラン。
「…やっぱり私才能ないのかな…人っ子一人笑わせられないならやってる意味無いよね…」
いつも明るく笑顔を絶やさない彼女だったが今は見る影もない。
自信を失い、存在意義に疑問を呈する程にその精神は疲弊している。
精神の死は騒霊としての死である。
だが、その程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
剣の道は常に孤独、周りのあらゆるものに影響されることなど皆無。
「む…諦めたらそこで仕合終了じゃ。人の心をそう簡単に動かせると思うな。精進せい。」
今にも死にそうな顔の彼女に不器用な笑顔を作る妖忌。
剣士たるもの自らの与りの知らないところで、相手の生死を分つ事を善しとしないのだ。
だが元気になった彼女が更に凶悪な躁音を奏でるようになり、妖忌がとうとう躁になるのはまた別の話である。
躁でハイテンションな姿を主に見られたのが庭師を辞めるきっかけになったのは魂魄家の黒歴史だ。
//さとりの場合//
隠居してから観光がてら訪れた地底の世界。
妖忌ほどの体捌き足捌きがあれば、誰にも存在を覚られることなく巡ることも可能なのだ。
町をひと回りして人通りの無い路地裏の落ち着いた雰囲気の茶屋の前椅子に腰を下ろす。
「あら、先客かしら。お隣よろしいでしょうか?」
そう声を掛けてきたのは幼い少女…に見えるが佇まいから只者ではないと判る。
だがそんなことは只の観光客である妖忌には関係ない。
「好きにせい。」
いつものようにぶっきらぼうに答えると少女は失礼します、と隣に腰掛ける。
「申し遅れました。私、古明地さとりと申します。しがないさとり妖怪です。」
「魂魄妖忌。只の隠居した爺だ。」
しがないなんてとんでもない、覚り妖怪といえばこの地底を牛耳る超弩級の大物だ。
名前を聞けば、地底の者なら慌て飛んで逃げる相手である。
勿論妖忌も噂には聞いている、だが熟練の剣士が背を見せる理由にはならない。
「…驚きました。私をさとり妖怪だと知っても、貴方の心は揺るぎも恐れもしないのですね。まるで水鏡のように澄んでいます。」
そんな妖忌の様子を見て目を丸くするさとり。
名前を出せば自分のお気に入りの場所から尻尾を巻いて逃げていくと踏んでいたようだが当てが外れたようだ。
そんなさとりの心を知ってか知らずか苦笑を返す妖忌。
「これでも一介の剣士でな。明鏡止水の境地にはまだ程遠いが。」
「私は忌み嫌われるもの。忌避は勿論、ペットのからの愛情など様々な感情を向けられますがただ在るがままに、という扱いを初めて受けます。」
そう言って落ちつかなそうに揺らぐ第三の目を撫でるさとり。
その第三の目はありとあらゆる感情を読んできた、だがなんとも思われないというのが初めての体験なのだろう。
自覚していないのかも知れないが嬉しそうに語る彼女をみて目を細める妖忌。
「ふむ、難儀なものだ。お主もわざわざ、自分から名乗り出なければ諍いも起こるまいに…」
これも尤もな話だ。
第三の目を隠して、普通にしていれば只の少女にしか見えない。
周りから忌み嫌われることも恐れられることも無いのだ。
だがさとりはそれを善しとはしなかった。
「これは私の矜持のようなものです。隠れて人の心を読もうとは思いませんので。」
たとえ目を隠そうとも、周りの考えていることは読めてしまう。
意図せずとも覗き見するような真似はしない、読むのなら正々堂々と。
これが覚り妖怪としてのポリシーだった。
「たとえ嫌われようともか。それがお主の覚悟なのだな。」
「はい……」
そう頷く覚り妖怪をみて難儀なものだと思うと同時にその心意気は見事であると感じる妖忌だった。
そんな心を読んだのかは定かではないが、妖忌の肩にこてんと頭を乗せる様な形で寄り添ってくるさとり。
「貴方の隣にいると、とても落ち着きます。…少しこのままでも良いでしょうか?」
少し恥ずかしそうに頬を染め小さく呟く少女。
遠い日に別れた孫とその姿を重ねるが、老剣士は心を鬼にする。
剣士として先達として後追うものに正しく道を示す事こそその者の為なのだ。
「…ならん、お主も一国一城の主であろう。周りに弱みを見せるような事は控えたほうがいい。」
「そう、ですね。気を使わせてしまい申し訳ありません。」
拒否されるのには慣れているのだろう。
だがあまりにも人に甘えることに慣れていない少女。
その少女は一瞬哀しそうな顔をする、が健気に微笑む。
だがその程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
「うむ、代わりといっては何だ。その…地底には地霊殿と言う見事な建物があるようだ。そこの案内をお願いしたい。」
結局、仲良さげに地霊殿を歩く二人の姿をペットに目撃され噂が広まり妖忌は一躍地下の有名人となってしまうのであった。
*********
…なんという事だ、この御仁も女人に調子と人生を狂わされているということか!
雲山は自分と似た境遇の相手がこんなにいるというコトに喜び打ち震えていた。
「…この通り僕達も苦労しているということさ。」
そういって改めてため息をつく霖之助。
仲間は見つかったが悩みの解決策が見つかったわけではないのだ。
こうして、結局三人揃って頭を悩ませることになる。
愚痴や案を言い合っている間に、気付いたら日も暮れ始めてきた。
とここで霖之助が妙案を思いつく。
「…そうだ!問題は彼女達に羞恥心が薄いのが問題の一環でもあるといえるだろう。
ならば彼女達が恥ずかしがるような対応をすればいいんじゃないかな!?」
成る程と頷く雲山と妖忌。
そして各々その様な対応をした結果を夢想してみる。
********
//雲山の場合//
「ちょっと雲山あんまり近くに寄ってこないでよ。何か臭いが染み付きそう。」
「変態入道雲山の真実!いや~いい記事になりそうね。」
「あの…雲山の洗濯物は皆と分けて貰えますか?いえ、他意はないのですが。」
「……ヒソヒソ…雲山…ウザ…ヒソヒソ…早…どっか行っ……」
//霖之助の場合//
「まぁ男の人だもの。しょうがないんじゃない?…あ、あんまこっち見ないでね。妊娠しちゃったらヤダから。」
「香霖にはがっかりだぜ。店から物は勝手に持ってくが、顔も見たくないな。」
「私と同じ空間にいないで貰えますでしょうか?お金はそこら辺に投げ捨てておきますので惨めにお拾い下さいませ。」
「くすくす…所詮男は皆ケダモノね。私も襲われてしまうのかしら?全てを失う覚悟がお在りならどうぞご自由に…」
//妖忌の場合//
「師匠…気色悪い…っていうかキモい。」
「ああ、気にしなくていいわよ~。温泉でも行ってきたら?地獄の。別に帰ってこなくてもいいから。」
「どっか行くの~?曲を弾いてあげるわっ。葬送曲なんてどう?」
「ふふふ…煩悩に塗れた老人が行き着くに相応しい場所ね。」
*********
…結果を夢想して後悔した三人。
顔を見合わせるが、何となくそれぞれ同じような内容であったのが判るのだろう。
「…いや、今のは失言だった。忘れてくれ…」
「むぅ、やはり現状を維持するのが一番ということなのか…」
あまりに自分達には力が無さ過ぎることに消沈する雲山。
男達が片意地張って肩で風切ったところで、女共から袋叩きである。
ある意味死ぬより辛い仕打ちが待っているに違いない。
圧倒的数の暴力。
白い目を向けられ後ろ指刺され鼻で笑われ顎で使われる。
仲間が増えた所で自分達の無力さが余計露呈するだけの結果になってしまった。
どうすればいいというのだろう。
男達の復権はいつの日になるか。
男らしさを見せ付けるには何をすればいいのか。
ならば祭りだっ!褌祭りだっ!!
自棄になった漢達の漢達による漢達の為の宴によって夜は更けていく…
今日もいつものように客は無く、店主である森近霖之助は1人静かに読書に勤しんでいた。
いや、正確には外来の本を通して外の世界に思いを馳せている、という方が正しい表現かもしれない。
彼が今手にしている本の内容にはこう記してある。
最新鋭超時空戦闘機ビックバイパーが悪の要塞ゼロスのバクテリアンを倒しに行く、と。
……まるで意味がわからない。
内容から推察できるのは異世界の戦争体験が出来る式神の指南書のようである。
外の世界の人間は月に行ったと本に書いてあった。
霖之助からすれば月も異世界のようなものなのだが、更に別世界へ手を伸ばしているというのか。
このまま外の世界の文明が進み続ければいずれ仮想と現実の差が無くなっていく。
それこそ、幻想と変わらないではないか…
と、ここで霖之助は連綿たる思考を一旦途切らすことになる。
「…ん?」
何気なく窓の外の景色を見たはずが、その窓には何も映っていないのだ。
いつもなら鬱蒼と茂る魔法の森の植物達が完全なる白へと姿を変えていた。
どうしたことだと慌てて外に出ると、そこは一面の霧に覆われているではないか。
「これは一体…」
言葉に出してふと思い当たる節があることに霖之助は気付く。
つい何季か前同じような霧に幻想郷が包まれた事があった。
その時は紅い霧で、吸血鬼の仕業であったわけだが。
今回も妖の仕業のなのだろうかと、少し店を離れるとあっという間に霧がはれてしまった。
霖之助が空を見上げると眩しいほどの太陽がさんさんと輝いている。
どういうことかと自分の店へ振り返ると、そこには見上げるような入道雲、いや入道が鎮座していた。
『男達の憂鬱』
「ふむ、自分の立ち位置について悩んでいる?成る程、奥の深そうな問題だ。」
霖之助が聞くに、どうやらこの雲山という名の見越入道は悩んでいるうちに流されてこの店に辿り着いたようだった。
最初見上げたときには厳つい顔をして唸っているものだから、声を掛けるのが戸惑われたのだが、
声を掛けてみれば至って気さくで直ぐに店から退いてくれた。
こうして今、店に入れる大きさになってくれた雲山と霖之助は二人顔を合わせている。
どうやら雲山という妖怪は言葉を発する器官が無いらしくテレパシーのようなもので会話を成立させているようだ。
そして何気なく流されてきた理由を尋ねた所、雲山は先ほどの悩みを霖之助に打ち明けたのだ。
話は戻るが妖怪というのは主に精神に依存して生きる存在だ。
下手をすれば、悩みというものが病のようになり、最悪命を落とす事すらあるという。
新規顧客開拓という名目で珍しい入道に対する知識欲から話を聞くことにする霖之助。
重苦しい顔をした入道が続けて口を開こうとした瞬間、香霖堂と扉が開かれる。
「頼もう、主人はいるか。」
そう言いながら入ってくるのは只ならぬ雰囲気を携えた老人であった。
名を魂魄妖忌、元冥界に仕えるお庭番である。
隠居した身では在るが、未だその剣気衰えず鍛えることを怠っていない体つきである。
香霖堂へは、半年に一回ほど嗜好品を探しに来る程度の付き合いがある。
店事の邪魔をする気はないので毎度誰もいないときを見計らってくるのだが、今日は珍しく先客がいたようだ。
「む、手隙でないのなら日を改めよう。」
そういって引き返そうとする妖忌を霖之助は慌てて引き止める。
「ああ、妖忌さん。彼は客ではないのでお構いなく。…そうだ!妖忌さんも彼の悩みを聞いてやってはくれないだろうか。」
自分のような若輩者ではなく、先達から助言を受けたほうがいいのではないか。
そう雲山に提案した所、彼も快く頷いてくれた。
そうしてお互いの自己紹介を済ませ、男三人が面を合わせることになる。
客が少ない、その大半が女性客である此処香霖堂にとっては極めて珍しい光景と言える。
「成る程、雲山殿は最近出来た寺に住む妖怪であったか。」
「風評になるけど、なかなかの評判だそうじゃないか。何をそんなに悩んでいるんだい?」」
そう切り出す二人に対して雲山は渋い顔を更に厳しくしながら粛々と理由を話し出す。
雲山が言うには、その寺の大半が女性で男なのは彼のみであるらしい。
それ自体に文句など全く無い、それに随分と頼ってくれているという。
しかし、自分は見てくれ通りの頑固な親父であるのだが寺の皆がそれを自覚というか把握してくれているのか不安なのだという。
「…それは、どういうことだい?」
「悩みというには些か曖昧な気がするのだが…」
雲山が何に悩んでいるのか相談に乗る二人も首を傾げるばかりである。
確かに口に出して説明するのは難しい話かもしれない、と雲山は幾つか例を挙げて説明することにする。
**雲山の悩み**
//一輪の場合//
「雲山~いる~?」
蒸し暑い夜半に呼ぶのは雲山のパートナーとも言える雲居一輪である。
呼ばれたからには、とり合えず彼女の前に現れる雲山。
パートナーだからといって常に一緒にいるというものでもなく必要なときにお互い協力し合う程度のものなのだ。
「ああ、こんな時間に呼び出してごめんなさいね。ちょっと暑くて寝苦しかったのよ。」
確かに寝苦しい夜に違いないが、自分を呼び出す理由にはならないと疑問を顔に出す雲山。
一輪はちょっと言い辛そうに上目遣いで理由を話す。
「だから、ちょっと抱き枕になってくれないかな~なんて。」
雲山は入道なので雲の様に柔らかくひんやりしているのだ。
しかし抱き枕なんてとんでもない、と雲山は憤る。
「ええ~?そんなカタイコト言わなくてもいいじゃない。」
拒否された一輪は頬を膨らませて抗議する。
いつまでも子供みたいなことを言うものではない。
見た目と精神年齢的には一輪ももう年頃の娘なのだ。
雲山はそう説得する。
「昔からず~っと一緒だったんだし、私は全然そんなの気にしないわ。」
全く自分の考えを改める気のない一輪。
雲山は自分の寝苦しさやら見つかったときの言い訳やら必死に説明するが…
「全く、相変わらず頑固なんだから…え~いっ」
そういってがばりと捕獲されてしまう。
入道使いの一輪に掴まってしまえば雲山もあっという間に抱き枕になってしまう。
「ふふっ捕まえた。もう逃がさないんだから。それじゃ、おやすみなさい…Zzz」
こうなったらもう逃げる手立ては無い。
結局朝まで一輪の寝息を聞きながら寝顔を眺めることになるのだ。
//はたての場合//
最近は人里へも聖の教えを説きに行く一輪と雲山。
物珍しさからか話を聴いて言ってくれる人も少なくない。
と、そこへ急速に近づいてくる一つの影。
「や~!入道屋さんだ。とりゃあっ!」
そう言って、雲山にズボンッ!と突っ込んでくるのは最近里にも顔を出すようになった鴉天狗、姫海棠はたてである。
流石の鴉天狗の特攻をなすすべなく受け止める雲山。
「ちょっと!私の雲山に何するのよ。」
自分のパートナーを無体に扱われて声を荒げる一輪。
入道の体とて穴を開けられれば痛くないわけではないのだ。
まあ、一瞬で元通りなのでたいした事も無いが。
「え~雲山さんは一輪のモノじゃないジャン。ね~」
雲山は同意を求められるが、どうにも返事のしにくい質問だ。
「私と雲山は一心同体なの!ちょっと離れなさい、このカラス!」
「いやいやこれは取材なのよ。入道たる雲山さんの抱き心地を丹念に調べる為のね。」
雲山の中に入り込みごそごそと暴れだす女子二人。
娘二人が自分の体の中で暴れまわるという状況を何とかしたいが乱暴に扱うわけには行かない。
如何にかしようと妙な形になっていると、それが面白そうな遊具にでも見えたのか、
「ちょっとちょっと、楽しそうじゃないの。私たちも混ぜなさいよ!」
近くで遊んでいたのか氷の妖精や化け猫や夜雀や蟲がポンポンと雲山の中に入ってくる。
それに併せて里の子供も群がってくる。
こうして雲山は一大テーマパークと成り果てるのだった。
さらに人里の守護者からの説教も謝罪も全て被害者たる雲山のお仕事となる。
//星の場合//
「あわ!あわゎ、寝坊してしまいました!」
朝一番の命蓮寺、ドタバタと駆けずり回っているのはこの寺の御本尊、寅丸星である。
うっかり者と名高い彼女だがどうやら今日も寝坊をしてしまったようである。
「おや、どうしたんだい?ご主人。」
主の部屋の慌しい様子に気付いたのか彼女の部下であるナズーリンが顔を出す。
「ナ、ナズーリンですか。寝坊してしまいました。このまま里へ説法しに行きますので後のことは頼みます!」
そう、彼女は里で大事な説法があるのに寝過ごしてしまったようなのだ。
毘沙門天からの大事な賜り物である宝塔と槍を持って慌てて部屋をでる星。
「え…行くってその格好でかい!?」
慌てて飛び出る主の様子を見て驚くナズーリン。
「はい、すみませんが急ぎますのでこれで!」
説明する時間も惜しいのか顔も合わせずそのまま走り去ってしまう星。
その様子をみてナズーリンの顔色が見る見る青褪めていく。
「ま、待つんだご主人!」
ナズーリンは慌てて声を掛け、追いかける。
「い~え、待てません!もう遅刻ギリギリなのです!!」
聞く耳持たずに広い命連寺の廊下を走る星。
猫を追いかける鼠という奇妙な構図である。
まぁ星は虎の妖怪なのだが。
「ああ!待ってってば!だ、誰か~。」
ちっとも追いつかない距離に痺れを切らし助けを求めるナズーリン。
彼女のポリシー的に助けを求めるという行為を滅多にしないが、今回は流石に緊急事態であったようだ。
「ん?どうしたのよナズ公。」
そこへ偶然現れたのが一輪と雲山である。
慌てた様子のナズーリンをみて二人とも目を丸くする。
どんな時でも冷静な彼女がこんなに慌てるなんて何事なのだろうか、と。
「一輪に雲山、いいところに!とり合えずアレを見てくれ。」
コイツをどう思う、とばかりに指差された方向には凄い勢いで走る星の姿。
もう、寺を出て中庭に達する所である。
「星!?なんであんな格好で!?」
一輪が驚くのも無理は無い。
何故なら星はいつもの服を身に纏っていなかったのである。
要するに下着姿。
飛ぶより走るほうが速いのか、怒れば雷でも落とせそうな下着姿でしなやかに走る星。
そのスレンダーなスタイルに見惚れるのも仕方ないがそんなことを言っている余裕は無い。
「言わんでも分かるだろ。早く何とかしてくれ!」
言わなくてもわかるのが命連寺クオリティ。
新タイプの如く額に稲妻を走らせた一輪が雲山に射出命令を下す。
「くっ!行って雲山!!」
そこで急のご指名である。
何故自分の名が出るのか判らない雲山。
追いついた所であの勢いの彼女を止められるとも思わない。
「何驚いてんのよ。早く服の形になって星に取り付いて。」
確かに服の形になって取り付くことは可能である。
可能では在る、が厳格なる修験者の雲山が女人の肌に纏わりつくなんてとんでもない!
しかもそれが御本尊ともなれば尚更である。
「いいから!命蓮寺の名誉の危機なのよ!」
こうして雲山は里での説法の間中星の服と成り代わる羽目に。
その日、里人達は白い服を着た毘沙門天からありがたい説法を聞くこととなる。
雲山は星から頭を下げられ皆からは多大なる感謝を送られることとなるのだが。
//皆の場合//
「へぇ~ここが噂の間欠泉から出来た温泉ね。」
そういって感心するのは聖輦船の船長であるキャプテンムラサだ。
今日は命連寺の皆で博麗神社裏に沸いた温泉に入りに来たのである。
「とても眺めがいい場所ですね。」
感銘を受けたように言葉を零すのは寺の尼である聖白蓮。
しかし、彼女には現状がよく理解できていなかったようだ。
「…ってか眺めが良すぎるのよ!何しろ仕切りが無いじゃない!!」
声を荒げるのは封獣ぬえ。
そう、この温泉脱衣更衣室はあるのに肝心の温泉は何物にも仕切られていないのである。
何故このような造りなのか彼女達には判る訳もなし。
特にこれといってそういった前情報がある訳でもなかったのだ。
「確かに、これで温泉に入ったら周りから丸見えだね…。
作った奴が覗く輩などいないと思ったのか、見られても構わないと思ったのか、どちらにしろこれじゃ落ち着いて入れないよ。」
げんなりと肩を落とすナズーリン。
やはりプライバシーを大切にする彼女もこういったことには気を遣うようである。
因みに覗く輩などいないと思ったのが温泉発案者の博麗霊夢、
見られても構わないと思ったのが温泉建造者の星熊勇義であるがそれも些細な情報である。
二人とも仕切りによって温泉からの景色が制限されるのがどうにも我慢ならなかったらしい。
「…う~ん、どうしましょう。」
腕を組んで唸る毘沙門天代理。
何故かいつも困っている姿が様になってきたとは従者の弁。
とそこへ一輪が閃いた、とばかりに挙手をする。
「みんな!いい考えがあるわ。雲山に周りを煙で囲って貰うのよ!」
まさかの再御指名に戦慄する雲山。
温泉というからには男女分かれていると思い込んでいたのが運の尽きだ。
大きな温泉一つだけという時点嫌な予感がしていたのだが、流れはどんどんと悪しきほうへと加速していく。
「それはいい考えだわ。…だけど雲山も温泉に入りたいんじゃないかしら。」
「雲山は入道だからお湯には浸かれないのよ。だから温泉の湯煙に当たれば満足だって言ってたけど。」
「じゃあそうしましょう。ってあら?雲山?うんざ~ん?」
雲山は文字通りの雲隠れ。
結局雲山不在の為、ぬえの正体不明の種をばら撒きモザイクとすることで事なきを得たとか。
*********
このようなことがあり古臭い親父と思われるかもしれないが、うら若き女性として恥じらいという物を持って欲しいのだ。
…と、ここまで例を出して二人の反応を見る雲山。
二人は頭を抱えたり額を揉むように手を当てたりしている。
自分の悩みは聞き入れられなかったのだろうか、と肩を落とす雲山。
しかしその肩をがっしりと持つ霖之助と妖忌。
「キミの悩みは良くわかるよ雲山。」
「儂等もお主と同じ悩みを持った、言わば同志じゃ。」
そう、彼らもまた同じような悩みを抱える者たちだったのだ。
妖忌と霖之助は二人酒を酌み交わしながらお互いの愚痴を零しあうこともあった。
しかし、相手や自分の立場から注意しても聞き入られることはなかったり、そもそも言ってもあしらわれるのが大半なのだ。
ここ幻想郷で男がどうも軽んじられているのではないだろうかと悩んだこともある。
「僕の話も聞いてもらえないだろうか。今のキミなら境遇をよく理解してくれると思うんだが…」
**霖之助の悩み**
//霊夢の場合//
突然の雨の音。
近頃多い気がする、どこぞの妖怪の仕業なのだろうかと霖之助は本を読みながら考える。
するとガラガラと扉を開ける音が聞こえ、そこから目出度い紅白が姿を現す。
「あ~あ…途中で急に雨に降られてビショビショよ…霖之助さん、お風呂借りるわね。」
そう言いつつ濡れ鼠になった霊夢はぺたぺたと店の奥に入っていく。
挨拶も承諾もなしかと、霖之助はため息をつくがいつもの事なので気にしないように努力する。
幸い時間的にも風呂を沸かした後なのですぐ入れるのだが、それが当たり前のような反応をみせるのは博麗の勘のなせる業か。
「まったく、返事も聞かずに。…構わないが床を濡らさないでくれよ。」
そのまま部屋へ上がっていけば、畳も廊下も滴る水で濡れてしまう。
だから、そこから入っていかないようにと釘を刺す霖之助。
「はいはい、ここで脱いでけばいいんでしょ?」
何をどう勘違いしたのか、おもむろに目の前で衣に手を掛けようとする霊夢。
想定外の行動に流石の霖之助も慌てるしかない。
「ちょ!いや、待て。裏口から行けという意味だよ。」
そう言って、彼女の行動を止めるが、霊夢は顔をしかめて口を尖らす
「えぇ~面倒くさいわね…まあいいや。服は籠に入れとくから乾かしておいてね。」
ダルそうに裏口に向かっていく霊夢。
気の利いた皮肉でも言ってやりたかったのだが、結局呆れながらその後姿を追うことしか彼には出来なかった。
服の替えを出して、特徴的な巫女服を店の中に干してから再び本に目を戻して少しの時間が経ったとき、後ろから声が掛かる。
「ちょっと霖之助さん。いつもの所に体を拭く手拭いが無いのだけれど。」
「うわっ!?」
霖之助はふと声の主の方へ目を向けて、思わず声を出してしまう。
それもその筈、一糸纏わぬ姿の少女が半身を扉から晒しているのだ。
辛うじて大事な部分は隠れているようだが、そんなにまじまじと見ている余裕は彼にはない。
慌てて視線を本に戻しながら努めて冷静に返事をする。
「あ…いや、手拭いなら上のほうの棚に移動したんだ。」
「そう。」
なんでもないかのように、風呂場へ戻っていく霊夢。
恐らく今ので廊下も濡れてしまっただろうと再びため息をつく霖之助。
博麗の巫女、何物にも縛られない存在なのだが、何事にも無頓着過ぎるというのも問題だ。
せめて一握りの羞恥心ぐらいは持っていて欲しい。
いつも口をすっぱくして言っているのだが、「減るもんじゃなし」の一点張りである。
//魔理沙の場合//
天気のいい、ある晴れた日。
店に客はなく、黒白の魔法使い霧雨魔理沙がフラフラしているだけだ。
霖之助は内容が佳境に入ったのかいつも以上に熱心に本を読み進め、特に魔理沙の相手もしていなかった。
暫く店の中を冷やかしていた魔理沙だったが、目ぼしいものが見つからなかったのか本の虫に絡み始める。
「なぁ~香霖、暇なんだぜ。何か面白いものは無いのか?」
「今本を読むのに忙しいんだ。後にしてくれないかい?」
いつもなら渋々ながら何処からか妙なものを持ち出しては頼んでもない解説を始めるのだが、
彼は本を読むことに集中しているのか全く取り付く島もない。
簡単にあしらわれた事にちょっとむっとする魔理沙。
おもむろに彼の後ろに回りこむ。
そして、彼の肩を持ち大きく揺さぶり始める。
「そうつれないコト言うなよ。退屈で死にそうなんだよ~なぁ~」
「邪魔をするな、魔理沙。キミももう聞き分けのない子供じゃないだろう。」
本を読むことを邪魔されたからか不機嫌そうに声を出す霖之助。
視線は本の方に向けたままである。
だがそんなことはお構いなしだとばかりに魔理沙の妨害工作は侵攻する。
本を持つ手で作る輪の中に後ろ背から入り込んでこようとしてくるのだ。
「お、重い!乗っかってくるな。そして前にずり落ちて来るな。」
霖之助は流石に本から目を離し、非難の声を上げる。
魔理沙は変わらず妙な格好でもたれ掛かったままだ。
「乙女に向かって重い、は無いんじゃないか?よ~し、こうなったらお仕置きだぜ~」
にやにやと笑いながら手をワキワキさせて見せ付けてくる。
自慢ではないが霖之助は非常にくすぐりに弱い。
他人に触れられることに慣れていないのか腋の下を突っつくだけで過剰な反応を見せる。
やはり幼い頃からの付き合いだからだろうか、この事実は魔理沙のみが認識しており、霊夢ですら知らない。
何をしようとしているのか把握した霖之助は身を捩じらせながら抵抗する。
「止しなさい。人の嫌がるコトはするなと常々言っているだろう。聞いているのか?魔理沙!」
結局魔理沙にじゃれつかれ、それに付き合う形になってしまう。
キチンとした形で親離れ出来なかったからだろうか、時たまこのような行動にでる。
僕には親代わりなんて出来ないというのに…と思いながら面倒を見てしまう霖之助であった。
//咲夜の場合//
「こんにちは、ご主人。例のものは手に入ったのかしら。」
そういって店に入ってきたのは、紅魔館のメイド長十六夜咲夜である。
ここ香霖堂において、上客に位置する相手だ。
霖之助の接客にも自然と力が入る。
「やあ、キミか。いらっしゃい。丁度整った所だ。見ていくといい。」
今日は予め依頼しておいた品を見定めに来たらしい。
霖之助は店の奥からゴソゴソと年季の入った鞄を取り出して彼女の前に置く。
「そう、それでは拝見させていただけますわ。……うん、問題ないわね。」
鞄を開くと豪奢な装飾のされた骨董品のナイフが収まっている。
霖之助の手によって整備されているらしく刀身に一点の曇りもない。
ナイフの収集が密かな趣味である咲夜は満足そうに頷く。
「お眼鏡に適ったようで何よりだ。それで代金のほうだが…うん?」
早速商談に入ろうかと息巻いている霖之助は相手が別のほうへ視線を向けてることに気付く。
「…これは?」
どうやら咲夜は偶然目に入った商品に興味を持ったようだった。
「ああ、それは外の世界の女性用肌着でぶらじゃあというモノらしい。一通りのセットは揃ってるのだが幻想郷ではまだ馴染みが薄いようだね。」
咲夜は初めて見るものなのか、物珍しそうにしげしげと商品を眺める。
「ふ~ん…コルセットやサラシよりも楽で動きやすそうね…これ試着させてもらっても?」
「ああ、構わない。奥の部屋を使うといい。」
目ぼしいサイズの商品を手にとって奥の部屋に入るメイド長。
珍しいものに興味を持ったなと意外に思う霖之助だったが実用性第一主義の彼女からすれば気になるのも当然だったのかもしれない。
扉の奥からするすると布擦れの音がする。
特に気にもせず商品の包装を進めていると、
「ご主人、ちょっとよろしいかしら。」
奥から声が掛かる。
思ったより早い試着だなとは思いながらも霖之助は扉に手を掛ける。
「ん、どうしたんだい、って、ぉわ!?」
そこには美しい上半身を晒した咲夜の姿が。
目の前に陶磁器のように白く柔らかい背中の曲線が目に映る。
「どうも着け方がわからないのですけれど…」
霖之助が顔を出したことには少しも反応せず、胸にブラジャーを重ね手で押さえた状態で少し困った顔をしているメイド長。
ここでうろたえてはお客に失礼である。
視線を下にずらしながら、冷静に商品の説明をする霖之助。
「あ…ああ、これは後ろの鍵爪を引っ掛けるようにして…」
「見えないからわからないのよ。やって下さるかしら。」
やれと言われて断るわけには行かない。
こみ上げるため息を我慢しつつ、試着と説明をする。
結局、商品に満足したのか買い上げて行ってくれた。
しかし、全く以って自分が男性と認められていないのか、それはそれで複雑な気分である。
//紫の場合//
太陽が落ちる黄昏の時間帯。
本が読み辛くなってきたのでそろそろ店を閉めようかと思っていると、急に後ろから妖しい声をかけられる。
「こんばんわ~」
そして不意に背中に重みが掛かる。
「またキミか。入る時は入り口から入ってきてくれといつも言っているだろうに…」
そう、神出鬼没の隙間妖怪八雲紫である。
いつも突然現れるので霖之助としても対応に慣れてしまう。
勿論向き合って対応なんてしてやらない。
「あら、私はいつも通り私の入り口から入ってきましたわ。」
自分の態度を改めようともしない胡散臭い妖怪である。
なので、いちいちまともに相手にしていたら疲れるだけなのだ。
そこらへんは霖之助も重々承知している。
しかし、店に訪れたなら疲れてでも相手をしなければいけないのが店主の辛い所だ。
「ふぅ…それよりこの状態を如何にかして欲しいのだが。」
この状態、というのは端的に言うと豊満な紫の胸が霖之助の頭にのっている状態のことだ。
「如何して欲しいのか言ってくださらないと分かりませんわ。」
楽しそうに返事をする紫。
いつもからかってくる時の彼女の声は生き生きしていると感じるのは気のせいではない筈だ。
「その胸を僕の頭から退けてくれ。本が読みにくくてしょうがない。」
「そんなこと言っちゃって、嬉しいくせに~」
とり合えず要求をしても受け入れられることは無いとわかりきっていた。
わかりきってはいたが霖之助はため息を我慢することが出来ない。
「…はぁ…」
頭の上にのっかっている柔らかい物体を強引に退かす。
「あっ、やんっ」
妙な声を上げるが反応したら負けだ。
「冷やかしなら帰ってくれないか。僕は忙しいんだ。」
ただ本を読んでいるだけなのだが、霖之助にとっては忙しい用事となるのである。
邪険に扱われようと胡散臭い笑みを絶やさない紫。
何処からか扇を取り出して口を押さえながら霖之助にもたれかかる。
「ちゃあんとお買い物に来たのよ。倉庫にあった気にあるものを何点か頂いて行くわ。御代はこれで~」
そう言ってつと空間をなぞるとパックリと穴が開きそこから本がバサバサと落ちてくる。
「…毎度…」
霖之助は苦虫を噛み潰したような顔をする。
倉庫に入っているのは大抵、店頭に並べて売るつもりのないレアものばかりなのだ。
下手に人目に付く所に置いておくと勝手に取られたり壊されたりが多い為だ。
だがこのスキマ妖怪はそんなことお構いなしのようである。
そして今落ちてきたこの本…外の世界の春画、のようなものなのだろうか。
香霖堂の客層からしてこのようなものを店頭において置く訳には行かない。
しかし、捨てたり燃したりするには惜しい、なんとも扱いにくい商品だ。
やっぱり冷やかされているのだが、燃料の供給など借りがある彼女に強く言えないのだ。
****************
「…とまあこんなところだろうか。やはり客に対して強く出られないのが悩みどころでもあるのだが…」
そう言いながら霖之助は深くため息をつく。
雲山は戦慄する。
この益荒男は自分と同じ悩みを抱えているのだ。
そうなるとやはり妖忌殿も?と視線をもう1人の男に向ける雲山。
「儂の場合はちと違うのだがな…何と言うか説明するのはまた難しいのだが…」
**妖忌の悩み**
//妖夢の場合//
まだ、妖忌が冥界に勤めていた頃。
幼き妖夢を従え、仕事と修行に明け暮れていた。
「ふむ、今日の稽古はここまでじゃ。汗を流してくる。お前も体を冷やすなよ。」
いつもの様に厳しい修行を終え、グッタリとへばっている妖夢にそう告げる。
「はい、ありがとうございました!」
最後の空元気を張り上げて、挨拶をする妖夢。
既に足に来ているのか膝が笑っている。
ここのところ毎日荒稽古が続いているのだが、頑張ってついて来ている様だ。
しかし妖忌はそれを褒めるようなことはしない。
剣の道は常に厳しいものだからである。
時は夕暮れ、一風呂浴びたら直ぐに主の食事の準備をしないといけないな。
そう思いながら妖忌は湯に浸かる。
「ん?」
そろそろと脱衣所の戸が開き幼き体が姿を現す。
そして少し緊張した様子で妖夢が入ってくる。
「あ、あの!お背中を流しに参りました。」
「…そうか、では頼む。」
特に何を言うでもなく、妖忌は風呂より出て背を向ける。
せっせと石鹸を泡立て、祖父の背中を洗う妖夢。
一体彼女がどのような顔をして、背を流すか老翁には想像もつかない。
「おじいちゃ…あっいえっ!お師匠様。」
幼き少女は顔を赤らめ慌てて言い直す。
「どうした、妖夢。」
とがめる気もないのか穏やかな顔で孫のほうを向く妖忌。
「私もいつかお師匠様のようになれるでしょうか?」
縋る様な、そして夢を見るような表情で問い掛けてくる妖夢。
妖忌は質問に対し渋い顔をして深く唸りながら言葉を返す。
「甘いぞ、剣の道の頂は遥か遠い。もし鍛錬を怠るような事があれば、儂に適うとは思わぬ事だ。」
剣士に甘えは不要。無情にも幼き願いを断ち切る。
少し涙目になる妖夢。
だがその程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
「いや、まぁ儂も幼き頃は鍛錬を怠ったコトがあったがな。妖夢も精進すればいずれ道が開けるだろう。うむ。」
早口でそう呟くと泣き笑いの頷きを帰す妖夢。
最強の剣士といえど孫の泣き顔には中々太刀打ちが出来ないのだ。
//幽々子の場合//
同じく冥界に勤めていたことの話。
怠惰な主である幽々子には歴戦の剣士である妖忌も大層手を焼いていた
朝起床の時間になっても起きてこない主を起すのも従者の役目である
「お嬢、いい加減起きてください。」
「む~、あとちょっと~」
そう眠そうな声を上げるのはいろいろと目も当てられない格好の主である幽々子である。
だらしない格好は自重するようにいつも言っているのだが寝相はどうしようもないと一蹴される。
「毎日何度その言葉を聴いたことやら…主たるもの家臣の見本とならねばなりません。」
妖忌は諦めずに毎日のように言葉を聴いて同じ言葉を返す。
幽々子は起きる気がないのか眼を閉じたままでついでに耳も塞いでいる。
しかし従者の説教は留まる事を知らない。
そしてとうとう幽々子が折れることになる。
「煩いわねぇ~…じゃあ水汲み場までおんぶで連れてって~」
無茶な注文だと呆れる妖忌。
朝駆けで主を水汲み場まで背負う従者なぞ聞いたこともない。
無論即効で却下をする。
「お嬢、あまり我侭を言いなされるな。」
「や~だ~お~ん~ぶ~」
ここで幽々子の反撃に会うことになる。
手足をどたばたと振り回し童のように暴れる幽々子。
暴れられるといろんな意味で目のやり場に非常に困るのだが。
こうなった主は梃子でも動かない。
「…」
諦めたようにため息をつき、しゃがみこむ妖忌。
それを見た幽々子はうれしそうに飛びつく。
背中に柔らかいものが当たるが、その程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
せいぜい、プリンが食べたくなるぐらいのものだ。
しかし、主としてこれでは他の従者に示しなどつく筈もない。
結局主に進言した所で受け入れてもらえたことは最後までなかった。
//メルランの場合//
これまた冥界に勤めていたころのお話。
庭の剪定を進める妖忌の耳に遠くから楽しげな曲が聞こえてくる。
特に気にもせず作業をしていたのだが、その音がどんどんと大きくなってくる。
「…ちんどん屋の娘か。去れ。」
そう、音の原因は近頃冥界でもライブをやるようになったプリズムリバー三姉妹のうちの1人、メルランであった。
「冷たいわね~、今日は久しぶりのソロライブなの!一曲位聴いても損は無いわよ?」
躁の気があるメルランは楽しそうに曲を勧めてくる。
彼女の曲を聴くと皆躁が移るといわれているが、厳しい修行をしている妖忌にはその様なものは効かない。
「庭の剪定の邪魔をするな。」
妖忌はそう冷たく言い放ち仕事に戻る。
剣士たるもの節制に勤め誘惑に唆されるなど持っての他なのだ。
「むぅ~なんで私の曲を聴いて楽しくならないのかしら。」
そういって頬を膨らませるメルラン。
自分の曲を聴いて元気にならなかった相手というのが初めてだったのであろう。
だがこの庭師はそんな心内を知る由もない。
「修行が足らん。」
そう切り捨てそうそうに仕事に戻る妖忌。
「ぐぬぬ…よっし決めた!こうなったらあんたに認めてもらうまで付き纏ってやるんだから。」
実際四六時中メルランは引っ付ついた。
食事中だろうが、風呂に入ろうが布団に入ろうがお構い無しである。
付き纏ってはいたが演奏は一日三回、暇そうな時間を見繕ってである。
騒霊でも最低限の常識は持ち合わせているのだ。
それでも気にも留めない妖忌をみて、段々と落ち込んでいくメルラン。
「…やっぱり私才能ないのかな…人っ子一人笑わせられないならやってる意味無いよね…」
いつも明るく笑顔を絶やさない彼女だったが今は見る影もない。
自信を失い、存在意義に疑問を呈する程にその精神は疲弊している。
精神の死は騒霊としての死である。
だが、その程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
剣の道は常に孤独、周りのあらゆるものに影響されることなど皆無。
「む…諦めたらそこで仕合終了じゃ。人の心をそう簡単に動かせると思うな。精進せい。」
今にも死にそうな顔の彼女に不器用な笑顔を作る妖忌。
剣士たるもの自らの与りの知らないところで、相手の生死を分つ事を善しとしないのだ。
だが元気になった彼女が更に凶悪な躁音を奏でるようになり、妖忌がとうとう躁になるのはまた別の話である。
躁でハイテンションな姿を主に見られたのが庭師を辞めるきっかけになったのは魂魄家の黒歴史だ。
//さとりの場合//
隠居してから観光がてら訪れた地底の世界。
妖忌ほどの体捌き足捌きがあれば、誰にも存在を覚られることなく巡ることも可能なのだ。
町をひと回りして人通りの無い路地裏の落ち着いた雰囲気の茶屋の前椅子に腰を下ろす。
「あら、先客かしら。お隣よろしいでしょうか?」
そう声を掛けてきたのは幼い少女…に見えるが佇まいから只者ではないと判る。
だがそんなことは只の観光客である妖忌には関係ない。
「好きにせい。」
いつものようにぶっきらぼうに答えると少女は失礼します、と隣に腰掛ける。
「申し遅れました。私、古明地さとりと申します。しがないさとり妖怪です。」
「魂魄妖忌。只の隠居した爺だ。」
しがないなんてとんでもない、覚り妖怪といえばこの地底を牛耳る超弩級の大物だ。
名前を聞けば、地底の者なら慌て飛んで逃げる相手である。
勿論妖忌も噂には聞いている、だが熟練の剣士が背を見せる理由にはならない。
「…驚きました。私をさとり妖怪だと知っても、貴方の心は揺るぎも恐れもしないのですね。まるで水鏡のように澄んでいます。」
そんな妖忌の様子を見て目を丸くするさとり。
名前を出せば自分のお気に入りの場所から尻尾を巻いて逃げていくと踏んでいたようだが当てが外れたようだ。
そんなさとりの心を知ってか知らずか苦笑を返す妖忌。
「これでも一介の剣士でな。明鏡止水の境地にはまだ程遠いが。」
「私は忌み嫌われるもの。忌避は勿論、ペットのからの愛情など様々な感情を向けられますがただ在るがままに、という扱いを初めて受けます。」
そう言って落ちつかなそうに揺らぐ第三の目を撫でるさとり。
その第三の目はありとあらゆる感情を読んできた、だがなんとも思われないというのが初めての体験なのだろう。
自覚していないのかも知れないが嬉しそうに語る彼女をみて目を細める妖忌。
「ふむ、難儀なものだ。お主もわざわざ、自分から名乗り出なければ諍いも起こるまいに…」
これも尤もな話だ。
第三の目を隠して、普通にしていれば只の少女にしか見えない。
周りから忌み嫌われることも恐れられることも無いのだ。
だがさとりはそれを善しとはしなかった。
「これは私の矜持のようなものです。隠れて人の心を読もうとは思いませんので。」
たとえ目を隠そうとも、周りの考えていることは読めてしまう。
意図せずとも覗き見するような真似はしない、読むのなら正々堂々と。
これが覚り妖怪としてのポリシーだった。
「たとえ嫌われようともか。それがお主の覚悟なのだな。」
「はい……」
そう頷く覚り妖怪をみて難儀なものだと思うと同時にその心意気は見事であると感じる妖忌だった。
そんな心を読んだのかは定かではないが、妖忌の肩にこてんと頭を乗せる様な形で寄り添ってくるさとり。
「貴方の隣にいると、とても落ち着きます。…少しこのままでも良いでしょうか?」
少し恥ずかしそうに頬を染め小さく呟く少女。
遠い日に別れた孫とその姿を重ねるが、老剣士は心を鬼にする。
剣士として先達として後追うものに正しく道を示す事こそその者の為なのだ。
「…ならん、お主も一国一城の主であろう。周りに弱みを見せるような事は控えたほうがいい。」
「そう、ですね。気を使わせてしまい申し訳ありません。」
拒否されるのには慣れているのだろう。
だがあまりにも人に甘えることに慣れていない少女。
その少女は一瞬哀しそうな顔をする、が健気に微笑む。
だがその程度で妖忌の鋼の精神が揺らぐことはない。
「うむ、代わりといっては何だ。その…地底には地霊殿と言う見事な建物があるようだ。そこの案内をお願いしたい。」
結局、仲良さげに地霊殿を歩く二人の姿をペットに目撃され噂が広まり妖忌は一躍地下の有名人となってしまうのであった。
*********
…なんという事だ、この御仁も女人に調子と人生を狂わされているということか!
雲山は自分と似た境遇の相手がこんなにいるというコトに喜び打ち震えていた。
「…この通り僕達も苦労しているということさ。」
そういって改めてため息をつく霖之助。
仲間は見つかったが悩みの解決策が見つかったわけではないのだ。
こうして、結局三人揃って頭を悩ませることになる。
愚痴や案を言い合っている間に、気付いたら日も暮れ始めてきた。
とここで霖之助が妙案を思いつく。
「…そうだ!問題は彼女達に羞恥心が薄いのが問題の一環でもあるといえるだろう。
ならば彼女達が恥ずかしがるような対応をすればいいんじゃないかな!?」
成る程と頷く雲山と妖忌。
そして各々その様な対応をした結果を夢想してみる。
********
//雲山の場合//
「ちょっと雲山あんまり近くに寄ってこないでよ。何か臭いが染み付きそう。」
「変態入道雲山の真実!いや~いい記事になりそうね。」
「あの…雲山の洗濯物は皆と分けて貰えますか?いえ、他意はないのですが。」
「……ヒソヒソ…雲山…ウザ…ヒソヒソ…早…どっか行っ……」
//霖之助の場合//
「まぁ男の人だもの。しょうがないんじゃない?…あ、あんまこっち見ないでね。妊娠しちゃったらヤダから。」
「香霖にはがっかりだぜ。店から物は勝手に持ってくが、顔も見たくないな。」
「私と同じ空間にいないで貰えますでしょうか?お金はそこら辺に投げ捨てておきますので惨めにお拾い下さいませ。」
「くすくす…所詮男は皆ケダモノね。私も襲われてしまうのかしら?全てを失う覚悟がお在りならどうぞご自由に…」
//妖忌の場合//
「師匠…気色悪い…っていうかキモい。」
「ああ、気にしなくていいわよ~。温泉でも行ってきたら?地獄の。別に帰ってこなくてもいいから。」
「どっか行くの~?曲を弾いてあげるわっ。葬送曲なんてどう?」
「ふふふ…煩悩に塗れた老人が行き着くに相応しい場所ね。」
*********
…結果を夢想して後悔した三人。
顔を見合わせるが、何となくそれぞれ同じような内容であったのが判るのだろう。
「…いや、今のは失言だった。忘れてくれ…」
「むぅ、やはり現状を維持するのが一番ということなのか…」
あまりに自分達には力が無さ過ぎることに消沈する雲山。
男達が片意地張って肩で風切ったところで、女共から袋叩きである。
ある意味死ぬより辛い仕打ちが待っているに違いない。
圧倒的数の暴力。
白い目を向けられ後ろ指刺され鼻で笑われ顎で使われる。
仲間が増えた所で自分達の無力さが余計露呈するだけの結果になってしまった。
どうすればいいというのだろう。
男達の復権はいつの日になるか。
男らしさを見せ付けるには何をすればいいのか。
ならば祭りだっ!褌祭りだっ!!
自棄になった漢達の漢達による漢達の為の宴によって夜は更けていく…
そして衝撃のラストwww
ふざけた悩みを持つむさ苦しい漢達の宴。
だが、それがいい!!
絶対に気が合います
ああ、さとりんに罵られたい・・・
あと初めて一輪にキュンときたのは内緒w
パルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパルパル(ry
そういう悩みを抱える必要は全くありませんでしたから……
この三人には申し訳ないが頑張ってくれと言うしかないw
それだけで100点ですっ!
あと霖之助は爆死すればいいと思うよw
基本好きなキャラなんだけどね、今回はねw
しかしラスト3行がひでぇw
妖忌!さとりの場所は変わってくれ!頼む!
思うように行かないのが人生
さて、と、三人ともちょっと面かせや、あ゛?
是非続編をお願いします。
こんな奴等に負けずに続編を!