「馬っ鹿じゃねぇの?」
上海人形の様子が、変だ。
「グッモーニン、殺意が芽生えるほど清々しい朝ですねぇ」
『おはようございます』とだけ喋らせるつもりだったのに、なんでこんなにも殺伐とした言葉が出てくるのか。
「はっはっは、今日もシケたツラしてんな、マスター」
『今日も頑張りましょう』とだけ言わせたつもりだったのに、なぜここまでこき下ろされなきゃならない。
今日の上海は目にあまる。というより、耳にあまる。何か言わせようとするたび、それが罵詈雑言となって口から飛び出すのだ。
昨日は特に変わった様子もなかったというのに、一体何があったのか。
ひょっとしたら、何かの拍子に自律思考が芽生えたのかもしれない。たとえば、昨日うっかり紅茶を引っかけた時なんかに。
その時の熱さの恨みで、こんなひねくれた自我が目覚めたのだ。嫌すぎる。
とはいえ、私が何か言葉を話させようとしない限りはいつも通りの上海人形なので、本当に自我が目覚めたのかはわからないが……
それでもまだ疑問は残る。一体なんだって、こんな異常が発生したのか。
「上海、心あたりは無いの」
「あんだよ、うるせーな。知るか」
かわいくない。
「何だって私の所に」
「なんとなく」
早急に解決せねばなるまい。そのため、博麗神社にやってきた。理由は、無い。
「うちの座敷童以上に、シケたツラしていやがる」
うちの座敷童って、私の事だろうか。
「シケたツラって、私の事?」
霊夢と顔を見合わせる。
「一発、針を撃ち込んでもいいかしら」
「これが上海じゃなければ、私もそうしたいところだわ」
霊夢をなだめ、しばらく神社に居座らせてもらうことにした。愉快な神社である。そのうち、原因のほうからひょっこり現れるに違いない。
だが、まだ朝も早い。霊夢は、これから朝食のようだ。原因さんも、しばらくはなりを潜めていることだろう。ゆっくり、くつろぎながら待たせていただこう。
「お茶、飲む?」
「いただくわ」
熱いお茶だ。昨日私が上海にぶちまけた紅茶は、どれほどの熱さだったのだろうか。多分、ぬるま湯程度のものだったろうに、それでここまでグレなくても。
霊夢は、座敷で味噌汁を啜っている。私は、縁側でお茶を飲む。平和である。いい天気だ。
「その胸に似合った貧相な食事っスね」
ぶち壊しだ。
霊夢は、一瞬、自分が何を言われたのかわからなかったようである。ゆっくりと人形へ振り返り、次に私へ目を向けた。
「アリス」
答えようにも、お茶から手が離せないのである。ズズッ、とお茶を飲みながら、目配せで答える。
「ふざけてるの」
霊夢は怒っているようだ。こちらとしては、心外である。ただ、いつもの癖で、お茶の感想を人形に言わせようとしてしまっただけなのだ。
気をつけよう気をつけようと思っていても、うっかり、人形に喋らせる。職業病だろうか。私は、どんな職業に就いているのだっけ。
「ぶくぶくぶく」
人形が駄目なら、私が喋ればよい。それも失敗した。お茶から手が離せないのである。
「怒るわよ、アリス」
もうすでに怒っていらっしゃる。
「そんな怒るなよ、可愛い顔が台無しだ。いや、失敬、もともとだ、台無しな顔は」
「ぶくぶくぶく」
霊夢は、食膳をひっくり返しながら烈火のごとく怒りだした。私のほうも、ここでようやくお茶を飲み終える。
「ごちそうさま」
それだけ言って、上海人形をむんずと掴み、弾幕の乱れ飛ぶ神社を後にした。まったく、血の気の多い巫女である。
「たのもー」
「あの、門番なら、ここに」
紅魔館にやってきた。理由は、無い。しいて言うなら、原因の究明のため図書館を借りにきた、といったところか。
しかし、ここの図書館は、肝心な時に欲しい資料が見つからないのに、後の不必要な時にたまたま見つかる、といった事が起こりやすく、無駄に広い割には使えないのだ。今日だって、あまり期待していない。
「一体なんの御用件で?」
美鈴になら、話してもいいだろうか。人形がおかしくなった、だなんて、自分の未熟さを、わざわざひけらかしたくはないのだが。
「実は、この人形なのだけど」
「あらっ、上海」
何か喋らせてみる。
「まったく、突っ立ってるだけでいいなんて、門番なんてのは楽でよさそうですねぇ、ほんと。いる意味あるんですかぁ、あんた?」
「い、痛いところを!」
痛いところだったらしい。
「ごめんなさい、そうじゃなくて、こいつめ調子が悪いのよ。口を開けば、悪口ばかり」
「おいおい、マスターさんよ?自分の技術不足を棚に上げて、ぜーんぶこっちに丸投げですかぁ?ちょっと、いかがなものかと思いますがねぇ」
口の減らない人形だ。口調まで、その都度変えてきやがる。
「ううん、ほんとに口が悪い。原因がわからないんですか?ここへは、それを調べるために?」
「まあ、そんなところかしら」
美鈴は、なんとなく納得してくれたようだ。門を開けてくれる。実にざる警備だ。上海が言ったことも、あながちハズレではなさそうである。
「では、お邪魔します」
「待ちなさい」
門番とは別の声。この館は二重ロックであった。
「こんな朝っぱらから、私の仕事を増やさないでよ」
「いえいえ、そんな。ちょっと図書館を借りにきただけで、お仕事の邪魔をするつもりはなかったのに」
「今日、大図書館は閉館です。パチュリー様が、なにやら体調不良で寝込んでいるようなので」
ええっ、そうだったんですか、とは、美鈴の言だ。つくづく、門番というのは、世知辛い仕事であると思う。
「でも、パチュリーが寝込んでいる事と、私が本を借りる事は、何の関係の無いことでしょう」
むしろ、好都合、だ。
「大問題よ。パチュリー様不在の時に勝手に侵入者をもてなしたとあっては、メイド長としての沽権に関わるわ」
頭の固いメイドだ。上海、何か言ってやれ。
「うっせーよ、ばーか」
「んなっ」
知性の欠片も感じない、ひどく低俗な暴言だ。だが、これが案外、効いている。
「何がメイドだ、何が沽権に関わるだ。だからお前は、駄目なんだ。いつまでも、悪魔の犬っころなんだ。畜生だ。従者がこれじゃあ、主もたかが知れていやがる。駄目だ。てんで駄目だ」
「ふん、人形の分際で。言いたいことは自分の口から言うことね、アリス。自分で言いにくい事は人形に言わせるなんて」
冷静を保っているかのように見えるが、腹の中は煮えたぎっているに違いない。かっかしやすい連中ばかりだ。これで完全で瀟洒な従者、なんて、笑わせる。
「なら、私の口から言いましょう。馬鹿じゃねーの」
わあ、怒った。ナイフがひゅんひゅん飛んでくる。美鈴は、いち早く避難していたようだ。私も、とっととおさらばしよう。
「パチュリーとお嬢様、あとフランにも、よろしく伝えておいてね」
上海人形を引っ張って、紅魔館を後にした。
白玉楼にやって来た。理由は、無い。
「理由も無いのに、冥界へ簡単に来ないでよ」
ごもっとも。
「とにかく、私はお昼ご飯の準備で忙しい。目も回るような慌ただしさだ。用がないなら、帰ってよ」
「まあまあ、妖夢。せっかくのお客人を、そんな粗末な扱いしちゃいけないわ」
「幽々子様。いったい、誰のせいで、こんな忙しく立ち回っていると思ってるんですか」
「さあ。きっと、妖夢が朝ごはんの準備に時間をかけすぎたからだと思うわ」
忙しいらしい。もちろん、それを邪魔する気は毛頭無い。
「すぐ終わるわ。実は、この人形がなんだか変で。幽霊にでもとりつかれたんじゃないかと」
二人に上海を見せてみる。
「ふーん?ただの人形みたいだけどなあ」
「別の幽霊を入れてみれば、こう、すぽんと、中から出てくるんじゃないかしら。あら、ちょうどいいところに」
幽々子が手に取ったのは、妖夢の半霊だ。それを、上海の口に押し込もうとしている。
「わあ、幽々子様、何やってんですか」
「えいっ、えい。うーん、幽霊に憑かれたわけじゃなさそうね」
妖夢はぷんすか怒っている。幽々子は気にもとめていない。
「だいたい、なんだか変、って、一体どんな風に」
「黙れよ、半人前」
今、上海、勝手に喋らなかったか。
「……なんだって?」
「まあ、なかなか冴えた人形ねぇ」
「幽々子様は黙って下さい」
「しゅん」
「おー、怖い怖い。ほんと、辻斬り様は幽霊のくせに、血圧が高くていけないや」
やはり勝手に喋っている。とうとう自律しやがったか。人形め、いつか私に反旗を翻すぞ。
「ええい、そこに直れ。撫で切りにしてくれる」
「妖夢、様子がおかしいって言ってたじゃない。きっとこのことだわ」
ああ、駄目だ。妖夢はまったく、人の話を聞いていない。このままじゃ、上海人形が真っ二つだ。慌てて、逃げ出した。
白玉楼が遠くなる。妖夢は、まだ何かわめいている。幽々子が、それを抑えている。
上海はもう勝手に喋らなくなった。まったく、どうなっているのだろう。
半幽霊と亡霊が、小さくなって、見えなくなった。妖夢は、まだ怒っているのだろうか。とんでもない、短気な奴だ。そのうえ、人の話を聞かない。幽々子も、さぞかし苦労していることだろう。
だから、半人前だなんて言われるのだ。私は呟く。未熟者め。一度、言ってみたかったのだ。今度は、誰かに面と向かって言ってみたい。
「あれ、お久しぶりです」
「こんにちは」
守矢神社にやって来た。今度ばかりは、理由はある。
「今日は、どうしたんです?」
「それがね、この人形が」
私だって莫迦じゃない。今までの経験から、上海が口から毒を吐きださないうちに、用件を伝え、情報を集め、とっとと退散するのが良いという事がわかった。
しかし、上海の不調を伝えようとすると、神社の中から早苗を呼ぶ声がかかったのだ。
「さなえーっ、ご飯できたよーっ」
「はーい、今行きまーす」
今のは、ここの神様のどちらかだろうか。神様まで家事をするというのは、魔界にも似たところがある。呼びかけに答えた早苗は箒を置いて、私に言った。
「今日の当番は諏訪子様なんですよ。そうだ、もしよかったらご一緒にどうです?お二人も、アリスさんなら歓迎してくれるでしょう」
さて、弱った。今までの流れから、上海がやたらに暴言を吐いて、平和なお昼のひとときを滅茶苦茶にしてしまうだろうことは目に見えていた。
しかし、断るのも忍びない。というより、私もお腹が空いている。今日は、そういえば何も食べていなかった。
「では、お言葉に甘えて」
「よし、行きましょう行きましょう」
いつの間にやら、食欲をそそるいい匂いが漂っていた。こればっかりは、抗えない。
食卓にお邪魔する。大き目のちゃぶ台に、座布団三つ。早苗が、奥の座敷へもう一つの座布団を取りに行ってくれた。
「おや、神綺ちゃんのとこの。いらっしゃい」
一足先に座っていたもう一人の神様、たしか、神奈子様。私は一応今は幻想郷在住であるのに、魔界の神様の娘さん、といった認識であるらしかった。まったく別世界の神様達がいかにして知り合ったかは、私も詳しくは知らないのだが。
失礼します、と声をかけて、早苗の隣に腰を下ろした。そのうちに、とうてい見た目はそうとは思えないような(これについては、うちの神様も似たようなものである。一神教なのに)神様が、大皿を手に運んできた。
「いやいや、来てくれてよかったよ。ついつい作りすぎちゃって」
そう言って、諏訪子様は皿をちゃぶ台の真ん中に置いた。それはチャーハンだった。まさか中華とは。それにしても山盛りである。食欲をそそる匂いだ。ただ、いかんせん多すぎた。山盛りであった。
「作りすぎですよ、さすがに。でも、アリスさんが来てくれてちょうどよかったです」
そう言って、早苗は山盛りの炒飯を取りわけるための小皿を取りに、席を立った。多分、私がいても、ちょうどよくはない量だ。これを三人で、と想像すると、思わず平伏してしまいそうだった。山の頂上を見るために、顔を上にあげなければならなかった。
人数分の皿とスプーン、レンゲを持って、早苗も再び腰を下ろした。
「それじゃ、いただきます!」『いただきます』
魔界にいた頃、人形操作の精密さに磨きをかけるため、ジェンガというゲームを一人でやっていた。それによく似ていた。
次は早苗の番である。膝立ちになり、片手に皿を、片手に取り分け用のレンゲを持ち、真剣そのものな眼で炒飯の山を睨みつけ、頂上から切り崩しにかかった。
炒飯の山は、ほぼ鋭角に聳え立っていた。いったいどんな奇術を使えばこんな具合に盛れるのかと聞いたところ、神徳だと答えられた。やはり見た目がどうあろうと、神様であるらしかった。
次は私の番である。米の一粒でも皿の外にこぼそうものなら、どんな天罰が下るのか。それほどに皆真剣だった。私も、負けてはいられない。
四巡ほどして、それほど気を張らずに皿へ分けることができるようになった頃、ようやくそれぞれが目前の皿に手をつけ始めた。
「そういえば、アリスさんは何の用事でここへ来たんでしたっけ?」
大皿の山も安定し、取り皿に専念できるようになってきた頃、早苗が言った。
そういえば、と私も思った。すっかり忘れていた。おいしいチャーハンだったのだ。
上海人形はここへ来てから、一度たりとも口を開いていない。私が抑えていたからだ。放っておけばまたべらべらと身も蓋も無い事を言い出すだろうが、私の力で抑えつけておけば、意外となんとかなるものだった。白玉楼では、その努力を放棄してしまっていたらしい。
「そう、そう。この子をなんとかしてもらおうと思って」
「マスター、ひでぇ奴だ。とうとう暴力で口封じときやがった。まったく、汚い、外道め。恥を知れ、あの世で私に詫び続けろ」
誤解されない内に、ざっと説明する。昨日まではそうでなかったのに突然口が悪くなってしまったこと、私の指示を無視して勝手に喋るようになってしまったこと。
「はぁ、変なこともあるもんですねぇ。それで、私は何をすればいいんでしょう」
「簡単にいえば、奇跡でなんとかしてもらいたいの」
「簡単に言ってくれますねぇ」
やっぱり、というかなんというか、無理そうだ。まあ、あまり、期待はしていなかった。奇跡なんて、そんなものだ。起きないから奇跡なのであり、もし起きたなら、十中八九、詐欺である。
「とりあえず、やってみましょう」
とりあえず、やってみてくれるらしい。ただ、起きないから奇跡なのだ。もしこれで上海人形が元に戻ったのなら、感謝するより先に、一体何をしやがったと詰め寄るつもりだ。
神様達も見守る中、また私の魔力でだんまりしている上海に、早苗が腕をかかげ、
「えいっ」
と呑気なかけ声を出した。
「ふうっ、完璧ですね」
妙に、自信たっぷりだ。
「どうです?直ったでしょう」
「なーにが奇跡だ、この詐欺師め」
ほらね、やっぱり。
「あ、あれ?おかしいな」
「どこもおかしくなんてない、そんなもんよ、奇跡って。そもそも、胡散臭い。宗教なんてものは、みーんな、まやかしだ。詐欺だ。人の心に付け込んで、あることないこと言いふらして、その気にさせて、騙すんだ。神様信じて、幸せか。幸せになれるのか。なれませんよ。全部、嘘だ。でたらめですよ」
まったく、支離滅裂だ、訳がわからない。ただのくだらない野次じゃないか。ああっ、早苗。釣られるな。罠だ。
あーあ、怒りだした。沸点が、低い。いつものパターンだよ、同じことだ。逃げるわよ、上海。
「お邪魔しました。おいしいチャーハンを、どうもありがとう」
ぽかんとしていた神様達に、それだけ言って、守矢神社を後にした。
もう、散々だ。全て、上海のせいだ。こんな子に育てた覚えはない。そもそも、自律していない。ぬか喜びだ。家に帰って、メンテナンス。明日、みんなに謝りに行こう。
手土産を持っていけば簡単に釣れるだろう。ちょろい奴らめ。
「おや、アリスじゃないか」
まったく、疲れているのに。話しかけないでほしい。誰だ。けしからん。上海、相手してあげて。
「お前が、外出とは珍しいぜ。ひきこもりめ」
「なんだよ、神社のヒモの分際で。働けよ」
「おお?言うようになったじゃないか、上海。まあ、おまえのゴシュジンサマにはわからんだろうなあ。私のクリエイティブな働きっぷりは」
「なーにがくりえいちぶ、だよ。中身の無い夢を語る駄目な若者そのまんまじゃねーかよ」
「人形のくせに口が達者なやつだ。……いや、よく出来た腹話術、と言ったほうがいいかね?」
「人形のことをよくも知らないくせに、何言ってやがる。ニンゲンサマが一番偉いってか?」
「くどくどと五月蝿い人形だぜ。お説教は閻魔様だけで十分、お前には私の魔砲で灰になってもらおうか」
「なにが魔砲だ、なーにがますたぁすぱぁーく、だ。まるで必殺技みたいに自慢してるけどなぁ、それが一番簡単なスペカなんだよ、ただの見かけ倒しじゃねーかよ」
「………!」
「………!」
おや、そういえば、今の上海に会話の相手をさせるのは少々拙いんじゃあないだろうか。ぼーっとしていた。
あーあー、言い争ってる。あら、魔理沙。今気付いた。ふむ、口の悪さじゃいい勝負。むむ、若干上海優勢だろうか。
あらあら、醜い勝負だこと。あっ、泣かした。やりすぎだ、上海。
「こんにちは、魔理沙」
「なっ…なにが今更こんにちは、だよっ!何なんだよ、あの人形はぁ!言葉のナイフでこんなにもグサグサやられたのは初めてだ!」
「かくかくしかじか」
「何がかくかくしかじかだ、馬鹿にしてるのか!」
「いえ、そんな、馬鹿になんて、してるけど」
「頭にきたぜ!もう納まらん。絶対に訴えてやるぞ、法的な意味で!」
魔理沙は、猛スピードで飛び去っていった。
もう、疲れた。家に帰ろう。
「上海、どうしてしまったというの」
「特に問題はありません。どうなさいました、マスター?」
「……あらっ?元に戻……」
「嘘だよ、馬鹿か?」
本当に、どうしてしまったのだろう。家に帰って、ベッドに横になって、数時間。その間、いろいろと調べてみたけれど、さっぱりだ。本格的に、バラバラにしてメンテナンスするしかないのだろうか。面倒な。
それとも、一日眠って明日になれば、元に戻っているかもしれない。そうに違いない。そうしよう。
「おやすみ、上海」
「おやすみ、マスター。いい夢見ろよ、あの世でな」
怖い。本当に殺られそうで、眠れない。
一体どうしたものかと考える。そのうちに、来客があった。
メディスンだ。何か言いたそうにしているので、とりあえず上がってもらう。
「どうしたの、メディ」
「その。えーっと」
なにやら、しどろもどろである。あーとかうーとか言っているばかりで、話が進まない。言いにくいことでもあったのだろうか。
「メディ、なにがあったの?」
「……アリス。怒らない?」
「大丈夫よ、何があっても怒らない。今日、私も怒られてばっかりでね。みんな興奮して、もう嫌になっちゃうわ」
「……うん。……実はね」
「ええ」
メディの小さな声に耳を傾ける。
「……上海人形を変にいじくったの、あれ、私なの」
ひょっこり原因が現れた!
「とにかく、一体何をしたのか、詳しく話してもらえるかしら?」
「うん。上海人形は、どこに?」
近くに呼び寄せる。行動だけは、まだ私が主導権を握っていられるのだ。
「なんだよ、あっちへ行かせたり、こっちへ行かせたり。暇じゃねーんだよ、こっちは」
「…口が悪いねえ」
「勝手にどこでもぺらぺら喋るもんだから、たまったものじゃないわ」
口にガムテープを張り付けておくことにする。
メディは、自分が何かした、というのはわかっていても、その何かで、何がどうなったのか、までは知らないようだった。
一体、何をしたのだろう。毒でも入れたのだろうか。
「……その、まさかよ」
「それで、その。上海が、毒舌になったとでも」
酷い駄洒落である。笑えやしない。毒人形。毒舌人形。
「だいたい、いつ、そんな毒なんて仕込んだの」
「そりゃ、あれよ。昨日の、夜。アリスが眠った頃、こっそり忍び込んで、こう、ちゅーっと」
ざる警備。とんだ失態だ。笑えやしねえ。
「そもそも、なんで、そんな事しようと思ったの」
「いや、アリスの一番近くにいる上海を私の手中に収めたら、芋づる式に、ずるずるーっと、私の仲間になるんじゃないかと思って。失敗したから、すぐ逃げちゃったけど」
芋づる式に。まさか、この症状、他の人形達に空気感染したりはしないだろうな。
動かしてみる。喋らせてみる。ふむ、問題なし、と。
まあ、おおむね、原因はわかった。なら、解決策もすぐわかる。
「とにかく、すぐに元に戻しなさい。そうすれば、水に流してあげましょう」
「……うん」
メディが、上海から毒を抜いた。あっけないものである。
「うん、上海。元に戻れてよかったわねぇ。あなたの悪口雑言の数々も、全て忘れてあげるわ」
「馬っ鹿じゃねぇの?」
話が、違う。どうなっている。
「あれ、おっかしいなあ?…ごめんねアリス、戻らないみたい」
メディにも、理由がわからないらしい。なんて無責任な。水に流し損だ。
「ううん、毒はあくまで起爆剤で、プログラムそのものがおかしくなってしまったのかしら」
「んー、言ってることはよくわからないけど、毒を抜いちゃったらもう、私にできることは何もないなあ」
やはり、自分でなんとかするしかないらしい。徹夜になるだろう。不眠不休の作業になる。ただ、私は規則正しい生活リズムを心がける都会派なので、徹夜作業は苦手なのだ。
魔法使いは食事も睡眠もいらないなんて情報がまことしやかに流れているらしいが、ありゃ、嘘だ。そんなのは、無理だ。うん、徹夜はやめて、明日ゆっくりと作業に取り掛かろう。
「ふう、仕方ない。上海は私がなんとかするから、メディ、あなたはもういいわ」
「……うん、ごめんね、アリス」
えらくしょげている。反省はしているみたいだ。おや、そういえば、何故メディは突然謝る気になったのだろう。変な話だ。
「……ああっ!」
玄関に向かっていたメディが、いきなり振り返って叫んだ。忘れ物だろうか。
「そうよ、アリス!大変なの!そういえば、これを伝えるために来たんだった!ああっ、もう。忘れてたわ!」
忘れ物は、言伝だったらしい。上海がおかしくなっただけでも十分大変なのに、もう、たくさんだ。
「悪いけどね、メディ。もうお腹一杯なのよ。炒飯食べ過ぎたし。それは、そのまま、まわれ右して、持って帰ってくれるかしら」
「そんな場合じゃないの!上海が、大変なのよ!」
そんな事は、言われるまでもなくわかっている。
「メディ、上海が大変なのは、……これは『大いに変だ』という意味だけど…身にしみるほどにわかっているわ。沁みすぎて涙が出てきそうよ。これがタマネギなら対処の仕様もあるけど、人形じゃあどうにもできないわ」
「上海が変なのは私もわかってるわ!そうじゃなくて、つまり、変になった上海が原因の、さらなる大変……二次大変が起こっているのよ!」
「はあ」
「なんと!上海人形がセクハラ、誹謗中傷、食い逃げ、窃盗、婦女暴行、結婚詐欺、その他もろもろの罪で指名手配されているのよ!」
「はあ?」
「幻想郷で初の指名手配者、それも人形だってんだから、どこもかしこも大騒ぎよ!」
「はー」
「永遠亭で永琳からこの話を聞いて、すぐに駆け付けたんだけど……アリス、聞いてる?」
「ははは」
「誤魔化さないで!」
「いえ、ちゃんと聞いてたわよ」
「とにかく!このままじゃ上海人形が危ないわ!逮捕されて尋問されて、犯してもいない罪まで自白させられるんだわ!……同じ人形として、黙ってる事は出来ない!」
なにやら、噂に尾ひれが付き背びれが付き、鱗が付き強化骨格が付き、ミサイル砲やら誘導レーザー砲やら小型機格納施設までもが付き、まるで巨大戦艦さながらの様相を呈しているようだった。
そんな面倒な事に巻き込まれてたまるか。
「メディ、貴方疲れてるのよ」
「はあ!?」
「指名手配だとか、逮捕だとか……ないわ」
「はあ?」
「ありえない」
「はー?」
「きっと、メディの聞き間違いか、言い間違いよ。永琳の」
「言い間違い、って……それこそありえないわよ!」
「わからないわよ?もしかしたら『鈴蘭畑の毒人形が勢い余って人間を毒殺し指名手配』の間違いかもしれない」
「私じゃないの!しないよ、そんな事!」
「じゃ、聞き間違いね。自分の罪を認めたくないのはわかるけど、現実から逃げちゃ駄目よ」
「わ……私はやってない!……アリス、そっちが疲れてるんじゃないの?」
そう、今日は朝からイベント盛りだくさんで、実に疲れた。主に上海人形のせいで。
「そうね、ちょっとお昼寝でもしようかしら。ここに居るなら、夕方頃に起こしてくれる?」
「だ、だから落ち着いてる場合じゃないんだって!」
「メディは慌てすぎよ。もっと落ち着いたら?」
「アリスは落ち着きすぎなんだって!もっと慌てなさいよ!」
「おやすみ」
「うわあ……人の話を、コイツ全く聞いていなかったの。起きて、起きてよアリスー!」
なにやら外が騒がしい。熟睡できぬまま、すっかり目が覚めてしまった。
「何かお祭りでもあるのかしら。魔法の森で?まさかね」
「ああ、やっと起きたのアリス!大変よ、囲まれたわ!」
「え?」
さっきから絶え間なく聞こえる音に耳を澄ませてみる。何やら、『貴様らは完全に包囲されている』だの『大人しく人質を解放し、投降しろ』だの聞こえてくる。
「映画の撮影か何かかしら……?」
「まだ事の重大さを理解していないのねアリス!上海人形の命が狙われているのよ!」
「命が?そんな大げさな…って、何?狙われてるのって上海人形だけ?なんだ、ならこいつを外に放り出せば全て丸く………オーケイメディ、冗談、冗談だからその目をやめてくれるかしら。すごく怖いから」
「……ちなみに、アリスも犯人の一味として上げられてるみたいよ。なぜか私は人質ってことになってるみたい」
「人質を解放すれば、少しは罪も軽くなるかしら」
「こら、アリス!結局上海人形を明け渡すつもりでしょう!駄目よ、そんなことしたら!」
「あ、やっぱり?……それにしても、何で私まで……ここの行政機関はつくづく無能の集まりみたいね……一介の市民たる私まで巻き込むとは、全く許せないわ」
「ええ、アリスがそれを言う………?」
「……元はと言えば、メディが……」
「ごめんなさい」
「まあ、それはいいわ……とにかくこのままじゃ埒が明かないし、なんとかここから脱出しましょう」
「おお、流石アリス!しがない毒人形たる私はただただオロオロするばかりだったけど、早くも解決策を見つけたのね!」
「ええ、もちろん。私の頭の中で綿密にシュミレートされた二百五十通りものプランが我を我をと手を引いているわ」
「参考までに一つあげてもらってもいい?」
「そうね、最も成功する確率が高いのは、上海人形を大人しく放り出して、その隙に逃げる……」
「却下よ!」
そんなあ。
いつも不気味な静けさに包まれている魔法の森だが、この日ばかりもやっぱり不気味だった。
違う点と言えばやたらと人妖が集まっており、そのどれもがある一軒の洋屋敷を囲むようにしている事くらいである。
内訳・人里の自警団三十名、巫女二名、魔法使い一名、メイド一名、半霊一名、半獣一名、新聞記者一名、その助手一名。
幻想郷では稀な凶悪犯罪者が人里に危害を及ぼす前に速やかに確保しなければならない。はあ、慧音様がそうおっしゃるなら。いや、私もあんまりやる気はないんだよ、今日は妹紅と会う予定だったし。それはそれは。
そう快く協力を申し出てくれた自警団の皆さまは、へえ、ここがアリスさんの家かあ、後でサインもらおうか、等とお気楽観光ムードであったが、例えば魔法の森の瘴気から抵抗の無い人間達を守る為の結界を張るのに忙しい巫女だとか、まどろっこしい事はやめてここからマスパで家ごと吹き飛ばしてやろうかと考えている魔法使いだとかは一様に目をギラギラさせて、乙女のはあとを傷つけた憎き人形をどう料理してやろうかと物騒な物思いに耽っていた。
「うーん、早いとこ動きが無いものかしら。椛、ちょっと行って、人間達をそそのかしてきてよ」
「自分で行って下さい」
「つれないなあ」
ピリピリとした張りつめた空気が続くにも限度があり、隅で暇そうにしている天狗と天狗が退屈に飽きて意味の無い会話を交わしているのを横に聞きながら、自警団の集団の真ん中で手持無沙汰に立つある若い男はこんな事を思った。
ああ、トイレに行きたい。
隣の男に声をかけ、そっと持ち場を離れる。人目の付かない所で、とっとと用を済ませてしまおう。
……ああ、素晴らしい解放感。
さてとっとと戻ろう、と踵を返しかけたその時。
「………」
「………冴えねー顔。貧乏臭さが染みついてオーラになってるよ」
いきなりひどい罵倒を浴びせられた。それは人形だった。
「あ」「あ…」
別の声がして振り向くと、さらに二人。どちらも目映い金髪だった。
「……あーあ、どうしましょう。プラン51、『秘密の地下道からこっそり脱出作戦』失敗だわ。まさかこんなところにも張り込んでるなんて。地下道の出口が何故分かったのかしら?上海はまた勝手に喋るし」
「アリス、今すっごくピンチだってわかってる?ちなみに上海のガムテープは私が外しました」
「うるさいから貼り直しておきましょう」
「ああ、かわいそうに……」
よくよく見れば、アリス・マーガトロイドにメディスン・メランコリー。開口一番無礼千万な人形は最優先目標、上海人形だった。
「なあに、まだまだ大丈夫よ。なにせ私の脱出プランはあと249も残っているのだから」
「もう家から出ちゃったけど、まだ使えるのそれ?」
「特に問題は無いわ」
「……じゃあ、これからどうすればいいのかそのプランとやらで教えてよ」
「そうね、ここは……プラン3、『全力で武力行使』」
男は視線を感じて足を竦ませた。ああ、即興プラン『なんだか俺忘れられてね?今のうちに逃げられるんじゃね?作戦』は失敗だ。
振り向けないまま、木々の合間に視線を向ける。
「……やりなさい!死なない程度に!」
ああ、これは人形遣いの声だ。せめてあまり痛くしないでください。
「うるせーよ、たまには自分で行けよ」
「んな、上海……メディ?」
「私も嫌よ」
「そんなあ」
なにやら揉めているようだった。私は人形遣いで貴方達は人形なんだから従うのが道理だ、誰が決めたんだそんなの、こっちが人形遣いでそっちが人形でもまるで違和感は無い。口ばかり達者な人形風情が!もうどっちでもいいから早くなんとかしてよ、そうだ今が逃げるチャンスだ!
「あ」
「あーあ…」
逃げられてしまった。今に助けを呼ばれるだろう。
「どーすんのよアリス?」
「プラン2、『ひたすら走れ!逃げろ!前へ!ゴールなど無い!』作戦」
「武力抵抗どーのこーのは?」
知りません。無駄口叩いてる暇があるなら足を動かしましょう。
「とんだチキンガールだ!」
聞こえません。人を罵倒する余裕があるならスタミナを温存しましょう。
「ポイズンガールよ、こいつは元々こういう奴さ!」
さっきから上海がうざったいのです。
魔法の森を抜けた。
「ぜはー、ぜーはー」
「メディ、日頃から運動を怠っているからそんなことになるのよ。こんな時に苦労するんだから」
「なんでそんなに元気なのよう」
「鍛えられてたからね」
氷雪地帯耐久サバイバル鬼ごっことか、パンデモニウム全域サーチアンドデストロイかくれんぼとか。
いま思い出すと、どれも泣きたくなるような思い出だ。夢子さんてば、こういうのに目茶目茶本気出すんだもの。
「……で、これからどうすんの。いつまでも逃げ続けるわけにはいかないわ」
おや、この子は人の話を聞いていなかったのだろうか。
「作戦名復唱!」
「え?えーと、『ひたすら走れ!逃げろ!前へ!ゴールなど無い!作戦』だったっけ?」
「そのとおり。死ぬまで逃げ続ける、それが解決方法よ」
エンディングなんてありません。泣くんじゃない。
「うわあ、一生逃亡生活なんて、嫌だ!」
「メディは一人で戻ってもいいんじゃないの?」
「そしたらアリス、上海人形を見捨てて自分だけ助かろうとするでしょ!」
「犠牲はつきものよ……何事にもね」
そして上海は私の足元にうずたかく積まれる屍の1ピースとなるのだ。
「とにかく、それだけは認められないわ。他の方法で、全部うまいこと解決するの!」
よくばりさんめ。
「それじゃあ、今はとりあえず逃げる事を考えましょうか。森を抜けたから空を飛びたいところだけど……見つかりやすくなるわね。あえて歩いて行くわよ」
「それはもう疲れた……」
「だらしないわねえ。メディ!それでも我がマーガトロイド人形十字軍きってのエリート隊員なの!?」
「……え、何……笑うとこ?」
いや、ツッコんでほしかった。いつものキレが無いあたり、どうも相当疲れているらしい。
なんとか移動手段を見つけないと……なんとなしに空を見上げると、遠目にもわかるほどスピードを出して飛行する黒い影が見えた。おや、あれは。ちょうどいいところに。
「ヘーイ、タクシー!」
大声で叫んでみた。こちらに気付いてか、黒い影は方向を変えて猛スピードで向かってくる。
「馬鹿っ、あれは魔理沙よ!自分から声掛けてどうすんの!?」
そうそう、それがなきゃあメディじゃない。……あ、魔理沙だ。
「……まさかそっちから呼んでくれるとは思わなかった。自首でもするつもりか?」
急降下して目の前に降り立つ魔理沙。こんなに早く追いつかれるとは思わなかった。ここは丁重にお帰り願いたいところだ。
「すいません、間違えました」
「タクシーと人間を間違えるかよ!?」
「しかし、本当に間違えたものは仕方ないわ。ほら……魔理沙って、ほら……どことなくタクシーっぽいし」
「初めて言われたぞ、それ!」
「きっと、みんな気を使っていたのよ……魔理沙が傷つかないように」
「えっ……?マジか……私ってタクシーっぽかったのか……」
打ちひしがれて震えている、かわいそうだが今のうちに逃げる事にしよう。
「ほらメディ、そーっと」
「先に言わせてもらうけど、うまくいかないよ、これ」
「そんなのわからないわよ?ひょっとしたら自分のタクシーっぽさを反省して自宅に帰ってさめざめと泣くかもしれないし」
「……あ、こら、逃げるな!危うく騙されるとこだった!」
「ほらみたことか」
あーあ。
「どーすんの、もう逃げられないよ」
メディが諦めたように呟いた。
「こーなったら、戦うしかないようね」
面倒だけど。
「うん、来るか!」
箒に飛び乗り空を目指す魔理沙。だが、こちらにはまともに相手をしてやる暇はないのだ。
「じゃん」
「なにそれ」
メディが問う。
「取り出しましたるは、1/8スケールデフォルメ魔理沙人形」
「……それで何するつもりだよ」
空から問いかける魔理沙。それにしても、上から人を見下すのが好きな奴だ。ケムリとナントカ。
「こーするのよ。はい、ばあん!」
爆破。目の前で粉微塵にしてやった。
あんぐり。口を開ける二人。
「あーあ、かわいそうに……目を当てられないほど惨い姿になってしまって、魔理沙……お悔やみ申し上げるわ……」
「な、なんだよ。人形だろ?」
「そんなこと言っていいのかしら?はい、どっさり」
「うわっ!全部私の人形か!?」
「そのとおり。ふふ、これを……」
「おい、やめろ……まさか……」
「Oui!爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破爆破ぁぁぁ!」
「うわああああ!やめろおおおお!」
煙と残骸の向こうに、魔理沙が膝をついているのが見える。自分を模した人形が何百体と目の前で粉々にされるのを見せ、戦意喪失させる新技は成功だ。ハートブレイク!
「さて、行きましょうか」
「うっわあ、えげつないなあ」
「都会のやり方と言ってください」
順調に逃亡を続けていた私達だったが、唐突に終わりを迎えた。
囲まれたのだ。巫女とか、メイドとか、そーそーたるメンバーだ。なんて暇な奴らだろう。
「年貢の納め時ね」
霊夢が言う。年貢踏み倒してそうな奴に言われたくない。
「袋の鼠、と言った所かしら」
咲夜が言う。まともに鼠捕りもできない奴に言われたくない。
「言いたいことはいろいろあるけど、とりあえず斬る」
妖夢が言う。脳みそが鉄でできているのだろうか。
「神奈子様たちを侮辱して、ただで帰れると思ってるんですか?」
早苗が言う。私無神論者なんでぇ。すんませんねえ。
「あらあら、大変な事になってるわねえ」
紫が言う。なんであんたがここにいるんスか。
「もーどーしよーもねーなーあ。首吊る?」
上海が言う。おめーは黙ってて下さい。ガムテープを貼り直しておく。ぺたぺた。
「もう駄目だあ」
メディが言う。諦めて地面に膝を付いてしまっている。
「大丈夫。私の脱出プランはあと、えーと?いくつだったかしら。およそ300残っているから」
私は言う。言ってから気付く。そんなにあったっけ?
ともかくなんとかして逃げたいけれど、この人数分の人形をたっぷりと爆破するのは難儀である。どうしよう。
「……アリス」
メディが私の服の裾を掴む。その表情を見ると、ここでくじけてられないな、と思い直すことができた。
ここまで来たら、やれることは一つしかないじゃあないか。
「……全員ここでぶっ飛ばしてやるわ!かかってきやがれ!ちくしょう!」
やけくそ気味にそう叫んだ。弾が飛んで来た。なすすべもなく私は被弾した。たくさん当たって痛かった。
「勝てるわけねーでしょーに」
地面に仰向けに倒れ、空を見ながら呟いた。多勢に無勢。関係ないはずの紫までどさくさにまぎれて攻撃してきやがった。私に恨みでもあるのだろうか?
上海は奴らに拉致されてしまった。今頃ずたぼろにされていることだろう。流れ弾に当たったメディも、空を見上げながらあーあ、と愚痴をこぼしている。
まあ、今となっては全部どうでもいい。さあ、家に帰ろう。
服に付いた土埃を払い、私は立ち上がった。
帰り道、メディが聞いてきた。
「あんなに大事にしてた上海が奪われちゃって、悔しくないの?」
「確かに上海はずっと傍に置いておいたから勘違いされがちだけど、実際数多くある私の人形の中の一つに過ぎないのよねえ。だからいくらでも代用はきくのよ、ほら」
取り出しましたるは上海人形MK-2。特にどこも変わってないけどMK-2。
「アリスって、人形、嫌いなんじゃないの、実は」
「辛く当たるのは愛情の裏返しだと思って頂戴。ねー、私は上海が大好きだし、上海も私のこと好きよね?」
「寝言は寝て言え、糞マスター」
あれ?
どんな理由であれ、ひとりジェンガだけは絶っっっ対に身認めねぇwwwwwwww
要するに殲滅戦ですよねw
神綺さま何やってんだwww
この空気癖になるなあ
さすが上司になって欲しい幻想人No1です。今決まりました。
メディスンとアリスになにかのなにかを感じる。というかさりげなくメディスン黒い。
メディスンMK-2が生まれてしまうぞ。
素なのか計算なのかわからないボケを繰り出すアリスと
ツッコミに回らざるを得ないメディスンの組み合わせが実にいい。
上海暴走の真の原因はメランコの毒ではなく、魔人アリスの限界を超えた毒電波であることが。
と、言うわけでおお、初めてのアリス一人称での物語ですね。
予想通りの唯我独尊、俺様思考全開だぜ。欲を言えばちょこっとでもいいから可愛げも見せてくれたらなぁ、と。
ま、このまま退かぬ・媚びぬ・顧みぬで突っ走るのが彼女らしいのかな。憎めないのは相変わらずだし。
しっかし自作人形に対してあくまでドライなアリスっていつ見ても新鮮だなぁ。