Coolier - 新生・東方創想話

うみょんげ! 第1話「半人半霊、半熟者」

2010/06/18 07:38:24
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<注意事項>
 妖夢×鈴仙長編です。不定期連載、話数未定、総容量未定。フレキシブルな気持ちでお楽しみください。
 『霧雨書店業務日誌』と『第7回稗田文芸賞』を読まれていた方が楽しめると思います。


<各話リンク>
 第1話「半人半霊、半熟者」(ここ)
 第2話「あの月のこちらがわ」(作品集121)
 第3話「今夜月の見える庭で」(作品集124)
 第4話「儚い月の残照」(作品集128)
 第5話「君に降る雨」(作品集130)
 第6話「月からきたもの」(作品集132)
 第7話「月下白刃」(作品集133)
 第8話「永遠エスケープ」(作品集137)
 第9話「黄昏と月の迷路」(作品集143)
 第10話「穢れ」(作品集149)
 第11話「さよなら」(作品集155)
 最終話「半熟剣士と地上の兎」(作品集158)














    ある宛名の無い手紙


『妖夢へ

 こういう形で伝えるのって、たぶんすごく卑怯なんだと思う。
 でも、口ではきっと、上手く言えないし。
 文章でも、きっと上手くなんて言えないんだけど。
 ずるい私でごめんね。いつもこうだよね。
 妖夢はいつもまっすぐに、私のこと好きでいてくれるのに。
 私はいつも、そんな妖夢のこと、困らせたり傷つけたりばかりで。

 やっぱり私、妖夢に好きになってもらう資格なんて無いんだと思う。
 私、妖夢みたいにはなれないから。

 好き、って言葉、辛いんだ。重いんだ。
 ごめんね、妖夢。こんなこと言って、本当にごめん。
 でも、私、

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 妖夢のこと、好きだよ。
 でも、きっと、私は妖夢を傷つけるから。だから、

 お話の中みたいに、ハッピーエンドがあれば良かったのにね。
 ラブストーリーなら、ふたりが結ばれたところでおしまいだもんね。
 その後のことなんて、考えなくてもいいもんね。
 あの日、妖夢が好きって言ってくれたときが、ハッピーエンドで。
 私と妖夢のお話が、そこで終わっていれば良かったのに。

 ごめんね、ごめんね、本当にごめん。
 妖夢のこと、今はまだ、好きだよ。きっと、好きなんだと思うよ。
 ほら、こんな言い方しかできないんだ。だから、

 ごめんなさい。さよなら。

                                 鈴仙』















うみょんげ!

第1話「半人半霊、半熟者」














      1


 嫌味なぐらいに、季節は夏だった。
 暦の上ではもう夏も終わるはずなのだが、日差しは相変わらず無闇に燦々と地上に熱を降り注ぎ、蝉たちは己の季節を謳歌して喧しく鳴いている。
 人里の中心を貫く通りを行き交う人々は、乾いた暑さにある者は汗を拭い、ある者は涼と水分を求めて茶屋の暖簾をくぐり、またある者は雨の不足の作物への影響を心配しながら歩いていた。

「暑いなぁ……」

 そんな雑踏の中、魂魄妖夢もまた、快晴の空をふと見上げて、額に滲んだ汗を拭った。焼け付くような陽射しが、道の上に妖夢の小柄な影を色濃く落としている。
 その手に携えた買い物袋の中には、買い出しの食料品がぎっしり詰め込まれている。

「全く、これだけ買い込んでも一週間と保たないんだからなぁ……幽々子様ったら」

 主の健啖ぶりを思い、小さくため息を漏らす。そのくせ、冥界の食材はあんまり美味しくないと言うので、妖夢は白玉楼からは遠い人里まで買い出しに来ていたのだった。まあ、主にこき使われるのは今に始まった話ではないので、慣れたものではあるけれども。
 一応白玉楼の家計を握っている身の上としては、その健啖も単なる浪費ならば文句のひとつも言えるのだが、文筆の才にも優れている主は、その旺盛な食欲を活かして幻想郷のグルメガイドなどを書いているのである。しかもそれが結構売れていて、無視できない……というか現状では白玉楼の主要な収入源になっているので、妖夢も何も言えないのであった。

「あとは……お茶っ葉、と」

 買い出しのメモを確かめて、妖夢は呟く。時間には少し余裕があった。お茶っ葉は茶屋で売っている。ついでに冷たいものでも飲んでいこうか、という誘惑にかられたが、慌ててそれを振り払った。自分の仕事は買い出しであって、それが済んだなら迅速に白玉楼に帰るべきである。寄り道は不良のすることだ。
 ただ現実として、買い物袋を握る手にはじっとりと汗が滲んでいた。額から垂れた汗が鼻筋を伝って顎から滴る。常人より体温の低い妖夢にとっては、体感温度も常人より割り増しされているのである。傍らにふよふよと浮かんでいる半霊も茹だり気味だ。
 まだ夕方前の今の時間、人里を行き交う影は専ら里の人間たちだ。夜になれば妖怪の姿ももう少し増えるのだが、今はせいぜいが、角の花屋の店先で風見幽香が何やら店員と話し込んでいるぐらいである。その様をなんとなしに見やっていると目が合いそうになって、妖夢は慌てて視線を逸らした。こんな人里の真ん中で、いつぞやの花の異変のときのように喧嘩をふっかけられてもたまらない。
 妖夢自身は半人半霊であるが、自分が人間側に属している、という意識はあまり無かった。そもそも普段は冥界の幽々子の元で暮らしているわけで、こうして人里に出向くか、博麗霊夢や霧雨魔理沙あたりと異変でやり合わない限り、生きている人間と接する機会はほとんど無い。
 行き過ぎる何人かは、妖夢の近くにふわふわと浮いている半透明の半霊に目を留めるが、皆妖怪を見慣れているのですぐに興味を失う。それはすなわち妖夢も妖怪の類だと思われている、ということだが、妖夢としては別にそれでも構わなかった。どうせ人里で暮らすわけでもないのだ、妖怪と思われたところでさほど困ることはない。
 困るとすれば、たまに子供が半霊にじゃれつこうとすることだった。この炎天下で、半霊が冷たくて気持ちよさそうに見える、というのもあるかもしれない。実際に冷たいのだけれども、この暑さの中では妖夢の精神も緩みがちで、結果として半霊も七割方気体のような状態である。こんな状態の半霊にじゃれついても、すり抜けて転んでしまうだけだ。
 そんな子供をひとりやり過ごして、妖夢は目当ての茶屋の暖簾をくぐった。ちりん、と風鈴が涼やかな音をたてる。店の中は日差しを逃れた客で賑わっていた。店員がぱたぱたとこちらにやってくる。

「いらっしゃいませ。外のお席なら空いてますけれど」
「あ、いえ……」

 お茶っ葉を買いにきただけです、と答えようとする。
 が、不意に近くの席の客が飲んでいる、アイスコーヒーのグラスが目に入った。暑い日に、よく冷えた冷たい飲み物。ごくり、と喉が鳴る。
 いやいや魂魄妖夢、寄り道は良くない。買い物が済んだならまっすぐ帰る、勝手に茶店で涼んでいくなんていうのは従者としてあるまじき――。
 近くの客が、アイスコーヒーのおかわりを注文していた。運ばれていくグラスに注がれた液体に目がいってしまう。喉が乾いているのもやっぱりどうしようもなく現実だった。

「中は相席ならすぐにご用意できますが」
「あ、はい」

 反射的に、そう答えてしまった。訂正しようとするが既に遅く、店員が「かしこまりました」と歩き出す。ここで今さら「やっぱりいいです」とも言えない。――ああ申し訳ありません幽々子様、妖夢は不良になります。内心でそんな懺悔を繰り返しつつ、妖夢はその後に続いた。せめてもの良心として、さっさと飲んでさっさと出よう。そう決める。
 店の中を見渡せば、確かに席はほとんど埋まっている。ひとりで本を読んでいる者、友人同士かお喋りに興じている者。混んでいるのは暑いのもあるだろうが、客がなかなか席を立とうとしないせいでもあるのだろう。茶屋は休息の場所なのだから、むべなるかな。

「こちらでお願いします」

 店員が示したのは二人掛けのテーブル席だった。窓側の椅子に、髪の長い少女がひとり腰掛けて本を読んでいる。涼しげな半袖のブラウスと青いスカート。屋根の下だというのに何故か帽子を被ったままなことが目について、妖夢は椅子を引きながら少女に目をやり、
 少女が顔を上げた。少女のかけた眼鏡越しに、妖夢と視線が交錯して、

「あ」

 先に少女が、驚いたように声をあげた。
 その少女の顔が、眼鏡と帽子を除けば見覚えのあるものだということに気付き、妖夢も一拍遅れて「あ」と声をあげていた。

「妖夢?」
「……鈴仙、さん?」

 鈴仙・優曇華院・イナバ。
 永夜異変、花の異変と、妖夢が動いた異変では何かと縁がある、永遠亭の兎であった。


     ◇


「妖夢も、こんなところで涼んだりするんだ」

 注文したアイスティーが運ばれてくる。それを受け取ると、不意に向かいの鈴仙がそんなことを言う。咄嗟に何か抗弁しようと思ったけれど、あのとき反射的に「はい」と言ってしまったのは事実上誘惑に負けた結果なので何も言い返せなかった。

「暑いもんね、今日」

 そんな妖夢の内心を知ってか知らずか、鈴仙は暢気にそう言って、自分のアイスティーに口をつける。

「おつかい?」
「あ、うん……はい」

 買い物袋を見やりながら、鈴仙が問いを重ねてくる。そのペースに戸惑いながら、妖夢は頷いた。というか、こんなところで鈴仙に出くわすのがまず予想外で、しかも見慣れない格好をしているものだから、どうにも落ち着かない。

「主が食いしん坊だと大変そうだね」

 苦笑する鈴仙に、何と答えていいかわからず妖夢は黙ってアイスティーを飲んだ。少し渋い。

「……鈴仙さんは?」
「私? いつもの……って言っても妖夢は知らないか。師匠の作った薬を売りに来てるんだ」

 彼女が「師匠」と呼ぶのは、永遠亭の薬師であり、永夜異変の主犯のひとりである八意永琳のことだ。妖夢も以前、少しばかり世話になったことがあった。

「今日はあっさり無くなっちゃったから、ちょっと時間潰し。帰ってもいいんだけど、早く帰ったら帰ったでいろいろと面倒だったりするから……」
「面倒?」
「暇ならって師匠が実験台に……あ、いや、何でも」

 主にこき使われる立場なのは、自分も彼女も一緒だった。知ってはいたが、なんとなく親近感を覚えて、妖夢は改めて鈴仙の姿を見やる。花の異変で顔を合わせたときは長袖のブラウスだった気がするが、服装よりも目につく違いはやはり、頭の耳を隠す帽子と、狂気の眼を覆う眼鏡だ。

「ん、これ?」

 妖夢の視線に気づいたか、鈴仙は頭に手をやって苦笑した。

「耳、出してると変に目立つから」
「そんな、気にするほどのことでもないと思いますけど」

 主の友人である八雲紫の式神、八雲藍は九尾の狐だが、人里にもよく姿を現し、顔を合わせたこともある。彼女は人里の豆腐屋で油揚げを買っているときも、特にその尻尾を隠したりはしていなかった。モフモフで気持ちいいその尻尾に、子供たちがじゃれついていたのを覚えている。
 藍に限らず、人里の人間たちは妖怪に慣れている。鈴仙の兎の耳だって、多少目立ちはするだろうが、それで特に奇異の目が集中するということはないだろうと思うが。

「いや、こっちにも事情があってね、うん」

 首をすくめて、鈴仙は眼鏡の位置を直す。その仕草を見ていると、不意に鈴仙と眼が合った。
 まずい、と反射的に思う。鈴仙の赤い眼は狂気を操る眼だ。直視してしまうとしばらく幻覚が抜けなくなるのは、妖夢は身をもって知っていた。永夜異変のあとしばらく、それで永遠亭のお世話になったのである。
 慌てて目をそらした妖夢に、「あ、大丈夫だよ」と声がかかった。

「眼、見ても平気だよ?」
「え?」
「ほら」

 ずい、と顔を寄せて、鈴仙は妖夢の顔をのぞき込んだ。急に鈴仙の顔が間近に迫って、妖夢はたじろぐ。視界には鈴仙の赤い眼。狂気の波長を操るその瞳――。

「あれ……ほんとだ」
「でしょ?」

 けれど、その目を見てしまっても、以前のように世界がぐらぐら揺れたり、何か不定形のものが視界をゆらゆらと埋め尽くしたり――というようなことは、いつまで経っても起こらない。
 眼をしばたたかせた妖夢に、鈴仙は少し自慢げに眼鏡のフレームを軽く叩いた。

「師匠謹製、波長矯正レンズ。人里に出るときのために師匠が作ってくれたの。眼を見るたびに狂気に落としてたら、仕事にならないしね」

 それは全くもってその通りだ。妖夢はなるほどと頷く。

「そんなものまで作れるんですね」
「師匠だって、別に薬しかつくれないわけじゃないもの」

 だからといって鈴仙の能力を封じる眼鏡を作れるかどうかは別だろうが、さすがは宇宙人、妖夢の常識の埒外にいる。
 しかし、と妖夢はアイスティーに口をつけながら思う。トレードマークの耳を隠して、眼鏡をかけて文庫本を読んでいる鈴仙の姿は、まるで人間と変わらない。だから妖夢も、その顔を見るまで気づかなかったのだが。

「……変かな?」

 妖夢の視線をどう受け止めたのか、鈴仙が不意に首を傾げた。

「あ、いや、そういうわけじゃ」

 慌てて妖夢は首を振る。見慣れなくて戸惑ったが、決して変ではない。むしろ――。

「それはそれで、似合ってる……と、思います」
「そう? えへへ」

 ちょっと照れくさそうに鈴仙は笑った。その笑顔がなんだか眩しくて、妖夢は視線を落としてアイスティーをすする。なんだか冷たいばかりで味がよくわからなかった。
 小さく息をつくと、ふと鈴仙が先ほどまで読んでいた文庫本のタイトルが目に入る。『雪桜の街』。覚えのあるタイトルだった。確か、何年か前に賞を取った小説である。妖夢自身は読んだことはなかったが、幽々子がその賞の選考委員を努めているので記憶に引っかかっていたのだ。確か恋愛小説だったと思う。
 鈴仙もそういうものを読むんだ、と少し意外に思う。何が意外なのかは、妖夢自身にもよく解らなかったが。
 と、鈴仙はその本を少し慌てたように鞄に閉まう。妖夢が顔を上げると、鈴仙の顔にはなんだかばつの悪そうな苦笑が浮かんでいた。別に、恋愛小説を読んでいることぐらい、恥ずかしがるようなことでもないと思うのだが。

「あ、別に本、読んでていいですけど」
「いやいや、本はいつでも読めるし。あはは」

 頬を掻いて鈴仙は困ったように笑う。

「私はすぐ出ますから、気にしなくていいです」
「え? そんな急がなくてもいいじゃない。外、暑いし」

 窓の外を鈴仙は見やる。相変わらず、じりじりと焦げ付くような陽射しが里の家並みを照らしている。蝉の鳴き声は茶屋の中にまで響いていた。

「あんまり長々と寄り道をしているわけにもいきませんから」
「真面目だね。……でもないか、寄り道してるんだから」
「う……いやこれはその」

 痛いところを突かれて唸った妖夢に、鈴仙はどこか楽しげに笑った。

「な、なんですか」
「ううん、何だかこういうのも新鮮だなって」
「新鮮?」
「ほら、うちの師匠や姫様と、妖夢のとこって、あんまり相性よくないじゃない」

 ああ、と妖夢は頷く。いつか幽々子が言っていた。死なない人間は天敵、と。
 永遠亭の八意永琳や蓬莱山輝夜は不老不死の存在だ。死を操る幽々子にとっては、その能力が通じないという意味で、確かに天敵に違いない。それもあってか、永遠亭との交流は今までもほとんど無かった。

「だから妖夢とも、そういえばあんまり面と向かって話したこと無かったなぁって」
「そう……ですね」

 グラスを傾けようとして、空になっていることに気付いた。
 飲み終わったら出よう、と思っていたのだ。だけども、

「あ、店員さん。アイスティーおかわりふたつ」

 それに気付いたか、鈴仙が先に手を挙げてそんなことを言った。見れば鈴仙のグラスも空になっている。……ふたつ?

「れ、鈴仙さん?」
「まあまあ、飲み終わったから帰るなんて言わないで」
「そ、そう言われても」
「もう注文しちゃったし。ね?」

 ウィンクする鈴仙に、妖夢はため息をついて浮かせかけた腰を下ろした。
 ――席を立ってしまうのが少し惜しいと感じていた事実を、内心で軽く訝しみながらも、目の前の鈴仙の邪気のない微笑みに、何だか妙に照れくさいものを感じていた。


     ◇


 で。
 茶店を出る頃には、日も少し傾きつつあった。ゆっくりしすぎてしまった、と後悔しても遅い。こんな時間になってしまっては、寄り道していたことはもはやばればれである。
 その原因は専ら、隣にいる鈴仙なのだけれども――話し込んでしまったのは自分の責任でもあるわけで、そもそも茶店で鈴仙とでくわしたこと自体偶然の産物なのだから、鈴仙に文句を言う筋合いは無かった。

「それじゃ、私はこっちだから」
「あ、はい」

 角で不意に鈴仙が言い、妖夢は振り返る。迷いの竹林と冥界は方向が逆だ。この十字路でお別れになる。

「なんだか引き留めちゃったみたいになってごめんね」

 というか、事実引き留められたのだが、何故かそれを責める気にはなれなかった。

「いえ、こちらこそ……」
「楽しかったよ」

 鈴仙はそう言ってウィンクする。その笑顔になんだか照れくさいものを覚えて、妖夢は思わず視線を逸らした。

「じゃあ、ばいばい」
「はい、さようなら」

 手を振りあって、鈴仙は踵を返し、「――あ、そうだ」と足を止め、もう一度振り返った。

「なんですか?」
「いや、その口調。ずっと気になってたんだけど」
「え?」
「別に敬語じゃなくていいのに」
「あ、いや――」

 急にそんなこと言われても。戸惑う妖夢に、鈴仙は数歩歩み寄って、その顔をのぞき込んだ。

「鈴仙、でいいよ。妖夢だけ敬語って何か落ち着かないし」
「え、ええと――」
「鈴仙。はい復唱」
「れ……鈴仙」
「よろしい」

 笑って、鈴仙は頷く。れいせん、と口の中だけで妖夢はもう一度繰り返し、なんだか猛烈に照れくさくなって顔を伏せた。別に呼び捨てで呼ぶことなんて大したことではないはずなのに、どうしてこんなに気恥ずかしいのか、自分でもよく解らない。やっぱり、鈴仙の狂気の眼の影響を受けてしまっているのかもしれない――。

「じゃあ、またね、妖夢」
「あ、はい……じゃなくて、うん、また」

 言い直した妖夢に、鈴仙は満足げに笑って、それから改めて踵を返して小走りに立ち去っていく。その背中をぼんやりと見送って、妖夢はひとつ息をついた。

「……また?」

 別に、次に会う約束をしたわけでもないのに、何故か自然とそんな別れの挨拶を口にしていた。その理由も、やっぱりよく解らないままで。
 もやもやとしたものを抱えたまま、自分も帰ろう、と妖夢は顔を上げる。暑さはすでに通り過ぎて、青さの薄らぎつつある空を見上げて――ふと、肝心なことを思い出した。

「あ……お茶っ葉買うの忘れてた」


     ◇


「ただいま戻りました」

 抱えていた買い物袋を白玉楼の玄関に下ろして、妖夢はようやく一息つく。毎度のことだが買い出しの量は多く、人里は白玉楼から遠い。一応鍛えている身だからそこまで大変でもないが、これがまた数日で主の胃袋に消えるのだ、ということを考えるとこっそりため息もつきたくなるものである。
 靴を脱いで上がると、台所の方から炊事を任されている幽霊がやってきて、買い物袋を回収していった。ねぎらうように肩を叩かれて、妖夢は曖昧に笑って返す。
 白玉楼には妖夢の他にも何人かの幽霊が住んでいて、炊事や掃除や洗濯をそれぞれ担当している。家事全般をなにもかも妖夢がやっているわけではないのだ。もちろん妖夢もそれぞれ手伝いはするが、あくまで妖夢の仕事は庭師と主への剣術指南である。もっとも妖夢自身がまだまだ未熟である上、主は剣術を身につけなくとも充分すぎるほどに強いので、後者の仕事はあまり必要とされていないのだが。
 妖夢以外の幽霊たちは半人半霊の妖夢と違い、いかにも幽霊という姿形をしていて、人間たちとは直接のコミュニケーションも難しかったりする。そんなわけで、買い出しはもっぱら妖夢の仕事なのだった。

「幽々子様?」

 主の姿を探して、妖夢は座敷をのぞき込む。しかし、幽々子の姿は無かった。縁側や庭にもいないし、台所でつまみ食いしているわけでもなかった。となると――。

「あ、やはりこちらでしたか。ただいま戻りました」
「あら妖夢、戻ってたのね。おかえり~」

 主は書斎にいた。文机に向かい、筆を走らせながら顔を上げて笑う。原稿中だったようだ。道楽ではなく、それによって収入がある以上、主の書き物は立派な仕事である。邪魔はいけない、と妖夢は辞去しようとしたが、

「遅かったわね~?」

 時計を見上げた主の言葉に、思わず硬直した。

「あ、いえ、その」
「どこかで寄り道でもしてたの?」

 図星である。幽々子様には何でもお見通しだ、と妖夢はため息。「……申し訳ありません」とうなだれると、「あらあら、別に怒ってはいないわよ~」と幽々子は楽しげに笑った。

「暑かったから、茶店で涼んできたとか、そんなところかしら~?」

 主の言葉が正確無比に事実を言い当てるのも、今更驚くようなことではなかった。大抵の異変について、幽々子はこの屋敷から動くことなくその本質を見抜いているようだ。ようだ、というのは、その本質について妖夢が尋ねても、曖昧な答えしか返ってこないから、妖夢としては「幽々子様は全部解っているらしい」ということしか解らないからなのだが。

「……その通りです、申し訳ありません」
「だから別に責めてはいないわよ~。人里は遠いし、少しの寄り道ぐらいはね」

 幽々子は苦笑して、妖夢の顔に眼を細めた。

「それより、何か買い出しの途中でいいことでもあったのかしら?」
「えっ?」
「なんだか楽しそうな顔してるわよ~」

 含み笑いをする幽々子に、妖夢は喉を鳴らして押し黙る。自分はそんな緩んだ表情をしていたのだろうか、と頬に触れてみたが、自分ではよく解らなかった。

「いえ、別にそんな……」
「あらあら、そう?」

 幽々子の意地の悪い笑みに、妖夢はたじろぐ。そんな従者の反応に、幽々子は鈴を鳴らしたように笑った。

「え、ええと、夕餉まで私は庭の手入れをしていますので、何かありましたらお声をかけてください」
「はいはい、了解~」
「失礼します」

 ぺこりと一礼して、妖夢は書斎を辞する。廊下に出て襖を閉めて、はあ、と大きく息をついた。なんだか逃げるような格好になってしまったが、何から逃げたのかは自分でもよく解らなかった。
 ――自分はそんなに楽しそうな顔をしていたのだろうか?
 庭へ向かう途中、洗面所の鏡をのぞき込んでみた。そこにあるのはいつもの自分の顔でしかない。ぺたぺたと触ってみるけれど、何が違うのかはやはり解らない。
 ただ、そんな風に見られる原因の心当たりは、ひとつしか思い当たらなかった。
 鈴仙・優曇華院・イナバ。茶店でたまたま出くわした、永遠亭の兎。見慣れない彼女の格好と、交わした何気ない言葉。そして――「鈴仙」と呼ばせて、「またね」と彼女は言った。

「またね……かあ」

 今日の買い出し分が尽きれば、また人里に買い物に出かけることになるだろう。とはいえ今日、鈴仙と出くわしたのはたまたまでしかないわけで、次の買い物のときにまた会う約束をしたわけではないし、あんな偶然がまたあるとも思えない。
 そうは、思うのだけれども。

「……鈴、仙」

 その名前を呟いてみると、なんだか急に気恥ずかしさを覚えて、妖夢はぶんぶん首を振った。
 何だろう、このもやもやは。

「ああもう、だめだ、こんなんじゃ」

 息をついて、洗面所を出て庭に向かう。縁側から庭に降りたって、腰に差した刀を抜いた。白楼剣。迷いを断ち切るその刃を構えて、眼を閉じる。
 心を研ぎ澄ませろ。明鏡止水、明鏡止水――。
 瞼を開く。刃を一閃。その斬撃は、しかし何も捉えない。虚空を斬り裂くだけだ。
 雑念が多すぎる。だから自分は未熟者なのだ。それは解っていても、祖父のような境地にはなかなかたどり着けない。刃に映る自分の顔に、妖夢はもう一度ため息をついた。








      2


 一週間後。
 相変わらず、燦々と夏の陽光が照りつける人里で、妖夢はまた重たい買い物袋を手に歩いていた。結局、先週の買い出し分は綺麗に一週間で無くなった。その間にも取材と称して、何度か主の気ままな食べ歩きに付き合わされたというのに、である。
 趣味と実益が噛み合っているだけ、幻想郷のグルメガイド執筆というのは、幽々子にとっては天職なのかもしれないが、付き合わされる妖夢もついつい食べ過ぎてしまうのが悩みどころだった。半分幽霊とはいえ、半分人間であることに変わりはない。亡霊の主と違って食べすぎは身体に悪いのだ。まあ、日頃から相応に身体を動かしているから、カロリーはちゃんと消費しているはずだが。
 建物の日陰に入って、妖夢は立ち止まりひとつ息をつく。買い物袋を傍らに一度下ろして、手巾で額の汗を拭いた。普段から涼しい冥界の気候に慣れているとこれだ。もう少しこっちの暑さに慣れておいた方がいいのかもしれない、とそんなことを思い。

「……ん?」

 不意に視線を感じて、妖夢は振り向く。
 小さな男の子がひとり、じーっと妖夢を興味深げに見上げていた。妖夢は一度目をしばたたかせて、それから気付く。男の子の視線が向いているのは自分ではない。半霊だ。
 ふわふわと自分のそばに浮いている、半透明の半霊は、白くひんやりとした気配をまとっている。先ほどまで暑さで拡散しかけていたが、日陰に入ったことで少し元気を取り戻していた。
 興味津々、という表情で、男の子はじーっと半霊を見上げる。う、と妖夢はたじろいだ。
 子供の相手は、正直に言って苦手だった。人里を歩いていると、半霊にじゃれつこうとする子供はときどきいるのだが、そういうときはさっさと逃げることにしている。とかく人間の子供というのは、何をしてくるか予想がつかないのだ。

「あ、そう、あと油揚げ、買っていかないと」

 わざとらしくそう口に出して、妖夢は置いていた買い物袋を持ち直す。三十六計逃げるにしかず。とりあえずこの場はやり過ごすべきだった。半霊にしがみつかれてもたまらない。
 そう思って歩き出そうとしたのだが――子供の方が一瞬早かった。
 ふわふわと浮かぶ半霊の、尻尾のように伸びた先っぽに手を伸ばして、飛びかかったのだ。

「わっ――」

 半霊とは感覚が繋がっている。驚いて妖夢は、思わず半霊を引っ込めた。男の子の伸ばした手から、するりと半霊がすり抜ける。そのまま、飛びかかる対象を失った男の子は、ずべしゃ、と盛大に前のめりに地面に転んだ。
 硬直。地面に突っ伏した男の子の姿を、妖夢は半ば茫然と見下ろす。
 むくり、と男の子が顔を上げた。びくりと身を竦めた妖夢の目の前で、彼は一度立ち上がって、けれどすぐに膝を押さえてしゃがみ込んだ。
 見れば、転んだ拍子にすりむいたのだろう、じわりと血が滲んでいる。
 これって自分のせいだろうか。かなりの確率で自分のせいのような気がする。

「だ、大丈夫?」

 慌てて妖夢はしゃがみ込む。男の子とは妖夢の顔を見上げて、じわりと目尻に涙が浮かんだのをぐっと噛み殺すように唇を噛んだ。痛いらしい。
 困った。傷の手当てをする道具など妖夢は持ち合わせていないし、かといってこの場でこうしていてもどうしようもない。男の子に泣き出されてしまったら本当に妖夢にはお手上げだった。助けを求めるように妖夢は視線を巡らし、

「転んだの? それなら傷口洗って、消毒しないと」

 天の助けのような声が、頭上から響いた。
 妖夢の背後から、白いブラウスの影が男の子に歩み寄ってかがみ込む。長い髪がさらりと、妖夢の目の前で揺れた。被ったハンチング帽から、何かが後頭部にはみ出している。

「よしよし、泣かないの。男の子なんだから、ね?」

 男の子の頭を撫でて、その影はきょろきょろと視線を巡らす。そして一点に目を留めて、それから視線だけで妖夢の方を振り返って声をあげた。

「ね、そこの井戸からお水汲んできてくれないかな」
「あ、は、はいっ」

 慌てて立ち上がり、妖夢は井戸に駆け寄る。桶を引き上げて組み上げた水を運ぶと、「ありがとう」と受け取った少女は眼鏡の奥の目を細めて微笑んだ。それから少女は手にしていた鞄から何やら取り出して、手際よく男の子の傷口を洗い、消毒し、絆創膏を貼っていく。

「はい、これでよし。よく泣かなかったね、偉い偉い」

 少女が頭を撫でると、男の子はごしごしと目を擦って、「ありがとう、おねえちゃん」と笑った。「もう転ばないように気を付けるんだよ」と声をかける少女に手を振って、男の子はぱたぱたと走り去っていく。
 それを見送って、やれやれと息をつき、少女はゆっくり立ち上がり。

「ありがとね、妖夢」

 こちらを振り返って、鈴仙・優曇華院・イナバはまた、優しく微笑んだ。

「あ、い、いいえ……」

 妖夢は慌てて首を振る。というか、あの男の子が転んだのはそもそも自分のせいだ。

「こ、こちらこそ、すみません。ありがとうございました、鈴仙さん」

 ぺこり、と頭を下げる。と、不意に鈴仙が頬を膨らませて、数歩こちらに歩み寄った。

「名前」
「え?」
「この前、呼び捨てでいいって言ったのに」

 ――ああ、そういえばそうだった、と今さらのようにそのことを思い出す。
 どうにも異変で弾幕りあうとき以外は、敬語で他人に接する癖がついてしまっているのだ。

「あ、いえ、その……鈴仙さん」
「れ、い、せ、ん」

 妖夢の鼻先に指を突きつけて、一文字ずつ区切るように鈴仙はそう言う。
 そんな、さん付けで呼んだからって睨まないで欲しいと、妖夢としては思うのだけれども。

「れ、……鈴仙」
「そうそう、それでいいの。私は永遠亭の、妖夢は白玉楼の従者。立場は一緒なんだから」

 満足げに頷いて、それから鈴仙はハンチング帽を被り直して、改めるように笑いかける。

「というわけで、久しぶり。……でもないか。一週間ぶりだね」
「あ――はい、じゃなくて、うん」

 答えながら、偶然ってあるものなんだなぁ、と妖夢はなんとなく思った。
 一週間前と今と、こうしてたまたま、人里で鈴仙と出くわす。
 それが一体、どの程度の偶然なのかは、よく解らないけれど。
 ――こうしてまた、人里で鈴仙と顔を合わせている、ということを。
 どこか嬉しく感じている自分がいることに、妖夢は気付いていた。


     ◇


 しかし、得てして物事というのは種を明かしてしまえば拍子抜けするものだったりする。
 例えば、偶然だとばかり思ったことが、全く珍しくも何ともなかったりとか。

「妖夢のことなら、今までもときどき見かけてたよ」
「……え、そうなの?」

 何となくそのまま、並んで歩く道すがら。また会った偶然について妖夢が口にすると、鈴仙からはそんな答えが返ってきた。目を見開く妖夢に、鈴仙は苦笑する。

「あ、やっぱり妖夢、気付いてなかったんだ」
「う、ごめんなさい、全然気付かなかった……」

 人里に来たのは別に先週が初めてではない。鈴仙がよく人里に薬を売りに来ていたのなら、確かに何度かすれ違ったりはしていたのだろう。人里もそう広くはないのだから、全く出くわしていない方がむしろ不自然なのである。

「ま、私はこの格好だから、気付かなくても当たり前だし、気にしなくていいよ」

 耳を隠すハンチング帽を指して、鈴仙は言う。鈴仙の見た目の最大の特徴は、やはりその長い兎の耳だ。それを帽子で隠した上に、眼鏡までかけているのだから、ぱっと見で鈴仙だと気付かないのは当然といえば当然かもしれない。先週だって、間近で顔を見てようやく気付いたのだ。

「妖夢は変わらない格好だから、すぐ解ったよ。刀とか半霊とか目立つし」
「それはまあ……そうです、じゃなくて、そうだよね」

 ついつい敬語が出そうになる。言い直す妖夢に、鈴仙はまたひとつ苦笑する。

「実は前から、気付かれないかなー、とは密かに思ってたりして」
「え?」
「妖夢がいつ気付くか、ちょっと楽しみにしてたんだ」
「え、えええ?」

 急にそんなことを言われて、妖夢は慌てる。自分の知らないうちに何か試されていたようで、落ち着かなくなる。いったい何を試されていたのだろう。注意力だろうか。

「いつも重そうな買い物袋持ってて、大変そうだなー、とか思ったりしてね」
「いやまあ、これは……」

 手にした買い物袋を見下ろす。今日もぎっしり、すっかり重たくなっている。これがまた主の胃袋に一週間で消えるのだ。亡霊は夏バテなどとは無縁なのである。

「だから、先週はびっくりしたよ。まさかあんな形で気付かれるとは思わなかったし」
「それは私も……あんなところで出くわすなんて思わなかった」

 今日の再会が偶然でないとしても、先週のあれはやはり紛れもない偶然だったのだ。幻想郷は狭い、とは言うものの、やっぱりそうあることではないだろう。

「あの後、妖夢は寄り道怒られたりしなかった?」
「あ、ううん、幽々子様は別に……」

 不意に心配げに尋ねられ、妖夢は首を振る。そっか、と安心したように鈴仙は息を吐いた。

「それなら良かった。怒られてたら私のせいだから、ちょっと気になってたんだ」
「いや、鈴仙のせいじゃないから。それにその、ええと」
「うん?」
「私は……先週のあれは、その、楽しかったから」

 どうしてか、それだけのことを伝えるのが、ひどくつっかえつっかえになってしまった。
 そう――楽しかったのだ。茶店で鈴仙と顔を合わせて、冷たいものを飲みながら、ひととき何てことのない会話を交わした、という、それだけのことが。
 口にしてみて、何かがすとんと妖夢の胸に落ちた気がした。
 ああ、そうか。自分は楽しかったんだ。楽しかったから――楽しみだったんだ。
 人里に来て、また鈴仙と顔を合わせることが。
 こんな風にまた、鈴仙と言葉を交わせることを、楽しみにしていたんだ。

「そ、そう? あはは、何か改めてそう言われると照れくさいかも……」

 鈴仙は困ったように頬を掻いて、それから数歩妖夢の先に足を踏み出した。
 ふわり、と鈴仙の膝元まで伸びる長い髪が、妖夢の目の前で揺れる。
 照りつけるような陽射しの下で、その淡い紫色が暮れ始める空の色のように眩しかった。

「――あ、そうだ、鈴仙」

 ふとそこで、ひとつ気になることを思い出して、妖夢は声をあげる。

「なに?」
「さっき、子供の手当てしたとき、使ってた薬って――売り物じゃなかったのかな」

 薬を売りに来ている、と鈴仙は言っていた。そして鈴仙は、子供の手当てをしていたとき、傷口に消毒薬や、軟膏のようなものをつけていたのを妖夢は見ている。

「あ、あれは別に、気にしなくていいよ」

 鈴仙は苦笑して首を振るけれど、売り物だったのだ、とその反応で妖夢は悟った。
 そしてあの子供が転んで怪我をしたのは、元を質せばだいたい妖夢のせいである。
 妖夢はポケットから財布を取り出した。買い出し用ではなく、自分の小遣い用の財布である。もっとも、普段からあまり使うことはないのだけれど。

「使っちゃったら、売り物にならないよね。私が買うから」
「え? いいよそんな、妖夢が気を遣ってくれるようなことじゃ――」
「あの子が怪我したの、私のせいみたいなものだし。ええと、いくら?」
「本当に、ああいう使い方は師匠も何も言わないからいいのに……」
「私の気が済まないんだ。あのままだと、私はおろおろしてるだけだったし」

 優しく子供に声をかけ、てきぱきと治療した鈴仙の姿を思い出す。永遠亭で患者の相手をして身につけたものなのだろうけれど、妖夢にはとても真似はできない。
 何より、その動作のひとつひとつに滲むいたわりが、妖夢には眩しく見えた。

「あの子の感謝の分も、私が払うよ」
「うーん、参ったなあ……そこまで言うなら、もらっておこうかな」

 鈴仙はぽりぽりと頭を掻いて、値段を告げた。そんなに高価ではない。妖夢が小銭を手渡すと、「毎度ありがと」と苦笑して鈴仙は鞄から、消毒薬と軟膏を取り出す。

「じゃあ、これ。妖夢が怪我でもしたら、使ってね」
「あ、うん」

 半分人間である以上、妖夢は怪我もするし、妖怪ほど治りも早くない。人里に売りに来ている以上、人間用の薬なのだろうから、自分にも効くだろう。さすがに主には効かないだろうが。

「というわけで、今日はこれにて完売なのでした」
「え、そうだったの?」
「そう。だから妖夢が今日最後のお客さんだね。ふふ、ありがとね」

 悪戯っぽく笑って、鈴仙は妖夢の顔を覗きこむように目を細めた。う、と妖夢は思わずたじろぐ。いや、鈴仙は今は眼鏡をかけているのだから、その目を直接見てしまっても平気なのだけれども、その赤い瞳に見つめられると、何だか妙に落ち着かない――。

「れ、鈴仙は――やっぱり、優しいよね」

 その戸惑いを隠すように、妖夢は慌ててそんなことを口にしていた。
 それは、妖夢の正直な感想だった。あの子供への対応ひとつとってもそうだし、病院代わりのようなことをしている永遠亭の手伝いを普段からしているわけだから、やっぱりそこには、ある種の優しさがないと務まらないだろう、と妖夢は思う。
 好き勝手、自分本位な者が多い幻想郷の妖怪の中で、そういう意味で鈴仙はお人好しというか、思いやりのある部類に入るのではないかと思うのだ。

「……優しい? そうかな」
「う、うん。……私は、そう思う」

 首を傾げた鈴仙に、妖夢は頷く。転んだ子供に、すぐにあんな手際よく手当てをして、いたわりの言葉をかけて見送るなんて、優しくなければ出来ない。
 妖夢は、疑う余地もなく、そうだと思うのだけれど。

「――そんなこと、ないよ」

 不意に視線を逸らして、鈴仙はそう、聞き取れないほどに微かな声で呟いた。
 一瞬、聞き間違いかと思って妖夢が目をしばたたかせると、次の瞬間にはもう、鈴仙はまたこちらを向いて微笑んでいた。その微笑に、妖夢は数度瞬きする。……今のは自分の見間違いだろうか? いや、だけどそれにしては――。

「それより、妖夢の買い出しはもうおしまいなの?」
「え? あ、ええと――あと、豆腐屋で油揚げを買えば終わり、かな」

 浮かんだ疑念を深く考える間もなく、鈴仙が言葉を続けてくる。そこで、買い出し自体がまだ途中だったことを妖夢はようやく思い出した。

「油揚げ?」
「来客用なんだ」

 主に八雲藍用である。彼女が白玉楼に来るときはとりあえず油揚げだ。

「そっか。じゃあ、先週みたいに少し時間あるのかな」
「え? ええと――」

 それはひょっとして、寄り道のお誘いだろうか。妖夢は小さく唸る。確かに先週は幽々子には怒られなかったけれど、少しぐらいの寄り道なら構わないとは言われたけれども――。

「やっぱりまずい?」
「あ……いや、少しならたぶん、大丈夫」

 思わずそう答えてしまったのは、やはりきっと、先週のあの時間が楽しかったからだと思う。
 そんな答えに、「あ、ホント?」と鈴仙は笑って、また妖夢を覗きこんだ。

「じゃあ、買い物済んだらちょっとだけ、いいかな。妖夢に確かめたいこと、あるんだ」
「確かめたいこと?」

 問い返した妖夢に、鈴仙はただ黙って意地の悪い笑みを浮かべた。







      3


 霧雨書店は、人里にある一番大きな書店だ。
 元々は大手道具屋の霧雨店の書籍コーナーが分離独立したものだそうで、幻想郷で出版される本の大半はここに来れば手に入る。何年か前からパチュリー・ノーレッジらが推進している幻想郷文芸振興計画だか何だかで、本の出版点数は幻想郷でもここ数年増え続けていた。
 寺子屋のあるおかげで、昔から人里の識字率は高いし、妖怪も読み書きは普通に出来る者が多い。天狗の新聞や稗田家の幻想郷縁起などで出版物そのものには馴染んでいた幻想郷で、出版と読書が流行するのは必然の帰結かもしれなかった。
 そんなわけで今も店内には、並ぶ背表紙を眺めたり平積みの本を手に取っている客の姿が何人もある。店頭には今月のベストセラーランキングが張り出されていた。ランキングの3位に西行寺幽々子『食いだおれ幻想郷3 究極と至高の支那そば』のタイトルがあるのを見て、妖夢としては嬉しい反面、少し複雑な気分でもある。

「鈴仙?」
「こっちこっち」

 先を歩く鈴仙に促されて、妖夢も扉をくぐって店内に足を踏み入れる。独特の本の匂いがこもる静かな店内。店内には気分の落ち着くバイオリンの音色がゆったりと流れている。妖夢には馴染みのある音色だ。騒霊楽団のルナサ・プリズムリバーのソロ演奏だろう。

「前に見つけたときから、気になってたんだよね」

 あったあった、と鈴仙は平積みの一角を指差す。妖夢もそれを覗きこんで、

「うえ」

 思い切り変な声をあげてしまった。そこにある本の表紙に、見覚えがありすぎたからだ。
 表紙に書かれている作者名とタイトルは、魂魄妖夢『辻斬り双剣伝』。
 ――作者名の通り、半年ほど前に妖夢の出した本である。

「あ、やっぱり妖夢の本なんだ」

 妖夢の反応をどう思ったのか、鈴仙は平積みにされていたその本を手に取る。

「ちょ、ちょっとれ、鈴仙さん、止めてください――」
「どうして? ていうか、だから敬語」
「あう、いやその、どうしてと言われても……」

 まごついて口ごもる妖夢に、鈴仙は不思議そうに首を傾げた。
 確かに『辻斬り双剣伝』を書いたのは自分である。祖父・妖忌の生涯を題材に、謎の多い部分を想像で補った、半分伝記で半分小説のような、よくわからない本だ。
 幽々子に何か書くことを勧められ、祖父から昔聞かされた武勇伝を脚色したものを習作のつもりで書き、幽々子の指導でそれを手直しして出来たのが『辻斬り双剣伝』だ。妖夢としてはあくまで習作であり、出来上がっただけで満足していたのだが――いつの間にか出版されることになってしまっていたのには参った。妖夢は「出版されるレベルじゃないので」と必死に抵抗したのだが、主に「いいじゃない~」と言われてしまっては抗えるはずもなかったのである。

「うちの姫様が読んだって言ってたよ」
「え?」
「ちょっとお行儀が良すぎるけど、フィクション部分は悪くないって」

 思いがけないところから感想が飛んできて、妖夢は思わず目を白黒させる。
 永遠亭の姫様といえば蓬莱山輝夜である。そんなところに読まれていたのか。

「私はあんまり、こういうのは読まないんだけど」

 ぱらぱらと鈴仙はページをめくる。何だか猛烈に気恥ずかしくて、妖夢は顔を伏せ、

「よし、じゃあ買っていこ」

 と、鈴仙がポケットから財布を取り出して、そんなことを言い出した。

「れっ、鈴仙さ――鈴仙、や、止めてー!」

 小脇に『辻斬り双剣伝』を抱えてレジに向かおうとする鈴仙を、妖夢は必死に止める。

「妖夢?」
「あ、いやその、そんな大したものじゃないですから、その――」

 未熟な作品だというのに出版されてしまって、幽々子の本と変わらない値段で売られている、ということが、妖夢にとっては何か非常に申し訳ない気分なのだ。自分の書いたものなんかより、例えばそう、第2回稗田文芸賞を獲った幽々子の『桜の下に沈む夢』なんかの方が数倍、数十倍、数百倍優れた素晴らしい本だというのに――。

「……営業妨害ですか?」

 と、険のある第三者の声がかかり、妖夢は振り返る。《霧雨書店》のロゴが入ったエプロンを身につけ、ハタキを手にした妖怪の少女が、軽くこちらを睨んでいた。店員らしい。

「あ、いえ――」
「店内ではお静かにお願いしますね」

 朱鷺色の羽を揺らして、店員の少女は客のいない棚にハタキをかけている。
 その背中を何となく見つめていると、いつの間にか鈴仙が脇をすり抜けて、レジに『辻斬り双剣伝』を差し出していた。「うあ」と妖夢は呻くが時既に遅し、である。

「れ、鈴仙――」
「さっきのお礼、ね」

 代金を支払いながら、鈴仙はそう微笑む。妖夢は目をしばたたかせた。

「ほら、薬買ってくれたでしょ?」
「あ、あれは私のせいだから、その」
「これでおあいこ、貸し借りなしってことで。ね?」

 袋に詰められた本を受け取って、鈴仙は笑う。妖夢としては気まずいばかりなのだが。
 この書店に並んでいるたくさんの本の中でも、かなり未熟な部類に入る作品なのは間違いない。それを鈴仙に読まれるというのは何というか、こう――困る。

「帰って読むの、楽しみにしておくね」
「……お、面白くなかったら、ごめん」
「自分の本なんでしょ? 自信持てばいいのに」
「いや、私の本なんかより、幽々子様の本の方がずっと――」

 言いながら妖夢は、文庫本の棚を目で探す。見慣れたその背表紙はすぐ見つかった。
 西行寺幽々子『桜の下に沈む夢』。

「あ、それ読んだ。いい作品だよね」
「し、知ってたんだ」
「グルメガイドの方は読んでないけど。ごめんね」

 苦笑する鈴仙に、妖夢も思わず苦笑を返す。
 幽々子に、小説の著作は多くない。処女作の『桜の下に沈む夢』で稗田文芸賞を獲ったけれど、その後に出したのは『春宵草紙』と『蝶』の二作品だけだ。最近はもっぱら、グルメガイド関係の書き物ばかりしていて、小説はとんとご無沙汰である。グルメガイドの方が世間的には人気がある、というのはあるのだろうけれども――妖夢としては、主にはもっと小説を書いてほしいと思う。
 作家・西行寺幽々子の一番のファンは、魂魄妖夢なのだ。従者としての贔屓目無しに、幽々子の詩的で優雅な文体と、そこから紡がれる繊細な物語は本当に素晴らしいと妖夢は思っている。その作風ゆえに一作品を仕上げるのに時間がかかる、というのは解っているし、グルメガイドだって立派な仕事だとは思うが、そればかり出ているのはちょっと寂しいのである。

「うん、これ確かめたかっただけなんだ。ごめんね、付き合わせちゃって」
「あ、ううん――」

 不意に話を切り上げるように鈴仙が声をあげ、妖夢は曖昧に首を振った。
 そういえば、結局また寄り道なのである。少しならいい、と幽々子には言われたけれど、妖夢としてもあまり長々と寄り道しているのは問題だった。店を出ようとする鈴仙の後を追いかけるようにして、妖夢も歩き出し、
 刀の鞘を、平積みになっていた文庫本の角にひっかけた。

「わっ」

 ばさばさ、と積まれていた本が崩れて床に散らばる。「……やっぱり営業妨害ですか?」とさっきの朱鷺色の羽根の店員がやって来る。平謝りに妖夢は散らばった本をかき集めた。
 拾った本の埃をハタキで払って、店員は綺麗に積み直していく。「すみません」と頭を下げる妖夢に、「持ち物には気を付けてくださいね」と注意して店員は奥に引っ込んでいった。

「大丈夫?」

 鈴仙がこちらに寄ってくる。妖夢は首を振って、積み直された本を見やった。
 白岩怜『雪桜の街』。そのタイトルをつい最近見たような気がして、妖夢は一瞬目をしばたたかせ、それから思い出した。――茶店で出くわしたとき、鈴仙が読んでいた本だ。
 思わず手に取った妖夢に、隣で鈴仙が「う」と変な声をあげる。

「鈴仙、この間これ、読んでたよね」
「え? あ、あー、うん、あはは……」

 何故か気恥ずかしそうに頭を掻く鈴仙に、妖夢は首を傾げる。先週もそうだったけれど、何をそんなに気まずそうにするのだろう――と思って、まさか、と眉を寄せる。

「……これ、鈴仙が?」
「ち、違うよ。私は本出したことないもの」

 自分と同じ理由で気まずそうにしていたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 ぱらぱらとページを捲ってみる。恋愛小説の類は、妖夢は普段は全く読むことはない。興味も特になかったのだが、茶店で真剣な顔をして読んでいた鈴仙の姿を思いだした。

「面白い、のかな」
「あ、うん。面白かったよ」

 そっか、と頷いて、財布の中身を思い返す。自分の自由に出来るお金はそんなに多くないけれど、文庫本一冊買うぐらいの余裕はある。
 鈴仙が面白いという本なら、読んでみてもいいかもしれない、と思った。

「読むなら貸すよ?」

 と、鈴仙が苦笑混じりに声をあげる。え、と妖夢は振り返るが、

「やっぱり営業妨害ですね?」

 あの店員にまた睨まれて、「すいません買います」と妖夢は両手を挙げた。


     ◇


「じゃ、私はここで」
「あ、うん。……えっと、ばいばい、鈴仙」

 先週と同じ曲がり角で、鈴仙は言った。妖夢は片手を挙げて、軽く手を振る。

「次に会うまでに、妖夢の本、読んでおくね」
「お、お手柔らかに……」

 霧雨書店の袋を掲げて笑う鈴仙に、妖夢は縮こまって顔を伏せた。
 せめてペンネームを使っておくべきだった、と今さら考えたところで後の祭りなのである。

「って、次って、ええと」
「ん?」

 鈴仙の言葉に引っかかりを覚えて、妖夢は声をあげる。
 次、と鈴仙は言ったけれど、次の約束なんて何もしていないのである。
 今日だって、自分は買い出しに、鈴仙は薬を売りに来ていて、出くわしたのは偶然だ。

「そうだね。妖夢、次に買い出し来るの、いつ?」

 歩き出そうとした足を止めて、鈴仙はこちらを覗きこんだ。

「いつって、ええと……来週ぐらい、かな。今日の分が無くなり次第だから……」
「決まってるわけじゃないんだ?」
「う、うん」
「そっか。まあ、私は週に三回は来るから、運が良ければまた会えるかな?」

 首を傾げる鈴仙に、妖夢は「運が良ければ、かあ」と小さく呟いた。
 先週と今日と、偶然は二度続いたけれど、三度目の保証なんてどこにもないわけで。
 ――その三度目の保証を、自分が欲していることに気付いて、妖夢は小さく息を飲む。
 鈴仙の顔を見上げた。身長差はあまり無いけれど、並ぶと鈴仙の方が少し背が高い。
 またもやもやとした、よく解らない感情に襲われて、妖夢は唸る。
 相変わらず自分は、迷いや惑いが多すぎる。この心に浮かぶ靄は、何だろう。
 ただ、確かなことがひとつあるとすれば、

「ええと――来週」
「うん?」
「また同じ曜日に、買い出しに来るから」

 思わず、そんなことを口にしてしまっていた。
 鈴仙はその言葉に、一瞬きょとんと目を見開き、それから帽子を被り直して笑った。

「じゃあ私は、薬売り終わったら、あの茶店にいるね」
「あ……うん」
「それじゃ、また来週ってことでいいのかな? 妖夢」
「う、うん、また来週」
「ん、またね」

 手を振って、また同じ挨拶を口にして。ぱたぱたと鈴仙の姿は遠ざかっていく。
 その背中を、先週と同じようにぼんやりと妖夢は見送って、ふと夕暮れに近づき始める空を見上げた。カラスが一話、どこか間の抜けた鳴き声をあげて妖夢の頭上を横切っていく。

「……また来週、かあ」

 咄嗟に口にしてしまった自分の言葉を思い返して、何かくすぐったい思いに駆られる。
 誰かと個人的に会う約束をすることなんて、今までにあっただろうか。
 知り合いはそれなりにいるけれど、みんな会えば世間話をする程度の関係で、自分から積極的に会って話をしたいと思うなんて――。
 鈴仙・優曇華院・イナバ。永遠亭の兎。
 れいせん、とその名前を呟いてみるだけで、何だか不思議な気分になった。
 くすぐったいけれど、全く不快ではない、むしろ何か心地よいあたたかさ。
 ふわふわと浮かれたような気分で、妖夢は白玉楼への帰り道を歩く。
 傍らに浮かぶ半霊も、その気分を受けてか、いつもより速くぐるぐると周囲を回っていた。







      4


 二日後の朝。
 白玉楼の庭で妖夢が素振りをしていると、縁側に幽々子が姿を現した。

「あらあら妖夢、今日も朝から精が出るわね~」
「お、おはようございまふ、幽々子様」

 一瞬あくびが漏れそうになって、慌てて妖夢は噛み殺す。眠気を覚ますために素振りをしていたのだが、どうにもまだ目はしょぼしょぼとしていた。原因は専ら、寝不足である。
 そんな妖夢の様子に、「おはよう」と幽々子は扇子に口元を隠しながら微笑む。

「でも、夜更かしはほどほどにね~?」
「う」
「目、赤いわよ~。まるで兎さんみたい」

 慌てて目を擦った妖夢に、幽々子は楽しげな笑みを浮かべたまま足音もなく立ち去っていく。
 その背中を見送って、妖夢は大きくため息と一緒にあくびを漏らした。目尻に涙が滲む。朝餉の前に、やっぱりもう一度顔を洗おう。いつまでもみっともない顔ではいられない。
 それにしても、やっぱり幽々子には何でもお見通しだ。
 前夜、珍しく夜更かしをしてしまったのは事実だった。原因は専ら、二日前に霧雨書店で買ってきたあの本――『雪桜の街』である。買ったその日は手をつけられず、途中まで読もう、と寝床でページを開いてしまったのが失敗だった。あっという間にのめりこんで、一刻半後、布団の中でボロボロと泣いている自分がいた。
 恋愛、というものは自分には基本的に縁のないものだと思っていた。自分は西行寺幽々子の従者であり、幽々子のために尽くすことこそ自分の為すべきことであって、魂魄妖夢個人として、幽々子以外に大切なものを持つことなど想像もできなかったし、その必要も無いと思っていた。いや――もちろん今でもその考え方に変わりはない。妖夢にとって最も大切な存在は西行寺幽々子であり、幽々子の幸福は妖夢自身のそれより遥かに優先すべき事象である。
 しかし、そういった妖夢個人の考え方とは別として――あの物語の中で紡がれた、たったひとりの存在にどうしようもなく恋い焦がれ、決して結ばれることはないと解っていながらも求めずにいられない、痛切な想いは深く妖夢の胸を打った。無論、従者としての忠義と、恋愛感情のそれを一概に比較は出来ないとしても、自分はこれほどまでに一途に誰かのことを想えるだろうか。これほど己の心を殺してまでも、誰かの幸福を祈れるだろうか。
 夜中に枕に顔を押しつけて嗚咽をこらえながら、そんなことを思いつつ、恋愛小説というものを敬遠していた自分に深く反省したのだった。そして同時に、こんなに涙もろくていいのか自分、とも思った。やっぱり自分は未熟者である。

「……鈴仙も、泣きそうだったのかな、ひょっとして」

 ふと、茶店で出くわしたときの鈴仙の姿を思い出した。本を読んでいてもいい、と言った自分に、慌てて『雪桜の街』を仕舞った鈴仙。読んでいた部分が終盤にさしかかっていたのなら、今はその反応も納得がいった。妖夢だって、泣いているところを他人に見られたくはない。
 鈴仙があのとき読んでいなければ、そして連れられて霧雨書店に行かなければ、あの本との出会いも無かっただろう。鈴仙に感謝するとともに、あのとき鈴仙が泣きそうだったのだとすれば、同じ本を同じように楽しめたということで、少しくすぐったかった。
 次に鈴仙と会ったときは、面白かった、感動したと伝えよう。そう心に決める。
 そう言ったら、鈴仙は何と言うだろうか。喜んでくれるだろうか。
 なんてことを想像して、また妖夢はひとり、くすぐったい気持ちに頬を掻いた。




「ところで、妖夢~」

 朝食の後、後片付けを手伝っていた妖夢に、食後のお茶を飲んでいた幽々子から声がかかった。洗い物で濡れた手を拭って、「はいはい、何ですか?」と妖夢は居間に顔を出す。

「今日は妖夢、時間あるかしら~?」
「あ、はい。……また取材ですか?」

 最近、幽々子がこうして自分の予定を確認してくるときは、大抵グルメガイドの取材のときである。妖夢が同行するのは、専ら取材スケジュールの管理のためだ。何しろ幽々子ときたら、美味しそうな店を見つければ取材と関係なくともふらふらと足を向けてしまうのである。余計なつまみ食いまで経費で落としていては取材費がいくらあっても足りないのだ。
 そんなわけで、取材する店を幽々子がピックアップし、それを元に妖夢が回る順番を決め、つまみ食いの抑止のためについて行く、というのがいつもの取材のパターンなのだった。

「ううん、今日はそっちじゃないわ」

 けれど幽々子は首を横に振る。妖夢は目をしばたたかせた。取材でなければ買い出しか。しかし食材は二日前に買い込んだばかりで、まだまだ余裕がある。

「ちょっと、おつかいに行ってほしいのよ~。急ぎじゃないから、いつでもいいけど」
「おつかいですか。解りました。どちらへ?」

 急ぎでないといっても、主の頼みなら妖夢にとっては最優先事項である。
 訊ねた妖夢に、幽々子はまた扇子に口元を隠して、どこか楽しげに笑った。

「永遠亭に~」

 思わず、妖夢はきょとんと目を見開いた。


     ◇


 永遠亭へのおつかい、というのは、いささか珍しい頼まれ事だった。
 何しろ幽々子は亡霊であるから、病院としての永遠亭には用が無い。それでなくとも、永遠亭にいる八意永琳と蓬莱山輝夜は不老不死、即ち幽々子の天敵である。永遠亭の面々があまり外に出ないのもあるが、基本的に白玉楼と永遠亭は没交渉だ。鈴仙とこれまで、あまりちゃんと話をしたことがなかったのもそのせいだ。

「ええと……こっちでいいんだったかな」

 そんなわけで、妖夢が永遠亭に足を向けるのも久しぶりだった。永夜異変のあと、鈴仙の狂気の眼にあてられて、永琳の治療を受けるために通って以来――いや、花の異変のときにも調査で訪れたか。いずれにしても数年ぶりである。
 幽々子から預けられたのは一通の書状だった。封筒に入れられているので、もちろん妖夢は中に何かが記されているのかは知らない。自分が知るべきことでもないだろう、と思う。幽々子の深謀遠慮はいつも自分の考えなど遠く及ばない領域で展開されているのだから、このおつかいにも今は幽々子にしか解らない意味があるのだろう。
 そんなことを思いつつ、妖夢は迷いの竹林の中を、分け入るように進んでいた。永遠亭はこの鬱蒼とした竹林の奥深くにある。以前通っていたときに道順は覚えたような気がしていたが、

「……ええと」

 どっちだったっけ。というか、ここはどこ?
 はたと妖夢は足を止める。ざざ、ざざ、と風に竹林がざわめいた。陽射しも遮られて薄暗い竹林の中、気付けば自分がどちらから来て、どちらへ向かうべきなのか、一度足を止めてしまうと、急にそれを見失ってしまった。というか、今まで自分が何を目印に進んできたのかさえはっきりとしなくなる。
 茫然と妖夢は頭上を仰いだ。……迷った。携えた封筒の感触を確かめて、妖夢はおろおろと視線を巡らす。おつかいを頼まれたのに、何をやっているのだ、自分。

「こっち……だったよね、確か」

 不確かな記憶と勘を頼りに進むのは愚策、というのは解っていても、さりとて茫然と立ちすくんでいたところで何も解決しないわけで。妖夢は不安を振り切るように再び足を踏み出し、
 ――突然、踏み出した右足が空を切った。

「え、わっ!?」

 踏みしめるはずだった地面が無い。バランスを崩し、そのまま妖夢はつんのめる。重力に引かれて、どすん、と妖夢はそのまま地面のある場所まで転がり落ちた。

「痛たたた……なにこれ、落とし穴?」

 打ちつけたお尻をさすって、妖夢は頭上を見上げる。妖夢の身長よりはやや浅い程度の落とし穴だった。上に草が被せてあったので気付かなかったらしい。立ち上がってみると、目線だけが地上に出る。
 誰がこんなものを、と視線を巡らすと、不意に誰かの足が目に入った。

「ありゃ? 珍しいのが引っかかったねえ」

 声に妖夢は視線をあげる。こちらを見下ろす、兎の赤い瞳が目に入った。
 ただしそれは、鈴仙の狂気の瞳ではない。永遠亭に住んでいる別の兎の方だ。

「食いしん亡霊の従者じゃない。こんなところで何してるのさ?」

 何って、迷って落とし穴に引っかかったのである。というか、犯人はお前か。
 こちらを見下ろす因幡てゐの視線に、妖夢は思わずため息を漏らした。




「永遠亭ならこっちだよ。案内してあげようじゃないさ」

 にしし、と笑って先を歩くてゐの後を、妖夢は少々不安に思いながら追った。
 花の異変で永遠亭を訪れたときにも、この妖怪兎と軽く弾幕りあったことがある。幸運兎などと本人は自称しているが、どうにもその笑みには油断のならない気配がするのだ。
 人里で聞く、竹林で迷ったときに外へ案内してくれる妖怪兎というのも彼女のことなのだろう。そういう意味では今彼女と出会えたのは僥倖なのかもしれないが――。

「……あの落とし穴は何なんですか?」

 ともかく、相手は永遠亭の住人である。今回は自分はおつかいで来ているわけで、異変の調査ではない。よそ行きの口調で問いかけると、「ん?」とてゐは振り返り、どこか底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「落とし穴は落とし穴だよねえ」
「いや、そうですけど」
「我が家に近付く怪しい輩を引っかけるのさ」

 それってつまり自分のことだろうか。妖夢はため息をつく。

「わざわざ仕込まなくても、そもそもこの竹林でみんな迷うと思いますけど」
「用心に用心を重ねるに越したことはないからねえ」

 本気で言っているのか、どうにも掴めない。口笛を吹きながら歩くてゐに、妖夢はもう一度ため息をついた。というか、本当に永遠亭に案内してもらえるのだろうか。

「……そっちは永遠亭とは逆方向なんだがな。それでいいのか?」

 と、まるで妖夢の疑念を見透かしたように、第三者の声が割り込んだ。茂みを分け入るように姿を現した影に、妖夢は目を見開き、「ありゃ」とてゐは肩を竦める。
 長い銀髪にもんぺ姿。永夜異変の後に少しばかりやり合った相手だ。

「お前は――あの亡霊の従者か。その兎は信用しない方がいいぞ? そいつの言うことは七割方が嘘八百で、残りの三割はもっとタチの悪いもっともらしい嘘だ」
「ひどい言いがかりだねえ。迷い人を道案内してあげてただけだっていうのに」
「永遠亭に行くんだろう? そっちの案内は私の仕事だ」

 ちぇ、とてゐは口を尖らせて小さく舌打ちした。銀髪の少女――藤原妹紅はそんな姿にやれやれと首を振って、それから妖夢の方を見やる。

「ほら、永遠亭に用があるんだろう? どっちを信用するかはお前の勝手だが、少なくともそいつについて行ったら、それこそ永遠に目的地には着けないよ」

 妖夢は困惑して、てゐと妹紅を見比べる。どちらも自分はあまり交流のない相手である。どっちを信用すべきなのか、判断材料はあまりに少ない。かといって現状では、ひとりで永遠亭に辿り着くのは難しそうである。
 片方は永遠亭の住人。もう片方は、この竹林に住んでいる蓬莱人。しかし確か、妹紅は永遠亭とは敵対しているのではなかったか?
 妖夢の疑念を見透かしたように、妹紅は首を竦めてみせる。

「永遠亭を頼る人間は結構いるからな。その道案内をしてるのはそいつじゃなく私だよ。嘘だと思うなら人里に戻って確かめてみるといい」
「敵じゃないんですか?」
「あそこが人の役に立ってるのは事実だ。私の個人的な事情とは話が別さ」

 そっけなく言う妹紅の顔に、妖夢は目を細める。

「だめだめ、あれについて行ったら焼鳥屋の串焼きにされちゃうよ?」

 てゐが横で囁いた。さりげなく怖いことを言わないでほしい。
 もう一度妖夢はてゐと妹紅を見比べる。迷っていても仕方ないのは事実だが、判断材料は少ない。とすれば、手っ取り早いのは斬って確かめることだ。
 楼観剣に手をかける。途端、てゐは「うおっと」と飛び上がって、そのままさっさと逃げ出してしまった。刃を抜き放つが、既にその姿は茂みの中に隠れてしまう。

「おいおい、私が言うのも何だが物騒なことは止しなよ」
「師匠が言っていました。真実は斬って知るものだ、と」

 いつぞや、伊吹萃香には「師匠の教えを理解していない」と言われたが、酔っぱらいの鬼に指図される謂われはないのである。

「とりあえず、斬らせていただきます。不死人ですから構いませんよね?」
「不死でも痛いもんは痛いんだがな。仕方ない、怪我人にして永遠亭に運んでやるか」

 もんぺのポケットに手を突っ込んだまま、呆れたように妹紅は言う。
 挑発ならこちらも遠慮はしない。妖夢は刀を携えたまま地面を蹴る。
 妹紅は棒立ちのままこちらを見据えていた。侮っているのか。妖夢は裂帛の気合いとともに、振りかぶった刃を妹紅目がけて振り下ろし――、
 見えない何かが、妖夢の刃を受け止め、弾いた。

「っ!?」

 両手に伝わる衝撃とともに刃が跳ね返る。その瞬間には、眼前にあった妹紅の姿がぐっとその場に沈み込んでいた。右手がポケットから抜き放たれている――。
 次の瞬間、鳩尾に衝撃が走って、妖夢はそのまま吹き飛ばされた。竹の幹に叩きつけられ、大きくたわんだ竹から葉がひらひらと舞い落ちる。息が詰まって呻いた妖夢の元に、妹紅はゆっくりと歩み寄ると、立ち上がろうとした妖夢を見下ろした。

「まだやるかい?」

 楼観剣を握り直すが、その瞬間、鼻先に突きつけられた妹紅の右手が炎をまとった。ちりちりと熱が鼻先と前髪を焦がす。――立ち上がる隙はどこにも無かった。

「立てないなら永遠亭まで運んでやるし、立てるなら案内してやるよ。まだやるなら、火傷の患者で運んでやるさ。大丈夫、永遠亭にかかれば痕は残らない」

 にっ、と獰猛な笑みを浮かべた妹紅に、ゆるゆると妖夢は首を振った。
 懐に携えた書状のことを思い出したのだ。炎に書状が焼かれてしまってはどうしようもない。

「……すみません、永遠亭まで案内、お願いします」

 痛みを堪えて立ち上がり、楼観剣を鞘にしまった。呼吸は詰まったが立てない痛みではなかった。手加減されたことが悔しくはあるが、今の自分の仕事は永遠亭まで書状を届けることである。異変の調査とかではないのだ。優先順位を履き違えるところだった。
 やっぱり自分は未熟者だ。妖夢は小さくため息をつく。

「よし、なら着いてきな」

 妹紅はさっさと背中を向けて歩き出す。そういえば因幡てゐは、と周囲を見回したが既にその姿はなく、結局妖夢は慌ててその後を追った。

「そういや、落とし穴に落ちなかったか?」

 不意に先を歩きながら、妹紅がそんなことを言う。驚いて目をしばたたかせた妖夢に、妹紅は肩を竦めながら言葉を続けた。

「それもあいつのいつもの悪戯さ」
「……何の為のですか?」
「そりゃ、暇潰しだよ」

 なるほど、と妖夢は納得する。それは結局のところ、幻想郷に生きる妖怪や妖精や神々のほとんどに言えることだ。長く生きる者たちは、みんな基本的に退屈していて、どうやって暇を潰すか、というのが幻想郷では一番重要な問題なのである。
 弾幕ごっこにしても、ここ数年流行っている出版文化にしても、結局のところ目的は暇潰しなのである。あるいは異変であっても。良くも悪くも、それが幻想郷だ。

「ところで、死人の従者が永遠亭に何の用だ?」
「書状を届けに、ですけど」
「ふうん、書状ねえ……ま、患者じゃないなら取って食われないように気をつけなよ」

 鳩尾の痛みは既に引いていた。患者になる必要はどうやら無さそうである。
 そういえば、と妖夢は目を細めた。先ほどの立ち会いで、こちらが振り下ろした刃を弾いた見えない何か。あれはいったい何だったのだろう。妹紅は手をポケットに突っ込んだまま、ずっと棒立ちだった。今も武器の類を持っているような様子は無いのだが。
 怪訝に思っているうちに、「あそこだ」と妹紅が竹林の一角を指差す。茂みの向こうに目を凝らすと、鬱蒼とした竹林の先に、確かに大きな屋敷の姿が見えた。どうやら、藤原妹紅に従ったのは正解だったらしい。真実は斬って知るもの。やはり師匠の教えは正しかったと妖夢は改めて思う。

「ここからなら迷わないだろ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 足を止めた妹紅に、妖夢はぺこりと頭を下げる。それからもう一度妹紅の姿を見つめた。やはり徒手空拳である。ポケットに突っ込んだ手に、振り下ろされた楼観剣を弾くような得物を隠し持っているとは思えないのだが。

「何だ?」
「あ、――いえ」

 妖夢の視線に、妹紅が訝しげに眉を寄せた。妖夢が首を振ると、ひとつ妹紅は唇の端を吊り上げて、一歩妖夢に歩み寄った。
 風を切り裂く音。――眼前に突如出現したのは、妹紅の左手だった。
 目を見開い妖夢に、妹紅はまたポケットに手をしまって、くるりと踵を返す。

「帰りは、永遠亭の兎に案内してもらうんだな」
「……さっきの?」
「他にいるだろ。そっちの方が安全だよ」

 そんなことを言って、「じゃあな」と手を振って妹紅は歩き出す。結局、楼観剣を弾いたのが何だったのかはよく解らないままだったが、その後ろ姿にもう一度頭を下げて、それから妖夢は永遠亭の方に足を向けた。
 ――他にいる、永遠亭の兎。その言葉に、ひとりの顔が浮かぶ。
 それで、今さらのようにその事実に思い至った。
 ああ、そうか。――永遠亭に来たんだから、鈴仙がいるかもしれないんだ。
 そのことに思い至ると、何かまた急にくすぐったい感覚に襲われて、妖夢はそれを振り払うように数度咳払いした。落ち着け妖夢。今は別に鈴仙に会いに来たわけではない。自分は幽々子の使いとして、書状を届けに来ただけである。
 二日前、鈴仙と交わした約束とは、今は別件なのだ。

 門の前まで辿り着く。この竹林の奥では、閉ざす必要もないのか門は開いていた。特に誰の姿も見かけなかったが、一応「お邪魔します」と呟いて、妖夢は門をくぐる。
 と、途端に複数の視線を感じて、妖夢は足を止めた。思わず刀に手をかける。が、すぐに視線の主に気付いて、妖夢は脱力した。
 足元に、何匹かの兎が寄ってきていたのだ。鈴仙やてゐとは違って、ごく普通の兎の姿をしている。つぶらな瞳で妖夢を見上げる彼ら(彼女ら?)は、妖夢が見下ろすと、途端にばっと散らばっていった。何なのか、一体。
 ともかく、石畳の敷かれた道は屋敷の玄関へ続いている。その扉の前まで来ると、不意に扉の向こうからぱたぱたと足音が響いた。ノックしようとした手が止まる。

「はいはい、どちら様ですかー?」

 聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。そして妖夢の眼前で、扉が軽く軋んだ音をたてる。

「――あれ?」

 扉の向こうから現れたのは、二日前にも見た、眼鏡のレンズ越しの赤い瞳。

「妖夢?」
「鈴仙。ええと、こんにちは」
 人里にいるときと同じ眼鏡をかけ、けれど今はその頭の耳は隠さず、鈴仙は玄関前に佇んだ妖夢の姿に目をしばたたかせた。


     ◇


「手紙? 師匠に?」
「うん、そのはず」

 永遠亭の長い廊下を、鈴仙と肩を並べて歩く。用件を尋ねられて、妖夢は封筒を取りだして鈴仙に示した。封筒に宛名は無いが、永遠亭宛てということは八意永琳宛てだろう。

「妖夢のところから手紙なんて、珍しいね」
「うん――初めてじゃないかな」
「だよねえ」

 不思議そうに鈴仙は首を傾げた。理由を詮索する気はないが、妖夢もやはり同感である。
 幽々子が永遠亭に用がある、という状況はどうにも想像がつかない。急ぎではない、というのだから尚更だ。普段から没交渉な場所へ、急ぎでない手紙を従者に託す。幽々子の考えはよく解らないものとはいえ、やはりみょんな話だと思う。
 とはいえ、詮索は従者の仕事ではない。とりあえず今妖夢が為すべきことは、この封筒を届けるべき相手にしっかりと受け渡すことだ。

「まあ、今は特に患者が来てるわけでもないから、師匠にもすぐ会えるよ。こっちこっち」

 鈴仙が手招きする方へ従って妖夢は歩く。それにしても、相変わらず広い屋敷だ。永夜異変で訪れたときに無限に続くように思えた廊下は、その術が解けてもやはり長い。住んでいるのは八意永琳と蓬莱山輝夜、それに鈴仙と因幡てゐと、あと兎たちぐらいだったはずだが、こんなに広い意味はあるのだろうか。――と考えて、白玉楼の二百由旬の庭も似たようなものか、と妖夢は小さく苦笑した。

「っと、ここだよ。――すみません、お師匠様、いらっしゃいますか?」

 ひとつの扉の前で足を止めて、鈴仙は軽くノックした。扉の向こうから声があり、鈴仙が扉を開く。不意に薬品の匂いがつんと鼻を突いて、妖夢は小さく眉を寄せた。

「いらっしゃい。患者かしら?」

 腰掛けていた椅子を回転させて、八意永琳はこちらに向き直った。妖夢にも見覚えのある、永遠亭の診察室である。足を踏み入れると、狂気の瞳にあてられて診察を受けたときのことを思い出した。色々調べられて、よく解らない薬を出されたっけ。治ったのだからいいものの、どうにもやはり医者を前にするというのは落ち着かないものがある。

「いえ、白玉楼から使いで参りました。主、西行寺幽々子から、書状をこちらにと」

 妖夢は一歩前に出て、封筒を永琳に差し出す。永琳は受け取りつつ目を細めた。

「白玉楼の亡霊姫から? 何の話かしらね」
「いえ、私は聞き及んでおりませんが――」

 答えながら、永琳にも心当たりが無いのか、と妖夢は意外に思う。
 本当に主は、いったい何を伝えようと永遠亭に書状を出したのだろう?
 鼻を鳴らして、永琳は封筒を開き、書状を広げた。さっとその文面に目を通して――次の瞬間、永琳の見せた反応に、妖夢は思わず隣にいた鈴仙と顔を見合わせた。
 永琳が、小さく噴き出したのである。

「お師匠様?」
「いえ、なるほど。用件は把握したわ。返信を書くから、少し待っていただけるかしら?」
「あ、はい――」
「鈴仙、向こうでお茶でも出してあげなさい」
「わ、解りました」

 要するに、それはこの場からは退出せよ、ということらしい。妖夢は鈴仙と揃って一礼し、診察室を後にする。どうにも、釈然としないものを抱えたまま。

「……何だったんだろうね? 妖夢の持ってきた手紙って」
「さ、さあ……」

 あの永琳が噴き出すような書状。しかし律儀にこの場で返事を書くというのだから、ふざけた内容というわけでもないようだ。妖夢はただ鈴仙と首を捻るばかりだった。




 そんなわけで、場所を応接間らしき和室に移し。

「はい、お茶どうぞ。お団子もあるよ」
「あ、おかまいなく……」

 座布団に正座した妖夢に、鈴仙がお茶とお団子を差し出す。妖夢のそばには、また兎が何匹かぴょこぴょこと寄ってきていた。「あんたたちの分は無いの」と鈴仙が釘を刺すと、兎たちはうるうると悲しそうな目で妖夢を見つめる。

「……あ、私はいいから、その」
「はいはい、妖夢は気にしなくていいから。すぐ調子に乗るんだから、この子たちは」

 てゐと遊んでなさい、と鈴仙は兎たちを追い払う。舌打ちでもしそうな勢いで、兎たちはさっさといなくなってしまった。……また騙されるところだったのだろうか。

「でも、異変でもないのに妖夢が来るなんて思わなかったから、びっくりしたよ」

 自分の湯飲みにお茶を注ぎながら、鈴仙が言う。座卓を挟んで向かいに腰を下ろした鈴仙は、人里で会ったときのように、眼鏡の奥の目を細めて笑った。その視線が何か落ち着かなくて、妖夢は曖昧に頷きつつ、「いただきます」とお茶をすする。味はよく分からなかった。

「ここに来るまで、迷ったり、てゐに悪戯されたりしなかった?」

 両方大正解である。心配げに言った鈴仙に、妖夢はただ苦笑した。
 落とし穴の底に何も仕掛けられてなかったのは、今思えば幸運だったのかもしれない。

「そんなに悪戯ばっかりしてるの?」
「いやもう、人の帰り道に落とし穴は掘るし、つまみ食いはするし、私の持ち物勝手に持ち出すし――」

 疲れたように息を吐き出して言う鈴仙。ひょっとしてあの落とし穴の被害に一番遭っているのは鈴仙なのだろうか。それもなかなか大変そうである。

「今はどこかふらふらしてるみたいだけどね」

 自分はちょうどそれに出くわしたらしい。やれやれ、と言うべきか。
 せっかく出されたものだし、と妖夢はお団子をつまむ。素朴な甘さで美味しかった。

「……美味しいね、これ」
「あ、ホント? 良かった」
「人里のお店の?」
「ううん」

 どこかで売ってるなら、幽々子へのおみやげに買っていこうと思ったのだが、鈴仙はゆっくりと首を振った。売り物ではないのか、ということは――。

「えーと、実は私が作ったのだったり」
「……そうなの?」

 思わずお団子と鈴仙の顔を見比べる。そんな妖夢の反応に、むう、と鈴仙は頬を膨らませた。

「そんなに意外そうな顔しなくたっていいじゃない」
「え、いや、ただ美味しかったからびっくりしただけで――」

 別に鈴仙がお団子を作れるのが意外と思ったわけではなく。慌てて首を振った妖夢に、鈴仙は小さく噴き出すように笑って、「なんちゃって。ありがとね」と微笑んだ。
 その笑顔がまた、ひどくこそばゆくて、妖夢は曖昧に頷いてお茶を啜る。
 どうにもやっぱり、鈴仙の前だと調子が狂う。
 だけど、そのことも決して不快なわけではないのだ。

「あ、そうだ、鈴仙」
「うん?」
「あの本、読んだよ。一昨日買ったあれ。『雪桜の街』」

 話題を変えよう、と妖夢はそのことを口にする。鈴仙に会ったら伝えようと今朝から思っていたことだ。鈴仙は目をしばたたかせて、「あー」と何故かまた照れくさそうに頬を掻いた。

「えーと、……どうだった?」
「うん、すごく面白かった。なんていうか……胸が締め付けられるみたいで、その」

 感動した、と一言で済ませてしまうのは、あの本を読み終えたときの感情を語るにはひどく不釣り合いな気がした。けれど、それに代わる上手い言葉も思いつかず、妖夢は口ごもる。

「恋愛小説とか、あんまり興味なかったんだけど、すごくいい作品があるんだなって。鈴仙が薦めてくれなかったら読まなかったと思う。ありがとう」

 泣いてしまったことは、ちょっと気恥ずかしくて言えなかった。その代わり、良い本に触れるきっかけをくれた感謝を込めて、妖夢は頭を下げる。

「あー、うん、そっか、妖夢が気に入ってくれたなら何よりだけど、あはは」

 鈴仙はどこか困ったように笑って、お茶に口をつける。

「鈴仙は、ああいうの好きなのかな。恋愛小説とか」
「え? い、いや別に、それほどでもないよ、うん」

 何かぎこちない反応に、妖夢は首を傾げる。この前もそうだったけれど、鈴仙の態度はなんだかよく解らない。恋愛小説が好きなら好きで、何も構わないと思うのだけれど。

「それより」

 と、鈴仙はひとつ咳払いして、苦笑からどこか楽しげな笑みに表情を切り替える。

「私も昨日読んだよ。妖夢のあれ」
「うえ」

 今度は妖夢がぎこちなく呻く番だった。そうだ、一昨日あれを鈴仙に買われてしまったのだ。拙作、そうまさしく文字通り拙作である。妖夢は思わず縮こまる。

「面白かったよ」

 けれど鈴仙は、笑ったままはっきりとそう言った。思わず妖夢は顔を上げる。

「私もあんまり、ああいうのは読まないから、論評とかは出来ないけど。でも、読んでてわくわくしたし、ハラハラしたし。楽しかったよ」
「そ、そんな――大したものじゃ、ないよ」

 慌てて首を振るけれど、「ホントだってば。お世辞じゃないよ」と鈴仙は軽く頬を膨らませて言う。そんな顔をされても、妖夢としてはどう反応していいか解らない。

「続き、無いのかな?」
「え?」
「あの話の続き。あれで終わりじゃないでしょ?」

 確かに、『辻斬り双剣伝』で書いたのは謎の多い祖父の生涯のごく一部分だ。白玉楼の庭師になる前の祖父には、幼い頃に断片的に聞かされただけでももっと数多くの武勇伝がある。そういう意味では確かに、あの話はまだまだ続きがあるのだけれど――。

「つ、続きなんて、そんな」
「書かないの?」

 首を傾げる鈴仙に、妖夢は口ごもる。まさかそんなことを言われるなんて、想像もしていなかった。そもそも「面白い」なんて言われること自体――。

「そんな、全然未熟な作品だから、続きなんて――」
「私は、読んでみたいけどな」
「れ、鈴仙?」
「書いてよ、妖夢。少なくとも、私はあの続きが出たら嬉しいな。もっと読んでみたいもん」
「え、えええ? そんな――」

 目を白黒させる妖夢に、鈴仙は身を乗り出して、眼鏡越しに笑いかける。

「ね、続き書いてよ」
「いや――ホントにそんな、大したものじゃないから、私のなんて――」

 もっと他に、面白い本なんていくらでもあるのだ。例えば『雪桜の街』とか、幽々子の作品のように。それらに比べたら自分の書いたものなんて、全然、

「妖夢」
「え」

 不意に険しい声で名前を呼ばれ、顔を上げると、びし、と額に痛みが走った。
 鈴仙にデコピンされたのだと理解するのに、少しばかり時間を要する。

「れ、鈴仙?」
「そういう言い方、私はどうかと思うよ」

 眉を寄せて、怒ったような口調で鈴仙は言う。いや、事実怒っているのか。

「私は、妖夢の書いたものを、面白いと思ったの。それを妖夢自身に否定されちゃったら、私の『面白かった』って気持ちはどうすればいいの?」
「え――」
「未熟なんかじゃないよ。そりゃあ、妖夢の主みたいな綺麗で詩的な文章とかじゃないかもしれないけど、妖夢の書いたものはちゃんと面白かったよ。そのことは、妖夢自身にだって否定してほしくない」

 だから、と鈴仙は、手を伸ばして妖夢の手を握りしめた。
 柔らかい鈴仙の手の感触に、妖夢は息を飲んでその顔を見つめる。

「自信、持っていいんじゃないかな。自分で未熟って決めつけてたら、きっと前に進めないよ。本屋さんで売ってるんだから、妖夢の本だって他の本と一緒。未熟かどうか決めるのは読者だよ。私は面白かった。作家の魂魄妖夢のファンになってもいいぐらいには、ね」
「ふぁ、ファン?」
「そうそう。ファンになるから、私のために続き書いてよ。そしたら、いつか妖夢が人気作家になったりしたとき、ファン一号だって自慢できるし」

 全く思いがけない言葉の連続に、妖夢は息をするのも忘れて鈴仙を見つめた。
 ――自分で未熟って決めつけてたら、きっと前に進めないよ。
 ――未熟かどうか決めるのは読者だよ。
 鈴仙の言葉が、耳の中で木霊する。
 あの本が店頭に並ぶようになってから、自分は一度でも、それを読む誰かがいるということを考えたことがあっただろうか? 自分の未熟な作品が世に出てしまったことを恥じるばかりで、それを楽しんでくれる誰かがいるなんてことを想像なんて、していなかった。
 未熟な作品だと思う。少なくとも、まかり間違っても幽々子の作品と同列に並べられるような代物ではない。そのことは事実だと今でもはっきり思う。
 けれど、――けれど、そんな作品でも。
 今目の前に、自分の書いたものを「面白い」と言ってくれたひとがいる。
 その言葉と、視線と、握りしめられた手の感触が、たったひとつのことを妖夢に伝えてくる。
 自分が必要とされているのかどうかを決めるのは、自分自身ではない――と。

「……本当に? 本当に、そんな、面白かった……の、かな」
「うん、だから本当だってば。てゐじゃないんだから、こんなことで嘘つかないよ」

 鈴仙の言葉が、じわりと胸に染みこんできた。
 何か込み上げてくるものがあって、妖夢は慌ててそれを噛み殺す。

「あ……ありがとう、鈴仙。私……それなら、ちょっと、頑張ってみる」
「お、ホント? それなら私、楽しみにしてるね」

 真っ直ぐに笑ってくれる鈴仙の顔が眩しくて、妖夢はただ目を細めた。
 こんな未熟な自分でも、こうして誰かの笑顔の元になれるのかもしれない。
 ――それは、主である西行寺幽々子のものだけで充分だったはずなのに。
 目の前にある鈴仙の笑顔が、今はただ、嬉しくて仕方なかった。


     ◇


 それからほどなく、永琳から返信を受け取り、妖夢は永遠亭を辞した。おつかいはこれで終わりだ。これ以上長居をする理由はなかったのだが――少し、名残惜しかった。

「鈴仙。竹林の出口まで送ってあげた方がいいんじゃないかしら?」
「あ、はい。じゃあ妖夢、送っていくね」

 だから、永琳がそう言い出してくれたことに、妖夢は素直に感謝したかった。
 永遠亭から竹林の出口まで、まっすぐ迷わず進めば、そんなに長い距離ではない。
 鈴仙と肩を並べて、他愛ない話をしながらの帰り道。
 長くはない時間でも、今の妖夢にはそれが、何よりも楽しい時間だった。

「っと、出口だね。じゃあ、ここで」

 けれどやっぱり、長くない時間はあっという間だ。
 竹林が途切れて、人里の方へ通じる道へ出たところで、鈴仙は足を止める。これ以上は鈴仙に送ってもらう理由もない。名残惜しくとも、ここでお別れだった。

「鈴仙、今日はありがとう。……ええと、おみやげまで」

 返信と一緒に、お団子を風呂敷に包んでくれたのである。「美味しいって言ってくれたから、そのお礼ね」と鈴仙は少し照れくさそうに笑った。

「それじゃあ、次は――人里で、かな?」
「あ……うん」

 そう、本当は次に会うのはそのときのはずだったのだ。五日後、また人里で。
 ――そんな約束を、自然に交わせる、ということ。
 そのことが、なんだか不思議な感覚だと、妖夢は思った。

「良かったら、また永遠亭にも遊びに来てね、妖夢」
「え?」
「妖夢が良かったら、だけど。遠いし気軽に来られる場所じゃないのは解ってるけど――」
「あ、うん、鈴仙がいいなら――また」

 思わず、力んで答えてしまった。気恥ずかしくなって顔を伏せた妖夢に、鈴仙は目を細めて、「ありがとう」と笑った。

「じゃあ、またね」
「うん、また。――ばいばい、鈴仙」
「ばいばい、妖夢」

 そうして、手を振り合って、鈴仙の姿は竹林の奥に消えていく。
 三度目のお別れは、けれど四度目の「こんにちは」に続いているのだ。
 そのことを噛み締めるようにして、妖夢も踵を返した。
 ――たぶんその日は、今までの帰り道で一番、浮かれた顔をしていたと思う。


     ◇


「幽々子様、失礼します」
「あら、おかえり~。ゆっくりしてきたのね?」

 白玉楼に帰り着いて、妖夢は幽々子のいる書斎に顔を出した。
 どこか意地の悪い笑みを浮かべる幽々子に、妖夢は永琳からの返信を差し出す。

「永遠亭の八意様から、預かって参りました」
「あらあら、ご苦労様」

 封筒を受け取り、幽々子は中の書状を広げる。そうして、幽々子もまた小さく噴き出した。
 その反応に、妖夢はまた首を傾げる。いったい幽々子と永琳は、どんな内容の書状をやり取りしたのだろう? 元々、決して仲の良い間柄ではなかったはずだが。

「ありがとう、妖夢。おつかいはこれで完了よ。今日はあとは自由にしてていいわ~」
「解りました。――あ、それと」

 辞去しかけて、それから妖夢は浮かせかけた腰をもう一度下ろす。
 もうひとつ、今は主に伝えておかなければいけないことがあった。

「あの、幽々子様。ご相談したいことが、ありまして」
「あら、何かしら?」
「――以前、私の書いた『辻斬り双剣伝』、覚えてらっしゃいますか」

 幽々子は意外そうに目をしばたたかせる。

「あらあら、あの本がどうかしたのかしら?」
「いえ――その。……あれの続きを、書いてみようかと思うのですが」

 思わず、幽々子の顔色を伺うような言い方になってしまう。
 幽々子の反応が予想出来なかったのだ。こわごわと妖夢は主の顔を見上げ、
 そこにあったのは、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた幽々子の顔だった。

「ふふ、そう。それなら、何か必要なものがあればいつでも相談なさいね~」
「よ、よろしいのですか?」
「あら、本を書くのは妖夢、あなた自身でしょう? あなたが書く、というのなら、それは私が口を挟むことじゃないわよ~。まあ、中身を他人様に読ませるものにするための口出しは、するかもしれないけどね」

 いつものように扇子で口元を隠して、幽々子は笑った。

「――はいっ、よろしくお願いします」

 深く主に頭を下げて、妖夢は思う。

 確かに自分は、剣も書も何もかも、未熟者かもしれない。
 けれど、結局のところ自分が未熟かどうかを決めるのは、自分ではないのだ。
 未熟者でも、主を護る為に刃を振るうことはできる。
 未熟者でも、自分の書いたものを面白いと言ってくれた彼女のために、続きを書くことはできるのだ。
 何事も、きっとやってみなければ始まらない。要するに、それだけのことなのだ。
 だから、納得のいくまでやってみよう。
 こんな未熟な自分でも、必要としてくれる誰かのために。


「妖夢」

 書斎を辞去しようとした背中に、不意に幽々子が声をかけた。

「何ですか?」

 振り返った妖夢に、幽々子は目を細めて。

「今日の晩ご飯は、鶏の唐揚げがいいって、伝えておいてね~」
「かしこまりました」

 いつもと変わらない主の言葉に、苦笑して妖夢は書斎の戸を閉める。
 その、戸が閉ざされる間際に。

「……いい友達が、出来たみたいね~」

 幽々子がそう呟いていたことに、妖夢は結局、気付かなかった。





第2話に続く
~次回予告~

※この予告の内容は変更される可能性が多々あります。


 たぶんこの気持ちは、郷愁とか望郷なんて、綺麗な言葉じゃない。

「一途だね、妖夢は。――少し、羨ましいかな」

 私は鈴仙・優曇華院・イナバ。月の兎。

「ほら、鏡見てみて。似合ってるよ」

 そして今は、永遠亭の住人。

「……友達、なのかな」

 故郷の月を見上げるたびに、私は思う。

 ――どうすれば、あんな風になれるのだろう、と。



 うみょんげ! 第2話「あの月のこちらがわ(仮)」



 妖夢はまだ、私のことなんて何も知らないから。だから――。



***

 というわけで、妖夢×鈴仙長編スタートです。
 長い話になる気配ですが、のんびりお付き合いいただければ幸いです。
 え、既に長い? いやすいませんホント、こんなはずでは……。
浅木原忍
[email protected]
http://r-f21.jugem.jp/
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コメント



0.4600簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
おとぎ話がめでたしめでたしで終わるのは決してご都合主義からではない。その先の部分を子供たちに想像させ、実現してもらうためだ。
って某アニメ監督が言ってた。

続きをwktkしながら待ってます!
8.100名前が無い程度の能力削除
迷いを断つのは楼観剣ではなく白楼剣ですよ。とだけ。

それにしても、幻想郷作家の方々の作品を読んでみたいぜ。
続きを楽しみにしていますよっと。
9.100名前を忘れた程度の能力削除
霧雨書店の書棚の商品がこれからもちまちまと中で読まれていくことを期待して。
へにょり×嘘派だったけど、これはこれで!
10.100名前が無い程度の能力削除
これは期待せざるをえない。
14.100名前が無い程度の能力削除
いいですねぇ。これは続きが楽しみです。
15.100名前が無い程度の能力削除
キターーー!!
貴方のつぶやきを聞いてからずっと待ってたー!!
これからの展開がwktknrnrです
18.100名前が無い程度の能力削除
これはいいですね。
おもしろい要素がたくさんあって、続きに期待しております。
19.100名前が無い程度の能力削除
新作長編連載開始おめでとうごさいます。
とてもボリュームたっぷりでそれでいて重さ(文書の長さや文字の多さ)を感じさせないくらい読みやすかったです。
毎回これくらいの文書量でも全然良いかなと思いました。
22.100名前が無い程度の能力削除
続きが楽しみだ!
23.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!続きに期待してます。
26.100名前が無い程度の能力削除
続きが気になります。
それと、できれば
辻切り双剣伝を読んでみたいなぁなんて。
28.100 削除
長い、そんなことは一向に構わん!
29.100名前が無い程度の能力削除
楽しかったです
やっぱうみょんげはいいですよね!
自分も書いた事あるのですが、もうかわいくてかわいくて
続き、楽しみにしてます!
32.80名前が無い程度の能力削除
うどみょん…だと…?(多分)ありそうで少ないだけに歓喜せざるを得ない。
とりあえず続きを心待ちにしてます。ところで変装したうどんげに妙に萌えたのは私だけでいい。
33.90名前が無い程度の能力削除
ねぎらうように肩を叩かれて、をかけられて、妖夢は
って何か含みを持たせた文章だったりするんだろうか……? 正直『、をかけられて』の部分は間違って入ったようにしか思えなかったんだけど……

それにしても…あぁ、このうどんげはかなりイメージにぴったりですね!! まぁこの先で説明されるだろう『鈴仙の過去を鈴仙自身がどう捉えてるか』とかを妄想した結果なので間違ってるかもしれませんけどw
34.無評価浅木原削除
長編1話目でこの長さで何てことのない話ですが、お楽しみ頂けましたなら何よりです。
続きはなるべく間を空けないように書いていきたいですが夏の原稿もあるのでどうなるか(ry

>>8
あわわ間違えた!
>>33
書き直したときの消し忘れですスイマセン……。

というわけでミスなど修正。指摘ありがとうございました。
37.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!
今までに出てきた作中作が作品内で使われるとか大好き

続き期待してます
40.90名前が無い程度の能力削除
霧雨書店ネタが使われているのが楽しいw
続きを楽しみにしています。
49.無評価名前が無い程度の能力削除
うどんげはやさしいなぁ
50.100名前が無い程度の能力削除
書店ネタがいいですねw
鈴仙の変装が似合ってそうだ
52.100ふじはち削除
 真面目な妖夢とお姉さんなうどんげとか、素晴らしすぎる組み合わせですね。文章も堅過ぎずスラスラ読めるので、長さも気になりません。
 これからうどんげの過去が絡んできて、ほのぼのが崩れるんだろうなぁ……。
 今からハンカチの用意をしときますね。
 
 文芸賞ネタはちょっと反則だと思いますwどれも読んでみたいw
54.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい組み合わせですねー。
やはり特筆すべきは二人の距離感。
この何ともいえない、いじらしい感じの距離感がたまらないです。
見てるこちらとしては、とてもやきもきしてしまいますね。歯がゆいッ!

そして冒頭の手紙が果たしてどうなるのか……気になる所。
続きに期待大!!!
57.100名前が無い程度の能力削除
あの業務日誌書いてた店員さんは朱鷺子だったのかw
続きに期待
64.100名前が無い程度の能力削除
勇パルを書ききった貴方だ、期待せざるを得ないでしょう?
67.100名前が無い程度の能力削除
むちゃくちゃ面白かったです。
続きも期待しています。
68.100名前が無い程度の能力削除
茶屋や書店など、人間の里の情景が思い浮かぶようでした
二人の掛け合いも初々しさが伝わってきてたまりません
ただ一つ野暮なツッコミをするとしたら、冒頭で
「ある宛名の無い手紙」となっているすぐ後に
「妖夢へ」と思いっきり宛名が書かれているのが引っかかりました
まあ重箱の隅をつつくようなものですが
この先の展開に期待せざるを得ません
73.100ピエロ削除
流石は浅木原忍氏。バーニングアリサやにとひなを書ききった方だ。面白いです。この先が非常に気になりますね。
優曇華も妖夢もイメージ通りですし。
80.100名前が無い程度の能力削除
これは、いい恋愛小説ですね。

キャラクターの純粋さに影響され
私も純粋な気持ちで読めました、ありがとうございます。
94.90名前が無い程度の能力削除
王道のボーイミーツガール(っていうと変だが)ものの雰囲気漂う作品。
文章も読みやすくて、どれだけ続いてもきっと面白いんじゃないか、という期待があります。
今はただ微笑ましいばかりの妖夢と鈴仙が、この後どう関係を深めていくのかとても楽しみです。
98.100名前が無い程度の能力削除
>妖夢は今に顔を出す。
居間かな?
まったりした空気がいいですね~ しかし、鈴仙の反応が気になります。
これは続きを読まねば。
100.90名前が無い程度の能力削除
メロンブックスで「うみょんげ!」を購入して読ませていただきました。
この手のジャンルは初めて読んだのですが、問題なく作品にのめりこむことができました。
二人の会話がくすぐったくて2828がとまりません。
次巻もまた読ませていただきます。

他の作品にも目を通してみようと思います。
112.80名前が無い程度の能力削除
これから先を読むのが楽しみですね
113.100名前が無い程度の能力削除
妹紅がいつももんぺのポケットに手突っ込んでる理由が、ハンドポケット(抜き拳)の為だったとはw
122.無評価blueloalmot削除
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