私はアリス。魔法の森に住む人形遣いだ。人間、霧雨魔理沙に恋をしている。
彼女とは家も近所だし、魔法を扱う者として、また蒐集家としても共通点が多い。異変解決の為に協力したこともある。
始めは価値観の相違、もしくはライバル意識から衝突することが多かったけれど、「雨降って地固まる」という言葉があるように、私たちの仲は次第に良好なものとなっていった。
それでも彼女が私の想いに応えてくれることはないだろうと、私は確信している。
魔理沙はパチュリーを好いている。これは私の勝手な想像ではない。事実、恋の相談を持ち掛けられたことさえあるのだから。
毎週欠かさず図書館を訪ねている。昨日はどんな話をした。次はこんな話をするつもりだ。……そんなことを嬉々として語ってくれる。
深まった関係は私にとって“恋”となったが、彼女にとっては“親友”というものに発展したらしい。
そして彼女が私に親友としての振る舞いを求める以上、私は全力でそれに応えてきた。
愛しい魔理沙。彼女の心を奪われて、とても悔しい。
だからと言って、パチュリーを憎む気持ちなんてものは無い。何故なら、私もパチュリーのことは気に入っているからだ。
それに彼女は……。
研究に行き詰まって途方に暮れていた私を助けてくれたのが、他でもないパチュリーだった。
自信を無くし、魔法から遠ざかろうとしていた私に渇を入れ、諭し、導いてくれた。
おかげでその実験は成功し、研究を続けることが出来た。今の私があるのも、彼女が手を差し伸べてくれたからこそだ。
現在も、紅魔館の図書館を訪れた時は快く本を貸してくれる。パチュリーが相手なら私も諦めがつく。
魔理沙がダメだったとして、他に誰か付き合いたいと思えるような相手はいるだろうか。
例えば、咲夜。彼女は私のことが好きらしい。
異変の度になんだかんだで顔を合わせる機会が増え、親しくなっていったのだ。
私に魔理沙を責めることは出来ない。何故なら私もまた、彼女と同じだから。
咲夜にとって私は恋の対象となり、そして私にとってはそうならなかった。
ほら、誰かさんと同じだ。あまりにもあんまりな既視感に頭がくらくらする。
私が図書館へ赴くと、咲夜はすぐに紅茶を注いでくれる。当然、美味しいお菓子も添えて。
全ての動きが洗練され、嫌味にならない微笑はまさに瀟洒だ。おそらく彼女に惹かれる者はいくらでもいるだろう。
しかし私にはどうしてもその無駄を省き過ぎた振る舞いが受け入れられないのだ。
あまりに精密過ぎて、それはまるで人形のよう。人形は大切で愛しいものだが、恋情の対象にはならない。
そして人形たる彼女は、私に夢中になり過ぎる余り、自分へ向けられるパチュリーの視線に気付かない。
あぁ、どうしてこうも歯車が噛み合わないのだろう。心とは本当に厄介なものだ。皆が皆、制御しきれず、感情を持て余している。
あまりに綺麗な四角関係。相互には合致しない一方的な恋情の堂々巡り。いっそ永遠にこのままの関係を維持してしまうのも一つの手だろう。
しかし悲しいかな魔理沙も咲夜も人間だ。のんびりと構えている暇は無い。夢は必ず覚めるものだ。
この連鎖を断ち切るには、誰かが行動を起こさなければならない。そしてその役は、唯一四人の関係に気付いたこの私だ。
いつか誰かが崩す均衡、どうせなら自分の手でやりたい。一人だけ抜け駆けするなど卑怯かもしれないが、私も必死なのだ。
だって魔理沙の心が自分に向いていないとわかっていながらも、「でも」「もしかしたら」「ひょっとすると」「万が一」……そんな期待をしてしまうのは、仕方のないことだろう。
「ねぇ、魔理沙。ちょっと話があるんだけど」
家にやって来た魔理沙にお茶をご馳走する最中、何でもない風を装って告白した。
そして彼女の答えは、私に抱いてくれる気持ちは「友情」だった。やはり恋にはなり得ないという。
見事に振られ、浅はかな期待は完膚なきまでに砕け散った。
予想通りだ。覚悟はしてた。だから大丈夫、私の心が折れることはない。明日からまた親友として付き合っていける。
今は、溢れる涙を止めることは出来ないけれど。
「恋を、しよう」
この傷が塞がったら、また新しい恋を見付けよう。二度とこの傷口が開いてしまわないように。傷があったこと自体を忘れてしまえるぐらい、さらに熱い恋を。
そうすれば、魔理沙とも無理なく親友でいられる筈だから……。
こうして、魔理沙との恋に敗れた私は――
――数年後、パチュリーと結婚した。
実に凄まじい強盗返しに思わずなんとコメントしたらよいものか大分悩まされてしまいましたが、なんというか、執念を感じました。覆水盆に返らず、とは言いますが、なんでしょう、こぼれた水を吸い取るような下品なようでも命に溢れている執念の輝きをここに垣間見ました。誰にでもフリーな恋のユビキタス社会とでも言うことでしょうか、中々に示唆的なお話で、はからずも考えさせられました。
うしみつに いといとゆかし こちのはな
また会いましょう。では。
解せた