「はぁ~お前って本当に死なないんだな。っていうか再生ってそんな風になるんだ」
ここは幻想郷の竹林。
そこに大の字に倒れているのは妹紅。
そんな妹紅を覗き込んでいるのが魔理沙。
夜も遅く、月の光を背にしている魔理沙の表情は、妹紅からは窺い知れなかった。
妹紅は倒れたまま、目だけ動かして辺りを見回す。
意識を取り戻したばかりで、状況が把握できないし起き上ることもできない。
とりあえず先ほどまで弾幕ごっこをしていた相手、鈴仙はすでにいないようだ。
「あー…何?死んだばっかであんまり理解してないんだけど、勝負に負けたとこ見てたのなら気を使ってほっておいてくれないかな?」
妹紅は相変わらず寝転がったまま言う。
「ふむ、じゃあ気は使わないな。お前はあいつに負けたわけじゃないんだからな」
「ん?」
「お前は私が殺した」
「はぁ?」
普通の生物にたいしての会話ならば、「私が殺したようなものだ」程度の裏がありそうなものだが妹紅相手に限っては違う。
そのままの意味だ。
「いやぁ。夜空を散歩していたら面白そうなことやっていたのが見えたもんで。仲間に入れてもらおうと思ったんだけど、お前の背中を見て気が変わったんだ」
「それで殺してみたのか?」
「まぁ、そういうことだな。大量殺人はやばい気がしたからウサギは逃しておいたぜ」
「人じゃないからいいんじゃないの?」
「そうか、今度から気にしないぜ」
「その代わり私はほっておいてね」
妹紅はやっと体を起こす。
痛いと言うよりかは、全身に激しい疲労感が残っている。
「何したの?」
「ちょっとこれを全開で撃ってみた」
これ、と魔理沙が八卦炉を取りだす。
妹紅はそれを見てほんの少しだけ眉をひそめる。
「ウサギに当たらなくてよかったよ」
「あー? お前たち殺しあってるんじゃないのか? 飽きもせず無意味に。当たって死んだところで気になんてするのか」
「ウサギだけは別だからね。ま、あんたには関係ない話でしょ」
「別ってなんだよ。なんだ、まさかあのウサギに惚れてたりするのか?」
魔理沙がにやにやと茶々を入れるが、妹紅は素知らぬ顔で受け流す。
「馬鹿馬鹿しい。ただ、殺しあってるだけだよ、永遠亭のやつらとは」
ふぅん、と魔理沙は頷いて妹紅の隣に腰を下ろした。
妹紅はさらに眉をひそめる。
「何か…?」
「ん? ちょっとくらいいいじゃないか。暇なんだよ」
魔理沙はにっと笑う。
妹紅は何も言わず、モンペのポケットから煙草を取り出し指先で火をつける。
さっさと立ち去ってしまいたいが、体力が回復するまでもう少し時間がかかりそうだ。
「暇ならすべきことを見つけなよ。私なんかに構ってないで。あんたたちはあっという間に死ぬんだからさ」
妹紅が煙を吐くと魔理沙は少し、顔を背けた。
煙が苦手なようだ。
「なんだよ、すべきことって。てゆうかさ、お前たちこそ無駄なことばっかりしてるじゃないか。死なないとはいえ、なんかもっと発展的な発想がないのかよ」
「発展的?」
妹紅が質問を返す。
体力が戻るまでは、少しつきあってもいいかと思い始めたようだ。
「例えば、私なら魔法とかきのこの研究に時間を割くな。アリスなら自立人形を作るだろうし、パチュリーなら魔力の研究と読書かな。咲夜は…あれも時間的感覚はずれてるか、論外。早苗なら信仰集めに没頭してるし、妖夢なら剣技を磨くだろうな。霊夢はー…霊夢もわかんないな。まぁ、暇があれば茶でも飲み尽くしてるんじゃないか。それから妖怪の山のメンツになると…」
妹紅はただ、魔理沙の口から飛び出る名前に驚く。
その名前と顔は知っている。なんとなくの職業や種族の所属位置も簡単には把握している。
だが、魔理沙のように思考の想定ができる相手がたくさんいるということに驚いた。
試しに、不老不死以外の知り合いを思い浮かべてみる。
慧音と阿求が浮かんだが、どちらも過去の遺産に囚われているような気がする。
発展的とは違うかもしれない。
「…で、あいつは天狗のくせにケータイとやらでシャメを撮っているらしくてな。って、お前聞いてないなぁ」
「あぁ、うん。ごめん」
妹紅が素直に認めるが、魔理沙は気を悪くするでもなく問う。
「ま、いいや。なぁ、お前好きなもんってある?」
「は?」
妹紅は、そう言えば永遠亭メンバーと、知り合い二人以外と話したのは久しぶりだなぁと思う。
そして、魔理沙の脈絡のない質問は、出会った当初の慧音のようだと思う。
別に秘密主義を気取るつもりはない。
聞かれれば答える。
だが、聞いてどうなるのだ、と逆に聞きたくなるような質問ばかり並べ立ててくるのには困惑したものだ。
魔理沙がしっかりと妹紅の横顔を見つめている。
妹紅は、それに気が付いていながら素知らぬ顔で煙草を吹かす。
「好きなものなんて…ない…」
「そんなことはないだろう」
魔理沙が即座に打ち消す。
妹紅はふざけた様子もなく、しばらく考えてみるがやっぱり結論は変わらない。
「ない。好きなものなんて。嫌いなものはたくさんある」
「…ふーん」
魔理沙は妹紅を見つめるのを止め、膝を抱える。
「お前、思ってた以上につまんないんだなぁ」
「なんとでも言いなよ。関係ない」
「や、そうじゃなくてさ!」
急に魔理沙が大きい声を出す。
それに驚き、妹紅は思わず魔理沙のほうを見る。
「せっかく時間が無限にあるのに何にも使わないし、周りとの関係を築こうともしないしさ。なんかなぁ。せっかく無限に時間があるんだからさぁ」
「限りあるから、一生懸命になれるんじゃない? ていうか、私がどうしようと勝手じゃない。何度もしつこいようだけれどほっておいて…」
「お前、恋とかしたことある?」
「はぁ?」
また話題が唐突に変わった。
「やっぱ長く生きてるしあるんだろ?」
「…長く生きていようが、関係ないだろう… そもそも私はあんまり人と関わらないようにしてきたんだ。あの薬を飲んだ時から…」
ふむ、と魔理沙は頷き正面から妹紅を見据える。
「何…?」
「ん、いやぁそう言えばお前もちんまいなぁと思って。私くらいの年のときに飲んだのかな、と思ってさ。ふむ。それっきり人と関わらなかったのならしょうがないよな。うん」
何かに魔理沙は納得している、いや納得しようとしているようで一人でうんうんと頷いている。
「何よ。恋でもしてるの?」
「んー…いや、よくわからん。たぶん、してないな。私の年でしてないのも変なのかとも思ったが、お前がしてないくらいだ。あと数千年しなくても平気そうだ」
「別にそういうものじゃないでしょう… 恋もしてないのに、恋に悩んでるのか。変な奴だな、あんたは」
「む。悩んでる?私は悩んでるのか?」
「違うの?」
「んー…そうなのかもしれないな。よくわからん」
「人に説教した割には、自分のことわかってないんじゃないか」
「そーいうもんだろ、人間」
「さぁ、私は人間を辞めたから」
妹紅は再び煙草を取り出し、火を灯した。
「宴会があってさ」
「ん」
妹紅が二口目の煙を吐き出すと、魔理沙が口を開いた。
「妖夢ってわかるか?二刀流のおかっぱ」
「ああ、なんとなく。確か冥界の」
「そそ。あいつが飲みすぎてさ、ぽろっと言ったんだよ。咲夜と実は付き合ってるって」
「ふぅん」
咲夜のことも覚えている。
毎晩永遠亭のメンバーしか襲ってこなかったのに、急に新しいメンツが現れたのだ。
忘れようにも忘れられない。
他の幻想郷の顔触れはともかく、あのときの九人ははっきり認識できる。
「なんか似てる二人だったな。うん、お似合いじゃないか」
「似てるか…?」
「銀髪で従者で刃物使い。そっくりじゃないか」
「まーそういう見方をするとなぁ。私からすると全然違うから意外だったんだけどな」
「まぁ私はよくは知らないからな。それで? あんたはどっちかに惚れててショックだった、と?」
いつしか妹紅からも魔理沙に質問をするようになっていた。
こういう会話らしい会話は、恐らく一番口をきく慧音ともしていなかった。
「いや。そうじゃなくてだな。まぁまぁ聞けよ。私はてっきり妖夢と幽々子ができてるもんだと思ってたんだ。ところが、それを霊夢に話したら鼻で笑われてさぁ。あいつ性格悪いよなぁ。『あんたってホント鈍感というか、バカよねぇ』とか言ってくれるわけだ」
「ははっ、いかにも言いそうだ」
「言いそうだ、じゃない。言いやがったんだ。幽々子なんてむかーし昔の本人も覚えてないときから紫とできてたんだと。一回全部忘れて出会いなおしても、まだ続くなんてすごいよな」
「へぇ。転生でもしたのか?」
「ああ、阿求のことか? まぁ、そんなもんだな。そそ、それで私は咲夜はレミリア一筋だと思ってたんだ。だから、その組み合わせはすごい意外だったわけだ」
「なるほど」
「レミリアと咲夜は同じでっかい屋敷に住んでるんだけどさ、そこの門番は絶対咲夜に惚れてるな」
「魔理沙の勘?」
「まぁな」
「あてになるの? 霊夢から鈍感って言われたんでしょう」
妹紅がにやりと笑う。
「いや! それは絶対だ! っていうか鈍感っていうなよ、妹紅まで!」
「ははっ、悪い悪い」
「まー確かに鈍感かもしれないけどさぁ。あれは、周知の事実ってやつだよ。そもそも美鈴は、あ、その門番なんだけどな。バカ正直だからわかりやすすぎるんだ」
「魔理沙でも気づくくらい?」
「おい! もうからかうなよ!」
妹紅も魔理沙も笑い合う。
「そそ、これは霊夢も言ってたから鉄板の情報なんだけどな。そこの図書館に住み着いてる魔女と、アリスは相思相愛らしいぞ」
「へぇ、めでたいじゃないか」
「いやいや、それがお互い気が付いてないんだよ。二人して片思いしてるんだ。周りからするとじれったいというか、面白いというか」
「面白いんだ」
「まぁな」
「で」
「ん?」
「よくよく見れば、周りはそんなことになってるだろ? 私もそろそろそういう年頃なんじゃないかと思って」
「そんな焦るものでもないと思うけど。そういや、霊夢なんてどうなの?」
「私が霊夢に!? ないない、絶対ない!」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。っていうか、なんだその反応。好きなのか、嫌いなのか」
「あー、いや、過去にな…ちょっとまぁ、そういう勘違いをしたことがあってだな…」
「勘違い?」
「んー。まぁ、私はひょっとして霊夢に惚れてるんじゃないか、と自分で勘違いをしたことが…な…」
「へぇ。勘違いだったんだ?」
「勘違いだったな。私はあいつの強さに惹かれていただけだったよ」
「なかなか大人じゃないか」
「これがか?」
「相手を認めるってことはなかなかできるもんじゃないよ。長く生きてきたんだ、それくらいは知ってる」
魔理沙は黙る。
少し、偉そうなことを言ってしまったかと思い妹紅が魔理沙の表情をうかがうと、照れたように笑っていた。
その様子が可愛くて妹紅も思わず笑顔になる。
「そういう意味じゃなくて。霊夢も魔理沙と同じ人間で年も一緒で。霊夢は恋してないのかなぁと」
「一緒じゃないぜ」
「私くらい生きるとそのへんは、魔理沙にとっての三日程度の誤差なんだよ」
「妹紅にとって、とかじゃなくてさぁ。人間、一年でだいぶ成長するもんなんだよ。特にこのへんの年は。一年の差があるから、しょうがないって思えるところもあるんだ」
妹紅が何も言わないと、魔理沙はもじもじと手遊びをしながら言う。
「霊夢はそうだなぁ。あいつは恋とかそんなことよりもっと…上を見ている気がするなぁ。そういう性格なのか巫女だからなのか。みんなを愛してて、幻想郷を愛してて、誰も愛してない…わけわかんないな」
魔理沙は笑う。
妹紅はなんとなく、気がつく。
魔理沙が霊夢に抱いている劣等感に。
それは嫉妬というよりも、少し憧れに近くて。
質は違うが、似たような感情を妹紅は輝夜に持っている。
それを自覚している。
例え永遠に死ねなくても、独りっきりにならない、というアドバンテージに対する感情を。
「恋…したいの?」
「したいな」
思いの外、魔理沙からは素直な返答が即座に返ってきた。
「だって、せっかく生きてるんだぜ? 80歳で死んじゃうとして、早めにスタートしておいた方が楽しめるだろ」
「別に人生ひっきりなしに恋してるわけじゃないだろう」
「まぁ、それだけに生きるわけじゃないけどさぁ。でも、付き合ったり片思いしたり、すれ違ったり。そういうのっていいじゃないか。私はそういうの、したいんだ」
「ふぅん…」
決して気のない返事ではない。
妹紅は、今までそんなこと考えもしなかった。
だから、考えてみる。
誰かと、想い想われ恋仲になり、腕を組んで歩くところを。
「んー。やっぱ私はそういうの、ないなぁ。考えられない」
「ガキめ」
「魔理沙に言われたくない!」
「っていうかさ、慧音はどうなのさ? 慧音に惚れてないの?」
「慧音? いいやつだし、感謝してるけど」
妹紅はまた、煙草を取り出して咥える。
「慧音は妹紅に惚れてるだろ?」
「ぶほっ」
火を灯すために吸い込んだ煙を、思わず吐き出してしまう。
「ええ!? そんな意外か? っていうか、言っておくがこれは私だけの勘じゃないからな。『あの時』のメンバー全員の意見だぞ」
咳込みつつ滲んだ涙を、妹紅は乱暴に手で拭う。
「な…んで…?」
「……なんでとか言われても…妹紅、あんま慧音いじめるなよ…」
咽てしまい反論のできない妹紅はただ、苦悶の表情を浮かべるだけだ。
しばらくしてやっと、呼吸の落ち着いた妹紅は結局火をつけられなかった煙草を、念のために地面に押し付けて火種を完全に消す。
「はぁ、もう帰りなよ。夜中に人間が歩き回って良いことなんてない」
「飛んで行くから大丈夫だぜ」
「じゃあなおのことだ。被害に合う妖怪が気の毒だ」
「まったくだ」
お互いに目を合わせて声を出さずに笑う。
「恋かぁ」
「ん?」
二人は立ち上がり、魔理沙は箒に跨る。
「恋ならば、妹紅にしてるのかもな」
「ほう、魔理沙は愛しい相手に背中から全力でぶっ放すのか」
「いやいや、その前だよ。恋を求めて妹紅のところまで遥々来たんだから」
「妖怪でもなく、なおかつ恋も知らなさそうな人間のところに来たんだろう」
妹紅は自嘲的に笑う。
「ガキめ」
「だから、魔理沙に言われたくない!!」
前に。
妹紅が魔理沙と初めて会ったとき。
初対面ながらまともに会話もせずにいきなり、弾幕ごっこに興じた。
そのとき、魔理沙は今みたいな顔をしていた。
本当に、楽しそうな表情を。
「なんとなく、妹紅に会いたくなったんだ」
飛びたつ魔理沙の背を、妹紅はただ見送った。
何にも言えず。
ここは幻想郷の竹林。
そこに大の字に倒れているのは妹紅。
そんな妹紅を覗き込んでいるのが魔理沙。
夜も遅く、月の光を背にしている魔理沙の表情は、妹紅からは窺い知れなかった。
妹紅は倒れたまま、目だけ動かして辺りを見回す。
意識を取り戻したばかりで、状況が把握できないし起き上ることもできない。
とりあえず先ほどまで弾幕ごっこをしていた相手、鈴仙はすでにいないようだ。
「あー…何?死んだばっかであんまり理解してないんだけど、勝負に負けたとこ見てたのなら気を使ってほっておいてくれないかな?」
妹紅は相変わらず寝転がったまま言う。
「ふむ、じゃあ気は使わないな。お前はあいつに負けたわけじゃないんだからな」
「ん?」
「お前は私が殺した」
「はぁ?」
普通の生物にたいしての会話ならば、「私が殺したようなものだ」程度の裏がありそうなものだが妹紅相手に限っては違う。
そのままの意味だ。
「いやぁ。夜空を散歩していたら面白そうなことやっていたのが見えたもんで。仲間に入れてもらおうと思ったんだけど、お前の背中を見て気が変わったんだ」
「それで殺してみたのか?」
「まぁ、そういうことだな。大量殺人はやばい気がしたからウサギは逃しておいたぜ」
「人じゃないからいいんじゃないの?」
「そうか、今度から気にしないぜ」
「その代わり私はほっておいてね」
妹紅はやっと体を起こす。
痛いと言うよりかは、全身に激しい疲労感が残っている。
「何したの?」
「ちょっとこれを全開で撃ってみた」
これ、と魔理沙が八卦炉を取りだす。
妹紅はそれを見てほんの少しだけ眉をひそめる。
「ウサギに当たらなくてよかったよ」
「あー? お前たち殺しあってるんじゃないのか? 飽きもせず無意味に。当たって死んだところで気になんてするのか」
「ウサギだけは別だからね。ま、あんたには関係ない話でしょ」
「別ってなんだよ。なんだ、まさかあのウサギに惚れてたりするのか?」
魔理沙がにやにやと茶々を入れるが、妹紅は素知らぬ顔で受け流す。
「馬鹿馬鹿しい。ただ、殺しあってるだけだよ、永遠亭のやつらとは」
ふぅん、と魔理沙は頷いて妹紅の隣に腰を下ろした。
妹紅はさらに眉をひそめる。
「何か…?」
「ん? ちょっとくらいいいじゃないか。暇なんだよ」
魔理沙はにっと笑う。
妹紅は何も言わず、モンペのポケットから煙草を取り出し指先で火をつける。
さっさと立ち去ってしまいたいが、体力が回復するまでもう少し時間がかかりそうだ。
「暇ならすべきことを見つけなよ。私なんかに構ってないで。あんたたちはあっという間に死ぬんだからさ」
妹紅が煙を吐くと魔理沙は少し、顔を背けた。
煙が苦手なようだ。
「なんだよ、すべきことって。てゆうかさ、お前たちこそ無駄なことばっかりしてるじゃないか。死なないとはいえ、なんかもっと発展的な発想がないのかよ」
「発展的?」
妹紅が質問を返す。
体力が戻るまでは、少しつきあってもいいかと思い始めたようだ。
「例えば、私なら魔法とかきのこの研究に時間を割くな。アリスなら自立人形を作るだろうし、パチュリーなら魔力の研究と読書かな。咲夜は…あれも時間的感覚はずれてるか、論外。早苗なら信仰集めに没頭してるし、妖夢なら剣技を磨くだろうな。霊夢はー…霊夢もわかんないな。まぁ、暇があれば茶でも飲み尽くしてるんじゃないか。それから妖怪の山のメンツになると…」
妹紅はただ、魔理沙の口から飛び出る名前に驚く。
その名前と顔は知っている。なんとなくの職業や種族の所属位置も簡単には把握している。
だが、魔理沙のように思考の想定ができる相手がたくさんいるということに驚いた。
試しに、不老不死以外の知り合いを思い浮かべてみる。
慧音と阿求が浮かんだが、どちらも過去の遺産に囚われているような気がする。
発展的とは違うかもしれない。
「…で、あいつは天狗のくせにケータイとやらでシャメを撮っているらしくてな。って、お前聞いてないなぁ」
「あぁ、うん。ごめん」
妹紅が素直に認めるが、魔理沙は気を悪くするでもなく問う。
「ま、いいや。なぁ、お前好きなもんってある?」
「は?」
妹紅は、そう言えば永遠亭メンバーと、知り合い二人以外と話したのは久しぶりだなぁと思う。
そして、魔理沙の脈絡のない質問は、出会った当初の慧音のようだと思う。
別に秘密主義を気取るつもりはない。
聞かれれば答える。
だが、聞いてどうなるのだ、と逆に聞きたくなるような質問ばかり並べ立ててくるのには困惑したものだ。
魔理沙がしっかりと妹紅の横顔を見つめている。
妹紅は、それに気が付いていながら素知らぬ顔で煙草を吹かす。
「好きなものなんて…ない…」
「そんなことはないだろう」
魔理沙が即座に打ち消す。
妹紅はふざけた様子もなく、しばらく考えてみるがやっぱり結論は変わらない。
「ない。好きなものなんて。嫌いなものはたくさんある」
「…ふーん」
魔理沙は妹紅を見つめるのを止め、膝を抱える。
「お前、思ってた以上につまんないんだなぁ」
「なんとでも言いなよ。関係ない」
「や、そうじゃなくてさ!」
急に魔理沙が大きい声を出す。
それに驚き、妹紅は思わず魔理沙のほうを見る。
「せっかく時間が無限にあるのに何にも使わないし、周りとの関係を築こうともしないしさ。なんかなぁ。せっかく無限に時間があるんだからさぁ」
「限りあるから、一生懸命になれるんじゃない? ていうか、私がどうしようと勝手じゃない。何度もしつこいようだけれどほっておいて…」
「お前、恋とかしたことある?」
「はぁ?」
また話題が唐突に変わった。
「やっぱ長く生きてるしあるんだろ?」
「…長く生きていようが、関係ないだろう… そもそも私はあんまり人と関わらないようにしてきたんだ。あの薬を飲んだ時から…」
ふむ、と魔理沙は頷き正面から妹紅を見据える。
「何…?」
「ん、いやぁそう言えばお前もちんまいなぁと思って。私くらいの年のときに飲んだのかな、と思ってさ。ふむ。それっきり人と関わらなかったのならしょうがないよな。うん」
何かに魔理沙は納得している、いや納得しようとしているようで一人でうんうんと頷いている。
「何よ。恋でもしてるの?」
「んー…いや、よくわからん。たぶん、してないな。私の年でしてないのも変なのかとも思ったが、お前がしてないくらいだ。あと数千年しなくても平気そうだ」
「別にそういうものじゃないでしょう… 恋もしてないのに、恋に悩んでるのか。変な奴だな、あんたは」
「む。悩んでる?私は悩んでるのか?」
「違うの?」
「んー…そうなのかもしれないな。よくわからん」
「人に説教した割には、自分のことわかってないんじゃないか」
「そーいうもんだろ、人間」
「さぁ、私は人間を辞めたから」
妹紅は再び煙草を取り出し、火を灯した。
「宴会があってさ」
「ん」
妹紅が二口目の煙を吐き出すと、魔理沙が口を開いた。
「妖夢ってわかるか?二刀流のおかっぱ」
「ああ、なんとなく。確か冥界の」
「そそ。あいつが飲みすぎてさ、ぽろっと言ったんだよ。咲夜と実は付き合ってるって」
「ふぅん」
咲夜のことも覚えている。
毎晩永遠亭のメンバーしか襲ってこなかったのに、急に新しいメンツが現れたのだ。
忘れようにも忘れられない。
他の幻想郷の顔触れはともかく、あのときの九人ははっきり認識できる。
「なんか似てる二人だったな。うん、お似合いじゃないか」
「似てるか…?」
「銀髪で従者で刃物使い。そっくりじゃないか」
「まーそういう見方をするとなぁ。私からすると全然違うから意外だったんだけどな」
「まぁ私はよくは知らないからな。それで? あんたはどっちかに惚れててショックだった、と?」
いつしか妹紅からも魔理沙に質問をするようになっていた。
こういう会話らしい会話は、恐らく一番口をきく慧音ともしていなかった。
「いや。そうじゃなくてだな。まぁまぁ聞けよ。私はてっきり妖夢と幽々子ができてるもんだと思ってたんだ。ところが、それを霊夢に話したら鼻で笑われてさぁ。あいつ性格悪いよなぁ。『あんたってホント鈍感というか、バカよねぇ』とか言ってくれるわけだ」
「ははっ、いかにも言いそうだ」
「言いそうだ、じゃない。言いやがったんだ。幽々子なんてむかーし昔の本人も覚えてないときから紫とできてたんだと。一回全部忘れて出会いなおしても、まだ続くなんてすごいよな」
「へぇ。転生でもしたのか?」
「ああ、阿求のことか? まぁ、そんなもんだな。そそ、それで私は咲夜はレミリア一筋だと思ってたんだ。だから、その組み合わせはすごい意外だったわけだ」
「なるほど」
「レミリアと咲夜は同じでっかい屋敷に住んでるんだけどさ、そこの門番は絶対咲夜に惚れてるな」
「魔理沙の勘?」
「まぁな」
「あてになるの? 霊夢から鈍感って言われたんでしょう」
妹紅がにやりと笑う。
「いや! それは絶対だ! っていうか鈍感っていうなよ、妹紅まで!」
「ははっ、悪い悪い」
「まー確かに鈍感かもしれないけどさぁ。あれは、周知の事実ってやつだよ。そもそも美鈴は、あ、その門番なんだけどな。バカ正直だからわかりやすすぎるんだ」
「魔理沙でも気づくくらい?」
「おい! もうからかうなよ!」
妹紅も魔理沙も笑い合う。
「そそ、これは霊夢も言ってたから鉄板の情報なんだけどな。そこの図書館に住み着いてる魔女と、アリスは相思相愛らしいぞ」
「へぇ、めでたいじゃないか」
「いやいや、それがお互い気が付いてないんだよ。二人して片思いしてるんだ。周りからするとじれったいというか、面白いというか」
「面白いんだ」
「まぁな」
「で」
「ん?」
「よくよく見れば、周りはそんなことになってるだろ? 私もそろそろそういう年頃なんじゃないかと思って」
「そんな焦るものでもないと思うけど。そういや、霊夢なんてどうなの?」
「私が霊夢に!? ないない、絶対ない!」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。っていうか、なんだその反応。好きなのか、嫌いなのか」
「あー、いや、過去にな…ちょっとまぁ、そういう勘違いをしたことがあってだな…」
「勘違い?」
「んー。まぁ、私はひょっとして霊夢に惚れてるんじゃないか、と自分で勘違いをしたことが…な…」
「へぇ。勘違いだったんだ?」
「勘違いだったな。私はあいつの強さに惹かれていただけだったよ」
「なかなか大人じゃないか」
「これがか?」
「相手を認めるってことはなかなかできるもんじゃないよ。長く生きてきたんだ、それくらいは知ってる」
魔理沙は黙る。
少し、偉そうなことを言ってしまったかと思い妹紅が魔理沙の表情をうかがうと、照れたように笑っていた。
その様子が可愛くて妹紅も思わず笑顔になる。
「そういう意味じゃなくて。霊夢も魔理沙と同じ人間で年も一緒で。霊夢は恋してないのかなぁと」
「一緒じゃないぜ」
「私くらい生きるとそのへんは、魔理沙にとっての三日程度の誤差なんだよ」
「妹紅にとって、とかじゃなくてさぁ。人間、一年でだいぶ成長するもんなんだよ。特にこのへんの年は。一年の差があるから、しょうがないって思えるところもあるんだ」
妹紅が何も言わないと、魔理沙はもじもじと手遊びをしながら言う。
「霊夢はそうだなぁ。あいつは恋とかそんなことよりもっと…上を見ている気がするなぁ。そういう性格なのか巫女だからなのか。みんなを愛してて、幻想郷を愛してて、誰も愛してない…わけわかんないな」
魔理沙は笑う。
妹紅はなんとなく、気がつく。
魔理沙が霊夢に抱いている劣等感に。
それは嫉妬というよりも、少し憧れに近くて。
質は違うが、似たような感情を妹紅は輝夜に持っている。
それを自覚している。
例え永遠に死ねなくても、独りっきりにならない、というアドバンテージに対する感情を。
「恋…したいの?」
「したいな」
思いの外、魔理沙からは素直な返答が即座に返ってきた。
「だって、せっかく生きてるんだぜ? 80歳で死んじゃうとして、早めにスタートしておいた方が楽しめるだろ」
「別に人生ひっきりなしに恋してるわけじゃないだろう」
「まぁ、それだけに生きるわけじゃないけどさぁ。でも、付き合ったり片思いしたり、すれ違ったり。そういうのっていいじゃないか。私はそういうの、したいんだ」
「ふぅん…」
決して気のない返事ではない。
妹紅は、今までそんなこと考えもしなかった。
だから、考えてみる。
誰かと、想い想われ恋仲になり、腕を組んで歩くところを。
「んー。やっぱ私はそういうの、ないなぁ。考えられない」
「ガキめ」
「魔理沙に言われたくない!」
「っていうかさ、慧音はどうなのさ? 慧音に惚れてないの?」
「慧音? いいやつだし、感謝してるけど」
妹紅はまた、煙草を取り出して咥える。
「慧音は妹紅に惚れてるだろ?」
「ぶほっ」
火を灯すために吸い込んだ煙を、思わず吐き出してしまう。
「ええ!? そんな意外か? っていうか、言っておくがこれは私だけの勘じゃないからな。『あの時』のメンバー全員の意見だぞ」
咳込みつつ滲んだ涙を、妹紅は乱暴に手で拭う。
「な…んで…?」
「……なんでとか言われても…妹紅、あんま慧音いじめるなよ…」
咽てしまい反論のできない妹紅はただ、苦悶の表情を浮かべるだけだ。
しばらくしてやっと、呼吸の落ち着いた妹紅は結局火をつけられなかった煙草を、念のために地面に押し付けて火種を完全に消す。
「はぁ、もう帰りなよ。夜中に人間が歩き回って良いことなんてない」
「飛んで行くから大丈夫だぜ」
「じゃあなおのことだ。被害に合う妖怪が気の毒だ」
「まったくだ」
お互いに目を合わせて声を出さずに笑う。
「恋かぁ」
「ん?」
二人は立ち上がり、魔理沙は箒に跨る。
「恋ならば、妹紅にしてるのかもな」
「ほう、魔理沙は愛しい相手に背中から全力でぶっ放すのか」
「いやいや、その前だよ。恋を求めて妹紅のところまで遥々来たんだから」
「妖怪でもなく、なおかつ恋も知らなさそうな人間のところに来たんだろう」
妹紅は自嘲的に笑う。
「ガキめ」
「だから、魔理沙に言われたくない!!」
前に。
妹紅が魔理沙と初めて会ったとき。
初対面ながらまともに会話もせずにいきなり、弾幕ごっこに興じた。
そのとき、魔理沙は今みたいな顔をしていた。
本当に、楽しそうな表情を。
「なんとなく、妹紅に会いたくなったんだ」
飛びたつ魔理沙の背を、妹紅はただ見送った。
何にも言えず。
なんというイケメン
ちょっとした相槌でもなんでも、参加してみたいくらい、良い何かだ……
もっとこうゆうのが増えてほしいですね。