Coolier - 新生・東方創想話

いつか見た海の光景を

2010/06/12 17:47:56
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 仕事場の僅かながらに聞こえる風の音はどことなく寂し耳に聞こえてくる。
 虫の声もすっかり鳴りを潜め、夜露に濡れた窓の外へ目を向けると空がうっすらと白み始めていた。
 走らせていたペンを止め。ギッと椅子の背を鳴らしながら軽くのけぞるように体を傾け時計を見る。
 ちょうど午前三時を回った所で、一区切りつけようと射命丸文は立ち上がりすぐ横の流し台に向かった。
「……あやや」
 棚を開けて中を覗き込んだ文は、コーヒーの粉を切らしている事に残念そうに呟いた。
 買い物に行くのを面倒臭がると決まって欲しい時に欲しい物を切らしてしまっているのは不思議な物だ。と思いながら文は代わりに紅茶のパックを取り出す。
「砂糖……も切らしてるか。これはますます買い物に行かないと不味いですねぇ」
 パックの横の砂糖を入れた缶は持ち上げて揺らすとカラカラとほんの少し残っただけの塊が音を鳴らすだけだった。
 食器棚から新しいマグカップを取り出してそこにパックに放ってからやかんに水を入れてコンロの火にかける。
 すぐにカタコロと熱せられた水でやかんの底が音を出し始めた。
 その音に耳を傾けながら日が昇ってすぐに買い物に行くか、それとも先に寝ようかと思考を巡らせているとドアがコンコンと控えめに叩かれた。
『文、起きてる?』
「起きてますよ」
 答えるとドアが開き、どこか惚けた表情を覗かせながら入ってきた犬走椛は文の顔を見ると嬉しそうに顔をほころばせた。
「こんな時間までお疲れ様です、紅茶を煎れるので少し待ってて下さい」
「やあありがたい、どうも夜更かしには慣れてないもんだから眠くて眠くて」
 文の椅子に腰掛けて椛は大きな欠伸を隠そうともせずに長々とすると、目の下にうっすら出来たクマをごしごしと手の甲で擦った。
 やかんの音が激しくなってきたので火を止めてマグカップに湯を注ぐと、あっという間に湯は紅茶の色に変わる。
 文がカップを椛に渡すと、椛は一口飲んでからまたほうっと大きく息をついた。
 自分の分を渡してしまったので文はもう一つカップと紅茶のパックを用意し、残った湯を注ぎ込む。
「ああ、そうそう」
 喉を通る熱い紅茶の味を堪能していると椛が思い出したように切り出した。
「先ほどね、山に侵入者があった」
「霧雨?」
「いや、面白い事になんてことないただの人間」
「ふむ」
 文はカップを置くと椛の傍に置いていた文花帖とペンに手を掛けた。
 空いているページを開き、時計を確認して現在の時刻を記入していく。
 普段聞かない出来事はそれ即ち事件に繋がる。
 ネタを書き留める準備を追終え、文はペンを指の間で一回りさせると椛の言葉の続きを待った。
「侵入者は二人、どこかの屋敷の女中と長い銀髪の女の子だった」
「こんな時間にねぇ……」
「これが紅白や白黒ならまだ対応のしがいもあるんだけどね。警告をしたらすぐ引き返してくれたが、代わりに言付けと土産を受け取ったよ」
「土産?」
 椛はごそごそとスカートのポケットから何かをまさぐって取り出すとこちらに差し出してきた。
「文に渡してくれって、他の天狗には内密に頼むという事だそうで」
 受け取ったそれは乱暴に折りたたまれた文書だった。
 所々にまだ乾ききっていない墨が滲んでいて表にも何か、多分自分の名前だろうか書いてあったがそれも滲んだ墨同士がくっ付いて、ただ線を引いたようにしか見えない。
 開くと、書かれていた文章もやはり滲んだ墨で読み辛く、文は目をこらして一字一字を確認するように読んでいった。
「なんて書いてあった?」
「急ぎにより文章にて失礼、頼み事があるので至急稗田の屋敷へ来て欲しい」
「……それだけ?」
「それだけです、ふむ」
 手紙を返すと椛も目を細めてそれを読み始めた。
 稗田の屋敷という事はつまり稗田阿求から送られてきた文書に間違いはないだろう。
 内容から急ぎの事だとは分かったが、わざわざ呼び出される程の理由が分からない。
「何かあったのかな」
 文書を放り出し、椛が紅茶を口に含んだ。
「この内容からじゃ推測のしようもありませんね……まぁ考えるよりも向こうはすぐにでも来て欲しい様子ですし」
「行くの?」
「行かなければならないでしょうね、やれやれ何があるのやら」
 文花帖を閉じ、胸ポケットにしまって慌てて準備を始める文を横目で見ながら椛はまた欠伸をすると机に腕を組んで突っ伏してしまった。
 それからひらひらと手を振ってお供はしないと意思表明をする、山伏帽子を被った所で声をかけようと思った文はその様子に苦笑いを浮かべると。
「留守番頼みましたよ、おやすみ」
 手を振るのを止めて寝に入った椛を残し外へ出た。
 畳んだ羽を広げると、ニ、三度羽ばたかせる。
 薄白い空は沈みかけた月が雲に隠れてうっすらと輝いていた。
 もう少しもしない内に昇り始めた太陽が妖怪の山を朝焼けに染めてしまうだろう。
 地を蹴って木々を抜けて何も無い空へ出ると風が髪をはためかせる。
「……さて、と。行きますかね」
 その涼しさに目を閉じて堪能してから文は一気に妖怪の山を飛び抜けた。








「お待ちしておりました、射命丸さん」
「これはこれは……」
 屋敷に着き、女中に案内され客室の襖を開けた文はその異様な光景に驚きの声を上げた。
 すぐ目の前で正座をし、出迎えた阿求の手は墨に汚れていて、それとは別に赤い色が混じっている。
 その下、畳の回りは蛇腹のような乾いた血の跡が染み付いている、それを辿って奥の方へ目をやると片付けられた机の横に男が布団の上に横たわっていた。
「夜分遅く申し訳ございません、しかし急ぎごと故、お許しください」
「それよりも説明を、この男は?」
 中に入り奥の男の寝かされている布団へ近づくと、異様なその姿に背筋がピンと張るような緊張が走る。
「ふむふむ、こりゃまた随分酷い有様ですねぇ」
 それを表に出さないよう。勤めて明るくとぼけた調子で文は視線を男の頭から足元までなぞるようにやった。
「妖怪に襲われたのです」
 阿求が言う、額付近の傷から白髪の混じっているだろう男の髪は濃い赤に、腕と胸板に巻かれた包帯は真新しいがやはり滲む血で染まっている。
 荒い呼吸で激しく上下する腹の回りの服は穴が開いていたり、裂かれていたりと男が妖怪にどう扱われたかをわかりやすく物語っている。
 重傷かどうかは包帯のせいで判断に難しかったが、苦しく呻く男の声は悲痛に掠れ、まさしく言葉通り酷い有様だった。
「この男、幻想郷の人間ではありませんね」
「ええ」
「……神隠し、ですか」
 文の言葉に、阿求は深く頷いた。
 幻想郷に住む妖怪と人間は時が進むに連れ、食うか食われるかの関係はただの見掛け倒しとなっている。
 人攫いも。驚かす事も。殺し合う事も。もはや命名決闘法によってパフォーマンスとなってしまい。それが幻想郷に生きる妖怪と人間の最もバランスの取れた関係を構築してきた。
 その為に。人を食うことによって生きる妖怪達は元々少ない人間をさらに食う事を禁じられ、飢えに耐えなければいけない羽目になっている。
「しかし珍しいですね、『食料』が生きているなんて」
「……そういう言い方は、今は止めて下さい」
「失礼」
 人食いの妖怪は人食いでしか生きられない、彼等が得られる唯一の人間は外から流れ着く死にかけや死にたがりだけだったが、勿論それで足りる事は無い。
 神隠し。
 境界を操る能力を持ち、唯一幻想郷と外の世界を自由に行き来する事が出来る大妖によって無差別に連れてこられた人間は、外の世界ではそう呼ばれている。
「それにしても、あなたがたからすれば複雑な気分でしょうね」
「……」
「餌をやって飼い主気取りのつもりですかねぇ……野暮な事ですが」
「ん……んん」
 男が呻いた。うっすらと目が開き、視線が一度回りを見渡した後に見下ろしている文を映した。
 三十も半ばかりか、彫りが深く肌は日に焼けて黒く、端整というよりも豪快そうな顔立ちはいかにも健康そうな風だった。
「お目覚めですか? それてもずっと起きてたか……御機嫌よう、わかりますか?」
「今はそっとしてあげて下さい、やっと落ち着いて来た所なのです」
「そうですか」
 男から離れ、文は阿求の正面に腰かけると胸ポケットから文花帖とペンを取り出した。
「さて、経緯を」
「数時間前、竹林で男が襲われていたのを藤原妹紅が見つけ、助けだしたそうです」
「妖怪というより人間に近いですからね彼女は、当然の行動でしょう」
阿求の言葉をそのまま手帳へ書き写していく。
「……竹林で怪我をしたなら、永遠亭に医者が居る筈ですが」
「ええ、藤原妹紅は真っ先に男を永遠亭へ連れて行きました」
「しかし、男は今ここにいる。とどのつまりは」
「その通りです」
「ふむ」
 視線を文花帖から離し、男の方へ向けた。
 幻想郷一番の名医は運の悪い事に不在だったのだ。
 彼女が主や従者を放ってどこへ行ったのか気になったがそれは後で考える事として、文は阿求に視線を戻した。
「助手はいたようで応急処置を施したようですが……ちゃんとした治療を受ける為と、人間の目の届く所へ置いた方が良いという判断で、ここへ連れてこられました」
「妥当な判断でしょうね、永遠亭は妖兎と妖精ばかり。もし気まぐれや悪戯で外の人食いを招き入れてもあそこの主は気にもかけないでしょう」
「村の医者に診させましたがここの治療器具では難しく、結局完全な処置にはなりませんでした……」
「あの医者の技術が飛びぬけすぎているのですよ、気に病む事ではありません。ああ、それより」
 顔を伏し、黙ってしまった阿求に文は話を続けさせる為に思い出した風を装って文花帖を閉じた。
「私を呼んだ理由をお話しして頂けませんかね」
「そうでした、あなたを呼んだのは他でもありません。この男についてです」
 顔を上げた阿求の視線が、男と文を行ったり来たりしている。
「この件を記事にしろとでも言うんですかね……言うようですが。神隠しについては知っている人妖は多いし、美味しいネタだとは思えませんが」
「あなたの記事の基準などどうでもいいのです。私が頼みたいのはこの男の願いを叶えてやって欲しいという事です」
「願い……?」
「ええ、永遠亭からここへ運ばれてからあなたが来るまで。僅かばかり意識がハッキリしている間に男はうわ言のように呟いていたのです」
「何と?」
「海が見たい、と」
「海?」
「私と永遠亭の従者は彼にここが、幻想郷がどういう所なのかを話しました」
「幻想郷には海はありませんし。なるほど。そういう事ですか」
「ええ、そして……八意永琳の姿が無い今。この傷のまま外の世界へ帰る事は難しい」
「外へ出してからは知った事ではないと思いますが。それにこの男がこのまま死ぬとしても、そんな事を叶えてやる義理がありません」
「……あなたからすれば、そうでしょうね」
 阿求の目が、鋭く文を見据えた。
 唇をきつく結び睨みつけてくる阿求に、文は失言をしたなと心で呟いた。
「義理が無くとも、知った事ではなくとも、人間は、私は、そうしてやりたいのです」
 憤りを隠そうともしない語気は十と少しも行かない少女の者とは思えず強く。居心地悪く視線を逸らした後、文はポンと膝を叩いた。
「……わかりました、今の言葉の侘びにお引き受けしましょう」
「ありがとうございます」
 床に手を付き、阿求は深く頭を下げた。
「つまり、私は海を用意すればいいのですね」
 複雑な表情でそれを見つめながら文は大体を理解し、言った。
「私は確かに海を知っていますし、この目で見た事もあります。ですがそれを形として残している訳でもなく記憶もおぼろげで、とてもじゃないけどこの場に用意する事など」
「無理難題は承知しております」
「……善処しますが、期待はしないで下さいね」
「はい」
 話は終わった。文は立ち上がると男の方へ顔を向けた。
 呼吸が落ち着いているのは気絶したのか、暫く大丈夫そうだと勝手に判断すると文はさっさと客室を出て庭へ降りた。
 海が見たいなどとは、人間は何を考えているのかよくわからない。
 外の世界へ出ない限りは海を見る事も写真を撮る事すら出来ないだろう。それこそ境界を操らなければ。
 八雲紫を訪ねる事を一瞬考えたが、すぐにそれを頭の隅においやった。
 あの胡散臭い妖怪に頼み事なんかすればどうなるものかわかったものではない。
「とりあえず動きますが。さあ困った、困りましたねぇ」
「宜しく頼みます……どうか、どうか」
「期待はしないで下さい、では」
 客間の入り口に立つ阿求に微笑むと。文は再び地を蹴った。








「海ねぇ……ふぁ……」
 訪れた文を部屋に通し、一通り話を聞いた姫海棠はたては小首を傾げて欠伸を噛み殺した。
 夜分遅くに訪れた為、髪飾りは無くストレートにパジャマ姿といった格好のはたてに文は頷いて、考えてる間に部屋の中を見渡した。
 ぬいぐるみや可愛らしい小物がそこかしこに置かれた部屋はいかにも女の子の部屋といった感じで、学習机には河童製のプリンターが置かれ異彩を放っていた。
「それで私の所に来たの?」
「ええ、ちょっと知恵を借りようかと」
「珍しい事もあるもんね、明日は雨かしら?」
「単刀直入に言いましょう、あなたの能力で海を写して欲しい」
「うーん……」
 はたては怪訝な顔をし、傾げた首を戻す代わりに腕を組んだ。
「難しい事言うわね」
「私とそう歳が違わないあなたも、海を一度は見た事があるでしょう?」
「あるけど随分昔の話よ? とりあえず適当に座って待ってて」
 はたての言葉に文は部屋に通されてから立ったままだという事に気づいた。
 学習机の椅子を引いてそこに腰掛ける。クッションのふわりとした感触がやたらと気持ち良く、仕事場に置いてみようかなんて思っているとベッドで何やらごそごそとしていたはたてが戻ってきた。
「座ってとはいったけど私の椅子に座らないでよ」
「いいじゃないですか、それよりも」
「はいはい」
 特に何もする事の無くなった文はとりあえず携帯を開き操作し始めるはたてを見つめる事にした。
「それにしてもする事もないのに夜更かしとは感心しませんね」
「あらあるわよ……河童のラジオ、あれまともに聞けるようになったからそのテストに付き合ってるの」
「へぇ……つまらなそうですね」
「うん、つまらない。……ああ、やっぱ駄目だわ」
 携帯から目を離したはたてが首を横に振る。
「他の天狗も海の写真なんて残してないし、私は勿論あんたもそう、つまりは手詰まりね」
「あっさりですね」
「仕方ないじゃないの、私の能力は念者。他人の撮った写真を見つけて写すだけであって見た物記憶した物が撮れる訳じゃないの」
「期待外れですね……てっきり私は人の記憶を覗き込んでパシャリとやれるもんだと思ってましたが」
「そうだったらどんなに便利な事かしらねー」
『うーん……』
 二人は同じタイミングで悩むような声を上げた。
 もしかしたら、最近知り合った新聞仲間を訪ねてみたものの、結果は失敗に終わった。
はたての言う通り、手詰まりだった。
(どうか、どうか)
 阿求の言葉とあの時の憤りの表情を思い浮かべると、苦笑いが零れる。
 ああ言ったものの、もし用意出来なければこの一件。確実にお互いにわだかまりを残す事になるだろう。
 あの男についてはどうでもよかったが、数少ない購読者を無くすのは文にとっては痛い事だった。
「記憶、記憶ねぇ」
 天井を仰ぎ、はたてはうわ言のように呟いた。かと思うと何か思いついたらしく、パンと手の平を叩いた。
「そういえば、さとり妖怪は人の記憶を具現化する事が出来るじゃない」
「あー……」
 はたての言葉に、トラウマを呼び起こして悦に入る趣味の悪い妖怪の姿を思い出す。
「古明地さとりが大人しく言う事を聞くとは思えませんがねぇ。それはあなたも知っていると思いますが」
 文もはたても、一度さとりに取材をした事がある。
 その時にさとりが行った文のトラウマを呼び起こして放った『うろ覚えの金閣寺』に関してはまだ二人の記憶に新しく、文はぶんぶんと首を振って思い出しかけたその光景を振り払った。
「それをどうにかするのがあんたでしょ、口が達者なんだから」
「……はぁ、気が進みませんねぇ」
 そうは言うものの、それ以外の方法は無いだろう。
 さとりの能力を使い、自分の記憶の奥底にある海の光景を想起させれば写真どころか海そのものを出現させる事が出来る。しかし問題が幾つかあった。
「地上の妖怪が地底へ行き来する事を認められたのはあの異変からですが、地底の住人にはそれを良く思わない妖怪や鬼は多い、そんな中地霊殿まで行き、なおかつ古明地さとりを連れ出すとなると……」
「連れ出せるかどうかはあんた次第。一番の問題はどう行くかね、まぁその件に関してはいい考えを思いついたわ」
「いい考え?」
 はたてを見上げると、何故かパジャマのボタンを外し始めている所だった。
 いきなり何をし始めたかと一瞬目を疑ったが、クローゼットに向かう彼女に着替える為に脱ぎ始めたのかと理解する。
「で、いい考えって何です?」
「ちょっと待って……」
 答えたはたてはブラウスに腕を通しつつスカートのファスナーを閉めようとやっきになっている。
 ため息をつき、机の横にある窓へ目を向けると外はすでに朝焼けに染まっていた。
 一時間も経ってないかと思ったが、思いのほか時間は経っているらしく、そう思うとあの男の安否が気がかりだった。
 八意永琳が戻っているならばすぐ従者から話を聞いてすぐに人里へ向かっている筈だが……。
(面倒な事に首を突っ込まされたなぁ)
 その可能性は低くても高くても、考えるだけ無駄だろう。
 どちらにしろ話の流れからして地底に赴く事は確定した、着替えが終わったはたての考えというのを聞いてからではないと行動に移せないが。
「お待たせ」
「へっ? ああはい」
「……眠そうね」
 紫色のリボンで髪をツインテールにまとめ終えたはたては、呆けた返事をする文に唇を尖らせた。
 急いでまとめたのか、二つのツインテールはあちこちが跳ねている。
「じゃあ行くわよ」
「行く?」
「行くの」
「考えは」
「行けばわかるわ、今頃ラジオ相手にお喋りしてる河童の所にね」
 怪訝な顔をする文に、はたては悪戯を思いついた子供の様ににっこりと微笑んだ








 地底の奥にある街並みは様々な妖怪で溢れていた。
 朝っぱらから、なんて思ったが太陽の光が届かないこの場所には、時間の概念などあってないような物だろう。
 そんな地底の空を漂う鬼を避けながら眺め、文はそこそこの速度で飛んでいた。
「ほんとにこっちは見えて無いんですか? 凄い不安なんですけど」
『見つかってないから安心していいわよ、ほら進む進む』
 腰につけた通信機からの楽しそうな声に文はため息をつくと前を見据え、遠くに見える地霊殿を目指した。
 河童から取り上げるようにして持ってきた光学迷彩スーツは思いのほかその効果を発揮していた。
 随分前に巫女と魔女が来た時はあっという間にバレたと聞いて地底に入ってから冷や冷やしていたが、話し声に怪訝な顔をされる以外の反応が無い事からその後に改良でも加えたのか。
 地上の妖怪が単身乗り込んで来たとなればいい顔をしない妖怪達が追い返そうとしてくるだろう。ここを通る際にうたた寝をしていた橋姫などその最もたる者だ。
 もしもの事を考え、通信機をはたてに持たせたがこの調子だと苦も無く到着出来そうだ。
『そろそろ付く頃かしら、寝てたら叩き起こしてあげないとね』
「それをやるのは私なんですが……」
『頑張って』
「……起きてたらいいなぁ」
 町を過ぎ、地霊殿に近づくに連れて妖怪や鬼の姿も無くなった所で文は着ていたスーツを脱いだ。
 着る、というより羽織るマントのように作られたスーツを見失わないように裏地の方から畳んでいく。
「さてはて、大人しく来てくれるかどうか……」
『私は口を出さないから、健闘を祈るわ』
「それはどうも」
 ブツ、と切れる音を最後に通信機が沈黙する。
「口を出さないどころか、もう関わらないといった感じですねぇ……」
 夜分遅くに起こされ、無理を押し付けられようとしたのだから当然の話なのだが。むしろここまで協力してくれた事に感謝するべきなのだろう。
 地霊殿の入り口の扉は屋敷に対して随分と小さかったが、それでも見上げる位の大きさだった。
 これほどの屋敷は地上だと紅魔館と良い勝負だろう。回りには様々な種類のバラが咲いてき、地底には似合わない雰囲気を醸し出していた。
「おじゃましまぁーす……」
 扉の取ってに手を取り、何となく小声になりながら文は音を立てないよう、ゆっくりと開けていった。
 中に住む住人は多くは無いが、警戒するに越した事は無い。
「とりあえずここには誰もいな――」
「こんばんわ」
「ひゅいっ!?」
 突然かけられた声に文は河童のような驚く声を出して飛び上がった。
「驚きましたか、お久しぶりですね」
 声の主は、くすりとも笑いもせずに声だけ楽しそうにして胸の辺りを押さえて息を荒くする文を見据えた。
「お、おいででしたか……」
 睨むように古明地さとりを見返し、文は恨めしげに呟いた。
「相変わらず趣味の悪い事を……ですか。言い返す言葉もないですね」
 さとりから絡むようにして生えていた赤い目がこちらをギョロリと睨むつけてくる。
 心の底を見据えるような、実際見られているのだが。文は何よりこの大きな目が苦手だった。
「取材は前に受けたはずですが。人目を忍ぶように来て一体、何の御用ですか?」
「今日は取材では無く、私事で来まして」
「どのような?」
「……心を読めばわかるでしょう」
「頼み事というのは、人の口から耳へ意思を伝えなければ意味を成しません。ここでは何ですからテラスへ、お茶の用意をさせましょう」
「いえ、ここで結構」
 驚かされた事によって激しくなった心臓が落ち着いて来た所で、いつもの調子で文は言い、 そして稗田の屋敷にいる男について話した。
 外から連れられた男が竹林で襲われた事。永遠亭に居るはずの医者がいなかった事。屋敷に居る事。海を見たがっている事を。
 さとりは区切り区切り話される事に口を離さず、頷きながら聞き入った。
 そして話終えた時、答えを求めるように見つめる文に暫く考える風に目を瞑り。
「……そうですか」
 そして目を開いたと思ったら、難しい顔をして文に言った。
「確かに私の能力を使えば出来ないこともないでしょう。ですが」
「何の意味がある?」
「そうです、その男の為にどうして私がそうしましょうか?」
 さとりの目が、第三の目が、じっとこちらを見据える。
 文が阿求に言ったように、さとりも文に同じ事を。ただ違うのは文は阿求の様に憤りを感じるのではなく、むしろさとりと同様の感情だった。
「……私にもわかりません」
「稗田阿求はどうして見知らぬ死にかけた男のうわ言を真摯に受け止め、それを実行しようとしているのでしょうか?」
「私にはわかりません、私は妖怪ですから」
「……そうですか」
 考えた所で、わかる筈も無い。
 一本の蝋燭程度しか生きられない人間の考えなど。
「分からなくとも私はそうしなければならないのです。ですが私には海の記憶はあれどもそれを形にする事は出来ません」
「だから、私を訪ねたと」
「そして、来て頂きます。地上へ、あの男の元へ、私と」
「嫌だと言いましたら?」
「時間が惜しいのであなたと遊んでいる暇は無いのです」
「……そうですか」
 さとりは呟くと、振り向き手を大きく三度叩いた。
 暫くして、鈴の音と共に一匹の黒猫がやって来る。
 ニつの尻尾を持った黒猫はさとりの足元に首をすりよせると、短くにゃあと鳴いた。
「少し出かけてきます、留守を頼みましたよ」
 腰を下ろし猫の首元の首輪の部分を撫でながら猫に言い聞かせると、猫は理解したのかもう一度鳴くと尻尾をぱたぱたと振った。
「この一件は借りにしておきます」
 立ち上がったさとりは、微笑むと文の横を通り過ぎ、町に向かって歩き出した。
「いつ返せばいいですかね」
 その横に立ち横目でさとりを見ながら文がおどける様に訊くと。
「そうですね、では今度地上の案内を頼みましょうか」
 視線をそのままに、さとりは小さく笑みを浮かべて呟くように言った。







 外はもう日が高く昇りはじめ、目が痛むくらいの陽射しが降り注いでいた。
 対照的に客室の阿求の表情は暗く、重苦しい雰囲気に包まれている。
「容態は?」
「意識は完全に戻りましたが傷の具合は。しかし朗報が一つ」
「戻りましたか、八意永琳」
「ええ、今しがた助手が痛み止め等を持ってやって来ました。本格的な治療をする為に準備が必要との事ですが、終わり次第すぐに来てくれるとの事です」
「……ずっとそこに居たのですか?」
「はい」
 阿求は頷くと、疲れきった様子で立ち上がり、客室の外に立つ二人を中へ入れた。
 肉体的な疲れというよりも。精神的な疲れの方が大きいのだろう。
 まどろみかけた瞼の下には寝不足でクマがあり、額に溜まる汗粒を拭おうともしていない。
「そちらの方は?」
 目を瞬きさせ、阿求は文の横で正座をしたさとりに視線を向けた。
「海を見せてくれる方をお連れしました」
 文も腰を下ろし、阿求に笑いかける。
「地底で悪霊の管理を任されております、古明地さとりと申します」
「九代目阿礼乙女、稗田阿求です。そうですか、あなたが……。お名前は何度か耳にしました。心を読まれるようですね」
「はい、なので失礼な事を考えないように気をつけてください」
「ふふ、頑張ります」
「ええ、頑張ってください」
 お互いにお辞儀をした後、二人はやおら微笑んだ。
(さっきはあんな事言ってたくせに、結構調子がいいものですね)
「そうですか? そんなものでしょう?」
「はい?」
「ああ、気になさらないで下さい……それより」
 文が視線を男の方へ移すと、二人も連られてそちらの方へ視線をやった。
「一足遅かった、そんな気分です。傷がいえたら彼は外の世界へ帰っていくでしょう」
「……申し訳ございません、先程は気が急いていたものですから」
「でも、無事ならそれで何よりですね」
「古明地様もわざわざこちらに出向いて頂いたのに」
「お気になさらないで下さい……でも、あなたは何か、ほんの少しだけ楽しそうな感じがしますが」
 さとりの目が阿求の方へ向くと、阿求は顔を伏せ居心地悪く身じろいだ。
「お恥ずかしながら私は海という物を記録でしか知りません。知れば知るほど、それはどういったものなのだろうかと想いを巡らせていた事がありました」
「……男を助けたのには、色々な理由があるようですが、実は」
「ええ……あわよくば、海という物について聞ければと思いまして。卑しい事だとお笑い下さい。人の命の灯火がすぐそこで消えようとしていたかもしれないのに、海という言葉を聞いてから私はうわべだけ彼の事で親身になっているようでその事ばかり考えていました」
「笑いません」
 さとりは、はっきりと阿求を見据えて言った。
「人間という生き物は得てしてそういう生き物だと私は思っております。手に届かないものならば尚更」
「……さとりさん、あまり言わないほうが」
「口が過ぎました」
「……申し訳ない」
 その時、布団に横たわっていた男がおもむろに声を上げた。
 てっきり寝入っていたものだと思っていた阿求は驚いた様子で男の方へ寄ると、具合は大丈夫だったかと細かく聞き始めた。
「聞かれてましたか」
「あはは、私達を見てまた錯乱でもされたら敵いませんねぇ」
 呟くさとりに、額を指で掻きながら文は自嘲気味に笑った。
 いきなり見知らぬ世界へ連れてこられ、訳も分からない内に訳の分からないモノに襲われて、殺されかけ。
 男の傷は体だけでなく、深く心も傷つけただろう。
「ご迷惑をかけたようで本当に申し訳ない」
男の低くよく通る声に、阿求は首を横に振った。
「お気になさらずに、もう少し辛抱をして下さい」
「……俺はあの時もう二度と帰れないと、あの海を見る事が出来なくなったのかと思ったけど。大丈夫なんだな、帰れるのか」
「ええそうです、帰れます」
「そこのお二人さんも、何やら俺の為にやってくれたようで、お礼を言いたい」
 男の言葉に、文はどうしたものかと固まった。
 お礼を言いたい、という事はつまり面と向かえということで。
 人間と同じ顔立ちをしていても、妖怪というのは細かい部分が人とは違う。
 文は尖った耳が、さとりは体に絡む赤い目が。
「私達は妖怪です、あなたを不必要に怯えさせる事は出来ません」
考えあぐねていると、代わりにさとりが男に答えた。
「それでもお礼を言わせてくれ、気がすまねぇんだ」
「あやや、結構威勢の良いお方で」
 痛み止めのおかげか語尾を強くする男はこのまま押し問答を繰り返そうものなら飛び起きかねない勢いだった。
「では失礼して」
 さとりがまず立ち上がり、男の方へ近づいて顔を覗き込んだ。
 男の体が、驚きによって強張るように動いたのが文の目にはっきりと映った。
「あ、すまねぇ」
「仕方の無い事です」
「ありがとうな、お嬢さん、それと――」
「清く正しい射命丸文と申します、以後お見知りおきを」
 男の顔がこちらを向いたので文は軽く頭を下げてから男の傍へ寄った。
「あんたの方は妖怪に見えないな」
「……杞憂でしたね、射命丸さん」
「あ、あはは……」
「ぷっ……妖怪としては致命的ですね」
 恥ずかしげに頭を掻き、誤魔化すような笑いを浮かべると、阿求が思わず吹き出した。
 それに連られ男が申し訳ないと謝ったが、その顔は笑みを浮かべ謝っているようには見えなかった。
「イテテ、阿求さん、と言ったかな」
「あ、はい」
「海について聞きたいと言っていたね、今はこんな調子だからそう沢山話せないけど。治ったら色々と教えてあげよう。俺は沖縄に住んでてね。綺麗だぞー、あの海は」
「……ありがとうございます」
「その様子だと、言葉だけじゃ伝えきれない位に素晴らしいんでしょうね」
「ああ、出来れば見せたい位だよ」
「では見せて下さい」
「えっ?」
 さとりの言葉に男が驚きの声を上げる。阿求もさとりの方へ顔を向けるとさとりはにっこりと微笑んで第三の目を撫でた。
「この目を見つめてください、少し怖いかもしれませんが。そのうちぼんやりとしてきますが……心を海で満たして下さい。あなたの心のある海を」
「満たす? 思い浮かべればいいのか?」
「ええ、難しいでしょうがハッキリと、その中にいる位に鮮明に」
「古明地様、何を?」
「阿求さん、彼女に任せましょう」
 文は阿求の手を取ると男と、男を第三の眼で見つめるさとりから離れ、客室の入り口の方まで来ると腰を落ち着けた。
「何をしようとしているのですか?」
「まあ少し待って下さい」
 そわそわとし始める阿求をなだめる。会話から何かをしようとしているのか理解はしているようだが、根本的なものを知らない阿求には何がしたいのか分からないのだろう。
 文は、さとりが何をしようとしているのか理解して待った。
 さとりの目が男に催眠をかけ、記憶を引き出してそれ出現させようとしているのをじっと見つめて待った。
 あの弾幕の再現のように、ここに海を再現しようとしているさとりを。








「……独り言を、言わせてください」
 男の目がぼんやりと第三の目を見つめるだけになった時。無意識にさとりは小さく呟いていた。
 奥に座っている二人が頷くのを確認し、目を瞑って思い返すように上を見上げてから、ぽつり、ぽつりとさとりは独り言を始める。
「私は今、忘れていた感情が、懐かしいという感情が心を満たしていくのを感じています」
「昔のいつの事だったでしょうか。私と妹がまだ地上の小さな山の奥に住んでいた頃、たまにその山には迷い込む人間がいました」
「私と妹は迷った人間を迎え入れ、囲って彼等の話しに耳を傾ける事が好きでした。多くはこの目を恐れて逃げてしまいましたが。たまに興味を示してくれた人は、私達の願いを聞き入れ、彼らの事を、人間の事を沢山話してくれました」
 第三の目が細むのを感じ、さとりは目を開いた。
 視界には男の顔は無く、一杯に広がった闇がそこにあった。
 男の心は催眠によって深く眠りに近い状態に陥っている。男の心の中のさらに奥へ。
「いつしか私達はその話しをもっと深く、広く、様々と知りたいと思い。人間に断ってこの目でその心の奥底を覗いていきました」
 奥へ、闇の中から小さな水音が。
「その心の光景を私達は具現し、山の中へ広げました。ある男は古い外国の町並みを。ある女は賑わう市場を。ある老人は談笑する家族を。妹は特にその事が上手く、私は教えられるように真似をしたものです」
 奥へ、淡く鮮やかな青い色が。
「いつ頃からでしょうか、山に人が来なくなったのは。いつ頃からでしょうか、逃げた人によって伝えられた私達の事が大きくなって、迫害されるようになったのは」
 奥へ、ツンと鼻を刺激する塩の香りが。
「私は、妹は、それでも人間というものが知りたくて、彼等に歩み寄ろうとしました。しかし叶わず、追われるように逃げ、どこかへ、どこへ行ったのか思い出せません。気が付けば地底に招き入れられて、受け入れられ」
 男の心が、開いていく。
 流れる水の感覚に体を震わせ、そしてさとりは心に思い浮かべた。
「妹はいつしか心を閉ざし、私はいつしか心を持つ者の嫌なものを見る事に楽しみを感じ。いつしかあの頃のような出来事があったことなど、今の今までまるで無かったかのように忘れていました」
 男の中の光景を。
「この懐かしさの何と気持ちの良い事でしょうか。心を読む事が何てこんなに良いものだと忘れていたのでしょうか」
波音が訪れる、激しく打ち迫る白波の泡立ちが。
「見せましょう、見ましょう、いつか見た海の光景を!」
 さとりは心の光景を広げるように、両腕を高く広げた。


 ああ。


 ああ。


 心が、満ちる。


 ――――『想起』


 押し寄せた波は客室を攫い、そこは深く広がる一面の海の中となった。







 文は聞こえてくるその振動にも似た音に始めは地震かと思い、押し寄せてくる白波に我が目を疑った。
 驚きの声を上げる間もなく飲み込まれ、波が過ぎた頃に見えた光景に唖然とした口が塞がらなかった。
 客室は跡形も無く消え去り、そこには水色の世界が降り注ぐ陽によってきらめき輝いている。
 眼下には真っ白な砂に混じり、木の枝のような石に似た塊がまるで草原のように伸び、その間を見たことの無い小さな白色の魚や、青と黄の縞模様の魚が悠然と泳いでいた。
 ひんやりと冷たく、塩辛く、海の感触が全身を覆っているというのに不思議と息苦しさは感じなかった。
「凄い……」
 阿求が呟く。
 広がる光景は急に揺れると、ゆっくりと向きを変えたようにして進み始めた。
(男の記憶の再現だからその時の光景を映しているのか……)
 光景は暫く海の中を漂っていると、暫くして上の方へ向き上がり始めた。
 海面へ向かって泳いでいく。
 近くにいた大きな魚がこちらに気づき大慌てで逃げていった。
 揺らめく海面が近づいてくる。太陽の光が眩しく広がりそして――
「あ……」
 海面から出て見えた空は雲一つない快晴だった。
 遠くから聞こえる賑わいと涼やかな風が濡れた頬を撫でる感触も文は感じたが。目はじっと空にある何かを見つめていた。
 驚きと、理解できない感情に見開かれた目がそれに釘付けになる。
 それは、一羽の鴉だった。
「あれは……」
 その鴉を文は知っていた、大きく翼を広げ、回るように飛ぶその鴉を良く知っていた。
「……私だ」
 鴉は一声鳴くとそれを合図にしたかのように海がザッ、と引いてく。
 それは瞬く間に大きな音を立てて流れ、気が付いた時には海は消え客室の中に変わらない位置で文と阿求は座っていて、さとりが広げた両腕をゆっくりと下ろしてる所だった。
 波音も無く。塩の匂いも無く。冷ややかな冷たさも無く。静寂だけが残っていた。
 横目で阿求を見ると呆然とした表情でさとりを見つめていた、墨で汚れたままの手は震え、何か言葉を発しようと口が僅かに動いていた。
「……こりゃすげぇや」
 男の声が静寂を打ち破るように響いたように感じられた。阿求はただこくこくと頷き、やおら笑顔を浮かべ。
「素晴らしい光景をありがとうございます」
 さとりの元へ駆け寄るとその手を握ってぶんぶんと動かした。
「私は彼の記憶を再現しただけです、でも……」
「あの、あの鴉は」
「あなたの心まで覗いてしまっていたようですね」
 信じられないといった表情の文に、さとりはにこりと微笑んだ。
――○月×日 第百二十五季 葉月の十

先月竹林で襲われていた所を藤原氏に助けられ、稗田邸で保護されていた外の世界から来た人間は本日未明。博麗神社より外の世界へ送られていった。
神隠しによって迷い込んだ――氏は当時、近くにいた妖怪によって酷い傷を追ったが同日午前六時頃に訪れた八意永琳によって治療を受け一命を取り止めた。
八意氏によると「出血は確かに酷くて傷も多かったけどそれほど深い傷もなくて致命傷たるものが無かったのが幸いね。まぁ来た時に談笑していたのを見る限りには回りが大騒ぎしてただけってのもあるかもしれないし、本人もショックだったでしょうけど。まぁ無事に治って何よりだわ」
との事で事実、人間は一週間程の安静の後、子供を肩車して歩く回れる程に回復した。
豪快な笑い声とその性格は人里での人気が高く、去った後の子供達の残念がる声も少なくは無かった。
今回の事件に関与しているであろう八雲紫氏はインタビューに応じず、稗田阿求の訪問にのみ応じたが詳細は得られず、釈然としないまま事件は幕を終える事となった。
幻想郷に生きる妖怪と人のバランスは今の時代最も良く見られているが、裏では誰にも知られずその命を落としていく人間がいる事に少し考えさせられる結果となった。
なお、彼が残した「アロハシャツ」なる衣服が欲しい方はお近くの鴉か天狗までご一報を、新聞共にお届けいたします。
ちょっと穴が開いていたりするけどむしろそれは幻想郷の最先端を行くファッションを醸し出すかもしれません


※文々。新聞号外より一部抜粋
石動一
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コメント



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11.90名前が無い程度の能力削除
なんかこうほのぼのするね
14.80名前が無い程度の能力削除
皆それぞれ海をみたときの喜びも一入だったろう
16.100愚迂多良童子削除
阿求とさとりのやりとりが非常に息が通じていて面白い。
文の偶然はなにを示しているのかは分からないけど。
18.80名前が無い程度の能力削除
綺麗な話でした。面白かったです。