わたしが初めてみた太陽はまんまるだった。
地底都市最深部。
熱い熱い捨てられた地獄の底。
そこには一匹の地獄烏がいた。
地獄烏が鳴いていた。
地獄烏が泣いていた。
――わたしが初めて見た地上は優しげな淡い光に包まれていた。
その世界を照らす淡く赤い光を発しているものは、赤く丸かった。
その形は親友のあいつの瞳とおんなじくらいまんまるだった。寂しげなまんまるとした太陽だった。
それはとても、とても綺麗で……。
涙が出るくらい。
なのに、どうしてあの太陽は寂しそうなんだろう。
「ねえ、お燐」
「なあに?おくう」
「お燐の眼って綺麗だよねえ」
そういうとお燐の顔がどんどん赤くなる。
「お空……いきなり何を言うのさ。照れるじゃないか……」
しかしそんな事は気にせず、わたしは話を続ける。
「この前さ、初めて地上に行ったんだ。その時に夕焼けを見たの。初めて見た本物の太陽。でね、お燐の眼はその夕焼けみたいなんだ。優しい優しい色。地上を包む優しい光の色。お燐は夕焼けみたい。夕焼けみたいに優しい」
「よせやい。そんなに褒めても何も出やしないよ」
「本心だよ。お燐だって知ってるでしょ?私は嘘なんてつけないってこと」
それにお燐が応える。
「だから余計に恥ずかしいんだよ!……おくうの馬鹿」
「馬鹿とは何さ!!!」
「おくうのばーか!」
そう言うとお燐は猫に変化し走り去っていってしまう。
「馬鹿って言うなよー!!!」
走り去っていくお燐に私はそう大声で叫ぶ。
(察しろよ、おくうの馬鹿!バカガラス!キャー!)
「今日のお燐、なんか様子がおかしかったなあ。どうしたんだろ。まあ、いっか。さぁーて、仕事仕事」
制御棒を揮ってわたしは今日も仕事を開始した。
――私が二度目に見た地上は青かった。
雲一つない青空にさんさんと輝いている太陽。
綺麗だなあ、と思った。
そうしてボーっと空を見ていると
「なんだ、いつぞやのバカカラスじゃないか」
いきなり後ろから声がする。
「馬鹿とは何よ、えーっと……誰だっけ」
「やっぱり馬鹿じゃないか」
振り返ってみると、黒い三角帽子をかぶりエプロンドレスをはいている金髪の少女がそこにいた。
わざわざ地底に降りてきてわたしの地上進行計画を力づくで止めた人間。
遊びとはいえわたしの「太陽さえも作り出す力」を以ってしても倒せなかった人間。
しかし、名前がまったく思い浮かんでこない。
職業は確か魔法……魔法……えーっと……なんだっけ。魔法使う?
「あんただってわたしの名前、覚えてないじゃない。バカカラスって言った」
「お?馬鹿にしては痛いところを突いてくるな。しかーし、わたしはちゃんとお前の名前を覚えているんだな。霊鳥路空。だろ?」
「うにゅ……当たっている」
「はっはっは。わたしが間違えるわけないだろ。鳥頭じゃないんだから」
「鳥頭?なにそれ」
「馬鹿ってことだ」
「馬鹿って何回も言わないでよ!」
「はは。ごめん、ごめん。ところで今からある場所に行くんだが。折角だし、お前も一緒に来ないか?」
「ある場所ってあの神社のこと?」
「おっ、博麗神社のことは覚えているんだな。わたしの名前は忘れている癖に。でも神社ではないんだよなー」
「じゃあどこよ?」
「ついてくれば分かるって。いこうぜ」
魔法使うがそう言って歩き出す。
行くあてもなかったからついていくことにした。
「……ところであんた、誰?」
「まだ思いだしてなかったのか……」
――わたしが三度目に見た太陽は……
霧雨魔理沙と名乗った魔法使いに連れられてやってきたのは外から見るとよく判らない物で埋められている奇妙な建物だった。
「おーい。香霖。いるかー」
魔理沙がそう呼ぶと一人の男が家内から出てきた。
「なんだ、魔理沙か。君はいつも唐突に来るね」
「普通だぜ」
「ん?ところでそちらの方は誰だい?」
「こいつか?こいつは霊烏路空。守矢神社の期待の星だ」
「ほう、君が……」
わたしはこの人を知らないのに、この香霖という男性はどうやらわたしのことを知っているらしい。
「紹介が遅れたね。僕は森近霖之助。この香霖堂の店主をしている。君の事は天狗の新聞に書いてあったから知っているよ。究極の力を持っている、とか」
天狗?誰だろう。わたしは巫女と魔法使いにしか地上で会った覚えがないのだが。
「こんなところで話すのもなんだ。中に入ろうか」
そういうと、霖之助と名乗った男性は香霖堂とかいう建物の中に入っていってしまう。
「どうした?わたしたちも中に行こうぜ」
それに続いて魔法使いが建物の中に入っていく。
わたしは覚悟を決めて建物の中に入った。
建物の中は外以上に混沌としていた。
「なによこれ……」
わたしは呆然としてしまった。
「ここはいつもこんなに散らかっているの?」
「これが普通だぜ」
魔法使いが答える。
あまりにも汚い。こんなところで本当に住んでいるのだろうか
「安心しろ、香霖はどこに何が置いてあるかを全て把握してるから」
魔法使いが耳打ちしてくる。
そうしている内に店主が飲み物を持ってきた。
「麦茶でよかったかな」
「お前が飲み物を出すなんて珍しいじゃないか」
「客には出すさ」
「一応わたしも客だぜ」
店主と魔法使いがそんなやりとりをしている時、なんとなく周りのモノを見回していたわたしの目はある本のところで止まった。
『Sun(Solay System)』と書かれた赤い何かが貼ってある本だった。
「店主。これはなに?」
「ああ、これは太陽について書かれている外の世界の本だよ」
「これが!?太陽ってあの空に上に浮かんでいる太陽!?」
「そう。確かこの本の内容は……」
店主が語った内容は次のようなものだった。
・太陽は核融合をで燃え続けていること
・太陽系の惑星は太陽を中心に回り続けている。我々が住んでいる地球も例外ではないこと
・太陽に近づきすぎると、近づいた物体は何も残らず燃え尽きてしまうこと。
・太陽はいずれ水星や金星を飲みこみ、飲みこまれたそれらの星々は消滅してしまうこと。
それを聞いている時、わたしは初めて見た太陽の事を思い出していた。
そしてどうしてあの夕焼けが寂しそうにしていたのかをを理解してしまった。
太陽に近づいたものは太陽の強すぎる熱によって跡形もなく亡くなってしまう。
太陽はいずれ大事な家族を飲みこんで消滅させてしまう。
惑星たちは太陽の強い熱で消されてしまわないように遠く離れたところにいる。
そう考えていたら、わたしは自分の中にいる究極の――八咫鳥の力が怖ろしくなった。
その力を散々使っておきながら。その力を妄信しておきながら。
わたしはこの体の中に入り込んでいる八咫烏を怖ろしく感じた。
お燐は何度もわたしを説得してくれたのに。わたしはそれを聞かなかった。
お燐は膨張したわたしを止めようとしてくれていたのに。わたしはそれを遮って地上を侵略しようとまでしていた。
だからお燐はわたしを武力行使で止めようと地上に助けを求めた。
でももし、あの時巫女と魔法使いがわたしを止めに来なかったら?
もし、あの時わたしがあの二人に勝ってしまっていたら?
わたしは一番大切なものをこの手で失ってしまっていたのではないだろうか。
一番大切なものを……。
「おい、おくう。おくう!大丈夫か」
そこでわたしに魔理沙が話しかける。
「お前……顔が青くなってるぞ、どうかしたのか?」
「え、大丈夫よ……魔理沙……ありがとう」
わたしを止めてくれて。
「……ならいいんだけどさ。ところでお前のスペルカードと同じだよな、さっきの話の一部分」
「『地獄の人工太陽』のこと?」
「そうそう、それそれ。確かあのスペルカードって小型太陽を発生させて、相手を引力で吸い込むんだったよな」
それを聞いてたまらなくなった。
ああ、帰ろう。ここにいたらわたしは彼女も消滅させてしまうかもしれない。
「ごめん魔理沙……わたし……帰る!」
「あっ!おい、おくう!待てよ!おくう!」
その呼びかけを振り切ってわたしは香霖堂を後にした。
「いったいどうしちまったんだ、あいつ」
「途中から様子がおかしかったようだが……」
「香霖がいやらしい眼で見ていたからじゃないのか?」
と、魔理沙は小気味よく笑う。
そして、霖之助はため息をつく。
「勘弁してくれ……」
――わたしが三度目に見た太陽は……怖ろしかった。
地底都市最深部。
熱い熱い捨てられた地獄の底。
そこには一匹の……地獄烏with八咫烏がいた。
地獄烏with八咫烏が鳴いている。
地獄烏with八咫烏が泣いている。
そこに。
一匹の火炎猫が紛れ込んできた。
「お空?どこに行ってたんだい?帰ってきてすぐここに飛んで行ったってさとり様が言っていたけれど」
「おくう……もうわたしに近づかないで」
「どうして?」
お燐が近づいてくる。
「来ないで!」
お燐から離れる。
「おくう、本当にどうしたんだい?地上でなにか変なものでも食べた?」
「食べてないよ!」
お燐、お願いだからわたしにもう近づかないでよ。遠くからでいいの。わたしはもう太陽のように遠くからお燐やさとり様を見守れればそれでいいの。
だって近づいたら。一緒にいたらお燐は……。
「じゃあどうして?」
「ッ……!」
「ねえ、おくう。あたいにその理由を言ってごらんよ。あたいだけはあんたの味方だよ」
お燐を近づけさせたらダメ。例え悲しませても、例え嫌われても、遠ざけなくちゃ。遠ざけなくちゃ。
「……お燐のことが嫌いになったから」
「嘘ばっかり。自分でも言ってたじゃん。わたしは嘘がつけない、って。あたいの事が嫌いになったのならおくうはどうして今泣いているんだい?」
「泣いてなんか……あれ……えっ」
凄く悲しかった。お燐が さとり様が わたしから離れていくことを考えたら。怖くて。寂しくて。
だけど、だけど、お燐達を失わずに済むのなら……。
「言ってごらんよ。ね? なんでも聞いてあげるからさ」
「わたしは……自分の能力が怖くなったんだ」
「どうして?」
「太陽の話を知ってる?」
「太陽ってこの核融合炉のことかい?」
「違う、地上の太陽のこと。……太陽はね、近づきすぎると近づいた物質は跡形もなく燃え尽きてしまうんだって。そして、太陽はどんどん膨張していって水星や金星といった周りの惑星や星々を飲みこんでその星たちを消滅させてしまうんだ」
その時、お燐は(失礼だが)お空がその話をしっかり覚えていたことに感心した。それゆえに事の重大さを理解した。
「わたしは核融合を操ることができるでしょ?核融合はすなわち太陽の力。わたしは太陽と同じ。だからね、……わたしはこのままだとお燐もさとりさまも地霊殿もみんなみんな燃やしちゃう……!」
「そしたらわたしは一人になっちゃう。同じ一人になるのなら遠く離れたところで見守っていた方がいい!寂しくたって、たとえ近づけなくたってお燐たちが消えちゃうのは嫌だ!」
「だから、お燐、バイバイ」
空は泣いていた。
だけど、これで……これでいいのだ……。
空は飛び立とうとする。
と、そこで何かに覆われていて飛び立てないことに気づく。
お燐だ。お燐が抱きついている。
「本当の太陽には近づけないけれど、ほら。あたいはこうしてお空に近づけるよ」
「それに太陽はあたい達を明るく照らしてくれるよ。燃やしなんてしないよ」
その言葉に空は
「でも……!わたし、また膨張するかもしれないよ。今度はお燐を傷つけるかもしれないよ」
「その時はまた止めてやるよ。あたいだけじゃ無理かもしれないけど、さとり様だってそれに地上のお姉さんたちだっている。何度でも何度でもあんたを止めてやるよ。呆れながらね」
「でも……!」
「でも、じゃないよ。太陽か太陽じゃないかなんて関係ない。あたいにとっておくうは『おくう』だよ。さとり様だってきっとそう。あんたが太陽になったからあたい達と一緒にいられないって言うんだったらあたいたちは無理矢理にでもその引力に引っ張られてやるよ。あんたを一人になんてしてやらない」
(それにおくう、あんたはあたいにとって昔からずっと『太陽』だったんだよ)
(惹きつけられて惹きつけられてその引力から出る事は一生出来やしない、いや出来ない)
(自分から近づいていったんだよ、泣いてるあんたに会う為に)
(あんたに近づき過ぎて燃え尽きてしまうのならそれもまた本望さ)
「だから、ね?帰ろう。一緒に」
「お燐……えぐっ……」
おくうはお燐の胸の中で泣いた。
いっぱいいっぱい泣いた
「はいはい。あたいの可愛い親友は本当に馬鹿だねえ」
「うっ……うっ……馬鹿じゃ……ない……」
おくうが涙や鼻水を垂らしながらそう言うが、今の顔は本当にばか面だ。
それを見てお燐は笑う。けらけら笑う。
「なにがそんなにおかしいのよ……ぐす」
また笑う。そして
「ね、帰ろうか。さとり様も心配してるよ」
お燐が空に手を差し伸べる。
それに空はびくっと一瞬震えるけれど
「うん……」
と言ってその手を受け取る。
「あのね……お燐、ありがと。大好きだよ。これからもずっと……よろしく」
お燐は照れているのを隠すように2本の尻尾を嬉しそうに振るのであった。
地霊殿に帰ると、さとり様が心配そうな顔をして待っていた。
わたしは悲しくなった。
さとり様には笑顔でいてほしいのに。
お燐が事の事情を話すとさとり様は
「馬鹿ね……。おくう、貴女が私たちがいなくなったら寂しいと思ったように私も貴女がいなくなったら寂しいのよ。貴女やお燐が私を笑顔に幸せにしてくれているの」
と、言って優しく抱きしめてくれた。
私はまた泣いた。
「おくうは泣き虫ね。よしよし」
「さとりさばぁぁあああああ」
(ちょっと妬けちゃうねえ……ん?……ぷっ!)
お燐はお空の顔を見て笑う。
「お空、顔!顔!」
「あら、ほんと。クスクス」
さとり様も笑う。
「わだわないでくだざいよおおおおおおおお」
「いや……だってさ……あんまりにも……あははは!面白い顔してるからさあははは!」
「おりんのばかああああああ」
「あんたに馬鹿と言われたらあたいも立つ瀬がないねえ」
それを横目で見ながらさとりは提案する。
「さ、ご飯にしましょ。……貴女もよ、こいし」
「あれー?気づいてた?」
こいし様――さとりの妹である古明地こいしが突然現れる。
「お姉ちゃんが私に気づくなんて珍しいね」
「逆でしょ。貴女が私に気づかれるなんて珍しいわね」
「ところで、いつまでおくうを抱きしめているのー?妬けちゃうなー」
そこで、さとり様が私の体から腕をぱっと離す。
「まあ、いいけど。それよりお腹すいたーご飯ご飯ー」
こいし様が地霊殿の中に入っていく。
「はあ……私たちも行きましょうか」
さとり様も続いて中に入っていく。
「おくう、あたいたちもいこ!」
お燐がわたしに笑顔で手を差し伸べてくれる。
「うん!」
それに私も笑いながらその手を受け取る。
わたしには待っていてくれる、いつでも手を差し伸べてくれる家族がいる。
大好きな家族が。
ねえ、八咫烏。
私は孤独じゃないよ。
太陽は孤独なんかじゃないんだよ。
心の中にいる八咫烏に語りかける。
私の胸に付いている八咫烏の瞳が微笑んだ気がした。
「行こう!」
二人は笑いながら地霊殿の中に走って行った。
おくうが初めてみた太陽はまんまるだった。それはおくうの瞳とおんなじくらいまんまるだった。
寂しげなまんまるとした太陽だった。
みんなは周りを回っていてくれるけれど近くには来てくれない。
近くに来たら燃え尽きてしまうから。
そんな太陽の姿だった。
だけれど今、太陽は一人じゃない。
孤独なんかじゃない。
太陽の傍には遠く離れていても彼(彼女)を思い続けてくれる家族がいるから。
地底の太陽の傍には太陽の引力に魅入られてしまった憐れなそして、夕焼けのように優しい猫がいつまでもいつまでもそばにいるから。
おくうがいるから、おりんや古明地姉妹は固い絆で結びついているんだね。
おくうの引力(魅力)はすごいぜ。
ここでちょっと吹いたwどうせなら地底の太陽とかにすればいいのに。