――翼なんていらない。
トリカゴの中で生かされているだけの私には、見上げる空すら無いのだから。
こんな翼じゃ飛べやしない。
空の飛び方だって、よく分からなくなってしまった。
進化の過程において、生きるために必要のない機能は失われる。
私の翼もそれと同じだったんだろう。
風のない部屋。光のない世界。
捻じ曲がった翼は、空へ羽ばたくことを知らない。
歪な翼。
それは罪の証。
空を失った羽根は、私の浅ましい心を映し出すかように形を変えた。
犯した業を嘲笑ってぐにゃりと歪み、光を求めてゆらりと鈍い輝きを放つ。
醜くて、無様なものだ。
愚かな咎人に相応しい枷となった翼。
そんな罪の十字架を背負って生きる毎日が、私が私自身に与えた罰だとしたら。
この閉ざされた世界で生きることを罰としたのはレミリア・スカーレット。貴女だ――
嗚呼、お姉様。
こんな私にどうかお許しを。
いつになったら、私はここから出してもらえるのかしら。
お姉様に会いたくて、会いたくて……胸が張り裂けそうなの。
抱きしめて欲しい。
そして甘い口付けを交わすの。ゆらりと伝う体温を感じさせて?
吐息が乱れるほどに舌を絡めて出来上がった唾液はキャンディみたい。
口内ではしたない音を奏でながら喘ぐお姉様の横顔が、たまらなく愛しい。
私はただお姉様と一緒におかしくなりたいだけ。
だからもっと……感じさせて欲しいの。お姉様の、全て。
たっぷりと唇を犯した後はお姉様の美しいうなじに舌を這わせて、耳たぶを甘噛みして差し上げましょう。
快楽を待ち焦がれてるお姉様の耳元で、私は天使のようにそっと囁く。
「あはっ、お姉様ぁ。私がいないと生きていけないようにして……あ、げ、る」
破滅に捧ぐ、永遠の誓い。
疼く胸に手を添えて、優しく微笑むお姉様をバラバラに壊すの――
††† ハカイヨノユメ †††
淡い月の光だけが、ぼんやりと部屋を照らしている。
ふと窓の外に目をやると暗雲が立ち込めていて、すぐに雨になりそうだ。
嗚呼、お姉様は大丈夫かしら。何せ今日は無理矢理外出させてしまったから、きっと傘なんて持っていないはず。
遠くに出かけていなければ良いのだけど。
――今日は、お姉様の誕生日。
私は青白い月明かりを頼りにしながら、小さなテーブルにクロスを敷いて料理を並べていた。
スペアリブのグリルにサーモンのカルパッチョ、南瓜のポタージュにハーブたっぷりのグリーンサラダ。
お料理なんてできないけど、シェフに無理言ってお手伝いさせて貰って出来上がった自慢の品々。
中央にバースデーケーキを置いて、その隣に庭で摘んだ赤と白の薔薇を添える。
したためておいたメッセージカードに真紅のリボンを結んで、そっとお姉様の席に置いた。
バースデーケーキのチョコプレートに刻まれた"happy birthday Remilia"の文字を見ていると、まだ誕生会は始まってもいないのに嬉しくて心が弾む。
うん。とっても素敵にできたわ!
お姉様、驚いてくれるかな?
綺麗ねって頭を撫でて褒めてくださるかしら。
嗚呼。早く帰ってきてお姉様。喜ぶ顔が見たいの。
たったそれだけで、私は幸せになれる。
お姉様が微笑んでくれたら、他には何にもいらないから。
フランドールお手製のバースデーパーティー、気に入って貰えたら嬉しいな。
ひとしきり準備を終えた後、私はベッドに身体を投げ出してお姉様の帰りを待った。
チクタク。チクタク。
柱時計が時を刻む。
そっと胸に手を当てて、お姉様に想いを馳せる。
――嗚呼、親愛なるお姉様。
私が覚えてる最初の記憶は、お姉様の素敵な笑顔。
真紅の瞳は優しい光を湛えて、私をじっと見つめてはにかむ。
物心付いた時から、ずっとずっと……お姉様は傍にいてくれた。
ひとりぼっちで寂しい想いをしたことなんて一度もない。
どんな時だって、私達は肩を寄せ合って生きてきた。
カーテンの端から薄っすらと漏れる夕日で目を覚ますと、必ずお姉様が隣で微笑んでいてくれる。
軽く食事を取ってお勉強を済ませたら、二人で疲れ果てるまで遊ぶ。
霧深い森の奥でダンスを踊ったり、好きな絵本を読み聞かせて貰ったり。
朝が来ることさえ忘れて夢中になってはしゃいだ後は、一つのベッドで小さく寄り添って眠る。
おやすみの合図は、お姉様の甘い口付け。
全てを受け止めてくれるような、ふんわりと優しいキス。
唇の先から漏れた吐息が頬に触れるたび、頭がおかしくなる。
私がもっともっとって求めようとするとお姉様はいつも困った顔をするから、あまり我侭を言わないようにしているつもりだけど。
そっと手を差し出すと、お姉様は優しく握り返してくれる。
繋いだ小さな掌から伝わるぬくもりは、ふんわりと優しく包み込むような温かさ。
――私がいるから大丈夫だよ。だから安心して、フランドール。
絡めた指先に込められたお姉様の想いは、不思議な安らぎを与えてくれる。
お姉様に抱かれて見る夢は、私にとって最高の幸せ。
このまま目が覚めませんように。何度そう願ったことだろう――
私はお姉様に甘えてばかり。
普段はいい子にしてることくらいしかできないけれど、たまには私だってお姉様に幸せを与えてあげたい。
何かしてあげられないだろうか、と考えた結果が今日の手作りバースデーパーティー。
いつもは何かと従者が付き添うことが多いけど、今回はお姉様と二人っきりで祝いたくて自室に料理を持ち込んだ。
紅魔館はこれだけ広いのに、今だ私達は相部屋。
でも、お姉様の傍を離れる気なんてこれっぽっちもなかった。
私はお姉様の寵愛を独り占めしてる。
誰にも渡さない。
お姉様は私だけのモノ――
柱時計の針が19時を告げた頃、小さなノック音と共にお姉様が部屋に入ってきた。
僅かに差し込んでいた月光もすっかり雨雲に遮られて、部屋の中は真っ暗。
常夜灯に手を伸ばそうとするお姉様に急いで駆け寄って、その動きを制止する。
「おかえりなさい、お姉様!」
「ただいま、フランドール。それにしても暗いわ。灯りくらいちゃんとつけなきゃ駄目でしょう?」
「そんなのどうだっていいの! お姉様。さあ、こちらへ」
お姉様の手の甲にそっと口付けを落としてから、ゆっくりと手を引いてテーブルの方へ誘う。
表情は窺えないけど、お姉様はとても嬉しそうにしてついてきてくれる。
椅子を引いてお姉様を座らせてから、バースデーケーキの蝋燭に火を灯す。
ゆらゆらと揺れる炎に照らされた料理の数々を見て、お姉様が歓声を上げた。
「あら、とっても素敵ね! フランが用意してくれたの?」
「うん。今日はお姉様の誕生日、二人っきりで祝いたいの!」
弾む声で元気一杯答えると、お姉様がにっこりと微笑んでくれる。
「うふふっ。フランが今日やたらと外に出るように言うから何かと思ってたけど……こういうことだったのね。嬉しいわ」
お姉様の喜ぶ顔を見ているだけで、私も幸せな気持ちになれる。
お姉様の幸せは私の幸せ。
ココロとココロ。全てが、ひとつ。
我がことのように嬉しくて、心が躍る。
グラスに紅いワインを二人分注いで、私も椅子に座る。
お姉様はじっとメッセージカードに視線を落としたまま、微動だにしない。
十四本の灯火の向こうで煌く真紅の瞳は、僅かに潤んでいるように見えた。
「……お姉様?」
ふと声を掛けると、お姉様は我に帰ってこちらを振り向く。
万感の想いをぐっと飲み込むように、言葉を紡いだ。
「嗚呼、ごめんなさい。毎年ね、誕生日はフランの書いてくれるカードが一番楽しみなの。どんなプレゼントよりも嬉しくて、読むと幸せになれるから……」
私だって、お姉様から貰うプレゼントが何よりも嬉しい。
誕生日に必ずやってくる、私より大きなふわふわのくまさんのぬいぐるみ。
大切な私の宝物だ。
物に魂が宿ると言うのは本当のことなんだと思う。
お姉様がいない時は、ずっとぬいぐるみと遊んで寂しさを紛らわすのが私の癖だった。
ぬいぐるみを抱きしめていると、まるでお姉様が傍にいてくれるみたいな気がして。
お姉様が気に入ってくれるかどうか分からないけど。
今日は私もとっておきのプレゼントを用意してある。
早く渡したくてどうしようもなくて……はやる気持ちを抑えながら言葉を紡ぐ。
「それではお姉様、始めましょう? 蝋燭の火、ふーってやって消して消して!」
お姉様は小さく「うん」と頷いてからバースデーケーキに顔を近付けて、そっと息を吹きかけた。
蝋燭の炎はたゆたうように揺れながらふわりと宙に霧散して、部屋は再び暗闇に飲み込まれる。
真っ暗な部屋に輝く紅い瞳が、夜空に光る星みたいにキラキラ瞬く。
「レミリアお姉様、お誕生日おめでとう!」
キャンドルライトに明かりを灯すと、お姉様は満面の笑みで私を見つめていた。
真っ白な頬は内側からほんのりと紅く染まって、ちょっと気恥ずかしそうな感じを隠せないのがお姉様らしい。
「ありがとう、フランドール。嗚呼、もう嬉しすぎて言葉にならないわ。貴女が私の妹であってくれることを、誇りに思う」
「あはっ、私だってお姉様のこと大好きよ? ずっとずっと大好きで、永遠に変わらないんだから……」
二人顔を見合わせて、艶然と微笑みあう。
お姉様の気持ちはテレパシーのように、すっと心に伝わるから。
私達に言葉なんていらない。そんな気さえしてくる。
だけど、こうして口にする愛の言葉もとても素敵。
「それじゃあ、乾杯しましょう? ほら、お姉様もグラス持って!」
グラスを掲げて、ほんの少し傾ける。
お互いの杯をこつんとぶつけて乾杯した後、紅い液体に口をつけた。
ふんわりと香る芳醇な葡萄の匂い。
ヴィンテージだと従者から聞いていたのだけど、正直味は私には良く分からなかった。
「さあお姉様、お料理も召し上がって。今日は何時に増して美味しいと思うの!」
私が急かすように促すものだから、お姉様は少し苦笑いしながらフォークとナイフを手に取って前菜を切り分ける。
優美で上品な仕草でそっと口に運ぶと、我が意を得たりとばかりに頷いた。
「うん、とっても美味しいわ」
「でしょでしょ!? 今日はね、全部私が手伝ったんだから! お肉に下味をつけたり野菜を切り分けたりしてね、ちゃんと火を見て味も確かめて、綺麗に盛り付けて!」
大はしゃぎしながらまくしたてる私の話を、うんうんと頷きながら嬉しそうに聞いてくれるお姉様。
「今日はフランのお手製だからこんなに美味しいのね。私料理なんてできないのに、フランに先を越されちゃった気分よ」
「私だってできないけど、お姉様がこんなに喜んでくださるのならお料理始めてみようかな!」
「うん。お料理はいい習い事だと思うわ。フランが始めるんだったら私も一緒に……」
「お姉様と二人で料理作るのも楽しそう! それに私もお姉様の手作りのお菓子とか食べてみたいよ。クッキーとかマーマレードとか、きっと甘くて美味しいと思うの」
気のせいだろうか。お姉様の誕生日なのに私の方が色々とテンションが高い。
こうして他愛もない話をしてるだけでも、とても楽しくて。自然と気持ちが舞い上がってしまう。
お姉様がこんなに喜んでくれて、本当に幸せ――
ゆったりと流れる至福の時間。
私はもう我慢できなくなって、ベッドサイドの引き出しに隠しておいたプレゼントを取りに席を立った。
窓ガラス越しに見上げた空から、ぽつりぽつりと雨が降り出している。
にわかに風も強くなって、嵐になりそうだ。
プレゼントを両手で背中の後ろに隠して、そっとお姉様の後ろに近付く。
肩に顔を乗せて、耳元で囁いた。
「今日はお誕生日プレゼント、ちゃんと用意してきたの」
薔薇の造花があしらわれた小さな箱をお姉様の前に差し出す。
今までお姉様の誕生日は従者が用意してくれた品を渡していたのだけど、今回はどうしても自分で選んだものをプレゼントしたかった。
何を渡そうか考えるのは悩ましかったけど、とても楽しかった。
「あらあら、フランがこんなにしてくれたことだけでも十分幸せなのに……ありがとう」
お姉様は大切そうにプレゼントを抱えたまま、何かに想いを馳せるように瞳を閉じた。
まるで神様にお祈りしてるみたいに、安らかな笑みを湛えて。
「ねえお姉様、開けて見せてよ。今回は絶対お姉様に気に入っていただけると思うの!」
「嗚呼、一体何かしら……? 何か、とってもどきどきするわ」
プレゼントの包みを開いた瞬間、お姉様は花が綻ぶように笑った。
そしてカナリヤのような、美しい声で呟く。
「――素敵な懐中時計」
小さな銀無垢、ゼンマイ式の懐中時計。
上蓋には大きく翼を広げて祈りを捧げる天使の姿が刻まれている。
とにかく、身近に使って貰える品を贈りたかった。
ぱっと見るだけで、少しでも私のことを思い出して貰えるようなプレゼント。
最初はブレスレットとかペンダント……アクセサリーのつもりだったけど、偶然見かけたこの懐中時計に私は一目惚れしてしまったのだ。
天使の彫像にお姉様の面影が重なって、心がきゅんと疼く。
すぐにこれにしようって決めたものの、私も欲しかったのでちょっと迷った。
でもこの時計、工房で職人がひとつひとつ手作りしている品で、世界にたったひとつしかないんだとか。
「あのね。この蓋に描かれた天使がとても麗しくて……お姉様みたいだったから、これにしたの」
お姉様は先程のように時折、この天使のように空を見上げて儚げに視線を彷徨わせてることがある。
声にならない言葉を囁いてる時もあって、私が問うても内容は教えてくれない。
私が知らないお姉様の秘密なんて認めたくなかったけど、神に誓うように天を仰ぐお姉様の姿は……とても荘厳で美しい。
吸血鬼に相応しい矜持に満ち溢れた優雅で可憐な仕草は、ずっと私の憧れ。
「ふふっ、フラン。私達は一応、悪魔なのよ?」
「知ってるわ。だけどお姉様は私の中ではずっと天使だからいいの」
くすくすと、自然と笑みが零れる。
お姉様は上蓋を愛おしむように見つめながら、か細い指で懐中時計を撫でた。
「それこそ、フランドール。貴女の翼も天使のように美しいわ。その麗しい漆黒の羽根は私の誇りでもあるのだから。そして、ずっと……私のモノであって欲しい」
お姉様はそんなことを言いながら、懐中時計の蓋を開けて時計の針を動かし始めた。
柱時計を見ながら時間を合わせて、ゼンマイを巻く。
すると文字盤から透けて見える歯車が噛み合いながらくるくると動き出して、チクタクチクタクと時を刻み始める。
「……お姉様のモノに、してくださるの?」
それは、夢みたいな願い。
ずっと私だけを見ていて欲しい。
離さないで。ぎゅっと抱きしめて。
お姉様にだったら、この身捧げてもいいよ。
どんな風にされたって構わない――
お姉様は何も答えず、懐中時計についたオルゴールのゼンマイを巻き始めた。
金属製の円筒がゆっくりと回転して、美しい旋律を奏でる。
優しい音色が織り成すハーモニーは、神を崇める賛美歌。あるいは死者を安息の血へ誘うレクイエム。
聴いたのことのないメロディに、そっと耳を傾けた。
それは、とても甘い響き。
だけどお姉様の艶めかしい声には到底敵わない。
私をおかしくする言の葉を紡ぐその唇を、そっと塞いでやりたくなる。
お姉様が「私のモノであって欲しい」なんて言い始めるから悪いんだ。
頭の中でその言葉がぐるぐると回って、心が切なく疼いて止まらない。
そのままオルゴールの演奏に聞き入っているお姉様の首に、ゆらりと手を回す。
そっと顔を近付けると、紅い瞳と目が合った。
お姉様は上目遣いでこちらを見つめた後、小さく頷いて目を瞑る。
ちゃんと私が欲しがってること、分かってくれてるのだ。
瞳を閉じて、お姉様の唇を奪おうとした刹那――
オルゴールの柔らかな音色を遮るように、ばたんと無造作にドアを開く音が部屋に響いた。
従者には絶対部屋に入るなと言っておいたはずなのに。
訝しげにドアの向こうに視線をやると、そこに立っていたのは優雅な装飾品で着飾られたサーコートに身を包んだ長身で大柄な男。
その表情は威厳と恐怖に満ちていて、舐めるような視線で私達を見据えていた。
「お父様……」
オルゴールの音色がはたと止まり、部屋は静寂に包まれた。
背筋が凍りつくような言い知れぬ絶望感に心は恐れ慄いているのに、悲鳴すら上げることもできない。
――吸血鬼の血筋を代々受け継いできたスカーレット家は、その絶大な力を以ってしてこの地を支配している。
反逆者を次々と串刺しにする「串刺し公」の異名を持つヴラド・ツェペシュの生まれ変わりだと評された父に、人々はただ戦慄を覚え、恐怖に怯えた。
私達姉妹にとって、父は畏怖の対象。
無差別に虐殺した人間の血肉を食らう晩餐を毎日のように開き、高笑いを浮かべる父の姿は幼心に鮮明に焼き付いている。
父の犯している罪の重さが分かっていた訳ではない。
ただその面影が恐ろしくて、私は震えていた。
何より父は、私達のことを嫌っているのだ。
優しくあやしてくれたことだって、抱いてくれたことだって……父親らしい振舞いをしてくれたことは、ただの一度もない。
私達と顔を合わせるたび、蔑むように、汚らしいモノを見るかのような視線を向ける。
そして父は容赦無く暴力を振るう。
わんわんと泣き叫ぶたび心底嬉しそうな表情で顔を殴り、その大きな手で首を締め付けた。
ぐったりと動かなくなると、玩具で弄ぶ子供のように乱暴に身体を放り投げて、醜悪な笑みを浮かべて唾を吐き捨てる。
「お前達なんて生まれてこなければよかったのだ――」
忌々しそうに、憎々しげに。
遠のく意識の最果てに、父の声が響く。
――何故、父は私達のことを好いてくれないのだろうか?
幼い私にはその理由が全く分からないまま、成す術もなく父の「裁き」と言う名の虐待を受け続けていた――
雨足はますます強くなって、横殴りの雨が窓ガラスを叩く音だけが部屋に響く。
一歩。また一歩。お父様がこちらに近付いてくる。
その口元に下衆な笑みを湛えて。
私はがたがたと震える奥歯を必死にかみしめて、ただその威圧感に押し潰されないようにするのが精一杯だった。
「こんなところでおままごとか。いつまでも餓鬼みたいなことばかりして、お前達はいつまで経っても成長しないのだな」
忌み嫌うように吐き捨てるお父様を見て、お姉様は私が絡めていた手をそっと振り解いた。
私とお父様を遮るようにして、間に立ち尽くす。
「お父様、何か御用でしょうか?」
凍てつくような冷たい声で、お姉様は訊ねた。
「お前達は父が帰ってきたと言うのに、出迎えもせずこうして遊んでいるのか? お前達を育てたのは一体誰だと思っているのだ? この恩知らずの豚共め」
お父様はいつも外に出ている。滅多に帰って来ることもないし、当然連絡さえよこさない。
そもそも屋敷の中にいても、私達と顔を合わせようともしないのだ。
たまに呼びつけたかと思えば、待っているのは己の快楽を得るためだけの暴力。
抗うこともできず、怯えることしかできない。
「申し訳ありません。お父様がお戻りになられていると知っていれば、是非ともご一緒にディナーを楽しみたかったのですが……」
「嘘をつけ。誰も部屋に入れるなと言ったのはどこのどいつだ。餓鬼の癖に臭いお世辞ばかり吐きやがって虫唾が走る」
そう言ってお父様はお姉様を一瞥すると、テーブルを思い切り蹴飛ばした。
がしゃんと甲高い音を立てて食器がばらばらになって、床一面に料理やグラスの破片が散乱する。
紅く染まったテーブルクロスの中から必死で懐中時計を探そうとするお姉様の姿を、お父様はさもおかしそうに眺めていた。
幸せを踏みにじることが何とも愉快で仕方ない、そんな表情を浮かべながらげらげらと笑う。
そして、ようやく懐中時計を見つけたお姉様の首元を片手で掴んで持ち上げた。
「あ、っ……かはっ…………」
お姉様の嗚咽が漏れた瞬間、私は悲鳴を上げた。
それでもお父様は首を絞める力を一向に緩めようとはしない。
「レミリア、お前は今日誕生日だそうだな。そんなことはすっかり頭から消え失せていた。お前なんて最初から生まれてこなければ良かったのだからな。忌まわしい記憶でしかない」
お姉様の華奢な身体が軽々と宙に浮かぶ。
白い喉にぐいぐいと指がめり込んで、容赦なく息の根を止めている。
お父様は苦しそうに喘ぐお姉様の姿を見ても顔色ひとつ変えず、憎しみを込めるように首を締め続けた。
「お前の存在そのものが罪なのだ。これ以上私の顔に泥を塗るな」
お姉様の右腕が、力を失ってだらんとぶら下がった。
それでも懐中時計のチェーンを持つ手は、しっかりと握られたまま。
その刹那、思考よりも先に身体が勝手に動き出していた。私は渾身の力を込めて、お父様に向かって体当たりを仕掛けた。
「お父様、もうやめてください! お姉様を離して!」
お父様にしがみついて、必死に叫び続ける。
「悪いのは私なの! 従者に部屋に入らないように言ったのも、お姉様に二人っきりで食事しようって言ったのも、全部私なの! お姉様は何にも悪くない。だから離して!」
私がいくら揺すっても、お父様の巨体はびくともしない。
お姉様の首を絞める腕を無理矢理振り解こうと泣き叫ぶ私を、お父様は心底うざったいと言うような目で睨みつけていた。
まるで虫けらを見るような瞳。人を人として見ていないような、残酷な眼差し。
「邪魔だ、糞餓鬼が」
お父様は躊躇うことなく、私のお腹めがけて手加減なしに蹴りを入れてきた。
強烈な一撃に身体は悠々と舞い上がって、物凄い勢いで壁際に打ち付けられる。
あばらの骨が鈍く折れる音。先程食べていたものが逆流してくるような強烈な嘔吐感。胃酸と血の味。
声にならない叫びと共に、鮮血が口から零れ落ちた。
そのままお父様は、ぐったりしたお姉様の身体を地面に叩きつけて、蟻を踏み潰すように足蹴にしたまま醜悪な笑みを浮かべる。
お姉様が弱々しい呻き声を上げるたび、恍惚の表情を浮かべながら暴力を振るい続けた。
――オマエサエイナケレバ
私達はお父様のオモチャなんかじゃない。
お前さえいなければ私達はずっと幸せに生きていけるんだ。
私とお姉様が一体何をしたと言うの? お父様、貴方はその理由すら教えてくれない。
存在することすら許されないと分かっていながら、どうして生を授けたの?
こうして虐待することに悦びを感じるため?
でも、そんな理由はもはやどうだっていい。
答えはたったひとつしか残されていないのだから。
お前が死んでくれたら、私達はエデンの園に行ける――
「あは、あははっ、あはははははははははは! 簡単じゃない。こんな簡単なことなのにね!」
心底おかしくなって、私は下衆な笑い声を高らかに響かせた。
ジグソーパズルのピースがぴたりとはまったみたいに、思考がクリアになる。
愛情とか、幸せ。憎しみとか、怨恨。その類の思考から解き放たれて残った感情は、快楽だけ。
無意識の内に、私の紅い瞳は蔑むような視線でお父様を見つめていた。
全ては簡単なことに過ぎない。
死ね。お前が死ねば全て終わるんだ。
「……なんだ、フランドール。なんだ、その目は?」
げらげらと笑う私に気付いたお父様はお姉様を虐待するのを止めて、ゆらりとこちらに近付いてくる。
私に抵抗できる手段なんて何一つなかったけれど、それでも痛快だった。
私達をゴミみたいに扱う悪魔を見下してやること。お父様が苛々する様を見てるのが心底楽しくて仕方ない。
接近する圧倒的な威圧感に屈することなく、私は嘲笑してやる。
するとお父様は拳を握り締めて、力任せに腕を振り下ろした――
その瞬間、お姉様が手を真直ぐに広げて私の前に立ちはだかった。
容赦なく叩きつけられた拳に身体がぐらりと仰け反っても、決して倒れることなく姿勢を保ち続ける。
先程からずっと暴力をされるがままに受け続けて、苦痛で動けなくても全然おかしくないはずなのに。
「お姉様、もういい。もういいの……見たくない。見たくないよ。これ以上お姉様が傷付くのなんて……」
大きな漆黒の翼を一杯に伸ばして、私の前に立ち塞がるお姉様の後姿。
それは私が一番好きで、一番見たくない光景だった。
手を引いて歩いてくれるお姉様の背中は、とても素敵。
何処までも遠くへ連れて行ってくれそうな気がして……私もそんなお姉様の後ろを歩くのが大好きで。
だけどこうしてお父様から私を守ってくれるお姉様の後姿は、見るに耐えない。
小さい頃から、ずっとお姉様は私を庇い続けてくれた。
お父様が暴力を振るうたび、何度も何度も。何も言わず、私の前に立ち続ける。
気を失うまで殴られたら今度は私の番なのに。お父様を止められるはずがないのに。
それでもお姉様は、ずっと私から離れようとはしなかった。
煌く羽根はどこもかしこも傷だらけ。
癒える間もなく、新たな傷痕を刻まれ続けているのだから。
本当なら……こんなことさえなかったら、お姉様の翼はもっと綺麗で優雅な気品を湛えた美しい姿を保っているはずなのに。
物理的に元通りになったとしても、精神的苦痛は一生消えることなくお姉様の心を蝕み続ける。
そんな姿をただ見ているだけなんて、もう嫌だ。
お父様。お前が死ね。お前が死ねばいい。
私達の前から消えて無くなれ。お前が死んで悲しむ人なんて何処にもいないのだから。
何故神はこのような者に天罰を下さないのか。
幸せを奪って弄ぶ畜生には生きる資格なんてないのに――
「邪魔だ。どけ。殺されたいのか?」
どこまでも冷酷な父の言葉にも、お姉様は身動ぎひとつしない。
「お父様、どうかお許しを。フランドールにだけは……手を出さないでください。お父様のお言いつけならば何なりとお引き受けします。だから何卒、お許しを……」
お姉様はそう懇願すると、覆い被さるように私をぎゅっと抱きしめた。
広げていた翼をくるりと丸めて、私の身体を包み込む。
ふんわりとした優しい体温はとても弱々しくて、今にも消えてしまいそう。
お姉様の血で濡れた唇が頬にそっと触れた瞬間、頭の中から声がした。
――殺せ。
心の中で、誰かが呟いた。
そうだ。神様なんて存在しない。
そんな紛い物は私達を助けてなんてくれない。
天罰が下されないのなら、私がやる。
こいつが最低の無様な死に様を見せたら、さぞかし愉快なことだろう。
ナイフで身体をずたずたに切り刻んでやるのだ。
絶命しない程度の痛みをたっぷりと味わって、地べたを這いずり回ってもがき苦しめ。
最後は四肢をばらばらにして生きたまま箱に詰めて、火を放ってやる。
そしてお前は醜く助けを請うて死んで行くんだ。散々見下した愛娘に殺されるのはどんな快楽より気持ちいいことでしょうに。
覚悟を決めて、拳をぎゅっと握り締める。
すると突然、窓ガラスががしゃんと音を立てて割れた。
何枚も何枚も、部屋の壁に沿って順々に粉々になっていく。
吹き荒ぶ横殴りの雨風が、部屋のカーテンを揺らしてばたばたと音を立てる。
しかしそんなことは意にも介さず、お父様は私達をにやにやと見つめていた。
「そうだな。聞いてやらんこともないぞ。レミリア、お前ももう立派な女だ。人間の女は駄目でも、吸血鬼の女なら俺の子を孕めるかもしれないからな」
くくく、と醜悪な笑い声を上げるお父様。
そっと顔を横にやると、お姉様の紅い瞳が力なく微笑む。
そして消え入るような声で囁いた。
――大丈夫よ。安心して、フランドール。貴女は必ず私が守ってみせる。
「お父様、私はどうすればいいのでしょう?」
「レミリア、お前はその汚らわしい血を清めてから俺の部屋に来い。たっぷりと可愛がってやる。くくっ、ははっ、はははははははははははは!」
――殺せ。
狂気に満ちたエクスタシーが麻薬のように、私の心を蝕んでいく。
殺してやる。
私がお姉様を守るんだ。
殺せ。そうすれば私達は幸せになれる。
殺す。殺してやる。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――
すうっと、意識が途絶えた。
優しいお姉様の胸に抱かれたまま――
降り止まない雨の音が、やかましく耳元に響く。
荒れ狂う風雨が屋敷の窓ガラスに叩きつけるメロディは、不快なノイズでしかない。
朦朧とした意識の中――ゆっくりと目を開くと、そこは見知らぬ部屋。
きらびやかな家具で飾られた華やかな室内に、私は一人佇んでいた。
目の前には、ついさっきまでお父様を構成していたであろう肉片が散乱している。
開いた手にこびりついたどす黒い液体を見ていると、浅ましい歓喜の余韻に身体が打ち震えた。
「きゃはっ、はは、きゃはははははははははっ!」
――フラッシュバックする記憶。
脳内に走馬灯のように流れていく景色を見ていると、笑いが止まらない。
片足が突然消えてなくなったお父様は、まるで四足歩行の動物みたいに地面をのた打ち回っていた。
そのまま右手も破壊してやると、バランスを崩して移動することもできなくなって。まるで壊れた人形みたい。
そこにはもはや父の威厳なんてこれっぽっちもない。
お父様は私に足蹴にされながら、哀れに助けを請うた。仕方ないので臓器をひとつずつ破裂させたら、最高にいい声で鳴いてくれた。
ばたばたと身体を動かすので、お父様が携えていた剣を思い切り突き刺して地面に固定してやる。
身体中に溜まった血が噴水のように飛び散って、私の手や顔にべっとりと付着した。
ぺロリとひと舐めすると、気持ち悪くて吐きそうだった。どこまでも汚らわしくて、反吐が出る。
訳の分からない言い草を並べるお父様は、とても見苦しかった。
これからは大事にする。お前達のために新しく屋敷も新調しよう。最高の婿を探してお前達を幸せにするとか。
くだらない。そんなもので帳消しになるとでも思っているのだろうか。
お姉様が受けた傷痕はもう一生元通りにならないのだ。
こんな死でさえ生温い。
もっとむごいやり方で痛めつけて、犯した罪の重さを自覚させてやりたい。
しかしそれすらも無駄。もうお姉様にお前の醜態を晒すことなんてしたくもないから。
身体中の「目」を掌に集める。
私はそれを躊躇いなく握り潰した。
べちゃべちゃっと汚い音を立てて飛び散る肉片。愚者の成れの果てはあまりにもちっぽけで、あっけないものだった――
「くふっ、あはは、あはっ、あははははははははははっ!」
その場にへたり込んで、私は大声で笑い叫んだ。
もう私達を苦しめる憎き父親はこの世にいない。
私がこの手で葬り去ってやった。これで私達は苦しまずに済む。
誰かに怯えて、震えるように暮らす日々とはもうさよなら。
神が突然与えてくれたこの力。これを持ってして私は息絶えるまでお姉様を守り続ける。
今までみたいに無力な私ではもうないのだ。
「あはぁ……あははっ、あはははははははははははっ!」
――ハカイ
形あるものをバラバラにしてしまうこと。
それはとてつもなく甘美で、今まで味わったことのない強烈な快感を伴っていた。
歪な背徳感。ふしだらに火照る身体。
破壊している時の脳髄を揺さぶられるような悦楽。
全てを支配しているような感覚が……たまらなく気持ちいい。
この世界が私の掌の中にある。
夢と現実が逆さまになったみたいな気がして、頭がぐるぐるぐるぐると回り始めた。
「ふふ、うふふっ。あ、あは、あははっ。きゃははははははははははっ!」
雷鳴が轟くたび、白と黒の点滅を激しく繰り返す室内。
私は幻覚のような陶酔感に身を委ねたまま、げらげらと大きな声で笑う。
意識は空に浮かぶようにあやふや。ただおかしくて。愉快で。あいつが死んでくれたことが嬉しくて。
言葉にならない様々な感情が胸にこみ上げてくる。
ふと人の気配がして後ろを振り向くと、そこにはお姉様が立っていた。
凄惨な光景を目の当たりにしたまま、微動だにしない。
きっとお姉様は、死地へ赴くような悲痛な面持ちでここに来たのだろう。
でもお姉様、そんな悲しい顔しないで?
可愛いのは笑顔が一番なんだから。
「……フランドール」
お姉様の声は、震えていた。
「ねえ、お姉様? あはっ、あいつは死んだよ。私が殺したの。もう二度と生き返らないようにバラバラにしてやったわ。これでもう、私達は大丈夫。幸せになれるね」
私は笑いを必死に押し殺そうとした。
だけどやっぱり心底おかしくて、勝手に口元はにやついて声は上ずってしまう。
「お姉様。私また料理作るから、明日早速お誕生日の続きをしましょう? まだお話したいことが一杯あるの。お父様を殺したこととかお父様を殺したこととかお父様をお父様をお父様を――――」
お姉様がゆっくりとこちらに近寄ってくる。
血みどろになった床を気にすることもなく、静かに私の目の前に座った。
嗚呼、褒めてくださるのだろうか。いい子いい子してくれるのかしら?
開ききった瞳孔はお姉様を正視しているのかすら、よく分からない。
お姉様の透き通るような真紅の瞳がゆらゆらと霞んで見える。
「もう誰にも邪魔させない。私達をいじめようとする人は皆壊すから。安心してお姉様。私が壊す。皆壊してめちゃくちゃにしてやるの。きゃはっ、あはっ、あはははははははははは!」
お姉様はへたり込んだままの私をそっと抱き寄せて、ぎゅっとしてくれた。
お風呂に入ってきたのだろうか。エメラルドブルーの髪の毛からふんわりといい匂いがする。
私の大好きな、お姉様の香り。
ただ、想いを伝えたくて。
私は壊れたマリオネットのように、唾を撒き散らしながら叫び続ける。
「嗚呼お姉様、私のお姉様。もう絶対誰にも傷付けさせない。私がお姉様を守るから。あはっ、あははは、きゃはははははは――――」
その刹那、お姉様がそっと私の唇を塞いだ。
唇の先から伝わる甘い吐息は、狂気が吹き荒ぶ私の心を優しく癒してくれる。
よがり狂っていた本能は影を潜め、うねりのような快感は穏やかに凪いで行く。
ふと我に返って覗き込んだお姉様の瞳からは――涙が零れていた。
私はその涙の理由が分からなくて、どうすることもできなくて。
――嗚呼、お姉様……泣かないで。
私は祈るように、天を仰いだ。
******
お父様の葬儀が終わってから三日。
夕食を終えて、私は一人部屋のベッドに横たわっていた。
ぼんやりと輝く満月が、とても綺麗。
手を伸ばせば、あのお月様だって壊せる気がする。
あの日目覚めた狂気は、確実に私の一部になりつつあった。
それはあたかも最初から用意されていたかのような「もうヒトリのワタシ」
今の私ともう一人の私。私は私でしかないけれど、心の欠けた部分に当てはまったピースは狂気と言う名の破壊衝動。
必死に押さえ込もうとしても、心の何処かにそれを良しとする自分がいる。
お父様を殺した時に感じた極上のエクスタシーが忘れられなくて。
ただ、あの時の快楽をもう一度味わいたい。
そんな下衆な欲望の赴くまま、私は屋敷内のありとあらゆる物を破壊し続けた。
「お姉様……」
ぽつりと名を呼んでみると、切なく心が疼く。
嗚呼、私は何処かでお姉様に止めて欲しいと思ってるのかもしれない。
バラバラになった破片を見てげらげらと笑う私を見ても、お姉様は何も言わなかった。
いつも通り微笑んでくれてる。だけど……その笑顔はとても悲しげで。
私はそんなお姉様の顔は見たくない。だから、こんなことは止めないといけないのに。なのに――
そっと視線を横にやると、お姉様から貰ったくまのぬいぐるみと目が合った。
ボタンで出来た瞳が、私を見透かすようにじっと見つめている。
「ねえねえフランドール。大切なものを壊すととても気分がいいってこと、知ってるかい?」
突然、くまのぬいぐるみが大声で喋りだした。
「うるさい。黙って」
私はそう吐き捨てて耳を塞いだ。
それなのに、声は頭の中に勝手に入り込んできた。
「キミも気付いているんだろう? ただ物を壊すだけの快楽はすぐになくなってしまうって。でも大切なものを壊す悦びは格別さ。キミもやってみるといい」
――そうだ。私は知ってしまった。
あの快感は命あるものを傷付けないと得ることができない。
そして、大切なものであればあるほど……破壊は素敵な快楽を与えてくれる。
それはあんなクズを殺した時なんかより、ずっとずっと気持ちいいに違いない。
「そんなの駄目に決まってる!」
私は大声で叫んだ。
人を傷付けることが許されるはずなんてない。
それは私とお姉様が一番よく知っていること。
お父様が私達姉妹にしたような行いは、絶対にあってはならないのだ。
吸血鬼は血を吸わないと生きていけない。
血の吸い方なんてお父様は教えてくれなかったし、吸血鬼としてそれを知らないのはまずいんじゃないかと、一度だけお姉様と一緒に人を襲ったことがある。
罪悪感で心が一杯になったことは今も忘れられない。
お父様の虐待を受けて育った私達は、誰かを痛めつけることは不幸をもたらす行為だと幼心に知っていた。
結局血なんてちょっとあれば十分だったし、人が死んでしまうまで貪る必要なんて微塵もなくて。
そう言えばあの時、お姉様は「こんなことで見せつける吸血鬼のプライドなんて、全く価値がないわ」なんて笑って仰っていたっけ。
あの時、ちゃんと確認できたのだ。
私達は人を傷付けることなく生きていけると。
「でも、キミは父親を殺すことでその悦びを知った。もう忘れることはできないのさ」
「もういい。黙って!」
私は思わずくまのぬいぐるみの「目」を握り潰そうとして、ふと我に返った。
これはお姉様から貰った大切な誕生日プレゼント。私の大のお気に入りのくまさん。
この部屋にあるものは、ずっと昔から一緒で……私とお姉様の思い出がいっぱい詰まっている品ばかり。
そう思っていたからこそ、手を掛けずにいた。後ろめたさがまだ残っていたのだ。
「ほら、キミだって大切なものを壊したくて仕方ないんだろう? 試しにボクを壊してごらんよ? きっと気持ちよくなれるはずだよ」
語りかけるくまのぬいぐるみの声は、聞き覚えのある声に変わる。
それは紛れもない、自分の声だった。
私の心が、そう望んでいる。
狂気を孕んだ心はヒステリックな悲鳴を上げて、イカレタ言葉が頭の中をぐるぐると回り続けた。
大切なものを壊せ。バラバラにしてやるんだ。
破壊は至高のエクスタシーをもたらしてくれる。何も戸惑うことなんてない。
壊せ。さあ、早くその手で人を壊して快楽の虜になろう――?
「嘘、そんなの嘘よ! 私はそんなこと思ってない。私は、私はただ……」
ただ――
「レミリア・スカーレットを壊したいだけなんでしょう?」
――お姉様を、壊したい?
このぬいぐるみ達と一緒に、壊れたお姉様も飾っておくのだ。
真紅の瞳はただ私だけを見つめててくれて、優しい笑みを湛えた視線は私を掴んで離さない。
たとえ動かなくたって、私が毎日ちゃんとお洋服を取り替えて綺麗にしてあげる。
さらさらとなびく髪をゆらりと撫でて、甘い接吻を交わすの。
お姉様はただ私の名前を呼ぶことしかできなくて、私にされるがまま身体を弄ばれるだけ。
別に心なんて存在する必要はないんだよね。何も感じないお人形さんになれたら、悲しい想いなんてしなくてもいい――
思わず拳を振り上げて、ベッドに思い切り叩きつけた。
そんなの間違ってる。頭に共鳴している誰かに惑わされているだけだ。
でも、それだって私。お姉様を壊したいと望む私が確かにそこにいる。
私はお姉様を大切にしたい。ずっと、永遠に愛し続けたい。
それなのに……それなのに、何故こんな馬鹿げた考えを想像するだけで笑みが零れてしまうのだろうか。
自己中心的で、我侭で、一方的な愛情の押し売り。
それはお父様が私達に与え続けた屈辱と同じ類の最低な行為。
お姉様を壊そうとする私は、あの醜悪な笑みを浮かべる父と同じ表情をしているのかもしれない。
でも、あいつと同類なんて絶対に嫌だ。
私は私らしくあり続ける。吸血鬼としての気高き矜持を守り続たいんだ。
だけど、何かを壊したい衝動が抑えきれない。
私は必死に抵抗を試みて、無理矢理心を落ち着かせようとする。
瞳を閉じて、数字を数える。
パラノイアなリズム。
1.2.3......7つ数えて、そっと息を止めた。
すると、光のない世界にさっき喋っていたぬいぐるみの声がこだまする。
――試しに『ボク』を壊してごらんよ? きっと気持ちよくなれるはずだよ。
私はベッドに伏せていた顔を上げて、窓ガラスに映る自分の姿をじっと見つめた。
真紅の瞳、金髪のショートヘアにお気に入りの帽子。そして、お姉様が天使のようだと褒めてくださった漆黒の翼。
瞳と翼はお姉様と瓜二つ。その美しい紅蓮の眼と闇夜に溶け込むような深い蒼黒は、私の誇りだった。
流麗な弧を描く二対の羽根は人々の畏怖の象徴であり、吸血鬼の証。
そして、あの忌々しい父の娘であると言う証明――
ぎゅっと右手の拳を握り締める。
右翼が、ばらばらになった。
「あぁあああああああああああああああああああああああああ!」
片翼を失った私は、身体のバランスが取れなくなってベッドに崩れ落ちた。
破裂した翼の血肉は無残に飛び散って、付け根の部分から噴出す血液がシーツを紅く染める。
身体の一部分を完全に消失すること。それは想像を絶する激痛だった。
かつてお父様が行った虐待……あのなぶり殺すかのように、じわじわと追い詰めていくような痛みではない。
断絶した神経の先端が失った部分を捜してびくびくと蠢いた後、断末魔の悲鳴を上げるように脈打って息絶える。
行き場を失って噴水のようにあふれ出す血飛沫。
耐え難い苦痛は吹き荒ぶ嵐のように、身体中を駆け巡った。
――でも、心を満たしていたのは……至極のエクスタシー。
痛みの先にあった感覚は、快感だった。
浅ましい多幸感。情欲を煽る法悦。
倒錯の色を帯びた快楽が、頭の中を物凄いスピードで疾走する。
狂気を孕んだ心は、破壊することに飢えていた。
だからこんなに、気持ちがいい。
幻覚に犯された私の心は、完全に思考を失いかけていた。
「きゃはっ、きゃはは。きゃはははははははははははははは!」
私は鮮血で染まったベッドの上を、げらげらと笑いながらのた打ち回った。
心底おかしくて、笑いが止まらない。
最初から簡単なことだったのだ。
一番大切で、一番可愛いモノ――それは「ワタシ」自身に他ならない。
これなら誰も傷付けることなく、大切なものを幾らでも壊すことができる。
私が私を壊したって、誰にも文句を言われる筋合いはないのだから。
「あはっ、あははは、あははははははははははははははっ!」
嗚呼、痛みが教えてくれる。
破壊する悦びを。大切なものの愛しさを。朽ちていくものの美しさを。二度と戻れない、あの日の記憶の尊さを――
そうだ。壊せ。
ちっぽけなプライド。つまらない良心の呵責。
私の中にあるくだらない感情の類は、全て破壊してやればいい。
私自身をバラバラにして残るものは一体なんだろうか?
私には確信があった。
それはお姉様が注いでくれた愛情と、お姉様を愛して止まない狂気。
ずたずたに切り裂かれた私は、とても美しいはずだ。
それは凛として。気高く、美しい。
まるで世界の最果てで可憐に咲き誇る一輪の薔薇のように。
壊れた私だって、絶対お姉様は気に入ってくれるはずだから――
狂乱する私の笑い声を遮るように、ふと後ろで「がしゃん」と音が響く。
振り向くと、そこにはお姉様がお盆を携えたまま立ちすくんでいた。
真下にはばらばらになったティーセット。紅い液体が零れて、絨毯に染みを作っていた。
「フランドール、フランドール!」
お姉様がベッドに走り寄ってくる。
顔は蒼白、完全に血の気が引いていた。
「なあに?」
私はにっこりと微笑んで見せた。
それなのに、お姉様は笑ってくれない。
いつもお姉様には笑顔でいて欲しいのに。
お姉様は私の身体を抱き起こすと、そのままぎゅっとしてくれる。
嗚呼、お父様を殺したあの日を思い出す。
あの時のキスは、とてつもなく甘かったわ。
身体中の狂気がみるみるうちに引いていったもの。
私を止められるのは、お姉様だけ。
でも、お姉様。
キスはお預けよ?
私、まだ狂っていたいの。
「フラン、何があったか教えて頂戴。一体誰がこんなことを……?」
私は答える代わりに、抱きしめられた身体に思いっきり体重をかけてお姉様を押し倒した。
ゆらりと顔を近付ける。
間近で見るお姉様の横顔は、とても綺麗。
雪のように白い肌に、熟れた林檎みたいに紅い唇。
そんな甘い果実をすぐにでもついばみたくなる衝動を必死に抑えながら、私は言葉を紡ぐ。
「あはっ、お姉様。私だよ。私が自分でやったんだよ。人を壊しちゃいけないから、自分を壊すの」
顔を近付けて優しくお姉様の首筋を舌でなぞり上げると、背筋にぞくぞくっと快感が走った。
お姉様の表情は窺えないけど、きっと同じように快楽に興じているのだろうと思うと心が躍る。
そのまま耳元まで舌を這わせて、私はそっと囁く。
「それはね、たまらなく気持ちがいいの。ほら、こうやって……」
躊躇いもなく「目」を握り潰すと、今度は左翼がバラバラになった。
翼を形成していた肉片と血がべちゃべちゃっと汚い音を立てて、あちこちに飛散する。
破片はお姉様の身体を点々と赤に染めた。
麗しいお顔にもほんのりと紅いチーク。とても素敵。
「あぎゃうぅううううううううううぅ、ううっ、ううう……うはっ、ははは、きゃはははははははははは!」
絶叫と哄笑が入り混じった悲鳴が室内に響く。
痛覚は限度を超えると麻痺してしまうものらしい。
鈍い痛みは、程なくして極上の快楽に変わった。
身体中を駆け巡る狂気に、くらくらと眩暈がする。
「お姉様、私もう大丈夫だよ。ちゃんといい子にしてるからね。こうして自分を壊してたら誰にも迷惑かけないから。
だからもっと見て。壊れた私を見て? あは、きゃははっ。きゃははははははははははっ!」
もっと見せたいの。破裂しそうな神経を。
位相の狂ったバラバラな世界。歪んだ夢と幻のイメージ。
私の見てる幻覚を、お姉様と共有したい。
お姉様を愛している。
だから私はこんなにおかしくなってしまったのかしら?
でも平気だよ。私嬉しいよ。お姉様から頂いた愛は私の中できらきらと輝いているの。
今から胸を切り裂いて、心臓を見せてあげる。
ほら、とくんとくんって……高鳴ってる。
お姉様が大好き。好きで好きでたまらない。今すぐにでも壊してしまいたい。
そんなお姉様を想う気持ちだけが溢れた私のココロ。
ちゃんと見て欲しいの――
だからねえお姉様。早く。早く声を聞かせて?
何が何だか段々分からなくなって、私はいなくなってしまう気がするの。
だから気付かせて。私の名前を呼んで?
気持ち良すぎて頭がおかしくなっちゃうよお。
きゃはっ、あは、はは、あはははははははははっ!
「最低ね」
お姉様の声は、とても冷たかった。
顔を起こすと、お姉様は軽蔑の眼差しで私を見つめている。
強い光を湛えた真紅の瞳が、じっと私の虚ろな瞳を捉えて離さない。
「おねえさま――」
その瞬間「ぱしん」と軽い音が室内に響いた。
私は何が起こったのか理解できず、呆然と立ち竦む。
じんわりとやってくる鈍い痛みに、ようやく頭は働き出してその事実を認識する。
――お姉様が、私のほっぺたをぶった。
みるみるうちに、目じりに涙が溜まっていく。
どんな悪戯をしたってお姉様に手を上げられたことは一度たりともなかった。
それにそんな蔑むような視線で見られたことだって……優しくないお姉様なんて、見たことなかったのに。
私は悲しくなって、今にも泣き出しそうになるのを必死に堪えた。
だけど、お姉様の顔色は何一つ変わらない。
その表情には慈悲に満ちた優しさもなければ、悪い子に罰を与えるような恐ろしさもない。
誇り高き矜持と威厳に満ち溢れた、夜の王としての歴然とした姿だけがそこにはあった。
「フランドール、来なさい」
お姉様はどこまでも底冷えのする声でそう言って、乱暴に私の身体を押しのけた。
そのまま立ち上がると、黙ってドアの方向へ歩き出す。
私がベッドにへたり込んだまま動かないのを見るや、私の手を無理矢理引っ張って歩くように促した。
「やだよ……怖い。怖いよ、怖いよお姉様……どうしちゃったの?」
「立つのよ、フランドール」
怯える私の手を取って、半ば強制的に私を立ち上がらせると、お姉様は無言で歩を進めた。
両翼がなくなって平衡感覚を失い、夢遊病者のようにふらふらとよろめく私のことなんてお構いなしに歩き続ける。
そんな後ろ姿には、私が大好きだったお姉様の面影は何処にもない。
あんなに大好きだった黒い翼。幾度となく私を守ってくれた漆黒の羽根が、今はただ怖くて。
私はその恐怖に足がすくんで動けなくなってしまい、廊下の真ん中にしゃがみ込んでわんわんと泣いた。
「こんなの……こんなの、お姉様じゃない。やめてよ。部屋に戻ろうよ。怖いよ。ねえ、お姉様。いつもの優しいお姉様に戻って!」
お姉様は絶叫する私を一瞥しただけで、ぷいっと後ろを向いてしまう。
そのままぐいぐいと、何も言わずに私の腕を引っ張った。
いつもはゆっくりと手を引いて、私を気にしながら歩いてくれるのに。
転んでも優しく起こしてくれて「大丈夫?」ってずっと心配してくれて……そんなお姉様が、大好きなのに。
こんな私の知らないお姉様なんて嘘だ。悪い夢だと思いたかった。
泣き喚く私を引きずるようにしてお姉様が導いた場所――そこは光が全く届かない、暗い暗い闇の果て。
かくれんぼでも足を踏み入れたことのない、紅魔館の地下深くだった。
牢獄のような鉄張りの壁。処刑・拷問用の器具が無残に散らかされた部屋は、もう長年使われていない様子が見て取れる。
嗚呼。私はお仕置きを受けるのだと、ようやく気が付いた。
「フランドール。貴女は私がいいと言うまで、ここから出てはいけない。分かったわね?」
お姉様の声は、まるで咎人に極刑を言い渡すかような冷酷さを帯びていた。
部屋は真っ暗で、その表情を窺うことすらできない。
「私……ひとりで?」
「そうよ。食事と着替えはちゃんと持ってくるように従者に言っておくわ。隣の部屋にはベッドがあるからそこで寝なさい」
「嫌よ。こんな怖いところにひとりなんて嫌っ! お姉様がいてくれないと絶対嫌なんだから!」
叫んでも、お姉様は何も答えてくれない。
くるりと踵を返して、部屋から立ち去ろうとする。
私はすぐその後を追おうとして、途中で踏み止まった。
――納得がいかなかった。
お姉様が罰を与えようとする理由が、私には分からない。
私は誰も傷付けたくない。
だから自分を傷付けて、内に秘めた狂気を押さえ込もうとしただけ。
それは甘い痛みを伴って、私に快感をもたらしてくれた。
私が生きていることを証明してしてくれた。たったそれだけのことなのに――
「人を傷付けることはいけないことだって、お姉様いつも言ってたじゃない! だから私は、私を傷付ける。誰も壊さないように。それのどこがいけないって言うの!?」
絶叫を背中から浴びせかけられたお姉様は、ぴたりとその動きを止める。
そして振り向くこともせずに、冷淡な声で答えた。
「自分を傷付ける。その行為自体が『最低』だと言ってるのよ。自分を傷付けることが、他人を傷付けないとでも思っているの?」
お姉様が私を拒否する言葉なんて、聞きたくない。
何が正しいとか間違ってるとか。正義とか悪とか、その類。くだらない。
私達の想いは一つで、私が正しいと感じるならお姉様も必ずそう想ってくれてるはずなんだ。
お姉様のこと、何もかも私は受け入れてきた。それは自信を持って言えるし、お姉様だってそうしてくれた。
そんな大切な絆を、私はずっと大切にしてきたつもりなのに。
分からないよ。
今は……お姉様のことが、分からない。
どうして? どうして伝わらないの――?
「じゃあ私はどうすれば良かったの!? 私にはこうすることしかできなかった。それなのに、どうして……どうしてお姉様は、私のこと分かってくれないの!?」
――届かない想い。
最愛の人に拒絶される痛み。
私を受け入れてくれないことへの苛立ち。
すれ違うココロとココロの距離は、想いを叫べば叫ぶ程に……果てしなく遠くなっていくような気がした。
声を荒げる私にも、お姉様は動じない。
突き放すように、淡々と言った。
「……分かりたくも、ないわ」
お姉様の姿が漆黒の闇に溶けて消える。
私は必死でその後を追った。必死に走って、手を伸ばした。
だけどそこには、扉も壁も……何処にもない。
辺り一面に広がる闇の世界を、私は懸命に駆け抜ける。
すると突然地面が逆さまになって、私は暗闇の中をゆらゆらと堕ちていく。
見上げた闇夜には、紅い恒星が輝いていた。
「お姉様、お姉様!」
でも、声は届かない。
意識がゆらりゆらりと、深淵の果てに落ちていく――
††††††
目を開くと、そこには見慣れた真っ黒な鉄の天井。
ゆっくりと身体を起こす。粗末な木で作られたベッドがぎしぎしと音を立てて軋んだ。
光のない世界をぼんやりと照らす、七色の歪な羽根。
その灯りを頼りに、私は傍に置いてある水を口に含んだ。
――また、あの夢。
全ては紛う事なき真実。
お姉様と過ごした掛け替えのない日々と私の犯した罪の全てが、この夢には鮮明に記録されている。
でも、これは夢と言えるのだろうか。と私はいつも考えてしまう。
結局のところ、過去に起こった出来事を夢の中で再生しているに過ぎないからだ。
そして、私は何度も何度もこの夢を見続けている。
そのたびにうなされて、お姉様の名前を叫び続けて……目を覚ます。
この夢は私がこの閉ざされた世界で暮すための糧でもあり、罪を自覚させるための戒めでもあった。
たまには普通の夢が見たいと思うのだけど、微笑んでくれるお姉様と会えるし。今は嫌いじゃない。
あれから、もう随分と時は過ぎた。
どれ程の時が流れたのか、私には全然分からない。
日の当たらない部屋で長いこと暮らしているせいか、時間感覚なんてとっくの昔に失ってしまった。
眠くなったら死んだように眠り、意識が戻ったら仕方なく起きる。
たったそれだけの繰り返し。
そう言えば、ちょっと前に始めて従者以外の人間がこの部屋にやってきた。
随分と面白い子で、久し振りにあんなに笑った気がする。
少しだけ、外に出てみたくなった。
時間が経てば経つほど、お姉様への想いは増すばかり。
嗚呼、お姉様。私はもういい子になったわ。だから、ちゃんと確かめて欲しいの。
貴女の真紅の瞳で、もう一度私を見て――
ふと、隣の部屋から微かな物音が聞こえる。
きっと咲夜が食事を準備してくれているのだろう。
私はゆっくりと起き上がって、寝室を出た。
元々処刑や拷問が行われていたこの部屋には、家具なんてものは一切なかった。
私が今寝室に使っている部屋だって、元はただの物置だったらしい。
荒れ果てた部屋に置かれたアンティークの数々は、あからさまに不釣合い。
と言っても、生活に必要な最低限の品々……クローゼットやソファーくらいしかないけど。
そんな数少ない家具であるテーブルの上に、慣れた手つきで食事を並べている咲夜の姿があった。
私の姿に気付くと、淡い微笑みを湛えて会釈した。
「おはようございます、フランドール様」
「おはよう」
私は素っ気なく返事を返して、椅子に座った。
整然と並ぶ料理は、とても美味しそう。
ふんわりと漂うシナモンティーの風味に、こんがり焼けたトーストの香ばしい匂い。
薄くスライスした玉葱が添えられた生ハム。目玉焼きにトマトとレタスのサラダ。
お姉様と私の食べる料理だけは、いつも咲夜が手作りしてくれているらしい。
「冷めないうちに、どうぞお召し上がりください」
「うん、ありがとう。いただきます」
トーストをひとかじり。
さっくりとした歯ごたえなのに、中はふんわりと柔らかい。
おいしいね。と私が呟くと瀟洒な従者は、ただにっこりと微笑んだ。
十六夜咲夜――
思えば、彼女は久し振りの「人間」のメイドとして私の世話をしてくれている。
ここに幽閉されてから暫くは人間の従者が給仕を行っていたけど、いつしか私が知らないうちに幻想郷と言う世界に移動した紅魔館は妖精をメイドとして雇うようになった。
勿論私もずっとそんな彼女達のお世話になっていたし、変わったからと言って別段困ったこともない。
だけど恐らく数年前。月日の感覚なんてとうの昔になくなって正確には分からないけど、咲夜は突然私の元へやってきた。
随分と驕慢そうな印象の従者だな、と感じたことを今もよく覚えている。
咲夜は、今まで私が見てきた従者とは明らかに違った。
彼女の持つプライドや矜持は、どう考えても一介のメイドのそれではない。
レミリア・スカーレットにもっとも相応しい従者は私以外にいない。そんな揺るぎない信念を持って、咲夜はお姉様に仕えている。
給金、あるいは地位や名誉。その類の下賎な欲望は彼女に一切存在しないのだ。
ただ、夜の王に値する瀟洒な従者であり続けること。
それが咲夜の全てだから。
彼女はお姉様が命じたら、きっと神すらも殺してみせるだろう。
――十六夜咲夜は、狂っている。
そう。私と一緒なのだ。
咲夜は私と同じようにお姉様を愛し、慕っている。
狂気の形は違えど、彼女だって頭がおかしいことに変わりはない。
だけど、私と決定的に違う点がある。
咲夜は、優しい。
お姉様じゃないからと言って仕事を蔑ろにすることもないし、時間があればよく私と遊んでくれる。
トランプをしたり、手品を見せてくれたりするし、たまにスペルカードで遊んだりもする。
本当にさり気ないけど、私のことだってちゃんと大切にしてくれるのだ。
私はそんな咲夜が大好きだったし、お姉様が咲夜のことを気に入る気持ちがよく分かる。
「美味しいね。咲夜の作る食事は、とても美味しいよ」
私が呟くと、咲夜は小さく「ありがとうございます」と言って微笑んでくれた。
大好きな人の笑顔。
それはいつも、お姉様と重なる。
そして必ず、誰かが囁くのだ。
――壊せ。
「ねえ咲夜。今日はこれから何か用事があるの? あのぬいぐるみが出てくる手品、また見せて欲しいのだけど」
私の問いに、咲夜は本当に残念そうな顔をした。
「申し訳ありません、フランドール様。今日はこれからお嬢様と里へ買い物に行くことになっていて……
使いの者に行かせたら良いのではと言ったのですが、どうしてもお嬢様が自分で選びたいと言って聞かないもので」
嗚呼、どうして私の願いはいつも聞き入れられないのだろう。
それは咲夜が悪い訳じゃない。
悪いのは……それは、お姉様。貴女だ。
ふと、私はいつも考える。
考え事、と言うよりは欲望に近い。荒れ狂う狂気が浅ましい快楽を求めるのだ。
――お姉様から咲夜を奪ったら、お姉様は一体どんな顔をするのだろう?
十六夜咲夜。
お姉様が片時も手放そうとしない、最愛のオートクチュール。
それは、本来なら私でなければならないはずなのだ。
お姉様の寵愛を受けるのは、私だけでいい。
それなのに……今私はお姉様の声を聞くことすら叶わない。
咲夜のことは好きだ。本当に彼女は良くしてくれる。
だけど、私のお姉様を独り占めしてるのは咲夜。
妬ましいなんて思ったことはない。でも……それに近い感情なんだと思う。
いつもお姉様の傍にいられる咲夜が、心から羨ましい。
だから――お姉様が私から「お姉様」を奪ったのと同じように、私もお姉様の大切なものを奪うのだ。
生きる糧を失った喪失感。未来永劫取り戻すことのできない心のカケラ。幾億光年の孤独。
私が永遠に近いような時間味わってきた苦痛を、お姉様に体験させてあげたい。
そしたらきっと気付いてくれるはず。
私が、ここにいることに。
――壊せ。
もう、私は待ちきれないのだ。
夢はもういい。
記憶の中のお姉様は確かに素敵。
だけど、夢の中にいるお姉様にはゆらりと伝う体温も感じられないし、心もない。
あれは私が勝手に美化して補完することもできない。夢だけど夢じゃない。ただの記録。真実に過ぎない。
もはやあの夢は私の心を満たしてくれないことに、もう気付いてしまったのだから。
お姉様から頂いた愛なんて、とっくの昔に食い潰して……もうあとちょっとしか残っていない。
だから、欲しい。
お姉様の愛が、欲しい。
それが私の全てなのだから――
「咲夜、紅茶のおかわりを貰ってもいいかしら?」
なるべくなら、咲夜に手荒な真似はしたくない。
その美しい肢体を傷付けるなんて、以ての外だ。
しかし、咲夜が反抗することは十分に考えられる。
お姉様から何と言われているかは知らないけど、私への警戒心は決して零ではないはずだ。
時を止められたら私の負け。
お姉様に言いつけられたら、私はまた今までいい子にしてたと言う信頼を失ってしまう。
妖精メイド如きを手に掛けたって、お姉様は眉一つ動かさないだろうし。
それならばどうするか?
簡単なことだ。咲夜が時を止める動作をする前に、動いたら命を失うと言うことを見せつけてやればいい。
私も吸血鬼の端くれ。
恐怖と戦慄を誇示することなんて、造作もない。
「かしこまりました」
咲夜がゆったりとした仕草で近寄ってくる。
ティーポットに手を掛けようとしたその瞬間、私は咲夜に抱きつくように覆い被さった。
小さな悲鳴を上げた咲夜に構わず、そのしなやかな肢体の上に馬乗りになって、私は咲夜を睨みつけた。
「変な動きしたら、容赦なく殺すわ」
低くドスの聞いた私の声に、咲夜は紛れもない殺意を感じたのだろう。
少しの抵抗もなく、彼女は身動き一つしなかった。
脅し代わりに、咲夜が身に着けていた銀のナイフを全て粉々にしてやる。
それでも咲夜は動じない。
「フランドール様、一体何のおつもりですか?」
あくまでも冷静に、咲夜は小さな声で問うた。
「咲夜。貴女が欲しくなったの。だから、私のモノになって?」
悪魔の甘い囁きにも、咲夜は落ち着いたまま。
平然とした表情で、私をじっと見つめている。
それでこそ、咲夜らしい――私はほくそ笑んだ。
そのまま咲夜を抱きかかえて、寝室へと連れて行く。
そこら辺に転がっていたさびついた手錠を咲夜に掛けて、ベッドの端に繋ぐ。
どうせ手錠を外す鍵なんて無かったし、足まで拘束する必要はないと判断して、そのままにしておいた。
歯向かう術がないことくらい、咲夜だって重々承知の上だろうし。
「ねえ、咲夜。私は本気なの。貴女のためなら何だってしてみせるわ。だから、誓って? フランドール・スカーレットの永遠の僕となります、と」
ゆらりとなびくプラチナシルバーの髪を撫でながら、あやすように囁く。
すると咲夜は、平然と言ってのけた。
「嫌です、と言ったら?」
まさに愚問。
その答えは、最初から決まっているのだから。
「咲夜の身体に訴えかけるまでよ。貴女の身体に一から教えてあげる。狂気と破壊の先にある快楽を。貴女は、その虜になる」
咲夜は何も答えない。
しんとした室内は、静謐な空気に包まれた。
私はベッドサイドに腰を下ろして、暫し物思いに耽る。
――壊してて楽しいのは、意思を持つ生き物。
それはあの時……狂気を身にまとった瞬間から、既に分かっていたこと。
アンティークの食器、名高い絵画。ブリキのおもちゃにお人形さん。
そんな命の宿っていないものをばらばらにしても何にも面白くないし、つまんない。
ばらばらになって、動かなくなってしまったものには何の価値もないのだから。
現に私は、そんなことにはすぐ飽きてしまった。
命あるものが崩れていく様。
壊れていく様を見届けることが、私に至福のエクスタシーをもたらしてくれる。
私が壊したいと望むもの、それは「ココロ」
私以外愛せないように、精神をなぶるようにいたぶって他の快楽を少しずつ奪ってしまうのだ。
破壊の先に芽生えるのは、歪んだ背徳感。
ずたずたに切り裂かれた心は、私に救いを求めるだろう。
貴女がいないと、生きていけない。
だから、私を愛してください――と。
嗚呼。私は今まさにそれを試して、壊すの。
咲夜はお姉様や私なんか遠く及ばない程にプライドが高い。
少なくとも私は、そんな風に感じていた。
それを私がずたずたに、ボロ雑巾のように踏みにじる。
お姉様のお気に入りを、私が犯すのだ。
想像するだけで、心が震えた。
――さあ、咲夜。私を楽しませて?
そっと咲夜に近付いて、頬に口付けを落とす。
ほんのりと咲夜の顔が赤くなったのを私は見逃さなかった。
ゆらりとなびくプラチナシルバーの髪を撫でながら、優しく指ですいてやる。
さらさらで、ふわりと香る石鹸のいい匂い。
瀟洒なメイドは、どこまでも見目麗しい。
「嗚呼、綺麗ね。最果てに咲く白い薔薇のように……咲夜、貴女は美しい」
ベッドに横たわる咲夜は、まるで棺に鎮められた死者のように、そっと瞳を閉じている。
まるで快楽を待ち焦がれているみたいに、私を誘う儚げな横顔。
心の中の狂気が、浅ましい歓喜の声を上げた。
――壊せ。
咲夜の隣に寝そべって、そっと胸に手を添えた。
メイド服の上から伝わる、高鳴る心臓の鼓動。
お姉様に愛して貰えるのは自分だけだと信じて疑うことを知らない咲夜のハートは、今私の手の中にある。
「ねえ、咲夜。貴女はどうしてお姉様の眷属になることを拒むの? ずっと……お姉様と一緒にいられなくても、いいの?」
私の問いに、咲夜は凛とした表情で言葉を紡ぐ。
「私とお嬢様の絆は絶対です。そんな契約、必要ありません。それに、私は人間として生きたい。そう願っているから。お嬢様も、分かってくれています」
気位が恐ろしく高い咲夜らしい答えに、口元が緩んでしまう。
確かに貴女は私達吸血鬼に相応しい、誇り高き矜持を持った素晴らしいメイドだ。
お姉様が手放したがらない気持ちが、痛いほどによく分かる。
ただ、私は強欲だ。欲しいものがこんなに近くにあるのに、みすみす見逃すような真似はしない。
「でもね、きっとお姉様だってこう思っているはずよ。『咲夜にはずっと美しいままであって欲しい』と。私もそう思うわ。貴女な素敵だもの。ずっと、傍にいて欲しい」
そっと、咲夜の首筋に顔を近付ける。
唾液がたっぷりとまとわりついた舌でぺろりと舐め上げると、咲夜の身体がぞくぞくっと快感に震えた。
白い喉元から美しいうなじへと、ゆらり、ゆらりと……舌を這わせて行く。
「ん、あぁ……」
咲夜の艶やかな吐息が漏れる。
所詮人は快楽に抗うことなんて、できない。
私はゆっくりと咲夜のスカートとニーソックスの間に晒されている素肌の太腿に腕を伸ばして、優しく触れる。
そして、耳元でそっと囁いた。
「咲夜。私なら、もっと貴女を気持ちよくしてあげられる。お姉様なんかより、ずっと、ずっと……だって、私は分かるの。貴女が何を望んでいるか、手に取るように分かる」
そう言いながら耳たぶを小さく甘噛みすると、咲夜の口から「ぁ、はぁ……」と悶えるような声が吐き出される。
私は薄ら笑いを浮かべながら、言葉を続けた。
「私達、狂っているの。貴女には自覚がないかもしれないけどね。
だから、咲夜がどうしたら気持ちよくなれるか、私は知ってるの。怖くないわ、大丈夫。私に全て委ねたら、楽になれるわ?」
歪に曲がった、七色の羽根の光が私達を包み込んでいる。
醜悪に微笑む私の表情は、咲夜にどう映っているのだろうか。
これから起こるであろう凄惨な未来に怯むことなく、咲夜はその碧眼で真直ぐに私を見据えていた。
揺らぐことのない、強い意志を湛えて。
「確かに……フランドール様は魅力的ですわ。貴女の脆くも崩れそうな、儚い美しさと狂気に惹かれるのは事実です。ですが、フランドール様。我侭にも限度と言うものがあります」
くくく、と私は必死で笑いを押し殺した。
そうでなくてはならない。簡単に壊れてしまうおもちゃなんて、面白くも何ともないのだから。
「だけど、貴女に拒否する権利はないの」
「やれるものならやってみたらいかがですか? フランドール様をもってしても、私の心まで奪うことはできない」
咲夜は何の迷いもなく、きっぱりと言い切った。
彼女は確信しているのだ。己がレミリア・スカーレットを慕う心は、絶対に変わることはないと。
言うならば、咲夜は虜。
澄んだ蒼い瞳はお姉様しか見ていない。そのことだって彼女は知っている。
お姉様に忠誠を誓う自分に酔っているのだ。
そんな咲夜のように狂ってる人間は、そうそういるはずもない。
だからこそ――私は咲夜を壊したいと願う。
「本当に、そうなのかしら?」
私が問うても、咲夜の表情は何一つ変わらない。
強い光を湛えた瞳が、七色の光に反射して宝石のように煌く。
「……私は、全てを破壊できる能力を持っている。力を行使できるのは、何も形が見えるものに対してだけじゃない。だから、まず貴女の記憶を壊す」
咲夜の身体が、ぴくりと動く。
でも何も言わないまま、じっと私を見つめている。
焦りの色は、微塵も感じられない。
「レミリア・スカーレットと言う名の吸血鬼の記憶を破壊する。そしたら、きっと貴女は私を愛してくれる。違うかしら?」
咲夜はふるふると首を横に振る。
それは私の問いかけに対してではなく、まるで自分に言い聞かせるかのような仕草だった。
「お嬢様のことを忘れるなんて、ありえない。お嬢様の記憶を失ってしまうなんて、死ぬことと同義ですわ。それならいっそ、今ここで私は舌を噛み切って死ぬことを選びます」
「あはっ。咲夜、貴女にそれは絶対できないわ」
そう。できるはずがない。
「お姉様の存在が生きることの全て。そんな貴女には、お姉様のために死ぬ。それ以外の選択肢は残されていない。貴女が自殺できるなんて、到底思えないわ」
それは、愛するモノに狂わされた私達だけが知る真実。
最愛の人と共に生きて、共に死ぬ。
生きる以上は、その身を捧げ続けなければならないのだ。
たとえ羽根を切り落とされても、心を奪われても――生き続けて、愛する人に想いを馳せる。
自分が生きてさえいたら、その人は幸せだと言ってくれるに違いない。
それだけを信じて、私達は生きているのだから。
私と咲夜。
お姉様を想う気持ちはこれっぽっちも変わらない。
だからこそ確信が持てる。
私達は、お姉様が生きている限り――お姉様に愛され続ける自分のことしか、考えない。
「――もっとも、私は咲夜の心が壊れてても一向に構わないのだけど。
ちゃんとまた一から教えてあげるから。まずキスの仕方かしら? あはっ、は、ははっ、きゃははははははははははっ!」
下衆な笑い声が部屋中に響き渡る。
それでも、咲夜は何も答えない。
顔色一つ変えず、小さく俯いたまま。
「いい? 咲夜。十数えるまで待ってあげる。その間に決めなさい。今の記憶を残したまま私の眷属になるか、壊されてお人形さんになって私に愛されるか。私は、どっちでもいいわ」
再び咲夜の首筋に顔を近付けて、そっと牙を突き立てる。
きめ細やかな白い肌は、雪のように美しい。
大切なモノを壊す。そんな快感が間近に迫って、私の身体は快楽を待ち焦がれるかのように震えていた。
1.
2.
3...
「時間なんて、要りませんわ」
「そう。なら答えを聞かせてちょうだい?」
咲夜は、何の躊躇いもなく答えた。
「私の運命は、お嬢様に名前を授けられた時から永遠に変わることはなくなった。
お嬢様を愛し続けること。ただ、それだけが私の全て。フランドール様。貴女にその運命を変えることは絶対にできない」
――咲夜、やっぱり貴女は狂っている。
貴女はどんなことをされても、自分の心は消えてなくならないと心から信じきっている。
それは幻想。現実は抗うことができないことだらけだ。
なのに、貴女はお姉様への愛を信じて疑わない。
そんな貴女に、私は惹かれた。
壊したい。バラバラにしてやりたい。
同じ狂ったモノ同士で、お姉様への愛を分かち合いましょう?
お姉様も、きっと喜んでくださるわ。
「きゃはっ、あはぁ、ははっ、あははははははははははははははは!」
こんなおかしいことがあるだろうか?
お姉様の最愛の人を、私が壊す。
私のモノにして、ラブドールのように扱ってやるのだ。
戦慄く咲夜は壊れた人形のように、私の愛撫を受け止めることしかできなくなる。
お姉様はどんな顔をするだろうか。
私を殺そうとするのだろうか。
壊れた咲夜を抱いて、何も感じないのにキスを繰り返すお姉様。
想像するだけで、笑いがこみ上げてくる。
でも心配しないで、お姉様。大丈夫だよ。
ちゃんと私が二人共、仲良く一緒に可愛がってあげるから。
「そう。そうなのね、咲夜。貴女のお望み通りにしてあげるわ! あはっ、あはぁ、きゃはははははははははははは――――」
私はそっと拳を握り締める。
唾を撒き散らしながら醜悪に笑い叫び、その手に力を込めようとした刹那――
「――――は?」
私の首に、鋭い切先が突きつけられていた。
禍々しい真紅の光をまとった三角錐の穂は、人の血に飢えているかのよう。
大分昔、絵本で読んだ記憶がある。
投擲すれば的を外すことは絶対になく必ず持ち主の元へ返り、必ず勝利をもたらすと言われる神槍。グングニル――
「悪ふざけも大概になさい、フランドール」
それは、ずっと私が待ち焦がれていた声。
私の名前を呼ぶ、声。
あの夢で罵られた時と同じトーンだったけど、そんなことはどうでもよかった。
――およそ五百年振りの再会。
すぐ傍に……お姉様がいる。
「残念だけど、私は本気なの」
私は振り向かず、そのままの姿勢で答えた。
この状況に、心はたまらない程に興奮している。
狂気が、疼く。
「ふざけないで。貴女が少しでも動いたら、すぐその首を刎ねる。私の従者に手を出すことは、絶対に許さない」
お姉様の声は、夜の王に相応しい威風堂々とした風格に満ち溢れている。
内に秘めた感情を押し殺しているものの、怒りの矛先が私に向いていることは明解だった。
それは咲夜を壊そうとしていることに対しての純粋な怒りなのか、それとも何も変わっていない私への苛立ちなのか。
どちらも、なんだろうと思う。
「あはっ、お姉様。『従者』ではなく『恋人』ではなくて? それとも……愛人?」
「フランドール、貴女はいつからそんな口を聞くようになったのかしら。いいから、さっさと咲夜から離れなさい」
震えた切先が、ほんの僅かに私の首に触れた。
切れた先から伝わる痛みが、たまらなく心地良い。
「嫌よ」
そして、お姉様が声を紡ごうとするのを制して、私は続けた。
「私が咲夜をバラバラにするのと、お姉様が私の首を刎ねるの……どちらが早いのかしら? そもそも、こうして話してる瞬間にだって、すぐ私は咲夜を殺すことができる」
最初から、こんな物理的な脅しは無駄でしかない。
そもそも私が死んで咲夜も死んだら、お姉様には何もなくなってしまう。
万が一にも、お姉様に勝ち目は無いのと同然だ。
「咲夜に何かしたら、私は絶対に貴女を許さない」
「なら、私を殺してみせる? その前にお姉様を動けなくすることなんて、私には容易いことなの。
だからお姉様は、私の言うことを聞くしかできない。どうしてそんな簡単なことに気付かないの?」
勿論、お姉様だってそれは百も承知だろう。
しかし、それで何もできず指を咥えて見ているだけのお姉様ではないはずだ。
寸分の一秒に賭けて、私の首を切り落とそうとするかもしれない。
でも、私には確信があった。
お姉様に、私を殺すことはできない。
そして――私にも、お姉様を殺すなんてことは絶対できない。
「フランドール。私はもう貴女に耐え難い罪を与えてしまった身なのよ。だから貴女に手を掛けることには何の迷いもない。たとえ刺し違えようとも、咲夜だけは必ず守ってみせる」
お姉様が咲夜に抱く感情は、ノブリス・オブリージュ――つまり、主従関係においての義務なのか。
それとも、恋慕から来るものなのか。
それはきっと、私とお姉様が愛し合っている理由と同じようなことなんだと思う。
――だけど、今はそんなことどうでもいい。
こんな茶番は、いい加減飽きてきたし。
「あはっ、あははははっ、きゃはははははははははははははは!」
私は顔を上げて、大声で笑う。
「咲夜はさっきこう言ったわ。『貴女に運命を変えることは絶対にできない』と――
本当にその通りなんだから笑っちゃうわ。私は決してお姉様に抗うことができないのだから。あはっ、あははははははははははは!」
自分の言ってることが心底おかしくて、お腹が痛くなってくる。
「咲夜はまるでそれを知っていたかのように、己の運命を信じていた。結局私に咲夜を殺すなんて、最初からできるはずなかったのにね。きゃはっ、きゃはははははははははははは!」
げらげらと笑い狂う私の声だけが、部屋の中に響く。
お姉様と咲夜は、ただその絶叫を呆然と聞いていた。
私が何を言っているのか全く分からない。まさにそんな表情をしている。
力を込めて、咲夜にはめられていた手錠を壊す。
それを見たお姉様は、構えていた槍をゆっくりと下ろして、私に問うた。
「フランドール、どうしてこんなことをしたの?」
それは、つまりは簡単なこと――
「だって。お姉様、私に構ってくれないんだもの。私、ずっとずっと……お姉様が来てくれるの、待ってるのに」
私の言葉を聞いた瞬間、お姉様は小さく俯いた。
触れたくない真実から目を背けるかのように、紅い瞳は虚空を彷徨う。
――全ては、想定の範囲内。
咲夜を壊そうとすれば、絶対お姉様がここに来てくれる。
何より私は前科持ちだ。咲夜が私の部屋から返ってこないとなれば、お姉様は嫌でも破壊を想像するだろう。
大切なものを守ろうとする気持ちが誰よりも強いお姉様なら、どんな理由があろうとも必ずやってくると私は信じていた。
咲夜を壊したいなんて気持ちは微塵もない。
そう言い切ってしまえば嘘になってしまう。バラバラにすることを想像するだけで、狂気が疼くのは確かだ。
大切なものを壊したい。そう願う気持ちは今も変わらない。
だけど。その先にあるもの。
私はずっと、そのことだけを考え続けてきた。
そして、お姉様に伝えたい想いがある。
もう待ちきれなかった。思い出を糧にして生きるのは、もう限界。
だからこうして、お姉様を半ば無理矢理ここに呼び寄せた。
咲夜には本当悪いことをしたと思う。
笑い声が途絶えて、しんと静まり返った室内。
悔恨の情を隠し切れないお姉様に、そっと咲夜が近寄って声を掛ける。
「……お嬢様、ありがとうございます」
「咲夜、ちょっとフランと二人にして欲しいの。席を外して貰えないかしら?」
咲夜は小さな声で「かしこまりました」とだけ告げると、小さく一礼してくるりと背を向ける。
ぱたん、とドアが閉まる音。静寂に包み込まれた部屋に、私とお姉様は取り残された。
二人で、ベッドの端にちょこんと座る。
傍で見るお姉様は、あの頃と何も変わらない。
湖のように透き通った蒼い髪。強い光を湛えた真紅の瞳。見る者を圧倒させる漆黒の翼――
その姿は、私の記憶の中で生きているお姉様に瓜二つ。
暫し、私達は一言も喋らないまま想いを馳せた。
否。正確に言えば、どんな風に話し始めたらいいのか分からなかったのだ。
495年振りの再会。勿論嬉しい。
だけど、心はどきどきしたまま。
でもそれは多分、お互い様。
随分と長い時間、沈黙が部屋を支配し続けていた。
私は勇気を振り絞って声を紡ぐ。
「あのね」「フランは――」
何故かハモってしまい、思わず顔を見合わせた。
自然と笑みが零れる。二人で、くすくすと笑った。
「いいよ。フランからで」
お姉様の優しい声が、勇気を分けてくれる。
私は胸に手を当てて、ゆっくりと呼吸する。
ここに幽閉されてから、ずっと伝えたかった言葉。
そっと、口にした。
「ごめんなさい、お姉様」
私の言葉にお姉様は少し不思議そうな顔をして、首を傾げた。
「さっきのこと? あれはフラン。貴女は全て分かっててやったのでしょう? 私をここへ呼ぶためにね」
「違うの。私が謝りたいのは、お姉様が美しいと褒めてくださったこの翼を……壊してしまったこと」
神に懺悔するような面持ちで、私は己の罪を述べる。
あの日気付かなかった自分の過ちをお姉様に伝えられる日が、こうしてようやくやってきたのだ。
「あの日、私はお姉様の言葉の意味が分からなかった。何故自分を傷付けることが、他人を傷付けることになるのか。矛盾してる。馬鹿馬鹿しいと、思った」
あの時、自分の考えていることが全て正しいと思い込んでいた。
お父様と言う絶対的な悪があった。お姉様と言う全てを受け入れてくれる最愛の人がいた。
だからこそ、私は自分の考えを疑うと言うことを知らなかった。
「私は自分が全て正しいと思い込んでいたんだね。お姉様に否定されたことなんて、なかったから」
お姉様は、ただ静かに私の言葉を聞いている。
思うところがあるのだろうか。そっと目を瞑り、俯いていた。
「だから……私は自分が正しいと言うことを証明するために、翼を破壊し続けた。再生する羽を、来る日も来る日も……壊し続けた」
この暗い部屋は、血の匂いしかしない。
壁に付着した血痕も、全て私の鮮血が残した腐食だ。
翼を従者の目の前で壊して見せたこともある。
妹様は頭がおかしい。何度そう言われたことだろう。
でも、そんなことはどうでも良かった。翼を破壊する時の痛みだけが、私が生きていることを教えてくれていたのだから。
「痛みは、快感だった。今も……やりたくなる」
お姉様は何も言わない。
ただ、虚空を見つめていた。
「壊し続けた羽根は、段々とその形を変えた。再生能力がおかしくなったんだと思う。それでね、こんな羽根になっちゃったの。醜くて空を飛ぶこともできない、歪な羽根に」
それは、犯した罪の重さを知らない私に相応しい罰だったのだ。
浅ましく下品で無様な形の翼は、優雅で気品溢れる姿であらなければならないはずの吸血鬼としての体を成していない。
何より、夜の王であるお姉様の妹として相応しくない――
「本当はただ……お姉様に構って欲しくて仕方なかったの。私が痛がってたら、どんな時だってすぐお姉様は飛んで来てくれたでしょう? 実際、すぐ来てくれると思ってた。だけど……」
単純なことに過ぎない。
私が正しい。お姉様が間違ってる。
たとえ私が間違っていても、普段ならばそれは大した関係のないことだったのだ。
お姉様はどんな我侭だって、いつも困った仕草を見せながらも優しく微笑んで聞いてくれる。
だから、すぐにお姉様はここから出してくれると思ってた。
「いくら待っても、お姉様は来ない。私はその怒りをぶつけるかのように、羽根を壊し続けた。
それは、永遠に続くんじゃないかって錯覚するくらい……長い間。ずっとずっと壊して、壊して。壊しまくった」
実際、意地を張ってた部分だって大きかった。
でも、自分を傷付けてしまうこと。
それは些細な我侭だから許されるなんて話ではなかったのだ。
「だけどね、私……気付いたの。ううん。知ってたけど、知らないフリをしてた。ねえお姉様、破壊の先にあるものは、一体何だと思う?」
お姉様はこちらを向くこともなく、小さな声で答えた。
「……無、かしら」
「そうね。私も最初はそう感じていたし、こんな世界なくなってしまえばいいと思った。壊れてなくなってしまえば、こんな悲しい想いをせずに済む」
私が死んだら、世界が消える。
その方が楽になれるのかな、なんて思わないこともなかった。
「でも、私に『無』は見えなかった。破壊し尽くして残った、たったひとつのモノ。それは……お姉様の優しい想い」
破滅の先には、一縷の希望があった。
そう。お姉様が与えてくれた愛は、ずっと私の中で揺らめいていた。
美しい記憶となったお姉様の面影は、いくら自分を傷付けようと消えることはない。
痛みがもたらす快楽に狂う心に輝く灯火となって、いつまでも私を守り続けてくれていたんだ。
「その想いを再び感じた瞬間、私はすぐ過ちに気付いたわ。あの時お姉様が言った言葉の意味が、ようやく理解できたの」
――自分を傷付けることが、他人を傷付けないとでも思っているの?
「私は自分を傷付けることで、お姉様を傷付けていた。私が痛がる姿を見て悲しむお姉様のことなんて何も知らずに、自分のエゴのためだけに、翼を壊し続けた――」
これが、答え。
そして、私が犯した過ちの全て。
最愛の人を傷付けるなんて最低の行為に気付かなかった私は、何て愚か者なのだろうか。
取り返しの付かない事実。戻らない過去。
お姉様を切り刻んだ傷痕は、もう一生元には戻らないと言うのに。
「ごめんなさい、お姉様。ずっと、ずっと……謝りたかったの」
幾ら謝ったところで、私の過ちが消えることはない。
でも、もう覚悟は決めている。
この虹色に輝く歪な翼を背負って、一生罪を償って生きること。
それが唯一私にできる償いだから。
「……許して貰おうなんて、思ってないわ。でも、お姉様。私は――――」
「もういい」
突然、お姉様が私の言葉を遮った。
まるであの時を思い起こさせるような、底冷えのするような声で。
お姉様の身体が小刻みに震えている。
思わず、抱きしめたくなった。だけど、私にそんな資格は、ない。
あれ程の時が経ってしまったのだ。お姉様は、きっと咲夜のことだけを愛していて、私のことなんて忘れてしまっている。
私のように思い出を糧にして生きる必要はない。
お姉様は今を生きている。でも、私は記憶の中で生きている――私達は、あの日から違う時を刻んできたのだから。
「フランドール。謝らなければいけないのは、私の方よ」
か細く途切れるような声で、お姉様は言った。
「……思えば、小さい頃から貴女を守ること。私はずっとできないままだった」
「ううん。それは違うわ。お姉様はずっとお父様から私を守ってくれていたもの。私がお姉様にどれだけ救われたことか……」
私は全力で否定する。
お姉様が私にしてくれたこと。それは全て大切で、掛け替えのない素敵な想いなのだから。
「力が欲しい。フランを守る力が欲しい。でも、私にはその力がない。だから、祈ることしかできなかったの。どうかフランを護ってください、と……」
お姉様が時折天を仰ぐあの姿。
およそ五百年の時を経て、私は始めてあの祈りの意味を知った。
それは随分と後ろ向きで、お姉様らしからぬように思える。
私が知っているお姉様は決して弱音を吐かない。常に誇り高き矜持を示し続ける、強い存在だった。
でも、それはきっと……私を心配させないように、ただ気丈に振舞っていたに過ぎなかったのかもしれない。
「あの時の私達はお父様を止められなかった。でもね、お姉様がいつも傍にいてくれたから、私は幸せだった。どんなに辛くても……お姉様がいるから、生きたいと願うことができたの」
小さな私達は、あまりに無力だった。
でも……二人で寄り添っていれば、何にも寂しくないし。
怖いのだって半分こ。だから、お姉様がいる。それだけで良かった。
「そして……あの日、私は貴女に宿った狂気を止めることができなかった」
お姉様は、じっと天を見上げた。
私の声は届いていないのだろうか。独り言のように、淡々と呟き続ける。
「歯を食いしばって、自己を保とうと必死で意識を繋ぎとめようと苦しんでいる貴女に、私は何もしてあげられない。狂い叫ぶフランを、ただ見ていることしかできなかった」
「そんなことない。おかしくなった私を、お姉様は――――」
私の言葉を制止するように、お姉様は言葉を紡ぐ。
「誰も傷付けたくはないと、貴女は自分の羽をもぎ取った。それすらも、私は優しく受け止めてやることができないどころか、貴女をこの暗闇の牢獄に閉じ込めた」
「それは私が悪い。全部私のせいなの。お姉様を傷付けたのは、私なの!」
段々と声のトーンが高くなる私にも、お姉様は全く動じることなく抑揚のない声で語る。
「フランのことが気になって、眠ることすらできなくなって。あの暗い部屋に置き去りにしてきたことに、私は酷く後悔した。
従者から貴女が羽根を壊し続けていると報告を受けるたび、心が張り裂けそうで……今すぐにでも飛んでいきたかった。だけど、私はつまらない意地を張り続けたの」
それは全部……私のせい。
やっぱり、私がお姉様を苦しめていたんだ。
そして、お姉様は全然悪くなんてない。
私は声を張り上げた。
「だから、お姉様は悪くなんてない!」
「そしていつしか、私は従者から報告を受けることすら拒むようになった。そう。貴女から目を背けたの」
そう言って、お姉様は顔を横に逸らした。
美しい蒼髪がさっとなびいて、瞳を隠すかのように覆ってしまう。
――お姉様も、罪を感じている。
私がお姉様を失ったのと同じように。お姉様も私を失って、悲しみにくれていたのだ。
この五百年もの間、ずっと私のことで苦しみ続けて生きていた。
その悲しみは、計り知れない。
どんな言葉でも言い表すことのできない、悲壮な決意をもってお姉様は私を幽閉した。
それは、私への愛があったからこその決断。
そんなお姉様を、誰が責めることができようか。
お姉様が罪を背負う必要なんてない。
全ては私のせいなのだから。
私は黙ってお姉様の手を取って、声を荒げて叫ぶ。
「もういい、聞きたくない!」
だけど、お姉様はそんな私の懇願を無視する。
「フラン。私は貴女から逃げた。姉として会わす顔がなかった。でも、貴女は記憶の中でずっと笑っていた。時に天使のように、時に悪魔ように……」
真紅の瞳は、遠くを見ていた。
まるで、私を見てくれていない。
繋いだ手に、力もない。
「お姉様、もうやめて!」
悲鳴のような絶叫を上げる私にも、お姉様は物静かに語り続けた。
「そして、貴女は笑いながら羽根を壊す。その姿は脳裏に焼きついて離れなかった。フランドールの苦しみは私の苦しみ。それは神が与えた罰だと思った。だから――」
その続きを聞く間も与えず、私はベッドにお姉様を押し倒した。
腰の辺りに跨って、見下すように真紅の瞳を見つめる。
そして――無意識の内にお姉様の白い喉元に手を当てて、息を止めようとしていた。
――壊せ。
内に秘めた狂気が、そう命じていた。
こんなの、お姉様じゃない。
喋らなければただの人形。バラバラにしてしまえばいい。
それが私の願いだったはずだ。
最愛のオートクチュールとなったお姉様を、私は一生独り占めできる。
ディープなキス。淫らな行為。されるがままのお姉様を弄ぶことは、どれだけ楽しいことだろう。
好きなだけ、思うがままに快感を与え続けられる。
きっとお姉様だって、そう望んでいるに違いないのだから――
「いいわ。フランドール、貴女には私を殺す理由がある。壊したいのなら、好きにすればいい。貴女に殺されるのならば、悔いはない」
そんな私を見て、お姉様は力なく微笑んだ。
首元に添えた手からゆらりと伝う体温は、当時と何ら変わることはない。
それはただ、優しくて。私の心を癒してくれる。
――さあ、お姉様。最高の快楽、与えてあげる。
死を覚悟したお姉様は、とても安らかな表情をしていた。
儚げに瞳を閉じて、ただその瞬間を待っている。
私はゆっくりと身体を倒して、その美しい横顔を愛おしく眺めた。そして――
そっと、唇を重ねた。
「ん、はぁ、あ……」
お姉様の芳しい吐息が、ふんわりと香る。
唇の先から伝わるお姉様の想いが、甘く溶けて私の心を満たしていく。
荒れ狂う狂気なんて、一瞬で消え失せた。
嗚呼。ずっと見ていた夢。記憶、妄想でしか味わうことのできなかった、お姉様のキス。
小さい頃から欲しくて欲しくてたまらなかったお姉様の口付け。
こんなにも愛しいだなんて。
「あ、んっ……ぁあ…………」
お姉様は、抵抗する素振りなんて微塵も見せなかった。
互いの感触を確かめ合うように、唇を押し当てる。
小さな唇は、押せば僅かに抵抗を示しながらへこんで、離してみるとふんわりと押し返す。
重ねた唇から漏れる甘美な吐息が、破壊なんて比べ物にならない程の麻薬のようなエクスタシーを与えてくれた。
お父様を殺した時……お姉様に抱いて貰った時から、それは分かっていた。
お姉様の存在そのものが、私を狂気から解放する唯一の術であることを。
だから、私は今まで通りにしているだけで良かったのだ。
それなのに、自分で翼をバラバラにすると言う愚行を犯し、狂気に抗う方法を失った。
狂気に酔っていたい気持ちは勿論ある。でも、それがいけないことだと教えてくれたのも、またお姉様だったのだから。
お姉様を失ったからこそ分かる真実が、そこには存在していたのだ。
「あ、あはぁ……おね、えさまぁ……ん、ふっ…………」
お姉様を蹂躙するかのように、唇を貪る。
甘い吐息が漏れている唇の微かな開いた部分に舌を入れてやると、すっとお姉様はそれを受け入れてくれた。
艶かしい舌の感触の味わいは、私を狂わせる。
それは破壊の快感とは全く別の、ほのかに甘い誘惑を伴った至極の悦楽。
お姉様の愛に狂う。それはとても幸せなこと。
情熱的に舌を絡めて、唾液を交換しあう。
段々息苦しくなってきて、お互いの吐息も乱れて嗚咽に近いような喘ぎ声が漏れる。
苦しいけど、心地良い。このままずっと、こうしてキスしていたい。
現にこうしてお姉様の息を唇で塞いでいる。それは首を絞めるより、遥かに気持ちがいい。
ある意味、私はお姉様を壊そうとしているのだから。
いい加減苦しかったので、ゆっくりと唇を離す。
二人の間に唾液の糸が伸びて、ぷつんと切れた。
お姉様は唇の先に指を当てて、名残惜しそうにその糸を舐める。
「あはっ。お姉様の息を唇で止めて差し上げようと思ったのに、私の方が先に苦しくなっちゃった」
「何を馬鹿なこと言ってるのかしら。そもそも鼻孔でも呼吸をしているのだから、キスで死ぬはずがないわ?」
あまりにもお馬鹿な話に、二人顔を見合わせてくすくすと笑った。
私は跨っていたお姉様から降りて、その横に寝転がってみる。
すると、お姉様が優しく頭を撫でてくれた。
「ちゃんと、コントロールできるようになったのね」
「うん。心はね、最初から分かってた。お姉様が抱いてくれたら、この壊したいなんて衝動なんて何処かに行っちゃうってね。
でも……お姉様の優しさを当たり前のように思ってた部分があったのかもしれない。その幸せに慣れきってしまって。だから、お姉様を失って、改めてその大切さに気付いたの」
私はやっぱりお姉様に甘えてばかり。
勿論大切にしてるつもりだったんだけど、こうして離れてみて……やっぱり私はお姉様が傍にいてくれないと生きていけないんだって分かった。
破壊の果てに見えたお姉様の面影は、この暗い暗い闇の底で生きる私の全て。
ただ、貴女に会いたい。
そんな想いだけを抱えて、美しい思い出を糧にして……ずっと生きてきた。
そして。
永遠のような時の中で、私は真実を悟った。
お姉様が、好きで好きでたまらないってことに。
そんな大切な想いを再認識した私には、宿った狂気なんて恐るに足りないことだった。
表に出てくることはあっても、ちゃんと折り合いをつけて生きていける。
その術を教えてくれたのは、お姉様に他ならない。
「そうね。私もフランのことが大好きだからこそ……美しい記憶に貴女の面影を求めた。貴女がいない日々は、気が狂いそうだった」
私だってそうだ。
過ちに気付いた後の日々は、ただひたすらにお姉様に想いを馳せた。
二人で過ごした掛け替えのないあの日の記憶は全く色褪せることなく、私に生きる希望を与えてくれた。
在りし日の思い出にすがる生き方も、悪くない。
記憶は美化されて、より美しいものにしか変わらないのだから。
傷付くこともなければ、嫌われることもない。完結した世界が、そこにはある。
あの夢は教えてくれた。変わらない日々の大切さ。そして残酷さを。
だけど。
私達は、生きている。
素敵な物語の新しいページを書き続けることだって、きっとできるはずだ。
さっきのお姉様の話を聞いて、その考えは確信に変わった。
私達は、今もずっと昔のまま。
変わることなく、お互いを愛し合っている。
そしてこれからも――
「でも、私はやっぱりこうしてお姉様に直に触れていたい。温もりを感じていたいの。記憶の中のお姉様だって、優しい。だけど、手を伸ばしても届かないの」
「うん。私もずっとフランと抱き合っていたい。だって、貴女の気持ちが手に取るように伝わるんだもの。それはとても素敵。だけど……」
お姉様は少しだけ戸惑いを見せた。
どうしても気になること。それは私にも何となく察しがついた。
でも、そんなことはもう大した問題じゃないことだって、お互いもう分かっている。
「……私がフランに犯した罪は消えることはない」
「私は、お姉様から受けた罰は当然のことだと思ってる。お姉様は私を愛してくれていたからこそ、そうしてくれた。だから、それは罪になんてならないと思う」
そう。私にとってそれは当然の報いだったのだから。
お姉様が悔いる必要なんて、何一つないのだ。
「だけどね、私はちゃんと貴女を見ているべきだった。貴女はとっくに狂ってなんていなかったのだから」
「今でも、ちょっとはおかしいと思うよ? 自分で言うのも何だけど……でもね、お姉様が今でも愛し続けてくれていたことが分かって、本当に嬉しかった。本当に……幸せなの」
「私だってそうよ。嫌われてても何らおかしくないもの。だけど、フランはずっと私を愛してくれてた。それが何よりも、嬉しいわ」
私達の想いは、永遠に変わらない。
それならば、成すべきことは何か?
答えは、たったひとつ。
「ねえ、お姉様? ひとつの過ちも知らない命と言うものは、この世に存在するのかしら?」
お姉様は優しい微笑みを絶やさぬまま、断言した。
「ないわ」
「犯した罪は永遠に消えることはないのかもしれない。だけど、私達が抱く想いは永遠のまま。だから……一緒に罪を償いながら生きることもできると思うの」
私が言い終わるのと同時に、お姉様がぎゅっと私を抱き寄せた。
ふんわりと香る香水の匂いは、何だか大人っぽくて……ドキドキする。
真紅の瞳が捉える未来は、きっと私と同じ。私は夢見心地で、お姉様の声を待った。
「フランドール。私は貴女と共に生きたい。もう離したくないの。絶対同じ過ちは繰り返さない。貴女を、必ず幸せにしてみせるから」
お姉様の言葉を聞いた瞬間、万感の想いが込み上げて……涙が零れた。
翼と同じように失ったと思ってた、泣くと言う行為。
それは、全く壊れてなんていなかった。
ぽろぽろと滴り落ちる涙。私は顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた。
嗚呼、私は笑っていたい。笑って「うん!」って元気で答えたいのに。
喉奥から出てくるのは嗚咽のような泣き声。
留まることを知らない涙の川は、新しい未来を告げようとしていた。
「おねえさまぁ……おえねさまぁ…………」
わんわんと泣く私を、お姉様は優しく抱きしめてくれる。
ぎゅっと顔を押し付けて、胸元で涙を幾ら拭っても涙は止まらなかった。
お姉様はどんな顔をしているのだろうか。
私には、何となく想像が付いた。
――天を仰いでいる。
そっと瞳を閉じて。鳴り止まない声と共に、天使のように……祈りを捧げている。
神に叶わぬ願いを、救いを求めたあの時とは違う。
それは、誓い。
美化された永久の記憶との決別。己の過ち。悔恨の念。そして永遠の絆。
お姉様は高らかに宣誓する。
過去を。今を。未来を。その全てを私に捧ぐと――
「……ねえ、お姉様。これは、夢なんかじゃないよね?」
泣き疲れた私が訊ねると、お姉様はくすくすと笑いながら答えてくれた。
「大丈夫、夢じゃないわ。私はここにいる。フランも、ちゃんと目の前にいるわ」
「そう。なら……よかった。何か私、眠くなってきちゃった。さっき寝てたと思うのに、どうしてかな……」
お姉様の胸元に、ぐいぐいと顔を押し付ける。
このまま寝てしまって、目が覚めた時お姉様がいない。そう考えると、ちょっと怖くなる。
だけどお姉様に抱いて貰っていると本当に安心してしまって、どうしても眠くなってしまう。
そう言えば、昔からそうだったっけ。すっかり忘れていた。
「安心して、フランドール。私は何処にもいかないわ。もう、好きな時にいつでも会えるのよ。だから大丈夫。安心してお眠りなさい」
「うん。そうだね。そうするね。明日はもっともっと一杯話そうね。私ご本を読んで貰いたかったの。あとね、あとね。踊ったり一緒にお料理したり……」
段々と意識が遠のいていく。
お姉様が何か言ってるけど、もう私の耳には届かない。
悲しいベールに包まれた日々は今、終わりを告げる。
嗚呼、私がこの暗闇で生きてきた日々は決して無駄ではなかったのだ。
私は安らかな気持ちとお姉様の優しさに抱かれたまま、瞳を閉じた――
††† Epilogue †††
目を覚ますと、とても身体が冷たく感じられた。
隣に、お姉様がいなかったからだ。
もしかして、夢幻だったのだろうか。
そんな不安に駆られる。
でも、あの温もりは確かにお姉様のものだった。その余韻は今も覚めやらない。
たゆたう体温。甘くとろけるようなキス。
何よりも身体がしっかりと覚えている。
あれは夢なんかじゃない。
隣の部屋から、僅かな物音が聞こえる。
私は気だるい身体を起こして、木製の粗末なベッドから飛び降りた。
そのままゆらゆらと、まるで夢遊病患者のように彷徨いながら隣室へ向かう。
ドアを開けると、咲夜がいつものようにお茶の準備をしていた。
私に気付くと、恭しく一礼する。
「おはようございます、フランドール様」
「おはよ」
無愛想な返事を返す私に、咲夜は優美な仕草で紅茶を注いでくれる。
香りからしてダージリンだろうか。ゆらりと漂う湯気が、優しく意識を覚醒させた。
そっと口に含む。渋みもなくて深くまろやかなコクがふんわりと広がっていく。
私が「美味しい」と呟くと、咲夜は優しく微笑んでくれた。
いつもと変わらない、瀟洒なメイドの立ち振る舞い。
私は少しだけ不安になった。やはり、昨日のことは夢だったのではないか、と。
「ねえ、咲夜」
「はい?」
私は思っていたことを、そのまま口にしてみる。
「昨日は、ごめんなさい」
咲夜はただ微笑んで、私の傍に近付いてきた。
「いいえ。お嬢様から簡単ですが事情を伺いましたし、何となくですが……フランドール様が本気で私を壊そうとはお考えになっていないような気がしていましたわ」
「あら、それはちょっと違うわ? 私は本気よ? 少なくとも貴女が欲しいと言ったのは嘘偽りない本音だったのだけど」
「それだと私も多少なりとも、困らなければならなかったのですね」
肩をすくめながら笑う咲夜の姿に、私は思わずほっと胸を撫で下ろした。
昨日のことは夢じゃない。紛れもない現実であることが咲夜の言葉から確認できたのだから。
「それにしても、咲夜は本当にお姉様のことを愛しているのね」
そう言うと、咲夜がちょっとだけ顔を赤らめた。
「従者として当然の信念を貫いただけです」
「愛する者のために、でしょう? 別に隠さなくたっていいのよ。残念だけど昨日の咲夜を見てそれは確信に変わったわ」
別に試すつもりなんて微塵もなかったのだけど。
日頃の言動から、咲夜がお姉様のことを愛してるなんて十分に伝わってくる。
別に私もそれが嫌だとも思わないし、あんな素敵なお姉様に惹かれるのはある種当然だと思う。
「でも、なかなか言えなくて。お嬢様は確かに私のことを好いてくださっています。多分……今が幸せだから、それでいいんだと思ってるから言えないんでしょうね」
「そうね。それは一理あるのかもしれない。だけど、告ってしまえば今よりもっと幸せになれるかもしれないじゃない?」
「と言うか、フランドール様は……仮に私とお嬢様がお付き合いすることになったら、認めてくださるのですか?」
咲夜は顔をほんのりと赤らめたまま、そんなことを聞いてきた。
「うん、勿論。咲夜になら安心してお姉様を任せておけるもの。それで私への愛情がなくなってしまうはずもないしね。お姉様はちゃんと二人分、平等に愛を与えてくださると思うわ?」
「私は……性格的に独り占めしたくなってしまう方なのですが」
「あはっ。私もそうだよ。だけど、お姉様は一方に傾くようなことは絶対しないと思う。決めたことは絶対覆さない人だから。いくら私達が焼餅焼いたって無駄ってことよ」
しかし、この話には大前提が欠けている。
お姉様と咲夜は付き合っているのか。それが不明だからいまいち要領が掴めない。
でも、彼女がお姉様にご執心なことは、普段会話の節々から見て取れる。
それは従者としての忠義と言うよりは、間違いなく恋愛感情の類に他ならない。
咲夜とお姉様のことについて話すと、随分意見が食い違うことが多くて、それもまた面白い。
私のイメージするお姉様と、咲夜のイメージするお姉様。
根本は同じところに惹かれていることは間違いないのだけど、微妙に違う印象を持ってお姉様のことを愛しているからだ。
咲夜が「仮に」と付けるくらいだから、当人は片思いだと考えているのかもしれないけど、どう考えてもお姉様だって咲夜に気がある。
だけど何があろうとも、お姉様が私に与えてくださる愛情は何ら変わることはない。
私達は昨日、まさにその永久の愛を誓ったのだから。
「確かに、フランドール様の仰る通りですね。その辺お嬢様は律儀なのに、フランドール様と違って愛情の類を口にすると顔を真っ赤にされて恥ずかしそうにされるのが可愛らしいですわ」
くすくすと二人で笑う。
私にはそんな印象はないのだけど……お姉様は恋話になると何かと恥ずかしそうにしていることが多いらしい。
そんな恥らうお姉様を想像するだけで、ついおかしくなって笑みが零れてしまう。
「でも、本当咲夜に怖い思いをさせてしまったのは事実だから。本当にごめんなさい。私には、ああするしかなかったの」
本当に咲夜には悪いことをしてしまった。
心を壊すことはできるけど、ピンポイントで咲夜の『お姉様に関すること記憶』だけを壊すと言うのは本当の嘘。ハッタリだった。
あんな恐怖を味あわせたにも関わらず、咲夜はいつもと同じように私に接してくれている。
それが何よりも嬉しかったし、私をいっそう申し訳ない気分にさせた。
「フランドール様、お気になさらず」
「ありがとう。そう言って貰えると私も救われるわ」
ふと、私は不思議に思った。
必ず一緒に用意してくれているはずの、目覚めの朝食が無い。
テーブルの上に置いてあるのは、少しのクッキーと紅茶だけ。
静かに紅茶を飲み干すと、咲夜がふいに言った。
「一息付かれたようですし、それでは参りましょうか」
「どういうことかしら?」
「お嬢様が、お待ちしております」
私は言葉の意味が分からなくて、一瞬きょとんとしてしまった。
頭の中がぐるぐると回って、その事実を理解しようとする。
「私……ここから出てもいいってこと?」
「はい。お嬢様からのちゃんとした言いつけですよ。もしかしたらフランドール様が信じないかもしれないからと、わざわざ手紙までしたためてあります」
そう言って、咲夜が一通の便箋を渡してくれた。
淡い薄紅の紙に美しい文字が走り書きされている。
親愛なるフランドール。
貴女はもう自由の身。
自由に空を駆けて、何処までも遠くへ行ける。
貴女が瞳に映る景色は、一体何色なのかしら?
私にも教えてくれると嬉しい。
新しい世界へようこそ。
そして、おかえりなさい。
嗚呼、私はやっとお姉様に許されたのだ。
この暗い闇の底から抜け出して、自由を手に入れる。
生い茂る木々の呼吸。狂い咲く花々の艶やかな色彩。狂気に満ちた月の光。凛とした夜の空気――永遠に続く空の果て。
こんな羽根じゃ飛べやしない。ずっとそう思っていたのに。
だけど……今なら、空も飛べる気がする。
お姉様と共に、あの空の向こうへ――
私は咲夜に連れられて、部屋を出た。
錆付いた地下牢を横目に歩きながら、長い長い階段を上っていく。
開いたドアの先に広がっていたのは、月明かりが差し込む廊下。
規則正しく並んだ窓から溢れる青白い光が、辺り一面をぼんやりと照らしている。
何だか身体がおかしい感じだった。全身が忘れていた感触を取り戻すかのように、眩い光を求めている。
窓の外に広がる森林と湖を眺めながら、私は手を一杯に広げて月光を浴びた。
咲夜の後ろをゆっくりと付いていく。
見慣れない姿に、時折通り掛るメイド妖精が私に奇異の視線を向ける。
それはともかく。私はずっと幼少をここで過ごしてきたのに、何処を歩いているのかさえ思い出せない。
紅魔館はとても広い屋敷だ。あの頃だって、何処に何があるのかあまり良く分からなかったけど……歳月は無常にも記憶を奪い去ってしまうものなのだと、改めて知った。
でも、咲夜が停止した先。
この扉だけは、ちゃんと覚えていた。
ここは私の部屋。ううん、違う。私と、お姉様の部屋――
「ねえ咲夜。お姉様は、今だこの部屋を使っているの?」
「ええ。寝室として利用されていますわ。一人で過ごしたいなんて我侭を仰る時なんかも、大体こちらにいることが多いように思います」
咲夜は淡々と答えると、部屋のドアをノックした。
「失礼します、お嬢様。フランドール様をお連れしました」
返事はない。
だけど咲夜は何かを察しているのか、構うことなくドアを開く。
「さあどうぞ、フランドール様」
おずおずと部屋の中に入ると、ぱたんとドアが閉まる音がした。
咲夜は来ない。どうやら気を利かせてくれたらしい。
室内はカーテンで閉めきられていて、その間から薄っすらと星明かりが漏れている。
視線の先に、お姉様が優しい微笑みを湛えて立っていた。
紅い瞳が、じっと私を捉えて離さない。
お姉様はゆっくりと私に近付くと、目の前で跪いた。
そして、私の掌に優しいキスを落とす。
「さあ、こっちよ」
お姉様は私の手を取って、部屋の中へと導いてくれる。
テーブルの前まで辿り着くと、お姉様はおもむろにマッチに火をつけた。
――目の前に広がっていたのは、在りし日の記憶。
ひとつひとつ、蝋燭に明かりが灯されていく。
鮮やかなテーブルクロスで彩られたテーブルには、二人では食べきれない程の料理が所狭しと並べられている。
綺麗な青と赤のムースが詰まったショットグラス。スプーンの上に添えられた角切りにしたフルーツトマトに、綺麗なクリーム色のコーンポタージュ。
こちらは牛のテールをワインで煮込んだものだろうか、とても柔らかくて美味しそう。
手長海老のポワソンに大きな苺がふんだんにあしらわれたホールケーキ。氷がぎっしりのワインクーラーには真紅のワインが二本用意されている。
何もかもが手に取るように。はっきりと思い出すことができる。
あの時も、こんな感じだったよね。とてもお姉様が喜んでくれたことを、今もはっきりと覚えている。
私は嬉しくなって歓声を上げようとした瞬間のことだった。
ケーキに灯された炎の環。
その光に照らされたチョコプレートに刻まれている文字。そこには――
"happy birthday Frandre"
嗚呼、お姉様。
私は自分の誕生日なんてもう覚えていなかった。親愛なる貴女の誕生日さえ、忘れてしまっていた。
あの光のない世界には、時間と言う概念はあってないようなものだったのだから。
私の時は、あの日から止まったままだ。
それもまた美しいと思っていたし、時と共にお姉様の記憶が消えてしまうくらいならば……時間なんて失っても構わない。
記憶の中ならば、ずっと二人で生きていける。そう信じて、私は生きてきた。
時間感覚なんて、どうでもいいことだと思ってたし気が付いたらなくなってた。
だけど、ここは違う。この世界は、確かに時を刻んでいる。
そして――私の時は、動き始めた。
私はその場に泣き崩れた。
また嬉しいのに泣いてる。でもいいんだ、きっと。お姉様も、許してくれる。
そんな私を見ると、お姉様はしゃがみ込んでそっと目じりに溜まった涙を拭ってくれた。
「ほら、泣かないの」
「だって、だって……こんなの、ないよ。こんなに嬉しいこと、ないよぉ…………」
「うんうん。でもフラン、今日は記念すべき日なのだから、笑って見せて?」
泣きじゃくる私を優しく慰めてくれるお姉様。
無理に笑おうとしたけど、やっぱり無理だった。
でも頑張る。頑張って、立ち上がる。そのまま席に着こうとしたら、二つある席の片側にはぬいぐるみのくまが座っていた。
それは見覚えのあるくま。私の大好きな、くまのぬいぐるみ。
間違いない。私が八つの誕生日の時にお姉様から頂いた、一番のお気に入りだったぬいぐるみ。
お姉様は大きなくまをひょいと持ち上げて、椅子の隣に置く。
そのぬいぐるみの頭を、愛おしそうに撫でる。
そして小さな声で、囁いた。
「もうこの子に、フランの代わりをお願いしなくてもいいのね」
それは、己の罪から解放された罪人が安堵するかのような……安らかな声だった。
「……お姉様、ずっと私の誕生日……一人でしてくれていたの?」
お姉様は何も答えなかった。
そのままくるりと背を向けてベッドサイドに向かう。
そして大きなプレゼントボックスを抱えて、自分の席に着いた。
「ほら、フランも座って? 折角のお料理が冷めてしまうわ」
私は黙って席に座った。
目の前に座っているお姉様の姿が、霞んで良く見えない。
服の袖で、何回も何回も涙を拭う。
だけど、涙は止まらない。昨日あれだけ泣いたのに、留め止めなく涙は流れ続ける。
ふと、オルゴールの音色が部屋に響き渡った。
美しい音色が奏でる旋律。聞き覚えのあるメロディ。
涙を堪えて前を見ると、お姉様が懐中時計をじっと見つめていた。
あの時私がプレゼントしたその時計は、今もきらきらと眩い光を放っている。
長年の時を経たと言うのに錆一つない。どれだけ大切に使っていてくれたのだろうと思うと、やっぱり嬉しくて涙が零れてしまう。
「――今も忘れはしない」
突然、お姉様が言葉を紡いだ。
オルゴールの音色が、優しく辺りを包み込んでいる。
「今日みたいな、月が綺麗な夜だった。私はずっと、隣の部屋で星を見て待っていたの。自分に弟妹ができる。何て素敵なことだろうと思った」
お姉様の口調は、とても優しい。
絵本を読み聞かせるように、ゆっくりと話をする。
「それまで、私はひとりぼっちだった。周りは大人ばかりで、友達なんていない。でも、貴女が生まれてきてくれたら、私はひとりぼっちじゃなくなる。それが何より、嬉しかった」
真紅の瞳は儚く閉じられている。
その時の自分に、想いを馳せるように。
「こっそり抜け出して、花を摘みに行ったわ。ありったけの花を抱えて待っていたの。私にできることなら、何でもしようと思った」
テーブルに置かれた花瓶に添えられた薔薇が蝋燭の光に照らされて、ゆらゆらと揺れる。
そう言えば昔からお姉様は薔薇が大好きで、良く摘んで来てくれたものだ。
一輪の白い薔薇。花言葉は「私は貴女に相応しい」
「貴女が生まれた時、私は飛び跳ねて喜んだ。でもそれも束の間。その後、お母様の容態は急変して、すぐにこの世を去ったわ。私は悲しくて、延々と亡骸の傍らで泣き続けた」
辛い素振りなんて見せず、お姉様は淡々と語り続けた。
「吸血鬼の子を産むこと。それは身体にとんでもない負担を掛けてしまうの。現にお母様は既に私を生んでいた。
二人目なんて最初から無理な話だったのよ。でもお母様は自分の身体を省みるなんてことはしなかった。最初から死を覚悟していたと聞いたのは、随分後になってからの話だけどね」
私は母のことを知らない。
でも、お姉様がいてくれたから。悲しいと思うことはなかった。
お姉様が母親代わりだと思ったことはないけど、愛を与えてくれたのは紛れもなくお姉様だ。
そのおかげで、私はこうして正気を保っていられる。
「私は散々泣いた。フラン、貴女も泣いていたわ。一緒に悲しんでくれてるような気がしたもの」
お姉様が伏せたまつ毛の目元は、ほんの少しだけ……潤んでいるような気がした。
「ずっと泣いていた。気が遠くなる程……その時、お父様が入ってきた。私は叫んだわ。『お母様が亡くなられた』って。でもあいつは、ぴくりとも感情を表に出さなかった」
少しだけ、声が強張る。
「ただ、こう言ったの。『子供は、男か?』と。
私が女の子だと答えると、お父様は思いっきり私を殴ったわ。そしてそのまま、部屋を出て行った。悲しむどころか、フランと顔を合わせようともしなかった」
――ただ、お父様は世継ぎとして男の子を欲していた。
だけど、生まれた私達は女。たったそれだけの理由で、私達は忌み嫌われていたんだ。
そう考えれば全て納得が行く。これまで私達が虐げられて来た理由が、全て繋がる。
あれからもお父様は妾を沢山持っていたけれど、私達に弟妹が増えることはなかった。
おそらく、吸血鬼を産むことのできる人間なんて相当限られていたのだろう。
でも、そんなことで私達にぶつけるなんて間違っている。
私は神が与えた不条理を呪った。子は親を選ぶことはできないのだから。
「でもね、その時……幼心に気付いてしまったの。フランを守ることができるのは、私しかいないって」
お姉様は目を見開いて、儚い声で言った。
「それはね、運命だと思った」
オルゴールの音色が、はたと止まった。
しんと静まり返った部屋。静寂が全てを支配する。
お姉様はちらりと懐中時計を見た。
そして、優しい声を紡ぐ唇をそっと動かした。
「フランドール、誕生日おめでとう。私の運命は、永遠に貴女と共にある。だから、心配しないで? 私はずっと貴女の傍にいる。もう二度と、目を背けたりなんてしない」
嗚呼、お姉様。
貴女は私が生まれた時から……その運命を受け入れて、私をここまで導いてくれた。
あの牢獄で過ごした永遠のような時間。とても辛くて、私は狂い叫んだ。
だけど、お姉様だってずっとずっと、同じように苦しんでいたんだよね。
私を守ることができているのかと、己を責めた。
翼を壊す私の姿をイメージしては、我がことのように心を痛めていた。
運命に抗う選択肢だってあったはずだ。
でも、お姉様はそうしようとはしなかった。それはきっと、私を愛してくれてるから。
そして、天国で見守っているお母様に誓っていたのね。
お姉様は神様に何かお願いをしていた訳ではない。母に祈りを捧げていたんだ。
――私はフランドールを守り続けています、と。
どんなに苦しくても、お姉様は全てを受け入れてくれていた。
喜びや悲しみ。痛みも絶望。私の全ては、常にお姉様と共にあった。
私達を繋ぐ運命の紅い糸。
その見えない線からゆらりと伝うお姉様の想いだけで、私はずっと……生きていける。
「ありがとう、お姉様。私、もう心配かけないようにする。いい子にする。お姉様がずっと好きって言ってくれるような、私でいるから!」
お姉様はとても嬉しそうに笑いながら「うんうん」と頷いた。
その笑顔を見ていたら、何だか私まで嬉しくなってくる。
気が付けば涙は止んでいた。私はぶんぶんと顔を横に振って、精一杯の笑顔をお姉様に向けて見せた。
「じゃあ、始めましょうか」
「うん! 火消すね。ふーってやっちゃうよ!」
お姉様の答えも聞かずに、バースデーケーキに息を吹きかける。
ゆらりと煙が立ち込めて、消える。部屋が暗闇に包み込まれた。
キャンドルライトに火を灯して、ゆっくりとワインを注いでいるお姉様はとても幸せそう。
私の幸せはお姉様の幸せ。とても素敵なの。
あの時と、何も変わってなんていない。
「お料理頂きましょう? ほら、フランちゃんと席に座って」
「えー嫌よ。先にプレゼント開けたいの! どんなくまさんかなあ、早く見てみたいよ」
「いきなり悪い子になるつもり? いいからとりあえず乾杯しましょう?」
渋々席に座って、グラスを持つ。
手を掲げてかざすと、紅い液体がゆらりと傾いた。
「フランドールの誕生と、私達の新しい未来に……乾杯」
甘い宣誓の後、ワインにそっと口付ける。
そう言えば起きてから紅茶しか口にしていないせいだろうか、お腹が空いた。
それにあれだけ泣いたから、力を使い果たしてしまったのかもしれない。
そっとナイフとフォークに手を伸ばして、前菜に口を付けた。
「うん、美味しいね!」
青と赤のムースは生クリームと塩胡椒で味付けされていて、フルーツトマトと一緒に口に含むと絶妙な甘さが口いっぱいに広がった。
思わず他の料理にもあれこれと手を出す。どれもとても美味しい。
あまりに忙しなく無我夢中で食を進める私に、お姉様は苦笑いしていた。
「フラン、もうちょっと落ち着いて? お口の周りにあれこれついてるし、もうちょっと品がある振る舞いを心掛けなさい」
「あはっ。ごめんなさいお姉様。お腹空いていたの……それにしても、凄く美味しいね」
私がそう言うと、お姉様はにっこりと微笑んだ。
「そう言って貰えると嬉しいわ。腕を振るった甲斐があったと言うものよ」
「これ、お姉様が作ったの?」
「ええ。そうよ」
「全部?」
「うん。いつか、フランが私の作った料理食べてみたいって言ってたでしょう? あれからね、習ったのよ。もうずっと昔だし、普段は全く作らないけどね」
「だからこんなに美味しいのね、嬉しい!」
――それからの私は、大はしゃぎだった。
お姉様の手作り料理を頬張りながら、随分と色々なことを話した気がする。
何を喋ったのか自分でも分からなくなるくらい、沢山のことをお姉様に聞いて貰った。
別にワインで酔っ払っていた訳ではない。
美しい記憶に、酔いしれていたのだ。今日くらいはそれもいいかなと思ったから。
だって、明日からまた新しい素敵な物語が待っているんだもの。
宴もたけなわ。
私はプレゼントの大きなくまさんを抱えながら、窓際へたたたっと駆け寄った。
ぬいぐるみを置いて、カーテンを横に押しのける。
そして、窓を思い切り開け放った。
「お姉様、見て見て! 星が見えるわ。とても綺麗!」
お姉様も私の隣まで歩いてきて、二人で空を見上げた。
湖畔からの心地良い風が吹き抜けて、髪を優しく撫でてくれる。
遠い昔。
眠れない夜、私達はこうしてずっと夜空に想いを馳せていた。
淡く光る恒星を手でなぞって、星座を描いて遊んだことを今もよく覚えている。
お互いに星座を教えあったりするのはとても楽しかったし、流星群を見てとても感動したっけ。
あの頃は、手を伸ばせばきっとあの星空に届くと思っていた。
でも……それは叶わぬ夢になってしまっていた。少なくとも昨日までは。
青白い月が、ぼんやりと室内を照らしている。
私はその月に背を向ける形で、窓辺に座った。サイドに手を掛けて、細い窓縁に足を乗せて立ち上がる。
この部屋は屋敷の一番高いところにあって、紅魔館で一番眺めのよい場所。
吸い込まれるかのように深き蒼を湛えた湖畔。鬱蒼とした樹木が生い茂る森林。何もかもが、とても美しく見える。
でも、今後ろに広がっているのは闇夜に包まれた漆黒の世界。
黒のキャンバスに描かれた煌く銀河を背に、私は問うた。
「ねえ、お姉様。私、まだ飛べるかな?」
お姉様は、微笑みながら首を縦に振った。
「嗚呼、あの時の私は……翼はもういらないと思っていた。あの空を見ることはもうできない。そう思っていたのに――」
私は笑って、窓枠から手を離す。
そのまま全身の体重を後ろに掛けると、身体は空を見上げるようにして宙に投げ出された。
身体は急降下して、月がみるみるうちに遠くなっていく。
手を伸ばす。
そこには、空が広がっていた。
幾億の星が瞬いている。
デネブ、アルタイル、ベガ……夏の大三角。
空の彼方から聞こえる、星のメロディ。
嗚呼、私はどこまでも行ける。
見たことのない場所へ。
あの星の遥か彼方まで――
――全てが夢だったら良かったのに。
あの暗闇の果て。
私は夢の向こう側にいるお姉様にすがっていた。
夢の中のお姉様は、変わらず私を愛してくれる。
どうか、どうか明日目が覚めませんように。
ずっとそう願いながら、瞳を閉じる日々が何百年と続いていた。
でも、夢を見るのはもうお終い。
夢をハカイして、新しい夢を作り出すの。
私達は未来へと羽ばたく。過去を嘆く位なら、この瞬間を生きたい。
狂い咲く狂気と永遠の愛を胸に秘めて。
この歪な羽根でも、きっと飛べるはず――
地面すれすれのところで軽く翼をばたつかせると、身体は物凄い推進力を得て空に舞い上がった。
あまりにも勢いが良すぎて、大砲の弾みたいに全身が飛んでいくような感覚に自分でも驚いてしまう。
歪んだ翼は、ちゃんと空を飛ぶ術を覚えていた。
失われたはずの感覚が、鮮やかに甦る。
羽根が空を切る心地良さ。翼を広げて受ける風の優しさ。
穢れた翼で飛ぶ空も、あの頃夢見てた空と何も変わらない。
私のお姉様への想いと同じように。
空をくるくる回って遊んでいると、お姉様が近付いてきた。
月明かりに美しい漆黒の羽根が映える。
口元に優しい笑みを湛えながら、じっと私の翼を見つめていた。
「夜に架かる虹色の光……素敵よ。私の妹に相応しい、美しい羽根ね」
儚く消えてしまいそうな、美しい声が夜空に霧散する。
夜の王として。また一人の吸血鬼として。私の姉として。
お姉様はとても誇らしげに褒めてくれた。
「ありがとう。お姉様……」
お姉様がそっと私の身体を抱き寄せる。
目を瞑る。澄んだ空に甘い吐息の匂い。
唇の先から伝わる、想いの全て。
私は手を取って、お姉様を満月の元へと導いた。
満天の星空の下。私達は踊る。
永遠に終わらないワルツを――――
Quod Erat Demonstrandum...
この作品のフランドール様は愛らしいかつ、正気の沙汰ではない壊れ方ですね
甘いのかと思いきやの狂い方は美しい
後半の怒涛の展開がとても面白かったです
惜しむらくは終盤でちょっとだれて感じてしまった事。幸せな姉妹を見れるのは良かったけど、もうちょい余韻に浸っていたかった。
あとこれは直接は関係無いんだけど、終盤姉妹のわだかまりが解消してから「どこでこれがぶち壊されるんだろうか」とヒヤヒヤしながら読んでしまった。
ハッピーエンドのスカ姉妹作品も多いはずなのに、何故かそう思ってしまったのは……文章の雰囲気とかなのかなぁ?
と、何だかんだ言ったけど読み応えあって面白かったです。
そしたら何という濃厚なレミフラ。
一本すじの通った狂い方と申しましょうか、完璧に根底から壊れていないフランの心の動き方がいいなぁ、と思います。
長い歳月を経たからこそ通わせられる想いもあるのですね。
良いレミフラでした。ごちそうさまです。
>あんな素敵なお姉様に惹かれるのはある種同然だと思う。
「当然」でしょうか?
壊れて生まれ変わった翼でフランドールはどんな世界を飛ぶのでしょうかね。
長編お疲れ様でした。面白かったです。
レミフラ美味しいです^^
フランの不安定な側面と、少女らしい側面が両方見事に描かれていてよかったです。
ただ、狂っている時からレミリアと再会して「ごめんなさい、お姉様」と言って仲直りするところ。あれほど歪だったフランの精神が転換するきっかけが何だったのか、理由は読み進めてわかるのだけど、接合部が少し荒くて浮いてしまった点だけナンだったかな。細かい指摘ですけれど。
フランの翼は初見から綺麗だと思っていた……。姉妹の美しき愛の行く末に幸多かれ。
あなたの他の作品を巡りに行ってきます~。