月の都のとある宮殿。
庭ではいつも通り、兵士の兎達が訓練に励んでいた。月の使者のリーダーである綿月依姫の指導の下に、兎達が二人一組、徒党を組んでの模擬戦闘である。実戦同様に剣先の付いた銃を使って互いにやり合わせられるのは、兎達は少しくらいの傷ならすぐに治ってしまうからだ。
しかし、兵士の兎達は武器を使った戦闘がほとんど「様」になっていなかった。先の戦争から長い時間が経ち、現在依姫の下にいる兎兵士のほとんどが戦争を経験してない者達であった。平和ボケしてしまった兎達は戦闘訓練に意欲を持てなくなっていたし、訓練中に依姫が席を外すと、監視が無いのを良い事に兎達の大半は訓練を止めてだらけてしまっていた。
だが、そんな兵士兎達の中に、ひとり黙々と訓練に励む者が一匹いた。
「ねぇ、あなたも私達と一緒にデザート食べない?」
「……う~ん。いいや、今小腹空いてないから」
「いやいや、デザートは別腹でしょう?」
「もう、そんなんだから太るのよ」
他の兎達と仲が悪い訳でない。年相応の普通の少女のように、普段は普通に仲間達と和気あいあいとしている。
しかしその兎は、訓練になると必ずひとりになる。
模擬戦闘の為に依姫が兎達に二人一組を作るよう呼び掛けるが、奇数なので必ず一人端数であまる。そして、決まってその兎が毎度ひとりになるのだ。
他の兎達は彼女を仲間外れにしている訳ではない。しかし、兎達は彼女がいつもひとりでいるのを暗黙の了解の内にいた。何故なら皆、彼女が毎回単独での鍛錬を自分から申し出るその理由を知っていたからだ。
「……流石ね。他のへたれ達とは違って、あなたは武器捌きが上手いわ」
他の兎が模擬戦闘とは名ばかりのドタバタ劇場を演じている間に、依姫はひとりで練習をしていたその兎に声を掛けた。
「あなたは他の連中と違って頑張って訓練してるからね。大したものよ」
依姫がそう言うと、兎は決まってこう返す。
「いいえ、依姫様。私がここまでこれたのも『あの娘』のお陰です」
昔、この兎には他の兎兵士同様に模擬戦闘のパートナーがいた。
そのパートナーは兎兵士達の中で一番の銃器の使い手で、兎兵士達の中ではリーダー格であった。今ひとりで訓練をしているこの兎は昔は大して強く無かったのだが、このパートナーの相手をしている内に、否応無しにその腕前はめきめき上達していった。
彼女はパートナーと大の仲良しであった。大切な親友でありながら凄腕の兵士であるパートナーに憧れを抱き、必死になって彼女に追いつこうと努力をした。
しかし、ある日、そのパートナーは月の都から姿を消した。
彼女は月の兵士でありながら戦争が怖くて地上に逃げ出した、というを事実その兎は後に知る事になるが、しかしそれよりショックだったのは自分を置いてパートナーが去ってしまった事であった。
兎は、自分を責めた。
彼女が月から逃げたのは自分のせいだ、と。彼女以外の他の兎達は皆弱かったから、戦闘時に彼女の足を引っ張ることになるかもしれない。だから彼女は戦争に恐怖したのだ、と。
自分達を見捨てた彼女を兎達は誰も責めなかった。実際、他の兎達は模擬戦闘で彼女に勝てる事は無かった。
そして、兎は思った。「自分がもっと強かったら、彼女がここから去る事は無かったんじゃないか」、と。
依姫がひとりで訓練している彼女をいつも誉めるのは、彼女が「パートナー」の事を引きずっているからだった。
自分が強いのは自身の努力の賜物、と言い聞かせても、彼女は聞かなかった。彼女はそんな依姫の意図に気づいていた。しかしそれを呑む事をを頑なに拒んだ。
依姫は、止めようと思えば彼女のパートナーを引き留める事は出来た。たが、去る者の意図を察して敢えて見逃した。彼女はそれを快く思っていなかったのだ。
依姫は彼女がそう思っていたのも知っていたし、彼女のパートナーが月から去ったのは兎達の指導者である自己の責任だという自覚もしていた。
だから、訓練中に彼女を誉めた後、いつも決まってその後に続く言葉を言い淀んでいた。
訓練が終わった後、兎は宮殿から抜け出して、誰もいない月の海に躍り出た。
月に一度の満月の日。と言っても、都は月の裏に位置するので宙を見上げても地球は見えない。
だが、この日は地上と月が最も近くなる日で、その昔、満月の日に地上から亀に乗った地上人が海の中から迷い込んで来た、と言い伝えられる。
だから、兎はこの日は決まって、月の海、否、地上に向かってそこにいるはずの友人に語りかけていたのだった。
「ねぇ、元気にしてる?」
「今日も依姫様に誉められたよ。私の筋はまぁまぁ良いって。これもあなたのお陰ね」
彼女はいつも同じような出来事を話す。
宮殿内や訓練中にあった事、他の兎達の事、最近の月の都の事情など、昔から何一つ変わらない日々。
一ヶ月の訓練中、ずっとひとり黙々と勤しんでいた鬱憤を晴らすように。
永く遠い地に行ってしまった友人に向かって、彼女はいつまでも語りかけるのだった。
「私のパートナーはずっと空いたまんま。だから、いつでも帰ってきなよ、レイセン」
「何ボーっとしてんのよ、ウドンゲ」
縁側で空を眺めて呆けてる妖怪兎に声を掛けて、永琳その側に座った。
「お師匠様……いや、ちょっと考え事を」
「考え事? 悩みでもあるの?」
「いや、最近………聞こえないんですよ」
「聞こえない?」
「はい。いつも満月の時期になると、月の方から、昔友人だった子の声が聞こえていたんです。でも、最近何故かあまり聞こえくって……」
「……へぇ」
「体調でも悪くなったのかと心配だけど、月から逃げてきた私なんかが今更様子を見に行く事も出来ませんし……」
「新しいパートナーでも出来たんじゃない?」
「……ははっ、それなら良いんですが」
「……そう、それで良いのよ、『鈴仙』」
感動した。
良かったです。
それでもこれはお見事と言わざるを得ない。というわけで、まだまだ探し続けるぜ。
気づいた瞬間感動が数倍になった。
本当に良かった。
でも良かったです
めっちゃ良い話なんですけどぉぉ!!
他の六人(六羽)も個性あっていいよね。
トラウマネタかとも思いましたが、心が温かくなりました。