Coolier - 新生・東方創想話

東方霊夢異変

2010/05/30 03:26:31
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 今日も穏やかな日――

 ここ幻想郷では最近異変はその予兆すら見せることも無く、ただ暖かい陽気が人々をうたたかな眠気に誘う平和な日々が続いていた。
 そうなってくると、幻想郷が誇る異変解決のエキスパート、楽園の素敵な巫女こと博麗霊夢と、その友人で普通の魔法使いこと霧雨魔理沙もこの春の心地よい陽気に、縁側でお茶を飲みつつ欠伸の一つとしゃれこんでる……はずだった。

 時刻はお昼時、霊夢の住まう博麗神社より、この世のものとは思えない叫び声が聞こえた。
 それは形容しがたい絶叫だったが、あえて言うならぬえが「ちょっ、それ私の専売特許!?」とそれこそぬえぇぇんと泣いて悔しがり、多々良小傘に至っては「弟子にして下さい!!」と言ってしまうほど、正体不明な上に驚愕せざるを得ない程の絶叫であり、何より驚くべきは、その声を発したのは誰でもない霊夢本人である。
 あの死神ですら可愛い悲鳴をあげるのだが…楽園の素敵な巫女を名乗るにはおおよそ似つかわしくない叫び声をあげてしまったが、そこは人が寄り付かぬ博麗神社である、誰も聞いちゃいない。
 仮にあのブン屋やその他の妖怪に聞かれたとしても、霊夢からしたら調伏してしまえば良いだけの話だろう、おぉ怖い怖い。

 ただ、そんな博麗神社より一つの黒い影が飛び出してきた。
 何の比喩でもない、だって飛び出して来たのは白黒こと、霧雨魔理沙である。魔理沙は顔を真っ青にし、いつもの愛用の箒に跨り、これまた愛用の八卦炉を箒の後ろに取り付け、勢いよく飛翔した。
 そして空中に舞い上がると、八卦炉を箒の後ろにセットし点火させた。それはさながらかの超時空戦闘機の加速を彷彿とさせる、美しさと力強さを兼ねそろえていた。
 
「待ってろ!霊夢!!」

 これが今回の異変の始まりであった――


 ~東方霊夢異変~


 場所は変わって迷いの竹林近く――

「大ちゃ~ん、あーそーぼっ!」
 
 そうやって手を振りながらやってきたのは馬鹿ことチルノ――
 
「⑨ッちゅん、またどこかであたいのさいきょーっぷりが噂されてるわっ!」
 
……ただいま絶賛五月馬鹿中。
 
 そんなチルノが手を振る先には大ちゃんこと大妖精に、G……もとい蟲の女王とか呼ばれながらMだったりする「違うよっ!」リグル・ナイトバグ、そして宵闇ことルーミアである。そして3人も手を振ってチルノを呼んでいた。

「チルノちゃん!」

 チルノが降り立つと三人が駆け寄ってきた。こう見えてチルノはこういった小妖怪や妖精たちからは人気、人望があるのだ。
 そんな駆け寄ってきた三人の内、リグルにのみエルボーをお見舞いしたチルノがはやる気持ちを抑えきれず、堰を切ったようにしゃべりだした。

「あのね、ここに来るとちゅうにね、アタマのない死体が二つおもしろいかっこうで並んでたからみんなに見せてあげようと思って凍らせて来たの!」

 そう言って満面の笑顔を見せるチルノに、「幽香様に鍛えられてる私をなめるな!」と復活したリグルや、「そーなのかー」とあいも変わらずなルーミアが歓声を上げる中、大妖精だけが冷静に考えていた。
 その死体って多分、というか間違いなく蓬莱人の人たちですよね……うん、後で永遠亭に運ぼう、流石に凍っちゃったら頭戻んないでしょうし……ついでにチルノちゃんも見てもらえないかな?あそこの薬師の先生、天才らしいですし。

 そんなことを思っていると、向こうから何やら聴き慣れた歌声が近づいて来た。

 凍ればバナナで釘打てる~、氷精は頭で釘打てる~、ア、カチンコチン――

 そう屋台を引きながら、その屋台の軋む音に歌声をのせ現れたるは夜雀、ミスティア・ローレライ。ちなみに某船長の歌を歌っているとか。「そーなのか」……ありがとうルーミア、君だけだよ、そう言ってくれるの…。「じゃあ、食べていい?」ってこれルーミアちゃう、グラト……ギ……ガゴッ……キ――(ここで音声が途切れている……)。

「あっ、ミスチーだ」
「や、チルノ、それに皆も」

何事もなく続けますよー。

「あ、それ」
「やっぱりチルノか」

 そう言い、チルノちゃんが指差し、ミスチーさんが覗く屋台の中には見慣れない透明の塊が、よく見ると中に人らしきものが二つ。
 ホントです、巨大な氷の中に頭のない死体、妹紅さんと輝夜さんの二人が何故か仲良く体育座りで凍っていました、確かに面白いですけど……よかった、幸い頭は凍っちゃてて元通りになってません、なっていたらわたしたちなんてひとたまりもなかったでしょうね……

「……ちゃん、大ちゃん!」

 そんなことを考えていたらチルノちゃんの声で現実に引き戻された、もう少しでわたしだけ助かる妙案が思い付きそうだったのに――。

「ねっ、すごいでしょっ!」

 最終兵器チルノ発動、この笑顔は反則ですよぉ、私の心にドストライ⑨です。

 閑話休題――。

 とりあえずミスチーが二人を永遠亭に運ぶということで手伝うことにしました。決して自分の保身の為ではありません、もし妹紅さんが復活して暴れだしても「わたしは助けました」とか言ったりしませんえぇ断じて。
 そんな訳でして、ミスチーさんとリグルンが前で引き、わたしとチルノちゃん、ルーミアちゃんは後ろから屋台を押します。

「でもさミスチー」

 声を発したのはショt……コホン、リグルン。

「これどうすんの?ま、まさか……」

そう言うとリグルンが後ずさった。

「かき氷にしてお店に……」
「イヤイヤイヤ!?しないからっ!」

 ……ミスチーさんそう言ってるけど逃げてー、ルーミアちゃんが目を輝かせて涎垂らしてるからお二人とも(凍っちゃてるけど)逃げて下さーい。

「あたいも食べるー」

 やめてーチルノちゃん、フラグを立てないでー。

「一応二人とも常連さんだし、永遠亭に用事があったからついでに運んであげようと思って」

 ……なんだそういった理由ですか……わたしはてっきり抱き枕にするのかと…食べたりするよりいいですよね。
 でもそんなことより紅魔館の吸血鬼のお嬢様や、地霊殿の主人の妹さんとかに売った方が儲かりますよね。まぁ前者の方だと妹様に壊され、後者の方だとお姉さんにたしなめられるでしょうけど。どちらにしろ半獣の先生とか薬師の先生が怖いです、やっぱりやめましょう。

「でも今行っても駄目だと思うよ」

 リグルンがそう言っていました、どうやら薬師の先生ならどうにかしてくれるだろうというとこまで話が進んでいるようです。とりあえずルーミアちゃんの涎がまだ止まりません、駄目ですこの子、早く何とかしないと。

「行っても駄目って、何かあったの?」

 そんな後ろのプチ修羅場に気付かず、ミスチーさんが聞きました。

「うん『僕』も……?」

 何か違和感でもあったのか、リグルンが押し黙りました、何一つ違和感はなかったと思います、えぇ何一つ。

「わ『僕』し」

 タイミングを間違えました、さっきまで漢字だったのに急にひらがなにするのはヒキョーだと思います。
 それはそうとリグルンが凄いジト目でわたしを睨んできます、キャア怖い。

 ……だって仕方ないじゃないですか……この前ついうっかり太陽の畑に入っちゃって、出会ってしまったんです……そう、あの『死の恐怖』に……って呼び名が違いますね、意味合いは一緒でしょうけど。
 とりあえず死の覚悟はしましたが、何故か一日中ショタについて熱気溢れるご指導を賜りました。あれじゃアルティメット・サディスティック・クリーチャーじゃなくて、ウルトラ・ショタコン・中毒者ですよ……えっ、綴りが違う?……だってわたしそんな難しいスペルなんて知らないんです……ちなみにそのUSCさんの最近の標的はお山の白狼天狗さんとお寺の虎さんだそうです、『僕』と言わせて首輪をつけて可愛がってあげるのだそうです、合掌。

 ……そんなわたしの気持ちを察してくれたのか、リグルンが同情の眼差しを向けてくれていました。今度二人で呑み交わしたいと思います。

「で、何で駄目なの?」

 痺れを切らしたらしくミスチーさんが先を促してきました。後ろではチルノちゃんがウナギを凍らせています、ワァ持ちやすい。そしてそれをおもむろに服の中に突っ込んで胸のところで固定しようとしています、これぞホントのうなぎパイというやつですね。

「実は私も聞いただけなんだけど……」

 無視ですか、わたしの渾身のボケをスルーして話し出したリグルン。
それによると集合場所に向かう途中、遠くから爆発音と悲鳴が聞こえたらしいです。すると魔理沙さんが血相を変え、八卦炉を構え猛スピードで突っ込んできたとか。

「もこてるすまんっ!復活したら幸せになっ!」

 と言ってたらしいです、これでお二人の頭が無く、体育座りだった理由が何となくわかりました。多分殺し合いじゃなくデート中だったんだと思います、まだ日も暮れてないのにお熱いですね、羨『妬』ましい……何か背筋がゾクゾクしました、何かと思ったらチルノちゃんが凍ったうなぎを服に突っ込もうとしてました、冷たくて気持ちいです。皆の冷たい視線も気持ちいです。
 ……寒いです、これはレティさんが夢遊病で出てきてるに違いありません。その証拠にどこか山の方で二人ほどの終焉の断末魔が、これぞホントの秋焉切な。

「で、私気になって追いかけたのよ」

 リグルンがこっちを見ようとしてくれません、蟲すんな、あっ、しまった、リグルンの存在を否定してしまいました、まぁ気になどしませんが、心の中で言ったことですし。

 ……話に戻りましょう、リグルンが魔理沙さんを追いかけてみると、案の定永遠亭に駆け込んで行きました。
それから5分ほど経ってから、永遠亭から魔理沙さんと薬師の先生、八意永琳先生が出てきたそうです。魔理沙さんが先生に博麗神社に急ぐように言ってたらしいのですが、永琳先生は「先に行かないといけないから」と言って妖怪の山へ向かうと言ったそうです。何故かそれが今回の症状にとっても大切なのだということで魔理沙さんも渋々了承して二人は妖怪の山に向け飛び立っていったそうです。
 そしてそんな二人を見送っていると屋敷から別の声が聞こえてきたそうです。覗いてみると妖怪兎が二人、鈴仙さんとてゐさんが話し込んでたそうです。内容は今の魔理沙さんの突然の来訪について。よくは聞こえないが霊夢さんの身に何かあった様子で、そのために永琳先生に助けを求めたとか。
 で、霊夢さんの身に何が起きたかと言うと――

「急にやる気を出したとか何とか……」
「……何それ?」

 ミスチーさんの気持ちもわかります。霊夢さんがやる気を出した位で大袈裟な……ってあれ、よく考えると霊夢さんがやる気を出すことなんて滅多に無いような気が……それこそ周りから急かされてから異変解決に向かうのが常なのだから、あの巫女さんは。

……となるとこれはもしや異変なのではないでしょうか?こんな春とも夏とも言える気温の上、雨による湿度とかで大体の人妖がやる気を無くす時期だというのに、「ゆっくりしていってね」を地で行く博麗の巫女さんがやる気を出すなど異変と言っても過言では無いと思います。
 それともやる気というのは殺る気とかでは…わたしに心当たりは無いですが、妖怪の賢者の方や様々な鬼さんに若干振り回され気味な霊夢さんが切れたとしたら……そうだとしたら逃げないと……鬼巫女が来ます、「フタエノキワミ、アーッ!」とか言いながら。

そんなことを思いつつミスチーさんとリグルンを見ると、同じことを考えているのでしょうか、二人とも顔が真っ青です、ただ一人を除いて。
 何故かルーミアちゃんだけが顔を真っ赤にして、「わたし、そげなこと出来ません…どうしても言うなら、暗闇の中でよければ……」とのたまわっています。何を言い出したのこの子、やる気を何に勘違いしたの?第一暗闇に引き込んだらやっちゃうのルーミアちゃんだよね?それこそ殺っちゃうよね?

 ……あれ、そういえばチルノちゃんは?まったく話題に入ってきてませんけど?もしかして今の会話が難しすぎて溶けたりしてませんよね……?
 皆で探していると、いました、屋台の上に乗り、颯爽と空を見上げるチルノちゃんが。天高き空を見上げる顔は、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士を彷彿とさせる、凛とした輝きを放っていました。
 そしてチルノちゃんは何かを決意したらしく、天を見据えていた瞳を閉じ、次に瞼を開いた瞬間、わたしたちを見つめながらこう言いました――

「大ちゃん、そしてルーミア、ミスチー、あとリグルン、あたい、博麗神社に行ってくるっ!」
「「「「な、なんだってー!?」」」」

 チルノちゃんの発言に驚きを隠せないわたしたち。皆異口同音に引き止めようとしますが、チルノちゃんの意思は固く、決意は決して揺らぐことがありませんでした……。

「だって、これ異変かもしれないんでしょ?」

 そう言うチルノちゃんの青い瞳には赤い炎、どんな永久凍土ですら消せない炎が瞳に宿り、またその炎でも溶けはしない氷の意思が心に宿っているのです。

「黒白でもお手上げみたいだし、さいきょーのあたいが解決すれば、あたいのさいきょー伝説にまた一つレシピがふえるわっ!」

 歴史だよ、チルノちゃん……、第一レシピって「○○の氷漬け」以外レパートリーないでしょ……。

 そんなことを思っているとチルノちゃんがわたしの手を取り、真っ直ぐな瞳でわたしを見つめてきました。

「大ちゃん、もしあたいが生きて帰ってこれたら――」

 え、何ですこれ?もしかして告白?ちょ、チルノちゃんこんなとこで……皆見てるのに……リグルンとルーミアちゃんが顔を真っ赤にして見てますよぅ……ミスチーさんに助けを求めるように目を合わせると、理解してくれたのか、二人の眼を鳥目にしてくれた。これには二人とも「目がぁ、目があぁぁっ!?」と叫びをあげながらのたまわっています、ロマンの欠片もないですこのBGM。
 てかミスチーさんも目瞑って下さいよ……いや気にしないでじゃなくてですね……

「お目えさまの仇ぃっ!」
「あべしっ!?」

一瞬の隙を突いてルーミアちゃんがミスチーさんを闇に引きずり込みました。何故鳥目なのにミスチーさんを捕まえられたのか……ですか?それは簡単ですよ、ルーミアちゃんは鼻が利くんです、特に食べ物に対しては。

 そんなことがあってるうちに、チルノちゃんが次の言葉を言おうとしています。……わたし、覚悟は出来てます……どんなことがあっても……。

「――決闘しようね!」

 はい、オチは読めてたでしょうからスルーで、皆もお疲れ様です、とドタバタ劇を熱演してくれた三人に感謝です。

「じゃあ、行ってくる!!」

 そう言ってチルノちゃんは、博麗神社へと飛んで行きました……わたしたちに数多の希望と幾多の想い出を遺して……。

「なんでそんな死亡フラグ立てちゃうの……馬鹿なの……?」
「大ちゃん……」
「そーなのか……」
「消沈……」

 そんな彼女を想いながら、小さな肩を震わせか細い声で呟く大妖精、そしてそんな友人に寄り添う妖怪が三人―

「でもすぐに復活するし、問題は無いけど少しは学習してもらいたいわ」
「大ちゃん黒っ!」
「ソーナンスっ!」
「撃沈っ!」

 その瞬間、「ヤァーっ!!」という掛け声と共に屋台が爆発した、そこには土埃の中颯爽と立ち上がる二つの影があった……。

 残念、わたしたちの命はここで終わった、合掌昇天また来週。

 ピチューン――


……かくして、この五月病の季節の真っただ中、博麗の巫女が急にやる気を出したという小さな異変の噂は野を越え山を駆け上がり、川を泳ぎ海を渡り、幻想郷に瞬く間もなく広がった――

「あやや、流石に海を渡るというのは大袈裟でしたかねぇ……」

そう言って心の中で呟くのは伝統の幻想ブン屋、清く正しくがモットーの射命丸文である。

「せめて天と地を貫きにすべきだったでしょうか……?」

 記事の見出しの時点でそんな感じの為、巷では風ではなくガセを操る能力とか言われたりする。ちなみに幻想郷に海は無い、念のために言っておく。ましてや天と地を貫く物すら無い。貫けそうな者なら心当たりが在り過ぎるが。
 とまぁ、新聞の見出しに悩んでいるように見えるが実はそうではない。目の前にいる人物をどうかわそうかと悩んでいるのだ。

 ……時を遡ること半刻前――

 午後のお茶でもと立ち寄った人里の茶屋で、偶然出くわした寺小屋の先生&里の守護者である慧音さんから例の巫女の異変の話を聞き、それは詳しく取材せねばと思い、先ほどの見出しを疾風の如く思い付いた私は早速博麗神社に飛び立とうとしたのだが、後ろから聞き慣れた声。

振り返るとそこには永遠の好敵手、姫海棠はたてが立っていた。

 ちなみにどういったところが好敵手かというと、新聞の発行部数はもちろん、飛行速度、プロポーション、下着の可愛さ、そして最高の勝負は二人とも絶賛片思い中な白狼天狗、犬走椛のキャッキャッウフフな盗撮コレクション対決である。
 はたてほど私を興奮させる椛の写真を撮れる天狗はいないし、またその逆も然り、私ほどはたてをも唸らせる椛マスターもいないだろう。

 まあそんな訳で、今日もまた博麗の巫女の異変という心ときめく特ダネを巡り、果てしない名勝負が繰り返されようとした矢先――

「ちょっとすみません」

 その声に振り返ってしまったのが運の尽き、そこにいたのは―

「あややややっ、え、閻魔様ぁっ!?」

 ご存じ楽園の裁判長、四季映姫様その人。ちなみにこの時点ではたては飛び去りました。これがホントのフライングスタートってやつですか……。

「えぇ、こんにちは」

 そう言ってにこやかに返す閻魔様はいつもの裁判服ではなく、淡い黄色のワンピースに麦わら帽と非常にラフな格好をされてはいますが……

「オフでも持たれてるんですね、それ……」
「え?……えぇ、まぁもう体の一部みたいなものですから」

 そう答える映姫様の左手にはこじゃれたポーチ、そして右手には悔悟の棒が握られている。その一撃が四天王の一人、酒吞童子こと萃香さんのデコピンに相当するといわれる恐ろしい代物である。「それは貴女だけですよ……」ってあれ?何か無意識に聞こえた気が……。

「ちなみにポーチの中には浄玻璃の鏡が」

 聞いてもいないのに答えてくれましたよこの人……てかどんだけ仕事熱心なんですか。

「だ、だってこれがないと夜も眠れませんし……」

 お風呂に入るにも、布団に入る時も手放せませんと、顔を真っ赤にしたるは閻魔様、いつもなら答えてくれない癖にオフだからでしょうか?何も質問していないのに情報がダダ漏れです。

「と、ところでどうです、これからお茶でも?」

 やはりオフだからでしょうね、通常では考えられないであろう、近づきがたいことで有名な閻魔様よりお茶のお誘いが。……うーん、お誘いは嬉しいんですが、今なら普段答えていただけないお話も聞けそうですし……ただ折角立ち寄りながらお茶すら飲まずに博麗神社に向かおうとしていたわけで、しかもはたてに後れを取ってしまっている以上仕方ありません……ここは丁重にお断りを――

「ふむ、野を越え山を駆け上がり、川を泳ぎ海を渡り……ですか、新聞の見出しにしては些か誇大し過ぎのように思いますが……」

 そう言って閻魔様の後ろから現れたる地底に在りし地霊殿の管理人、古明地――

「小五ロリじゃありません、さとりです」

 何を言い出したこの人、一切思ってないですけどそんなこと、今の時点では。

「そしてそんなので貫こうだなんて……」
「らめぇっ、太いのぉっ!」

 ……って何を言い出しやがりましたかこの人は!?てかこいしさんも唐突に現れての爆弾発言ですか、姉妹揃って終わってやがりますね……これがホントの……

「お姉妹ですか……なんともまぁ……」
「寒いよ……お姉ちゃん……」

 そう言い、人目もはばからず抱きあう二人……あぁなんと儚くも美しい光景でしょう……

「ちなみにですけど、流石の勇儀さんも角で地底を貫けないかと……」

 こいしさんの頭を撫でながら、そう言ってくるさとりさん。分かってるなら誤解を招くようなことしないでくださいよ……。

「無意識ですから」
「しょうがないよねー」
「それはしかたないですね」

 ちょっと待って下さい、真ん中の方はいいとしましょう、上下の方は駄目でしょう。特に下、閻魔様、オフだからって締りがなさすぎですよ……。

「だってオフですから……それともいつも通りに振舞いましょうか?射命丸あちゃ」

「……(噛みましたよね……)」
「……(噛みましたね……)」
「噛んじゃったよねー」

 オブラートに包めやごらぁ!?無意識どころか故意だろこの故意しちゃったっ娘がぁ!…あぁ閻魔様が目を潤ませてますよ、どこかのチワワも形無しの可愛さです。

 まぁそんなこんなで泣き出した映姫様をなだめたり、急に現れた小町さんに弁解(写真5枚で手を打ったり)したりなどで、結局お茶を一緒にすることとなり、これも何もかもあいつの所為だと思って諦めました。

 ……はたてめ、おぼえてなさいよ……豆腐の角に頭をぶつけろとは言わない、鬼の角にぶつければいいのに、字は同じDeathしね。

 ――ここでわふーAAより臨時ニュースです。つい先ほど、烏天狗の姫海棠はたてさんが巨大化した伊吹萃香様の角に衝突するという事故が起きました。
 この事故ではたてさんは現在山の治療室で入院中。対する萃香様は「酔ってたから憶えてない、にゃはははっ」と常に酔ってらっしゃる状態なので、真相は未だ謎となっており、また目撃証言が「角を曲がるときは気をつけなさいと言ったのに……あぁ厄い厄い」といった情報しかなく、迅速な解決が望まれます――


 所変わって、ここは霧の湖の岬に佇む、悪魔の棲まいし館、紅魔館――
 その名の通り紅に彩られし館の壁は、西に沈みゆきし夕陽により一層と紅く染まっていた。
 そしてこの館の正門には常に、肉弾戦での防御力であればあの塗壁や鬼にも引けを取らないとされる門番がいるのだが今はいない。
 それこそ動かない大図書館と称され、館の広大な図書館にいるはずの七曜の魔女とその使い魔、さらに悪魔の狗と称されるメイド長、そしてその悪魔の妹さえもそれぞれの居場所にはいなかった――

 紅魔館の大広間、そこに館の主要メンバーが全員集っていた……。その全員が見据える先には一際豪華な椅子に、不釣り合い極まりない小さな姿があった……。
 しかしその姿とは裏腹に、発せられるは圧倒的な威圧感、秘めたるは圧倒的魔力、そしてなにより、その立ち振る舞いから垣間見えるは圧倒的なカリスマだった……。

 誰もが固唾を飲んで見守るなか、その椅子に鎮座せし紅魔館の主、永遠に幼き赤い月、レミリア・スカーレットが口を開いた。

「皆、揃ったわね?」
「はーい」
「はい」
「えぇ」
「います」
「是」

 一様に返事をする紅魔館の面々、その面々に満足そうに笑みを浮かべた。

「揃っているようね……では、やりましょうか……」
「「「おぉーっ!」」」
「……おー」
「……ごふっ」

 ……何か乗り気じゃないのとやる前から満身創痍なのがいるけど気になどしない。

「合言葉は?」
「天神」
「こあー」
「年中」
「むきゅー」
「行っ」
「チャイナっ!」
「博多駅の美味しいパン屋さんは」
「フランドールっ!」

 違いますとか聞こえた気がするが気になどしない、それは何故か?小さな事など気にしない、それが真のカリスマだからだ。
 最後に全員で円陣を組む、そして叫んだ。

「マク○スFのFは」
「「「「「福岡のFっ!!」」」」」
「お嬢様、それはアクロスですわ」

 このやりとりに一切参加出来ていなかった完璧にて瀟洒なるメイド長、十六夜咲夜がようやく口を挿んだ。

「あによー咲夜、何か文句でもあるの?」

 先程までのカリスマはどこえやら、そこには腰に手を当て、餅肌のような頬を膨らませ怒るお嬢様。カワユス。

「だから言ったじゃないお姉様、咲夜にも合言葉考えてあげようって」

 そう言いたるはそのお嬢様の妹様こと、フランドール様。

「だって咲夜ったら、私とパチェが考えた合言葉、嫌だって言うんだもの……」

 ねぇ、とお嬢様が声を掛けたるは親友であらせられる、パチュリー様。

「そうね……でも元はと言えばレミィ、貴女が悪いのよ」
「えぇ、私?」

 パチュリー様の言葉に驚かれるお嬢様、実はこのお二人が私への合言葉で喧嘩どころか戦争勃発寸前までいったのは秘密である、そしてその内容も然り。

「咲夜にこんな合言葉にしにくい名前をつけるから」
「……ってそっちですか」

 ……よかった、あの黒歴史さながらの合言葉をまた蒸し返されたらどうしようかと思いました…。えっ、どんな合言葉か気になります?……強いて言うならば、私がもし地霊殿の自機だったら4面でコンティニュー出来なくなる程ですわ……。

「うぅ……だってー」
「お嬢様、ちょっとよろしいですか?」

 危ないところでした……お嬢様の口から黒魔術の呪詛がごとき恐ろしい言葉が出るのを阻止いたしましたわ……。

「あによ咲夜、文句があるなら言いなさいよー」

 と地団太を踏み始めるお嬢様。カリスマより、可愛さを前面に押し出すべきだと思います。

「ではお言葉に甘えて」

 そんなお嬢様に軽く頭を下げ、私は瞳を閉じこう語った。

「まず天神コアは年中無休じゃございません年に何回かお休みがございますし博多駅のパン屋さんにしても名前が違いますし別に博多に限らず九州各県に結構な数の店舗がございますちなみにオススメはチーズトーストですわ」

 そう言い切り瞳を開けるとお嬢様がいません、周りを見渡すと部屋の隅で頭を抱えて震えながらうーうー言っておられました、何故かパチュリー様も一緒に。
……この前、常識に囚われないことで有名な山の巫女が「信仰心は鼻から出るんですよ」と言ってきたのですが、成程、信仰心と忠誠心は違うものかと思っていましたがそうでもないようです。私も瀟洒に忠誠心が滲み出て参りましたわ。
 ちなみに小悪魔はと言うと敬愛するパチュリー様のそんなお姿に「我が生涯に一片の悔いなし」と体中から忠誠心を撒き散らしながら倒れました……悔しい、悪魔の狗と呼ばれながら人間の身である自分が悔しくて堪りません……私だってそれぐらいの、忠誠心で虹が架かるほどの想いがあるのに……。
 あ、あと虹で思い出しましたが、門番である美鈴は合言葉が終わった後、持ち場である正門に戻りました。
 これだけだと美鈴が可哀想に見えますがこれにはちゃんとした訳があり、それこそお嬢様の美鈴に対する秘めた想いがあるのです…。

 時を遡ること一カ月ほど前のこと――

 私がいつものように箒片手に館の掃除に追われていた時のこと、ふと窓の外に顔を向けますと、正門前に座り込む美鈴の姿が。またいつもの如く居眠りかと思い、窓を開けナイフを構えて目を凝らすとそこにはもう一つ人影が……とりあえず、助けに行った方が良さそうね……。
 そう思い、手にした箒に乗り颯爽と……は流石に無理ですから瀟洒に玄関から向かいましたわ。え?箒に乗らなかった理由……ですか?……フフフ、乙女の秘密をあれこれと詮索しないのが長生きの秘訣ですわ……。では……

 ――ではここで問題です、咲夜が何故箒に乗らなかったのか?次の四択から選んで下さい。

1.見えそうだったから
2.卒業したから
3.折れないか不安だったから
4.敏感だから

 さぁ、どれでしょう?……私?私はただの通りすがりの少女ですわ――はっ!(シュンっ……)

 ……?何か気配を感じて戻ってきたのだけれど……気のせいだったのかしら……?……とりあえず美鈴が色んな意味で限界でしょうから急ぎませんと。

「……で、あるからしてそれが今貴女に出来る善行です」

 私が正門に着きますと、ちょうどお説教も終えたところでした。

「あぁ、ちょうどいいところでした」

 こちらに気づき、声を掛けられたるは幻想郷の閻魔様、四季映姫・ヤマザナドゥ様。私も多少のお咎めを覚悟しましたが……

「貴女は少々瀟洒過ぎる……のですが、今回はいいでしょう」

 驚いたことにいつものお説教は無く、代わりに……

「館の主はいらっしゃいますか?」
「お嬢様……でらっしゃいますか?」

 えぇ、お会いしたいのですが……と仰られたので美鈴に確認を取らせると、お通しするようにとのこと。
 ご案内しますわと言うと、お構いなくと玄関に向かわれる閻魔様。

「いやー助かりましたよぉ、咲夜さん」

 そう言って頭を掻く美鈴。

「災難だったわね、どうせ寝てたんでしょ?」
「いえぇ、起きてましたよぉ」

 そう否定する美鈴の、首を振る度に揺れるそれを妬ましく思う、パルパル。

「まぁいいわ、早く行ってきなさい」
「……は、行くってどちらにです?」
「だって貴女、震えてたじゃない?」

 窓の外からも、そして正門に近づくにつれ美鈴が小刻みに震えているのに気付いた私……

「我慢してたんでしょ、美鈴」

 閻魔様のお話は長いから、それを我慢するのは凄く辛いものなのよね……

「いや、あれは足が痺れてですね……」

 その瞬間、美鈴の額にナイフが突き刺さった――

 大広間にご案内している間に閻魔様、ところどころで立ち止まり、妖精メイドに「貴女達はメイドの名の割に働かなさすぎる」とか、図書館で書物の整理をしていた小悪魔には「貴女は名前と身体に偽りがある」と仰いました。ご自分の部下だって「小」が二つも付く癖に大きいじゃないですか……。

「何か言いましたか?」
「いえ、何も」

 そんなお話をしていると、大広間に到着しました。
 失礼します、そう会釈しながら扉を開けますと、広く紅い大広間の真ん中に純白のテーブルが一つ……そこに我が主であるお嬢様と親友であらせられるパチュリー様が。

「フフッ、歓迎するわ閻魔、今日はどういった風の吹きまわしかしら?」

 私がどうぞとうながした、ちょうど真向かいとなる椅子に掛けられる閻魔様に声をかけるお嬢様。
 単刀直入に言います、と切りだされた閻魔様のお顔は厳格な裁判官そのものでした……

「このままだとあの門番、消滅しますよ」

 何でも、門を何度も(主に黒白に)破られ門番としての使命を果たせていない現状では、人も襲わない美鈴は門番どころか、妖怪としての存在すら危ぶまれるとのこと。
 それは、忘れられしモノが集う幻想郷でも消滅を意味する重大な事でもあった。

 静かに閻魔様のお話を聴いていたお嬢様の白い綺麗なお顔がさらに青白くなっていき、隣ではパチュリー様が口からケチャップを流していました。パチュリー様のお顔もどんどん白く……

「貴女の罪はその真実から目を背けていたこと」

 閻魔様は悔悟の棒をお嬢様に向け、厳しい表情でそう仰いました。

「彼女の存在を大切にしてあげること、そして何が出来るかを考えること、それが今貴女に出来る善行です」

 それだけ言われると、閻魔様はスッと立ち上がりました。

「咲夜、お見送りを……」

 扉に向かわれる閻魔様に、私がどうすればいいか一瞬躊躇していると、お嬢様が声を掛けられました。

「かしこまりました」

 そう一礼をし、閻魔様をお送りするため大広間を後にすると、お嬢様の溜息が聞こえた気がした……。
 そうして正門までお送りする間、終始無言だった閻魔様が口を開かれました……――

「貴女に出来る善行が、一つだけあります」

 そう言うと閻魔様は、かつてお地蔵様だった面影を残された微笑みでこう仰られました……。

「何があっても主、そしてこの館に棲まいし大切な人達を見守ること。それが貴女に出来る善行です」

 美鈴と共に閻魔様を見送りながら、私は美鈴の横顔を見やった……いつもと変わらぬその顔に曇り一つ無く、明るい笑顔をしていた……この笑顔が消えるなど思えないほどに……。

「どうしたんです、咲夜さん?」

そんな気持ちも知らないで、美鈴が顔を覗き込んでいた。近い、どれくらい近いかと言うと結婚式で誓いをたてるとき位……。

「顔赤いですよ、咲夜さん」
「何でもないわ、じゃあ仕事、ちゃんとね」

 そう言い正門を後にし、大広間に戻ると、お嬢様が真っ白に燃え尽きてらっしゃいました。隣ではパチュリー様が細い管からケチャップを補給されました。

「お嬢様」
「咲夜……」

 お嬢様が愁いげな瞳を向けたと思いましたら、次の瞬間――

「ウワァァン、咲夜ぁっ!」

 そう言って私に抱きついてまいりました、もう私本懐を遂げてもよろしいですか……――

「美鈴が消えちゃうよぉっ!」

 ……っとそうでした、今は差し迫った状況を解決しなければなりません。

「大丈夫です、お嬢様。落ち着いてください」

 私たちには頼れるお方がおられます…動かない大図書館、七曜の魔女ことパチュリー・ノーレッジが……

 パチッ――

「パチュリー様……――」
「ウィーン……エネルギー充填完了、賢者の石出力120パーセント突破……メカパチュリー始動します――」
「ウワァァン、パチェが壊れたぁっ!」

 その後、河童に見てもらい正気に戻ったパチュリー様とお嬢様が三日三晩寝ずに方法を考えたものの、いい解決策は何一つ見つからず行き詰ってらっしゃいました……そんなとき――

「はぁい」
「御来客は正門より、門番を通されて下さい」

つれないわねぇ、そう口元を扇子で覆い隠すのは、賢者と言われし大妖怪、八雲紫……

「カルシウムが足りてないんじゃないかしら……」
「残念ながら、カルシウムでしたら毎日欠かさず摂取しておりますわ」

 そういう私の足元には空になった牛乳瓶が100本程、これで一日分ですわ。

「そういえば、何かお困りじゃないかしら?」

 門番のことで……と言われる紫さん、わかっておられるなら美鈴に仕事をさせないような真似なさらないで下さい。

「何か名案がおありですか?」
「いいえ全然」

 最後の望みが今絶たれた……幻想郷の賢者ですら解決策が無いのであれば、最早打つ手は無いでしょう……

「まぁ、気を落とさないで……そうだわ」

 はいこれ、と手渡されたのは雑誌、おおよそ幻想郷ではお目に掛かることのない文字が表紙に書かれている――
 東京、名古屋、札幌,沖縄etc.etc.……。

「この前の宴会で外の観光名所の話をしたら、レミリアが見たいって言うものだから」

 じゃ、渡しといてねぇ、そう言って隙間に消える紫さん……だから美鈴に仕事をさせて下さいよ……。

「紫が来てたのね、咲夜?」
「えぇ、パチュリー様」

 いつの間にやらパチュリー様が後ろに、眼の下に隈を作られトマトジュースを飲まれてました。

「それ、持って来なさい」

 レミィも参っているし、気分転換になるだろうから……そう言い大図書館へと向かうパチュリー様、その後ろに付き添いながらふと思った……あの隙間妖怪がただせがまれたからというだけで、こんなに雑誌を持ってくるかしら……?しかもこんな時に……?

「お嬢様、どうぞ……」
「あによ、これ……」

 大図書館の山積みにされた魔導書の中に、半ば埋もれるように寝ていたお嬢様が私達の気配を感じ取り目を覚まされました。そんなお嬢様に、紫さんが持ってこられた雑誌を手渡ししましたわ。
 気分転換にはなりそうね……そう言い、雑誌を手に取ったお嬢様……ペラペラと何の気も無しにページを捲っていたお嬢様の顔に生気が、目には輝きが戻ってまいりました。

「パチェ!」

 ガタン!と大きな音をさせ椅子を倒しながら立ち上がったお嬢様。

「これよ、これだわ!」
「レミィ、図書館では静かにって……」
「見つけたのよ、美鈴を救う方法を」

 そう言い、パチュリー様の目の前にバン!と雑誌を叩きつけた……そこには大きく「福岡」の文字が……。

 美鈴を救う方法、それは言霊による存在感の向上であった。
 本人は嫌がっていたが一部(主に黒白が)言っていた『中国』というあだ名を利用することにした。
 ただそれがバレてしまわないように紅魔館の全員で協力することになりました。それがあの合言葉なのです。
 ただ私の合言葉は難しかったため、閻魔様の言葉に従い見守ることにしました……それが私に出来ることでしたかしら……。

「――ハッ!」
「どうかなさいました、お嬢様?」

 そんな回想にふけっていますと、お嬢様がいきなりスタイリッシュなポーズを取られ、何かを感じ取られたようです。

「霊夢に何かが起きるわ……断片的にしか見えなかったけど……」

 ビジョンの限界が近付いている――って何の話ですか……。

「お嬢様、霊夢に何が?」
「そうね……強いて言えば異変ね……」

 お嬢様は一瞬心配そうな顔をされましたが、すぐに圧倒的な威圧感を体現する笑みを浮かべられました。

「咲夜行くわよ、この私が霊夢を倒して異変を解決してやるわ!」
「はい、かしこまりました」

 そう言いつつ咲夜は思った。何で心配だからお見舞いに行くって言われないのかしら…まぁそんな素直になれないところも素敵ですわ……。
 主と従者が大広間から出て行き、残ったのは主の妹と、親友の魔女二人……。

「ねぇフラン?」
「なぁにパッチェ?」
「貴女は行かないの?」
「だって霊夢なんでしょ?わたし行かなーい」
「(多分)魔理沙もいるわよ?」
「まってお姉様、わたしも行くー!」
「魔理沙以外眼中に無し……ね、まさに一心フラン」

 ……――

「ねぇ小悪魔、のどが渇いたわ」
「こ、こあ……」
「あら、よくわかってるわね?私がココアを飲みたいって」
「…………」
「……ちょっと、小悪魔?」
「……――」

 へんじがない ただのしかばねのようだ


 そんな素敵な紅魔館と時を同じくして、妖怪の山の頂上に鎮座せし守矢神社では恐ろしい光景が広がっていた……――

「チェストォっ!」
「テストォォっ!」
「ニートォォォ!」
「セサミスト○ートォォォォっ!」

 そんな奇声を上げながら何とも面妖な舞を踊りたるは、規制に引っ掛かる巫女、もとい奇跡を引き起こす巫女こと東風谷早苗。境内は早苗の舞により飛び散る、鮮血のような赤いもので染められていた……。

 私、守矢二柱の一柱にして山と湖の権化こと八坂神奈子は、山の長である天魔との会談を終え、我が神社に戻って来るとそんな惨状を目の当たりにし立ち竦んだ……。
 顔こそ年相応の嬉々とした笑顔でありながら、口から出るは呪詛の如く言葉、発せられるオーラは鬼気とした殺気……一体早苗に何があったというのだ?……そうだ、諏訪子?諏訪子はどこに行った――?
 ――いた、境内の隅、御柱の横で頭を抱えて震えながらあーうーと言うは私のツレで守矢二柱のもう一柱、洩矢諏訪子が…ってこんな場面さっきなかったかい?

「諏訪子!?」

 ビクゥっとし、こちらの顔を見るや否や御柱の後ろに隠れる諏訪子。……って頭だけ隠して他丸見えだよ、お前はどこぞの鹿か。は?トナカイ?どちらも鍋にすると美味い。

「か、神奈子~」

 あーうーと泣きじゃくりながら駆け寄ってくる諏訪子。そしてそれを抱き止めようとする私……。

「あーよしよし……と見せかけてからの踵落としぃっ!」
「ゲコォっ!?」

 私の踵落としが諏訪子の頭にクリーンヒット……と思ったら……チッ、帽子の奴また逃げやがった……諏訪子との勝負にこそ勝ったのだが、未だにあの帽子との決着が着けられていない……それにしても相変わらず色気のない悲鳴だな、この間の死神でももう少し艶めいた声を上げたけどねぇ……。
 神奈子が死神との一夜に想いを馳せる中、薄れゆく意識の中で諏訪子は思った……神奈子の生足、相変わらずエロい……ちなみに中は……

「見えなかったよチクショオォっ!」
「うっさい!」
「ゲロォっ!?」

 本日二回の踵落とし、帽子は再び失踪、そして中はまた見えず。

 ……テンテンテテテン――

「回復したよー」

 いやー便利なもんだねPCって、回復ができるんだから、ちなみに帽子はボックスに避難してやがった。PCってあれだよ、持ち運べる奴さ。

「で、早苗は一体どうしたんだい?」
「いやー、それがねぇ……」

 そう言う諏訪子の顔には、早苗が撒き散らした血のようなものが付いていた。それを私は香霖堂で買った布で拭ってやった。そしてそれに目をやると……

「……ケチャップ?」

 赤い鮮血だと思ったものは、あの世界的大人気の某電気ネズミも大好きなケチャップだった。

「なぁ諏訪子、これは一体……」
「いやだから、早苗がさぁ……」

 諏訪子によると、里からの買い出しから戻ってきた早苗はえらく上機嫌で台所に向かったらしい。
 それから数分後、台所からこの世のものとは思えないけたたましい音が響いて来た。慌てて台所に行くとそこには……

「……あっちゃー」

 諏訪子にうながされ神社の裏に回ると哀れ、台所の壁が吹っ飛んでいた。この間の宴会で山に来ていたかつての山の四天王、星熊勇儀との勝負で開けた穴に匹敵するほどだった。
 ちなみにその勝負は相撲だった。私が相撲の祖だと知ると星熊の奴、好戦的な眼をして獰猛な笑顔で勝負を吹っかけてきた。
 私も純粋な力と力による闘いを欲しており、その喧嘩を買ったのだ。ただ女二人が取っ組み合いをするのはどうか、ということで本殿での勝負となった。ちなみに射命丸と姫海棠は外に締め出し、早苗は片付けに追われていたため、本殿には私と星熊、そして行司役の諏訪子、そしてどこからか現れた観客の伊吹萃香。
 星熊との本殿での勝負は熾烈を極めた。取っては投げられ、掴んでは叩きつけの勝負は15番目、7勝7敗の五分で迎えた勝負でお互い張り手どころか殴り合い。
最後は互いに右ストレートを顔面に浴びせ両者ノックアウト、引き分けに終わった。
 そのとき、本殿の壁も床も穴だらけになってしまい、後日星熊ともう一人、左官師の塗壁の二人で修復してくれたのだが、今回の穴もそれと同等のレベルだった……。
 ちなみに開いた穴から射命丸と姫海棠が写真を撮りまくっており、翌日新聞が出たが私達の激闘を『幻想郷の名勝負』とまともな記事として伝えていたためお咎め無しにした。ただ、その激戦の写真集に関してはお互いさらしまででギリOKだったけど保留した。

 閑話休題――

「……たく、何だってんだいこれは?」
「常識のないウチの巫女がやった」

 常識に囚われない早苗がやったなら仕方がない、それがウチの常識となりつつある現状に頭を抱えつつ疑問が一つ。早苗が何故そんなにも張り切っているのかがわからない。

 それを問いただすと、諏訪子はやや歯切れが悪そうにこう言った。

 ……麓の巫女がやる気を出した、と――

 ……成程、それで説明がつく。早苗はことあるごとに麓の、つまりは博麗の巫女にやる気が無いだの、自覚が無いだの言って気に掛けていた……その博麗がやる気を出したとなれば嬉しくなってしまうのもわからなくない、わからなくはないが……それでこの惨状か……。
 ちなみにこんな時の早苗の料理はいつもの料理の腕からは想像つかない位、何というか……喰えた奴は早苗の婿として認めてやってもいいと思えるほど、酷いというか殺傷能力が高く、最早兵器である。その威力はあの野槌でさえ腹を壊すほどなのだから恐ろしい。
 しかもケチャップとはいえ、そんな赤い液体まみれの巫女を見て受け入れられるかどうか……とりあえず明日、紅魔館からケチャップを仕入れよう。

 それにしても、あの博麗がねぇ……と、私は博麗の巫女がやる気を出したという事実に対して違和感しか感じなかった。それこそ異変としか思えないであろうこの事態に、博麗を溺愛しているあの八雲が動いていないのも気になる……。
 そう思った私は後始末を諏訪子に任せ、神社の裏手に回り笛を吹いた。すると木々の間を飛び回りながら、哨戒役の白狼天狗、犬走椛がやって来た。

「御呼びですか、神奈子様?」
「あぁ、仕事を頼みたい」

 犬走に事情を説明し、私は博麗の様子を知りたいのでと、千里眼で様子を見るように頼んだ。

「……はぁ、つまり覗き……」
「違う、ググるだけだ」

 私がそう言うと、犬走は渋々承諾し千里眼を発動させた――

「……あれ?おかしいですね……」
「何か見えたのかい?博麗は暴れたりしてるのか?」
「いえ、そうではないんですけど……霊夢さん、寝てますよ?」

 それに魔理沙さんと永遠亭の薬師の方が、そんな犬走の言葉に困惑する私……

「ちょっ、何て言っているんだい?」
「流石に声までは……」
「聞こえるようにしようか?」

 不意に掛けられた声に振り返ると、そこには超妖怪核弾頭こと河城にとりがいた。

「そんなことが出来るのか?」
「うん、魔理沙の奴がまた私の発明品盗ってってねー、その中に無線機が」
「……盗聴器の間違いでは?」
「ひゅい、そうとも言う」

 まぁこの際何だっていい、会話さえ聞ければそれでな。そんなこんなでにとりが周波数を合わせ、途切れ途切れではあるがこの異変の内容についてはわかった。成程、洒落てるじゃないか……。

「ところでさ、椛?」

 神奈子様がお礼を言い立ち去った後、機材の片付けを手伝っているとにとりが話し掛けてきた。

「何、にとり?」
「いや、神社にもう一人いなかったかな~と思って」
「もう一人?」
「うん、実はさ……」

 ――私は犬走とにとりに礼を言うと、壁に空いた穴から台所に入り、米櫃を確認した。幸い米は無事だった。
 私は必要な分を取り、残りは隠した。今の早苗じゃ米を見つけた途端、何を仕出かすかわかったもんじゃない。

 そうして神社を飛び立った私がしばらく行くと、神社に続く道に人影が。遠くからでもわかるその大柄の影にはさらに、一際目立つ尖ったシルエット。見ると肩には幻想郷でも五本の指に入るであろう銘柄の酒が。
 私はついてると思い、そいつの前に降り立った。

「よぉ、星熊の」
「ン、何だ八坂じゃないか」

 そう答えたるは、軍神である私と互角に渡り合った鬼神、怪力乱神・星熊勇儀。あれから何度か飲み交わし、今ではマブダチである。

「こんなとこで会うたぁ、奇遇だねぇ」

 お前さんも博麗神社に用かい?――と聞いてくる星熊に短く、そうだ――と告げた。

「あっははは、そうか、博麗ももてるねぇっ!」

 聞けば星熊、命蓮寺にあの魔法使い狙いで行ったはいいが人里に行っており不在。
 仕方なく錨を振り回す船幽霊と力比べをして圧勝、毘沙門天の代理の虎ともやり合っているうちに白蓮が帰ってきて勝負はお開きに。

「いやぁ、あの寅丸って奴はいいねぇ!」

 そう言いカラカラ笑う星熊。ちなみにこいつが豪語したことだが、私や四天王を除くと殴り合いで渡り合えるのは花の大妖にあの死神、紅魔の門番と後は塗壁だけらしい……そもそも鬼と殴り合おうなんて狂ってる……私が言えたことでもないが。

 で、白蓮を誘ったが断られ、代わりに今回の博麗の異変について聞かされたらしい。強い奴が大好きと言う星熊らしく、それには胸踊ったという。
 星熊、一つ言っておこう……今の言葉、絶対に博麗とかの前で言うなよ……私や死神、八雲もそうだが、そんなこと言おうものなら無言で夢想封印されるぞ……。

そんな気持ちもいざ知らずに嬉々とする星熊に、私は今回の異変の真実を告げた。

「……成程ねぇ、洒落てるじゃないか!」

 怒り出すかと覚悟はしていたが、案外そんなこともなく、星熊は高笑いを上げた。

「いやぁ巧いねぇ、こりゃ酒が進みそうだ!」

 そう言い杯を月に掲げ、中の酒を一気に飲み干した。

「~~~っはぁ!何はともあれ、私が来たのは無駄足じゃなかったってことだねぇ」

 わざわざ地底に戻って来た甲斐があったよ――と星熊が右腕に抱えるものを私に見せた。

「……卵?」
「あぁ、さっき産んだばかり、産地直送の新鮮な卵さ、精がつくよ!」
「ほぉ、で、何の卵だい?」
「空が産んだ」
「そうか」
「……」
「……」
「スマン、冗談だ」
「冗談か、ならば許そう」

嘘なら許早苗なところだが、冗談なら仕方ない、鬼だって冗談位は言うのだ。

 とまあ、神と鬼がそんなやりとりをしながら博麗神社へと向かっている最中、幻想郷と外の世界との境に在りし八雲紫の棲家、マヨヒガでは――

「藍ー?ちょっと来て頂戴」
「はっ、ただいま」

 トットットッと九本の金色の尻尾を揺らしながら廊下を駆けるのは八雲紫が式であり、九尾の狐である八雲藍。その妖力は元より、「幻想郷・割烹着の似合う少女グランプリ」99年連続優勝を誇る妖獣である。ちなみに最大のライバルは妖忌でした (笑)。

「御呼びでしょうか、紫様?」

 そう言い、主である紫様のお部屋の開け放たれた襖の前で姿勢を正す。対する紫様はといえば……

「そうなのよ~、ちょっと見つからなくて…」

 そう言い、ネグリジェがはだけ豊満な胸の谷間が露わになるのを気にもせず紫様がお部屋の中を物色されていた。ちなみに紫様は「はだけた着姿グランプリ」では常にトップを争われる実力者である。最近は地底の鬼や山の神、三途の死神などライバルが増え混戦状態である。

 閑話休題――

「えっと、何をお探しでらっしゃいますか?」
「薬箱よ、薬箱。どこにしまったかしら?」
「薬箱……ですか?何かお身体の調子が悪いのですか?」
「そうなのよ~ちょっと最近お通じが……って違うわよ」
「はぁ、では何故薬箱を?」
「霊夢によ、レ・イ・ム。ここでお薬を持って行けば私への好感度がグッと上がるわ!」
「霊夢に……ですか?でも今は行かれない方がよろしいかと……」

 実は今日の夕刻、私は晩御飯の買い出しで里に行った際、豆腐屋の前で早苗と偶然出くわした。
 そして早苗は眼をランランと輝かせながら、嬉々として霊夢の異変について教えてくれ、私としては今神社に行くのは自殺行為に等しそうだと感じたのだが……。

「……もし仮に行かれても、家にある薬では対処しかねると思うのですが……」

 私は聞いたことを紫様にお伝えし、自身の考えも述べた。それこそ、永遠亭の薬師に相談すべきだと。
 紫様はそれを静かに聞いていらしたが、私が話し終えると暫しの沈黙の後、お気に入りの扇子をどこからともなく取り出し口元を覆い隠すように開いた。ちなみにどこから取り出したかは賢明な方ならお分かりになるでしょう。

「藍、私が霊夢に何の薬を持って行こうとしているか分かるかしら?」
「いえ、お恥ずかしながら……」
「胃腸薬なのよ、探してるのは」
「……はい?」

 胃腸薬ですか?と聞いた私の反応が可笑しかったのか、クスクス笑う紫様。聞けば永遠亭にはすでに連絡は回っているらしい。

「実はね、その異変の噂の出処、永遠亭の悪戯兎なのよ」

 厳密に言えば嘘ではないのだけれど、とこれまた面白そうに言われる紫様。
……あの兎が嘘を言ってないのなら、何故ここまでの、それこそ異変と称されるまでの騒ぎになったのだろうか……未だにその真実に辿り着けない私に紫様は頬笑みながらこう呟いた。

「そうね、永琳に霊夢の症状を伝えたのが魔理沙だったのもよかったわ」

 魔理沙が?そりゃ二人は親友ですから何ら不思議はないでしょうけど……

「ねぇ、藍。まだ分からない?」

 そう言う紫様のお顔は本当に楽しそうで、どこまでも妖艶な笑顔であらせられました。

「霊夢が『お腹痛い」って言ったとしたら、魔理沙なら何て言うかしら……?」
「……あぁ、そういうことでしたか」
「そういうことよ、じゃあ薬箱探すの手伝って頂戴」

 はい、と返事しながら私は思った、これは一本取られてしまったなと――


 ここは幻想郷の東の端に建つ博麗神社――

 私、楽園の素敵な巫女こと博麗霊夢はただいま、異変の真っただ中にいた――。

 ことの始まりは今日の正午、境内の掃除を終え、縁側でお団子をつまんでいると魔理沙がやって来た。何でも新しい魔法、つまりは八卦炉の火薬?が出来たとか。
 その丸い火薬を手に嬉々として語る魔理沙であったが、対する私は適度かつ適応した返答を適当に返していた。
 そのうち、興奮のあまり出がらしのお茶を何杯も飲んでいた魔理沙がお手洗いを借りたいと言い出した。

「貸してもいいけど、死ぬまでは駄目よ?」
「いや、流石の私も死ぬまでトイレは借りないぜ……」

 そう言い魔理沙はお手洗いに立った。私はと言えばまたお団子をつまみ始めた……その時だった……。
 私の可愛らしい叫び声が聞こえ、慌てて戻ってきた魔理沙が目にしたのは、お腹を押さえ呻く私。
 そう、私は無意識にお団子をつまんでいたために、魔理沙の火薬を口にしてしまったのだ。しかも不運だったのはそれが無味無臭だったこと。
 お団子を作ったはいいけどきなこも餡子も切らし、せめて大根おろしと思えば大根が無い。もう塩でもいいわよと、自暴自棄に探したのだけどその塩すら無かった……。
 そのため、味のしないお団子を食べていた私にとって、魔理沙の火薬はお団子と一緒だったのだ。
 ……まぁ食べてる最中に気がつきはしたけど、魔理沙が非常食にもなると言ってたのを断片的に憶えていたので、そのまま食べたのよね。
 そしてそのまま飲み込み、お茶を啜った私、これがまずかった。実はこの火薬、水とかは問題ないくせに、お湯に反応して小規模な爆発を起こすのだった。そして私は魔理沙がそう熱弁してるときに限って、聞き流していたのだった……。

 そんな私と状況証拠を見て魔理沙は「真実はいつも一つ」とか言い出した…やめときなさい魔理沙…あんたの場合何か盗る度に「ゲットだぜっ!」って言う方が私は好きよ…って何よこれ、まるで遺言みたいじゃない……。

「待ってろ、今永琳を連れてくるから!」

 私の様子を見て動かすのは危ないと判断したらしく、永琳を呼びに行くため飛び立った魔理沙……待って、せめて……せめてお布団に寝かして……縁側に放置しないで……。

 そんな感じで放置された私にとって時間は苦痛の時を永くしているようだった…時計の音がゆっくりに聞こえてしまうのだから……実際、魔理沙が永琳を連れてくるのに掛かった時間は15分程度だったが私にとっては一時間にも等しかった。

「あらあら、これは大変ねぇ」

 永遠亭の薬師である永琳は私を見てそう言うと、魔理沙にすぐ布団を敷くよう言った。そうして魔理沙が慌てて寝室に走って行った。

「永琳、お、お薬……ちょうだい……」
「ごめんなさいね、霊夢。今日は薬、無いのよ」

 その言葉に凍りつく私、真っ青だった顔から全ての色が消えそうになる。

「でも安心なさい。頼れる方を連れてきたから」

 そう言う永琳の後ろで動く一つの影……それは助手の鈴仙でも、てゐでもなかった……。

「何であんたがいんのよ……」
「あら、ご挨拶ね」

 敷かれた布団に寝かされる私の目の前に現れたるは、妖怪の山に棲まいし厄神、鍵山雛であった……えぇい、クルクル廻るな、余計具合が悪くなる…。

「何で連れて来たのよ……」
「いえ、薬が切れてたし必要も無さそうだったから、とりあえず厄の除去だけでもと思いまして」

 そう聞く私に事もなげに言う永琳……てか患者の前で言うか普通、薬の必要が無いってどういうことよ……。
 そんなことを思っている間に雛がお腹に手を当て、厄を吸い取ってくれた。……うん、少しだけ楽になったわ……。

「一応お礼は言っとくわ……ありがと……」
「フフッ、どういたしまして」

 お礼を言うと、雛は気恥ずかしそうにそれだけ言い、布団から離れた。

「大丈夫かよ、霊夢?」

 今度は魔理沙が心配そうな顔をして覗き込んできた。

「大丈夫よ……それより心配掛けちゃってごめん……」
「まぁ、気にするな。私にも非があったわけだし……」

 …実は霊夢を使って食べるとどうなるか実験してみた……何て言えない……実際食べてもいないのに、食べれるとか言ったけどあれはフェイクだったとか口が裂けても言えない……。
 そんなことを魔理沙が人知れず思っていると、口ではなく空間が裂けた。そして現れたのは……

「大丈夫、霊夢?」
「……うげぇ」

 魔理沙が押し黙ったかと思ったら急に空間が裂け、その隙間から紫が現れた。永琳、たった今頭痛もしだしたわ……。

「霊夢、今のは酷いんじゃない……」

 そう言って永琳にもたれかかり泣き出した紫、かなり嘘くさい……。
そう思った私だったが紫が手にしている物を見て認識を改めた。ごめんなさい紫……私今まで貴女のこと、グータラでずぼらなババ……女だと思ってたわ。でも違った……貴女は女神よ、救世主よ。

「何か今失礼なこと言われた気がするけど……」
「好きよ、紫」
「霊夢、お薬あげるから元気出して!」

 ふふっ、私の魅力に掛かればいくら数千年生きてる大妖怪でもイチコロよ。

そして紫が持ってきてくれた薬を飲んで落ち着いた私に夜になってお見舞いが来た。

 まずはレミリアと咲夜、そしてフランドール。フランは魔理沙にまっしぐらだったが、レミリアは私の顔を見るなり「異変は解決したようね」と言い、次の瞬間「ワァァンッ!よかったよ霊夢ぅ!」と抱きついて来た。隣では紫が引き攣った笑顔を浮かべ、咲夜はジェスチャーで「お願い、そのままで」としてきた、とりあえずあんたが出血多量で死ぬわよ……。

 そしてそれに続き、今度は神奈子と勇儀の二人。二人とも私が落ち着いたのを見て安心したらしい。
 台所借りるよーと言って二人して台所へ、しばらくすると美味しそうな匂いが……なんと、私の為に神奈子がお粥を、勇儀が卵酒を作ってくれたのだ。
 そしてそれを食べさせてくれる神奈子。それを見て紫がギリギリ言いだした、今度甘えさせてあげようと思ったら……

「よし、じゃあ私は口移しで……」

 その勇儀の発言に場が凍った。

「何て言ったのかしら星熊……もう一度お願い出来るかしら?」
「だから、口移しで飲ませてやるって」
「…どうやら、そちらの鬼は今ここで退治されたいようで……」
「…ほう、鬼を退治しようってか?」
「えぇ、そこの吸血鬼共々」
「私を東洋の鬼と一緒にするとは……舐められたものだ」
「それはこちらの科白だよ、たかだか五百歳足らずのじゃじゃ馬が」

 そんな今にも一触即発の雰囲気の中、魔理沙はフランに抱きつかれたまま腰を抜かしてるし、神奈子、永琳に至っては平然としてる。咲夜は雛と談笑していた。誰も幻想郷の危機を救えないのか……――

「コンバンワー!」

 そう元気良く登場したのは氷精チルノ。そんなチルノの登場で、今にも飛び掛からんとしていた三人の動きが止まった……。

「チ、チルノじゃないか、どうしたんだよ?」

 この機を逃すまいと、すかさずチルノに話し掛ける魔理沙。

「んっとね、異変を解決しに来たんだけど、先にこっちが大事だからこっちやらないと……」

 そう言いチルノは私の方に来て、「はい」と花束を渡してきた、その花は……

「菊……?」
「うん、幽香が渡してって」

 チルノが言うにはここに来る途中、太陽の畑の上を横切ろうとした際、あの花の大妖、風見幽香に呼びとめられたのだとか。
 チルノが神社に行くと言うと、幽香は笑いながら「これを霊夢に渡しなさい」そう言って花束を渡されたらしい

 ……通常こういった場合、菊じゃないでしょ……それが幽香の嫌味なのか照れ隠しなのかわからないが……今度会ったら幽香に真意を聞いてみよう、教えてはくれないだろうけど。
 チルノが菊の花束を渡すのを見て、臨戦態勢だった三人の緊張も解けた。紫と勇儀は苦笑してたし、レミリアに至っては咲夜に「美鈴に言って、紅魔館の花全部持ってこさせて!」とか言う始末。

「ところでさ霊夢ー、異変はー?」

 チルノがまた聞いて来た……異変も何も今――

「異変は解決したよ、全部お前のお陰でね」

 そう言うのは神奈子。チルノが「ホント?あたいってさいきょー?」と聞くと

「あぁ、ホントさ。なぁ?」

 とうなだれる三人に声を掛けた。三人ともバツが悪そうだったが……

「そうね、ものの見事に」
「解決されちまったねぇ」
「今回だけは……ね……」

 と答える三人、それを聞き「あたいスゴイ、やっぱさいきょーねっ!」と喜ぶチルノ。 そんなチルノをおだてる魔理沙と「私も褒めてー」とせがむフラン。
 それを見守るレミリアに咲夜。
 そしてその光景を肴に酒を呑む紫、勇儀、神奈子、永琳、雛。

 そんな微笑ましい光景を見ながら、こんな異変なら解決しなくてもいいかな…そう思った私がいた。



 腹痛を訴える巫女と掛けまして、異変解決にやる気を出した巫女と解きます、その心は?

「腹痛い(祓いたい)」
 
 以上、小野塚小町の小噺、これにて終焉。ホント終焉は一瞬、終わりは刹那さねぇ、それじゃあまた来てくんな。
 どうも、初めましての方もそうでない方もどうぞよろしく、終焉刹那です。
 エイプリルフールの小説で自己紹介を一度したんですが期間限定なの忘れてて、ちゃんとした自己紹介がまだでした。

 今回のこの小説(?)、最後のオチを小町に言わせたいが為に書き始めてみたらこんな話に……ギャグって何だろうって悩んでたらとりあえずキャラ崩壊させようと思いまして……それぞれのキャラのファンの方、すみません。
 あとは思いついたネタとかやりたかったネタを書き連ねてったら色々カオスティックなことになってしまいました。ギャグとして成り立ったか、また東方らしさが残ったか不安ですが、それをひっくるめて楽しんで貰えたら嬉しいです。
 あとこの話、もう一つだけ謎掛けネタが……ここまで見て下さった方ならお分かりになると思います、多分……。

 最後に、ここまで見て下さった方々に感謝を。
終焉刹那
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コメント



0.870簡易評価
9.70名前が無い程度の能力削除
言葉遊びの連発が面白かったです。文体もこれはこれで楽しい。
語り視点をもう少し安定させて、話をさほど脱線させすぎないようにすれば、ぐっと読み易くなるかと思います。
こういうテンションの作品を書かれる方は最近ここで見ないので、頑張ってほしいです。
15.80名前が無い程度の能力削除
なんでしょうねえ。視点はころころ変わって読みにくいし、キャラ崩壊も面白かったかといわれたらう~んって感じ。なんです、が。
ところどころに、メチャメチャ俺の琴線に触れる笑いが仕込まれてるんです、ええ。
上手く言えませんが、決してノリは変えないままに、もっと洗練されたあなたの作品を読みたいと思いました。
最後に余談ですが、なぜか「切なさ乱れ撃ち」という言葉が頭をよぎりました。的外れだったかしら?