「貴女って、喋らなければ人形みたいよね」
風に揺れる金色の髪、吸い込まれそうな蒼い瞳。
アリスの頬を撫で、顔を近づけ、そう呟く。
理想の少女を体現しているような彼女に、淡い羨望を覚える。
自分とは違う世界に住む女の子。
理想であるがゆえに、近付いてはいけない。
そのはずだった。
彼女がこの悪魔の館に出入りするようになってから、届かぬはずの彼女が、
手を伸ばせば私のものになるんじゃないかと、勘違いしてしまった。
そして気を抜いた一瞬、つい、そんな大それた事をしてしまった。
・・・
「貴女は心が人形みたいね」
暗がりの中、凛と輝く銀の髪、洗練された立ち居振る舞い。
始めは、ちょっとした憧れからだった。
彼女の生き方を、少し覗き見するだけのつもりだった。
瀟洒に振る舞い、するりと私をかわしてしまうその態度に、軽い苛立ちを覚えると共に、
メイドの仮面を脱いだ彼女を、見てみたいとも思った。
だから、つい、そんな意地の悪い事を言ってしまった。
・・・
「怒ってるの?」
「そんなんじゃないけど」
「十六夜咲夜はこれが自然体なのよ。無理してるわけじゃないわ」
「そうですか」
「もしかして、心が人形みたいな私も、貴女の研究対象なのかしら?」
「研究対象と言うよりは…」
「それ以上は駄目よ」
「最後まで言わせてよ」
「だーめ。私はお嬢様のメイド。私の時間はお嬢様のためにある。
だから、貴女と刻む時間はありはしないわ」
「ずるい言い訳」
「そろそろ通常業務に戻ります。貴女はゆっくりしていくといいわ」
「もう用事は無いんだけどね」
「それじゃあ、お見送りします」
「「さようなら」」
・・・
ずるい言い訳。
嘘を言ったわけではない。
十六夜咲夜はお嬢様に与えられた名前。
だから私は、お嬢様に跪き、忠誠を誓い、お嬢様のために生き、お嬢様の前で死ぬ。
そうあるべきなのだ。
だというのに。
彼女との縁を断ち切ることが出来ず、こうして曖昧な関係のまま言葉を交わしている。
いつまでも、淡い期待を持っている。
従者失格だ。
・・・
ずるい言い訳。
ワーカホリックなのは分かっていたけどね。
それにしても、他に言い方は無かったのか。
私にだってプライドがある。
嫌いとか邪魔だとか言われた方がまだすっきりする。
こうして曖昧なままにしておくから、いつまでも悪魔の館に行くのを止める事ができない。
彼女の言い分は『忙しいから貴女と一緒に居る事が出来ない』と解釈する事ができる。
だったら、暇にしてやればいい。
方法は幾つかある。
一番簡単な方法は明日にでも実行可能だ。
今日はその準備をするとしよう。
明日の夜、レミリアに会いに行くとしよう。
・・・
「本日から紅魔館のメイドになったアリス・マーガトロイドです。よろしくお願いします」
「そういうことだから、こき使ってやるといい」
「はあ……。何と言うか、突然ですね」
「一時間前に面接、即就職だからね」
「メイド服はお手製みたいですけど、何でロングスカートなんです?」
「さあ?」
「あんな短いの、恥ずかしくて履ける訳ないじゃない」
「だってさ」
「大変遺憾ですわ」
・・・
メイド就職。
呆れる事に、二つ返事で採用が決まってしまう。
実力行使も辞さないつもりで来たのに、とんだ肩透かしを食らってしまった。
幸先いいスタートと気持ちを切り替えよう。
そう、これからが本番なのだから。
・・・
アリスの突然のメイド就職。
別に人材不足というわけでもない、お嬢様のいつもの気紛れだろう。
やれやれ。
こういうのを押しかけ女房とでも言うのだろうか。
私はどんな顔をしてアリスと接すればいい?
瀟洒に対応する事も出来るけど、彼女はきっとそれでは満足しない。
私の中にずけずけと踏み込んでくる。
これまでのように距離を取ることも難しくなる。
全く、困った事をしてくれたものだ。
・・・
「ここは私の私室なのだけど」
「まだ私の部屋がないから、しばらくはここに居させて」
「部屋ならすぐに用意するわ。それこそ、あっという間にね」
「逃げないで。仕事なら私の人形達がやってくれてるから、どうせ暇でしょ」
「メイド長たる者が遊んでいては、他に示しがつきません」
「どうせこの館にまともな奴なんていないんだし、誰も気にしないわよ」
「心外ですわ」
「だから、諦めて隣に座りなさい」
「……」
「座りなさい」
「分かったわ、しばらく付き合ってあげる。でも、お嬢様が寝ている間だけよ」
「それでいいわ。レミリアがいない時は、私と一緒の時間を過ごしてね」
・・・
私と人形は繋がっている。
見える糸で、見えない魔法で。
でも、それは一方通行。
人形達の声が聞こえるわけではない。
私は咲夜と繋がっていたい。
見える誓いで、見えない絆で。
互いを想う心で。
私は咲夜の心が聞きたい。
・・・
いけないとは分かっていながら、つい、ほだされてしまう。
人に想われるのがこんなに心地よいものだとは知らなかった。
だから、つい、いつまでもこの感覚に浸っていたくなる。
私は悪魔の犬でありながら、ただの少女だったらしい。
想われれば、嬉しい。
その想いに応えたくなる。
恋は、はまれば抜け出せない劇薬だ。
そうと知っていながら、それを口にするのを止める事ができない。
だって、その毒は、とても美味しいのだから。
・・・
「何か用があったんじゃないの?」
「用なんて無いわよ。ただ、一緒にいたかっただけだから」
「そう、殊勝な事ね」
「何で笑うのよ」
「危険を冒して悪魔の館に入り込んでおきながら、それだけで満足なのかしら?」
「何が言いたいのよ」
「こういうこと」
・・・
時が止まったかと思った。
心臓が飛び跳ねる。
咲夜は、私に興味が無いのだと思っていた。
でも。
今ので咲夜の気持ちが少しだけ分かった。
彼女もまた、恋をしている。
少しだけ、咲夜と気持ちが繋がった気がする。
この絆を、もっと深めたい。
・・・
脳髄が痺れる。
人が恋に浮かれる気持ちがよく分かる。
この幸せは、悪魔の囁きよりよほど甘い。
アリスといる間は、能力を使うのを止めようと思う。
同じ時間を生きないと、この幸せは感じれない。
二人の時間が、今、動き出す。
風に揺れる金色の髪、吸い込まれそうな蒼い瞳。
アリスの頬を撫で、顔を近づけ、そう呟く。
理想の少女を体現しているような彼女に、淡い羨望を覚える。
自分とは違う世界に住む女の子。
理想であるがゆえに、近付いてはいけない。
そのはずだった。
彼女がこの悪魔の館に出入りするようになってから、届かぬはずの彼女が、
手を伸ばせば私のものになるんじゃないかと、勘違いしてしまった。
そして気を抜いた一瞬、つい、そんな大それた事をしてしまった。
・・・
「貴女は心が人形みたいね」
暗がりの中、凛と輝く銀の髪、洗練された立ち居振る舞い。
始めは、ちょっとした憧れからだった。
彼女の生き方を、少し覗き見するだけのつもりだった。
瀟洒に振る舞い、するりと私をかわしてしまうその態度に、軽い苛立ちを覚えると共に、
メイドの仮面を脱いだ彼女を、見てみたいとも思った。
だから、つい、そんな意地の悪い事を言ってしまった。
・・・
「怒ってるの?」
「そんなんじゃないけど」
「十六夜咲夜はこれが自然体なのよ。無理してるわけじゃないわ」
「そうですか」
「もしかして、心が人形みたいな私も、貴女の研究対象なのかしら?」
「研究対象と言うよりは…」
「それ以上は駄目よ」
「最後まで言わせてよ」
「だーめ。私はお嬢様のメイド。私の時間はお嬢様のためにある。
だから、貴女と刻む時間はありはしないわ」
「ずるい言い訳」
「そろそろ通常業務に戻ります。貴女はゆっくりしていくといいわ」
「もう用事は無いんだけどね」
「それじゃあ、お見送りします」
「「さようなら」」
・・・
ずるい言い訳。
嘘を言ったわけではない。
十六夜咲夜はお嬢様に与えられた名前。
だから私は、お嬢様に跪き、忠誠を誓い、お嬢様のために生き、お嬢様の前で死ぬ。
そうあるべきなのだ。
だというのに。
彼女との縁を断ち切ることが出来ず、こうして曖昧な関係のまま言葉を交わしている。
いつまでも、淡い期待を持っている。
従者失格だ。
・・・
ずるい言い訳。
ワーカホリックなのは分かっていたけどね。
それにしても、他に言い方は無かったのか。
私にだってプライドがある。
嫌いとか邪魔だとか言われた方がまだすっきりする。
こうして曖昧なままにしておくから、いつまでも悪魔の館に行くのを止める事ができない。
彼女の言い分は『忙しいから貴女と一緒に居る事が出来ない』と解釈する事ができる。
だったら、暇にしてやればいい。
方法は幾つかある。
一番簡単な方法は明日にでも実行可能だ。
今日はその準備をするとしよう。
明日の夜、レミリアに会いに行くとしよう。
・・・
「本日から紅魔館のメイドになったアリス・マーガトロイドです。よろしくお願いします」
「そういうことだから、こき使ってやるといい」
「はあ……。何と言うか、突然ですね」
「一時間前に面接、即就職だからね」
「メイド服はお手製みたいですけど、何でロングスカートなんです?」
「さあ?」
「あんな短いの、恥ずかしくて履ける訳ないじゃない」
「だってさ」
「大変遺憾ですわ」
・・・
メイド就職。
呆れる事に、二つ返事で採用が決まってしまう。
実力行使も辞さないつもりで来たのに、とんだ肩透かしを食らってしまった。
幸先いいスタートと気持ちを切り替えよう。
そう、これからが本番なのだから。
・・・
アリスの突然のメイド就職。
別に人材不足というわけでもない、お嬢様のいつもの気紛れだろう。
やれやれ。
こういうのを押しかけ女房とでも言うのだろうか。
私はどんな顔をしてアリスと接すればいい?
瀟洒に対応する事も出来るけど、彼女はきっとそれでは満足しない。
私の中にずけずけと踏み込んでくる。
これまでのように距離を取ることも難しくなる。
全く、困った事をしてくれたものだ。
・・・
「ここは私の私室なのだけど」
「まだ私の部屋がないから、しばらくはここに居させて」
「部屋ならすぐに用意するわ。それこそ、あっという間にね」
「逃げないで。仕事なら私の人形達がやってくれてるから、どうせ暇でしょ」
「メイド長たる者が遊んでいては、他に示しがつきません」
「どうせこの館にまともな奴なんていないんだし、誰も気にしないわよ」
「心外ですわ」
「だから、諦めて隣に座りなさい」
「……」
「座りなさい」
「分かったわ、しばらく付き合ってあげる。でも、お嬢様が寝ている間だけよ」
「それでいいわ。レミリアがいない時は、私と一緒の時間を過ごしてね」
・・・
私と人形は繋がっている。
見える糸で、見えない魔法で。
でも、それは一方通行。
人形達の声が聞こえるわけではない。
私は咲夜と繋がっていたい。
見える誓いで、見えない絆で。
互いを想う心で。
私は咲夜の心が聞きたい。
・・・
いけないとは分かっていながら、つい、ほだされてしまう。
人に想われるのがこんなに心地よいものだとは知らなかった。
だから、つい、いつまでもこの感覚に浸っていたくなる。
私は悪魔の犬でありながら、ただの少女だったらしい。
想われれば、嬉しい。
その想いに応えたくなる。
恋は、はまれば抜け出せない劇薬だ。
そうと知っていながら、それを口にするのを止める事ができない。
だって、その毒は、とても美味しいのだから。
・・・
「何か用があったんじゃないの?」
「用なんて無いわよ。ただ、一緒にいたかっただけだから」
「そう、殊勝な事ね」
「何で笑うのよ」
「危険を冒して悪魔の館に入り込んでおきながら、それだけで満足なのかしら?」
「何が言いたいのよ」
「こういうこと」
・・・
時が止まったかと思った。
心臓が飛び跳ねる。
咲夜は、私に興味が無いのだと思っていた。
でも。
今ので咲夜の気持ちが少しだけ分かった。
彼女もまた、恋をしている。
少しだけ、咲夜と気持ちが繋がった気がする。
この絆を、もっと深めたい。
・・・
脳髄が痺れる。
人が恋に浮かれる気持ちがよく分かる。
この幸せは、悪魔の囁きよりよほど甘い。
アリスといる間は、能力を使うのを止めようと思う。
同じ時間を生きないと、この幸せは感じれない。
二人の時間が、今、動き出す。
しかも紅魔館のメイドとして他者に仕える道を選んでまで
アリスは咲夜の元に行きたかったのだろうか?
現在描かれている内容からはその深い思い、決断が見て取れなかった。
互いに相手を人形に喩えての形式美と機能美の対比は面白いですね。二人を繋ぐ、人形という言葉。
相手に興味を持ったきっかけでは無いと思いますが、無意識に浮かぶ共通項は興味が恋にまで発展した一因でしょうか。
「心が人形のよう」という表現は悪い意味で使われがちですが、肯定的に考えられているのが素晴らしいと感じました。
>「もしかして、心が人形みたいな私も、貴女の研究対象なのかしら?」
決して悪く考えず、アリスが人形遣いだから人形は興味の対象だと良い方向に解釈する。
アリスの言葉を悪意と捉えれば咲夜が涙する展開になりそうなものですが、そんな心配はいらないと安心して見守っていけますね。
最後の言葉も良かったですが、この作品で一番好きなのはこの場面でした。
二人が幸せになるための条件が揃っていると感じられます。
暗い雰囲気になる気配が欠片もなく、ハッピーエンドになると予想できる。
そして幸せな未来を信じられるだけの説得力が、この咲夜の台詞に詰まっています。
さて、場面は変わって紅魔館。新しいメイドとしてアリスがやって来るというのには驚かされました。
てっきり人形を派遣して仕事を肩代わりさせるのだとばかり予想していたので。
果たして、この非効率的とも言える行動の真意は何なのかと思っていたのですが……なるほど策略家ですね。
仕事をするのは人形。けれど、アリスも住み込みで働くという名目でなら、同じ館にいる必然性ができるから。
仕事が無いというだけの理由では咲夜を館から連れ出すのは難しそうですし、アリスが押しかけるのは納得です。
スカートの丈を長くしたのは彼女らしいアレンジですね。
しかし、その直後のショット二つは中弛みのように感じられました。
二人の心情を交互に描き、その後に内面を描かない会話のある場面を置く構成ですが、そのためだけというか。
構成のために付け足されただけで感情の起伏も無い、不要な場面が混ざっているように感じました。そこが少し残念です。
>私は咲夜と繋がっていたい
この部分はアリスと人形の関係は一方通行だと書かれた後であるために、相互支配という言葉が浮かびました。
アリスは積極的だけれど、相手を支配したいだけではないのだと分かります。
互いに人形遣いであり、どちらも操り人形ならどうなるのか?
それは相手の心と自分の心が一つになるのと同じで、一方的な心の押し付けなんてありえない。そんな関係。
序盤でお互いを人形に喩えていたのが、こう繋がるとは想像していなかったです。
そして咲夜の行動。相手の好意に絆されるだけでなく、まさか自ら行動するとは。
その瞬間は驚きましたが、思い出してみれば冒頭のシーンでも咲夜はアリスに接触していましたね。
普段はアリスが優位でも、羞恥に囚われずに積極的な行動ができるのは、言葉では負けていた咲夜なのかもしれません。
具体的に何をしたかは描かれていませんが、読み手が好みに合わせて自由に想像できる余地があって良かったです。
>同じ時間を生きないと、この幸せは感じられない。
中盤にあった不満なんて、吹き飛んで忘れてしまうほどの美しい悟りですね。
ただ、贅沢を言えば最後の一文のためにも、咲夜が時間を止めて行動するシーンが欲しかったように思います。
「能力を使うのを止めよう」にも繋がりますし、能力を使用して何か思うという展開が挟まっていればもっと「動き出す」という感じが出ていたのではないかと……。
全体としては少し描写不足な場面があったものの、恋する乙女の姿が自然に流れていて良かったです。
まさに演劇の舞台のようでした。
暗い舞台の上、交互にスポットライトが当てられて、互いに独白を観客に聞かせる。
心情を吐露するのみで、相手の姿が映されていないという特徴的な描き方もそんな印象を強めていました。
優美な終わり方であり、閉幕の後も客席からのたくさんの拍手が聞こえてくるようです。