すっかり妖怪退治に夢中な早苗さん。調子に乗って百回斬り達成。
百人斬りではなく百回斬りである。百人を倒したのではなく、一人を百回倒したのである。
その栄誉ある? 百回も倒された哀れな妖怪とは!
「ふえーん、屋台でサービスするからもう許してー」
「許します」
ミスティア・ローレライ。八目鰻の屋台で好評を博している夜雀の妖怪。
なぜ早苗に百回も退治されたのか、それは単に運が悪かっただけである。めぐり合わせの問題である。神々の悪戯か(神奈子と諏訪子の仕業ではありません)ミスティアとの遭遇が多かっただけなのだ。
こうして百勝記念にミスティアの屋台で盛り上がろうと思った早苗さん。
日が暮れて、赤提灯に照らされた屋台でとびっきりの八目鰻をサービスされていると、他のお客さんもやって来た。
紅白衣装がお似合いの、妹紅。
「よう、巫女二号じゃん」
「あら、紅白二号さん」
カチンときた早苗はうまく言い返してやったと微笑を浮かべたが、妹紅は微塵も気にした様子も無くミスティアに八目鰻とお酒を注文した。
「早苗さ、最近妖怪退治しまくってるんだって? 評判や信仰が落ちても知らないぞ」
「なにを言います。妖怪退治は巫女の仕事、霊夢さんだってやってるじゃないですか」
「霊夢の評判はすでに地の底だから下がりようがないって慧音が言ってた」
「うぐっ……だ、だって、妖怪退治……楽しいんですもん。それにみんな大好きでしょう? 弾幕ごっこ」
「最近飽きちゃってさー。今ハマってるのは剣闘士ごっこ。剣と盾と鎧で武装して、ガチンコの斬り合い。この前は妖夢も参加してさー、輝夜と二人そろって真っ二つにされちゃったよ。やっぱ本職には勝てないね。おかげで地面が内臓まみれになっちゃってさー、後片付けがもう大変。ははは。今度は剣じゃなく斧で殺し合う約束してるんだ、剣よりスプラッタな事になりそうで楽しみだ」
「不死身だからって、食事中にそういう話しないでください」
「悪い悪い。ところでミスティア、私の分まだ?」
「はい、焼けたよー」
酒をちびちび呑んでいたところに、熱々の八目鰻がやってくる。妹紅は大喜びで頬張った。
「やあ、相変わらずいい味、出してるね。これならいつ焼き鳥屋さんに転職してもやっていけるよ」
「なんで私が焼き鳥屋なんかにならなきゃならないのよー。プンスカプンッ」
焼き鳥撲滅運動を掲げるミスティアと、自称健康マニアの焼き鳥屋の妹紅。この二人が和気藹々と冗談を言い合う光景は早苗を驚かせた。
「結構仲良しなんですね、意外です」
「あー、まあ、人並み程度には」
「でも昔はよく喧嘩したよねー」
楽しそうにミスティアが言う、仲良しムードが二人の間にあるのは明らかだった。
ちょっと好奇心を持ってしまう早苗。
「お二人は、どういうご縁で?」
「んー、私が幻想郷に来て間もない頃、行き倒れてたのをミスティアに拾われてさ。住む場所もまだ無かったし、居候させてもらったのよ」
「居候って、ミスティアさんのお家にですか?」
「うん」
ミスティアの家。どんな所だろう。
早苗は想像を働かせたか、このみすぼらしい屋台のせいで、かなり失礼な想像しかできなかった。そんな狭い家に居候だなんて、さぞかし苦労したろう。ホロリ。
「ううっ、妹紅さん。今日は私のオゴリです、たーんと食べてくださいね」
「おいっ、お前かなり失礼な想像しただろう」
「だって……」
「あ、ミスティア、実家と言えば爺さんが会いたがってるらしいぞ。たまには帰ってやれよ」
お爺さんがいるんだ。
思い出すのは、早苗が外の世界にいた頃に死んでしまった祖父。
記憶はおぼろげで、優しくてあたたかい手をしていた事は覚えている。けれどある日、突然いなくなってしまって、早苗は泣き喚いた。その時はまだ祖父の死をよく解っておらず、きっと嫌われちゃったんだと別の意味で悲しくなったものだ。
「お爺ちゃんか……」
思い出に浸っていると、それをぶち壊すようぞんざいな口調でミスティアが言った。
「えー、面倒くさい。実家なんてお正月とお盆に帰れば十分でしょ?」
「なんだー? お年玉目当てか?」
「お爺ちゃんのプレゼント、いつも変なのばっかりだもん。ヤになっちゃう」
「ははは、確かに変なのばっかりだ。もらっても、次の日には質屋のお世話になっちゃうな」
「質屋かー、そういう手もあるね」
冗談半分だろうとは、早苗にも解る。
しかし。
ああしかし。
「祖父を蔑ろにするとは、この東風谷早苗、絶対に許しませんよ!」
この後、早苗さんの説教は三時間ほど続き、明日は帰省するようにときつく言い渡されるミスティア。しかも、ちゃんと実家に帰るかどうか確認すべく早苗も同行すると言い出した。
「そんなー。わーん、妹紅助けてよー」
「はいはい、私も一緒に行ってやるから」
という訳で、三人でミスティアの実家行き決定。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
意外や、ミスティアの実家とは迷いの竹林にあるそうだ。
永遠亭の件を除いても、妹紅が竹林にたむろしている理由の一端が解った気がする早苗。ミスティアを先頭に竹の間を飛び、その後方で早苗は並んで飛んでいる妹紅に声をかけた。
「竹林ホームレスってネタがありましたけど、妹紅さんは竹林ホームステイだったんですね」
「ホームステイって、居候とはまた別のもんだろ」
「細かい事を気にしていては幻想郷でやっていけませんよ!」
「ところで、それ、なんだ?」
「お邪魔するのですから、手ぶらという訳にはいかないでしょう」
早苗が持っている包みはそれほど大きくはなく、ちょっとしたお菓子くらいだろうと推測できた。
「常識的な行動だと感心するが、常識に囚われないのがウリじゃなかったか?」
「それはそれ、これはこれです」
「団子かなにかか?」
「ええ、団子です」
「そうか。爺さんは葛きりが好きなんだよなぁ」
「昨日のうちに言ってくださいよ、そういうの」
「だって葛きりは一昨日食べたばかりだし。こういうのって、たいてい客にも出してくれるじゃん」
「意地汚いですよ妹紅さん……」
「そろそろ着くよ」
鬱蒼とした竹やぶを抜けた先には、石畳で綺麗に舗装され、美しい屋敷の並ぶ都があった。湧き水を飲めるよう水場にひしゃくが置いてあったり、苔に彩られた岩や錦鯉の泳ぐ池といった庭も多く見られる。まるで修学旅行で行った京都のようだ。
住人達はやはり鳥の妖怪が多く見られ、衣服は和装洋装どちらもあったが、いかにも高級そうな格好の妖怪ばかりだ。そのうちの一人が、こちらに気づいて叫ぶ。
「ミスティア様だ!」
それに反応して他の妖怪達も振り向く。
「なんですって!?」
「ミスティア様!?」
「ミスティアお嬢様!」
「お嬢様がお帰りになられたぞー!」
「おお、妹紅も一緒じゃ!」
「妹紅が連れてきてくれたのか!? グッジョブ!」
「キャーモコターン!」
「宴じゃ! 宴の準備じゃあ!」
「お宿に! 雀のお宿にお知らせせねば~!」
物凄い騒ぎになった。
物凄い大歓迎された。
ミスティアは呆れた調子で、妹紅は慣れた調子であしらいながら、里の奥へと進んでいく。早苗はというと想定外の事態におっかなびっくりしながら、後ろからちょこちょこついてきていた。
「ちょ、ちょっと妹紅さん。これ何事ですか?」
「ミスティアは人気者だからなー」
「い、意外です……ミスティアさんの歌って、若者ウケはいいけど、お年寄りには不評だって聞いてましたが……」
「不評だよ。別に歌のおかげで人気者って訳じゃないしな」
「そうなんですか……それにしても、なんだか皆さん、高級そうな身だしなみというか、建物も立派なものばかりで……」
「そりゃ、幻想郷で最上級の宿町だからな。お客は全員VIPだ。例え神でも、新参者の守矢が入れるような所じゃないよ」
「そ、そんな所に居候してたんですか妹紅さん!?」
「うん。色々あってミスティアと仲良くなったおかげでね」
「はー……なんというか、驚きです」
だがしかし、本番はこれからだった。
早苗達が案内されたのは、里の中でももっとも大きな屋敷だった。永遠亭が鼻糞に見えるほどの屋敷であった。
VIPが泊まるための宿、と考えれば納得のいく豪華さではある。しかしなぜ自分達がこんな屋敷に案内されているのだろう。しかも、従業員一同が整列し、ミスティアに向かっていっせいに礼をした。
『お帰りなさいませ、ミスティアお嬢様』
「ただいまー」
ただいま? ただいまと申したか、この小娘。
雀のお宿という『里』ではなく、雀のお宿という『屋敷』に対して、ただいまと申したか。
「ど、どういう事ですか? ミスティアさんのご実家って、まさか」
しろどもどろになっている早苗。ピカピカの廊下を歩きながら、あまりの歓迎っぷりに目を回している。妹紅は呆れたように答えた。
「知らなかったのか? ミスティアの実家は雀のお宿本家のご令嬢で、幻想郷屈指の大富豪だぞ」
早苗は頭部に金タライが落ちたような錯覚を感じた。
「そんな! 貧乏臭い小鳥だと思ってたのに!!」
「その貧乏臭い小鳥の屋台で百回もサービスさせてたのかお前……」
「だ、黙っててくださいよ!? 良家のご令嬢だなんて知らなかったんですから!」
「ミスティアはお姫様扱いされるの嫌いだから平気平気。そうでなきゃあんな屋台やってないだろ」
「あの屋台って道楽なんですか?」
「そうだよ」
色々と納得のいかない早苗。
百回もサービスさせたとはいえ、百回も客として代金を支払っているのだ。どちらかといえば売り上げに貢献していたのだ。事実、早苗のおかげでミスティアの屋台は黒字だったのだ。だから百回サービスさせるという行為に対する罪悪感は薄れていたのだが、それが逆に自分を卑しく思わせ、自己嫌悪に陥る事もあった。だが連戦連勝でサービスしてもらうのがお約束のなってしまったため、今さら引くに引けず続けていたのに……。
「こんな事ならサービスじゃなくタダにしてもらうんだったー!」
「つーかミスティアって友達にはタダで食べさせてくれるよ。ルーミアとかリグルとか私とか」
「聞きたくなかったそんな事実!」
当然ながら友達として認識されてない早苗。
その点は悔しくない。
しかし、表現しがたい葛藤が胸の中で渦巻いてしまう。
「もー、さっきからうるさいよ」
眉根をよせて振り向くミスティア。とてもじゃないがご令嬢なんてたいそうな人物には見えない。衣服だって質素だし、言葉遣いだって普通だし。
「悪い悪い。早く爺さんに挨拶して、ご飯でも食べよう」
笑いながら前に出た妹紅は、ミスティアの肩を抱いて廊下を進む。屋敷の勝手は知っているようだ。さすが元居候。
居候の身分でどれだけ贅沢な暮らしをしていたのだろうと早苗は想像した。しかしまだ、お宿の具体的な豪華っぷりはお目にかかっていない。立派なのは屋敷だけで、実際はたいした事が無いかもしれない。
いや、そう考えるのは地雷原に突っ込むようなもの。
あえて、そう、あえて過大評価しておこう。そうすれば、どんなに豪勢な暮らしでも、想像より下回る事で、なんだそんなものかと思えてしまう心理の妙。
「到着~」
襖の前で立ち止まる妹紅とミスティア。
さあ、過大評価しろ早苗。想像力を働かせろ。
この襖の向こうはきっと、最高級の畳や、きらびやかな鎧兜が飾ってあったり、部屋の中央には大きな卓があって、山の幸が盛りだくさん。そんな部屋に違いない。いけない、発想が貧困な気がする。そもそも和室って、あまり豪華さが目立つものではない。わびさびというものがあるのだ。だからきっと、究極のわびさび部屋なのだ。よし、覚悟完了。
「お爺ちゃん、遊びにきたよー」
タイミングよくミスティアが襖を開ける。
床や壁は、スカートの中身が映るほどに磨かれた大理石。さらに踏めば足が沈むと錯覚するほどふわふわの絨毯が、それはもう繊細な模様をしていた。
天井からは、無数の宝石をあしらったシャンデリア。眩しいほどに輝いている。
調度品はどれも最高級の木材で、金具は金銀で造られてあった。
壁にかけられた額縁には、写真のように精密な風景画が飾られていた。
部屋の隅には天蓋つきのベッドで、半透明のカーテンがキラキラと輝いている。
中央には漆黒のテーブルがあった。鉱物のようだが、その静かな美しさは明らかに早苗の知る世界の物質ではなかった。恐らく幻想に属する魔法の鉱物かなにかだろう。
そして、椅子。それはまるで玉座のようだった。金銀宝石の細工が施されているというのに、成金のようないやらしさは無く、それぞれの輝きが調和を保っていた。
座っているのは、いや、とぐろを巻いていたのは、ナマズのようなヒゲを生やした緑色の蛇だった。
「おお、みすちーに妹紅! 久方振りじゃのー、元気にしとったか?」
「へえ、お爺ちゃんにしては随分落ち着いた部屋じゃない。去年はなにからなにまで黄金で仕立ててたのに」
「どうも、ご無沙汰です。爺さんも元気そうでなにより」
洋風というのは想定外だった。畜生、雀のお宿に入ってこの部屋に至るまで、全部和風だったのに。騙された、大いに騙された。しかもなぜヒゲ蛇なのだ。ミスティアの祖父ではないのか。血縁関係はあるのか。鳥類ですらないって何事なの。
「おや? そちらで四つん這いになってる妙な娘は何者じゃ?」
「あー、こいつは東風谷早苗。妖怪の山に神社ごと引っ越してきた巫女で現人神で、マイブームは妖怪退……」
「ちょおー!? 妹紅さん、勝手に紹介しないでくださいマズイ部分までぇー!!」
ミスティアを百回退治した、なんて紹介されたらどんな目に遭うか解ったものではない。
ミスティアと妹紅の肩を掴んで引きよせた早苗は、二人の耳元でささやく。
(いいですか? 私がミスティアさんを百回も退治した事や、妖怪退治しまくりの件は、どぉーか内密に)
(尻の穴の小さい奴だなー)
(尻!?)
赤面早苗。
たいして気にせず妹紅、隣席にささやく。
(どうするミスティア?)
(んー? 別にいいよ)
呆気なく了承するミスティア。そうか、これが大富豪の余裕というものか。たかが百回退治された程度で、たかが百回サービスさせられた程度で恨むほど、心も懐も狭くないのだ。
それが逆に悔しい。思っくそ悔しい。どえらく悔しい。
「どうしたのじゃ?」
ヒゲ蛇が首を傾げる。不気味だったが、早苗は愛想笑いを浮かべた。
「いえいえ、なんでもありませんアハハハハー……」
「妙な娘じゃの。まあいいわい、せっかく来たのだからお小遣いをやろう」
ヒゲ蛇が笑うや、三人の前にきらきらと輝く透明の石が現れた。
これは、ガラスだろうか。
それとも、水晶だろうか。
「もー、こんな石ころ入らないってば。換金の手続きとか面倒なんだよ?」
「すまんのう。ワシは現金の類は持っておらんので、宿の支払いも金銀財宝」
「ちゃんと現金で払ってよ。ダイヤモンドなんか作ろうと思えばいくらでも作れるんだし、火に弱いから保存もしにくいし、宝石の中でも最低の部類じゃない」
とんでもない発言をして、目の前の透明の鉱物――ダイヤモンドを投げ返すミスティア。それは両手で鷲掴みにできるほどの大きさがあり、外の世界ならば億どころか兆、あるいはそれ以上の値段がつきそうな代物だった。
「私も金銭をあまり必要としない生活を送ってるんで、遠慮します」
そう言って妹紅は、あろう事か、燃やした。ダイヤモンドを。燃やした。ダイヤモンドを。燃やしやがりました。
あんぐりと口を開けて茫然自失の早苗さん。
宝石の中の宝石、ダイヤモンドがこんなにも悲惨な扱いをされたところなど見た事もない。
「ふむ、残念じゃ。ではお小遣いとは別にプレゼントをしてもいいかのう? ミスティアに似合いそうな装飾品が手に入ってな。ほれ、氷風の髪飾り、ムーンフラワーと呼ばれる首飾り、風精の帽子、黒耀のバンド、色々集めてみたぞ」
「だからー、そういうのは要らないってば。ていうかそれ、全部、光クラスの装備でしょ。妖怪に勧める装備じゃないでしょー、もー」
「残念無念。まあともかく、そんな所に突っ立っとらんで座りなさい」
漆黒のテーブルの周囲に、突如三人分の椅子が出現する。ヒゲ蛇が座る玉座もどきほど豪勢ではないが、クッション意外はすべてキンキラキンに輝いていた。
ミスティアと妹紅が席についたので、早苗はとりあえずダイヤモンドを持って空いている席に座る。
「おや、そちらのお嬢さんはそれを受け取ってくれるのかね?」
「へ?」
ヒゲ蛇に視線を向けられ、早苗は巨大ダイヤモンドを握る手に力を込めた。
正直言えば、欲しい。受け取りたい。
しかしである。
ミスティアと妹紅が受け取らなかった手前、自分だけ受け取るのはいかがなものか。
それは、現人神としてのカリスマがブレイクしてしまうのではないか?
世の中、お金より大切なものがあるじゃないか。それを守るために早苗、勇気を出して!
「も……申し訳、ありませんが……わ、私も、遠慮、しま、すぅ……」
「なにを泣いとるのかね? まあ、要らんならそれでいいんじゃよ。石ころなんぞを押しつけようとして悪かったの」
ヒゲ蛇の言葉尻と同時に、早苗の手の中のダイヤモンドは一瞬で炭化し、その場に崩れ去った。
もらっとけばよかった!
無くした今だからこそ、遠慮無く思える。
もらっとけばよかったなぁ! ダイヤモンド!
それにしてもこのヒゲ蛇、いったい何者なのか。ダイヤモンドを石ころ扱いするミスティアも大概だが、それを軽く用意しちゃうこのヒゲ蛇、この雀のお宿を凌駕する大金持ちなのだろうか。
「そういえば早苗、土産持ってきたんじゃなかったか」
「ええ!?」
言われて、膝の上に置いてある団子の包みを思い出す。しかしこれは、峠の茶屋で買ってきたなんの変哲もない団子だ。ダイヤモンドのやり取りをするような大金持ちの大妖怪に渡せるような代物ではない。
「おお、土産か。悪いのう、お嬢さん」
受け取る気満々のヒゲ蛇。くねくねと動いて喜びを表現している。
渡すしかない。早苗は覚悟を決めた。
「つ、つ、つまらない物ですが……」
「ファッキン!」
ヒゲ蛇の目玉から放たれた熱線は、早苗の差し出した団子の包みを一瞬で蒸発させた。
驚いて手を離すのが一瞬遅れていれば大火傷を負っていただろう、あるいは焼け落ちていたか。
「このワシにつまらない物を押しつけようとするとは……礼儀知らずのぉ小娘わぁ! 鼻の穴をわさびで満たしてぇぇぇくれるぅぅぅわぁぁぁーンッ!!」
「落ち着け爺さん」
妹紅の指先から放たれた小鳥サイズの火の鳥が、怒り狂うヒゲ蛇の口の中に飛び込んだ。
「あっちゃあああああ!!」
長い舌に火傷を負って、ヒゲ蛇はテーブルの上でのた打ち回る。
「つまらない物っていうのは、下々の身分で使う社交辞令みたいなもんで、謙遜、へりくだってるだけなの」
「も、もこたん……ツッコミを入れるなら入れるで、入れ方ってもんがあるんじゃないかのう……」
「生半可なツッコミじゃ爺さんには通用しないしなー」
「うぬぬ、しかし小娘には悪い事をしてしまった。すまぬ」
ヒゲ蛇がぺこりと頭を下げたので、ついお詫びにダイヤモンドくださいと言いかけながらも、早苗は愛想笑いを作る。
「いえいえ、私こそ誤解を招く言い方をしてしまって……」
「そーれ、つまらない物よ現世に蘇りたまへー」
「え」
ヒゲ蛇の両目が光るや、彼の目の前に先程蒸発したはずの箱が復元された。
本当の意味でつまらない物だったので、処分してもらえてラッキーとか思っていたので、これはマズイと早苗は冷や汗を垂らした。だって、本当につまらない物なんです。千円札でお釣りがくる程度の団子なんです。
開けられる箱、あらわになる中身、それは団子。
「ほう、お味はどうかの」
先の割れた舌が伸び、ひとつの団子に巻きついて、口の中へ運ぶ。
「もぐもぐもぐもぐもぐごっくん。キシャーッ!!」
飲み込んだと思ったら口からマスタースパークのような閃光を天井に向けてぶっ放した。天井は粉砕し、屋敷の屋根を突き破り、さらにその上に生い茂る竹の葉を焼き払おうとした寸前で五色に輝く結界に阻まれた。
ヤバイヤバイ、マジヤバイ。怒らせた。安物なんか食べさせたから怒らせた。それにしてもこの閃光の威力は何事なのか。蛇の妖怪らしいが、もしかして神奈子様より強いんじゃなかろうかとさえ思えてしまう。
「ヒィー、ごめんなさいごめんなさい、お口に合わなくてごめんなさい!」
「うおおおおおおおん! うーまーいーぞー!!」
「ごめ……ほへ?」
「メッチャうまい! なにこれ、うわー、初めての味。お爺ちゃん大感激!」
ふむ、と、うなずきながら自分も団子に手を伸ばして食べながら妹紅。
「いっつも最高級品ばっかり食べて舌が肥えすぎた爺さんにとって、安くておいしい食べ物っていうのは新鮮でよかったのかもな。この店の団子、私も好きだし」
「私もこういう素朴な味が好きだなぁ」
ミスティアも団子を食べ始める。大好評。救われた気持ちになった早苗は、全身から力が抜けていくのを感じた。
しかし、だ。
大金持ちとか、部屋の豪華さ、プレゼントの凄さに押されてしまっているが、この蛇、そこまで立派な妖怪なのだろうか。ミスティアも妹紅も全然敬意を払っていないし。そもそもお爺ちゃんと呼ばれているが、夜雀と蛇だし、実際はどういう関係なのか。
「あのー、つかぬ事をお聞きしますが、ミスティアさんと……えー……お爺さんは、いったいどういうご関係で?」
「んー、ワシはただの常連さんじゃよ。何百年もこのお宿で湯治をしておってなー、みすちーが生まれた時もここにおって、ずーっと仲良しこよしで、孫同然に可愛がっておるし、祖父同然に慕われておるのじゃ。みすちーも、妹紅もな」
妹紅とミスティアは顔を見合わせ、指さし合い、首を振り合った。
ああ、幸せな思い込み万歳。早苗はこの悲しい現実をそっとみずからの胸にしまい込んだ。
孫同然の二人が来て大喜びしている蛇さんを悲しませるなんて、神奈子様の風祝としてできる訳がない。
団子を食べ散らかしたヒゲ蛇は満足そうにゲップをすると、机の上を這い早苗の眼前まで行くと、ウインクをバチコーンと送ってきた。
「早苗とか申したな。お前さん、なかなかイカす娘じゃのー」
「は、はぁ……どうもです」
「どうじゃ、ワシの妾にならんか?」
ズガン、と。
早苗のツッコミがヒゲ蛇の頬に炸裂した。ツッコミにもちいられたのはなんとも物騒な石斧である。なんでそんなもん持ってんだあんた。
ヒゲ蛇、宙を舞う。
「お爺ちゃーん!?」
なんだかんだでお爺ちゃんの心配をするミスティアは、ヒゲ蛇をキャッチしに走った。
団子を食べ終え指を舐めている妹紅は、早苗の持つ石斧を見る。
「なんでそんなの持ってきてるんだ。無人島読んでない人にはサッパリだぞ」
「だ、だって妖怪の巣窟にお邪魔する訳ですし、万が一の時の護身用と威嚇用に……これくらい野蛮な方がシンプルで解りやすいかなー、と」
「解りやすいけどさー、石斧はさすがに引くわ」
「これでも霊験あらたかな邪神殺しの加護が宿ってまして……」
「呪いの間違いじゃないか? 爺さんの返り血のおかげでかなりスプラッタ……ん?」
血まみれで気を失っているヒゲ蛇を抱きかかえて右往左往しているミスティアを見て、妹紅は何事かを考え込み始めた。不吉な予感が早苗の中でムクムクとふくれ上がる。
ヒゲ蛇さんがどういう素性かは知らないが、大金持ちの超VIPなのは確かである。そんな大妖怪を石斧で殴りつけちゃったんだから、物凄くヤバイ事をしでかしてしまったのではと今さらながら重大さに気づいた。
「ど、どうしましょう妹紅さん。あまりの気色悪さについ……謝れば大丈夫ですよね?」
「うん、昔から殴ったり蹴ったり踏んだり焼いたりしたけど、笑って許してくれてたから大丈夫だと思うけど……ていうかむしろ喜んでた節があったし……」
「ドM!? ドMなんですか!? いやむしろそれはラッキーです」
「んー、いや、その点は本当に問題無いと思うんだけど、早苗が地雷を踏んだような気がしてならんのよ……」
「地雷?」
恐る恐る、視線をヒゲ蛇へと向ける早苗。
ヒゲ蛇は泣き喚くミスティアの胸に抱かれ、その幼いふくらみに精神を集中し幸福そうに微笑んでいた。蛇としての長い胴体も、ちゃっかりミスティアの腰に巻きつき、尻尾の先でお尻を撫でている。
ただのエロ蛇にしか見えない。
「そうか……ミスティアもセクハラされる年齢になったか……」
感慨深く妹紅が呟く。
昔から乱暴なツッコミを入れていたような発言をしていたが、なるほど、あの蛇は妹紅にもセクハラをしていたのか。ますますヒゲ蛇に対する評価を下げる早苗。石斧で殴らねば自分もセクハラされていたかもしれないと思うとゾッとする。
「しかしミスティアはセクハラに気づいてないな……仕方ない」
席を立つ妹紅、泣き喚くミスティアから血まみれのヒゲ蛇を取り上げる。
「私に任せろ、これくらい軽く治してやるよ」
「妹紅! お願い、お爺ちゃんを助けて!」
「オッケーオッケー、任せとけ」
ヒゲ蛇の首根っこを掴まえた妹紅は、もう一方の手のひらに強烈な炎をまとわせる。慌てたヒゲ蛇がなにか言おうと口を開いたが、首をきつく絞められて声を出せずにいた。
「熱血心臓マッサージ、気合注入、ずあああっ!!」
火炎が螺旋の軌跡を描きながら、妹紅の手のひらが蛇のだいたい胸元あたりに痛烈に打ち込まれる。こんがり香ばしい煙とともに、ヒゲ蛇は口から泡を吹いた。
「ぐげげげげ……」
「おーっと、まだ気合が足りないかな? ノックしてもしも~し」
「ぐえ、ぐぎゅぎゅ、げげ」
「んー? 聞こえんなぁ」
ヒゲ蛇の口元に耳を近づけた妹紅は、首を絞める手をゆるめてやった。おかげで呼吸と会話が可能になったヒゲ蛇は、ぜいぜいと息を切らしながら懇願する。
「い、言いたい事は解っとる。みすちーには手を出さんから勘弁してくれ」
「よしよし、それでいい」
「その代わりもこたんと一緒にお風呂入りたいなー、なんつって」
「そぉーれ気合注入! 口の中にフジヤマヴォルケイノォォォオオオッ!!」
「あばばばばばばばばばばばばばばばば」
地雷と妹紅は言った。
しかし、妹紅のツッコミは早苗が踏んだかもしれない地雷より何倍も威力のある地雷ではないだろうか。あの蛇がどれだけ偉いかは知らないが、口の中にスペルカードって、下手したら死にます。非殺傷のスペルカードでも事故はありえます。事故死を故意に起こす犯罪ってなんだっけ。
「も、妹紅……それでお爺ちゃん元気になるの?」
「なるなる、爺さんは炎属性吸収できるから」
「そうなんだ!」
明らかにできていないのに、あっさり信じるミスティア。無垢なのか無知なのか。
素敵な笑顔で妹紅は手を燃やす。
「ほぉーれもう一丁、今度は徐福時空で全身をマッサージだぁ。卍模様を刻んでやろう」
「ごばばばばばばばばばばばばばばばば」
明らかに吸収できていないヒゲ蛇は真っ黒コゲに成り果てつつあった。
「ほら見ろミスティア。不死鳥が灰となっても蘇るように、爺さんは真っ黒コゲになっても脱皮して復活するぞー」
「へー、そうなんだー。見たい見たーい!」
ついに妹紅のオモチャと化してしまったヒゲ蛇。またもや首を絞められて助けを求められずにいる。
こんな調子では、早苗が踏んだという地雷もたいした事は無さそうだ。仮にマズイ事態に陥るのだとしても、ヒゲ蛇にこれだけ強気に出られる妹紅がいればなにも恐れるものはないだろう。
「そろそろ解放してやるか」
「ぐへー、死ぬかと思ったわ」
黒コゲのまま特大の煙を吐いたヒゲ蛇は、玉座に戻ってとぐろを巻くと、首を持ち上げて真っ直ぐに早苗を見つめた。ヒゲがゆらりとうねり、なぜか心臓がドクンと跳ねる。なにか、起きる、ような、気が。
「早苗じゃったな」
「は、はい」
「実に天晴れであるっ!!」
「へ?」
ヒゲ蛇の身体が、ムクムクとふくらみ始めた。
「この幻想郷最高神たるワシに、ただの石斧で一撃をくれるとは、あの魂魄妖忌以来じゃわい!」
魂魄妖忌って誰だっけ。ああ、確か妖夢さんの祖父で師匠で、物凄い剣の達人とかいう。
と思っていると、ヒゲ蛇の頭部から鹿のような角が生え、さらに見事なたてがみがなびき始めた。何事。
「よかろう! 汝を挑戦者と認め、ワシが選んだ三人の戦士と戦うがよい!」
なんの話をしているんだろう、このヒゲ蛇は。
それはそうと、さっき幻想郷最高神とか言ってたのは、なんなのか。
ヒゲ蛇の蛇腹から、ニョキニョキと手が生えた。
顔立ちも蛇というより、なんだか、トカゲっぽいというか、むしろ、その。
「我は龍神、幻想郷最高神なり! 東風谷早苗、見事その石斧と神通力にて勝ち抜いて見せよッ!!」
え、なにこれ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それではこれより、挑戦者、東風谷早苗の龍神三本勝負を始める!」
雀のお宿の地下には、広大な空間があった。深さは地底世界と同等だろう、しかし岩壁や結界によって地底世界とは隔絶されたそこは、雀のお宿が所有する地下闘技場であった。デザインはローマのコロッセオに似ていたが、それほど大きい訳ではない。観客は限られたVIPのみなので、広くする必要が無いのだ。中央の舞台はせいぜい直径五十メートル程度。これは空間を操作してあるためで、参加者の戦い方に応じて適切な大きさに調節できるのだ。五十メートルというのは、あくまで今回、東風谷早苗のために決められた広さである。
天井は一面の光苔で覆われ、地下なのに昼間のように明るい。観客席の半分は畳に座椅子、もう半分は高級なソファーが並んでいた。今回客席にいるのは龍神様と妹紅とミスティア。偶然雀のお宿に宿泊していた鳳凰と朱雀と不死鳥の仲良し火の鳥グループ。北欧神話に名を残す怪物の三兄弟、巨狼フェンリル、北欧神話での冥界の女王ヘル、世界蛇ヨルムンガンド。そして八雲紫だった。
灰色の毛並みの狼は自動車ほどの大きさがあり、座椅子をどかして畳に座る紫の背後に寝そべって、みずからの肉体をクッションとしてやる。いつもの事らしく、紫は当然のように彼フェンリルの毛並みに背中を埋もれさせた。すると今度は、紫の隣に半身を腐らせた少女が座り、やはりフェンリルの毛皮をクッションとした。妹のヘルである。末の弟のヨルムンガンドは世界を一周するほど巨大な蛇だが、今はうんと身体を縮小させて紫の膝の上でとぐろを巻いている。
身体を縮めているのは、巨人であるヘルも、上顎が天に届くとされるフェンリルも同様である。
紫も、ある意味ババアから少女へと、少しばかり縮んでいるかもしれない。
小さくなった理由はもちろん、観戦しやすいよう、宿ですごしやすいよう、といった理由である。紫以外は。
フェンリル狼が重く響く声で訊ねた。
「紫よ。あの早苗とかいう挑戦者は、どういった素性の者だ」
「日本神話の神に仕える風祝で、現人神でもあるのよ。まだ半人前だけれど、スペルカードルールでは結構な腕前ね」
「スペルカードルールか。女子供の遊びとはいえ、なかなか強さを磨けるそうだな。お前もやっているのだろう?」
「まあね。幻想郷北欧支部でも採用してみたら? クトゥちゃんからの手紙に書いてあったのだけれど、欧米支部じゃ、もう結構な人気みたいよ」
「俺にそういった権限は無いし、そもそも俺達兄弟は厄介者だ」
「そうだったわね」
「MANGAとANIMEのあるJAPANこそ、俺達の安住の地に相応しい」
「外国のオタクは熱狂的ねぇ」
そんなどうでもいい話題で盛り上がっている様子を、闘技場の早苗はじーっと見つめていた。
「あのスキマ妖怪もいるだなんて……しかも大きなワンちゃんと一緒とか羨ましい。ていうか、私はどうしてこんな所にいるのかしら……」
視線を移す。紫達とは離れた席で、鳳凰と朱雀と不死鳥という、火の鳥フレンズが酒盛りをしていた。どうやら交友があるらしい妹紅が挨拶に行くと、妹紅を巻き込んで酒盛りをエスカレートさせる。
「だからー、もこたんは不死鳥要素が一番強いの! スペカもフェニックスってついてるのが多いでしょ!?」
「いいや、もこたんは鳳凰属性の聖闘士であるべき! あの一輝さんも愛用する鳳翼天翔は、鍛えれば星をも砕く威力になるんだぞ!? お前なんかフェニックスの尾で戦闘不能でも治してろ!」
「もこたん! そろそろ朱雀らしさを前面に押し出した新スペルカードを開発すべきです! 朱雀飛天の舞とか抜群に格好よくてお勧めッ。作者はデスハンドよりデルヴィッシュ派ですしー。きっと活躍できますよ!」
「お前等、落ち着けって。メタ発言も控えて。今日は私の友達が挑戦者なんだから、一緒に応援してくれよ。スペカの話はまた今度! あ、火の酒おかわりー。鰻も追加」
とても楽しそうだ。
とてもとても楽しそうだ。
早苗はこれから、命懸けの戦いをしなければならないというのに。
しかも、しかもだ。
相手は幻想郷最高神の龍神様が選んだ三人の戦士だという。
威風堂々たる龍の姿のまま、龍神は観客席の一角にその長大な胴体を寝そべらせていた。
人間を丸呑みにできる程度の巨大な顎のかたわらには、アイスクリームを舐めながら手を振っているミスティアの姿もあった。畜生、完璧にお楽しみモードだ。孤立無援の四面楚歌だ。
「だがしかし! この東風谷早苗、現人神は伊達じゃない! 不可能を可能にする力、それは奇跡です! どんな強大な戦士との試合が待ち受けていようとも、勝利を切り拓く奇跡を起こしてみせましょう!」
「ではルールを説明する。使用可能な武器はワシに一撃を与えた石斧のみ。能力の使用は許可。時間制限無し、どちらかが死亡するまで戦い続けるように。戦闘不能や気絶は不可、ちゃんとトドメを刺すように」
「え、デスゲームなの?」
「ちなみに降参もありじゃ」
「あ、降参していいんだ。よかった」
「ただし降参したら罰としてこの場で裸踊りを披露」
「退路が断たれた。死にたい」
「では第一の戦士、入場!」
早苗の呟きは誰に聞こえる事無く、闘技場へと通じる門が重々しく開き、中からヌメヌメとした巨大な怪物が現れた。頭部はタコのようで、顎は無数の触手に覆われている。半魚人のような胴体にはびっしりと鱗があり、巨大な鉤爪と、背中に悪魔の如き翼を生やしていた。
「とある無人島に眠っていた某神話の人気者。幻想郷欧米支部から、クトゥルフ君じゃ!」
「クートゥルフルフルフ!」
あまりのおぞましさに、鳳凰と朱雀と不死鳥がリバースした。飲みすぎの影響もあっただろう。一緒にいた妹紅は大慌てでお宿の従業員を呼んだ。
紫は「あら、懐かしい」とか言って微笑んでる。フェンリルは「不味そうなタコだ」と鼻から火の息を噴出していた。
早苗は、邪悪なるクトゥルフを前に硬直していた。
「こ、これは、これはぁ~……」
「では試合開始!」
「クートゥー、ルゥゥゥフゥゥゥウッ!」
鈍重な足取りで迫ってくるクトゥルフ。巨大な鉤爪を高々と振り上げた。
「いやあああ!! SAN値が、私のSAN値がぁぁぁっ!!」
さて、こういう戦いを解説するのは観客の仕事である。
「紫よ、あの小娘、脅えすぎではないか?」
「彼の一族は精神汚染のような能力があるのよ。並大抵の精神では姿を目にするだけで発狂してしまうわ。龍神様は観客席に結界を張って精神への影響を遮断してくれるわ、私達ではなくミスティア個人を気遣ってね。あのご令嬢は妖怪としては並ですから」
「む、人間が掴まったぞ」
「あら大変、死んだらどうしましょう」
鷲掴みにされた早苗は、一思いに鍵爪で貫くなり引き裂くなりしてくれという思いに駆られていた。しかし無情にも、早苗の肉体はクトゥルフの顎に生える無数の触手へと呑み込まれていった。
「いやー! 助けて神奈子様ー! 諏訪子様ー!」
「ウジュルウジュル。しょくしゅプレイ、ジュルジュルヌメヌメ、ヌッポンポン」
「ひぃぃ!」
触手! ヌメヌメとした気持ち悪い触手!
発狂寸前の早苗は無我夢中にもがいた。その時、手に持っていた石斧が、触手の奥に隠されたクトゥルフの牙を激しく打ち鳴らした。
「クトゥルルルルルルルルー!!」
絶叫を上げて早苗を吐き出したクトゥルフは、触手の上から顎を押さえてうずくまってしまった。
いったいなにが起きたのか!?
さて、こういう戦いで解説するのは観客の仕事である。
「紫よ、あのタコはなにを叫んでおるのだ? 外国語は解らん」
「虫歯を斧で叩かれたみたい」
「それは痛いな」
「あ、降参したわ」
こうして第一試合に勝利した早苗ではあったが、一時とはいえクトゥルフの触手地獄に身を投じた恐怖は拭いがたく、全身を汚した粘液を落とすために小休止が取られる事となった。
つまり……。
温泉だぁ!
※クトゥルフ様の裸踊りは作者に書く気が起きないのでカットします。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「災難だったなぁ」
鳳凰達の嘔吐物の処理を手伝った妹紅も、早苗につき合って温泉に入っていた。
とはいえ、まだ湯船に浸かっている訳ではない。その前に身体を洗うのがマナーというもの。
妹紅はたいして汚れていないし、実際、手を石鹸で洗う程度ですむ汚れである。
だが早苗は違った。
服は洗濯してもらう事となり、風呂場の石畳を粘液でベトベトにして、木造りの小さな椅子にお尻を乗せている。さっそく妹紅は早苗の長い髪にお湯をかけてやったが、粘液が落ちる気配は全然無い。
「頑固な粘液だ。シャンプーしてやろう」
「お願いします……」
自分で身体を洗う気力さえ無い早苗は、妹紅にされるがままとなった。
シャンプーを両手でこすり合わせた妹紅は、さっそく粘液まみれの髪に手を突っ込んで、丹念に泡立たせた。頭皮を指先で強くこすり、徹底的に洗ってやる。髪が長いので重労働ではあったが、妹紅も女の子であり、髪いじりは嫌いではなかった。
「早苗の髪、凄くいいなぁ。外界のシャンプー使ってるの? 艶が違うよ。ちなみにお宿のシャンプーは外界の技術と幻想の技術を組み合わせたものだから、こんな汚れ、すぐ落ちるさ。リンスも配合されてるから、洗うのも一度だけでいいし。ほーら、流すぞー」
ざばー。桶を引っくり返して、早苗の髪を綺麗に洗い流す妹紅。
「さて、次は身体だ。ふふふ、きれいきれいに洗ってやろう」
石鹸を両手でこすり合わせ、存分に泡立たせた妹紅は、まず、早苗のふくよかな乳房を後ろから鷲掴みにした。
「きゃっ!?」
「ほう、これはなかなか。外界で栄養をたっぷり胸に送って育ったと見える」
「ちょ、妹紅さぁん。真面目に洗ってくださいよー」
「失敬な。胸は女の象徴だぞ、丁寧に丹念にじっくりたっぷりともみしだくようにして洗わねば親御さんに申し訳ない」
「ちょ、どこつまんでるんですか!?」
「乳首。ここは特に大事な所だからねー、しごくように洗わねば」
「くすぐったいですってば! やめ、やめてー!」
女子高生の悪ノリにも似たムードに、陵辱された精神が健やかなぬくもりで癒されていく。
わざと悪ふざけをして元気づけてくれているのだと察してはいたが、そんな無粋な思考は頭の片隅に押し込んでやる。
「早苗、ちょっとお腹出てない? ほら、脇腹に肉」
「え、嘘!?」
プニッとした贅肉をつまんだ妹紅は、そのやわらかさにうっとりし、早苗のお腹を枕にして昼寝をする自分を想像した。
とても心地よさそうだが、想像の中の早苗が重苦しそうにしてたので、実行には移さないで上げようと優しく微笑みながら贅肉プニプニ。
「よーし、もっと下も洗ってやろう」
「そこはシャレになりませんって!」
「腋と違って、ちゃんとあるのね」
「無かったら変態じゃないですか!」
「ミスティアを変態と申したか」
「子供は別です!」
「ああ見えてお前より年上だぞ」
「妖怪ですし!」
そうこう言ってるうちに、早苗の上半身にまとわりついていた粘液の大部分は泡によって分解されていた。お湯をかけて洗い流せば、朱に染まった乙女の肢体があらわになる。普段から栄養のある物を食べているおかげか早苗は肉づきがよく、全体的に丸みのある体型だったが、決して太っている訳ではない。ダイエットと称して不健康に痩せた肉体と違い、生気に満ちあふれており、やわらかそうな身体は男でなくとも触りたくなってしまうだろう。
「ふぅ、どうもです。後は自分で洗いますから、妹紅さんもご自分の身体を洗ってください」
そう言って、泡立てた石鹸でむっちりとした太ももをこする早苗。薄気味悪い粘液がさっぱりと落ちていく様は心地がよく、ピンと脚を伸ばして膝の裏も丁寧に洗う。ふくらはぎまで伸びた手は、両手で持ち上げるように掴んで、ゴシゴシと前後にこする。腋には無く下にはある早苗さんだが、すねはちゃんとツルツルだった。乙女だもの当然です!
身体を洗い終えた二人は、湯船に肩までつかってうっとりと吐息を漏らす。極楽浄土とはこのようなものに違いないと早苗は確信した、それほどまでに肌に染み入るお湯加減。
「しかし、災難だったな。まさか一戦目の相手があのタコ入道とは……」
「ええ……石斧が小振りだったおかげでなんとか助かりましたが、クトゥルフ神話は反則でしょう。ああ、悪夢が蘇る……」
「そうか? 結構楽しかったけど」
「それよりも、です。どうして黙っていたんですか?」
「なにを」
「あのヒゲ蛇の正体が龍神様だという事です!」
十秒間。
じっくりと黙り込み考え込み、妹紅は眉根をひそめて、言う。
「言わなかったっけ?」
「言ってませんよ!」
「ま、いっか」
「よくありません! この際だから言っておきますが、妹紅さんは大切な事を全然伝えなさすぎです。手作りカレーが火を噴くほどの激辛だと忠告せずご馳走してくれたり、トイレを借りた時も紙が切れてるのを忘れてたし、聖闘士星矢の単行本を最終巻だけ持ってないのを言わずに貸してくれたり、不死身だって事を伝えず焼け死んで悲しませたりー!」
「そんな事もあったかなー、本編に無い過去話とかされてもなー」
「妹紅さんがちゃんと伝えてくれていたら、回避できたトラブルがどれだけあった事か……今回だって、相手が龍神様だと解っていれば、畏れ多くてツッコミなんか入れなかったのに……」
「爺さん頑丈だから、私は安心していつも殺る気満々のツッコミぶち込んでるぞ」
「武器でツッコミ入れたら妙な挑戦しなきゃならない事とかー!」
「そんなの私も忘れてたしなー……ああ、でも、昔一回だけやった事あったわ」
「えっ、妹紅さんも?」
驚きの新事実。
しかもこれは有力な情報を得るチャンスでもある。いきなりあんな化物が出てくるような命懸けの挑戦、降参しても裸踊りという屈辱、いかにして乗り切ったかを参考にすれば、早苗もまた事態を打破できるかもしれない。
「ど、どうでしたか!? まさか、降参して裸踊りなんかしてませんよね?」
「そりゃ、してないさ」
「でしたら是非、龍神様が選んだ三人の戦士の傾向と対策を!」
「そう言われてもなー、戦士は毎回変わるみたいだし、私は一人目に殺されて終了しちゃったのよ」
「死んでも生き返れるからって、ズルい!」
「私の肝、食うか?」
「要りません」
「そうか、よかった」
「ところでその一人目ってどんな方だったんですか?」
「魔神Zとかいうくろがねの巨人だった」
その瞬間、早苗の脳内スクリーンで雷鳴が轟く中、元祖スーパーロボットとさえ称される伝説的なロボットのヴィジョンが映し出された。
そうか、そうなのか、そうだったのか。
龍神様の選んだ戦士、そういうノもあるのか!!
巨大ロボットが大好きな元女子高生は浪漫回路をフル回転させたために立ち上がった。
高さの関係で、妹紅の眼前に髪と同じ色の茂みに咲く可憐な花びらが、それはもうくっきりと。
「そんなモン見せつけて、ナニが狙いだ」
「フォオー! 私の次の相手はマジンガー? ゲッター? それともガンダム!? あぁん、期待で胸がふくらむぅ~!!」
「目の前に晒した状態で腰をくねらせるとか、どう考えても変態だろう」
※早苗さんが見せつけているモノは作者に書く気が満々でマンマンでもカットされます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それでは第二回戦じゃ!」
龍神様が宣言し歓声が上げる。
妹紅は、友達の火の鳥を連れて最前列まで来てくれていた。ミスティアは相変わらず龍神のお爺ちゃんと一緒で、紫はフェンリル狼の頭の上に寝そべっている。さらに、早苗達がお風呂に入っている間に新たに来たらしい客の姿もあった。
紫達の代わりに、ヘルの隣に座りヨルムンガンドを膝に乗せているのは鬼の伊吹萃香で、酒瓶を片手にケラケラと笑っている。フェンリルの腰の上に座っているのは亡霊の西行寺幽々子で、笑顔でミスティアに手を振っているが、そっぽを向かれている。あまり仲はよろしくないようだ。お供の妖夢の姿は見えない。VIPのみが入場を許されるため、かつて挑戦者としてこの場に立った妖忌と違い、半人前の妖夢はまだ資格が無いのだ。紫が式の藍を連れていないのも、そういった理由かもしれない。
その後ろの席には、クトゥルフをはじめとする、おぞましき姿の化物が蠢いていた。その周囲に、薄い膜が虹色に輝いていた。シャボン玉のようなそれは、おそらく精神汚染を防ぐための結界の類だろう。裸踊りを披露したであろうクトゥルフは、元々全裸だったので精神的ダメージは皆無に等しく、早苗の裸踊りを鑑賞するために龍の絵が描かれた旗を振って龍神側を応援していた。エロ触手め。
龍神様と一緒にいるミスティアの隣の席には、リグルとルーミアが並んで座ってアイスキャンディを舐めていた。さらに鳥繋がりなのか、地霊殿のお空がソフトクリームを舐めている。VIP認定ではなく、単にミスティアのお友達だから特別に許可されたのだろう。妹紅や早苗のように。
知り合いの天狗でもいないかなと探したが、天狗は一人もいなかった。というか妖怪の山関係者の姿は皆無。単にたまたま来ていないだけか、妖怪の山は雀のお宿と関係が良好ではないのか。今は憶測しかできない。
しかし面子を見るに、格という意味では神奈子様と諏訪子様なら十分であるはずだと早苗は思った。だとすれば、早苗が無事に生還し、お宿の存在をお二人に報告すれば、遠からずお宿の客として選ばれる日が来るかもしれない。
そうすれば、早苗だって、ミスティアの友達(じゃないんだけどそういう事になってる)という理由ではなく、VIPとしての待遇を受けてあの席に座る事ができるかもしれないのだ。
だから! 絶対に生還してみせると早苗は誓った。
そして! 裸踊りも絶対にしないと早苗は誓った。裸踊りなんかしたお宿に、客として再び来るなんて無理。
しかし! 勝つのが困難な相手といえどもマジンガーやらゲッターやらガンダムやらが出てくる事を期待している。
(まあ、常識的に考えてカイザーやエンペラーやターンAなんて面子が出てくるとは思えませんし……なんとかなるはずです。という思考は、逆にフラグ成立でしょうかね)
そこで早苗は思考を断った。フラグが成立したという考えに至る、それはフラグが折れるフラグが成立したようなものだ。だからそれ以上考えては、さらにそのフラグが折れてしまいかねない。
今、フラグは折れるか立つか、微妙な均衡の上にあった。
後は吉と出るか凶と出るか、答えを待つのみ。
龍神様が高々に、次の対戦相手を呼びよせる。
「いでよ、斉天大聖……」
門が、ゆっくりと開き始める。
視線はそらさなかったが、早苗は緊張から石斧を握る手を汗ばませてしまう。
「斉天大聖? それは西遊記で有名な……あの……」
早苗の想像通りの名が叫ばれる。
「斉天大聖、孫悟空ゥゥッ!!」
その高名はさすがのもので、歓声がわっと上がった。
「ま、まさかそんな大妖怪まで幻想郷にやって来ていたとは……巨大ロボでないのは残念ですが、相手にとって不足無しです!」
いずこかから銅鑼の音が響き、門が完全に開かれた。
クトゥルフ神話の次は西遊記。
神話や伝承などで超有名人がこれでもかというほど出てくるとは。
さすがは幻想郷、さすがは雀のお宿、なんと奥の深い。その深淵に触れている観客席のVIP達に比べれば、やはり守矢はまだまだ無知な新参者。
だからこそ、これは逆に守矢の名を轟かせるチャンスであるとも考える。
(西遊記なら読んだ事はあります。孫悟空はデタラメな強さではありますが、東洋の妖術が相手なら近しい土俵。仮にも神である私ならば、勝機を掴めるはずッ)
開かれた門、その暗闇から現れる、龍神に選ばれし二人目の戦士。
ツンツンとした黒髪。
鍛え抜かれた筋肉に、山吹色の道着。
そして愛嬌のある笑顔で彼は声をかけてきた。
「オッス、オラ悟空。いっちょやってみっか!」
「悟空違いだー!!」
闘技場全体に轟くような大声を張り上げる早苗さん。
本家本物よりもある意味有名で、本家本元よりも圧倒的インフレをしている宇宙最強の男が相手なのだ。
そりゃ、叫ぶさ。絶望するさ。あきらめるさ。
「なんだ、試合って女の子となのか……」
「あ、ああ~……いったいどうすれば~……」
完全にうろたえている早苗。
どうやって勝てというのだ。というか、勝っていいのか。二次創作とはいえ、こんな格上の人気者に勝ってしまったら批判殺到間違いなし。こういうのは、戦いの最中に真の敵が現れて共闘するみたいなオチじゃないと許されない。
もしエヴァンゲリオンがマジンガーZを倒したら大ひんしゅくを買うだろう。
もしアクエリオンやグレンラガンがゲッターロボを倒したら大ひんしゅくを買うだろう。
もしνガンダムや∀が1stガンダムを倒したら……いやこれはOKかもしれないので、もしバーニィやコウやシローやヒイロやガロードやキラやシンや刹那がMS戦でアムロを倒したら大ひんしゅくを買うだろう。ドモン? あいつはGFだから論外。
作品やキャラクターの人気、系譜、格、功績などが許さないのだ。
と、早苗は考える。
故にこの状況を打破すべく、試合相手と共闘して倒すべき邪悪を求めて叫んだ。
「お願い出てきて黒幕様!」
「黒幕ってお爺ちゃん?」
「お爺ちゃんじゃよー」
早苗さんの悲痛な願いは、観客席で和気藹々としているミスティア達によって否定された。
「落ち着け早苗ー! 相手が何者かは知らないが、落ち着いて自分が成すべき事を考えろ!」
「ハッ、妹紅さん! そうです、こういう時こそ冷静に……うおぉぉお!!」
次の瞬間、本当に冷静に考えたのかと疑う勢いで悟空に突っ込んでいく早苗。
まだ試合開始の合図はされていない、ここで攻撃を仕掛けては早苗の失格負けになりかねない。
悟空という男は攻撃を避けようとせず、じっと突っ立ったままだった。
そんな彼に、早苗は全身全霊で申し出る。
「この色紙に是非サインをー!!」
観客席の全員がズッコケた。
悟空はきょとんとして白い色紙を見つめている。
「サインってなんだ?」
「この紙に、悟空さんの名前を書いて欲しいんです」
「それくらい別にいいけど」
さらさらさら、と、早苗から借りたマジックペンで孫悟空と書いていく。一般的なサインと違い文字は崩れていなかったが、字が綺麗という訳でもない。それでも早苗は大喜びだ。
「わぁ、わぁ、ありがとうございます!」
「そんなに嬉しいもんなのか?」
「はい! あ、ここの隙間に"早苗ちゃんへ"って書いてください」
「サナエってどう書くんだ?」
「カタカナでいいです」
「ほれ、書けたぞ」
「ヒャッホウ! 帰ったら神奈子様達に自慢しよーっと! どうもありがとうございました」
深々とお礼をして、早苗は闘技場を去ろうとし、慌てて妹紅に呼び止められた。
「馬鹿! 試合放棄したら裸踊りだぞ!」
「……ハッ! 素で忘れるところでした」
胸にサイン色紙を抱いたまま、早苗は最前席の妹紅へと走りよった。
「これ、預かっててもらえます?」
「ああ……あいつ、そんな有名人なのか?」
「有名ですよー。彼を知らない日本人は皆無に等しいくらいに」
「西遊記の孫悟空とは違うように見えるけどなぁ……岩猿じゃなく人間に見えるし」
釈然としない妹紅を置いて、早苗は闘技場の中央へと戻ろうとし、足を止めた。
改めて考えてみよう。
早苗は今から、孫悟空と戦うのだ。
どちらかが死ぬまで続くデスゲーム。
降参は認められているが、裸踊りという罰ゲーム。
とすれば、早苗にとって理想的な終結は、悟空の降参? はっきり言って、闘争で勝てる道理など皆無であった。
いや、しかし、可能性が完全に断たれた訳ではない。ひとつ確認をしなければならない、重要な確認を。
「あ、あのー……悟空さん、試合の前にお訊ねしたい事が……」
「なんだ?」
「一番最近戦った、とびっきり強くて悪い奴って誰ですか?」
「魔人ブウって奴だ」
「そのブウさんは今どうしてますか?」
「サタンの家で……ととっ、地球のみんなから分けてもらった元気でやっつけたぞ」
この話から推測するに――ブウ編直後の、まだ魔人ブウの記憶を消していない時期の孫悟空!!
つまり。
絶――対――無――理。
マジュニア編やサイヤ人編なら、まだなんとかなったかもしれないと現実逃避もできたかもしれない。
しかし超サイヤ人3になってバリバリに戦える悟空なんて、どうすれば勝てるというのだ。星を破壊して逃げるくらいしないと無理なんじゃないか。あ、でも瞬間移動されたら駄目か。ていうか惑星破壊攻撃なんてできません。悟空なら余裕でできます。まず、しませんけど。
「なあ神龍。このサナエって奴、試合したくねぇみたいだぞ」
(悟空さん、それは神龍じゃなくセクハラ大好きな龍神様です)
「それにさぁ、そんな強そうにも見えねぇし」
(サイバイマンにさえ勝てる気しませんから)
どこか達観してしまった早苗を気にもかけず、龍神は冷たく言い放つ。
「これは神聖な試合じゃ、やってもらわねば困るし、試合が終わらねばお主は帰れんぞ。だが、まあ、お前さんはデスゲームなんぞ認めんじゃろうし、今回は特別に気絶しても負けとしよう」
「そっか、サンキューな神龍」
「その代わり、気絶負けも降参負け同様、裸踊りをしてもらうぞ」
その場に崩れ落ちる早苗。
ああ、決まってしまった。運命って残酷、確実な裸踊りという未来が早苗を待っている。
「それでは試合開始じゃ!」
龍神様の宣言により、悟空は自然体の姿勢を取った。恐らく、弱々しい早苗を気絶させるための手加減を調節しているのだろう。
「神龍の話じゃ、ここの連中はダンマクっていう気功波が得意なんだろ?」
「え、ええ……得意ですけど……確かに気功波っぽいですけど、その、あまり威力は無いですよ? 弾数はありますけど、美しさを競い合うものなので……」
「せっかく試合するんだし、やってみようぜ」
「で、では……いきます!」
覚悟を決めた早苗。
渾身の神通力によってスペルカード宣言!
「神徳、五穀豊穣ライスシャワー!」
掲げたスペルカードから広がる白色の弾幕。
「の! 変形ヴァージョン!」
それが悟空の前方に集まり固まっていく。
「神徳、五穀豊穣ライスボール!!」
Q.ライスボールとはなんぞや?
A.おにぎりの事を英語でそう言うの。
「悟空さん、試合の前に一食いかがですか? 早苗特製のおにぎりですよー」
「いいのか? サンキュー!」
大喜びでライスボールに飛びつく悟空。大口を開けて、パックン。
ピチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュチュ!
口の中で物凄い音がしたかと思うや、煙を吐き出しながら倒れる悟空。
「ぐ、ぐぎぎ、ぎぎ……」
「ふ、ふふ……いかにサイヤ人といえど、弾幕を無防備に食べれば……それに、ギャグなら、ギャグ補正で勝つのなら許容されるはず……赤カブトがアラレちゃんと遊んでしまうように……エシディシが太陽拳で即死するように……第二試合ッ、完ッ」
「イチチ……見かけによらずズリい奴だなー」
「終わったのは私だったというオチ」
口を押さえながら悟空が立ち上がるのを見て、早苗は絶望に打ちひしがれた。この奇襲トラップが失敗した今、もう成す術は無い。ああ、裸踊りか。ああ、裸踊りか。ああ、裸踊りか。悲しくって涙が出ちゃう、女の子だもの。
「こーなったらもーヤケです! 全力で秘術、一子相伝の弾幕!」
「おっと」
避けられた。
「奇跡、客星の明るすぎる夜!」
「数だけならベジータの技以上だなー」
手で弾き飛ばされた。
「開海、モーゼの奇跡!」
「はっ!」
気合だけでかき消された。
「準備、サモンタケミナカタ!」
「むんっ」
余裕で受け切られた。
「大奇跡、八坂の神風!」
「波っ!」
撃ち返されて弾幕が消滅した。
「結構面白かったけどさぁ、そんな攻撃じゃオラは倒せねぇぞ」
「そうですね、降参するしかないですね。では、裸踊りをした後、悟空さんのせいで大勢の観客の前で裸踊りさせられたってチチさんに報告しますね。お父さんがそんな破廉恥な事をしたと知ったら、悟飯さんも怒るでしょうね。悟天君も失望するでしょうね」
「イッ!?」
初対面の早苗に家族構成が知られている点よりも、彼女が行おうとしている事の方が悟空を仰天させた。
宇宙最強の男といえど弱点はあるのだ。
「ちょ、ちょっとタンマ! そりゃズリいぞ、勘弁してくれよ」
「だって仕方ないじゃないですか。悟空さんが降参してくれない限り、私は全裸になるしかないんです。未婚の女性が人前で裸体を晒すなど、幻想郷の常識では考えられません。そうなったらもー、私は裸を見られた人のお嫁さんになるしかありません。それがどんなに薄汚れた小悪党であろうと。悟空さんはいいですよね、結婚の約束をしたのがチチさんで。私はどこの誰とも知らぬ男のお嫁さんにならなきゃいけないんです。ああー、悟空さんに負けて裸踊りなんかしなくちゃいけないばっかりに~」
「……こりゃ参ったなぁ……神龍、わりぃけどオラ降参する」
頭をかきながら、悟空は龍神にみずからの敗北を告げた。
「むうう、釈然とせん結末だが、降参する権利はお前さんのもんじゃ。好きにするといい。じゃが裸踊りはしてもらうぞ」
「ちょーっと待ったぁ!」
勝利が決まるや突然偉そうな態度になる早苗。ビシッと龍神様を制止する。
「仮にも国民的英雄、いえ、世界的英雄に裸踊りなどさせては、全宇宙に申し訳が立たないのではありませんか!?」
「そう言われてものー、伝統あるルールだしのー」
「悪法は淘汰されるべきです。これを機に罰ゲームの裸踊りを無しという事にしませんか」
「そう言われてものー、老後の楽しみ……いやいや、伝統あるルールだしのー」
「それにどうせ悟空さんに罰ゲームをしてもらうなら、裸踊りなんかよりもっとずっと面白いものを見せてもらいたいじゃないですか。そう、超サイヤ人を1、2、3の順番に見せてもらうのです!」
超サイヤ人ってなんだ? そんな疑問ムードが会場に漂ったが、悟空も「オラもその方が助かる」と言い、妹紅も口利きをしてくれたためにミスティアまで「裸踊りなんか見たくない」と言い出したので、龍神様は渋々承諾した。
「よーし、それじゃ見せてやっか。これが超サイヤ人だ、はぁぁぁっ!」
※皆様は悟空の超サイヤ人変身を漫画でアニメでゲームで飽きるほど見ていると思うのでカットします。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フフフ。三人目まで到達するとは、魂魄妖忌以来じゃのー」
孫悟空が帰った後、龍神様は嬉しそうに微笑んだ。
そのかたわらではミスティアとその友人達が、超サイヤ人の迫力について熱心に語り合っていた。私達もあんな変身をしてみたいねーとか言って、金髪のルーミアの髪の毛を逆立たせようといじり回している。
クトゥルフ軍団は裸踊りが見れなくなったため非常に残念がっている。
火の鳥軍団は妹紅と一緒に盛り上がり、あの金髪に変身するように妹紅も髪が真っ赤に変身できたら似合うんじゃないかとか相談していた。いっそ髪の毛そのものが炎になるなんてどうだろうとかも言われ、そんな面倒な妖術を開発する気は無いと妹紅はうんざりしながら酒を呑んでいた。悟空のサインはちゃんと預かってくれている。
不穏な空気が流れているのは、八雲紫の席だった。
萃香と幽々子とヘルとヨルムンガンドはのん気に飲食を楽しみ、紫も楽しそうに杯を傾けているが、魔狼フェンリルのみは苛々とした様子だった。
「クトゥルフも、あのゴクウとかいう小僧も、真面目に戦えば凄まじい戦闘力だったろうに、さっきからくだらん決着ばかり……オイ紫、酒が不味くなってきたぞ」
「あらあら、せっかく私がお酌をして上げているのに、贅沢なケダモノねぇ……」
「俺は殺し合いを見に来たんだぞ。妖忌の爺のような、鮮やかな剣術で魔獣妖獣を血祭りに上げるような殺し合いを」
「血祭りに上げられた後、死んでなかったから、魔獣妖獣の裸踊りも楽しめたものねぇ」
「裸踊りはどうでもいい。俺は退屈なんだ、龍神の爺に文句を言ってきてやるッ」
「ほどほどにねー」
車サイズの狼が、唸りながら龍神へと向かっていく。腐っても龍、すぐに怒気に気づくとミスティア達にいい子で待ってるよう言い、蛇腹を宙に浮かせてゆったりと舞う。
「なんじゃい、デカ狼」
「これがあの名高い龍神三本勝負か? 八雲紫、二郎真君、比古清十郎、桃太郎、魅魔、第六天魔王、そして魂魄妖忌などといった強者の試合と、天と地の差があるぞ。いずれも勝敗に関わらず血肉沸き躍る闘争だったわ。だが今回は違う。お前の選んだ戦士どもが情けない負け方をして、恥ずかしくはないのかッ」
「そー言われてものー。クトゥルフちゃんに虫歯があるなんて知らなかったし、悟空ちゃんの展開も予想外だし、ワシも困っとるのよ。この調子じゃ最後の戦士もダメかもしれんのう」
「三人目はどんな輩だ」
「キングマンモー君か、鯉の岩間君に任せようかと思っとるが」
「俺にやらせろ」
「なぬ?」
龍神は双眸を細める。
「俺にやらせろと言ったのだ。キングマンモーは眠り麻痺でハメ殺せるし、岩間は口の中に弾を撃たれたら弱体化してしまう。特殊な能力を持ち弾幕を得意とする人間が相手では、基礎能力で上回っていても相性が悪い。俺がやる」
「ほっほー、これはこれは、北欧神話屈指の魔獣であるお前さんの戦い振りを見られるとは、願ってもない!」
「あんな小娘、ちんけな弾幕ごと喰らい殺してくれるわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
客席で龍神様と巨狼が何事かを話し合っていたかと思うや、突然巨狼が牙を剥いて早苗を睨み、闘技場の中へと跳躍し、その巨体により地響きを起こした。
「俺の名はフェンリル……最後の戦士は俺だ!」
客席にいた狼の大きさは、側にいた紫達と比べてもせいぜい自動車くらいだったはずだ。
しかし今、早苗の前にいるフェンリル狼は、トラックほどの大きさにふくれ上がっている。
「フェンリル……!? 北欧神話に登場し、太陽を喰らうと予言されたあの狼ですか!?」
「ほう、知っているなら話は早い。貴様が太陽以上の力を持っていなければ、俺の牙からは逃れられぬぞ!」
太陽を呑み込む化物。
日本神話で言えば、天照大神をも喰らう実力の持ち主という事になるのか?
それは相性の問題もあるだろうが、最高位の神に匹敵する怪物を相手に、現人神程度がかなうはずもなかった。しかも不運な事に、このフェンリル、弱点らしい弱点が無い。ここにいるという事は最終戦争で死ななかったという事だが、予言によれば顎を引き裂かれた挙句、心臓に剣を突き刺されて死ぬという、ガチンコバトルで敗北している。八坂の風でも果たしてこの魔狼を切り裂けるかどうか。
不安がっている早苗が試合開始の合図を待つ中、妹紅は火の鳥チームを離れ、紫の所へ足を運んでいた。
「なあ、あの狼、お前の友達なんだろ? 早苗を殺さないよう加減しろって言ってやってよ」
「えー? 博麗の巫女ならともかく、守矢の巫女の安否を気遣う理由はありませんわ」
「早苗は霊夢とも仲いいだろ。見殺しにしたなんて知られたら、どうなるかな」
「神聖な龍神三本勝負での結果なのだから、私の責任にはなりませんもの。無謀にも挑戦した現人神が悪い」
「早苗は石斧でツッコミを入れただけで、挑戦する気は無かったの」
「死にたくなければ降参すればいいだけでしょう。裸踊りも却下されたのだし」
「あの狼さん、降参を認めてくれるほど紳士的には見えないけど」
「そうね、降参した瞬間、頭からかじられちゃうわね」
「だったらなんとかしろよスキマババア」
「惨殺されてもすぐ蘇生するよう龍神様に頼めばいいじゃない。それくらいの神通力はお持ちでしょう?」
「爺さん、人の生き死にに直接手を出すの嫌いなんだよ。ゴッキーエンペラーが死んだ時、リグルが土下座して生き返らせてくれるよう頼んだけど、それは自然の摂理に逆らうとかどうとか」
「単にゴキブリが嫌いだっただけじゃないの? 妖怪の賢者の中でも一番の嫌われ者だったし」
「そうかもしんないけど、ゴッキーエンペラーはミスティアとも仲がよかったんだ。ミスティアも泣いて頼み込んだんだ。それでも爺さんは」
「そうこう言ってるうちに始まってしまうわよ」
舌打ちをしながら妹紅は、闘技場で向かい合う早苗と狼を見た。
狼の肉体は、いつの間にか博麗神社よりも大きくなっていた。それをおさめるために、闘技場の空間も広がっている。圧倒的巨体を前に、早苗は後ずさりをしていた。
「それでは第三試合、開始じゃ!」
龍神様が惨殺ショーの開始を告げる。いざという時は乱入しようと決め、妹紅は最前列まで疾走した。身を乗り出し食い入るように早苗を見守った。
「ウォオオオオオンッ!!」
フェンリルの咆哮がお宿全体を揺るがす。
フェンリル――地を揺らす者。その名に偽り無し。
「くっ……」
石斧を盾にするように構えて、早苗は後ずさりだ。後ずさりしかできない。
神格の低い早苗にとって、異なる神話とはいえ主神を喰らうと予言された化物から放たれるプレッシャーは重苦しく、精神のあちこちが悲鳴を上げてしまう。
それは観客席の妖怪達をも震え上がらせ、二つの反応を取らせた。
紫や萃香は喜悦に震えた。あれほどの魔性、なかなかお目にかかれるものではない。
ミスティア達は恐怖に震えた。あれほどの魔性、どれほどの惨劇をもたらすか想像できない。
「ミスティア! 早苗さん危ないんじゃないの!?」
「止めた方がいいのかー」
「相手は太陽を食べちゃうんでしょ!? 核の炎も食べちゃうのかなぁ」
リグル、ルーミア、お空が身をよせ合う。
しかしここで、ミスティアは致命的な勘違いをしていた。龍神三本勝負を見たのも、すでに不老不死と知っていた妹紅が挑んだ一回こっきりであるために。
「だ、大丈夫だよ。お爺ちゃんがそんな酷い事を許す訳がないもの」
ミスティアの前ではいつでもオチャラケお爺ちゃん。
龍神としての厳しさや恐ろしさを、なにひとつ理解していなかった。
生と死に対する考え方の違いに、気づけなかった。
「貴様も神の端くれなら、天と地もろともこの俺を砕いてみせろ!」
巨岩のような前足が、大戦斧のような爪とともに早苗に向かって振り下ろされる。
地面が、爆砕した。
怖気づいて後ずさりしていなければ、呆気なく肉塊に変えられていただろうと確信する。
巻き起こる砂埃が、紅蓮色へと姿を変えた。フェンリルの黒光りする鼻から、火の息が火炎放射のように放たれたのだ。妹紅の炎のスペルと違い、殺傷を目的とした高熱の嵐。現人神といえど人間の肉体では一瞬で灰となる運命にあった。
だが。
「開海、海が割れる日の変形……」
両腕をクロスさせた早苗が、迫りくる猛火を引き裂くように、両腕を大きく広げた。
「開炎、炎が割れる日!!」
スペルカード宣言!
その名に偽り無く、フェンリルの火炎息は早苗を避けるように左右へと割れた。
早苗の大健闘にワッと歓声が上がる。妹紅の友人である火の鳥チームは頭から酒をかぶってさらに炎上するほどの喜びっぷりだ。だが乱入を考えている妹紅は、鋭い眼差しでフェンリルの動向をうかがっている。
「早苗! たかが鼻息を防いだ程度だ、奴の力はこんなもんじゃないぞ。油断するな!」
「解ってますよ! 続けて行きます。秘法、九字刺し! 」
無防備になったフェンリルの体躯に、早苗渾身の弾幕が撃ち込まれている。美しさよりも、威力を高めて放ったにも関わらず、弾幕はフェンリルの毛皮に埋もれて消えた。
「フンッ、なにかしたか」
残忍そうに唇の端を上げて笑い、巨躯を前進させる魔獣。
「その程度ならお前は俺の餌だ。降参は許さんぞ、龍神の取り決めなど知った事ではない」
「うう、せめてグングニルとかレーヴァテインとかミョルニルとか勝手に巨人を倒す剣とか、グレイプニルとかー! そういった武器や道具があればまだなんとかなるかもしれないのにー!!」
「さあ、その石斧で俺の頭を叩き割ってみせろ! それができなければ、お前は餌だ! 糞になって死ね!」
「破れかぶれだー! 奇跡、ミラクルフルーツ!」
「グハハハハ、先にデザートをご馳走してくれるのか?」
笑いながらフェンリルは大顎を開いた。家屋でも一口で呑み込むような肉色の大穴に、早苗のスペルが吸い込まれていく。太陽すら喰らう魔獣なのだ、弾幕程度を喰らうなど造作も無い。
金属がぶつかり合うような轟音を立てて口を閉じるフェンリル。破壊の威力を持ったミラクルフルーツを噛み砕き、唇の端をますます釣り上げる。
「くっくっくっ……なかなか美味ではないか」
「か、勝てる気が……というかむしろ、生き残れる気がしない……」
心が折れる寸前の早苗。
これ以上は、と、妹紅は飛び出そうとした。しかし闘技場を包む結界に弾かれ、尻餅をついてしまう。
「くっ、爺さんの結界じゃないぞ。スキマババアか!」
振り返って睨む妹紅。睨まれてつまらなそうに眉根を寄せる紫。
なんだ、あの表情は。心を曇らせている? さっきまで楽しそうに見ていたはずだ。あまりに圧倒的な力量の差を見て、早苗を不憫に思ってくれているのだろうか。いや、あの婆がそんな優しい奴だとは思えない。妹紅は紫という妖怪を信用していない。しかしなにか、考えを改めているのは確かなはず。吉か凶かは解らないが。
「どうした、かかってこんのか!」
巨狼の怒声が大気を震わす。
本能による後ずさりの後、早苗は無駄と知りながらも石斧を構えた。こうなったら意地を見せ、立派な最期だったと神奈子様と諏訪子様に伝えてもらうか。奴の口に飛び込んで、当分餌を喰えぬよう、舌でも切り裂いてしまうか。
ともかく、なにをやるにしても、命を代償とするしかない。
「ほう、向かってくるか。いいぞ、俺にとって勇敢な勇者も無謀な愚者も同一だ。さあ! 命が惜しくば今一度、ミラクルフルーツとやらを放ってくるがいい!」
「……!」
早苗は息を呑んだ。
今のフェンリル狼の言葉に、違和感があった。
勇者も愚者も同一。それはどうせ死ぬのだから、かかってくる点が同じというような意味合いだろう。
だが命が惜しくばとはどういう事か。命を惜しめというのか? 勇敢な勇者に、無謀な愚者に、それを求めるのは奇妙だ。とすれば、彼が口にした早苗のスペルカード名にも裏の意味がある?
牙を剥いたフェンリルの唇からは、涎がダラダラと流れ落ちていた。
まさか。いや、まさかね。
ありえない想像を、早苗は言葉にする。
「……もしかして、さっきの弾幕、もう一度食べたいんですか?」
「ギクッ」
……あれー? 殺伐とした空気が急速になごみ始めるのを感じた。
一本目、二本目とギャグのようなオチだったから、三度目の正直というシリアスバトルだと思ってたら、二度ある事は三度あったというオチなのか。
「もし降参してくださるなら、一度と言わず、何度でもご馳走しますよ? ミラクルフルーツ」
「マジで!? 降参するわ!」
そこには太陽や主神を喰らうと予言された邪悪な巨狼ではなく、餌を前に尻尾を振って大喜びするただの犬がいたそうな。龍神三本勝負、完。
※降参時の罰ゲームは廃止されているためフェンリルの裸踊りは書きたいけど我慢します。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「酷いオチだった」
「ホントにねぇ」
うなだれる妹紅のかたわらに、いつの間にか紫がいた。先程のつまらなそうな表情は、この展開を読んでしまったからなのだろう。
「肉食系男子のフェンリルを、まさかスイーツで落とすだなんて」
「まあ、無事終わってよかったよ。三本勝負の後は、アレがあるだけだろ?」
「ええ、アレがあるだけね」
二人は微笑を交わし、自動車サイズまで縮んだフェンリルが、ミラクルフルーツの弾幕を口の中にしこたま撃ち込んでもらっているという平和っぽい光景を見つめた。
さて、二人が言うアレとはなにか?
「よくぞ龍神三本勝負を勝ち抜いた! 褒美にどんな願いでもワシに不都合が無く、尚且つ可能な限りひとつだけ叶えてやろう!」
龍神というより、セコい神龍である。
「え、ホントに?」
闘技場でフェンリルのふかふか毛皮を撫でていた早苗は、驚きの眼差しを龍神様に向けた。龍神様は観客席から降りてきて、早苗とフェンリルの前にその巨大な首を持ってくる。殺る気満々で三人目の戦士に立候補しながら餌に釣られたていたらくのフェンリルは、気まずそうにそっぽを向いた。一方早苗はまさかのサプライズに戸惑っている。
「本当にどんな願いでも?」
「うむ。ワシが損せず、さらに可能な限り、という条件を守っておればな」
早苗の脳裏をよぎったのはダイヤモンドだ。断らなきゃよかった、もらっておけばよかった。その思いは今も心に根づいている。だって女の子にとってジュエリーは特別なんですもの!
だがしかし! どんな願いでもと龍神様は仰っている、ならばもっともっと素敵に愉快な願い事も実現可能!?
「ち、ちなみに他の挑戦者の方はどんな願いをかなえたのですか?」
「うむ、覚えておる限りでは……八雲紫には博麗の巫女の腋の汗を、ヤムチャという武闘家は彼女が欲しがっているというネックレスを、勇者ロトはエッチな本を、光の戦士とやらはクラスチェンジさせてやり、聖剣の使い手トトには本物のキスティス・トゥリープに会わせてやり、魂魄妖忌には退職届を受理させてやり隠居させてやった」
「微妙な願いばかり!?」
これは期待できそうにない、と、早苗はしょんぼりしてしまった。
しかも紫のかなえた願い、これは霊夢にチクるべきだろう。
もう深く考えずダイヤモンドを要求しちゃえばいいかもしれない。
けれどと早苗は思い直す。
温泉で教えてもらった、妹紅の龍神三本勝負……そうだ……この願いなら、かなえてもらえるかもしれない。
「さあ願いを言え! どんな願いでも、ワシに不都合が無く、そして可能だった場合に限り、ひとつだけかなえてやろう!! どんな願いでもだぁぁぁっ!!」
早苗は叫んだ。
「スーパーロボットを操縦させておくれー!!」
「オッケー」
かなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミスティアと妹紅の後日談。
「口ではなんだかんだ言って、結局爺さん大好きなのな」
「そ、そんな事ないよ~」
雀のお宿の一室にて、のどかなティータイムをすごす二人。かつて妹紅が居候していた部屋であり、今でも彼女が改築した通り質素な造りではあったが、畳は青々と真新しく、座布団もお尻が沈むほどふかふかだった。掛け軸には妹紅みずからが筆を取った『輝夜のアホンダラ』の文字が躍っている。
中央の卓にはミスティアお手製のクッキーがあった。
「でもな、気をつけろよ。爺さんはド助平だからな、ミスティアもそろそろいい年頃だし、セクハラチャンスを狙ってるぞ。胸や尻を触ろうとしてきたり、一緒にお風呂に入ろうとしたら、遠慮なく爪で鱗を剥いでやれ。弱点の逆鱗が狙い目だ」
「お、お爺ちゃんにそんな事できないよ~」
「大丈夫だ、それはそれであの爺さん喜ぶから」
「そうなの? じゃあやろうかな」
「その意気その意気」
妹紅がニッと笑うと、廊下をドタバタと走る音が近づいてきて、襖が壊す勢いで開かれた。
「みすちー! 温泉行こう、温泉!」
やって来たのはリグル達だ。高級旅館の探検が一段落したのだろう。
ミスティアは食べかけのクッキーを口に放り込んで立ち上がった。
「行く行くー。妹紅はどうする?」
「あー、私はまだいいや。みんなで入っといで」
こうしてミスティア、リグル、ルーミア、お空が温泉に向かって廊下を走って行こうとする中、後ろからこっそりと天井スレスレを飛んで追跡していた縮小化龍神様は、妹紅の部屋から放たれた烈火により、火達磨になって廊下に転がった。
「ぎゃあああっ! 熱いぃぃぃ!!」
「爺さん、ミスティアには手出しするなって言ったばかりだろ」
「だってだって、ミスティアだけじゃなく、あんな可愛い女の子達がIPPAI OPPAIなのじゃぞ!? ロリのルーミアちゃん、ボーイッシュなリグルちゃん、ボインなお空ちゃん! そして我が愛しのみすちー! みんなみんな可愛すぎて一緒にお風呂に入るしかないじゃろう!?」
「やれやれ。反省の色無しか。だったら仕方ない、ミスティア達が風呂から出るまでの間、私と遊ぼうじゃないか」
クッキーをかじったまま廊下に出る妹紅。
火を消して首を妹紅と同じ高さまで持ち上げる龍神様。
「よかろう、幻想郷最高神の力、今こそ見せよう……すべてはみすちー達と一緒にお風呂に入るために!」
「龍神様の正体がこんな助平爺だと知られる訳にはいかん、龍神でも滅ぼせぬ蓬莱人の力を叩き込んでやろう!」
廊下を蹴って跳び上がる妹紅、宙に浮かび肉体を巨大化させる龍神様。
妹紅は強烈なオーラを全身から放ち、龍神様にぶつけようとする!
龍神様は空気とともにすべてを切り裂き、妹紅をも切断しようとする!
「朱雀飛天の舞ッ!」
「青竜殺陣拳ッ!」
※雀のお宿ではあまりにもありふれ、住人からも呆れ果てられた光景なので、妹紅vs龍神様による驚天動地の超激戦はカットします。ついでに四人分も裸描写をするのは大変面倒なのでミスティア達の温泉シーンもカットします。そろそろ暑くなってきたし髪が伸びたので近々カットしようと思います。それと紫は早苗の告げ口により霊夢の手で物理的にカットされました。えーっとそれからドラゴンボール改は教習所の話をカットするべきではないと思います。カットマンの存在価値ってエレキマンの弱点武器を持ってる事だけだよね。それと今回の※マークの後の文章は長すぎるので50kbほどカットしてありま、嘘でカット。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
東風谷早苗の後日談。
「うふふ、ふふ、うふふふふ……」
守矢神社の縁側にて座布団を枕に昼寝をしている早苗は、不気味な笑顔を浮かべていた。最高に素敵なスーパーロボットを操縦した体験を、早苗は夢の中で何度も繰り返していた。ああ、あの至福のひととき! たまらない!
操縦させておくれ、ではなく、スーパーロボットおくれ、と頼むべきだったという後悔もあった。けれど悔やむより、あの素晴らしき体験を何度も何度も思い返し堪能する方がずっと有益であるはずだ。
「神奈子ー。また早苗が寝ながら笑ってる」
「孫悟空のサインなんてインチキを持ち帰ってきてから、ずーっとこうだ。いったいなにがあったのかねぇ……」
そんな早苗を不審がっている二神、神奈子と諏訪子は気味悪がりながらも深く心配していた。
なにがあったのか?
それはもちろん質問したのだが、早苗は頑として語らなかった。雀のお宿の一件は絶対に秘密にするようにと龍神様に念を押されており、この約束を守らねばスーパーロボットの願いもかなえてやらんぞと言われたからだ。でも紫の不埒な願い事の件はちゃっかりチクっておいた。雀のお宿や龍神様の存在は教えてないから大丈夫なのさ! だがスーパーロボットの一件を話せば、さすがにどうしてそんなものを操縦できたのかも説明せねばならない。だから内緒。乙女の秘密。
そんな乙女に忍び寄る影。
「ここか……守矢神社とかいうのは」
凶兆の気が嵐となって守矢神社の鳥居をくぐり、手水舎の水がこぼれるほどの地響きが起こる。
あまりに大きな魔性の侵入に気づいた二神は、神風をまとって社殿の前に降臨する。
「畜生風情が、神聖な境内で邪気を撒き散らすんじゃないよ」
宙にあぐらをかいて挑発の笑みを浮かべる神奈子と、蛙のような姿勢で地面に座り子供のような笑顔を浮かべる諏訪子。向かい合うは、灰色の毛並みの魔獣と、それにまたがる謎の少女、それに巻きついている蛇。
「神を畏れぬ不届きな輩は、お帰り願おうか」
「ククク……神のなにを畏れよというのだ」
残忍な笑みで返す獣。獲物を前にした瞳は爛々と輝き、不吉な気配で神社を満たしている。
「貴様等に用は無い。東風谷早苗を出せ! 俺の腹を満たす相手はすでに決まっておるのだ!!」
「うちの大事な早苗に手を出そうとは、余程の命知らずと見える。押し通れ、八つ裂きになる覚悟があれば!!」
風雲急を告げる守矢神社!
神々と魔獣による驚天動地の大戦争の幕が今、切って落とされた!!
「んふー、今日もいい夢を見れました」
陽射しを浴びながらうんと背伸びをすると、お腹が可愛らしい鳴き声を上げた。早苗は部屋の中の時計を見、今が午後の三時すなわちスイーツタイムだと悟る。今日はなにを食べようか。ケーキ? シュークリーム? それともフルーツ?
浮かれ気分で台所に行き、河童に引いてもらった電気のおかげで幻想郷でも現役の冷蔵庫を開ける。さあ、切り分けた最後のメロンがここに無い!
「……あれ?」
サランラップをかけて、しっかりとしまっておいたメロンがここに無い!
「……あれー?」
くまなく冷蔵庫の中を探す早苗。しかし無い、無い、どこにも無い。
「諏訪子様が食べちゃったのかなぁ」
とりあえず居間へ向かい、襖を開けようとすると、中から電子音がした。諏訪子がいるのは間違いないだろう。最近はテレビゲームにハマっていて、いよいよ終盤の攻略に差し掛かったと自慢していた。
襖を開ける。
予想通り、諏訪子がテレビゲームをしており、予想外にも、隣には。
「フェンリルナイトに決まってるだろ。高い攻撃力、ダウン魔法の全体化と実に有能だ」
「リースは金髪が一番似合うの! だから光ならスターランサー、闇ならドラゴンマスターじゃないとダメ!」
「確かにグラフィックは重要だ。しかしフェンリルナイトのグラフィックの完成度を考えてみるがいい、ステータス画面を開くたびに感激するぞ」
「髪の色にはこだわりたいの!」
「そう言うくせに、パラディンではなくロードにクラスチェンジしたではないか! 髪の色はパラディンの方が初期クラスに忠実だぞ!」
「だってロードの鎧って金色なんだもん、黄金の騎士の息子としてこれ以上相応しいクラスはないでしょ? それにパラディンのステータス画面って最悪じゃない、なによあの盾」
「その点は俺も同意する。回復魔法全体化のあるロードの方が持久力が高いし、攻撃力も高く、パーティーのバランスがよくなるからな」
「そうよね、全体攻撃ならレインボーダストがあるし……あ、早苗おはよー」
「む、早苗か。邪魔してるぞ」
ゲーム画面を見ながら口論していた一人と一匹がこちらを向く。
一人は当然、諏訪子である。
もう一匹は、大型犬サイズに縮小した魔獣、フェンリル狼であった。しかもその手前には、ゲームのコントローラーが置かれている。2Pをやっているというのか、ニクキュウの前足で。
「もー、フェン君達とお友達になった事くらい、前もって話しといてよ。もう少しで妖怪の山が壊れる規模の殺し合いを始めちゃうところだったじゃない」
「諏訪子よ、早苗を責めてやるな。俺達がいかにして出会ったかは、いかに身内といえど明かせるものではないのだ。俺達、早苗達以外の者に迷惑がかかってしまうのでな。詮索は無用だ。ポチッとな」
「あ、あーっ!? なに勝手にフェンリルナイトにしちゃってるのよー!? なんだかんだ言って、自分の名を冠したクラスだから贔屓してるんでしょ!? 信じられない、ドラゴンマスターならヨルム君を召喚できたのにー! それでも長男なの? お兄さんなの!?」
「お前は主人公を操作している、もう一人は後衛キャラだ、ならば俺が操作するのはこの娘! 俺がクラスを選んでなにが悪い! スターランサーで主人公のデータがあるんだから、そっちで金髪を堪能すればいいだろ」
「こーれーはー! 私が外界から持ってきたゲームソフトなの! なんでフェン君の言う通りにプレイしなくちゃ……ああ! セーブするなぁぁぁっ!!」
「ぐわははは、この俺が他者の事をいちいち考えるものか。土着神の頂点とやらも甘いものだ……あ、おい早苗、ミラクルフルーツ喰わせろ! お前が寝てたから、仕方なくメロン如きで我慢してやったんだぞ!」
「ああ~……私のドラゴンマスターがぁ……しくしく」
なに、この、仲良しこよしのお友達ムード。
自分が寝ている間にいったいなにがあったのか。早苗は部屋を飛び出した。
「む、早苗め……ミラクルフルーツを喰わせる約束をすっぽかす気か。まぁいい、後回しだ。さっそくドラゴンズホールに乗り込むぞ。新しい必殺技を堪能するのだ」
「あー、うー、その前に最強装備をそろえないと。開幕分身斬きついし」
「では宿屋に戻ってセーブし直すか。フェンリルナイトの装備を最優先するぞ」
「まずはロードでしょ。一番HPが高いし、全体回復も使えるパーティーの要なんだから」
諏訪子はコントローラーを握りしめたまま、フェンリルのふかふか毛皮に身を沈めた。一人と一匹、今優先すべきは早苗よりゲームの進行であった。
それでいいのかお前等。
「くぅっ! 神話キャラとはいえオリキャラに等しい彼等がやけに出張っていたと思ったら、まさか守矢神社にまでやって来るなんて……! 神奈子様、神奈子様、どちらにいらっしゃいますか!?」
早苗には思う。ただでさえ人里から離れた神社だというのに、妖怪が入り浸っているせいで余計に参拝客が来なくなってしまっている博麗神社の有り様を。
フェンリルが嫌いな訳ではない。
ミラクルフルーツを食べさせる約束は、みずから雀のお宿に赴いて果たすつもりだった。
しかし守矢神社に来られては、守矢神社を気に入られては、守矢神社に居つかれては、博麗神社の二の舞になりかねない! しかも北欧神話で名高い怪物三兄弟なんて、色々ぶっちぎりすぎだ。グングニルやレーヴァテインを使う吸血鬼姉妹に喧嘩を売っていると受け取られてもおかしくない!
と、早苗は思い込んだ。
実際そこまでの大事とは限らないのだが、この一大事を神奈子に報告せねばという使命感に燃えていた。
さて、その神奈子だが。
本殿から気配を感じ飛び込む早苗。
「神奈子様、こちらにおられまし……た……か……」
本殿にて。神聖な本殿にて。
「ああ、この太さといい……硬さといい……艶といい……生命力に満ちた脈動といい……」
神奈子様は御柱やしめ縄を外して、大蛇を身体に巻いてうっとりしていた。
早苗の記憶が確かなら、あれはフェンリルの弟の毒蛇、ヨルムンガンドさんだ。
「出張ってたのはフェンリルさんだけだったから油断したぁぁぁ! 蛇! 蛇だから! 蛇だからー!! ああ、守矢神社も妖怪の巣窟となってしまう~、信仰が離れていく~」
その場にうずくまり、おろろーんと泣く早苗。どんな泣き方だそれ。
「ゲッ、さ、早苗!」
己の巫女に気づいた神奈子は、大慌てで御柱としめ縄を装着し、みずからを象徴する御神体の前に浮かび上がって全身からカリスマオーラを放出した。
「フッ……早苗。北欧神話の魔獣と友好を結ぶとは、たいしたもんじゃないか」
だが手遅れ。
神奈子が装着したと思ったしめ縄は、背中で円を描くそれは、ヨルムンガンドの胴体であった。
日本神話の軍神と北欧神話の世界蛇が合わさり最強に見える。
だが六面ボスが持つと逆にカリスマがブレイクして死ぬ。信仰が。
「ああ~! このままでは日本神話が北欧神話に喰われて、幻想郷での信仰がラグナロク!!」
「早苗、しっかり! 別に喰われてないから! 黄昏てないから!」
すでにお気づきになられた方もいるだろう。
この早苗、いくらなんでも慌てすぎである。
目を覚ましたらフェンリルが諏訪子とテレビゲームを興じていたというのは、そりゃ、驚くだろう。しかしここまでパニックを起こすだろうか? 冷静な判断力を失い、フェンリル達によって守矢神社が黄昏の道をたどると、博麗神社のような末路を向かえると、思い込んでしまうものだろうか?
この圧倒的マイナス思考には、重大な秘密が隠されていた。
そう! 早苗が食べ逃したメロンである!! フェンリルが勝手に食べてしまったメロンである!
スーパーロボットを操縦する夢から戻ってきた早苗の精神スイーツ度は絶頂に近く、肉体スイーツ度とのバランスが崩れていた。メロンを食べて補給すれば精神と肉体のバランスが戻り、安定しただろう。しかし! 精神が絶頂付近、肉体は空腹状態という危うさが、フェンリルとの遭遇で爆発。すぐに冷蔵庫に戻って他のスイーツを補給すればいいものを、パニックに陥ったため冷静な回復行動を取れずここまで暴走してしまっているのだ。
すなわち! 肉体と精神の安定のため、スイーツは欠かせないものなのである。
スイーツこそ人間の肉体と精神を救済する至高の食べ物である事を忘れてはならない。
だがそれを今、忘れているのが東風谷早苗。
「まあまあ。落ち着こうよ、早苗ちゃん」
とてもとてもなごやかな声に語りかけられ、早苗はハッと神奈子の背中を見た。背中の、蛇を。
全然出番が無く、フェンリルのオマケ扱いだった世界蛇ヨルムンガンドがついに、その口を開いたのだ。
「元々、妖怪の山にある神社なんだしさ、僕達がたまに遊びに来たからって、この神社は黄昏たりしないよ。それに、僕は蛇だから、こうして小さな姿でいれば、普通の人間からはそこいらにいるただの蛇と見分けがつかないし、神奈子さんと一緒にいても、神奈子さんが使役する蛇とでもしといてくれればいいよ。神話の時代から疎まれる存在だったから、こうして受け入れ、友達として接してくれる神がいて、兄さんも姉さんも嬉しいんだ。もちろん僕もね。だから仲良くしようよ、早苗ちゃん」
ああ、暴君のような兄フェンリルと違い、意外にも穏やかな気質のヨルムンガンド。お陰様で早苗の曇った眼が晴れてきましたとも。
「すみません、ちょっとスイーツ不足で思考回路がショートしてました……」
「ううん、解ってくれればいいの。姉さんもね、趣味の合う女の子と出会えて喜んでるんだ。仲良くして上げて、身体が半分腐ってるけどさ」
「ヘルさんですね。もちろんです。この東風谷早苗、常識に囚われず日本神話以外とも友好を結びましょう!」
解ってくれてよかった、と胸を撫で下ろしたのは神奈子だった。
諏訪子もフェンリルがお気に入りのようだし、早苗も彼等と仲良くしてくれれば、神奈子も思う存分ヨルムンガンドの蛇皮を堪能できるというものだ。ああ、この艶、冷たい肌触り、たまらんのう、たまらんのう。
「あ、姉さん」
「えっ」
早苗に続いて本殿に入ってきた少女、半身を長い髪や衣服で隠したヘル。
甘い香水の匂いは、腐食した肉体が放つ汚臭を隠すためだろうか。
不安げな表情と儚い瞳で、じっと早苗を見つめている。
半身が腐っているから、仲良くなれるか不安なのかもしれない。
そんな事、気にしなくていいのに。
「怖がる必要ないよ姉さん。神奈子さんも諏訪子さんも、誤解が解けてから姉さんを嫌悪の眼で見たりしなかったじゃないか。早苗ちゃんは兄さんの心を開いた人間だよ、姉さんとも絶対に仲良くなれるよ」
「うむ。婦女子同士、趣味も合えば話も弾むだろう」
ヨルムンガンドと神奈子のお墨付きをもらい、おずおずと前に出るヘルに、早苗はとびっきりの笑顔で歩みより腐っている方の手を迷わず握る。
「あの場所でお目にかかった時は、挨拶を忘れてしまって申し訳ありませんでした。仲良くしましょう、ヘルさん」
「……ありがとう。同じ趣味の人と会えて、嬉しいわ」
微笑むヘル。ああ、三兄弟の中で一人だけ人間の姿だから、親近感も湧きやすいというものだ。
「同じ趣味? えーと、弾幕ごっこですか? それともブログ?」
自分の趣味を楽しそうに告げる早苗、するとヘルは隠し持っていた本を取り出す。酷く薄っぺらく、十数ページほどしかない。あれ、この本、見覚えが……。
ヘルはお日様のようにほがらかな笑顔で言った。
「早苗……これ、あなたの部屋で見つけたの」
表紙を見る。
なんの本か悟り早苗絶叫。
「きゃあああっ! 秘密の本棚に隠しておいたBL同人誌ぃぃぃっ!!」
若さゆえの過ち! 好奇心から買ってしまった、ほんの数冊の、美化された男と男の、美化された愛の営み。キラキラと輝くような、フレッシュで爽やかな、男同士の友情と愛情を描いた漫画。
ちなみにカカ×ベジ。
「うふふ、カップリングの趣味まで同じ仲間に会えるだなんて……」
「婦女子じゃなくて腐女子ー! 腐ってたのは身体じゃなくて心ぉーっ!!」
血涙を流して後悔する、ヘルとの築いたばかりの友情を。
あくまで若さゆえの過ちであったそれを、隠していた真実の性癖だと勘違いした神奈子は気まずそうに本殿を去った。ヨルムンガンドも無言のままくっついていく。
残されたスイーツと腐女子。片方の瞳は、これでもかというほど輝いている。キラキラリンと。
「うふふふふ、夜が更けるまで、そして夜が明けるまで、語り合いましょう」
「イーヤァーッ!!」
雀のお宿。
幻想郷のVIPのみが招待される、龍神様の隠れ家。
そこにはこの世の楽園と、VIP同士の素敵な出会いが待っています。
さあ、今度雀のお宿を訪ねた時、早苗さんはどんなトラブルメーカーと出遭うのかな?
「クートゥルフルフルフ……」(ここが守矢神社か……)
さっそく忍びよる第二の影。
ホントにもう、早苗さんったら人気者で困っちゃうネ。
ミ☆
ミ☆
お し ま い
ミ☆
ミ☆
早苗さんエンヤ婆なのか?
誤字を一ヶ所だけ、
>ワシも駒っとるのよ。
雀のお宿半端ない。
宇宙的英雄のあの人はもちろん、比古!?オイそこ剣心じゃねえのかよ!
そして北欧神話の面々がいい味出してました。自分もフェン君をモフりたい。
ミスティアが実は故郷では凄いお嬢様というギャップを感じられる設定は良かったです。
不死鳥三人組の意表をついてもこたんの次のスペルはベヌウなスペルでコロナブラストww
カオスなのは大好きなので楽しめました
しかしトトまで出っ張ってくるとは…
心配が杞憂でよかったよ~
ほんと読んでて気持ちいいくらいの壊れっぷりでした。
あくまで自分の中での話になるんですが
ちょっとガッカリです
次回作も期待してます
とかのフェンリルの台詞や悟空が出た流れから
三人目がクレイトスさんではないかとヒヤヒヤしたのは俺だけではあるまいw
何はともあれGJ!!
爆笑させてもらったwww
ここまで盛大にオリキャラ出したりクロスさせたりしてるのに、話が崩れていないのはスゲエ。
突っ込み所は山ほどあるけど、とりあえずトトの夢が叶っててなにより。
面白れえwww それだけです
こういうのは自分の HPとかでやりなさいよ。
だいたいギャグは寒いわ東方以外のキャラが多すぎるわ、よくわからないゲームの話とか作者が趣味を語りたいだけだろ。恥を知れ。
カオスで面白かったです。
あとカカベジよりはゴククリ派です
内容が幼稚すぎる
しかしなかなか豪華な顔ぶれをこうやってギャグで仕上げる器量、面白かったです。このメンツで白熱したバトルもいいなぁ。
ですが最後のフェルくんの一戦などのバトルシーンをもうちょい観たかったかも。
ちょっと暴走しすぎでは…?
まあ、楽しめたのは事実ですし次回作にも大いに期待しています。
そしてヘルがまさに身も心も腐っているwwwww
<<66 そこまで罵倒するのはどうかと・・・
好みはあくまで人それぞれですし。
まさに笑いの宝庫!俺が求めていたのはこれだったんだ!
幻想郷は資本主義って感じしないから宝石は確かに価値低そうだなぁ(紅魔館と永遠亭は除く)
オチも笑えたw
東方キャラ以外でもこういうのはいいですねぇ、好きです
腐女子早苗さんはよくも悪くも感性が等身大な感じがしていいですね カカベジ…世のなかには知らない世界がまだまだあるなぁというか知らない方がいい?