依然として肌寒い日が続く5月の半ば、私はルーミアという妖怪少女が実は幻想郷一のグルメであるという噂を耳にした。
かの亡霊姫にも勝る舌の持ち主なんだとか。
「わたしの方が、おいしいもの好きですよ」
よくわからない事を口にするワン公の言葉を無視して、私は突撃取材を試みる事にした。
理由は2つ。
今週の文々。新聞で幻想郷のおいしい食べ物の特集を組む事になったから。
そしてもう一つは、一妖怪に過ぎないルーミアがコメンテーターという意外性で大衆の気を惹けるかもしれないから。
実験的といえば実験的だ。
人間ならまだしも、果たして妖怪に『味』という高尚な文化が理解できているのか疑問だからだ。
ルーミアへの取材をするため、私は人里の上空で寺子屋の授業が終わるのを静かに待っていた。
「あっ、来た来た」
眼下から幼いざわめきが聞こえてきたかと思うと、寺子屋から妖怪やら人間の子供が次々と吐き出された。
色とりどりの頭の中に一際目立つ、金髪のショートヘアに真っ赤なリボン。
目的の姿を発見し、私はそれとの距離を一瞬で詰める。
僅かに悲鳴があがる中、地上へ降り立つと仕事用の愛想笑いを貼り付けた。
「こんにちは。ちょっとよろしいですか?」
金髪の少女は少し戸惑ったように小首を傾げ、それから周りをキョロキョロと見渡した。
「あなたですよ、あなた。ルーミアさんでしょ?」
「わたし?」
ええ、と頷く。
「はじめまして。私は妖怪の山で新聞記者をやっております、射命丸文と申します。
この度は、幻想郷一の美食家と名高いルーミアさんにその貴重なご意見とお時間をいただきたく参上仕りました」
少し礼儀正しすぎたか。もう少し気軽な感じでやった方がよかったかもしれない。
それが証拠に、少女の顔には戸惑いの色とぎこちない笑みが浮かんでいた。
「あの……どういう意味かわからないよ。天狗さん、日本語でおねがいします」
あ、こいつバカか。なーんだ。
騒ぎを聞きつけたのか、ぞろぞろとルーミアの友人と思われる妖怪達が集まってきた。
氷精が目を輝かせて、
「なになにー!? しゅざいなの、ねえ、しゅざいー?」
「ええ。でもあなたにじゃなくて、ルーミアさんへの取材ですよ」
「えー。あたいにもしゅざいしてよー! ほら、ちぇんもいるよ?」
だからどうした、と喉まで出掛かった言葉を飲み込み仕事用スマイル。
面倒な事になってきたので一先ずルーミアだけを連れ出す事にした。
場所はそうだ、誰にも邪魔の入らないあそこにしよう。
…………。
……。
…。
不義密通。禁断の男女愛を育まんとするは人の常。
昼下がり、人里の隅にひっそりと立つ出合茶屋に一人の新聞記者とあどけなさの残る少女達。
「まるで変態じゃないですか私。なんで付いて来た!」
ルーミアだけを連れ出すつもりが、どういうわけかその友人達も付いてきてしまった。
幻想郷最速を誇るこの私についてこれるなんて、こいつら見た目こそ幼いがひょっとしてかなりのツワモノなのかもしれない。
「これは仕事なんですよ? いいですか、ここはお子様の来るような所じゃありません」
「でもルーミアもこどもだよ」
「細かい事は気にしない。いいから帰ってください」
「……大人は卑怯だ」
「そこのGキブリみたいな子。あなた、早く帰らないと変な噂が立ちますよ。どこで誰が見てるかも分からないのに」
「私は女だ!」
「こりゃ失敬」
「あー、リグル泣いちゃった。おのれ、ゆるさないぞ、ちじょめ!」
「どこでそんな言葉覚えたんですか! 使い方間違ってますから!」
「えー。でもけーね先生がそう言ってた」
「はっ!? あの人がそんな事教えるわけないでしょ! これだからバカは」
「なにをー!」
とことん面倒くさい連中だ。こんな事なら椛でも連れてきて面倒を見させたら良かった。
何だかんだであの子は面倒見がいいから、きっと適当に遊ばせて厄介払いできたに違いない。
気を取り直して、私はメモ帳と筆を取り出した。
「さて、それじゃあ改めまして取材を――」
「……」
「あの、ルーミアさん」
宵闇の妖怪少女は敷かれた布団の中で眠っていた。
「ちょっと! 起きてください、取材始めますよ」
「……ん」
「何のためにわざわざ一室借りたと思ってるんですか。あなたの睡眠の為じゃないんですよ!」
「やめてください!」
どこに潜んでいたのか、猫の耳をピクピクと動かしながら猫又の妖怪が飛び出してきた。
そういえば、さっきバカが「橙もいるよ」とか何とか言っていた気がする。八雲家の教育方針は人里に委ねられていたのか。
「ルーミアちゃんこんな気持ちよさそうに寝てます。今は寝かせておいてあげてください、おねがいします!」
「いや、あの」
「おねがいします!」
必死になってペコペコと頭を下げられた。律儀にも二つの尻尾までもがピンと伸びて平伏している。
正直涙が出るくらい良い子だったが、今はそれ以上に邪魔な存在だった。
八雲さん、あなたのところの娘さんは友達思いの立派な子ですよ。
「あーもう。仕方ない」
私は子供はかくも面倒くさいものだとは知らなかった。
専ら取材といえば、相手は名のある知恵者や、大妖と畏怖される隠居生活を送っている方ばかりだった。異変の主犯にしても然り。
しかし、これも経験。新聞記者はその知識を日々、常に更新していく事で一人前の記事が書けるというもの。
子供がうるさいからという理由で筆を置く事は決して許されないのである。
ここは一つ知恵を絞って状況を乗り切ることを試みるとしよう。
「じゃあもうわかった。あなた達にも取材するとしましょう」
一瞬の間をおいて歓声が沸いた。
友人の安眠を心配していた式神も、氷精と手を合わせてピョコピョコと飛び跳ねていた。
…………。
……。
…。
「やれやれ。こうして眠っていれば可愛いだけの憎めない連中なのに」
ようやく眠りについた氷精の額にかかった青い髪をそっと払いながら、私はやっと一息ついた。
正直、『子供の世話は大変である』とかいう見出しで号外が発行できそうなくらい骨が折れる取材となった。
フィルムは3本も消費してしまった。多めに持ってきておいたのは皮肉にも正解だったようだ。
障子の隙間から西陽が差し込んでいる。
「さてと。……そろそろ起きてくださーい」
寝ている子供たちの間を跨いで、ルーミアの体を優しく揺さぶる。もうそろそろ起きても良い時間だ。
「おーい」
「……ん」
透き通るような白い瞼がうっすらと開き、赤い瞳がゆっくりと広がる。
惚けた様な表情のまま、吐息にも似た釈然としない言葉がもごもごと零れていた。
「おはようございます」
「……天狗さん? あれ、わたし……ここどこ」
「あややや……取材のこと、忘れちゃいました?」
「しゅざい? ……あー、思い出した。そうだ、取材だ……あれ、どうしてわたし」
「眠っちゃったんですよ。起こすのも可哀相だったので、起きるまで代わりにこの子達のお相手を仕ってました」
そうなのかー、と眠たそうな瞼をこすりながらルーミアが言う。
やっと、今度こそ本当の取材を始められそうだ。
「取材始めますけど、大丈夫ですか? お腹すいてるなら、お団子でもどうぞ」
そう言って、時間が経って少し固くなったみたらしを差し出す。
子供達の相手をしている間に、店の人間が持ってきたものだ。あの時、店員が浮かべた愛想笑いに意味もなく顔が熱くなった。
ルーミアが大きな欠伸を一つし、ペチペチと自身の頬を軽く叩いた。
「だいじょうぶ。取材始めてもいいよ」
「そうですか。それでは早速――」
まずは噂の真偽から確かめるとしよう。
なぜ幻想郷一の美食家などという噂が立ったのか、その経緯を知りたい。
「美食? そんなこと言われてるんだ」
「噂ですけどね。でも、火の無いところに噂は立たないとも言いますし、その辺どうなんですか?」
「うーん……わたしはそんなつもりないけどなー。でも、おいしい物は好きだよ」
「ほう。例えば、どういった物を口にされるのですか?」
「うーんとねー……こないだ食べておいしかったのは、フランちゃんの羽根かな」
ふんふん、と頷いていた私の手が止まる。
聞き間違いだろうか、フランちゃんの羽根などという言葉が聞こえたのだが。
「あれはおいしかったなー。キラキラしててきれいなんだよ? 目でも楽しめるし、食べてもおいしいし。あー、思い出したらヨダレが出てきちゃった」
あわわ、と慌ててごしごしと口元を拭う少女を見ても和やかな気持ちは微塵も生まれない。
何を言っているのだろうか、この子は。
「あの、フランちゃんというのはまさか、紅魔館のフランドール・スカーレットさんのことを指しているのですか?」
「そーだよー」
「……ひょっとして、からかってます?」
「えっ? どういうこと?」
背中から嫌な汗が出て来るのを感じた。
西日がルーミアの顔を茜色に照らしているのが、さっきまでは可憐に、今は不気味に思えて仕方が無い。
少女の顔には、なぜそんな質問をするのか、という疑問が自然に貼りついているようで私は言葉が出なかった。
「どうしたの、天狗さん? 顔色悪いよ」
「えっ? いや、そんなことありませんよ……えっと、それで、フランドールさんの羽根が美味という事についてですが」
「うん。すっごくおいしいんだよ」
「……痛く、ないんですか? その、フランドールさんは……羽根を食べられても」
「えっ? ……あははは! やだ、天狗さん、何か勘違いしてるよー!」
突然、ルーミアが白い喉を見せてコロコロと笑い出した。
あまりのことに私は無意識に片手でカメラをギュッと握り締めていた。
「天狗さん、わたしがフランちゃんの羽根を毟ってモグモグ食べちゃうと思ってるんでしょ? あははは、違うよ」
「……はっ?」
「フランちゃんの羽根はね……舐めるだけだよ」
もう一度私の口から、はっ? という呆気にとられた声が出た。
「天狗さん見た事ある? フランちゃんの羽根って、宝石の飴みたいなの。でね、それをこう……ペロペロって」
ルーミアが瞼を閉じ、宙を舐るようなジェスチャーをやってみせた。
フランドール・スカーレットの羽根は飴の味がする、だと。
幻想郷縁起にも載っていない、聞いた事も無い事実だった。
「それはどんな味が?」
「おもしろいんだよー。色によって味が違うの。スースーする味もあれば、イチゴみたいにあまーい味のもあるの。どれもこれもすっごくおいしいんだよ!」
「それは初耳ですね。大変興味深い、もっと聞かせてください」
「うん、いいよー」
得体の知れない臆病な心は消えうせ、私の中が記者魂で染まっていくのを感じる。
私は夢中になった。
少女の口から語られる食の話題はどれもこれも初めて耳にするものばかりで、同時にその意外性たるや、編集する側の私も興味を惹かれた。
思わず少女と一緒にヨダレを拭ってしまう程だった。
蓬莱の玉の枝。
香霖堂のお茶漬け。
霧雨魔理沙邸に自生しているきのこ。
博麗神社の塩粥。
聖白蓮の母乳。
上白沢慧音の角。
伊吹萃香の西瓜。
「あっ、あとね、早苗ちゃんの手作りしふぉんけーきもおいしいよ」
私は零れたヨダレでべとべとになったネタ帳に筆を走らせながら確信した。
これはすごい記事になりそうだ。
…………。
……。
…。
「本日はありがとうございました。記事が出来上がったら、いの一番に皆さんにお届けすることを約束します」
暮れゆく里を後にする子供達の後姿を眺めながら、私は久しく味わっていなかった充実感を噛み締めた。
後は帰って編集し新聞に起こすだけ。
と、何気なく出合茶屋に振り返った、その時だった。
全身に冷や汗が流れた。
慧音先生が腕組みして仁王立ちしていた。
「あっ、あの」
舌がもつれて上手く言葉が出ない。
視界がぼやける錯覚を覚えるほどの強烈な威圧感。
その後ろに、小さな影があった。
「帰ろうか、大ちゃん」
「はい」
小さな影から手が伸び、慧音先生がそれを掴む。
今度こそ本当に頭が混乱し、現状把握すら危うい。
「他人の」
不意に声をかけられた。
「他人の趣味にとやかく言うつもりは無いが――私の生徒を泣かせたら命は無いと思え」
言葉とは裏腹に、実に充実した笑みで慧音先生が言った。いや、言った気がする。
「ああ、それと。勘違いしないでほしいのだが、大ちゃんは学級委員として、お姉さん係として皆を心配して様子を見にきただけだぞ。
勘違い、してはいけない」
夕映えの中にあった二つの影のことはよく覚えていなかった。
ただ、涙が出るほど怖かったことだけ記憶に残っている。
皆さん、時と場所はよく考えましょう。
かの亡霊姫にも勝る舌の持ち主なんだとか。
「わたしの方が、おいしいもの好きですよ」
よくわからない事を口にするワン公の言葉を無視して、私は突撃取材を試みる事にした。
理由は2つ。
今週の文々。新聞で幻想郷のおいしい食べ物の特集を組む事になったから。
そしてもう一つは、一妖怪に過ぎないルーミアがコメンテーターという意外性で大衆の気を惹けるかもしれないから。
実験的といえば実験的だ。
人間ならまだしも、果たして妖怪に『味』という高尚な文化が理解できているのか疑問だからだ。
ルーミアへの取材をするため、私は人里の上空で寺子屋の授業が終わるのを静かに待っていた。
「あっ、来た来た」
眼下から幼いざわめきが聞こえてきたかと思うと、寺子屋から妖怪やら人間の子供が次々と吐き出された。
色とりどりの頭の中に一際目立つ、金髪のショートヘアに真っ赤なリボン。
目的の姿を発見し、私はそれとの距離を一瞬で詰める。
僅かに悲鳴があがる中、地上へ降り立つと仕事用の愛想笑いを貼り付けた。
「こんにちは。ちょっとよろしいですか?」
金髪の少女は少し戸惑ったように小首を傾げ、それから周りをキョロキョロと見渡した。
「あなたですよ、あなた。ルーミアさんでしょ?」
「わたし?」
ええ、と頷く。
「はじめまして。私は妖怪の山で新聞記者をやっております、射命丸文と申します。
この度は、幻想郷一の美食家と名高いルーミアさんにその貴重なご意見とお時間をいただきたく参上仕りました」
少し礼儀正しすぎたか。もう少し気軽な感じでやった方がよかったかもしれない。
それが証拠に、少女の顔には戸惑いの色とぎこちない笑みが浮かんでいた。
「あの……どういう意味かわからないよ。天狗さん、日本語でおねがいします」
あ、こいつバカか。なーんだ。
騒ぎを聞きつけたのか、ぞろぞろとルーミアの友人と思われる妖怪達が集まってきた。
氷精が目を輝かせて、
「なになにー!? しゅざいなの、ねえ、しゅざいー?」
「ええ。でもあなたにじゃなくて、ルーミアさんへの取材ですよ」
「えー。あたいにもしゅざいしてよー! ほら、ちぇんもいるよ?」
だからどうした、と喉まで出掛かった言葉を飲み込み仕事用スマイル。
面倒な事になってきたので一先ずルーミアだけを連れ出す事にした。
場所はそうだ、誰にも邪魔の入らないあそこにしよう。
…………。
……。
…。
不義密通。禁断の男女愛を育まんとするは人の常。
昼下がり、人里の隅にひっそりと立つ出合茶屋に一人の新聞記者とあどけなさの残る少女達。
「まるで変態じゃないですか私。なんで付いて来た!」
ルーミアだけを連れ出すつもりが、どういうわけかその友人達も付いてきてしまった。
幻想郷最速を誇るこの私についてこれるなんて、こいつら見た目こそ幼いがひょっとしてかなりのツワモノなのかもしれない。
「これは仕事なんですよ? いいですか、ここはお子様の来るような所じゃありません」
「でもルーミアもこどもだよ」
「細かい事は気にしない。いいから帰ってください」
「……大人は卑怯だ」
「そこのGキブリみたいな子。あなた、早く帰らないと変な噂が立ちますよ。どこで誰が見てるかも分からないのに」
「私は女だ!」
「こりゃ失敬」
「あー、リグル泣いちゃった。おのれ、ゆるさないぞ、ちじょめ!」
「どこでそんな言葉覚えたんですか! 使い方間違ってますから!」
「えー。でもけーね先生がそう言ってた」
「はっ!? あの人がそんな事教えるわけないでしょ! これだからバカは」
「なにをー!」
とことん面倒くさい連中だ。こんな事なら椛でも連れてきて面倒を見させたら良かった。
何だかんだであの子は面倒見がいいから、きっと適当に遊ばせて厄介払いできたに違いない。
気を取り直して、私はメモ帳と筆を取り出した。
「さて、それじゃあ改めまして取材を――」
「……」
「あの、ルーミアさん」
宵闇の妖怪少女は敷かれた布団の中で眠っていた。
「ちょっと! 起きてください、取材始めますよ」
「……ん」
「何のためにわざわざ一室借りたと思ってるんですか。あなたの睡眠の為じゃないんですよ!」
「やめてください!」
どこに潜んでいたのか、猫の耳をピクピクと動かしながら猫又の妖怪が飛び出してきた。
そういえば、さっきバカが「橙もいるよ」とか何とか言っていた気がする。八雲家の教育方針は人里に委ねられていたのか。
「ルーミアちゃんこんな気持ちよさそうに寝てます。今は寝かせておいてあげてください、おねがいします!」
「いや、あの」
「おねがいします!」
必死になってペコペコと頭を下げられた。律儀にも二つの尻尾までもがピンと伸びて平伏している。
正直涙が出るくらい良い子だったが、今はそれ以上に邪魔な存在だった。
八雲さん、あなたのところの娘さんは友達思いの立派な子ですよ。
「あーもう。仕方ない」
私は子供はかくも面倒くさいものだとは知らなかった。
専ら取材といえば、相手は名のある知恵者や、大妖と畏怖される隠居生活を送っている方ばかりだった。異変の主犯にしても然り。
しかし、これも経験。新聞記者はその知識を日々、常に更新していく事で一人前の記事が書けるというもの。
子供がうるさいからという理由で筆を置く事は決して許されないのである。
ここは一つ知恵を絞って状況を乗り切ることを試みるとしよう。
「じゃあもうわかった。あなた達にも取材するとしましょう」
一瞬の間をおいて歓声が沸いた。
友人の安眠を心配していた式神も、氷精と手を合わせてピョコピョコと飛び跳ねていた。
…………。
……。
…。
「やれやれ。こうして眠っていれば可愛いだけの憎めない連中なのに」
ようやく眠りについた氷精の額にかかった青い髪をそっと払いながら、私はやっと一息ついた。
正直、『子供の世話は大変である』とかいう見出しで号外が発行できそうなくらい骨が折れる取材となった。
フィルムは3本も消費してしまった。多めに持ってきておいたのは皮肉にも正解だったようだ。
障子の隙間から西陽が差し込んでいる。
「さてと。……そろそろ起きてくださーい」
寝ている子供たちの間を跨いで、ルーミアの体を優しく揺さぶる。もうそろそろ起きても良い時間だ。
「おーい」
「……ん」
透き通るような白い瞼がうっすらと開き、赤い瞳がゆっくりと広がる。
惚けた様な表情のまま、吐息にも似た釈然としない言葉がもごもごと零れていた。
「おはようございます」
「……天狗さん? あれ、わたし……ここどこ」
「あややや……取材のこと、忘れちゃいました?」
「しゅざい? ……あー、思い出した。そうだ、取材だ……あれ、どうしてわたし」
「眠っちゃったんですよ。起こすのも可哀相だったので、起きるまで代わりにこの子達のお相手を仕ってました」
そうなのかー、と眠たそうな瞼をこすりながらルーミアが言う。
やっと、今度こそ本当の取材を始められそうだ。
「取材始めますけど、大丈夫ですか? お腹すいてるなら、お団子でもどうぞ」
そう言って、時間が経って少し固くなったみたらしを差し出す。
子供達の相手をしている間に、店の人間が持ってきたものだ。あの時、店員が浮かべた愛想笑いに意味もなく顔が熱くなった。
ルーミアが大きな欠伸を一つし、ペチペチと自身の頬を軽く叩いた。
「だいじょうぶ。取材始めてもいいよ」
「そうですか。それでは早速――」
まずは噂の真偽から確かめるとしよう。
なぜ幻想郷一の美食家などという噂が立ったのか、その経緯を知りたい。
「美食? そんなこと言われてるんだ」
「噂ですけどね。でも、火の無いところに噂は立たないとも言いますし、その辺どうなんですか?」
「うーん……わたしはそんなつもりないけどなー。でも、おいしい物は好きだよ」
「ほう。例えば、どういった物を口にされるのですか?」
「うーんとねー……こないだ食べておいしかったのは、フランちゃんの羽根かな」
ふんふん、と頷いていた私の手が止まる。
聞き間違いだろうか、フランちゃんの羽根などという言葉が聞こえたのだが。
「あれはおいしかったなー。キラキラしててきれいなんだよ? 目でも楽しめるし、食べてもおいしいし。あー、思い出したらヨダレが出てきちゃった」
あわわ、と慌ててごしごしと口元を拭う少女を見ても和やかな気持ちは微塵も生まれない。
何を言っているのだろうか、この子は。
「あの、フランちゃんというのはまさか、紅魔館のフランドール・スカーレットさんのことを指しているのですか?」
「そーだよー」
「……ひょっとして、からかってます?」
「えっ? どういうこと?」
背中から嫌な汗が出て来るのを感じた。
西日がルーミアの顔を茜色に照らしているのが、さっきまでは可憐に、今は不気味に思えて仕方が無い。
少女の顔には、なぜそんな質問をするのか、という疑問が自然に貼りついているようで私は言葉が出なかった。
「どうしたの、天狗さん? 顔色悪いよ」
「えっ? いや、そんなことありませんよ……えっと、それで、フランドールさんの羽根が美味という事についてですが」
「うん。すっごくおいしいんだよ」
「……痛く、ないんですか? その、フランドールさんは……羽根を食べられても」
「えっ? ……あははは! やだ、天狗さん、何か勘違いしてるよー!」
突然、ルーミアが白い喉を見せてコロコロと笑い出した。
あまりのことに私は無意識に片手でカメラをギュッと握り締めていた。
「天狗さん、わたしがフランちゃんの羽根を毟ってモグモグ食べちゃうと思ってるんでしょ? あははは、違うよ」
「……はっ?」
「フランちゃんの羽根はね……舐めるだけだよ」
もう一度私の口から、はっ? という呆気にとられた声が出た。
「天狗さん見た事ある? フランちゃんの羽根って、宝石の飴みたいなの。でね、それをこう……ペロペロって」
ルーミアが瞼を閉じ、宙を舐るようなジェスチャーをやってみせた。
フランドール・スカーレットの羽根は飴の味がする、だと。
幻想郷縁起にも載っていない、聞いた事も無い事実だった。
「それはどんな味が?」
「おもしろいんだよー。色によって味が違うの。スースーする味もあれば、イチゴみたいにあまーい味のもあるの。どれもこれもすっごくおいしいんだよ!」
「それは初耳ですね。大変興味深い、もっと聞かせてください」
「うん、いいよー」
得体の知れない臆病な心は消えうせ、私の中が記者魂で染まっていくのを感じる。
私は夢中になった。
少女の口から語られる食の話題はどれもこれも初めて耳にするものばかりで、同時にその意外性たるや、編集する側の私も興味を惹かれた。
思わず少女と一緒にヨダレを拭ってしまう程だった。
蓬莱の玉の枝。
香霖堂のお茶漬け。
霧雨魔理沙邸に自生しているきのこ。
博麗神社の塩粥。
聖白蓮の母乳。
上白沢慧音の角。
伊吹萃香の西瓜。
「あっ、あとね、早苗ちゃんの手作りしふぉんけーきもおいしいよ」
私は零れたヨダレでべとべとになったネタ帳に筆を走らせながら確信した。
これはすごい記事になりそうだ。
…………。
……。
…。
「本日はありがとうございました。記事が出来上がったら、いの一番に皆さんにお届けすることを約束します」
暮れゆく里を後にする子供達の後姿を眺めながら、私は久しく味わっていなかった充実感を噛み締めた。
後は帰って編集し新聞に起こすだけ。
と、何気なく出合茶屋に振り返った、その時だった。
全身に冷や汗が流れた。
慧音先生が腕組みして仁王立ちしていた。
「あっ、あの」
舌がもつれて上手く言葉が出ない。
視界がぼやける錯覚を覚えるほどの強烈な威圧感。
その後ろに、小さな影があった。
「帰ろうか、大ちゃん」
「はい」
小さな影から手が伸び、慧音先生がそれを掴む。
今度こそ本当に頭が混乱し、現状把握すら危うい。
「他人の」
不意に声をかけられた。
「他人の趣味にとやかく言うつもりは無いが――私の生徒を泣かせたら命は無いと思え」
言葉とは裏腹に、実に充実した笑みで慧音先生が言った。いや、言った気がする。
「ああ、それと。勘違いしないでほしいのだが、大ちゃんは学級委員として、お姉さん係として皆を心配して様子を見にきただけだぞ。
勘違い、してはいけない」
夕映えの中にあった二つの影のことはよく覚えていなかった。
ただ、涙が出るほど怖かったことだけ記憶に残っている。
皆さん、時と場所はよく考えましょう。
御冥福をお祈り(マテ
ちょっと詳しく聞かせて貰おうか
慧音先生の角の味について詳しく聞きたいから、
おじさんと一緒に来てくr(無何有浄化
>上白沢慧音の角。
>伊吹萃香の西瓜。
ミッション成功の影にはどれほどの困難があったのであろうか(遠い目
聖白蓮の母乳。土下座してひたすら頼めばなんとかなりそうな気がする。ちょっと行ってくる。
相変わらずおバカわんこな椛が可愛いww椛飼いたいww
ここを詳しく教えてもらおうか
幻想郷には美味しいものが溢れておるんですなぁ。塩粥食べてみたいっす。
そして……母、乳……だと……?(ごくり
意外と聖の母乳が好評だったので驚きです。花キャラメルでも作るか