「あっ、お帰りなさーい!」
「うん! ただいま、美鈴!」
「おおー、す、凄いメンバーですねえ!」
「貴女もその一員よ。しっかり自覚を持って臨みなさい。いいわね?」
「ハイっ!」
最初は、遠い話だと思っていた。
破壊する事しか能のない私みたいな異端者が、野球なんて、しかもキャプテンなんて、出来るはずがないと思った。
「ん? 今気付いたけど、お前さん左手首んとこどうしたんだ?」
「魔理沙もじゃない。……(お、お揃い!?)私のは、まあ、ちょっと魔法の研究で……」
「はは、そうかそうか。私も同じさ。お揃いってやつだな!」
「!」
でも、そんな私を熱心に誘ってくれた、こいしの気持ちに答えたくて。
何にも知らない私を沢山サポートしてくれた、パチュリーの気持ちに答えたくて。
「へえー、文字通り見れば見るほど紅いねえ。ははっ!」
「あれ? あんた初めてだった?」
「正式にはね。忍び込んだ事は何度かある!」
「何してんのよ。忍び込むんなら金目の物一つくらい持ち出して、少しは神社の発展に貢献しなさい」
「おお、悪い悪い! はっはっは!」
「フン……醜い会話だこと」
私の呼び掛けに応えてくれた、メンバーの気持ちに答えたくて。
そして、私の事を心配しながらも今回の事を許してくれた、お姉様の気持ちに答えたくて。
みんなの、みんなの気持ちに答えたくて、私はこの三日間を駆け抜けた。
「それにしたって、でっかい屋敷だなあ」
「ふふん。貧乏人にはさぞや物珍しいんでしょうね」
「何だァ!? 喧嘩売ってんのか!?」
「おいおい、人様の家の門前で何をやってるんだお前たちは」
「ふふ、二人とも元気が有り余ってるみたいね」
「ドキドキ……」
「あらあら、緊張してるの? ウドンゲ」
「そそ、そんなこつなかですたい!」
新しい出会い、新しい景色、新しい繋がり。私の世界は、見違えるくらいに広がった。
暗い部屋に閉じこもって、何をするにも無気力だった私は、もういない。
嬉しい。凄く、嬉しい。
「本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ! その代わり、最ッ高の記事にしてね!」
「はい! もちろんです!」
頼りになるメンバーのみんな。パチュリー、魔理沙、アリス、霊夢、萃香、美鈴、幽香、妹紅、ウドンゲイン。
サポートしてくれるみんな。慧音、永琳、輝夜、文、椛。
まだ全員は知らないけど、相手チームのみんな。こいし、お姉様、咲夜、紫、幽々子、妖夢。
みんなみんな、本当にありがとう。
「じゃあ、みんな!」
そして、
「ようこそ! 紅魔館へ!」
これからもよろしくね!
野球しようよ! SeasonⅥ
「橙、上手くなりたい?」
紫による激しいノック、それを必死に受けている五人――そんな状況を目の当たりにして狼狽える橙に向かい、幽々子は静かに、しかし厳格に語り掛ける。
「え……」
突き刺すような視線、橙はすぐに答えることが出来なかった。多少の混乱もあるものの、幽々子のそれに気圧されているのだ。
自信を持って「ハイ!」と言えるだけの覚悟が、彼女にはまだ出来ていない。
「どうしたの? 上手くなりたいか、そうでないか、どっち?」
「あ……あの……」
舌が上手く動かない。まともに目を見ることが出来ない。
膝が震えてくる。体中から嫌な汗が噴き出す。……怖い。
「………」
隣に立つ藍の、固い決意が見て取れる表情。こいしは助けてあげたい気持ちをぐっと抑える。
今ここで余計な手助けをしたら、橙は前に進む事が出来ない――藍のそれは、こいしにそう思わせるに十分なものだったからだ。
訪れる重苦しい沈黙。
しかしそんな事はお構い無しと言わんばかりに、紫のノックは続いている。
パシッ!
「よし! ナイスキャッチよ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
五人の動きはお世辞にも上手いとは言えない。
しかし、心なしか軽快な捕球音も時たま聞こえてくるようになってきていた。
「次、行くわよッ!」
「来るのかー!」
キィン!
そして何より、誰一人辛そうな顔を見せず、それどころか楽しそうにすら見える。
それを意識してかしないでか、先程まで鬼の形相だった紫も、少しずつ嬉しさに似た表情を見せ始めていた。
パシッ!
「ナイスキャッチ! やればできるじゃない!」
「やったのかー!」
「………」
最初に浮かんできたのは、好奇心。
拙いながらも溌剌とプレーする彼女達が何だか羨ましくなり、体の震えが少しづつ止まっていった。
次に浮かんできたのは、こいしや幽々子を始めとするメンバー達への思い。
チームの一員としてもっと力になりたい、そんな思いが、幽々子の視線を真っ向から受けとめさせた。
「……幽々子さま!」
そして、最後に浮かんできたのは、背後に立つ大好きな主への思い。
自分を推薦してくれた、つまり期待してくれた主に対して、それに応えたいという素直な気持ちが、一つの言葉を橙に紡がせた。
そう――
「上手くなりたい……! 私、上手くなりたいです!」
それは覚悟というより、『強い思い』と言った方が正しいだろう。
自分でも驚くほど気持ちが昂ぶり、自然と顔に自信が満ち、そして橙はあの五人のように、どこか楽しそうに笑った。
「紫のノックは厳しいわよ?」
「ハイ!」
「貴女といえども、恐らく手加減はないわよ?」
「ハイ!」
早く行かせて――暗にそう言っているかのようである。
そして幽々子は、橙の顔をもう一度見据えたかと思うと、優しい笑顔で言った。
「行ってきなさい。藍と一緒に、ね」
「「え?」」
キィィン!
「……!」
ビシッ!
「腰を落しなさい! ボールを怖がっていて守備が勤まるほど野球は甘くないわ!」
「はい! もう一球お願いしますっ!」
幽々子の言葉通り、紫は一切の手加減なく橙にボールを打ち込んでいる。いや、もしかすると、これまで誰に打ってきた打球よりも強烈なものかもしれない。
それはまるで、覚悟の程を試すかのような厳しいノックだ。
キィィィン!
(腰、腰を落として……)
ドスッ!
「あぐ……っ!?」
腰を落としたのはいいものの目測を誤った為、凄まじい勢いのボールが下っ腹に直撃する。
「げほ、げほ……」
「貴女の覚悟はその程度!? やれないならさっさとどきなさい!」
壮絶、いや、凄惨といえるような光景に、休憩に入っていた五人を含むチームのメンバー達は息を呑む。
経験を積んだ者でも捕れるかどうかという球を、数日前まで野球という言葉すら知らなかった己の式の式に、容赦なく紫は打ち込んでいるのだ。
「はっ、はっ……大丈夫ですっ!!」
「だったらすぐ構える! 次行くわよ!」
「はい!!」
過酷なノックはすぐさま再開される。
しかし、その後も一切の加減を知らない打球に、橙の体に少しづつあざが増えていくのみである。
「橙……」
ここまで何も言わず見守ってきていたこいしだったが、これには流石に不安を覚え始めていた。
このままでは橙は潰れてしまうのではないか……そんな思いが頭をよぎり、表情が歪む。
「――全く、キャプテンともあろう者が、何を沈んでいるのよ」
そんなこいしの横に立ったレミリアが、呆れたような顔で声を掛ける。
その表情は、うまくいく事を確信したような感じである。
「ん、ごめん……」
「何も心配する必要はないわ。ほら、あの子の顔、見て御覧なさい」
「え?」
ボールを追う橙の顔――
「笑ってる……?」
「それだけじゃない。ボールを追う位置も的確だし、後ろに逸らさなくなってるわ」
「ちょっと幽々子……私が言おうとした事を奪うんじゃないわよ」
「うふふ、細かいことはいいじゃない。ね、さとり?」
「私に振らないで下さい。……でもあの子、本当に主達が好きなのね」
「えっ、どうして?」
「心の声がね、凄く嬉しそうなのよ」
「ふっ、ふっ……! もう一本!!」
単独ノックが始まってから十数分。しかし、橙は辛いなどとは思っていなかった。
苦痛や疲労などより、慕ってやまない主の主に、こうして他のメンバー達と対等に扱ってもらえる事の嬉しさが勝っているのだ。
そして――
「橙! ボールから最後まで目を逸らすな! お前なら出来る!」
心より愛する主から送られる暖かいエール。この二つが揃ったなら、橙が恐れるものなど何もない。
キィィィン!
「――!」
ボールが、遅く見えた。
弾む先がどこなのかが、はっきり分かった。
(腰を落として、ボールから目を離さない……よしっ!)
パシッ!
「あ……」
紫が放った打球、実に六十二球。
一球たりとも手が抜かれていないそれを、橙は受け続けた。
「や、やった……!」
後ろに逸らした打球、二十五球。
体にぶつけた打球、十六球。
前に落とした打球、二十球。
そして――
「やったーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
捕った打球、一球。
◆
パチュリー先導のもと、フランドール一行は紅魔館の真っ赤な廊下を進む。
館内は妖精メイド達が清掃に従事しており、挨拶されては返し、また挨拶しては返され、外から見た時より遥かに広い廊下を移動していく。
「凄いな、ここ。なあフラン、どういう仕組みになってるんだ?」
「確かね、咲夜が空間をいじくってるんだってさ。ああ、咲夜っていうのはここのメイド長だよ」
「へえー、そりゃあ便利だな。出来たら私ん家にもやってほしいよ」
「ふふん、貧乏人」
「んだとォ!? やんのか!?」
「こらこら、止さないかお前たち。それはそうと、これはどこに向かっているんだろうなあ」
「んー、わかんない。でもさ、パチュリーの事だからきっとしっかりした場所だよ!」
練習場所に案内する――そう皆に伝え、ふよふよと何処かへ飛行するパチュリー。その詳しい行き先はキャプテンであるフランドールすら知らされていなかった。
だが、着いてからの楽しみにしよう、と考える一同は、表立って聞き出そうとしない。
皆が皆、粋な奴らなのである。
「足元に気を付けて」
とある場所で廊下は曲がり、そこから地下に続く階段に入る。
窓がなく、最低限の照明しか設置されていないため、ここまでの館内と比べると幾らか薄暗い。
「地下っていうと、場所が限られてくるわね。まあ、私は図書館しか行ったことないけど」
「だな。練習が終わったら、帰り道ついでに図書館を物色するとするか」
紅魔館の地下にある部屋は、倉庫等を除けば三つある。
まず一つはフランドールの私室、次にパチュリーが管理する図書館、最後に遊戯室と呼ばれる地下ホールである。
広さ的には図書館が圧倒的だが、場所柄から考えてとても全体練習など出来そうにない。何より、パチュリーがそんなことはさせないだろう。
フランドールの私室は、普通に考えて野球の練習をするような場所ではない。何より、フランドールがそんなことは……させてくれるかもしれないが、広さの関係で練習に適さないことは明らかだ。
となると、消去法で残るは広さ、高さ共に次第点の地下ホールということになるのだが――
「――さあ、着いたわよ」
「え……? ここって……」
「お、おいパチュリー……いいのか?」
「そ、そうよ。本当にいいの?」
パチュリーが足を止めたのは、細かい修飾が施された大扉の前。そう、図書館に通じる扉である。
ここだけはないだろう、と踏んでいた魔理沙とアリスは思わず声を掛けるが、特に表情を変える事無くパチュリーは魔法によって扉を開ける。
「こあ、戻ったわよ」
「お帰りなさいませー! そして皆さん、ようこそお越し下さいました!」
「ただいま。さあ皆、遠慮なく入って頂戴」
「どうぞどうぞー!」
出迎えた小悪魔とパチュリーに促され、一同は取り敢えず図書館の中へと入った。
奥行きが見えない程の広大な空間に、見渡すかぎりの本棚の羅列――紅魔館が幻想郷に誇る、大魔法図書館である。
「さてと、じゃあ皆は少しくつろいでいて。これから――」
「……ちょっと貴女、ふざけてるの?」
何かを言い掛けたパチュリーに、業を煮やした幽香が詰め寄った。
「こんな場所で野球の練習なんて出来るはずがないでしょう? 例え何らかの方法で本棚を取り除いたとしても、薄暗いうえに固い床の上での練習なんて私は認めない」
そう、幽香の言う通り、幾らここが広くとも野球の練習に向いていない事は誰の目にも明らかだ。
パチュリーの事を心から信頼しているフランドールも、これには不安を覚えざるを得ず、心配そうにしている。
「成る程、貴女の言う事もっともだわ。確かにここは、とても野球なんて出来る環境じゃない。このままでは、ね」
「フン……下らない言葉遊びをする気はない。解決策があるならさっさと見せてみなさい」
「分かったわ。……こあ、あれの準備は」
「万事一切抜かり無く!」
「結構。さっそく始めるわよ」
そう言うとパチュリーは一同から少し距離を置き、小悪魔から渡された魔導書を開いた。
そして両手を高らかに上げて魔力を集中させ――
「皆、刮目なさい! これが私達の『楽園』よ!」
高らかにちょっとクサい台詞をキメたと同時に、それを解き放った。
その刹那――
「……!!」
「これって……!」
「凄いっ! 凄いですよパチュリー様っ!」
「畜生、やるなあ!」
「見事だわ……!」
「へえ、やるじゃない」
「ははっ! 天晴れ天晴れ!」
綺麗な芝に、良く均された土。
「うおー!? な、なんだこりゃ!」
「うーむ……これは驚きだ」
「姫さま、これ……」
「ええ。見事なものだわ。ね? 永琳」
「そうですね(私と同じ手法を、弱冠百歳で……か)」
さんさんと輝く照明、バットとボールを始めとする器材の数々。
「スタジアムだーーーーーーっ!!」
一同は、あらゆる野球のための設備が整ったグラウンドにいつの間にか立っていた。広大な空間転移魔法である。
これには驚嘆する者、感心する者、ちょっと悔しそうにする者等皆様々な反応を見せ、フランドールなどはあまりの嬉しさの為かパチュリーに飛び付いて頬擦りをしたりしている。
「パチュリーっ!」
「わっ……! ち、ちょっとフラン」
「あははっ! パチュリー大好き!」
「全くもう……(ぷにぷに……。レミィが見てたら何か言われそうね)それより、フラン」
「んっ、何?」
「みんなに号令をかけて頂戴。練習開始の号令を、ね」
ぷにぷにほっぺの感触に少しの名残惜しさを感じつつパチュリーは促し、フランドールは嬉しそうに頷いて体を離した。
「よーし、みんなっ!」
そして姿勢を正し大きく息を吸い込んで、先程のパチュリーに負けないくらい、高らかに宣言した。
「全体練習を始めますっ! 行くぞーーッ!!」
一同「オーー!!」
◆
昼前の白玉楼では、引き続き新メンバーを決める為のテストが行われていた。
最初のゴロ捕球、続いてノッカーをレミリアに変えてのフライ捕球とこなした候補者達。相変わらず厳しいテスト内容だったが、音を上げるものは誰一人いない。
現在は持久力のテストとして、早朝に古明地姉妹が走ったコースのタイム走が行われているが、ここまで既にかなり体を酷使しているにも関わらず、我先にと勇んで飛び出していった。
最初は彼女達を軽んじていたレミリアだったが、ここに来て少し認め始めたのか、頑張りなさい、などと照れくさそうにエールを送る姿も見て取れた。
余談だが、不思議なことに最初の五人以外は誰一人ここを訪れる事はなく、候補者はそこに橙を加えた六人のみである。
「――さあて、誰が一番早いかしらね。……賭けましょうか?」
「紫様、不謹慎ですよ。それに、橙が一番に決まっているじゃないですか」
「あら? 私はチルノだと思うけど。あの子、根性あるわ」
「ふん、甘い読みね。リグルのすばしっこさと持久力は並じゃない。それに、しぶとさも」
「ミスティアちゃんに鯨肉賭けるわ。何となく、私あの子が好きよ」
「私の一押しは大妖精の大ちゃんですわ」
「私も大ちゃんです。ていうか幽々子様、鯨肉なんてありませんよ……?」
候補者達の事を認め始めているのはレミリアだけではない。
こんな風に賭事に加担する感じで誤魔化してはいるが、皆いつの間にか贔屓のメンバーを心の中で決めていたりするのだ。
「ふふっ、皆さん、楽しそうね」
「うん! お姉ちゃんも楽しいでしょ?」
「ええ、勿論よ。……あら?」
「………」
そうして皆が盛り上がっている中、隅の方から聞こえてくる暗い心の声が一つ。
射命丸文である。
「どうしました?」
「あ……いえ、何でもないですよ。ちょっと考え事を……」
「悩み事? だったら、言ってくれれば出来る範囲で手助けするよ!」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。本当に何でもない事ですから――」
「――貴女のせいではありませんよ」
「……!」
さとりの持つ第三の目――これの前に於いては、いかなる隠し事も暴かれてしまう。さとり本人の意志を問わず、である。
「野球というものが普及していない幻想郷にあって、突然『メンバーを募集する』と言われても、勇んで動く方は少ないと思います。それに、ここ白玉楼は地理的にも特殊な場所です。普通の人間はもとより、妖魔の類であっても簡単に近付ける場所ではありません。ですから、募集の記事に応えた方が少ないのは仕方のない事ではないでしょうか」
「………」
悟妖怪が嫌われる理由――それはこうして何もかも筒抜けに心の内を知られてしまうことにある。
だから、さとりはそれを隠そうとせず、答えをすぐに返すことで相手に出来る限り不快感を与えぬ様、これまで生きてきた。
とても口には出せないような罵詈雑言を心の声で浴びせられる事もあった。優しい言葉の裏に殺しの算段をされた事もあった。しかし、それでもさとりが第三の目を閉ざすことはなかった。
そう、全ては『強いお姉ちゃん』でいるためである。
「……不快に思ったなら、ごめんなさい。でも、これは私の正直な気持ちです。貴女の新聞を見るのは先程が初めてでしたが、私は素晴らしいと思――「購読して頂けるんですね!」――え?」
ただ、中にはさとりの力を一切気にしないで接してくれる者もいる。
最愛の妹や地霊殿のペット達、地底の妖怪達や、アルティメットブラッディローズのメンバー達、そして、今目の前にいる射命丸文もどうやらその一人のようだ。
「いやー、嬉しいですよ! 面と向かって、素晴らしい、なんて言ってもらえるのは凄く久し振りですから!」
「そ、そうですか?」
「地霊殿は少し遠いですが、何、私の速力を以てすれば一切の問題はありませんから、ご心配なく!」
「はあ」
「今後とも文々。新聞を宜しくお願いします!」
「こ、こちらこそ……」
――よっしゃあ! 新規購読者、ゲットだぜ!
ハイテンションな心の声と共に、文は「美しい汗をカメラに収めてきます!」などと言って、目にもとまらぬスピードでランニングコースへ消えていった。
「………」
「新聞、明日から届くのかなあ。楽しみだね!」
「ええ、そうね……ふふっ」
「あははっ!」
さとりの中に沸いてくる、何だかよくわからない敗北感。しかし、それがなぜか可笑しくなって、姉妹は互いに笑い合うのだった。
そして、約十五分後――
「お、戻ってきたわね」
うっすらと見える幾つかの影が、ゴール地点の白玉楼玄関前に向かって駆けてきている。
昼食後のデザートのドリアンが賭けられている事もあり、メンバー達は一斉にそちらへ顔を向けた。
因みに、それぞれの賭けた状況は、紫とさとりがチルノ、藍とこいしが橙、レミリアがリグル、幽々子がミスティア、咲夜と妖夢が大妖精、である。
「お嬢様、先頭は誰ですかッ!?」
「ノリノリね咲夜。先頭は……」
「先頭は!?」
「……天狗よ」
「天狗!?」
先頭をひた走るのは、バック走のまま左右に動いて候補者達の写真を撮りまくっている、射命丸文だった。
「……退場」
しかし、空気を読め、と言わんばかりに開かれた紫の隙間によって強制退場させられる文。
流石の彼女も、撮影中の隙と、背後に開いた隙間の不意討ちとが重なっては、どうすることも出来なかった。
「お嬢様、改めて先頭はッ!?」
「少し落ち着きなさいよ。先頭は……」
「先頭は!?」
「……全員! 全員よ!」
「全員ッ!?」
状況は文字通りの横一線。そして全員が全員息を切らしながらも「負けるもんか!」と言っているかのような表情で、必死に前へと進む。
まさしくデッドヒートなその様子に、賭けを通り越してメンバー達は応援の檄を飛ばした。
「がんばれー!」
「もう少しよ! ファイト!」
「ちえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
ラスト50メートル――藍の声援を受けた橙が、僅かにリードする。
「チルノ! 勝ったらアイスよ!」
ラスト30メートル――溶けそうなほど汗を流しながらも、紫の声援(というよりご褒美)に応えようとチルノが橙に並ぶ。また、大妖精もそれに付いていく。
「勝ったら西瓜よリグル! そして負けたらホウ酸ダンゴよ!」
「ミスティア! 勝ったら鯨肉あげるわー!」
物で釣ろうとする重鎮三人に、周囲のメンバーは少し引き気味。そこまでしてドリアンが食べたいのだろうか。
そんな中、幽々子の『肉』という言葉が、とある少女の潜在能力を引き出していた。
そう……
「にぐなのがぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァ!!」
一同「――!?」
ラスト10メートル、後方から凄まじい加速で全員を躱し、そして――
「ゴールっ!! 一着、ルーミア!」
誰からも賭けられる事のなかった伏兵ルーミアは、見事に栄冠を勝ち取ったのだった。
因みに、この持久力がただのタイム走であったことを憶えているメンバーは誰もいなかった。
◆
パチュリーが用意した最高のグラウンドにてアップを終えたフランドールチームのメンバー達は、臨時コーチの慧音が出す指示に従ってキャッチボールを行っていた。
開始から五分で既に80m級の遠投をしている鬼とフラワーマスターもいれば、未だ塁間を山なりに投げる人形使いもいたりして、その肩力には差が見て取れる。
因みに「鈴仙の様子を見るだけ」と言っていた永琳と暇潰しで来ている輝夜の両名もちゃっかりキャッチボールに参加している。
「ふッ!」
ズドォォン!
「ナイスボール」
「おおー……!」
「速い、なんてもんじゃないな」
「あれで七割くらいってとこじゃないかな? にしても、やっぱいい球放るなあ!」
そんな中、皆の注目を集めているのは、フランドールとパチュリーのバッテリー組。特にその球を初めて見るメンバー達は釘付けである。
自分達のチームのエースだから、ということもあるだろうが、それ以上に球の速さに目を惹かれているのだ。
ズドォォォン!
「おおー!」
「いいねえ」
「すごーい……」
そんな風にメンバー達はちらちらと頻繁によそ見をするため、キャッチボールは遅々として進まない。
「やれやれ……仕方ない」
見兼ねた慧音が、大きく息を吸う。
「何やっとんじゃコラァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
一同「――!?」
怒号一閃。グラウンドにいた全員の顔が凍りついた。
余談だが、彼女の寺子屋には鬼河原虎太夫君(十一歳)という、十年に一度の問題児がいる。
そのあまりの素行の悪さ、最早優しく諭す事は出来ない。しかし、手を上げる事はしたくない。ならば、どうするか。
「真面目にやらんかァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
慧音が辿り着いた答え、それは『迫力』であった。
如何な問題児と言えど、大木を薙ぎ倒す霹靂の如き圧倒的な迫力の前には、案外脆いものなのだ。
そしてそれは、フランドールチームの個性豊かなメンバー達も同じ――と言うより、誰かに怒られる事などまずない彼女達であるから、その効果は思いの外大きかったようである。
「返事ッ!」
一同「オ、オー……!」
「声が小さいッッッ!!」
一同「オーッッッ!!」
こうして、どことなくだらけた空気は一掃され、メンバー達は程よい緊張感を持って練習に臨み始めた。
キャッチボールを終え、素振り、トスバッティングとこなす頃には、各々の顔に先程までは見られなかった凛々しい表情が浮かんでいる。
さあ、何でも来い――メンバー達のそんな様子を見たパチュリー。何かを思い立ったようで、ノックの準備に取り掛かっている慧音に一つの提案を持ちかけた。
「何、練習試合?」
「そう。どうかしら」
「まあ、確かにチームの力を測るにはそれが一番ではあるが」
練習試合をしてみないか――そんなパチュリーの提案を肯定しつつも、慧音は首を傾げざるを得ない。
当然のことではあるが、相手となるチームがなければ練習試合は成り立たないからだ。
「お望みならば、今すぐにでも呼べるわよ」
「おお、本当か?」
しかし、幻想郷きっての知識人がそんな重要な事を見落としている筈もない。
見てみたい、という慧音の言葉に首肯すると、通信機らしき物を取り出して「出番よ」と一言。
「――紅魔ライブラリーガーディアンズ、参上ッ!!」
一同「!!」
その一言とほぼ同時。慧音とパチュリーが立つホームベースの周辺、彼女達は掛け声と共に現れた。
白い生地に黒い縦縞のユニフォーム、胸元にはLとGのアルファベットを組み合わせたロゴ、黒いアンダーシャツに黒いソックス――それらに身を包んでいるのは、先程メンバーを出迎えた小悪魔、そして図書館防衛隊の妖精メイド達だ。
「早かったわね」
「そりゃあもう! この日が楽しみで楽しみで、もう業務なんて一切合切手に付きませんでしたから! ねー、皆さん!」
メイド達「イェーーーー!!」
「………」
見ている方まで嬉しくなるようなハイテンションの小悪魔達。
仕事をサボっていたのを暴露している事すら気付かない盛り上がりっぷりである。
「何だ何だ? 何が始まるんだ?」
「フン……何やら騒がしい小物達ね」
「はっはっは! いいねえ、あのノリ! こっちまで楽しくなってくるよ!」
「何でもいいわよ。それよりお昼ご飯のメニュー何?」
一方、こちらはノックに向けて軽く身体を動かしていたメンバー達。例によって多種多様な反応を見せている。
そんな中、チームのキャプテンはというと……
「試合だーーーーーーーーーーッ!」
「きゃっほォーーーい!!」
美鈴と一緒に、やっぱり嬉しそうにはしゃぎ回っていた。
「お! フラン様、ノリノリですねー!」
「やれやれ、あの子盗み聞きしてたわね」
「パチュリー、この子達が練習試合の相手か」
「ええ。個々の力は小さくとも、よく纏まったいいチームよ。でしょう? こあ」
「その通り! この日の為に積んできた練習の成果、とくと御覧に入れますよー!」
「成る程……(ここは本当に図書館なのか……?)ん?」
「――こあちゃん!」
待ちきれなくなったのか、話に突然割り込むフランドール。その顔は、見ている方まで嬉しくなるような満面の笑顔だ。
「よろしくねっ!」
「こちらこそ! いい試合にしましょうねー!」
「あははっ! 勿論!」
「ふふ、いい試合になりそうね」
「ああ、そのようだな」
小悪魔の手を取ってぴょんぴょん跳ねているフランドールを見て、慧音とパチュリーは嬉しそうに笑い合うのだった。
因みにこの後一旦昼休憩を取ったのだが、その際霊夢がこの日一番の笑顔を見せたのは言うまでもない。
◆
一方の白玉楼。少し早めの昼食を終えた新メンバーの候補者達は、午後のテストに向けて軽いキャッチボールで身体を動かしていた。
「投げるときに心の中でリズムを取るといいよ! いっちにーの、さん! てな感じでね!」
「そうなのか!」
「あとね、足を踏み出す方向は相手にしっかり向けるの! わかった?」
「そうなのかー!」
「ふふ……(返す言葉は適当でも、頭の中ではしっかり理解しているのね)」
「ほら、もう少し肘を上げる。こんな感じよ」
「はい! レミリア姐さん! こう、ですかっ?」
「いい感じよ。ただ、その呼び方はやめなさい」
「ねえ大ちゃん、紅魔館に来る気はない? いいポストを用意するわ」
「え? い、いえ、私なんかが、そんな……」
「謙遜しなくていいわ。と言うより、謙遜出来る妖精なんて益々素晴らしい。さあ、これにサインを」
「い、いえ……(キャッチボールに付き合ってくれるんじゃなかったの……?)」
「腰が使えてないッ!」
「ひひぃー! すす、すみませんっ!」
「腕だけで放らないッ!」
「ひゃぁー! すす、すみませんっ!」
「鯨肉食べたいッ!」
「ひょえー! ……??」
午前中の厳しいテストを誰一人欠けることなくこなした候補者達。その心意気に動かされてか、チームの先発メンバー達が簡単なコーチングを兼ねたキャッチボールの相手を買って出ていた。
最早メンバー達の中に候補者を軽んずる者など誰一人おらず、寧ろチームの一員として認めたかのような雰囲気さえ感じ取れる。
「うん、いい感じよ。貴女なかなか筋がいいわ」
「あたい最強! あたい天才! あたい大震災!」
「うふふ……(この子達の頑張りが、チームを更に活気付けている。嬉しい誤算だわ)」
「紫ー! 早く早く!」
「ああ、ごめんなさい」
実を言うと、紫は午前中のテストだけでメンバーを決めてしまうつもりでいた。
音を上げて逃げるか、付いてこれずに脱落するかで、残っても二人か三人。そして、その中から一人を選んで終了――そんな風に考えていた。
だが、その予想は見事に裏切られた。勿論、いい意味でだ。
(最初レミリアにあんな事言ったけど、この子達の力を一番過小評価していたのは私だったのかもしれないわね……)
心の中で候補者達に詫びた後、何を似合わない事をしてるんだ、などと思い、紫は思わず苦笑するのだった。
そして、全員の身体が暖まってきた頃――
「さあ、午後のテストに入るわよ!」
紫が宣言し、それに従って候補者が整列した。
因みに、先発メンバーも何処かやる気を持て余している様子で、自主的にストレッチなどで身体を動かしている。
「テスト内容は……」
目を輝かせて発表を待つ候補者達。ここから先のテストについて、特にこれと言った情報は知らされていない。当然である。何故なら、元々ないはずのものだからだ。
しかし、そんな状況とは裏腹に紫の表情は晴れている。と言うより、この状況を楽しんでいるような感じである。
候補者達、そして先発メンバー達をぐるりと見回し、悪戯っぽく笑いながら口を開いた。
「ミニゲームよ!!」
「……?」
「ミニ……」
「ゲーム……?」
ミニゲーム――それに対して具体的なイメージが持てず、候補者達は顔を見合わせて困惑気味だ。
「これまた突然ねえ。事前に一言あってもいいのに」
「計十四人、か。出来なくはないですね」
「まあ、敢えて紫に乗ってあげるのも一興か」
「あははっ! 楽しそうだね、お姉ちゃん!」
「ええ」
一方の先発メンバー達だが、やれやれ仕方ない、という風な事を言っている者も含めてノリノリの様子。
何だかんだ言って、ただ見ているだけというのは少々歯痒いのだ。
「ゲームは7イニングス。チーム編成は、まずこいしと咲夜の両投手に分けて、そこから先はくじ引きで決めるわ」
そう言うと、紫は隙間から一面だけ丸い穴が開いた四角い箱を取り出し、その中へ赤と青の小さいボールを六個ずつ入れ、最後に赤いボールをこいしに、青いボールを咲夜にそれぞれ一つ渡した。
「ああ、そうそう。さとりはくじを引かないで」
「?」
「貴女はキャッチャー専門で両方のチームに参加して欲しいのよ。判定も任せるわ。バッティングは不参加という形になるけど、今日は守備面の練習だと思ってくれないかしら?」
「――ええ。わかりました」
「悪いわね」
早い段階で投手陣の特徴をより掴んでほしい――そんな紫の心の声を聞いた(というより、聞かされた)さとりは、申し出を快諾する。
「それと、さとりと一緒に私も両チームに参加するわ。でないと人数が奇数になってしまうからね」
「両チームって、貴女も打たないつもり?」
「いいえ、私は打つわよ。勿論両チームでね。その時の私の守備位置は誰かが適当に……」
「不公平よ!」
「な、何よ! 今日の舞台をセッティングしたのは私なんだから、それくらいいいじゃない!」
「それとこれとは話が別ッ!」
「ゆ、幽々子まで……」
やたらと好戦的な大御所たち。たかがミニゲームの一枠といえど、誰一人譲る気はない様子だ。
いつまで経っても埒が開かないため、従者達の取り計らいで結局くじ引きにてそれを決める事になった。
その結果、
「ハッハー! I GONNA IT!!」
見事、幽々子が両チーム枠を手にしたのだった。
すぐ後ろでは、悔しがるレミリアと紫をそれぞれ咲夜と藍が宥めている。
「それじゃあ皆、遠慮なくくじを引いちゃって頂戴!」
「わ、私の役割を取るな!」
そんなこんなで、チーム分けのくじ引きは行われていった。
まずは候補者から引き、
「ん……。あ、青です」
「あら大ちゃん、また会ったわね」
「……!」
続いて先発メンバーが引く。
「よろしく。打つ方は任せなさい」
「うん! 投げる方は任せて!」
「咲夜との勝負、か。ふふっ、楽しみだわ」
そして、両チームの面々が出揃った。
赤チームのメンバーは、こいし、さとり、幽々子、レミリア、藍、妖夢、チルノ、ミスティア。
青チームのメンバーは、咲夜、さとり、幽々子、紫、橙、大妖精、リグル、ルーミア。
このような内容である。
「さあ、皆――」
「午後のテストを始めるわよー!」
一同「オー!!」
「オー! ……って、私の役割を取るなってば!」
怒ったような口振りの紫だが、その顔は嬉しさを含んだような苦笑いであった。
◆
「礼ッ!」
選手一同「お願いしますッ!!」
審判を勤める慧音のコールにより、フランドールチーム対図書館防衛隊チームの練習試合が幕を開けた。
両チームの先発メンバーは以下の通りである。
《フランドールチーム》
1:フランドール(投)
2:美鈴(二)
3:幽香(中)
4:萃香(一)
5:妹紅(左)
6:魔理沙(三)
7:鈴仙(遊)
8:アリス(右)
9:パチュリー(捕)
《図書館防衛隊チーム》
1:副隊長A(中)
2:隊員A(二)
3:隊員B(右)
4:小悪魔(投)
5:副隊長B(三)
6:隊員C(一)
7:隊員D(左)
8:隊員E(捕)
9:隊員F(遊)
フランドールチームの打順は、意外にも誰一人文句を言うメンバーはおらず、最初にパチュリーが提案した通りの物となった。
そこにはメンバーごとの特徴や性質が十分に吟味されたパチュリーの計算があったからであるが、それ以上に皆「早く試合がしたい」のである。
「プレイボール!」
先攻は図書館防衛隊チーム。
一番打者の副隊長Aが左打席に入る。
「お願いします!」
「こちらこそ!」
マウンド上は、フランドールチームのキャプテンでありエースのフランドール・スカーレット。
バッターの掛け声に、満面の笑顔で答えている。
しかし――
「わっ!?」
ズドォォォン!
「ストライッ! バッターアウトォ!」
そんな笑顔とは裏腹に、彼女の放つボールは凄まじい唸りをあげてパチュリーのミットに次々と突き刺さる。
「ストォライッ!」
初めて正式なマウンドから投げ下ろす、更に打者を迎えての投球。そんな状況に於いて、紅魔館の火の玉娘フランドールが燃えない筈が無い。
「バッターアウトォ!」
博麗神社での萃香との対戦、人里近郊の林での幽香との対戦、それらの時より更に強烈なストレートに、図書館防衛隊チームの各打者は手も足も出ずに三者連続三振に終わった。
球数は九球。なんと、三者連続三球三振である。
「ナイスピッチ! いやー、やっぱあんたは本物だよ!」
「フン……ナイスピッチ」
「うんっ! ありがとう!」
ベンチに戻ってきた野手陣がフランドールを労う。
中でも、対戦経験のある萃香と幽香は特に嬉しそうである。
「よーし! それじゃあ行ってくるよ!」
「ああ! ぶちかましてきな!」
一番打者のため、一息ついてすぐにフランドールは打席に向かって走っていった。九球とはいえ全力投球のすぐ後にも関わらず、元気いっぱいの様子だ。
因みにピッチャーである彼女が一番を打つ理由は、出来る限り打席に立ってバッティングの感覚を掴んでほしい、というパチュリーの考えからである。
「なあパチュリー。捕るたんびにミットから大砲ぶっ放したような音してるけど、痛くないのか?」
「対物理障壁を幾つも利かせてるから。ただ、手は痺れるわね」
「じゃあもっと利かせればいいじゃんか」
「現時点で手を動かすのが精一杯なくらい利かせてるわ。……そうね、例えるなら貴女のブレイジングスターを受けられる程度よ」
「おいおい……」
ギィィン!
「「おっ?」」
打順が遅い事もあり、ベンチに座って談話を交わしていたパチュリーと魔理沙の耳に、鈍い打球音が飛び込んできた。
手が痺れたようなそぶりを見せながら一塁へ向かって走るフランドールを見るに、どうやらバットの根元で打たされたようだ。
「はは。フランの奴、ピッチングはとんでもないけど、打つ方はあんまり得意じゃ無さそうだな」
「あら、そう見える?」
「ん? なんだよその意味深な言い回しは」
「ホラ、打球」
「打球? 打球は――……!?」
グリップに近い位置で、しかしフルスイングで捉えられた打球。
「マジかよ……!」
ゆっくりと放物線を描いて、レフト際のポールに吸い込まれた。
「せ、先頭打者……」
「ホームラン……!」
打たれた小悪魔のみならず、ベンチのメンバーさえ驚嘆するまさかの先頭打者ホームランである。
一方で打ったフランドールは、打球を見失った為かセカンドベース上にて立ち止まっていたが、萃香の「回れ回れー!」という声に慌てた様子で走りだし、そのままホームベースを踏んだ。
「フラン様、ナイスバッティン!」
「あ、ありがと美鈴! ていうかさ、球が全然こなかったけど、何がどうなったの?」
次打者の美鈴とハイタッチを交わしながらも、未だ状況が掴みきれない様子のフランドール。
「なーに言ってんのさ! ホームランだよ、ホームラン!」
「え? ホームラン、私が打ったの?」
「そうだよ! もっと喜びなよフラン!」
「フン……ナイスバッティン」
「見事だったわよ、フラン」
「ホームラン……やったあ! あははっ!」
しかしベンチ総出の祝福を受けて、ようやく自分が打った事を理解し、フランドールは花が咲いたように笑った。
そんな光景に癒されつつ、打席に向かう美鈴。ふいに、背中に嬉しさいっぱいの応援を受ける。
「美鈴っ! 頑張ってね!」
それは、暖かく心強いエール。
「任せて下さいッ!」
彼女はノッた。
キィン!
綺麗なセンター前ヒット。見事にフランドールの声に応える。
そして、このヒットがフランドールチームの打線に火をつけた。
キィィン!
続く幽香は右中間を破るタイムリーツーベース、スコアは2-0。
キィィィィン!
四番の萃香はバックスクリーンへの特大ツーランホームラン、スコアは4-0。
さらに妹紅がレフトオーバーのツーベースと続き、その後も鈴仙のレフト前ヒット、魔理沙のショート内野安打でノーアウト満塁とした。
「ぜえ……ぜえ……」
迎えるバッターは八番アリスという場面だが、小悪魔は疲労困憊の様子だ。
球数こそまだ二十球程度であるが、あまりの乱れ打ちに精神的に参ってしまっているのだ。
「ふ……っ!」
パスッ!
「ボール!」
球の勢いばかりか、制球もうまく定まらない。加えてバッターのアリスは野球経験こそ無いものの動体視力がいいため、ボール球には一切手を出さなかった。
「ボールスリー!」
ノーアウト満塁、そしてノースリー。絶体絶命のピンチである。
「はァ……はァ……」
練習試合とはいえ、小悪魔はこの日の為に必死でトレーニングを積んできた。
愛する主人のため、そして野球が好きになった自分自身のために、業務を放っぽりだして練習に励んできた。
その結果が――
(情けない……! 不甲斐ない……! どうしようも、ない……)
今の燦々たる現状である。
そして、この状況を打開する手立てが自分にはない。
パチュリーやフランドールの期待に応えられない……小悪魔は俯く事しか出来なかった。
「こあ……」
ネクストバッターズサークルから、そんな小悪魔の様子をパチュリーが心配そうに見る。
このままではあの子は野球を嫌いになってしまう……そんな予感が頭を駆け巡った。
「……慧音、いえ、審判」
「うむ……」
試合は中断せざるを得なくなる。
だがパチュリーには、これ以上目の前で信頼する司書の辛そうな姿を見ている事など出来なかった。
「いいんだな?」
「……ええ」
また、慧音もそんな彼女の心境を即座に理解したようだった。
「試合は――」
「――バッテリー交代よ!」
「「……!」」
その声は、フランドールチームのベンチからだった。
「し、師匠……?」
三塁ベース上で鈴仙が目を丸くする。
「お前ら……!」
グラウンドに向かう二人を見て、妹紅が驚きの表情を見せる。
「……やれやれ、おせっかいね」
そして、言葉とは裏腹にパチュリーの表情が俄かに明るくなる。
そう、彼女達は――
「キャッチャー、蓬莱山輝夜!」
「ピッチャー、八意永琳」
月の頭脳。そして月の不沈艦。
◆
「どりゃあァァ!」
キンッ!
幽々子の放った打球がセンター方向に飛んでいく。伸びはなく、打ち損ねた打球である。
「――橙! 左斜め前に七歩だッ!」
パシッ!
「やった! ナイスキャッチ!」
「敵に塩を送るな!!」
青チームのセンターを守る橙が見事にこのフライを処理した。赤チームのメンバーである藍のアドバイスによって。
「ま、まあまあいいじゃないか。ほら、次はお前さんの打順だぞレミリア嬢」
「チェンジだ馬鹿狐!」
すまんすまん、などと言って苦笑する藍。しかし背後に『死の気配』を感じ、全身の毛を震わせる。
「ゆ、幽々子?」
「……死を讃えよ……」
「あの、怒って、らっしゃいます?」
「……死は幸いなり……」
「お、お、落ち着いて下さい! 謝りますから! ね?」
「いざ、幸いの地へェェェェェェェェェェ!!」
「わあああああぁぁぁぁぁ!?」
こんな感じで、午前中の厳しいテストとは正反対に、ミニゲームはほのぼのとした空気漂うものになっていた。
外野を任されている候補者達も段々プレーに慣れてきたらしく、プレッシャーもないため伸び伸びと守備や打撃に励んでいる。
楽しむ中から学ぶ――単純な思い付きに見えてこのミニゲーム、実はかなり考えられているのである。
「今度は打たせてもらうわよ! こいし!」
「今度も打たせないよ!」
本日三度目の対戦となるこいし対紫。イニングは既に6回を回っている。
いくつかエラーこそあるものの、両投手の抜群の安定感が光ってここまでのスコアは0の行進である。
「っ!」
スパァァァン!
残すイニングはあと二回だが、前のイニングの咲夜と同様このこいしも全く球威に翳りを見せていない。
青チームの四番を打つ紫。インサイドに切れ込む鋭い直球を空振りする。
(まさか、ここまでとはね。あのレミリアを三振に切って取ったのも頷ける)
ガギン!
(でも、これで今日三回目。クリーンナップを打つ者として……これ以上不様な姿は見せられない!)
キィィィン!
「――!」
カウント2-1からの低めのカーブを的確にすくい上げた打球は、ライトを守るチルノの頭上を越えていった。
が、僅かに角度が足りなかった為か、結界で作られたフェンスに阻まれてホームランにはならない。
「わわッ!?」
ところが、結界に弾かれたクッションボールの処理をチルノが手間取っている。
センターの妖夢がカバーに向かうも、依然打球はライト定位置辺りを転々としていた。
(妖夢と藍の中継なら……狙って、みるか!)
そんな状況を一瞥した紫。二三塁間の中央辺りからさらにオーバーランを始めた。
そう、狙うはランニングホームランである。
「……! ふん、面白いじゃない!」
それに気付いたレミリア。守備位置の三塁を完全に開け放ち、突然一二塁間に向かって走りだした。
「妖夢ッ! 中継はレミリアよ!」
「――! はいッ!」
ようやくボールに追い付いた妖夢。幽々子の声に従い、三塁から駆け付けたレミリアにしっかりコントロールされたボールを送った。
ランナーの紫は既に三本間の真ん中辺りまで進んでいる。しかし、レミリアは特に急ぐわけでもなく、ホームに向かって大きく振りかぶった。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「――!」
そして放たれたボール――ワンバウンドしそうな軌道がぐんぐん伸び、凄まじい球速を伴ってさとりのミットに向かい一直線に疾る。
「くっ……!」
タイミングは完全に五分、いや、僅かに送球が早い。
紫は自然と、体をホームベースに向かって投げ出していた。
ズドォォォン!
ボールがミットに納まった。さとりはタッチに向かい、紫はそれを掻い潜るために頭から滑り込む。
そして――
「……セーフ!」
ゲームの均衡が、ついに破れた。
「ナイスバッティン!」
「紫様凄ーい!」
「すごいのかー!」
歓喜に沸く青チーム。しかし、それも当然である。何故ならここまで青チームは、相手投手のこいしに対して得点は勿論、ただの一本のヒットすら打てていなかったのだから。
一安打で一得点、対する赤チームは五安打で得点なし――これだから野球は面白いのである。
「ナイスバッティング。あの低めのカーブをよくもまあ打ったわね」
「ノーヒットノーランは幾ら何でもかっこわるいじゃない? といっても、打てたのはたまたまだけど」
「でも、この一点は大きい。次のラストイニング、しっかり抑えなくてはね」
「先頭打者、誰か分かってる?」
「ええ、勿論」
ベンチにて二人が話している内に、後続の打者の橙、リグル、ルーミアが打ち取られる。
多少制球がずれる事はあったものの、打たれたこいしに目立った動揺は見られず、精神的に充実していることが伺える投球だ。
しかし、相対した候補者三人も負けてはいない。三振を喫した者は一人もなく、しっかりとスイングしての結果だった。
野球経験の少なさや、対戦相手がレミリアや紫すら手玉に取ったこいしである事を考えれば、立派な結果であると言えるだろう。
「みんな、ごめん……! でも、絶対逆転しようね!」
「勿論!」
「取られた分は取り返そうじゃないか! ――ん? チルノ、お前……」
「………」
最後の攻撃を控え未だ士気衰えない赤チームだが、そんな中でライトを守っていたチルノだけが俯いている。
「あたいが……あたいが、ちゃんと出来てれば……!」
悔しそうな顔でぽろぽろと涙を流し、声を震わせるチルノ。
今の打球処理の分を差し引いても、ここまで特にミスなくやってきていた事は、経験の少なさから考えて十分称賛されるべき事である。
しかし彼女は悔しくて、申し訳なくて、情けなかった。自分は足手まとい……頭に浮かんでくるのは、それだけだった。
「……税金みたいなものよ」
「え……?」
そんなチルノの背中に飛んでくる声。バットを握り、打席に向かうレミリアである。
「貴女のミスくらいもともと計算の内って事よ。分かったらメソメソ泣くんじゃない」
「な、な……!」
「それでも悔しいと思うなら、しっかり声を出しなさい。まだゲームは終わってない」
「わかってる! 一番でっかい声出してやるっ!」
「ふふ、なら結構」
顔を真っ赤にして言うチルノを見てくすりと笑い、レミリアはゆっくり打席に入った。
「――さあ、来なさい咲夜」
(お嬢様……!)
一方、マウンド上の咲夜。先程までの猛々しい姿とは正反対の、静かで落ち着いた感じの主を見て、何とも言い難い戦慄を覚えていた。
打たれる予感、とでも言えばいいだろうか。どんなコース、どんな球種であっても、全く抑えられる気がしないのだ。
「………」
また、キャッチャーのさとりも、咲夜のそれと同じようなものを感じていた。
半分遊びのミニゲームとはいえ、敬遠出来るものなら敬遠したい――そう思わせるほど、今のレミリアには隙が見えない。
――敬遠しても構わないわよ? 私の足を止められる自信があるならね
「……!」
ふいに第三の目に飛び込んできた、全てを見透かされているかのような静かな心の声。
さとりは確信した。今のレミリアには、何をやっても通用しない、と。
(こうなってしまっては、もう咲夜さんの全力投球に託すしかないわね……)
そして、彼女の出した答えは――
(直球……。コース高低共に指定なし……か)
小細工なしの、直球勝負。
しかし、これは何も勝負を諦めたわけではない。
投げる球がないなら、最も力のある球で真っ向勝負――そういう意気のもとに出されたサインだ。
さらに、どこへ来ても自分が必ず捕るから力の限り投げ込んでこい、という信頼の表れでもあった。
そして咲夜は、そんなさとりの考えを即座に理解し、頷いた。
「お嬢様、行きます……!」
「ふふ、いい顔ね、咲夜。いつでも来なさい」
心から慕ってやまない主、しかし今は最強の対戦相手……高揚から来る笑いを押し込め、咲夜は全身全霊の一球を投げ込んだ。
(速い。でもはっきり見える。狙うはバックスクリーン一本。来た、球が大きく見え――)
ゴスッ
「「………」」
一同「………」
「ぼ……ボールデッド」
「た、球が、大き……く……」
どさっ……
「お、お嬢様!? 大丈夫ですか! お嬢様、お嬢様ぁぁぁぁぁ!」
咲夜の投じた全力のストレートは一直線にレミリアの眉間を捉え、その結果彼女は気を失ってしまったのだった。
因みに、臨時代走のこいしが起用されて試合が再開されたが、特に波乱なく試合は1-0で青チームが勝利した。
「――皆、お疲れさま。これにてテストは終了よ」
昼下がりの白玉楼。
一列に並んだ候補者達に、紫が労いの言葉を掛ける。
また、紫の背後にはアルティメットブラッディローズの先発メンバー達がいて、暖かい眼差しを皆に送っている。
「それでは、合格メンバーの発表をするわ」
候補者、先発メンバー、その誰もが固唾を飲んで待つ中、紫は優しく笑い、そして言った。
「全員……不合格!」
一同「ええ!!?」
まさかまさかの合格者なし。これには候補者のみならず、先発メンバー達も一斉に驚きの声を上げた。
「紫様、幾ら何でもそれは……」
「理由くらい説明しなさいよ。たった一言で、ハイさようなら、なんて納得できない」
「そうねえ、私も理由が聞きたいわ」
石化したように固まる候補者を半ば無視する形で、先発メンバー達が次々と紫に詰め寄って説明を求める。これでは誰が失格になったのかわからない。
そんな皆を、まあまあ落ち着いて、と困ったように笑って制し、ついでに固まったままの候補者を我に返らせた後、紫は静かに理由を語りだした。
「チルノ、大妖精、ミスティア、リグル、ルーミア、そして橙。正直に言うわ。貴女達のガッツは、私の予想を超えていたわ。本来、誰か一人でもそれくらいのガッツを見せた子がいたら、即メンバー入りしてもらうつもりだったのよ」
一同「………」
「でも、どんなに辛く、どんなに苦しい状況でも常にひた向きだった貴女達を見ていたら、私の推量で決められた枠組みの中に押し込めてしまうのは愚かな事だと気付かされた。それほどまでに、貴女達は素晴らしかったわ」
紫の言葉には、優しく包み込むような包容力と、確かな重みがあった。
偽りない賛辞、敬意――チルノの、大妖精の、ミスティアの、リグルの、ルーミアの、橙の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「だから、ここからは貴女達一人一人が自分の意志で、野球の素晴らしさを伝えていってほしい。まだ野球を知らない人達、野球の楽しさを知らない人達、そんな人達に、貴女達のそのガッツでね。最後に……」
隙間を開き、そこから何かを取り出す紫。
「これは私からの贈り物よ。受け取って頂戴」
「あっ!」
「わあ……!」
「ピカピカだー!」
まず、グローブ。続いてバット、スパイク、皮手袋。全て新品である。
それらを手に取って歓喜する候補者達を見て、紫は嬉しそうに微笑む。
「貴女達はもう、単なるアルティメットブラッディローズの候補者ではない。それぞれが立派な一人のベースボールプレイヤーよ。腕を磨き、仲間を見つけたら、今度は私達と真剣勝負をしましょう。約束よ?」
「うん! 約束だ!」
「きっとだよ!」
「負けないから!」
「勝負なのかー!」
「はい! 必ず!」
「……良し!」
こうして、一日に渡るテストは終了した。
候補者達は皆晴れ渡った表情で白玉楼を後にし、先発メンバー達は満足そうに屋敷へと入っていった。
「――あの、紫さま」
そんな中、最後まで庭に立つ影が三つ。八雲一家である。
「私……私、これからも頑張ります! いっぱい練習して、しっかり捕れるようになります! それに、それに……」
「――そうそう、一つ言い忘れていたわ」
「え……?」
「藍、明日から貴女は橙に付きっきりで外野の守備を教えなさい。ライトの守り方を、ね」
「……! 心得ました!」
「紫さまっ!」
「言っておくけど、外野の守備は大変よ?」
「はい!」
「しっかり学び、人一倍練習して、私の目に狂いがなかった事を証明してみせて頂戴」
「はい!!」
「期待してるわよ、橙!」
「ぐすっ……! はいっ!!」
こうして、アルティメットブラッディローズの九人目のメンバーが決定した。
暫定ポジションはライト。元代走要員、凶兆の黒猫、橙である。
彼女の直向きな姿は、チームに新たな活気を吹き込んでくれることだろう。
「……よかったね、橙!」
「――紫さま、藍さま、みんな、大好き!――ふふ、こちらまで嬉しくなってしまうわね」
「嬉しい? クサすぎて寧ろ恥ずかしいわよ」
「ふふ、でも本当に嬉しそうですね」
「愛の力、かしらねえ妖夢」
「愛の力、ですよ幽々子様」
庭先で繰り広げられる愛の劇場――覗き見していたメンバー達は、互いに笑い合い、そして橙を祝福した。
さて、これにて出揃った、アルティメットブラッディローズの九人のメンバー達。
しかしこのすぐ後に、これまでやってきた全てが引っ繰り返るような事態になろうとは、誰一人予想していなかったのだった。
◆
ノーアウト満塁、しかもノースリーという絶体絶命の状況の中、交替したピッチャーの永琳は至極落ち着いた様子で投球練習を行っていた。
肘から先がオーバースローの形そのままという独特のアンダースローから放たれるボールは、綺麗な回転と鋭いキレを伴って、彼女と同時に交替した輝夜のミットに快音を響かせている。
因みにマウンドを譲った小悪魔は、図書館防衛隊の皆の声もあり、守備位置をファーストに替えて出場を続けていた。
何だかんだ言って、小悪魔は人望が厚いのである。
「プレイ!」
七球の投球練習が終わり、慧音のコールで試合が再開された。
(浮かび上がって来るような球筋……見極めが大変そう。ともかく、一球は様子を見よう)
バントの構えをちらつかせるアリス。あわよくば永琳の制球を乱そうという狙いだが――
スパアァァン!
「ストライィィィィィッ!!」
そんな魂胆を見抜いているかのような、ハーフスピードのストレートがど真ん中に収まる。
「………」
全力でない事を踏まえても球速はフランドールのそれに遠く及ばないが、ミットから弾き出される捕球音は実に鋭い。例えるなら、カノン砲とライフル銃と言ったところだろうか。
ネクストバッターズサークルからパチュリーが目を光らせる中、永琳はゆっくりと振りかぶった。
(次は何が来る……? 厳しいコース、球種も変えてくる……?)
スパアァァン!
「……!」
初球と全く同じ球速の、ど真ん中のストレート。虚を突かれたアリスはバットを出すことが出来ない。
間髪置かず、永琳は既に構えに入っている。
カウントツースリーからの、第三球――
(次は決め球が来る! 次は……)
スパアァァン!
ハーフスピードの、ストレート。
「バッターアウトォォ!!」
バットを振る前に球が来た――アリスに言わせれば、まさにそんな打席だっただろう。
それは、球が速いとか遅いとかの話ではない。言うなれば「振ろう」と思い立つ前に終わらされた、という事だ。
そしてそれは、打つ側にとっては球速以上に厄介な問題である。
「ごめんなさい……。こんなチャンスにバットも振らず三振なんて……」
「経験の差を生かされたのよ。貴女の責任じゃない。それはそうと、打席に立ってみてどうだった?」
「比べる対象がないから何とも言えないけど、一言で表すなら『綺麗』だったわ」
「成る程、十分よ」
「パチュリー、頑張って」
「ええ……!」
アウトカウントが一つ増え、状況はワンアウト満塁。打席には九番キャッチャーのパチュリーが入った。
依然フランドールチームのチャンスであるが、マウンドに立つ永琳の表情は一貫して変わらない。
(見事なポーカーフェイスね……読みづらい事この上ない)
打席の一番後ろに立ち、ゆったりとした構えでボールを待つパチュリー。
バットは若干短く持ち、腕の位置も幾らか低く、どんなコースのどんな球種に対しても対応する魂胆だ。
一方、そんなパチュリーに対して投げ急ぐのは危険と判断したのか、先程のアリスとの対戦ではかなりの速いテンポで投げていた永琳が、今回は時間を掛けている。
「さぁて、何を出してくるやら。あんたはどう見る?」
「フン……まあ、正攻法でしょうね」
「その心は?」
「小細工を弄する意味は薄いし、何より――」
バキッッ!
「――そんな事をする必要がない」
たっぷり時間を掛けて投じられた第一球は、急激に胸元へ抉りこむシュートボール。
スイングにいったパチュリーの右手を直撃せんばかりの鋭いボールが、バットを真っ二つにへし折った。
「……ふふふふ、私の目に狂いはなかったようね。八意永琳、相手にとって不足はないわ!」
「おいおい、何でそんなに嬉しそうなのさ。チャンスを潰すかもしれないって時に、不謹慎ってもんだよ?」
「フン……隠しても無駄よ。貴女も心では随分昂ぶってるじゃない」
「ははっ、バレたか!」
結局一緒になって盛り上がっている不謹慎な鬼とフラワーマスター。
そんな彼女達を余所に、替えのバットを持った次打者のフランドールが打席のパチュリーのもとへ走っていった。
「パチュリー、これ」
「ええ。ありがとう」
「大丈夫……?」
「大丈夫、と言いたい所だけど、かなり難しいわね。でも……」
不安そうなフランドールににこりと笑い掛け、彼女は打席の方へ体を向けた。
「そう簡単に、打ち取らせる気はない……!」
「うん! 頑張って!」
その声援に頷き、打席に入るパチュリー。
お待たせしたわ、という彼女の言葉に、キャッチャーの輝夜は微笑みながら右手を軽く上げる。
ワンアウト満塁、カウントワンナッシング、慧音のコールにより、試合が再開された。
その、第二球――
(胸元、いや、曲がる……!)
キィィン!
「よしっ……!」
胸元のボールゾーンから急激に中へ切れ込むスライダー、それを的確に捉えた打球は、永琳の足元を抜けセンター前に――
パシッ!
「――! ランナー、バック!」
抜けず、素晴らしい反応を見せた永琳のグラブに納まった。
「マジかよ!」
「くっ!?」
とっさに帰塁するよう声を出すパチュリーだったが、一塁ランナーの魔理沙と三塁ランナーの妹紅は既に塁間真ん中辺りまで進んでいる。
結局永琳は一塁を守る小悪魔にボールを送り、余裕のダブルプレーでスリーアウトチェンジ。フランドールチームはノーアウト満塁からのチャンスを棒に振ってしまったのだった。
「くっそー、私とした事が……」
「あのケースはさっきの判断で間違ってないわ」
「ん、そうか?」
「すぐに戻ったとしても、恐らくボールをわざと落として結局ダブルプレーを取られた筈よ」
「成る程、どっちにしろ駄目だったって事か。でも、普通にヒットになると思ったんだけどなあ」
「私も打った時、思わず、よし! と言ったけど……今思えば意図的に打たされた気がするわ。さあ、気持ちを切り替えて行きましょう。まだ試合は始まったばかりよ」
「ああ!」
一つ進んで、イニングは二回の表。
スコアは4-0でフランドールチームがリードしているが、前のイニングのチャンスを潰したことであまりいい流れとは言えない状況である。
「みんな、しまっていこー!」
しかし、マウンドのフランドールはそれを引き摺っている様子もなく元気いっぱい。
寧ろ永琳の見事なピッチングに触発されてか、ますますやる気を滾らせているようにさえ見える。
「フラン様、お願いしますー!」
「うん! 手加減なしだよこあちゃん!」
迎えるバッターは、先発ピッチャーを勤め、現在はファーストに回っている四番打者、小悪魔。
先程のショックからはすっかり立ち直ったらしく、元気な笑顔で一礼、フランドールもまた、それに負けない笑顔で返した。
(やれやれ……永琳達に借りが出来てしまったわね)
二人のそんなやりとりを見て思わず苦笑しつつ、パチュリーはサインを出す。
それに大きく頷いた、二回表、フランドールの第一球――
「ふッ!」
投じられたのは先程のイニングでは見られなかった比較的緩いボール。そう、パチュリーが要求したのは、幽香との勝負で使ったナックルである。
(今のうちに、このボールの落ち方に慣れておかなきゃ……)
あの時のように後逸してしまっては、折角の素晴らしいボールも意味を為さない……そんな考えから、今のこの練習試合という最高の機会で慣れてしまおうという魂胆だ。
真ん中高め辺りをハーフスピードで飛んでくるボール。絶好の打ちごろの高さからこのボールが――
(落ち――……ない!?)
キィィン!
「――!」
――落ちない。
その為、素直にスイングにいった小悪魔のバットに的確に捉えられ、左中間を破るツーベースヒットを許してしまった。
「あちゃー、ここで出ちゃったかあ」
打たれたフランドールは少し悔しそうにしているが、どちらかというと自分が打たれた事より打った相手を称賛する傾向にある性格からか、特に気にしてはいない様子。
因みに、一人で壁当てをしていた時からナックルボールが上手くいく事は稀だったという事もその一因であるようだ。
(成る程……流石魔球と言われるだけあって、厄介な球だわ。あの子も私も要練習ね)
ナイスバッティング! と小悪魔に笑顔で声を掛けるフランドールを見て、胸を撫で下ろしつつパチュリーは次球のサインを送る。
ノーアウトランナー二塁、迎えるバッターは五番サードの副隊長B。
「はッ!」
ズドォォォォン!
唸るような豪速球が、再びミット目がけて疾る。
ズドォォォォォン!
体が温まってきたのに加え、心も乗りに乗ってきたフランドール。
初回のストレートを更に上回る威力に、パチュリーのミットに張られた障壁が激しく軋む。
(どんどん重くなる……! 本当、底が知れないわね)
ズドォォォォォォォン!!
「ストォォォライッ! バッターアウトォ!」
副隊長Bのバットは一球もボールにかする事なく三球三振。打者五人に対し、これで四つ目の奪三振である。
アウトカウントが一つ増え、ワンアウトランナー二塁に状況が変わったところで、次打者がゆっくりと打席に入った。
「お手柔らかに」
「その言葉、そっくり返すわ」
引き締まるパチュリーの表情。
そう、バッターは、先程のイニングから図書館防衛隊チームのピッチャーを勤めている月の頭脳、八意永琳だ。
「お願いします、フランちゃん」
「よろしくね! 手加減無しだよ、永琳さん!」
「勿論よ。それと、永琳でいいわ」
「フランでいいよ! 永琳!」
フランドールの言葉に永琳はにこりと笑い、バットを高い位置に構えた。
一見速い球に反応するには向かなそうなフォームに見えるが、腰の使い方一つで鋭いダウンスイングが出来るため、確かな技術さえあればあらゆる球に対応できる理想的なフォームの一つと言える。
そして、今打席に立つ永琳がその「確かな技術」を持っているであろう事を、パチュリーは即座に感じていた。
(でも……今のフランなら、それすら問題にしない筈)
マウンドに立つフランドールも当然、永琳の放つ包み込むような威圧感を感じている。だからこそ、彼女はパチュリーから出たサインが嬉しかった。
コース、高さ指定なしのストレート――それは、揺るぎない信頼の証。力を信じてくれるからこその、最大限の称賛なのである。
「行くよっ!」
「ええ!」
投球モーションに入りつつ、フランドールは思った。今ならかつて無いほどの力が出せる、と。
全身を駆け巡る力が、ただ一点、右手に集結される……そんな気がした。
そう、右手に――
「はあああああアアアアアアァァァァァァァ!!――」
何もかも、上手く行っていた。
怖くなるくらい順風満帆の、この数日間だった。
これから先も上手くいくだろう――
素晴らしい試合が出来るだろう――
そう思っていた。
チームのみんなも、きっとそう思っていた。
――……
でも、
それが駄目になるのは、
いつも一瞬の事。
楽しい夢が覚めるのは、
いつも一番いい場面。
「あ……」
楽しさ、
嬉しさ、
幸福感、
期待感、
それらを、全部込められたボール。
「あ……ああ……」
私の手を離れたすぐ先の空間で、
パチュリーのミットに納まる前に、
音もなく、
跡形もなく、
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『壊れ』た
■暫定メンバー
《アルティメットブラッディローズ(こいしチーム)》
投手:古明地 こいし(左投左打)
捕手:古明地 さとり(右投左打)
一塁手:八雲 紫(右投両打)
二塁手:十六夜 咲夜(右投右打)
三塁手:レミリア・スカーレット(右投右打)
遊撃手:西行寺 幽々子(右投右打)
右翼手:橙(右投右打)
中堅手:魂魄 妖夢(左投左打)
左翼手:八雲 藍(右投両打)
《フランドールチーム》
投手:フランドール・スカーレット(右投右打)
捕手:パチュリー・ノーレッジ(右投右打)
一塁手:伊吹 萃香(右投右打)
二塁手:紅 美鈴(右投右打)
三塁手:霧雨 魔理沙(右投右打)
遊撃手:鈴仙・優曇華院・イナバ(右投左打)
右翼手:アリス・マーガトロイド(左投左打)
中堅手:風見 幽香(右投左打)
左翼手:藤原 妹紅(右投右打)
マネージャー:博麗 霊夢(右投右打)
臨時コーチ:上白沢 慧音(右投両打)
《図書館防衛隊チーム》
投手:八意 永琳(右投両打)
捕手:蓬莱山 輝夜(右投右打)
一塁手:小悪魔(右投右打)
二塁手:隊員A(右投右打)
三塁手:副隊長B右投右打)
遊撃手:隊員F(右投右打)
右翼手:隊員B(左投左打)
中堅手:副隊長A(左投左打)
左翼手:隊員D(右投右打)
続く
「うん! ただいま、美鈴!」
「おおー、す、凄いメンバーですねえ!」
「貴女もその一員よ。しっかり自覚を持って臨みなさい。いいわね?」
「ハイっ!」
最初は、遠い話だと思っていた。
破壊する事しか能のない私みたいな異端者が、野球なんて、しかもキャプテンなんて、出来るはずがないと思った。
「ん? 今気付いたけど、お前さん左手首んとこどうしたんだ?」
「魔理沙もじゃない。……(お、お揃い!?)私のは、まあ、ちょっと魔法の研究で……」
「はは、そうかそうか。私も同じさ。お揃いってやつだな!」
「!」
でも、そんな私を熱心に誘ってくれた、こいしの気持ちに答えたくて。
何にも知らない私を沢山サポートしてくれた、パチュリーの気持ちに答えたくて。
「へえー、文字通り見れば見るほど紅いねえ。ははっ!」
「あれ? あんた初めてだった?」
「正式にはね。忍び込んだ事は何度かある!」
「何してんのよ。忍び込むんなら金目の物一つくらい持ち出して、少しは神社の発展に貢献しなさい」
「おお、悪い悪い! はっはっは!」
「フン……醜い会話だこと」
私の呼び掛けに応えてくれた、メンバーの気持ちに答えたくて。
そして、私の事を心配しながらも今回の事を許してくれた、お姉様の気持ちに答えたくて。
みんなの、みんなの気持ちに答えたくて、私はこの三日間を駆け抜けた。
「それにしたって、でっかい屋敷だなあ」
「ふふん。貧乏人にはさぞや物珍しいんでしょうね」
「何だァ!? 喧嘩売ってんのか!?」
「おいおい、人様の家の門前で何をやってるんだお前たちは」
「ふふ、二人とも元気が有り余ってるみたいね」
「ドキドキ……」
「あらあら、緊張してるの? ウドンゲ」
「そそ、そんなこつなかですたい!」
新しい出会い、新しい景色、新しい繋がり。私の世界は、見違えるくらいに広がった。
暗い部屋に閉じこもって、何をするにも無気力だった私は、もういない。
嬉しい。凄く、嬉しい。
「本日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ! その代わり、最ッ高の記事にしてね!」
「はい! もちろんです!」
頼りになるメンバーのみんな。パチュリー、魔理沙、アリス、霊夢、萃香、美鈴、幽香、妹紅、ウドンゲイン。
サポートしてくれるみんな。慧音、永琳、輝夜、文、椛。
まだ全員は知らないけど、相手チームのみんな。こいし、お姉様、咲夜、紫、幽々子、妖夢。
みんなみんな、本当にありがとう。
「じゃあ、みんな!」
そして、
「ようこそ! 紅魔館へ!」
これからもよろしくね!
野球しようよ! SeasonⅥ
「橙、上手くなりたい?」
紫による激しいノック、それを必死に受けている五人――そんな状況を目の当たりにして狼狽える橙に向かい、幽々子は静かに、しかし厳格に語り掛ける。
「え……」
突き刺すような視線、橙はすぐに答えることが出来なかった。多少の混乱もあるものの、幽々子のそれに気圧されているのだ。
自信を持って「ハイ!」と言えるだけの覚悟が、彼女にはまだ出来ていない。
「どうしたの? 上手くなりたいか、そうでないか、どっち?」
「あ……あの……」
舌が上手く動かない。まともに目を見ることが出来ない。
膝が震えてくる。体中から嫌な汗が噴き出す。……怖い。
「………」
隣に立つ藍の、固い決意が見て取れる表情。こいしは助けてあげたい気持ちをぐっと抑える。
今ここで余計な手助けをしたら、橙は前に進む事が出来ない――藍のそれは、こいしにそう思わせるに十分なものだったからだ。
訪れる重苦しい沈黙。
しかしそんな事はお構い無しと言わんばかりに、紫のノックは続いている。
パシッ!
「よし! ナイスキャッチよ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
五人の動きはお世辞にも上手いとは言えない。
しかし、心なしか軽快な捕球音も時たま聞こえてくるようになってきていた。
「次、行くわよッ!」
「来るのかー!」
キィン!
そして何より、誰一人辛そうな顔を見せず、それどころか楽しそうにすら見える。
それを意識してかしないでか、先程まで鬼の形相だった紫も、少しずつ嬉しさに似た表情を見せ始めていた。
パシッ!
「ナイスキャッチ! やればできるじゃない!」
「やったのかー!」
「………」
最初に浮かんできたのは、好奇心。
拙いながらも溌剌とプレーする彼女達が何だか羨ましくなり、体の震えが少しづつ止まっていった。
次に浮かんできたのは、こいしや幽々子を始めとするメンバー達への思い。
チームの一員としてもっと力になりたい、そんな思いが、幽々子の視線を真っ向から受けとめさせた。
「……幽々子さま!」
そして、最後に浮かんできたのは、背後に立つ大好きな主への思い。
自分を推薦してくれた、つまり期待してくれた主に対して、それに応えたいという素直な気持ちが、一つの言葉を橙に紡がせた。
そう――
「上手くなりたい……! 私、上手くなりたいです!」
それは覚悟というより、『強い思い』と言った方が正しいだろう。
自分でも驚くほど気持ちが昂ぶり、自然と顔に自信が満ち、そして橙はあの五人のように、どこか楽しそうに笑った。
「紫のノックは厳しいわよ?」
「ハイ!」
「貴女といえども、恐らく手加減はないわよ?」
「ハイ!」
早く行かせて――暗にそう言っているかのようである。
そして幽々子は、橙の顔をもう一度見据えたかと思うと、優しい笑顔で言った。
「行ってきなさい。藍と一緒に、ね」
「「え?」」
キィィン!
「……!」
ビシッ!
「腰を落しなさい! ボールを怖がっていて守備が勤まるほど野球は甘くないわ!」
「はい! もう一球お願いしますっ!」
幽々子の言葉通り、紫は一切の手加減なく橙にボールを打ち込んでいる。いや、もしかすると、これまで誰に打ってきた打球よりも強烈なものかもしれない。
それはまるで、覚悟の程を試すかのような厳しいノックだ。
キィィィン!
(腰、腰を落として……)
ドスッ!
「あぐ……っ!?」
腰を落としたのはいいものの目測を誤った為、凄まじい勢いのボールが下っ腹に直撃する。
「げほ、げほ……」
「貴女の覚悟はその程度!? やれないならさっさとどきなさい!」
壮絶、いや、凄惨といえるような光景に、休憩に入っていた五人を含むチームのメンバー達は息を呑む。
経験を積んだ者でも捕れるかどうかという球を、数日前まで野球という言葉すら知らなかった己の式の式に、容赦なく紫は打ち込んでいるのだ。
「はっ、はっ……大丈夫ですっ!!」
「だったらすぐ構える! 次行くわよ!」
「はい!!」
過酷なノックはすぐさま再開される。
しかし、その後も一切の加減を知らない打球に、橙の体に少しづつあざが増えていくのみである。
「橙……」
ここまで何も言わず見守ってきていたこいしだったが、これには流石に不安を覚え始めていた。
このままでは橙は潰れてしまうのではないか……そんな思いが頭をよぎり、表情が歪む。
「――全く、キャプテンともあろう者が、何を沈んでいるのよ」
そんなこいしの横に立ったレミリアが、呆れたような顔で声を掛ける。
その表情は、うまくいく事を確信したような感じである。
「ん、ごめん……」
「何も心配する必要はないわ。ほら、あの子の顔、見て御覧なさい」
「え?」
ボールを追う橙の顔――
「笑ってる……?」
「それだけじゃない。ボールを追う位置も的確だし、後ろに逸らさなくなってるわ」
「ちょっと幽々子……私が言おうとした事を奪うんじゃないわよ」
「うふふ、細かいことはいいじゃない。ね、さとり?」
「私に振らないで下さい。……でもあの子、本当に主達が好きなのね」
「えっ、どうして?」
「心の声がね、凄く嬉しそうなのよ」
「ふっ、ふっ……! もう一本!!」
単独ノックが始まってから十数分。しかし、橙は辛いなどとは思っていなかった。
苦痛や疲労などより、慕ってやまない主の主に、こうして他のメンバー達と対等に扱ってもらえる事の嬉しさが勝っているのだ。
そして――
「橙! ボールから最後まで目を逸らすな! お前なら出来る!」
心より愛する主から送られる暖かいエール。この二つが揃ったなら、橙が恐れるものなど何もない。
キィィィン!
「――!」
ボールが、遅く見えた。
弾む先がどこなのかが、はっきり分かった。
(腰を落として、ボールから目を離さない……よしっ!)
パシッ!
「あ……」
紫が放った打球、実に六十二球。
一球たりとも手が抜かれていないそれを、橙は受け続けた。
「や、やった……!」
後ろに逸らした打球、二十五球。
体にぶつけた打球、十六球。
前に落とした打球、二十球。
そして――
「やったーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
捕った打球、一球。
◆
パチュリー先導のもと、フランドール一行は紅魔館の真っ赤な廊下を進む。
館内は妖精メイド達が清掃に従事しており、挨拶されては返し、また挨拶しては返され、外から見た時より遥かに広い廊下を移動していく。
「凄いな、ここ。なあフラン、どういう仕組みになってるんだ?」
「確かね、咲夜が空間をいじくってるんだってさ。ああ、咲夜っていうのはここのメイド長だよ」
「へえー、そりゃあ便利だな。出来たら私ん家にもやってほしいよ」
「ふふん、貧乏人」
「んだとォ!? やんのか!?」
「こらこら、止さないかお前たち。それはそうと、これはどこに向かっているんだろうなあ」
「んー、わかんない。でもさ、パチュリーの事だからきっとしっかりした場所だよ!」
練習場所に案内する――そう皆に伝え、ふよふよと何処かへ飛行するパチュリー。その詳しい行き先はキャプテンであるフランドールすら知らされていなかった。
だが、着いてからの楽しみにしよう、と考える一同は、表立って聞き出そうとしない。
皆が皆、粋な奴らなのである。
「足元に気を付けて」
とある場所で廊下は曲がり、そこから地下に続く階段に入る。
窓がなく、最低限の照明しか設置されていないため、ここまでの館内と比べると幾らか薄暗い。
「地下っていうと、場所が限られてくるわね。まあ、私は図書館しか行ったことないけど」
「だな。練習が終わったら、帰り道ついでに図書館を物色するとするか」
紅魔館の地下にある部屋は、倉庫等を除けば三つある。
まず一つはフランドールの私室、次にパチュリーが管理する図書館、最後に遊戯室と呼ばれる地下ホールである。
広さ的には図書館が圧倒的だが、場所柄から考えてとても全体練習など出来そうにない。何より、パチュリーがそんなことはさせないだろう。
フランドールの私室は、普通に考えて野球の練習をするような場所ではない。何より、フランドールがそんなことは……させてくれるかもしれないが、広さの関係で練習に適さないことは明らかだ。
となると、消去法で残るは広さ、高さ共に次第点の地下ホールということになるのだが――
「――さあ、着いたわよ」
「え……? ここって……」
「お、おいパチュリー……いいのか?」
「そ、そうよ。本当にいいの?」
パチュリーが足を止めたのは、細かい修飾が施された大扉の前。そう、図書館に通じる扉である。
ここだけはないだろう、と踏んでいた魔理沙とアリスは思わず声を掛けるが、特に表情を変える事無くパチュリーは魔法によって扉を開ける。
「こあ、戻ったわよ」
「お帰りなさいませー! そして皆さん、ようこそお越し下さいました!」
「ただいま。さあ皆、遠慮なく入って頂戴」
「どうぞどうぞー!」
出迎えた小悪魔とパチュリーに促され、一同は取り敢えず図書館の中へと入った。
奥行きが見えない程の広大な空間に、見渡すかぎりの本棚の羅列――紅魔館が幻想郷に誇る、大魔法図書館である。
「さてと、じゃあ皆は少しくつろいでいて。これから――」
「……ちょっと貴女、ふざけてるの?」
何かを言い掛けたパチュリーに、業を煮やした幽香が詰め寄った。
「こんな場所で野球の練習なんて出来るはずがないでしょう? 例え何らかの方法で本棚を取り除いたとしても、薄暗いうえに固い床の上での練習なんて私は認めない」
そう、幽香の言う通り、幾らここが広くとも野球の練習に向いていない事は誰の目にも明らかだ。
パチュリーの事を心から信頼しているフランドールも、これには不安を覚えざるを得ず、心配そうにしている。
「成る程、貴女の言う事もっともだわ。確かにここは、とても野球なんて出来る環境じゃない。このままでは、ね」
「フン……下らない言葉遊びをする気はない。解決策があるならさっさと見せてみなさい」
「分かったわ。……こあ、あれの準備は」
「万事一切抜かり無く!」
「結構。さっそく始めるわよ」
そう言うとパチュリーは一同から少し距離を置き、小悪魔から渡された魔導書を開いた。
そして両手を高らかに上げて魔力を集中させ――
「皆、刮目なさい! これが私達の『楽園』よ!」
高らかにちょっとクサい台詞をキメたと同時に、それを解き放った。
その刹那――
「……!!」
「これって……!」
「凄いっ! 凄いですよパチュリー様っ!」
「畜生、やるなあ!」
「見事だわ……!」
「へえ、やるじゃない」
「ははっ! 天晴れ天晴れ!」
綺麗な芝に、良く均された土。
「うおー!? な、なんだこりゃ!」
「うーむ……これは驚きだ」
「姫さま、これ……」
「ええ。見事なものだわ。ね? 永琳」
「そうですね(私と同じ手法を、弱冠百歳で……か)」
さんさんと輝く照明、バットとボールを始めとする器材の数々。
「スタジアムだーーーーーーっ!!」
一同は、あらゆる野球のための設備が整ったグラウンドにいつの間にか立っていた。広大な空間転移魔法である。
これには驚嘆する者、感心する者、ちょっと悔しそうにする者等皆様々な反応を見せ、フランドールなどはあまりの嬉しさの為かパチュリーに飛び付いて頬擦りをしたりしている。
「パチュリーっ!」
「わっ……! ち、ちょっとフラン」
「あははっ! パチュリー大好き!」
「全くもう……(ぷにぷに……。レミィが見てたら何か言われそうね)それより、フラン」
「んっ、何?」
「みんなに号令をかけて頂戴。練習開始の号令を、ね」
ぷにぷにほっぺの感触に少しの名残惜しさを感じつつパチュリーは促し、フランドールは嬉しそうに頷いて体を離した。
「よーし、みんなっ!」
そして姿勢を正し大きく息を吸い込んで、先程のパチュリーに負けないくらい、高らかに宣言した。
「全体練習を始めますっ! 行くぞーーッ!!」
一同「オーー!!」
◆
昼前の白玉楼では、引き続き新メンバーを決める為のテストが行われていた。
最初のゴロ捕球、続いてノッカーをレミリアに変えてのフライ捕球とこなした候補者達。相変わらず厳しいテスト内容だったが、音を上げるものは誰一人いない。
現在は持久力のテストとして、早朝に古明地姉妹が走ったコースのタイム走が行われているが、ここまで既にかなり体を酷使しているにも関わらず、我先にと勇んで飛び出していった。
最初は彼女達を軽んじていたレミリアだったが、ここに来て少し認め始めたのか、頑張りなさい、などと照れくさそうにエールを送る姿も見て取れた。
余談だが、不思議なことに最初の五人以外は誰一人ここを訪れる事はなく、候補者はそこに橙を加えた六人のみである。
「――さあて、誰が一番早いかしらね。……賭けましょうか?」
「紫様、不謹慎ですよ。それに、橙が一番に決まっているじゃないですか」
「あら? 私はチルノだと思うけど。あの子、根性あるわ」
「ふん、甘い読みね。リグルのすばしっこさと持久力は並じゃない。それに、しぶとさも」
「ミスティアちゃんに鯨肉賭けるわ。何となく、私あの子が好きよ」
「私の一押しは大妖精の大ちゃんですわ」
「私も大ちゃんです。ていうか幽々子様、鯨肉なんてありませんよ……?」
候補者達の事を認め始めているのはレミリアだけではない。
こんな風に賭事に加担する感じで誤魔化してはいるが、皆いつの間にか贔屓のメンバーを心の中で決めていたりするのだ。
「ふふっ、皆さん、楽しそうね」
「うん! お姉ちゃんも楽しいでしょ?」
「ええ、勿論よ。……あら?」
「………」
そうして皆が盛り上がっている中、隅の方から聞こえてくる暗い心の声が一つ。
射命丸文である。
「どうしました?」
「あ……いえ、何でもないですよ。ちょっと考え事を……」
「悩み事? だったら、言ってくれれば出来る範囲で手助けするよ!」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。本当に何でもない事ですから――」
「――貴女のせいではありませんよ」
「……!」
さとりの持つ第三の目――これの前に於いては、いかなる隠し事も暴かれてしまう。さとり本人の意志を問わず、である。
「野球というものが普及していない幻想郷にあって、突然『メンバーを募集する』と言われても、勇んで動く方は少ないと思います。それに、ここ白玉楼は地理的にも特殊な場所です。普通の人間はもとより、妖魔の類であっても簡単に近付ける場所ではありません。ですから、募集の記事に応えた方が少ないのは仕方のない事ではないでしょうか」
「………」
悟妖怪が嫌われる理由――それはこうして何もかも筒抜けに心の内を知られてしまうことにある。
だから、さとりはそれを隠そうとせず、答えをすぐに返すことで相手に出来る限り不快感を与えぬ様、これまで生きてきた。
とても口には出せないような罵詈雑言を心の声で浴びせられる事もあった。優しい言葉の裏に殺しの算段をされた事もあった。しかし、それでもさとりが第三の目を閉ざすことはなかった。
そう、全ては『強いお姉ちゃん』でいるためである。
「……不快に思ったなら、ごめんなさい。でも、これは私の正直な気持ちです。貴女の新聞を見るのは先程が初めてでしたが、私は素晴らしいと思――「購読して頂けるんですね!」――え?」
ただ、中にはさとりの力を一切気にしないで接してくれる者もいる。
最愛の妹や地霊殿のペット達、地底の妖怪達や、アルティメットブラッディローズのメンバー達、そして、今目の前にいる射命丸文もどうやらその一人のようだ。
「いやー、嬉しいですよ! 面と向かって、素晴らしい、なんて言ってもらえるのは凄く久し振りですから!」
「そ、そうですか?」
「地霊殿は少し遠いですが、何、私の速力を以てすれば一切の問題はありませんから、ご心配なく!」
「はあ」
「今後とも文々。新聞を宜しくお願いします!」
「こ、こちらこそ……」
――よっしゃあ! 新規購読者、ゲットだぜ!
ハイテンションな心の声と共に、文は「美しい汗をカメラに収めてきます!」などと言って、目にもとまらぬスピードでランニングコースへ消えていった。
「………」
「新聞、明日から届くのかなあ。楽しみだね!」
「ええ、そうね……ふふっ」
「あははっ!」
さとりの中に沸いてくる、何だかよくわからない敗北感。しかし、それがなぜか可笑しくなって、姉妹は互いに笑い合うのだった。
そして、約十五分後――
「お、戻ってきたわね」
うっすらと見える幾つかの影が、ゴール地点の白玉楼玄関前に向かって駆けてきている。
昼食後のデザートのドリアンが賭けられている事もあり、メンバー達は一斉にそちらへ顔を向けた。
因みに、それぞれの賭けた状況は、紫とさとりがチルノ、藍とこいしが橙、レミリアがリグル、幽々子がミスティア、咲夜と妖夢が大妖精、である。
「お嬢様、先頭は誰ですかッ!?」
「ノリノリね咲夜。先頭は……」
「先頭は!?」
「……天狗よ」
「天狗!?」
先頭をひた走るのは、バック走のまま左右に動いて候補者達の写真を撮りまくっている、射命丸文だった。
「……退場」
しかし、空気を読め、と言わんばかりに開かれた紫の隙間によって強制退場させられる文。
流石の彼女も、撮影中の隙と、背後に開いた隙間の不意討ちとが重なっては、どうすることも出来なかった。
「お嬢様、改めて先頭はッ!?」
「少し落ち着きなさいよ。先頭は……」
「先頭は!?」
「……全員! 全員よ!」
「全員ッ!?」
状況は文字通りの横一線。そして全員が全員息を切らしながらも「負けるもんか!」と言っているかのような表情で、必死に前へと進む。
まさしくデッドヒートなその様子に、賭けを通り越してメンバー達は応援の檄を飛ばした。
「がんばれー!」
「もう少しよ! ファイト!」
「ちえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
ラスト50メートル――藍の声援を受けた橙が、僅かにリードする。
「チルノ! 勝ったらアイスよ!」
ラスト30メートル――溶けそうなほど汗を流しながらも、紫の声援(というよりご褒美)に応えようとチルノが橙に並ぶ。また、大妖精もそれに付いていく。
「勝ったら西瓜よリグル! そして負けたらホウ酸ダンゴよ!」
「ミスティア! 勝ったら鯨肉あげるわー!」
物で釣ろうとする重鎮三人に、周囲のメンバーは少し引き気味。そこまでしてドリアンが食べたいのだろうか。
そんな中、幽々子の『肉』という言葉が、とある少女の潜在能力を引き出していた。
そう……
「にぐなのがぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァ!!」
一同「――!?」
ラスト10メートル、後方から凄まじい加速で全員を躱し、そして――
「ゴールっ!! 一着、ルーミア!」
誰からも賭けられる事のなかった伏兵ルーミアは、見事に栄冠を勝ち取ったのだった。
因みに、この持久力がただのタイム走であったことを憶えているメンバーは誰もいなかった。
◆
パチュリーが用意した最高のグラウンドにてアップを終えたフランドールチームのメンバー達は、臨時コーチの慧音が出す指示に従ってキャッチボールを行っていた。
開始から五分で既に80m級の遠投をしている鬼とフラワーマスターもいれば、未だ塁間を山なりに投げる人形使いもいたりして、その肩力には差が見て取れる。
因みに「鈴仙の様子を見るだけ」と言っていた永琳と暇潰しで来ている輝夜の両名もちゃっかりキャッチボールに参加している。
「ふッ!」
ズドォォン!
「ナイスボール」
「おおー……!」
「速い、なんてもんじゃないな」
「あれで七割くらいってとこじゃないかな? にしても、やっぱいい球放るなあ!」
そんな中、皆の注目を集めているのは、フランドールとパチュリーのバッテリー組。特にその球を初めて見るメンバー達は釘付けである。
自分達のチームのエースだから、ということもあるだろうが、それ以上に球の速さに目を惹かれているのだ。
ズドォォォン!
「おおー!」
「いいねえ」
「すごーい……」
そんな風にメンバー達はちらちらと頻繁によそ見をするため、キャッチボールは遅々として進まない。
「やれやれ……仕方ない」
見兼ねた慧音が、大きく息を吸う。
「何やっとんじゃコラァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
一同「――!?」
怒号一閃。グラウンドにいた全員の顔が凍りついた。
余談だが、彼女の寺子屋には鬼河原虎太夫君(十一歳)という、十年に一度の問題児がいる。
そのあまりの素行の悪さ、最早優しく諭す事は出来ない。しかし、手を上げる事はしたくない。ならば、どうするか。
「真面目にやらんかァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
慧音が辿り着いた答え、それは『迫力』であった。
如何な問題児と言えど、大木を薙ぎ倒す霹靂の如き圧倒的な迫力の前には、案外脆いものなのだ。
そしてそれは、フランドールチームの個性豊かなメンバー達も同じ――と言うより、誰かに怒られる事などまずない彼女達であるから、その効果は思いの外大きかったようである。
「返事ッ!」
一同「オ、オー……!」
「声が小さいッッッ!!」
一同「オーッッッ!!」
こうして、どことなくだらけた空気は一掃され、メンバー達は程よい緊張感を持って練習に臨み始めた。
キャッチボールを終え、素振り、トスバッティングとこなす頃には、各々の顔に先程までは見られなかった凛々しい表情が浮かんでいる。
さあ、何でも来い――メンバー達のそんな様子を見たパチュリー。何かを思い立ったようで、ノックの準備に取り掛かっている慧音に一つの提案を持ちかけた。
「何、練習試合?」
「そう。どうかしら」
「まあ、確かにチームの力を測るにはそれが一番ではあるが」
練習試合をしてみないか――そんなパチュリーの提案を肯定しつつも、慧音は首を傾げざるを得ない。
当然のことではあるが、相手となるチームがなければ練習試合は成り立たないからだ。
「お望みならば、今すぐにでも呼べるわよ」
「おお、本当か?」
しかし、幻想郷きっての知識人がそんな重要な事を見落としている筈もない。
見てみたい、という慧音の言葉に首肯すると、通信機らしき物を取り出して「出番よ」と一言。
「――紅魔ライブラリーガーディアンズ、参上ッ!!」
一同「!!」
その一言とほぼ同時。慧音とパチュリーが立つホームベースの周辺、彼女達は掛け声と共に現れた。
白い生地に黒い縦縞のユニフォーム、胸元にはLとGのアルファベットを組み合わせたロゴ、黒いアンダーシャツに黒いソックス――それらに身を包んでいるのは、先程メンバーを出迎えた小悪魔、そして図書館防衛隊の妖精メイド達だ。
「早かったわね」
「そりゃあもう! この日が楽しみで楽しみで、もう業務なんて一切合切手に付きませんでしたから! ねー、皆さん!」
メイド達「イェーーーー!!」
「………」
見ている方まで嬉しくなるようなハイテンションの小悪魔達。
仕事をサボっていたのを暴露している事すら気付かない盛り上がりっぷりである。
「何だ何だ? 何が始まるんだ?」
「フン……何やら騒がしい小物達ね」
「はっはっは! いいねえ、あのノリ! こっちまで楽しくなってくるよ!」
「何でもいいわよ。それよりお昼ご飯のメニュー何?」
一方、こちらはノックに向けて軽く身体を動かしていたメンバー達。例によって多種多様な反応を見せている。
そんな中、チームのキャプテンはというと……
「試合だーーーーーーーーーーッ!」
「きゃっほォーーーい!!」
美鈴と一緒に、やっぱり嬉しそうにはしゃぎ回っていた。
「お! フラン様、ノリノリですねー!」
「やれやれ、あの子盗み聞きしてたわね」
「パチュリー、この子達が練習試合の相手か」
「ええ。個々の力は小さくとも、よく纏まったいいチームよ。でしょう? こあ」
「その通り! この日の為に積んできた練習の成果、とくと御覧に入れますよー!」
「成る程……(ここは本当に図書館なのか……?)ん?」
「――こあちゃん!」
待ちきれなくなったのか、話に突然割り込むフランドール。その顔は、見ている方まで嬉しくなるような満面の笑顔だ。
「よろしくねっ!」
「こちらこそ! いい試合にしましょうねー!」
「あははっ! 勿論!」
「ふふ、いい試合になりそうね」
「ああ、そのようだな」
小悪魔の手を取ってぴょんぴょん跳ねているフランドールを見て、慧音とパチュリーは嬉しそうに笑い合うのだった。
因みにこの後一旦昼休憩を取ったのだが、その際霊夢がこの日一番の笑顔を見せたのは言うまでもない。
◆
一方の白玉楼。少し早めの昼食を終えた新メンバーの候補者達は、午後のテストに向けて軽いキャッチボールで身体を動かしていた。
「投げるときに心の中でリズムを取るといいよ! いっちにーの、さん! てな感じでね!」
「そうなのか!」
「あとね、足を踏み出す方向は相手にしっかり向けるの! わかった?」
「そうなのかー!」
「ふふ……(返す言葉は適当でも、頭の中ではしっかり理解しているのね)」
「ほら、もう少し肘を上げる。こんな感じよ」
「はい! レミリア姐さん! こう、ですかっ?」
「いい感じよ。ただ、その呼び方はやめなさい」
「ねえ大ちゃん、紅魔館に来る気はない? いいポストを用意するわ」
「え? い、いえ、私なんかが、そんな……」
「謙遜しなくていいわ。と言うより、謙遜出来る妖精なんて益々素晴らしい。さあ、これにサインを」
「い、いえ……(キャッチボールに付き合ってくれるんじゃなかったの……?)」
「腰が使えてないッ!」
「ひひぃー! すす、すみませんっ!」
「腕だけで放らないッ!」
「ひゃぁー! すす、すみませんっ!」
「鯨肉食べたいッ!」
「ひょえー! ……??」
午前中の厳しいテストを誰一人欠けることなくこなした候補者達。その心意気に動かされてか、チームの先発メンバー達が簡単なコーチングを兼ねたキャッチボールの相手を買って出ていた。
最早メンバー達の中に候補者を軽んずる者など誰一人おらず、寧ろチームの一員として認めたかのような雰囲気さえ感じ取れる。
「うん、いい感じよ。貴女なかなか筋がいいわ」
「あたい最強! あたい天才! あたい大震災!」
「うふふ……(この子達の頑張りが、チームを更に活気付けている。嬉しい誤算だわ)」
「紫ー! 早く早く!」
「ああ、ごめんなさい」
実を言うと、紫は午前中のテストだけでメンバーを決めてしまうつもりでいた。
音を上げて逃げるか、付いてこれずに脱落するかで、残っても二人か三人。そして、その中から一人を選んで終了――そんな風に考えていた。
だが、その予想は見事に裏切られた。勿論、いい意味でだ。
(最初レミリアにあんな事言ったけど、この子達の力を一番過小評価していたのは私だったのかもしれないわね……)
心の中で候補者達に詫びた後、何を似合わない事をしてるんだ、などと思い、紫は思わず苦笑するのだった。
そして、全員の身体が暖まってきた頃――
「さあ、午後のテストに入るわよ!」
紫が宣言し、それに従って候補者が整列した。
因みに、先発メンバーも何処かやる気を持て余している様子で、自主的にストレッチなどで身体を動かしている。
「テスト内容は……」
目を輝かせて発表を待つ候補者達。ここから先のテストについて、特にこれと言った情報は知らされていない。当然である。何故なら、元々ないはずのものだからだ。
しかし、そんな状況とは裏腹に紫の表情は晴れている。と言うより、この状況を楽しんでいるような感じである。
候補者達、そして先発メンバー達をぐるりと見回し、悪戯っぽく笑いながら口を開いた。
「ミニゲームよ!!」
「……?」
「ミニ……」
「ゲーム……?」
ミニゲーム――それに対して具体的なイメージが持てず、候補者達は顔を見合わせて困惑気味だ。
「これまた突然ねえ。事前に一言あってもいいのに」
「計十四人、か。出来なくはないですね」
「まあ、敢えて紫に乗ってあげるのも一興か」
「あははっ! 楽しそうだね、お姉ちゃん!」
「ええ」
一方の先発メンバー達だが、やれやれ仕方ない、という風な事を言っている者も含めてノリノリの様子。
何だかんだ言って、ただ見ているだけというのは少々歯痒いのだ。
「ゲームは7イニングス。チーム編成は、まずこいしと咲夜の両投手に分けて、そこから先はくじ引きで決めるわ」
そう言うと、紫は隙間から一面だけ丸い穴が開いた四角い箱を取り出し、その中へ赤と青の小さいボールを六個ずつ入れ、最後に赤いボールをこいしに、青いボールを咲夜にそれぞれ一つ渡した。
「ああ、そうそう。さとりはくじを引かないで」
「?」
「貴女はキャッチャー専門で両方のチームに参加して欲しいのよ。判定も任せるわ。バッティングは不参加という形になるけど、今日は守備面の練習だと思ってくれないかしら?」
「――ええ。わかりました」
「悪いわね」
早い段階で投手陣の特徴をより掴んでほしい――そんな紫の心の声を聞いた(というより、聞かされた)さとりは、申し出を快諾する。
「それと、さとりと一緒に私も両チームに参加するわ。でないと人数が奇数になってしまうからね」
「両チームって、貴女も打たないつもり?」
「いいえ、私は打つわよ。勿論両チームでね。その時の私の守備位置は誰かが適当に……」
「不公平よ!」
「な、何よ! 今日の舞台をセッティングしたのは私なんだから、それくらいいいじゃない!」
「それとこれとは話が別ッ!」
「ゆ、幽々子まで……」
やたらと好戦的な大御所たち。たかがミニゲームの一枠といえど、誰一人譲る気はない様子だ。
いつまで経っても埒が開かないため、従者達の取り計らいで結局くじ引きにてそれを決める事になった。
その結果、
「ハッハー! I GONNA IT!!」
見事、幽々子が両チーム枠を手にしたのだった。
すぐ後ろでは、悔しがるレミリアと紫をそれぞれ咲夜と藍が宥めている。
「それじゃあ皆、遠慮なくくじを引いちゃって頂戴!」
「わ、私の役割を取るな!」
そんなこんなで、チーム分けのくじ引きは行われていった。
まずは候補者から引き、
「ん……。あ、青です」
「あら大ちゃん、また会ったわね」
「……!」
続いて先発メンバーが引く。
「よろしく。打つ方は任せなさい」
「うん! 投げる方は任せて!」
「咲夜との勝負、か。ふふっ、楽しみだわ」
そして、両チームの面々が出揃った。
赤チームのメンバーは、こいし、さとり、幽々子、レミリア、藍、妖夢、チルノ、ミスティア。
青チームのメンバーは、咲夜、さとり、幽々子、紫、橙、大妖精、リグル、ルーミア。
このような内容である。
「さあ、皆――」
「午後のテストを始めるわよー!」
一同「オー!!」
「オー! ……って、私の役割を取るなってば!」
怒ったような口振りの紫だが、その顔は嬉しさを含んだような苦笑いであった。
◆
「礼ッ!」
選手一同「お願いしますッ!!」
審判を勤める慧音のコールにより、フランドールチーム対図書館防衛隊チームの練習試合が幕を開けた。
両チームの先発メンバーは以下の通りである。
《フランドールチーム》
1:フランドール(投)
2:美鈴(二)
3:幽香(中)
4:萃香(一)
5:妹紅(左)
6:魔理沙(三)
7:鈴仙(遊)
8:アリス(右)
9:パチュリー(捕)
《図書館防衛隊チーム》
1:副隊長A(中)
2:隊員A(二)
3:隊員B(右)
4:小悪魔(投)
5:副隊長B(三)
6:隊員C(一)
7:隊員D(左)
8:隊員E(捕)
9:隊員F(遊)
フランドールチームの打順は、意外にも誰一人文句を言うメンバーはおらず、最初にパチュリーが提案した通りの物となった。
そこにはメンバーごとの特徴や性質が十分に吟味されたパチュリーの計算があったからであるが、それ以上に皆「早く試合がしたい」のである。
「プレイボール!」
先攻は図書館防衛隊チーム。
一番打者の副隊長Aが左打席に入る。
「お願いします!」
「こちらこそ!」
マウンド上は、フランドールチームのキャプテンでありエースのフランドール・スカーレット。
バッターの掛け声に、満面の笑顔で答えている。
しかし――
「わっ!?」
ズドォォォン!
「ストライッ! バッターアウトォ!」
そんな笑顔とは裏腹に、彼女の放つボールは凄まじい唸りをあげてパチュリーのミットに次々と突き刺さる。
「ストォライッ!」
初めて正式なマウンドから投げ下ろす、更に打者を迎えての投球。そんな状況に於いて、紅魔館の火の玉娘フランドールが燃えない筈が無い。
「バッターアウトォ!」
博麗神社での萃香との対戦、人里近郊の林での幽香との対戦、それらの時より更に強烈なストレートに、図書館防衛隊チームの各打者は手も足も出ずに三者連続三振に終わった。
球数は九球。なんと、三者連続三球三振である。
「ナイスピッチ! いやー、やっぱあんたは本物だよ!」
「フン……ナイスピッチ」
「うんっ! ありがとう!」
ベンチに戻ってきた野手陣がフランドールを労う。
中でも、対戦経験のある萃香と幽香は特に嬉しそうである。
「よーし! それじゃあ行ってくるよ!」
「ああ! ぶちかましてきな!」
一番打者のため、一息ついてすぐにフランドールは打席に向かって走っていった。九球とはいえ全力投球のすぐ後にも関わらず、元気いっぱいの様子だ。
因みにピッチャーである彼女が一番を打つ理由は、出来る限り打席に立ってバッティングの感覚を掴んでほしい、というパチュリーの考えからである。
「なあパチュリー。捕るたんびにミットから大砲ぶっ放したような音してるけど、痛くないのか?」
「対物理障壁を幾つも利かせてるから。ただ、手は痺れるわね」
「じゃあもっと利かせればいいじゃんか」
「現時点で手を動かすのが精一杯なくらい利かせてるわ。……そうね、例えるなら貴女のブレイジングスターを受けられる程度よ」
「おいおい……」
ギィィン!
「「おっ?」」
打順が遅い事もあり、ベンチに座って談話を交わしていたパチュリーと魔理沙の耳に、鈍い打球音が飛び込んできた。
手が痺れたようなそぶりを見せながら一塁へ向かって走るフランドールを見るに、どうやらバットの根元で打たされたようだ。
「はは。フランの奴、ピッチングはとんでもないけど、打つ方はあんまり得意じゃ無さそうだな」
「あら、そう見える?」
「ん? なんだよその意味深な言い回しは」
「ホラ、打球」
「打球? 打球は――……!?」
グリップに近い位置で、しかしフルスイングで捉えられた打球。
「マジかよ……!」
ゆっくりと放物線を描いて、レフト際のポールに吸い込まれた。
「せ、先頭打者……」
「ホームラン……!」
打たれた小悪魔のみならず、ベンチのメンバーさえ驚嘆するまさかの先頭打者ホームランである。
一方で打ったフランドールは、打球を見失った為かセカンドベース上にて立ち止まっていたが、萃香の「回れ回れー!」という声に慌てた様子で走りだし、そのままホームベースを踏んだ。
「フラン様、ナイスバッティン!」
「あ、ありがと美鈴! ていうかさ、球が全然こなかったけど、何がどうなったの?」
次打者の美鈴とハイタッチを交わしながらも、未だ状況が掴みきれない様子のフランドール。
「なーに言ってんのさ! ホームランだよ、ホームラン!」
「え? ホームラン、私が打ったの?」
「そうだよ! もっと喜びなよフラン!」
「フン……ナイスバッティン」
「見事だったわよ、フラン」
「ホームラン……やったあ! あははっ!」
しかしベンチ総出の祝福を受けて、ようやく自分が打った事を理解し、フランドールは花が咲いたように笑った。
そんな光景に癒されつつ、打席に向かう美鈴。ふいに、背中に嬉しさいっぱいの応援を受ける。
「美鈴っ! 頑張ってね!」
それは、暖かく心強いエール。
「任せて下さいッ!」
彼女はノッた。
キィン!
綺麗なセンター前ヒット。見事にフランドールの声に応える。
そして、このヒットがフランドールチームの打線に火をつけた。
キィィン!
続く幽香は右中間を破るタイムリーツーベース、スコアは2-0。
キィィィィン!
四番の萃香はバックスクリーンへの特大ツーランホームラン、スコアは4-0。
さらに妹紅がレフトオーバーのツーベースと続き、その後も鈴仙のレフト前ヒット、魔理沙のショート内野安打でノーアウト満塁とした。
「ぜえ……ぜえ……」
迎えるバッターは八番アリスという場面だが、小悪魔は疲労困憊の様子だ。
球数こそまだ二十球程度であるが、あまりの乱れ打ちに精神的に参ってしまっているのだ。
「ふ……っ!」
パスッ!
「ボール!」
球の勢いばかりか、制球もうまく定まらない。加えてバッターのアリスは野球経験こそ無いものの動体視力がいいため、ボール球には一切手を出さなかった。
「ボールスリー!」
ノーアウト満塁、そしてノースリー。絶体絶命のピンチである。
「はァ……はァ……」
練習試合とはいえ、小悪魔はこの日の為に必死でトレーニングを積んできた。
愛する主人のため、そして野球が好きになった自分自身のために、業務を放っぽりだして練習に励んできた。
その結果が――
(情けない……! 不甲斐ない……! どうしようも、ない……)
今の燦々たる現状である。
そして、この状況を打開する手立てが自分にはない。
パチュリーやフランドールの期待に応えられない……小悪魔は俯く事しか出来なかった。
「こあ……」
ネクストバッターズサークルから、そんな小悪魔の様子をパチュリーが心配そうに見る。
このままではあの子は野球を嫌いになってしまう……そんな予感が頭を駆け巡った。
「……慧音、いえ、審判」
「うむ……」
試合は中断せざるを得なくなる。
だがパチュリーには、これ以上目の前で信頼する司書の辛そうな姿を見ている事など出来なかった。
「いいんだな?」
「……ええ」
また、慧音もそんな彼女の心境を即座に理解したようだった。
「試合は――」
「――バッテリー交代よ!」
「「……!」」
その声は、フランドールチームのベンチからだった。
「し、師匠……?」
三塁ベース上で鈴仙が目を丸くする。
「お前ら……!」
グラウンドに向かう二人を見て、妹紅が驚きの表情を見せる。
「……やれやれ、おせっかいね」
そして、言葉とは裏腹にパチュリーの表情が俄かに明るくなる。
そう、彼女達は――
「キャッチャー、蓬莱山輝夜!」
「ピッチャー、八意永琳」
月の頭脳。そして月の不沈艦。
◆
「どりゃあァァ!」
キンッ!
幽々子の放った打球がセンター方向に飛んでいく。伸びはなく、打ち損ねた打球である。
「――橙! 左斜め前に七歩だッ!」
パシッ!
「やった! ナイスキャッチ!」
「敵に塩を送るな!!」
青チームのセンターを守る橙が見事にこのフライを処理した。赤チームのメンバーである藍のアドバイスによって。
「ま、まあまあいいじゃないか。ほら、次はお前さんの打順だぞレミリア嬢」
「チェンジだ馬鹿狐!」
すまんすまん、などと言って苦笑する藍。しかし背後に『死の気配』を感じ、全身の毛を震わせる。
「ゆ、幽々子?」
「……死を讃えよ……」
「あの、怒って、らっしゃいます?」
「……死は幸いなり……」
「お、お、落ち着いて下さい! 謝りますから! ね?」
「いざ、幸いの地へェェェェェェェェェェ!!」
「わあああああぁぁぁぁぁ!?」
こんな感じで、午前中の厳しいテストとは正反対に、ミニゲームはほのぼのとした空気漂うものになっていた。
外野を任されている候補者達も段々プレーに慣れてきたらしく、プレッシャーもないため伸び伸びと守備や打撃に励んでいる。
楽しむ中から学ぶ――単純な思い付きに見えてこのミニゲーム、実はかなり考えられているのである。
「今度は打たせてもらうわよ! こいし!」
「今度も打たせないよ!」
本日三度目の対戦となるこいし対紫。イニングは既に6回を回っている。
いくつかエラーこそあるものの、両投手の抜群の安定感が光ってここまでのスコアは0の行進である。
「っ!」
スパァァァン!
残すイニングはあと二回だが、前のイニングの咲夜と同様このこいしも全く球威に翳りを見せていない。
青チームの四番を打つ紫。インサイドに切れ込む鋭い直球を空振りする。
(まさか、ここまでとはね。あのレミリアを三振に切って取ったのも頷ける)
ガギン!
(でも、これで今日三回目。クリーンナップを打つ者として……これ以上不様な姿は見せられない!)
キィィィン!
「――!」
カウント2-1からの低めのカーブを的確にすくい上げた打球は、ライトを守るチルノの頭上を越えていった。
が、僅かに角度が足りなかった為か、結界で作られたフェンスに阻まれてホームランにはならない。
「わわッ!?」
ところが、結界に弾かれたクッションボールの処理をチルノが手間取っている。
センターの妖夢がカバーに向かうも、依然打球はライト定位置辺りを転々としていた。
(妖夢と藍の中継なら……狙って、みるか!)
そんな状況を一瞥した紫。二三塁間の中央辺りからさらにオーバーランを始めた。
そう、狙うはランニングホームランである。
「……! ふん、面白いじゃない!」
それに気付いたレミリア。守備位置の三塁を完全に開け放ち、突然一二塁間に向かって走りだした。
「妖夢ッ! 中継はレミリアよ!」
「――! はいッ!」
ようやくボールに追い付いた妖夢。幽々子の声に従い、三塁から駆け付けたレミリアにしっかりコントロールされたボールを送った。
ランナーの紫は既に三本間の真ん中辺りまで進んでいる。しかし、レミリアは特に急ぐわけでもなく、ホームに向かって大きく振りかぶった。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「――!」
そして放たれたボール――ワンバウンドしそうな軌道がぐんぐん伸び、凄まじい球速を伴ってさとりのミットに向かい一直線に疾る。
「くっ……!」
タイミングは完全に五分、いや、僅かに送球が早い。
紫は自然と、体をホームベースに向かって投げ出していた。
ズドォォォン!
ボールがミットに納まった。さとりはタッチに向かい、紫はそれを掻い潜るために頭から滑り込む。
そして――
「……セーフ!」
ゲームの均衡が、ついに破れた。
「ナイスバッティン!」
「紫様凄ーい!」
「すごいのかー!」
歓喜に沸く青チーム。しかし、それも当然である。何故ならここまで青チームは、相手投手のこいしに対して得点は勿論、ただの一本のヒットすら打てていなかったのだから。
一安打で一得点、対する赤チームは五安打で得点なし――これだから野球は面白いのである。
「ナイスバッティング。あの低めのカーブをよくもまあ打ったわね」
「ノーヒットノーランは幾ら何でもかっこわるいじゃない? といっても、打てたのはたまたまだけど」
「でも、この一点は大きい。次のラストイニング、しっかり抑えなくてはね」
「先頭打者、誰か分かってる?」
「ええ、勿論」
ベンチにて二人が話している内に、後続の打者の橙、リグル、ルーミアが打ち取られる。
多少制球がずれる事はあったものの、打たれたこいしに目立った動揺は見られず、精神的に充実していることが伺える投球だ。
しかし、相対した候補者三人も負けてはいない。三振を喫した者は一人もなく、しっかりとスイングしての結果だった。
野球経験の少なさや、対戦相手がレミリアや紫すら手玉に取ったこいしである事を考えれば、立派な結果であると言えるだろう。
「みんな、ごめん……! でも、絶対逆転しようね!」
「勿論!」
「取られた分は取り返そうじゃないか! ――ん? チルノ、お前……」
「………」
最後の攻撃を控え未だ士気衰えない赤チームだが、そんな中でライトを守っていたチルノだけが俯いている。
「あたいが……あたいが、ちゃんと出来てれば……!」
悔しそうな顔でぽろぽろと涙を流し、声を震わせるチルノ。
今の打球処理の分を差し引いても、ここまで特にミスなくやってきていた事は、経験の少なさから考えて十分称賛されるべき事である。
しかし彼女は悔しくて、申し訳なくて、情けなかった。自分は足手まとい……頭に浮かんでくるのは、それだけだった。
「……税金みたいなものよ」
「え……?」
そんなチルノの背中に飛んでくる声。バットを握り、打席に向かうレミリアである。
「貴女のミスくらいもともと計算の内って事よ。分かったらメソメソ泣くんじゃない」
「な、な……!」
「それでも悔しいと思うなら、しっかり声を出しなさい。まだゲームは終わってない」
「わかってる! 一番でっかい声出してやるっ!」
「ふふ、なら結構」
顔を真っ赤にして言うチルノを見てくすりと笑い、レミリアはゆっくり打席に入った。
「――さあ、来なさい咲夜」
(お嬢様……!)
一方、マウンド上の咲夜。先程までの猛々しい姿とは正反対の、静かで落ち着いた感じの主を見て、何とも言い難い戦慄を覚えていた。
打たれる予感、とでも言えばいいだろうか。どんなコース、どんな球種であっても、全く抑えられる気がしないのだ。
「………」
また、キャッチャーのさとりも、咲夜のそれと同じようなものを感じていた。
半分遊びのミニゲームとはいえ、敬遠出来るものなら敬遠したい――そう思わせるほど、今のレミリアには隙が見えない。
――敬遠しても構わないわよ? 私の足を止められる自信があるならね
「……!」
ふいに第三の目に飛び込んできた、全てを見透かされているかのような静かな心の声。
さとりは確信した。今のレミリアには、何をやっても通用しない、と。
(こうなってしまっては、もう咲夜さんの全力投球に託すしかないわね……)
そして、彼女の出した答えは――
(直球……。コース高低共に指定なし……か)
小細工なしの、直球勝負。
しかし、これは何も勝負を諦めたわけではない。
投げる球がないなら、最も力のある球で真っ向勝負――そういう意気のもとに出されたサインだ。
さらに、どこへ来ても自分が必ず捕るから力の限り投げ込んでこい、という信頼の表れでもあった。
そして咲夜は、そんなさとりの考えを即座に理解し、頷いた。
「お嬢様、行きます……!」
「ふふ、いい顔ね、咲夜。いつでも来なさい」
心から慕ってやまない主、しかし今は最強の対戦相手……高揚から来る笑いを押し込め、咲夜は全身全霊の一球を投げ込んだ。
(速い。でもはっきり見える。狙うはバックスクリーン一本。来た、球が大きく見え――)
ゴスッ
「「………」」
一同「………」
「ぼ……ボールデッド」
「た、球が、大き……く……」
どさっ……
「お、お嬢様!? 大丈夫ですか! お嬢様、お嬢様ぁぁぁぁぁ!」
咲夜の投じた全力のストレートは一直線にレミリアの眉間を捉え、その結果彼女は気を失ってしまったのだった。
因みに、臨時代走のこいしが起用されて試合が再開されたが、特に波乱なく試合は1-0で青チームが勝利した。
「――皆、お疲れさま。これにてテストは終了よ」
昼下がりの白玉楼。
一列に並んだ候補者達に、紫が労いの言葉を掛ける。
また、紫の背後にはアルティメットブラッディローズの先発メンバー達がいて、暖かい眼差しを皆に送っている。
「それでは、合格メンバーの発表をするわ」
候補者、先発メンバー、その誰もが固唾を飲んで待つ中、紫は優しく笑い、そして言った。
「全員……不合格!」
一同「ええ!!?」
まさかまさかの合格者なし。これには候補者のみならず、先発メンバー達も一斉に驚きの声を上げた。
「紫様、幾ら何でもそれは……」
「理由くらい説明しなさいよ。たった一言で、ハイさようなら、なんて納得できない」
「そうねえ、私も理由が聞きたいわ」
石化したように固まる候補者を半ば無視する形で、先発メンバー達が次々と紫に詰め寄って説明を求める。これでは誰が失格になったのかわからない。
そんな皆を、まあまあ落ち着いて、と困ったように笑って制し、ついでに固まったままの候補者を我に返らせた後、紫は静かに理由を語りだした。
「チルノ、大妖精、ミスティア、リグル、ルーミア、そして橙。正直に言うわ。貴女達のガッツは、私の予想を超えていたわ。本来、誰か一人でもそれくらいのガッツを見せた子がいたら、即メンバー入りしてもらうつもりだったのよ」
一同「………」
「でも、どんなに辛く、どんなに苦しい状況でも常にひた向きだった貴女達を見ていたら、私の推量で決められた枠組みの中に押し込めてしまうのは愚かな事だと気付かされた。それほどまでに、貴女達は素晴らしかったわ」
紫の言葉には、優しく包み込むような包容力と、確かな重みがあった。
偽りない賛辞、敬意――チルノの、大妖精の、ミスティアの、リグルの、ルーミアの、橙の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「だから、ここからは貴女達一人一人が自分の意志で、野球の素晴らしさを伝えていってほしい。まだ野球を知らない人達、野球の楽しさを知らない人達、そんな人達に、貴女達のそのガッツでね。最後に……」
隙間を開き、そこから何かを取り出す紫。
「これは私からの贈り物よ。受け取って頂戴」
「あっ!」
「わあ……!」
「ピカピカだー!」
まず、グローブ。続いてバット、スパイク、皮手袋。全て新品である。
それらを手に取って歓喜する候補者達を見て、紫は嬉しそうに微笑む。
「貴女達はもう、単なるアルティメットブラッディローズの候補者ではない。それぞれが立派な一人のベースボールプレイヤーよ。腕を磨き、仲間を見つけたら、今度は私達と真剣勝負をしましょう。約束よ?」
「うん! 約束だ!」
「きっとだよ!」
「負けないから!」
「勝負なのかー!」
「はい! 必ず!」
「……良し!」
こうして、一日に渡るテストは終了した。
候補者達は皆晴れ渡った表情で白玉楼を後にし、先発メンバー達は満足そうに屋敷へと入っていった。
「――あの、紫さま」
そんな中、最後まで庭に立つ影が三つ。八雲一家である。
「私……私、これからも頑張ります! いっぱい練習して、しっかり捕れるようになります! それに、それに……」
「――そうそう、一つ言い忘れていたわ」
「え……?」
「藍、明日から貴女は橙に付きっきりで外野の守備を教えなさい。ライトの守り方を、ね」
「……! 心得ました!」
「紫さまっ!」
「言っておくけど、外野の守備は大変よ?」
「はい!」
「しっかり学び、人一倍練習して、私の目に狂いがなかった事を証明してみせて頂戴」
「はい!!」
「期待してるわよ、橙!」
「ぐすっ……! はいっ!!」
こうして、アルティメットブラッディローズの九人目のメンバーが決定した。
暫定ポジションはライト。元代走要員、凶兆の黒猫、橙である。
彼女の直向きな姿は、チームに新たな活気を吹き込んでくれることだろう。
「……よかったね、橙!」
「――紫さま、藍さま、みんな、大好き!――ふふ、こちらまで嬉しくなってしまうわね」
「嬉しい? クサすぎて寧ろ恥ずかしいわよ」
「ふふ、でも本当に嬉しそうですね」
「愛の力、かしらねえ妖夢」
「愛の力、ですよ幽々子様」
庭先で繰り広げられる愛の劇場――覗き見していたメンバー達は、互いに笑い合い、そして橙を祝福した。
さて、これにて出揃った、アルティメットブラッディローズの九人のメンバー達。
しかしこのすぐ後に、これまでやってきた全てが引っ繰り返るような事態になろうとは、誰一人予想していなかったのだった。
◆
ノーアウト満塁、しかもノースリーという絶体絶命の状況の中、交替したピッチャーの永琳は至極落ち着いた様子で投球練習を行っていた。
肘から先がオーバースローの形そのままという独特のアンダースローから放たれるボールは、綺麗な回転と鋭いキレを伴って、彼女と同時に交替した輝夜のミットに快音を響かせている。
因みにマウンドを譲った小悪魔は、図書館防衛隊の皆の声もあり、守備位置をファーストに替えて出場を続けていた。
何だかんだ言って、小悪魔は人望が厚いのである。
「プレイ!」
七球の投球練習が終わり、慧音のコールで試合が再開された。
(浮かび上がって来るような球筋……見極めが大変そう。ともかく、一球は様子を見よう)
バントの構えをちらつかせるアリス。あわよくば永琳の制球を乱そうという狙いだが――
スパアァァン!
「ストライィィィィィッ!!」
そんな魂胆を見抜いているかのような、ハーフスピードのストレートがど真ん中に収まる。
「………」
全力でない事を踏まえても球速はフランドールのそれに遠く及ばないが、ミットから弾き出される捕球音は実に鋭い。例えるなら、カノン砲とライフル銃と言ったところだろうか。
ネクストバッターズサークルからパチュリーが目を光らせる中、永琳はゆっくりと振りかぶった。
(次は何が来る……? 厳しいコース、球種も変えてくる……?)
スパアァァン!
「……!」
初球と全く同じ球速の、ど真ん中のストレート。虚を突かれたアリスはバットを出すことが出来ない。
間髪置かず、永琳は既に構えに入っている。
カウントツースリーからの、第三球――
(次は決め球が来る! 次は……)
スパアァァン!
ハーフスピードの、ストレート。
「バッターアウトォォ!!」
バットを振る前に球が来た――アリスに言わせれば、まさにそんな打席だっただろう。
それは、球が速いとか遅いとかの話ではない。言うなれば「振ろう」と思い立つ前に終わらされた、という事だ。
そしてそれは、打つ側にとっては球速以上に厄介な問題である。
「ごめんなさい……。こんなチャンスにバットも振らず三振なんて……」
「経験の差を生かされたのよ。貴女の責任じゃない。それはそうと、打席に立ってみてどうだった?」
「比べる対象がないから何とも言えないけど、一言で表すなら『綺麗』だったわ」
「成る程、十分よ」
「パチュリー、頑張って」
「ええ……!」
アウトカウントが一つ増え、状況はワンアウト満塁。打席には九番キャッチャーのパチュリーが入った。
依然フランドールチームのチャンスであるが、マウンドに立つ永琳の表情は一貫して変わらない。
(見事なポーカーフェイスね……読みづらい事この上ない)
打席の一番後ろに立ち、ゆったりとした構えでボールを待つパチュリー。
バットは若干短く持ち、腕の位置も幾らか低く、どんなコースのどんな球種に対しても対応する魂胆だ。
一方、そんなパチュリーに対して投げ急ぐのは危険と判断したのか、先程のアリスとの対戦ではかなりの速いテンポで投げていた永琳が、今回は時間を掛けている。
「さぁて、何を出してくるやら。あんたはどう見る?」
「フン……まあ、正攻法でしょうね」
「その心は?」
「小細工を弄する意味は薄いし、何より――」
バキッッ!
「――そんな事をする必要がない」
たっぷり時間を掛けて投じられた第一球は、急激に胸元へ抉りこむシュートボール。
スイングにいったパチュリーの右手を直撃せんばかりの鋭いボールが、バットを真っ二つにへし折った。
「……ふふふふ、私の目に狂いはなかったようね。八意永琳、相手にとって不足はないわ!」
「おいおい、何でそんなに嬉しそうなのさ。チャンスを潰すかもしれないって時に、不謹慎ってもんだよ?」
「フン……隠しても無駄よ。貴女も心では随分昂ぶってるじゃない」
「ははっ、バレたか!」
結局一緒になって盛り上がっている不謹慎な鬼とフラワーマスター。
そんな彼女達を余所に、替えのバットを持った次打者のフランドールが打席のパチュリーのもとへ走っていった。
「パチュリー、これ」
「ええ。ありがとう」
「大丈夫……?」
「大丈夫、と言いたい所だけど、かなり難しいわね。でも……」
不安そうなフランドールににこりと笑い掛け、彼女は打席の方へ体を向けた。
「そう簡単に、打ち取らせる気はない……!」
「うん! 頑張って!」
その声援に頷き、打席に入るパチュリー。
お待たせしたわ、という彼女の言葉に、キャッチャーの輝夜は微笑みながら右手を軽く上げる。
ワンアウト満塁、カウントワンナッシング、慧音のコールにより、試合が再開された。
その、第二球――
(胸元、いや、曲がる……!)
キィィン!
「よしっ……!」
胸元のボールゾーンから急激に中へ切れ込むスライダー、それを的確に捉えた打球は、永琳の足元を抜けセンター前に――
パシッ!
「――! ランナー、バック!」
抜けず、素晴らしい反応を見せた永琳のグラブに納まった。
「マジかよ!」
「くっ!?」
とっさに帰塁するよう声を出すパチュリーだったが、一塁ランナーの魔理沙と三塁ランナーの妹紅は既に塁間真ん中辺りまで進んでいる。
結局永琳は一塁を守る小悪魔にボールを送り、余裕のダブルプレーでスリーアウトチェンジ。フランドールチームはノーアウト満塁からのチャンスを棒に振ってしまったのだった。
「くっそー、私とした事が……」
「あのケースはさっきの判断で間違ってないわ」
「ん、そうか?」
「すぐに戻ったとしても、恐らくボールをわざと落として結局ダブルプレーを取られた筈よ」
「成る程、どっちにしろ駄目だったって事か。でも、普通にヒットになると思ったんだけどなあ」
「私も打った時、思わず、よし! と言ったけど……今思えば意図的に打たされた気がするわ。さあ、気持ちを切り替えて行きましょう。まだ試合は始まったばかりよ」
「ああ!」
一つ進んで、イニングは二回の表。
スコアは4-0でフランドールチームがリードしているが、前のイニングのチャンスを潰したことであまりいい流れとは言えない状況である。
「みんな、しまっていこー!」
しかし、マウンドのフランドールはそれを引き摺っている様子もなく元気いっぱい。
寧ろ永琳の見事なピッチングに触発されてか、ますますやる気を滾らせているようにさえ見える。
「フラン様、お願いしますー!」
「うん! 手加減なしだよこあちゃん!」
迎えるバッターは、先発ピッチャーを勤め、現在はファーストに回っている四番打者、小悪魔。
先程のショックからはすっかり立ち直ったらしく、元気な笑顔で一礼、フランドールもまた、それに負けない笑顔で返した。
(やれやれ……永琳達に借りが出来てしまったわね)
二人のそんなやりとりを見て思わず苦笑しつつ、パチュリーはサインを出す。
それに大きく頷いた、二回表、フランドールの第一球――
「ふッ!」
投じられたのは先程のイニングでは見られなかった比較的緩いボール。そう、パチュリーが要求したのは、幽香との勝負で使ったナックルである。
(今のうちに、このボールの落ち方に慣れておかなきゃ……)
あの時のように後逸してしまっては、折角の素晴らしいボールも意味を為さない……そんな考えから、今のこの練習試合という最高の機会で慣れてしまおうという魂胆だ。
真ん中高め辺りをハーフスピードで飛んでくるボール。絶好の打ちごろの高さからこのボールが――
(落ち――……ない!?)
キィィン!
「――!」
――落ちない。
その為、素直にスイングにいった小悪魔のバットに的確に捉えられ、左中間を破るツーベースヒットを許してしまった。
「あちゃー、ここで出ちゃったかあ」
打たれたフランドールは少し悔しそうにしているが、どちらかというと自分が打たれた事より打った相手を称賛する傾向にある性格からか、特に気にしてはいない様子。
因みに、一人で壁当てをしていた時からナックルボールが上手くいく事は稀だったという事もその一因であるようだ。
(成る程……流石魔球と言われるだけあって、厄介な球だわ。あの子も私も要練習ね)
ナイスバッティング! と小悪魔に笑顔で声を掛けるフランドールを見て、胸を撫で下ろしつつパチュリーは次球のサインを送る。
ノーアウトランナー二塁、迎えるバッターは五番サードの副隊長B。
「はッ!」
ズドォォォォン!
唸るような豪速球が、再びミット目がけて疾る。
ズドォォォォォン!
体が温まってきたのに加え、心も乗りに乗ってきたフランドール。
初回のストレートを更に上回る威力に、パチュリーのミットに張られた障壁が激しく軋む。
(どんどん重くなる……! 本当、底が知れないわね)
ズドォォォォォォォン!!
「ストォォォライッ! バッターアウトォ!」
副隊長Bのバットは一球もボールにかする事なく三球三振。打者五人に対し、これで四つ目の奪三振である。
アウトカウントが一つ増え、ワンアウトランナー二塁に状況が変わったところで、次打者がゆっくりと打席に入った。
「お手柔らかに」
「その言葉、そっくり返すわ」
引き締まるパチュリーの表情。
そう、バッターは、先程のイニングから図書館防衛隊チームのピッチャーを勤めている月の頭脳、八意永琳だ。
「お願いします、フランちゃん」
「よろしくね! 手加減無しだよ、永琳さん!」
「勿論よ。それと、永琳でいいわ」
「フランでいいよ! 永琳!」
フランドールの言葉に永琳はにこりと笑い、バットを高い位置に構えた。
一見速い球に反応するには向かなそうなフォームに見えるが、腰の使い方一つで鋭いダウンスイングが出来るため、確かな技術さえあればあらゆる球に対応できる理想的なフォームの一つと言える。
そして、今打席に立つ永琳がその「確かな技術」を持っているであろう事を、パチュリーは即座に感じていた。
(でも……今のフランなら、それすら問題にしない筈)
マウンドに立つフランドールも当然、永琳の放つ包み込むような威圧感を感じている。だからこそ、彼女はパチュリーから出たサインが嬉しかった。
コース、高さ指定なしのストレート――それは、揺るぎない信頼の証。力を信じてくれるからこその、最大限の称賛なのである。
「行くよっ!」
「ええ!」
投球モーションに入りつつ、フランドールは思った。今ならかつて無いほどの力が出せる、と。
全身を駆け巡る力が、ただ一点、右手に集結される……そんな気がした。
そう、右手に――
「はあああああアアアアアアァァァァァァァ!!――」
何もかも、上手く行っていた。
怖くなるくらい順風満帆の、この数日間だった。
これから先も上手くいくだろう――
素晴らしい試合が出来るだろう――
そう思っていた。
チームのみんなも、きっとそう思っていた。
――……
でも、
それが駄目になるのは、
いつも一瞬の事。
楽しい夢が覚めるのは、
いつも一番いい場面。
「あ……」
楽しさ、
嬉しさ、
幸福感、
期待感、
それらを、全部込められたボール。
「あ……ああ……」
私の手を離れたすぐ先の空間で、
パチュリーのミットに納まる前に、
音もなく、
跡形もなく、
「いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『壊れ』た
■暫定メンバー
《アルティメットブラッディローズ(こいしチーム)》
投手:古明地 こいし(左投左打)
捕手:古明地 さとり(右投左打)
一塁手:八雲 紫(右投両打)
二塁手:十六夜 咲夜(右投右打)
三塁手:レミリア・スカーレット(右投右打)
遊撃手:西行寺 幽々子(右投右打)
右翼手:橙(右投右打)
中堅手:魂魄 妖夢(左投左打)
左翼手:八雲 藍(右投両打)
《フランドールチーム》
投手:フランドール・スカーレット(右投右打)
捕手:パチュリー・ノーレッジ(右投右打)
一塁手:伊吹 萃香(右投右打)
二塁手:紅 美鈴(右投右打)
三塁手:霧雨 魔理沙(右投右打)
遊撃手:鈴仙・優曇華院・イナバ(右投左打)
右翼手:アリス・マーガトロイド(左投左打)
中堅手:風見 幽香(右投左打)
左翼手:藤原 妹紅(右投右打)
マネージャー:博麗 霊夢(右投右打)
臨時コーチ:上白沢 慧音(右投両打)
《図書館防衛隊チーム》
投手:八意 永琳(右投両打)
捕手:蓬莱山 輝夜(右投右打)
一塁手:小悪魔(右投右打)
二塁手:隊員A(右投右打)
三塁手:副隊長B右投右打)
遊撃手:隊員F(右投右打)
右翼手:隊員B(左投左打)
中堅手:副隊長A(左投左打)
左翼手:隊員D(右投右打)
続く
続きは重いシリアスになりそうですね。
期待してます。
しかし、それを込みにしてなお、これからのドラマに期待し点を入れさせていただきます。
早く続きを見せてくれ!
続き待ってます!
野球という中でレミリアは、フランは、どう成長するのか。
こいしとさとり、二人の姉妹としての絆が見られた前話に続き、おもしろい展開です。
そして山の神達はどう関わるのか。ビバさんの「紅魔館FC」と共に期待できるスポーツ物です。