十六夜咲夜。
気候も穏やか、春もあけぼのなこの季節でもうすら寒い、
日の光などまったく見えない、そんな時間にらしくない表情を浮かべては時折悶絶していた。
その理由は、その日の夜に週に一回行われる、紅美鈴との給仕・警護の各ポジション長としてのの定例報告会の予定にあった
そう、彼女は紅美鈴に絶賛片思い中であったのだ
そんな中、仕事とはいえ2人同じ天井の下、数時間に渡り誰にも邪魔されない空間を味わえるという
片思い中の彼女からすればこれ以上ない幸せで不安な時間がやってくるのだった
誰にも邪魔されないというのも、紅魔館の従業員には通達にて
『定例会では紅魔館防衛上の秘密事項の確認も含む為、当該空間には入ってこぬよう』
と厳命してあったからだった
もし2人の邪魔が出来るとすれば、それこそ彼女らが主であるレミリア・スカーレットのみだったが、
彼女も新月が近づいて力が弱っている為、パチュリーが作った部屋の結界の外を出歩くことは恐らく無いだろう
力の弱った姿を百年来の友人であるパチュリーと給仕長である十六夜咲夜以外の者に見られる事は決して彼女のプライドが許さない。
現にここ数十年は、新月の前後2日程は部屋から一歩も動く事は無く、部屋に籠もって研究をしている事が主だった
というわけで、本日の夕刻4時から6時までの2時間は、十六夜咲夜と紅美鈴の2人っきりの空間は決して破られる事は無いのだ
「……ふたりっきり、かぁ」
ためいき混じりの独り言をつぶやいてふと鏡を見た。
するとそこには、風邪の時でもこれ以上は赤くなる事はないだろうと思う程に真っ赤な頬が1対あった。
「……ふたりっきり……うー……」
咲夜はこれまでの自分に自信を持っていた
給仕役としても、戦闘役としても、またわがままな主をサポートする補助役としても、そして女性としても。
紅美鈴は少なからず十六夜咲夜に好意を抱いてるだろう事もうすうす感じていた。
――彼女は私の事を信頼していてくれる
私しか知らない表情だってある
それこそ、赤面し狼狽した姿だって――
しかし未だ、それは確信に至らない。
頭のなかでぐるぐると彼女の表情、仕草、言葉を反芻し続けていたら
あの表情は私の妄想の産物ではないのか
あの笑いは安心しきった表情でなく、失笑だったのではないか
あの言葉も本心のまったく籠もっていない、うわべだけの同僚への心遣いであったのではないか……
そして、彼女は今日の定例会を面倒くさい業務以上に考えては無いのではないか。
そう勘ぐってしまうのだ。
そう思うと、彼女はいてもたってもいられなくなった
誰かに見られる事の無いようきっちり時間を止めてから
いつものように布団に頭を突っ込み、足をばたつかせ、うわああああああと呻いてもても、まったく落ち着くことはなかった
なにしろ、あと半日もすればに定例会は始まってしまうのだ……
「……よし」
何かを決心した時にきまってつぶやく台詞をはき出した後、彼女は買い出しと称し館を抜け出した
霧の湖を越え、魔法の森の縁を沿うように進み、香霖堂が見えてからはひたすらに南へ南へと進んでいった。
春の竹林は、柔らかな日差しをさらに柔らかく、まるで彼女を干したての布団の中にいるような気持ちにさせてくれた。
――――
「珍しいですね、貴女がまたここへ来るなんて。しかもまだ夜も明けてないこんな時間に」
「少し用がありまして。それより、八意先生を呼んで頂けませんか?」
彼女が辿り着いた先は、永遠亭だった。
途中いたずらを仕掛けてきた兎をこてんぱんにのして、道案内をさせたら案外早く着いたのだった。
「あら、あなたどこかが悪かったりするんですか?性格以外に」
「性格に加え待遇まで悪い貴女には適いませんわ」
「しくしく」
「……苦労してるのね」
「まぁ、ちょっと待ってなさい、今師匠を呼んできます」
呼んでくる……と言い切った途端、見覚えのある赤青の薬剤師が顔を出した。
彼女こそが咲夜の目的たる人物、八意永琳だった。
「ここに居るわよ。あら、お客さん?」
「お久しぶりです八意永琳様。紅魔館給仕長の十六夜咲夜でございます。つまらない物ですが、お受け取り下さい」
「あらあら菓子折なんて嬉しいわ。ご丁寧にどうも、いつぞやの迷い妖怪さん」
「私は人間ですわ」
「冗談よ、菓子折なんて気の利いた物を持ってくる妖怪なんていないもの、ね」
「判断基準はそこなのね」
「ふふ、どうかしら、ね
それより今日はどうしたの?吸血鬼が風邪でも引いたりでもしたのかしら」
「いえ、私の事で相談に乗って頂けたらと思いまして」
そういって咲夜は先ほどから控えていた助手にチラリと目を向ける。
「なるほどね、ウドンゲ、貴女は席を外しなさい。
どうやらあまり聞かれたくない話らしいから」
「了解しました。何かありましたらお呼び下さい」
対応が紳士的で助かる。やはり、こちらがそれなりの対応をすれば話を無下にするという事はないのだろう。と咲夜は思った
「それで?何かしらね、相談というのは
わざわざ私に相談してきたということは、私の持つ薬学知識を頼りにしてきたんでしょうけど」
「ええ、というのも――」
――――
「ふむ。好きな相手の心を知りたい、と」
「どうにか――ならないものでしょうか?」
「ちなみにその相手っていうのは、あのあなたのの主かしら?」
「答える必要がありませんので黙秘しますわ」
「答える必要はありますよ。特定の相手の心を読めるようになる薬も処方出来ますが、恐らく吸血鬼には効かない
薬効も種族によって様々なの。せめて相手の種族ぐらいは教えて貰わないと、私としては何もできないわ」
「……」
咲夜は一考したが、これには答えざるを得なかった。
「紅魔館の門番をしている……妖怪です」
「ふむ。ならばあの薬で大丈夫でしょう。今ウドンゲに調合させます」
そういって部屋のふすまを明け、ものの1~2分で帰ってきた。
「今――調合させている薬は、感情同化剤です。あの子なら5分もしないで作れるでしょう
使用法ですが、いたって簡単。二人っきりでいる部屋でこれを水に溶かして服用するだけです
10分程経った後、その相手の感情が、『貴女自身の感情』になります。
勿論一時的な物ですので、5分程度で収まるでしょう」
「私自身の感情――に?」
「ええ。そうです。
相手が貴女に無関心ならば無関心を、怒りを抱いているなら怒りを。
哀れみを感じているなら哀れみの気持ちを、貴女に抱かせてくれます」
「なるほど、よくわかりましたわ」
コンコンと、ノックの音が心地よいリズムで刻まれた。
「師匠、優曇華院です。お薬が出来上がりました」
「お入りなさい」
「咲夜さん、これがお薬になります。説明は聞かれましたか?」
「ええ、ありがとう。八意様から伺いましたので大丈夫ですよ
お代は、これで十分かしら?」
そういって咲夜は無給の身分でどこで貯めたのだろうか分からないような大金を置いた。
優曇華院は驚いた顔で師匠の顔を伺った。
「貴女ならロハでもよかったんですが。
受け取らないと貴女の気が収まらないというのなら受け取っておきましょう」
「本日はありがとうございました。
今度は是非紅魔館にお越し下さい。とびっきりのお食事とお飲み物を用意しますわ」
「期待してるわね。その後の話も」
「ええ」
そして咲夜は優曇華院から薬を受け取り、にこやかに永遠亭を去っていった。
――――
「凄いですね師匠、こんな二束三文のビタミン剤をあんな値段で買うなんて
紅魔館ではビタミン不足なのでしょうか。だとしたら、これはビジネスチャンスですよ!」
「ウドンゲ、半年ほど前に来た紅魔館の門番の事を覚えている?」
「……?ええ、覚えていますよ。
散々同僚の事が好きで好きで溜まらなくて、誰かに話を聞いて欲しいからって永遠亭に来た変わり者の事ですよね?
薬や月の事以外で永遠亭に来たのなんて初めてだから、嫌でも忘れそうにないです」
「さっきの薬、帳簿上の値段を半分にして、その人にも一袋売った事にしておきなさい」
「…………?わかりました」
優曇華院はいささか納得いかないようだったが、帳簿上のズレが生じる訳でもないし
理解できない行動を指示される事はいつもの事だったので、気にしないようにした。
気候も穏やか、春もあけぼのなこの季節でもうすら寒い、
日の光などまったく見えない、そんな時間にらしくない表情を浮かべては時折悶絶していた。
その理由は、その日の夜に週に一回行われる、紅美鈴との給仕・警護の各ポジション長としてのの定例報告会の予定にあった
そう、彼女は紅美鈴に絶賛片思い中であったのだ
そんな中、仕事とはいえ2人同じ天井の下、数時間に渡り誰にも邪魔されない空間を味わえるという
片思い中の彼女からすればこれ以上ない幸せで不安な時間がやってくるのだった
誰にも邪魔されないというのも、紅魔館の従業員には通達にて
『定例会では紅魔館防衛上の秘密事項の確認も含む為、当該空間には入ってこぬよう』
と厳命してあったからだった
もし2人の邪魔が出来るとすれば、それこそ彼女らが主であるレミリア・スカーレットのみだったが、
彼女も新月が近づいて力が弱っている為、パチュリーが作った部屋の結界の外を出歩くことは恐らく無いだろう
力の弱った姿を百年来の友人であるパチュリーと給仕長である十六夜咲夜以外の者に見られる事は決して彼女のプライドが許さない。
現にここ数十年は、新月の前後2日程は部屋から一歩も動く事は無く、部屋に籠もって研究をしている事が主だった
というわけで、本日の夕刻4時から6時までの2時間は、十六夜咲夜と紅美鈴の2人っきりの空間は決して破られる事は無いのだ
「……ふたりっきり、かぁ」
ためいき混じりの独り言をつぶやいてふと鏡を見た。
するとそこには、風邪の時でもこれ以上は赤くなる事はないだろうと思う程に真っ赤な頬が1対あった。
「……ふたりっきり……うー……」
咲夜はこれまでの自分に自信を持っていた
給仕役としても、戦闘役としても、またわがままな主をサポートする補助役としても、そして女性としても。
紅美鈴は少なからず十六夜咲夜に好意を抱いてるだろう事もうすうす感じていた。
――彼女は私の事を信頼していてくれる
私しか知らない表情だってある
それこそ、赤面し狼狽した姿だって――
しかし未だ、それは確信に至らない。
頭のなかでぐるぐると彼女の表情、仕草、言葉を反芻し続けていたら
あの表情は私の妄想の産物ではないのか
あの笑いは安心しきった表情でなく、失笑だったのではないか
あの言葉も本心のまったく籠もっていない、うわべだけの同僚への心遣いであったのではないか……
そして、彼女は今日の定例会を面倒くさい業務以上に考えては無いのではないか。
そう勘ぐってしまうのだ。
そう思うと、彼女はいてもたってもいられなくなった
誰かに見られる事の無いようきっちり時間を止めてから
いつものように布団に頭を突っ込み、足をばたつかせ、うわああああああと呻いてもても、まったく落ち着くことはなかった
なにしろ、あと半日もすればに定例会は始まってしまうのだ……
「……よし」
何かを決心した時にきまってつぶやく台詞をはき出した後、彼女は買い出しと称し館を抜け出した
霧の湖を越え、魔法の森の縁を沿うように進み、香霖堂が見えてからはひたすらに南へ南へと進んでいった。
春の竹林は、柔らかな日差しをさらに柔らかく、まるで彼女を干したての布団の中にいるような気持ちにさせてくれた。
――――
「珍しいですね、貴女がまたここへ来るなんて。しかもまだ夜も明けてないこんな時間に」
「少し用がありまして。それより、八意先生を呼んで頂けませんか?」
彼女が辿り着いた先は、永遠亭だった。
途中いたずらを仕掛けてきた兎をこてんぱんにのして、道案内をさせたら案外早く着いたのだった。
「あら、あなたどこかが悪かったりするんですか?性格以外に」
「性格に加え待遇まで悪い貴女には適いませんわ」
「しくしく」
「……苦労してるのね」
「まぁ、ちょっと待ってなさい、今師匠を呼んできます」
呼んでくる……と言い切った途端、見覚えのある赤青の薬剤師が顔を出した。
彼女こそが咲夜の目的たる人物、八意永琳だった。
「ここに居るわよ。あら、お客さん?」
「お久しぶりです八意永琳様。紅魔館給仕長の十六夜咲夜でございます。つまらない物ですが、お受け取り下さい」
「あらあら菓子折なんて嬉しいわ。ご丁寧にどうも、いつぞやの迷い妖怪さん」
「私は人間ですわ」
「冗談よ、菓子折なんて気の利いた物を持ってくる妖怪なんていないもの、ね」
「判断基準はそこなのね」
「ふふ、どうかしら、ね
それより今日はどうしたの?吸血鬼が風邪でも引いたりでもしたのかしら」
「いえ、私の事で相談に乗って頂けたらと思いまして」
そういって咲夜は先ほどから控えていた助手にチラリと目を向ける。
「なるほどね、ウドンゲ、貴女は席を外しなさい。
どうやらあまり聞かれたくない話らしいから」
「了解しました。何かありましたらお呼び下さい」
対応が紳士的で助かる。やはり、こちらがそれなりの対応をすれば話を無下にするという事はないのだろう。と咲夜は思った
「それで?何かしらね、相談というのは
わざわざ私に相談してきたということは、私の持つ薬学知識を頼りにしてきたんでしょうけど」
「ええ、というのも――」
――――
「ふむ。好きな相手の心を知りたい、と」
「どうにか――ならないものでしょうか?」
「ちなみにその相手っていうのは、あのあなたのの主かしら?」
「答える必要がありませんので黙秘しますわ」
「答える必要はありますよ。特定の相手の心を読めるようになる薬も処方出来ますが、恐らく吸血鬼には効かない
薬効も種族によって様々なの。せめて相手の種族ぐらいは教えて貰わないと、私としては何もできないわ」
「……」
咲夜は一考したが、これには答えざるを得なかった。
「紅魔館の門番をしている……妖怪です」
「ふむ。ならばあの薬で大丈夫でしょう。今ウドンゲに調合させます」
そういって部屋のふすまを明け、ものの1~2分で帰ってきた。
「今――調合させている薬は、感情同化剤です。あの子なら5分もしないで作れるでしょう
使用法ですが、いたって簡単。二人っきりでいる部屋でこれを水に溶かして服用するだけです
10分程経った後、その相手の感情が、『貴女自身の感情』になります。
勿論一時的な物ですので、5分程度で収まるでしょう」
「私自身の感情――に?」
「ええ。そうです。
相手が貴女に無関心ならば無関心を、怒りを抱いているなら怒りを。
哀れみを感じているなら哀れみの気持ちを、貴女に抱かせてくれます」
「なるほど、よくわかりましたわ」
コンコンと、ノックの音が心地よいリズムで刻まれた。
「師匠、優曇華院です。お薬が出来上がりました」
「お入りなさい」
「咲夜さん、これがお薬になります。説明は聞かれましたか?」
「ええ、ありがとう。八意様から伺いましたので大丈夫ですよ
お代は、これで十分かしら?」
そういって咲夜は無給の身分でどこで貯めたのだろうか分からないような大金を置いた。
優曇華院は驚いた顔で師匠の顔を伺った。
「貴女ならロハでもよかったんですが。
受け取らないと貴女の気が収まらないというのなら受け取っておきましょう」
「本日はありがとうございました。
今度は是非紅魔館にお越し下さい。とびっきりのお食事とお飲み物を用意しますわ」
「期待してるわね。その後の話も」
「ええ」
そして咲夜は優曇華院から薬を受け取り、にこやかに永遠亭を去っていった。
――――
「凄いですね師匠、こんな二束三文のビタミン剤をあんな値段で買うなんて
紅魔館ではビタミン不足なのでしょうか。だとしたら、これはビジネスチャンスですよ!」
「ウドンゲ、半年ほど前に来た紅魔館の門番の事を覚えている?」
「……?ええ、覚えていますよ。
散々同僚の事が好きで好きで溜まらなくて、誰かに話を聞いて欲しいからって永遠亭に来た変わり者の事ですよね?
薬や月の事以外で永遠亭に来たのなんて初めてだから、嫌でも忘れそうにないです」
「さっきの薬、帳簿上の値段を半分にして、その人にも一袋売った事にしておきなさい」
「…………?わかりました」
優曇華院はいささか納得いかないようだったが、帳簿上のズレが生じる訳でもないし
理解できない行動を指示される事はいつもの事だったので、気にしないようにした。
ただこの後、薬の効果が切れなくて困ると、赤い顔をした咲夜さんが
再診に訪れそうですね。
>性格に加え待遇まで悪い貴女には適いませんわ→敵いませんわ、ですね。
>ちなみにその相手っていうのは、あのあなたのの主かしら?→あなたの主、でしょうね。
>散々同僚の事が好きで好きで溜まらなくて→堪らなくて、の方が一般的ですよね。
続きはないんですか?
二次創作だからどう描いてもいいだろうというのも一つの意見だとは思いますが、
個人的にはいくら二次創作だからといっても原作で明記されてる描写をないがしろにするような改変は好みではありません。
あと、句点を打ったり打たなかったりと一定しないのはなぜですか?
非常に気になりました。