Coolier - 新生・東方創想話

繋いだ手をぎゅっと

2010/05/10 13:21:53
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注:この作品は拙作「待ち人」のその後のお話となります、前作をお読みになられてない方には設定が理解できない恐れがあります。お手数ですが前作をお読みの上お楽しみください。





「守ってあげたいの!」

 私が守ってあげるつもりだったのに、いつの間にか守られていた。

「わちきがいれば雨風なんかへっちゃらだよ!」

 ちょっとの風ですぐ飛ぶくせに、満面の笑顔で傘を差し出してくれた。

「ずっと一緒だよ!」

 気がつけばそれが当たり前のように本当にずっと一緒にいてくれた。

「置いて行かないで…」

 ちょっと離れただけでも頼りなさげに泣いたあなた。

 全部、全部がもう私の一部なのに…もうあなたがいるのが当たり前なのに…





「何で私を置いて行こうとしてるのよ…小傘…」

 暗いベッドルームで、アリスは青ざめた顔で横たわる小傘につぶやいた。


******************************************** 


 マーガトロイド邸に小傘がやって来てから数ヶ月たった今日この頃、アリスと小傘はようやく二人での生活に慣れてきていた。

「ありす~、このお皿はここでいい?」
「ええそこよ、ありがとう」

 微笑ましいお手伝い風景の様に見えるこの風景も二人暮し開始当初はひどい有様であった。

(ありす~、なにか手伝わせぅわきゃあっ!)
(小傘ーっ!)

 どうにかしてアリスの役に立ちたい小傘であったが、人型を取ってから人型の生活ということをしたことがなかったらしい。
何もないところで転ぶ、お皿を宙に飛ばす、ご飯をこぼさず食べられない、お風呂に一人では入れない等人間の幼児並みの生活力であった。

「えへへ、何でも言ってね~わちきがんばるから」

 そんな状態でもアリスが充足した日々を送れた秘訣は、仕事を覚え達成できた時の輝くような小傘の笑顔があったからである。

「えぇ、頼りにしてるわね」
「えへへ~」

 そんな二人の適度な距離が形成されつつあることを実感したアリスはとあることを思いついた。

「そうだ、小傘」
「ん、なぁに?」

 小傘は元道具から発生した妖怪ということも有り、何もない時は驚くほど大人しい。
アリスも人形劇の依頼の最盛期や、研究の素材集めなどがない場合は基本インドア派である。
この二点が重なって今まであまり遠出ということをしていなかった。

「明日あたりどこかにお出かけしようと思うのだけど、どうかしら?」
「ありすとお出かけ?うん!行く!!」

 アリスのそばにいればいつでも幸せと言わんばかりの小傘の笑顔がさらに輝く。
ここまで喜んでもらえるならもっと早く思いつくべきだったわねと考えつつ目的地を考える。

「小傘はどこか行きたい場所はあるかしら?」
「ん~、ありすにつれてってもらえる場所ならどこでもうれしいよ?」

 困った、付き合い始めた初々しい恋人たちが一度は通るこの問答にいきなり突き当たったアリスである。
どこでもいい、とは言うもののせっかくだから二人とも楽しめる場所がいい。
しかしながら趣味という時点でアリスは『人形作りと読書とお茶』、小傘は『ありすの役に立つこと、ありすのしてることを見ること、ありすとお話しすること、ありすの…』という風にアリス関わっているなら何でもいいというくらいの懐きっぷりである。
ここで、じゃあ自分のしたいことをすればいいと割り切れないのがアリスのいいところでも有り悪いところでもあるのかもしれない。

「うーん、どこがいいかしら」

 即座に二人の共通点や、嗜好などから最適なデートコースを検索し始めるアリスであったが。

「じゃあ、アリスがよくお出かけするところに行ってみたいな」

 の一言でかなり絞られることとなった。

「私が良く行く場所…ねぇ…」
「うん!」

 となると、人里のお店や博麗神社、そして紅魔館の図書館等だろうか…。

 コンコン…

 その時、マーガトロイド邸の扉を叩くものがあった。

「あら?誰かしら、ちょっと待っててね」
「は~い」

 迷いやすく人の身なればあまり長居できないほど瘴気が濃い迷いの森、その真っ只中にあるマーガトロイド邸は意外にも来客が多い。
それはライバルの黒白魔法使いであったり、気まぐれお気楽紅白巫女だったり来客歓迎の噂を聞きつけた物好きな里の者だったりする。

「ご機嫌いかが?アリス」
「咲夜?」

 今日は珍しい来客だったようだ。
マーガトロイド邸の扉の前に佇んでいたのは、人間でありながら悪魔の館の住人でありその住人たちの誰よりも優秀な仕事をする女性。
完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜であった。

「久しぶりね、元気にしてたかしら?」
「ええ上々よ、立ち話もなんだし奥へどうぞ?」
「あら、ありがとう」

 今日はオフの日らしく砕けた口調なので奥へ誘うと、普段は「鉄の女」と評されるほどの咲夜の無表情が少し緩んだ。

「ありす~、誰か来たの?」
「あら…」

 来客が気になったらしく小傘がひょいと顔を出す。

「ん?だぁれ?」
「はじめまして、私紅魔館のメイド長を勤めさせていただいております。十六夜 咲夜と申します、以後良しなに…。」

 オフにも関わらず初対面の者には完璧にメイドとして挨拶を通す、流石に瀟洒である。

「ほえ~…」

 突然洋風従者の優雅な所作に中てられたのか、ほ~っとしてしまう小傘。

「こら、ご挨拶は?」
「あ、ごめんね」

 放って置くといつまでも惚けてしまいそうだったのでアリスが助け舟を出す。

「わちきは小傘、多々良 小傘!わちきはね…ありすのものなんだよ!」

 緩やかな午後の空気が凍りついた。
嗚呼、悲しきは悪意のない短絡表現なりや…小傘は自分の立場を明確に伝えてくれた咲夜に対して同じように返したつもりだったのだろう。
だが、結果として咲夜と小傘の間では決定的な認識の齟齬が生まれた。
アリスは胃の下あたりが急激に冷えて全身の肌がざわめくのを感じた、所謂嫌な予感である。

「アリス…」
「待って咲夜誤解よあなたが今の小傘の言葉をどう解釈したかは大体は予想がつくわでも待って欲しいの落ち着いて聞いて頂戴私と小傘は…」
 
 思わぬ展開に頭がヒートアップしていくのを感じながらも、必死で咲夜に弁解をしようとアリスは息をするのも忘れて言葉を紡ぎ出す。
 バッっと咲夜の手のひらがアリスにかざされる。

「いいの、何も言わないで良いわ。大丈夫」
「咲夜…」

 咲夜の表情が普段ではありえないほど優しく穏やかになっていく。
その「そっかぁ、アリスもついに目覚めちゃったのねぇ…」的な視線を受けてさらにアリスの嫌な予感は加速する。

「で?どこまでいったの?」
「やっぱり…」

 つまり、咲夜の認識ではアリスと小傘はステディできゃっきゃうふふな関係ということで定着したということである。

「咲夜、お願い聞いて頂戴…というか聞くまで今日は返さないわ」
「あら、情熱的なお誘いね、一人じゃ足りない?欲張りさんね」
「ね~ね~?どこまでってな~に?ありすは欲張りさんなの?」

 どうやら今日の方向性は決定してしまった、分かっているのかいないのか瀟洒は徹底的にアリスをいじくるつもりでいるようだ。
小傘も挨拶以降、会話に乗れずに退屈し始めたらしい。
収拾がつかなくなる前にとアリスはため息混じりに人形達にお茶の準備を命じた。


********************************************


「つまり、小傘の初めての相手がアリスという解釈で良いかしら?」
「あのねぇ…」

 あれからティーポットが3回ほど入れ替わるほどの間、アリスは咲夜に対して小傘との出会いや関係を詳細に説明した。
説明の合間合間に小傘が「ありすと一緒にお風呂に入るの」「ありすはご飯をあ~んしてくれる」「ありすと一緒じゃなきゃ寝られない」等の発言をしたためアリスが伝えたい話に軌道を修正するのは非常に困難なものとなった。
もちろん小傘の発言のたびに咲夜は「んまっ!」とか「あらあら~」とアリスに対し生温い視線を送り続けた。
その結果、咲夜の第一声がこれである。

「あら?私はただ『小傘さんが妖怪化してから初めて生活を共にするほど仲良くなった相手がアリス』と言いたかっただけなのだけれど?」
「うぐっ…」
「あらあら、言葉の行き違いって悲しいですわねうふふ…」

 わざとらしく口元を手を当てそっぽを向き流し目でこちらを見つつ微笑む咲夜、これが様になっていてさらに腹が立つところなのだが、本当にメイド長として働いているときとは別人のようである。  

「でも…好きなのでしょう?」
「え…?」

 急に声音は優しいまま咲夜が問う。

「私達メイドにとって距離っていうのは重要な要素なの、主人と自分の立ち位置もそうだしお客様が連れ立ってこられた場合、その方々の立つ位置と距離によってその関係を推し量ることも重要」
「…」

 ふわりと立ち上がり咲夜は説明を続ける。
アリスの真後ろから少し横にそれた場所に立ち。

「主とその従者、または古式ゆかしい夫とその妻」

 アリスの真横、ちょうど腕を伸ばすと肘が相手の肩に接するくらいの距離。

「友人、または良きライバル」

 そこでふっと離れて手の届かなくなるあたり。

「他人、または敵対関係」

 そしてアリスと小傘を指差す、そこには並んで座りほとんどぴったり肩を寄せ合う二人がいた。

「親子、または恋人」

 最後に元の位置に戻り座りなおすと真剣な眼差しでじっと二人を見つめ。

「人も妖怪も心の距離が物理的な距離に影響を及ぼすわ、そしてあなた達は恋人のそれに見える」

 そこまで言い切るとふっと表情を緩め。

「ま、このほかにもたくさん判断基準があって私たちは日々お客様に最適なお出迎えをするわけ」
「ちなみにここ数ヶ月で友人やこそ泥以外の紅魔館の来客数は?」

 アリスは念のために聞いてみるが。

「ゼロね」

 即答であった、全身の力が急激に抜けていく。

「なによ、それじゃ当てにならないじゃないの」
「ふふっ、そうかもね」

 話に適当な区切りがついたところでふと思い出す。

「そういえば咲夜、今日は何か用事があったの?」
「いいえ、オフだからこのごろ姿を見せない友人の様子を見に来たのよ」

 心配させてしまったろうか…。

「ああ、後パチュリー様から言伝よ『貸した魔術書が読みたくなったからすぐ返して頂戴』だそうよ」
「えぇ…?借用期限はまだ残っているはずなのに…。」

 パチュリーからの突然の返却要請に少し戸惑う。
パチュリー・ノーレッジは咲夜の主人のレミリア・スカーレットの友人である。
紅魔館は咲夜の能力を利用して広大な図書館を擁しており、そこの管理者がパチュリーであった。
強大な魔力を内包した生粋の魔女であるが喘息もちで体が弱いため滅多に外に出ることがなく、ついた二つ名が動かない大図書館。
悪魔と関わりが深い種族なため、約束事や期限などにはうるさいはずなのだが…。

「要約すると『しばらく顔を見ないけど何してるのよ、寂しいじゃないの。夢枕に立ってむきゅむきゅ言うわよ?』ね」
「エキサイティングな要約ね、しかも長くなってるじゃない」

 呆れて言うが無沙汰だったのも確か、アリスは小傘に聞いてみる。

「小傘、明日は紅魔館に本を返しに行く用事ができたのだけれどその後お出かけでいいかしら?」
「こうまかんってなぁに?」

 小傘は紅魔館に興味を引かれたようだ。

「湖の先にある真っ赤なお屋敷よ、見たことない?」
「あ、あるよ~」
「そこにとてもとても大きな図書館があるの、私もよく本を読みに行くのよ」
「凄くおっきな図書館…見てみたい!」
「よかったわ」

 図書館にも興味を持ってくれたようだ。

「それじゃ咲夜、明日に私と小傘でお邪魔させてもらおうと思うんだけど、大丈夫かしら?」
「ええ、お出かけの予定だったようだし二人の良き思い出となるよう全館上げて歓迎させてもらうわ」

 咲夜の表現に引っかかるものを感じたものの訪問の約束を取り付けた。

「歓迎してくれるってね」
「やったぁ!」


******************************************** 


「やめておけばよかった…」
「うわぁ~!」

 翌日、小傘と連れ立って紅魔館を訪れたアリスであったが館内に入る前、正確に言うなら門をくぐる前から後悔していた。
いつもは紅魔館の門番紅美鈴が守り招待客以外には硬く閉ざされている門が今日は真っ赤な薔薇のアーチに取り替えられていた

「ようこそいらっしゃいましたアリスさん、そして小傘さん」
「「「「ようこそいらっしゃいました!!」」」」

 門前からしてもういつもの様子とまったく違っている、まず第一にこの時間ならまず間違いなくお昼寝中なはずの美鈴が起きている。
第二に普段はそれぞれの場所を哨戒、警備しているはずの門番隊が軒並み整列して二人を迎えてくれていた。

「美鈴…ちょっと聞いていいかしら」
「はい、何なりと」

 まさかとは思っていたけどと内心またも嫌な予感を覚えはじめたアリス。
うわぁ…レッドカーペットまで…。

「この先、全部『こんな』感じなのかしら?」
「ええ、それはもう咲夜さんは元よりパチュリー様が丁重におもてなしせよと仰せですから、お嬢様からも承諾をいただいてますし」 

 この暇人どもめ…きっと昨日咲夜から報告を聞き、もてなすことを名目に絡んでやろうという目論見だろう。

「ところで美鈴、重要な相談があるのだけれど」
「はい、なんでしょうか」
「帰っていい?」
「「駄目です(わ)」」

 美鈴と誰かの返事が重なった瞬間アリスと小傘は紅魔館の図書館に居た。
おそらく咲夜が時を止めてここまで運ばれたのだろう。

「おや…最近見ないと思ったら、目の前に居たのねアリス。これは幸せの青い鳥を暗に示しているのかしら?分かったわ二度と逃がさない」
「『お招き』に預かり光栄ですわパチュリー、それとこれ借りていた魔術書」
 
 目の前には本を片手にパチュリーがふよふよと漂いつつ、近づいてきていた。
 自分から呼び寄せた癖に…と皮肉をこめて深々とお辞儀する。

「確かに、受け取ったわ。それで…そちらは噂の?」
「お、おまっお招きにあじゅかぎっ!…痛ぁ!」

 すっかり雰囲気に飲まれていた小傘は急に話を振られて見事に噛んだ。

「ほら、焦らないの。見せて御覧なさい」
「いだい~、あ~…」
「…」

 小傘に口を開かせ患部を見てやる。

「少し腫れているけど問題なさそうね、少し痛むかもしれないけれど…」
「うん、大丈夫だよ!ありがとう」
「そう…いい子ね…」
「えへへ~」
「……」

 何もないところでよく転んでは涙目になっていたのに、成長したわね…

「…この私を差し置いて二人の世界を形成するとはやるわね、少し寂しかったじゃない」
「あ、あらごめんなさい、改めて紹介させてもらうわ。この子は多々良小傘、私と一緒に住んでいるわ」
「あちき、唐傘お化けだよ!うらめしや~」

 元気いっぱいに恨めしがる小傘、おどろおどろしさのかけらもない。

「ふむ…いいわね、きれいな瞳だわ…容姿も可憐で性格も素直そうね…」
「ええ、とてもいい子よ」
「てへへ」

 ぽむぽむと小傘の頭をなでつつパチュリーが言う。
小傘も褒められてまんざらでもないのか大人しくしている。

「アリス」
「なにかしら?」
「この助兵衛」
「またなのね…」

 
********************************************

  
「というわけなのよ」
「つまり、小傘は身も心もアリスのものでお風呂やお布団も共にしちゃう関係ということね」
「…」

 昨日と同じような流れに非常に疲れるのを感じながらアリスは懇切丁寧にパチュリーに事情を説明した。
途中、咲夜が紅茶を運んできたついでに会話を混ぜ返し。

「パチュリー様聞いてくださいまし、アリスったら…」
「んまっ!大胆…」

 あることないこと本人の目前で暴露したため今回もアリスの事情説明は困難を極めた、合掌…。 

「ふむぅ、アリスがもう少し成長したらモノにしようと思っていたのに…とられてしまったわ、残念ね…」
「ちょっと何を言うのよ…」

 異変解決ではかち合う事もあった二人だが、先の地霊が噴出した異変で共謀して魔理沙をサポートしてからというもの二人は良好な関係を築いてきた。
そのパチュリーから大胆発言である。

「あなたの魔法は私とはまた違う方向で興味深いし、向上心もある。おまけに冷たい振りして実は人情家で家事万能…これで嫁にしたくならないという輩が居るかしら?いいえいないわ」
「あ、ありがとう…」

 普段から「未熟者」呼ばわりされていただけに少し意外な評価であった。

「ま、アリスが私の嫁になるお話はまた今度にしましょう、小悪魔!」
「はいな~」

 物凄く気になる台詞を残しつつパチュリーは小悪魔を呼びつけた。
小悪魔とパチュリーは契約で結ばれているため、声に出さずとも呼ぶことができるそうなのだが今のは周りにもわかりやすいよう配慮したのだろう。

「アリスのステディに館内を案内してあげなさい」
「はいはい~、お安い御用ですよ~」

 だいぶこの場にも慣れてきてあちこち覗き込んでいる小傘にも配慮してくれたようだ。

「それでは小傘さん、我らが居城である紅魔館をご案内いたしますよ~」
「ほんと?やったぁ!あ…でも、ありすは…?」

 いろいろと見て回れることがわかり喜ぶ小傘だが、アリスが付いていないと不安なようだ。
アリスもその辺りは心得ているので小傘に付き合おうと声をかける。

「あ、私もついてい…」

 だが、その矢先パチュリーが今の場に全く沿わない冷淡で暗い瞳をこちらに向けていることに気づき言葉を詰まらせる。その目は魔の道を志すものならよく知る知と魔に全てを捧げ堕ちた者が放つ独特の物であった。

「ありす?」
「う…あ、いいのよ?大丈夫だから楽しんでいらっしゃい。私はここで待っているから、小悪魔この子をお願いね」
「はいな~、お任せを~」

 とりあえず小傘を小悪魔に任せ二人を送り出したのだった。 


********************************************


「で、何なのよ?」
「あら、何のことかしら?」

 二人を送り出しパチュリーのほうを振り向くとそこにはいつものけだるげな様子のパチュリーが居た。

「惚けないで頂戴、わざわざ人払いまでしたくせに…」
「ふむ…まぁわかる様にしたことだしね。いいわ、アリスにちょっと聞きたいことがあるの」

 いつものように難解な言い回しで煙に巻かれるかと思っていたが思ったよりもストレートに話が進む。

「何よ…、聞きたいことって」
「まぁ、焦らないで。あまり焦ると早いわよ?」
「…」

 過去の異変では衝突しあう仲であった二人も、地霊が温泉と共に湧き出た異変のとき、共謀して魔理沙を地底へ送り込んだこともありそれ以降の関係は良好なものとなっていた。
 そのパチュリーがあの瞳を向けてくるときは決まって何か異変や重要なことを伝えてくる時と、アリスはパチュリーとの付き合いで理解していた。

「さて、それじゃぁ聞かせて頂戴」
「ええ…」

 真剣な瞳を向けてパチュリーが改めて口を開く。
いったいどんな重大事を聞かれるのか、場合によってはまた弾幕合戦に発展することもあるかもしれない。
 アリスは来るべきパチュリーの質問に対しぐっと身構え…

「小傘とはもう…した?」
「ちょ、ちょっと!」

 盛大に紅茶を噴出しそうになった。
 身構えたこちらが馬鹿だった、なんて事を聞くのかこの引きこもり魔女は…。

「ええ、大事なことよ?何せねぇ…初めての相手なのでしょう?」
「こ、こらっ!」

 急にパチュリーの様子が近所に住むちょっと進んだお姉さんチックな物となる。

「アリスは若い上に真面目過ぎるきらいがあるから…お互いガチガチになって失敗しちゃうんじゃないかって…私心配でねぇ」
「~~~っ」

 もう言葉を発することができないくらいにアリスの顔は真っ赤になっている。

「でも、本当に大事なことよ?『初めての契約』は」
「は?」

 てっきり『そっち方面』の話だと勘違いしていたアリスは盛大に肩透かしを食らった。

「あらあら、何かしらその『私はてっきりあっち方面の話かと…』って表情は?」
「うぐぅ…」

 ニヤニヤしながらパチュリーが聞いてくる、狙っていたとしか思えない。

「さて、アリスが何を考えていたのかを追及するのはまた今度にして本題よ」
「永遠のまた今度で良いわよ…」

 表情をいつものむっきゅり顔に切り替えパチュリーが続ける。

「で、契約はしたのかしら?小傘と」
「いいえ、私とあの子はお互いに助け合う仲ではあるけど、主従になるつもりはないわ」

 実際、最初こそ手のかかる妹的な感じであった小傘であったが、今ではちょっとしたお使いや家事もこなしてくれるだけでなく、そのなつっこい性格と笑顔は魔法の研究などで荒みがちな時のアリスの心を和ませてくれる一服の清涼剤となっていた。

「私はあの子を自分の都合で縛り付ける様なことはしたくないの、あの子が私のそばにいたいと言ってくれていて、私もあの子にそばにいて欲しい。それだけで十分だわ」
「そう…、ありのままを愛するって言うことなのね。アリスらしいわね…」

 少々含みのある言い方でパチュリーは続ける。

「ならば、これからあの子が迎えるであろう運命も受け入れるということなのかしら?」
「?」

 パチュリーは再び先ほどの冷たい魔女の目をアリスに向ける。

「あなた、付喪神を幸せにするという意味を理解しているかしら?」
「幸せにする意味…?」

 突然空気が変わり、重苦しい雰囲気にアリスは戸惑う。

「その様子じゃ、やはり理解していないようね。」

 アリスの戸惑う様子にため息を付きながらパチュリーは続ける。

「少し考えて見ましょうか?小傘は放置された傘の寂しさや歯痒さ、持ち主への怨念が昇華して生まれた妖怪ね?」
「ええ…」
「つまり、寂しさや歯痒さがあの子にとっては私たちの魔力や血肉に等しいということよ」
「そう…ね…」

 少しずつ事の次第を理解し始めたアリス、しかし…

「あの子を大事にしている様子は私にもよく理解できるわ。あの子に対する言葉遣いや所作からも妬ましくなるほどよく伝わってくる。でも、それがあの子の寂しさやはがゆさを消化してしまう結果につながるかもしれないわね?」
「まさか…」

 核心に近づくにつれアリスの鼓動は早鐘のように加速を始める。

「そして、その生命力に変わる契約による魔力補充もしないと言う…。なら結果はわかるでしょう? この世に血肉や魔力無しに存在を保っていられるものは存在しない」
「小傘が…」

 もう理解してしまった…、だが認めたくない言葉にしてしまいたくない。

「そろそろ観念なさいな、寂しさやはがゆさと言う血肉を奪われたあの子は付喪神と言う存在を保っていられない…つまり消えるということよ」
「っ!!」

 パチュリーの言葉で不安が現実のものになってしまった。

「さて、それを理解してもらった上でもう一度聞くわ。小傘と契約しないのかしら?」
「ぁ…私…」

 パチュリーの質問に答えることができない、もちろん小傘を失うなど今更考えられない。 だが、小傘を契約によって式や使い魔にするということは別の意味であの子から全てを奪い取ってしまう。
 
「でも、契約で縛ってしまったらあの子は…」
「えぇ、永遠に仮初めの幸せに浸り続けることになるかもしれないわね」

使い魔にするということは対象の全てを手の内に納めるということ、身体の自由や痛みや快楽、相手の感情さえも左右することができる。

「それが本当に幸せじゃないと言い切れるのかしら、現に小悪魔は私の元にいて幸せだと言っているわよ?」
「でも、それは契約に拠る刷り込み効果の影響じゃないとも言い切れないじゃない」

 もう使い魔になってしまっているものは決して自分の環境に疑問を抱くことはできない、なぜなら主のために生き、主のために死ぬことこそが使い魔にとっての幸せとなるように精神をコントロールされてしまうから。

「何を迷うのかしら、先ほどの様子を見る限りあなたとずっと一緒に居られることが約束されると知れば、あの子は二つ返事で承諾すると思うわよ?」
「そう…なのかしら…」

 それは小傘にとって果たして幸せなことなのだろうか、小傘がそばにいると言い、私はそれを受け入れた。
その経緯があってこそ今の幸せは存在している。だがそれを魔法の力で永遠に強制することの中に本当の幸せは存在しうるのだろうか。
 そして、自発的な歩み寄りではなく強制的に組み敷かれることを小傘は承諾してくれるのであろうか?怖がって逃げたりはしないだろうか?軽蔑して侮蔑の言葉を残して去りはしないだろうか?小傘と離れたくない、でも小傘の全てを奪う事も怖い。離れたくない、失いたくない、でも嫌われたくない…怖い……。

「小傘…」

********************************************


 バタン…

 小傘達が帰ってきて、アリスは小傘を伴って帰っていった。
 図書館の扉が無機質な音を立てて閉まり、館内にはパチュリーと小悪魔だけが残った。

「よろしかったのですか?」
「…なにがよ」

 小悪魔が小傘を案内していたときと全く変わらない柔和な笑顔を浮かべてパチュリーに問う。
小悪魔は笑顔以外の表情を滅多に浮かべない、楽しそうでも悲しそうでもない極めてニュートラルな笑顔でさらに問う。

「アリスさん、だいぶ思いつめてましたよ?」
「そうね、でも私たちのような存在なら一度は通る道よ。私もあなたと契約するときは散々悩んだものよ」

 感慨深そうにパチュリーは遠くを見つめる。

「そうでしたね…『あなた可愛いじゃない、よし!あなたを使い魔にするわ』って返事も聞かずに強制的に契られましたね」
「…」

 パチュリーは遠くを見つめたまま明後日の方向に視線を移す。

「まぁ、どうしても駄目な様なら手は打ってあるわ」
「さすがパチュリー様、親身に相談する振りして媚薬を盛るとか得意ですもんね」
「…」


********************************************


 紅魔館からの帰り道、アリスは小傘とまともに目もあわせられずに歩いていた。 

「ね、ありす!今日は楽しかったね!」
「え、えぇ…」

 小傘は今日のお出かけを十分に楽しめたようでニコニコ笑顔で歩いている
だがアリスはパチュリーに伝えられた問題で思考の迷路に入り込んでいた。
「小悪魔さんがね、いろんな所に連れてってくれたんだよ?凄かったんだから!どこもかしこも真っ赤でね!」

この子を幸せにしてあげたいのに…今のままではこの子は…

「あのね!あのね!あのぱちゅりって人がねまた遊びに来て良いって!お土産にこんな綺麗な石もらったんだよ!」
「そう…ね…」

 どうすればいい…契約を結んでしまえばこの子の命は助かるだろう…、しかしそれと同時にこの子の笑顔は永遠に失われてしまうかもしれない…。

「ありす?もう少しゆっくり歩いて…」
「どう…すれば…」

 他に選択肢はないのだろうか…どうしよう…いつものように冷静に最善の策を考えることができない、余裕がない…。

「あ、ありすぅ!待ってよぅ」

 だめだ、こんな場所で考えていても始まらない、早く家に帰って対応策を練らなくては…。

「ありすったらぁ!…あっ!」 
「小傘…?」

 ふと我に返るとそばに小傘がいないことに気が付く。
振り返るとずいぶん離れたところで小傘が蹲ってしまっていた。

「小傘っ!」

 急いで戻り小傘の様子を伺おうと近づく。

「大丈夫?転んでしまったの?怪我は…」
「あ…あり…あり…すっ…ふぐ…」

 アリスが戻って来たことに気が付いた小傘が左右非対称の瞳いっぱいに涙をためてアリスにすがりつく。

「小傘…大丈夫?何処か痛いの?」
「ありす…お…ぐすっ…おいて…いかない…でぇ…」

 涙を流し震えながら訴える小傘。

「ありす…も…わたしをおいてくの?また…一人になる…の?」
「小傘っ!」

 必死で声を絞り出す小傘の姿があまりにも儚く今にも消えてしまいそうで、アリスはきつく小傘を抱きしめる。

「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていただけなの。 貴方を置いていったりなんかしないわ…、ずっと一緒よ…」
「うん…」

 そうだ、絶対に離すものか…どんなことがあっても私と小傘はずっと一緒にいるのだ…。
 小傘を安心させて上げたくて、小傘とずっと一緒にいられると信じたくてぎゅっと強くお互いの手を握って歩いた。


********************************************


 紅魔館に出かけてから一月が経過した。その間アリスは各方面に飛びまわり何とか小傘を助けるための第三の選択肢を探していた。
 だが、アリスの必死の思いとは裏腹に運命の足音は確実に二人へと近づいてくる。
 ある日、連日の徹夜でふらふらになったアリスの身の回りの世話をしていた小傘が突然倒れ、そのまま立つこともできないほどに衰弱を始める。
何も有効な手段を見つけられぬまま、ついに運命は二人のもとへとたどり着いてしまった。

 小傘をベッドルームで看病にもならない看病をしながらアリスは未だ小傘に対し契約の締結を持ちかけられずにいた。

「小傘…苦しくない?」
「あ…り…す…」

 もう時間がない、小傘から感じられる妖気がどんどん薄まっていくのがわかる。

「小傘…辛いでしょうけど聞いて欲しいことが…」
「わち…き…ね…」

 意を決して小傘に契約の件を話そうとしたところで、生きも絶え絶えに小傘が口を開く。

「わちき…あり…すに…あやまらなきゃ…」
「な、なにも小傘は悪いことなんかしてないわ」

 意外な言葉に戸惑いつつも小傘をなだめるアリスだったが

「う、ううん…わちき…ね…ありすがうけいれて…くれてから…、ずっと隠し事…してた」
「いいのよ、あまり喋ると体に障るから…」

 聞き分けのいい小傘が今のタイミングでアリスの制止を聞かずに語り続ける。

「わちきね…最初…は…だれでも…よかった…の…」
「小傘…」

 衰弱し力のない相貌をアリスに向けじっと見つめながら続けられる小傘の独白。

「誰か…誰かに…見て欲しくて…いっしょに…いて欲しくて…ありすに…あいにいったの…」

 そこで弱々しい力で手を握られる。

「でも…ありすは…おもってたより…ずっとやさしくて…ずっといっしょにいてくれ…て…」
「ええ…」

 愛おしそうにアリスの手にほほを寄せる

「わちき…ううん、わた…し…ありすのこと…どんどん大好きになっちゃったの」
「わ、私もよ小傘…だからね、もう無理しないでいいのよ」

 なんとか小傘をなだめようとするアリスだったが…。

「わたし…もうすぐ…消えちゃうん…でしょう?」
「っ!?」

 小傘の口から今最も聞きたくない事態が語られる。

「なんとなく…わかって…たの…」
「小傘、それは…」

 今となってはこの世のどんな宝石よりも美しく見える相貌から大粒の涙が溢れ出す。

「だって…すごく…しあわせ…だった…もう…なにも…いらないっておもう…くらい…」
「私だって…そうよ、だからっ!ずっと…!!」
「でも…わたし…思っちゃったの…おいていかれる…くらい…なら…わたしが…先に…て…」
「小傘ぁ…」

 耐え切れずにアリスの瞳からも溢れ出す涙。

「ごめん…なさい…雨…守ってぁ…なく…て…」
「小…傘ぁ…ぅっ…」

 疲れたのかそのまま静かに寝息を立て始める小傘。
アリスはどうする事もできず俯くことしかできなかった。
小傘は自分が消えることを受け入れてしまっている…それがアリスを完膚なきまでに打ちのめしていた。



「守ってあげたいの!」

 私が守ってあげるつもりだったのに、いつの間にか守られていた。

「わちきがいれば雨風なんかへっちゃらだよ!」

 ちょっとの風ですぐ飛ぶくせに、満面の笑顔で傘を差し出してくれた。

「ずっと一緒だよ!」

 気がつけばそれが当たり前のように本当にずっと一緒にいてくれた。

「置いて行かないで…」

 ちょっと離れただけでも頼りなさげに泣いたあなた。

 全部、全部がもう私の一部なのに…もうあなたがいるのが当たり前なのに…





「何で私を置いて行こうとしてるのよ…小傘…」

 暗いベッドルームで、アリスは青ざめた顔で横たわる小傘につぶやいた。




「やっぱりこういうことになっていたのね」

 突然、二人だけしかいない筈の室内に突然響く第三者の声。

「誰っ!?」
「私よ、私っとと!むきゅっ!」

 何もない空間から光が溢れ出し魔方陣が描かれる、そしてそこから見慣れた人物が落下してきた。

「パチュリー!?」
「ええ、こんばんはアリス?」

 ぽんぽんとローブの埃を払いながら立ち上がったのは小傘の運命を予言した七曜の魔女、パチュリーであった。

「さて、来て早々だけどアリス…今までのことは全て小傘に渡したアクセサリー型通信石で聞かせてもらったわ」
「そう…聞いていたなら分かっているでしょう?帰って頂戴…今は誰かと話ができる状態じゃないの…」

 小傘の言葉に打ちひしがれるアリス、今は友人の声さえ疎ましい。

「ふむ…重症ね…それじゃ」

 ッパァン!!

 乾いた音が室内にに響き渡る。
パチュリーがアリスの胸倉をつかみ引き寄せ思いきり引っ叩いた。

「っ痛…何のつもりよ?」
「目は覚めたかしら?未熟者」

 突然の仕打ちに静かに怒りを表すアリスだったがパチュリーはそれ以上に冷淡な表情でアリスに語りかける。

「アリス、あなたは今このときになにをしているのかしら?さっきから聞いていればやれることをやらないまま小傘の言葉にショックを受けてもう敗北宣言?」 

 小傘に歩み寄りながらパチュリーは続ける。

「この子は確かに今に満足して命を終えようとしているわ、だけどそれは小傘だけの都合。あなたの意思はどうしたのよ、離れたくないのでしょう?なのになによその腑抜けた態度は。この子の考えを変えさせようと努力したの?今際の際になって正直に自分をさらけ出してくれた相手にまだ自分の真実を隠そうというの?」
「でも…私は…」

 分かっている、小傘を助けたいのならば迷わず契約をしてしまえばいい。結局の所アリスが恐れていることは一つだけ、契約を強行し小傘が小傘ではない何者かに変わってしまわないかということだけであった。

「ふぅ…本当に未熟、たとえ自分の選びたくない道であっても、どうにもならなくなった時の回避手段として下調べの一つや二つする時間はあったでしょうに」
「…」

 パチュリーの言うことに間違いはない、選びたくない見たくない事実に目をそむけていた。紅魔館で小傘の行く末について聞いてからここまでの間に下調べをする時間も小傘に契約についての意思確認をする時間も十分にあった。
アリスはパチュリーの言うことに反論することも出来ず、ただうつむいて唇をかみ締めることしか出来なかった。

「…もういいわ、あなたには小傘といる覚悟が決定的に足りないということが良く分かった」
「…っ!」

 パチュリーが絶対零度のアリスに向け最後通告を出した。

「あなたに小傘と一緒にいる資格はない、そこでこれから私がすることを半べそでもかきながら見ているといいわ」
「パチュリー…なにを…?」

 パチュリーが小声で何かささやくとパチュリーと小傘を中心に魔法陣が形成される。

「私が小傘と契約するわ、別にかまわないでしょう?あなたは小傘に対して有効な治療法を見つけることも、小傘に嫌われてでも契約をするということも出来なかった、いわばただの他人だわ」
「ぅ…」

 パチュリーは小傘が横たわるベッドの脇に立てひざになると小傘の頬をゆっくりとなでる。

「…何、しているのよ?」
「ふふ…契約といえばお互いの体液の交換と相場が決まっているでしょう?つまり、口付けよ」
「!?」
「何を驚いているの?契約を交わすということは男女で言えば結婚するほど深い仲になるということよ、これくらいは当然でしょう?」

 パチュリーの横顔は魔女そのものであった。

「安心して頂戴、小傘が終わったあとはアリス、あなたもモノにしてあげる。皆で紅魔館で暮らしましょう、それなら寂しくないでしょう?」
「あ…小傘…」

 ゆっくりとパチュリーの顔が小傘の顔に近づいていく。

「……り…す…」
「!?」

 今まさにパチュリーと小傘の唇が触れ合わんとした時、アリスの耳にかすかな声が届く。

「あ…りす…」
「小傘ぁっ!」
「むぎゅっ!」

 意識のない状態でも小傘はアリスを呼び続けていた。アリスは小傘の声が聞こえた瞬間、我を忘れてパチュリーを突き飛ばしていた。

「ぅ…きゅ~…」
「ごめんなさいパチュリー。私、小傘に消えてほしくない、でも誰にも渡したくもないの!」

 突き飛ばされた時打ち所が悪かったのか目を回したパチュリーに一言謝ってから、未だ維持され続ける魔法陣へ近づく。

「ごめんね小傘、自分勝手なことしてしまうけど…後でちゃんと謝るから…」
「ぅ…あり…す」

 先ほどのパチュリーと同じくベッドサイドにひざ立ちになり小傘の顔を見つめる。
そして小傘の手をしっかり握る。

「ずっと…一緒よ…」

 そっと瞳を閉じアリスは小傘に口付ける。

「ん…」

 アリスが小傘に口付けた瞬間二人を囲う魔法陣が光を放ち始める。アリスは真っ白に染まっていく視界の中で小傘がかすかに微笑んだ気がした。


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「ん~…きゅ~ぅ…っは!」

 暫く後、目を覚ましたパチュリー。

「もう…、アリスも乱暴なことするわね…。余所行き用ローブが皺になっちゃったじゃないの」

 ぽんぽんとまたも埃を払いつつ立ち上がるパチュリー。

「「パチュリー様~、気が付かれましたか~?」」
「気が付かれましたかじゃないわよ、おまえは気絶中の主をほうってなにしていたのよ」

 パチュリーの頭に直接小悪魔の声が響いてくる、どことなく心配そうでいてやっぱりどうでもいいようなのほほんとした雰囲気が漂っている。

「「だってパチュリー様~、自分にだけ転移魔法使われて~、私にはかけてくれなかったじゃないですか~、私転移は図書館内でしかできませんよ~ぅ」」
「ふん…最高の登場タイミングに些事になど構ってなんかいられるものですか」

 頭の中に不満げな小悪魔の声が響いてくる。

「「盗み聞きの上に寝込んだ嫁を引っさらうなんて悪党です~、外道です~、この魔女~」」
「黙りなさいな、魔女が可愛い女の子の一匹や二匹引っさらってなにが悪いのよ」

 とんでもない理論を展開する生粋の魔女パチュリーであったが

「「それにしても、人が悪いですね~パチュリー様は~」」
「…なにがよ?」

 頭の中で鬼だ鬼畜だケダモノだと非難していた小悪魔が不意に話題を切り替えた。

「「二人ともモノにするなんて~、最初からそんなつもりなかったくせに~」」
「ふふん…見損なうんじゃないわよ、私はアリスも小傘も私の下僕にして紅魔館に連れ帰ったら、おまえ共々今晩のメインディッシュにしてやるつもりだったわ」

 ここにいない筈の小悪魔から目をそらすようにそっぽを向くパチュリー

「「パチュリー様がもって行かれた契約の術式は~『パートナー契約』の術式なのにですかぁ~?これならお互いの生命力を共有する形にできますもんね~?」」
「…ちょっとした手違いよ」

 パートナー契約の術式、それはお互いに信頼を寄せ友情や愛情を育んだもの同士のみが成立させることができる術式である。
この契約における誓約事項は『二人を死が別つまで命を懸けて助け守り抜くこと』同じ道を志す友が成立させればこの世に二人といない盟友となり、愛し合うもの同士が成立させたのなら…

 相変わらず明後日の方向を向きながらパチュリーはベッドで意識を失った二人をチラッと確認し

「今回は『ちょっとした手違い』で幸せになっちゃったかもしれないけどね、あなた達が誓約を守れていないようなら私がすぐに引き裂いて二人ともモノにしてあげるわ…それまで十分に今を堪能しておくことね…ふふふ…ふはははっ!はーっはぅ゛げっほげっほげほひゅ~…むきゅぅ」
「「ほらほらパチュリー様~、悪女ごっこもそろそろよろしいですからさっさと帰ってきてお薬飲んでくださいな~」」
「う゛る゛さ゛い゛!げふっ!かはぁっ!ひゅ~」

 喘息の発作でただでさえあまりよくない顔色をさらに紫色に染めながらパチュリーは人差し指を一振りする。
パチュリーの指先からまばゆい光が飛び出しベッドに横たわる小傘と、小傘によりそうアリスを包み込む。

「意地悪魔女からの最後のサプライズよ、明日の朝に驚きで心臓発作を起こすがいいわ、げふぉっ!」

 洒落にならない感じの咳とともにパチュリーは魔法陣ヘと消え、辺りにはアリスと小傘の静かな寝息だけが残った。
二人の寝顔は安らかで二人の結びつきを示すかのように二人の手は固く結ばれていた。


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「ありす!ありす~!起きて!起きてよ~ぅ!!」

 ゆさゆさと肩をゆすられる感覚でアリスの意識はまどろみの世界から少し抜け出した。

「ぅ…小傘?ごめんね…もう少し寝かせてちょうだ…ぃ…」

 されどここのところの疲れもあってか中々にアリスの瞼は光を受け入れようとはしなかった。

「ありすぅっ!はやくおきて~!」
「うぅ…わかったから…ゆさゆさしないで…ぇ…?」

 今日はいつもよりも更に強めのゆさゆさについにアリスが根負けして瞼を開く。
そこには信じられない光景が広がっていた。

 瞼を開いてまず目にはいったのは視界いっぱいの真っ赤な小傘の小さなお顔と潤んだ瞳、次に空色のつややかな髪が流れる白い首筋、そしてシーツの隙間から僅かに垣間見れるなだらかな肌色の丘陵地帯…そして暗い谷を渡って自分自身の少し小高い丘陵地帯…

「ええっ!」
「わきゃっ!」

 あまりの驚きに一気に目が覚め、シーツを吹き飛ばして飛び起きる。
そして露になる二人の…「「きゃぁあああっ!!」」

「どどどど、どうして裸なの!?なんで!?」
「あ、ありす…落ち着いて…ね?」

 いまだひらひらと漂っていたシーツを光速で引き戻し二人で蓑虫のように包まった。

「あの…ありす?わたし、昨日の夜くらいから記憶がもやもやなんだけどね…き、きっす…してくれたよ…ね?」
「え、あ…うん…」

 蓑虫のようにシーツに包まったままお互いにこれ以上はないというくらい顔を真っ赤に染め上げる二人。

「えっと…ね?わたし…すっごくうれしかったよ?あの…うきゅぅ…」

 照れくささが限界に達したのかそれ以上言葉を続けられなくなった小傘にアリスが続く

「あのね、小傘…私あなたに謝らないといけないの…」
「あやまる?」

 小傘にもわかるように難しい言葉を省いて説明を始める。

「私、あなたに意思確認をしないまま…契約を強制してしまったの…」
「けーやく?きょーせー?」

 やはり単語自体も聞きなれないもののせいかうまく伝わらない。

「えっとね、契約は契り約すると書いて、強制は同意無しに無理やりって意味と思ってもらえばいいわ…」
「ふぇ…ち、ちぎり…契り…同意無しにむ、無理矢…理…!?」

 噛み砕くように意味を理解しようとしていた小傘の顔が先ほどに輪を欠けて真っ赤に染まっていく

「ぅあっ、ありしゅっ!?しょれって!!」
「…ごめんなさい、驚いたわよね…でも私にはああするしかもう方法はなかったの…あなたを…あなたを愛してるから!」

 テンパリ続ける小傘に届くよう必死でアリスは訴える。

「あ、あいしてりゅかりゃってってって、しりゃにゃいうちにしちゃっちゃの?のっ!?」
「何度でも謝るわ、私はあなたを愛してる!でもあなたを寝ている間に自分の物にしたことには変わりがないわ」
「あっあぃっあいしてっ!も、もにょにっ!!」

 ポンッ!

「「あ…」」

 羞恥心や混乱が限界に達したのか小傘の頭から一吹きの煙が噴出した。
そして小傘の顔から幾分赤みが引き小傘の瞳に冷静さが戻ってくる。

「あのね、わたしありすのこと大好きだよ…、ありすと一緒にいたらね。幸せすぎてもう消えてもいいって本気で思ったの」
「小傘…」

 小傘が愛おしそうにアリスの唇をなでそしてそこに口付けた。

「で、でもね…寝てる間にいろいろしちゃうのはいけないことだと思うの!」
「は?」

 幸せな眩暈から戻ると目の前には大きな左右非対称色の瞳をうるうるさせた小傘がありすを見つめていた。

「わたし、ありすにならって思ってたんだよ?でもそれはなんてゆーか、ご、合意の上でってゆーか、もっとろまんちっくな感じでって思ってたのにっ!」
「あ、あの…小傘さん…?」

 今頃になって自分たちの会話が物凄い勢いで違う方向に進んでいたことに気が付き始めたアリスだったが

「こ、これはあれだよね!?いわゆるキズモノにされちゃって責任とってねなあれだよね!?」
「こ、小傘?ごめんなさい私の言い方がまずかったみたい、もう一度冷静に話し合いましょう?」

 なだめようとするアリスに小傘はぶるぶると頭を振ってイヤイヤし言う。

「わ、わたしはありすが大好き!あぅあぅぁっ、ありすはわたしを愛してる!ならば結婚なにょ!結婚するにょー!」
「こ、小傘ぁっーーー!」


 その後、ケッコンケッコンと大暴れする小傘をなだめすかし、事の真相を暴くために紅魔館へと乗り込んだ二人に用意されていたものはちょっと意地悪で優しい魔女のネタバレとそれに脱力する二人を祝福する盛大な結婚披露宴ごっこだったとかなかったとか。



 夏以降の魔法の森では仲睦まじく手を繋ぎ森を散歩する二人の少女が度々目撃された、片方は傘を持ち片方は分厚い書物を持った少女二人。
一方が風に飛ばされそうになれば一方が引っ張りよせ、一方が雨風太陽にさらされれば一方が傘を差し出す。
どんな状況においても彼女たちはけしてその手を離そうとはしなかった。 
手を繋いだまま緩やかに微笑を浮かべいつまでも幸せそうに
どんなに時が流れても、繋いだ手をぎゅっと…。
結婚披露宴ごっこ後マーガトロイド邸にて

「ありすぅっ!」
「なぁに?小傘」
「わたしね、考えたんだけど」
「うんうん」
「ありすがあの夜なんにもやましーことしてないんだったら…ね?」
「え…ええ…」
「今夜が初夜…なんだね…」
「!?」

とぅびぃこんてぃにゅーど
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いや、どうもどうもお久しぶりです。皆様に幸せを運ぶこうのとりです。
前回の「待ち人」投稿直後からこの作品を書き始めていたのですが、勢いに任せて書いた前回と違い今回はどう落としどころを作るかなど非常に悩みました。
前作でわちきだった一人称をどうしても変えられなかった理由があったりなかったりw
でも、悩んだ分だけアリスと小傘が今まで以上に好きになれました。
僕の書いたアリスと小傘が皆様に幸せをお届けすることを願って今回はこの辺で。
こうのとり
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コメント



0.1850簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
なんていうかもう、ホント二人には幸せになってほしいですね。・・・アリコガ最高!!

・・・ところで、どこぞの白黒魔法使いやらドS仕様な風祝さんが目をぎらぎらさせてはおらんのでせうか?(汗)(を)
10.100奇声を発する程度の能力削除
うおおおお!!!私は今最高に感動している!!!!!
アリコガ万歳!!!!!
11.100名前が無い程度の能力削除
こがアリも有りだな、それがよく分かったよ作者感謝
15.100名前が無い程度の能力削除
甘い、甘すぎる!!
付喪神の解釈は、なるほどなと思いました。
シリアスな展開を持たせることで、前回より幅のある作品になったように感じます。
この二人なら、終始甘々展開も見てみたいですけどねw

しっかしこのぱっちぇさんやりおる
23.100酒を飲む程度の能力削除
締め方でキュンとしてしまった。 まぁあとがきで吹くハメになったんですがw
ただの甘々じゃなく付喪神の設定しっかり活かしてるあたりさすがです!
健気な小傘ちゃんがツボすぎてもうね
26.100裸になる程度の能力削除
メイド長やパッチェさんの会話が女の子の会話みたいでニヤニヤ
この甘ったるい関係を続けていくとなるとマジにやける!!
GJ
27.100名前が無い程度の能力削除
パッチェさんのハーレムエンドも見てみたいw
31.100名前が無い程度の能力削除
パーチェクトだ
33.90名前が無い程度の能力削除
小傘の可愛さもですが咲夜さんとアリスの友達会話に思わずニヤニヤしてしまいました。
43.100名前が無い程度の能力削除
終始ニヤニヤしっぱなしでしたw
二人とも受けのイメージがあったから、このカップリングは思いつかなかった。
新境地を開いてくれて感謝。

どうもこぁの「はいな~」が気になってしかたないw
TOEのメルディ・・・じゃないですよね。
44.無評価名前が無い程度の能力削除
タイトル、待チ人ハ来ズ。の歌詞から?