Coolier - 新生・東方創想話

紅白魔館に咲き誇れ

2010/05/09 20:39:09
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 春、数多くの息吹が芽生え始めた頃、どんな季節が来ようとも特に変化のない紅魔館に少しだけ新しい風が吹く。
 ペンキで外見が変わったというわけでも、別館を作ったわけでもなく。変わったのはその屋敷の内側。今まさに、扉をノックしようとしている顔を強張らせたメイドが事件の中心であった。ノックを先にしようか、それともドアの取っ手を握るのが先か。それすらも戸惑う初々しさを見せる少女は、大きく息を吐いてから右手を胸の高さまで持ち上げる。

「お、お茶の時間ですわ。お、お嬢様」

 主の自室を戸惑うようにノックし、メイドは部屋の中に足を踏み入れる。普通なら『どうぞ』という許可を貰ってからでないと入れないのに、緊張のせいで頭から飛んでしまったようだ。笑顔も強張っており、ときおりヒクつく眉や口元が本来の少女の魅力を押し下げ、残念なものに仕上げている。

『メイド長は、そうやって部屋に入れと教えたのかしら?』

 普段ならそんな言葉が聞こえてきそうなのに、やはり新しい風貌の少女を気にしているのだろう。寛大な心で無作法に入るメイドを許し、口元を抑えつつ早くするようにと瞳で催促した。

「しょ、少々お待ちください。ただいまお茶の準備を致します」

 それでも素早く準備するのはさすが、紅魔館のメイドというところか。新人用の特注品と思われる桃色のフリフリつきメイド服。それに身を包んだ青い髪の少女は、台車に乗せて持ってきた急須をゆっくりと傾け、湯飲みの8分目くらいまで爽やかな緑色を注ぎ込み。そっと、主の後方から利き腕のほうに湯飲みを置く。テーブルクロスにしわができないように、わずかにスライドさせることもなく、音も立てずに。
 思いのほか上手くできた、おそらくそのメイドはそう思ったのだろう。表情に達成感から来る微笑を混ぜ、わずかに胸を張っている。
 しかし、それとは対照的に湯飲みをじっと見る主は、冷ややかな目付きのまま。それを口に運び。

「湯飲みを暖めていないせいで香りが減ってる、100点満点中20点」
「う゛っ」

 あっさりとメイドの落ち度を指摘する。お茶だけには煩いこの主だからこその発言であった。

「味は濃すぎ、40点」
「うぅぅっ」
「そもそも茶葉入れすぎ、10点」
「はぅっ!」
「つまり、不味い、総合評価はおまけしても30点ってところね」
「わ、わかりました次は美味しく……」

 満足してもらえるはず、そう思って作ったお茶が及第点に程遠い出来だった。悔しそうに表情を曇らせる彼女だったが。そんな初々しいメイドに対し、主は優しい笑みを――

「ぷっ……」
「……?」

 浮かべたのは一瞬で、その後は口を抑え、何故か肩を振るわせ始めた。それが一体何を耐えた上での行動か、それは子供でも理解できる

「あはははははっ! もうだめっ我慢できないっ! 何その格好っ!」

 しかし真正面から凝視してしまったせいで、ついに耐えられなくなった主は、ばんばんっとテーブルの上を叩き、腹を抱えて大爆笑。その視界に映るのは、見事に桃色、真っ赤ならぬ、真っピンクに染まったカチューシャ、メイド服のセットに。極めつけは白とピンクの縞々ニーソックス。
一つ間違えば、『メイド』というより『どこぞの怪しいお店の従業員』である。

「その格好で、お嬢様って? 私を? ああ、無理無理、もう絶対無理。なんの罰ゲームよっ! あははっ、馬鹿みたい。もう100点! 100点満点で500点ぐらいあげるわよ」

 限界を超えた、5倍の評価。あまりの高評価にメイドは感動でその身を震わせ、感情の高ぶりで顔を赤くする。その拍子に生まれでた大粒の涙を指先で拭うと、それを見られるのを恥らうようにくるりっと主に背を向け。
 その黒い羽を、主人の目の前に晒した。そして名誉挽回と言わんばかりに、おもむろに台車へと手を伸ばし新しい湯飲みを掴む。

「そんなに喜んでいただけるとは、嬉しい限りですわお嬢様。メイドとしてせめてものお返しさせていただきたく存じ上げ――ああもう面倒だ、食らえっ! 湯飲み・ざ・ぶんなげる!」
「なんの、カリスマ羽毛入り枕ガード」
「くっ! 凶器『台車ストライク』!」
「なんのっ! 椅子『二重結界』!」

 急に始まったメイドの反乱、しかし感のいい主人はすでにそれを見越し。枕をテーブルの下に隠して完全にガードし、苦し紛れで押し放たれた台車すら、二つの椅子でがっちりとガード。
 小さな新人メイドの暴動をあっさりと鎮圧する。しかし、お遊びの攻撃をすべて防いでしまったことが、メイドの闘争本能に火をつけた。

「いいよ、いいよ。そこまで私を本気にさせたいのか。戯れで優しくしてやったと言うのに、救いようのない愚者だ」

 ピンク色で統一されたメイド服に身を包む。そんな幼い吸血鬼の末裔は、紅き瞳をさらに深く燃え上がらせ、右腕を掲げる。
 集中した魔力が形作るのは、神の時代に振るわれたという槍。すべてを穿ち、打ち砕く運命を突き動かす彼女にとって最もふさわしい武器。その名も――『グングニル』。
 メイドが持つには過ぎた力ではあったが、主人はそれでも余裕の笑みを崩さず。入り口のほうへと視線を向けた。

「逃げるなら今のうちだと思うわよ?」

 今なら許す。だからさっさと入り口から出て行けと主人は伝えている。そう思ったメイドは怒りをさらに燃え上がらせて、力をさらに高めていく。

「はっ! どっちの台詞かしら! 消えなさいっ、スピア・ザ・グングニ……」
「あ、危ない! お嬢様っ!」
「うぅぅぅーーーっ☆!?」
「メイド見習い君ふっとばされたぁっ!」

 横に飛んでった。
 おもいっきり紅い槍を振りかぶった、重心が崩れやすい状態。そんなときに真横から物凄い勢いで誰かにタックルされ、桃色メイドは予期しない方向にすっ飛んでいく。
 途中まで構築していたグングニルの術式も幻の如く消え去り、主人の視界に残るのは、体当たりされたときに外れたと思われるピンクのカチューシャだけ。それが、そこにメイドがいた証拠として床に取り残されていた。
 それで、絡み合うように飛んでいった二つの影はというと。

「お嬢様に不埒なことを働くとは、見習いとして再教育が必要なようですね」
「ちょ、さ、咲夜! 不埒なことをするのはどっちだ、この馬鹿! さっさとどけ、変なところを触るな!」

 別な意味で絡み合っていた。
 メイドを教育する立場にある咲夜が覆い被さって、しっかりと主従関係というものを教え込もうとしている。何か間違っている気がしないでもないが、メイド長がやっているのだから正しい方法なのだろう。

「さあ、お嬢様! ここは私が抑えますので! お早くお逃げに!」
「いや、別に危なくないし」
「早く、お逃げに!」
「あのね、だからね」
「早く! 早く! 早く!」

 なんだか目を血走らせたメイド長にとにかく逃げろと指示される。
 遠まわしに、私の楽しみを邪魔するな、早く出て行けと言われている気がするが、考え過ぎだろう。
 だから仕方なく、主人は図書館にでも避難しようかと席を立つ。

「あ、こら! 逃げるな、あ、いやっ! お願いだから逃げるなっ! 早くこの馬鹿を止め――」」
「口の利き方をしらない唇は……やはり塞ぐしかありませんね」
「ちょ、ちょ、ちょっと! 咲夜! それは洒落にならないでしょう? 冗談よね? 冗だっ―― れ、霊夢ぅぅぅ~~~っ!」

 悲痛な悲鳴を背中に聞きながら、ぱたんっと扉を閉めた主人は、地下室に向かう前にもう一度その部屋を振り返り。

『一日主、博麗霊夢お嬢様の自室』

 と、奇妙なネームプレートが掛けられた部屋をみて、ふぅっと溜息をついた。




 ◇ ◇ ◇




「そう、悲しい……事件だったわね……」

 霊夢がことの本末を打ち明け、語り終えるまで静かに瞳を閉じていたパチュリーは、遠い目を図書館の天井に向ける。対面に腰掛ける霊夢もそれに釣られて、視線を上へと動かした。

「ええ、可愛そうだけど、あの子の灰はしっかりと霧の湖に撒いてあげようと思うの。きっと魚たちも喜ぶから」
「それがいいわ、きっとレミィも喜――」
「喜ぶわけがあるかぁぁぁああっ!」
『うわ、生きてる!』

 力任せに扉を開き、桃色メイド『レミリア』が図書館の入り口に仁王立ち。その背から怒りのオーラを噴出させながら一歩一歩、霊夢へと近づいていく。
 ただ、メイド服を着る経験が皆無だったせいか、乱れた服はほとんど、あの状態のままで、綺麗に直せたのはスカートくらい。上半身はもう、見るも無残なありさまで、ピンク色の服の胸元が大きくはだけられていた。
 そんな姿を、目の当たりにし、霊夢、パチュリー、小悪魔は一斉に目を伏せ。

『さっきはお楽しみでしたね?』
「よーし、そこに直れお前たち」

 満面の笑みを浮かべて、声を揃えた。そんな清々しい、さわやかな少女たちの微笑みのおかげで、レミリアの中の怒りは殺気とかいろんなものを突き抜けてしまい、脱力感しか残らない。

「まあまあ、落ち着きなさいってレミリア、あなたがメイドとしてグングニルを出そうとしなければあんなことにはならなかったし。ちゃんと私は忠告したわよ、逃げるなら今だって」
「あなたが私の格好を馬鹿にするのが悪いのよ、おかげであんなっ! 時止めるほど本気出したじゃない、あの子!」
「魔物を滅ぼすハンターの血が騒いだのね。あなたも気をつけなさい、こぁ」
「えっ!? 私も守備範囲内なんですかっ!」
「狩人というものはね、そういうものなのよ……」

 牙を剥いた獣に対し、それ以上に牙を向いて襲い掛かる。それがハンターという人種。獲物とみなせば、誰だって容赦しない。それが例えどんなことであっても。どんな小さな獲物でも、どんな大きな獲物でも、恐れはしない。

「で、咲夜はどうしたのよ。凄く元気そうだったけど」
「なんとか眠らせたわ、必要以上に疲れたけど」
「あら、ご苦労様」
「だから人事みたいに言うな! お前のせいだろう! こら、くつろぐな!」
「全然、私のせいじゃありません。メイドをするのにそんな奇妙な服を選ぶほうが悪い」
「そもそも、霊夢が妙なものを引き当てるのが悪いのよ! この才能の無駄遣い」
「あんたこそ運命で操作したんじゃないでしょうね? そうだったら相当変態だけど」
「元お嬢様も意外と拘るタイプなんですね」
「元レミィは意外とそういうとこしつこいのよ、昔から」
「元って付けるな。それと名前には付ける必要がないだろう」
 


 全員に忙しく突っ込むレミリアが、何故一日だけ、霊夢にお嬢様の座を明け渡したか。実はそれは少し前のパーティーのとき。春を祝う宴会を紅魔館で開いたときまで遡る。酔った勢いで王様ゲームをすることになり、ワイワイと始まったはいいものの。もう泥酔状態になった会場では、服の交換やら口付けやら、服を脱げやら。もう最後には映像にできないほど危険な雰囲気を漂わせ始め。
 さすがにこれ以上はまずいと思った主催補助役のパチュリーが、最後の一回を宣言し。その一番最後を引き当てたのが、フランドールだった。
 最後の最後で、彼女か、と。会場は戦慄した。全員で弾幕勝負をしようとか言い出しかねない好戦的な彼女が、いったいどんな命令を下すのか。息を呑む会場は一瞬で静まり返り、ついに命令が下される。

「5番が明日一日だけ紅魔館の主で、9番がメイドね」

 私生活を絡めるという前代未聞の恐ろしい束縛。
 おそらくは、退屈しのぎに弾幕勝負相手を探してのことだろう、気にすることはない、と。7番を引いた白黒の魔法使いが気軽に言い放ち、5番を引き当てた紅白の巫女の肩を叩く。
 そして、見事『9』という大当たりを引き当てたのが。

「え? あれ?」

 レミリア・スカーレット本人だった。



 というわけで、妹の期待を裏切るわけにもいかず。レミリアの一日メイド修行がスタートしたわけだが。
 咲夜が上機嫌で差し出したのは、今現在も継続して身に付けている異常なメイド服。『絶対領域ってすばらしいと思いませんか、お嬢様?』という意味不明な言語を口にする咲夜に無理やり着替えさせられて、現在に至るという訳だ。

「正直言うと、少し楽しかった。従者たちの目線に立つというのは新鮮で、服以外は新しい発見の連続だったよ」

 メイドなのに小悪魔に服を直させ、やっと比較的まともになったレミリアは、堂々と三人と同じ机について、本を広げる。別に読みたいわけでもなく、手持ち無沙汰だから開いただけと言っていい。

「そんなに嫌ながら普通のメイド服着ればよかったじゃないの。あるんでしょう予備」
「あるには、あるけど……」
「胸のサイズが合わないのよ、幼児体型だし」
「そこは親友として隠すべきじゃないか? パチェ? 洗濯中とか」
「洗濯、せんたく、あ、胸のサイズが合わないから選択もできない、というのでいかがでしょう!」
「……こぁ、腕を上げたわね」
「はい、パチュリー様のご指導のおかげです」

 何故だろう、紅魔館の未来が少し暗くなった気がする。そんな不安を胸に押し殺したレミリアは、テーブルの上に突っ伏して手を前に出した。
 そこで。

 ぽんっと。何か木製の棒を手渡される。

「ん? 何これ?」
「ん~、一応まだレミィはメイドということなのよね?」
「そうだけど?」
「ということは、私の命令も少しは聞いてくれるということなのよね?」
「……それで?」

 木の棒の先に、妙にふさふさした、短冊型の布がくっついた代物。それを訝しげに見ていると、とんとんっと同じものを持った小悪魔が笑顔でレミリアの肩を叩いていた。レミリアが顔を上げたことを確認してから、今度は指を上に向けてぐるりっと部屋全体を指し示し。

「まさか、本棚全部、これで叩いてほこりを落とせって言うのかしら?」
「何を言っているの、レミィ。そんなわけないじゃない」
「そうよね、さすがにパチェが魔女だって言っても、そんなおかしな話は、って、あれ?」

 疑問の声を上げていると、今度はさらに雑巾とバケツ、そして箒とちり取りという、お掃除用具セットが次々と手渡され、困惑しているうちに。
 平然とした顔で、パチュリーがぽつり。

「本棚だけじゃなくて、図書館全部」
「は?」

 時が止まった。情けなく口を開いて、目を丸くするレミリアに、パチュリーはもう一度告げる。

「天井の蜘蛛の巣取りとか、掃き掃除とか込みで」
「わ、私にそんなことをやれというの! パチェ! あなた私がいったいどういう存在かわかって言って」
「今は、単なるメイドでしょ?」
「う、うぐぐぐっ」
「あ、そうそう、掃除の結果によっては。その桃色メイド服写真、明日の天狗の新聞に掲載依頼出すから」
「な、なんだとっ! そんなことされるくらいなら、いまここでパチェを拘束して!」
「既に写真の一部は流出してるし、私に何かあったときは構わず新聞を作るようにと」
「う、うー☆ お、お掃除楽しそうだなぁ♪」
「うん、がんばってレミィ! やればできるわ!」
「あとでおぼえてなさいよー☆」

 額に青筋を浮かべつつ、笑顔で天井まで急上昇するレミリアを目で追い。パチュリーはゆっくりと立ち上がって図書館を出る。ホコリに敏感な体質のため、仕方なく一時避難、といったところか。

「仲がいいのか、悪いのか」
「あら? 最高のパートナーだと思っているわよ? 可愛い姿を含めて」

 恥ずかしい台詞を何のためらいもなくはっきりと言い。胸元から何枚かの写真を取り出す。それは明らかに仕事中のレミリアを撮った写真ではあるが。すべてがすべてカメラ目線でないことから予想するに。

「それが、さっき言ってた盗撮写真? じゃあ天狗に渡したって言うのは?」
「ええ、真っ赤な嘘。紅魔館の名声のために、こんな姿を外に公表するはずがないのにね。簡単に騙されるのだから」
「……やっぱ魔女だわ、あんた」
「あら、また誉められたかしら?」
「えぇ、えぇ、凄いわよ、ホント」

 感心しているのか呆れているのか、はっきりとしない。複雑な顔でパチュリーの横に立ち、額を押さえ。

「で? これで下準備はできたということなのかしら?」
「……へえ、あなたもさすがに、直感だけは大したものね」
「当然の推理の結果よ。偶然と必然ってこと」
「あら、そこまでわかってるの? なんて面白みのない」
「面白くなくて悪うございましたね。じゃあ、それまで一応お嬢様ごっこは続けてあげるから、そっちも頑張りなさいよ」

 手を振ってその場から離れていく霊夢の背中を見つめて。

「天性の才能、か」

 パチュリーは少し羨ましそうに、つぶやいた。
 



 ◇ ◇ ◇




 最初に霊夢が違和感を感じたのは、やはりあの王様ゲーム。
 あの時会場にいたのは人間、妖怪含めて30人以上。そんな中で偶然霊夢があたりを引き当てたというのなら、納得はいくが。レミリアがメイドになるという、とても奇抜な内容を引き当てることが、本当に偶然だったのか。
 もしそれが『偶然』でなく『必然』であったのではないか。パチュリーにそんなカマをかけてみたら。見事、大当たり。

「ほとんどわかってないんだけどね、ホントは」

 霊夢の直感が告げたのは、パチュリーにそれっぽいことを言えば、なんかヒントをくれるのではないか。ということであり、この大げさなイベントの終幕で何が待っているのかもまだ纏まっていない。もう一つの大きな謎が残っているのだから。
 そのもう一つというのが、あの宴席のなかで誰もが思ったこと、『フランドールの暇つぶし』のために利用されるはずだ、と。そう予測された事態がまだ欠片も起きていない。館の妖精メイドたちなら何か知っているかと、お嬢様権限を活用して聞き込みをしてみるが。

「フランドールお嬢様ならずっと外にいましたよ? 少し前に戻ってきましたが朝からずっと美鈴さんと外で作業をしていたようで、畑の方だったと思いますが」

 同じような答えしか返ってこない。ただし、なんの戸惑いもなく、あっさり言うのだから嘘を言うように頼まれたようにも見えなかった。つまり、フランドールは自分の思惑で今日を迎えたのにも関わらず、外で何かをしていたというわけだ。
 となると、余計にわからない。

(えーっと、レミリアが掃除を始めてから、私が下準備が終わったのかと尋ねた時、パチュリーはそうだと答えた)

 霊夢は腕を組みながら廊下を歩き、ロビーを通り過ぎ、開け放ったままの客間を興味本位で覗いてから、不意に足を止める。ここに何か大事なものが、今の謎に深い関わりがある何か。それがある気がしたのだ。何気なく視線を動かせば、壷や絵画と言った、霊夢ではあまり価値のわからないものが自慢げに並べられていた。高価な物置となっている棚の上には、メモ帳も置かれておりそれと一緒に、暦が書かれた紙が置かれていた。

「あ……」

 見つけた。とうとう見つけた。パチュリーが言っていた奇妙なことも、フランドールの行動も、すべてを繋ぐ鍵がここにあった。しかし、その答えを見つけたとき。

「ふーん」

 霊夢は何故か、少しだけ表情を曇らせ。静かに客間の扉を閉めた。

 




 ◇ ◇ ◇




 その夜、レミリアは荒れていた。約束の時間が過ぎて、お互いの役割を元に戻した後も、自分に降りかかった災難を思い出して、不機嫌に足を踏み鳴らし自室へと進む。
 頭の中では単なる遊びじゃないか、怒ってどうする。という言葉が響いているにも関わらず、どうしても苛々が募るばかり。こんな夜は大好きなB型血液のたっぷり入った、ミルクハチミツでも飲むに限ると、咲夜に注文するメニューを決めてから自分の部屋の扉を開いたら。

 ぼふっと。顔がいきなり冷たいものに覆われた。柔らかくて、でも何か湿気を感じさせてもさもさした物体。それがいきなり部屋に入ったレミリアの顔を包んでくる。

「フ、フランドールお嬢様! 近い、近いですよ!」
「そうかな、こっちの方がお姉様よく見えると思って」
「近すぎると、見えないものもある。という良い例ね」
「さすがパチュリー様、わかりやすい!」
「そんな哲学的なものでしょうか……」

 いきなり青臭いものに視界を覆われたせいで、視界には映らないが。聞こえる声からして全員が同じ場所にいるということだけは理解できる。
 何故許しを出していないのに、美鈴や小悪魔までが自分の部屋にいるのか。そんなことを怒鳴ってやろうかと思ったが、少しだけ心を落ち着け。まず当面の問題を処理することにした。

「フラン、ちょっとだけ。このもさもさを下げてくれるかしら、目が開けられないわ」
「あ、そっか。目に入ると痛いですものね、お姉様」
「そうよ、フラン。だから押し付けないで」
「わざとじゃないよ、ちょっと引っかかっちゃって……よっと」

 得体の知れない物体から開放されたレミリアは、ふうっと一息つきながら目を細める。いたずらっこのフランを叱り付けてやろうと顔を近づけるが、フランドールの腕に抱かれた赤い花束を見て言おうとしていた言葉が出なくなる。

「フラン、これは?」

 代わりに出たのは、震える声。そんなか細い声で、わかりきった事象を尋ねる。そんな無駄な行為を思わず行っていた。だってそうだろう、機嫌が悪いときなどはレミリアをあいつ呼ばわりするような、そんなフランドールが。恥ずかしそうに花束を抱いて、不安そうに見上げていたら。
 
「カーネーションって言うんだって、美鈴が庭で育ててたから、花束にしたんだ」

 確かに、咲夜が作ったにしては不恰好なまとまりのない花束だ。摘んできた花をそのまま紐で縛り、それを無理やり包装紙で包んだ豪快なその姿は束というより円筒。花が咲く部分以外は棒状になっているという斬新なデザインではあるが。その花束はとてもよく似ている。
 きっとこれを作るために、時間を作ったのだろう。レミリアが絶対に自分のことに気がつかないように、忙しく屋敷の中を走り回らせその間に手作りのプレゼントを準備した。
 美しくあるのに、どこか歪で荒削りな、可愛らしいフランドールによく似た花束を。

「今日ってね、母の日っていうんだって。外の世界だと。でもね、私たちお母さんいないから変かなって思ったんだけど」
「うん」
「お花贈ったって、お姉さまあんまり嬉しくないかなって思って、怖かったんだけど」
「うん……」
「私のお母様はきっと、お姉様みたいな人だと思うから。だから受け取って欲しいな……なんて……」
「うん…………」
「え、えと、あれ? お姉様? や、やっぱりお花嫌いだったの、だから……」
「馬鹿、全然違うよ、馬鹿! 私が泣くわけがないじゃない。これはアレよ! さっき目に花びらとか、花粉が入ったみたいで、急に痛くなっただけ!」

 慌てて目を腕でこすり、照れ隠しの笑顔を作るレミリアであったが。

「へぇ~、花びらか~それは大変ね、レミィ~」

 パチュリーを筆頭とした、何か言いたげな四人組が視線で不満を訴える。『それだけじゃないでしょう?』と美鈴が、『ちゃんと言葉にしないといけません』と咲夜が、『がんばってください!』と小悪魔が、『ふーん、意気地なし』とパチュリーが。四者四様の意思を瞳で訴えてくる。
 だからレミリアは、こほんっと咳払い一つして自分を勇気付けてから。

「ありがとう、フラン。私にとってもあなたは大切な娘のようなものよ」

 そっと花束越しに、その手を愛らしい妹の背中に回した。




『母の日』―― 


 その日は、少しだけ家族の距離が縮まる日。




「諏訪子様! いつもありがとうございます!」
「うんうん、嬉しいよぉ~早苗、今年もよろしくね。神奈子は別にいいけどね~血筋じゃないし」
「な、何を言うのかね! 私はずっと昔から早苗のことをっ!」
「はい、八坂様も、私にとっては母親のような存在ですので、もちろん準備してありますよ」
「早苗ぇ……」
「何で泣くんだよあんたは……あっ、こら私の子孫にいきなり抱きつくな!」




 近すぎて、普段意識しない相手に少しだけ感謝したくなる日。




「あら、あなた……窓に」
「ん、なんだ? ……これは、カーネーションか。あの親不孝者め、こんなときだけは娘気取りか」
「それで? やはり勘当娘の物ですから、捨てるのですか?」
「……花に罪はないからな、道具屋の店頭に飾っておけ!」
「あら、店頭でいいんですか?」
「ああ、せっかくの花だ客に見てもらったほうがいいだろう」
「そうですね、それとあなた」
「なんだ?」
「ハンカチは二枚でいいですか?」
「……三枚くれ」
  



 少しだけ、遠くなった家族を、少しだけ思い出せる日。




「じゃあね……また来るようにするわ」

 夜の帳がすっと降り、瞬く星たちが輝き始めた頃、霊夢は一つの何の変哲もない石に向かって手を合わせ、そっと一本の花を置いた。

 真っ赤な、血のつながりを示すその花の名前はもちろん――『カーネーション』。


『純粋な愛情』を花言葉に持つ、美しい花だった。
 お付き合いいただきありがとうございます。

 母の日ということでちょっと、こういう話を書いてみたくなりました。
 紅魔館で母の日だとだれかなぁって感じで。
 終盤の話をもっと長くすればいいんじゃないとか言わないで、悲しくなるから(ノノ

 ご意見ご感想あればよろしくお願いします

追伸:誤字を修正させていただきました。ありがとうございます。
pys
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コメント



0.1940簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
ただのギャグかと思って油断した
俺も目に何か入ったみたいだ…。・゚・(ノ∀`)・゚・。
18.90ぺ・四潤削除
おぜうさま薄桃じゃなくて真ッピンクなんだwwwキッついなww
やっぱり健気なフランちゃんが好きだなぁ……心暖まりました!
ところで神奈子様は父の日じゃぁ……
19.90名前が無い程度の能力削除
ほんわかですな
20.90名前が無い程度の能力削除
ギャグかと思いきや……。
涙腺を刺激されたぜ。
21.90名前が無い程度の能力削除
タグで勘違いした。
良い家族してるな、どこも……
47.100名前が無い程度の能力削除
湯飲み・ざ・ぶんなげるwwwww
pysさんの作風好きです