Coolier - 新生・東方創想話

紅い記憶 ②

2010/05/09 18:42:42
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※前回(http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1272062907&log=110)の続きです。
※捏造設定満載の過去話です。
※しかもオリジナルキャラとか出てきます。秋姉妹的な意味ではなく。
※更に残酷・悪趣味な描写を含みます。
※そうしたものが苦手な方はご注意下さい。























 暗い場所。
 まどろみの中、何処からか聞こえる小さな歌声で目が醒めた。
 最初に見えたのは見知らぬ天井。ここは何処だろう。一体何が――

「……!」

 急速に昨夜の記憶を取り戻しながら、レミリアは跳ねるように身を起こした。ベッドの中で粗い息を吐く。
 自分たちは、あの恐るべき吸血鬼に襲われたのだ。フランが奴の首を刎ねたが重傷を負った。そして自分は妹の血を啜った。フランドールは生きているのか? 混乱と共に周囲に目をやる。

「うわっ」

 見回すまでもなく同じベッドの中で妹は眠っていた。昨日のことが嘘のように穏やかな寝顔は、いつもと変わらない愛らしさだ。取り敢えず安堵するが、共に襲われた使用人の姿は無い。昨晩のことが夢だったのではないかと淡い希望を一瞬抱いたが、この見知らぬ暗い部屋が今までの日常からの乖離を雄弁に主張していた。使用人の***は殺され自分たちは吸血鬼になったというあの悪夢は、現実だ。
 不意に涙がこみ上げて来た。***の死の衝撃とこれからの不安を自覚したのだ。小さな掌で顔を覆い啜り泣きたい衝動に駆られる。それを抑制できたのは、隣で眠る妹のお陰だったのだろう。レミリアは責任感の強い姉だった。自分一人だったのならともかく、妹がいるのに悲しみに沈んでいるわけにはいかない。奥歯をぐっとかみしめて無理やり涙を抑えつけると、レミリアは小さく息を吐いて思考を整える準備をした。
 それにしても、此処は何処なのだろうか。窓の無い部屋は今が昼か夜かも教えてくれない。そもそも、何故自分たちは此処にいるのだろう。
 ふと、脳裏に引っかかるものがあった。ぼんやりとした記憶の中にある、紅い瞳がこちらを覗き込んでいる情景。そうだ。意識を失いかけた自分は、確かに女の顔を見ている。
 その時、先ほどから耳に届いていた小さな歌声が少しずつ大きくなっていることに気付いた。ちゃんとした歌声ではなく鼻歌だ。更に足音が近づいてくる。レミリアは身構え、フランドールを庇うように身を寄せた。

 がちゃり。

 鼻歌が止むと同時にゆっくりと扉が開き、蝋燭の光が部屋の中に差し込む。レミリアはそこで初めて、一切光が無い空間にも関わらず周囲を知覚できていた自分に気付いた。自分の体の変化に戸惑いながら、何が出てくるのか固唾を飲む。

「あら、起きた?」

 響いたのは柔らかな女の声。扉が開ききり、その主の姿が露わになる。長い黒髪に浅黒い肌、そして妖しいほどに紅い瞳をした女。エキゾチックな顔立ちに柔和な微笑みを浮かべていることが解った。
 レミリアが言葉を発するより早く、女は二の句を継いだ。

「驚いたでしょう? あなたたちが森のほうで倒れていたから、此処まで運んできたの。此処は私の家よ。心配しないで休むといいわ。何か質問は?」

 まだ眠っているフランドールを気遣ってか小さい声ではあったが、饒舌に淀みなく告げるとレミリアの反応を待つように黙る。レミリアは混乱する脳裏の言葉を必死にまとめあげ、口にした。

「……あなたは?」
「通りすがりのお姉さんといったところね」

 この時に名乗りを受けたはずだが、彼女の名前をレミリア・スカーレットは覚えていない。《黒い女》という印象だけが脳裏に残っている。

「まだ体が本調子じゃないでしょう? ゆっくり休んでいきなさいな」
「……いいえ。家族が心配していますから。すぐに支度をします」

 そこまで言ってレミリアは咳き込んだ。酷く喉が渇いている。その様子に《黒い女》は笑うと、ほらごらんなさい、と言って優しくレミリアをベッドに寝かせた。

「今、お茶を持ってきてあげる」

 彼女が持ってきてくれた紅茶は飲んだことの無い妙な味なのにとても口当たりが良く、渇きを驚くほど癒してくれた。その安心からか、レミリアは再び睡魔に襲われ意識を手放した。




「お姉様」

 揺すられて目を覚ますと、目の前に妹の顔。ぎょっとしたせいか意識はすぐに覚醒した。

「フラン!」
「お姉様」

 フランドールは微かに笑うが、すぐに表情を不安げに歪めた。

「お姉様、此処は何処? ***は? 何が、どうなったの?」
「フラン……」

 矢継ぎ早の質問にレミリアは言葉を濁す。***の名前を出すということは、フランドールは昨晩(かどうかは解らなかったが)の一件を忘れているのかも知れない。だとすれば、思い出させるのは酷だ。

「私、あいつをちゃんと殺したよね? お姉様を守れたよね?」

 だが続いた言葉は、フランドールの記憶が明瞭であることを示していた。その瞳は、姉であるレミリアの安全を信じる強い光に満ちている。目の前で親しい人を殺され自身も殺されかけたにも関わらず、先ず現実に対処できるフランドールの精神的な強靭さは凄まじいものがあった。
 レミリアは嘆息し、自分もよく解っているわけではない今の状況を伝えた。自分が妹の血を啜った事も。罵られることも覚悟していたレミリアだが、フランドールの返答は一言。

「ありがとう」

 だけだった。お姉様の考えている事は全て判っているよ。そんな表情で微かに笑った後、彼女は話題を移した。

「お姉様。この部屋、変だわ。……どうしてこんなに暗いの? 窓が見当たらないの。でも、部屋の中は見えるのよ」
「それは、貴女たちが吸血鬼になったせいで、お日様の光に当たるとみんな死んじゃうからよ」
「!」

 突然の声と扉が開く音。《黒い女》がそこにいた。廊下で揺れる淡い光が逆光になっており、彼女の黒い印象を強調していた。

「……あなたが、」
「お姉ちゃんから聞いたかしら? おはよう、妹ちゃん」
「……あなた、どうして、吸血鬼って……」
「それはね、私も吸血鬼だから。同じ吸血鬼のよしみで、貴女たちを放っておけなかったのよ」

 突然の核心を突いた発言に、姉妹は言葉を失う。

「ね。何があったの? 良ければ聞かせてくれない?」

 《黒い女》は優しく訊いた。レミリアはフランドールと顔を見合わせた後、全てを話した。




「……そう。大変、だったわね。辛かったでしょう」
「私達はまだ生きてるから良い。でも……」
「使用人の方にはお悔やみ申し上げるわ……運が無かったのよ。貴方達のせいじゃない。
 これからは私が守ってあげる。何も心配しなくて大丈夫。ゆっくり休んで行きなさ……」
「あ、あの……!」

 《黒い女》の声は安らぎを与えてくれる穏やかな響きだったが、レミリアはそれを遮る。

「助けて下さってありがとうございます。本当に感謝しておりますわ。
 でも私たち、家に帰らなくては……」
「それは駄目」

 穏やかさは変わらぬまま、取り付く島も無く明瞭な言葉が返された。

「考えてごらんなさい。貴方達は、最早人間ではないの。
 血の渇きに苛まれる怪物なのよ。人と交わり暮らすことなど出来ないわ」
「でも……!」

 尚も食い下がるレミリアに、

「聞き分けなさいな。血の《渇き》はとても強いの。人が水を飲まねば生きていけないのと同じことよ。抗うことはできない……。ご家族を喰い殺してしまってからでは遅いのよ。里心が付かないように人前に出る事も禁じます。暫く、この家からは一歩も出ないこと」

 決定的な一言が返される。
 レミリアはがっくりと肩を落とした。全身の力が抜けてしまったかのようだった。
 もう、あの幸せな家庭には戻れない。
 レミリアも、フランドールも。

「戻るのは止めよう。お姉様」

 耳朶を打ったのはフランドールの声だった。

「フラン……」

 レミリアは唇を噛む。本当は家族愛の一際強いフランドールこそ戻りたいに違いない。しかし、だからこそ、彼女は戻れないのだろう。家族を、友人を、同胞を傷つける事こそ、フランドールがこの世で最も嫌う事なのだ。その可能性が寸毫でも存在するのなら、彼女は戻るわけには行かないのだった。

「……貴方達は聡明で家族思いなのね」

 ふと、黒い女が動いた。近付くその両腕が大きく開かれ、姉妹を包み込んだ。
 吸血鬼の体は冷たいと思っていたが、《黒い女》は温かかった。丸で母のように。

「良い子たちね。大丈夫。不自由はさせないわ」

 微笑みと共に告げて抱擁を解くと、《黒い女》はゆっくりと部屋を後にした。




 それから数日は平穏に時が過ぎて行った。
 《黒い女》は2人に自分の手伝いをさせた。その主な内容は炊事や洗濯で2人には経験の無いものも多かったけれど、2人は懸命に仕事をした。外に出れない以上、他にやることも無いのだ。《黒い女》は2人に対して常に優しかったし、言った通り衣食に不自由することもなかった。また、不思議と血を吸いたいと思う事も無かった。

「それほど強い渇きなら、どうして私たちは人間を襲いたくならないの?」

 ある日フランが聞いた所、

「最初に飲んだお茶を覚えているかしら? あのお茶の作用なのよ。
 ああ、でもそのお茶を持って家に帰ろうと思っては駄目よ。あれは魔法がかかっているの。特殊な方法で保存しなくてはならない。この家の倉庫から出したらすぐに使えなくなってしまうわ」

 という答えが返って来た。

「あっ……なら、そのお茶の作り方を教えて下さい。自分達で作れたら、家に帰れる筈よ!」

 レミリアが思わず口にしていたその言葉に、《黒い女》は少し思案した後に笑った。

「良いでしょう。でも少し待って頂戴。何事にも時間が必要なの」
「待ってって、いつまで?」

 つい早口になるレミリアに《黒い女》が告げた言葉は、2人に少なからぬ驚きを与えた。

「もう数日したら貴方達は私と一緒に外に出ます。その後かしら?」




 その夜、《黒い女》はいつになく落ち着きが無かった。丸で、すぐそこにあるイベントを待ち切れずそわそわする子供のようだ。レミリアとフランドールが今まで一度も見た事の無いその様子のまま、《黒い女》は言った。

「さあ、今夜は出かけます。貴方達もね。たっぷりおめかししていくのよ?」

 《黒い女》は何時の間にか仕入れたのか、それとも元から置いていたのか、2人のサイズにぴったりなドレスを用意してくれた。お揃いで、幼さ・無垢さを際立てる純白にアクセントとして微かに赤が入り込んでいる。2人は素直に素敵だと思った。

「貴方達、私の着付けも手伝ってくれる?」

 2人はコルセットを付けたりなんだりと手伝った。《黒い女》のドレスはイメージに違わぬ漆黒で、露出の極めて少ないかっちりした作りだったが表面に出来た光沢が逆に妙に艶めかしい雰囲気を醸していた。大きなバッグを手に取って立つ《黒い女》には、夜の貴族と呼ぶに相応しい気品があった。
 ややあって家の前に二頭立ての馬まで真黒な馬車がやってきて、3人は乗り込んだ。御者まで黒衣を着込んでおり不吉な気配をまき散らしているその馬車は、2人に何とはなしの嫌な予感を抱かせる。それを察したか《黒い女》は2人の手を取って言った。

「少し怖いでしょう? これから行くのは私の仲間たちが集まる吸血鬼の集会よ。大丈夫。私の言う通りにすれば心配無いわ」
「……はい」
「うん」

 彼女の声は楽しい事を待つ子供の響きがまだまだ残っていたため、2人は少し安堵して《黒い女》に身を任せた。この馬車には窓が無いので姉妹に外は見えなかった。月さえも。




 何処をどう来たのかも判らなかったが、かなり長い道のりを走った筈だ。やがて馬車は停まる。3人が到着したのは、レミリア達の生家と比べても大きな邸宅だった。気圧されながらも《黒い女》に連れられて中に入ると、広大なロビーには数十人からの紳士淑女たちが既に集まっていた。豪奢でこそ無いが見るからに仕立ての良い服を着込んだ彼らの周りにはたくさんのテーブルが立ち、その上には豪勢な料理が所狭しと並べられている。立食パーティの光景だった。

「これが皆……吸血鬼なの?」
「ええそうよ、レミリア。給仕の中には人間もいるけれど、来客は全て吸血鬼。私の仲間達」
「こんなにたくさん……」
「これでも、この国の中に住まう吸血鬼の一部に過ぎないわ、フランドール。貴方達が思っているより、私達の種は一般的な存在なのよ」

 自分達が吸血鬼となってしまった時も相当なショックを受けたが、今回は別方向から頭をがつんと殴られたような衝撃を受ける光景だ。2人が茫然と立ち尽くしていると、中々立派な身なりをした青年が《黒い女》を目に留め、グラスを片手に近づいてきた。

「やあ。久しぶり」
「お久しぶりですわ。息災でして?」
「お陰さまでね……おや、その子達は君の?」
「いいえ。はぐれ者の子ですわ。でも、私たちと共にあるに足る資格を持っています。後で紹介しますわ」

 2人は聞いていなかった話に驚いて《黒い女》を見上げるか、彼女は何処吹く風だ。

「ふむ? 君が言うのなら期待できそうだね。何より可愛らしい。こんばんは、お嬢さん方」
「ごきげんよう……」
「ご、ごきげんよう」

 紳士がこちらに話を向けて来たので2人は《黒い女》を問い詰める事ができず、それぞれ咄嗟に言葉を返した。フランドールのぶっきらぼうな言い方と、レミリアの明らかに緊張した様子が可笑しかったのか青年は笑うと、《黒い女》に向き直った。

「異能(パワー)は?」
「まだですわ。おいおい見せてくれるでしょう」
「そうか……君達の異能は何だろうね。面白いのだと良いね」

 またくすくす笑う様子が何となく気に入らない。レミリアはそれを押し隠したが、フランドールは瞳をすうと細めていた。それに気付いた《黒い女》が口をはさむ。

「彼女達はまだ何も知らないの。異能とは何なのかすら」
「へぇ、そうなのか! ちゃんと教えてあげたほうがいいだろうに。良いかい君たち、僕達吸血鬼には、共通した魔法の力と、それぞれ固有の魔法の力がある。前者は、羽を生やして空を飛んだり、霧になったりするものだね。後者は、例えば目を合わせた人間を魅了したり、怪力を持つといった、個々人によって違う能力さ。その力を得て初めて、吸血鬼としては1人前だよ。ま、君達のがどんな力かはお楽しみだね」

 青年は親切にも解説してくれると、「じゃ、失礼」とフランクに手を振り行ってしまった。

「……今の人は?」
「お友達。少しおしゃべりが過ぎるのが珠に瑕ね。彼も吸血鬼だけれど、そんな感じはしなかったでしょう?」
「うん、全然しなかった……ねぇ、フラン」
「……あ、うん。そうだね」
「さあ、行きましょう」

 同意を求められたフランは何事か考え込んでいるようであったが、《黒い女》に急かされて人々の中へ潜り込んだレミリアは詳しく聞くのを忘れてしまった。




「これはこれは可愛らしい」
「素直な、良い眼をしておられる」
「まぁ! 貴女にそんなにきれいな娘が出来たなんて!」
「つい最近仲間になったそうですね。是非、お話を聞かせてください」
「今度ぼくの城に来ないかい? 歓迎するよ」

 《黒い女》に連れ回され、2人はその場のほぼ全員に挨拶して回る事になった。《黒い女》はこの集団の中でも交友関係は広い方らしい。そして紹介された相手――老人、紳士、淑女、それに姉妹より少し年上なだけの少年に至るまで全て吸血鬼だ――は皆社交的で、好意的に2人を受け止めたようだった。実はそれが問題で、くすぐったくなるような言葉を怒涛のように投げかけられ、姉妹はすっかり参ってしまった。

「お姉様、少し疲れた」
「私もよ、フラン……」

 基本的に余り感情を表に出さないフランドールが珍しく弱音を口にする。レミリアは力なく微苦笑する。疲れ半分、安堵半分といったところだ。吸血鬼の集会と聞いてもっとおどろおどろしいことになるのではと予想していたのだが、その場の空気は普通の社交場よりもずっとフレンドリーなものだった。

「あら、急かし過ぎてしまったかしら? でも、夜には限りがあるの。何事も素早く進めるにこしたことはないわ」

 2人の様子を見て、《黒い女》もくすくす笑っている。

「でも良かった。みんな良い方ね。これなら……お母様やお父様がいなくても……なんとかやっていけるかも知れないわ」
「そう思って貰えたのなら、此処に連れて来た甲斐があるというものよ」
「……」

 微笑を交わすレミリアと《黒い女》に対し、フランドールの表情は硬い。レミリアははっとした。妹は肉親への情が非常に深い。ある意味自分は薄情なのだと思い、フランドールに申し訳無くなった。
 《黒い女》も察したのか、次の話題を切り出した。

「おなかいっぱい食べた?」
「折角だもの。御馳走になったわ。料理人が誰かは知らないけど、美味しかった」
「私も」

 2人が頷くのを見て満足げに微笑むと、彼女は言った。

「さて……そろそろメインね」
「メイン?」

 2人は瞳を瞬かせる。《黒い女》は悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。

「そう。主役はあなた達よ」
「どういうこと!? それこそ初耳よ!」
「言ってなかったもの。おいで」

 しれっと言う《黒い女》はレミリアの手を引いて、広間の真ん中へと躍り出た。無論、フランドールも傍らに連れて。それを見た一人の吸血鬼紳士が、咳払いをする。

「皆様今宵はお集まり頂き感謝の念に堪えません! ここで、我が氏族の黒き淑女より皆様へご紹介したき事がございます。是非ご傾聴を!」

 その陽気な声が響いた瞬間、その場の全員が中央の3人へ視線を向けた。紹介はもう終わったろうに――と内心で苦笑するレミリアであったが、これだけの吸血鬼の眼に見つめられてはそれを表に出す余裕は無い。フランドールはフランドールで、硬い表情を崩していなかった。
 その姉妹の横で、今度は《黒い女》が口を開いた。

「こちらにおりますは、我らの新しき同胞、レミリアとフランドール! 美しき同胞へ皆様是非拍手を!」

 美しい、だなんて大袈裟な言い方だなぁと、レミリアは照れ臭く感じた。既に好感を持って迎えられていたため、場内の拍手は一際大きく響き渡った――が。

「ではこれより、2人が我々の真の同胞とならんがための儀式を執り行わせていただきます!」

 発された言葉と、それに続く好意的を通り越した熱狂的な拍手に2人は呆気に取られた。

「え?」
「どういうこと……?」

 姉妹は同時に《黒い女》を見上げた。《黒い女》は、ベッドで2人を抱きしめた時と同じ気配で優しく微笑んだまま告げる。

「そのままの意味です」

 その時、ホールの扉が大きすぎる音を立てて開いた。廊下の奥から何かが運ばれてくる。その何かの正体を見極めた時、姉妹の時間は停まった。
 吸血鬼の従僕に押されて現れたのは1台の車椅子だった。豪奢な椅子に宝石をちりばめた車輪を付け無理矢理に車椅子の形にしたモノ。それはいい。その上に載っているものが問題だった。
 恐らく、人間……と思われるものだった。推測で語らざるをえない理由は2つで、先ずその頭部には白い布が執拗なまでに巻きつけられ顔を判別できない状態にしてあること。もう1つは、袋のような形状の衣服に覆われた体の四肢が明らかに短いからだった――丸で、肘と膝で切断されたかのように。
 顎もろくに動かせず、うーうーと唸るだけの人体に似た歪なオブジェ。そうとしか見えなかった。いや、そうとしか見たくなかった、が正しかったのかも知れない。好意的な言葉と視線を向けてくれた吸血鬼達は、その人間に丸でモノでも見るかのような視線を向けていた。冷静で何処か愉悦に満ちた……。
 レミリアは信じたく無かった。これから彼等と上手くやっていけるような気がした……そんな存在が、こんな非道いことを喜ぶ訳が無い……。

「お姉様っ……!」

 余りにも不穏な空気を前に、先に動いたのはフランドールだった。惑いに魅入られ立ちつくしていたレミリアの手を引き駆け出そうとし――突然転んだ。否、数人の吸血鬼によって床に抑えつけられたのだ。

「フラン!! ……あっ!?」

 漸く事態を把握したレミリアは、その瞬間に妹同様取り押さえられていた。

「どういうこと!?」
「言った筈よ、レミリア」

 猛るレミリアに対し《黒い女》はあくまで悠然としていた。

「美しいあなた達を、私達の同胞に迎えます。そのためには儀式が必要なの。まだ多分に残されたあなた達の人間性を光らせる、この世で最も尊い火花を見せてもらわなくてはならないわ」

 その声は優しげですらあった。それがレミリアの背筋を凍らせる。

「言ってる意味が判らない!」
「簡単。人間性を捨てなさい、レミリア。フランドール。捕食者になるの。自らの手で人間だったことを止めるの。あなたたちは羽も生えていない。それは、人間を止めたという感覚が余りにも薄いからよ。きちんと自覚できれば、羽も生えるし異能(パワー)も手に入る。真に夜の眷族の仲間入りができるわ」

 微笑と共に、

「だから、アレを啜りなさい」

 《黒い女》は言った。フランドールが凄まじい唸り声を上げ、押さえつけている吸血鬼達を吹き飛ばそうともがく。しかし人間相手ならばいざ知らず、同じ吸血鬼である彼らを振りほどく事は困難だった。

「嫌?」
「嫌に決まってるわ! なんでそんなことをしなくちゃならないの!?」

 レミリアが怒鳴るように問う。そうしなければ死ぬとでも言うのか。
 しかし《黒い女》の返答は、レミリアの予想もつかないものだった。

「美しいから」
「……何、ですって」

 理解の追いつかない状況と言葉に、自分の声が掠れたのが判る。

「貴女からお話を聞かせて貰ったでしょう。
 貴女達は本当に美しいわ。見目も可憐だけれど、何より姉妹同士の絆に私は美しさを感じたの。
 そしてね、レミリア。物事が一番美しく輝くのは、それが失われる一瞬にあるのよ」
「そ……そんな、美しさになんか何の意味があるの!?」
「違うわ。美しさこそが意味なのよ。
 いいこと。レミリア、フランドール。私達は永劫の生の中で、魂を摩耗させていくの。その中で生を実感するためには、大きな情動が必要なのよ。そのために必要なものは、美しさなの。何より美しいもの、刹那の間に焼き付く程の印象的な美こそが、我々の生きる糧なのよ。そうでなくては、血を啜る獣と何も変わらない」
「そんなもの、美術品の鑑賞でもしていればいいわ! こんなの、美しくも何ともない!」
「私達は生きすぎた。“普通の”美なんて見飽きてしまって、全く心を動かされない。
 人間にも目を付けたわ。人それぞれの思いが、違った色を見せてくれる。でもそれも飽きてしまった。人は弱いもの。死相もパターン化されてしまうのよ。
 でも貴女達は、況してや望まぬ身で吸血鬼になりながら人の心を持ち続けた。とても強い意志を持っていると言えるわ。その貴女達が、姉妹のために完全に人の身を捨てるという物語より美しいものなど無いわ。それを実際に、私達の手で行えるとなれば尚更!」

 狂っている。レミリアは確信し、激怒し、そして恐怖した。

「全部……今まで私達を保護してくれたのも……」
「今日の為よ。とっておきの美を提供してくれる貴方達ですもの。無碍になんて扱える訳が無いでしょう」
「利用してただけだったのね! 美とか言うものの為に!」

 怒声に、周囲から歓声が飛んだ。

「裏切りへの怨嗟……瑞々しい情動!」
「信頼もまた、崩れ去るその瞬間こそが最も美しく輝く!」

 裏切られた。弄ばれた。
 助けてくれたと思ってたのに。
 狂ってる。狂ってる。こんなの狂ってる。
 怒りが全身を駆け巡る。

「お前達の言う通りになんか、ならない!」
「そう……」

 《黒い女》は本当に悲しそうな顔をした。

「残念」

 その顔のまま懐から短剣を取りだすと、フランドールの首筋にぴたりと当てる。フランドールが息を呑む音が聞こえた。それが茹立ったレミリアの精神を瞬時に引きもどした。

「っ……フランから離れろ!!」
「いいえ。それはできません。但し、貴方がこの儀式を受け入れるというのなら別よ」

 周囲は奇妙な熱気に包まれていた。レミリアが墜ちるのか、妹を犠牲にしても意地を貫くのか。闘牛士の生死のように興味の的となっていた。
 レミリアは声を出せない。拒否したらフランドールが、最愛の妹が、どんな目にあわされるか判らない。此処にいる連中は全員、骨の髄まで正真正銘の狂人なのだ。
 そのレミリアを踏み止まらせる声が響いた。

「お姉様……駄目よ。それをしたら……」
「おしゃべりしないで良い子にしててね、フランドール」

 ほぼ同時に《黒い女》が呟き、ナイフがすうとフランドールの白すぎる肌の上を滑る。瞬間、フランドールの喉に激痛が生じた。血が毀れる。悲鳴だけは意地でも発すまいと噛み殺したが、脂汗がだらだらと流れ、全身から力が抜けるようだった。

「フラン!!」

 レミリアが叫ぶ。

「魔法銀の短剣よ。吸血鬼にはいっとう効くの。でも、もう少し深く刺しても多分死なないわ。痛みは兎も角」

 床にフランから流れ出た赤い液が血だまりを作っていく。それを見つめた瞬間、姉の精神は決壊した。

「止めて! 判ったわ! やるから!! フランを離して!!!」
「駄目、お姉様……」
「良いから! フランは黙っていて!」

 ――レミリアは屈した。吸血鬼となってからの短い間、暗い中に閉じ込められ狂わずにいられたのは間違いなくフランドールのお陰だった。彼女が傷つくのなんて、一瞬たりとも耐えられない。自分が痛いのなら、きっとレミリアは耐えただろう。だが、フランドールに与えられる痛みは彼女の急所だった。たった一つの傷で、彼女の心は限界に達した。

「良いわ。解放してあげて」

 吸血鬼達がレミリアを離す。横目で伺った《黒い女》には隙が一分も無く、フランドールを取り戻す事は出来ないだろう。
 目の前で蠢く人間を見る。見知らぬ人。妹と天秤に掛ければ、どちらが重いかは残酷なまでに明白だった。
 レミリアは、最早ただの供物に過ぎないその人間へ一歩を踏み出した。同時に、吸血鬼達から歓声が沸いた。

「嗚呼、妹の為に! 何と健気なことか!」
「より大事な物を選び踏み出す一歩の、何と気高い事か!」
「己が生の為に踏みにじられる他者の何と尊い事か!」
「何と、何と美しい事か!」

 皮肉の色が一切無い本気の賛美が響き、レミリアの精神を打ち据える。

「綺麗よ、レミリア」

 《黒い女》の感慨深い声が聞こえる。現実感を喪失したままレミリアは2歩目を踏み出した。3歩目も。4歩目も。
 うーうーと唸り続ける人間の前に立ち、震える手を伸ばしてその首筋に触れた。温かい。生きている。悪い冗談でも何でも無くその人間は生きていた。

「……この人も吸血鬼になるの?」
「ええ。量によるけれどね」

 ごめんなさい。私を恨んで構いませんから。
 レミリアは内心で相手に謝り続けながら、その首筋に噛みついた。




 最初に口内に広がったのは凄まじい甘さだった。血を吸う度に獲物がびくびくと跳ねる動きが脳髄まで響き、このまま全てを啜り切ってしまいたいという圧倒的な“食欲”が喚起される。口の中の何処かに出来た新しい器官が血液をあらん限り吸い上げようと脈打つのが判った。
 しかしその欲望に屈しかけた時に異なるものが競り上がって来た。猛烈な嫌悪感だった。

「う、うえ、うえぇっ」

 レミリアの口から、一度は吸い上げられた血液が毀れ出る。それは《黒い女》が調達した純白のドレスにだらだらと掛かり赤く斑に染めた。
 同時に背中に違和感を覚えた。何か、肩甲骨の辺りの感覚が可笑しい。めりめりという布が裂けるような音が聞こえる。
 ばさり。
 ドレスの背中の部分を突き破り、蝙蝠の被膜のような大きな羽が姿を見せた。その瞬間の痛みにレミリアは苦悶の呻きを上げた。

「人間性と怪物の欲求の拮抗! 美しい……」
「たった今この時こそ、君が真の赤き悪魔(スカーレットデビル)だよ、レミリア!」
「嗚呼、失われるこの瞬間ゆえの輝き!」

 再び、吸血鬼達から歓声が上がる。
 だがそこまでだった。引き続き吸血を続けたレミリアは襟元を真紅に染めるまでに零してしまった後、それ以上血を吸い上げる事ができなくなったのだ。流した涙で顔はくしゃくしゃになり酷い有様だった。数度、人間の首筋に噛み付きはしたが、少量吸いだした血はすぐに吐き戻してしまった。

(吸わなきゃ! 吸わないと、吸わないと、吸わないとフランが殺されてしまう!!)

 周囲の吸血鬼達に不穏な空気が立ちこめる。極上の見世物を途中で奪い取られたに等しい屈辱を彼らは抱いているに違いなかった。《黒い女》にも憐れみとも怒りとも付かない表情が現れる。

(お願い私の体、吸血鬼なんでしょう? 吸ってよ! 血を吸い上げて!)

「此処まで来て御破算ですか。とんだ茶番ですな」
「これでは美しく無い」
「黒い姫君の秘蔵ッ子と聞いておりましたが、期待はずれですわね」
「もう用も無いでしょう」

(待ってよ吸血鬼! 私はまだできるから、だから――)

「もう、いいでしょ」

 不機嫌な吸血鬼達の中に投じられた一石。全員が声の主を見る。
 フランドールだった。

「どうでもよくは無いわ、フランドール。レミリアは、貴方のために――」
「だから、そんなのもういいわ」

 失血していつもの力強さは無かったが、それでも声は凛として響いた。

「私がやるから。できたらお姉様は解放して。見て判ったでしょう。お姉様は勇気が無いの。あんた達の希望に沿えるのは無理」
「ふ、フラン……何を言って……」
「私がやるから。退いて、お姉様」

 再び吸血鬼達に活気が戻る。姉を想う妹の構図も中々……という声が聞こえた。上品な口調だったが、レミリアにはこれ以上無く下卑た声に聞こえた。

「いいでしょう。貴方が出来たら、もう美的価値の無いレミリアは解放してあげるわ」

 その希望通りレミリアは取り押さえられ、今度はフランドールが放たれた。勿論、レミリアに首筋には魔法銀の短剣が添えられている。失血状態のフランドールは、フラフラとした足取りで人間に向かい、その首筋に手を当てた。

「やれるよ。お姉様。私、血が無くなってるから」

 だから心配しないでと、フランドールは笑った。レミリアは吸血鬼に押さえつけられているため、被りを振ることしかできなかった。

(無理よ。フラン。貴方みたいに優しい子が。)

 だがフランドールは常に、身内――家族の事を一番大切にしてきた。
 もしかしたら。フランドールは、その精神の強さ故に為し遂げてしまうかも知れない。
 自分の意志で人であることを放棄し得るかも知れない。
 レミリアが真に恐れていたのはそのことだった。

「駄目、駄目よフラン――」
「だからおしゃべりは駄目。静かに」

 背中に短剣が刺さった事が判った。爆発的な熱さが肉体を支配し、声を出す事もできなくなった。

「止めろ……今吸うから」
「フ、ラン……!」

 ぞっとする程暗い声で言い、フランドールはレミリアとは別の人間の首筋に噛みついた。
 その瞬間フランドールの脳裏にあったのは、レミリアの顔だけだった。
 自分のような凶暴な人間を常に受け入れ続けてくれた姉だけは決して失いたくないという思い。
 フランドールは、己の牙で血を吸い上げた。
 吸血鬼達の歓声が上がった。




 死んでいた。
 ぴくりとも動かない。熱も無くなった。一片の疑いも無く死んでいた。フランドールは、自分が血を吸い上げ死体にしたモノの前で呆然と立ち尽くしていた。

「吸血鬼になるのでは……無かったの」
「貴方が吸いすぎた所為で、その余裕は無かったみたいね」

 フランドールの疑問に《黒い女》が答える。
 確かに夢中で吸った。姉を助けたい思いで。自分から赤い液を求め啜り尽くした。
 でも。それでは吸血鬼にならないなんて、単に死ぬだけなんて聞いていない。 

「私が殺した……」
「そうよ。残念だったわ。但し、貴方が自分の意志で血を啜ったのは事実です。
 ……でも、其処までしたのに貴方は満足できなかったようね」

 レミリアと違い、フランドールにはまだ羽が生えていない。

「違う……」
「お姉さんを見たでしょう? あの少量でも羽が生えた。人の道を捨てたの。少なくとも肉体は。
 貴方は随分と……貪欲ね」
「違う!」

 否定を続けるフランドールを《黒い女》は慈母のような瞳で見つめた後、周りの物に言った。

「最初に殺した者の顔をを見せてあげなさい」
「!!」

 フランドールの表情が強張る。
 レミリアの記憶に無い表情だった。いつだってフランドールは強くて綺麗で、そんな顔をした事は一度だって無かった。

「止めて! もうフランを……いじめないで」

 レミリアの口からは子供の哀願のような言葉――いや、子供の哀願そのものが毀れていた。
 妹に殺人を犯させたのは自分なのに、これ以上フランを痛めつける様子を見る事などできなかった。

「やって」

 《黒い女》も吸血鬼もレミリアを無視した。彼女達の言う「美しさ」を穢したレミリアは、フランドールへの人質以上の意味を失ったのだから当然だ。

「やめて! やめてぇ!!」
「……」

 それでも叫ぶレミリアに対し、フランドールは黙っていた。何故なのか、レミリアには判る。彼女は責任感が強い上に、内罰的な所がある。自分が殺してしまった相手の顔を目に焼き付けようとしているのだ。だからフランドールの分までレミリアが叫んだ――誰にも届かないとしても。
 酷く、酷く嫌な予感がしたのだ。唐突だったけれど、圧倒的に強い予感だった。
 吸血鬼達の手が、死者の顔にまかれた包帯に伸びる。

「それを取っては……駄目ええええ!!」

 勿論レミリアの絶叫など黙殺され、包帯は取り払われ――致命的な事実が明らかになった。
 凝視していたフランドールの瞳孔が縮み、瞳そのものは逆に大きく見開かれる。
 フランドールがふらりとよろめいた事で、彼女が見ていた顔をレミリアも見る事ができた。

 その顔を、今でもレミリアは思い出せない。
 パーツの1つ1つは寧ろよく覚えている。しかしそれらが組み合わされた顔のイメージを全く思い出せないのだ。

 それは、2人の母の顔だった。
 血液を急速に失い干からびてはいたが、見間違える筈も無かった。

「嘘だぁぁぁぁ!!」

 レミリアの絶叫が響き渡る。

「母様! かあさまああああぁぁぁぁぁ!!」

 錯乱するレミリアの前で、フランドールは悲鳴すら上げなかった。我を失いへたり込んだ。
 自失する2人の周りから、大歓声が巻き起こる。

「美しい!! 美しいよ!! 素晴らしい!!」
「人間性が音を立てて完全に折れる瞬間!!」
「なけなしの希望が絶望に代わる瞬間!!」
「その君達の表情!!」
「嗚呼、黒い姫君、君の素材は最高だ!!」
「一時はどうなるかと思ったけれど、妹さんは本当に逸材だった!!」

 レミリアの視界の中で、《黒い女》は一同に礼を返すと2人に向き直った。レミリアはそれを他人事のように捉えていた。何が起こったのかは単純明快だったが、頭が理解を拒んでいた。

「フランドール。もう一つ教えてあげます」

 優雅に《黒い女》は言う。

「約束ですものね。貴方達の渇きを癒したお茶の作り方よ。見て」

 彼女は、家から持って来た大きなバッグの口を開けた。
 その中から取り出されたのは。
 肘から先の人の手と、膝から先の人の脚だった。
 何の事は無い。渇きが癒えるのも当然だ。
 血液そのものがあのお茶に含まれていたのだから。

「さぞや口に馴染んだでしょう? 血の繋がった家族のモノは」

 フランドールは眼球だけを動かして《黒い女》を見た。

「……とう、さま。かあ、……さま?」
「そうよ。フランドール。貴方は実の父母の血を毎日飲んで、そして今は直接殺して啜ったの。人の枠に囚われない真の捕食者になれたのよ。お姉さんと違ってね」
「……」

 レミリアの最早言葉になっていない絶叫の中でフランドールは目の前に視線を戻した。
 干からびて生命を失った母の顔。
 自分が牙を突きたてるまで、どれほど惨めでも生きていた筈の顔。
 そう。自分が奪ったのだ。自分から進んで奪ったのだ。「私がやる」と言ったのだ。




 何だ これは。
 こんなのは 間違ってる。




 もう何も聞こえなかった。何も見たくなかった。
 ふと、背中に違和感を覚え振り向く。
 吸血鬼達の歓喜の表情と、自分の背中に生えたモノが見えた。
 太い枯れ枝に似ているが赤黒く、毒々しい脈動を放つ物体。
 其処から色とりどりの宝石のような何かが、奇妙な果実のように次々と生えていった。
 奇怪な翼。
 その向こう側の吸血鬼達の歓声が、水中のようにくぐもって耳に届いた。

「何と禍々しくも美しい羽だ」
「あのような形は見た事も無い……
「最高の逸材……」」
「今宵は最高の夜だ」

 笑い合っていた。心底楽しそうに。
 フランドールの停止した思考が微かに動いた。




 笑うな。




 手の中に何かが生まれるのを感じ、掌を見た。
 もやもやした小さな黒い塊が手の中にあった。
 他の誰もそれに注意を払う者は無い。見えてもいないようだった。
 しかしフランドールには、その黒塊と吸血鬼達の先頭で笑っている男に何らかの結びつきがあることが判った。
 蟲の幼虫が何も教えられなくとも自分の餌が何であるか知っているように、自然の摂理の如く理解できていた。
 そうしたほうが良い気がしたので、黒塊をぎゅっと握りつぶした。




 破裂音に歓声が止まる。
 その場の吸血鬼全員が静まり返り、破裂音の元を見た。
 其処には一同の指導的立場にあった吸血鬼がいた筈だった。
 しかし彼は跡形も無く、変わりに大量の血液が爆発したように周囲にまき散らされ、近くに居た吸血鬼たちの全身を赤く染めていた。

「な……何だ?」
「お前ら」

 フランドールの声は決して大きくなかったが、地獄の底から響いてきたかのように彼等の身を打った。正気を失っていたレミリアも、くしゃくしゃのままの顔をフランドールへ向けた。
 妹は全ての表情を無くし佇んでいた。虚無のようにぽっかり空いた瞳を吸血鬼達に向けて。

「笑うな」

 いっそ厳かな声と共にフランドールが右手を握りしめる。
 再び破裂音がして、吸血鬼の一人が弾け飛んだ。スプリンクラーのようにまき散らされた血以外は、彼も形跡1つ残っていなかった。
 先刻まで歓喜一色だった声は、動揺と怒りに取って代わられる。

「お前がやったのか、フランドール!」
「何をした。お前の異能(パワー)は何だ!?」
「よくも同胞を!」

 数人の吸血鬼が瞳を紅く光らせ、常人には視認もできぬ速度でフランドールへ駆けた。




「うるさい。しゃべるな」




 ぎゅっ。ぎゅっ。ぎゅっ。
 1人は懐から短剣を出した瞬間に破裂して消滅した。
 1人は翼を広げ宙を舞い上から襲いかかろうとした所で破裂し、先の3人とは違って天井の染みになった。
 1人は無数の蝙蝠となって飛びかかったが、一瞬で全ての蝙蝠が紅いシャワーの一部になった。
 黒塊を潰せば、結びつきを感じた物を破壊することができる。既にフランドールは能力を自分のものにしていた。
 姉を野犬から助けた時、どうすれば犬に効果的に致命打を与えられるかフランドールには全て判っていたが、その時と同じ事。過程が飛ばされただけだ。簡単なことだった。
 傷一つ付けられない所か近付く事すら出来ない、圧倒的な破壊者。事此処に及んで、吸血鬼達は自分達が何を目覚めさせたのか漸く理解し、素早く身を翻して逃走に移った。
 全員が後ろを振り向くまでに10人が破裂して消滅した。悲鳴が響いた。一歩を踏み出すまでに4人。断末魔。窓や扉に手を掛けるまでに8人。絶叫。それらを開くまでに20人近く。――静かになった。
 あっという間だった。フランドールの周囲を除いて、広間は真っ赤に染まっていた。その場に立っているのは、もうフランドールと《黒い女》だけだった。レミリアを抑えつけていた吸血鬼は既に弾け飛び純白のドレスを彩る紅になっていたが、背中の傷に苛まれた彼女は立ちあがる事ができない。

「嗚呼……」

 《黒い女》が恍惚とした声を上げる。

「美しいわ、貴方。怪物であることを受け入れた貴方! 人間だった貴方! 人間性が故に人間性を捨てた貴方――」
「だまれ」

 次の瞬間、《黒い女》は弾け飛び血液の塊になって周囲に飛び散った。
 拳をゆっくりと開くフランドールの姿は、レミリアには――あの野犬を撃退した時と同じように――いっそ美しくさえ感じられた。




 その場にいた吸血鬼を全て殺害したフランドールはゆっくりとレミリアに近付いた。頭からつま先まで真っ赤に染まった姉の顔を愛しげに撫でる。

「もう大丈夫だよ。お姉様。私がお姉様を守るから」
「フラン、あなた……」

 見た事の無いうっすらとした微笑みは、野犬を撃退したあの日の笑み以上に鋭利に見えた。

「たった一人の家族だもんね。お姉様。何があっても絶対に絶対に、守るからね。この力で」

 そう言って強く抱きしめる。何処か大人びていたフランドールの声に年相応の甘やかさが混じっていた。

「フラン……」

 レミリアの視界にはまだ、死せる母が映っている。

「フラン、お母様は……」
「?」

 フランドールはきょとんとした。
 レミリアは戦慄する。

「お姉様、私達にお母様なんていないよ。2人きりの家族じゃない」

 ――最愛の妹は既に、取り返しが付かない程に壊れていた。

(続く)
 こんにちは、熊の人です。
 前回の続きです。もう少し続きますので、宜しければお付き合い下さい。

※前回お読み頂いた皆様、コメントでアドバイスや感想を下さった皆様、ありがとうございます!
 読点の打ち過ぎに注意してみましたがどうでしょう。少しでも読みやすくなっていると良いのですが……。
熊の人
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コメント



0.280簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
おお…なんと続きの気になる終わり方だwww
すごいです。続きが楽しみです。頑張って下さい!
6.90ずわいがに削除
やっぱり面白い。フランドールが心を潰すに値するだけの悲劇があります。
いずれこの続きも読めることを楽しみにしております。