*CAUTION*
この話は、永琳の独白です。
永琳の性格はかなりのオリジナル解釈のため、好みが別れる可能性が大です。ご了承ください
月の都は完成された都
完成されたならば、もう変化は望めない
完成は壊さない限りの永遠である
永遠、
それは変化せず
始まりもなく、始まりであり
半ばもなく、半ばであり
終わりもなく、終わりでもあるから
有限を内包しない無限と言い換えてもいい。
つまりは、無。
だからこそ永遠はつまらないものだ。
それは何があろうと何もない、変化がない真綿の牢獄だから。
私は賢者、探求者。故に変化を求める。
変化のない永遠には耐えられない。
だから、
暗闇に包まれた未知に迷わず手を伸ばすのは、
とても仕方ないことなのだ
……………………………
私の歴史は自ら造り上げた変化に彩られている。
始まりはツクヨミ、彼女の願いを受け入れ私は月の都の変化を望んだ。
月の都の変化が尽きると、次は教え子の変化を望んだ。
そのうち姉妹の姫は私の望み通り目覚ましく成長し変化していったが、キャパシティの限界もまた変化が進むことで見えてきていた。
そして、もう一人の教え子である永遠と須臾の姫。彼女はある程度の知識しか望めるものはなかった。能力だけが特殊で取り柄、その為だけに生かされた都の中でも異質な存在。
カグヤ自体は普遍であり変化の望みようはなかったが、彼女の能力は未知数だったのだ。
永遠と須臾を操る程度の能力
私は、彼女の能力に興味をそそられた。
相反するものを操る能力、停止と流動、零と壱、完成された都にとって歪すぎる能力。
私は賢者、探求者。故に変化を求める。
目の前に変化の可能性を持つものが在るのならば、他を擲ってでもそれへ喰らいつく。
素晴らしい食材を手にした料理人。
そのような感覚が私の五感を支配し、欲求が操繰り糸となりて私を動かす。
変化の種類が幾多星霜にもあるカグヤの能力に思わず口許が歪んだ。それを賢者の仮面で隠しながら、私はカグヤの望みを私の望みへと摺り換えていった。
手にすることはもう二度とないかもしれない材料を、私は慎重に取り扱い、誘導し、材料を実験遊具に仕立てあげたのだ。
嗚呼、全ては万全、世はこともなし
私の道、探求の道、未知を暴き荒らし尽くす私の道には拒むものなく、在りとしてもそれさえも暴くことを私は可能とした。
『××××、皆が月の都に不服を言わないけれど、私は此処が随分とつまらなく感じるわ』
カグヤは完成された月の都を不服と感じ、篭と見立て、新たな可能性を望むようになった
彼女は、これから未知へとその身を投じるのだ
嗚呼、私はまた変化の味をこの舌で味わうことができるのだと
そう、思っていた
その侮りが
本来ならばあってはならない、油断が
私に大罪を犯させた
『××××、私を使って蓬莱の薬を調合しなさい』
カグヤの能力は未知数だった
同じように、
カグヤの心も未知数だったのだ
須臾の数だけ歴史を持てる彼女の心は全て知ることが、この私でも叶わない
大まかになら把握できていたので、それでよしとしてしまった私が間違いと気がついたのは、カグヤが不老不死と成り果て地上へ堕とされることを望んでからだった
変化を秘めた未知は私を裏切り、恐怖という牙をたてる
地上、チジョウ、あの私が遥か昔に捨て去った穢土
それを彼女は望んだのだ
穢れと有限に満ちた地上、カグヤがそこに堕とされたのならば、もう月の都に帰ってくることは決してない
正確には、私の手元に帰ってこないだろう
罪を償い地上から月へ戻ったとしても、嫦娥と同じく永遠の檻に幽閉されてしまうから
私が望んだ変化が、嘲笑うように掌から滑り落ちる
私は激しく後悔した
こんなことになるのならば、私の願望と彼女の願望をすり替えなければよかった。私が永遠にさえ耐えていれば、彼女自身が変化して、新たな可能性を得ていたかもしれない
だけど、後悔は遅すぎた
カグヤにはもう蓬莱の薬をのむ選択肢しか存在しない
斯くして
カグヤは地上へ堕とされた
……………………………
それで、済めば
何かは変化しただろうか
……………………………
私には、責任を果たしていた自負がある
たとえ好奇心の僕であったとしても、そこで生じる責任を私は背負い続けた自負だ
まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた、その責任の意図の糸
何時か訪れるかもしれないと私は考えていたのだろう、そんなことも忘れるほど昔に作った予防線
即ち、月の使者という立場
月の都の発展が一通り終えた頃に勃発した、地上の妖怪による月都侵攻を防いだ以外にあまり表だった活動は行っていない役職だ。
そのなかでも地上にいた頃の記憶がほとんど薄れた月人に地上の知識を与え注意を与える役として、私は使者の頭の立場にいた。
まさか、その役職を利用するときが来るとは思わなかった
私には責任を負う義務がある
カグヤに誤った未知を望み、誤った道を教えてしまった責任
たとえ全てが私のエゴだとしても
私がにじり潰した可能性を再び生み出せることぐらい、できる
私と離れ、カグヤにも自分の望み……私が刷り込んだ望みとは別のものを抱いているはずだ
私が使者として輝夜を迎えにいけば、彼女の望みを直接聞くことができる。そうすれば、私は今までと逆に私の意思ではなく彼女の意思に従いそれを実行する。それが何であれ、私は責任を負えるのだ。
一度きりの失敗、未だにみえない血が流れる感触がする、恐怖による傷跡
思えば、これもまた私が望んでいた“変化”のひとつだったのかもしれない
しかし、賢者として初めての恐怖に襲われた私は普段のように余裕をもって思考することができなかった
私の頭に蔓延るカグヤに対する贖罪を願う心が、私を急かして行動へと走らせる
漸く、ほんの少しの余裕を取り戻したときには、私は既に穢土に降り立っていた
噎せかえるような生命の匂い
青い海はまるでこの大地が流した涙……いや血のように見えた
生存競争で流された、青い血で覆われた大地
穢れは蔓延り、私は息をするのも躊躇った
月と地上はここまで違ってしまったのか
もう月人は決して地上には住まうことができないだろうと私は思った
此処はまさに月人のための牢獄といっても過言ではない
なのに
私の目の前で輝夜と名を与えられたカグヤは、
月にいた頃とまったく変わらない微笑みを浮かべていた
永遠と須臾の姫
彼女は、変化していなかった
そこが月であろうと、穢れた大地であろうと関係がないというように、微笑んでいた
「永琳」
彼女の口が、私の名前を象って動かされる
地上に暫く居たからか、月の発音ではなく、
しかし月と変わらぬ声色で、
はやく帰りたいと泣きつくことなく、
不老不死にしたことを責め立てることなく、
久しぶりに知人に会えたことを喜ぶこともなく、
ただ其処に私がいたから挨拶したように、カグヤは私の名前を呼んだ
二度目の恐怖が、私を襲う
私は彼女を教えている頃、能力は兎も角として彼女自身は普遍的だと判断していた。ある程度の知識は吸収しても、それを発展させることもない。
それが彼女の限界だと、月では判断していた。
それは違った
彼女の本当の恐ろしさは、月と異なる環境に置かれることで初めて判る
永遠と須臾の姫
彼女は変化しない
何処にいようと、
何時にいようと、
彼女は変化しない
たとえ、彼女が未知なる可能性を望んでも
彼女は、変化できない
カグヤは完成しているものではなく、永遠のものだからだ
月の都は完成されている、彼処もまた変化しないものといえば当てはまる。だからこそ私の興味から既に外れていた
しかし、月に住まう兎は聞く度に変化し続ける噂を好む。噂好きの兎たちが、変化を止めた月の都の波長を僅かにかき乱す。そのため月の都は完全に停止することがない、細波のような変化が起こり続ける
だが、彼女には――……
「カグヤ」
私の声が畏れを含んでいることに、彼女は気がついているだろうか
だが私の目の前には、自分の呼び掛けに応えてくれたことに満足した笑みを浮かべるカグヤしかいない
私は自然と顔を穢れた地面に近づけ土下座していた
「カグヤ、私は贖罪したい」
「贖罪?」
「私は、貴女の可能性を踏み潰した……その責任を負いたいのです」
しばらくの沈黙
「つまりは、あなたは何をするの?」
やはり私を責めるような口調ではなく、しかし僅かに興味の色を含んだ声でカグヤは問いかける
「貴女が望むこと、全てを」
「私が望むこと……たとえそれが須臾のものでも?」
「貴女の望みならば」
「永遠に続くものでも?」
永遠と須臾の姫ならばこその問い
相反する願い、しかしそれさえも彼女らしい
「……貴女が、望むならば」
「ふーん、なんというか相変わらずね」
砕けた口調で、なにも変わらない口調で、カグヤは答えた。しかし“相変わらず”と変化しない彼女に言われると違和感がある。
「そうね、私の望みねぇ。まずは月に帰るか、地上に残るかどちらかの選択に迫られているから自由とは言い難いわね」
「え、あぁ……それは確かにそうですが」
判ってはいたが、彼女の内には地上に残るという選択肢が残されていた。
月に帰れば永遠の幽閉、翼をたおられた篭の鳥とは変わらないから嫌がる気持ちも理解はできる。だが私からしてみれば、よくも生まれてから姫の立場にいながらこの穢れきった大地に残ろうという選択を残せるものだと思えた。
「決めたわ永琳。私はこの地上を去るのが惜しい」
顔を下げ続けていた私に降りかかる、静かな声
それが、彼女の
最初の望み
「心得ました、それが貴女の望みならば叶えましょう」
私の意思はどうあれ、彼女の意志は確定した。ならば、私は彼女の力となり智慧となるだけだ。
それで、彼女に対する贖罪となる。
地上に残るために月の使者を皆殺すのは容易い。しかし残り続けるとなると一定の位置に居続けることはできなくなる。私は降り立った場所が島国だったことに悪運を覚えた。
つい昔まで地上は全て地続きだったというのに……久しぶりに時間の流れというものを感じた。
「それよりも永琳、あなたは自らこの地上に留まることを望むの?」
顔を伏したまま私が逃亡の思考の奔流に流されていると、輝夜の声が再び降りかかった
静かな問い、私は浸透したそれの意味が理解できなかった
私が地上に残るのは
犯した罪を購うためだ、
自らの責任をとるためだ、
己の欲を満たすためなのだ、
「私が判るのなら、あなたも気がついているはずなのに」
私が答えようと口を開く前に、カグヤは覆い被せるようにして言葉を紡いだ。
疑問が生まれる、
私が気がついていること?
「あなたに、自分の意志がないことを」
ワタシニ、ジブンノイシガナイ?
私は思わず伏せ続けていた頭をあげてしまう
目を点にして驚きを露にした私の表情、
その表情を見て、さらにカグヤが驚いた
驚きの連鎖、しかし先に平静を取り戻したのはカグヤだった
「私はそこまで賢くなかったから永琳の授業は話し半分に……もしくは半分以下で聞いてたわ」
それは知っている。彼女が他の教え子たちより比べることもできない程に、私の教えることに理解を示さなかったことぐらい。
「だけど永琳たら授業がつまらないとか愚痴いったら絶対に嫌がらせしてくると思ってね、黙っていたわけよ」
ある意味新鮮な思考、別の意味では愚鈍な思考。
私はいったい彼女の視点からみると、どう映っていたのだろうか
自分の考えを喋ることで纏めようと、カグヤは次々に言の葉を羅列した
「その余った半分を、私はあなたを見つめることに使ったわ」
「おかしかったのよ、あなたがあまりにも受動的で」
「いっそ、機械に生まれた方がよかったんじゃないかと思えるぐらい」
「月の都は月夜見様のため、私たちを教えたのも頼まれたからでしょう?」
「その全てが受け身」
「自ら望んだことなんて一つもなさそうで」
「その点では、永遠の私にとてもよく似ているわ」
私が、永遠と同じ
「あなたは望まない、臨まない、挑まない。そう考えていたとしても、変化するのはあなたではない、あなたのためではない」
―――あなたはいつだって、他人のために動いているわ
言葉の鐘を間近に鳴り響かされた、脳が揺さぶられて自分が膝つくのが大地かどうかも解らない
私はいつだって自分の欲望に忠実だった
誰よりも変化を望み、未知へ挑んだはず
私は自分のために動いている
それなのに、カグヤは私を否定する、変化する私を否定する
私が永遠であると、最も私自身が嫌う永遠であるとカグヤは言う
「でも、羨ましいわ。たとえ似ていたとしても、あなたは永遠ではないもの」
遠く、眼前に迫るように浮かぶ満月を見上げてカグヤはため息をつく
永遠に近くても、それは決して永遠ではないわ
そう続けて呟く吐息が彼女の唇から漏れた。
「だから永琳、私は願うわ。
私はこの地上に残る。生が死を招くこの穢土に残る。私の身体はもう既に蓬莱の薬を服用しているから穢れに蝕まれているけれど、地上に残ることでさらに浸けることになるでしょうね。
でも、穢れが変化を招くものだとしたら、
月には存在しない時の流れが、変化を招くとしたら、
この永遠に縛られた私でさえも、変化することが出来るかもしれない
私は望む、変化することを
私は臨む、その為の穢れに
私は挑む、私自身の永遠に
だから永琳、私に対して贖罪を行いたいのなら、まずはあなたから変化して。あなたの意思で此処に残ると、宣言してこの地上に可能性があることを示してちょうだい」
月の都が生まれた頃から変化していないあなたが変化すれば、この地上には可能性で満ちあふれているわ
その言葉を最後に、カグヤは私を黒曜石のように煌めく瞳で見つめてきた。
もう、話すことは何もないと
次に発せられる言葉は私からだとでも、言うように
理解ができなかった。
私には、永遠たるカグヤも、須臾たるカグヤも、理解することが叶わなかった。
それは私が有限だからだろうか、それとも同族嫌悪としてだろうか
私は、今まで彼女のことを見間違えていたのだろうか
私が、今まで自分のことを見間違えていたように
私は、変化していなかったのだろうか
私は賢者、探求者。故に変化を求める。
そう信じていた自分の意思が、輝夜の言の葉に揺さぶられる
揺さぶられたという事実が、何よりもそれが真実だと告げていた
時折、賢者が求める真実を愚者が的確に射抜くのだ
彼女は、たとえ変化できなくとも願う
彼女は、私と反対なのだろうか
彼女はそうなのだと、瞳で訴えている
私は、変化できるというのに願わないと
だからこそ、私が私の意思をもって答えれば彼女の変化の可能性となる
それは、私にとっても重要なことでもある。
私は今まで他者の変化を望んでいた
だからこそ、変化の尽きた月の都に飽き教え子たちの限界に嘆き、永遠と須臾の能力に手を出した
そして自分の犯したことに勝手に責任を持って、償っていた
まるで自ら疫病を流行らせ、治療する異国の太陽神のようで、月の頭脳と呼ばれた私としては、随分と皮肉なことだ
「私は賢者、探求者。故に変化を求める」
沈黙の帳を開く
自分自身に言い聞かせるように、自分自身に刻み込むように
私は賢者なんかじゃなくて、
愚者は、私なのかもしれない
そんな、自嘲を少しだけ含めながら
私は宣言した
「私は、地上に残ります」
それは、自分の欲求のために行動しているはずでありながら、実はすべて他者のための行動になりうるから。
優秀で有能な存在ほど、自分中心に世界が回っているように、いやむしろ世界を回しているように錯覚してしまうのに。
究極のエゴが、究極の奉仕に繋がる。ある意味真の天才の特性なのかもしれませんね。
しかし本当の意味で自分のためになる行動をしたときは・・・
この作品の永琳像は、わりとすんなりきました。
なんとなく、科学者っぽいというか。
いや実際、月の都では賢者兼科学者的なポジションだったのだと思いますが、
お外の世界の科学者としてもやっていけるんじゃないかとも。
まあ人間にしては優秀すぎるし時代の先を行き過ぎて誰もついて来れそうにないだろうけど。