空に浮かぶ月の描くは真円。
そこに映る想いは……。
月の持つ優しさか、
はたまた月に狂いし人の悲しみか――
幻想郷、永遠亭。
「…………」
ギシリと音を立てる床。
通る風に揺れる盆栽。
「思えば長いものね……」
いったいここに来て何年が経ったのだろうか。思えば数えたこともなかった。
「…………」
蓬莱の薬を飲み、地上へと降ろされ、地上のものたちとの生活もわずかなうちに永琳に連れられて移った永遠亭。
ここでの日々は充実こそしていないが、月のものとも地上のものとも違う楽しさがあり、永遠に続く歳月の流れを忘れられるほどのものがあった。
(でも、それじゃダメなのよね……)
少しふっくらとしたバッグを手にし、玄関へと足を進める。
「…………」
ギシッ、ギシッ。
床の声を耳にしながらもその足を止めない。
(みんな、ごめんね)
いや、そもそも足を止めるという選択肢すら存在していない。
あるのはただ前に進むという単純な思考だけ。
前に進み、この永遠亭から、
いつまでも過ごしていたい幸せない日々から出て行くということだけだった。
縁側を抜け、床が声をしずめ、静まりかえる夜陰。
「永琳……」
「…………」
そこに待っていたのは私の家庭教師であり、もっとも頼りにしている人、永琳だった。
「やはり行かれてしまうのですか、姫様」
「ええ」
思いを含んだ顔の永琳。
彼女がなにを言いたいのかはわかる。
――どうして永遠亭を出て行くのか?
だが、その答えを知っているからこそ、彼女はそれを口にしない。
永琳が私のことをよく知っているように、私だって永琳のことをよく知っているのだ。
「私はここにいちゃダメなのよ。あなたもわかるでしょ?」
「…………」
肯定も否定もせず、ただ黙り込む永琳。
どれだけの言葉を吐きたいのかはその顔を見ればよくわかる。
引き止めたいのに引き止められない。抗いたいけど抗えないことに文句を、嘆きの言葉を吐きたいけど、もう一人の自分がそれを制している――そんな心の綱引きに悩む顔だ。
「止めても無駄よ。もう決めたから」
「……わかってます」
次の句を放たれる前に牽制の言葉を向ける。
いくら覚悟を決めたとはいえども、永琳のこんな顔を見続けるのは正直辛かった。
「それじゃっ。てゐと鈴仙にもよろしく言っといて」
別れの言葉とともにニパッと満面の笑顔で微笑む。
最後に永琳のあの笑顔が見たいから、
思い出した彼女の顔が笑顔であってほしいから、
私は笑う。今できる最高の笑顔で微笑む。
笑って別れられるように。
「じゃあね、永琳」
「…………」
けど、彼女は笑わなかった。
「……どうして」
「?」
「どうして、行かれるんですか……」
代わりにできてたのは彼女の内にある想いだった。
「永琳……」
「どうして永遠亭から出て行かれるんですか。そんなにここでの生活がお気に合いませんでしたか?」
「……もうわかったから」
「それとも、あの蓬莱の人の形ですか? でしたら私が――」
「永琳。もうわかったから」
「ですが姫様っ!」
「あなただってわかってるでしょっ! 私は永遠亭に……あの場所にいちゃダメなのよ……」
「…………」
背けていた現実が改めて眼前に立ちふさがり、絶望する。
そんな顔を永琳はしていた。
「……だからさ、最後くらいは笑って見送ってよ。ね?」
「姫様……!」
「もぅ、それじゃあ笑ってるのか泣いてるのかわからないじゃない」
「す、すみません」
最後の笑顔にしては大いに不服だけど、こんな永琳はもう二度と見れないと思うとまあ、よしってところかな。
「ふふっ。それじゃあ行くね」
「はい……」
しかし、最後はやはり沈んだ顔をで、彼女の笑顔を胸に永遠亭を出ることはなかった。
永遠亭を後にし、数刻。
「……月、か……」
見上げた夜空に浮かぶ月は皮肉にも、真円を描いていた。
「ふふっ。今の私にはちょうどいいかもしれないわね」
私は罪人。
それはどれだけの月日が流れようとも変わらない。
私の体に刻まれた罪の傷がある限り、私に人並の幸せを享受する権利はない。
なぜなら私は罪人だから。
享受できる幸福をその人から奪ってしまったのだから、私がその幸福を享受していいはずはないのだ。
見上げた月はそんな私の罪を表すかのように、
冷たく笑っていた。
そこに映る想いは……。
月の持つ優しさか、
はたまた月に狂いし人の悲しみか――
幻想郷、永遠亭。
「…………」
ギシリと音を立てる床。
通る風に揺れる盆栽。
「思えば長いものね……」
いったいここに来て何年が経ったのだろうか。思えば数えたこともなかった。
「…………」
蓬莱の薬を飲み、地上へと降ろされ、地上のものたちとの生活もわずかなうちに永琳に連れられて移った永遠亭。
ここでの日々は充実こそしていないが、月のものとも地上のものとも違う楽しさがあり、永遠に続く歳月の流れを忘れられるほどのものがあった。
(でも、それじゃダメなのよね……)
少しふっくらとしたバッグを手にし、玄関へと足を進める。
「…………」
ギシッ、ギシッ。
床の声を耳にしながらもその足を止めない。
(みんな、ごめんね)
いや、そもそも足を止めるという選択肢すら存在していない。
あるのはただ前に進むという単純な思考だけ。
前に進み、この永遠亭から、
いつまでも過ごしていたい幸せない日々から出て行くということだけだった。
縁側を抜け、床が声をしずめ、静まりかえる夜陰。
「永琳……」
「…………」
そこに待っていたのは私の家庭教師であり、もっとも頼りにしている人、永琳だった。
「やはり行かれてしまうのですか、姫様」
「ええ」
思いを含んだ顔の永琳。
彼女がなにを言いたいのかはわかる。
――どうして永遠亭を出て行くのか?
だが、その答えを知っているからこそ、彼女はそれを口にしない。
永琳が私のことをよく知っているように、私だって永琳のことをよく知っているのだ。
「私はここにいちゃダメなのよ。あなたもわかるでしょ?」
「…………」
肯定も否定もせず、ただ黙り込む永琳。
どれだけの言葉を吐きたいのかはその顔を見ればよくわかる。
引き止めたいのに引き止められない。抗いたいけど抗えないことに文句を、嘆きの言葉を吐きたいけど、もう一人の自分がそれを制している――そんな心の綱引きに悩む顔だ。
「止めても無駄よ。もう決めたから」
「……わかってます」
次の句を放たれる前に牽制の言葉を向ける。
いくら覚悟を決めたとはいえども、永琳のこんな顔を見続けるのは正直辛かった。
「それじゃっ。てゐと鈴仙にもよろしく言っといて」
別れの言葉とともにニパッと満面の笑顔で微笑む。
最後に永琳のあの笑顔が見たいから、
思い出した彼女の顔が笑顔であってほしいから、
私は笑う。今できる最高の笑顔で微笑む。
笑って別れられるように。
「じゃあね、永琳」
「…………」
けど、彼女は笑わなかった。
「……どうして」
「?」
「どうして、行かれるんですか……」
代わりにできてたのは彼女の内にある想いだった。
「永琳……」
「どうして永遠亭から出て行かれるんですか。そんなにここでの生活がお気に合いませんでしたか?」
「……もうわかったから」
「それとも、あの蓬莱の人の形ですか? でしたら私が――」
「永琳。もうわかったから」
「ですが姫様っ!」
「あなただってわかってるでしょっ! 私は永遠亭に……あの場所にいちゃダメなのよ……」
「…………」
背けていた現実が改めて眼前に立ちふさがり、絶望する。
そんな顔を永琳はしていた。
「……だからさ、最後くらいは笑って見送ってよ。ね?」
「姫様……!」
「もぅ、それじゃあ笑ってるのか泣いてるのかわからないじゃない」
「す、すみません」
最後の笑顔にしては大いに不服だけど、こんな永琳はもう二度と見れないと思うとまあ、よしってところかな。
「ふふっ。それじゃあ行くね」
「はい……」
しかし、最後はやはり沈んだ顔をで、彼女の笑顔を胸に永遠亭を出ることはなかった。
永遠亭を後にし、数刻。
「……月、か……」
見上げた夜空に浮かぶ月は皮肉にも、真円を描いていた。
「ふふっ。今の私にはちょうどいいかもしれないわね」
私は罪人。
それはどれだけの月日が流れようとも変わらない。
私の体に刻まれた罪の傷がある限り、私に人並の幸せを享受する権利はない。
なぜなら私は罪人だから。
享受できる幸福をその人から奪ってしまったのだから、私がその幸福を享受していいはずはないのだ。
見上げた月はそんな私の罪を表すかのように、
冷たく笑っていた。
全体としてまとまっており、あなたの考えが良くにじみ出ていると思います。噛めば噛むほど味の出る作品だとは思うのですが、ちょっと出し惜しみしすぎているような気もします。是非もう少し、考察を深めて頂きたいと思いました。
とまれ、素晴らしい作品でした。ありがとうございます。また会いましょう。では。
ありがとうございます。
今回は思うところがあってのぶっつけ本番書きってやつですね。
たしかに、もう少し尺を取って話の背景などを描いたほうがよかったかもしれませんね。
時間をかける。
やはりこの一点につきそうです;
敢えて温かな居場所を捨てる輝夜は、まさに心を檻に囚われたカゴノトリ。悲しいけど、彼女はやはり罪人。少なくとも自身にとっては。
互いが抱える、痛いくらいの切なさがびしびし伝わりました。
ですが、個人的にはもう少しだけ膨らませて欲しかったな、という贅沢な望みが。
輝夜の行方は?残された者は何を想うのか?
結末をはっきり書けとは言いませんし、むしろ書かないほうがこの作品の持つ美しさを引き立てるとは思います。
何が彼女をそうさせたのか。幸せな生活の中で、何が彼女の”出て行く”という行為を後押ししたのか。それに永琳は気付いていたのか。
掘り下げるともっともっと素晴らしいお話になったかも知れません。
偉そうに長々と語ってしまいましたが、美しくも痛切な、素敵な短編でした。
私も本当は色々と膨らまして書きたかったのですが、絵チャットに描く絵のように落書きというか、一発書きなため、時間的な意味でこの辺での筆置きになりました。
あとは読む方々に様々な想像をしていただくためにあえて真っ白にしたところもあります。あの竹取物語のように。
そのために”輝夜は罪人”、”知っていても止められない永琳”、”輝夜の堅い決意”という三点だけは押さえたつもりです。
物語の結末。
それは読み終えたあなたのなかにきっとあるはずです。
その彩りが幸せか悲しみかはあなた次第です。
投げっぱなしといえばそれまでかもしれませんが(苦笑)
計画通り……!
いやはや、ご一読くださってありがとうございます。
一人夢見てた
誰も知らない小さなその願い…
彼女の願いは許しなのか、それとも償いなのか。永遠というものを体現してしまったことが罪というならば贖いというカゴに囚われる時の長さもまた…
いつか償いの果てに必ずくる許しに辿りついてほしいですね
寵鳥耽々…
寵鳥耽々…
終読・コメントありがとございますっ! ・x・
彼女の願いが許しなのか、それとも償いなのか、それはわかりません。もしかすると最初からそんなものを望んでいなく、実はただの自己満足なのかもしれません。
ですが”それ”はたしかに彼女の心を、そしてその体を縛り、閉じ込めているのだと思います。
その籠が開け放たれる日、それはもしかすると彼女自身の内に秘めた檻の鍵が外れたときなのかもしれません。