「あまりくつろげないようですね。何よりです」
さとりは私の前に紅茶を差し出しながら言った。
チェックのタイルにステンドグラス風の意匠がこらされた床。広すぎるホールに威圧するような柱。
デザインはいいが座りにくい椅子。丸いテーブル。気取った形のポットとカップ。
白亜の城、という表現が地霊殿にはよく似合う。
つまり、見る分には綺麗かもしれないけれど、実際に住むには機能が無さすぎるというところ。
あこがれのお城はあこがれのままで済ませておいた方がいい、と言外に主張してくるようだ。
さとりは私の対面に腰を下ろし、紅茶を口に含んだ。
私も紅茶を飲む。安い茶だ。
しかも、茶は出しても茶菓子は出さないあたり、家主の私に対する心証も知れるというものだ。
「客にくつろがせないのは何事だ、と思ってますね。とはいえ居心地が良くてそのまま居着かれても困りますし、このくらいが丁度いいんです」
「私は犬猫か」
「似たようなものでしょう。居心地が良くて何度も入り浸っている所もあるようですし」
「あそこはまあ……。特別だ」
「それは良い事です。とはいえ、地霊殿を特別な場所にされても困りますので」
さとりは見た目の印象以上に饒舌だ。
なんといってもこちらが考えている事を先に口にする。さとりは倍喋るし、こちらは話すべき事の半分も口に出す必要がない。
傍から見ればさとりが一方的に話しているように見えることだろう。
まあ、それは機先を制して精神的に優位に立つ思惑もたぶんあるんだろうが。
「それ以上に無駄な話を聞かなくて済む、というのがあります」
「確かに。本来ならお前だけ喋ってれば話なんて済むんだよな」
「そういう事です」
こちらが話そうと考えていることは全て伝わる。さとりの前に座り、さとりの答えを聞き、立ち去れば要件は片付く。
コミニケーションのあり方について、私たちとさとりの間には大きな溝がある。
厄介な能力だ。嫌われるのもわかる。
「ええ、だからこうして地の底に居ます。自発的に会いに来ない限り、あなたが私と顔を合わせる事はない」
その通りだ。
私がこうして地霊殿まで足を運んで来なければ、こいつと顔を合わせてお茶をするなんて胃に良くないシュチュエーションには陥っていない。
それでもわざわざここまで来たのは知りたいことがあるからだ。
さとりが『さとり』の能力を持っているからこそ、私の疑問に対する答えを持っているだろうから。
疑問。そのために私はここに居る。
「ではその疑問を早く考えてください。そうすれば私はそれに答えて、この時間は終わりますよ」
「まあ待てよ。その前に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「お前が読んでいる心ってのは、割と表層的なものなんだろう?」
「ええ、そうです」
隠すことでもないのか、さとりはあっさりと答えた。
心の奥底に眠るトラウマを読み、スペルを模倣する。さとりの想起は深層心理を読み出しているように見える。
だが、想起の前にさとりは準備としてテリブルスーヴニールを使う。
赤い光でターゲットを弱い催眠状態にし、トラウマを表層思考まで引きずり上げる。
だからさとりは私の疑問を「考えろ」と言ったのだ。
読めるのは表層だけだから……。
「私の能力を調べて何をするつもりですか? 弱点探しでも?」
さとりは皮肉っぽく笑う。
「確かに表層思考しか読めなくて、忘れていることも読めません。さて、何か対策は思い浮かびましたか?」
「そんなつまらない事はどうでもいい。聞きたいのは声の方向だよ」
「?」
さとりは初めて、意味が分からないというような顔をした。
まさか『方向』という言葉の意味が分からないでもないだろうに。
「心の声ってのは声なのか? だが映像もわかるんだよな」
「大雑把に言って、思考とでも言いましょうか。ええ、確かに考えている事そのものは『声』ですね」
「じゃあ、方向も分かるわけだ」
方向。もし私がさとりの右に立っていたとしたら、さとりは右から『声』が聞こえるのか?
そのはずだ。
たしか通信機の向こうに居る奴の心を読もうとして、さとりは距離が遠いから読めないと言った。
距離によって制限がかかるなら、『位置』もまた心の声の要素ということになる。
「ええ、そうなりますね。霊夢さんとあなたが左右に立っていたとしたら、右と左から声が聞こえる事になります。位置が遠ければ声も小さくなる」
さとりは瞳を伏せた。
「人が多いと、四方から声が聞こえてうるさいんですよ」
私はその言葉を聞き流した。
クリアだ。
条件はすべてクリアだ。
さとりが読むのは表層思考の『声』で、それは位置の影響をうける。
なら、疑問の答えはそこにある。
私は手が震えるのを感じながら紅茶で舌を湿らせた。
「じゃあ、心はどこにあるんだ?」
「え?」
心に方向がある。それはつまり起点があるという事だ。
さとりの右から私の心が来れば、私は右にいる。私の思考の起点は私だ。
だが、もっと起点を詰めて考えて欲しい。
『私の心は、私のどこから来ている?』
そこは心の臓なのか、それとも頭であるのか。
心はどこにあるのか。その答えは人間にとって命題のひとつだった。
古代の人は心臓に心があると思っていた。私たちは胸に手を当てて誓いをし、ものを考える。
外の世界の科学の使徒は心が脳の電気信号であると解明し、それが頭にあると結論づけたらしい。
或いは、心は魂に属するものなのか。
幽霊たちに性格があるように、胸でも頭でもない魂に心が宿っているのか、心が魂そのものなのか。
なら、魂がどこにあるのか教えてくれ。
「教えてくれ、心は」
さとりの答えは、
<了>
終わり方もすごく好みです
面白かった!!
テリブルスレイヴニール→テリブルスーヴニール
誰か説明プリーズ
子宮、とか言われて一気に恋する少女から脱却してしまったのか、
さとり様の答えを聞きたいような、聞きたくないような……
それはそうと、私なら髪の毛、ですかねぇ。
切り裂かれても、いずれは復活する。けれど油断していると取り返しのつかない事態になる、
みたいな感じで。
でもこの終わり方はすっごくいい
「恋」と「愛」のどこに「心」があるのかってことにもかかってるのかな?
凄く綺麗にまとまった短編でした。が、物すごく胸にモヤモヤが残ったのでこの点で
私の○○がマスタースパーク
しかし答えが気になるが知らないほうが…うー
誰かに心を奪われているのか、それともタイトルどおり…
心の場所を聞いて恋符が使えなくなる?なぜだ?
面白いお話でした。
・・・ということなのかな?心の場所を聞いたからといって心の全てが分かるというわけではないから強引な解釈かもしれないけど、自分の答えは上のような感じです。説明が堅い感じで分かりにくいかもしれないけれど、要するに”人間は心とは何かを理解できないからこそ恋ができる。理解したら恋という感情は冷めてしまう。”ということが言いたいです。
間違ってたら、恥ずかしいかもしれないけど、他の人はどんな答えを出したんだろう?
恋の天使が射抜くのはハートではなく頭
これはたしかに夢がなくなる…
作者様の意図と読者の考えが異なりそうなのがよい。
個人的にはスッキリポンしたけれど、あまりにろまんてぃっくが止まらない解答なので如何せん。
コメントである、恋の‘心’の位置の解釈もなるほどと思った。
その解釈だと、一気に現実的に、そして重い話になるのがおもしろい。
心の場所について知ってしまうと、それが使えなくなるとか
まだ読解力が足りぬようだ…。
恋心・・・・・なるほど・・・・・
心がどこにあるのかという問いは、心とはどういうものなのかという問いに他ならず、
それは心から発生する恋をも解明してしまうということであって、理で語れる恋など……
うん、全く分からん(自分の思考が)
怒涛のように流れる話だった
みたいな展開はないのですか?w
こういった、話の結論が複数想像できるのはいいですね~
魔理沙の「恋」に対する持論を、さとり様は読んだのでしょうか。
だとすれば、タイトルみたいな展開も無理ないって妄想してみたり