妖怪と人間の共存できる、夢の楽園。幻想郷を、そのように捉えない者もいる。里の、ごく一部の住人達だ。彼らは秘密結社を組織し、幻想郷を人の天下にしようと企んでいる。妖怪を相手に、度々過激な武力行動を起こしている。攻撃を正当化しているのは、人間寄りの歴史認識だ。里の人類は、長年妖怪に虐げられてきた。人妖の均衡を取るために、今後は人里の住人が支配者の側に立つべきだ。そう主張している。侵略作戦に直接加わらないものの、彼らの弁に共感を覚える民もいる。
結社の拡大を危惧し、私は八年前に里で郷土史の学校を開校した。授業の評判は、昔も今も芳しくない。堅苦しくてつまらないと文句を言われる。私はあくまでも歴史を創る者であり、愉快に教える才能はないようだ。それでも沢山の親が、子供を預けてくれる。文字や算術の勉強にもなるし、貴女は信頼できるからと。有難いことだ。結社員からしたら、最高に腹立たしい行為だろうが。獣人、妖怪の癖に里に住まうだけでは飽き足らず、幼い子らに歴史教育を施すのだから。事実、脅迫文や血塗れの小刀を送りつけられたことがある。私は屈さず教鞭を執り続けた。
基本的に毎日開いている寺子屋も、お祭りの今日はお休み。暦の夏の到来を祝って、人里全域が浮かれている。空は青葉を照らす晴天、絶好の祝祭日和だ。教え子達も仮装行列や菓子にはしゃいでいることだろう。
宴の匂いに誘われて、妖怪も多数訪れる。先刻から、騒霊三姉妹の華やかな演奏が響いてきている。あっちで人形劇が始まった、山の神様もお出ましだ。新たな催し物と来場者に、老若男女が沸き返る。
本日の小さな目玉は、谷河童特製の拡声機材だ。広場の木造ステージにあり、誰でも自由に使用できる。先程調整が完了したらしい。先進技術を珍しがって、人々が様々に喋っている。足の悪い祖母への呼びかけ、迷子捜し、花屋の宣伝。親しい者の声が、里全体に広がっていく。のどかな真昼だった。
私はがらんどうの教室で、一人の女生徒と話していた。
癖のない黒髪を、肩まで伸ばした娘だ。髪の上方を左右にまとめ、青空色のリボンで結んでいる。瞳の色も黒。木の実のように大きく、たれ目気味だ。両眼からは幼い印象を、こぢんまりとした鼻や薄い唇からは脆い印象を受ける。服装は、雀がかった白の着物に、濃紺の絹袴。畳の縁を踏まず、小さく座っている。
年は十五、家は装身具の工房兼販売店。父親は、かの秘密結社に所属している。一年前、受講申請に来た際に弱々しく打ち明けられた。
彼女は幼少期に、妖の害で母親を亡くした。以降、父親は結社に出入りするようになった。危険な団体に入っていると、告げられてはいない。しかし言動や詳細な歴史の知識の習得、妖怪に向ける視線、遠出と負傷の増加で彼女は父の変化を察した。親の留守中に部屋を探り、結社の条文と手紙、会合や侵攻時に纏う顔隠しの灰装束を発見した。店を手伝う彼女は、妖の客と接する機会も多い。品物を買っていく妖怪達は、悪者には見えない。けれどもその力で、母親を苦しめた。養い手の父は、正しいのか、間違っているのか、止めるべきか。悩んで、私の教えを乞いに訪れた。
一年間、彼女は他のどの学生よりも懸命に幻想郷史を学んだ。稗田家の『幻想郷縁起』も読み進めた。要領の悪さを努力で補った。秘密結社の情報を掴むと、私に流してくれた。今日も祭りを見物中の私を学校に連れていき、新規活動の報告を始めた。
「学問所に加えて、昨今は怪物の寺までできる始末。もう我慢がならない。我々は存在と意志を、表にも知らしめるべきだ。祭典の場で、歪んだ共存と平穏に宣戦する。だ、そうです」
儚い声で結社の文の写しを読み上げ、私に見せた。砂粒のような地味な文字が、危険思想を綴っていた。彼ら独自の暦で、伝令日が記録されていた。
「文面と日付からして、決行日は今日だろうな」
「そう、ですよね。何か、怖いことになるんでしょうか」
袴の裾を握る、彼女の両手を撫でてやった。
「大丈夫だよ。人里で妖怪を襲ったり、武器を振り回したりはしないはずだ。味方の人間をうっかり傷つけかねない」
「うん。はい」
お父さん達が迷惑かけそうで、すみません。前髪とリボンが垂れ下がった。顔を上げさせた。
「お前が謝ることじゃないだろう。お前は何もおかしなことはしていない。頑張り屋のいい生徒だよ。ただ、小声と俯く癖は直そうな」
「お父さんにも言われます。お店番にはあんまり向いてないそうです」
頬を赤くして、彼女は笑った。平時の父親は、厳しく優しくやや過保護だという。妻亡き後の一人娘だ、可愛がって当然だろう。未熟さを庇われている負い目ゆえに、彼女は父にはっきりと物を言えない。私の講義を通じて、結社の過ちに気付いても。
手を引いて、彼女を立たせた。
「知らせてくれてありがとう。一応妖怪と巫女達に連絡して回ろう。出し物も見ていこうな」
彼女の様子を見るに、朝から全然楽しめていないに違いない。残りの時間で、いい思い出を作ってやりたい。
妖怪と変な人間共は、武装結社をちっとも恐れていなかった。一言目に「ないない」、二言目に「一般人の力はたかが知れている。それより飲め」。麦酒や冷酒を行く先々で勧められ、彼女は苦笑していた。酔っても内気な人格は変わらなかったが、
「みんな、いい方ですね」
目元を赤らめて、嬉しそうにしていた。
博麗神社、守矢神社、命蓮寺。幻想郷の三大宗教勢力が、河童の拡声器で信仰と賽銭を求める中を歩いた。
子供達が入道屋に群がり、人形芝居に見入っていた。
吸血鬼は勝手に日傘つきのテーブルを設置し、寛いでいた。
亡霊の姫は騒霊と組んで舞を披露。
団子屋の店先には、妖獣の客と人間の客が交互に並んでいた。
民家の屋根の上には、天人娘と稗田家の阿礼乙女。
月人や地底の妖怪も露店を冷やかしていた。
彼女が上空の天狗報道隊を指差した。
伝達を終える頃には、私も彼女も胃と耳と目を一杯にしていた。白狐の面を斜めにかけて、彼女は初夏の若い空気を吸い込んでいた。
「こんなにお客様が来るなら、うちも出店すればよかったです」
揃いの組み紐を手首に巻いて、守矢神社の出張おみくじを引いた。蛇と蛙の追いかけっこの縁取りの中に、『中吉』とあった。幸運な方だろう。深く信じてはいないけれど。仕事運はいいらしい。彼女は『半吉』で、
「どう取ればいいんでしょう、これ。よかったり悪かったり」
「もう一回引けと言いたいかのようだな。幸不幸は最後は自分で選ぶものだ、お前はどっちがいい」
「ええと、やっぱり、」
彼女が答えかけたとき、激しい音が耳に刺さった。硬い物の激突音が、数倍に膨らんでいる。やめてよ、何するの。谷河童の痛切な抗議が聞こえ、途絶えた。私は彼女と顔を見合わせ、広場に急いだ。好奇心の強い人妖も、駆けて、あるいは飛んでいった。
彩り豊かな仮装行列とは対照的な、灰一色の集団が演壇とその周囲を占拠していた。頭と身体を隠し、鍬や稲刈り鎌、手斧を構えている。地面に転がる機械とその支柱を、河童が必死で修理していた。
彼女が私の腕を抱いた。
何が始まるのか。イベントの一環か。人間達はざわついていた。私と彼女から事情を聞いた妖怪や巫女達は、面白半分に静観していた。背の高い灰装束が一歩進み出た。男女の区別のつかない声で、
「我々は、里に暮らす人間である」
高らかに宣言した。拡声の必要がないほど、よく通る。結社の長か、上層部の者だろう。作戦時、彼らは自作の自然薬で声を変える。以前彼女が教えてくれた。
灰の演説者は、我々は幻想郷の過去と現状を憂いている、と続けた。
「人と妖の共存できる楽園と、幻想郷を賛美する輩がいる。果たしてそれは真実か? 我々人里の一般人は、対等な共存の外に置かれているのではないか?」
空を飛べない。弾を撃てない。人妖の決闘手段であるスペルカードを持っていない。公式の決闘をできない。里の民とそうでない者との差異を、話者は挙げた。共存の内外はともかく、差は事実だ。事実の指摘には、聴衆の混乱を鎮め信用させる効果がある。「我々」と連呼し、仲間意識を刺激すれば効力は増す。
「昔からそうだった。人は妖を恐れ、退治する。妖は人を襲い、食らう。我々は退治する側ではなく、恐れる側にいた。恐怖で妖怪の精神を支えてきた。どれほどの人間が、妖怪の所為で命を落としたことか」
退屈な歴史の説明で離れかける心を、
「博麗大結界によって幻想郷は隔離された。妖怪は我々里の人間を食べないと自戒し、生活の品を支給するようになった。しかしそれは、圧倒的な強者から弱者への餌ではないか。我々里の住民は、妖怪の生存のためにいいように可愛がられているのではないか? 檻の中で、恐れと引き換えに身の安全を与えられて」
現代の話に戻して繋ぎとめる。自分達を弱者、被害者と認識させ、対極の存在に目を向けさせる。着物の人間達が、近くの妖怪を見た。
「その安全ですら、確実ではない。我々の仲間には、妖精の過度の悪戯で死にかけた者や、妖怪の能力で縁者を奪われた者がいる。我が同胞よ、お前達がそうならない保障はない」
直立不動の姿勢だった灰装束が、布に包まれた手を初めて動かした。次はお前かもしれないと、曖昧に怯えさせるように。
「郷に入っては郷に従えと言う。だが我々はどこかの神や仏と違って、幻想郷に入ったのではない。生まれてしまったのだ。外に出ることは叶わない。人妖の均衡を求める妖怪の賢者は、我々の脱出を許さない。大結界の成立に関われず、人里の不可侵協定に関われず、スペルカードルールの制定に関われず。我々は常に軽んじられている」
ここは我々の理想の地ではない。妖怪と少数の人間の、勝手な楽園だ。ステージの灰色は、控えめに嘆いてみせた。歴史的事実を、己の論のために利用している。「我々」に対しては、説得力がある。どこからともなく、拍手が起こった。手を叩くのは、自己の立場を示され、不幸に酔った人々。
「じゃあ、俺達はどうすればいい」
仕込みか、心からの問いか。青年が叫んだ。待っていたとばかりに、
「簡単だ。化け物を殺せ。幻想郷の均衡を正せ。奴らと戦い、里の人間の楽園を勝ち取れ」
演説者は結社流の手段を口にした。後援の軍団が、日常の兵器を掲げた。歓声が一転、どよめきに変わった。殺す? できるのか。戦力差があり過ぎる。各々の不安を漏らした。怪物を倒すことを前提に。まずい方向に誘導されている。多くの妖怪達は冷静な、醒めた態度を保っていた。
「非力な者は、武具の手入れに力を貸すだけでもいい。連中は決闘法を勝手に定めた。ならば我々も、法を好きに決めよう。一対多、罠、騙し討ち。殺害方法は問わない。そうしなければ勝てないだろう。何しろ我々は、弱いのだから」
安易な道と格好の理由を渡されて、大衆は反逆の精神を持ち直した。語り始めたときよりも、人が増えている。
「世代を超える、長い死闘になるだろう。我々は諦めない。我々はいつでも、里の勇敢な者の参戦を待っている。そして、会場の妖怪と外部の人間共」
場の熱気を味方につけ、装束は私達を嘲った。
「お遊戯の時間は終わりだ。我々は里の至る所で、刃を磨いている。親しく話す住人や信者、教え子は敵かもしれない。今度は貴様等が恐れる番だ。貴様等が我々を理解しないように、我々も貴様等を理解しない」
宣戦布告を終えた結社員は横に退き、
「異論は受けつける。話したい者はここへ。沈黙は一定の賛意と見なす」
壇上から降りた。喝采が止んだ。
私は周りの反応を窺った。
博麗の巫女は後ろの茶店で饅頭をぱくついていた。関心がないらしい。友人の魔法使いも同様。里の実家を出た身だ、不介入を貫いている。
吸血鬼はメイドに駄々をこねて帰りかけていた。天人は高みで見下している。
亡霊と月人、天狗や地底陣は不干渉。元々生きなかったり死ななかったり、里との縁が薄くてどうでもよかったり。
山の二柱と現人神は堂々としていた。信仰は結社如きで揺るがないと踏んでいるのか。
「行-くーのー! これじゃ封印前と変わらないわ、見過ごせない。放して」
命蓮寺の尼僧は両腕を入道屋と毘沙門天代行にきつく掴まれ、前進を止められていた。
「お気持ちはわかりますが、姐さん。耐えてください」
「私達の説法に、今の彼らは耳を貸さないでしょう」
「わかってるけど、でも」
そうなのだ。飛行し、弾幕を張り、スペルカードを所有する。結社の言う「勝手な楽園」に属する私達が反論したところで、強者の理屈と判断される。人間の隣人を自称していても。
稗田家の阿礼乙女はどうか。駄目だ。スペルカード戦こそこなせないが、あの娘も特殊な能力者だ。こちらの枠に入れられる。
私にしがみついている彼女に、自論の伝言を頼むか。いや、そんな卑怯なことはできないし、させられない。彼女が親と不仲になる。
唸っていたら、左腕が急に軽くなった。彼女が指を順に曲げて、唇を動かしていた。大きく頷いて、
「ちゃんとまとまってないけど、いってきます」
「平気か。お前の父親もあの中に」
「顔が見えないから、いないことにします。そうします」
狐の仮面を私に両手で差し出した。
「これをつけてると、あの人達と同じになっちゃうから。私が話し終えるまで、先生は観ててください」
「わかった。肩、力入り過ぎだ」
面を受け取って、両の肩を叩いた。強張って震えていた。声と表情も酷かった。彼女はお世辞にも、音読が上手いとは言えない。友人や少人数の客とは話せるが、大勢を前にすると怯む。心配だが、
「結社の人は、酷いことをしました。ちょっと、いっぱい怒ってきます」
任せるしかない。任せたい。
「頼む。頑張れ」
すみません、通ります。か細い声で通路を作る、彼女を見送った。
谷河童の技師は、拡声機材を復活させたようだ。彼女は河童に頼んで、発明品を壇に上げてもらった。弱点のひとつ、小声は解消されるだろう。
ぎこちない足取りでステージ上の人となり、
「あの」
彼女は続く言葉を失った。無言で立ち尽くしている。心境はわかる。私も初授業の日は、緊張していた。彼女ほどではないが。
群衆と、私から見て左方の灰装束に気力を潰されかけている。静寂が苦しい。
ああ、悪癖が出ている。頭が落ちて下を向いて、
「痛ぁっ!?」
額を機械の先端に打ちつけた。間抜けな音と悲鳴が拡げられた。不憫で見ていられない。私は仮面で視界を覆おうとし、さっきまで広場に欠けていたものを聞いた。朗らかな笑い声だ。誰かが噴き出したのが発端となって、一帯に伝播した。幾らかの妖怪も笑っている。吸血鬼が帰る足を返した。面白い寸劇が観られると思ったのかもしれない。
災い転じて何とやら。笑いには固さをほぐす力がある。彼女は猫背を正して、自分の名前や店と工房のこと、普段の過ごし方を喋り出した。
「それで、お昼ご飯を作って食べて。この時期だと、苺が好きです。あ、そういう話じゃなくて、それから、寺子屋で歴史のお勉強をします。言いたいことは、これから、です」
話を本題に運んで、
「灰色の人達は、妖怪が強くて人間が弱いって言いました。それは力比べなら正しいけど、少し間違ってると思います。先生が言ってました。妖怪は博麗大結界がないと、死んじゃうそうです。幻想郷の外では生きられないそうです。もしも大結界が壊れても、私達は平気だと思います。きっと、お外で苦労しますけど。でも妖怪は死にます。だから、妖怪も弱いんじゃないでしょうか」
結社側の詳しく触れなかった点に、踏み込んだ。間を浅い呼吸が埋める。
「えっと、スペルカードルールも、本物の殺し合いの代わりに作ったそうです。私達も我慢してるけど、妖怪も我慢してる、と思います。あの、妖怪の誰かに言わされてるんじゃありませんよ。私は、里の一般人です」
空を飛べない証拠を見せたいのか、彼女は舞台で二度三度跳ねた。弾みで機材の支柱が横倒れになって、また失笑を呼んだ。いいよ、もうわかってる。観客が憐れんで慰めた。緊迫から平和へと、雰囲気が塗り替えられていく。
慎重に柱を起こして、彼女は機械の角度を整えた。
「失礼しました、お話戻します。弱いことや酷い目に遭ったことは、暴力の理由にはならないと思います。それ以外のどんな訳があっても、殴り返したら駄目です。際限なしの、子供の喧嘩になっちゃいます。大人の力で子供の喧嘩をやったら、死にます。家族や知ってる人が、悲しむと思います」
親子や姉妹、友人同士が互いに目を合わせた。
言い方や細部は異なるが、私の訴えたかったことと違いはそうない。
考え考え、彼女は論を紡いだ。
「灰色の人は、里の人間は妖怪を理解しなくて、妖怪は里の人間を理解しないと言いました。それは、少し合ってます。飛べたり、スペルカードを持ってたりする凄いひとの気持ちを、里の私はしっかり理解できません。でも、私達がそうであることには、意味がある気がします。みんなが凄い力を持っていたら、力を持っていない人のやり方はわからなくなっちゃいます。凄い力ではどうにもできないときのために、私達がいるんじゃないでしょうか」
「共存」という言葉を、彼女は「共に存在する」「共に生存する」と分解した。講義で教えた通りに。
「ひとつになることと、別々のものが共に存在することは違います。全員が殺し合いを始めたら、共存じゃないです。違うところをうまく活かして、一緒に生きていけばいいんだと思います。今の人里では、それができているはずです。ええと、お父さんと私のお店にも、妖怪のお客様が大勢来ます。それと、理解しないことと、理解しようとしてできないことは違います。後の方が、頑張った分いいと思います」
彼女の弁論が、拙くも様になってきた。攻撃とは無縁の声に、芯ができてきた。事前の組み立てに乗れたらしい。
結社の巧者に激しく競り負けてはいない。拍手喝采とは行かないが、聴衆は興味を失っていない。
「綺麗事だ。憎しみのやり場がない」
先の若者の野次が飛んだ。彼女はうーん、と唸り、数分固まって、手を打った。突発的な障害の苦手な彼女の答えは、
「こうされて嫌だったって、言うのはどうですか。ただし、一回だけ。謝れって責めるのは駄目です。私もされたら嫌だから。例えば。えと、あんまりこういう理由に出したくなかったけど、塵を操る妖怪の方。貴方が里で暴れたせいで、気管支の弱いお母さんは死んじゃいました。あれは凄く嫌でした」
彼女が灰装束に異を唱えてから、最初のさざめきが生じた。同じ「妖怪の能力で縁者を奪われた者」でも、片や殺し、片や生かす。彼女の発言で、道がひとつではないと明らかになった。
許さないことと許すこと、どちらが難しいか。心のある人には判る。独りで登場し、名乗り、姿を見せ、仇を嫌の一語で許す彼女は、覆面の一団よりも大人なのではないだろうか。朱顔のスピーチ初心者が、会場の論理的な支持を集めようとしていた。
「例えば、紅い霧を出した吸血鬼さんや、冬を長引かせた方や、異常気象を起こした方。異変のせいで、作物の実りが悪くなりました。お米も麦も野菜も、嘘みたいな高値になりました。妖怪が食糧を配ってくれたけど、農家の人やお店の人はお金に苦労しました。嫌でした。博麗の巫女さんの解決が遅いのも、嫌でした。異常気象のときは、神社が壊れちゃったから仕方ないかもしれないけど」
吸血鬼が華美なフリルの日傘を回転させた。真意は読めない。巫女は魔法使いに肘で突かれ、演壇を時折眺めていた。
でも、と彼女は繋げた。
「嫌なことも伝えるけど、嬉しいことも伝えます。今日はたくさんの方に、楽しい思いをさせてもらってます。人間にも、妖怪にも。毎年の仮装行列も、音楽も踊りもお芝居も、吸血鬼さんの葡萄酒も、屋根の上の景色も素敵です。この機械も、大好きです。私は大声が下手だから、助かります」
日傘はずっと回っていた。少女悪魔の生意気そうな笑顔が覗いた。妖や里の外の人間に、不機嫌な顔はない。
「私は、今の幻想郷は幸せな楽園だと思います。あ、でも、少し欲張り言います。里の人間とそうでないひと達が全力で競えるような、危なくない遊びが欲しいです」
願望を述べ、彼女は身体と機械を灰色の固まりに向けた。いっぱい怒る。出発前、彼女は私に予告していた。何が、引っ込み思案な彼女を父親達の組織と対決させたのか。
「貴方達の言ってることは、聞く人によっては正しいのかもしれません。けど、ひとつ、貴方達は大きな間違いをしました。今なら絶対違うって言えます。貴方達の大失敗、そ」
雑音が走った。声の拡大が途切れた。彼女は河童と何やら話をして、立てた手を振った。前方から状況が伝わってくる。応急処置が切れた。接触不良。彼女が発明品なしでやる。そっち詰めろ。結社に進む彼女に吸い寄せられるように、人の波が動いた。自分の耳で聞きたい妖怪達が、人垣の上に浮いた。図らずも、妖怪排斥派を追い詰める形となった。
彼女は深呼吸を繰り返し、
「貴方達の大失敗は、演説に今日この場所を選んだことです! お祭りという晴れの日に、みんなの楽しみの場を、めちゃくちゃにした!」
声を張り上げた。短く切って息を吸っては、怒声に変化させた。
言われてみれば、当たり前のことだった。暗い差別や戦争の気に呑まれて、明るいものを一時見落としていた。
「先生と一緒に、色んな人に会って、妖怪に会って、親切で楽しかったし、みんな楽しんでたのに! 貴方達は、妖怪も人間もひっかき回した! どこで何をしたらいけないかくらい、子供でもわかります! 相手の心を見ない楽園には、私は住みたくない、っ、けほッ」
彼女は咳き込み、着物の胸を叩いた。結社の一人が、背を押されたかのように一足前に出た。ややあって、彼女は観衆に面した。
「以上、です。ありがと、ございました」
勢いよくリボン結いの頭を振り下ろし、私達に遠い右側の階段から降壇した。バランスを崩したらしく、途中で転んだ。大爆笑にはならなかった。速度も音量も種族も多様な、無理のない優しい拍手が生まれた。谷河童に助けられて、彼女は立ち上がった。
温かい決着の音を聴きながら、私は反省した。教師としてはまだまだ未熟だと。愛弟子を送るとき、信じていると励ませなかった。仕事運は絶好調、彼女の成長に立ち会えた。なのに、悔しいと思った。だから人混みを掻き分けて、
「ごめん。よくやった。ありがとう」
謝罪と賞賛と感謝を籠めて、抱き締めた。彼女は脱力していた。平時の幽かな声で、
「もう、やりません。こりごりです」
熱っぽく感想を語った。
夜道を歩いて、彼女の帰宅に付き添った。
「本当に貰ってよかったのか? 全部お前のものだ、冷やして保存しておこうか」
「先生が食べてください。好物でも、一度にいっぱいは無理です。先生の学校に行かなかったら、今日のお話はできませんでした」
話題は彼女が大事そうに水平に捧げ持つ、木箱のこと。中身は大粒の苺だ。寺子屋の教室に帰って休憩していたら、庭先で物音がした。障子を開けると、二箱の苺と文があった。文面は、『楽園の住民一同より、楽園の娘さんへ』。一人数画を担当したと思しき、個性的な文字群の短文だった。見知った癖があちこちにあった。どのような者達が贈り主なのか、すぐにわかった。
「少し、お父さんとも話せる気がします」
微笑を湛え、彼女は前へ進んだ。
結社への反論の中で彼女が欲した、里の民とそうでない者とのゲームについて、どんなものがいいのか訊いてみた。
「とりあえず、演説とおみくじ以外がいいです」
「おみくじ?」
「今日、先生に負けちゃったから。やる気になれて、気持ちよく勝てるものがいいです」
演壇で大人を圧倒できても、彼女はまだ青い子供だった。意外と負けず嫌いで、注文が多い。
父娘の装身具店と工房には、明かりが灯っていた。我が子の帰りを待つように。
結社の拡大を危惧し、私は八年前に里で郷土史の学校を開校した。授業の評判は、昔も今も芳しくない。堅苦しくてつまらないと文句を言われる。私はあくまでも歴史を創る者であり、愉快に教える才能はないようだ。それでも沢山の親が、子供を預けてくれる。文字や算術の勉強にもなるし、貴女は信頼できるからと。有難いことだ。結社員からしたら、最高に腹立たしい行為だろうが。獣人、妖怪の癖に里に住まうだけでは飽き足らず、幼い子らに歴史教育を施すのだから。事実、脅迫文や血塗れの小刀を送りつけられたことがある。私は屈さず教鞭を執り続けた。
基本的に毎日開いている寺子屋も、お祭りの今日はお休み。暦の夏の到来を祝って、人里全域が浮かれている。空は青葉を照らす晴天、絶好の祝祭日和だ。教え子達も仮装行列や菓子にはしゃいでいることだろう。
宴の匂いに誘われて、妖怪も多数訪れる。先刻から、騒霊三姉妹の華やかな演奏が響いてきている。あっちで人形劇が始まった、山の神様もお出ましだ。新たな催し物と来場者に、老若男女が沸き返る。
本日の小さな目玉は、谷河童特製の拡声機材だ。広場の木造ステージにあり、誰でも自由に使用できる。先程調整が完了したらしい。先進技術を珍しがって、人々が様々に喋っている。足の悪い祖母への呼びかけ、迷子捜し、花屋の宣伝。親しい者の声が、里全体に広がっていく。のどかな真昼だった。
私はがらんどうの教室で、一人の女生徒と話していた。
癖のない黒髪を、肩まで伸ばした娘だ。髪の上方を左右にまとめ、青空色のリボンで結んでいる。瞳の色も黒。木の実のように大きく、たれ目気味だ。両眼からは幼い印象を、こぢんまりとした鼻や薄い唇からは脆い印象を受ける。服装は、雀がかった白の着物に、濃紺の絹袴。畳の縁を踏まず、小さく座っている。
年は十五、家は装身具の工房兼販売店。父親は、かの秘密結社に所属している。一年前、受講申請に来た際に弱々しく打ち明けられた。
彼女は幼少期に、妖の害で母親を亡くした。以降、父親は結社に出入りするようになった。危険な団体に入っていると、告げられてはいない。しかし言動や詳細な歴史の知識の習得、妖怪に向ける視線、遠出と負傷の増加で彼女は父の変化を察した。親の留守中に部屋を探り、結社の条文と手紙、会合や侵攻時に纏う顔隠しの灰装束を発見した。店を手伝う彼女は、妖の客と接する機会も多い。品物を買っていく妖怪達は、悪者には見えない。けれどもその力で、母親を苦しめた。養い手の父は、正しいのか、間違っているのか、止めるべきか。悩んで、私の教えを乞いに訪れた。
一年間、彼女は他のどの学生よりも懸命に幻想郷史を学んだ。稗田家の『幻想郷縁起』も読み進めた。要領の悪さを努力で補った。秘密結社の情報を掴むと、私に流してくれた。今日も祭りを見物中の私を学校に連れていき、新規活動の報告を始めた。
「学問所に加えて、昨今は怪物の寺までできる始末。もう我慢がならない。我々は存在と意志を、表にも知らしめるべきだ。祭典の場で、歪んだ共存と平穏に宣戦する。だ、そうです」
儚い声で結社の文の写しを読み上げ、私に見せた。砂粒のような地味な文字が、危険思想を綴っていた。彼ら独自の暦で、伝令日が記録されていた。
「文面と日付からして、決行日は今日だろうな」
「そう、ですよね。何か、怖いことになるんでしょうか」
袴の裾を握る、彼女の両手を撫でてやった。
「大丈夫だよ。人里で妖怪を襲ったり、武器を振り回したりはしないはずだ。味方の人間をうっかり傷つけかねない」
「うん。はい」
お父さん達が迷惑かけそうで、すみません。前髪とリボンが垂れ下がった。顔を上げさせた。
「お前が謝ることじゃないだろう。お前は何もおかしなことはしていない。頑張り屋のいい生徒だよ。ただ、小声と俯く癖は直そうな」
「お父さんにも言われます。お店番にはあんまり向いてないそうです」
頬を赤くして、彼女は笑った。平時の父親は、厳しく優しくやや過保護だという。妻亡き後の一人娘だ、可愛がって当然だろう。未熟さを庇われている負い目ゆえに、彼女は父にはっきりと物を言えない。私の講義を通じて、結社の過ちに気付いても。
手を引いて、彼女を立たせた。
「知らせてくれてありがとう。一応妖怪と巫女達に連絡して回ろう。出し物も見ていこうな」
彼女の様子を見るに、朝から全然楽しめていないに違いない。残りの時間で、いい思い出を作ってやりたい。
妖怪と変な人間共は、武装結社をちっとも恐れていなかった。一言目に「ないない」、二言目に「一般人の力はたかが知れている。それより飲め」。麦酒や冷酒を行く先々で勧められ、彼女は苦笑していた。酔っても内気な人格は変わらなかったが、
「みんな、いい方ですね」
目元を赤らめて、嬉しそうにしていた。
博麗神社、守矢神社、命蓮寺。幻想郷の三大宗教勢力が、河童の拡声器で信仰と賽銭を求める中を歩いた。
子供達が入道屋に群がり、人形芝居に見入っていた。
吸血鬼は勝手に日傘つきのテーブルを設置し、寛いでいた。
亡霊の姫は騒霊と組んで舞を披露。
団子屋の店先には、妖獣の客と人間の客が交互に並んでいた。
民家の屋根の上には、天人娘と稗田家の阿礼乙女。
月人や地底の妖怪も露店を冷やかしていた。
彼女が上空の天狗報道隊を指差した。
伝達を終える頃には、私も彼女も胃と耳と目を一杯にしていた。白狐の面を斜めにかけて、彼女は初夏の若い空気を吸い込んでいた。
「こんなにお客様が来るなら、うちも出店すればよかったです」
揃いの組み紐を手首に巻いて、守矢神社の出張おみくじを引いた。蛇と蛙の追いかけっこの縁取りの中に、『中吉』とあった。幸運な方だろう。深く信じてはいないけれど。仕事運はいいらしい。彼女は『半吉』で、
「どう取ればいいんでしょう、これ。よかったり悪かったり」
「もう一回引けと言いたいかのようだな。幸不幸は最後は自分で選ぶものだ、お前はどっちがいい」
「ええと、やっぱり、」
彼女が答えかけたとき、激しい音が耳に刺さった。硬い物の激突音が、数倍に膨らんでいる。やめてよ、何するの。谷河童の痛切な抗議が聞こえ、途絶えた。私は彼女と顔を見合わせ、広場に急いだ。好奇心の強い人妖も、駆けて、あるいは飛んでいった。
彩り豊かな仮装行列とは対照的な、灰一色の集団が演壇とその周囲を占拠していた。頭と身体を隠し、鍬や稲刈り鎌、手斧を構えている。地面に転がる機械とその支柱を、河童が必死で修理していた。
彼女が私の腕を抱いた。
何が始まるのか。イベントの一環か。人間達はざわついていた。私と彼女から事情を聞いた妖怪や巫女達は、面白半分に静観していた。背の高い灰装束が一歩進み出た。男女の区別のつかない声で、
「我々は、里に暮らす人間である」
高らかに宣言した。拡声の必要がないほど、よく通る。結社の長か、上層部の者だろう。作戦時、彼らは自作の自然薬で声を変える。以前彼女が教えてくれた。
灰の演説者は、我々は幻想郷の過去と現状を憂いている、と続けた。
「人と妖の共存できる楽園と、幻想郷を賛美する輩がいる。果たしてそれは真実か? 我々人里の一般人は、対等な共存の外に置かれているのではないか?」
空を飛べない。弾を撃てない。人妖の決闘手段であるスペルカードを持っていない。公式の決闘をできない。里の民とそうでない者との差異を、話者は挙げた。共存の内外はともかく、差は事実だ。事実の指摘には、聴衆の混乱を鎮め信用させる効果がある。「我々」と連呼し、仲間意識を刺激すれば効力は増す。
「昔からそうだった。人は妖を恐れ、退治する。妖は人を襲い、食らう。我々は退治する側ではなく、恐れる側にいた。恐怖で妖怪の精神を支えてきた。どれほどの人間が、妖怪の所為で命を落としたことか」
退屈な歴史の説明で離れかける心を、
「博麗大結界によって幻想郷は隔離された。妖怪は我々里の人間を食べないと自戒し、生活の品を支給するようになった。しかしそれは、圧倒的な強者から弱者への餌ではないか。我々里の住民は、妖怪の生存のためにいいように可愛がられているのではないか? 檻の中で、恐れと引き換えに身の安全を与えられて」
現代の話に戻して繋ぎとめる。自分達を弱者、被害者と認識させ、対極の存在に目を向けさせる。着物の人間達が、近くの妖怪を見た。
「その安全ですら、確実ではない。我々の仲間には、妖精の過度の悪戯で死にかけた者や、妖怪の能力で縁者を奪われた者がいる。我が同胞よ、お前達がそうならない保障はない」
直立不動の姿勢だった灰装束が、布に包まれた手を初めて動かした。次はお前かもしれないと、曖昧に怯えさせるように。
「郷に入っては郷に従えと言う。だが我々はどこかの神や仏と違って、幻想郷に入ったのではない。生まれてしまったのだ。外に出ることは叶わない。人妖の均衡を求める妖怪の賢者は、我々の脱出を許さない。大結界の成立に関われず、人里の不可侵協定に関われず、スペルカードルールの制定に関われず。我々は常に軽んじられている」
ここは我々の理想の地ではない。妖怪と少数の人間の、勝手な楽園だ。ステージの灰色は、控えめに嘆いてみせた。歴史的事実を、己の論のために利用している。「我々」に対しては、説得力がある。どこからともなく、拍手が起こった。手を叩くのは、自己の立場を示され、不幸に酔った人々。
「じゃあ、俺達はどうすればいい」
仕込みか、心からの問いか。青年が叫んだ。待っていたとばかりに、
「簡単だ。化け物を殺せ。幻想郷の均衡を正せ。奴らと戦い、里の人間の楽園を勝ち取れ」
演説者は結社流の手段を口にした。後援の軍団が、日常の兵器を掲げた。歓声が一転、どよめきに変わった。殺す? できるのか。戦力差があり過ぎる。各々の不安を漏らした。怪物を倒すことを前提に。まずい方向に誘導されている。多くの妖怪達は冷静な、醒めた態度を保っていた。
「非力な者は、武具の手入れに力を貸すだけでもいい。連中は決闘法を勝手に定めた。ならば我々も、法を好きに決めよう。一対多、罠、騙し討ち。殺害方法は問わない。そうしなければ勝てないだろう。何しろ我々は、弱いのだから」
安易な道と格好の理由を渡されて、大衆は反逆の精神を持ち直した。語り始めたときよりも、人が増えている。
「世代を超える、長い死闘になるだろう。我々は諦めない。我々はいつでも、里の勇敢な者の参戦を待っている。そして、会場の妖怪と外部の人間共」
場の熱気を味方につけ、装束は私達を嘲った。
「お遊戯の時間は終わりだ。我々は里の至る所で、刃を磨いている。親しく話す住人や信者、教え子は敵かもしれない。今度は貴様等が恐れる番だ。貴様等が我々を理解しないように、我々も貴様等を理解しない」
宣戦布告を終えた結社員は横に退き、
「異論は受けつける。話したい者はここへ。沈黙は一定の賛意と見なす」
壇上から降りた。喝采が止んだ。
私は周りの反応を窺った。
博麗の巫女は後ろの茶店で饅頭をぱくついていた。関心がないらしい。友人の魔法使いも同様。里の実家を出た身だ、不介入を貫いている。
吸血鬼はメイドに駄々をこねて帰りかけていた。天人は高みで見下している。
亡霊と月人、天狗や地底陣は不干渉。元々生きなかったり死ななかったり、里との縁が薄くてどうでもよかったり。
山の二柱と現人神は堂々としていた。信仰は結社如きで揺るがないと踏んでいるのか。
「行-くーのー! これじゃ封印前と変わらないわ、見過ごせない。放して」
命蓮寺の尼僧は両腕を入道屋と毘沙門天代行にきつく掴まれ、前進を止められていた。
「お気持ちはわかりますが、姐さん。耐えてください」
「私達の説法に、今の彼らは耳を貸さないでしょう」
「わかってるけど、でも」
そうなのだ。飛行し、弾幕を張り、スペルカードを所有する。結社の言う「勝手な楽園」に属する私達が反論したところで、強者の理屈と判断される。人間の隣人を自称していても。
稗田家の阿礼乙女はどうか。駄目だ。スペルカード戦こそこなせないが、あの娘も特殊な能力者だ。こちらの枠に入れられる。
私にしがみついている彼女に、自論の伝言を頼むか。いや、そんな卑怯なことはできないし、させられない。彼女が親と不仲になる。
唸っていたら、左腕が急に軽くなった。彼女が指を順に曲げて、唇を動かしていた。大きく頷いて、
「ちゃんとまとまってないけど、いってきます」
「平気か。お前の父親もあの中に」
「顔が見えないから、いないことにします。そうします」
狐の仮面を私に両手で差し出した。
「これをつけてると、あの人達と同じになっちゃうから。私が話し終えるまで、先生は観ててください」
「わかった。肩、力入り過ぎだ」
面を受け取って、両の肩を叩いた。強張って震えていた。声と表情も酷かった。彼女はお世辞にも、音読が上手いとは言えない。友人や少人数の客とは話せるが、大勢を前にすると怯む。心配だが、
「結社の人は、酷いことをしました。ちょっと、いっぱい怒ってきます」
任せるしかない。任せたい。
「頼む。頑張れ」
すみません、通ります。か細い声で通路を作る、彼女を見送った。
谷河童の技師は、拡声機材を復活させたようだ。彼女は河童に頼んで、発明品を壇に上げてもらった。弱点のひとつ、小声は解消されるだろう。
ぎこちない足取りでステージ上の人となり、
「あの」
彼女は続く言葉を失った。無言で立ち尽くしている。心境はわかる。私も初授業の日は、緊張していた。彼女ほどではないが。
群衆と、私から見て左方の灰装束に気力を潰されかけている。静寂が苦しい。
ああ、悪癖が出ている。頭が落ちて下を向いて、
「痛ぁっ!?」
額を機械の先端に打ちつけた。間抜けな音と悲鳴が拡げられた。不憫で見ていられない。私は仮面で視界を覆おうとし、さっきまで広場に欠けていたものを聞いた。朗らかな笑い声だ。誰かが噴き出したのが発端となって、一帯に伝播した。幾らかの妖怪も笑っている。吸血鬼が帰る足を返した。面白い寸劇が観られると思ったのかもしれない。
災い転じて何とやら。笑いには固さをほぐす力がある。彼女は猫背を正して、自分の名前や店と工房のこと、普段の過ごし方を喋り出した。
「それで、お昼ご飯を作って食べて。この時期だと、苺が好きです。あ、そういう話じゃなくて、それから、寺子屋で歴史のお勉強をします。言いたいことは、これから、です」
話を本題に運んで、
「灰色の人達は、妖怪が強くて人間が弱いって言いました。それは力比べなら正しいけど、少し間違ってると思います。先生が言ってました。妖怪は博麗大結界がないと、死んじゃうそうです。幻想郷の外では生きられないそうです。もしも大結界が壊れても、私達は平気だと思います。きっと、お外で苦労しますけど。でも妖怪は死にます。だから、妖怪も弱いんじゃないでしょうか」
結社側の詳しく触れなかった点に、踏み込んだ。間を浅い呼吸が埋める。
「えっと、スペルカードルールも、本物の殺し合いの代わりに作ったそうです。私達も我慢してるけど、妖怪も我慢してる、と思います。あの、妖怪の誰かに言わされてるんじゃありませんよ。私は、里の一般人です」
空を飛べない証拠を見せたいのか、彼女は舞台で二度三度跳ねた。弾みで機材の支柱が横倒れになって、また失笑を呼んだ。いいよ、もうわかってる。観客が憐れんで慰めた。緊迫から平和へと、雰囲気が塗り替えられていく。
慎重に柱を起こして、彼女は機械の角度を整えた。
「失礼しました、お話戻します。弱いことや酷い目に遭ったことは、暴力の理由にはならないと思います。それ以外のどんな訳があっても、殴り返したら駄目です。際限なしの、子供の喧嘩になっちゃいます。大人の力で子供の喧嘩をやったら、死にます。家族や知ってる人が、悲しむと思います」
親子や姉妹、友人同士が互いに目を合わせた。
言い方や細部は異なるが、私の訴えたかったことと違いはそうない。
考え考え、彼女は論を紡いだ。
「灰色の人は、里の人間は妖怪を理解しなくて、妖怪は里の人間を理解しないと言いました。それは、少し合ってます。飛べたり、スペルカードを持ってたりする凄いひとの気持ちを、里の私はしっかり理解できません。でも、私達がそうであることには、意味がある気がします。みんなが凄い力を持っていたら、力を持っていない人のやり方はわからなくなっちゃいます。凄い力ではどうにもできないときのために、私達がいるんじゃないでしょうか」
「共存」という言葉を、彼女は「共に存在する」「共に生存する」と分解した。講義で教えた通りに。
「ひとつになることと、別々のものが共に存在することは違います。全員が殺し合いを始めたら、共存じゃないです。違うところをうまく活かして、一緒に生きていけばいいんだと思います。今の人里では、それができているはずです。ええと、お父さんと私のお店にも、妖怪のお客様が大勢来ます。それと、理解しないことと、理解しようとしてできないことは違います。後の方が、頑張った分いいと思います」
彼女の弁論が、拙くも様になってきた。攻撃とは無縁の声に、芯ができてきた。事前の組み立てに乗れたらしい。
結社の巧者に激しく競り負けてはいない。拍手喝采とは行かないが、聴衆は興味を失っていない。
「綺麗事だ。憎しみのやり場がない」
先の若者の野次が飛んだ。彼女はうーん、と唸り、数分固まって、手を打った。突発的な障害の苦手な彼女の答えは、
「こうされて嫌だったって、言うのはどうですか。ただし、一回だけ。謝れって責めるのは駄目です。私もされたら嫌だから。例えば。えと、あんまりこういう理由に出したくなかったけど、塵を操る妖怪の方。貴方が里で暴れたせいで、気管支の弱いお母さんは死んじゃいました。あれは凄く嫌でした」
彼女が灰装束に異を唱えてから、最初のさざめきが生じた。同じ「妖怪の能力で縁者を奪われた者」でも、片や殺し、片や生かす。彼女の発言で、道がひとつではないと明らかになった。
許さないことと許すこと、どちらが難しいか。心のある人には判る。独りで登場し、名乗り、姿を見せ、仇を嫌の一語で許す彼女は、覆面の一団よりも大人なのではないだろうか。朱顔のスピーチ初心者が、会場の論理的な支持を集めようとしていた。
「例えば、紅い霧を出した吸血鬼さんや、冬を長引かせた方や、異常気象を起こした方。異変のせいで、作物の実りが悪くなりました。お米も麦も野菜も、嘘みたいな高値になりました。妖怪が食糧を配ってくれたけど、農家の人やお店の人はお金に苦労しました。嫌でした。博麗の巫女さんの解決が遅いのも、嫌でした。異常気象のときは、神社が壊れちゃったから仕方ないかもしれないけど」
吸血鬼が華美なフリルの日傘を回転させた。真意は読めない。巫女は魔法使いに肘で突かれ、演壇を時折眺めていた。
でも、と彼女は繋げた。
「嫌なことも伝えるけど、嬉しいことも伝えます。今日はたくさんの方に、楽しい思いをさせてもらってます。人間にも、妖怪にも。毎年の仮装行列も、音楽も踊りもお芝居も、吸血鬼さんの葡萄酒も、屋根の上の景色も素敵です。この機械も、大好きです。私は大声が下手だから、助かります」
日傘はずっと回っていた。少女悪魔の生意気そうな笑顔が覗いた。妖や里の外の人間に、不機嫌な顔はない。
「私は、今の幻想郷は幸せな楽園だと思います。あ、でも、少し欲張り言います。里の人間とそうでないひと達が全力で競えるような、危なくない遊びが欲しいです」
願望を述べ、彼女は身体と機械を灰色の固まりに向けた。いっぱい怒る。出発前、彼女は私に予告していた。何が、引っ込み思案な彼女を父親達の組織と対決させたのか。
「貴方達の言ってることは、聞く人によっては正しいのかもしれません。けど、ひとつ、貴方達は大きな間違いをしました。今なら絶対違うって言えます。貴方達の大失敗、そ」
雑音が走った。声の拡大が途切れた。彼女は河童と何やら話をして、立てた手を振った。前方から状況が伝わってくる。応急処置が切れた。接触不良。彼女が発明品なしでやる。そっち詰めろ。結社に進む彼女に吸い寄せられるように、人の波が動いた。自分の耳で聞きたい妖怪達が、人垣の上に浮いた。図らずも、妖怪排斥派を追い詰める形となった。
彼女は深呼吸を繰り返し、
「貴方達の大失敗は、演説に今日この場所を選んだことです! お祭りという晴れの日に、みんなの楽しみの場を、めちゃくちゃにした!」
声を張り上げた。短く切って息を吸っては、怒声に変化させた。
言われてみれば、当たり前のことだった。暗い差別や戦争の気に呑まれて、明るいものを一時見落としていた。
「先生と一緒に、色んな人に会って、妖怪に会って、親切で楽しかったし、みんな楽しんでたのに! 貴方達は、妖怪も人間もひっかき回した! どこで何をしたらいけないかくらい、子供でもわかります! 相手の心を見ない楽園には、私は住みたくない、っ、けほッ」
彼女は咳き込み、着物の胸を叩いた。結社の一人が、背を押されたかのように一足前に出た。ややあって、彼女は観衆に面した。
「以上、です。ありがと、ございました」
勢いよくリボン結いの頭を振り下ろし、私達に遠い右側の階段から降壇した。バランスを崩したらしく、途中で転んだ。大爆笑にはならなかった。速度も音量も種族も多様な、無理のない優しい拍手が生まれた。谷河童に助けられて、彼女は立ち上がった。
温かい決着の音を聴きながら、私は反省した。教師としてはまだまだ未熟だと。愛弟子を送るとき、信じていると励ませなかった。仕事運は絶好調、彼女の成長に立ち会えた。なのに、悔しいと思った。だから人混みを掻き分けて、
「ごめん。よくやった。ありがとう」
謝罪と賞賛と感謝を籠めて、抱き締めた。彼女は脱力していた。平時の幽かな声で、
「もう、やりません。こりごりです」
熱っぽく感想を語った。
夜道を歩いて、彼女の帰宅に付き添った。
「本当に貰ってよかったのか? 全部お前のものだ、冷やして保存しておこうか」
「先生が食べてください。好物でも、一度にいっぱいは無理です。先生の学校に行かなかったら、今日のお話はできませんでした」
話題は彼女が大事そうに水平に捧げ持つ、木箱のこと。中身は大粒の苺だ。寺子屋の教室に帰って休憩していたら、庭先で物音がした。障子を開けると、二箱の苺と文があった。文面は、『楽園の住民一同より、楽園の娘さんへ』。一人数画を担当したと思しき、個性的な文字群の短文だった。見知った癖があちこちにあった。どのような者達が贈り主なのか、すぐにわかった。
「少し、お父さんとも話せる気がします」
微笑を湛え、彼女は前へ進んだ。
結社への反論の中で彼女が欲した、里の民とそうでない者とのゲームについて、どんなものがいいのか訊いてみた。
「とりあえず、演説とおみくじ以外がいいです」
「おみくじ?」
「今日、先生に負けちゃったから。やる気になれて、気持ちよく勝てるものがいいです」
演壇で大人を圧倒できても、彼女はまだ青い子供だった。意外と負けず嫌いで、注文が多い。
父娘の装身具店と工房には、明かりが灯っていた。我が子の帰りを待つように。
それでも幻想郷は妖怪にとっても人間にとっても楽園であり続けてほしいですね。
慧音の授業の賜物でもありますねw
相互理解ってほんと大事ね
考えさせられる良作でした。議論や話し合いは大切だけれど、もっと大切なものがあって、それを無視した論戦などは大概歪んでしまう。そんな気がします。
ところで作者さんはお誕生日なのかな。おめでとうございます。
この幻想のような言葉も、幻想郷で実現する日は近いのかしら。
少なくとも我々の世界よりは。うぎぎ。
君のことを忘れたくないから。
私はそう思うのです。
やはり常識にとらわれてはいけないのですね!
火力はあるけど無敵がないキャラとか、発生が軒並み高いけど装甲がぺらっぺらなキャラとか好きなんですよ。
ピーキーな程扱いに注意が必要なところが。
だけど初心者は長所だけ見て強弱つけようとする、これは悲しいことです。
身体能力と生存能力の差を性能差に比例していました。
ああ、それと祭りに来る街宣車は滅びればいいと思います。
>>「結社の人は、酷いことをしました。ちょっと、いっぱい怒ってきます」
この娘可愛い!
いいえ、だからこそ世界は美しいのだから、お互いに理解し認め合う事が必要。
当たり前だけど大切な事を正しく率直に言ってのけたこの少女は素晴らしいです。
そして、彗音先生嬉しかったでしょうね。
自分の講義をきちんと自家薬籠中のものとしている生徒がいてくれたのですから。
> 里の人間とそうでないひと達が全力で競えるような、危なくない遊びが欲しいです。
これ逆に、里の人間が誰でも飛べたり弾幕を打てたり出来るようになってもいいんですよね? 某氏のSSの様に♪
どちらにしても、同じ事を楽しめるのは相互理解にとても有益です。‥‥この娘、本当に凄いな。
勿論、オリキャラとしても魅力的で可愛くて素敵です。
妖怪や異能の人間たちの大人な対応も十分に納得できました。
で、白蓮さんの対応が‥GJです(笑)
結社の人たちは、間違っているとは思いますが、
必要以上にイヤな人間として描かれていないのも作者様の優れたバランス感覚の賜物でしょう。
とても素敵なSSをありがとうございました。
ただ、ありがとうございます、と。
感動を上手く伝えられない自分の日本語能力が悲しい。
誰にでも分かる言い回しだからこそ、皆の胸に真っすぐに届いたことでしょう。
妖怪の傍若無人な振る舞いで母を失いながら、それを許すことができた少女の優しさと強さが胸を打ちました。
もちろん、誰でもすぐに出来ることではないのでしょうけれど。
やっぱり、言葉で意志を伝えて理解し合おうと努力する姿勢は素晴らしいと思います。
人間の里の次の世代には、こういう人間たちがたくさん増えていてほしいですね。
素晴らしいSSでした。ちょっと泣きました。ありがとうございます。
なんでもない、普通の少女だからこそ説得力がありますね。
大人の役目は「こうなりたい」「こういうことをしたい」という夢を子供にもたせ、その姿を伝えること。
それは妖怪ではなく、人間が自分の力ですべきことだと思います。
ただし妖怪に食われる人間の存在がたとえ外来人であろうとも零であったらの話ですが。
人と人外は仲良くなれる、ならどうして人里の外は遥かに危険なんだ?と疑問に思いました。
自重しない意見を言うと、「力のない人間は文句を言うな」って主張されてる気がします。
話は読みやすく、同じ幻想郷生まれの人間でも主張の違いは当然ある事など楽しませてもらいました。
生きてる人間と妖怪を裁く機関がないんですよね。
この世界の人間は信仰心を生む供物扱いで、
外に出て行く権利も奪われているので、
彼らの目線からすれば植民地支配と同じなんだなと思いました。
私がこの世界の人間なら、結社側の人間になってると思います。
母親を惨殺され、次に殺されるのは自分かもしれないのに、
「謝れって責めるのは駄目です」で流して許してしまう子供を
気味悪く思いました。
ただおなじみのキャラクターたちの無関心なリアクションには現実味があるし
いつも考えさせられたり問題提起となるようなお話を書かれるので
こういうお話を書かれる事にはすごく意義があると思いますし、楽しませてもらいました。
こういうの大好き
結社の人も少女も、幻想郷に住んでいる人間らしさが出ていて活き活きしていたと思います。とても面白い作品でした。
発言内容の如何でなく、発言したキャラの印象や書き方によって読者をどちらに扇動できるか試してみたかったのかな…と考えるのは穿ちすぎでしょうかw
幻想郷という場所での妖怪と人の関係に対する答えとして良識有るもので、人間の理性的なものを信じた気持ち良いものでした。
なによりも、怪我人が結社にも、女の子にも、人妖問わずに出なかったお陰で、気持ち良く信じる事が出来る。そういう優しい話でした。
>幻想郷は妖怪にとっても人間にとっても楽園であり続けてほしい
皆に居場所があるといいなぁと思います。楽園と思うひとにも、そう思わないひとにも。
>15歳の少女にしては達観しすぎな印象はある
ご指摘ありがとうございます。ひとを生むのも、誰かの心でキーを打つのも、難しくてやりがいがあります。
>里の人間が誰でも飛べたり弾幕を打てたり出来るようになってもいいんですよね?
言葉足らずですみません。本作では、里の事情が少々違います。一般的な里の人間は、飛行や弾幕への適性がない、もしくは低い+仕事や家の手伝いで訓練の時間もない=スペルカード戦には参戦困難。「普通の」魔法使いと名乗る魔理沙も、里の民には十分凄い人間に見える。そのような前提で、お話を書きました。
>妖怪の傍若無人な振る舞いで母を失いながら、それを許すことができた少女の優しさと強さが胸を打ちました
>母親を惨殺され、次に殺されるのは自分かもしれないのに、「謝れって責めるのは駄目です」で流して許してしまう子供を気味悪く思いました
変かもしれませんが、ご感想の違いを嬉しく思いました。お読みになる方の数だけ、深い心があるのだと感じて。
彼女もひとですゆえ、負の感情を完璧には消せません。でも、慧音の授業で共存の精神を学びました。父の変化や結社の行動への、戸惑いと不安もあったでしょう。彼女なりに悩んで、許す道を選びました。もっと葛藤を描くべきだったかなと、反省しました。
>人と人外は仲良くなれる、ならどうして人里の外は遥かに危険なんだ?と疑問に思いました
鋭い疑問のご提示、ありがとうございます。正解ではないかもしれませんが、妖怪の不可侵協定の有効範囲が、人里の中だけだからだと思います。里の人間は食べられることがないとはいえ、外は妖怪の領域です。山のように、縄張り意識の強い地域もあります。何が起こるかわかりません。
妖怪と人間の生前の調停機関が、必要になるときも来るのかもしれません。
>慧音の偏ったモノローグ
>発言内容の如何でなく、発言したキャラの印象や書き方によって読者をどちらに扇動できるか試してみたかったのかな…と考えるのは穿ちすぎでしょうか
慧音は幻想郷肯定派で、教え子の少女を心配して見守っていました。想いは、自然と傾きます。演説者と聴衆の心理を正確に読めるさとりや、プロの審判の映姫ならまた違った見方をしたかもしれません。
結社の人は結社の人らしく、少女は少女らしく。その人をその人らしく描きたいなぁと、思っています。印象や書き方は、多分人物の後からついてきました。それらで試そうとは、考えていませんでした。
妖怪と人間の共存という問題を扱ったSSは数あれど、原作で初めてそれを投げかけた書籍版文花帖の慧音と甲さん(仮名)の項目を意識した作品はなかなか有りません。手を出しにくい題材で良く作品を作って下さいました。
内容については、少女の意見も勿論の事、結社が起こした行動にも有る程度納得がいくものでした。提示した方法こそ過激な物ですが、彼らの声は慧音が思うような弁舌の誘導の巧みさも有る反面、長年虐げられてきた被害者たちの生の声でも有るのだなと思いました。
だからこそ命蓮寺と慧音を除くおなじみの面々の冷めた反応は最初かなり憤慨しました。とはいえ凄く「らしいな」と今では思います。
案外こういった力を持つ者と持たない者との「温度差」こそが問題の"根"としてあるのだと考えさせられます。ゲームでは異変で実際に被害を受けた者達(作品によっては人妖問わず)の描写ってありませんから。
慧音が「こちらの枠」といったものの、実際阿求ならどう思うだろうかとか、同じ半人でも人里を出た霖之助ならどうかとか(戦う力を持っているかどうかでも意見は変わるかも)色々な角度で考える事が出来るのは良いですね。
少女の演説の拙さが、対比としてあまり
上手くいっているとは感じませんでした。
あと、このテーマならば妖怪の賢者の紫の意見も
読んでみたかったです。
ただ話し合いをして謝ってもらうだけでもそれなりの実力が必要なものだが、
里に住む人たちにそれが十分に有るかどうか非常に怪しいんですよねえ。
けーね先生一人ぐらいしか戦える人が居ないし(スペルカード込みでも)、巫女は必ずしも人間の味方じゃないし。
そりゃあ鬱憤も溜まりますわ。
ただ、コメントの指摘にて既にありました通り、やはり私も15歳の少女にしては達観しすぎていて違和感がありました。
なんというか、今まで描写してきたか細い少女の像の真逆を行っているので、唐突に感じてしまう。
ただ、演説の内容それ自体は好きです。
特に、大声で彼女の叫ぶところ。思わず鳥肌。
結社側の言う事も、少女の言う事も理解出来てしまうので難しいところですね。彼女の「楽しみの場をめちゃくちゃにした」と言う発言には心から同意します。
武力による解決ではなくそれ以外の方法による解決を求めるというのが何より素晴らしいと思います。