Coolier - 新生・東方創想話

私のカレー

2010/05/01 03:35:12
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 眼鏡の若い――外見は若い男が出した紙を見下ろす。
 漢数字が書かれた紙。普通に暮らしている分には随分と大きな数字に見えるだろう。
 しかし私はそれに満足しない。ネズミというのは、貪欲なのだよ。
「相当な数の骨董を持ち込んだ筈なんだがね」
「御来店ありがとうございます」
 何の愛想もなく眼鏡の青年は口を開く。
 いっそ清々しい程の白々しさだった。
 私は今、人間の里の商店に来ている。骨董の買い取りも行っている大店だ。
 立派な看板を掲げる店の名は確か、霧雨屋とかいったか。
 そんな店で雇っているにしては教育がなってない若僧だな。愛想笑いの一つも見せたらどうだ。
 骨董品を売りに来た客だぞ、私は。
「私の見立てではもう少し上だと思うのだが」
「うちの見積もりではこうだよ」
「…………」
「…………」
 本当に愛想の欠片もない若僧だな。人間だったらば食っているところだよ。
 折角私が己の能力を活かして幻想郷中に散らばる骨董品を拾い売りに来てやったというのに。
 ま、愛想がないだけであとはどうにでも出来そうだから見逃してやるか。
 些か隙だらけだよ、青年。
「できればご店主と交渉したかったのだがね」
「旦那さんは今買い付けで留守だよ」
 わかっているさ。あの人間を相手にするのは骨が折れるから不在を狙ったんだ。
 だが迂闊にも程があるねご店主。こんな若僧に店番させてるようじゃ先が知れるよ。
「ふむ。では他の店に持っていくとするか」
「む」
 ほれ、こんなに早く動揺を見せてはダメだよ?
 いくらでも付け込んでくださいと言っているようなものだ。
 なぁ雇われ君。
「ここは大店だから払いがいいと思ったのだがねぇ、そうでなくて残念至極。
ま、他所ならもっと高く買ってくれそうだしもしそうだったらその店のことは宣伝せねばならないね」
「ぬ」
「噂というのも馬鹿に出来ないからなぁ。人の口に戸は立てられぬってやつだねぇ。
ケチな店というのは、失敬。大店というのは案外そんなちっぽけな噂から潰れてしまうのかもしれないねぇ」
「ぐ」
「いや潰れはしないまでも傾くかな? そうなったら奉公人なんてほっぽりだすしかないねぇ。
世の中悲しいことに銭で回っているのだから。ああ心が痛むなぁ」
 隙を与えず畳みかける。それだけで若僧の能面染みた無表情は崩れ去った。
 私はそれをにやにやと眺めている。この手の客の応対は経験がないかね若僧。
 ほれほれ、そこで黙り込んでしまってはこちらが言いたい放題だよ?
「己の口の軽さが呪わしい。いつでもどこでもぺらぺらと喋ってしまうのだから」
「わかったよ」
 初めて私の声が遮られた。
 憎々しげに睨みつけられる硝子越しの眼。なんとも心地良いね。
「……わかった、言い値で買い取らせてもらうよ」
「おありがとうござい。礼のついでに、君は商売に向いていないね。駆け引きに弱過ぎる」
「勉強させてもらったよ……」
 期待通りの金を受け取り、私は満足げに店を後にした。


 さぁて、当面の生活費は稼げたしどうするかな。
 人間の里をぶらぶら歩きながら私は少し考え込んだ。
 金が重いし、一度帰ろうか。いやどうせだから食料でも買い込んでから帰った方が効率がいい。
「ご主人様はなにか食べたいとか言ってたかな」
 作るのはご主人様だから私が適当に食材を選ぶのもな。
 頼まれたのは牛乳くらいだし、他にも何か買っていきたいのだが。
 ううむ、何か臭いのきつくない果物でも買っていこうか。
 五戒を守っている――といっても然程厳しくはないご主人様。
 私などは肉食も見逃してもらっているし、彼女もいい加減五戒なんて忘れてしまえばいいのに。
 ま、そう簡単に折れるご主人様なら私も苦労はしていない。
 酒でも買って一人でちびりとやるかなぁ。
 昼から店で呑むというのも気が引けるし、妖怪連中もまだまばらだし……
 ――ん? なんだろう、行列なんて珍しいな。
「すごいね、何の列だい?」
 最後尾に立っていた人間に声をかける。
 妖怪は里の中では人間を襲わない。だから怖がられもせずに返事は返ってきた。
「お、妖怪の嬢ちゃんも食いに来たのかい?」
「食う?」
 いまいち要領を得ない。私の問いを聞いていなかったのだろうか。
 いや、食うって……列の先から微かに匂う香ばしい刺激臭。
 どこかで嗅いだ憶えがある。確か――香辛料だったか?
「……これはまさか、飯処の列なのかい」
 食事をするだけなのに並ぶとは、また妙な……というか暇だなぁこいつら。
「ああ、外来人が開いた店でね、かりぃって変わった飯を出してんだよ」
「かりー?」
「西洋の食いもんだとか……お、列が少し進んだな」
 なんとなく列を見れば妖怪も並んでいた。
 ふむ……どうせ暇だし、面白そうだな。好奇心をくすぐられる。
 幸い金には余裕があるし、たまには外食も悪くない。
 私もその列に並ぶことにした。





 縁側にどすりと荷物を置く。
 ふう、結構な量になったな。買い込み過ぎたかもしれない。
「おかえりなさい。あら、また随分と……」
「ただいま」
 案の定ご主人様に驚かれてしまった。
「氷室に運びたいんだが、まだ空いてたかな?」
「ええ余裕はありますけど。手伝いましょうか?」
「いやいいよ。あなたは休んでいてくれたまえ」
 ――などと言っても無駄なんだ、この人は。
「あ、私が頼んだ牛乳は買ってきてくれたんですね。それじゃまずはこれを」
「……ご主人様。いや寅丸星。今更だが言わせてもらうよ。
私は部下、あなたは主人。あなたは私に働かせてどっしりと構えていればよいのだよ」
「え、でも」
「でももへちまもないよ。いつもいつもあなたが率先してしまって私の立つ瀬がないじゃないか」
「ですが、ナズーリンはいつもよく働いてくれますし……少しくらい、私も……」
「そう言いながら家事をほとんど済ませてしまうだろう? おかげで私は偵察三昧だよ」
「うう」
 正直言えば彼女に苦言を呈するのは心が痛むが、たまには釘をさしておかねばキリがない。
 まったく、何の為に私がここに居るのかわからなくなってしまうよ。
 ……なんて強がれないんだよな、私は。
「それじゃ、そっちの袋を運ぶの手伝ってくれるかな。これは後で使うからそのままでいいよ」
「……はい」
 なんでここで笑うのかなあなたは。
 やれやれ、あなたには敵わないなぁ。


 釜戸に火を入れ湯を沸かし小さく切った肉を放り込む。
 しばらくして出た灰汁を掬い今度は刻んだ野菜を入れてじっくり煮込む。
 火加減は……少し弱いかな。薪を足そう。
 薪を取りに行きながらぐるりと厨房を見回す。20年くらい前に補修を行ったが、そろそろやり直すべきかな。
 里で煉瓦を買ってきて……うーむ。煉瓦は自分じゃ作れないかな。出費はなるべく切詰めたいし。
 兎も角この釜戸は使い難い。なるべく早い内に作り直したいところだ。
 主に使っているのがご主人様だから不満を言ってくれなくて困るんだよねぇ。
 あ、水瓶の中身もだいぶ減っているな。汲んでこなければ。
 裏へ回り河童製のポンプをがしゃんと動かす。
 んん、手応えが薄い。呼び水がないとダメだな。川で汲んでこよう。
 桶を持って寺の近くの小川で水を掬う。それをポンプに入れてレバーを押すとじゃばっと水が出てきた。
 よしよし。桶に水を満たして水瓶まで運んで、と。
 ん、鍋が火に掛けっぱなしだった――と、薪を足すのを忘れてたか。まだ煮えていない。
 薪を足して竹筒で少し吹く。火力はこんなものでいいかな。
「ナズーリン? 何をしてるんですか?」
 汗を拭ったところでご主人様が顔を出した。
 見れば割烹着を着ている。食事の支度をしに来たのか。
「ん、久しぶりに料理でもしてみようかと思ってね」
「本当に久しぶりですね」
 食事に関しては任せ切りだからね。まぁその程度で腕が鈍るわけでもなかったのだが。
 ふむ、今の内に香辛料の調合をしておくかな。
 すり鉢に教わった通りの分量の香辛料を入れ擂り粉木で砕きながら混ぜていく。
 うん、いい匂いがしてきた。
 具が煮えたらこれを入れて……
「里で変わったものを食べてね。あなたにも食べてもらおうと作り方を教わってきたのだよ」
「変わったもの?」
「カレーという料理だよ」
 すり鉢に香辛料を加え混ぜるのを再開する。ええと、これで全部かな。
 っと、そろそろ飯が炊けるな。カレーに香辛料を入れねば。
「手間がかかりますねぇ」
 後ろから覗き込みながらご主人様は感心したように言う。
「教えてくれた店主も言ってたよ、作るのが面倒だからうちに食べに来てくれるだろうってね」
「はは、なるほど。だから簡単に教えてくれたのですね」
「それもあるけど人の良さそうな店主だったからねぇ……」
 鍋をかき混ぜているととろみがついてきた。
 うん、私が食べたものに近づいてきたな。
 具に味がしみ込むまでもう少し煮込んで……おっと、飯を忘れるところだ。
 皿の支度をしながらしゃもじを手に取り釜に向かう。
 いい炊け具合だ。山葵漬けで一杯食べたいくらいだね。
 いかんいかん、鍋が焦げ付いてしまう。かき混ぜねば。
 ぱたぱたと忙しいな。
「ん」
 ちらと視界の隅に所在なさ気に立っているご主人様が見えた。図体がでかいから目立ってしょうがない。
 なんだろうな、どこか寂しそうに見えるのだが。釜の火を消しながら考える。
 ああ――自分の仕事を取られて暇なのかな。
 あとは鍋をかき混ぜるだけだし、少し話そうか。
「そういえば、私の留守中に変わったことはなかったかい」
「うーん。天狗が新聞をばらまきに来たくらいですかねぇ」
 がさがさという音。どうやら近くにあったようでご主人様は件の新聞を手に取ったようだ。
「あの天狗、また来たのかい。……お金は取られなかったかい?」
「なんでも号外とかで、タダで配布しているようですよ」
「タダねぇ」
 世の中タダより怖いものはないってのが通説だが。
 あの天狗も一筋縄ではいかないような顔をしてるし。
 振り向くとご主人様がその新聞を差し出してくれた。
 受け取り目を落とす。
「へぇ、稗田家の九代目か……」
 御阿礼神事ねぇ……って、里では別にそんなことはしてなかったのだが。
 いつの記事だこれは。
 などと雑談を交わしている内に、カレーは出来上がった。
 ご主人様が広げて拭いたちゃぶ台の上にカレーを二皿湯呑を二つ置く。
 その横に水差しを置くと、ご主人様は不思議そうな顔をした。
「お茶はいいのですか?」
「ああ、お茶より水の方がいいらしいんだ。お茶は熱いしね」
 顔に疑問符を浮かべるご主人様に微笑む。
「食べればわかるよ」
 それでも要領を得ない様子だったが、訊くのも野暮と覚ったのだろう。ご主人様は席に着いた。
「それではいただきます」
「いただきます」
 さじを手に取りぱくりと一口。
 窺うと驚きに目を丸くするご主人様の顔。
 してやったり、かな。
「辛いけど、美味しいですねぇ」
「うん、私も美味しかったから作ってみようと思ったんだ」
 お気に召していただけたようでなにより。
 小さく呟いて二口目を食べる。我ながらいい出来だ。
 店で食べたものと遜色ない、とまでは言えないけれど彼女に食べさせられる味だった。
「あ、お肉入ってますね」
「除け切れなかったかな」
 皿に掬う時なるべく避けはしたのだが。
 ちょいちょいとさじで彼女の皿から肉を取り出す。
「ナズーリン、これはお肉は食べなくてもよい料理なんですか?」
「ええと、別段食べなくてもいいんじゃないかな。具よりも汁の方が重要みたいだし。
肉や野菜は出汁を取るのに必要だそうだよ。……拙かったかな? 五戒的に」
「うーん。出汁、ですか」
 肉食を禁じているご主人様。私は彼女と同じ教えを守っているというわけではない。
 彼女自身私に何かを強制させるということは皆無だし……だからわからない。
 肉の出汁というのは肉食に含まれるのだろうか。もしそうだとしたら。
 彼女に戒律を破らせたのは私ということになってしまう。
 拙いことをしてしまったかな……
「まぁ、いいんじゃないでしょうか。ナズーリンが作ってくれた料理ですから」
 言って、彼女はぱくりと食べた。
 私の悩みを察してくれたのか――いや、そんな気負っているところは見せていない。
 ご主人様は何の気負いもなく、私の料理だからいいと言ってくれた。
 本当に――敵わないなぁ、あなたには。
「しかしこのかれぇというのは食が進みますねぇ」
「カレーだよご主人様。ふふ、おかわりはするかい?」
「はい、お願いします」
 二人きりの食事は続く。
 なんてことはないことを話し、なんてことはない日常を過ごしていく。
 ほんの少し。本当に少しだけだけど。ご主人様との距離が縮まった気がした。

 久しぶりに腕を揮った私のカレーは、一日で食べ切られた。
 美味しいと、喜んで食べてもらえるのは――とても嬉しいものだね、ご主人様。










 はっはっは。
 いやぁ金の入った袋が重くてしょうがないね。
 笑いが止まらないよ。霧雨屋のあの若僧、いいカモだな。
 店主が留守の時を狙うのは面倒だがこの成果に比べればなんてことはない。
 ま、それもあと数度。いやさ一度でも通じればいい方か。
 それなりに勉強したらしくがめつくなっていたからな。
 やれやれ、商売上手に育たなければいいのだが。
 とりあえず今度は煉瓦でも見に行くかな。予想以上に稼げたからその程度の余裕は出来たろう。
 工具は買足さなくてもいいかな……後で一応調べてみるか。
 廃寺に戻り縁側に金の入った袋を置くと、つんと香るカレーの匂い。
「……カレー?」
 ここひと月ばかりカレーなんて作ってないぞ私は。
 というかひと月前に作ったきり私は料理なんてしていない。
「まさか」
 厨房に向かうと、やはり割烹着姿のご主人様が料理をしていた。
「あ、おかえりなさいナズーリン」
「ただいま……カレーを作っているのかい?」
 単刀直入に問えば、彼女は笑って答えた。
「はい。ナズーリンが美味しいと言っていたので私も作りたくなりまして」
 いやそれは嬉しいけど。嬉しいんだけど。
「どこでカレーの作り方なんて」
 里の店の主が言っていたようにカレーを作るのは面倒だ。
 そりゃ、買い込み過ぎて香辛料なんかはかなり残っていたからまた作るのは不可能ではないが。
 それでも香辛料の調合など、難しい作業をこなさねば出来ないのに。
「あなたが作るのを後ろで見ていましたから」
「……あれだけで?」
 確かに、あの時私は香辛料を出しっぱなしにして調合していた。
 何を混ぜればよいかなんてのは見てわかったかもしれないが……それでも信じられない。
「不安そうな顔をしていますねぇ。大丈夫ですよ、ほら」
 差し出されるおてしょ。ちょろりとカレーが入れられている。
 味見しろということなのだろうが、不安は増すばかりだ。
 お世辞にもご主人様の料理の腕は良いとは言えない。
 必ずと言っていいほどに何かを外していたり間違えていたりする。
 私はもう慣れたものだと思っていたのだが……食べ慣れない料理でそれをやられるとは想定していなかった。
 果たして、私はこれに耐えられるのか。思わず顔を顰めたりして彼女を傷つけやしないか。
 ……不安は、増すばかりだ。
「…………」
 受け取り、口をつける。
 そう、最悪を想定しろ。どんなことでも考え得る限りの最悪を想定しておけば耐えられる。
 用意する言葉はおいしいよ。あなたのうでをみくびっていたようだ。
 うん。覚悟は出来た。
 ごくり。
「……あれ?」
 普通に美味い。
 私の作ったカレーとは微妙に違うが……それでも美味しい。
「どうですか?」
 問われても一瞬反応が遅れてしまう。
「う、うん。美味しいよ。びっくりした」
「ひどいですねぇ、私だって失敗ばかりじゃありませんよ」
 うん――本当にあなたの腕を見くびっていたようだよご主人様。
「あなたに教わったカレーですからね、失敗する筈がありません。
あと少しで出来ますから、あなたは居間で待ってなさい」
 自信満々に微笑んで、彼女は料理を再開した。
 ふふ、私は教えたつもりはなかったよご主人様。
「それじゃ楽しみにしているよ」
「はい」
 一声かけて厨房を出る。
 うん、本当に楽しみだね。


 思ったよりも時間をかけてカレーは完成したようだった。
 いつかと同じようにちゃぶ台に皿が乗せられる。
 違うのは運ぶのが私ではなくご主人様ということ。
 ただ鼻をつんと突くカレーの匂いは実に美味しそうだった。
 見た感じ……肉が多めだな。ふふ、私が肉好きだから多く入れてくれたのかな。
「はい、お水です」
「ありがとう」
 湯呑を受け取り皿の横に置く。
 さじを持ち口を開いた。
「いただきます」
「ではいただきます」
 さてはて、ご主人様のカレーはどんなものかな。
 まずは一口。
じゃり
「……………………」
 あれ? おかしいな。
 私はカレーを食べてる筈なのになんでこう、うん。いやいいんだ。じゃりってするのは。
 ある意味予測の範疇だったから耐えられる。それはいいんだ。
「あの、ご主人様?」
「ふぁい?」
 タイミング悪く彼女は頬張るところだったが――
「甘っ!?」
 そう、カレーが何故甘い。
 というかやっぱり最終的な味見を忘れたね。
 うん。やるんじゃないかなぁとは思ってた。
 思いたくはなかったけど思ってたよ。
「す、すいません! 途中で味見して、辛過ぎたから甘くしようと……」
「砂糖、入れたのかい」
「は、はい……」
 じゃりじゃりしていたのは溶け切っていない砂糖だったか。
「あと、この、なんというか。実に微妙な食感のぐにゅぐにゅしてるのは」
 肉じゃないんだよなぁと悩んでいるとご主人様はしどろもどろに弁解を始めた。
「あ、それは、その。な、ナズーリンが拾って来てくれた本で……」
 本?
「その、ネズミはチーズが好きと書いてあったので……チーズを、作ってみたんです」
 ……まぁ、退屈しないようにと色々な本を拾ってきたりはしているが。
 その中に彼女が言ったような本や、チーズの作り方が載っている本もあったろうが。
「いや……ご主人様。その本は間違っているよ。私は肉食でチーズは別に」
「そうなんですか!?」
 そういえばこの間の買い出しで牛乳も買っていたっけなぁ。
 妙に減りが早いと思ってはいたがチーズを作っていたのか。
 しかしなんでまたチーズだけは完璧に作ってるのかなこの人は。
 大抵のことは不器用なのに奇跡的な出来だ。カレーに入ってさえいなければ。
 どうしてこう、料理の下手な人というのはさも名案と言わんばかりに妙なアレンジを加えるのだろう。
 余計なことさえしなければ大概の料理は失敗などしないというのに。
「すいません……折角作り方を教わったのに」
 いや教えてはいないんだけどね。
 しゅんと肩を落とす姿が痛々しい。
 ううむ、どう慰めたものかなこれは。なまじ自信たっぷりだったからダメージが大きい。
 下手な言葉をかければより傷つけてしまうことは明らかだ。
 自業自得といえばそれまでなのが私は彼女のこんな姿を見たくはないし――
「ナズーリンが、美味しいって言っていたから……私が作ってあげられればと思ったのですが……」
 悲しそうに、寂しそうにご主人様は微笑んだ。
 でも私は、彼女のそんな顔よりも、彼女が呟いた言葉にこそ心を奪われた。
 私が、美味しいと言ったから――か。
「すいません、片付けますね」
「いや、いいよ」
 私の皿に伸びる彼女の手を遮って、私は置いていたさじをもう一度手に取った。
「食べるよ。そのままでいい」
 ぱくりと頬張る。
 風味だけはカレーで、食感も味も随分とかけ離れている。
 甘くてじゃりじゃりしててぐにゅぐにゅしてるカレー。
 ご主人様が作ってくれたカレー。
「これが私のカレーだ」
 こういうのも、美味しいって言うんだろうね。












 ずっとずっと

 あなたとおいしいごはんを食べれれば

 わたしはもうなにもいらない





















五十八度目まして猫井です
好きな人と食べるごはんっておいしいですよね
ここまでお読みくださりありがとうございました
もうずっとナズ星は私のアブソリュートジャスティス

※誤字修正しました
猫井はかま
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コメント



0.2180簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
チーズカレーはこのようにして発明されたのかッ
2.100名前が無い程度の能力削除
取り敢えずカレーが食べたくなりました。

道具屋の彼ですが、ここでいいように手玉に取られたお返しとして、後日宝塔の件でふっかけたのだとしたら面白いですね。
12.90ぺ・四潤削除
霖之助に似た丁稚だと思ってたけど、これ聖救出前の話だったのか。
二人きりの食事とか廃寺っていうとこでやっと気づいた。
チーズカレーはいいアイディアですけど塊で入れるもんじゃないですからー!
珍しくカリスマある星ちゃんと思いきややっぱり落としてくれる。これぞがっかり星ちゃん。
18.100名前が無い程度の能力削除
寅丸主義なナズーリン可愛いよおぉぉ
19.100名前が無い程度の能力削除
うむ、まったりだ。
幸せそうで何よりだぜ。

霖之助はナズが育てた。
24.100名前が無い程度の能力削除
これは良いナズ星
30.100名前が無い程度の能力削除
お互いに想い合っている美しい星ナズをありがとう
ご馳走様でした
33.100名前が無い程度の能力削除
今食べてたカレーがジャリジャリして甘いんだけど、砂糖なんて入れた覚えないんだけどなあ。
35.100名前が無い程度の能力削除
砂糖なしでも十分あまーい!
40.100名前が無い程度の能力削除
静かな雰囲気なのに暖かい感じが良い
星思いのナズが可愛すぎてうずうずしてしまった
44.90ずわいがに削除
最高の調味料とは…って、言うのも野暮かな
51.100名前が無い程度の能力削除
甘い
すごい甘い
54.100名前が無い程度の能力削除
この作品を読んだ今日の晩御飯はチーズカレーだった。偶然。
それはともかく面白かったです