真っ暗な地下室のベッドで、フランドールは目を覚ました。
「ん~、よく寝たわ。さて、起きなきゃ」
そして体を起こそうとして、
(いやでも待てよ)
ハッとして動きを止めた。
(先にシミュレーションを終えてからでも遅くは無いよね)
彼女は今一度ベッドに横たわったまま力を抜いた。目を瞑り、リラックスした状態で瞑想の中に落ちていく。
フランドールには日課がある。それは毎日、その日の予定や行動をシミュレーションすることであった。
加減の難しい破壊の力を備えた彼女は、あらゆることに対して慎重な性格なのだ。そんな彼女の座右の銘は「備えあれば憂いなし」である。
日々を健やかかつ安全に過ごすために、予測を立てるというのはとても大事なことだ。
動く前に考えろ。思考しないのは愚か者だ――そう、思っているのである。
故に彼女は今日も考える。これから起こりうるであろう「かもしれない」を。
(外に出たいなぁ)
紅魔館の外。それは彼女にとって未知の世界。ようやく引越してきたこの幻想郷というところは、幼い頃に見た街々とはまた違った文化を築いているらしい。
どこまでも広がる景色は未だ想像上のものでしかない。まさに憧れだ。
しかし外は素敵なものと同時に、危険でいっぱいだ。そこでこのフランは考える。
「果たして私はどの程度この危険な世界で動けるのか?」と。
(もし外に出たら、太陽の光に焼き殺されるかもしれない)
吸血鬼にとって日光は大敵。もし無防備に照らされてしまえばその体はじりじりと焼かれ、熱せられたやかんの水が蒸発するように気化してしまうだろう。
それを防ぐ為に日傘というものもあるのだが、
(傘から体がはみ出るかもしれない)
やはりどうしても日光を防げる範囲には限りがある。それもかなり小さな範囲だけだ。
と言っても、実は「日傘を差す」という行為が重要なのであって、別に本当にその傘で日光が防げているかどうかはあまり関係無い。
妖怪は精神に依存するところが大きい。弱点も「吸血鬼は日光に弱い」という、世に広まった概念からくるものだ。
だからその概念を「日光は日傘で防げる」という、また別の概念によって打ち消すことも出来る。要は思い込みが肝心なのだ。
しかし実際に外に出たことの無いフランドールはそんなことなど知らなかった。故に現実的な機能に目を向けてしまう。
(強風で壊れるかもしれない)
自然は姉のレミリア同様気まぐれだ。突風によって傘が使い物にならなくなれば、その身はたちまち日光のもとに晒されることだろう。
だが紅魔館の日傘はとても丈夫に作ってある。命に関わるのだから当然だ。ちょっとやそっとの風ではビクともしない。
(ちょっとやそっとじゃ済まないかもしれない)
自然でなくとも気まぐれなやつはいる。しかも傍迷惑で自己中な輩が集まるのが幻想郷というところだと、パチュリーから聞いていた。
もしそいつらと出くわせば、こっちの都合などお構いなしでどんな目に遭わされるかわかったものではない。巻き込まれれば、どんな丈夫な傘でも耐えられないだろう。
なら夜に出れば解決するのでは?
(昼夜が逆転するかもしれない)
ことはそんなに単純ではない。時刻が夜を指しているからといって、外がちゃんと夜の闇に包まれているとは限らないのが幻想郷だ。
昼夜逆転とは生活スタイルが逆転するという意味ではない。そのまま昼が夜に、夜が昼になることもあり得るのだ。
実際に会ったことはないが、古今東西あらゆる人外が集う混沌の郷だ。気まぐれでそんな異変を思いつくやつはたくさんいるだろう。そしてそれを実行出来るやつも。
もう日は沈んだからと油断していれば、いつの間にか気化していました、という事態になっても手遅れなのである。
無論、夜に日傘を差したところで結局「傘が壊れるかもしれない」という不安はそのままだし、昼夜が逆転せずに太陽も出てないのに日傘を持っていては見た目的にも間抜けである。
(そうだ。お姉様に運命を操ってもらえば!)
彼女の姉であるレミリアは運命を操ることが出来る。フランドールが外に出ても安全なように運命を操作してもらえば、何も心配は要らない。
しかし、この案自体にもやはり問題があるのだ。
(お姉様は意地悪するかもしれない)
まず、スカーレット姉妹の仲はあまりよろしくない。行動派のレミリアと思考派のフランドールではどうしてもそりが合わないのだ。
幻想郷に来ることを聞かされた時も、「もっと慎重に考えた方が良い」というフランドールと「動かなきゃ何も始まらない」というレミリアの意見が真っ向からぶつかった。
結局、レミリアが立場を利用して自分の意見を押し切ったのだが、調子に乗り、後に“吸血鬼異変”と呼ばれる騒ぎを起こして返り討ちにあった。
フランドールは「ざまぁないわね」と腹を抱えて笑ったものだが、それが原因で再び大喧嘩。以来、未だに仲直りはしていない。
(ダメもとで頼んでみようかなぁ)
そろそろ仲直りした方が良いかもしれない。たった二人の血の繋がった家族なのだ。いつまでもギスギスしたままでいたくない、というのが正直なところ。
(謝ったら許してもらえるかな。……いや、そもそもあれはあいつが悪いんだし。なんでこっちから謝んなきゃいけないのよ。やっぱ却下)
そして血の繋がった姉妹はどこまでも意地っ張りだった。根っこのところではやはり似た者同士なのだ。
このようにどちらから折れることもないので、喧嘩すると長引くのが常であった。まだまだ子供なのだ、仕方ない。
(ていうか、あいつなら素で失敗するかもしれない)
レミリアはあれでかなりおっちょこちょいだ。「私に任せておきなさい!」と大見得切っても「やば、操作ミスった」なんてことはあり得る。
というか実例もある。あり過ぎて困る。というか吸血鬼異変で負けたのもそのせいだった。
(ダメだ。あてにならない)
仕方なく別の方法を考えようとして、
(待てよ。これはまず外に出る以前の問題かも)
ふと気がついた。
今までフランドールが考えていたのはいずれも“外に出てから”の心配であったが、万全を期すには“館の外に出るまで”のことも頭に入れておかねばなるまい。
(美鈴は門を通してくれるかな)
美鈴とはレミリアよりも仲良しである自信はある。が、主従の関係は別だ。もし「通すな」と命令されていればおそらくは……。
(パチュリーもいるし)
パチュリーともそれなりに接点はあるが、あくまで“姉の友人”と“友人の妹”の関係だ。優先されるのはレミリアである。
魔法で雨を降らされれば外には出れない。
(妖精メイドにいたずらされたら)
妖精は基本いたずら好きである。フランドールはおろかレミリアでさえも被害に遭うことがあるくらいだ。
吸血鬼相手ならおそれて遠慮するかと思いきや、ちょっとやそっとじゃ平気だろうとむしろ手加減が無く、下手をすれば館内で死ぬ。どういうことなの……。
(そも、扉に封印の魔法がかけてあるかもしれない)
もしかすると自分はこの部屋から出られるかどうかも怪しい。
開いてると思ってたドアが閉められていた。それはかなりショックだ。
掃除箱に入ってにやにやしていられるのは「いつでも出られる」という前提があるからであって、いざ飛び出そうとした瞬間、外から押さえつけられていたり机で塞がれていたりするとかなり焦る。
いや、開かないだけならまだいい。もし姉の嫌がらせでパチュリーが罠でも仕掛けていたらたまったものではない。
確かめるのもこわいので、フラドールは長いこと自分からは部屋の扉に触れていない。
(そういえばあんまり気にしたことなかったけど、こんな地下にいて、もし地震でも起こって館が崩れちゃったりしたら)
流石に死にはしないまでも、しばらく生き埋めのまま過ごすことになるだろう。咄嗟に逃げることも出来ないし、のしかかってくる質量も凄い。
対して、レミリアの部屋は上の方なので崩れてもちょっと飛べばすぐ脱出出来るだろう。理不尽だ。
(だいたい館の構造からして……)
と、そんなこんなでどんどん深みにハマっていった。
思考に思考を重ね、やがて斬新な閃きによって発想の転換を掴み、そして真理へと行き着く。
それは全ての生物が思考の果てに辿り着くであろう、絶対の終着駅であった。
(そうだわ。そういうことよ! これしかないわ!)
たった一つの冴えたやりかた。それは――
(寝よう)
フランドールは考えるのをやめた。
こうして、今日も彼女は地下室に閉じこもる。実に495年目のことであった。ひきこもり万歳。
そして――
特に頭も使わない行き当たりばったりな人間がレミリアを倒せてしまったせいで、彼女のフラストレーションが爆発するまで、あと数週間――かもしれない。
ごめんなさい。
確かに無計画に動くとろくな事無いけど、「かもしれない」を言い出したらきりがないよ。
何かあっても、たいてい何とかなるから。
さあ 外に出よう!
>下手をすれば館内で死ぬ。
…ごめんやっぱ部屋から出ない方がいいね。
叩いてはしをこわして川を渡れば良いじゃない
だから何よりもまず「自分は吸血鬼じゃない!」と思い込めばいいんだよ!(ナ、ナンダッテー
結局原点回帰するフランちゃんう ふ ふ。
石橋を叩いて渡るどころか、石橋の存在すら疑ってどうするw