夏場の地底はひんやりとした空気が涼しく居心地が良い。
初めて彼女と出逢ったのは、そんな地底と地上を結ぶ縦穴をいつもと同じように眺めてる時だった。
劇的、運命的、詩的ともいえないありふれた極々普通の出逢い方、でもそれでよかったのではないかと今ではそう思う。
「お、通行人か。案内でもやりますかね、と」
パルスィはそう呟くと縦穴を下にゆるゆる降りていく者に声をかけた。
「地底へ道案内しましょうか?」
これは愛を欲した妖怪と自由を求めた妖怪のお話。
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私こと水橋パルスィは地底と地上を繋ぐ縦穴を見守る番人である。
地下世界に住んでおり、縦穴の溝に腰掛けて縦穴をボッーと見ているのが日課。
ここ最近は冬なだけあって寒く、地上の方から雪が降ってくることもあり壁のくぼみに身を隠すようにして腕を組み立っていることが多い。
普段そうやって縦穴を見ていると、ときたま妖怪や人が通るので道案内をしたりもするが、楽しそうに地上や地底に向かう人を見かけるとどうにも無性に妬ましくなってちょっかいをかけてしまう。
「おーい、パルスィー!」
地下から手を振りながらふよふよとジグザグに飛んでくる影が見える。
どうやら友人のぬえのようだ。
「最近あんまり来なかったけど何かあったの?」
地底にも友人はいるが実を言うと、可愛らしい姿と恥かしがり屋な彼女がとりわけ気に入ってたのは秘密で、最近彼女があまり遊びに来なかったのは心寂しかったのだ。
「あのね! 新しい友達ができたの!」
「……。へぇ、誰?」
「えーと、村紗水蜜っ」
村紗水蜜というと、地底に封印されていた妖怪だっけか。
元々ぬえも地下に封印されていた妖怪だったが、ぬえの封印が解けたのと同時村紗の封印も解けたのだろう。
本来なら地底を取り仕切ってるさとりに報告した方がいいだろうけど、その場合ぬえのことも一緒にばれてしまうので秘密にせざるを得ない。
まぁ、あくまで身を拘束する封印が解けただけで、地上との入り口に張られた封印は解けてないみたいだから知らせる必要もないか……
「ふーん、それで村紗とやらと今日は一緒じゃないの?」
「さっきまで一緒だったけど用事ができたみたいだから別れたとこだよ。もしかして嫉妬してる?」
「べっ、別にしてないわよ!」
私が嫉妬妖怪だとわかっててそんなことをニヤニヤしながら上目遣いで聞いてくるから余計に妬ましい。
「パルスィは面白いなー」
くすくす笑いながらぬえは空中で体を揺らしている。
「いいじゃない! で、今日も話を聞きにきたのかしら?」
「うん!」
こうして私は地底であった色々な出来事について話し出したのだった……
ぬえと長々と話し合いお互い別れる頃には縦穴に差し込む光もいつしか無くなり地上は夜を迎えているようだ。
今まで私は過去の出来事に引きずられ他人を妬む妖怪として生きてきた。しかし、ぬえと出逢ってからは少しは報われてきた気がしている。私と似たような境遇の仲間との生活にも満足していたが、さとりのペット以外は大抵一人を好む。なのでぬえみたいに絡んでくる者は少なかった。そしてそれが新鮮でとても嬉しかった。
――ゴゴゴゴゴゴ
それにしても今日は地震が多い。またあの馬鹿が神様から授かった力を調子のって使ってるのかな。まったく、さとりも少しは自分のペットを躾けるべきなのよ……
地底の縦穴が黒い静寂に包まれ、暗闇に地震の音だけが響く時にふと、二つの影が見えた。
「いま、地下何階だ?」
(洞窟に階数は無いでしょ?)
「そうか?ダンジョンってもんは階数があるもんだと思ってたぜ」
パルスィはこんな夜中に地底にくるのはご苦労なことだと思い、声がする方に眼をこらす。
薄っすらと見えてきたその影はケープを羽織り箒に乗った人のようだった。その人の周囲では数体の人形がくるくると踊るように周っている。
パルスィはとりあえず話しかけることにしたが、ここで心の中でふつふつとある感情が沸いてくるのだった。
――妬ましい、妬ましい
その感情は有無を言わせぬうちにパルスィの体を支配して、次の瞬間には言葉を発して飛び出していたいた。
「逆さ摩天楼の果てまでようこそ」
「ほら、階数があるじゃないか。大体階数が無いと深さが分かり難いんだよ」
「……」
魔法使いらしい人物はこちらを無視して人形と話を続けているようだ。
「はいはい、さっさと倒すぜ」
「旧都を目指す独り言の多い人間。気でも狂ったのか・・・」
「そういえば、お前。さっき会った奴だな? ということはこのダンジョンのボスだろ?」
「私を無視して話を続けるのは別にいいが、ゲーム気分で地下に潜るのはお勧めしない。経験値稼ぎのつもりが、時間だけ潰れる事になるかもね」
「いいぜ、経験値どころかお宝まで盗ませてもらうぜ!」
――深緑の弾幕と鮮やかな虹色の弾幕が交差する
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「時間が潰れたな。得られた物は少なかった。やっと目的地か・・・って何処へ向っているのか」
(封じられた妖怪達の住む旧都に)
「ふむ。ダンジョンが短いのは良い事だ」
何かと仲が良さそうにしている魔法使いが妬ましくて妬ましくて弾幕勝負を挑んだものの負けてしまった。体に力が入らず自由が利かないのでそのまま彼女等を見送ることになってしまったのだ。が、実際のところどうでもよかった。元々、道案内をするつもりが妬ましい感情が浮かんできたためにやってしまった行動だったからだ。
パルスィは一息いれるためにいつものポジションである窪みにいつもと同じようにして壁によりかかった。
縦穴から薄っすらと見える地上を覗きあげて考え事をする。
それはぬえのことだったり、昔のことだったり、地底の仲間のこと。とりとめのない想いは思考を支配して時間だけが、ただただ流れていった……。
そんな、ボッーと空を眺めていた時にふと、地底から異変を感じた。
地底に響く轟音と共に噴出す、熱風。
そして何かが流れる音。
パルスィはぱっと身を乗り出して地底の方を覗いてみると熱風が体を吹きぬけるのと同時に湿気を感じ、次の瞬間にはありえないものが見えた。
間欠泉――、それも凄い量が轟音に押されるようにして昇ってきてるのだった。
体が濡れることと、妖怪といえど熱湯が体に当たるのが嫌なので熱湯が登ってきた時にさっと体をくぼみに身を隠した。
轟々と噴出す熱湯は地上までさっと吹き上げると、湯気も立ち昇り地底の縦穴を支配していた。
時折、木の板や岩石、妖怪が一緒に流されているのが見えたが他には何も見えることはない。
そんな時、奥の方に見える大きな影がひとつ。
それは大きな船の形を成していて、間欠泉を操ってるようにさえ見えた。
船に続くようにして見えるもうひとつの影は見間違いようも無い、ぬえだった……。
「ぬえ! 待ちなさい!」
「……」
声を掛けてみたものの、間欠泉と共に響く轟音に私の声が飲み込まれて聞こえないのか、それとも無視しているのか返事をしない。
「それ以上先は結界が張ってあるから地上にでることはできないわよ! だからそんな馬鹿なことはやめてすぐに止まりなさい! いい? 今こんな騒動を起したのなら私には庇いきれないし、さとりに封印が解けたことがばれてしまう」
「……」
「ぬえッ! 聞いてるの!?」
「私は…、私はッ……!」
ぬえはぶるぶると体を震わせ、拳を握り締めるとたった一言だけ叫んだ。
「自由が、欲しい!」
「ッ……!?」
「私はずっと独りだった。地底に囚われ暗い地底のそこで暮らした。ずっとずっと寂しかった、パルスィとの出逢いも嬉しかったし楽しかった。でも、寂しかった」
「……」
「わちきは村紗と出逢った。そして感じたの、この人についていったら私の居場所が見つかるかもしれないって」
「待って! ぬえ待ってよ!」
「パルスィ今までありがとう。 そして、さようなら」
ぬえはパルスィから顔を地上の方に逸らすと人影の乗る舟に寄り添うようにして上昇を始めた。
「ぬえ待ちなさい! 私を、私を……おいてかないで!」
地上の結界はあっさりとやぶられると、ぬえと船は共に地上に飛び去っていった。
恐らく、さきほどの侵入者が地底で霊烏路空やさとりと騒動を起した際に結界が破れてしまったのだろう。
しかし、侵入者が騒動を起したことなどはどうでもよかった。本当にどうでもよかった。ただそこにぬえがいること以外は。
地上にぬえ達が飛び去った後に、パルスィはハッとして地上まで追いかけてみたが、そこには間欠泉によって溶かされた雪が空の零す涙のように周囲を濡らしているだけだった。
しんしんと、そしてしとしととパルスィの体を濡らし、冷やす。
ぬえ……、貴方は本当に本当に、本当に気に食わない疎ましい妬ましい、そして愛おしい……
――深緑の嫉妬心は降りしきる白き雪に溶けていった。
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「へぇ、そんなことがあってるのか」
「ええ。ですので博麗や守矢の巫女様が追い掛け回してます」
道案内をするついでに最近騒がしい地上の話を聞いてみたが結構楽しそうなことになってるようだった。
地上の空に見る人ごとに形の変わる未確認飛行物体が飛んでるなんて、ね。
今回地上で起きてる異変は少なからずぬえと村紗が関与しているのだろう。
「ふふ、そっちは楽しんでるみたいね。 いいわよ、私は貴方をずっと妬みに妬み続けてあげる」
魔理沙のセリフまわしが極悪人だよ
でも憎めないw