「――よし、こんなところか」
霧雨 魔理沙は、色とりどりに飾り付けられた自宅の居間を眺めながら、そう呟いた。部屋の中心にある大き
なテーブル――普段は実験器具が山のように積まれている――の上も綺麗に片付けられ、純白のレースの
テーブルクロスが敷かれている。実は明日は、魔理沙の16歳の誕生日だった。いつからか、魔理沙の誕生
日には、魔理沙の家で誕生パーティーをするのが習慣となっていた。
普段散らかっているのが皆に知られている分、明日は皆の驚く顔が見られるだろう。そんなことを考えながら、
魔理沙は床に就いた。
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気がつくと、見知らぬ場所にいた。天を衝くような直方体の数々――「ビル」とかって呼ぶのだと、香霖が
言っていた――が四方八方に屹立している。私はさっきまで、自宅の寝床の中にいたはずだ。ならば話は簡
単だ。もしかしなくても、私は外界の夢を見ているんだろう。そう考えた私は、目が覚めるまでこの世界を探索
してみることにした。私はもう一度だけ摩天楼を見回し、
「っと、すまん」
上ばかりを見ていたら、歩いてきた人間にぶつかってしまった。慌てて周囲を見回すと、今私にぶつかった人
と同じような格好をした人が、大勢歩いている。皆が皆、手に持った小さい何かに目を落としながら歩いている。
……そんなだからぶつかるんじゃないか。しかし、立ち止まったままではまた誰かにぶつかってしまうかもしれ
ない。とりあえず、皆に混じって歩くことにした。
……さっきから、通行人に変な目で見られているような気がする。そんなにこの服がおかしいのか? お前ら
だって、まあさすがに全身黒の魔法使い装備じゃあ無いが、変な服を着ているくせに。もしかして、服ではなく
私を見てるのか? ……ちょっと照れるな。なおも歩き続けていると、だんだん、周囲を落ち着いて観察する心
の余裕ができてきた。よく見ると、あちこちの「ビル」には、派手な装飾がほどこされた看板があるのが分かる。
ん? あれは……「テレビ」か? 香霖から見せてもらった事はあるが、あんなに大きいものもあるのか。……っ
て、何を言っているんだ私は。ここは自分の夢の中じゃないか。自分が創り出したものに驚くなんて、どうかし
ている。しかし、媒体を大きくすることに比例して、伝えられる情報量は大きくなるんじゃないだろうか。このアイ
デア自体は何かに使えるかもしれない。目が覚めたら、すぐにメモしておかなければ。そこまで考えて、巨大
な魔道書を両手で抱えながら弾幕ごっこをするアリスを思い浮かべて、
「ふふっ」
思わず声を出して笑ってしまった。……周りの視線が、さらに増えた気がした。だがそれも一瞬のことで、皆す
ぐに視線を自分の携帯に戻す。
せっかくの機会だから、目が覚める前に色々見て回ろう。初めに目にとまったのは、目に見える範囲でもひと
きわ大きな、「ビックカメラ」とかかれた看板のある建物だった。中に入ったとたん、信じられないほどの大音量
が耳に飛び込んできた。驚いて、とっさに耳をふさぐ。何だこれは!? どうしてこいつらは、こんな環境で平
気な顔をしているんだ!? ……まあ、好んで魔法の森なんかで暮らしている私も、人のことは言えないか。さ
て、いつまでもこうしているわけにも行かない。いつ夢から覚めてしまうか分からんからな。できるだけ多くの場
所を回りたい。そろそろと耳をふさいでいた手を離す。すると、遠ざかっていた喧騒がまた私の耳に飛び込ん
できた。……やっぱりうるさいな。だが私は、虎穴に入らずんば虎児を得ずの精神で、ゆっくりと、だが着実に、
店内へ入っていった。階段のそばに、案内板があるのを見つけた。それによると、この建物は3階建てらしい。
ならば、最上階から見ていくのが筋ってものだろう。
……入ってからおよそ30分。私は早くも後悔し始めていた。耳は慣れたが――どうやら、音楽が流れている
らしい――、私にはどのようなものに価値があるのかが分からないのだ。でも、まあ、一通りは見ておこう。そう
思って、エスカレーターで1階まで降りる。入り口も1階だが、さっきは横目で見ながら通り過ぎただけだった。
しかし、いろんなものがある。以前香霖に見せてもらったことのある、「iPod」、「vaio」、「exword」……こんなに
種類があっても、使いこなせないだろうに。ふと、視界の隅に見慣れたものが映った。といっても、他のものに
比べれば、という意味だ。それなりに混んでいる人をよけながら、それに近づく。ピアノだ。別に弾けるわけじゃ
なし、見つけたからといってどうということは無いんだが、それでも知っているものがあるというだけで、随分
ほっとする。しばらく鍵盤をいじっていると、値札をがあるのを見つけた。
「超特価! YAMAHA製電子ピアノ75,000¥」
……「電子ピアノ」? 光が波であるという話は聞いたことがあるが、電気も波なのか? ううむ。よく分からん。
帰ったら誰かに聞いてみよう。
店を出て、また人ごみについて歩いてみる。そのまま五分ほど流されていると、大きな本屋を見つけた。腕
時計で時間を確認する。時間的には、後一軒くらいは入る時間がありそうだ。せっかくだから寄っていこう。
ちょうど買いたいマンガもあったし。中に入ると、さっきまでの喧騒が嘘のように引いていった。
中にいたときには気付かなかったが、適温に調節されていたらしいタワーから外に出ると、むわっとした生暖
かさが身体を包んだ。人の波にまぎれて、渋谷駅を目指す。券売機にはよらず、SUICAで改札を通る。随分
便利な世の中になったものだ。
「×××××駅ー。×××××駅に到着しましたー。×××××線、×××××線へお乗換えの方は、
こちらでお降りください。お降りの方は、お忘れ物などございませんよう――」
車掌のアナウンスで、顔を上げる。他の数人と一緒に、ホームへと降り立った。改札を抜けると、ロータリーが
見えてきた。同じ駅前でも、どうしてこんなに違うのだろう。私はこっちの方が、落ち着くし好きなんだけど。そ
んなことを考えながら、のんびりと家路を行く。
十数分歩いて、ようやく我が家の前に着いた。私は鍵を開けて、
ガチャリ
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ガチャリ
ドアを開けると、そこには、
「Happy Birthday! 魔理沙!」
私のたくさんの友人達。
霊夢、萃香(いつも通り、瓢箪を持っている。朝っぱらから呑む気か?)、咲夜、レミリア(ここまでどうやって?)、
パチュリー、早苗、アリス、香霖……。
「皆、よく来てくれた! とりあえず、入ってくれ!」
ドアを大きく開け放して、友人たちを家の中に招き入れる。
「あら、随分片付いてるじゃない」
アリスが幾分驚いたように、感想を述べてくれる。そうだろう、そうだろう、その「まさかー。綺麗なのはこの部屋
だけじゃないの?」言葉が「咲夜、ちょっとそっちの扉開けてみて」聞きたかった……って、「おい! 馬鹿やめ
ろ咲夜! そこを開けるな……」
ガチャ。
がらがらがら。
「……」「……」「……」「……」「……」
沈黙が痛い。皆の視線は、隣の部屋から転がり出てきたたくさんの蒐集品に釘付けだ。
「……あ、いや、これはだな、というかその部屋はもともと倉庫に使ってたんだよ、うん」
「あら、そう。じゃあ、こっちの部屋は綺麗なのかしら」
「霊夢やめろおおおおやめてくれえええええええ!」
そんなこんなで。私が昨日、夜中までかかって綺麗にしたリビングは、元の状態に戻ったのだった……。
咲夜が持ってきてくれた料理――案の定というか、ここに着いたときには、出来立てだった――をあらかた片
付けたころ。
「じゃあ、そろそろいいかしら」
アリスが、そういいながら立ち上がった。
「楽しみね。今年は、どんなケーキなのかしら」
レミリアが、羽をパタパタさせながら、言った。よく見れば、口の横にソースが付いている。子供っぽい。
「今年は、オーソドックスなものにしてみたわ」
キッチンの方から、アリスの声が聞こえる。と、すぐに、アリスがケーキを持って戻ってきた。なるほど、確かに
オーソドックスだ。去年は確か……丸太っぽい奴だった。
香霖が用意してくれたろうそくを、霊夢が手際よく挿していく。袖がクリームで汚れないか、見ていて心臓に
悪い。……あれ?
「霊夢、そのろうそく、16歳分無いか?」
もう一度数えなおす。大きいのが一本、小さいのが6本。やっぱりそうだ。
「え? あら、本当ね。 ごめんなさい」
「私は今日で十四歳だぜ。毎日昼寝してばかりで、脳が溶けてるんじゃないか?」
「失礼ね、それじゃまるで、私が一日中惰眠をむさぼってるみたいじゃない」
「あら、美味しい」
いつの間に抜き取ったのか、レミリアが2本のろうそくを舐めていた。子供っぽい。
「それじゃ、そこのカーテンを閉めて頂戴」
咲夜が、レミリアの手から華麗にろうそくを取り去りながら言った。さすがメイド長、素晴らしい仕事……って、咲
夜。なぜそのろうそくをポケットにしまうんだ。霊夢がカーテンを閉めると、部屋の中は一気に暗くなった。そし
て私は、大小あわせて5本、14歳分のろうそくに、ミニ八卦炉で火を点けたのだった。
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『――本日のニュースです。二年前に出掛けたまま行方が分からなくなっていた当時14歳の少女が、昨日の
午後7時ごろ自宅に戻っているのが母親によって発見されました。少女は繁華街で友人と別れた後消息を絶
ち、両親から捜索願が出されていました。では次のニュースです。×××××総理は今日、――』
「これさえ何とかできれば言うこと無しなんですけどねえ」
「あきらめなさい、藍。時の流れはどうにもできないわ。幻想郷の維持には必要な犠牲よ」
「それにしても、二年に一度も式の張り替えだなんて、面倒くさいことこの上ないですよね」
「あ、そうそう。それなんだけれど、二年後からはあなたにやってもらうことにするわ、面倒だし」
「えっ!? ちょっと待ってくださいよ紫様いきなり一人は無理ですってって痛い痛い傘はッ傘だけはッ」
永久機関が存在しない以上、どこからか……
あれ、でもそもそも歳をとっt(ry
うん、妙に気に入りました。
なぜ魔理沙なのか、というのには少し違和、というか疑問? を感じましたが。紫で式なら、藍(それか橙)のほうが自然じゃないかなぁ? って。
でも、こういう、不思議な感じのは好きです。
良SSをありがとうございました。
それとも里人総とっかえ?
妖怪達は全員魔理沙が入れ替わってるの知ってて
魔理沙の誕生日パーティーやるのは新入生歓迎会みたいなものなのかな、お別れ会もやってあげてーw
現代に戻った元魔理沙の性格がそのままなのは式はずし忘れ?
でも自宅場所はわかってるし、途中で周りの人が持ってるの携帯って思い出してるし
段々外れてきてるって感じかな
とりあえず紫様は誘拐してきた時と同じ服で戻してあげてください
あの服装でうろついたら誰かにこっそり写メされてもおかしくないw
タイトルからは想像もつかない内容で驚きましたがww
良SSありがとうございました
お疲れ様です
※3 様
「怖い」と思っていただけたなら、このSSはたぶん成功だと思います。
>あれ、でもそもそも歳をとっt(ry
人間なら、必ず歳をとると思うんです。
mthy 様
ありがとうございます! そういっていただけると、励みになります。
「なぜ魔理沙なのか」ですが、僕が、あやかしは成長しても姿が変わらないのではないかと思っているからです。
※7 様
>霊夢が間違えて~
一応、チェンジしている(定期的に交換している)のは魔理沙だけです。
僕の中では、全員の記憶を(16歳から14歳に)改竄してるイメージでしたが、完全に説明不足でしたね……
>だんだん外れてきてる
そのとおりなんです。
ただ、実力不足で、外れる過程がかなり早送りになってしまっているのが、自分でも気になってたりします。
>服
服装は、最後にもう一度、普通の服に戻っている描写をしたかったのですが、どうにも入りそうに無かったので日和りました。ごめんなさい。
蕪城 様
>良SS
泣きそうです。ありがとうございます。
>タイトル
誕生日を祝う台詞でありながら、「これどう見てもお祝いのテンションじゃないだろう」という違和感が出るように、あえてフルネームで呼んでみました。
※10 様
ありがとうございます!
もっとこういうSS増えればいいんだけどなぁ……
途中で普通に携帯に目を戻す、とか記述してるのは多分だんだんそとに戻っていってるんですよね
解説に頼らずに真相を分かれたら良かったです
具体的にどこがどう、とは言えませんが、他の方の指摘にあるように、もう少し文章を膨らませて解説不要にしてほしかったです。
あくまで個人的意見ですが、二段落目をもうちょい改行した方が読みやすい(読もうと思う)気がしました。
つまりこの逆に外の世界の女の子を魔理沙にするのもこういうふうに出来てしまうのでしょうか
紫がはたしてどういう意図で魔理沙を定期的に入れ替えているのか興味があります
二年毎に取り替えられ、外の世界に返された少女たちは、その後どうなってしまうんでしょうねぇ。
ていうかサザエさんも実は中の人が変わっていって、でもカツオもワカメもみんな何事も無かったように…こわッ;w
ただ、若干読みにくかったので点数を引かせていただきました。内容はもう言うことなくすばらしかったです
分かりにくすぎたようです。努力します。
※18 様
指摘された二段落目を読み返した結果、自分でもすっ飛ばしたくなりました。
確か、小説と同じような見た目にしなければならないと思い込んでいたからだった気がします。
修正しようかとも思いましたが、スレのレビューで褒めていただいたので、このままに。
……少し直したほうがいいか
※20
後書きに説明を追加させていただきました。
本来ならば、作中で済ませておかなければならないのですが……。
1パートと最後のパート以外、魔理沙の一人称だった+最後のパートは、会話だけにしたかった
の二つの理由で、その解説が入らなかったんです。
ずわいがに 様
二年間行方不明になったくらいじゃ、なんともない……といいですね
この時期の二年間は、だいぶ大きいですからね
作品内で、分かりやすく。努力します。
miyamo 様
読みやすく。少し修正してみることにします。
皆様、miyamo氏に便乗しただけの僕に、こんなにもコメントを下さり、本当にありがとうございました。
あとがきのチラシの裏的なものは、やはり作品の中で完結していてほしかった気がする。
ハッピーバースデイというタイトルに、背筋が少し寒い思いをしました。いやはや、面白いアイディアです。
知らないということが幸せなのかどうか。