東風谷早苗は憤慨した。青春が足りない。幻想郷に来ていなければ、今頃は健全な女子高生生活を謳歌している筈である。女の子が人生で最も瑞々しく輝く時であるのに。これは一大事。ああ、なんて不憫な自分!このまま私の青春のページは幻想郷という平和ボケした灰色に塗りつぶされてしまうのね!
「よって神奈子様諏訪子様、私はちょっとひとっ飛び青春を探しに行きますので、しばらく帰りません」
「はあ、まあいいんじゃないかい」
「え?ああ、行ってらっしゃい、早苗」
何が何だかわからぬまま、神様たちは早苗を見送った。どうせ夕飯までには帰ってくるだろうと高を括ってのことだった。
東風谷早苗は過ぎゆく青春の風をひっ捕らえるべく、神社を飛び出した。あてもなく旅に出るのって、なんだかとっても青春っぽいじゃあないかしら!
はて、しかし、これからどこへ行けばよいのだろう。ここでの早苗の知り合いの人間に青春青春してる奴なんてまるで見たことが無い。
となると、ここはあえて妖怪を当たってみよう!
「あーおーげばー とおーとしー わーがーしのー…………あれ」
とりあえず青春っぽさを演出するべく歌なんて歌ってみたりしたのだが、すぐに諦めた。歌詞をすっかり忘れていた。
「アリス、椅子に座ってぼーっとして、何やってんの?」
「ああ、メディ……ちょっと、考えていたのよ……私の人生について」
「……重いね」
「ええ、重いのよ……」
アリスの家に遊びに来た途端、これだ。早くも帰りたくなってきた。
「何で、そんな事を急に…」
「……多くのアニメやライトノベルは、学校生活を舞台にしているわよね」
「……まあ、確かに」
えらく唐突だ。しかも幻想郷にはふさわしからぬ話題である。しかし追求すると話が脇道に逸れそうなのでやめた。
「だのに私の学生時代といったら、勉強漬けで、遊ぶ事なんてほとんどない毎日……
飛び級を繰り返したおかげで、遠足や修学旅行なんて一度も行った事がないのよ!」
以前に自分が聞いた話と矛盾するんじゃないかと疑問に思ったが、話が拗れそうなので置いておくことにした。
「……でも、今、十分楽しんでるじゃない……色々と」
「今は今、よ……青春時代は一度過ぎてしまうと、二度と帰ってこないのよ」
……よくわからない話であったが、どうせくだらないことなんだろうなという大まかな予想はついた。
「そんなことでぐちぐちしてるなんて、アリスらしくもない……すっぱり諦めたら?」
「……確かにそうね。いつまでも細かい事でくよくよしていられないわ。ありがとう、メディ」
「うーん、私は何もしていないけど」
平和なアリスの家。今日ものどかに一日は終わる筈だった。
「話は聞かせてもらいました!」
バーン、と、勢いよく扉を開け放ち、突然妙な服を着た女性が入って来た。
呆気にとられる。一体何事?どこから現れた!
「……あ、誰かと思ったら早苗じゃない。どうしたの、宗教勧誘?それとも新聞?MHK(洩矢ハッピーヒッピー協会)の集金ならお断りよ、私は今留守にしております」
「……アリスの知り合い?なんか、ロクなのがいないね、アリスの知り合いって」
ちなみに私は、知り合いでも何でもない。ただのしがない毒人形だ。
「それは少々語弊があるわね。正しくは、『幻想郷には碌なのがいない』よ。ちなみに、私を除いて。私は至極真っ当で常識的な都会派なので」
「………ええー?
…………………ええー?」
「言いたい事ははっきり言いなさい、メディ」
「言っていいの?」
「あえて口を濁すのも美徳の一つよ、メディ」
「あ、そろそろ私の話を聞いてもらってもいいですか?…ちなみに、宗教勧誘でも新聞勧誘でも架空請求でもないです、なんなんですかMHKって」
せっかく勢いよく飛び込んだのに、いきなりのけ者にされて早苗とやらは少々不満気だ。
「ごめんなさい、続けて」
「こほん。……えー、何故私がはるばるここに来たかというとですね……ズバリ!青春の風に流されて……です!」
「青春の」
「風ぇー?」
「……」
「……」
「「ふ~ん?」」
やっぱり新手の宗教なんじゃないか。
しかし私達の冷たい反応にもめげず、早苗はまた口を開く。
「話は全部聞いていましたよアリスさん!……聞けば、なにやら灰色の学生生活だったようですね」
「むぐっ」
灰色というか、むしろ七色というか……
「しかし今からでも、決して遅くはないのです。……どうです、私と一緒に、もう一度青春を探しに行きませんか?」
「やめときなよアリス…きっと新手の…そう、青春詐欺だよ、これ」
やんわりと忠告してやる。これはもちろんアリスが心配だからとかそういうのではなく、他でもない自分が厄介事に巻き込まれてしまう予感がしたからである。
「やります」
「おい!」
そんなあっさり!
「だって……そういう文句に釣られるのって、都会派のサガっていうか……」
「はあーあ……」
おめでとうメディスン。君にはめでたく厄介事のプレゼントだ。おめでとう!ありがとう!……はあ。
「よし、じゃあ早速行動開始ですよ!青春は待っていてはくれないのです」
「それはいいんだけど、何から始めるのよ」
青春、の基準がわからない。曖昧で。
「やっぱり、あれじゃない?バンドを組むとか」
アリス、自分がやりたいだけじゃないのか。確かに、ありそうだけど……
「でも、人数が足りないですね」
「大丈夫、私なら全部出来るから!」
「…………」
じゃあ、もう、アリス一人でいいんじゃないかな……
「メディは何か思いつかない?」
「ええ……私に振られてもなあ」
ずっと幻想郷でぬくぬくと暮らしてきた私には難しい質問だ。青春とはなんだ。振り向かないことか。
「あれは?突然異世界にとばされたーとか、突然新たな力に目覚めたーとか」
これもありがちな設定だよね。
「うーん、私はどっちも経験済みだし……」
「私も似たような感じのがありました」
何者なんだ、こいつら。
「言い出しっぺの早苗は何か無いの?」
「ふふふ…実はここに来るまでに考えていたんです、青春っぽいもの……そして思いつきました、青春のガイドライン……
ずばり!『セックス・ドラッグ・バイオレンス』ですよ!」
おお、なんかそれっぽいな。アリスも感心したようだ。
「なるほど……それを端から実行していけば、青春を謳歌できると……じゃあまずは『セックス』からね」
「……それなんですが……言い出しっぺの自分が言うのもあれなんですが……えっちなのはいけないとおもいます!」
じゃあ最初っから言うなよ、とはもちろん言わない。メディスン・メランコリーは心優しき毒人形なのだ。
「一体何を早とちりしているの、早苗?セックスといったら、性別のことに決まっているでしょう……」
「……………………………………ええ、もちろんそのつもりでした」
絶対ウソだろ、とはもちろん言わない。ただ面倒だからだ。
「しかし性別って、何すればいいんですか」
おーい磯野、性別しようぜ!お前は何を言っているんだ。私も何を言っているんだ?
「柔軟な思考で物事を考えるようにしないから、いつも霊夢達にいいようにあしらわれちゃうのよ。
……ここは、そうね……うん、魔法で、性別を変えてしまいましょう」
随分な事をあっさりと!聞いた早苗は目を丸くした。
「そんなことが出来るんですか!」
「余裕」
「へえ、魔法ってすごいんですねえ……でも、それなら別人になれるわけですし、おもいっきり大はしゃぎできそうですね」
「さっそくやってみましょう。あ、メディもどう?」
もちろん、丁重にお断りする。なにがどう?だ。
別室に消える二人を、諦観の眼差しで見送った。
「……おお、なんというイケメン……元が美人だからでしょうね」
「あら、おだててもお茶菓子くらいしかでないわよ」
数分後、耳に聞こえてきたのは先程とは違った低い声。うわっ、ほんとにやりやがった。
扉が開く。男性二人。スカートの。
見てくれはいいのに、確かな変態がそこにいた。
「……服、変えなきゃですね」
「……ええ」
「でも、男物の服なんてあります?」
「石橋無ければ作って渡ればいいじゃない」
「……さっきからさらっとものすごいこと言いますよね……」
「ちなみに、もう完成してるわ」
「いつの間に!?」
アリスの声に答えてか、綺麗に畳まれた服を抱えた人形が二人の前に現れた。
シンプルな無地のポロシャツ二枚、ジーンズ二本。
「流石に簡素ですね」
「オシャレは女の子の特権よ。……どんな大はしゃぎするのか知らないけど、これならまあまあ動きやすいでしょ」
二人はさっさと着替えを済ませた。
「わあ、このジーパン、サイズぴったりです」
「そりゃあそうよ、私くらいのレベルになればスリーサイズはもちろん、体脂肪率から肌年齢まで一目見れば分かってしまうわ」
「…………」
それは一体何のレベル……しかしひどい能力だ。
しばらくして、大がかりな変装は終わったようだ。部屋から出て、二人は私に印象を尋ねてきた。
うん、まあ、いいんじゃない。ブラウン管から目を切り、私は言った。ただ……
「口調が気持ち悪い」
そりゃそうだ、男の声だもの。
「まあ、俺は人形劇で培った演技力があるから、なんとかなるかな」
いきなりのキャラ作り。少女アリスは消えた。
「うーん、私はどうしましょう」
「丁寧口調はそのままに、もっとクールに、爽やかに」
「………ふむ、それ、いいですね。一人称も私のままで通せそうです」
「オーケー、早苗。……そういえば、名前、その他設定はどうしようか」
うーん、と二人は考え込んでしまった。私は一人、ひたすらロックオンレーザーを連射する作業に戻った。ああ、関わりたくないなあ。
「……えーと、名前、名前……名前は…、アリス=ブラックバーン」
なんかどう頑張っても死にそうな名前。
「ほとんどそのまんまじゃないですか!?」
「いいさ、こんなもんで」
いや、駄目だろう……
とにかく、ここに金髪の好青年、アリス・ブラックバーンが生まれた。
「じゃあ私は、……うーん……東風谷早苗……早苗……
…古河……早苗……古河…渚…………渚………………
……渚……カヲル!…私の名前は、今日限り渚カヲルです」
それに続き、連想ゲームの果てに緑髪で丁寧口調な渚カヲルが生まれた。『オ』ではなく『ヲ』なのがミソだ。どうでもいいけど。
「決まったね。……じゃあ、俺達二人は外の世界に居たけどなんかの弾みで幻想郷に飛ばされて、そこにたまたま現れた親切な少女、メディの案内で幻想郷中を巡ってるって事にしよう」
……今なんて言った!?驚き、固まる。ああ、自機が無抵抗のまま撃ち抜かれているような……
私はなんとも面倒な設定を作ってくれたアリス=ブラックバーンに詰め寄った。
「ちょ……ちょっと!私をそんなインチキ設定の中に巻き込まないでよ!」
「えー?だって、色々便利だろ、近くに幻想郷側の人がいてくれたら」
「そんな理由で……!」
「まあまあ……メディスンさん、この機会に、貴方も青春のひとときを味わってみたらいいじゃないですか」
「…………ああ、こうなるんだよなあ、結局」
アリスに関わるといつもこうだ、と愚痴を呟きながらゲームに戻ると、哀れ、既にタイトル画面。
おんなのひとが ねらいを さだめ せんとうきの なかで レバーを にぎってる……
「……ぼくも もう いかなきゃ!」
「……勝手に行ってください……」
そして二度と帰ってくるな。
とにかく、随分な手間をかけたが、これで『セックス』はクリアしたようだ。
「次は『ドラッグ』ですね。………また、自分から言いだしといてなんなんですが……クスリ、ダメ、ゼッタイ。……です」
「そんなん適当にバンソーコーでも貼っときゃいいだろ?」
「えっ」
ぺたり、とアリスは早苗の腕にバンソーコーを張り付けた。
「はい、次!」
「えーと、じゃあ……『バイオレンス』ですね。………これまた恐縮なんですが……暴力はいけません!非暴力、不服従!」
「ぺちこーん」
「いたっ」
早苗改め、カヲルに、申し訳程度にデコピンをぶつけるアリス。
「………終了!」
「ええー?」
こうして、二人の青春男児は全ての課題をクリアした。いいのかなあ、こんなんで。
「いよいよ外の世界に飛び出す時がきたようだ」
なんだかんだで、一番乗り気なアリス。
「ふふふ、楽しみですねえ」
これから始まる大冒険の予感に、胸躍らせるカヲル。
「…………はあ」
どうしてこうなった。溜息は尽きない。私は青春とかそういうのはどうでもいいのに。
《突然幻想郷という謎の場所に飛ばされてしまった二人の若者(という設定)、アリス=ブラックバーンと渚カヲル(偽名)。
そして彼らへの協力を申し出てくれた謎の少女(という設定)、メディスン・メランコリー(ただの毒人形)。
勇者たちは集い、ついに冒険の幕は上がった!
これから先、一行を待ち受けるものとは一体……!》
森。魔法の。
「自宅を出ていきなりダンジョンとは、斬新だなあ」
「私達、レベルはどれくらいなんでしょう」
「さあ……一応ただの人間、ってことになってるし、戦闘力皆無、せいぜい1レベじゃないか」
今からいちいち突っ込んでいたんじゃあ、とても最後まで持ちそうにない。私は、しばらく無言を貫き通すことにした。
「あ、キノコが生えてますね。道に落ちてる物は片っ端から拾うのが基本、とにかく採ってみましょう」
木の根元に生えるキノコを見つけ、カヲルは早速集めにかかった。
「危ないッ!」
「うわっ!?」
どぐしゃあ。アリスは突然、カヲルに飛びかかり地面に押し倒した。
カヲルに1ダメージ!なんてテロップが見えるぞ。なぜか。
「いきなり何を……」
「馬鹿。これはアイテムのように見えて……実は敵だ!触れたら、襲ってくるぞ。今の状態じゃあ、とても勝ち目は無い」
「そ、そうだったんですか。初っ端から擬態シンボルエネミーが現れるなんて、恐ろしいところです。というか、わざわざ飛びかからなくても、もっと穏便に知らせてくれたってよかったじゃないですか。ダメージ受けちゃいましたよ、私」
「ああ、すまなかった。……ちなみに、HPが無くなると戦闘不能じゃなく、死んじゃうから気をつけてくれ」
「そんな!もっと早く言ってくださいよ!」
「なに、どんな外傷でも、美味しい物を食べればたちどころに回復するから気にするな」
なんでいきなりRPGになってんのよ。しかも妙にデンジャラスだし。ねえ。……ああ。ああ!
私は早くもこの旅に、途方もない苦労の予感を感じていた。そんな私の憂鬱には露とも気付かず、お気楽勇者二人組は歩を進める。
シンボルエンカウントであるのをいいことに、ひたすら敵(そのほとんどはただの昆虫だったり、植物だったり)を避け続け、歩き歩いて数十分。森の真ん中で、妙な物を発見した。
「……これ、アリスさんの人形でしょう」
容赦のない断定。しかしアリスはカヲルの言葉を気にも留めず、宙に浮かぶ人形を調べて一言。
「………あまりにも不自然に置かれている、謎のオブジェクト。そしてこいつの手にあるアイテム……これは間違いなく、宝箱に相違ないな」
「…いや、どうみてもこれは人形ですよ」
「……さな……カヲル」
突如顔を寄せ、詰め寄り両肩を掴む。近いぞ、二人とも。
「な、なんです?」
「……ああ、確かにこれはアリス・マーガトロイドの人形だ。あらかじめアイテムを持たせ、あちらこちらに飛ばしておいた物だ。しかし俺はアリス=ブラックバーン。その人形とは一切全く全然これっぽちも関係は無いのだ。そしてその関係のない人形がこれ見よがしにアイテムを持ってぼーっと浮いている……これの意味するものはなんだ?回収するだろう、RPG的に考えて……
つまりこれは、見た目はどうあれ立派な宝箱なんだよ!」
「な……な……なるほど。理解しました。ええ理解しましたとも」
力押しで納得させてしまった。なんという茶番。傍らの私はというと、無駄な抵抗……他人の振りをするのに忙しかった。無関係だ、私は!
「わかってくれたなら、それでいい。……さあ、宝箱を開いてみようじゃないか」
「そうですね……毎度毎度、この時はわくわくしますね」
開く?一体どこを?
こっそりのぞき見ると、アリスは人形をむんずと掴み、高く掲げ……
「そおりゃあ!」
ちゅどーん。思い切り地面に叩きつけた。広がる爆音。アリスの奇行もあれだが、衝撃を受けると爆発してしまう宝箱というのもいかがなものだろうか。というか、さっきは手に持ってるって言ってなかった?なんでわざわざ爆破した!?
「なんでわざわざ爆破した!?」
必死の我慢もむなしく、ついに口が開いてしまった。
「心配無い、アイテムは無事だ」
「そっちの心配をしてるんじゃない!」
「じゃあ一体何を心配してるんだ」
お前の脳みその中身を心配してるんだよ、という一言をぐっとこらえ、口を噤んだ。代わりに溜息が洩れた。
「中身はなんですか?」
「これだ」
アリスが手にしていたのは、一本のコンバットナイフと、一丁の拳銃。
「私は使い方がわからないので、こっちにします」
「じゃあ俺はこっちか」
カヲルはナイフを手に取り、剥き身のままベルトに差した。アリスは残弾数を確認している。いやいや。
「なんでそんなもんがそんなとこに!」
「何言ってんだメディ、……いや、会ったばかりのはずなのにこの呼び方はおかしいな。
……何言ってんだメディスン、宝箱の中身には突っ込み禁止だ。薬が入ってたり、現金が入っていたりしてもな」
「モンスターが入ってたりもしますけど、どうやって生計立てているんでしょうね」
話をすり替えられたが、そもそも人形を宝箱と呼ぶ方がおかしいのだ。
「ダブルアクションタイプの自動拳銃、ベレッタM92……弾は入って無いや、どこかに落ちていないだろうか」
アリスは辺りの地面に目を凝らす。ゲームじゃあるまいし。
「そんなもんそのへんに落ちてるわけ……」
「アリスさん、危ない!」
カヲルの声に、アリスは慌てて飛びのいた。一体何事だ?落ちついて辺りを見回すと、アリスの立っていた所にちょこんと、一本のキノコが生えているのが見えた。何の変哲もない、至極一般的なキノコである。
「………キノコモンスターか!」
いいや、ただのキノコだ!
「……ここは私に任せてください」
ナイフを構え、カヲルが前へ出る。鈍く輝く刃は、今宵も血に飢えている……しかし相手は、何度も言うがただのキノコだ。
「そらああああ!」
隙を与えぬまま、カヲルは飛びかかる!
繰り出された刃は、寸分違わず相手の頭…つまり傘に、深く突き刺さる。広がる血しぶき…つまり胞子に、刃が染まる。そして物言わぬ死体…元々言葉なんて話さないが…となり、その身を地に埋めた…元々埋まっていたが。
やってることはただの気違いじみた奇行…傍から見れば…でも、彼女達…今は彼ら…にとってみれば、初の戦闘、初勝利である。
「やったな!カヲル!」
「ええ、なかなかの接戦でしたが…なんとか勝利をものにしましたよ」
《9mmパラベラム弾を手に入れた!》
念願の弾薬をドロップ!……はあー!?
「どうしてそうなる!」
「……宝箱同様、ドロップアイテムにも突っ込み厳禁だ。……三発だけか。大事に使わないと」
「でも、大抵のゲームでは『銃は剣よりも強し』なんて法則は終盤に気付いた序盤に手に入る筈の宝箱みたいなもんですが……大丈夫なんですか?」
「そんなものは、『主人公補正』でどうとでもなる。後で機会があれば、その力を見せてあげよう」
「…………」
こんな主人公がいてたまるか。私はこっそり、魔王が現れてこのすちゃらか勇者一行をボコボコにしてはくれないかと願った。
すったもんだの挙句、森を抜けた。
「ふう、…これからどうしましょうか。目的も無くぶらぶらするのもいいかと思うんですが」
「とりあえず……人里に向かおう。メディスン、案内してくれ」
「ああ……そういえば私は案内役という名目だったね。なんだろう、別に私じゃなくてもいいような気がするわ」
誰か代わってくれないだろうか。今ならアリスのお菓子を食べる権利を与えてやってもいい。
「まあ、そう言わずに」
「……別に、いいけどさあ」
私だってそこまで幻想郷に詳しいわけじゃない、というか、そっちのほうが絶対詳しいだろ……そんなような事を思いつつも、しぶしぶ先頭に立って歩き始めた。
そして人里に向かう途中……とある館を発見する。それは、まさにダンジョン、まさに、冒険の香りのする、魅惑の館……
「…………?どうした……」
突然立ち止ったカヲル。その瞳は……輝いていた。キラキラしていた。かつてない大冒険の予感に、今にも眼孔を飛び出さんとしていた。
「ん?……ああ……えー、右手に見えますは、紅魔館、紅魔館……そこには邪悪な吸血鬼が住まい、夜な夜な人里を襲っては、罪なき人々の生き血をすすり、その身を真っ赤に染め、禍々しい翼で夜を往き、館に帰ってまた眠りにつくといいます……命惜しくば、勇者気どりで無闇に近付く事無いよう……」
こうなったら案内役としての仕事を全うしてやろうと、即興で適当な設定をでっち上げた。
「……さあ!アリスさん!」
「断る」
「まだ何も言ってません!」
アリスは目を逸らした。どうやらいつものチキンハートに火が点いたようだ。
「チャレンジする前から、無理だと決めつけてしまうのはよくありませんよ!」
「無理をしないというのも、一つの勇気だ……いいか、俺たちはただの人間(という設定)なんだ。
オプションの無いビックバイパー、フォースの無いR-9、アームの無いシルバーホーク……そんな状態で、残機無しだ!
無茶だ、無謀だ、蛮勇だ!どうしても行くというなら、レベル上げしてからだな……十年くらい」
「どれも、頑張れば行けそうじゃあないですか……!死んで覚えろ、が鉄則ですよ!」
「人生にクイックセーブは無いんだ!ゲームオーバー即ち終わり、取り返しはつかないんだ!」
「しかし、そうやって逃げてばかりいては……一度きりの人生が語るに足らない、味気のない物になってしまいます!挑戦は……スパイスなんです!醤油をかけない目玉焼きがありますか!?バターを塗らないトーストがありますか!?福神漬けの無いカレーが食べられますか!?」
「……何を言っている!?目玉焼きには塩だ!トーストにはジャムだ!福神漬けなんていらない、焼きそばの紅生姜同様に!人生にスパイスなど不要、十二分に味は濃いのだから!」
「今はそんな話をしているんじゃあありません……!死ねば助かるのです、背を向けるから追われるのです、自分から向かって行かないと……!」
まったくどうしようもない口論を聞き流し、高く昇った太陽を細目で追う。今日のお昼ご飯、なんだろうなあ?
「命大事に!」
「ガンガンいこうぜ!」
「………」
「………」
「……わかった。…じゃあ、こうしよう。とりあえず中には入る、入るが、危険を感じたらすぐに逃げるんだ。吸血鬼退治なんて馬鹿な事は考えずに。異存は無いな?」
「……ええ、いいでしょう。……ところで、せっかく吸血鬼の館に突入するわけですから、装備として鞭が欲しい所ですね」
「そんな都合よくあるわけないだろう、ゲームじゃあるまいし。……そもそも、上手く潜入できるかも怪しい。見ろ」
岩陰に隠れるアリスの視線の先、門の前には、一人の門番が立っていた。普段は大したことなどなさそうに見えても、有事の際にはきっちりと自分の仕事を果たすであろう、幻想郷の看板門番こと紅美鈴である。
「なんだかぼーっとしているように見えますが……お昼休憩が待ち遠しいんでしょうか。……そういえば、お腹すきましたね」
「昼食はこの任務が終わってからだ。まずはあの見張りをなんとかしよう……メディスン!」
「……ええ、私?」
自分の出番が来る事などまるで予期していなかった。なんだか私は忘れられているようだから、このままうまい事空気化、フェードアウトしようと思っていたのに。
「簡単な仕事だよ。この爆竹を見張りの死角で破裂させる。すると様子を見に持ち場を離れる。メディスンは近づいて来た見張りに声を掛け、時間を稼いでくれ。その隙に私達が侵入する。簡単だろう?」
「はあ。……そう、うまくいけばいいんだけど……」
不安の拭えないまま、アリスから野球ボールほどの大きさの黒い玉を受け取った。なんで都合よくこんなものがあるのかという疑問は無駄であると知っていた。
「それじゃあ、館をぐるっと周って向こう側で、そいつを投げてくれ。地面に強くぶつければ音が出て破裂する」
「うわあ、面倒くさいなあ。……わかったわよ」
美鈴に気付かれないよう、遠回りしてアリス達の反対側に着いた。準備は完了、後はこいつを…思い切り地面に向かって投げる!
どおん!
立ち上る砂煙、広がる火薬の匂い………吹き飛ばされる私。
……これを爆竹とは呼ばない、爆弾というんだ!
私にとっては予想外のハプニングがあったものの、作戦はおおむねアリスの計画通りに進んでいる。爆音を聞きつけ、美鈴がやって来た。
「ああ、メディスン!一体何が……大丈夫?」
「あー、うん、特に怪我は……落っこちてたボールを触ったら、突然爆発して」
「そうですか……またフランドール様が壁を吹き飛ばしたのかと思いましたよ」
美鈴も苦労しているんだなあ……あ、なんとか時間を稼がなければいけないんだっけ。
美鈴の背後に、二人が門へ向かって走っているのが見える。
「そうだ、そのフランドール様なんですが……そろそろ、第三回虹色同盟大会議を開くためにみんなで集まりたい、とおっしゃっていました。
……今度はちゃんと玄関から出るよう言っておかないと……」
すっかり忘れていたけど、フランって館から出たらいけないんじゃあなかったっけ。まあいいか、今更。
二人は、門の前で何やらまごついているようだ。何をやっているんだろう?
「さて、いよいよ侵入です………どうしました、アリスさん?」
「……門に鍵がかかってる」
「……………」
「……問題はない。この予備の爆だ…爆竹で風穴を開けてやろう」
「……………え?そんなことしたら………」
「サークリファイス!サークリファイス!」
正面からまたも大きな爆発音。美鈴も慌てて振り向いた。あいつら、何を考えているんだ?
あーあ、ほら、ばれた。
「……そこの二人!こんな所で何を……あっ、門が!」
慌てて駆け寄った美鈴が見たものは、無残にもひしゃげた門。
それ、さっき私が使ったのと同じものだろうか?すごいなあ、私、よく無傷だったなあ。
「……しまった、やってしまった」
「ほら、やっぱり見つかっちゃったじゃないですか……せっかく恰好良く侵入してのスタイリッシュスニーキングアクションを期待してたのに……」
「えっ……?いきなり正面突破を試みといて、スニーキングミッションはないだろ……」
二人揃ってなんだか余裕だが、大丈夫なのだろうか。
「人間……?まあいい、怪しい奴らめ、とりあえず大人しくしていてもらいましょうか」
「おおっと、……そうはいきません、我々には使命があるのです……悪の吸血鬼をこの手で倒すという、崇高なる使命がね」
「はあ……?悪の吸血鬼……?」
ああ、美鈴……それは、こいつらが勝手に言ってる事だから……
それより、これから私はどうすればいいんだ?たまたまここに居合わせた通行人Aで通るのか、はたまた、妙なナリの二人組の仲間として勘定されているのか……
「あんた達が何を言っているのかはよく分かりませんが、怪しい奴らを簡単にお屋敷の中へ入れるわけにはいかない……足早にお引き取り願いましょう」
「俺も帰りたいのは山々だが、こちらの兄さんが駄々をこねるものでね、無理矢理にでも中へ入らせてもらう。
……中を見たら、二秒で帰る。いいな、カヲル!」
「また臆病風に吹かれましたか!それじゃあ意味がないでしょう、吸血鬼退治を完遂するまで、帰りません、帰させませんよ!」
「何を言う、『吸血鬼の住む謎の館での冒険』という目的は果たせるじゃないか!」
また喧嘩が始まった。冒険のパートナーとしては、相性最悪なんじゃないか?
「……あのう、私を無視しないでもらえます?」
「外野は黙っていてくれ。これは俺達の命の有無を決める、大事な相談なんだ」
「が……がいやって……」
あーだこーだと言い争いを再開する二人。私、もう帰ってもいいのだろうか。
「……一体何の騒ぎ、美鈴?」
「あっ、咲夜さん」
前触れもなく突然メイドが現れた。いつぞやの異変の時に会った事がある、確か十六夜咲夜だ。
何を考えているのかさっぱりわからない侵入者達に手を焼いている美鈴を見かねて、助けに来てやったのだろう。
「誰、あれは。美鈴の知り合いかしら?」
「違いますよ……いきなりやって来て門を爆破したと思ったら、今度は私そっちのけで喧嘩始めたんですよ」
「そう……侵入者には違いないけど、お嬢様も退屈していることだし……ちょっと、貴方達」
咲夜は飽きずに言い争いを続けている男二人に声をかけた。いや、中身はただのアリスと早苗なんだけど。
「今度は何だ?今、限りある命の使い道について説いてやってるところなんだ。邪魔しないでくれ」
「どうせ、同じ事を延々と繰り返すだけでしょう?大事な物だからこそ惜しまずに使わないと、ボムをけちって抱え落ちするようなことになりかねません。『命は投げ捨てるもの』だって偉い人が言ってました」
「今、ボムなんて緊急回避手段があるわけないだろ!爆弾は持ってるけれども。ボムならいいが、命まで投げだしちゃあ駄目だろ」
「前へ出る事が時には命を救うことになる、と言いたいのです。人生は強制スクロール、ぼさっとしていたら押し潰されてしまいますよ!」
「前に進みすぎても、突然出てきた敵に対応できなくてやられちゃうだろ!」
こいつらが何を言っているのか、分かった人は説明してくれ。とても私はついていけない。
「……ほら、人の話を聞かない人たちでしょう?」
「あー、確かに。……もういいわ。貴方達を、これから紅魔館にご案内致します。喜んでください」
なんと、ちょっとまばたきした瞬間、いつの間にかそこは紅魔館のエントランス。ありのまま今起こった事を以下略。
というか、なんで私まで。
「……あれ、なぜか中に入ってますね。とにかく、侵入成功です」
「ありえない、何かの間違いではないのか?」
「ところがどっこい、現実よ。ようこそ、紅魔館へ。異世界からやって来た勇敢なる冒険者たち」
声のした方向を仰ぎ見ると、吹き抜けの二階部分、階段の向こうに、一人の吸血鬼とメイドの姿が。フランの姉、レミリアだ。その隣には、咲夜が澄まし顔で立っている。
「いきなりボスのお出ましですか。もうちょっと手順を踏んで欲しかったですね」
「まーまあ、そう言わないで頂戴。退屈を紛らわせてくれそうな素敵なお客様だもの、主直々に挨拶に出向かないと失礼でしょう?」
そう言って、不敵に微笑む吸血鬼。流石の、ボスの貫録。
「ふう、タンスや本棚を漁る暇も与えてくれないとは。まあ、手間が省けてよかったですけどね」
カヲルはさっきから、なぜこうも強気でいられるんだろう。
「おや、自己紹介がまだだったわね。私はここ紅魔館の主、夜を統べる吸血鬼……レミリア・スカーレット」
大仰な礼と、大げさな形容をつけて、レミリアが声を響かせた。
「その従者、十六夜咲夜でございます。お見知りおきを……まあ、侵入者相手にここまでかしこまった挨拶する必要はないんですけどね」
咲夜も続く。出会い頭、挨拶代わりに弾幕をぶっ放すことが日常茶飯事な幻想郷において、これは珍しいことなんじゃないだろうか。
「……これはご丁寧にどうも。アリスさん、こちらも一発かましてやりましょう!」
「自己紹介で何をぶちかますっていうんだ……」
「私は渚カヲル、外の世界から青春の風に流されこの幻想郷にやって来た、勇者一号!」
ぶちかましやがった!
「えーと。……俺はアリス=ブラックバーン。同じく外の世界から来た、超勇者二号だ!」
超ってなんだ。逆に弱そうだぞ。
「……アリス?そういえば、あの人形遣いにどことなく似ているような」
レミリアが呟く。まあ、当然の疑問だ。
「あっ、それはさっきも誰かに言われたが、俺はこの幻想郷にいるという『アリス・マーガトロイド』とは無関係だ。どうやら似ているらしいが。親戚でもドッペルゲンガーでも並行世界の住人でも生き別れの兄妹でもクローンでもない」
すらすらと口を吐く。あらかじめ考えていたのだろうか。
「ふうん……?なんにせよ、珍しい名前ねぇ」
「そんなことは、『女の子だったら《アリス》にしましょう。……男の子?知らん、めんどくさい、アリスでいい』と投げやりな命名をしてくれたうちのマミィに言ってくれ」
なんて滅茶苦茶な誤魔化しかただろう。……しかしその母親って『これはなんかオーラが上海っぽいから上海人形』『カラーリングが国旗に似ている……和蘭人形』『今日の標語、《我思う、故に我あり》……仏蘭西人形』なんて出鱈目な名前を付けたアリス・マーガトロイド本人にそっくりじゃないか。
「ま、名前の由来なんてどうでもいいわね。……で、そっちは?どっかで見た事あるような気がするけど」
レミリアの視線は私に向いている……私?
「さあ、メディスンさんもガツンとやっちゃってください」
そんな無茶な……
「えー……メディスン・メランコリー、うっかりこの二人に見つかってしまったが為に幻想郷の案内役にされてしまった哀れな毒人形です」
「そして、我らが同志、真勇者三号でもある」
なんだ真勇者って、私を巻き込むな!
「それでその勇者御一行様が、紅魔館に何の御用事かしら?観光?」
「ふふ、決まっています……人民に害なす悪の吸血鬼を退治する事ですよ!」
ずびし、と指を突き付けて高らかに宣言するカヲル。あーあ、さっきまでならなんとか引き返せたのに、もう駄目だ。
「……咲夜、これって……もし私がこの外の世界から来たとか言う人間達を殺しちゃっても、正当防衛よね?」
「そうですね、勝手に人間から血を吸っちゃあ駄目だと決められていても、こういった場合には例外でしょうね」
「というわけで、この私が直々に相手をしてあげましょう。その大層な自信が、一体どこから湧いてくるのか興味があるわね」
おいおい、なんだかまずい事になっちゃったんじゃあ。あ、私はジャンル妖怪なんで見逃してもらえますよね。
「あーあーあー。どうするっていうんだカヲル、もう逃げるのも一苦労じゃないか。何か策でも?」
「んなもんねーですよ。勇者たるもの、眼前の悪には脇目も振らず突っ込むべきですからね。策を考えるのはアリスさんにおまかせします」
なんてやつだ、ここまで大事にしといて、肝心な時に丸投げしやがった!
「ええ、あれだけ大見得切っといて全くの無策か!……どうするんだ、スペルカードルールなんて使ってもらえないだろうし、ただの人間二人と人形一人が吸血鬼相手に勝負になるわけないだろ。そもそも私達が元に戻ったって勝てるかも怪しいのに」
ちゃっかり私を頭数に入れないでもらいたい。
「あー、それはなんといいましょうか。ここぞという時に発現する新たな力で」
「なんとかなるか!一瞬で殺されるだろうし、そんな新たな力発動フラグなんて無かったぞ!」
「……うーむ、どうしましょう」
もうこんなふざけた奴らに付き合ってられるか、私は部屋に戻らせてもらう!
「……さっきから何をやっているの?まさか、ただの口だけって事は無いでしょうね……」
痺れを切らせて、レミリアが苛立ちを露にした。だってこいつら、本当に口だけだったんですよ。
「……いーや、まさか!どうやら出し惜しみをしている場合じゃないらしい、俺の本当の力を見て、驚くなよ!」
アリスが勇ましく口火を切った。何か思いついたのだろうか。
「……ああ。ここからどうしよう……」
ぼそりと言ったのを、私は聞き逃さなかった。なんてこった、見切り発車だ!
「なんとか人形が使えれば、ここから逃げ出す算段もつくんだけどなあ。そんなことしたら正体ばれちゃうしなあ」
「幻想郷のアリスさんとは何の関係も無い、外の世界の人形遣いって設定はどうでしょう」
「えー、それは無理があると思うよ……」
「じゃあどうしましょう……」
「…………」
私達がうまい設定を考えている間、アリスは不敵な笑みを浮かべていた。無策を相手に覚らせないようにするためのハッタリだろうか。
「………心配は無用だ。なんとかなる。成せば成る。最後に笑うのはいつだって俺たちだった、そうだろ?」
いや、だろ?なんて聞かれても。
「……まだなのかしら」
「あ、ちょっと待ってくれ、けっこうデリケートなんだ、この能力……」
もうこれ以上誤魔化すのは無理があるような。
「そう、ちょっとね……超能力的な部分があるから、コンセントレーションが……」
「外の世界の能力者……さては貴様、『スタンド使い』かッ!?」
意外とノリいいなあ、レミリア。
「………………『ペルソナ使い』だッ!」
今思いついただろ!
「ええい、言ってしまってはもう後に退けない!実は俺はペルソナ使いだったんだ!
さあ見せてやる、俺の力をな!」
高らかに宣言して、アリスは懐からいつぞやのベレッタM92を取り出した。
「……そんな玩具で、どうするつもり?」
「こうするんだ!」
アリスは、銃口を躊躇いなく自分のこめかみに押し付けた。ロックは外され、引き金に指を掛けていつでも撃てるようになっている。
「アリスさん、その銃は……」
「……森でドロップしたこの拳銃。なんとこれは、ペルソナ召喚器だったんだよ!」
「な、なんですってー!」
後付け設定の嵐。もう無茶苦茶だ!
あれ、でも、それって普通に弾が入っているんじゃあ。
「………………」
横から見てるとよくわかるが、こっそり銃口を後ろにずらしているぞ、こいつ!
「……カヲル。危ないから退いてくれ」
「え?……うわっ」
慌ててカヲルは一歩後ろに下がった。
「さて、何を見せてくれるのかしら」
相変わらず余裕のレミリア。
「笑っていられるのも今の内だ。
………いくぞ!ペルソナァァァァー!」
右手に構えた銃の引き金を引き、銃声と共に撃ち出された8mmパラベラム弾が紅魔館の壁に穴を開けた。
それと同時、左手に持っていた黒い玉を床に叩きつける。
大きな音を出して破裂、目映い光に目がくらむ……閃光弾か!
あっ、さてはアリスめ、さっき私に渡した玉と間違えたな!
「くうっ。………何があったの?」
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「少し驚いただけよ」
突然の光に目を伏せていたこの場の全員が辺りを窺う。……すると、そこにいたのは。
「……私、参上。……キャラじゃないわね」
……アリス・マーガトロイド。
さっきまでそこにいた、ブラックバーンの中の人。魔法を解いただけじゃないか。なぜか服が変わってるけど。
「なんで人形遣いがここに!?」
「今の私は人形遣いでも魔法使いでもない……ただのペルソナよ」
またも無茶苦茶な誤魔化しかたを!
「アリスさん、大丈夫なんですか……?」
カヲルが不安げに問う。
「……なんとかするわ」
……ああ、不安だ。
「あー、貴方がその、ペルソナとやらってことはわかったから……だから、なんでそんなのやってるのかって聞きたいのよ」
「アルバイトで」
「アルバイトで!?」
ああ、どんどん話がしっちゃかめっちゃかになっていくような。
「ええ、ちょっと魔界で募集してるのを知って……呼ばれて飛び出てズドドドーン、ってわけなのよ」
「ふ、ふーん……世の中には妙な仕事もあるものなのね……あれ、それじゃあさっきまでいたアリスって男はドコ行ったのよ?」
「あ、それはこの身体よ。呼び出されると、召喚者の身体を借りて現れるの。ちゃんと姿も変わる親切設計よ」
ペルソナって、そういうんじゃなかったよなあ……
「さて、ペルソナとして呼び出されたからには、しっかりと自分の仕事は果たさなければいけないわね。メギドラオン!メギドラオン!」
「いてっ、いててて!クソッ、ただの人形投げじゃないの!変な呪文を使わないで、ちゃんと弾幕ごっこのルールで戦いなさい!」
さっきまで、問答無用でこっちを殺す気まんまんだったくせに。
「……いいでしょう。私はルールや決まりごとはきちんと守るロウルート寄りな都会派なので、スペルカードを使う事にしましょう。
しかし私はペルソナ、一度攻撃したら元の姿に戻ってしまうのよ。そして召喚者のMPが尽きてしまうので、二度目は無いのよ」
さっき、メギナントカをニ回も使ってたじゃないか。
「随分MP低いね……」
「そりゃそうですよ、私達はまだレベル1ですから」
そうか、まだあのキノコモンスター(ただのキノコ)しか倒していないんだ。低レベルクリアも程々にしないと、痛い目見るぞ。
「チャンスは一度……この一撃でなんとか逃げる方法を掴まないと、もれなくゲームオーバーだわ……」
「アリスさん……信じていますからね」
「ええ、任せなさい!」
そのアリスの姿は久々の本気を感じさせた。ただのハッタリじゃないと信じたいが。
「さあ、来なさい!」
レミリアが両手を広げ、吼える。わざと後手に回るのは、ボスの美学なのだろうか。
それを受け、アリスは大きく声を上げる。
「いくわよ……真っ赤に燃える紅蓮の炎、全てを無に帰す一本の矢!I・C・B・M、発射!……ぽちっとな」
「………」
構えるレミリア、しかし何も起こらない。誰もが頭にクエスチョンを浮かべる中、アリス一人が笑っていた。
「ふふ、くくくく、はーははは!今、この瞬間!大陸間弾道ミサイルがここ、紅魔館を目標に発射されたわ!もう止める事は出来ない、数分と経たない内に、幻想郷全土を焼き尽くし、見るも無残な瓦礫の山が出来上がるでしょう!」
「な、なんて事を!ていうか、なんで早速弾幕ごっこのルールを無視してんのよ!」
「そんなものは知らない、歴史と法律は勝った者が造るのよ!」
だめだこいつ、完全にカオスルートに堕ちやがった!
「助かりたければ、方法は唯一つ……三十秒以内にフランドールの力で、ミサイルを着弾前に迎撃するしかないわね。
さもないと、延々金剛神界を彷徨う事になりかねないわ」
「く、くそ……咲夜!わかっているわね!急ぐのよ!」
あちらはひどく慌てているぞ。どちらが悪役かわかったもんじゃない……
「……よし、今のうちに脱出しましょう」
あ、やっぱりハッタリだった。
私達はまんまと紅魔館を脱出した。なぜか美鈴はいなかった、お昼休憩だろうか?シフトに穴が開いているが、交代の人員はどこいったのだろう。
「やれやれ、なんとかなりましたね」
「カヲルは何もしてないだろ……」
いつの間にかアリスはまた男に変身していた。面倒だし、あんまり意味が無いんじゃない、それ。
「とりあえず、ミッション『吸血鬼の館籠城戦』クリアです。ここらでそろそろお昼にしましょうか」
籠城してないし、攻略もしてないのに……ともあれ、休憩には賛成だ。私達は改めて人里に向かうことにした。
人里。特に何事も無く辿り着いた。人々が物珍しげに眺めるのを、この妙なナリの二人は気にする様子は無い。
「ああ、お腹すきましたねえ。何食べます?」
「そうだなあ、何にしようかな……」
慣れた様子で店を物色する。外の世界から来たって設定はどこいったんだろう。
めぼしい店を見つけたのか、カヲルが足早に歩き、後にアリスが続いた。
それに私が続くと、突然カヲルが立ち止り、それにアリスがぶつかって、さらに私がぶつかった。
「いたっ。……どうしたんだ、カヲル」
「……アリスさん。どうしましょう……私達、お金持ってませんよ」
「………………あっ」
今気付いたのか。
「ど、どうしましょう。そうだ、適当な家のタンスでも漁れば、いくらか見つかるかもしれませんよ」
「馬鹿っ、そんな強盗まがいの事が出来るか。ゲームじゃあるまいし」
紅魔館には強盗まがいな作戦で侵入したくせに……
「ううん。しかし、困ったなあ。どうすれば食い物が手に入る……」
「金策にはいらないものを売るのが常套手段ですが」
「この貧弱装備、売れるものなんて何も持ってないぞ」
そもそも、ナイフや出所不明な拳銃を買ってくれる人なんているのだろうか。物好きな人なら買うかもしれない。
「どうする、なんとか食べ物を譲ってもらう方法は……」
アリスは道をうろつきながらぶつぶつ呟き、何かを考えている。
「……そうだ……確かあっちの蕎麦屋、店主が盲腸で入院していて、今は娘さんが一人で切り盛りしているはずだ……」
なんでこいつは人里の事情にこうも詳しいのだろう。
「でもアリスさん、それがどうしたっていうんです?」
「娘さんを口説き落とし……あくまで善意による施しを誘い、合法的に蕎麦を御馳走になる……今の姿ならいけるはずだ!」
最低だ!
「そんなのうまくいくわけないでしょ!」
「……メディスン、いい機会だから一ついいことを教えてやろう……男も女も、結局は顔だ!顔が全てだ!顔がよければ物事の八割はうまくいく、それが無ければ馬車馬のように働いて金を稼げ!どちらも駄目なら、腐って死ぬだけだ!」
こ、こいつっ……!
「恋人にするなら顔、結婚するなら金とはよく聞きますけどね。愛はどこかに無いのでしょうか」
「なるほど、金ならフローラ、顔ならビアンカか。デボラを選べば、ある意味愛があると言えるだろう」
「ちなみにアリスさんは、結婚するならどんな人がいいですか」
「ううん、『若奥様』な薔薇水晶か、『女王様』な薔薇水晶か……どちらかを選ばなきゃいけないのが、人形師のつらいところだな」
ついこないだまでの金糸雀愛はどこへ消えたんだ。
「おっと、こんな話をしている場合じゃなかった。さっそく行動だ、行くぞカヲル!」
「おいしい蕎麦が、私を呼んでいるのが聞こえますよ!」
二人は目標を定め、駆けだし、店に飛び込んだ。ああ、罪なき少女が犠牲に……私はそれを止めるすべを知らない。
あらあらこんなところでどうされました。ああ、ああ。天使のお迎えだ。いよいよ長きに渡る冒険もおしまいか。まあまあここは天国ではないしここは幻想郷ですよ。我々山駆け海渡る冒険者、故郷も家族も捨て心満たされぬまま死を迎えるものかと思いきや、こんなにも美しい天使に看取ってもらえるならば本望だ。さあ天国へも地獄へでもどこまでも行きましょう、貴女の隣がすなわち楽園。いえいえ私そんな大層な者ではありません、ただのしがない蕎麦屋の娘でございます。蕎麦でも饂飩でもいいでしょう、貴女はただただ美しい。それは罪です、大罪です、死にゆく者に残酷な微笑みを向けるのだ。私しがない蕎麦屋の娘、命の灯消えんとする御方を前にして、何もお助けすることが出来ないのでございます。そんな、そんな、とんでもない!貴女は笑っていてくだされば、それでいい。死は唐突に、平等に、誰にでも訪れるものなのです、貴女が責任を感じるなどとんでもない!ならば一つ教えてくださる、貴方を死に至らしめんとする物は一体?
お腹が減って死にそうなのです。あらあらそれは、まあまあまあ。
私は流されるまま蕎麦をすすり、蕎麦湯を三杯おかわりし、先に店を出て、若き店主に礼を告げるアリスを遠目に見ていた。
貴女はやはり天使だ云々、お代は結構云々、お名前は云々、名もなき旅ガラス云々、いつかまたお会いしましょう云々。
人里を出た。途中、やはり周りからは奇異の視線で見られていた。
「ふう、もうお腹一杯です」
「食べすぎだ、カヲル……」
こいつらは一体何をしに来たんだ?幻想郷グルメの旅じゃあるまいな。
「さて、お腹も膨れた事ですし……新たなダンジョンを目指しましょう。まだまだ終わりませんよ!」
私はもう飽きてきたよ。
行く当ても無いまま、先頭にカヲルが、次にアリスが、最後に私が付いて一列に歩く。何のこだわりがあるのか知らないが、ずっとこの歩き方だ。
「……、おい、あれは何だ」
ジーンズの小さなポケットに手を突っ込みながらぷらぷらと歩いていたアリスが、空を見上げながら言った。青空の中に不自然に浮かぶ黒い点。どんどんと大きくなる……
「……あれ、魔理沙じゃあないですか」
カヲルが目を凝らしながら言った。なるほど、よくよく見ると箒に跨った人のようだ。おそらく魔理沙に間違いない。
「あ、方向を変えた。こっちに近づいてくるようです」
「おいおい、厄介な事になったな。仮にも奴は魔法使い、もしかしたらばれてしまうかも……十中八九大丈夫だろうが」
「ええっ、それは困ります。この姿が幻想郷の人にばれてしまったら、青春をエンジョイできなくなってしまうじゃないですか」
そんなに慌てるような事だろうか。そもそも、青春はもはやあまり関係なくなってきている気が。
「なんとかうまく誤魔化すしかない。メディスン、頼んだぞ」
くそう、いつもこういう役回りだ。
魔理沙は私達の前に降り立ち、フレンドリーに、むしろ馴れ馴れしく声を掛けた。
「よう毒人形、こんな所で男なんて連れて何やってるんだ」
ええと、どういう設定だったかな。
「あー、この人たちはどうも外の世界から来たみたいで……たまたま見つけた私が幻想郷を案内していたの」
「ふーん?外の世界から。お前らも災難だなあ」
「いやあ、なかなか面白い体験が出来ましたよ」
「そうそう、今も箒に乗って空を飛ぶ妙な服の女の子なんて珍しいのを見れた」
「その割には驚かないんだな」
「もう見慣れてますからね。吸血鬼に追いかけられたりもして大変だったんですよ」
「……なかなか外の世界から来たにしてはタフな奴らだな。あ、一応言っておくが、私は見ての通り魔法使いだが人間だ。普通の」
「悪いけど、こっちの常識じゃあ箒一本で空を飛ぶ奴なんて人間とは呼べないもんでね」
「なるほど、確かに一理あるような」
知り合いである事をおくびにも出さず、二人は魔理沙に会話を合わせる。うん、うまくいってるじゃないか。
「ところで、お前ら名前は?私は霧雨魔理沙、さっきも言ったが普通の魔法使いだ」
「アリス=ブラックバーン」
「渚カヲル」
「……どこかで聞いたような名前だな。それにしても、アリスだって?」
ほら、やっぱり名前が同じってのはやめといたほうがよかったんじゃ。
「あ、先に言っておくけど俺はここにいるアリス・マーガトロイドとやらとは無関係だ。まだ会った事無いけど、きっと美人で頭が良くてやさしくて美人で家事とかも得意で美人なんだろうなあ」
こいつ……
「アリスが?ははは、やめといたほうがいいぜ!確かに美人の部類には入るだろうが、いつも妙な事ばかりやってる、頭のネジが吹き飛んだおかしな奴だよ。頭には人形の事しかないみたいだし、私の認識じゃ幻想郷でも類を見ないレベルの変人さ」
「なんだと」
「ちょ……ちょっと!アリスさん」
カヲルがアリスを引っ張って、こっそり耳打ちする。
「駄目ですよ、危うくばれるところだったじゃないですか……」
「ああ、ついつい……気をつけるよ」
「お願いしますよ」
「しかし……なんでそんな評価になっているんだ。俺は常識人の都会派で通ってるはずなのに……」
それは本気で言っているのだろうか?面白い冗談だ。あはは!
「おい、どうした?」
「ああ、いや……ほら、名前が同じだからか、他人のような気がしないんだ……彼女の陰口はやめてもらえるか」
同一人物なんだけどね。
「あー、それはすまなかった。でも、とにかくあいつに会うのはやめといたほうがいいぜ。人間には親切だって噂だが、どうも怪しい。蝋人形にされて帰ってこれなくなるかもしれないしな」
「……御忠告、ありがとう……」
なんとか堪えたようだが、このままじゃあぼろが出るのも時間の問題だ。はやいとこ引き離した方がいいかもしれない。
「二人とも、次は、ええと……そうだ、神社を見に行くんでしょ?早く行こうよ」
「あ、ああ。そうだ。早く行こう。じゃあまたな、魔理沙さん」
「ん、神社って博麗神社の事か?ちょうど良かった、今私も向かっているところなんだよ。一緒に行こうぜ」
ああ、失敗したか!これ以上この二人を傍に置いとくのはまずい。なんとかしないと……
「あ、でも、この二人は普通の人間だから空も飛べないし……先に行ってもらったほうが」
「そうそう!飛行機かヘリコプターでもあるっていうなら話は別だけど」
「せっかくだ、私も歩いて行かせてもらうぜ。外の世界の奴と話す機会なんて滅多に無いからな」
うーん、どうあっても付いてくるつもりらしい。もう手に負えないや。
私はアリスの耳元に顔を寄せ、魔理沙に聞かれないよう小声で囁いた。
「アリス、もう諦めて一緒に行くしかないみたいだよ」
「勘弁してくれ……このままじゃイライラのあまり設定の事も忘れて持ってるありったけの人形を大爆発させてしまいそうだ。ここら一帯は焼け野原になるぞ」
「あ、その姿でも一応人形は隠し持ってるんだ……」
「魔界では割とオーソドックスな商品技術、超次元ポケットさ。米粒一つ分のスペースに、2tトラック分の荷物が入るんだ。ただ、狙った物を取りだすのには少々コツがいる」
ああ、それで私に渡すはずの爆竹を間違えたんだな。
「それはいいけど、じゃあどうするのよ。潔く正体ばらす?」
「それも嫌だ。あいつに知られたら、それこそ幻想郷中に広まってしまう」
「あれもいやだこれもいやだ……はっきりしてよ」
腕を組んで唸っていたアリスだったが、何かいいアイデアをひらめいたのか、ぱっと顔を上げた。
「そうだ。奴の口を封じよう。実力行使で」
いきなり荒っぽいやり方に様変わりした。どうしてそうなるんだ!?
「都会派とやらはどこいったの!?もっとクールであるべきでしょう!」
「クスリとケンカは都会の華だ!そして都合の悪い事はもみ消すのが都会の流儀!」
ああ、こいつはうららかな日差しの中、テラスに出て紅茶とお菓子を楽しみつつ談笑するような上品な都会派じゃあない……ジャンクフードをコーラで流し込み、ガラの悪い若者とつるんでスプレーで芸術を作るタイプの都会派だ!
「おい、さっきから何をこそこそやってるんだ?」
魔理沙が声を掛けた。
「霧雨魔理沙。……実は俺は幻想郷を滅ぼすために外の世界から送り込まれたエージェントだったのさ!手始めにまずお前からだ!」
「な、なんだって!いや、というか、なぜこのタイミングで言ったんだ!」
「あれ?いつの間にか妙な展開になってますね」
「あーあ……もう私、知ーらないっと……」
自分で言った事には責任持てよ、アリス。
「なんだかよくわからんが……とにかくお前を大人しくさせる必要があるようだな。いくぞ、スペルカード……」
魔理沙は箒に飛び乗り、空中でスペルの使用を宣言する。あれ、そういえば、スペルカード使ったりしたら正体ばれちゃうじゃないか。
どうやって戦うつもりだろう。
「ペルソナァァァァー!」
ばきゅん!
……発砲しやがった。ペルソナは関係無いじゃん。
銃弾は、惜しくも箒を掠めただけで、彼方に飛んで行ってしまった。
「うおっ!?……お……おい!ちゃんと弾幕ごっこのルールを守れよ!」
そのセリフ、前にも誰かに言われてたね。
「何言ってるんだ。これが都会の弾幕ごっこだ!」
いや、間違っては無いけど。
「は?都会って……あ!さてはお前、アリスだな!」
「……ああ、確かに俺はアリスだが」
「しらばっくれるな!マーガトロイドの方だろう!」
「…………………ああそうさ!マーガトロイドのほうさ!バレてしまったからには、いよいよもって口を封じるしかなくなったな!」
やけにあっさり認めて、開き直った!
「でもこれで人形も使えるし、空も飛べるようになりますね」
「あ、なるほど」
じゃあ、戦うためにわざと正体がばれるような事言ったのだろうか。……あれ、なんかおかしいような。
「一体何を言っているんだ。設定にはおおむね忠実にいくぞ。空は飛ばない。人形は使うけど」
その無駄な縛りプレイやめろよ!
「え、じゃあどう戦うつもりなんですか」
「前にも言った、『主人公補正』の力を使う。戦いとは、どちらがより多くの『主人公ポイント』を集めたかによって決まるんだよ」
そんなルール、初耳だぞ。ついでに言っておくと、今のアリスはどちらかといえば悪役だ。
「おいこら、弾幕ごっこに勝手なルールを加えるな!」
空から声が。魔理沙はちゃっかり話を聞いていたらしい。
「これは弾幕ごっこに限らず、あらゆる戦いにおいて通用するものなんだよ。……『準備中、相手が攻撃を待っていてくれる』……一ポイント」
え、そんなことで溜まるものなの。
「『自分は地上に居るが、相手は空を飛んでいる』……一ポイント。
『相手の方が数が少ない』……一ポイント」
「ねえ、最後のはそうともいえないんじゃないの?」
沢山の敵をばったばったとなぎ倒すほうが主人公っぽいと思うけど。
「これはボスバトルだ。数の少ないほうが敵に決まっているだろ」
はあ、そうっすか……
「ええい、面倒くさい!いけ、マジックミサイル!」
痺れを切らせたのか、先制攻撃を仕掛けてきた。それに対し、アリスは……抵抗するでもなく、ただ突っ立っている。
「うわあー!」
「アリス!?」
「アリスさん!」
そのままふっ飛ばされた。
「くっ……やはり強い!
……『最初はやられる』……一ポイント」
一人だけ別次元で戦ってやがる。
「なら、これでどうだ!アーティフルサクリファイス!」
懐から人形を取り出し、投げつける……が、全くの見当違いな方向に飛んで行った。
「……やったか!?」
いや、やってない。ほら、魔理沙もリアクションに困ってるじゃないか。
「そ、そんな。これでも駄目だなんて……
……『奥の手が効かない』……一ポイント」
まだ始まって数分なのに、妙に悲壮感が漂っている。
「…………」
あれ。なんだかアリスが黙りこんで、動かなくなってしまった。
……と思ったら、顔を上げた。
「『内心での葛藤に打ち勝つ』……十ポイント」
そんな何かに迷うようなイベント無かっただろ!
「そうだ……俺には誓いがある。守るべきものがある。忘れていた、俺は一人じゃない……メディ、見ていてくれ。俺は負けない、必ずやり遂げて見せる!」
何故私の名前が出たのか知らないが、そう何事かを空に吼え、いつの間にか手に持っていたヒラヒラした物を握りしめた。あれは……リボンだろうか。……あれ、私の頭のリボンが無い。
「『今は亡き恋人の形見が、再び勇気を与える』……二十ポイント」
人を勝手に殺すな!
「そして最後に決めるのは、新たな必殺技だ!……おや」
どうしたのだろう、アリスの勝手な戦闘システムは絶好調だったのに、テンポが途切れてしまった。
「……うーん、決め技を使うにはまだポイントが足りないようだ。……おい魔理沙!」
「な、なんだよ」
「東方シリーズの原作者のサークル名を言ってみろ!」
「さーくるめい?……あー、それはええと。ああ、『上海“アリス”幻樂団』……」
「…………三十ポイント!」
「おい待て、それはズルいぞ!」
「なんだよ、原作にケチつける気か?」
「その理論なら、アイコンになってる私にも補正が付く筈だ!」
「なるほど、お前は要石と同列なワケだな」
「うぐっ!」
うーん、黄昏の方はどうなんだろう。うーん。……やれやれ、しっちゃかめっちゃかすぎて、突っ込む気力も無くなってしまった。
「仕切りなおして、いくぞ超必殺!アーティフルサクリファイスセカンドォ!」
うっわあ、適当なネーミング!しかも、持ってるありったけの人形をただただ投げるだけのこれは……
「ただの絨毯爆撃じゃねーかぁ!」
ちゅどん、ぴちゅーん。魔理沙は星になった。
……おそらく、本望だろう。ただ巻き込まれただけの、哀れな彼女に幸あれ。
「ふう……危なかった。紙一重の戦いだった」
肩で息をしながら、しゃあしゃあとアリスはそんな事を言う。
「そうだ、もう関係ないけど、これだけはやっておかないと。
……霧雨魔理沙、お前は強かった。もしかしたら結果は違った物になっていたかもしれない……しかし最後には俺が立っていた。なぜだか解るか?
……それは、お前に足りなかったものがあるからだ……主人公補正というやつがな」
決め台詞ってやつか。うわあ、すごくやり遂げた表情してる……
「やりましたねアリスさん。その主人公補正があれば、もう敵なしじゃないですか」
「いや、確かにこれは非常に強力、使いこなせば神も殺せるが、主人公ポイントを高めすぎると様々な不具合が起こる。しまいには死ぬ」
「死ぬんですか!」
「ああ、素人が迂闊に手を出してはならないんだ。死亡フラグの真上に張られた一本の糸を渡るようなものだからな、主人公は」
「な、なるほど……。しかしあれだけの強敵を倒した後、そろそろラストも近いんじゃないですかね」
その理屈はどうかと思うけど。
「そうだな、そろそろ……!……おいカヲル、見ろ、アレを……」
「……あ、あれは……」
え、何?二人は同じ方向を見つめ、構えをとっている……私には何も見えない、草木、砂利、空、雲……
「…………『石のような物体』だ!」
…………いーや、ただの石ころだ!
「ただの石じゃない、どこをどう見ても!」
今わかった、ようやくわかった、こいつらの眼は節穴だ。
「いんや、石のような物体だ、どこをどう見ても。くそっ、もうこんなところにまで来ていたのか!」
実はこの冒険の目的は、石のような物体とやらを倒すことだったらしい。なんだってー。
「どうしましょう、アリスさん……今のままじゃ対抗手段がありませんよ」
「問題無い。こんなこともあろうかと……」
言いながらアリスは、超次元ポケットの入り口を広げ、何やらでかい物体を取り出した。そんなのよく入ったな、ってくらいでかい。
「こんなこともあろうかと……作っておいたのさ!バイクを改造し反重力エンジンを積んだ、『ジゲンセントーキ』をな!」
ジゲンセントーキ。……次元戦闘機!
「そんなもんポケットに入れておかないでよ!」
「大丈夫、燃料はコシヒカリだからとっても環境に優しいんだ」
あっ、話が通じないや。
「でもこれで、奴に対抗できます!さあアリスさん、前に乗って下さい!私は後ろへ」
「あ、待てカヲル!」
アリスは、コクピットを開き意気揚々と乗り込もうとしたカヲルを引き止め、その瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「……いいか、これに乗ったらもう、引き返せない。敵はあまりにも強大で、こんなもの、虫けらの抵抗に過ぎないんだ。生きて帰ろうなんて途方も無い夢物語。だから……」
アリスの言葉をさえぎり、カヲルはアリスの手を握った。
「その先は言いっこ無しです、アリスさん。これまで色々、喧嘩もしたりしましたが……私達は仲間でしょう?その私を置いて行くなんて、それはこれ以上ない最低の侮辱に他なりません。大丈夫、生きて帰りましょう。きっと二人なら出来ますよ」
「カヲル……ああ、すまなかった。お前の事を軽く見ていたよ。さあ、乗ってくれ!」
二人は颯爽と席に飛び乗った。
「メディスン、きっと帰りを待っていてくれるな?」
「え?……ああ、うん。大丈夫、待ってる」
「よし。……行くぞ、最後の戦いだ!エンジン点火!」
後部のバーニアが火を噴き、機体が浮き上がった。発進まで秒読み段階。
「さあ、行きましょう!」
「………カヲル………すまない」
「え?」
発進目前にして、いきなりカヲルがコクピットからはじき出された。
機体からアリスの声が響く。
「戦うのも、死ぬのも俺だけでいい……メディスン、カヲル、お前たちは死んではいけない。必ず生きて帰るんだ」
「そんな、アリスさん!」
「なに、犠牲になりにいくわけじゃない、むざむざやられるつもりも無い。ただ、巻き込まれる奴は少ないほうがいいってことさ」
「……あんたは、嘘をついたんです。私の気持ちを騙し、踏みにじった。自分一人カッコつけて、勇者の栄光を一人占めするつもりなんでしょう!」
「勇者か、そう呼ばれるのも悪くない……ただ、それは帰ってこられたらの話さ。死んで銅像立ててもらうより、生きてもっとましな物を作れよ。カヲルになら、それができるはずだ」
「二人なら生きて帰れるって言ったはずです!無茶でも無謀でも、やってみなくちゃわからない!」
「やってみなくちゃわからないようじゃ三流だよ。やる前からわかるようにならなきゃな。
一矢報いるだけじゃ足りない。窮鼠猫を噛んで、その後どうするんだ?一噛みして、後はおしまい?違うな。死んでも放さない、骨まで噛み砕く。自分の痛みを忘れてひたすら牙を食い込ませる、奴を倒すにはそれしかないんだ」
「そんな……でも、そんな!」
「カヲル、お前は立派な勇者だよ、俺が保証する。……メディスン!最後に一つ、聞いておきたい事がある」
この期に及んで、一体なんだ?
「………私の事、愛してる?」
「………いや、別に」
「ありがとう。その言葉を聞けただけで……もう思い残すことは無い、すっきりした気分だ」
人の話を聞けよ。
「さあ、行くぞ。間違いなく俺は勝てない、だが負けるつもりも無い。勝つか負けるかの簡単な問題じゃないんだ、この場合に最も価値のある選択、それは……」
その言葉は最後まで聞きとることはできなかった。機体は浮上、轟音が響く。アリスは単身、石のような物体を倒すべく空の彼方へ飛び立ち……一条の煙のあとのみを残して、消えた。
私はいつの間にやら元の姿に戻っていた早苗と別れ、アリスの家に辿り着いた。
窓ガラスを蹴破り侵入、冷蔵庫の食料を漁り、ダラダラとゲームをして、時々人形達を眺め、しばらくの間は悠々と過ごしていた。
そしてアリスが特攻して三度目の晩。アリスは元の姿で帰って来た。
「おかえり」
「……ただいま」
満身創痍。ズタボロである。
「で、どうなったの、『石のような物体』とやらは?」
私の問いに、アリスは身体を震わせながら答えた。
「青春なんて……青春なんて、みんな黒歴史よ!もう忘れました!」
ようやく目が覚めたらしい。
「まったく、散々だったわ。紫には怒られるし、勢い余って壊しちゃった博麗神社の損害賠償請求も来るし。まだジゲンセントーキの材料のローンも残ってたのに……」
ぶつぶつと愚痴をこぼすアリス。どうも、反省は見受けられない。
「あーあ。こんなことなら、あの時早苗も乗せておくんだったわ。変にカッコつけないで」
変だって自覚はあったらしい。
「で、どうするの、これから?」
服を着替えながら人形を動かして、私が割った窓を修理しているアリスに聞いた。
「そりゃあ、決まっているでしょう。魔界に、場合によってはそこから外の世界に高飛びよ。異変でもないのに巫女にやられたくないし、身に覚えのない請求書なんて払ってやるもんですか」
アリスの人形の一人が私に近づいて、何かを手渡した。
「これ、ここの鍵。留守をお願いね。それじゃあ、またそのうちに。グッバイ、あ、魔理沙が来たら、適当に追い返しておいてね。もう来た?」
まだだ、と答えると、ならいいわと頷き、慌しく家を飛び出した。
私は画面に戻った。うーん、ポリゴンはいいなあ、高低差がわかりやすい。同高度の敵にもロックオンできるのは、個人的にはいただけないけど。
どうせすぐに戻って来るだろう。ゆっくり待つことにした。幻想郷は平和でいいところだ。
青春とは何だ?振り向かない事さ。振り返ったら死ぬぞ、主に羞恥心で。
「よって神奈子様諏訪子様、私はちょっとひとっ飛び青春を探しに行きますので、しばらく帰りません」
「はあ、まあいいんじゃないかい」
「え?ああ、行ってらっしゃい、早苗」
何が何だかわからぬまま、神様たちは早苗を見送った。どうせ夕飯までには帰ってくるだろうと高を括ってのことだった。
東風谷早苗は過ぎゆく青春の風をひっ捕らえるべく、神社を飛び出した。あてもなく旅に出るのって、なんだかとっても青春っぽいじゃあないかしら!
はて、しかし、これからどこへ行けばよいのだろう。ここでの早苗の知り合いの人間に青春青春してる奴なんてまるで見たことが無い。
となると、ここはあえて妖怪を当たってみよう!
「あーおーげばー とおーとしー わーがーしのー…………あれ」
とりあえず青春っぽさを演出するべく歌なんて歌ってみたりしたのだが、すぐに諦めた。歌詞をすっかり忘れていた。
「アリス、椅子に座ってぼーっとして、何やってんの?」
「ああ、メディ……ちょっと、考えていたのよ……私の人生について」
「……重いね」
「ええ、重いのよ……」
アリスの家に遊びに来た途端、これだ。早くも帰りたくなってきた。
「何で、そんな事を急に…」
「……多くのアニメやライトノベルは、学校生活を舞台にしているわよね」
「……まあ、確かに」
えらく唐突だ。しかも幻想郷にはふさわしからぬ話題である。しかし追求すると話が脇道に逸れそうなのでやめた。
「だのに私の学生時代といったら、勉強漬けで、遊ぶ事なんてほとんどない毎日……
飛び級を繰り返したおかげで、遠足や修学旅行なんて一度も行った事がないのよ!」
以前に自分が聞いた話と矛盾するんじゃないかと疑問に思ったが、話が拗れそうなので置いておくことにした。
「……でも、今、十分楽しんでるじゃない……色々と」
「今は今、よ……青春時代は一度過ぎてしまうと、二度と帰ってこないのよ」
……よくわからない話であったが、どうせくだらないことなんだろうなという大まかな予想はついた。
「そんなことでぐちぐちしてるなんて、アリスらしくもない……すっぱり諦めたら?」
「……確かにそうね。いつまでも細かい事でくよくよしていられないわ。ありがとう、メディ」
「うーん、私は何もしていないけど」
平和なアリスの家。今日ものどかに一日は終わる筈だった。
「話は聞かせてもらいました!」
バーン、と、勢いよく扉を開け放ち、突然妙な服を着た女性が入って来た。
呆気にとられる。一体何事?どこから現れた!
「……あ、誰かと思ったら早苗じゃない。どうしたの、宗教勧誘?それとも新聞?MHK(洩矢ハッピーヒッピー協会)の集金ならお断りよ、私は今留守にしております」
「……アリスの知り合い?なんか、ロクなのがいないね、アリスの知り合いって」
ちなみに私は、知り合いでも何でもない。ただのしがない毒人形だ。
「それは少々語弊があるわね。正しくは、『幻想郷には碌なのがいない』よ。ちなみに、私を除いて。私は至極真っ当で常識的な都会派なので」
「………ええー?
…………………ええー?」
「言いたい事ははっきり言いなさい、メディ」
「言っていいの?」
「あえて口を濁すのも美徳の一つよ、メディ」
「あ、そろそろ私の話を聞いてもらってもいいですか?…ちなみに、宗教勧誘でも新聞勧誘でも架空請求でもないです、なんなんですかMHKって」
せっかく勢いよく飛び込んだのに、いきなりのけ者にされて早苗とやらは少々不満気だ。
「ごめんなさい、続けて」
「こほん。……えー、何故私がはるばるここに来たかというとですね……ズバリ!青春の風に流されて……です!」
「青春の」
「風ぇー?」
「……」
「……」
「「ふ~ん?」」
やっぱり新手の宗教なんじゃないか。
しかし私達の冷たい反応にもめげず、早苗はまた口を開く。
「話は全部聞いていましたよアリスさん!……聞けば、なにやら灰色の学生生活だったようですね」
「むぐっ」
灰色というか、むしろ七色というか……
「しかし今からでも、決して遅くはないのです。……どうです、私と一緒に、もう一度青春を探しに行きませんか?」
「やめときなよアリス…きっと新手の…そう、青春詐欺だよ、これ」
やんわりと忠告してやる。これはもちろんアリスが心配だからとかそういうのではなく、他でもない自分が厄介事に巻き込まれてしまう予感がしたからである。
「やります」
「おい!」
そんなあっさり!
「だって……そういう文句に釣られるのって、都会派のサガっていうか……」
「はあーあ……」
おめでとうメディスン。君にはめでたく厄介事のプレゼントだ。おめでとう!ありがとう!……はあ。
「よし、じゃあ早速行動開始ですよ!青春は待っていてはくれないのです」
「それはいいんだけど、何から始めるのよ」
青春、の基準がわからない。曖昧で。
「やっぱり、あれじゃない?バンドを組むとか」
アリス、自分がやりたいだけじゃないのか。確かに、ありそうだけど……
「でも、人数が足りないですね」
「大丈夫、私なら全部出来るから!」
「…………」
じゃあ、もう、アリス一人でいいんじゃないかな……
「メディは何か思いつかない?」
「ええ……私に振られてもなあ」
ずっと幻想郷でぬくぬくと暮らしてきた私には難しい質問だ。青春とはなんだ。振り向かないことか。
「あれは?突然異世界にとばされたーとか、突然新たな力に目覚めたーとか」
これもありがちな設定だよね。
「うーん、私はどっちも経験済みだし……」
「私も似たような感じのがありました」
何者なんだ、こいつら。
「言い出しっぺの早苗は何か無いの?」
「ふふふ…実はここに来るまでに考えていたんです、青春っぽいもの……そして思いつきました、青春のガイドライン……
ずばり!『セックス・ドラッグ・バイオレンス』ですよ!」
おお、なんかそれっぽいな。アリスも感心したようだ。
「なるほど……それを端から実行していけば、青春を謳歌できると……じゃあまずは『セックス』からね」
「……それなんですが……言い出しっぺの自分が言うのもあれなんですが……えっちなのはいけないとおもいます!」
じゃあ最初っから言うなよ、とはもちろん言わない。メディスン・メランコリーは心優しき毒人形なのだ。
「一体何を早とちりしているの、早苗?セックスといったら、性別のことに決まっているでしょう……」
「……………………………………ええ、もちろんそのつもりでした」
絶対ウソだろ、とはもちろん言わない。ただ面倒だからだ。
「しかし性別って、何すればいいんですか」
おーい磯野、性別しようぜ!お前は何を言っているんだ。私も何を言っているんだ?
「柔軟な思考で物事を考えるようにしないから、いつも霊夢達にいいようにあしらわれちゃうのよ。
……ここは、そうね……うん、魔法で、性別を変えてしまいましょう」
随分な事をあっさりと!聞いた早苗は目を丸くした。
「そんなことが出来るんですか!」
「余裕」
「へえ、魔法ってすごいんですねえ……でも、それなら別人になれるわけですし、おもいっきり大はしゃぎできそうですね」
「さっそくやってみましょう。あ、メディもどう?」
もちろん、丁重にお断りする。なにがどう?だ。
別室に消える二人を、諦観の眼差しで見送った。
「……おお、なんというイケメン……元が美人だからでしょうね」
「あら、おだててもお茶菓子くらいしかでないわよ」
数分後、耳に聞こえてきたのは先程とは違った低い声。うわっ、ほんとにやりやがった。
扉が開く。男性二人。スカートの。
見てくれはいいのに、確かな変態がそこにいた。
「……服、変えなきゃですね」
「……ええ」
「でも、男物の服なんてあります?」
「石橋無ければ作って渡ればいいじゃない」
「……さっきからさらっとものすごいこと言いますよね……」
「ちなみに、もう完成してるわ」
「いつの間に!?」
アリスの声に答えてか、綺麗に畳まれた服を抱えた人形が二人の前に現れた。
シンプルな無地のポロシャツ二枚、ジーンズ二本。
「流石に簡素ですね」
「オシャレは女の子の特権よ。……どんな大はしゃぎするのか知らないけど、これならまあまあ動きやすいでしょ」
二人はさっさと着替えを済ませた。
「わあ、このジーパン、サイズぴったりです」
「そりゃあそうよ、私くらいのレベルになればスリーサイズはもちろん、体脂肪率から肌年齢まで一目見れば分かってしまうわ」
「…………」
それは一体何のレベル……しかしひどい能力だ。
しばらくして、大がかりな変装は終わったようだ。部屋から出て、二人は私に印象を尋ねてきた。
うん、まあ、いいんじゃない。ブラウン管から目を切り、私は言った。ただ……
「口調が気持ち悪い」
そりゃそうだ、男の声だもの。
「まあ、俺は人形劇で培った演技力があるから、なんとかなるかな」
いきなりのキャラ作り。少女アリスは消えた。
「うーん、私はどうしましょう」
「丁寧口調はそのままに、もっとクールに、爽やかに」
「………ふむ、それ、いいですね。一人称も私のままで通せそうです」
「オーケー、早苗。……そういえば、名前、その他設定はどうしようか」
うーん、と二人は考え込んでしまった。私は一人、ひたすらロックオンレーザーを連射する作業に戻った。ああ、関わりたくないなあ。
「……えーと、名前、名前……名前は…、アリス=ブラックバーン」
なんかどう頑張っても死にそうな名前。
「ほとんどそのまんまじゃないですか!?」
「いいさ、こんなもんで」
いや、駄目だろう……
とにかく、ここに金髪の好青年、アリス・ブラックバーンが生まれた。
「じゃあ私は、……うーん……東風谷早苗……早苗……
…古河……早苗……古河…渚…………渚………………
……渚……カヲル!…私の名前は、今日限り渚カヲルです」
それに続き、連想ゲームの果てに緑髪で丁寧口調な渚カヲルが生まれた。『オ』ではなく『ヲ』なのがミソだ。どうでもいいけど。
「決まったね。……じゃあ、俺達二人は外の世界に居たけどなんかの弾みで幻想郷に飛ばされて、そこにたまたま現れた親切な少女、メディの案内で幻想郷中を巡ってるって事にしよう」
……今なんて言った!?驚き、固まる。ああ、自機が無抵抗のまま撃ち抜かれているような……
私はなんとも面倒な設定を作ってくれたアリス=ブラックバーンに詰め寄った。
「ちょ……ちょっと!私をそんなインチキ設定の中に巻き込まないでよ!」
「えー?だって、色々便利だろ、近くに幻想郷側の人がいてくれたら」
「そんな理由で……!」
「まあまあ……メディスンさん、この機会に、貴方も青春のひとときを味わってみたらいいじゃないですか」
「…………ああ、こうなるんだよなあ、結局」
アリスに関わるといつもこうだ、と愚痴を呟きながらゲームに戻ると、哀れ、既にタイトル画面。
おんなのひとが ねらいを さだめ せんとうきの なかで レバーを にぎってる……
「……ぼくも もう いかなきゃ!」
「……勝手に行ってください……」
そして二度と帰ってくるな。
とにかく、随分な手間をかけたが、これで『セックス』はクリアしたようだ。
「次は『ドラッグ』ですね。………また、自分から言いだしといてなんなんですが……クスリ、ダメ、ゼッタイ。……です」
「そんなん適当にバンソーコーでも貼っときゃいいだろ?」
「えっ」
ぺたり、とアリスは早苗の腕にバンソーコーを張り付けた。
「はい、次!」
「えーと、じゃあ……『バイオレンス』ですね。………これまた恐縮なんですが……暴力はいけません!非暴力、不服従!」
「ぺちこーん」
「いたっ」
早苗改め、カヲルに、申し訳程度にデコピンをぶつけるアリス。
「………終了!」
「ええー?」
こうして、二人の青春男児は全ての課題をクリアした。いいのかなあ、こんなんで。
「いよいよ外の世界に飛び出す時がきたようだ」
なんだかんだで、一番乗り気なアリス。
「ふふふ、楽しみですねえ」
これから始まる大冒険の予感に、胸躍らせるカヲル。
「…………はあ」
どうしてこうなった。溜息は尽きない。私は青春とかそういうのはどうでもいいのに。
《突然幻想郷という謎の場所に飛ばされてしまった二人の若者(という設定)、アリス=ブラックバーンと渚カヲル(偽名)。
そして彼らへの協力を申し出てくれた謎の少女(という設定)、メディスン・メランコリー(ただの毒人形)。
勇者たちは集い、ついに冒険の幕は上がった!
これから先、一行を待ち受けるものとは一体……!》
森。魔法の。
「自宅を出ていきなりダンジョンとは、斬新だなあ」
「私達、レベルはどれくらいなんでしょう」
「さあ……一応ただの人間、ってことになってるし、戦闘力皆無、せいぜい1レベじゃないか」
今からいちいち突っ込んでいたんじゃあ、とても最後まで持ちそうにない。私は、しばらく無言を貫き通すことにした。
「あ、キノコが生えてますね。道に落ちてる物は片っ端から拾うのが基本、とにかく採ってみましょう」
木の根元に生えるキノコを見つけ、カヲルは早速集めにかかった。
「危ないッ!」
「うわっ!?」
どぐしゃあ。アリスは突然、カヲルに飛びかかり地面に押し倒した。
カヲルに1ダメージ!なんてテロップが見えるぞ。なぜか。
「いきなり何を……」
「馬鹿。これはアイテムのように見えて……実は敵だ!触れたら、襲ってくるぞ。今の状態じゃあ、とても勝ち目は無い」
「そ、そうだったんですか。初っ端から擬態シンボルエネミーが現れるなんて、恐ろしいところです。というか、わざわざ飛びかからなくても、もっと穏便に知らせてくれたってよかったじゃないですか。ダメージ受けちゃいましたよ、私」
「ああ、すまなかった。……ちなみに、HPが無くなると戦闘不能じゃなく、死んじゃうから気をつけてくれ」
「そんな!もっと早く言ってくださいよ!」
「なに、どんな外傷でも、美味しい物を食べればたちどころに回復するから気にするな」
なんでいきなりRPGになってんのよ。しかも妙にデンジャラスだし。ねえ。……ああ。ああ!
私は早くもこの旅に、途方もない苦労の予感を感じていた。そんな私の憂鬱には露とも気付かず、お気楽勇者二人組は歩を進める。
シンボルエンカウントであるのをいいことに、ひたすら敵(そのほとんどはただの昆虫だったり、植物だったり)を避け続け、歩き歩いて数十分。森の真ん中で、妙な物を発見した。
「……これ、アリスさんの人形でしょう」
容赦のない断定。しかしアリスはカヲルの言葉を気にも留めず、宙に浮かぶ人形を調べて一言。
「………あまりにも不自然に置かれている、謎のオブジェクト。そしてこいつの手にあるアイテム……これは間違いなく、宝箱に相違ないな」
「…いや、どうみてもこれは人形ですよ」
「……さな……カヲル」
突如顔を寄せ、詰め寄り両肩を掴む。近いぞ、二人とも。
「な、なんです?」
「……ああ、確かにこれはアリス・マーガトロイドの人形だ。あらかじめアイテムを持たせ、あちらこちらに飛ばしておいた物だ。しかし俺はアリス=ブラックバーン。その人形とは一切全く全然これっぽちも関係は無いのだ。そしてその関係のない人形がこれ見よがしにアイテムを持ってぼーっと浮いている……これの意味するものはなんだ?回収するだろう、RPG的に考えて……
つまりこれは、見た目はどうあれ立派な宝箱なんだよ!」
「な……な……なるほど。理解しました。ええ理解しましたとも」
力押しで納得させてしまった。なんという茶番。傍らの私はというと、無駄な抵抗……他人の振りをするのに忙しかった。無関係だ、私は!
「わかってくれたなら、それでいい。……さあ、宝箱を開いてみようじゃないか」
「そうですね……毎度毎度、この時はわくわくしますね」
開く?一体どこを?
こっそりのぞき見ると、アリスは人形をむんずと掴み、高く掲げ……
「そおりゃあ!」
ちゅどーん。思い切り地面に叩きつけた。広がる爆音。アリスの奇行もあれだが、衝撃を受けると爆発してしまう宝箱というのもいかがなものだろうか。というか、さっきは手に持ってるって言ってなかった?なんでわざわざ爆破した!?
「なんでわざわざ爆破した!?」
必死の我慢もむなしく、ついに口が開いてしまった。
「心配無い、アイテムは無事だ」
「そっちの心配をしてるんじゃない!」
「じゃあ一体何を心配してるんだ」
お前の脳みその中身を心配してるんだよ、という一言をぐっとこらえ、口を噤んだ。代わりに溜息が洩れた。
「中身はなんですか?」
「これだ」
アリスが手にしていたのは、一本のコンバットナイフと、一丁の拳銃。
「私は使い方がわからないので、こっちにします」
「じゃあ俺はこっちか」
カヲルはナイフを手に取り、剥き身のままベルトに差した。アリスは残弾数を確認している。いやいや。
「なんでそんなもんがそんなとこに!」
「何言ってんだメディ、……いや、会ったばかりのはずなのにこの呼び方はおかしいな。
……何言ってんだメディスン、宝箱の中身には突っ込み禁止だ。薬が入ってたり、現金が入っていたりしてもな」
「モンスターが入ってたりもしますけど、どうやって生計立てているんでしょうね」
話をすり替えられたが、そもそも人形を宝箱と呼ぶ方がおかしいのだ。
「ダブルアクションタイプの自動拳銃、ベレッタM92……弾は入って無いや、どこかに落ちていないだろうか」
アリスは辺りの地面に目を凝らす。ゲームじゃあるまいし。
「そんなもんそのへんに落ちてるわけ……」
「アリスさん、危ない!」
カヲルの声に、アリスは慌てて飛びのいた。一体何事だ?落ちついて辺りを見回すと、アリスの立っていた所にちょこんと、一本のキノコが生えているのが見えた。何の変哲もない、至極一般的なキノコである。
「………キノコモンスターか!」
いいや、ただのキノコだ!
「……ここは私に任せてください」
ナイフを構え、カヲルが前へ出る。鈍く輝く刃は、今宵も血に飢えている……しかし相手は、何度も言うがただのキノコだ。
「そらああああ!」
隙を与えぬまま、カヲルは飛びかかる!
繰り出された刃は、寸分違わず相手の頭…つまり傘に、深く突き刺さる。広がる血しぶき…つまり胞子に、刃が染まる。そして物言わぬ死体…元々言葉なんて話さないが…となり、その身を地に埋めた…元々埋まっていたが。
やってることはただの気違いじみた奇行…傍から見れば…でも、彼女達…今は彼ら…にとってみれば、初の戦闘、初勝利である。
「やったな!カヲル!」
「ええ、なかなかの接戦でしたが…なんとか勝利をものにしましたよ」
《9mmパラベラム弾を手に入れた!》
念願の弾薬をドロップ!……はあー!?
「どうしてそうなる!」
「……宝箱同様、ドロップアイテムにも突っ込み厳禁だ。……三発だけか。大事に使わないと」
「でも、大抵のゲームでは『銃は剣よりも強し』なんて法則は終盤に気付いた序盤に手に入る筈の宝箱みたいなもんですが……大丈夫なんですか?」
「そんなものは、『主人公補正』でどうとでもなる。後で機会があれば、その力を見せてあげよう」
「…………」
こんな主人公がいてたまるか。私はこっそり、魔王が現れてこのすちゃらか勇者一行をボコボコにしてはくれないかと願った。
すったもんだの挙句、森を抜けた。
「ふう、…これからどうしましょうか。目的も無くぶらぶらするのもいいかと思うんですが」
「とりあえず……人里に向かおう。メディスン、案内してくれ」
「ああ……そういえば私は案内役という名目だったね。なんだろう、別に私じゃなくてもいいような気がするわ」
誰か代わってくれないだろうか。今ならアリスのお菓子を食べる権利を与えてやってもいい。
「まあ、そう言わずに」
「……別に、いいけどさあ」
私だってそこまで幻想郷に詳しいわけじゃない、というか、そっちのほうが絶対詳しいだろ……そんなような事を思いつつも、しぶしぶ先頭に立って歩き始めた。
そして人里に向かう途中……とある館を発見する。それは、まさにダンジョン、まさに、冒険の香りのする、魅惑の館……
「…………?どうした……」
突然立ち止ったカヲル。その瞳は……輝いていた。キラキラしていた。かつてない大冒険の予感に、今にも眼孔を飛び出さんとしていた。
「ん?……ああ……えー、右手に見えますは、紅魔館、紅魔館……そこには邪悪な吸血鬼が住まい、夜な夜な人里を襲っては、罪なき人々の生き血をすすり、その身を真っ赤に染め、禍々しい翼で夜を往き、館に帰ってまた眠りにつくといいます……命惜しくば、勇者気どりで無闇に近付く事無いよう……」
こうなったら案内役としての仕事を全うしてやろうと、即興で適当な設定をでっち上げた。
「……さあ!アリスさん!」
「断る」
「まだ何も言ってません!」
アリスは目を逸らした。どうやらいつものチキンハートに火が点いたようだ。
「チャレンジする前から、無理だと決めつけてしまうのはよくありませんよ!」
「無理をしないというのも、一つの勇気だ……いいか、俺たちはただの人間(という設定)なんだ。
オプションの無いビックバイパー、フォースの無いR-9、アームの無いシルバーホーク……そんな状態で、残機無しだ!
無茶だ、無謀だ、蛮勇だ!どうしても行くというなら、レベル上げしてからだな……十年くらい」
「どれも、頑張れば行けそうじゃあないですか……!死んで覚えろ、が鉄則ですよ!」
「人生にクイックセーブは無いんだ!ゲームオーバー即ち終わり、取り返しはつかないんだ!」
「しかし、そうやって逃げてばかりいては……一度きりの人生が語るに足らない、味気のない物になってしまいます!挑戦は……スパイスなんです!醤油をかけない目玉焼きがありますか!?バターを塗らないトーストがありますか!?福神漬けの無いカレーが食べられますか!?」
「……何を言っている!?目玉焼きには塩だ!トーストにはジャムだ!福神漬けなんていらない、焼きそばの紅生姜同様に!人生にスパイスなど不要、十二分に味は濃いのだから!」
「今はそんな話をしているんじゃあありません……!死ねば助かるのです、背を向けるから追われるのです、自分から向かって行かないと……!」
まったくどうしようもない口論を聞き流し、高く昇った太陽を細目で追う。今日のお昼ご飯、なんだろうなあ?
「命大事に!」
「ガンガンいこうぜ!」
「………」
「………」
「……わかった。…じゃあ、こうしよう。とりあえず中には入る、入るが、危険を感じたらすぐに逃げるんだ。吸血鬼退治なんて馬鹿な事は考えずに。異存は無いな?」
「……ええ、いいでしょう。……ところで、せっかく吸血鬼の館に突入するわけですから、装備として鞭が欲しい所ですね」
「そんな都合よくあるわけないだろう、ゲームじゃあるまいし。……そもそも、上手く潜入できるかも怪しい。見ろ」
岩陰に隠れるアリスの視線の先、門の前には、一人の門番が立っていた。普段は大したことなどなさそうに見えても、有事の際にはきっちりと自分の仕事を果たすであろう、幻想郷の看板門番こと紅美鈴である。
「なんだかぼーっとしているように見えますが……お昼休憩が待ち遠しいんでしょうか。……そういえば、お腹すきましたね」
「昼食はこの任務が終わってからだ。まずはあの見張りをなんとかしよう……メディスン!」
「……ええ、私?」
自分の出番が来る事などまるで予期していなかった。なんだか私は忘れられているようだから、このままうまい事空気化、フェードアウトしようと思っていたのに。
「簡単な仕事だよ。この爆竹を見張りの死角で破裂させる。すると様子を見に持ち場を離れる。メディスンは近づいて来た見張りに声を掛け、時間を稼いでくれ。その隙に私達が侵入する。簡単だろう?」
「はあ。……そう、うまくいけばいいんだけど……」
不安の拭えないまま、アリスから野球ボールほどの大きさの黒い玉を受け取った。なんで都合よくこんなものがあるのかという疑問は無駄であると知っていた。
「それじゃあ、館をぐるっと周って向こう側で、そいつを投げてくれ。地面に強くぶつければ音が出て破裂する」
「うわあ、面倒くさいなあ。……わかったわよ」
美鈴に気付かれないよう、遠回りしてアリス達の反対側に着いた。準備は完了、後はこいつを…思い切り地面に向かって投げる!
どおん!
立ち上る砂煙、広がる火薬の匂い………吹き飛ばされる私。
……これを爆竹とは呼ばない、爆弾というんだ!
私にとっては予想外のハプニングがあったものの、作戦はおおむねアリスの計画通りに進んでいる。爆音を聞きつけ、美鈴がやって来た。
「ああ、メディスン!一体何が……大丈夫?」
「あー、うん、特に怪我は……落っこちてたボールを触ったら、突然爆発して」
「そうですか……またフランドール様が壁を吹き飛ばしたのかと思いましたよ」
美鈴も苦労しているんだなあ……あ、なんとか時間を稼がなければいけないんだっけ。
美鈴の背後に、二人が門へ向かって走っているのが見える。
「そうだ、そのフランドール様なんですが……そろそろ、第三回虹色同盟大会議を開くためにみんなで集まりたい、とおっしゃっていました。
……今度はちゃんと玄関から出るよう言っておかないと……」
すっかり忘れていたけど、フランって館から出たらいけないんじゃあなかったっけ。まあいいか、今更。
二人は、門の前で何やらまごついているようだ。何をやっているんだろう?
「さて、いよいよ侵入です………どうしました、アリスさん?」
「……門に鍵がかかってる」
「……………」
「……問題はない。この予備の爆だ…爆竹で風穴を開けてやろう」
「……………え?そんなことしたら………」
「サークリファイス!サークリファイス!」
正面からまたも大きな爆発音。美鈴も慌てて振り向いた。あいつら、何を考えているんだ?
あーあ、ほら、ばれた。
「……そこの二人!こんな所で何を……あっ、門が!」
慌てて駆け寄った美鈴が見たものは、無残にもひしゃげた門。
それ、さっき私が使ったのと同じものだろうか?すごいなあ、私、よく無傷だったなあ。
「……しまった、やってしまった」
「ほら、やっぱり見つかっちゃったじゃないですか……せっかく恰好良く侵入してのスタイリッシュスニーキングアクションを期待してたのに……」
「えっ……?いきなり正面突破を試みといて、スニーキングミッションはないだろ……」
二人揃ってなんだか余裕だが、大丈夫なのだろうか。
「人間……?まあいい、怪しい奴らめ、とりあえず大人しくしていてもらいましょうか」
「おおっと、……そうはいきません、我々には使命があるのです……悪の吸血鬼をこの手で倒すという、崇高なる使命がね」
「はあ……?悪の吸血鬼……?」
ああ、美鈴……それは、こいつらが勝手に言ってる事だから……
それより、これから私はどうすればいいんだ?たまたまここに居合わせた通行人Aで通るのか、はたまた、妙なナリの二人組の仲間として勘定されているのか……
「あんた達が何を言っているのかはよく分かりませんが、怪しい奴らを簡単にお屋敷の中へ入れるわけにはいかない……足早にお引き取り願いましょう」
「俺も帰りたいのは山々だが、こちらの兄さんが駄々をこねるものでね、無理矢理にでも中へ入らせてもらう。
……中を見たら、二秒で帰る。いいな、カヲル!」
「また臆病風に吹かれましたか!それじゃあ意味がないでしょう、吸血鬼退治を完遂するまで、帰りません、帰させませんよ!」
「何を言う、『吸血鬼の住む謎の館での冒険』という目的は果たせるじゃないか!」
また喧嘩が始まった。冒険のパートナーとしては、相性最悪なんじゃないか?
「……あのう、私を無視しないでもらえます?」
「外野は黙っていてくれ。これは俺達の命の有無を決める、大事な相談なんだ」
「が……がいやって……」
あーだこーだと言い争いを再開する二人。私、もう帰ってもいいのだろうか。
「……一体何の騒ぎ、美鈴?」
「あっ、咲夜さん」
前触れもなく突然メイドが現れた。いつぞやの異変の時に会った事がある、確か十六夜咲夜だ。
何を考えているのかさっぱりわからない侵入者達に手を焼いている美鈴を見かねて、助けに来てやったのだろう。
「誰、あれは。美鈴の知り合いかしら?」
「違いますよ……いきなりやって来て門を爆破したと思ったら、今度は私そっちのけで喧嘩始めたんですよ」
「そう……侵入者には違いないけど、お嬢様も退屈していることだし……ちょっと、貴方達」
咲夜は飽きずに言い争いを続けている男二人に声をかけた。いや、中身はただのアリスと早苗なんだけど。
「今度は何だ?今、限りある命の使い道について説いてやってるところなんだ。邪魔しないでくれ」
「どうせ、同じ事を延々と繰り返すだけでしょう?大事な物だからこそ惜しまずに使わないと、ボムをけちって抱え落ちするようなことになりかねません。『命は投げ捨てるもの』だって偉い人が言ってました」
「今、ボムなんて緊急回避手段があるわけないだろ!爆弾は持ってるけれども。ボムならいいが、命まで投げだしちゃあ駄目だろ」
「前へ出る事が時には命を救うことになる、と言いたいのです。人生は強制スクロール、ぼさっとしていたら押し潰されてしまいますよ!」
「前に進みすぎても、突然出てきた敵に対応できなくてやられちゃうだろ!」
こいつらが何を言っているのか、分かった人は説明してくれ。とても私はついていけない。
「……ほら、人の話を聞かない人たちでしょう?」
「あー、確かに。……もういいわ。貴方達を、これから紅魔館にご案内致します。喜んでください」
なんと、ちょっとまばたきした瞬間、いつの間にかそこは紅魔館のエントランス。ありのまま今起こった事を以下略。
というか、なんで私まで。
「……あれ、なぜか中に入ってますね。とにかく、侵入成功です」
「ありえない、何かの間違いではないのか?」
「ところがどっこい、現実よ。ようこそ、紅魔館へ。異世界からやって来た勇敢なる冒険者たち」
声のした方向を仰ぎ見ると、吹き抜けの二階部分、階段の向こうに、一人の吸血鬼とメイドの姿が。フランの姉、レミリアだ。その隣には、咲夜が澄まし顔で立っている。
「いきなりボスのお出ましですか。もうちょっと手順を踏んで欲しかったですね」
「まーまあ、そう言わないで頂戴。退屈を紛らわせてくれそうな素敵なお客様だもの、主直々に挨拶に出向かないと失礼でしょう?」
そう言って、不敵に微笑む吸血鬼。流石の、ボスの貫録。
「ふう、タンスや本棚を漁る暇も与えてくれないとは。まあ、手間が省けてよかったですけどね」
カヲルはさっきから、なぜこうも強気でいられるんだろう。
「おや、自己紹介がまだだったわね。私はここ紅魔館の主、夜を統べる吸血鬼……レミリア・スカーレット」
大仰な礼と、大げさな形容をつけて、レミリアが声を響かせた。
「その従者、十六夜咲夜でございます。お見知りおきを……まあ、侵入者相手にここまでかしこまった挨拶する必要はないんですけどね」
咲夜も続く。出会い頭、挨拶代わりに弾幕をぶっ放すことが日常茶飯事な幻想郷において、これは珍しいことなんじゃないだろうか。
「……これはご丁寧にどうも。アリスさん、こちらも一発かましてやりましょう!」
「自己紹介で何をぶちかますっていうんだ……」
「私は渚カヲル、外の世界から青春の風に流されこの幻想郷にやって来た、勇者一号!」
ぶちかましやがった!
「えーと。……俺はアリス=ブラックバーン。同じく外の世界から来た、超勇者二号だ!」
超ってなんだ。逆に弱そうだぞ。
「……アリス?そういえば、あの人形遣いにどことなく似ているような」
レミリアが呟く。まあ、当然の疑問だ。
「あっ、それはさっきも誰かに言われたが、俺はこの幻想郷にいるという『アリス・マーガトロイド』とは無関係だ。どうやら似ているらしいが。親戚でもドッペルゲンガーでも並行世界の住人でも生き別れの兄妹でもクローンでもない」
すらすらと口を吐く。あらかじめ考えていたのだろうか。
「ふうん……?なんにせよ、珍しい名前ねぇ」
「そんなことは、『女の子だったら《アリス》にしましょう。……男の子?知らん、めんどくさい、アリスでいい』と投げやりな命名をしてくれたうちのマミィに言ってくれ」
なんて滅茶苦茶な誤魔化しかただろう。……しかしその母親って『これはなんかオーラが上海っぽいから上海人形』『カラーリングが国旗に似ている……和蘭人形』『今日の標語、《我思う、故に我あり》……仏蘭西人形』なんて出鱈目な名前を付けたアリス・マーガトロイド本人にそっくりじゃないか。
「ま、名前の由来なんてどうでもいいわね。……で、そっちは?どっかで見た事あるような気がするけど」
レミリアの視線は私に向いている……私?
「さあ、メディスンさんもガツンとやっちゃってください」
そんな無茶な……
「えー……メディスン・メランコリー、うっかりこの二人に見つかってしまったが為に幻想郷の案内役にされてしまった哀れな毒人形です」
「そして、我らが同志、真勇者三号でもある」
なんだ真勇者って、私を巻き込むな!
「それでその勇者御一行様が、紅魔館に何の御用事かしら?観光?」
「ふふ、決まっています……人民に害なす悪の吸血鬼を退治する事ですよ!」
ずびし、と指を突き付けて高らかに宣言するカヲル。あーあ、さっきまでならなんとか引き返せたのに、もう駄目だ。
「……咲夜、これって……もし私がこの外の世界から来たとか言う人間達を殺しちゃっても、正当防衛よね?」
「そうですね、勝手に人間から血を吸っちゃあ駄目だと決められていても、こういった場合には例外でしょうね」
「というわけで、この私が直々に相手をしてあげましょう。その大層な自信が、一体どこから湧いてくるのか興味があるわね」
おいおい、なんだかまずい事になっちゃったんじゃあ。あ、私はジャンル妖怪なんで見逃してもらえますよね。
「あーあーあー。どうするっていうんだカヲル、もう逃げるのも一苦労じゃないか。何か策でも?」
「んなもんねーですよ。勇者たるもの、眼前の悪には脇目も振らず突っ込むべきですからね。策を考えるのはアリスさんにおまかせします」
なんてやつだ、ここまで大事にしといて、肝心な時に丸投げしやがった!
「ええ、あれだけ大見得切っといて全くの無策か!……どうするんだ、スペルカードルールなんて使ってもらえないだろうし、ただの人間二人と人形一人が吸血鬼相手に勝負になるわけないだろ。そもそも私達が元に戻ったって勝てるかも怪しいのに」
ちゃっかり私を頭数に入れないでもらいたい。
「あー、それはなんといいましょうか。ここぞという時に発現する新たな力で」
「なんとかなるか!一瞬で殺されるだろうし、そんな新たな力発動フラグなんて無かったぞ!」
「……うーむ、どうしましょう」
もうこんなふざけた奴らに付き合ってられるか、私は部屋に戻らせてもらう!
「……さっきから何をやっているの?まさか、ただの口だけって事は無いでしょうね……」
痺れを切らせて、レミリアが苛立ちを露にした。だってこいつら、本当に口だけだったんですよ。
「……いーや、まさか!どうやら出し惜しみをしている場合じゃないらしい、俺の本当の力を見て、驚くなよ!」
アリスが勇ましく口火を切った。何か思いついたのだろうか。
「……ああ。ここからどうしよう……」
ぼそりと言ったのを、私は聞き逃さなかった。なんてこった、見切り発車だ!
「なんとか人形が使えれば、ここから逃げ出す算段もつくんだけどなあ。そんなことしたら正体ばれちゃうしなあ」
「幻想郷のアリスさんとは何の関係も無い、外の世界の人形遣いって設定はどうでしょう」
「えー、それは無理があると思うよ……」
「じゃあどうしましょう……」
「…………」
私達がうまい設定を考えている間、アリスは不敵な笑みを浮かべていた。無策を相手に覚らせないようにするためのハッタリだろうか。
「………心配は無用だ。なんとかなる。成せば成る。最後に笑うのはいつだって俺たちだった、そうだろ?」
いや、だろ?なんて聞かれても。
「……まだなのかしら」
「あ、ちょっと待ってくれ、けっこうデリケートなんだ、この能力……」
もうこれ以上誤魔化すのは無理があるような。
「そう、ちょっとね……超能力的な部分があるから、コンセントレーションが……」
「外の世界の能力者……さては貴様、『スタンド使い』かッ!?」
意外とノリいいなあ、レミリア。
「………………『ペルソナ使い』だッ!」
今思いついただろ!
「ええい、言ってしまってはもう後に退けない!実は俺はペルソナ使いだったんだ!
さあ見せてやる、俺の力をな!」
高らかに宣言して、アリスは懐からいつぞやのベレッタM92を取り出した。
「……そんな玩具で、どうするつもり?」
「こうするんだ!」
アリスは、銃口を躊躇いなく自分のこめかみに押し付けた。ロックは外され、引き金に指を掛けていつでも撃てるようになっている。
「アリスさん、その銃は……」
「……森でドロップしたこの拳銃。なんとこれは、ペルソナ召喚器だったんだよ!」
「な、なんですってー!」
後付け設定の嵐。もう無茶苦茶だ!
あれ、でも、それって普通に弾が入っているんじゃあ。
「………………」
横から見てるとよくわかるが、こっそり銃口を後ろにずらしているぞ、こいつ!
「……カヲル。危ないから退いてくれ」
「え?……うわっ」
慌ててカヲルは一歩後ろに下がった。
「さて、何を見せてくれるのかしら」
相変わらず余裕のレミリア。
「笑っていられるのも今の内だ。
………いくぞ!ペルソナァァァァー!」
右手に構えた銃の引き金を引き、銃声と共に撃ち出された8mmパラベラム弾が紅魔館の壁に穴を開けた。
それと同時、左手に持っていた黒い玉を床に叩きつける。
大きな音を出して破裂、目映い光に目がくらむ……閃光弾か!
あっ、さてはアリスめ、さっき私に渡した玉と間違えたな!
「くうっ。………何があったの?」
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「少し驚いただけよ」
突然の光に目を伏せていたこの場の全員が辺りを窺う。……すると、そこにいたのは。
「……私、参上。……キャラじゃないわね」
……アリス・マーガトロイド。
さっきまでそこにいた、ブラックバーンの中の人。魔法を解いただけじゃないか。なぜか服が変わってるけど。
「なんで人形遣いがここに!?」
「今の私は人形遣いでも魔法使いでもない……ただのペルソナよ」
またも無茶苦茶な誤魔化しかたを!
「アリスさん、大丈夫なんですか……?」
カヲルが不安げに問う。
「……なんとかするわ」
……ああ、不安だ。
「あー、貴方がその、ペルソナとやらってことはわかったから……だから、なんでそんなのやってるのかって聞きたいのよ」
「アルバイトで」
「アルバイトで!?」
ああ、どんどん話がしっちゃかめっちゃかになっていくような。
「ええ、ちょっと魔界で募集してるのを知って……呼ばれて飛び出てズドドドーン、ってわけなのよ」
「ふ、ふーん……世の中には妙な仕事もあるものなのね……あれ、それじゃあさっきまでいたアリスって男はドコ行ったのよ?」
「あ、それはこの身体よ。呼び出されると、召喚者の身体を借りて現れるの。ちゃんと姿も変わる親切設計よ」
ペルソナって、そういうんじゃなかったよなあ……
「さて、ペルソナとして呼び出されたからには、しっかりと自分の仕事は果たさなければいけないわね。メギドラオン!メギドラオン!」
「いてっ、いててて!クソッ、ただの人形投げじゃないの!変な呪文を使わないで、ちゃんと弾幕ごっこのルールで戦いなさい!」
さっきまで、問答無用でこっちを殺す気まんまんだったくせに。
「……いいでしょう。私はルールや決まりごとはきちんと守るロウルート寄りな都会派なので、スペルカードを使う事にしましょう。
しかし私はペルソナ、一度攻撃したら元の姿に戻ってしまうのよ。そして召喚者のMPが尽きてしまうので、二度目は無いのよ」
さっき、メギナントカをニ回も使ってたじゃないか。
「随分MP低いね……」
「そりゃそうですよ、私達はまだレベル1ですから」
そうか、まだあのキノコモンスター(ただのキノコ)しか倒していないんだ。低レベルクリアも程々にしないと、痛い目見るぞ。
「チャンスは一度……この一撃でなんとか逃げる方法を掴まないと、もれなくゲームオーバーだわ……」
「アリスさん……信じていますからね」
「ええ、任せなさい!」
そのアリスの姿は久々の本気を感じさせた。ただのハッタリじゃないと信じたいが。
「さあ、来なさい!」
レミリアが両手を広げ、吼える。わざと後手に回るのは、ボスの美学なのだろうか。
それを受け、アリスは大きく声を上げる。
「いくわよ……真っ赤に燃える紅蓮の炎、全てを無に帰す一本の矢!I・C・B・M、発射!……ぽちっとな」
「………」
構えるレミリア、しかし何も起こらない。誰もが頭にクエスチョンを浮かべる中、アリス一人が笑っていた。
「ふふ、くくくく、はーははは!今、この瞬間!大陸間弾道ミサイルがここ、紅魔館を目標に発射されたわ!もう止める事は出来ない、数分と経たない内に、幻想郷全土を焼き尽くし、見るも無残な瓦礫の山が出来上がるでしょう!」
「な、なんて事を!ていうか、なんで早速弾幕ごっこのルールを無視してんのよ!」
「そんなものは知らない、歴史と法律は勝った者が造るのよ!」
だめだこいつ、完全にカオスルートに堕ちやがった!
「助かりたければ、方法は唯一つ……三十秒以内にフランドールの力で、ミサイルを着弾前に迎撃するしかないわね。
さもないと、延々金剛神界を彷徨う事になりかねないわ」
「く、くそ……咲夜!わかっているわね!急ぐのよ!」
あちらはひどく慌てているぞ。どちらが悪役かわかったもんじゃない……
「……よし、今のうちに脱出しましょう」
あ、やっぱりハッタリだった。
私達はまんまと紅魔館を脱出した。なぜか美鈴はいなかった、お昼休憩だろうか?シフトに穴が開いているが、交代の人員はどこいったのだろう。
「やれやれ、なんとかなりましたね」
「カヲルは何もしてないだろ……」
いつの間にかアリスはまた男に変身していた。面倒だし、あんまり意味が無いんじゃない、それ。
「とりあえず、ミッション『吸血鬼の館籠城戦』クリアです。ここらでそろそろお昼にしましょうか」
籠城してないし、攻略もしてないのに……ともあれ、休憩には賛成だ。私達は改めて人里に向かうことにした。
人里。特に何事も無く辿り着いた。人々が物珍しげに眺めるのを、この妙なナリの二人は気にする様子は無い。
「ああ、お腹すきましたねえ。何食べます?」
「そうだなあ、何にしようかな……」
慣れた様子で店を物色する。外の世界から来たって設定はどこいったんだろう。
めぼしい店を見つけたのか、カヲルが足早に歩き、後にアリスが続いた。
それに私が続くと、突然カヲルが立ち止り、それにアリスがぶつかって、さらに私がぶつかった。
「いたっ。……どうしたんだ、カヲル」
「……アリスさん。どうしましょう……私達、お金持ってませんよ」
「………………あっ」
今気付いたのか。
「ど、どうしましょう。そうだ、適当な家のタンスでも漁れば、いくらか見つかるかもしれませんよ」
「馬鹿っ、そんな強盗まがいの事が出来るか。ゲームじゃあるまいし」
紅魔館には強盗まがいな作戦で侵入したくせに……
「ううん。しかし、困ったなあ。どうすれば食い物が手に入る……」
「金策にはいらないものを売るのが常套手段ですが」
「この貧弱装備、売れるものなんて何も持ってないぞ」
そもそも、ナイフや出所不明な拳銃を買ってくれる人なんているのだろうか。物好きな人なら買うかもしれない。
「どうする、なんとか食べ物を譲ってもらう方法は……」
アリスは道をうろつきながらぶつぶつ呟き、何かを考えている。
「……そうだ……確かあっちの蕎麦屋、店主が盲腸で入院していて、今は娘さんが一人で切り盛りしているはずだ……」
なんでこいつは人里の事情にこうも詳しいのだろう。
「でもアリスさん、それがどうしたっていうんです?」
「娘さんを口説き落とし……あくまで善意による施しを誘い、合法的に蕎麦を御馳走になる……今の姿ならいけるはずだ!」
最低だ!
「そんなのうまくいくわけないでしょ!」
「……メディスン、いい機会だから一ついいことを教えてやろう……男も女も、結局は顔だ!顔が全てだ!顔がよければ物事の八割はうまくいく、それが無ければ馬車馬のように働いて金を稼げ!どちらも駄目なら、腐って死ぬだけだ!」
こ、こいつっ……!
「恋人にするなら顔、結婚するなら金とはよく聞きますけどね。愛はどこかに無いのでしょうか」
「なるほど、金ならフローラ、顔ならビアンカか。デボラを選べば、ある意味愛があると言えるだろう」
「ちなみにアリスさんは、結婚するならどんな人がいいですか」
「ううん、『若奥様』な薔薇水晶か、『女王様』な薔薇水晶か……どちらかを選ばなきゃいけないのが、人形師のつらいところだな」
ついこないだまでの金糸雀愛はどこへ消えたんだ。
「おっと、こんな話をしている場合じゃなかった。さっそく行動だ、行くぞカヲル!」
「おいしい蕎麦が、私を呼んでいるのが聞こえますよ!」
二人は目標を定め、駆けだし、店に飛び込んだ。ああ、罪なき少女が犠牲に……私はそれを止めるすべを知らない。
あらあらこんなところでどうされました。ああ、ああ。天使のお迎えだ。いよいよ長きに渡る冒険もおしまいか。まあまあここは天国ではないしここは幻想郷ですよ。我々山駆け海渡る冒険者、故郷も家族も捨て心満たされぬまま死を迎えるものかと思いきや、こんなにも美しい天使に看取ってもらえるならば本望だ。さあ天国へも地獄へでもどこまでも行きましょう、貴女の隣がすなわち楽園。いえいえ私そんな大層な者ではありません、ただのしがない蕎麦屋の娘でございます。蕎麦でも饂飩でもいいでしょう、貴女はただただ美しい。それは罪です、大罪です、死にゆく者に残酷な微笑みを向けるのだ。私しがない蕎麦屋の娘、命の灯消えんとする御方を前にして、何もお助けすることが出来ないのでございます。そんな、そんな、とんでもない!貴女は笑っていてくだされば、それでいい。死は唐突に、平等に、誰にでも訪れるものなのです、貴女が責任を感じるなどとんでもない!ならば一つ教えてくださる、貴方を死に至らしめんとする物は一体?
お腹が減って死にそうなのです。あらあらそれは、まあまあまあ。
私は流されるまま蕎麦をすすり、蕎麦湯を三杯おかわりし、先に店を出て、若き店主に礼を告げるアリスを遠目に見ていた。
貴女はやはり天使だ云々、お代は結構云々、お名前は云々、名もなき旅ガラス云々、いつかまたお会いしましょう云々。
人里を出た。途中、やはり周りからは奇異の視線で見られていた。
「ふう、もうお腹一杯です」
「食べすぎだ、カヲル……」
こいつらは一体何をしに来たんだ?幻想郷グルメの旅じゃあるまいな。
「さて、お腹も膨れた事ですし……新たなダンジョンを目指しましょう。まだまだ終わりませんよ!」
私はもう飽きてきたよ。
行く当ても無いまま、先頭にカヲルが、次にアリスが、最後に私が付いて一列に歩く。何のこだわりがあるのか知らないが、ずっとこの歩き方だ。
「……、おい、あれは何だ」
ジーンズの小さなポケットに手を突っ込みながらぷらぷらと歩いていたアリスが、空を見上げながら言った。青空の中に不自然に浮かぶ黒い点。どんどんと大きくなる……
「……あれ、魔理沙じゃあないですか」
カヲルが目を凝らしながら言った。なるほど、よくよく見ると箒に跨った人のようだ。おそらく魔理沙に間違いない。
「あ、方向を変えた。こっちに近づいてくるようです」
「おいおい、厄介な事になったな。仮にも奴は魔法使い、もしかしたらばれてしまうかも……十中八九大丈夫だろうが」
「ええっ、それは困ります。この姿が幻想郷の人にばれてしまったら、青春をエンジョイできなくなってしまうじゃないですか」
そんなに慌てるような事だろうか。そもそも、青春はもはやあまり関係なくなってきている気が。
「なんとかうまく誤魔化すしかない。メディスン、頼んだぞ」
くそう、いつもこういう役回りだ。
魔理沙は私達の前に降り立ち、フレンドリーに、むしろ馴れ馴れしく声を掛けた。
「よう毒人形、こんな所で男なんて連れて何やってるんだ」
ええと、どういう設定だったかな。
「あー、この人たちはどうも外の世界から来たみたいで……たまたま見つけた私が幻想郷を案内していたの」
「ふーん?外の世界から。お前らも災難だなあ」
「いやあ、なかなか面白い体験が出来ましたよ」
「そうそう、今も箒に乗って空を飛ぶ妙な服の女の子なんて珍しいのを見れた」
「その割には驚かないんだな」
「もう見慣れてますからね。吸血鬼に追いかけられたりもして大変だったんですよ」
「……なかなか外の世界から来たにしてはタフな奴らだな。あ、一応言っておくが、私は見ての通り魔法使いだが人間だ。普通の」
「悪いけど、こっちの常識じゃあ箒一本で空を飛ぶ奴なんて人間とは呼べないもんでね」
「なるほど、確かに一理あるような」
知り合いである事をおくびにも出さず、二人は魔理沙に会話を合わせる。うん、うまくいってるじゃないか。
「ところで、お前ら名前は?私は霧雨魔理沙、さっきも言ったが普通の魔法使いだ」
「アリス=ブラックバーン」
「渚カヲル」
「……どこかで聞いたような名前だな。それにしても、アリスだって?」
ほら、やっぱり名前が同じってのはやめといたほうがよかったんじゃ。
「あ、先に言っておくけど俺はここにいるアリス・マーガトロイドとやらとは無関係だ。まだ会った事無いけど、きっと美人で頭が良くてやさしくて美人で家事とかも得意で美人なんだろうなあ」
こいつ……
「アリスが?ははは、やめといたほうがいいぜ!確かに美人の部類には入るだろうが、いつも妙な事ばかりやってる、頭のネジが吹き飛んだおかしな奴だよ。頭には人形の事しかないみたいだし、私の認識じゃ幻想郷でも類を見ないレベルの変人さ」
「なんだと」
「ちょ……ちょっと!アリスさん」
カヲルがアリスを引っ張って、こっそり耳打ちする。
「駄目ですよ、危うくばれるところだったじゃないですか……」
「ああ、ついつい……気をつけるよ」
「お願いしますよ」
「しかし……なんでそんな評価になっているんだ。俺は常識人の都会派で通ってるはずなのに……」
それは本気で言っているのだろうか?面白い冗談だ。あはは!
「おい、どうした?」
「ああ、いや……ほら、名前が同じだからか、他人のような気がしないんだ……彼女の陰口はやめてもらえるか」
同一人物なんだけどね。
「あー、それはすまなかった。でも、とにかくあいつに会うのはやめといたほうがいいぜ。人間には親切だって噂だが、どうも怪しい。蝋人形にされて帰ってこれなくなるかもしれないしな」
「……御忠告、ありがとう……」
なんとか堪えたようだが、このままじゃあぼろが出るのも時間の問題だ。はやいとこ引き離した方がいいかもしれない。
「二人とも、次は、ええと……そうだ、神社を見に行くんでしょ?早く行こうよ」
「あ、ああ。そうだ。早く行こう。じゃあまたな、魔理沙さん」
「ん、神社って博麗神社の事か?ちょうど良かった、今私も向かっているところなんだよ。一緒に行こうぜ」
ああ、失敗したか!これ以上この二人を傍に置いとくのはまずい。なんとかしないと……
「あ、でも、この二人は普通の人間だから空も飛べないし……先に行ってもらったほうが」
「そうそう!飛行機かヘリコプターでもあるっていうなら話は別だけど」
「せっかくだ、私も歩いて行かせてもらうぜ。外の世界の奴と話す機会なんて滅多に無いからな」
うーん、どうあっても付いてくるつもりらしい。もう手に負えないや。
私はアリスの耳元に顔を寄せ、魔理沙に聞かれないよう小声で囁いた。
「アリス、もう諦めて一緒に行くしかないみたいだよ」
「勘弁してくれ……このままじゃイライラのあまり設定の事も忘れて持ってるありったけの人形を大爆発させてしまいそうだ。ここら一帯は焼け野原になるぞ」
「あ、その姿でも一応人形は隠し持ってるんだ……」
「魔界では割とオーソドックスな商品技術、超次元ポケットさ。米粒一つ分のスペースに、2tトラック分の荷物が入るんだ。ただ、狙った物を取りだすのには少々コツがいる」
ああ、それで私に渡すはずの爆竹を間違えたんだな。
「それはいいけど、じゃあどうするのよ。潔く正体ばらす?」
「それも嫌だ。あいつに知られたら、それこそ幻想郷中に広まってしまう」
「あれもいやだこれもいやだ……はっきりしてよ」
腕を組んで唸っていたアリスだったが、何かいいアイデアをひらめいたのか、ぱっと顔を上げた。
「そうだ。奴の口を封じよう。実力行使で」
いきなり荒っぽいやり方に様変わりした。どうしてそうなるんだ!?
「都会派とやらはどこいったの!?もっとクールであるべきでしょう!」
「クスリとケンカは都会の華だ!そして都合の悪い事はもみ消すのが都会の流儀!」
ああ、こいつはうららかな日差しの中、テラスに出て紅茶とお菓子を楽しみつつ談笑するような上品な都会派じゃあない……ジャンクフードをコーラで流し込み、ガラの悪い若者とつるんでスプレーで芸術を作るタイプの都会派だ!
「おい、さっきから何をこそこそやってるんだ?」
魔理沙が声を掛けた。
「霧雨魔理沙。……実は俺は幻想郷を滅ぼすために外の世界から送り込まれたエージェントだったのさ!手始めにまずお前からだ!」
「な、なんだって!いや、というか、なぜこのタイミングで言ったんだ!」
「あれ?いつの間にか妙な展開になってますね」
「あーあ……もう私、知ーらないっと……」
自分で言った事には責任持てよ、アリス。
「なんだかよくわからんが……とにかくお前を大人しくさせる必要があるようだな。いくぞ、スペルカード……」
魔理沙は箒に飛び乗り、空中でスペルの使用を宣言する。あれ、そういえば、スペルカード使ったりしたら正体ばれちゃうじゃないか。
どうやって戦うつもりだろう。
「ペルソナァァァァー!」
ばきゅん!
……発砲しやがった。ペルソナは関係無いじゃん。
銃弾は、惜しくも箒を掠めただけで、彼方に飛んで行ってしまった。
「うおっ!?……お……おい!ちゃんと弾幕ごっこのルールを守れよ!」
そのセリフ、前にも誰かに言われてたね。
「何言ってるんだ。これが都会の弾幕ごっこだ!」
いや、間違っては無いけど。
「は?都会って……あ!さてはお前、アリスだな!」
「……ああ、確かに俺はアリスだが」
「しらばっくれるな!マーガトロイドの方だろう!」
「…………………ああそうさ!マーガトロイドのほうさ!バレてしまったからには、いよいよもって口を封じるしかなくなったな!」
やけにあっさり認めて、開き直った!
「でもこれで人形も使えるし、空も飛べるようになりますね」
「あ、なるほど」
じゃあ、戦うためにわざと正体がばれるような事言ったのだろうか。……あれ、なんかおかしいような。
「一体何を言っているんだ。設定にはおおむね忠実にいくぞ。空は飛ばない。人形は使うけど」
その無駄な縛りプレイやめろよ!
「え、じゃあどう戦うつもりなんですか」
「前にも言った、『主人公補正』の力を使う。戦いとは、どちらがより多くの『主人公ポイント』を集めたかによって決まるんだよ」
そんなルール、初耳だぞ。ついでに言っておくと、今のアリスはどちらかといえば悪役だ。
「おいこら、弾幕ごっこに勝手なルールを加えるな!」
空から声が。魔理沙はちゃっかり話を聞いていたらしい。
「これは弾幕ごっこに限らず、あらゆる戦いにおいて通用するものなんだよ。……『準備中、相手が攻撃を待っていてくれる』……一ポイント」
え、そんなことで溜まるものなの。
「『自分は地上に居るが、相手は空を飛んでいる』……一ポイント。
『相手の方が数が少ない』……一ポイント」
「ねえ、最後のはそうともいえないんじゃないの?」
沢山の敵をばったばったとなぎ倒すほうが主人公っぽいと思うけど。
「これはボスバトルだ。数の少ないほうが敵に決まっているだろ」
はあ、そうっすか……
「ええい、面倒くさい!いけ、マジックミサイル!」
痺れを切らせたのか、先制攻撃を仕掛けてきた。それに対し、アリスは……抵抗するでもなく、ただ突っ立っている。
「うわあー!」
「アリス!?」
「アリスさん!」
そのままふっ飛ばされた。
「くっ……やはり強い!
……『最初はやられる』……一ポイント」
一人だけ別次元で戦ってやがる。
「なら、これでどうだ!アーティフルサクリファイス!」
懐から人形を取り出し、投げつける……が、全くの見当違いな方向に飛んで行った。
「……やったか!?」
いや、やってない。ほら、魔理沙もリアクションに困ってるじゃないか。
「そ、そんな。これでも駄目だなんて……
……『奥の手が効かない』……一ポイント」
まだ始まって数分なのに、妙に悲壮感が漂っている。
「…………」
あれ。なんだかアリスが黙りこんで、動かなくなってしまった。
……と思ったら、顔を上げた。
「『内心での葛藤に打ち勝つ』……十ポイント」
そんな何かに迷うようなイベント無かっただろ!
「そうだ……俺には誓いがある。守るべきものがある。忘れていた、俺は一人じゃない……メディ、見ていてくれ。俺は負けない、必ずやり遂げて見せる!」
何故私の名前が出たのか知らないが、そう何事かを空に吼え、いつの間にか手に持っていたヒラヒラした物を握りしめた。あれは……リボンだろうか。……あれ、私の頭のリボンが無い。
「『今は亡き恋人の形見が、再び勇気を与える』……二十ポイント」
人を勝手に殺すな!
「そして最後に決めるのは、新たな必殺技だ!……おや」
どうしたのだろう、アリスの勝手な戦闘システムは絶好調だったのに、テンポが途切れてしまった。
「……うーん、決め技を使うにはまだポイントが足りないようだ。……おい魔理沙!」
「な、なんだよ」
「東方シリーズの原作者のサークル名を言ってみろ!」
「さーくるめい?……あー、それはええと。ああ、『上海“アリス”幻樂団』……」
「…………三十ポイント!」
「おい待て、それはズルいぞ!」
「なんだよ、原作にケチつける気か?」
「その理論なら、アイコンになってる私にも補正が付く筈だ!」
「なるほど、お前は要石と同列なワケだな」
「うぐっ!」
うーん、黄昏の方はどうなんだろう。うーん。……やれやれ、しっちゃかめっちゃかすぎて、突っ込む気力も無くなってしまった。
「仕切りなおして、いくぞ超必殺!アーティフルサクリファイスセカンドォ!」
うっわあ、適当なネーミング!しかも、持ってるありったけの人形をただただ投げるだけのこれは……
「ただの絨毯爆撃じゃねーかぁ!」
ちゅどん、ぴちゅーん。魔理沙は星になった。
……おそらく、本望だろう。ただ巻き込まれただけの、哀れな彼女に幸あれ。
「ふう……危なかった。紙一重の戦いだった」
肩で息をしながら、しゃあしゃあとアリスはそんな事を言う。
「そうだ、もう関係ないけど、これだけはやっておかないと。
……霧雨魔理沙、お前は強かった。もしかしたら結果は違った物になっていたかもしれない……しかし最後には俺が立っていた。なぜだか解るか?
……それは、お前に足りなかったものがあるからだ……主人公補正というやつがな」
決め台詞ってやつか。うわあ、すごくやり遂げた表情してる……
「やりましたねアリスさん。その主人公補正があれば、もう敵なしじゃないですか」
「いや、確かにこれは非常に強力、使いこなせば神も殺せるが、主人公ポイントを高めすぎると様々な不具合が起こる。しまいには死ぬ」
「死ぬんですか!」
「ああ、素人が迂闊に手を出してはならないんだ。死亡フラグの真上に張られた一本の糸を渡るようなものだからな、主人公は」
「な、なるほど……。しかしあれだけの強敵を倒した後、そろそろラストも近いんじゃないですかね」
その理屈はどうかと思うけど。
「そうだな、そろそろ……!……おいカヲル、見ろ、アレを……」
「……あ、あれは……」
え、何?二人は同じ方向を見つめ、構えをとっている……私には何も見えない、草木、砂利、空、雲……
「…………『石のような物体』だ!」
…………いーや、ただの石ころだ!
「ただの石じゃない、どこをどう見ても!」
今わかった、ようやくわかった、こいつらの眼は節穴だ。
「いんや、石のような物体だ、どこをどう見ても。くそっ、もうこんなところにまで来ていたのか!」
実はこの冒険の目的は、石のような物体とやらを倒すことだったらしい。なんだってー。
「どうしましょう、アリスさん……今のままじゃ対抗手段がありませんよ」
「問題無い。こんなこともあろうかと……」
言いながらアリスは、超次元ポケットの入り口を広げ、何やらでかい物体を取り出した。そんなのよく入ったな、ってくらいでかい。
「こんなこともあろうかと……作っておいたのさ!バイクを改造し反重力エンジンを積んだ、『ジゲンセントーキ』をな!」
ジゲンセントーキ。……次元戦闘機!
「そんなもんポケットに入れておかないでよ!」
「大丈夫、燃料はコシヒカリだからとっても環境に優しいんだ」
あっ、話が通じないや。
「でもこれで、奴に対抗できます!さあアリスさん、前に乗って下さい!私は後ろへ」
「あ、待てカヲル!」
アリスは、コクピットを開き意気揚々と乗り込もうとしたカヲルを引き止め、その瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「……いいか、これに乗ったらもう、引き返せない。敵はあまりにも強大で、こんなもの、虫けらの抵抗に過ぎないんだ。生きて帰ろうなんて途方も無い夢物語。だから……」
アリスの言葉をさえぎり、カヲルはアリスの手を握った。
「その先は言いっこ無しです、アリスさん。これまで色々、喧嘩もしたりしましたが……私達は仲間でしょう?その私を置いて行くなんて、それはこれ以上ない最低の侮辱に他なりません。大丈夫、生きて帰りましょう。きっと二人なら出来ますよ」
「カヲル……ああ、すまなかった。お前の事を軽く見ていたよ。さあ、乗ってくれ!」
二人は颯爽と席に飛び乗った。
「メディスン、きっと帰りを待っていてくれるな?」
「え?……ああ、うん。大丈夫、待ってる」
「よし。……行くぞ、最後の戦いだ!エンジン点火!」
後部のバーニアが火を噴き、機体が浮き上がった。発進まで秒読み段階。
「さあ、行きましょう!」
「………カヲル………すまない」
「え?」
発進目前にして、いきなりカヲルがコクピットからはじき出された。
機体からアリスの声が響く。
「戦うのも、死ぬのも俺だけでいい……メディスン、カヲル、お前たちは死んではいけない。必ず生きて帰るんだ」
「そんな、アリスさん!」
「なに、犠牲になりにいくわけじゃない、むざむざやられるつもりも無い。ただ、巻き込まれる奴は少ないほうがいいってことさ」
「……あんたは、嘘をついたんです。私の気持ちを騙し、踏みにじった。自分一人カッコつけて、勇者の栄光を一人占めするつもりなんでしょう!」
「勇者か、そう呼ばれるのも悪くない……ただ、それは帰ってこられたらの話さ。死んで銅像立ててもらうより、生きてもっとましな物を作れよ。カヲルになら、それができるはずだ」
「二人なら生きて帰れるって言ったはずです!無茶でも無謀でも、やってみなくちゃわからない!」
「やってみなくちゃわからないようじゃ三流だよ。やる前からわかるようにならなきゃな。
一矢報いるだけじゃ足りない。窮鼠猫を噛んで、その後どうするんだ?一噛みして、後はおしまい?違うな。死んでも放さない、骨まで噛み砕く。自分の痛みを忘れてひたすら牙を食い込ませる、奴を倒すにはそれしかないんだ」
「そんな……でも、そんな!」
「カヲル、お前は立派な勇者だよ、俺が保証する。……メディスン!最後に一つ、聞いておきたい事がある」
この期に及んで、一体なんだ?
「………私の事、愛してる?」
「………いや、別に」
「ありがとう。その言葉を聞けただけで……もう思い残すことは無い、すっきりした気分だ」
人の話を聞けよ。
「さあ、行くぞ。間違いなく俺は勝てない、だが負けるつもりも無い。勝つか負けるかの簡単な問題じゃないんだ、この場合に最も価値のある選択、それは……」
その言葉は最後まで聞きとることはできなかった。機体は浮上、轟音が響く。アリスは単身、石のような物体を倒すべく空の彼方へ飛び立ち……一条の煙のあとのみを残して、消えた。
私はいつの間にやら元の姿に戻っていた早苗と別れ、アリスの家に辿り着いた。
窓ガラスを蹴破り侵入、冷蔵庫の食料を漁り、ダラダラとゲームをして、時々人形達を眺め、しばらくの間は悠々と過ごしていた。
そしてアリスが特攻して三度目の晩。アリスは元の姿で帰って来た。
「おかえり」
「……ただいま」
満身創痍。ズタボロである。
「で、どうなったの、『石のような物体』とやらは?」
私の問いに、アリスは身体を震わせながら答えた。
「青春なんて……青春なんて、みんな黒歴史よ!もう忘れました!」
ようやく目が覚めたらしい。
「まったく、散々だったわ。紫には怒られるし、勢い余って壊しちゃった博麗神社の損害賠償請求も来るし。まだジゲンセントーキの材料のローンも残ってたのに……」
ぶつぶつと愚痴をこぼすアリス。どうも、反省は見受けられない。
「あーあ。こんなことなら、あの時早苗も乗せておくんだったわ。変にカッコつけないで」
変だって自覚はあったらしい。
「で、どうするの、これから?」
服を着替えながら人形を動かして、私が割った窓を修理しているアリスに聞いた。
「そりゃあ、決まっているでしょう。魔界に、場合によってはそこから外の世界に高飛びよ。異変でもないのに巫女にやられたくないし、身に覚えのない請求書なんて払ってやるもんですか」
アリスの人形の一人が私に近づいて、何かを手渡した。
「これ、ここの鍵。留守をお願いね。それじゃあ、またそのうちに。グッバイ、あ、魔理沙が来たら、適当に追い返しておいてね。もう来た?」
まだだ、と答えると、ならいいわと頷き、慌しく家を飛び出した。
私は画面に戻った。うーん、ポリゴンはいいなあ、高低差がわかりやすい。同高度の敵にもロックオンできるのは、個人的にはいただけないけど。
どうせすぐに戻って来るだろう。ゆっくり待つことにした。幻想郷は平和でいいところだ。
青春とは何だ?振り向かない事さ。振り返ったら死ぬぞ、主に羞恥心で。
このアリスさんならサイコガン片手に弾幕勝負に参戦してくる気がする。
青春に過ちは付き物だけど、こいつらの間違いっぷりはそれでは説明がつかない気がする。
そしてアリスを愛していることもwww
うん、なんだろう、言いたいことがあるのに何も言えない。虹色なんたら同盟ってまだあったんだなぁ、とかアリス水銀燈と結婚したいとか言ってたじゃないかとか。
ぶっとんでる内容なのにボリュームがすさまじい、そんなほんまぐろさんのアリスとメディスンが大好きです。
ここまで苦労人なメメ子も珍しいw
儚はこうすべきだった……つーか設定続いてたんですねアリスの浮気者!
メガテン世界で常時満月時の会話を強いられているようなメランコが不憫すぎる。
なにを言っても「オレサマ オマエ マルカジリ」じゃねぇ。そこの所分かってんの? ブラックバーンとカヲルは。
ラストで束の間の平穏を取り戻したかにみえる毒人形ちゃん。
個人的にはできるだけ長くそこに浸っていてもらいたいけど、あっという間に帰ってきちゃうんだろうなぁ、
魔人アリスは。
この台詞だけ1人称が私に戻っている
つまり、この言葉はアリス・マーガトロイドの本心からの問いかけであり、
道化の仮面を被り、素顔を隠さなくては伝えられない、臆病な告白だったのだ
精一杯の告白をにべもない言葉で返されたアリスの心境はいかほどのものだったのだろうか
いかに次元戦闘機を持ってしても、博麗の巫女とスキマ妖怪を相手に三晩も戦闘が続くものだろうか
三晩の間、アリスはいったいどこでどんな気持ちで過ごしていたのか、想像するだけで涙を禁じえない
今日もアリスの高飛びという名の傷心旅行は続く……
考えようでは流されまくっているメディも常識人のようでそうでもないかも知れないですね
意志の強過ぎるアリスと意志の弱過ぎるメディw
面白かったです