地底。旧都から離れたところにある、灼熱地獄跡の上に建てられた地霊殿。
その一室で、地霊殿の主である古明地さとりは、いつもの様に地霊殿の業務をこなしつつ、紅茶を飲んで
いた。すると、部屋の扉が猛烈な勢いで開いた。
「お姉ちゃん!ただいまー!」
扉を半壊させつつ部屋に入ってきたのは私の妹であり、無意識を操る能力を持った古明地こいしだった。
地霊殿にこいしが戻ってきたのは実に一週間ぶりだった。
「お帰りなさい、こいし。今度はどこへ行ってきたの?」
こいしは明確な目的地を持って外出することはほとんどない。大抵は無意識の能力を使って主に地上の
あちこちを放浪している。姉のさとりとしては、妹の所在が全く分からないというのは不安でたまらない。
なので、こいしが帰ってきた時には必ずどこに行って来たのかを聞くようにしている。
「えっと、博麗神社と紅魔館と、あと新しく出来た命蓮寺ってお寺にも行ってきたよ」
こいしが言った命蓮寺という寺には聞き覚えがあった。確か、少し前に八雲紫がクローゼットからいきなり
出てきて、当たり前の様に私の紅茶を奪って飲みながら話してくれた。
「そうですか。それで、楽しかったですか?」
私は紅茶を淹れながらこいしにそう聞いた。すると、キャスター付きの椅子に乗って部屋の中を爆走
していたこいしは急停止して、満面の笑みで答えた。
「うん!とーっても楽しかったよ!」
「そう。それはよかったわ」
こいしの返答から、とりあえず何も嫌なことは無かったのだと分かったので安堵した。
淹れた紅茶を飲みながら業務を再開した。すると、高速回転しているこいしが言ってきた。
「あのね、新しい友達が出来たの。ぬえっていうんだ。物の正体を分からなくする能力を持ってるんだよ」
「正体を分からなくする、ですか。いたずらに本領を発揮しそうですね」
そこまで言ったところで私はふと思った。こいしには友達がどのくらいいるのだろう、と。
確か、紅魔館当主であるレミリアの妹のフランドールとも仲が良かった筈だ。他にも、博麗霊夢や
霧雨魔理沙とも仲が良いと以前話していた。こいしはほぼ毎日幻想郷をふらふらと飛んだりしているので
誰かと話したりする機会は多いはずだ。そこで、私は紅茶を飲みながらこいしに聞いた。
「ねぇこいし」
「うん?なに?お姉ちゃん?」
「こいしには何人友達がいるのですか?」
こいしはまだ回転を続けながら答えた。
「えっとね、だいたい七十人ぐらいかな」
「げほっ!ごほっ!」
むせた。七十人なんて人数は全く予想していなかった。多くても二十人ぐらいなのだろうなと思っていた。
だって、七十人ですよ?七十人って登場キャラほぼ全員じゃないですか。
「こいし。それは本当ですか?」
「うん。本当だよ。もう命蓮寺の人たち全員とも仲良くなったよ」
こいしがこんなに友達を持っているとは知らなかった。軽くショックを受けながら零した紅茶拭いて
いると、こいしがこう聞いてきた。
「ところで、お姉ちゃんは何人友達がいるの?」
う、と言葉に詰まる私。私には友達と呼べる存在はいただろうか。お燐とお空はペットなので友達ではない。
むしろそれ以上の家族と呼べる存在だ。旧都の方はどうだろうか。勇儀やパルスィ、ヤマメなどとは
確かに親しいが、友達という程ではない。と、そこまで考えたとき、私はふと恐ろしい事に気がついた。
私には、友達がいないのではないか。
気づいた途端、私は猛烈な敗北感に襲われた。
「ねぇお姉ちゃん?聞いてる?」
ショックで惚けていた私の顔を覗き込みながらこいしがそう聞いてくる。あ、こいしかわいい。
現実逃避しようとする思考を引き戻しつつ、私は頬を掻いて照れ隠しをしながら答えた。
「恥ずかしいことですけれど、私には友達と呼べる人はいないようです」
それを聞いたこいしはしばらくきょとんとしていたが、しばらくすると何かを思いついた様に手を叩いて笑顔で私にこういった。
「それなら、今から地上に行って友達を作ってきなよ」
「え?今から?」
思わず聞き返す私。今からなんていくら何でも早過ぎる。それに、地上で親しい人なんていないに等しい。そんな私に一体
どうやって友達を作れと言うのだろう。すると、そんな私の不安を見抜いたかのようにこいしが言ってきた。
「大丈夫だよお姉ちゃん。私が何人か紹介してあげるからその人のところに行ってみなよ。きっと良くしてくれるよ」
「それは助かるわ。それで誰を紹介してくれるの?」
するとこいしは少し考え込んで、答えた。
「魔理沙とかならうまくいくんじゃないかな?」
「魔理沙さんですか…」
魔理沙と言うと、あの白黒の魔法使いか。彼女とは異変の時に一度会っているし、異変の後に参加した宴会でも少し話したことがある。
傍若無人だがみんなに好かれているというのが私の中の彼女の印象だった。確かに彼女なら私の能力を気にせずに付き合えるだろう。
たが一つ問題があった。魔理沙の行動範囲は幻想郷全域と言っても過言ではない。今彼女がどこにいるのかなど、親交の浅い私が
分かるはずもない。
「こいし、今魔理沙さんがどこにいらっしゃるか分かりますか?」
「えーと、魔法の森か、博麗神社か、紅魔館にいると思うよ」
「分かったわ。それじゃ行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
こいしに見送られて部屋を出る。魔理沙の居場所が三カ所に絞られたので助かった。まず地上へ出て神社から回ってみよう。
そう考えているとペットのお燐が私を見つけて話しかけてきた。
「さとり様、どこかへお出かけですかー?」
「ええ、ちょっと地上へ行ってくるわ」
「え?」
お燐が固まったまま私を見つめてくる。そんなに珍しい事だろうか、一応宴会の時は地上に出ることにしているのだから、
そこまで驚く程の事ではないと思うが。
「じゃ、留守番よろしくね。お燐」
「にゃっ!?わ、分かりました!お任せ下さい」
そう言いつつ、何もないところで躓いて派手にこけるお燐。本当に任せて大丈夫だろうか。今のお燐の心からは動揺しか読み取れない
のだが。まぁお燐はそれなりにしっかりしているから少しぐらい留守にしても大丈夫だろう。
そう考えてから私は地上へ繋がる縦穴へと向かった。
少女移動中…
「地上に出るのは久しぶりですね…」
そう言ってあたりを見渡す。すると、少し離れたところに博麗神社とその参道が見えた。まず博麗神社へ行ってみよう。
そう考えた時、博麗神社から私の方に向かってくる黒い物体が見えた。その黒い物体はみるみる近付いてきて、私の目の前で急停止した。
「お、さとりじゃないか。珍しいな」
そう声がかかったので、私は顔を防御するためにかざしていた手を下げた。するとそこには、白黒の魔法使い、魔理沙がいた。
「お前が地上に出てくるなんて、地底で何か事件でも起こったのか?」
「違います、ちょっとあなたに用事があって来たんですよ」
流石にあなたと友達になりに来ました、とは言えず。目的を少しぼかした言い方をした。魔理沙の方は自分に用があるとは
思ってもみなかったようで、しばらくの間きょとんとしていた。そして我に返ると、私に聞いてきた。
「お前が私に何の用があるんだ?」
そう聞かれて、私は言葉に詰まってしまった。魔理沙にどういう風に伝えればいいのか迷ったからだ。友達になってくれと
ストレートに伝えた方が良いのか、それとも質問をのらりくらりとかわしつつ、会話を繋げていく方が良いのか、今の私には
判断することが出来なかった。
「おーい、聞いてるか?」
魔理沙がそう聞いてきたが、私の耳には入っては来なかった。
魔理沙に怪訝な視線を向けられたまま少しの間悩んでいると、私の頭に一つの考えが浮かんだ。
このまま本題に入らずに先延ばしにしていては、私はずっと友達をつくる事が出来ないのではないか。
その考えが浮かんだ途端、私は猛烈な不安と焦りに襲われた。そしてそのまま、その焦りに突き動かされる様に言った。
「あ、あの、と、友達になって貰えませんかっ?」
「……は?」
魔理沙は固まって、私の方を凝視している。しまった、と思った。やはりいきなり友達になってくれというのは無茶だったか。
今の魔理沙の心からは困惑しか読み取ることが出来なかった。なので私は、魔理沙が落ち着くまで待っていることにした。
しばらくして、ようやく落ち着いたらしい魔理沙は、一つ咳払いをしながら答えた。
「別に構わないが、何で私なんだ?」
どうやら友達になることは了承して貰えたと分かり、安堵した。その後、地上へ友達をつくりに来ることになったいきさつを話した。
「そうか、こいしの紹介で来たのか。じゃあ今度は私がお前の友達になってくれそうなやつを紹介してやるよ」
魔理沙の提案は嬉しかったが、今日はもうこれ以上誰かに友達になってくれとお願いするのは無理そうだった。
何しろ、魔理沙に了承して貰うまで心臓が張り裂けそうになっていたのだ。これ以上頼んでまわっていくと、
私の心臓が持たないだろう。
「その提案はすごく嬉しいです。けど、今日は遠慮しておきます」
「へ?何でだ?」
「これ以上誰かに友達になってもらうと頼みに行くと、私の心臓が持ちません。さっきもあなたの返事を聞くまで心臓が
張り裂けそうになっていたんですから」
私のこの言葉を聞いた途端、魔理沙は声を上げて笑った。笑った拍子に箒から落ちそうになってバランスを整えていた。
そしてひとしきり笑った後、私に言った。
「じゃ、また今度宴会とかで会ったときに紹介してやるぜ」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますね」
魔理沙が宴会で紹介してくれると約束してくれた。これからはなるべく宴会に出席するようにしなければいけないな、と思った。
それまで魔理沙が約束を覚えてくれているかどうか若干心配だが、ああ見えて魔理沙は意外に義理堅い性格なのだとこいしから
聞いたから、大丈夫だろう、多分。
「じゃ、私はこれから紅魔館に行くからな。たまには地上をまわってみたらどうだ?楽しい所がいっぱいあるぜ?」
「そうですか。これからは気が向いたら地上に出てみますね」
「霊夢の所へ行けば面倒見てくれると思うぜ。あいつは結構お節介やきだからな」
そう言うと、箒の向きを大きな湖のある方へ向けて、目にもとまらない速さで飛んでいった。
その後ろ姿を見送った後、私は地底へと繋がる穴へ向かった。
少女移動中…
地霊殿に帰ってくると真っ先にお燐が出迎えてくれた。何も変わった所はない。どうやら私の留守中には何事も無かった様だ。
中断したままの業務を今日中に終わらせないといけないな、などと考えつつお燐と一緒に廊下を歩く。するとお燐がこちらに
向き直り、聞いてきた。
「さとり様は地上で何をしてきたんですか?」
言葉に詰まってしまった。魔理沙に友達になってくれと頼んできたなんて言える筈がない。もしここで言ってしまったら、
主人の威厳がどこぞのお嬢様の様に瓦解してしまう。そう感じた私は、少しぼかした言い方をすることにした。
「魔理沙に会って、ちょっとお話をしてきたんですよ」
「そうなんですか~」
私のその答えを聞いて納得したのか、また前を向いて歩き始めるお燐。その後ろを歩きながら、私は主人の威厳を
瓦解させずに済んだことに安堵した。そして、さっき魔理沙が約束してくれたことを思い出していた。
(魔理沙はああ言ってましたし、とりあえず次の宴会には参加しなければ行けませんね…。)
そんな事を考えていると、前を歩いているお燐が言った。
「さとり様、もっと地上に出てみたらどうですか?最近は地底の妖怪達が嫌われている様な事は無いですし」
「そうね…」
今日は魔理沙にしか会っていないのではっきりとは言えないが、少なくとも魔理沙は地底の妖怪だからとか、そんなことは
全く気にしてはいないように見えた。それに、以前お空やお燐が地上から帰ってきた時に、嫌われている様子は全くなかった。
私の能力を使っても、心の中に悲しみなどの感情は全く見られなかった。
確かに、私達地底の妖怪に対する嫌悪は無くなってきているようだ。お燐の言う通り、もっと地上に出て行っても良いかも
しれない。
「お燐、今度一緒に地上へ遊びに行きましょうか」
「そうですね、幻想郷巡りでもしましょうか」
そんな事を話していると、こいしが向かい側から歩いてくるのが見えた。こいしは私を見つけると駆け寄ってきて、言った。
「お姉ちゃん、ちゃんと魔理沙に友達になってくれって頼めた?」
お燐が驚いた様子で見つめてくる。あぁ、私は何と答えれば良いのでしょう?いっそのこと全部打ち明けてしまいましょうか。
それとも嘘をついてこの場を凌ぎましょうか。そこまで考えて、どちらにせよ今のこいしの発言で私が魔理沙に友達に
なってくれと頼みに行った事は既にばれてしまっている事に気付いた。もう隠していても仕方がない、そう考えた私はお燐に
全て打ち明けた。
「そうですか~。友達をつくりたいのでしたら今度幻想郷巡りをするときにつくりましょうよ。あたいも手伝いますから」
「そう?助かるわ」
とりあえず、主人の威厳は崩れはしなかった。ついでに友達づくりにお燐という心強い味方ができた。これで大分友達づくりが
楽になるだろう。そう考えて安心していると、こいしが笑顔で言った。
「じゃあお姉ちゃんの次の目標は友達五十人ねっ」
どうやら、しばらく地霊殿の業務は休むことになりそうだ。
それはさておき、作者様ご本人が自覚されている通りちょっとオチが弱い。
ならば、もう一話続きで書かれてはいかがでしょうか。と言うか、このさとり様がもっと読みたい。
できれば次の相手は霊夢で、友達になるまでにもう少し紆余曲折があるお話になればいいなぁと。
>しばらく地霊伝の業務は→地霊殿ですね。惜しいっ、最後の最後で。
あう…やっぱり弱いですか…もっと練習していきたいです…
続きですか…分かりました。書いてみようと思います。
ただ、作品集二つ分くらい間が空くでしょうがwww
友達になって→良いよ。
コレだけだと流石に薄いですね。
もっと葛藤とかハプニングが欲しいです。
文章は読みやすいけど、淡白過ぎる気も。