春、幻想郷の長く厳しい眠りの季節を忘れたかのように草花が芽吹き、その短い命を謳歌せんと咲き乱れる季節。
人も妖怪もどこか浮かれ、そこかしこで花見を名目に人妖入り乱れての宴会が開かれていた。
そんな中、人里でも今年の桜を目に焼き付けようとたくさんの人々が花見に出かけていた。
中でも里では一番の桜の名所である里はずれの川原には普段にはありえないほど人が集まり、ちょっとした出店まで出る始末であった。
人が集まれば当然そこには娯楽が生まれる。
人々の宴会の輪の中では腹に顔を書いて踊り狂う赤ら顔の親父や、自慢の喉を披露する青年はてや油を吹いて火炎を起こす芸人まで多種多様阿鼻叫喚な様相を呈している。
そんな人々の輪の中でひときわ注目と喝采を浴びている演目があった。
人や妖怪を模した人形たちが小さいながらもしっかりと作られたステージの上で踊り、泣いたり笑ったり時には弾幕ごっこまで再現し人々の目を引き付けてやまない。
今日の演目はとある人形遣いの人形がご主人のために東奔西走する波乱万丈の物語。
森で迷い、動物に追われながらも必死でご主人に命じられたお使いをこなしご主人の元へとかえろうと悪戦苦闘している。
劇のラストでは人形遣い自らが演目の主役の人形を出迎え、労いのキスをしたところで場は拍手であふれかえり惜しみない賛辞の言葉に彩られる形で演目の終了と相成った。
「ふぅ…」
拍手も下火になり人が散り始めたところでアリスは人形たちにを操り舞台をたたみ始める。
今日の演目はなかなか好評だったようでおひねりの数もいつもよりも若干多く感じられた。
これなら生活の足しだけではなく少し贅沢もできるかも、何に使おうかしら…人形たちに新しくお洋服を作ってあげる布地を購入しようかしら、それとも研究に使う触媒を補充して…あ!新しい紅茶のブレンドを考えるのもいいわね、などと取り留めのない思考を遊ばせていた。
「シャンハーイ」
ふと気がつくと、自分が作った人形の中でもっとも自立に近い人形、先ほどの劇の主役のモデルにもなった上海人形がアリスの袖をクイクイと引いて何かを指差している。
「あら…あの子?」
上海人形の指差すほうには見ない顔の少女、いや妖怪がたっていた。
「あ…」
アリスと視線があったその妖怪はうろたえ、人ごみの中へと逃げ出していった。
知り合いの妖怪ではなかったが、華奢な体躯に不釣合いな大きな傘、空色の髪に良く似合った若葉色の服、そして何か思いつめたように潤む左右非対称のオッドアイが妙に印象に残った。
********************************************
数日後、アリスは密かに決心していた。
この何日か各所で行われる宴会にお呼ばれし、人形劇を披露している中ずっと誰かに見られている。
それだけではなく、帰り道や自宅の窓際などプライベートな領域にまでその視線は入り込んできていた。
本人は巧く気配を消しているつもりの様だが、あいにくと繊細な魔法や結界等を得意とするアリスにはバレバレである。
覗き魔のようなねっとりとした視線ではなく、 むしろ雨の中に震える小動物のような胸を突く訴えにも似たその視線に酷く惹かれていた。
だからアリスは行動を起こす。
いつもどおり微かに視線を感じながら、魔法の森を移動する。
視線の主も一定の距離を保ちながらアリスの後をついてきている。
相手に気がつかれないように鞄の中から一体の人形を呼び出し、すぐそばの茂みに潜伏させ自分は目の前にある広場へと移動する。
人形への命令は『尾行者の背後に回り爆破せよ、威力は最小限で前方へ集中』
この人形、体内に凝縮した魔力の塊を内包しており時間や対象、威力や指向性まで指定できるアリスの最近のお気に入りである。
ちなみに爆破後も魔力の補充と休養で何度でも動いてくれる。
広場の中央で立ち止まり、いつでも動けるように待機しつつも何気ない風を装う。
心の中で予定のタイミングをカウントする。
3…2…1…今!
ッドンッ!
「わきゃああああああああ……へぶぅっ!」
割と派手な爆発音と共に先ほど人形を潜ませた茂み付近から何かが吹き飛んできた。
エビゾリになりつつ顔面で滑り込むというコミカルかつわりと痛そうな登場を披露したのは、人里での人形劇の際逃げてしまった大きな傘の妖怪であった。
「あら、とてもダイナミックなご登場ね、お顔は大丈夫かしら?」
「あいたた、お鼻がつぶれるかと思ったよ~…あ」
がっちり見詰め合った、この前は僅かな間であったが良くみるととても綺麗な瞳だ。
「さて、はじめましてといえばいいのかしら?私はアリス。 アリス・マーガトロイドよ」
気遣いつつ自己紹介、でも逃がすつもりは毛頭ない。
「あ…わちき…」
何かを言おうとし、すぐ口をつぐんでしまう。
「この前から、ずっとついてきてるわよね? その理由を聞かせてもらえるかしら? 後名前も」
「あ…わ、わちきじゃないよ!」
いきなり確信をつかれたせいなのか、怒られると思ったのかプイッと顔をそらしてとぼける。
「ふーん、そう? でもあなたの顔。 嘘吐きに現れる相が出てるわよ」
「え、嘘!」
ばばっと顔を隠そうとあたふたしている。
「ええ、嘘よ」
「…」
う~っと涙目で睨んでくる、ちょっとかわいい
「さ、観念して教えて頂戴。 乙女の私生活を無断で覗き込んだんですもの、ちゃんと教えてくれなきゃ帰してあげないわよ」
「っ!」
軽い口調で釘を刺したつもりだったのだが、明らかに顔色が変わった。
しまった、地雷か。
「わちき…帰るとこなんて…迎えに来てくれる人なんて…ぐすっ、ふえぇええええ…」
紅と蒼の相貌が歪み大粒の涙が溢れ出す。
やってしまったなぁ…。
「ごめんなさい、傷つけるつもりはなかったの」
「わち…き…忘れ…られて、ぐすっ迎えに…来て…もらえなくて…」
涙を流しながら訴える彼女の姿に私は漸く理解した。
この子は待っているのだ、待ち人を…ずっと。
********************************************
泣く子を置いて帰ってしまうのは後味が悪いので家に連れて帰ってきた。
帰り道たどたどしい言葉で「多々良…小傘」と呟いて以来、彼女は黙りこんでしまった。
ただ、家へといざなう為に繋いだ手はずっと離そうとはしなかった。
「まぁ、くつろいで頂戴。今お茶を入れさせるわ」
「うん…」
我が家の愛しい人形たちがいっせいに動き始める、
お湯を沸かすもの、戸棚からクッキーを取り出して皿に並べるもの茶器を用意するもの、それぞれがアリスの命令を忠実にこなそうと動き回るのだった。
「いいなぁ…」
惚けたように人形たちを眺めながらぽそりと小傘がつぶやいた。
「シャンハーイ」
そこでお茶の支度を済ませた人形たちの中から上海人形がプレートにお茶を載せて進み出た。
我が家にいる人形たちの中で一番器用な上海は接客等の役割をこなしている。
「あ、ありがと」
「シャンハーイ!」
紅茶を手渡しつつ愛想を振りまく上海に少しだけ微笑んでみせる小傘。
「さて、ようこそ我がマーガトロイド邸へ、先ほどの広場では申し訳ないことをしたわ。改めてお詫びするわ、ごめんなさい」
「あ、ううん…わちきもありすのことずっと見てたもの」
小傘の目を見て真摯に謝罪をする。
「それで、良かったら聞かせてくれない? 私にずっとついてきた理由を」
「あ…うん…」
謝罪に対してはすぐに反応してくれた小傘だったが、こちらの件では未だに口が重くなるようだ。
広場で何とはなしに理解したアリスだったが、本人の口から話を聞きたかった。
「大丈夫よ、もうあなたのことを咎めようとは思っていないわ。ただ話を聞きたいだけ。」
「ほんとう?」
不安そうな面持ちで聞き返して来る小傘に
「ええ、本当よ。魔界の神様に誓っても良いわ」
あの人に誓っても普通の人には解らないかとも思ったが、小傘を安心させてやりたい思いで言った。
「わちき…つくもがみって言うんだけど…」
それからぽつりぽつりと自分の身の上の話をはじめた。
「ずっと昔に忘れられて、置いていかれちゃって…ご主人を探したくて毎日ずっと動けるようになりたいって思ってた」
妖怪になった経緯
「でも、ご主人はどこにもいなくて…誰もわちきを使ってくれなくて」
どうにか誰かに自分を見て欲しくて人を驚かせ始めたこと。
「でも、最近は誰も驚いてくれなくて…この前なんか人間に負けちゃったし」
そこでアリスはこの前起きた空飛ぶ船の異変で魔理沙が『空飛ぶ傘を撃墜してやったんだぜ!』と自慢げに語っていたのを思い出す。
傘は風に吹かれて飛びもするがあんたは空飛ぶ人間でしょうが、非常識度はあんたが上よ…とあきれて聞き流していたが、おそらく小傘のことだったのだろう。
「人里近くにいれば急な雨とかでわちき、使ってもらえるかなって…」
そこで人形劇をするアリスを発見し、人形たちを手足以上に扱うアリスを…そしてそれに精一杯答える人形たちを見てしまった。
そこには生命の有り無しを超えた信頼関係があった。
「すごく、うらやましくて…ありすなら、雨が降ったらわちきを見てくれるんじゃないかって…」
「で、雨が降る瞬間を逃すまいとずっと私に張り付いていた…と」
全てを話し終えた小傘はアリスの返事を待っている。
長らく待ち続けようやく自分を昔のように使ってくれそうな人を見つけた。
わちきを見て、使って、一緒に居させて。
今にも降り出しそうなその目元の大粒の雨が言葉よりも有言に語っていた。
「ふぅ…ちょっといらっしゃい」
「あ…うん」
答えはもうほぼ出ている、がまずは見せなければならないものがある。
アリスはマーガトロイド邸の地下にある倉庫へと小傘を連れて行った。
「うわぁ…」
その景色を目の当たりにして小傘は思わず感嘆の声を上げる。
魔法を使って通常の民家よりも大きく設計した地下室には物があふれかえっていた。
うっすら光を放つ鉱石から、洋風の建築にはまったく似合わないタンスやアリス本人は絶対に着ないであろうおばさん趣味な衣装まで多種多様であった。
もちろんその中に洋風和風の色とりどりの傘もあった。
それらはアリスによって手入れされ大切に保管されている。
「この子達はね、あなたと一緒」
「え?」
返事を待つ小傘のために、なるべく解りやすい言葉を選んで言って聞かせる。
「みんな忘れられたり、壊れて捨てられたりした子達よ」
「みんな…?」
アリスは人形遣いだけでなく蒐集家としても有名である、が集めるのは何も希少品だけではない。
道端に打ち捨てられた人によっては何の価値も見出せないであろう廃品さえもアリスの蒐集の範疇なのである。
「みんな、もっと私を見て欲しい、私を使って欲しいって言ってるわ。あなたなら分かるわよね?」
「うん、分かるよ…みんなわちきと同じ気持ちなんだね」
小傘は慈しむ様に近くにあった傘を取り上げそっとなでる。
「物言えず、動くこともできないこの子達は私がこの長い一生を使って全て使い切っていくわ」
「うん…」
小傘に振り向き問いかけ始める。
「中には自分の望みと違う使われ方をする子も居ると思う、人形のパーツとして生まれ変わる子もいるでしょう」
「…」
アリスの言葉に真剣に耳を傾ける小傘
「あなたは、どうする? この子達と一緒にここで使われる時間を待ち続ける? 人形の一部として生まれ変わることを望むのかしら? 物言わぬ道具として生まれながら言葉を得、どこにでも行ける手足を持ちながらまだ待つことを選択するの?」
「あ…わちきは…」
小傘を追い詰めないようなるべくやさしい声音で語りかける。
「さっき、あなたとこの子達は同じと言ったけれども、もうあなたはそこから抜け出せているわね? なら後一歩じゃないかしら、あなたはもう待たなくていいの、この子達ができない『行動すること』を考えなさい。言葉に出して行動すればあなたの望む結果はすぐそこにあるわ」
そっと小傘を引き寄せ頭をなでてやる。
「わちき…わちき…ありすのために働きたい! ありすを雨から守ってあげたいの!」
震えながら小傘は叫ぶ。
長い時間それこそ物言わぬ道具に手足が生えるほどの時間を待ち続けた小傘の初めての選択。
「はい…よくできたわね」
「う…うぁ…うっく…うわぁああああああああ…」
そっと抱きしめると小傘は小さく嗚咽をもらし始め、すぐに季節はずれの大雨を降らし始めた。
アリスは雨風から守ってくれるはずの小傘の大雨にいまはただ濡れていようと思った。
「がんばる!がんばるから!」
その日、マーガトロイド邸に一人住人が増えた。
その後、アリスが外出するたびに何かと理由をつけてついて回る大きな傘がいたとかいないとか。
それは小さな幸せの物語。
アリスと一緒に幸せになってくれ!
驚きましたね。ご馳走さまでした
アリスさんって、なんかもう、みんなのお姉さんって感じですね。
ありですね
こがアリにたった今目覚めました!貴方のおかげです!!!!
十分幸せな気分になれました。
ありがとうございます。
付喪神とアリスの相性の良さに気付かされました。暖かいお話でした。
それだけに、改行が気になる箇所があったのが残念でした。
文章が終わるまで改行しないか、こまめに改行するかのどちらかに統一すると読み易いと思います!
後書きでのおまけ会話とか良いものでした。
言われてみれば相性よさげなのに、言われるまで気づかなかった組み合わせを発掘した作者様に拍手を。
あと、アリスの家をマーガトロイド亭と書いていましたが、正しくはマーガトロイド邸です。
亭は店などに、邸は家や屋敷に使う言葉ですね。読みは同じなので誤解しやすいのですが。
評価があったという以前に、「読んでいただいた」ということ自体がこんなにもうれしいこととは思っていませんでした。
今回のSS投稿は自分のちょっとした発言から発生したいわば「ネタ」的な投稿でしたが、読んで貰うということの楽しさに魅了されてしまったようです。
これからも、続けていこうと思います。
後、文章の整列が不自然な点や誤字を指摘してくださったyunta様や巽様、自分でも校正したつもりになっていたので全く気がつかずお恥ずかしい限りです、的確な指摘をありがとうございました。
改行が不自然な点 マーガトロイド亭→マーガトロイド邸 を修正いたしました。
わかっててもなお、この二人のこれからが気になってしかたないです。
ただ、アリスに対して心を開いた小傘なら、己の呼称は「わちき」ではなく「わたし」
と、素に戻った状態になるのではないでしょうか。
最後に、本文中の 青年はてや油を吹いて→青年、果てや油を吹いて、の方が読みやすいと思います。
大好きです。続編期待しております。
小傘の帰る場所が出来て良かった。いいお話でした。
アリスったらホントお人好しなんだから。そんなアリスさんがわちきは好きじゃあ!
一カ所読みづらいところがありました。
倉庫へと連れていくところ「出ている、がまず」
「出ている。が、まず」の方が良いと思います。
アリスと小傘、ふたりともとても魅力的に描かれていて、癒やされました。
素敵な時間を、ありがとうございます。
面白かったです。