◇ 開幕 ◇
旅の剣客が薄暗い街道を往く。腕に覚えのあるその侍は、弟子という名の子分を二人引き連れていた。
侍といえば聞こえは良いが、その者は腕っぷしだけが自慢の荒くれ者である。宿場では、刀をチラつかせて無銭飲食を繰り返し、店で勝手に騒ぎを起こしては、用心棒代として金を巻き上げる悪質な輩であった。
時は日没。夜の街道は静かなもので、虫のさざめき一つ聞こえないほど静寂であった。この街道は深い山の中を通っており、人々にとって重要な道路である。その両脇は一方、木々の深く生い茂る森によって仕切られており、もう一方は切り立った崖になっている。
そして、その旅の一行に向けて街道脇の木々の合間から獲物を狙うように鋭い視線を送る者がいた。
その者は、相手が三人だと確認すると腰に備えた脇差を左手に握り、侍と子分の行く先に勢い良く飛び出した。
「なんだ、
突然、目の前に現れた子供に対して、子分のうちの一人がずいと前に出る。そして、威嚇するように腰の得物に手を掛ける。
そう、脇差を持って林から飛び出してきたのは、年端もいかぬ小さな子供であった。その背丈から見れば、恐らく十にもなっていないであろう幼い童である。
汚らしく伸ばしっぱなしの髪は腰まで届き、その姿はまるで獣のようにすら見える。
否、ボロ布のような服を身体に巻きつけ、裸足で地面を踏みしめて鋭い眼光を飛ばす其の姿は獣そのものであった。
「先生の通り道を邪魔するとは、無礼な!」
そう怒鳴り散らした子分は、言葉とは裏腹に怒りというよりは嗜虐心に満ちた表情で太刀を鞘から引き抜いた。
子供が持っているのは、太刀よりも短い脇差。更に、相手が下の毛も生えぬ様な餓鬼では結果は見えている。
子分が刀を振り上げて子供に斬りかかっても、侍は止める事もせず見世物を観るように下卑た笑いを浮かべていた。
斬りかかった子分の首が空を舞うまでは。
「な、なん…」
脇差から放たれた一閃は、大人と子供の体格差や太刀と脇差の間合いを無視して、男の首を斬り飛ばした。
男の身体は首から血を吹き出しながら数歩よろめいて倒れた。子供はその死骸を一瞥すると、刃が抜き放たれて空となった鞘を地面に投げ捨て、ようやく口を開いた。
「次はどっちじゃ」
子供は飢えた野犬のように、残る二人に跳びかかった。もう一人の子分が刀の柄に手をかけた瞬間、脇差がその男の手首を骨ごと斬り飛ばし、男がその痛みに絶叫を上げる前に、切り返しの刃が喉を掻っ切った。男は激痛に悶えることすら出来ずに事切れて倒れる。
「ば、化物か?」
今まで何人もの人間を斬り殺してきた侍が、自分の腰ほどまでの背丈しかない子供に戦慄している。
侍が震え上がったのも無理はない。大の大人の腕を斬り落とすという所業は、剣術の優れた
それを刃の短い脇差で、しかも子供がやってのけたのだから侍が震え上がるのも無理はない。
しかし、侍にも今まで剣に生きてきたという矜持がある。やおら気を昂らせて刀を抜くと、目の前の子供に対して構えを取った。
「ちぇえい!」
気合と共に侍が斬りかかろうとした瞬間、子供の足がまるで手の様に地面の小石を掴んで、それを侍の顔面に投げつけた。
侍が突然の投石に驚いて咄嗟に顔を背けた時には、子供の脇差が己の心臓に突き刺さっていた。その動きは疾風の如き早さであった。
「が、餓鬼ィ…」
侍は無様に吐血しながら、地に伏した。
◇ 壱幕 ◇
りぃーん、りぃーん。
季節外れの虫の音が響き渡る中、子供は死体転がり死臭満ちる街道に依然として留まっていた。
子供は死体の脇にしゃがみ込んで、彼らの持っていた金になりそうな物や刀を拾い集めていた。すると子供は、ふと自分の背後に人の気配を感じた。
驚いた猫のように飛び跳ねて振り返ると、そこには先程まで影も形もなかった初老の男が立っていた。
「何奴!?いつからそこにいた」
子供の発した鋭く凛とした声を聞いて、初老の男は嬉しそうに笑顔を浮かべる。年は四十やそこらと思われるが、髪も髭も黒々としており見た目は年齢以上に若く見える。
「さっきからずっとおったよ。それより、…ついにお主にも儂が見えるようになったか!」
その言葉に、訝しんだ子供は男の全身を観察する。長い髪と髭に、鋭い眼光と腰の長剣。子供は男から自分と同じ人斬りの臭いを感じ取った。そして子供は、男の頭の後ろに一つの人魂が浮いている事に気付く。
「貴様、妖かしの類か?」
「うん?まあ、そんな類かの。だが、儂が見えるようになったという事は…お主も、ついに儂の側に近づいたという事だな。はっはっは」
男の言動に警戒しながらも、子供はその男が上等な袴を着込み、腰の物も中々の業物だという事を目敏く見抜いていた。鴨が葱を背負ってきたならぬ、妖かしが刀を背負ってやってきたのだ。
「儂は自分の後継者選びの為に、ずっとお主を監視しておったのだ。まあ、儂が見えるようになった所で、お主はようやく第一関門を合格といった所かのう」
「なんじゃ、それは。いきなり現れて、いきなり意味の分からん事を勝手に決めるな、じじい」
相手の話に合わせつつも既に子供の思考は、如何にして目の前の男を屠り、その金品を略奪するかに切り替わっていた。
しかし、その殺気を感じ取ったのか、男は薄く笑みを浮かべてこう言い放った。
「…辞めておけ、お主に儂は斬れんぞ」
「…やってみるか?」
殺気を剥き出しにした子供は、脇差を抜いて前に構える。そして、そこで自らの手にかかる刀の重さが何時もと違う事に気付く。何時ものようにずっしりと重たい感触が手に伝わる事はなく、まるで柄だけを持っているかの様に軽いのだ。
そこで、視線を刀に落としてようやく、子供は自分の得物の“刃が無くなっている”事に気づいた。
その折れた刃の断面は、砕けたというより刃物で斬られたように綺麗に無くなっていた。
「なんじゃこれは!?」
「はっはっはっ!儂がその刀を斬った事にも気づかなんだか!その得物でどうやって儂を斬る?」
男はいつの間にか抜いた大太刀を鞘に収めながら心底面白そうに笑う。子供は怒りと悔しさで顔を赤くすると柄だけになった脇差を地面に投げ捨てた。
相手に気取られずに、手に持った刀を大太刀にて斬る。そのような所業は平常なら妄言であると鼻で笑う他ない。しかし、現に刃を切断された子供は男の言葉を信じるしかなかった。
「化物め!妖かしの癖に剣術を使うのか」
「ほほう、お主の方がよっぽど人間から化物呼ばわりされとる様だがのぅ。えぇーと…おお、そういえば…お主の名はなんというのだ?」
男の言葉に、子供はフンと鼻を鳴らして唾を地面に吐き捨てた。その眼はまるで男を射殺すように彼を鋭く睨めつける。
「名前など無いわ!生まれた時からこんな身分じゃ。それに…人に名を尋ねるなら、まず自分から名乗れ、じじい」
「おお、すまぬ。名乗っていなかったか。儂は魂魄妖忌という、以後宜しく。…しかし、お主に名前が無いと此の先、不便だのう…」
妖忌は顎から生えた立派な髭を弄りながら思案した。その様子を見ながら子供はケッとそっぽを向いた。
「妖忌じゃと?如何にも妖かしらしい、碌でもない響きの名じゃのう。それに貴様とはここで今生の別れじゃ!この先、不便も糞もないわ」
子供はそう毒づくと、踵を返してその場から離れようとする。それを見た妖忌は慌てて子供を呼び止めると、懐から一枚の紙を取り出した。
「待て待て、いい事を思いついた。第一関門突破の記念に、儂からお主に名前を与えてやろう」
妖忌は、快活に笑いながら上等な紙を子供に差し出す。子供は立ち止まると、差し出された紙を面倒臭そうに、しかし興味ありげに受け取る。そして、食い入るように紙に書かれた文字を見た。
「…なんじゃこれは。わしは字が読めんのじゃ」
「ああ、すまんな。それは『黄泉』と書いて『きみ』と読む。今日からお前は黄泉だ、中々いい名前だろ?」
黄泉は、その紙をあくまでも嫌々とした態度で懐にしまう。しかし、その表情には隠しきれない僅かな嬉しさが滲み出ていた。
――名前が無いという事は、“意味”を持たない事と同義である。これまでの黄泉は、世界から己の存在する意味を求められていなかったのであろう。そして、当人もそれを感じていた。だから今までは名前が無いままでも生きてこられたのだ。
「くく、妖かしから名前をつけられるとは…わしにはお似合いじゃな。折角だから受け取ってやろうかの」
「うむ、受け取ってもらって良かった。それでは、また会おう黄泉よ!いずれは儂の息子になるやもしれんのだ、楽しみにしておる」
そう言い残して、妖忌はフッとその場から姿を消した。血の臭いの充満する街道で残された黄泉はポツリと呟く。
「どうでもいいが、わしは女じゃ…」
◇ 弐幕 ◇
「そいつだけは、辞めておくわけには、いかんかね?」
妖忌の言葉に、青年は首を横に振る。静謐な茶室で、妖忌と一人の青年が向きあって座している。その様子は、まるで剣の達人同士が互いに精神修行をしているように厳かで静かである。
「妖忌様には大変、お世話になっております。しかし、叔父の頼みとあれば…妖忌様の御忠言といえど身を引く訳にはいきません」
そういって頭を下げる青年に対して、妖忌は残念そうに唸って、しかし彼の主張に理解を示した。
「あれも…将来が有望であったが、これも時の運ということか…」
◇
真っ当な人の道を、最初から奪われたならば、人の道を奪い返し続けるだけ…
黄泉は自分の心にそう言い聞かせて、修羅の道を進み続けた。
あれからの黄泉といえば相変わらず街道に身を潜めて、通りかかった旅の者を襲撃する日々。脇差しか扱えなかった黄泉は、妖忌に脇差を折られたあの日から太刀の扱いにも挑戦していた。そして、その恐るべき天賦の才でそれを使いこなしていた。
依然から敵の懐に飛び込んでの一撃必殺という戦法を繰り返していた黄泉は、脇差よりも長さと威力のある太刀の扱いを覚えたことによって、更にその戦法に磨きをかけていた。
今日の獲物は旅の一団である。一人の金持ちが3人ほどの剣客を護衛として雇い、それを引き連れて旅をしているようであった。だが、黄泉は人数などお構いなしといった様子で、躊躇なく彼らの前に躍り出た。
黄泉は一応、この一団に対しても金目の物を置いて逃げるように忠告した。だが無論、餓鬼相手におとなしく持ち物を渡す相手などいないので、結局は凄惨な斬り合いになる。
黄泉が斬りかかると、相手はまずその早さに面食らう。そして、慌てて身構えた時には黄泉の刃が取り返しのつかない部分まで深く己の身を切り裂いているのだ。
そのようにして、今回も何時ものように一人目を屠った。次は、黄泉の事を只の餓鬼ではないと理解した相手が襲いかかってくる段階である。
「てめぇ!?よくもっ!」
まず、細い目をした男が右から斬りかかってくる。黄泉は「狐みたいな目の男だな」と思いながら余裕を持って飛び退く。彼女は瞬時にして狐目の男が刃を届かせる事ができる範囲から脱すると、空振りで無防備になった男の懐へと飛び込む。そして、その臓物へと己の太刀を滑り込ませた。
黄泉の強さの一端には、特異な体格と筋力が関係していた。その幼い体躯と不釣合いな四肢の筋力によって、急激な加速と減速を実現しつつその反動にも耐える事が出来るのだ。しかし、黄泉自身はそのような理屈を知るよしも無く、また関係もなかった。とにかく、全力で避けて、全力で刺すだけだ。
「おあああ!」
最後の一人、剣の腕はそれ程でもないのだろう。いや、もしかしたら人を斬った事すら無いのかもしれない。兵法の摂理に反した無様な空振りが、黄泉の興をそいだ。別に斬り合いが楽しいわけではないが、余りにも手応えがないのでは黄泉も戦う気が失せる。
黄泉が太刀を振るうと、男の手から刀が吹っ飛んでいった。男の握りが甘いせいで、軽くいなしただけで手から離れてしまったのだが、男の心を折るには十分すぎる決定打だった。得物も仲間も無くした男は、雇い主を捨て置いて悲鳴と共に逃げ去っていった。
「これで、分かったかの?死にたくなくば、荷物を置いていってくれ」
黄泉が太刀を振るって、その銀色の身についた赤い血を払う。雇った護衛を失い、ただ一人残された男は顔面を青くして全身を震わせながら、腰に差した刀へと手を伸ばす。
その動きを見ただけで黄泉は、男が碌に鍛錬してもおらず剣術に関してはズブの素人であると看破した。
「止めとけ、最後にその刀を抜いたのは何時の事やら…荷物さえ置いていけば…」
「黙れ、化物めぇええ!」
餓鬼を相手に背中を見せる事は、身分の矜持が許さなかったのだろう。
――それとも、目の前の惨劇を見て正気など保てなかったか―― 男は、刀を抜き放って黄泉へと駆けた。
抜き放たれたその刀は、恐らく一人の血も吸うこと無く役目を終えるだろう。いや、最後に持ち主の血をたらふく浴びて吸う事になったが。
◇
黄泉はあらかたの荷物をまとめ終えて、死体を街道脇の崖下に引きずり降ろしていた。死体の埋葬まではしないが、道に野ざらしにするよりは崖下の獣にでも喰わせてやろうという彼女なりの配慮であった。
そうした後始末をしていた彼女の耳に、突如として季節外れの虫の音が響いてきた。
りぃーん、りぃーん。
――以前は、この音が聞こえた後に化物みたいなじじいが出てきたな。黄泉がそう思った時、突如として彼女の背後に気配が現れた。
「おう、元気にしておったか?黄泉よ」
「む、じじい…。また突然に現れよるな、妖かしめ」
黄泉はぱんぱんと手を叩いて死体の片付けを終えると、妖忌を無視して樹海のような森の中に入っていった。
「おーい、森の中のねぐらに戻るのか?今日はお土産を持ってきたんだぞー」
妖忌が後ろから声を上げて、ゆっくりと追ってくる。黄泉も最初は無視しようとしたが、自分の腹が減っている事に気づいて、土産目的で付き合ってやる事にした。
「土産とはなんだ?食い物だったらもらってやる」
「おお、これじゃ」
妖忌の手には、黄泉が目にしたことの無いような上等な絹の包みにくるまれた木箱があった。
その平たい箱を開けると、そこには甘そうな餡子がたっぷりついた5本の串団子が収まっていた。
「…う、美味そうな団子じゃの」
「うむ、京に観光に行ってきたから買ってきてやったわ。どれ、そこの木に座って一緒に食べようではないか」
黄泉は妖忌に言われるがままに、倒木を椅子代わりにすると服の裾で適当に手を拭いてから、団子の串を手にとった。
そして涎を垂らしながら、甘い餡子のたっぷりついた団子に貪りついた。口に入れた瞬間、脳に衝撃が走る。このような甘くて美味いものは彼女の人生の中で初めて口にした。あまりの美味さに、黄泉の目が感動で潤む。
妖忌が用意した竹筒に入った水も飲まずに、黄泉は団子をあっという間に片付けた。口の周りについた餡子を手でとって舐めとりながら、彼女は満足そうに膨れた腹をぽんと叩いた。
「じじいは、妖かしの癖に気が利く奴じゃな。ごちそうさん。…それで、今日は何の用じゃ?」
「…儂の分まで食いよったぞ、こいつ…。あ、いや、まあ…お主に“魂の錬度”について教えておこうと思ってのう」
「魂の錬度?」
黄泉はきょとんとして言葉を返した。妖忌は団子を食べられなかった悲しみから、気持ちを切り替えるように咳払いをすると黄泉に説明を始める。
「そうだ、儂の息子になる為には高い錬度の魂を持っていなければならん。更に言えば、お主は人を殺しすぎておるから、それを覆す程のよほど高位な魂を持たなければならん。このまま人を殺しまくっていては、死んだ後に魂も堕ちて人食い妖怪にでもなってしまうぞ」
妖忌の解説を聞いた黄泉は、人斬りと蔑まされる自分が妖怪になるくらいなら上等だと言い返そうとする。だが、その前に妖忌に対して一つの訂正をしておく事にした。
「おい、じじい。前からひとつ勘違いをしているようじゃが……わしは女じゃぞ」
「…ん?」
黄泉のその言葉に、今まで厳格な老剣士という雰囲気を漂わせていた妖忌の顔貌が、道化のように固まる。
しばし静寂が、街道を包む。
「ぬ、ぬぁんだと~!!お主、女なのか!?」
凍りついた顔を更に歪ませて妖忌が大声を上げる。
「…わしは一言も男じゃとは言っておらん」
妖忌はずいっと黄泉に近寄ると、その股ぐらをがっしと掴んだ。
「わっ!何をする糞じじいっ!」
慌てて飛び退いた黄泉に対し、その手に何の感触も無かった妖忌はフラフラとよろめきながら後退した。
「な、なんという事じゃ…。まさか、後継者候補が
頭を抱えて悶絶する妖忌を尻目に、黄泉は竹筒に口をつけて餡子で甘ったるくなった口内を水で潤していた。そして、ふとある事に疑問を抱き、ぶつぶつと独り言を呟いている妖忌に向かって質問する。
「しかし、じじい。お前はわしなんかを養子にしてどうするつもりじゃ?こんな小汚い餓鬼を…。もっと良い家柄の餓鬼なぞ腐るほどおるじゃろう」
その言葉に、妖忌は少し落ち着きを取り戻して咳払いをした。そして、「まあ一応説明するか…」と呟き、黄泉に向き直った。
「よいか、儂が家督を努める魂魄家は代々、『半人半霊』の家系。しかし、その半人半霊というのは現世で練度の高い魂を持った者が、あの世で閻魔様から許可を得て冥界に転生する時に始めて成れる者。そこで、名誉ある魂魄家の半人半霊になる魂を持つ者を、儂が現世で探しとったわけだ。そこのところ、お主は幼いながらも斬り合いによって魂がかなり磨かれている訳だな」
「なるほど、全然分からんのう」
妖忌の説明に首を傾げる事すら出来ないほど理解不能だった黄泉は、自分の中でこう纏める事にした。
「つまり、わしは今まで通りに斬り続ければいいんじゃな」
「…確かに真剣勝負で命のやり取りを重ねれば、魂の強さは磨かれる。ただし、今のお主はただの辻斬り。其の様な殺人狂は魂の位も低く、妖怪に堕ちるだけだ。儂の娘になる程の魂の気高さを手に入れるには、もっと善徳を積まんといかん。強さと位を兼ね揃えねばな」
その妖忌の指摘に対して、黄泉は呆れ返った様子で血に汚れた自分の刀を指差す。
「これだけ人殺しをしといて、善徳じゃと?これから一生、仏門に没頭しても挽回はできんじゃろ、今更」
「…魂の錬度というのは、現世の善悪では図りきれぬところもある。現に戦を起こして多くの人を死に追いやっても、その功績を讃えられ、冥界で過ごされている御仁もおられる。お主も何かを成し遂げればあるいは…」
「…ふん、まあ犬畜生にも劣るわしが…もしもそんな立派な家人に成れたらお目出度い事じゃろうが…」
黄泉は、ふと今までの自分の暮らし振りを思い出し、自分の気持ちが沈んでいくのを感じた。
――普通の少女であれば、農民ですら自分よりましな暮らしだろう。人を殺してその血肉をすするような、命がけの日々を送る自分よりは…
その様な自身の境遇に、黄泉はこの瞬間に初めて恨みを覚えた。
今までは余りにも人を斬る以外に希望の無い日々であった為、人として当然の様に暮らす自分の姿を夢想する事もなかった。だが、妖忌に別の人生への道筋を提言された事で、封じ込めていた思いが溢れ出したのだ。
――もしも、目の前にいる妖忌の様な身分の家に生まれていたら、今の自分はただの人斬りとして蔑まれずに、父親にとって自慢の剣の腕の立つ娘に成れたのではないか?そんな考えが、ついつい思い浮かんでしまったのだ。
そんな黄泉の陰鬱とした心情を察してか、妖忌は別の話題へと切り替える。
「おお、そうだ。今日、お主に会いに来たのにはもう一つの理由があるのじゃ」
「……なんじゃ、難しい話はもう止めろよ」
「いや、これは単純な話。…実は、お主を狙って腕の立つ剣豪がこの街道へとやって来るのだ。これを報せておこうと思ってのう」
「…なんだと?」
黄泉は暗い表情から、真剣で鋭い目つきに戻って妖忌に聞き返す。今までに浪人から下級武士まで剣を持つものを斬りまくって来た黄泉だが、この妖忌が剣豪と称す程の腕利きとは剣を交えた事がない。その事は黄泉も自覚していた。
「わしを狙って?なんの為にじゃ」
「詳しくは分からんが…お主が余りにも人を斬るものだから、ついにお偉い方も重い腰を上げた。という事ではないかのう」
黄泉は珍しく考え込むように顎に手を当てて目を閉じた。といっても、黄泉は斬り合いの事について以外は同い年の童よりも物を知らない。妖忌の言う“お偉い方”とは一体なんなのか、自分が追い剥ぎをする事によって周りに何が起きるのかについて理解を出来ていなかった。それでも、彼女の脳裏に一つの疑問点が浮かび上がってきた。
「ん?なんでじじいはそんな報せを知っておるんじゃ?」
「んむ…実は、その剣豪とちょいとした知り合いでのう…。お主は儂の後継者候補だから、勘弁してくれと頼んだのだが…無理だった」
だが、その話を聞いても黄泉は大した危機感も持たずに、あっけらかんとしていた。いくら強い剣客が自分を狙って来ると言われても、自分が負ける事も死ぬ事も想像できない。何故なら、黄泉は生まれて此の方、斬り合いで負けた事はないのだから。
「大丈夫じゃ、じじい。わしは今までも偉そうにふんぞり返った“お侍”たちを斬り殺してきた。じじいの為にではないが、そいつが来ても絶対にわしが勝つわ」
自信に満ちた黄泉の台詞を聞いても、妖忌の不安は全く払拭されなかった。寧ろ、その過剰な自信がより彼の心に心配の種を残す。
「…いや、恐らく今までにお主が立ち合ってきた者たちとは格がちが…あっ」
妖忌が気付けば、黄泉は話を最後まで聞かずに森の中を去っていった。戦いの話をして黄泉は気が昂ぶっているのか、ぴょんぴょんと元気よく跳ねながら裸足で森を駆けていった。
「あ…、おい!くれぐれも注意せいよ。それらしいのが居ても自分から挑むなんてせずに逃げろよー!」
こうなれば、妖忌に出来る助言は“戦わない事”だけである。最後の忠告には、右手を挙げて返事をすると、黄泉はそのまま木立の中に姿を消した。
◇ 参幕 ◇
宿場町を一人の侍が歩く。このような田舎には不釣合いな垢抜けた身なりで、腰の物も立派な業物である。
更に、端正な顔立ちはうっすらと笑顔を湛えており、道行く女はその姿に見とれた。
その侍の行く先で、何やら男たちが騒いでいる。だが気にする様子もなく、侍は歩みを止めずにその騒動の渦中へと近づく。
「お客様、お泊り代を払って頂けていないようですが…」
その台詞の主はヘコヘコと頭を下げているが、無骨な顔には殺気を孕んでいる。―― 一人の用心棒が、複数の浪人たちの行く手を阻んでいるようであった。
宿場町では良くある騒動である。無銭飲食などに対応するために店が雇った用心棒。それが、不届きな輩たちに金を支払っていけと要求しているのだ。
用心棒も、男たちを一瞬で葬り去る腕を持っているという自負があるのだろう。頭を下げつつも、態度は高圧的で、男たちが拒否すれば腰の刀を抜く気で満々である。
ずぶり
用心棒の頭に匕首が突き刺さる。浪人の一人が右手で振り下ろした匕首は、用心棒の頭蓋を破壊せしめて脳漿を通りにぶちまけた。
突然の惨劇に女の悲鳴と男の怒声が響く。その中を、侍は何事も無かったように歩いていく。やがて侍は倒れた用心棒の脇を抜ける。
「おい、お侍…何か文句あるかい?」
匕首を持った男が、侍に話しかける。だが、侍はうっすらとした笑みを微動だにさせず無視を貫き、歩みを乱さず。
「てめぇ!無視してんじゃねえ!」
突如、激昂した匕首の使い手は侍を追いかけて得物を振り上げた。
めきり
侍が振り向くと同時に、その右手が鞭のようにしなって握った拳が男の顔面を捉えた。
顔面を殴られた男は気絶したのか、後ろに向けて大の字に倒れた。
「くっく、馬鹿野郎が。何を返り討ちにあってるんでい?」
殴られた男の仲間たちが、彼の失態を笑いながら倒れたその身体に近寄る。
だが、何か可笑しい。倒れた男の顔面の中央。そこにはあるはずの目鼻が存在せずに、黒い洞穴がぽっかりと開いている。
侍は、自らの右拳から生えた白い花弁を抜き取って地面にばら蒔いた。それは、殴り倒した男の歯と骨の破片であった。ぽたり、と侍の拳から赤い血が垂れ始める。
「て、てめえ!」
ようやく仲間が撲殺されたという事実を飲み込めた浪人たちは、一斉に侍を取り囲む。それでも侍は笑みを湛えたままで、ようやく口を開いた。
「ここでは、迷惑です。場所を変えましょう」
何時もの浪人たちならば、問答無用で目の前の優男を斬り殺している所であった。しかし、今回は何故か侍の言うとおりに素直に場所を変えた。
――既に可笑しいという事に気付くべきであった。拳だけで人の顔面に穴を開ける人間離れした膂力、そして自分たちが優男の要求に大人しく従っているという事。
否、気づいても遅かった。もう既に、男たちは優男と対した時。恐怖によって心の奥底から自らの意思も何もかも、絡め取られていたのだから。
――骸の原
宿場町に住む人々は、この草原をその様な渾名で呼ぶ。
町の中心から少し外れたこの草原は、背の高い草で覆われて人気が全くない。夜になれば月明かりだけが頼りの深い闇になる。
そんな場所であるから、この草原は辻斬り、殺人、なんでもござれの無法地帯と化していた。そして、立ち合いの場所としても最適である。
「では、やりましょうか」
侍のよく通る涼やかな声が合図となる。男たちは手に握った己の刃を振り上げると、たった一人の敵に襲いかかった。
腰に提げた鞘から、刃が抜き放たれる。まるで、最初から抜いていたのではないかと思うほど、侍の刀は一瞬でその刃を顕にした。
斬りかかった浪人たちは、侍がいつ抜いたのか理解できない。見えたときには、刀が自分の顎を貫いているのだから。
居合は剣速が肝要である。だが、片手で扱う武術故に威力に欠ける。だが、この優男は人間離れした腕力によって人間の人体を切断出来る程の威力を居合で実現している。
骸の原に、骸が六体。また増えた。
「さて、『辻童』とやら…こいつらより強いのであろうか」
侍は、刀を血払いして鞘に収めると宿場町へと戻っていった。
◇
黄泉は妖忌からの忠告などすっかり忘れて、相も変わらず山で追い剥ぎをして過ごしていた。
しかし、最近は街道を通る人間が少なくなってきたように感じ、実際に金の集まりも悪くなってきた。
そんなある日、遂に奪った金が尽きかけた頃。黄泉が獲物を待って街道に身を潜めていると、ちょうど一人の侍が黄泉の狩場を通りかかった。
しかも、その侍は身分の高い者らしく、売り払えば暫くは生活が出来そうな召し物と刀をその身に纏っていた。
黄泉は舌なめずりをして、太刀を片手に侍の前に現れた。だがそれを見た侍は、さして驚きもせずに刀の柄に手を添えた。
「君が、『辻童』だね?…拙者は甲信一刀流、浅村慶之介。君の討伐を依頼された者だ」
浅村は、人斬りとは思えないような柔和な語り口で黄泉に話しかけてきた。いつもならば、惚けた面で自分を見つめるか、下卑た笑いを浮かべながら鞘に手を置く者ばかりのはずである。此の様な反応を見せる獲物は黄泉にとって初めてであった。
「『辻童』?なんじゃそれは」
「知らないのかい?君はその様に呼ばれ、街道沿道で畏れられている。童の形をした妖かしが追い剥ぎをしている、とね」
自分も結構、有名になったものだ。と黄泉は少し喜ばしく感じる。対する浅村は、何処から見ても子供にしか見えない黄泉に対して、振り絞るようにして警戒心を向けている。童に対して免許皆伝の自分が全神経を集中して構えるのも笑える話であるが、その油断が今まで多くの剣客を血に染めてきたのだと浅村は理解していた。
「話には聞いていたが、驚いてしまうね。君のような元服も迎えていないような童が、辻斬りをしているなんて…」
浅村は、構えをとりつつも誠に奇な童の剣士と話を続けたい様子だった。だが黄泉にとって、話などはどうでも良かった。結局の所は斬り合ってどちらかが死ぬ。ならば、喋りなどは無用であるというのが黄泉の考えだ。
黄泉は乱暴に刀を振り回して、鞘から刃を引き抜くと両手で柄を握って上段に構えた。
「…まあ、そう焦ることはない。君も名乗ってはくれないかな?」
「…流派はない、名は……黄泉だ」
それを聞くと、浅村は満足そうにニッコリと笑って腰を一段低く落とした。この時、黄泉は『居合』という構えの存在を知らなかった故に、未だに鞘から刀を抜かない浅村の事を組み易し雑魚と誤認していた。
「…抜かぬなら、こちらから斬るぞ」
それだけ言うと、黄泉は地を駆けて浅村の間合いに肉薄した。浅村は、柄を握る手へと更に力を込めて刹那を見計らった。
そして、浅村は鞘から刀を抜き放った。神速の一閃は、人間に反応出来る早さではない。浅村の経験上、自分が居合を放った後に首が繋がっている者が立っていた事は、ない。
ぐさり
が、浅村の剣は空を切った。黄泉は間合いに入る直前に、突然後ろに向かって飛び退いたのだ。
「む、無念…」
そして、黄泉が飛び退くのと同時に彼女の手から放たれた太刀は空中を一回転し、浅村の首に収まっていた。
浅村は、最後の力を振り絞って首に突き刺さった黄泉の太刀を引き抜く。そして、どろりと鮮血を口から垂れ流しながら背を地面に打ち付けた。
「身体が勝手に、動きを止めた…」
今までに経験した事の無い、己の身体の反応に対して黄泉は動揺した。その冷や汗は滝の様に全身を濡らして、彼女は暫く夜の道に棒立ちしていた。
黄泉は経験や反応ではなく、この立ち会いをまさしく魂の働きによって制したのだ。
りぃーん、りぃーん。と虫の音のような綺麗な音が街道に響いた。
「ほう、ついに浅村君まで倒してしまったのか。これで更に、お主の魂の錬度が高まったのぅ」
不意に目の前に浮かび上がった妖忌に対して、黄泉は驚きもしなかった。そして、斬り合いの緊張から解き放たれると、ようやく以前に妖忌から受けた“忠告”の事を思い出した。
「…もしや、こいつが前にじじいの言っていた剣豪とやらか?」
「うむ…そうだ。いや実は…浅村君も儂の後継者候補の内で有力な一人だったのだが…まさか黄泉、お主に敗れるとはのう」
黄泉は浅村の死体を一瞥し、彼が扱っていた刀が中々の良業物だという事を見抜いた。極上の収穫に黄泉の顔が明るくなる。が、妖忌の言葉を聞いて直ぐに暗い顔に変わった。
「…それは悪かったのう、貴重な男の魂を殺してしまって…」
「いや、死んだら死んだで魂は残るから、それはそれでいいのだ。魂が死んだ時点で基準を満たしておれば良いのだが…。黄泉に負けたとなると、不合格かもしれんのう」
浅村の刀を手にとって試し振りしつつも、黄泉の顔は明らかに不機嫌になっていった。
「…わしが負けて…わしが死んだ方が良かったのか?じじい」
「…いやいや、そんな事は言っておらん。剣の道で敗れたるものに悔いは無いだろう、勝った負けたで一喜一憂するような儂ではない」
それでも、やはり浅村の死体を眺める妖忌の表情には憂いを感じられる。だが妖忌は気付いた、浅村の死体を漁る黄泉の肩が僅かに震えている事に。
「…また、殺した。これで益々、じじいの求める魂とは反する物になったのう。…だが、わしも死にたくはない…斬っていなければ、わしは生きられんのじゃ…」
「…斬らずに生きる道を選ばぬのか?お主のような若い、いや幼い子なら…幾らでもやり直せるであろう」
それを聞いた黄泉は勢い良く顔を上げた。そして、怒りとも悲しみともつかぬ顔で妖忌に潤んだ小さな瞳を向けた。その表情に、妖忌は動揺する。
「じじい、餓鬼か大人か…そんな事は関係ないんじゃ…今さら、わしが畑を耕して生きていけるか?女が仕官出来るか?」
「黄泉…お主…」
黄泉の想いを僅かながらも感じ取った妖忌は、すっと優しい笑顔を形作ると、柔らかい声で言った。
「…よし、お主が気高い魂を得て死に、閻魔様より冥界行きを命じられた時。その時には儂の娘として転生するがいい」
だが妖忌の励ましの言葉にも、黄泉は寧ろ不機嫌になって激昂した。
「…誰も貴様の娘になりたいとは言っとらん!それに今から死んだ時の話をするな!じじいっ!」
滲み出てきた涙を誤魔化す様に、黄泉は小石を妖忌に投げつける。その石は妖忌の腹に軽く当たって地面に落ちた。
妖忌は投げつけられた石を気にもせず、妙に明るい調子で話す。
「では強制だな。無理矢理に、お主の魂を生まれてきた我が娘の半霊にしてやるわ!覚悟するが良い、は~はっはっ~!!」
妖忌はわざとらしく大笑いしながら、また霞のように消えていった。黄泉は、鼻をすすりながら浅村の死体から金目の物をはぎ取り始めた。
「阿呆な奴じゃ…」
◇ 四幕 ◇
人の出入りの多い宿場町では、黄泉の様な薄汚い餓鬼が一人で彷徨いていても、気に留める者はいない。
黄泉は、奪い取った物を金に変え、飯を食らって風呂に入り身体を休める。山に篭っているのはせいぜいが数日で、たまにこうして町へと降りて羽を休めるのだ。
あまりに身が汚いまま町に入れば、周りの者が嫌がるだろうという気遣いくらいは、黄泉の中にも存在した。
黄泉は宿場町に入る前に、山を流れる清流によって身体を清めてきた。それでも、そのみすぼらしさは変わらなかったが服装までを気にする気遣いは黄泉にはない。
彼女は只のボロ布のような服を身体に巻きつけて、なんとか服装という体裁を整えると、金を手にいれる為に馴染みの店へと足を運ぶ。
馴染みの店の主人は、上等な刀や貴金属を定期的に仕入れてくる黄泉を、いいようにお得意様にしていた。自分の店を持っているにしては若い主人であるが、その痩身からは一筋縄では行かないと感じさせる貫禄を漂わせている。だが、黄泉が彼を評するには『鼠のような男』の一言であった。
主人は、幼い女子が腰に刀を差している事についても、持ってくる『商品』に血糊がついている事にも不干渉を貫いていた。それは、お互いの暗黙の了解である。
黄泉は今日も、浅村から奪い取った金品と今まで自分が使ってきた太刀を店の主人に手渡して、賃金を受け取った。
すると、珍しく主人が黄泉に話しかけてきた。黄泉は基本的に自分の使っている刀は売らない。余ったものや自分には合わない刀は売るが、壊れて使い物にならなくなるまで刀は変えないのが黄泉の傾向だった。故にまだ使える刀を売る事が主人も気になったのだろう。
「へぇ、お嬢。この刀はまだ使えるようだけど、別の気に入った良刀でもあったんですかい?」
主人は、二十以上も年下であろう黄泉に対しても低姿勢である。黄泉に長く付き合ってきた経験から、下手な事を言えば自分の胴から首が離れる事は容易に想像がつく為か。もしくは商人という身分がそうさせるのだろう。
それに対して、以前ならば主人から話しかけられても無視をしていた黄泉が、今回は少しの間を置いてから口を開いた。
「…良いじゃろ?これ」
そういって黄泉は、浅村の使っていた業物を無愛想な仕草で主人に突き出す。主人は刀を鞘から少しだけ引き抜くと、その刃の艶めかしい美しさに唸った。
「こりゃあ、なかなかの業物ですなあ。今夜はどんな…」
そこまで言って、主人は凍りついた。口を真一文字に結んで、震える手で刀を黄泉に突き返す。
黄泉はそんな主人の反応を気にも留めずに、金を懐に仕舞うとさっさと店から出て行く。
一方、主人の脳裏には酒場で聞いた噂話が反芻されていた。“最近、ここらで流行っている辻斬りを討伐する為に、有名な剣客がこの宿場町近くにやってきた”という噂話が。
「ま、まさかあの餓鬼…。もし、そうだとしたら…ただじゃあ済まねえぞ…」
店の主人は、暫く黄泉との取引を自重する事に決めた。
◇
店の主人のそんな不安を余所に、黄泉は腹を空かせながら夜の宿場町を闊歩していた。金も手に入れたことだし、ご馳走にしようと考えた黄泉は行きつけの飯屋へと歩を進めた。
黄泉が暖簾をくぐると、中にいた客たちは一瞬会話を止めて彼女に視線を集める。そして気持ち眉を顰めると、すぐに向き直ってお互いに下世話な話を再開した。
黄泉はそんな反応には慣れっこである。彼女は余計な諍いを起こさない様にと、店の端にある机に小さく陣取る。そして、店の主人に何時もの料理を注文する。
黄泉は山で辻斬りをしている間、魚や獣などを狩って食いつないでいる。故に彼女は偶のご馳走である町での食事を楽しみにしている。特に鶏卵は山にいる黄泉は口にする機会がないので、町に降りてきた時だけ食す事が出来る嗜好品である。
黄泉の大好物は“玉子ふわふわ”という、最近になってこの宿場町でも食べられるようになった珍妙な卵料理である。この飯屋で、彼女はいつも此れを最初に食べると決めているのだ。
料理が運ばれてくるのを待ち、内心小躍りしながら席でじっと座っていた黄泉に、酒を飲んでいた浪人の集団が目をつけた。
浪人たちは、黄泉を指さして何やら仲間同士で耳打ちをすると、席から立ち上がって黄泉に近づいてきた。
「おい、餓鬼。汚ねえ格好で店に来るんじゃねえ!飯がまずくなるだろうが!」
浪人たちの中でも最も下っ端とみられる男が、腰の刀に手を置きながら黄泉の座る机を蹴りつけた。
その大きな音に、他の客たちも一瞬会話を止めて黄泉の方へと目をやる。しかし、浪人たちに睨まれると何事もなかったように視線を机へと戻した。
「おい、餓鬼の癖にいいもの持ってるじゃねえか。それ置いて出て行きやがれ!」
男は、黄泉の腰にある業物に目をつけて手を伸ばす。黄泉は自分の手を一瞬、刀の柄に持っていきかける。しかし思い留まり、その動きを止めた。
「…邪魔したな」
黄泉はそう呟くと、机の下に潜り込んで男の手を躱した。男は黄泉を掴もうと伸ばした手を空かされて前のめりに倒れた。
机の反対側から這い出てきた黄泉は、男たちが呆気に取られる隙をついて素早く店から出て行った。
「あ、待ちゃぁがれ!!」
背中から聞こえてきた男の怒号を無視して、黄泉は夜の町を駆けた。
例え町の人々に疎まれはしても、町の中で斬り合いを演じて町の人に無用な迷惑は掛けたくなかった。無為な争いは、出来るだけ避けたいという気持ちは彼女の中にもあった。
「腹減ったな…」
お気に入りの飯屋で騒動を起こしそうになってしまった事で、黄泉は夕飯にありつけなかった。大方の飯屋も店じまいの時間である。機を逸した彼女は腹の音を鳴らしながら元気なく町を歩いている。
すると、彼女の耳に聞き覚えのある音が聞こえてきた。りぃーん、りぃーん…と。
その音のする方に自然と首を向けた黄泉は、道の端っこで美味しそうに卵料理を頬張る妖忌の姿を見た。
「おい!じじい!こんな所で何をしておるんじゃ!!」
黄泉は問答無用で刀を抜き放って妖忌に斬りかかる。妖忌は皿の料理を零さないようにひらりと器用に身を躱した。
「むぐ…うむ、この南蛮渡来のオムレツとやら、なかなか美味しいのう…。普段は人間の料理は口にしない儂もこれには満足だ」
「…何をしに湧いて出てきたと訊いておる」
黄泉は溜息と共に刀を収め、代わりに鋭い眼光を妖忌に飛ばす。その妖忌は箸で器用にオムレツを口に運んで満足げに口を動かす。口に含んだオムレツを一頻り飲み込むと、妖忌はようやく箸を止めた。
「ん?何って…現世の観光じゃよ。…ほれ、お主も喰わぬか?儂の娘の半霊になると言うのなら残りをやっても良いぞ」
「ふん、武士ともあろうものが餓鬼を食い物で釣ろうというのか?情けない奴じゃの」
腕を組んで意固地に拒否する黄泉ではあったが、丁度良く腹の音がぐぅと夜道に響き渡った。
「…ぐっ、畜生…鳴るなぁ!」
赤面して自らの腹を殴る黄泉に対して、妖忌は口元に微笑を作るとオムレツの乗った皿と箸を黄泉に差し出す。
「冗談だ。ほら、儂のとは別にお主の分も用意しておったのだ。食べるが良い」
ほかほかと湯気を立てた、はち切れそうな弾力の黄色い塊に、黄泉の強靭な精神もついに折れた。黄泉は引っ手繰るように皿を妖忌から受け取った。
そして彼女は一心不乱に、まるで獣のように箸も使わず犬食いをした。その様子を見て妖忌は「やれやれ…」と微笑ましさ半分の苦笑いを浮かべた。
「うぐぐ、美味い!もがが…じじい、恩に着るぞ。むぐむぐ…こんな美味い物は食った事が無い!」
黄泉は十秒経つか経たないかという物凄い早さでオムレツを平らげた。
「それは良かったな。まあ、これは儂からの選別だと思え。では、これからも精進するようにな」
妖忌はそういうと、黄泉の食べたオムレツの皿を回収して路地裏に消えていった。
「あ、待てじじい。金を…」
オムレツの代金として懐から幾許かの銭を取り出して妖忌を追いかけたが、黄泉が路地裏に顔を出した時には妖忌の姿はどこにもなかった。
しばらく周りを見渡したが、露と消えた妖忌の姿を見つけることは不可能と悟った黄泉は探索を諦めた。
◇
銭湯で汗を流した黄泉は、久しぶりにまともな寝床が欲しくなって宿屋へとやって来た。
といってもまともな宿屋では、帯刀した子供を泊まらせてくれる事はあまりない。
そこで黄泉は裏寂れた通りにある、訳ありの浪人や咎人向けの宿にやってきた。
部屋に入ると、すぐさま布団にくるまって身を休める。そして、黄泉はあっという間に深い眠りに落ちていった。
深い眠りの中で、黄泉は昔の夢を見た。その夢は、この宿場町を拠点として山篭りを始めた頃の夢だ。
◇
その日、獲物を探して林に身を潜めていた黄泉は、いきなり絶好の獲物に遭遇した。
なんと、華やかな着物を身に纏った女が一人で街道を歩いて来たのだ。
何故か提灯も持たずに暗闇を歩いているのが少し気にかかったが、黄泉は一閃で女の首を撥ねる為に脇差を構えた。
しかし、いざ襲い掛かろうとした時に、その女性の前に数人の男が立ちはだかった。
「へっへ…お姉さん、こんな所を一人で歩いてどうしたんだい?」
「おいらが送ってやろうか?…あの世までよ…ひゃっひゃっひゃ!」
(先を越された!)
なんと、自分が襲いかかる前に女は他の野盗に出くわしてしまったのだ。これには黄泉も舌打ちをした。千載一遇、せっかくの上物が奪われてしまったのだ。
「くっ、お金なら…お金ならありますので…どうか、ここを通して下さい…お願いします」
女は、何を血迷ったか懐から小さな包みを取り出し、それを差し出して野盗たちに見逃してくれるよう懇願し始めた。しかし、無論そんな事が通じるような相手ではない。野盗たちは顔を見合わせてニタリと笑うと、黄色い歯を見せて女に下品な視線を送った。
「ひひ、折角だからよ。俺たちはアンタも頂こうってんだ」
「ぐへへ、無論…そのお金もちゃんと頂くがね」
男たちの下卑た笑いを木陰から覗き見ながら、黄泉は自分の立ち振る舞いについて思案していた。結果出た黄泉の考えは、“野盗たちが女を殺してから自分が奇襲をかけて、男たちを皆殺しにするのが一番手っ取り早い”というものであった。
今すぐに出ていって男たちと斬り合い、その間に肝心の女に逃げられてしまっては何の意味も無い。
「お、お願いします!着ているものも全て差し上げますから、この身だけは…」
ある程度、高い身分であろう女は野盗たちに対して、深く頭を下げて懇願する。残念ながら、野盗たちには何をいっても無駄だと言うことが、その女には分からないらしい。
「喧しい女だな、面倒くせえ。もう斬っちまうか」
「けっ、俺は冷えた身体はゴメンだぜ」
痺れを切らした野盗が腰の刀を鞘から引き抜いた時、黄泉は自分でも気がつかない内に林から飛び出し、野盗たちの前に立ちはだかっていた。
突然の乱入者に野盗たちは驚いて一瞬身を引いたが、出てきたのが餓鬼だと分かると胸を撫で下ろした。
「なんだ、小僧!?こんな時間に…まあ何にせよ、こんな所を見られちゃあ…貴様も斬らねばならんな」
女に対する躊躇とは正反対に、黄泉に対して野盗たちは迷うこと無く得物を取り出した。野盗の様な低俗な者たちにとっては、力持たぬものを刀の錆にしてやるのが何よりの娯楽なのだろう。彼らの顔には娯楽が一つ増えた事による愉悦の笑みが見えた。
そう、この後に待ち受ける自分たちの運命も知らずに。
「黙れっ、腐れ外道ども!」
気合の咆哮と共に斬りかかった黄泉は、一つの絶叫を上げさせる間もなく野盗たちを葬り去った。男たちの間を縫うように駆けた黄泉は、一度も狙い外すこと無く正確に男たちの喉に大口を開けていったのだ。男たちは反応も出来ずに街道に血の海を作った。
その惨劇を見て、女は悲鳴を上げる事もなくパクパクと口を上下させて硬直する事しか出来ないでいた。
黄泉は、死んだ事を確認していく様に刀を持ち主の喉に突き刺していった。彼女なりに墓標のような意味があったのか、それとも本当に止めを刺していたのかは分からない。ともかく、その作業を終えると黄泉は女に振り返った。
「…どうした、逃げなくていいのか?」
「あ、あのああの…助けて頂いて、ありがとうございます…」
黄泉に話しかけられた女は、ガクガクと震える手をなんとか動かし、野盗たちに渡そうとした包みを彼女に差し出した。
差し出された黄泉としては、意味が分からない。たった今、人を斬り殺した餓鬼に向けて何をしているのだろうか、と女の正気を疑った。
「…なんの真似じゃ…」
「あの、助けて頂いたお礼です…実は、この街道の先で…私の夫になる人が、待っているんです。だから、本当に死にたくなかったんです…ありがとうございます」
なんと女は、駆け落ちに行く最中であったようだ。それならば、若い女が独りで暗闇の街道を歩いていた訳も分かる。
しかし、この時の黄泉にはその事について一切の感情が湧かなかった。女が結婚を目前に控えていようが、たとえ腹に子を抱えていようが、黄泉には何の関係もない話である。
「お前を助けたわけではないわ。わしは彼奴らを斬りたかっただけの事じゃ…お前もさっさと逃げなければ斬ってしまうぞ」
「え?あ、あのでも…」
それでもなお、礼の包みを渡そうとする女に黄泉は苛つきを感じた。――『何を悠長に構えているのか、自分がその気ならば疾うの昔にその首が撥ねられているぞ』――黄泉には女の態度が、自分を舐めているようにすら感じられた。
「早く消えろっ阿呆!斬るぞ!」
威嚇するように脇差を振り上げた黄泉に対して、女はようやくビクッと身体を震えさせてから逃げ出した。野盗の死体を避けるようにして、女は街道の闇へと消えていく。
「ほ、本当にありがとうございました!」
闇の向こうから聞こえてきた最後の声を尻目に、黄泉は野盗たちの荷物を物色し始めた。だが、野盗たちが持っていたのは鈍刀の他には粕の様な小銭だけであった。
「くそっ、碌なもんを持っとらんのう。こいつら…」
何故、女が斬られそうになった時に自分が咄嗟に飛び出したのか分からない。その苛つきをどこに向ければ良いのかも理解出来ずに、死体に向けて悪態をつくと黄泉はその日の狩りを終えた。
◇
夢はそこで途切れた。目を開けると、既に外は明るい。上体を起こした黄泉は、昨晩に見た夢をぼんやりと思い浮かべながら一言呟いた。
「あの女、ちゃんと旦那と会えたのじゃろうか…」
◇ 伍幕 ◇
冥界にある名門・魂魄家。その家督を努める魂魄妖忌は、久々の現世視察を終えて冥界へと戻ってきた。
彼の仕える西行寺家は比較的に自由奔放な風紀であるとはいえ、庭師兼護衛を努める妖忌は基本的に冥界に居なければならない。
そんな彼が現世への視察を始めたのは最近の事である。何故なら、彼は急に後継者選びの必要性に迫られたからである。
魂魄家の前家督である彼の父親が突然に隠居したのは数カ月前、そして魂魄妖忌は次の日から家督を受け継ぐ事になった。
だが、彼の生きてきた時間と実力を考えれば、家督としては何も申し分なかった。そう、未だに跡継ぎが居ないことを除けば。
跡継ぎが居ない事への父親の怒りよう、それはもう凄まじかったという。妖忌は後に「冥界の桜が全部散るんじゃないかと思った」とこぼす程の勢いでお叱りを受けた。
だが、妖忌の父が怒るのも無理はない。魂魄家の御役目の一つに、西行寺家の妖怪桜・『西行妖』を見守る事が含まれているからである。
その封印が解かれるような事態に陥りかけたならば、魂魄家の半人半霊は命を賭してそれを防がなければならない。
故に、いつ死んでもおかしくない役目を背負っているのである。だからこそ、その役目を負った当代に跡継ぎがいないというのでは困るわけである。西行妖が暴走しかけて妖忌が死ねば、そこで御家断絶となってしまうからである。
更に、魂魄家の跡継ぎは人間と同じようにただ子を授かればいいというものではない。それに相応しい魂を現世から冥界に連れてきて半霊になってもらえるように事前に勧誘しておかなければならない。
妖忌は父親に怒鳴られた其の日の内に、逃げるように慌てて現世に降りてきた。そして現世で強く気高い魂を持つ者を探し始めた。
しかし運悪く、時は国中で殺し合いが発生している尋常ではない時代であった。確かに、群雄割拠の時代であれば強い魂を持ったものも大勢いるが、息子にしようと目をつけた強者が次の日には死んでいるのだから妖忌にとっては堪らない。
更に、魂魄家の人間になるのであれば無条件に剣の達人でなければならない。だが、剣の道に生きる者ほど容易く死にやすい生き方をしているものである。此の様な事情から彼の後継者選びは困難を極めた。
「あーあ、どっかに三国無双のような男は転がっていないもんかのぉ」
今まで、剣の腕は申し分ないが怠惰であると父から評されてきた妖忌も、此処に来て流石に本気を出して後継者を探し始めた。そして“あの日”も、冥界での仕事の合間を縫って現世を飛び回っていた。
「いざとなったら、西行妖が暴れた時は親父殿に犠牲になって頂くしかないか…がっはっは」
父親に聞かれたら鉄拳制裁が飛んできそうな戯言を呟きながら空を飛んでいた妖忌は、眼下の山で剣士が立ち会っているのを見つけた。
「む、真剣勝負か。どれ、見ておこうか。もしかしたら、無名の良い魂の持ち主かもしれん」
そして、地上に降り立った妖忌は我が目を疑った。――童だ。浪人が童に向かって剣を構えている。
「童を狙った…質の悪い辻斬りか?胸糞悪い…」
顔を嫌悪で歪めた妖忌は、子供が斬られそうになった瞬間に腰の愛刀・楼観剣で浪人の刀を吹っ飛ばしてやろうと手を鞘に添える。
しかし、次の瞬間には妖忌の予想に反する光景が目の前に広がる事になる。
そう、浪人の首が飛んだのである。
―――そういうわけですので。
「暇を?いいわよ~、お土産は餡蜜で」
―――はっ、では失礼致します。
障子越しに、相も変わらず掴みどころの無い主人との会話を終えた妖忌は、現世に降りて後継者候補たちを監視する事を始めた。
これ以上は待てない。いざとなったら死にそうになった者を助けてでも魂を確保しなければ…
その様な“梃入れ”で生き残った者の魂が、魂魄家の裁量に足るかというと疑問符がつくところではあるが、妖忌はもはや形振り構っていられぬという決死の形相で現世へと再び赴いた。
だが、やはり妖忌も常に全ての後継者候補を監視する事は不可能であった。仕事を済ませに少し冥界に帰って急いで現世に戻ってみれば、自分の息子になる予定の魂が十は天に昇ってしまっている。
いくら魂だけを必要としているといっても、目をかけて自分の息子にしようと考えていた者が次々と死んでいくのは妖忌にも堪えた。
更にそれが続いて、ついに候補者が一桁にもなれば感情移入は尚更である。そこで、妖忌はついに自分の姿を人間にも見易くして多少の幻視能力があれば己を視認できるようにした。
そして、自分の姿を見ることが出来た者と交流を持つことにしたのである。いわば、魂の青田買いだ。
「そして、最後に儂を見ることが出来るようになったのがお主。そして、最後に生き残っているのもお主というわけじゃな」
「ふーん、そうかい」
黄泉は興味なさそうに返事をすると、飛脚の投げ出していった荷物を漁る。中には都の名物である甘味があり、黄泉は目を輝かせてそれを貪った。
「さっきの飛脚、お主が現れると同時に逃げ出しておったな。恐らく、お主の事を噂にでも聞いておったのじゃろう」
「ふん、わしを殺そうと浅倉とかいう侍がやって来たくらいじゃからの。まあ、そこそこ名が売れてきたというところか」
金にならなそうな書物などを道端に捨てながら黄泉が言葉を返す。それを聞いて妖忌は説教を始める。
「お主、図に乗ってはおらぬか?今まで大人相手に殺し合いで勝ってきたのも、お主が幼い故に生じる相手の油断が大きい。お主に今の未熟な魂のままで死なれては儂も困るのだが」
「けっ、重々承知しておるわ。それに浅倉とかいうお侍に至っては、わしの事を知りながら立ち合って…油断なしで、わしが勝ったんじゃ」
「それを図に乗るというんだ。あと、浅村君な。それに、問題は立ち合いだけではないぞ…人は独りで生きていけるわけではない。例えばお主が拠点にしておる町だ。あそこから締め出されたらお主の休まるところは…」
が、妖忌の話に聞く耳をもたず、黄泉は奪った荷物をまとめて立ち去っていった。
「おい、人の話は最後まで聞かぬか。儂はお主の父親になるかもしれんのだぞ」
「誰がなるか阿呆」
「おい、オムレツ食わせてやった恩を忘れたのかー。…って、聞いてはおらぬな……」
黄泉は一度だけ振り返るとあからさまに不機嫌な面を妖忌に見せつけて、宿場町への道を歩き始めた。妖忌はやれやれと腰に手をあて溜息をつくと、お勤めの為に冥界へと戻っていった。
妖忌もここのところ現世に来訪しすぎて、冥界での仕事が山積みになりつつある。いい年をこいて父親に二度もどやされるのだけは御免被りたい妖忌は、黄泉の身を案じつつも暫くは冥界での仕事に専念する事にした。
◇ 陸幕 ◇
――忍者という職業は、この時代では一般的な間者として大小問わずにあらゆる組織で利用されている。
例えば、お抱えの飛脚を使って他の勢力と連絡を密にとっている大名などは、その最たるものである。もしも飛脚に送らせた密書が途中で何者かによって奪われたのならば、忍びの者が暗躍するには持って来いの場面である…
◇
雨が激しく降る夜。黄泉は、珍しく暖かい囲炉裏の前で食事をとっていた。更には、いつものボロ布のような服の代わりに、真新しい生地で造られたまともな子供用の着物を身に纏っている。
「いやー、本当にありがとう!黄泉ちゃんが居なかったら家内と子供は今頃どうなっていたことか!」
家の主が黄泉に向かって剥げかけた頭を下げる。黄泉は下品に音を立てながら白米を口に詰め込むのに忙しくて返事が出来ない。
ようやく口の中の飯を胃に落とすと、黄泉は大きなげっぷを一つ放って親父に応える。
「いや、気にするな。わしも驚いて咄嗟にした事じゃからの。むしろ美味い飯を喰わせてもらってありがたい。このような、新しい着物ものう」
そう言いながら、黄泉は着物の裾を嬉しそうに掴んで愉しんでいる。
囲炉裏の近くには、布団の上で苦しそうに唸り声を上げる女の姿がある。女の腹は大きく膨らみ、間もなく生命が生まれる事を予感させている。
「しかし、とんでもねえな!黄泉ちゃんみたいな小さい子が家内を担いで家まで運んできてくれるなんて、最初に聞いたときは何の冗談かと思ったわ」
――話は数時間前に遡る。
数日ぶりに山から宿場町へと降りてきた黄泉は、なんの気なしに人目を避けて裏通りを散歩していた。あまりに人が多い通りを歩いていると、自分は人の世に場違いであると自覚してしまい嫌気がさすからである。
暫く裏通りの寂しい路地を歩いていると、目の前を大きな腹を抱えた女が横切った。恐らく、何かの近道に路地裏を横断しようとしたのだろう。そして、其の女は黄泉の目の前でよろけて地面に伏した。
「!?…どうした、具合でも…」
咄嗟に近寄った黄泉は、青い顔をした女が大事そうに腹を守っているのを見て、ようやく彼女が産気づいているという事に気づいた。
「だ、大丈夫か?医者…いや、何を呼べばいいんじゃ?」
黄泉の問いに、女は脂汗を垂らしながら一言「家へ」と呟いた。
そこからは、黄泉も良く憶えてはいない。女を背負うと、出来るだけ揺らさないように表通りに出る。そして、大声で叫んだ。
「誰か、この女の家を知らんか!」
町人が集まってきて、何やら相談を始める。そして、村はずれの家ではないかという答えが誰かの口から出てきた。
後は、その家を知っているという人物に先導してもらって黄泉が女を家まで運んでいったという顛末である。
「今日はかなり雨も激しいし、このまま泊まっていってくれよ。間もなく産婆が来るらしいから、うちの子の産まれる所を見て行ってくれ」
「え…いや…、わしはいいよ…」
家族という雰囲気そのものに馴染みのない黄泉は、笑顔で話しかけてくる親父に対してたじろいだ。更に、赤ん坊の産まれてくる所を見学するという事は、黄泉にとっては戯言のようにすら感じられる。それほど、家族というものが自分には存在しない領域の話なのである。
しかし、拒否をしようとする黄泉に対して親父は「いいから、いいから」と我が子の誕生を見せたくてしょうがない様子で引き止める。
「まあ、見るだけならいいが…。…それにしても産婆も親戚たちも遅いのう。お前の家内が苦しんどるというのに…」
黄泉が妊婦を家に担ぎ込んだ後、近所の親戚たちが隣村にいる経験豊富な産婆を連れてくると出て行った。それから、もう半刻は過ぎている。親父の話では直ぐに戻ってくるはずであったのだが。
「ん…そうだなあ。早く来て欲しいんだが…おい、お前…すまんが、もうしばらく辛抱してくれ」
親父は妻に一言声を掛けると、外の様子を見てこようと戸口へと歩いていった。
黄泉は強くなってきた雨音を聞きながら、苦しそうに唸る妊婦の側に寄った。
「気張れよ、もう少しで産婆とやらが来るらしいからの」
「え、ええ…」
余りにも苦しそうに返事をする妊婦を目の前にして、黄泉は固唾を飲んで見守る事しか出来なかった。如何なる状況でも、如何なる相手でも迷うこと無く斬り合ってきた黄泉が、陣痛に苦しみ動けない妊婦を前にして、その身を固まらせて動くことが出来ないのである。
バタン
慌てて戸口を閉める音に反応して、その方向へと振り返った黄泉は「産婆は来たのか?」と声を掛けようとする。しかし、すぐに異変に気づいた。
雨で全身を濡らした親父は、一心不乱に戸口のつっかえ棒を戸へとはめ込んで錠をしようとしている。
「…おい!どうした」
素早く親父の元に駆け寄った黄泉は、彼が恐怖のせいか歯をがちがちと鳴らして目を見開いているのを見て、尋常ではない事態が起こりつつあると悟った。
「親父、どうした!」
もう一度怒鳴った黄泉の声で正気を取り戻した親父は、黄泉の両肩をがしりと掴むと息を切らした声で事情を伝えた。
「し、死んでる…!いや、みんな殺されてる!うちの前で…」
「…なんだと!」
親父の言葉を聞いた黄泉は、慌てて囲炉裏の脇に置いていた太刀を拾い上げる。そして同時に、囲炉裏の火に向けて鍋に入った湯をぶっ掛けて明かりを消した。
「親父、明かりを持て!女の側にいてやれ!」
「あ、ああ…黄泉ちゃんは…」
「わしは、賊が押し入ってきた時にお前らを守ってやる!」
親父が恐るおそる、屑のような蝋燭に火を灯して妻の側へ移動する。
結論からいえば、咄嗟に暗闇を作り出そうと囲炉裏の火を消したのは、黄泉の失策であった。暗闇である外から来る侵入者の方が闇に目が慣れているであろうし、なにより囲炉裏の火が消えた事により妊婦の身が寒さに対して無防備になった。
黄泉にとっては、生まれて初めての異質な戦いである。自分の身だけを案じて戦うのではなく、抗う術を持たない者を背に守りながら戦わなければならない。
――いや、これが幾許か前の黄泉であったならば、元より夫婦と赤子の命を守ろうという発想が出来たであろうか。
「…悲鳴一つ立たせずに外に居た産婆たちを殺したという事は、相当の手練…。そんな奴が只の家を襲撃するとは考えられん…」
狙いは、わしか…。最後の言葉を口には出さずに黄泉は唇を噛んだ。
心当たりはある。数日前に飛脚から荷物を奪った時、金になりそうもない文章の類は全て破棄したが、その中に重要な密書などがあったとする。なれば、その密書に関わる組織から刺客が送られてきてもおかしくはない。
黄泉は闇の中に目を凝らしたが、親父の持つ蝋燭の明かりに灯された場所以外は未だに視認出来ない。かなり夜目が利く黄泉ではあるが、先程まで囲炉裏の光を目に受けていた為に闇に慣れるまでに、まだ時間を要す。
――この襲い方、やり方が侍のような武芸者がやる事とは違う。…そう考えていた黄泉が、“忍びの者”という答えに辿りついた時、彼女の頭頂部に向けて吹き矢の一閃が飛んだ。
フッ
空気の吹き抜ける鋭い音に反応した黄泉が身を捻る。それと同時に矢は、彼女の蟀谷を掠めて脇腹から足元を擦るように通った。
「天井か!」
黄泉が頭上に目をやると、天井の梁の上に男が潜んでいるのがうっすらと見えた。しかも見えるだけでも三人は潜んでいる。
「降りてこい!叩っ斬ってやる!」
怒声を浴びせる黄泉への返事は、吹き矢の連射であった。
フッ フッ フッ
黄泉は身体ごと投げ出すようにして、床に転がった。三つの矢尻は、すんでの所で黄泉の身体を捉えることは出来なかった。
――しかし、一方的に躱すだけではいずれは命中してしまう。
そう考えて黄泉は、出来るだけ妊婦と親父から離れるように戸口へと逃げていった。そして、きょろきょろと周りを見渡すと、親父が扉を閉じる為に使ったつっかえ棒を握った。
「投げる気だ」
天井の男の一人が、まるで報告をするように静かに呟いた。それには構うこと無く、黄泉は凄まじい腕力で天井の男たちへと棒を投げつける。
狭い梁の上では下手に避けようと身体を動かせば下へと転落してしまう、つまり彼らに逃げ場はなかったのだ。
三人の内、一人の頭に棒が命中する。棒はへし折れて宙を舞った。
頭を割られた男は一瞬ふらつくと断末魔も残さずに、囲炉裏の上に落ちていった。
「うひぃ!」
親父は悲鳴を上げながらも、落ちた男の死体が巻き上げた囲炉裏の灰から妻の身体を守るように覆った。
――吹き矢は、あと数回ならやり過ごせる。だから刺されるより先に、自分が奴らを叩き落す。
窮地を脱するにはそれしか無いと判断した黄泉は、太刀を抜くと次に投擲する為にその鞘を手に握って天井へ目をやる。
しかし、黄泉は吹き矢を構えた男たちの影を見て我が目を疑った。吹き矢の矛先は、自分ではなく親父たちに向けられている。親父は妻を覆うようにして背中を向けたままだ。
「親父、逃げろ!」
そういいながら、黄泉は囲炉裏に向かって猛然と駆け出した。黄泉の脚力で蹴られた床は悲鳴を上げて軋む。そしてその反作用で彼女の身体は弾けるように跳んだ。
フッ フッ
だが、いくら黄泉が人間離れした身体能力を持っているとしても、物理的に不可能である事は可能ではない。
手を伸ばして飛び込んだ黄泉の鞘が一つの吹き矢を叩き落すのと同時に、妻を抱きかかえるようにして守っていた親父の背中に、もう一本の矢が突き刺さった。
「っが、ああああ…」
突如、背中を襲った鋭い痛みに親父は思わず悲鳴を漏らす。黄泉は、着地すると同時に親父の背中に刺さった矢を引っこ抜いた。矢尻に毒でも塗ってあれば、一撃が致命傷になりかねない。
「しまった…卑怯者め!」
激昂した黄泉が鞘を振り上げて天井を見上げるも、忍者たちはその隙をついて外へと逃げ去ったようであった。
「くそ、親父…すまん…」
「ぐ…、それより…黄泉ちゃん…家内と子供を…頼む」
親父が激痛に顔を歪めながら頼んだ時、妊婦も大きな声を上げて苦しみだした。その尋常ではない妊婦の声は、黄泉が今までに聞いてきたどの断末魔よりも激しいように感じられた。
「わ、わ…どうした!」
「う、うま…れる…」
黄泉は口をあんぐりと開けた後、周りを警戒しながら妊婦の股へと座をずらした。すると、黄泉の目には女の股から今まさに産まれんとする赤ん坊の姿が映った。
「親父、産まれるぞ!?どうすればいいんじゃ!?」
「ぐ…引っ張り出して…くれ…頭を掴んで…」
親父に言われるがままに、妊婦の股ぐらに手を伸ばしかけた黄泉は動揺した。どうやっても、赤ん坊の頭を掴むことが出来ない。何故なら…
「おい、こいつ足から出てきてるぞ!これでは頭を掴めん…!!」
「足でもいい!…が、逆子だと…まずい…確か逆子はまずいと聞いた…あっ、首に臍の尾が巻きついていないか…それに注意してくれ…」
親父も、自分の持てる知識をなんとか搾り出して黄泉に助言をする。彼の身体は矢尻に塗ってあった毒のせいか痺れて動かないのだ。
一方の黄泉は初めての経験に斬り合いよりも緊張しながら、赤ん坊の身体をまさぐるように調べ、臍の尾が首に巻きついていないかを確認する。
正直な所、黄泉は臍の尾とは何か分からなかったが、みれば一目瞭然。臍から伸びている紐だという事は理解できた。
「おい、頑張ってくれ…わしは初めてじゃから…この先、どうしたらいいか分からんのじゃ…」
「うううう~」
妊婦が悲鳴のような唸り声を上げた時、おろおろと赤ん坊の身体を支えていた黄泉の鋭い嗅覚が、最悪の事態を察知した。黄泉は、両手を産道の赤ん坊に添えたままで怒りの形相になった。
「…鬼畜生どもめがっ!」
「ど、どうした黄泉ちゃん…?」
「彼奴ら、この家に火をつけようとしておるわ!!」
「何ぃ…?」
黄泉の台詞が終わるのと同時に、親父の鼻にも濃厚な油の香りが漂ってきた。雨が降っているにも関わらず臭いが漂ってくるという事は、まず間違いなくこの家の周りに大量の油が撒かれているという事だ。
木造建築の多いこのご時世では、火をつける事が強力無比な破壊工作となる。故に、忍びの多くは懐に燃焼性の高い油の壺を忍ばせている。今回も、家の中で直接戦う事は危険であると判断して、中に動けない者が居ることを利用した外からの火攻めを実行しようというのだろう。
「黄泉ちゃん、子供はいい…!外の奴らを斬ってきてくれ…」
「そ、そんな…。そんな事は出来ん!」
自分の手の中にある小さな生命は今、自分が手を離してしまえば失われてしまう事は、如何に無知な黄泉でも容易に察する事が出来た。
「全員、焼け死んだら元も子もないだろ!頼む、もういい…」
親父が怒りか悔しさか、鬼の形相で涙を流すのを見て黄泉は自分がどうすれば良いのか分からずに呆然とした。
黄泉のその耳に、虫の音がりぃーんと響くまでは。
「大変そうだな、黄泉よ」
囲炉裏の脇にはいつの間にか妖忌が立っていた。親父は痛みで頭が朦朧としているせいか、突然の出現にも驚かずに妖忌を見上げるだけであった。
「じ、じじい…頼む!火をつけようとしている忍たちを殺してきてくれ!!わしは手が離せんのじゃ…いや、逆でもいい!この赤ん坊を頼む…」
取り乱しながら頼み込む黄泉に対して、妖忌はスッと掌を前に出して黄泉の喋りを止めた。
「駄目だ。儂は無闇に現世の生き死にに関わる事は閻魔様より禁じられておる。まして、お産の事なぞに関してはお主よりも分からんわ」
妖忌の無情な答えに、黄泉はついに落涙した。手の中にいる赤ん坊の身体は夜の冷たさに体温と生命を奪われつつある。
「分かった!頑張って魂を磨いてじじいの娘になる!それで存分にこき使ってくれ!!だから頼む、ここは助けてくれ!お願いじゃぁあ…うぅ……死んでしまう、わしのせいで…こいつが…」
黄泉は手をそのままに、身体を捻ると妖忌に向かって床に額をぶつけるように頭を下げた。
それを見た妖忌は、黄泉に背中を向けると戸口へと向かった。
「赤子、しっかりやるのだぞ」
呟くように言った妖忌は、そのまま戸口を開くと振り向かずに雨の中へと歩みを進めていった。
「えっ…」
黄泉が顔を上げると、そこには妖忌を通した後の開っぱなしの戸口だけがあった。
◇
外に出た妖忌の周りに、物乞いのように黒装束が素早く群がってきた。手には刀から吹き矢まで各々の得物を構えている。
『儂に喋る暇は、与えてくれんのだろうな?』妖忌がそう言わんと舌の筋肉を動かそうとした時には、全ての忍が彼に襲いかかってきていた。問答無用、邪魔者は消し去るのみという忍の機械的な襲撃である。
ぱしゃっ
妖忌の腕が、一瞬の揺らめきのように霞んだ。それを視認出来たのは忍の中に何人いたか。それは今となっては確認出来ない。
なぜなら、全員が降り注ぐ雨と同じように、その血肉と武器を天から降らす事になったのだから。
バシャバシャ
地面に液体が降り注ぐ。そして、それらは束の間だけ地面に痕を残すと雨でその全てを流されていった。
妖忌は血払いをする必要がなかった。一瞬にして十以上の人間を肉塊に変えた暴虐的な斬撃ではあったが、その刃には一滴の血もついてはいなかったからである。
妖忌が鞘に刀を収めると、家の前に倒れていた産婆や親戚の『死体』が素早く立ち上がり、背を向けて逃げ出した。
恐らく、親父ではなく黄泉が死体を発見して近寄ってくれば、その場で不意打ちにて仕留める予定だったのだろう。
「ふむ、無関係な人間は殺さなかったという訳か。彼らも一流だったという事だな。現世では」
妖忌が一旦収めた刀を再び振るうと、逃げていった忍たちが鎌鼬に裂かれたように背中から血を吹き出して倒れた。妖忌の刀の及ぶ範囲では到底無かったはずであったが、不可思議な事に妖忌の剣は離れた敵を捉えたのだ。
「ふー、久々に斬った斬った。雨で良かったわ、生まれ来る生命に血の臭いは似合わんからのう」
妖忌が身を翻して家に戻ろうした時、雨の中を何人かの集団がこちらに向かって走ってくるのに気づいた。
そして、その集団は家の前に止まると、誰が来たのかと様子を見ていた妖忌に話し掛けてきた。
「ああ、すまん!婆さんが雨で滑って腰打ってな、背負ってきたから時間が掛かっ…っておめぇ、どちらさんだい?」
「…いえ、この家で弟子がお世話になっていると聞いてね…」
妖忌は妊婦の親戚らしき男たちを中に通すと、後から家の中に入っていった。妖忌も立ち去る機を逸してしまったので、最後に黄泉の様子を見てから帰ることにした。
囲炉裏の近く…横になった妊婦の脇では、青い顔をした黄泉が赤ん坊を腕に抱いて棒立ちしていた。赤ん坊が泣き声をあげずに黙っているのを見て、その場に居合わせた一同の表情が固まる。
産まれたばかりの赤ん坊が泣き声をあげなければ、呼吸が出来ないというのは黄泉以外の全員が知っていた。
その中でいち早く、親戚の男に背負われていた産婆が目を見開いて声を上げた。
「何してんだい!ケツ叩かんかい!」
「ひぇっ」
黄泉は産婆の声に驚いて、思わず右手で赤ん坊の尻を平手打ちした。
ばしり、という景気のいい音と共に赤ん坊の顔がぐにゃりと歪んで、次の瞬間には大声で泣き出した。
「あ、ああ~…」
黄泉は腰を抜かしてその場に座り込んだ。男たちは赤ん坊を黄泉から取り上げて口々に喜びの声を上げた。
「なんだい、両親は気絶しちまってるっていうのに…小娘が一人頑張ってたんかい。よくやったわ、アンタ!」
産婆が男たちの歓喜の輪から離れて一人呆けている黄泉に声を掛けた。黄泉は、どう返事をすれば良いのか分からずにとりあえずコクリと頷いた。
「あ、すいません。お婆様、この子をお借りしてもよろしいですかな?」
そんな余韻を無視して、妖忌が産婆に横から声を掛けると、黄泉をひょいと担いで家の勝手口へと連れていった。
「な、なんじゃ、じじい!……あ、いや、今回は…本当に助かったわ…恩に着る…」
黄泉は言いにくそうに妖忌に対して礼を言った。だが、妖忌はあっさりと受け流すと彼女を地面に降ろして用件を告げる。
「ふむ、それはそうと…だ。ちょっと、こいつに向けて『自分が全部片付けました』と証言してくれ」
妖忌は、自分の背後に浮かんでいる半霊を両手で掴んで黄泉に差し出す。黄泉はポカンと口を開いて妖忌の要求を理解出来ずにいた。
「ああ…、要するに…儂は一人も人間を殺めてはおらんという事をお主に証言してもらいたいのだ。もしも、魂魄家の当主が私用で人間を屠っていた等と閻魔様に伝わったら…おお、恐ろしい」
妖忌はおどける様に大げさな身震いをした。それを見て、黄泉は呆れて吹き出した。
「くっく…そういう事か…。『忍はわしが全員殺した、じじい…妖忌はただボケーっと見とっただけじゃった』これでいいか?」
妖忌はよし、と呟いて半霊から手を離した。しかし黄泉は半霊相手に証言しても何の意味があるのかと疑問に思う。其の疑問を妖忌は黄泉の表情から読み取った。
「ん?儂の半霊に証言したって意味が無い。という顔をしておるな…。教えてやろう、この半霊には言霊を保存しておく役割が備わっておる。なんとも便利だろう。これでもし嫌疑を掛けられても半霊が証言を再生してくれるのだ」
「…なんだ、それだけか…。それにしても半霊とやらは、まるで便利な七つ道具だな」
黄泉が感心して妖忌の半霊を眺めていると、彼女はふと自分が半人半霊になる約束を妖忌と交わした事を思い出した。
緊急事態に助けを懇願して口から出た言葉だったが、約束をした事は事実である。その様に考えた黄泉は自分から切り出した。
「あ…そうじゃ…えーっと…約束した通り、わしはじじいの…あれだ…娘の半霊になる事にしたわ…まあ、頑張って魂を磨く事にする…」
黄泉は歯切れが悪いながらも、なんとか約束の確認をした。
「…?ああ…」
しかし、妖忌は合点がいかない様な顔をしてから、思い出したように頷いた。
「あー、あれは別に守らんでもいい。別に言質が欲しくて助けた訳ではないしのう。何より、お主の意思が一番大事なんだ。約束したからと嫌々目指されても、本心がその気で無ければ冥界にいけるほど魂の錬度は上がらんよ」
それを聞いた黄泉は何か言いたげに口を開きかけ、それを止めると少し俯いてから刀を強く握りしめる。そして、妖忌と顔を合わせずに踵を返すと勝手口から外に出た。
「ん?おい、この家の者に別れを告げなくて良いのか?」
「うるさい!誰がじじいの娘になるものか!阿呆!」
妖忌の問いには答えずに暴言を吐き捨てた黄泉は、雨の中を逃げるように走っていった。
残された妖忌は、居間で赤ん坊の世話とその両親の治療を行う親戚たちを一瞥する。
そして、踵を返して悪天候の空を仰いだ。
「なかなか、難しいものだな。子供の世話というのは…」
◇ 七幕 ◇
――ちゃぽん
釣り糸が清流に着水した。鞘から伸びた釣り糸とその先に付けられた釣り針は、彼女が町から買ってきた代物である。
「ふーん、お主…釣りなんかが趣味だったのか」
「趣味ではないわ、飯代を浮かす為じゃ」
川岸に鎮座する大きな岩の上で、黄泉と妖忌は胡座をかいて話していた。黄泉の脇に置かれた網で出来た籠の中には、元気なイワナが何匹も跳ねている。
妖忌も黄泉の釣り姿に触発されて、拾った枝木と余った釣り糸を拝借して作った即席の釣竿で川釣りに挑戦し始めた。
「なかなか、釣れぬものだのう…」
「阿呆か、じじい。餌もつけてないのに魚が糸に喰い付くか」
「なぬ?それを早く言ってくれい!お主の餌をよこすのだ」
「…ひとつにつき、オムレツ一個をくれるならいいぞ」
妖忌は「なんという暴利」と驚きながら、黄泉の用意した蚯蚓を自分の釣竿にとりつける。
――ここは、いつも黄泉がねぐらにしている場所の近くを流れる川である。山での食事は山菜や獣、蛇など雑食で済まさなければならないが、この川で採れる魚は山の食材の中でも格別に美味い。そういうわけで、黄泉が昼飯にと魚を釣っているところに妖忌が現れて今に至るのである。
二人は暫く無言のままで釣り糸を垂れていたが、妖忌がふと口を開く。
「…何故…赤ん坊を助けたのだ?いつもは情け容赦なく人斬りをするお主が…」
妖忌の問いに、鞘を揺らして器用に魚を誘き寄せながら黄泉が答える。
「じじい、お前…わしの事を未だに勘違いしておらぬか?わしは自分が生きる為に斬っておるだけ…それに刀も握れない赤子を殺しても、魂の錬度が上がるわけなかろう」
ピン、と釣り糸が張った瞬間に鞘を振り上げると、黄泉の手の中に本日5匹目のご馳走が収まった。
「…あれ?儂の娘になる気が無いのに、魂の錬度を気にしているのか?」
「…うるさい!」
妖忌に背を向けたままの黄泉が放り投げた魚が、妖忌の懐に入っていった。
「ぬわ!何をするお主、ひゃあ!くすぐったい~。ぬめぬめする~」
「…やはり阿呆だな、じじい」
黄泉は釣りを辞めて、獲物の入った籠を水に浸すと調理の準備を始めた。といっても、彼女に出来るのは火を焚いて焼き魚にするくらいの調理であった。
火を起こすのは手馴れたもので、木と枯れ草を使ってあっという間に焚き火にすると、魚に棒を刺して肝を引きずり出した。
後は、再び棒を突き刺した魚をそのまま焚き火で焼くだけである。
「それ、儂にもご馳走してくれるのかのう?」
「別にくれてやっても良い。この前に借りた助けはこれで無しじゃ」
二人は、魚を貪った。妖忌は「美味しそうに食べるものだ」と黄泉の魚を食べる姿をぼんやりと眺めた。
そして、刀さえ握っていなければ黄泉は本当に年相応の少女なのだと、思い出したように思う妖忌であった。
「じじい、お前が半人半霊とやらになる前、その頃はどうしておったのじゃ?」
黄泉は火の後始末をしながら妖忌に問うた。やはり、黄泉の中には冥界への興味というものが湧いているのだろう。
「ん?儂が現世で生きていた時の事か…、魂には記憶が無いからのう。儂が生きている頃はどういう人間だったかは憶えておらん。ただ、半人半霊になってからは結構やんちゃをしておったよ。面白半分に幽霊を成仏させたり、閻魔になりたいとほざく地蔵を斬ったりして親父に殴り倒されたものだ」
「ふーん、まあ今もそうそう変わっておらぬように思うがの」
「はっはっは、家督になってから少しは真面目になったわ。昔の儂であれば、一か八かでお主の事をさっさと崖から突き落として魂を鍛えていた所だろうな」
「…それは今でも、やりかねんと思うがな…ふふ…」
黄泉は、思わず笑った。人と話していて笑うなどという事は、今までの人生であっただろうか。否、彼女が人と話した事などあったのだろうか。
彼女の胸中にはそのような思いが交錯していた。――この妖かしの爺、こいつと話している時こそが、唯一自分にとって人間としての存在を確かめさせてくれる時なのではないか、と。
「のう、じじい…今のわし…魂の錬度とやらは、冥界に行けるまで…後どのくらいかのう…」
黄泉の言葉に、妖忌は魚を食べる手を止めると、地面に落ちている手のひら大の石礫を掴んだ。そして、それを黄泉の足元にこつりと置く。
「これが、今のお主の魂の錬度…冥界の門をくぐるには、これをお主の背丈ほどに積まなければならんのう」
黄泉は愕然とし、目を見開いて口を真一文字に結んだ。自分が思っていたよりも余りに道が遠すぎる。が、それは一瞬の事で黄泉はすぐに笑顔になった。その笑顔は妖忌が今まで一度も見たことの無いような明るい笑顔であった。
「ふん、まだまだじゃのぅ。決めたわ、じじい。わしは金輪際、人を殺して金を得る事は辞めじゃ!これからは出来るだけ魂を磨いて冥界に行けるようにする」
「何!?と言うことは遂に儂の娘の魂になってくれる事を決めたか!」
「それとこれとは、別じゃ」
黄泉は妖忌のぬか喜びを一蹴すると、大きな伸びをした。妖忌は「え~…」と落胆の声を漏らす。
「じじいの娘にならんでも、魂の錬度を上げといて損はないじゃろ。それにな、赤ん坊を助けることが出来たとき…斬り合いでは味わったことの無い感情がわしの胸に満ちてきたんじゃ。あれが達成感とか充足感というものなのかのう…。…どうじゃ?難しい言葉も憶えたぞ。金ならあるからの、町で本を買って勉強も始めたんじゃ」
黄泉が殺し合いをする事に否定的になったのは、妖忌にとって喜ぶべき事であった。だが、妖忌の顔に笑顔はなく、寧ろ今までにないほど真剣で険しい顔つきになっていた。
「…今さら、斬り合いを辞めることは出来ぬ。…そう言ったのはお主自身だぞ」
「分かっておるわ…。だが、どうか見守っていてくれ。わしは、冥界に行ってからと言わずに、この現世でやり直してやるんじゃ、畜生のような生き方から変わるんじゃ」
厳しい顔の妖忌に対して、黄泉は吹っ切れたように清々しい表情で、そう宣言したのだった。
「あ、儂の娘になるなら…その格好をなんとかせい。もうちょっと女子らしい奥ゆかしさとかそういうものを…ほら、うち、すごい名家だから…」
「だから、じじいの娘にはならんと言ってるじゃろ!」
今回も、二人の会話は黄泉の怒号で締めくくられた。
大股で森の中に消えていく黄泉を見て、満足げに妖忌は天を見上げる。
「さて…仕事が溜まりすぎたしな。しばらくの間は冥界に顔を出しておくか…」
◇
冥界に帰って来た妖忌は、さっそく父親からお呼び出しを受けた。どうせまた、“仕事が溜まっている”とか“跡継ぎはまだか”などと小言を延々と浴びせられるのだろうと辟易しながら、魂魄家の門を通る。
実の父親といえど、隠居した父に現当主である妖忌が易々と顔を晒す事は禁じられている。面会に際しては姿が見えぬよう幕越しに話すこととなる。
魂魄家の門をくぐった妖忌は、父の待つ最奥の間へと足を運ぶ。襖を開けると、家紋の入った幕の向こうから父親の気配がする。幕越しにでも伝わってくる気質に、妖忌はごくりと生唾を飲む。
「父上、魂魄妖忌ただいま参上致しました」
「…妖忌。お前に言っておかねばならぬ事がある…」
幕の向こうから聞こえてきたのは、しわがれた野太い声。妖忌が幼少の頃より聴き続けてきた声である。妖忌はこの声を聞くと、いつも身体が震えて汗が止まらない。それは今尚であった。
それ程までに、妖忌にとって実の父親の壓力は凄まじいものがあった。
「はっ…何で御座いましょう」
「妖忌、何故…新しい後継者候補を探さぬ…」
「…いえ、現在…有力な人間を確保しております…ご安心ください」
「たわけがっ!遂に頭の中まで錆びついたかっ!」
父の咆哮に、妖忌は自分の半霊が屋敷の外まで吹き飛ばされたかと思うほどの威圧を受けた。だが、妖忌は負けじと踏みとどまる。
「何を根拠に、おっしゃるのですか。私の人選に不満がおありですか」
「……女子の魂を確保してどうすると言っている。後継者候補の男子が次々に力尽きた経緯は知っておる。だが、いくら腕の立つ者だとしても…女子の魂を魂魄家に受け入れる意味は無い。それは跡継ぎとはなり得んのだからな」
妖忌が口を挟む事の出来ぬ程の緊張感が、魂魄家の屋敷を包む。さらに父は続ける。
「今からでも、腕の立つ男どもは探せば見つかるだろう。例え、それが今までより多少質が悪かろうがな…。…それがなんだ、何時までも童一人に付き纏いおって…。まさか貴様、情が移った訳ではないだろうな」
父の尋問に、妖忌は一瞬口ごもった。だが、気取られぬように急いで次の言葉を探した。
「…いえ、あの人間の剣の腕…性だけで見逃すには余りに勿体無い天賦…。後継者としてではなくとも、魂魄家に是非とも迎え入れたい気質なのです…」
妖忌の言葉を聞いた父からの返事が消えた。そして、頭を下げ続けていた妖忌が違和感を憶えて顔を上げる。
するとそこには、幕から出てきて妖忌の目の前に立った父の姿があった。妖忌も、その姿を見るのは数カ月ぶり――家督を受け継いだ時以来である。
「では、本題に移ろう……貴様、現世で人間を殺めたそうだな…」
妖忌の胃にずしりと重りが落とされた。瞳孔は散大し、全身の汗は止まらずに吐き気がこみ上げる。だが、それをおくびにも出さずに妖忌は父に言葉を返す。
「……いえ、それは…何かの誤解で御座いましょう…、ああ、そうだ。ここに、その証言となる言霊が…」
そういって妖忌は言霊の封じられた半霊を父に差し出す。が、父の右足がそれを一蹴した。半霊は吹き飛ばされて部屋の壁に張り付いた。
「たわけっ!!その様な子供騙しが閻魔様に通用すると思うてかっ!!」
一瞬の静寂。妖忌の額から汗が一筋垂れ落ちる。八方塞がりである。妖忌も分かってはいたのだ、あれほどまでの大立ち回りを演じておいて隠し通す事など出来ないと。
「…親父っ!」
万事休す、妖忌は腰の楼観剣に手を伸ばす。
「甘いわ、馬鹿息子が…!」
楼観剣に手をかけた妖忌が、その刃を抜くことなく吹き飛ばされた。父親に足蹴にされた妖忌は、そのまま後方の襖を何枚か突き破って魂魄家の庭に投げ出された。
妖忌が“親子喧嘩”に負けるのは、これで何度目であろうか。負け数は数えてなどいられぬが、少なくとも勝ち星を上げたことは無かった。
「貴様は“離魄の離れ”に七日間、幽閉とする。その間は、貴様の妻が通常のお務めは果たすであろう」
「ぐが…」
妖忌は腹部を押さえて血反吐を吐きながら立ち上がった。妖忌が自らの血を流す事は百年来の不覚であった。父も今までに無く本気の蹴りを見舞ったのであろう。
「ま、待て…親父…黄泉は、あの子は本物なのだ。必ずや魂魄家の役に立つ…」
「ふん、素材として優秀なのは認める。だが、今現在の脆い魂ではお嬢様に近づく事すら出来んではないか。今必要なのは、いつ貴様が死んでも代わりになれる後継者。それを忘れるとは、やはり貴様に家督の資格無し」
――妖忌は、魂魄家の敷地にある離れに幽閉された。この“離魄の離れ”というのは、半霊と半人を強制的に分離させて閉じ込める懲罰房の様な物である。
半霊と霊的に分離させられて一週間を過ごす事は、人間でいえば首をもがれて、尚一週間を強制的に生き永らえさせられる事と同義である。
如何に強靭な精神力を持った妖忌にとっても、この罰は地獄の様な拷問である。
「…一週間だ。その間くらいは、生きていろよ…黄泉…」
それが“離魄の離れ”で妖忌が口に出した最初で最後の言葉であった。
◇ 八幕 ◇
雨の中、黄泉は山を走った。その脇腹からは鮮血が垂れ流され、雨でなかったらならば垂れ落ちた血によって追跡を容易にされたであろう。
そう、黄泉は今、逃げている。大勢の農民から。竹槍を持って、餓鬼を殺せと追い立てる大勢の農民から。
黄泉が辻斬りをする事によって街道に人が寄りつかなくなった事や、高い身分にあった浅村慶之介が黄泉に殺された事により、いよいよ本格的に黄泉を討伐する為、『御上』が動いたのである。
上からの命によって、黄泉を狩るために強制的に駆り出された街道近隣の農民たちは優に二百人を超える。黄泉の全く関知しない所で、彼女の予想を大きく上回る事態が進行していたのである。
「ぐっ…痛いのう」
一旦農民たちを撒いた黄泉は、大きな樹木に背を預けて座り込んだ。黄泉にとって庭の様な場所であるこの山でも、多勢に無勢だった。多くの農民に数日間に渡って追い掛け回された挙句、ついに彼女は不覚を取って竹槍に腹を食い破られたのである。
黄泉は、自分の脇腹を抑えながら歯を食いしばって痛みに耐えた。そして、止血の為にさらしをきつく巻いた。
「止まらんのう、血が…」
自分も、元は農民の両親から生まれた事を知っている黄泉は、農民に刃を向ける事に躊躇をした。
それは、自分が得ることの出来なかった幸せな家族の虚像が脳裏に浮かんだからか、もしくは最後の良心か。
あるいは…自分の命が落ちかけた今でも、妖忌に宣言した不殺を貫くという信念なのか。
りぃーん、りぃーん。
「いよいよ、潮時かの?」
突然現れた妖忌の言葉にも、黄泉はもはや動じることも無く、乱れた呼吸を静かに整えていた。
「まだまだ死なぬわ、ふふ…このまま江戸まで逃げていこうかのぉ…」
「…山狩りは、この先もまだまだ続くぞ。農民を一人も殺さずに逃げられるのか?」
妖忌の言うとおり、黄泉はここまで直接は農民の命を奪っていなかった。だが、黄泉はあくまでも妖忌の言う事には相反する言葉を零す。
「馬鹿をいえ。今までわしが何人殺してきたと思うておる?農民なんざ、何人でも斬り殺してやるわ…」
「そうか、では…最後の関門をお主に与えよう」
妖忌はそういうと、懐から一本の竹筒を取り出した。
竹筒の中には、一口飲めば極楽のまま天国へ連れていってくれる薬が溶かしこんである。元は、帝の安楽な死の為にと使われていた秘薬であるが、現在は西行寺家の管理の元に禁薬として扱われている。
「これには“飲むと楽になれる薬”が入っておる。いよいよとなったら飲むが良い。ただし…飲むのは本当に諦めた時だけだ。これ以上は、もう生き残れないと思った時だ。良いな?」
妖忌に差し出された竹筒を受け取ると、黄泉はゆっくりと立ち上がった。
「恩に着る。今…思えば…生まれて此の方、剣を交えずに口を利いたのは、じじい…お前だけかもしれん」
「なんと、ではお主は未だに人間と口を利いたことがないのか。儂は半人半霊だからな、人間ではない。はっはっはっ」
黄泉の言葉は揶揄であると分かりつつも、妖忌はわざとおどけた言い方をした。だが妖忌の気遣いは、黄泉にも理解出来ていた。
そして、黄泉に己の気遣いを理解された事を感じた妖忌は、自然と気まずくなって何か話題はないかと目線を泳がせる。そしてふと黄泉の髪型が変わっている事に気づいた。
黄泉は夜叉の様に腰まで伸ばし放題だった髪を散切りにして、前髪を短く真っ直ぐに揃えていた。
「…お、そういえば、お主…髪を整えたな…それ刀で斬ったのか?」
「ああ…流石に、あの髪は森の中を逃げるのに邪魔じゃからの…」
そういいながら、黄泉は太刀の刀身を鏡代わりに自分の前髪を映し、整える様に指でいじくった。
それを見て妖忌は「ようやく黄泉が年相応の女子らしい関心ごとを憶えたか」と感心した。
そして、その女子が血と泥に塗れて大人達に追いかけられている事に、それに手を出せない自分にどうしようもなく怒りを憶えてきつく瞼を閉じる。
「その髪型、お主に似合っておるのぅ。その身なりだったら、儂の娘としても申し分ない」
妖忌の言葉に黄泉は、返事の代わりに力なく微笑を作ると背を向けて歩き出した。
「…ここからが正念場だぞ。これでお主がただの人斬りか、修羅を生き残る剣豪か決まる」
剣豪と呼ぶには、あまりにも小さな黄泉の背中を見送って、妖忌はそう呟いた。
◇
――やってくれたか?
妖忌は朦朧とする意識の中で、自分の半霊が務めを果たした事を感じ取った。
――外に半霊を出しっぱなしにして、その身を縛らなかった。そこが盲点よ、親父め…
半人半霊の戦法の中に、半霊を己の分身のように形取らせて数の利を得るという技がある。
妖忌は、それを応用して半霊を分身に変えると、冥界から現世まで黄泉の様子を見に行かせたのである。
分身となった半霊が、口を利いたり物を運んだりというのは前代未聞である。例え妖忌の父でさえ不可能な妙技であろう。
だが、それを可能にした妖忌の天賦の才を持ってしても、僅かな時間しか半霊との意識共有は出来なかった。
――すまんが、黄泉…。今すぐ親父にお前の事を認めさせるには、これしかないのだ…。
気絶する事さえ許されない苦痛の牢獄に囚われる中で、妖忌は再び時間を消費し始めた。後、三日である。
◇
―― 記憶の中にある両親の最後の姿は、村にやってきた落ち武者たちに嬲り殺しにされている姿。
「逃げなさい!」
そう叫んだのは、母だったか姉だったか。いや、自分に姉がいたのか?何も憶えてはいない。
覚束ない足取りで我が家から逃げ出した時、既に村には火の手が上がり故郷は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
―― 気がついた時には、自分の生まれ故郷は戦に敗れた下級武士によって略奪の為に蹂躙され尽くしていた。
戦に敗れた男たちには、何も残らない。残してきた家族は勝者に嬲られ、故郷は廃墟となる。
彼らが行っているのは憂さ晴らしなのか、それとも戦によって死んだ者の怨念に当てられたのか。
とにかく、
―― そして、米蔵に隠れて難を逃れた幼い自分は、森の中に逃げ込み命を拾った。
暗い米蔵の中、外からは悲鳴と怒声。いや、これは喜びの声なのだろうか。何も分からない。
一番古い記憶。それが、この禍である。この世とは思えない、人が人を殺し殺される世界だった。
つまりは、彼女の中では人の世とはこうなのだ。これこそが人として当然の生き方なのだ。
―― それからは、戦で荒れ果てた土地を一人で生き延びた。最初は戦場で果てた武士の死体から刀と鎧を引き剥がし、戦泥棒専門の商人に売り払った。
幼い手には持ち切れない武具。彼女は、それを全身で抱え込むようにして希望を求めて彷徨った。
その頃から、武具に関する鑑識眼は備わっていたようである。いや、それしか生きる術が無かった故に自然と鍛えられたのか。
持ち込まれた刀はどれも一級品で、鎧も状態は最高である。最初は、汚い乞食がやってきたと門前払いしかけた商人も品を見て目の色を変えた。
―― そして子供と見るや、商品を持ち逃げをしたその商人を斬り殺した。不思議と、手に持った脇差は重くはなかった。
怒りを感じた訳でもない。理不尽だと思った訳でもない。ただ、生きる為の糧が欲しかった。
彼女は、腰を抜かして怯える商人の丁稚に向かって、律儀に最初に提示された額の銭を要求する。
そして、気づいたように受け取った銭の半分を丁稚に返すと、「これだけもらう」と脇差を一本だけ持って再び流浪の旅に出た。
―― 次の犠牲者は、神社で寝泊まりをしている自分に下種な感情を抱いた、浪人集団だった。
神社は良い。雨風を凌げる上に子供が独りで寝泊りしていても咎める大人もいない。
だが、そんな快適なねぐらでも自分と似たような人間たちが集まってくる。人間か魑魅か分からぬような者が。
―― 金をやる、と雀の涙のような銭を無理矢理握らせて、自分を物陰に連れ込もうとする男たち。護身用に持っていた脇差は幼い手に踊るように操られ、自分より倍以上の背丈の男たちを斬り刻んだ。
今度は自分の身を守る為に人を殺めた。だが、幸運な事に死体からは“食べ物”と交換出来る“塊”が入手出来た。
彼女にとっては、石礫の方が投げた時に威力は高そうという役立たずな“塊”であった。しかし、この塊を差し出すと大人は食べ物や道具を与えてくれる。
町にいけば、この塊が刀の代わりに偉力を発揮するという事を、彼女は理解出来るようになっていた。
―― 子供だからと油断している大人を斬る。身構えた大人と立ち会って斬る。木偶の集団を斬る。腕に覚えのある剣客を斬る。
理由は様々。だが、彼女は斬り合いが楽しいと感じた事は無かった。斬らなければ殺されるし、斬らなければ塊は手に入らない。
既のところで命を奪われるような怪我をした事もあれば、疲れで全身が金縛りのように動かない時に斬り合う事もあった。
―― こうした繰り返しで、黄泉は瞬く間に人斬りとして早熟すぎる成長を果たした。
そんな自分の、ほんの数年だけの半生を思い返して惚けていると、気づいた時には目の前に松明の明かりがあった。
「いたぞーっ!」
松明を持った農民と目があい、その男の大声が山に木霊する。黄泉は舌打ちして脱兎の如く逃げ出した。
もう幾日も何も食べずに、まともに睡眠も出来ずに山を逃げ回っている。全ての限界が、幼い身体を逼迫していた。
「逃がさねえど!」
「囲め!囲め!」
逃げた先で、すぐに別の農民集団に行く手を塞がれた黄泉は、周りを竹槍の切っ先に取り囲まれてしまった。
一息ついた黄泉は、腰に提げた太刀を鞘からすらりと抜いた。
「死にたくなければ、去ね!」
子供の高く澄んだ、しかし迫力のある怒鳴り声に農民たちはたじろいだ。しかし、何人かはそれでも怯まない。
「おめぇの首を持ってけば、年貢が軽くなるんだ…死ね…!」
「そうだ、人殺し!鬼畜生!死ね!!」
「殺せ、殺せぇ~」
農民たちは、黄泉に対する恐怖を和らげる為か、堰を切ったように口々に罵声を放った。
最早、農民たちの目にも狂気が宿っていると感じた黄泉は、撤退を促す事を諦めて強行突破をする事にした。
竹槍の切っ先をかわして、竹槍同士の合間に入れば、戦い慣れしていない農民などは、恐るるに足りない。
「動いたど!」
黄泉が駆けると、農民は慌てふためき悲鳴を上げながらも竹槍を彼女に向けて突き出した。
黄泉は太刀の切っ先で一本の竹槍をいなすと、そのまま農民の懐に突進をかました。
「ぐぼぁ!」
子供とはいえ、その全体重に加え、刀を軽々振り回す程の膂力を叩きつけられた農民は、吐瀉物を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「逃げたどー!」
農民の叫び声を背に、黄泉は追跡を振り切る為に目の前の崖から飛び降りた。一か八かだったが、幸い死ぬような高さではなかった。枝葉に突っ込んで勢いを殺すと、雨でぬかるんだ地面に着地して衝撃を和らげた。
ただし無事で済むわけもなく、着地の衝撃によって塞ぎ掛けていた脇腹の傷が開き、血が滲み出てきた。更に、裸足で山野を駆けて鍛えられた足の裏もついに破れて鮮血が流れ始めていた。
「…じじい…わしは…助けは求めんぞ…」
黄泉は幽鬼のように足取りもおぼつかずにフラフラと、しかし目には確かな生気の炎を灯しながら草木を掻き分けて先に進んだ。
――彼女は決めていた。もう妖忌には頼らないと。次に会う時には魂を鍛え終えている算段だ。そして、驚く妖忌の顔を見てこう言い放つのだ。
『どうだ、お前の娘になってやってもいいぞ?』
◇ 九幕 ◇
「親父さん、どうだい調子は?」
隣人の来訪に、頭の剥げかけた親父は腕の力瘤を見せつけるようにして快調ぶりを強調した。
「なぁに、痺れも取れた。明日にはもう、仕事を再開する予定だよ」
「坊も産まれたし、頑張って稼がないとな~。じゃ、俺らも頑張ってくるから」
「おう!」
隣人は、手に持った竹槍を軽く持ち上げて意気揚々と出立した。その様子を見ていた産後の妻は心配そうに夫に囁く。
「…あんた、もしかして今…山狩りしてるのって…」
「なんか、相手は追い剥ぎとか聞いたよ。あの子じゃないだろ。…今頃、親御さんの所にでも帰っているだろうな、あの子は」
親父は産まれたばかりの我が子を愛おしさで一杯の目で見つめる。そして同時に、一時だけの出会いだった家族の恩人の顔を思い浮かべるのだった。
◇
「ええ、妻は満足していたと思います。元から身体は弱かったですから…覚悟はしていたと思います」
「苦労を掛けました。やはり凋落したとはいえ公家の出ですから…村の皆さんには本当にお世話になりました」
「え?ああ、そういえば妻は常々言っていましたね。“あの子はどうしているのか”って…。いえ私も詳しくは…」
「では、本日は皆さんご参列ありがとうございました…」
◇
一週間ぶりに扉が開かれる。
「どうだ、妖忌。これに懲りたら、今度こそ真面目に後継者選びを…」
「親父…すまん!」
離れの扉が開き一週間ぶりに冥界の空気に触れた妖忌は、一体どこにそのような力が残っていたのか、飛び出してくるなり父親の腹部に強烈な正拳突きをお見舞いした。
不意を突かれた父は、息子の正拳をまともに受けて、二、三歩よろめいた後に膝をついた。
「ぐぬぅ…!き、貴様…がはっ…」
「説教なら後で聞く!なんなら離れに一年でも入ってやるわ!」
妖忌は自らの半霊を右手で掴むと、疾風の如き早さで自分の屋敷から脱出した。
そして、あっという間に自分の仕える西行寺家へやって来ると、門をひらりと飛び越えて無礼極まりない訪問をした。
「お嬢様、魂魄妖忌。一刻ほどのお暇を頂きたく参りました!」
「いいわよ~」
障子越しに聞こえてきた間延びした返事が、その耳に届くより先に妖忌は西行寺家を飛び出していた。
妖忌がなりふり構わずに、いの一番に向かうのは…無論、現世である。
◇
その日の空は蒼天、熱く照りつける太陽が木立の隙間を縫って降り注ぐ。その光の元に…黄泉は居た。
大木の根元に座り、樹にその身を預けている姿は、遊び疲れた子供が休もうとして、そのまま眠ってしまったように見える。
しかし、だらりと下がった力のない右手には妖忌の渡した竹筒が軽く握られ、その口からは涎が垂れていた。
あれから、幾度の襲撃を受けたのであろう黄泉の身体には多くの傷があり、特に足に受けた一撃が歩行を困難にしたようだ。
「…なんと、弱い…無理もない。やはり、まだ十やそこらの子供では…」
膝を地に着け、目を伏せた妖忌はしばらく茫然自失となった。しかし何か違和感を覚えてもう一度、黄泉の死に顔を見た。
「確かに事切れておる…が、しかし…なんだこの表情は…」
妖忌の感じた通り、黄泉の死に顔には違和感があった。壮絶な逃走の果てに、自決しようと薬を飲んだ者の顔にしては穏やかでありすぎた。
それはまるで、これから歩む未来への希望に満ち溢れて眠っている子供のような顔だ。そこには覚悟も諦めも感じられない。
「もしや…」
妖忌は、気を集中させて黄泉が絶命した時の残留思念を読み取ろうとした。少し前に起こった事ならば周りの木々が記憶した残留思念が残っている。
涎が乾いていない事からも黄泉がここで絶命してから、まだそれほど時間は立っていないと妖忌は判断した。その程度の過去であるならば残留思念の読み取りにて事態の把握は可能である。
案の定、思念の読み取りに成功した彼の脳内には、数時間前の深い夜と思わしき場面が浮かび上がってきた。
―― はっ、 はっ… はっ… はっ ! うわ!
森を駆け抜けていた視界が、突然ひっくり返って視界に夜空が広がった。背中には、濡れた土の感触がじっとりと布を侵して広がってきた。先程、木の幹にひっかけた右足が擦り切れて熱く痛む。
―― もう、無理なのか…?
数日に渡る山狩りの結果、農民たちは黄泉の身体に対して彼女が衰弱するに十分な傷を与える事に成功していた。
―― 嫌だ、ここで死んだら…また惨めな…いや、今よりも酷い…文字通り人を喰らう妖怪になってしまう。
身を起こした彼女は、休憩をする為に樹木によりかかって息を整えた。足からの出血が酷く、踏み込みに使う利き足に力が入らない。
―― これでもう、今日は
「人を斬ることもないな…」
黄泉は立っていられなくなり、地面に腰を降ろした。遠くでは、農民たちの持つ松明の光がちらついている。
「見つかったら、終わりか…こんな死に方では…じじいの娘には…なれないな…」
―― そうだ、わしもやり直せるんじゃ…立派な魂を持てたら…あの世でもう一度…
樹木に寄りかかって息を整えていると、黄泉の眼眸に数日前の妖忌と会ったときの情景が思い起こされた。
黄泉は、ふと思い出したように自分の懐をまさぐった。そして、すっかり記憶から抜け落ちていた竹筒を取り出した。
「あ、じじいがくれた…薬……確か飲めば楽になるって…」
―― そうだ、これを飲んで楽になったら…元気になったら…逃げられる。生きられる。
…ぃーん
「まずは、江戸にいって…そうだ、用心棒になろう。といっても、わしが今まで斬ってきた様な連中じゃない…弱い奴らを守ってやる用心棒……ふふ、皆に褒めてもらえるかもしれんぞ…そうしたら…もし、死んでも」
―― あの世に行ってから、じじいのところで、やり直せる。やり直すんじゃ。この人を殺す人生から、人を生かす人生に…
りぃーん。
―― そういえば、じじいと剣を交えた事はないが…じじいはわしより強いじゃろうか。
りぃーん、りぃーん。
「ふふ、わしの気付かぬ内に、わしが持っていた刀の刃を斬り飛ばすくらいじゃからのぉ…」
黄泉はやっとの思いで、竹筒の栓を抜くと、中に入った液体を口に含んだ。
―― ありがとう、じじい…これでわしはもっと、生きられる…。お前の娘に相応しい立派な…魂を…きっと…
黄泉の身体がまるで温かい毛布に包まれたように上気してきた。寒さと出血で冷え切った身体が、嘘のように暖まり始めた。
りぃーん、りぃーん。
―― ぽかぽかする…気持ちいいのう。…?…それにしても、さっきから虫の音が五月蝿いのう…
その気持ち良さの中で、全身の痛みは消え、疲れは無くなり、そして…
―― 眠い…起きたら、全ての傷が治っていそうだ…すごい薬だな、じじい…ありがとう、ありがとう…わしは、お前の…
ぷつり
そこで思念は消えて、妖忌の意識は黄泉の死体の前に戻ってきた。妖忌の瞳には、自然と泪が湛えられていた。
「なんと…なんと無垢な…儂の言葉を、そのままに受け取って…生きようとして、生きたくて、あの薬を飲んだのか…」
妖忌の見立てでは黄泉の腕前ならば、まず山狩りから逃げ切る事ができるはずであった。
しかし、薬による自決という“逃げ道”を用意されても尚、耐え忍んで逃げ切れる精神力があるかを妖忌は知りたかったのだ。
その精神力の強さは即ち魂の強さでもあるし、その試練を乗り越えることによって黄泉の魂は鍛えられ、その錬度を増すと考えていたのだ。
そして、魂の錬度を鍛えれば父も黄泉の事を認めて目に掛ける事を許してくれると…、そう考えていたのだ。
そう、其の恐ろしい剣の腕前のせいで妖忌ですら錯覚していたが、黄泉はまだほんの子供であった。
自決の為に渡された薬を、どんな傷も治す魔法の薬と勘違いしてもおかしくはない。それほど彼女の心は純粋だったのだ。
◇ 十幕 ◇
闇の中から声が響いてくる。
「じじい…何故…わしに毒を渡した…やはり、じじいにとって…わしは…ただの餓鬼だったのか…」
白い身体が闇の向こうから浮き上がってくる。その身体は黄泉の形をしていた。そして、その表情は深い悲しみに彩られている。
『違うのだ…儂は…』
妖忌が声を出そうとした時、後ろから彼の腕を掴むものが居た。
振り返ると、そこには父親が鬼の形相で立っていた。
「貴様は魂の錬度を高める為に、その少女を殺したのだ。今すぐに魂の錬度を高める必要性に迫られ、無理難題を少女に押し付けた」
『くっ、親父…。貴様が今すぐに後継者に出来る魂を持って来いと急かしたから儂は…』
「否、貴様はただ単に情に惑わされただけだ。後継者を探しながら少女を育てる事も出来た。無論、見守る時間が少なくなり少女が道半ばで力尽きる可能性は高まるがな。だが、お前は情に絆され少女を失うことを極端に恐れた」
『ぐぅ…違う!ちが…』
反論の叫びを放たんとする妖忌の足が、何者かの手によって押さえつけられる。
視線を足元へやると、闇の底から夜叉の様な怒りの形相の女が血の涙を流しながら浮かび上がってくる。
否、それは黄泉の顔であった。
「じじいぃぃい…何故だ、何故わしを…殺したのだぁぁぁあ…」
『違うのだ、黄泉よ…儂はその様なつもりでは…』
「じじい…わしはそんなに煩わしかったのか…?」
「妖忌、貴様のせいだ。無垢なる少女を死に追いやったのは」
「じじいぃぃぃ、わしを殺した事を後悔させてやるぅぅぅ…」
「わしは、お前の娘になりたかった…お前の元でやり直したかった…」
「半端な情が、結局は少女を殺したのだぞ。貴様が其の手でな」
「じじぃぃぃぃい、おのれぇぇぇ化物めぇぇええええ裏切ったなぁぁぁぁあ」
怒り、悲しみ、恨み、ありとあらゆる感情の奔流に流されて、妖忌は闇の中を流されていった。そして、何も見えない闇の中で…妖忌の自我も融けていく。
『そうだ、儂が…儂が黄泉を殺したのだ…儂が…娘を…』
「うっ…!」
そこで、妖忌は目が覚める。寝巻は盗汗でぐっしょりと濡れて息も整っていない。身体を起こすと、妖忌の傍らには妻が悲痛な面持ちで控えていた。
「今朝も、魘されていたようですね…」
妻が傍らで心配そうに話しかける。妻は、手に持った手巾で妖忌の体を濡らす汗を拭き取る。妖忌はようやく、先程の出来事が夢であったと理解が追いついた。
「ふ…、魂魄家の当主ともあろう儂が…夢でうなされるとは情けないのぉ~」
明るく言った妖忌ではあるが、その顔には元気がなく、妻の憂慮を払拭するには至らなかった。
◇
縁側で妖忌は頭を抱えていた。このまま、黄泉の魂を成仏させてもいいのか。そして、それを自分が傍観していても良いのか、と。
黄泉が死亡した時点の魂では、とてもではないが閻魔の裁定をくぐり抜けて冥界に滞在する事が許される事はない。
更に、自殺という形になってしまった黄泉は閻魔の審判で最悪の減点を受ける事になるであろう。
大量の殺生と併せれば、地獄行きも十分に考えられる。
「駄目だ…。まさか閻魔様の目を掻い潜って、冥界に黄泉の魂を密入する事などは絶対不可能…」
特に妖忌は先の現世での殺生を咎められて、閻魔から目をつけられている。自分が下手に動けば、罰として自分と黄泉の魂が地獄送りになってもおかしくはない。
「…すまぬ、黄泉…儂にはどうする事も…」
「あら、妖忌じゃない。いえ、今は魂魄の家督様だったわね…妖忌様…失礼致しましたわ」
横から掛けられた麗しい声に妖忌が顔を上げると、そこには古くからの知り合いが立っていた。
「はぁ…魂魄家の敷地内に、こうも簡単に侵入されるとは…。まあ、お主が相手では無理もないか…」
「で?何か悩んでいるご様子だったけど…、私にも手伝ってあげられる事かしら?」
知り合いの協力を申し出る言葉に、妖忌は苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振る。
「いやいやいや、良い良い。お主が関わると碌な事にならん。特にお主から手伝うなどとは気持ちが悪くてしょうがない」
「あら、失礼ね。家督を受け継いだお祝いをしていなかったから、お詫びに何かお手伝いしようと思ったのに」
いくら豪放な妖忌でも、この女の手管に関わるのだけは避けたかった。だが、この時の彼には他に頼る者は居なかった。
◇
りぃーん、りぃーん。
「ここはどこだ?」
気付けば黄泉は、石造りの長い階段の真ん中に立っていた。上を見上げても頂上は見えずに、振り返っても地上が見えない。現実とは思えない巨大な階段である。
更に、周りには人魂とおぼしき浮遊体がわんさかと動き回っている。そして、その人魂の一つ一つが虫の音のような音色を奏でていた。りぃーん、りぃーん。と…
そこでようやく、黄泉は今まで虫の音だと思っていた音が『あの世の音』であったという事に気がついた。――道理でじじいが出てくる直前に必ず聞こえていた訳だ。と黄泉はくすりと笑う。
「と言うことは…わしは…死んだのか…?…地獄かのぅ、ここは」
黄泉には死ぬ間際の記憶が無かった。憶えているのは暗闇の中から沢山の大人の手が迫り、それが自分の身体を掴み引き裂いていく想起だった。
りぃーん、りぃーん。
「ここは、冥界の入り口…。そう、お主は霊体となって此処まで辿り着いたのだ」
頭上からの声に首を上げると、そこには妖忌がふわふわと浮いていた。
「じじい…」
「残念ながら、お主が死んだ時点での魂の錬度では…魂魄家の家系に入門することは出来ぬ」
妖忌の言葉に、黄泉は「分かっていたよ」と悲しみを含んだ笑顔を浮かべて溜息をついた。
「まあ、そうじゃろうな…、農民に追い掛け回されて死んだんじゃあ、箔がつかんしのぅ…」
「…だが、お主は冥界にやってこられた。此処なら今のお主の様に魂だけの存在でも何百年と存在の維持が出来る。ああ、そうそう…お前に殺された浅村慶之介。彼は儂がお主と同時期に後継者候補に挙げていたのだが、彼も素晴らしい魂の持ち主だった。そこでだ、今回は儂の息子に浅村君の魂を招待する事にした」
黄泉は浅村に対して心の中で『おめでとう』と本心で呟いた。そして同時に、自分が冥界に来られたといっても、ただ霊体として無為無策に存在するだけである事を悟った。どうせ魂魄家の半人半霊として生まれ変われないのならば…それならば、死んだ時にそのまま成仏させてくれれば良かったのに、とすら黄泉は思い始めていた。
しかし次の妖忌の言葉で、黄泉の沈んだ心が驚きで揺り動いた。
「そこでだ、黄泉。…お主は、今日より此処で修行をするがよい。魂の錬度が、魂魄家の裁量に足るまでな。そして、儂の息子が娘を生んだ時に…その時にお主の魂を魂魄家に迎え入れよう」
「えっ…それって…」
黄泉の驚いた声には応えず、妖忌は次の要件へと移った。
「おぉそうだ、人間の名前は冥界では使えぬ。お主に霊体としての新しい名前を与えよう」
そう言いながら、妖忌は懐から再び一枚の紙を取り出して黄泉に渡した。
――実は冥界に来たからといって名前を変える必要はないのだが、“知り合い”の差金で、名を変える事によって存在の偽証をするという目論見があった。
「お主は幼すぎる、魂が純粋な故に…。だから成長して生まれ変わるまでは、この名で精進するが良い」
「『幼黄』……?」
渡された紙を凝視するものの、文字の読めない黄泉は困ったように妖忌へ視線を送った。
「『ようき』と読む。おお、発音は儂と同じだのう。…魂魄家に転生する時には、お主の今の記憶は半霊に封印され人格とはまた別の存在になる。ただし、魂はそのまま半人半霊に生まれ変わるのだ。その時には、儂ではなく我らがお仕えするお嬢様から名前を頂く事になるだろう」
「そうか、残念じゃな…わしは…その時もじじいから名前を付けてもらいたいがの…」
黄泉は、妖忌から渡された紙を大事そうに両手で握り締めながら、沈んだ顔で呟く。
「はっはっはっ!お主が修行を終えるのは少なく見積もっても何百年も後の話だ。霊体で居ると段々と現世での記憶が無くなっていくからのう、その頃には儂の事も憶えてはおらんだろ」
「いや…妖忌、わしは貴方の事は忘れんじゃろう…例え魂だけの存在になったとしてもな」
こうして、黄泉改め幼黄の霊体は冥界で永い間、ひっそりと修行をする事となったのだった。
◇ 余幕 ◇
――あれから何年経ったか。この冥界と白玉楼を取り巻く環境も大きく変わった。
結界によって外の世界から隔絶された幻想郷では、人と人同士が殺しあう事などは殆ど見られず、寧ろ人間と妖怪ですら共存を実現しつつある。
「変わったわね。前の妖忌の方が面白かったのに」
我が主は唐突に呟いた。ほぼ毎日顔を合わせていると言うのに、変わったわね。とは何事であろうか。
「は…、変わった…と申しますと…?」
「だって、昔の妖忌は…うちの塀を飛び越えて来たかと思えば現世にさぼりに行く事をご主人様の私にわざわざ連絡したり、藍と酒の席で喧嘩になって斬り合いして白玉楼の土地を何坪か消滅させたり、半霊にうちの宝物庫から秘薬を盗み出させたりしていたじゃない」
これまた随分と昔の話を持ち出されてしまった。私は苦笑いをするしかなかった。
「いやはや、若かった頃の失態です…。お許し下さい」
「だから、そっちの方が面白かったのにって話」
確かに、百年ほど前の私は…未熟で…ただ自分の剣に酔っていた。そして御役目を果たすという魂魄家の本懐を理解していなかった。
そんな私を変えたのは、やはり父の死であろう。父は、自分の死期を悟って私に家督を突然譲ったのであろう。父は私の子が生まれると、すぐに死んでしまった。いや、成仏したと言った方が適切だろうか。
だからこそ、あれほどまでに急いて跡継ぎを作る事に腐心したのだ。今思えば、私が父に掛けた心労たるや…考えるだけで心が痛む。
そして、父の死ともう一つ…私を変えたのは…
「妖忌、そろそろ魂の受胎の時間ではないのかしら?」
「いえ、あと半刻ほど時間があります。団子でも召し上がって、もうしばらくお待ちください」
今日はお嬢様も心なしか気分が浮いておられる。他の人から見れば、何時ものように呆けているように見せかけているが、流石に何百年と仕えれば主人の気分くらいは読めるようになる。
それというのも、やはり今日は私の孫が生まれる日だからだろう。
本来ならば、産まれてきた子の魂を選ぶのは親の役目である。しかし、私は息子に頭を下げて自分の推薦する魂を受胎してもらう事にした。
この時ばかりは、魂魄家の絶対的な家督制度に感謝しなければならない。息子も渋々ではあったろうが、私の要求を飲んでくれた。
「…貴方もそろそろ、引退かしらねえ」
「何、まだまだ息子には任せられませんな。お嬢様の腹具合も見切れぬようでは、まだまだ…」
「それにしても、遅いわねぇ。ちゃんと産まれてくる日は教えたのに…あいつ、まだ寝ているのかしら」
お嬢様がご友人の来訪を気にかけている間、私は心の中で祈っていた。――ここ百年、怪しまれぬようにと、一回も会ってはいない。
もしかしたら、冥界の中で一介の人魂に成り下がってはいないか。博麗結界に巻き込まれて消滅していないか。途中で悔いが無くなって成仏してはいないか。心配しなかった日は無かった。
それが、今日この日に再び会えるのだ。
「それで、妖忌…。貴方の言っていたお薦めな魂はどこにいるのよ?」
「その魂なら、来ます。時間になれば彼処へと」
私は冥界から現世へと通じる階段の入り口を指さした。
―― さあ、久しぶりだな。私の孫娘よ。
◇
あら?こんな所にやたらと強い力を持った幽霊が居るわねぇ?
…良い弾力だわぁ、えいえい
「…貴方は誰ですか?」
わ!喋ったわ。喋れるなんて…へぇ、幽々子もいい幽霊を育てているのねぇ。
わたくしは、八雲紫。貴方のご主人様の友人よ。これから白玉楼に遊びに行きますの。
「白玉楼…私は、そこに行くために…ここで百年近く修行をしていました」
それはご苦労様ねえ。貴方程の力があれば、もう半霊として幽々子付きの庭師にでも成れるんじゃないかしら?
その時には今の貴方ではなく、新しく半人半霊として生まれ変わる事になるでしょうけど。
「それは、覚悟致しております。その様に祖父に教わりましたから」
え?ああ、貴方…へぇ…随分、丸くなったのねえ。
「八雲様は、私をご存知なのですか?」
ええ、貴方が冥界に入る時に、こわーい人からこっそり隠してあげたのよ。
「それは有難う御座いました。すみません、現世に近かった時の記憶はあまり残っていないもので」
気にしなくていいわよ。冥界に百年も居て人間の頃の記憶が在る方が驚きだわ。
「そうですか…、ただ…一つだけ…祖父から髪を褒めてもらった事は憶えているのです」
髪?でも幽霊になって永いから自分がどんな髪だったかも憶えていないでしょう?
「…はい、そうです。私の髪について何をどう褒められたのかも、忘れてしまいました」
ふーん、じゃあ。お誕生祝いに私が見てあげましょうか?
「どのようにしてですか?」
『現世と常世』の境界を弄ってあげるわ。一瞬だけ、貴方は人間の頃の姿形になる。
「…腐乱死体や白骨死体にならなければ良いのですが」
大丈夫よ、そこら辺は色々と調整するから任せなさい。…はいっ
「八雲様、どうですか?」
…ふーん、こんな感じだったのねえ…分かったわ。じゃあ貴方が生まれて少し大きくなったら、私がこの髪型に整えてあげましょう。
「おお…なんと感謝を申し上げれば良いのか…。半人半霊になってもこの御恩は魂が忘れないでしょう」
はいはい、どういたしまして。じゃあね、お誕生おめでとう。
「ありがとうございます。八雲様、道中お気をつけて」
◇ 終幕 ◇
「と、いうのが妖夢の誕生秘話なのよ~」
「ええぇ~!初耳ですよ、幽々子様!」
妖夢は幽々子に食いかかるようにして、驚いた。それを見て、幽々子は嬉しそうに次の一言を放つ。
「っていう話だったら面白いな~、と思ったのだけど♪」
「幽々子様~」
いつも通りの会話をする二人の背後に、客人が現れた。
「妖夢、お誕生日おめでとう」
「あっ、紫様。こんにちは、ありがとうございます。というか、幽々子様より先に誕生日をお祝いされましたよ…」
「あら?妖夢、貴方って誕生日があったの?知らなかったわ、ごめんなさいね」
「さあ、妖夢。もちろん今年も誕生日プレゼントをあげるわよ」
「紫様、まさか…あ、私ですね!里で最近、新しい髪型にしてきたんですよ~!」
「あら、紫。妖夢にあげる鋏なら、もっと大きなのをあげてちょうだい。そんな小さいのじゃ枝は切れないわ」
「幽々子様、分かって言ってるでしょ」
「困ったわね、妖夢が何をいっているのか私には分からないわ…主従の会話が足りてないのかしら」
「さて、じゃあ今年も切ってあげるわね。まずリボンを外して…と」
「紫様…何故、毎年の誕生日に私の髪を切りにいらっしゃるんですかぁ~?」
「何よ、嬉しそうじゃないわね。誕生日プレゼントって言っているじゃない。はい後ろから切るわよ~」
「そうよ。人の好意はちゃんと受け取りなさい。そんな子に育てた覚えはないわよ。育てた覚えないけど」
「だって~、有り難いんですけど…。毎回、同じ髪型になっちゃうんですもん」
「しょうがないじゃない。約束なんだから」
「ねえ、紫…私の髪も切ってみない?妖夢って髪切るの下手なのよね~」
「約束??っていうか幽々子様が伸ばしっぱなしにするから、私がしょうがなく切ってあげてるのに…」
そんなこんなで、妖夢の髪は紫の手によっていつも通りの髪型になった。
妖夢が時たま、人や霊を斬りたがる事があるのは幽々子の戯言と何か関係があるのか?紫の言う約束とは何時、誰とした事なのか?それは誰にも分からない。
ただ一つ言えるのは、今日も白玉楼は平和であるという事だ。
プチコンペの補完というか、完成系のような。これは評価に値しますね。
とても満足できました、いい妖忌です。
余談ですが、ルビをタグで入れるとよかったかと。
荒削りと感じる部分は見受けられましたが、それを踏まえても、読んでいて楽しい。
良い物語を読ませて頂いて、作者様に感謝。
技術云々が無粋に思えるほどの勢いを感じて、とても好感持てました。
こういう話が読みたい! っていうツボにはまったということかしら……
読ませてくださった作者さんに感謝です。
オリキャラに違和感もなかったし、妖忌がかっこよかった
妖夢と全くちがうように見せかけて本質はよく重なるような黄泉というキャラクター
その描き方に感服させられました
ついついこんな時間まで読み耽ってしまった。
後半で流れる音色は、東方妖々夢(道中曲のほう)で鳴り響いている金物の音ではないだろうか。
そんな連想をしました。
この作品を読ませていただき、ありがとうございました。
どのエピソードも無駄が無く、特に黄泉の生き方の転換点となった出産のエピソードは、その暗闇での死闘というシチュエーションも相まって本当に手に汗握りました。
またクライマックスの山狩り隊からの撤退戦も、助けに行けない妖忌のもどかしさと刻々と追い詰められていく黄泉に緊張を高めつつ読み進んだ後に、意表をついた、しかし納得できるあの切ない幕切れが‥素晴らしかったです。
心からのスタンディング・オーベィションを!
読み応えのある長編でした。
黄泉と妖忌の交流に、感動しました。
そんな彼女には、ご都合主義な幸せが与えられてもいいじゃないか。
半人半霊の半人前のルーツを、独自の解釈でここまで描ききったことに惜しみなき賞賛を。
素晴らしいお話でした。
少女の人生は酷く色褪せたモノだったのでしょう。ですが、妖忌との触れ合いで変化していく様は胸が躍りました。
1人の人生を書き上げた技量も素晴らしいと思います。満足できるぐらいに面白く読ませてもらいました。
素晴らしい作品を書いて頂き、有難うございます。
最後の方がちょっと流しすぎな所はありましたが、
序盤~中盤にかけての盛り上がりが実に楽しかったです。
なんというか、この感激を上手く言葉にできないのがもどかしい。
幽々子の台詞ではないけれど、「っていう話だったら面白いな」が最適な表現に思えます。
真相はどうあれ、各人にとって今が平穏なら、それが一番ですよね。
面白そうかなあと思って読んだらもう止まらない止まらない。
泣きたくなるような、純真な少女の想いですよね。
妖忌も、その父も、オリキャラがここまで足を引っ張ることなく、
むしろ場を上手く盛り上げていったのが素晴らしいの一言に
尽きます。
私もこういう純真で、だからこそ悲しさがこみ上げてしまう、
そんな感動を与える作品を作りたいです。
次第に仲を深めていく二人の関係が良かったです。妖忌も達観しているわけではなかったのですね。
魂魄家の特殊な出生法など、独自の設定ながら非常によく出来たものだと思いました。本当に面白かったです。
一つ誤字報告
恩に切る→恩に着る
今のそそわにはこういった作品を読める人が少ないのが残念ですね。
久しぶりにSSを読んで血が滾りました。
独自設定も、むしろ妖夢や妖忌たちの新しい側面と自然に思えるものでした。
それは幽々子や紫のような、何でも包み込むような器の大きい人物が物語を下支えしているせいもあるのでしょうけれど、とにかく出てくる登場人物たちがオリキャラを含め活き活きしていて楽しかった。
こんな力作を読めて本当に良かったです。
確かに今現在のそそわでは長いやつは疎遠にされてますからねえ・・・
もっと点数伸びてても不思議じゃないのに
俺は長いの平気なんで新作期待してます!
ほんとにすばらしかった、こんなに長い作品なのにすらすらと読み進められました。
良いお話をありがとう!
剣術は独学で卓越しており、魂は幼い。
妖夢とは違う性格でありながら、妖夢と重なる性質の表し方がお見事でした。
そして彼女に目をかける妖忌の、親のような温かさがやるせない全編の救いになったと思います。
冥界組の素敵なお話をありがとうございました。
しかし、これ程の作品ならもっと点数が伸びてても不思議ではないのに…