――「貴女の想い、代筆いたします」
博麗霊夢が、その看板を見つけたのは偶然だった。
何時もなら気にも留めないような内容に、ふとした興味を覚えたのも、気紛れによるものだ。
人里の、入り組んだ路地裏の片隅に、ひっそりとその店は営業していた。
「恋文代筆屋――『サトリ』?」
店の名前からして、ふと嫌な予感を覚え、霊夢は、入り口の暖簾を潜る。
「いらっしゃいませ――なんだ。貴女ですか」
恋という甘やかな言葉を掲げている看板とは裏腹に、そういった方面とは全く縁が無さそうな、絶対零度のお澄まし顔で、その店の店主は、狭い店内に置かれたライティング・テーブルに腰掛けていた。
「あんた……何やってんの?」
「恋のキューピッドです」
淡々とした口調で、小柄な身体の胸元に開いた第三の目をぎょろつかせて。
古明地さとりは、霊夢を見据えた。
「地霊殿はどうしたのよ?」
「燐や空に任せています。別に私が留守にしていても、問題はありませんから」
「それ、管理者としてどうなの?」
「貴女の神社が、貴女が留守にしていても問題がないのと同じ事だと思いますが」
霊夢は、“ぐっ”と言葉に詰まる。
そんな霊夢の様子を歯牙にもかけず、さとりは、何時ものように言葉を発した。
「さて、それでは、はじめましょうか」
「はじめるって……何をよ?」
「何って、仕事ですよ。では、霊夢さん。椅子に腰掛けて、好きな人の事を思い浮かべてください。私が、貴女の言葉にできぬ想いの全て、赤裸々に記して差し上げましょう」
「いや、好きな人とか赤裸々って言われてもね……私、そういう奴いないし。ここに入ったのも、気紛れだし。悪いけど、あんたに頼むことなんかないわよ。それに、もし仮に、私に、そういう想いを抱く奴がいるとしても――私、自分の思いの成就に人の手なんか借りないわよ。自分で言うわ」
用は済んだとばかり、さとりに背を向ける霊夢。
冷やかしと言われても仕方のない態度であるが、霊夢に悪びれた様子は無い。
暖簾を再度、潜ろうとする霊夢の背中に。
「――それは嘘ですね。貴女は、恋をしている筈です。博麗霊夢」
全てを見透かしたような、さとりの声がかけられる。
「……なんで、そんな事が言えるわけ?」
霊夢が、さとりを肩越しに振り返り、見た。
さとりは、くすりと悪戯な笑みを浮かべ、
「何故って……私が古明地さとりだからですよ。人の心を読む地霊殿の主。さらに言うなら――貴女が、この店に入ってきたからです」
自信に満ちた様子で断言する、さとり。
霊夢は、訝しげな様子で、さとりを見据える。
「――こういう店をやっているとね。どうしても、冷やかしの心算で入ってくるお客さんも多いのです。先ほどの貴女のように。ですから、そういう輩を避ける為に――この店の外観には、仕掛けが施してあります」
「仕掛け?」
「ええ」
さとりは、手に持った、穴あき硬貨を細い糸の先端に括り付け、ぶら下げた、古典的な催眠術の小道具を手元にちらつかせた。
「貴女も知っているでしょう。私の特技、催眠術を。この店の外観、立地条件、看板に記された文字の大きさ、おおよそ考えられる全ての要素が、見たものの心に作用する造りとなっています。それにより、この店に相応しくないものは、絶対に、この店に入ってこれない。そもそも、興味すら抱かない。この店に相応しいものだけが、ここに入って来れるのです」
「相応しい客って、何よ?」
霊夢は、訝しげに問いかける。
「言うまでも無いでしょう。ここは、恋文の代筆屋。言葉に出来ぬ想いを、その者のかわりに綴る場所です」
「でも、私にはそんな奴――」
「いいえ、います。たとえ貴女自身が気付いていないとしても――必ず、います。でなくば、ここには入ってこれません」
霊夢は、何事か考え込む。
「……百歩譲って、私が恋をしてるとして――そいつは、誰よ。相手は?」
さとりは、霊夢の言葉に、“ふむ”と首を傾げ。
「――判りません」
当たり前のように答えた。
“かくり”と、霊夢の身体から力が抜ける。
「判らないって……あんた……」
「私の能力で読める心は、表層までですから。本人すら自覚していない深層心理のことまでは、ちょっと」
「――じゃあ、やっぱり、ここには用は無いわね。好きな奴のこともわからなくて、一体、どうやって恋文が書けるのよ」
霊夢は呆れたように言うと、再び、さとりに背を向けようとして。
「判らなくても、書けますとも。私は、プロですから。それに――霊夢。貴女もしりたくありませんか? 自分が恋をしている相手の事を」
「――ふん。別に知りたくなんか……」
「――はい、わかりました。では、席についてください」
「あんた……人の話聞いてる?」
「ええ、聞いていますよ。貴女の心の声を。強がっていても、本当は知りたいと思っている」
霊夢は、“ぐっ”と言葉に詰まる。
さとりは、満面の笑顔を浮かべ――第三の目すらにこやかに細め――霊夢を促した。
「そうぞ、座ってください。この私が、貴女さえ気づいていない、貴女の慕情を、赤裸々に暴いてみせましょう」
「それでは、いくつか質問をさせて頂きます。硬くならず、素直に答えてくださいね」
「はいはい。……ったく。何で私がこんな事を……」
“ぶつぶつ”と、口の中で何事か呟く霊夢を無視し、さとりは、
「では――貴女は恋人にするなら、異性と同性、どちらが良いですか?」
と、至極真面目な顔で問いかけた。
「はぁ?」
何を馬鹿な事を、と声を上げる霊夢に向かい、
「真面目な質問です。答えてください」
“ぴしゃり”と言い放つ。
「え、ええ……そりゃ、異性……じゃないの?」
「――本当に?」
“ずい”と身を乗り出して、問いかけるさとり。
「え、ええ……」
その剣幕に押されたように、霊夢が身を竦める。
「では――貴女の身近にいる異性のことを考えてください」
「身近な異性っていっても……」
――霖之助さん……とか? でも、別に私、そんな感情もった事ないし……
「――ふむ。どうやら、今、思い浮かべている方は違うようですね。他にいませんか?」
「他って言ってもねぇ……」
霊夢は、自分の記憶を探ってみるが、特にこれといった人物には思い至らない。
――好きな人、好きな人……玄爺ぃとか、雲山とかは論外として……こうして考えると、私、案外、異性の知り合いって少ないわねー。
などと暢気に考えていたところ、さとりが、霊夢にとっては思いもよらぬ事を言い放つ。
「どうやら……霊夢さんの想い人は、男性ではないようですね」
「――はい?」
思わず、呆けたような声を上げてしまった。
「男じゃない……って、どういう事よ?」
「だって、ここまで考えても出て来ないのですから。なら、後に残された可能性は一つだけでしょう。この世には、男の他には女しか――」
「ち、ちょっとちょっとちょっと!? 私、そんな趣味は――」
「――ない、と?」
またも“ずい”と、身を乗り出すさとり。
「う……あ、当たり前で――」
「――本当に?」
“ずずい”と、更に身を乗り出すさとり。
「……え、えーと……」
“じー”っと、第三の目さえ、じと目で睨みつけてくる。
思わず気圧され、言葉に詰まる。
「本当に、心から、神に誓って、自分にそういう趣味が無いと断言できますか?」
「それは……」
無論、自分にそんな趣味があるなどと考えた事も無い。
世間に、そういった恋愛観を持つ者がいるのは知ってはいるが、自分は、そういった事とは無縁であると思っていた。
いや、そもそも誰かに特別な感情を寄せた事さえない。
まして、そんな、自分が特別な趣向の持ち主であるなど。
――違う……わよね? え、だってあれよ? さとりが言ってるのは、女同士って事でしょ? たまに神社に流れ着く外の世界の漫画――えーと、早苗がレディコミとか言ってたっけ?――で、書かれているような、「あら、リリカ。タイが曲がっていてよ?」「あ……ルナサお姉さま……」「――そんな! 酷いわ、お姉さま! 私というものがありながら!」「あっ!? メルラン。違うの、これは――」、みたいな、目にお星様キラキラーってなってて、背景にお花畑とかが、こう、ブワーって広がったりしてる、あのお耽美な世界の事よね? じょ、冗談――ッ!? え、え、え? でも、私、男に好きな人いないって……いや、だからって女に……いやいやいや。まずは落ちつくのよ。ほら、さとりが何か勘違いをしている可能性だって――。
“ちら”と、さとりを見ると。
「そうですか……やはり……」
“うんうん”と、何やら頻りに頷いていた。
「ち、違っ……!! あんた、何か、勘違いをして――」
慌てて、声を張り上げる霊夢の肩に、さとりが、“ぽん”と手を置いた。
「大丈夫です。初めは、皆、戸惑うものです。ですが安心してください。人の想いに、そもそも性別など関係ない――」
「――だから、違うわよー!!」
霊夢の絶叫が、響き渡った。
ややあって。
「うう……嘘よ……。私が、そんな……」
未だ往生際悪く、“ぶつぶつ”と呟いている霊夢に、さとりが、
「ですから、大人しく認めましょう。貴女が好きな人は、女性ですよ」
むべも無く言い放つ。
言葉を失う霊夢。
さとりは、何でも無い事のような澄まし顔で、霊夢に言う。
「それで、霊夢さんは、一体、誰が好きなんでしょうね?」
「え?」
「え? でなくて。霊夢さんの想い人が誰かと言う話ですよ」
「――い、いい! 知りたくないっ!!」
「そうは言っても……恋のキューピッドである私としては、やはり、受けた仕事を途中で投げ出すわけにもいきませんし」
「依頼してない! だから、投げ出していい!!」
「消去法でいきましょうか」
「話を聞きなさいよ!」
霊夢の叫びも、なんのその。
さとりは、あくまでマイペースで話を進める。
「――霧雨魔理沙さん」
「え……魔理沙……?」
――私が魔理沙を? まさか……だって、あいつとは単なる友達で……。そんな気持ち……そりゃ、あの屈託ない笑顔とか、ふわふわの金髪とか魅力的とは思うけど……
「――脈あり、と」
「――ッ!?」
さとりの言葉に、霊夢の身体が“びくり”と跳ねる。
「み、脈だなんて、そんな……!」
「はいはい。まぁ、まだ確定では在りませんから。十六夜咲夜さん」
――さ、咲夜……? それこそ、まさかよ。あんな奴、背が高くて、凛々しくて瀟洒で、でも変に抜けてるとこがあって可愛いだなんて思ってない……
「脈あり、二人目です」
「――えぇっ!?」
「はい、次々にいきますよ。レミリア・スカーレットさん」
――妖怪じゃないの! だいいち、私、子供は嫌いなのよ! カリスマぶってる癖に、すぐに「うー」とか言うし。太陽に弱いくせに、日傘一本でわざわざ会いにきたりするし。何時も何時も心配させて!
さとりが、“ぽつり”と、
「三人目」
呟いた。
「……アリス・マーガトロイドさん」
――暗い奴も嫌いなのよ、私は! 何時も人形と一緒にいてさ。青い目とか、白い肌とか、本当、人形みたいに綺麗だし、あのほっそりした指とか素敵だとは思うけど……。
「四人目。八雲紫さん」
――こいつだけは絶対に無いわ! いつもいつも面倒ばかり起こして! だいたい、急に出てくるのは、心臓に悪いから止めてって何時も言ってるのに! 私のこと子供扱いするし! 何よ、馬鹿!
「五人目。では、次は――」
さとりの詰問は続いていく。
その度に、霊夢の顔は百面相のように変化した。
結局。
最終的に、さとりが下した結論は――。
「――霊夢さん」
「な、なによ……」
「貴女、気が多すぎます。一人に絞ってください」
じと目で、霊夢を睨みつけるさとり。
ライティング・テーブルの上に置かれたメモ用紙には、霊夢が好きな――正確には、好きかも知れない――少女達の名前が、記されていた。
霧雨魔理沙、十六夜咲夜、レミリア・スカーレット、アリス・マーガトロイド、八雲紫、伊吹萃香、射命丸文、東風谷早苗……他にも、多数。
「そんな事言われても……」
はぁ、と溜息をつくさとり。
「それで。誰が一番好きなんですか?」
「す、好きっていわれても……だから、私は、そんなんじゃ……」
「誰が、一番好きなんですか?」
“じろり”と、睨まれる。
「うう……」
――誰が一番……って。やっぱり、魔理沙……とか? でも、咲夜が嫌いなわけじゃ――ううん、それを言うならレミリアも別に嫌いってわけでも……でも、相手は妖怪だし。それを言うなら、アリスや紫も……でも、好きって、そんな……さ、早苗……とか……? いや、だからそもそも、私は――!!
何やら“ぐるぐる”となっている霊夢を見て、悪戯そうにさとりが笑う。
「判りました。では、こうしましょう」
「――え?」
「私が、今から貴女の心を代筆します。ただし、相手の名前は記しません」
「え? でも、それじゃあ、恋文には――」
「だから。誰に渡しても問題ないよう、貴女の気持ちだけを記します。そして。貴女が、これはと思う人に、手渡してください」
「え? え、え、え? 手渡す――私がぁっ!?」
さとりは、さも当然といった顔で。
「当たり前でしょう。恋文は、渡してこそ意味があるものです。恋は、己の手で勝ち取ってこそですよ」
「ちょ――私、そんな、心の準備が――いや、そうじゃなくて……!! 別にそんなの……!!」
「いいから。はい。貴女が好きな人に告白するとしたら、どんな風にするか、適当に思い浮かべてください」
「いや、だからー!!」
――こ、告白ってなによっ!? あれ!? あの「好きです」とか「付き合ってください」とか言う、見てるだけでも顔から火が吹きそうなくらいに、小っ恥ずかしいあれ!? 冗談でしょ!? そ、それを私がするって――無理!? 想像、無理!! 第一、私は別に恋人が欲しいなんて思ったことないし、腕を組んで歩きたいとか、キスしたいとか、ご飯を「はい、アーン」って食べさせて上げたり、ほっぺについたご飯粒をとってあげたり、膝枕とかしてあげたいだなんて思ったことも――!
霊夢の混乱をよそに、さとりは、“さらさら”と流暢な手つきで恋文をしたためていく。
「――あげたいと思っているわ。私は……」
今だ自分の世界にこもって百面相をしている霊夢を尻目に、さとりは恋文を書き上げると、ライティング・テーブルの上に筆をおいた。
「はい、出来ましたよ」
「――そりゃ、恋人なら、そういう事をするのは当たり前だって思うわよ。でも、私は巫女だし……べ、別に初めてだから怖いってわけじゃなくて……やっぱり、結婚するまで大切にしときたいっていうか――えっ?」
「――えっ? では無く。はい。書きあがりましたよ。ですので、いい加減、そのピンク色の妄想を止めてください」
さとりから手渡された手紙を、思わず受け取ってしまう霊夢。
さとりは、“ぼそり”と、霊夢に聞こえぬような声で、
「――エロ巫女」
と呟く。
「今、なんかいった?」
「いいえ。ロマンティックな恋をしているなと思いまして」
いけしゃあしゃあと、言い放った。
「ふぅん。まぁ、いいけ……ど……」
さとりから受け取った手紙に目を通した霊夢は、次の瞬間、
「こ、これ……!」
“ぼんっ”と、爆発でもしたかのように真っ赤になった。
「な、なによ……これ……!」
さとりは、“ふふん”と、自信に満ちて笑う。
「――どうです? 言ったでしょう、プロだって」
「こ、これ……まるで、私が書いたみたいじゃないの!?」
さとりが代筆した恋文には、まさしく霊夢が書いたとするならば、こうなるであろう想いの丈を綴った文章が、所狭しと書かれていた。
素直になりきれぬもどかしさ、とどめ置くことの出来ぬ想い。
筆跡まで真似て、少女の恋に対する葛藤が完璧に再現されている。
それはまさしく、霊夢が書いた恋文に他ならなかった。
さとりは、“にやにや”と悪戯そうに笑う。
「満足いただけたようで、嬉しいですよ。では、代金ですが――」
霊夢は結局、赤い顔のまま、言われた代金をテーブルの上に置くと、手紙を懐にしまい、いそいそと店を後にした。
「ありがとうございました。上手くいくことを祈っていますよ」
背に投げかけられるさとりの声援に返す言葉すら失って、霊夢は、“ふらふら”と夢遊病のような足取りで神社への帰路につく。
霊夢が帰った後。
さとりは、“くすくす”と忍び笑った。
「いや、まさか――あっさりと信じるだなんて。霊夢さん、意外と単純ね」
「――お姉ちゃん? 嘘はいけないと思うけど?」
さとりの背後から、不意に声がかけられた。
さとりの、良く知っている声だ。
心を読むさとりの背後を取れるものなど、そうはいない。
「あら。いたの、こいし」
古明地こいし。
さとりの妹だ。
第三の目を閉ざしたが故に、無意識を操り行動する、こころを読めないさとり妖怪。
「最初からいたよ。お姉ちゃん」
「そう。でも、まるっきり嘘でもないわよ。この店が催眠術で客を選んでいるのは本当だもの。ただ、霊夢さんには効かないというだけの話で」
空を飛ぶ程度の能力を持つ、博麗霊夢。
あらゆる物理的、精神的な戒めを無意識に無効化する霊夢の能力の前には、さとりの催眠術は効果を発揮しない。
心を閉ざしたこいしに、催眠術が効かないのと同じ理由だ。
さすがに弾幕ごっこの時は、霊夢は意図的にその能力の発動を抑制しているが、そもそも、偶然見かけた店の外観に仕組まれた催眠術などに、霊夢がかかる道理は無い。
真実、霊夢は、偶然にさとりの店を見かけ、偶然に興味を引かれただけに過ぎない。
「それなのに好きな人がいるから――だなんて嘘をついて。知らないわよ、私」
「大丈夫よ。私の能力では、人の心の表層までしかよめないから。だから本当に、彼女には、自分でも気付いていないだけで、好きな人がいるかも知れない。ほら。これも、まるっきり嘘ってわけでもないでしょう?」
こいしは、じと目で姉を見つめる。
「まぁ、いいけど。でも、お姉ちゃん? 本当、なんであんな事したの?」
不思議そうなこいしの質問に、さとりは、微笑んで答えを返した。
「ああ、それはね――」
神社に戻ってきた霊夢が、長い石段を登り――空を飛べば楽だということを失念するくらい、ようは霊夢は、それだけ混乱していた――最初に見たもの。
それは、
「お、やっと帰ってきたな」
屈託無い笑顔を浮かべる、白黒の魔法使い、霧雨魔理沙の姿だった。
その姿を見た瞬間、霊夢の中で、何やら羞恥めいた感情がはじける。
「ま、ままままままま魔理沙ぁっ!?」
「? ん、ああ。私だぜ。どうしたんだ。そんなルナシューターがイージーの一面で被弾したときのような顔をして?」
「――な、ない! 何でも無い!」
“わたわた”と、内心の動揺を悟られないように、必死に取り繕う霊夢。
しかし、傍から見ると顔は酔っ払っているかのように赤く、その挙動にも不審な点が多い。
「? おかしな奴だな。まぁ、いいや。今、暇な奴で集まって酒を飲んでるんだが、お前も混ざれよ」
「さ、酒盛りって……人がいない間に、勝手に神社に上がり込んで――」
ふと、霊夢が酒盛りに参加している面子に目をやり――そのまま、“ぴきり”と凍りつく。
そこにいたのは――。
「あら、帰ってきたわね」
瀟洒に、透明なグラスに注がれた冷酒を傾けている、十六夜咲夜。
「ふん、私がわざわざ来てやったのに、留守にしてるとはいい度胸ね」
日傘の下で、優雅に赤いワインをくゆらせているレミリア・スカーレット。
「ああ、霊夢。先にはじめているわよ」
涼しげに、シャンパンを飲んでいるアリス・マーガトロイド。
「あら、どこかで飲んで来たの? 顔が赤いわよ?」
「いや、酒の臭いはしないよー」
朱塗りの杯に、にごり酒を注ぎ飲み干している八雲紫と、伊吹萃香。
「ふむ、何か気になりますね」
ウォッカをストレートであおっている射命丸文。
「あ、霊夢さん。一緒に飲みましょうよ」
下戸らしく、“ちびちび”と、舐めるようにウイスキーの水割りを飲んでいる東風谷早苗。
先ほど、恋文代筆に際し名前が挙がった、霊夢の想い人候補が勢ぞろいしていた。
――な、なんで!? なんで、よりにもよって、このタイミングで……!?
未だ、霊夢の懐には、さとりが代筆した――とは言っても、誰が見ても霊夢のものと判断するであろう――恋文がしまわれている。
言葉を失う霊夢の背に、魔理沙が、心配そうに言葉をかける。
「なぁ、霊夢? 本当、どうしたんだ――」
「――ひゃうっ!? な、何でもない……! ないったら、ないっ!!」
慌てて後ろに飛びすがり、“ばたばた”と手を振る霊夢。
「いや、そうは言っても……熱でもあるんじゃないか?」
「違うから! 絶対、平気だから!」
――ああ、もう! 落ちつけ、私! だいたい、魔理沙の顔なんか何時も見てるでしょ。……そうよ。何てことは無い……あ、でも。今日はなんか、魔理沙の髪、何時もより柔らかい感じがするわね。シャンプー、変えたのかしら? 魔理沙、意外に女の子らしいし、お洒落にも気を使って――。
「――む。おい、霊夢? どうしたんだ?」
魔理沙の声で、“はっ”と、正気に返る。
――い、今……私、何を……?
「ああ、良かった。いきなりボーっと間抜け面を晒してさ。本気で熱でもあるんじゃないのか?」
「だから、何でもない――」
「――何でもないわけ、無いでしょう。明らかに変よ」
「さ、咲夜ッ!?」
何時の間にか。
霊夢の背後に、咲夜が回りこんでいた。
涼しげな瞳が、霊夢を見据える。
――うわ……相変わらず綺麗な瞳。吸い込まれそう……背も高いし、美人だし……。胸とか私よりずっと大きいのに、腰は私より細い。なんか不公平だけど、咲夜なら許せるって言うか……。
「おーい。どうした? 何やら頭に血が上っているようだが。血の気が多いなら、少しばかり吸ってやろうか?」
レミリアも、霊夢の傍へとやって来る。
――レミリアも改めて見ると可愛い……てか、お人形さんみたい。肌とか本当に白いし。ちっこいから、こっちを見上げるような姿勢になるのよね。なんか、抱きしめたくなるっていうか……。
「ちょっと。霊夢。聞いてる?」
アリスが、心配そうに覗き込んでくる。
――アリスも、レミリアとは違った意味でお人形さんみたい……冷たい態度を見せているけど、本当は優しいのよね。皆、そこが判って無いわ。こんなに可愛いのに……。
「どれ――うん、熱は無いみたいね」
いきなり、紫に身体を引き寄せられ、額と額をくっつけられる。
――うわー! うわー! 紫の顔がこんなに近くに!? 相変わらず美人だし……それに、いい匂い。なんだろ。この香り……香水より柔らかい。あ、紫、意外と身体、温かいんだ……。
「やっぱりお酒の匂いはしないけどねー」
霊夢の近くで、首を傾げる萃香。
――萃香も可愛いけど……どっちかって言うと美人よりよね。それに、華奢に見えるけど、本当は無駄のない身体してるし……無遠慮に見えて、意外と細かい気配りとかできて、一緒にいると安心できるし……。
「うーん、病気か酔っ払いかはっきりして貰わないと、記事に出来ませんね」
文が、愛用のメモ帳に、何事か書き込んでいる。
――文の羽って、綺麗よね。黒い宝石みたいで……それに、髪だって、翼と同じ色で似合ってるし……足とか、すらってしてるし。一緒に空を飛ぶと、楽しいのよね……。
「霊夢さん? あの……具合悪いなら、お布団、敷きましょうか?」
――早苗、ちょっと回りが見えずに暴走することもあるけど、根はいい子なのよね。明るいし、一緒にいると元気になれる……それに、気兼ねしなくていいし……。
霊夢の周囲を囲む少女達。
彼女らの顔や姿を順繰りに見回して、その度、霊夢は赤面し、表情を“ころころ”と変える。
もう、少女達の声さえ耳に届かない。
正確には、届いてはいるのだが、その言葉の意味を理解する余裕が無い。
言葉を返そうにも、口は酸素を求めるように“ぱくぱく”と動くばかりで、意味のある言葉を発しない。
そんな霊夢の様子を見て、周囲の少女達はますます心配を深める。
そんな少女達の姿を見て、霊夢は、ますます混乱を深める。
鼓動が早まり、今にも心臓が破裂しそうだ。
――やだ……なによ、これ。こんな、ドキドキすること、今まで無かったのに……やっぱり、私、本当に……!?
「ちょっと、霊夢!?」
「霊夢さん!?」
いよいよ少女達が混迷を深めていくなか、霊夢の内心の動揺、焦りが、遂に頂点に達する。
そして、普段の自分であれば信じられぬようなミスを、霊夢は犯した。
あろうことか、懐から、“はらり”と恋文を取り落としてしまう。
「――おや? 霊夢さん。何か落としましたよ?」
目ざとくそれを見つけ、手を伸ばす天狗のパパラッチ。
「――あっ!? そ、それは違う……あんたらへのラブレターなんかじゃ……!!」
霊夢がおもわず滑らせた言葉に、周囲が凍りついた。
「ラブ――」
「――レター?」
「恋文……?」
「私達への……?」
「だ、だから違う!! 私は、別にあんた達に恋なんかしてない――ッ!!」
墓穴も、ここまで見事に掘り上げる必要はないだろうというぐらいの、盛大な自爆だった。
「霊夢が……ラブレターを?」
「私達の誰かに……恋?」
その言葉を呟いたのが、誰であったか、定かでは無い。
「それで……一体、誰に恋をしているの?」
「誰に、この手紙を渡す心算だったのかしら?」
その言葉に。
周囲の気温が、絶対零度にまで下がった……ような気がした。
「――まぁ。やっぱり、私か……な。霊夢とは、一番長い付き合いだし。いや、でもなぁ――」
魔理沙が、照れたように赤く染めた頬を掻く。
「――冗談を。貴女のようなパワー馬鹿に、恋する奴がいるもんですか。心を射止めるのは、ブレインよ。それに、一緒にいた時間は、私だって長いわ」
アリスが、“ずい”と魔理沙を押しのける。
「恋愛のなんたるかも知らない子供の戯言ね。思いの深さは、時間では無いわ」
咲夜が、二人を睨みつける。
「そうね。495歳にもならない小娘に、恋の話など500年早い。ところで咲夜? 貴女、自分が誰の従者であるか、自覚はあるのかしら?」
レミリアが、“にぃ”と笑い、咲夜を見据えた。。
「これは困りましたね。記者として、取材対象と必要以上に親密な関係になるのは避けていたのですが……」
「おや、天狗が鬼に歯向かおうっていうの? あんた、酔っ払ってる?」
文の言葉に、萃香が“すっ”と目を細める。
「あらあら。皆、子供ね。いいかしら? 一番の恋愛経験豊富なお姉さんがここにいるというのに……」
「お姉さん? どこにいるんですか? 私には、年甲斐も無く派手な服を着たオバサンとしか見えませんけど。ねぇ、霊夢さん。やっぱり、同い年の私の方が、一緒にいて楽しいですよね?」
穏やかな笑みを浮かべた紫に、やはり口調は穏やかなままに、早苗が剣呑な言葉をかける。
魔理沙とアリス。
咲夜とレミリア。
文と萃香。
紫と早苗の間で、それぞれ“ぎしり”と空気が音を立てて歪んだ。
少女達の間に、緊張が張り詰めていく。
「あ、あの……あんた達……?」
霊夢が、おそるおそる声をかけた。
少女達が、一斉に霊夢を見る。
そして、一様に、口にした。
『――誰が、一番好きなの?』
“びきり”と、霊夢が凍りつく。
「そ、それは……」
『それは?』
あー、うー、あーっ、と言葉にならぬ言葉を発した後、霊夢は、
「――私だって、分からないわよーッ!?」
悲鳴のような叫びを上げた。
――だって、このなかの誰が一番好きとか考えたことないし! いきなり誰がとか聞かれてもー!? ああ、だからって皆好きっていうのはなんか違うし……いや、そもそも何でこんな状況になってるの? べ、別に恋をしてるにしても、誰かとすぐに付き合いたいわけじゃあ……あ、そうだわ!
「ね、ねぇ……とりあえず皆、今まで通りっていうのは――」
『霊夢?』
『霊夢さん?』
霊夢の返答に、皆が一斉に非難めいた視線を向ける。
「……何でもない」
言葉を失くした霊夢から目を背け、少女達の視線が、再び、火花を散らす。
「――どうやら、霊夢はまだ迷っているようだし」
「――では、こちらは先に話を進めておきましょう」
「いいねぇ。で、どうやって話を決める?」
「穏便に話し合いで……とはいかなさそうね。はあ……これだから、パワー馬鹿は嫌いなのよ」
「私は、むしろそっちの方がまどろっこしくて嫌いだけどね」
「同感ですな。欲しいものは奪ってこそ妖怪でしょう。勝った者が正義。シンプルでいいじゃないですか」
「妖怪が、神の奇跡に勝てるとでも思っていますか?」
「ふふ。あら? 乳臭い小娘が言ってくれるわね?」
「え……あの……ちょっと? あんた達……?」
霊夢の制止もものともせず、少女達は、一斉に、開戦の合図を、弾幕の展開でもって告げる。
「恋心「ダブルスパーク」」
「「咲夜の世界」」
「夜符「デーモンキングクレイドル」」
「魔操「リターンイナニメトネス」」
「紫奥義「弾幕結界」」
「「百万鬼夜行」」
「竜巻「天孫降臨の道しるべ」」
「大奇跡「八坂の神風」」
「ちょっ……!! き、きやぁああああああッ!?」
強大無比な、荒れ狂う弾幕の嵐が、全てを飲み込み吹き荒れた。
幻想郷の戦いの中でも、最も悲惨なものの一つとして、後世に語られることとなる、博麗霊夢の争奪戦は、まだ始まったばかりだった。
「それは――何なの? お姉ちゃん」
こいしの言葉に、さとりは、心からの笑みを浮かべた。
「嘘から出た真とも言うでしょう? 私、恋のキューピッドだから。キューピッドって、ようは、どんな過程を辿ろうとも、結局、最後に恋を成就させたら万事オッケーっていう、ペテン師のことでしょう?」
“にこにこ”と微笑むさとりの笑顔に、こいしは、はぁ、と深い溜息をつく。
――うん、お姉ちゃんは、燐やお空なんかより、遥かに、地上に出てきちゃ駄目な奴だって気がするわ。何となくだけど。
古明地こいし。
彼女は、その無意識の能力で持って、まさしく真実に辿りついていた。
そしてやはり覚り妖怪は恐ろしいw
霊夢のハーレム度高し。お幸せに。
……ところで、こいさとや霊さとは?
ルナサお姉さま!!!
2ヶ月ですか。何かずいぶんと久しぶりな気がしましたが……2ヶ月で久しぶりってww
乙女なんだけど耳年増な霊夢が可愛い。皆も霊夢が好きでよかった。
なんて言うかもう……一言で言うと幻想郷の皆は可愛いに尽きる。
さとり様は危険だww地上に出てきたら霊夢の他にも大戦が勃発するかもwww
読んでて楽しかったです。
やめてさとり様!霊夢のSAN値はもう0よ!!
結局は、そろいもそろって霊夢の事が恋人にしたいぐらい大好きなのが問題なのでは?
さとり様は引き金を引いただけで、すでに30mm焼夷爆裂弾の500発弾帯が装填してあったようなものでしょう。(「そんな引き金ひくな」とも言えますが)
流石は幻想郷一の漢前巫女! 霊夢は責任とって全員嫁にすべきだと思います。
気恥ずかしくも妙に暖かくて楽しい話をありがとうございました。
さとり様が導火線に火をつけてしまったようですね。
この場合の勇気は無謀と同義ですがねw
ニヤニヤが止まりませんwwwww
霊夢可愛いなぁ。
低い難易度をプレイすると、弾速の差がありすぎて案外当たることもあるから困りもの。
この商売楽しそうだな。
不可逆のハーレムに突き落としたんだ。
もう結婚しろよお前らッ!!
選ぶことなんて出来ないッッッ!!
うん、素敵だ
文章も読みやすくてよかったです
これは……誤字?
ニヤニヤが止まらんww
物語が進むにつれてにやにやが止まりませんでした
平易で読みやすいの文章なのに
ぎゅっと想いが詰まってる感じがとても好きです
さとりかが畳みかけて行くところあたりでニヤニヤがとまりませんでした
頬が緩みっぱなしですwww
ワインを『くゆらせている』が誤用ぽく思えたので検索してみたら、
普通に広く使われてる表現なんですね。
それにしてもこのさとりんは性格が悪いな・・・いいぞ、もっとやれ!
あ、進級おめでとうございます。
学業大変でしょうが、どうか頑張ってください。
他の人のパターンも気になりますね。
最後の百万鬼夜行の括弧が変ですよ
今日はいい夢見れそうだ
え?邪念が多すぎる?そうですか・・・
忌み嫌われるじゃ済まないレベル……!
愛されいむ、最高だね。もっとやれ!
ところで、さとり様に届けたい想いがある場合は門前払いを食らうのでしょうか?w
2828が止まらない…いいものを読ませていただきました。
ただ、正直最終的な想い人が不特定多数に落ち着くのなら「異性でない」という下りは余計だったのではないかと。
いや、まあ、個人的には百合は嫌いではありませんが……。
乙女れーむ可愛いです!
こういうのうまく書ける人はそうそういないでしょうねー
…意外に傍らでつっこむこいしもたまらなくツボだったり。
レイサトとレイコイがあれば満点だったのに……
飄々とした霊夢もいいが乙女な霊夢もまたいい
どちらも等しく霊夢として許容されるのが霊夢の人気ですね
皆霊夢大好きだなオイ
くそっ!どっちにしろ2828するしかないじゃねーかっ!!www
ニヤニヤがとまんねぇぇぇッ!!www
なにをいう、巫女はエロいものぞ(えっ
霊夢が愛されててなによりです。
霊夢から見た各人の個性がとても魅力的に伝わってきました。
恋のアリジゴクに突き落としやがった