「そうね、誰か『いい人』が見つかったら、巫女を辞めてもいいわねぇ」
霊夢は事も無げに言った。予想外の回答に、思わず茶を飲む手を止めて、口籠もったのは、霧雨魔理沙である。
「えっ? 『いい人』ってのは? その、つまり……」
霊夢は穏やかな微笑を浮かべて言葉を継いだ。
「私の代わりに、博麗の巫女をやってくれる人、ね」
「ああ……そうか。そうだと思ったぜ。はぁ……」
安堵したのか拍子抜けしたのか、魔理沙は息をついた。
博麗霊夢。彼女がいかにして博麗の巫女となり、今なお、結界の管理と異変解決を使命としているのか。魔理沙は、彼女のことを何も知らなかった。
霊夢は、自分自身の過去についてはあまり語らない。というより語るべき過去の記憶がない。
もしかしたら素質のある人間を博麗の巫女として仕立てるべく、八雲紫が外の世界から攫って来たのかもしれない。
「どちらかと言えば、私が聞きたいのは霊夢自身のことだな」
「どういうこと?」
「うーん。つまりなあ……」
魔理沙は腕組みをして、ことさら首をひねってみせた。言葉を探す。
空白を埋めるように、神社の裏の森でカラスが鳴き始めた。もうおやつタイムは終わり。黄昏に差し掛かる時刻であった。
「霊夢は、博麗の巫女を続けたいのか?」
「…………私の意思云々じゃないわよ。役目があるから」
霊夢はわざと冷淡に突き放すように言った。
「役目の重要さは十分理解しているぜ。でも、今となっては早苗だっているし、霊夢が一人で背負い込むことはないだろう」
そう言いながら、魔理沙は博麗神社の片隅にある、守矢神社の分社に目をやった。
「おかしなことを言うわね。一人じゃないわよ。あんたがいつもいるじゃない……」
そう言って、霊夢は微笑を浮かべる。魔理沙しか見たことのない、この優しい微笑みは、特別なものであった。
――ああ、そうだ。霊夢がそんな顔をするから、私は悩んでしまうんだ……。
魔理沙にとって、霊夢はいつまでも憧れの対象であり、ライバルであり、無二の親友である。そうあり続けて欲しいと願っていた。だが、一方で、それとは矛盾した気持ちが芽生えているのを、彼女は感じていた。
「いつか、お前は『妖怪は私の敵』だと言ってたな」
魔理沙は不意に話題を変えた。
守矢神社の神々と戦ったときのことである。撤退を勧める厄神・鍵山雛と対峙したときに霊夢は確かに『妖怪は私の敵』と口走ったのである。
「言ったわね」
「だが、本来、お前の役目は結界の管理と幻想郷の秩序の安定だろう。そのために異変解決をしているはず。妖怪退治はその手段に過ぎない」
「そう、そんなところね」
霊夢にとっては、調子に乗って暴れる奴を、懲らしめているだけ、という認識だが。
「だけど、異変解決が、毎回妖怪退治と直結しているのは、なぜだ?」
ちょっと考えたが霊夢はぶっきらぼうに答える。
「そりゃ、妖怪達が悪さをするからよ。守矢神社の場合は、たまたま相手が神様だっただけ」
「秩序を乱す、つまり異変を起こす力を持つのは、人間より妖怪の方が圧倒的に多いから結果的にそうなっているだけだ」
「何が言いたいの?」
「たとえば、人間が妖怪を圧倒するほど強くなり、妖怪を駆逐しようとしたら? 幻想郷のパワーバランスを取るために、お前は、人間を退治するのかな?」
「……度が過ぎると、可能性はなくはないわね。博麗の巫女がどちらにつくかは、状況次第……」
厳格な結界管理者の立場で、霊夢は魔理沙の言葉に首肯する。
「そうだ。お前は……博麗の巫女は誰の味方でもない。人間も、妖怪も、神も。この幻想郷のすべてに対し、中立な存在な訳だ。どんな勢力、どんな存在に対しても深く肩入れしない。すべては結界を守るために……」
「で! 結局、何が言いたい訳?」
霊夢の言葉はけんもほろろである。これ以上踏み込まれたくないという意思表示だ。
「つまり、誰も特別な存在になり得ないんだぜ。お前は、霊夢は、それでいいのか……?」
「え……?」
「お前にとって……」
――ああ、言ってしまう。
「私は特別な存在じゃないのか?」
いつしか魔理沙の目には、言葉には、強い熱が宿っていた。霊夢はその強さに押されて目をそらしてしまった。
「何を言うの……」
「答えてくれないか、霊夢」
言えば、霊夢を困らせてしまう。
「私は、お前が好きだ!」
けれども、魔理沙の想いは止まらなかった。
止められなかった。
「お前も……同じぐらい私が好きでいて欲しい……」
縁側に腰掛けて二人、遠くを見ながら話していた霊夢と魔理沙は、いつしか茶盆を挟んで向い合っていた。その光景を、空に鳴くカラスだけが見ていた。
霊夢は茶盆をすっと横に除けると、腰を浮かせて魔理沙ににじり寄り、優しく肩を抱きしめた。
「…………ばかね」
落陽の紅に二人の影が融け合ったまま伸びる。
「大好きに……決まってるじゃない」
消え入りそうな幽かな声。霊夢の鼓動が聞こえそうな距離。けれども、魔理沙には自分の鼓動が激しすぎて何も聞こえない。
「霊夢……」
頭は真っ白で何も考えられない。名を呼んで、震える手でおずおずと抱き止めるぐらいしかできなかった。
「魔理沙」
夕日は地平線の彼方へと加速度的に去っていく。闇の重さが次第に二人の影を押し包んできた。それを押し開くように霊夢が言葉を絞り出した。
「ありがとう」
霊夢は元から勝気なタイプであるが、異変解決時には、粗暴で、攻撃的ですらあった。なぜなら博麗の巫女は、あらゆる者から、畏怖の対象でもある必要があるからだ。怖さは何よりも、秩序を乱す行為への抑止力になる。それゆえ、異変解決時には霊夢も荒ぶる神のように振舞う。
そんな霊夢がひどく無防備な顔を見せていた。
魔理沙だけに見せる顔。
「霊夢。私こそ……ありがとう。好きだぜ」
魔理沙は霊夢の髪の感触を確かめるようにして撫でながら、繰り返して思いの丈を口にする。震えも次第に止まり、動悸も落ち着いてきた。
幻想郷を守る役目は重要。だが、霊夢個人にしてみれば、それは誰にも吐露できない孤独。その孤独をよく理解していたのは、たった一人のパートナー、魔理沙だった。
「でも、魔理沙、私は、人を好きにはなってはいけない。誰かを特別な存在としてしまったら、博麗の巫女は続けられない」
「だから、巫女を続けたいか訊いたんだ。霊夢が、巫女を続けると言うなら仕方ないが……」
見つめ合いながら、魔理沙はその言葉を、心の奥から押し出した。
「……霊夢がいいなら……私と」
パシャッ! パシャッ!
パシャッ! パシャッ!
そこで、機械的な音ともに、二人きりの時間は烈光に破られた。カメラのフラッシュである。
「おお、熱い熱い…………」
「なァんと博麗の巫女・霊夢さんと爆窃魔法使い・魔理沙さんが熱愛! コレはスキャンダルですねェ~~!!」
暮れつつある空の薄闇にまぎれて現れたのは、若干うざい含み笑いをした、烏天狗のブン屋・射命丸文と姫海棠はたてである。
「くそ……お前ら……」
魔理沙が歯噛みする。
「恐縮です! 魔理沙さん! 詳しくお話を! お二人は、付き合ってどのくらいですか? 恐縮です!」
「霊夢さん! 今回のことは、本気なんですか? 博麗の巫女にあるまじきことなんじゃないですか? 詳しくお話をお聞かせくださいよォ~~」
ヒュンヒュン風を切り、さまざまなアングルから二人の写真を撮りながらインタビューを試みる文とはたて。
「おまっ、お前ら、やめるんだぜ!」
しかし天狗二人の騒然たる風切り音とシャッター音は止まらない。
ヒュンヒュン! パシャパシャ! ピロリーン♪(携帯カメラ)
「こうなったら実力行使でやめさせるぜ」
「いいわ魔理沙……」
霊夢が制止した。
「あなたたち話すから静かにして頂戴」
ピタッ!
二人のブン屋の動きが止まり、静寂が戻って来た。
魔理沙も含めその場にいる全員が静かに霊夢の次の言葉を待った。
「私、博麗霊夢は……」
緊張のあまり喉が乾いた魔理沙が、すっかりぬるくなってしまった残りの茶に口をつけた。
だが、それも次の霊夢の発言で、思い切り噴き出さざるを得なかった。
「霧雨魔理沙と結婚し、二人の子に博麗の巫女を継がせたいと思います」
――新たな波乱の幕開けだった。
それよりこーりん×よーきの東方テクニックだろjk
子供はムリだろ!!
しかし、この二人の結婚を紫が黙っているだろうか?
しかし続きがでたら読む。